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現 代 ア メ リカ の福 祉 国 家 政 策 新 井 光 吉

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〈論 説 〉

現 代 ア メ リカ の福 祉 国 家 政 策

新 井 光 吉

は じ め に

1戦 後 福 祉 国 家 の 展 開

L1!ニ ュ ー デ ィ ー ル 福 祉 国 家 の 限 界 [2]1950年 代 ま で の 福 祉 政 策 H「 貧 困 に 対 す る 戦 争 」 [1]背

[2]ケ ネ デ ィ の 反 貧 困 政 策

[3ユ ジ ョ ン ソ ンの 「偉 大 な 社 会 」 [4]ニ ク ソ ン の 政 策

[5]結

福 祉 国 家 の 危 機 L1]カ ー タ ー一の 政 策

L21レ ー ガ ン の 福 祉 解 体 政 策 [3]ク リ ン ト ン の 政 策 課 題 む す び

は じめ に

ア メ リカ の 福 祉 国 家 は1930年 代 の 大 不 況 期 に 誕 生 し,そ の 基 本 的 な 枠 組 み を 今 日 ま で 継 承 し て い る。 つ ま り35年 の 社 会 保 障 法 に よ っ て 確 立 さ れ た ニ ュ ー デ ィー ル の 福 祉 国 家 が現 代 ア メ リカ福 祉 国 家 の 骨 格 を 形 成 して い る の で あ る。

だ が,ア メ リカ の 福 祉 国 家 を 取 り 巻 く政 治 的 環 境 は70年 代 半 ば 頃 を 境 に し て一 変 した。福 祉 の 拡 充 は少 な く と も70年 代 半 ば 頃 ま で は当 然 視 さ れ,福 祉 を め ぐ る論 議 は そ れ を い か な る方 法 で 実 現 す べ き か と い う点 に 集 中 して い た。 し か しな が ら70年 代 に 入 る とsア メ リカ 経 済 の 繁 栄 を 支 え て き た ケ イ ン ズ政 策

(2)

2商 経 論 叢 第33巻 第2klrJ

(297)

や ア メ リカ型 生酷 式 が 囎 に機 能 しな くな り

,こ れ と軌 を一 に して 福嶺 大 に対 す る支持 も急速 に萎 ん で行 ったの で 諾

特 に70年 代 末 か ら8・ 年 代 に カ・けて 福祉 国 家 に対 す る批 半llが急 速 に高 ま り , 連邦 政 府 は福 祉 に介 入 すべ きで1まな い とい う搬 が 優勢 に な

った.そ れ故,8。

鰍 纐 騨 での レイ ンの地 す べ り的勝 利 は ニ ュげ イール福 掴 家 の解体 を ト分 に予兆 させ る もの で あ った・ とし・うの も,レ ー ガ ンは福祉 と政府 権1物 縮 小 を騨 公 約 に鵬 したの で,国 民 の支 持 を韻 に福 祉隊 の解体1こ大錠 を 振 るお う と した か らで あ る・ っ ま り レー ガ ンの登場1まあ 穂 味 で轍 シス テム の終 焉 を意 味 して いた。

に もかか わ らず ・ ア メ リカ の勧 と国 家 は結 鳳 ほ とん ど深 刻 な打 撃 を被 る こ と もな く存 続 す る こ とにな った・ それ は国 民 や議 会 が酬 二国 家 の解 体 を決 して 望 ん で い なか つたか らで 路 ア 刈 力国民 は激 しい ス タ グ̲シ

ョ ンを惹 起 した ケ イ ン ズ犠 的繍 政 策 に対 す る強 い不信 感 か ら

,レ ー ガ ンに繍 再生 の望 み を託 した ので あ って緬 祉 国 家 の解 体 を求 め た訳 で はな か

った。 アメi) 力国 民 が抱 い て いた の は レー ガ ンで あ れ ば福 梱 家 を温 存 しなが ら経 済 を離 して くれ るの で はな いか とい う実 に虫 の良 い期 待 で あった と い って よ い。

92年 の大 鞭 選 挙 で は ク リン トンカ泡 括 的 な健 康 保 険 改 靴 就 労 や職 親 ll 練 を促 進 す る新 しい連 邦 政 策 を公 細 こ掲 げ た.ク リ ン トンは93鰍1こ 包 括 的

な健康 保 険 制度 を発 表 した が漕 保 険 と同時1こ連 邦 規 制 によ る保 険 コス トの管 理 を追求 した た め・ 官 僚蟻 強化 とい う批 判 を浴 びて挫 折 に追 い込 まれ た

.そ もそ も・ ク

(1)ン トンの福 緻 策 は必 ず しも当初 か ら懸 保 険 改 革 噸 点 が あ っ た 訳 で は な く・ む し ろ賃 金 や 雇 用 の 増 加 に よ って 貧 困 を 減 ら し福 祉 費 を 抑 制 す る と い う点 に 重心 が あ った ・ な ぜ な らば

,そ れ は飯 の 公 的 扶 助 依 存 を 終 わ ら せ ・賃 労 働 に 就 か せ る と い う35年 丁士会 保 障 法

,っ ま り融 一 デ ィー ル福 祉 国 家 誕 生 以 来 の 伝 統 に 沿 った 目標 の最 新 版 で あ った か らで あ る

そ こで,本 稿 は戦 後 ア メ リカ の 福 祉 国 家 が い か に ニ ュ ー デ ィー ル 福 祉 国 家 の 負 の 遺 産 と も い え る 「社 会 保 障(社 会 保険)」 と 「公 的 扶 助(福 棚 の 一二分 法1こ よ って 支配 され続 けて きたか を 明 らか にす 讐.と い うの も この点 針 分 に認

(3)

現代アメリカの福祉国家政策3(296)

識 した 上 で な け れ ば,ア メ リカ 福 祉 国 家 の 戦 後 の麟 や現 代 に お け る危 機 を 決 して 理 解 す る こ とが で きな い と思 わ れ る か らで あ る。

1戦 後 福祉国家 の展 開

[1]ニ ュー デ ィー ル福 祉 国 家 の限 界

1935年8月 の社 会保 障法 は ア メ リカ に福 祉 国家 を誕生 させ た。ア メ リカ は福 祉 の面 で は後 進 国 に属 した がrこ れ1こよ って英 独 な ど晒 欧 諸 国 に よ うや く

キ ャ ・ソチ ア ・ソプす る こ とが で きた。 即 ち,対 象者 世界最 大 の老齢 年 金(連 邦管 掌)と 失 業 保 険(州 営)が 社 会保 険 と して確 、乞され,公 的扶 助 や社 会 福 祉事 業 も 連 邦 の補助 と指 導 を受 けなが ら州 ・地 方 に よ って実 施 され る こ とにな った ので

あ る0

だ が,老 齢 年 金 を除 けば,失 業 保 険 や 公 的 扶 助 や社 会 福 祉 事 業 の す べ て が 州 ・地 方 の手 に委 ね られ,連 邦 政 府 は租 税 控 除 や補 助 を通 じて 指導 や 規制 を及 ぼす 以 外 になす術 が なか った。 それ故,制 度 や給付 条 件 の州間 格差 が大 き く容 易 に解 消 しなか った。 また社 会保 険 は濃 厚 な民 間保 険 的性 格 健 康保 険 の欠 如 及 び農業 労 働 者 や家 事労 働 者 な どの適 用 除外 とい った国 民皆 保 険 の理 想 か らは

ほ ど遠 い欠 陥 を 内包 して い喫.し カ・も,給 付 額 は拠 出額 醗)に 文1応し酒 欧 型 社 会保 険 とは違 って 一般 財 源 か らの政府 拠 出 もな か った の で,極 あて低 額 で 所得 再 分配 効 果 を ほ とん ど持 ってL・な か った・ さ らに保 険 料 が景気 回復 の前 か ら徴 収 され る一 方 で,給 付 開始 が か な り遅 れ たの で,景 気 に対 して デ フ レ圧 力 を加 え る ことに な った ので あ る.つ ま りニ ー デ 仁 ル の福 祉 国 家 は拠 出 を前 提 に経 済 的 保 障 を就 労(稼 得賃金)と 緊密 に結 びつ け た就 労 者 のた め の経 済 保 障 制 度 とい う性 格 を濃厚 に持 って いた とい って よ い。 従 って・ 公 的扶 助 は就労 に 基 づ く拠 出 の不 可能 な 者 を対 象 とせ ざ る を得 な か った た め に・ 厳 格 な 資 格 要 件,収 入 調 査,不 十 分 な給 付,行 動 規 範 な どが 厳 し く義 務 づ け られ る こ と に

