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第9章おわりに

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第9章おわりに

9.1結論

 本研究は、日本語と韓国語における「円滑な人間関係を保つための言語行動」と してのポライトネスが談話の中でどのように実現され、どのような機能を果たしてい るかを調べたものである。

 これまでの日本語と韓国語におけるポライトネスの研究を見ると、ポライトネス を単に「言語形式の丁寧さ」と見倣し、ポライトネス研究を、敬語及び待遇表現の研 究と混同する傾向があったと思われる。ともに複雑な敬語体系を持っていることでよ く知られている日本語と韓国語の言語研究においては、主に、敬語やスピーチレベル のような「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」に該当するもののみを研究対 象にしたものがほとんどであった。しかし、言語的なポライトネスには「社会言語学 的規範や慣習に即した言語使用」と「話者個人の方略的な言語使用」の2つの側面が ある。それらは、互いに補完関係にあり、諸言語にこの2つの要素が存在することに 注目する必要がある。

 そのため、本研究では、日本語と韓国語のように敬語がある言語においてポライ トネスに重要な働きをしている文レベルから捉える要素としてスピーチレベル、談話 レベルから捉える要素としてスピーチレベル・シフトを取り上げ、さらに、敬語など のスピーチレベル以外のものとして、ポライトネスに重要な働きをすると考えられる、

談話レベルで捉えるヘッジを取り上げた。そして、談話の中でそれらが持つ機能と、

それらを生じさせる要因(べ一スの性別、対話相手の性別・年齢)を、日本語と韓国語 の初対面二者間の自然会話の比較・対照を通じて明らかにすることを試みた。実際の 相互作用における言語使用のダイナミズムを捉えるために、言語社会心理学的アプロ ーチ(宇佐美、1999a)を採用して分析を行った。また、日本語と韓国語における対人

コミュニケーションを円滑に進めるためのポライトネス・ストラテジーのあり方を、

宇佐美(1998、2001a、2001b、2002、2003bなど)、 Usami(1999、2002、2006c、2006d、

2006e)の「ディスコース・ポライトネス」という観点から分析した。 「ディスコー ス・ポライトネス」は、言語間の普遍性を主張するポライトネス理論の考え方を発展

させたものである。

 以下に、1.5節に提示したリサーチ・クエスチョンに従い、調査から得られた結果

をまとめる。

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第一.日韓両言語の文レベルから捉えるスピーチレベルと談話レベルから捉える    スピーチレベル・シフト、ヘッジという言語行動は談話の中でどのような機能    を果たしており、対話相手の年齢・性別の要因は、べ一スの言語行動にどのよ    うに反映されるのか。

1)現代日本語の社会人の初対面会話では、目下が目上に敬語を使うことによってでは なく、目上が目下に常体を使うことで上下関係をマークしているのか。韓国語でも日 本語と同じような言語使用をしているのか。

 日本語の場合、べ一スの性別に関係なく、目下が目上に敬体を使うことによってで はなく、目上が目下に常体を使うことで上下関係をマークしている。それに対して、

韓国語の場合、 「敬体(P)」や「常体(N)」の両方の発話文末のスピーチレベルに上 下関係が表れており、その傾向は女性べ一スに顕著である。つまり、韓国語は目下が 目上に敬体を使うことと目上が目下に常体を使うこと両方によって上下関係をマーク しており、日本語に比べ、年上に対してより丁寧度の高い言語形式を使うという「敬 語使用の規範」により忠実に従っていることが分かった。

2)現代日本語の社会人の初対面会話では、文レベルにおけるスピーチレベルの選択は 対話相手の年齢によって差は出ないが、スピーチレベルを談話レベルで動的に捉えた スピーチレベル・シフトにおいて対話相手の年齢によって差が出るのか。韓国語でも

日本語と同じような言語使用をしているのか

 スピーチレベルを談話レベルで動的に捉えたスピーチレベル・シフトは、日本語の 場合、べ一スの性別を問わず、 「Downシフト(D)」が年下の対話相手に対してもっと

も多く、年齢から生じる上下関係をマークしている。それに対して韓国語では、女性 ベースは「Downシフト(D)」が年下の対話相手に対してもっとも多く、年齢から生じ

る上下関係をマークしているが、男性べ一スは同年齢に対して「Downシフト(D)」が もっとも多い。つまり、日本人による初対面会話と韓国人女性話者による初対面会話 において対話相手との力関係を顕著に反映しているのは「Downシフト(D)」であるこ