な った ので あ る。

と ころで,福 祉 国 家 は社 会 保険 と公 的扶 助(福 祉)を 包 括 す る制 度 だ が,ア メ リカ で は この両 者 は概 念 的 ・価 値 的 に厳 然 と区 別 され て きた。 即 ち,社 会 保 障

(4)

4商 経 論 叢 第33巻 第2号

0295)

は老齢 保 険 と関 連 した遺 族,廃 疾 者及 び老 齢 者 医療 受 給 資格 者 に関 す る もので あ り,こ れ らの制 度 は生 涯 の就労 期 間 中 に拠 出 を通 じて代 価 を 支払

った有 資格 労 働 者 に 対す る政府 の神 聖 な 礒 務 と考 え られ て きた の であ る

.こ れ と は全 く 対 照 的 に鮒 撫 償 で千・∫か を得 よ うと して正規 の雇 用 を回 避 して い 礁 資格 貧 困 者 に対 す る政 府 の施 し物 で あ る と看倣 され て い る。 周 知 の如 く福 祉 国家 は第 一二次 大 戦 中 の イギ リスに起 源 を持 ち,ナ チ ス ・ ドイ ッに対 抗 す る理 想 的 価値 と して所 得 扶 助,社 会 サ ー ビス及 び社 会 保 険 を包 括 した全 国 民 を対 象 とす る社 会 的保護制度 礫 現 しようとした もので路 だが,ア メ リカ社会 は全殿 を対 象 と した包 括 的 国家 給 付 な ど とい った理想 に はお よ そ馴 染 まず,む しろ公 的扶 助(福 祉)と 社 会保 険 を峻別 し,後 者 に対 して のみ積 極 的 な価 値 を認 め る とい う 傾 向 が強 か った ので あ る。

もち ろん,こ う した二分 法 は既 に35年 社 会保 障 法 に も内 在 して い たが

,社 会 保障 庁 が その後 の基 本方 針 と して意 図 的 に定 着 させ るに至 った。 しか も,失 業 保 険 や 老 齢保 険 の 支給 は労 働 者 や使 用 者 が数 年 間税 金(保 険料)を 支払 った後 に 初 め て開 始 され た。 さ らに連 邦政 府 が 公 的扶 助 負担 を減 らす た め に

,財 政 難 の 州 政 府 に経 費 の1/2か ら2/3を 押 しつ け,給 付 水 準 や 資格 要件 の決 定 権 限 も州 に委 ね る こ とにな った。 とい うの も,ア メ リカ国民 の大 部 分 はやが て拠 出制 社 会保 険 制度 の保 護 を受 け るよ うに な る筈 な ので,公 的 扶助 は不 必要 にな るだ ろ

うと期 待 されて いたか らで(7)。

経 済 保 障 委員 会(35年 社会構 註去の 螺 者)は 大統 領 へ の報告 で雇 用 ・'J能者 向 け 「社 会保 険」 と要扶 養 雇用 不 能 者 向 け 「救 済(公 的扶助)」 とを戯然 と区 別 した が,連 邦 政 府 が民 間 雇 用 に就 け な い勤労 意欲 の あ る労 働 者 に公 的雇 用 を保 障 す べ き こ とを 説張 して この二 分 法政 策 に説 得 力を 与え た

。 と い うの も,社 会 保 険 制 度 は完 全雇 用成 長 政策 や公 的雇 用 な ど の適 切 な連 邦雇 用 保 障政 策 を伴 わな い 限 り{一分 に は機 能 せ ず,負 担 を公 的扶 助 に繊 寄 せ す る こ とに な るか らで あ る

。 こ う した考 え方 に 、γ脚 した45年 完 全雇 用 法案 は連 邦 政 府 が働 く意 志 を持

った す べ て の勤労 者 に就労 機 会 を保 障 す るため に公 的 支出 や そ の他 の政 策 に よって 介 入す べ きこ とを明瞭 に謳 って い たカa残 念 なが ら成 立 に は至 らなか った.結

(5)

0294) 現 代 ア メ リカの福 祉国 家 政 策5

局,ニ ュ ー デ ィ ー ル は社 会 保 険 を 完 全 雇 用 保 障 政 策 で 補 完 す る こ と が で き な

(g)

か った ので あ る。

もち ろん,ニ ューデ ィー ル は戦 後 の基 本 的経 済 問題 が失 業 にあ るとい うコ ン セ ンサ スを残 した。30年 代 の大 不 況 を経 験 した後 で は,政 府 が高雇 用 の維 持 を 公 約 しな い と い った状 況 な どお よ そ 考 え られ ず,完 全 雇 用 法 案 の流 産 後 に46 年雇 用 法 で公 約 の0応 の実 現 を 見 るに至 った。 こう して経 済 は 自律 的 な安 定 や 失 業 を低 水 準 に保 っ機 能 を備 えて い る訳 で はな く,政 府 が経 済 の安定 と高雇 用 に貢 献す る責 任 を持 って い る とい う考 え方 が50年 代 頃 まで に は広 く受 容 され るよ うにな ったの で あ る。 だが,そ う したな かで 黒 人層 は社 会 保 障制 度 に限界 的 に抱摂 され て い るにす ぎな か った。 とい うの も,30年 代 に黒 人 が就労 で きた 農業 や サ ー ビス業 な どは老 齢 年金 や失 業保 険 の適 用外 とされ た ので,大 部 分 の 黒 人 は社 会保 険 制度 の対象 外 に 置力aれて い たか らで 諾 っ ま り黒 人 は社 会保 障 か ら も高 雇 用 政 策 か ら も限 界 的 に しか 恩 恵 を 受 け られ ぬ ま ま に放 置 さ れ て い た の で あ る0

以 上 の 如 くニ ュ ー デ ィー ル福 祉 国 家 は社 会 保 険 と公 的 扶 助 の 二 分 法,社 会 保 険 か らの 事 実 上 の 黒 人 除 外,完 全 雇 用 保 障 と社 会 的 支 出 の 連 係 欠 如 な どの 欠 陥 を 持 って い た.で は,な ぜ ニ ュ ー デ 仁 ノレの福 祉 国 家 は こ の よ うな 欠 陥 を 内 包 す る こ と に な った の か 。 ニ ュ ー デ ィー ル福 祉 国 家 は 自助 主 義,能 力 主 義,州 権 主 義 な ど の 伝 統 的 イ デ オ ロ ギ ー が 大 不 況 と い うい わ ば一 種 の エ ア ・ポ ケ ッ トに 陥 っ て 甚 だ 弱 体 化 した 間 隙 を縫 って 誕 生 した 。そ れ 故,も しア メ リカ が30年 代 に 大 不 況 を 経 験 しな か った な ら ば,恐 ら くニ ュ ー デ ィー ル の福 祉 国 家 は流 産 す

C10)

る か,も っ と貧 弱 な もの に な っ て い た で あ ろ う とい わ れ る。 確 か に 欠 陥 は多 々 あ るが,そ れ で も35年 社 会 保 障 法 が 国 民 福 祉 に 対 す る国 家 の 責 任 を 初 め て 確 認 した と い う意 義 は決 して 軽 視 す る こ とが で き な い の で あ る。

[2]1950年 代 ま で の 福 祉 政 策 (1)戦 時 期 の 政 策

周 知 の 如 くイ ギ リス は1942年12月 の ビバ リ ッ ジ報 告 に 基 づ き,44〜49年 の

(6)

6商 経 論 叢 第33巻 第2号

0293)

間 に福 祉 国 家 を 整 備 した。 こ れ に よ っ て す べ て の英 国 民 が病 気

,失 業,廃 疾, 老 齢 家 族 扶 養 義 務,あ る い は無 所 得 に伴 う困 窮 か ら保 護 さ れ る こ と に な

っ た の で あ る。

一 方sア メ リカ で は ロ ー ズ ベ ル ト大 統 領 が40年11月 ,NRPB(自 然 資 源計画 委 員会)に 戦 時 期 の 連 邦 社 会 経 済 政 策 を 立案 す る よ う に指 示 を 与 え た

。 これ を 受 け てNRPBは 雇 用,救 済,社 会 保 険,住 宅 や 都 市 開 発,戦 後 の 退 役 軍 人 給 付 な 『牌 す るea,を 実施 し・ ア メ リカ型完 全 雇 用翻 国 家 を概 括 した報 告 を提 出 した。また43年3月 に は社会 政 策 に関 す る最 も重 要 な報 告 書 で あ る 「社会 保 障,労 働 及 び救済 政 策(ア メ リカ版 ビバ リッジ計画)」(NRPBに より39年 末 に任命 さ れた長期的労働及び救済政策委員会案)が 戦 後 ア メ リカ の福 祉 国 家 計 画 を提 示 し た。 同 委 員会 は ア メ リカ的経 済 保 障水 準 を国民 の権 利 と して保 障 す る ことを求 め た。む ろん,同 委 員 会 は社会 保 険 と公 的扶助 の 二分 法 を そ の ま ま踏 襲 したが

, 扶 助 を犠 牲 に して保 険 を増進 させ る ことを望 まず,両 者 の ギ ャ 、ソプを埋 め るた

め に新 しい社 会 保 険 政 策 と公 的扶 助 の連 邦 直 営 化 を提 案 した の で あ る

。 しか も,同 委 員 会 は当時 支配 的 であ った経 済停 滞 論 に与 し戦後 の 高失 業率 を予想 し て いた の で・社 会 政 策 の拡 充 と連 係 した完 全 雇 用 政 策 の必 要 性 を痛 感 して い た。 そ こで,同 委 員会 は公 共 事業 と公 的雇 用 を失 業 問題 の解決 策 と考 え

,活 動 の ピー ク時 に失 業者 の40%弱 を雇 用 したWPAよ り も強 力 な権 限 と柔 軟 性 を

持つ鯉 の謂 を酷 毘 だが,廻 」 救済 嘱 膿 関が4。年代に次々と廃 止

され る一 方 で,こ れ らの提 案 はす べ て不 首尾 に終 わ った。 健康 保 険 も実 現 に至 らず,公 的扶 助 もつ いに連邦 直営 化 され るに至 らなか ったの で あ る

この た め 戦 時 期 に は44年GI法 を初 め とす る退 役 軍 人 諸 法 が福 祉 立法 と し て はむ しろ 目 立った存在 で あ った とい って よ い。 とい うの も退 役軍 人 法 は身 体 的 な健康 回復 か ら雇 用 支 援 や 健康 保 険 に まで及 ぶ包 括 的 な ニー ズを カバ ー し

, 教 育 や住 宅 所 有 や新 規 事 業 開 始 に対 す る補 助 や 融 資 を規 定 して い たか らで あ

る。

(2)年 金 福 祉国 家

(7)

0292) 現 代 ア メ リカの福 祉 国 家 政策7

戦 後,ア メ リカ の社 会 政 策 は ニ ュ ー デ ィー ル 期 の 雇 用 ・救 済 中心 か ら老 齢 保 険 重 視 へ と転 換 し た 。 と い う の も,連 邦 の 社 会 改 革 は州 ・地 方 が 財 政 危 機 に 陥 った 大 不 況 期 に は促 進 さ れ た が,財 政 の 安 定 した 戦 時 ・戦 後 期 に は抑 制 さ れ ざ る を 得 な か った か らで あ る。 しか も,ロ ー ズ ベ ル ト政 権 は 大 不 況 期 に は社 会 政 策 を 推 進 した が,戦 争 の 切 迫 に伴 っ て 関 心 を 専 ら外 交 政 策 に 集 巾 す る よ うに な っ た。 こ う した 政 府 の 態 度 は議 会 の 一1'導権 回 復 と相 倹 って 社 会 立 法 計 画 の進 展 に大 き く ブ レー キ を掛 け る結 果 とな っ た の で あ る。

戦 後 に な って よ うや く,50年 に トル ー マ ン政 権 が48年 の 選 挙 戦 勝 利 の 余 勢 第1表OASDHIの 加 入者数

(12月,単 位;10万,%)

\ 幡 調鍵

19互面711274(58)…2741…11971・

1

難 審ll

196317・3162・(88)1554166 1842'

lll難1蕪

糊1鰍 蹴 鋤

;il

16 i4 13 13 13 13 11 11 10 9 9 9 to

皿 93 1鵬 拾 羅 穏 B B 据 犠 H 嬢 ⊥

=‑II111

2316219910109101096555554 372526262726242128323435373842

(資 料)U.S.C。ng,es,Sub・ ・mmittee・nFi・calP・li・y・fth・J・intC・mmittec,Studiesin

Publi、Welfare,Dec.31,1974,p.21.カ ・ コ 内 はJ̀li雇/聡 数 に ・llめ る 加 緒 の 上ヒ率 ・

(8)

8商 経 論 叢 第33巻 第2号

(291)

を駆 って老 齢 遺族 保 険(OASI)を 拡 充 す る法 津 を成1̀Lさせ た。 同 法 は家 事労 働 者 や農 業 労働 者 や非 農 業 自営 業 者 に対 して老 齢保 険 へ の強制 加入 を義 務 づ け, 給 付 を イ ンフ レに対 応 して引 き上1ずる ことを規 定 して(13)Get̀.そ の繰 第 俵

に 明 らか な如 く老 齢保 険 加 入 者 は50〜55年 の5年 間 に一気 に1

,520万 人 も増 加 し,加 入者 比 率 も67%か ら86%に 上 昇 した。逆 に非農 業 自営 業 者 の非加 入 は 420万 人,家 事労 働 者 の それ は120万 人 も減少 した ので あ る

。 こ う して連 邦管 掌 失 業 保 険 や短 期 廃 疾 保 険 は永 遠 に実 現 の機 会 を失 う こと に な った が,OASI は第1図 の よ うに老 齢 者 の生 活 を支 え る重要 な所 得 源 泉 とな って行 った

。 そ の 後3社 会保 障 庁(SSA)はOASIの 拡 充 に よ って包 括 的 な社 会保 険 制度 を確 ヴす るた め・退職 者 に対 す る廃 疾 保 険(DI)や 健康 保 険(HI)な どの導 入 に照準 を置

く 

くこ とに な るの で あ る。 こ う して イ ギ リスが40年 代 末 に包 括 的 な福 祉 国 家 を 誕生 させ たの と は対 照 的 に,ア メ リカ は50年 代 初 頭 まで に 老齢 年 金 保 険 制 度 を 除 き,包 括 的 な連 邦 社 会 福 祉 政 策 を 実 現 す る可 能 性 を 放 棄 して しま った と い って よい。

しか も社 会 保 障 庁 は社 会 保 障(保 険)と 公 的 扶 助 の 両 者 を監 督 す る官 庁 で あ った に もかか わ らず,公 的扶 助 を社 会保 険 の発展 に対 す る脅威 と看 倣 し

,絶 えず その抑 圧 に奔走 した。 同庁 は拠 出制 老 齢年 金 の拡 充 に遵 進 す る一 方 で

,老 齢 者扶 助 を魅 力 の薄 い もの にす る ため に あ らゆ る努 力 を した。 だ が,そ れ は第 2表 と第3表 の如 く老 齢 扶助 の受 給 者 が71年 まで恒常 的 に200万 人 を超 え

,60 年 代 前 半 まで 老 齢保 険 受 給者 を凌 駕 して い た よ うな状 況 下 で はま った く非 現 実 的 だ った といわ ざ るを えな い。そ れ で も50年 代 以 降 老齢 年 金給 付 額 は第4表 の よ うに老齢 扶 助 手 当(第2表)よ り も早 いペ ー スで 上 昇 したの でa次 第 にそ の 魅 力 を 増 す こ とに な った。 もち ろん,社 会 保 障 庁 は執 拗 に 老齢 保 険 を 「既 得 権 」,即 ち勤 労 者 と政府 の名 誉 あ る契 約 と して称 揚 す る一 方 で,行 政 的 裁量 を 使 って公 的扶 助 に対 す る受 給 資格 の厳 格 化 と給 付 水 準 の 引 ドげを徹底 させ よ う と した。多 くの州(特 に南部諸州)は た とえ連 邦 政 府 に鼓 舞 され な くと も福 祉(公 的扶助)の 抑 制 に は熱 心 に取 り組 ん だ が,社 会保 障 庁 は カ リフ ォルニ ア州 の如

く リベ ラル気 取 りの州 に対 して は公 的扶 助 の量 的 ・質 的 な抑 制 を指 導 したので

(9)

(290) 現 代 ア メ リカの福 祉 国 家 政 策9

第1図 ア メ リ カ の 老 齢 者 の 所 得 源 泉

(10億 ドノレ)

拶 ぎ ぎ 斜 壽 麹

/

'

審 ぎ 釧

2322212019181716151413121110

19001905191019151920192519301935194019451950195519601965

(資 料)US,C。ng,essSub・ ・mmitt…nFiscalP・1i・y・fth・J・intE・ ・n・micCommittee,

UldAgelncomeAssistance,Partl,90thCong.lstSess.December,1967,p.1$2.