とが分かった。このような「Downシフト(D)」はネガティブ・ポライトネスとしての 機能を果たしていると言えよう。一方、韓国人男性話者による初対面会話においては、

「Downシフト(D)」が、同年齢にもっとも多いことから、対話相手との力関係をマー クするネガティブ・ポライトネスとしての機能というより、心的距離を縮め、親しみ を表すポジティブ・ポライトネスとしての機能をより果たしていると言えよう。

 「Upシフト(U)」に関しては、日韓両言語において、女性べ一スは相手からの「Up シフト(UI)」の使用割合が対話相手の年齢に比例している。このことから、女性は、

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年上の対話相手からの「Downシフト(D)」を、自分で「Upシフト(U)」し、無標スピ ーチレベルである「敬体(P)」に戻そうとする傾向が男性べ一スに比べて強いことが

窺えた。

 「ディスコース・ポライトネス理論」の観点から見ると、本研究で分析した会話の 無標スピーチレベルは敬体であった。このような会話において、 「Downシフト(D)」

は「有標行動」であり、何らかの「ポライトネス効果」を生み出す。この効果に関し ては、日本語・韓国語ともにべ一スの性別とは関係なく、対話相手の年齢が上がると

「プラス・ポライトネス効果(PP)」を持つと考えられる「Downシフト(D)」が多く なり、対話相手の年齢が下がると「ニュートラル・ポライトネス効果(NP)」を持つ と考えられる「Downシフト(D)」が多くなった。つまり、日本語・韓国語ともに、

「常体(N)」は、言語形式の面からは同じスピーチレベルであっても、年上との会話 においては、談話展開上、対話相手の発話に対して確認する時や理解を示す時、また は、独り言など自分に向けられた発話の時に多く使われる傾向にあった。その一方で 年下との会話においては、心的距離を縮めるために多く使われる傾向にあることが明

らかになった。

3)スピーチレベルと「丁嶽度を示すマーカーのない発話」はどのように関わっている のか。 「丁寧度を示すマーカーのない発話」の機能は何か。

 日韓両言語において、 「丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)」は、発話文末の 言語形式によって年齢という上下関係をマークすることをあいまいにする機能を果た

している。ただしその機能は、日本語と韓国語では、内容がやや異なっている。発話 文全体を分析対象とした時は、日韓両言語において、敬体(P)の使用割合が同年齢に

もっとも高かった。しかし、発話文全体から「あいつち的発話文(BA)」を除くと、

日本語においては、対話相手の年齢に比例してはいないが、年上への敬体(P)の使用 割合が相対的に高くなっており、韓国語の場合は敬体(P)の使用割合が対話相手の年 齢に比例していた。また、日本語においては、 「中途終了型発話文」などの実質的な

「丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)」を除くと、敬体(P)の使用割合が対話相手 の年齢に比例していた。つまり、日本語においては「あいつち的発話文(BA)」も含 む「丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)」全体が年齢という上下関係をぼかす機 能を果たしていると言えよう。一方で、韓国語においては「丁寧度を示すマーカーの ない発話(NM)」の中でも、もともと「丁寧度を示すマーカー」が付けられない、つ まり、敬体(P)や常体(N)という言語形式で表現できない「あいつち的発話文(BA)」

によって、主にその機能を果たしていると言えよう。以上のことから、人は上下関係 を言語形式で明示したくないという心理があり、それが「丁寧度を示すマーカーのな

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い発話(NM)」の使用によって反映されていると解釈できよう。また、韓国語におい ては、日本語に比べ、 「言語形式」によって上下関係をマークし、年上により丁寧な

「言語形式」を使わなければならないという「社会的規範」の規制がより強いことが 読み取れる。

 なお、 「丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)」の中には、対話相手に対する話 し手の待遇態度を表すという機能を持つ発話文タイプもある。この発話文タイプに関 しては、日韓両言語において年上には「言い切らない発話文(1)」を多く使うことで、

対話相手への配慮を表していることが分かった。

4)文レベルから捉えるスピーチレベルと談話レベルから捉えるスピーチレベル・

 シフトはどのように関わっているのか。

 文レベルから捉えるスピーチレベルの使用において、日本語では、目上が目下に

「常体(N)」を使うことによってのみ、対話相手の年齢から生じる上下関係を表して いる。一方、韓国語の場合は、 「敬体(P)」や「常体(N)」の両方の発話文末のスピ ーチレベルに上下関係が表れている。しかし、スピーチレベルを談話レベルで動的に 捉えたスピーチレベル・シフトを見ると、韓国人女性と日本人において、 「Downシ フト(D)」が、年齢という上下関係をマークしている。