(10)

01

商 経 論 叢 第33巻 第2号

0289)

第2表 公的扶助の受給数 と受給者当 り月平均給付

474 .25 056172

9033.50

43鶯 に98

2,5381Q4 50.0555.55 2,30510 58.9Q67.4

229†916

57.50f68.0557.05114 .fi5 2,1428932

61.5571.95158.50119 .10 464

59.851122.40

『51万 「

62・25'i31 rn・30

…「

5↑一. .557工 .1,054 66.50136.95

55811,27 50.10 8364611,297 90.4516176

73・9典 認

144.35

024 7.50

320 15

3.72 32.40

374 52.O

fi51 1U71.45 241602

48.75085.50

369f8Q3 56.15108.35

803875

90.2b幽176.05 93512.552 97.65f187,95 斗,Q682,918 0225190.96

156 195.21

943

233 20.85 2,192 23.50 3,073 28.35

701

副 訂 ・

3,5662,?53 29.45}

3,7892,8441 29.30i

3,9302,95

29.70

.互7齋3圃

31.50 4,3963161

32.85 sss 36

30 39.50

4,555

313 45.15 9,659 49.65 10,653 5z.30

46.65 3141 55.05

×31 71.60f

411 67.95

354

・・:1 3521

6r.95t

l‑‑346 68.60

31Q

(12月 単 位llド ル)

2漏、禦 艶遡

蜘 、 然 ト ∴

22A25 t一

94・4皇仁

5,413

141.65 7,033×47

111.60422'

7,822

7431 23.30

244 24.85 1,0h9 26.15 900 26.30'

27・ 働

799

30.50

31614

663 36.20

732 一39.40

826

4470

153.諾 }'

860「 ㌃ 可92

護 講 鍮 熱 雛 含 ま 射 糟 朧h獅 瀦 含 鰯,

72.201

83.58

(11)

C2$8)

1940 1945 1950 1955 1960 1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973

現 代 ア メ リカの福 祉 国 家 政 策11

第3表OASDHI現 金給付 の受給数 と金額

(12月)

合計

受給 数(1万)金 額(

+1

OASI

Dll可

22 22

129 129 …124

348 348

..1127

79s 796 ・・.i412

,484 1,416 691 936

,087 1,913 174 1,517

,277 2,080 197 1,639

,370 2,156 214 1,723

456 2,223 234 2,063

2,531 2,fi23 2,729 2,848 2,987

2,283 2,356 2,436 2,520 2,631

249 Zs6 293[

327 356

金 額(100万 ドル)

24 127 412 888 1,396 1,503 1,576 し   

2,160il,964

i

2,62812,386

1:0599161:lll

4,2703,821

136 148 182 196

i‑‑

(資 料)U.S.C・ng・essSub・ ・mmitt…nFiscalP・li・y・fth・J・int Committee,StudiesinPublicWelfare,Dec.31,1974,p.20.DIは

廃 疾 保 険,OASIは 老 齢 遺 族 保 険 。

認 。

こ う して老 齢 保 険 は50年 代 に有 受 給 資 格 退職 者 の増 加 に よ って 老齢 者 扶 助 受給 者 を最終 的 に超 え,質 的 ・量 的 に福 祉国 家 の中心 的 な制 度 とな った。 社 会 保 障(社 会保険)は 広範 な政 治 的支 持 を得 られ る神 聖 な制 度 とな り,二 大 政党 間 の政 権 交替 に も影響 され る ことな く,加 入 義務 範 囲 の拡 大 や給 付 の引 上 げ,及 び新 しい廃 疾 や 医療 保 険 の追 加 な どの順調 な福 祉拡 充 の恩恵 を享受 したの で あ

(16)

861242

296

[

401 1449

(3)福 祉 の危 機(公 的扶助の膨張)

公 的 扶 助 は35年 社 会保 障 法 の制定 時 に は さ ほ ど大 きな存 在 で はな か った が, 当 初 予 期 した よ う に は縮 小 せ ず,逆 に予 想 も しな か った社 会 経 済 的 な変 化 に よ って 第5表 の よ う に大 幅 に膨 張 す る に 至 っ た。 特 に要 扶 養 児 童 家 庭 扶 助

(12)

12商 経 論 叢 第33巻 第2号

X287) 第4表OASDHI平 均月給 付額

1945 1950 1955 1960 1961

粛 鷺

1962 1963 19fi4 19fi5 1966 1967 1968 1969 1970

24.9 43.86 61.90 74.Q4,f 75.65

76.19

・ii 77.57 83.92 84.35 85.37 98.86 100.40 118.10 19711̀132.17   ア  ユ   コ35 1973

40.23 43.63 43.81 44.24 51.21

a・

61.19 68.35 84.09

9.70 11.74 17.05 20.Ol 28.25 27.52 27.39 27.85

子供 遺

28.13154.99

1

31.98'61.26

32.72161 .84 33.】.0,62.57 38.12'70.85 38.63'71.10 44.85,'82.23

×9.369・ ・94

59.90;110.36 12.22 12.45 28。43 38.12 51.37 52.74 53.57 54.33

19.61 19.83 34.24 45.91 59.29 59.38 59.38 59.43 59.4Q 65、4引

(期 末,単 位:ド ル)

66.84169.11 67.8570.05 73.75176.03

0176.52

86.43188.21 87.72188.96 101.71f103.21 113.171114.26

 ヨ  コ    ヨ  を ら 156.34140.59

・w・

69.11

65.5774.10

65.8674.9977.23

74.93 7s.os 86.51 95.61 115.45 118.16

89.99/32.41128 .56

90・591 91・12}

97.76 98.09,

・ ・w

1973166.4284.78j61 .40111.78

鹸遡L‑

(資 料)U・S・C・ng・essSub・ ・mmittee。nFisca1P・li・y・)fth,J。illtC。

mmittee,S励,、in PublicWelfare ,Dec.31,1974,p.22

111.86 112.74 131.29 146.521

;

179.32

32.23 32.23 34.9 34.51 34.28 38.26 38.14 42.5 45.6 54.3 55.5

28.39 28,48 31.61 31.34 3.38 34.79 34.64 38.63 41.50 49.38

×0.33

(AFDC)が50年 代 か ら60年 代 に か け て 第2図 の よ うに 受 給 数 を 増 加 さ せ た

。 問 題 はAFDC受 給 者 が 労 働 市 場 に対 す る 限 界 的 参 加 者 で あ った た め に

,各 種 社 会 保 険 の 受 給 資 格 を ほ とん ど確 保 で き な か った と い う点 に あ る

そ れ で も,60年 頃 ま で はAFDCは ほ と ん ど 政 治 的 関 心 の 対 象 に は な ら な か った 。 受 給 者 は40年 代 の120〜220万 か ら50年 代 の310万 へ と増 加 した も の の,受 給 児 童 比 率(対 全児 童数)は3 .3%で 安 定 し て い た か ら で あ る 。AFDC 受 給 世 帯 主は家 族 の生 活 を 支 え る た め に残 され た 寡 婦 が 大 部 分 で

,月 平 均 手 当 も例 え ば60年 に4人 家 族 で108ド ル に す ぎ な か った。そ もそ もADC(要 扶養児 童扶助)は 当 初,要 扶 養 児 童 の み を対 象 と した扶 助 制 度 で あ っ た が

,徐 々 に要 扶

(13)

0286) 現 代 ア メ リカの福 祉 国 家 政 策13

第5表 アメ リカの公 的扶 助

(単 位:100万 ド ル)

総計 小計 老齢

1940 1,0201.020473 1945 988988726 1950 2,3542,3541,454 1955 2,5172,5171,488 1960 3,2633,2631,626 1961 3,4113,4111,569 1962 3,5123,5121,566 1963 3,6483.64$1,610

196 3,8173,8171,607 1965 3,9963,9961,594 1966 4,3064,3061,630 1967 4,9324,9321,698 1968 5,6725,67211,673

1969 6,8676,6321,747 1970 8,8618,4291,866 1971 10,8fi410,1971,920 1972 11,20011,1521,894 1973 11,38811,3491,743

給金 疾廃人盲

⁝ 8 櫨 謝 端 螂 畿 孫 醐 細 脚

111

22餌536886%848586778587879197皿鵬鵬

AFDC

547 sly 994 1,149 1,290 1,35fi 1,497 1,644 1,850 2,250 2,824 3,553 4,857 6,230 7,020 7,212

293 214 320 351 290 277 270 261 252i 323 420 474 632 761 ア   sso

2178891■1940

9 223 416 639 (1>

ω

   ユ  ロ     U.S.CongressSubcommitteeonFiscalPolicyoftheJointCommittee,Studiesin(資料)

PublicWelfare,PaperNo.20.HandbookofPubliclncomeTrasferPrograms:1975.

December31.1974,P・170.(1)は72年1月 ら 医 療 扶 助 に 含 め ら れ る よ う に な っ た 。

養 児童 の両親,里 子,18歳 以 上 の子供,労 働 不能 な父 親 や失 業 した父 親 な どに まで扶 助 対 象 が拡 大 され,62年 まで に家族 の経 済 的手 段 を扶 助 す る制 度 と して AFDCへ と発 展 したので あ る。 だ が,そ の結 果 と してAFDCは 適 用 範 囲 の拡 大 と給 付 水 準 の上 昇 に見舞 われ,60年 代 以 降 に は第2表 の よ うに受給 数 の持続 的 な増 加 を招 くこ とに な る。特 に61年 社 会 保 障法 改正 は失 業 した父 親 の い る 世帯 に対 す る扶 助制 度(AFDC‑UP)を 認 あ る こ とに よ って,元 来 「両親 の死 亡 した児童 」 を対 象 と して い た この制 度 を専 ら 「健 在 だ が親 の不在 な家庭 」 を対 象 とす る ものへ と変質 させ る こ とにな った。AFDC‑UPを 設 け た州 は全米 の半 数 に止 ま り,受 給 数 は72年 に至 って もAFDC受 給 世 帯 の5%未 満 にす ぎな

(14)

M商 経 論 叢 第33巻 第2号

(285) 第2図AFDC支 給額 と受給者 数

(資 料)S・A・L・vitanandT・g9・ ・t,Th・P枷 α幡 ,1976,p.5。,

か ったが,雇 用 可 能 な男 子 が救 済 を受 けて い る とい う事実 は嫌 で も公 的 な関心 を 惹 起 せ ざ る を 得 な か 喫.も ち ろ ん,根 本 的 な原 因 は ニ ユ ー デ ィー ル の福 祉 国家 が 二分 法 を 前提 と した就 労 者 の た め の経 済 保 障 制度 を作 りなが ら

,す べ て の労働 可能 者 に就労 機 会 を保証 す る完 全雇 用 保 障政 策 を構 築 で きなか

った と い う点 に あ った。 従 って,か か る欠 陥 は就 労機 会 を得 られ ぬ労働 可 能 者 の 大群 を 公 的 扶助 で吸 収 す る こ とに よ って しか解 決 で きず,そ れ は今度 は福 祉費 の人膨 張 を招 くとい う新 た な矛盾 を増 幅 す る こ とに な るので あ る。

こ う してAFDCは60年 代 まで に社 会 的 に好 ま し くな い福 祉 の象 徴的 な存 在 とな った・ しか も・例 え ば62〜63年 の デ ト・イ 賄 のAFDC受 給 家 族13

,000 世 帯(81%が 黒人)に 関 す る調 査 が 如実 に示 して い る よ うに,そ の給 付水 準 は極

めて低 く悲 惨 な もの だ った。m即ち・4人 家族 を例 に挙 げ れ ば,受 給額 は月160ド

(15)

0284) 現 代 ア メ リカ の福 祉 国 家政 策!5

ル,年 に 僅 か1,920ド ル に す ぎず,連 邦 政 府 の 設 定 した貧 困 線 で あ る3,000ド ル を 大 き く下 回 って い た 。 こ の た め 彼 らの 半 数 近 くは 十 分 な 食 糧 に も事 欠 く有 様 だ った とい繍2.そ こで,被 受 給 世 帯 は まず 衣料 費 を切 り詰 め たの で・ そ

の 児 童 達 は3/4が レイ ン コ ー トを,半 数 が ゴ ム靴 や 長 靴 を 持 って い な か った 。 これ らの 家 族 は1/9が 電 話 を,ま た1/10の み が レ ク レー シ ョ ン資 金 を 所 持 し て い た に す ぎ な い とい う。 しか も,1/3の 家 族 が 医 療 費 を支 出 した が,市 当 局 か らの 医 療 費 支 給 は全 くな か っ た の で あ る。 さ らに,67年 のHEW(保 健教 育福祉 省)のAFDC世 帯 調 査 も受 給 世 帯 の 悲 惨 な生 活 が そ の 後 も さ ほ ど改 善 さ れ ず に

(19)

続 い て い る状 況 を 確 認 して い る。

∬ 「貧 困 に対 す る戦 争 」

[1]背 景

社 会 活 動 家M・ ハ リ ン ト ンが 説 得 力 の あ る 熱 烈 な 著 書 『も う1っ の ア メ リ カ』 で4,000〜5,000万 人 に も達 す る恵 ま れ な い 新 しい 貧 民 の 悲 惨 さ を 暴 露 し, ア メ リカの貧 困醗 見 を促 した の は1962年 の こ とだ 喫.こ れ を契 機 に貧 困 問 題 を 取 り上 げ た著 書 や論 文 が 次 の 数 年 間 に ま るで 洪 水 か 何 か の よ う に 陸 続 と 出 版 さ れ る に 至 った 。 ケ ネ デ ィ大 統 領 もハ リ ン ト ン とD・ マ グ ドナ ル ドの書 い た もの を読 み,新 しい 貧 困 問 題 に つ い て 研 究 す る よ う顧 問 達 に指 示 した 。 ケ ネ デ ィの 後 を襲 っ た ジ ョ ン ソ ン大 統 領 は ス タ ッ フ ワ ー クを 継 承 し,64年 に 「貧 困 に対 す る戦 争 」 を 表 明 す る こ とに な っ た の で あ る。 こ の よ うな 展 開 に よ って ハ リ ン ト ンの 本 もベ ス トセ ラ ー の 仲 間 入 り を し,貧 困 問 題 も30年 代 以 降 初 め て 新 聞 の 一 面 欄 を 占 め る よ う に な っ た 。 何 年 間 も知 らぬ 顔 を して き た 経 済 学 者 や 社 会 学 者 や 人 類 学 者 達 ま で もが 続 々 と貧 困 問 題 の研 究 を 開 始 し,そ の 原 因 や 影 響 及 び 対 策 な ど の 困 難 な 問 題 に も取 り組 む に至 っ た の で あ る。

だ が,ア メ リ カ 国 民 の 大 多 数 は 貧 困 問 題 の 深 刻 さ に 全 く気 づ い て お らず,む し ろ60年 代 初 頭 の 世論 調 査 に示 さ れ る よ う に 将 来 に 対 して 極 あ て 楽 観 的 な 展 望 を 抱 い て い た 。 社 会 問 題 に対 す る国 民 の 関 心 は モ イ ニ ハ ン報 告 が 激 し い論 争 を 喚 起 す る65年 以 前 に は決 して 強 い も の で は な か っ た。 つ ま り・60年 代 初 頭

(16)

16商 経 論 叢 第33巻 第2raTJ

(283)

に お け る貧 困 の再 発 見 は決 して国民 自身 が社 会 的危 機 を見 つ けた結 果 と して生 じた とい う訳 で は なか った。 国 民 は60年 代 末 の 人 種 暴 動 を 目の 当 た りに して よ うや くそ う した危機 に気 づ き始 め るの で{21) 。

と ころで,ケ ネデ ィこ ジ ョンソ ン政 権 の政 策 立案 者 は ド貧困 に対 す る戦 争」

に果敢 に挑 戦 したが,そ の一 方 で は社 会保 険 と公 的 扶助 とい う社 会 福 祉 の 二分 法 に よ って呪 縛 され て もいた。 この二 分 法 は政府 が富 の再分 配 や所得 保 障 な ど に真 摯 に取 り組 む ことを妨 げ,「偉 大 な社 会 」の行 く末 に も大 きな影 を落 とす こ とに な った。 当初,政 策 立案者 達 は経 済 成 長 とい う魔 法 の杖 に よ って社 会 的 苦 痛 や 不公 正 を改善 し,黒 人 に対 す る人 種 差 別 主義 の影響 を軽 減 す る こ とが で き る と盲 信 して いた。 だが,人 種 対 立 や都市 暴動 や黒 人庶 出子 の増 加 な ど といっ た問題 は持 続 的 な経 済成 長 に よ って も一 向 に解 消 されず

,社 会 の秩序 や規 律 を 維持 す るため に新 た な福 祉 政 策 の展 開 が 不 可欠 とな った。 また,民 主党 が 都lf∫

騒 票への鮪 を強め政 治 働 員の腰 力・ら鮒 を利用す るよ うにな った こ

と や,60年 代 初 頭 の 貧 困 の 再 発 見 が 国 民 の 間 に 衝 撃 と憤 激 を 喚 起 す る こ と に な った こ とか ら社 会 福 祉 は 目覚 ま しい 拡 充 期 を 迎 え る こ と に な

っ た 。 しか も, こ う した 動 き に 公 民 権 運 動 が 新 しい要 素 と して加 わ り

y社 会 福 祉 を ア メ リカ 人 麟 別 礒 の 影 響 に 対 処 す る棲 な 政 策 へ と 発 展 させ て 行 っ た の で(23)