 つまり、日本語では、文レベルのスピーチレベルの選択に反映される「社会言語学 的規範や慣習に即した言語使用」においては、年齢から生じる対話相手との上下関係 を、言語形式ではっきりさせることを避けている。しかし、談話レベルのスピーチレ ベル・シフトに反映される「話者個人の方略的な言語使用」においては上下関係をマ ークし、対話相手への配慮を表す傾向が見られ、年上により丁寧な言語形式を使うと いう「敬語使用の規範」に従っていることが分かった。それに対して、韓国人女性の 場合は、スピーチレベルとスピーチレベル・シフト両方が対話相手との上下関係をマ ークしており、 「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」と「話者個人の方略的 な言語使用」の両方が「敬語使用の規範」を守る手段として使われている傾向が見ら れた。一方、韓国人男性はスピーチレベルの選択という「社会言語学的規範や慣習に 即した言語使用」のみによって上下関係をマークしている。このような韓国語のスピ ーチレベルとスピーチレベル・シフトの使用傾向から、韓国語は優先的には文レベル におけるスピーチレベルの選択という「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」

によって上下関係をマークし、対話相手への配慮を表していると言えよう。

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5)談話レベルから捉えるヘッジは談話の中でどのように使われており、対話相手と の関係はべ一スの言語行動にどのように表れているのか。

 ヘッジは、 「1発話文当りのヘッジ」、 「発話文全体のヘッジ」、 「発話文末のヘ ッジ」の全ての項目において、韓国語より日本語で有意により多く用いられていた。

今回の結果からは、日本語ではヘッジの多用が話し手と聞き手との間の緊張や発話内 容を和らげており、円滑なコミュニケ・・一一・ションを図るためのポライトネス・ストラテ ジーとしてヘッジを使用する傾向が、韓国語よりも強いと考えられる。

 日本語では、べ一スの性別を問わず、ヘッジ使用の対話相手の年齢による差は見ら れない。それに対して、韓国語では、女性べ一スはヘッジの使用において対話相手の 年齢による差は見られないが、男性は、年上に対してもっともヘッジの使用が多く、

ヘッジの使用が上下関係をマークしていることが分かった。韓国人男性話者による初 対面会話において、ヘッジは、「敬体(P)」のように、上下関係を表すネガティブ・

ポライトネス・ストラテジーとしての機能を果たしていると考えられる。

6)文レベルから捉えるスピーチレベルと談話レベルから捉えるヘッジはどのように関  わっているのか。

 日本語においてヘッジは、発話文末のスピーチレベルの中で「常体(N)」〉「丁寧 度を示すマ…一・一・カーのない発話(NM)」〉「敬体(P)」の順で一緒に使われる割合が高い。

それに対して、韓国語においてヘッジは、 「常体(N)」〉「敬体(P)」〉「丁寧度を 示すマーカーのない発話(NM)」の順で一緒に使われる割合が高い。つまり、日本 語・韓国語ともに、発話文末のスピーチレベルの中で「常体(N)」と一緒に使われる 割合がもっとも高い。これは、言語形式の面からは丁寧度が低いものの、 「ヘッジ」

という言語装置を補うことで、発話をポライトにしているためと考えられる。特に日 本語では、 「スピーチレベル」が「敬体(P)」に比べ相対的に言語形式の丁寧度の低 い「常体(N)」と「丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)」において「ヘッジ」の 使用割合が高い。このことから、日本語においてスピーチレベルとヘッジは相互補完 的に働いていると考えられる。

 韓国語においてヘッジは、年上に対する敬体(P)の使用場面でもっとも多く使われ、

この傾向は男性べ一スに顕著である。韓国語におけるヘッジは、スピーチレベルに加 え、年上の人へのポライトな言語行動をより充足させるような付加的な機能を果たし ていると考えられる。韓国語においては、年上の人により丁寧な言語行動をしなけれ ばならないという社会的規範に従った言語行動を行っていることが分かる。

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7)文レベルから捉えるスピーチレベルと談話レベルから捉えるスピーチレベル・シフト とヘッジという言語行動は、総合的にどのように関わりあい、どのような言語運用  上の機能を果たすのか

 日本語では、 「丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)」の使用によって、対話相 手の年齢から生じる上下関係を言語形式ではっきり表すことを避けられているため、

文レベルから捉えるスピーチレベルという言語行動においては、対話相手の年齢から 生じる上下関係があまり表れていない。しかし、発話文末が「丁寧度を示すマーカー のない発話(NM)」の場合では、発話文全体や語彙のスピーチレベルの選択には年齢 という上下関係が表れる。さらに、 「スピーチレベル」を談話レベルで動的に捉えた

「スピーチレベル・シフト」においては、 「Downシフト(D)」によって上下関係がマ ークされている。つまり、日本語においては、年上により丁寧度の高い言語形式を使

うという「敬語使用の原則」は、主に、談話レベルから捉える「話者個人の方略的な 言語使用」によって表れていることが分かる。一方、日本語の場合、韓国語に比べて ヘッジが多く使われていること、及び、 「スピーチレベル」が言語形式の丁寧度の低 い「常体(N)」と「丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)」の時には「ヘッジ」も 一緒に使われる使用割合が高く、日本語におけるスピーチレベルとヘッジが相互補完 的に働いている。このことから、日本語は「話者個人の方略的な言語使用」によって 対話相手への配慮を表す傾向が強いと言えよう。

 それに対して、韓国語は「敬体(P)」や「常体(N)」といった文レベルにおけるス ピーチレベルの選択という「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」と、ヘッジ という「話者個人の方略的な言語使用」の両方によって上下関係を示しており、対話 相手への配慮を表している。さらに、女性べ一スの場合は、 「スピーチレベル」を談 話レベルで動的に捉えた「スピーチレベル・シフト」という「話者個人の方略的な言 語使用」においても上下関係を示しており、男性べ一スの場合は、年上に対して敬体

(P)が使うのと同時にヘッジももっとも多く使うことで、年上への配慮を表している。

つまり、韓国語においては、日本語に比べ、年上に対してより丁寧な言語行動をする という「社会規範」により従った言語行動を行っていることが分かる。

 言語行動には「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」と「話者個人の方略的 な言語使用」の2つの側面があるとされている。本研究で明らかにした日本語と韓国 語の言語行動においては、文レベルから捉えるスピーチレベルは「社会言語学的規範 や慣習に即した言語使用」の側面が強い言語行動であり、談話レベルから捉えるスピ ーチレベル・シフトやヘッジは「話者個人の方略的な言語使用」の側面が強い言語行 動と言えよう。本研究の結果から、日本語も韓国語の言語行動にも「社会言語学的規 範や慣習に即した言語使用」と「話者個人の方略的な言語使用」の2つの側面があり、

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日本語は韓国語に比べ、対話相手への配慮を表す手段としては談話レベルから捉える

「話者個人の方略的な言語使用」の側面が強く、韓国語は日本語に比べ文レベルから 捉える「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」の側面が強いことが分かった。

しかし、日本語・韓国語ともに、 「スピV−一一・チレベル」と「スピーチレベル・シフト」、

また「ヘッジ」をバランスよく、組み合わせて使うことで、対話相手への配慮を表し ていると言えよう。

第二.スピーチレベル、スピーチレベル・シフト、またヘッジという言語行動に見ら    れる日韓両言語の特徴は何か。また、それらに影響を与えている日本と韓国の    社会・文化的な価値観は何か。

 まず、日本語の言語使用について述べる。

 日本語は、 「スピーチレベル」において、韓国語に比べ、 「丁寧度を示すマーカー のない発話(NM)」の使用割合がやや高く、対話相手との年齢という上下関係を「敬 体(P)」や「常体(N)」といった発話文末の言語形式ではっきりとは示さずに、 「ス ピーチレベル・シフト」や「ヘッジ」といった方略的言語使用で、対話相手への配慮 を表そうとする傾向がある。つまり、日本語においては、通常、対話相手の待遇を表 す発話文末は「丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)」を使い待遇を明示しないと いう言語使用の傾向を示している。ただし、発話文末に「丁寧度を示すマーカー」が なくても、発話文全体や語彙のスピーチレベルは「敬語使用」の規範に従っているこ とが明らかになった。なお、文レベルにおける「スピーチレベル」の「敬体(P)」の 使用には年齢という上下関係が表れなかったが、談話レベルから捉える「スピーチレ ベル・シフト」には「Downシフト(D)」によって年齢という上下関係がマークされて いた。これは、 「敬語使用」の規範を守らなければならないが、 「発話文末のスピー チレベル」の使用によって上下関係は明示したくないという無意識の心理が反映され ていると解釈できよう。

 また、 「ヘッジ」は、断定などを避け、発話の内容を柔らかくすることで、発話を ポライトにするポライトネス・ストラテジーとしての機能を果たしていることが明ら かになった。日本語においては、その現れる位置とは関係なく、韓国語に比べて多く 使われており、対話相手の年齢や性別という要因に大きく左右されず使われている。