。 周 知 の 如 く公 民 権 運 動 は 南 部 で は50年 代 に 始 ま り

,54年 の ブ ラ ウ ン判 決 (ブ ラ ウ ン対 教 育委 員会・" .1的な人 種分 鰍 育 は違 憲 と し撮 繊 判 決),56年 の M・L・ キ ン グ牧 師 指 導 下 で の バ ス ・ボ イ コ ッ ト運 動(ア ラバ マ州 モ ン トゴメ リー),セ ン トラ ル 高 校(ア ー カ ンソー州 リトル ロ ック)で の 人 種 差 別 禁 止 を 強 制 す る た あ の ア イ ゼ ンハ ワ ー大 統 領 に よ る軍 隊 派 遣,60年 に始 ま る座 り込 み デ モ運 動,南 部 の 公 共 施 設 に お け る人 種 差 別 待 遇 禁 止 な ど の 画 期 的 な 事 件 を通 じて 盛 り上 が っ て 行 った 。 しか し・黒 人 暴 動 が64年7月 に 北 部 の ス ラ ム街 で は初 め て ハ ー レム(ニ ュー ヨー ク市)で 勃 発 した の を 皮 切 り に 各 都 市 で 頻 発 し

,65年8月 に は ワ ッ ツ(ロ サ ンゼル ス市)で 大 暴 動 を 惹 起 す る に 至 っ た

。 そ こで,貧 困 と戦 う積 極 的 な政 策 が ス ラ ム街 に 平 穏 と秩 序 を取 り戻 す た め に 不 可欠 で あ る と看 倣 さ れ る よ うに な っ た。 公 民 権 運 動 も次 第 に 目標 を 人 種 差 別 や選 挙 権 の 問 題 か ら

(17)

0282) 現 代 ア メ リカの福 祉 国 家 政 策17

住 宅,雇 用,福 祉 や教 育 な どの問題 にまで拡 大 し,新 しい 市民 運動 の担 い手 と

(24)

な って 行 った の で あ る。

例 え ば,公 民 権 運 動 の 活 動 家 は州 要 扶 養 児 童 扶 助(ADC)規 則 の 「援 助 に値 す る家 庭 」条 項 の 改 正 を要 求 す る運 動 に加 わ った 。35年 社 会 保 障 法 の成1r後 に作 成 さ れ た 州 規 則 は初 期 の 母 親 扶 助 法 の特 徴 で あ った 「援 助 に 値 す る家 庭 」 へ の 扶 助 の 限 定 を 踏 襲 して い た。社 会 保 障 庁 や 公 的 扶 助 局(BPA)は こ う した制 限 を 撤 廃 さ せ る べ く圧 力 を か け た け れ ど も,南 部 を 中 心 と す る諸 州 は40年 代 末 に 激 化 した 反 福 祉 の 反 動 に お い て 標 的 と な っ た 非 白 人 や 庶 出 子 児 童 へ の 扶 助 を 拒 否 す る た あ に執 拗 に 「援 助 に値 す る家 庭 」 規 則 を 堅 持 しよ う と した の で あ る。

と い うの も,AFDC経 費 は 女 性 世 帯 家 族 が 急 増 し大 量 の 持 続 的 貧 困 を 生 み 出 した た め に急 速 に膨 張 せ ざ る を 得 な か っ た か らで あ る。AFDC年 間 経 費 は50 年 に は世 帯 当 り864ド ル,総 額 で5.7億 ドル に す ぎ な か っ た が,62年 に は 世帯

当 り1,512ド ル,総 額 で14億 ドル に増 加 した 。 とい う の も,最 大 の 公 的 扶 助 制 度 と な っ たAFDCは 当 初 の 要 扶 養 児 童を 抱 え た 「援 助 に値 す る」寡 婦 に対 す る 援 護 制 度 か らあ らゆ る種 類 の 「不 適 格 者 」 や 「援 助 に値 しな い」 者 ま で 援 護 す る制 度 へ と変 質 して 行 っ た か らで あ る。だ が,こ の よ うなAFDC制 度 の 変 質 は 議 会 指 導 者 を 苛 、アた せ る こ と に な っ た。 例 え ば,61年 にR・ バ ー ド上 院 議 員

(ウ ェス トヴ ァー ジニァ州)に よ って 提 出 さ れ た 上 院 委 員 会 報 告 は ワ シ ン ト ンDC のAFDC受 給 者 の60%が 法 律 的 に は 不 適 格 者 で あ る こ と を 示 して い た 。 しか

も,リ ベ ラル 派 のH・ ハ ン フ リー(ミ ネ ソタ州)を 含 む バ ー ド上院 議 員 の 同 僚 達 は直 ち に揃 って 同 報 告 に賛 同 の 意 を 示 した の で あ る。 も ち ろ ん バ ー ド議 員 の 主 張 が 議 会 で 好 意 的 に迎 え られ た の は福 祉 に対 す る議 会 の 長 年 の 冷 淡 な 姿 勢 と共 鳴 す る も の が あ っ た か らで あ る。 議 会 はAFDCが 激 増 して 将 来 手 に負 え な く な る の で は な い か と い う不 安 に駆 られ て い た 。何 故 な らば,当 時AFDC受 給 所 帯 の 約40%は 継 続 して3年 か ら5年,25%は5年 以 上 も給 付 を 受 給 し続 け て い た か らで あ る。 しか も,受 給 世 帯 の30〜40%が 子 供 時 代 に福 祉 に依 存 して い た 親 を 持 っ 家 庭 で あ った と い う。 こ の 点 に っ い て は労 働 省 の 報 告 書 も 「AFDC受 給 世 帯 の か な りの 部 分 が 福 祉 受 給 家 庭 の 第2,第3世 代 に よ って 占 め られ て い

(18)

18商 経 論 叢 第33巻 第2号

0281) る」 と確 認 して い た の で あ る。く らラ

[2]ケ ネ ヂ ィの 反 貧 困 政 策

ケ ネ デ ィ大 統 領 の 内 政 面 で の 関 心 は62年 頃 ま で は 主 と して 高 成 長 と 失 業 救 済 に 集 中 して い た 。 も ち ろ ん,ケ ネ デ ィ は経 済 拡 人 政 策 を追 求 す る一 方 で

,大 統 領 青 少 年 非 行 青 年 犯 罪 委 員 会(PCID,61年5月)の 設 置,地 域 再 開 発 法(ARA, 61年5月)や 人 材 開 発 訓 練 法(MDTA ,62年)の 制 定 な ど の 政 策 を 実 施 した。 だ が,こ れ らは い ず れ も貧 困 対 策 と は い え ず,3っ の 政 策 の 中 で はMDTAが 最 も 大 規 模 で 人 気 も高 か っ た が,多 くの 限 界 を 抱 え て い た た め に 様 々 な 批 判 を浴 び

(2fi)

る こ とに な った。その一 方で,ケ ネデ ィは60年 末 に保 健教 育福 祉 省(HEW)の 立 法 担 当次 官 補 だ ったW・ コーエ ンを長 とす る特 別 調 査 委 員会 を社 会 保 障 と 福 祉 を改 革 す るた め の広 範 な計 画 を作 成 す るため に任 命 した。 コ̲エ ンはそ の 後 もケ ネ デ ィ,ジ ョン ソ ンの 両政 権 下 で社 会 福 祉 立法 の 作成 と実施 に関 して 重 要 な役割 を担 うこ とに な るの で あ る。

と ころ で,コ ー エ ン周 辺 の福 祉 組 織 は世 帯 主が失 職 し失業 手 当 も費消 させ た 両 親 同居 の窮 迫 家 庭 に対 す るAFDC支 給 を認 め る 立法 措 置 を求 め て政 府 に圧 力 を 掛 け始 め た。 ケ ネデ ィも同 法案 につ いて コー エ ンか ら個人 教 授 を受 け

,早 速61年2月 に議 会 に 立法 化 を勧 告 す るに至 った。議 会 は失 業 した父 親 が家 族 遺 棄 を思 い止 まる効 果 を期待 して61年 に両親 同居 家 庭 へ のAFDC給 付 を1年 間 だ け認 め る法 律 を通過 させ たが,62年 に は5年 間 の延長 を認 め た。む ろん, この制度(AFDC‑UP)は 州 に対 す る強 制 で はな く任意 の制度 で あった ので,農 村 や貧 困 な地 域 な ど を中心 に約 半 分 の州 が60〜70年 代 を通 じて全 く実 施 しな か った。制 度 を設 け た州 で も様 々な条 件 が 課 され た ため,AFDC‑UPの 受 給 者