このような「スピーチレベル」と「スピーチレベル・シフト」、また「ヘッジ」の使 用は、日本人は直接的で断言的な表現は好まないという文化的な背景と韓国に比べ、

日本は人間平等を強調する欧米からの影響も大きく、現代日本人は人間平等の思想の 教育を受けているというような背景とも関わっていると考えられる。そのため、日本

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語の言語使用は、対話相手の年齢という上下関係をはっきり示そうとしない傾向にあ るのではないかと考えられる。

 今回の日本語における結果は、日本語の言語使用は、対話相手の年齢よりは社会的 役割や親疎関係、内外関係がより重視されるという日本語の相対敬語的な性格を実証 的に検証したものとも言えよう。

 次に韓国語の言語使用について述べる。

 韓国語は、日本語に比べ、 「敬体(P)」や「常体(N)」といった文レベルにおける 発話文末の言語形式に対話相手との年齢から生じる上下関係が強く反映されており、

年上にはより丁寧な言葉遣いをするという、 「社会言語学的規範や慣習に即した言語 使用」が重視されていることが分かった。また、 「スピーチレベル」を談話レベルで 動的に捉えた「スピーチレベル・シフト」においても、女性べ一スの場合は「Down

シフト(D)」の選択に年齢という上下関係が表れていた。さらに、韓国語のデータの 会話の内容からも年齢を重視するということが見られた。つまり、年上と年下との会 話では10歳くらいの年齢差もあり、互いの外見で年齢差がはっきり分かるが、同年齢 同士の会話では、会話の始まりに必ず互いに年齢を聞いている。これは年齢が言語行 動に与える影響が大きいことを意味するであろう。従来の敬語研究(荻野他1990、司 ロ1書2007等)でも、韓国側は年齢差をより重視すると指摘されているが、今回の自然 会話をデータとした分析においても、そのことは検証された。さらに、韓国語では最 後まで言い切らない中途終了型発話文などはあまり礼儀正しい印象を与えないとの研 究結果(渡辺・鈴木1981、曹英南2002等)もあるように、中途終了型発話文などの実質 的「丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)」の使用割合が日本語に比べて低かった。

このことから、韓国語においては、 「スピーチレベル」を隠すことが嫌われる傾向に あると言える。一方、 「丁寧度を示すマ…一一一カーのない発話(NM)」の中でも、もとも と「丁寧度を示すマーカー」が付けられない、つまり、 「敬体(P)」や「常体(N)」

という言語形式で表現できない「あいつち的発話文(BA)」の使用によって、発話文 末のスピーチレベルという言語形式で人間の年齢という上下関係をマークすることを あいまいにする傾向が見られた。韓国語においては、日本語に比べ、 「言語形式」に よって上下関係をマークし、年上により丁寧な「言語形式」を使わなければならない という「社会的規範」の規制がより強く、 「丁寧度を示すマーカー」が付けられる、

実質的発話文においては 「スピーチレベル」という言語形式で、対話相手との上下 関係を明確にし、社会規範に従った言語行動をしているが、あいつち的発話という方 略的言語使用によって、上下関係を明示したくない心理を表していると解釈できよう。

 一方、韓国人男性べ一スは、年上に対して最もヘッジの使用が多く、そのうえ、

年上に対して敬体(P)が使われた時、ヘッジの使用も最も多くなっていた。っまり、

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韓国人男性話者による初対面会話においてヘッジは、上下関係を表す機能を果たして おり、年上に対する配慮を表している。

 このように、韓国語は、言語使用に対話相手との年齢から生じる上下関係が強く働 いていることが多く見られる。韓国の四字熟語に「長幼有序という言葉があるが、韓 国では、儒教の教えの影響から、昔から「年上を敬う」ということが礼儀iとされてき ている。昔の身分社会では、年齢と身分が人間関係において上下を位置づける主な基 準となっていたが、現代のような身分に関しては平等である社会では、年齢が人間関 係の上下を位置付ける基準となっている。そのため、 「年齢」を重視するという韓国 の社会・文化的な価値観が、言語行動にも強く反映されていると言えよう。しかし、