は77年 現在,AFDC受 給 者全 体 の僅 か4%弱 にす ぎなか った

。 しか も,AFDC

‑UPは 父親 に よ る家 族 遺 棄 の抑 制 に は ほ とん ど効 果 が なか

った といわ れ る。と はい え,AFDC‑UPは 大 恐 慌以 降 初 めて長 期 失 業 者 に現 金 給付 を適 用 した もの で あ り漣 邦 福 祉政 策 にお け る リベ ラノレな前進 を示 す もの と評 価 で(27)

。 福 祉 政 策 にお け るケ ネデ ィ政 権 の も う1つ 大 きな業 績 は社 会福 祉 事 業 家 の特

(19)

≪gay 現 代 ア メ リカの福 祉 国 家 政 策19

別 な訓 練 に対 して 連 邦 資 金 の支 出 を認 めた62年 公 共 福 祉 修 正 法 で あ った。 同 法 の最 も重 要 な規 定 は連邦 政 府 が 困窮 者 に対 す る社会 福 祉 事業(社 会復帰や貧困 予防)経 費 の75%を 州 に 支弁 す る ことを認 めた点 に あ る とい う。 ケ ネデ ィは同 法 を35年 社 会保 障 法 以 降 で 最 も大 きな 公 的福 祉 制 度 改革 と 自賛 した。 同法 制 定 の推 進 力 とな った の は貧 困 問題 の解 決 に は現 金 扶 助 と同時 に専 門 家 の サ ー ビ

スが必 要 だ と主張 して きた社 会福 祉 事 業家 の強 い影 響 力 で あ った。 既 に アイ ゼ ンハ ワ ー一政 権 のM・ フ ォル サ ムHEW長 官 は社 会福 祉 事 業 が貧 困 者 を社 会 復 帰 させ,長 期 的 な扶 助 コス トを縮 小 させ るの に役 立っ との期 待 か らこの見 解 に 賛 同 して い た。 議 会 も56年 に州 と折 半 で連 邦 資 金 を社 会 福 祉 サ ー ビスに支 出 す る こ とを認 め た が,州 政 府 が負担 増 を嫌 って これ を全 く無視 した ので あ る。

それ故,62年 修 正 法 の意 義 は連 邦 の 負担 率 を75%に 引 き 一ヒげ る こ とに よ って 州 に対 す る誘 因 を高 め た にす ぎな い とい って よ い。

62年 修正 法 成 立 の第2の 推 進 力 は 「多様 な問 題 を抱 え る家 庭 」が 州 ・地方 予 算 に益 々負 担 増 を強 い て い るとい う認 識 で あ った。 この問題 は福 祉 依存 の慢性 化 を懸 念 して い た ケ ネ デ ィ政 権 のA・ リビ コ フHEW長 官 に強 烈 な 印象 を与 え,貧 民 が何 世代 も継 続 して福 祉 に依 存 す る とい うよ うな不 幸 を社 会 福祉事 業 に よ って 阻 止 しな けれ ば な らな い と決 意 させ た。 予 て よ り リビ コフ は公 的福祉 政 策 を現 金 給付 中心 主義 か ら被救 済 民 の社会 復 帰 と貧 困 化 防 止を重視 した制 度 に転 換 させ る必 要 が あ る と考 え て い た。 しか も,こ の社 会 復 帰 重 視 論 は ケ ネ デ ィの関心 を呼 び,ま た社 会福 祉 事 業 の重 視 は社 会 福 祉事 業 家 のみ な らず 福祉 支 出を長 期 的 に は削 減 した い と望 んで いた保 守 派 か らも賛 同 を得 る こ とが で き

た。とい うの も当時,目 に余 る福 祉 濫 用事 例 の報 告 が相 次 いで公 表 され たた め, 議会 保 守 派 が福 祉 改革 に対 して非 常 に厳 しい姿勢 を取 る よ うに な りっ っ あ った か らで あ署 。 こ う した保 守 派 の 感情 を宥 め るた め に は現 金 給 付 を徐 々 に福 祉 サ ー ビ ス に 転 換 さ せ て 行 く こ と が 是 非 と も必 要 だ っ た の で あ る 。 リ ビ コ フ の 予 想 に違 わ ず,議 会 は福 祉 費 の 削 減 に役 立っ か も知 れ な い と考 え て,こ の62年 修 正 法 案 に 直 に 飛 び っ い た 。 同 法 案 は 下院 で 保 守 派 がAFDC‑UP条 項 を 削 除 し

よ う と画 策 した もの の失 敗 に 終 わ り,上 院 で は ほ とん ど論 争 も な く通 過 して62

(20)

20商 経 論 叢 第33巻 第2号

(279)

年7月 に大統 領 の署名 を得 た ので あ る。

だ が,結 果 を先 に 言 って しまえ ば,同 法 は福 祉 受 給 者 の削 減効 果 とい う期 待 を完 全 に裏切 る こ とに な った。従 って,福 祉 費 節 減 と い う議 会保 守 派 の 目標 は 達 成 され ず,逆 に連 邦 福 祉 サ ー ビス支 出 を63年 度 の1 .94億 ドル か ら72年 の 25億 ドル へ と激増 させ る こと にな った。 とい うの も,貧 困予 防 や社 会 復帰 の た め の施 策 は実 質 的 とい うよ りは 「か ら くり」の よ うな もので

,67年 のAFDCに 関 す る調査 が 明 らか に して い るよ うに社 会 福 祉 サ ー ビスの実 態 は 「稀 な楽 しい 雑 談 」 にす ぎなか った か らで あ る。 結 局,社 会 復 帰 は福 祉 依 存 を回 避 した い と い う長 年 の実 現 しそ う もな い夢 の よ うな 目標 にす ぎなか った といえ(29)

。 もち ろん,こ う した結 果 は救 済 受給 数 の増加 によ って 生 じたの だ が,む しろ そ れ以 上 に重 要 な原 因 は62年 修 正 法 の サ ー ビス条 項 が 州 に と って 甚 だ魅 力 的 な もので あ った点 にあ る といわ れ る。 規則 第3条1項 は従来 現 金給 付 に対 して 適 用 され て い た規 則 よ りも遙 か に寛 大 で あ り,も う1つ の条 項 は潜 在 的福 祉 受 給 者 に対 す る支 出 を認 め,し か も連 邦 政府 分 担 額 を制限 して いなか った。 そ こ

で,州 政府 は財 政 の逼迫 の折 か ら,こ の条 項 を利用 して既 存 の サ ー ビス支 出項 目用 の資 金 を連 邦 か ら引 き出 し,過 去 に は 自前 で支 弁 しな けれ ば な らな か った 様 々 な計 画 に それ を流 用 した ので あ る。 議 会 は貧 困者 の社 会復 帰 促進 の名 の下 に実 施 され た計 画 の実 態 を知 って仰 天 し,72年 に福 祉 サ ー ビス支出 に対 す る連 邦 負担 に上 限 を設 け る こ とにな る。 さ らにHEWの 報告 を 見て も,社 会復 帰 を 果 た した家庭 は68年 時点 でAFDC受 給 世帯150万 の うち僅 か2万 世帯 にす ぎ

Ego) な か

っ た と い う。

ケ ネ デ ィ も62年 末 に は ア メ リカ の貧 困 問 題 に対 して 抜 本 的 な 対 策 を 講 ず る 腰 が あ ると識 す る に至 っ喫.そ こで,ケ ネ デ ィ醜 は63年 夏 に は貧 困 程男題

に対 して 広 範 な 対 策 を 実 施 す べ く方 針 を 転 換 した。 む ろ ん,こ の政 策 変 更 は国 民 大 衆 の 圧 力 に よ る も の で は な く,ま た 公 民 権 運 動 や黒 人 暴 動 の 不 安 か ら生 じ た もの で もな い。 む しろ,63年 に 中 ・高 所 得 層 の 利 益 に 繋 が る減 税 政 策 の た め に 奮 闘 して い た ケ ネ デ ィ政 権 が こ れ とバ ラ ンス を 取 る意 味 で 低 所 得 層 向 け に何

らか の 政 策 を 実 施 せ ざ る を得 な か っ た た め で あ った と い っ た 方 が よ(32)'̀̀

(21)

{278) 現 代 ア メi)カ の 福 祉 国 家 政 策21

こ う した政 治 的 顧 慮 に も増 して 重 要 な の は 当 時 の社 会 科 学 者 達 に よ る貧 困 の 再 発 見,特 に ハ リ ン ト ンの 新 し い貧 困 論 を 受 容 さ せ る よ うな 見 解 の 登 場 で あ っ た 。 「貧 困 に 対 す る戦 争 」 の ア イ デ ア は政 府 最 高 顧 問 のW・ ヘ ラ ー が 非 現 実 的