韓国語において男女話者共通に見られる、年齢を重視する言語行動は、スピーチレベ ルという文レベルにおける言語形式においてである。スピーチレベル・シフトという 談話レベルから捉える言語行動においては、女性話者の「Downシフト(D)」の選択の みに年齢という上下関係が表れており、ヘッジの使用においては男性話者のみに年齢 という上下関係が表れている。っまり、韓国語では特にスピーチレベルという文レベ ルにおける言語形式において、年上に対して丁寧な言語行動をするという社会的規範 を守らなければならないという意識が強いとも言えよう。このようなことから韓国語 は日本語に比べ、絶対敬語的性格の強いことが実証的に検証された。ただし、あいつ ち的発話を含めた全体発話文のスピーチレベルにおいて有意差は見られなかったが、

敬体の使用割合が年上より同年齢に対してやや高いこと、また、男性べ一スにおいて は年下より同年齢に対して「Downシフト(D)」がより多く行われていることは、韓国 語においても相対敬語的性格があることを示唆していると考えられる。

 以上のように、 「スピV・・一一一チレベル」と「スピーチレベル・シフト」、また「ヘッ ジ」という言語行動の使用には、日本と韓国それぞれに共通・相違した、文化・社会 的な価値観や期待値が反映されていると考えられる。

 日本語と韓国語ともに、 「円滑な人間関係を保つための言語行動」としてのポライ トネスは、単に文レベルの「尊敬語」や「謙譲語」または「丁寧語」のような、敬語 の使用という「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」のみによって実現される のではなく、 「丁寧度を示すマーカ・一一・のない発話」や「ヘッジ」、さらにスピーチレ ベルを談話レベルで動的に捉えた「スピーチレベル・シフト」のような「話者個人の 方略的な言語使用」と共に実現されていることが明らかになった。前にも述べたよう に、言語行動には「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」と「話者個人の方略 的な言語使用」の2つの側面があるとされており、日本語と韓国語の言語行動におけ る「スピーチレベル」と「スピーチレベル・シフト」、また「ヘッジ」という言語行 動にも、この2つの側面があるのである。しかし、日本語は対話相手への配慮を表す

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手段として「話者個人の方略的な言語使用」に頼る傾向が強いのに対し、韓国語は

「社会言語学的規範や慣習に即した言語使用」を重んじる傾向が強いと言えよう。

9.2第二言語教育への示唆

 ここでは、ディスコース・ポライトネス理論の観点から見た、日本語と韓国語の

「スピーチレベル」と「スピーチレベル・シフト」、 「ヘッジ」という対人配慮行動 の対照研究から得られた知見をもとに、異文化間コミュニケーションや第二言語教育、

外国語教育への示唆について述べる。

 従来の言語研究を見ると、どちらかというと言語体系の研究に重点が置かれており、

第二言語教育や外国語教育においても、主に言語体系に関する情報を与える方に偏っ ていた感がある。しかし、言語体系に関する情報だけではなく、言語行動に関する情 報も必要であると考える。

 ここでは、本研究で扱った「スピーチレベル」と「スピーチレベル・シフト」、ま た「ヘッジ」の使用に見られる言語行動を、どのように言語教育に活かせるかについ て述べる。

 「スピーチレベル」を見ると、本研究で明らかになったように、日韓両言語の社会 人の初対面会話における無標ポライトネスとしての「スピーチレベル」の基本状態は 異なるが、両言語ともに「敬体(P)」の使用割合が50%以上であり、 「スピーチレベ ル」の基本状態における無標スピーチレベルは、 「敬体(P)」であると同定できる。

つまり、この談話においては、 「スピーチレベル」という要素に関しては、基本的に

「敬体(P)」を使用していれば無標ポライトネスを守っていることになる。これに基 づいて言語教育に当たる際には、まず、初対面の人には「敬体(P)」さえ使えば失礼 がない、ということを指導する必要がある。そして、それだけではなく、 「常体

(N)」や「丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)」などもスピーチレベルを成す構 成要素として何らかの役割を果たしていることに注目する必要があろう。つまり、実 際の例を挙げ、初対面の人には無標スピーチレベルは「敬体(P)」を使いながらも

「常体(N)」のような砕けた言い方も円滑なコミュニケ・一一・・ションの手段の1つともな っていることを示す必要があると考える。例えば、相手の仕事など、個人的な質問を する時は、 「どんなお仕事をしていますか。」、 「お仕事はなんですか。」などのよ

うな言い切った形で「敬体(P)」を明示する言い方より、 「どんなお仕事を…。」、

「お仕事は…。」などのような中途終了型発話文がより適切な言い方となることを認 識させる必要があると考える。このようなことは談話レベルで捉えないと分からない ことである。さらに、日本語においては、言語行動を、文レベルだけではなく、談話 レベルで捉える重要性を学習者に認識させ、言語教育へ活用するのが有意義であると

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考える。なぜならば、通常、対話相手の待遇を表すとされている「スピーチレベル」

は「丁寧度を示すマーカーのない発話(NM)」の使用によって、待遇を明示しないと いう言語使用の傾向を示しており、対話相手の年齢という上下関係が表れていないが、

スピーチレベルを談話レベルで動的に捉えた「スピーチレベル・シフト」には対話相 手の年齢という上下関係が表れているからである。

 次に、 「ヘッジ」に関しては、従来、推量表現として教えられてきた「〜かもしれ ない」 「〜でしょう」などの表現が文脈によっては、推量の意味ではではなく発話内 容を和らげる「ヘッジ」として用いられる場合があることを示すことは重要であろう。

談話の流れから、明らかに断定できる事項であるにもかかわらず、 「〜かもしれな い」 「〜でしょう」などの推量表現が使われ、発話内容を和らげる「ヘッジ」として の機能を果たしている例が見られた。教える際には、 「〜かもしれない」 「〜でしょ

う」などの表現が推量の意味で使われている場合の談話と、発話内容を和らげる「ヘ ッジ」として使われている場合の談話とを教材として使うことで、学習者自身で理 解・体得してもらうことが重要であろう。

 つまり、言語教育においては、理論的な事実だけではなく、具体的な事実に即して 教え、学習者に自分で理解・体得してもらうことが重要であると考える。さらに、文 レベルから捉える言語使用ではなく、談話レベルでの言語使用までに視野を広げる必 要があると考える。その際は、実際の言語行動が適切に反映されている自然会話デー タを教育資料として使うことも有効であろう。

 さらに、第7章でも述べたように、宇佐美(2003b)は、異文化間コミュニケーション における誤解やミス・コミュニケーションが、各文化における、各談話の無標ポライ

トネスとしての基本状態が異なるという事実から生み出されていると指摘している。

また、宇佐美(2008)においては、第二言語における円滑なコミュニケーション方法の 修得とは、 「学習者が、様々な談話の基本状態や言語行動のフェイス侵害度の、目標 言語・文化の成員との『見積もり差(De値)』を、許容できるずれ幅内に収めることが できるようになること」だと位置づけてある。

 本研究においては、日本語と韓国語の「社会人初対面会話」という談話におけるス ピーチレベルとヘッジの無標ポライトネスとしてのディスコース・ポライトネスの基 本状態を同定し、基本状態がそれぞれ異なることが分かった。例えば、日本人社会人

の初対面会話におけるスピーチレベルの基本状態は、女性べ一スの場合、 「敬体(P)

 6.5:常体(N)0.6:マーカーなし(NM)3.0」で、男性べ一スの場合、 「敬体(P)4.4:

常体(N)0.8:マーカーなし(NM)4.7」であった。それに対して、韓国人社会人の初対 面会話におけるスピーチレベルの基本状態は、女性べ一スの場合は、 「敬体(P)5.1:

常体(N)1.3:マーカーなし(NM)3.6」で、男性べ一スの場合は、 「敬体(P)5.7:常体

(12)

(N)0.9:マ・一一・カーなし(NM)3.4」であった。さらに、統計的な検定の結果からも両言

語において女性と男性間に有意差が見られた。このようなことに関して、単に「男性 の話し方はこう」、「女性の話し方はこう」というように規範として教えるわけでは なく、社会・文化的な言語行動の違いとして、基本状態が異なるとの情報を与えてお くのも有効であろう。例えば、日本語を学んでいる韓国人には、日本人の女性の発話 に敬体(P)が多いことによそよそしい印象を持つかもしれないが、もともと日本人女 性の会話では韓国人女性の会話よりも敬体(P)を多く使っているので、日本人女性の 発話に敬体(P)の使用が多いのは普通のことである、ということを情報として教える、

などのようなことである。

 第二言語教育や外国語教育という観点から考えると、円滑な異文化間コミュニケー ションのためには、学習者が目標言語・文化の成員との特定言語行動における基本状 態や言語行動のフェイス侵害度の見積もりを、できる限り一致させられるように、学 習者に目標言語の様々な言語行動の基本状態の情報などの談話レベルでの情報を教え、

熟知させることは有効であろう。さらに、基本状態から離脱した言語行動(有標行動)

がもたらすポライトネスが相対的に捉えられることも理解させる必要があろう。その ことは、異文化間コミュニケーションにおける誤解やミス・コミュニケーションの原 因解明や日本語と韓国語を第二言語とする学習者の各言語・文化間の円滑なコミュニ ケーションと相互理解に役立つと考える。

9.3今後の課題

 これまでの研究によって「スピーチレベル」と「スピーチレベル・シフト」、また

「ヘッジ」という言語行動は談話の中で対人コミュニケーションを円滑に進めるため のポライトネス・ストラテジーとして働く要素であることがある程度明らかにされて いるが、それらの研究はそれぞれ個別的な研究に留まっていた。しかし、本研究で明 らかになったように、それらは1つの談話の中で同時に捉えられるものであり、 「デ ィスコース・ポライトネス」という1つの枠組みで文レベルの分析ばかりでなく、談 話レベルからの分析も併せて総合的に分析することによって、相互に密接に関連して いることが明らかになった。特に、スピーチレベルの研究においては、これまでの発 話文末のスピーチレベルの使用に焦点が当てられていた、従来の研究とは違って、発 話文末とともに発話文全体や語彙のスピーチレベルなど文末以外の部分との相互関係 も考慮に入れ、さらに、丁寧度を示すマーカーのない発話の機能までを含んで総合的 に捉えた点、また、スピーチレベルを談話レベルで動的に捉えたスピーチレベル・シ フトを同時に分析することで、より総合的で、立体的な言語使用の様子を捉えた点は、

本研究の成果と言えるのではないかと考える。

(13)

 また、これまでの研究には厳密に条件統制されたデータを使用したものが少なかっ たのに対して、本研究は会話の状況や参加者の条件を統制してデータを収集した。本 研究で分析したデータは限られてはいるものの、これまでにあまり分析の対象とされ てこなかった社会人同士の実際の自然会話を分析し、量的かつ質的な分析を行うこと で、全体像を捉えようと試み、さらに、対話相手との年齢差、性差なども考慮に入れ て分析した。これは意義があると考える。さらに、本研究では、ディスコース・ポラ イトネスの観点から日本語と韓国語の社会人初対面会話という談話の「スピーチレベ ル」と「スピーチレベル・シフト」、 「ヘッジ」という言語行動において無標ポライ

トネスとしての基本状態を同定している。そこから得られた知見は、異文化間コミュ ニケーションにおける誤解やミス・コミュニケーションの原因解明や日本語と韓国語 を第二言語とする学習者のポライトネス・ストラテジーの習得にも役立てられると考 える。今後、第二言語教育などに応用できるより具体的な方法を追求する必要がある

と考える。

 本研究では、 「スピーチレベル」と「スピーチレベル・シフト」、 「ヘッジ」の言 語形式や発話機能について、量的かつ質的な分析を行うことで、全体像を捉えようと 試みた。しかし、 「スピーチレベル」、 「スピーチレベル・シフト」、 「ヘッジ」と 分析対象が多い上に、対話相手の性別・年齢に加え、べ一スの性別など、要因も多い ため、それぞれの項目や、項目間の関連性についてより緻密に分析を行えば、さらに 新たな知見が与えられるだろう。 「ヘッジ」に関しては個別のヘッジ表現ごとの使用 状況や機能についても詳細に考察する必要があろう。それに加えて、ヘッジの種類と スピーチレベルとの共起関係についての分析も望まれる。

 本研究で分析したデータは、敬体が基本状態である社会人初対面会話と条件が限ら れたものであった。言語使用の全体像をより的確に捉えるためには、親しい同士の会 話などの常体が基本状態である会話を含め、様々な場面でなされる実際の会話をより 多く分析し、比較研究する必要があろう。特に、 「ヘッジ」は日本語では「若者言 葉」の特徴として挙げられることも多く、また、敬語の使用も世代によって変化して いるとの指摘も多い。そのため、世代別の言語使用についての比較分析研究も望まれ る。さらに、本研究では、対話相手の年齢・性別という要因に応じて、話し手がどの ように言語行動をするのかを調べるために、べ一スの言語使用に焦点を当てているが、

今後、対話相手の言語使用との相互関係についても十分に考察する必要があろう。ま た、より円滑な異文化間コミュニケーションの確立に役立てるためには、日本語と韓 国語における様々な言語行動の基本状態を同定する調査を行い、その結果を積み重ね ていく必要があろう。それに加えて、日本・韓国における社会文化的背景や価値観が、

どのように言語行動に影響を与えるかをより深く考察する必要もあると考えられる。

(14)

 本研究が日本語と韓国語における様々な談話行動のありさまを明らかにすることに つながり、各言語・文化間の円滑なコミュニケーションと相互理解に、一助となれれ

ば幸いである。

参照

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