な 大 規 模 連 邦 支 出 を要 求 す る ハ リ ン トンか ら直 接 的 に 得 た も の で は な く,57〜

62年 の 間 に 貧 困 率 低 下 の 減 速 と 老 齢 者 や 女 性 世 帯 や マ イ ノ リテ ィの 貧 困 率 上 昇 を 示 す 経 済 学 者R・ ラ ン プ マ ン(ウ ィス コンシ ン州)の 統 計 に衝 撃 を受 け て 案 出 した も の で あ る。こ う して ヘ ラ ー は63年5月,経 済 成 長 が 貧 困 を 減 少 さ せ る 力 を 大 き く減 退 さ せ て い る と して,ケ ネ デ ィに 大 胆 な 貧 困 対 策 を 実 施 す る よ う

に勧 告 した の で あ る。

[3]ジ ョン ソ ンの 「偉 大 な社 会 」 (1)経 済 機 会 の 拡 大

前述 の 如 く貧 困 に対 す る戦 争 は 当 初 ケ ネ デ ィの ア イ デ ア で あ った が,彼 の 暗 殺 さ れ た63年11月3日 に ヘ ラ ーCEA委 員 長 と会 談 した ジ ョ ン ソ ンが 反 貧 困 計 画 の 立案 を 改 め て 指 示 し,「偉 大 な 社 会 」計 画 へ と発 展 させ る こ と に な った の で あ る。 ジ ョ ン ソ ンは64年1月8日 の 議 会 教 書 で 「貧 困 に 対 す る無 条 件 戦 争 」 を宣 言 し,翌 月1日 に はS・ シ ュ ラ イ バ ー を 新 しい 反 貧 困 計 画 の 責 任 者 に 任 命

(33)

して経 済 機 会法 案 の作 成 を急 が せ た。

と ころで,同 法 の立 案者 達 は将 来 的 に は福 祉 を消滅 させ る とい う二 分 法 に基 づ く貧 困予 防 の古 い夢 に固執 して い た。 例 えば,シ ュ ライバ ー は施 し物 の支 給 制 度 に は全 く興 味 が な い と言 明 し,ジ ョンソ ン も自分 の反貧 困計 画 を福 祉受 給 者 を縮小 させ るた め の方策 と看倣 して い た。 つ ま り,政 策 立案 者達 の根 本 的 な 目標 は人材 訓練 制度 や公 共福 祉 修 正 法 に倣 って現 金給 付 で な くサ ー ビスの提 供 を重 視 し,貧 民 の 自助 を支 援 す るた め に 「機 会」 を拡 大 す る こ とにあ ったの で あ る。 しか も,貧 困 と低 教 育 水準 は高 い相 関 関係 が あ ったの で,経 済 的 機 会 の 拡大 は青少 鞭 助 に焦 点 が 置 か れ る ことを意 味 して し喫.こ う して貧 困 に対 す る戦争 は予 防 と社 会復 帰 とい う長 い伝 統 的 な夢 を実 現 す る こ とで あ り,貧 民 が 最 も必 要 と して い る仕 事 や所 得 を与 え る こ とで はな い とい う立 場 に立 っ こ とに

(22)

22商 経 論 叢 第33巻 第2号

X277)

な った ので あ る。 もち ろん,労 働 の意志 や能 力 が あ って も

,機 会 が技 術変 化 や 相 応 な職 の不 足 や 人種 差 別 な どに よ って妨 げ られ,ま た新 しい貧 民 が経 済 成 長 の囎 に浴す ることも稀 だ ったので識 会 よ りも所得繍 が腰 だ と考え る者

も い た 。 だ が,今 や 時 代 は 大 不 況 の30年 代 で は な く黄 金 の60年 代 で あ り ,豊 か な 社 会 は機 会 の 拡 大 に よ っ て 貧 困 を 十 分 に 克 服 で き る と い う過 大 な 自信 を生 ん だ の で あ る。

ケ ネ デ ィ政 権 は経 済 機 会 と並 ん で コ ミュ ニ テ ィー 活 動 を 主 要 な 福 祉 目標 と し て 重 視 した ・ コ ミュ ニ テ ィ ー活 動 の 主 唱 者 。まR・ ケ ネ デ ィやP・ ハ ̲ケ ッ トな ど大 統 領 青 少 年 非 行 青 年 犯 罪 委 員 会 と関 係 を 持 つ 官 僚 や 社 会 科 学 者 が 多 か

っ た が,貧 民 の 習慣 や 生 活 態 度 を 変 え た い と い う 目 標 を 除 き

,手 段 を 含 め て 多 くの 点 で 意 見 を 異 に して い た。 経 済 機 会 法 案 の 作 成 作 業 は63年12月 か ら本 格 的 に 開 始 さ れ た が,各 種 の 理 論 的 相 違 を 解 消 し よ う と 努 力 す る 者 も

,コ ミ ュ ニ テ ィ ー 活 動 を 貧 困 に対 す る戦 争 の 中 核 と して 期 待 す る 者 も ほ と ん ど い な か

っ た。 と い う の も,ケ ネ デ ィ大 統 領 の 死 は そ の 熱 烈 な 主 唱 者 で あ っ たR・ ケ ネ デ ィや ハ ー ケ ッ トの 発 言 力 を 大 き く低 下 させ た か らで あ る

ジ ョ ン ソ ンか ら法 案 の取 りま と め 役 を 委 任 さ れ た シ ュ ラ イ バ ー は作 業 の進 捗 と議 会 通 過 を 最 優 先 に考 え,僅 か2ヵ 月 弱 の 間 に成 案 に 漕 ぎ着 け た

。 ジ ョ ン ソ ン は ロ ー ズベ ル トの 弟 子 と して 政 治 生 活 を 始 め た こ と もあっ て,ニ ュ ー デ ィ̲

ル を一 種 の 巨人 な 反 貧 困 計 画 と看 倣 し,残 さ れ た 懸 案 を 実 施 して 地 上 か ら貧 困 を 一 掃 して し まお う と考 え て い た 。 しか も皮 肉 な こ と に,ジ ョ ン ソ ン と シ ュ ラ イ バ ー と い う2人 の 性 急 さ が 却 って コ ミュ ニ テ ィー 活 動 を 単 な る研 究 や 実 演 宣 伝 的 な もの か ら大 規 模 な コ ミュ ニ テ ィ ー組 織 の 結 成 を 促 す もの へ と発 展 させ る

の に 役 立 った の で あ る。(36)

だ が,ジ ョ ン ソ ン は減 税 法 案 を 通 過 さ せ た ば か り だ っ た と い う こ と も あ っ て,多 額 の 資 金 を要 した り増 税 を 必 要 とす る よ うな 大 胆 な 計 画 に は最 初 か ら尻 込 み して い た。 この た め 計 画 は常 に支 出 に 対 して 保 守 的 な 態 度 に よ っ て 大 き く 制 約 さ れ 続 け る こ と に な っ た 。 例 え ば,ワ イ ッ労 働 長 官 らが 法 案 作 成 過 程 で タ バ コ税 の増 徴 収 入 に よ る12 .5億 ドル の 公 的 雇 用 計 画(WPA計 画 に類 似)を 法 案

(23)

(276) 現 代 ア メ リカの福 祉国 家 政 策23

に挿 入 さ せ る べ く ロ ビー ス ト活 動 を 行 っ た が,増 税 案 に 怖 気 づ い た ジ ョ ン ソ ン が これ を に べ もな く拒 否 した の で あ る。 こ う して64年3月16日 に 議 会 に 送 ら れ た最 終 案 は早 急 な 法 案 作 成 を 優 先 さ せ て 政 治 的 妥 協 を 重 ね た結 果f雇 用 創 出 に は余 り役 ーた ぬ様 々 な 政 策 の 寄 せ 集 め と い った 内 容 の も の に な る に 至 っ た 。 総 支 出 額 は初 年 度 に9.6億 ドル にす ぎず,し か も4。6億 ドル は他 の 予 算 項 目 か ら流 用 さ れ る こ と に な って い た 。 こ の ケ チ 臭 い 予 算 に対 して リベ ラル 派 が 文 句 を っ け た が,法 案 作 成 者 達 は既 存 の福 祉 制 度 に加 え て,こ の 法 律 が 貧 民 の 自助

(37)

を支援 す るので貧 困 を阻 止で きるの で はな い か と楽観 して い た ので あ る。

(2)内 容

64年 経 済 機 会 法 は 「偉 大 な 社 会 」 の 最 初 の政 策 で あ りf貧 困 の結 果 を緩 和 し そ の 原 因 を排 除 す る広 範 な計 画 を 生 み 出 した。 コ ミュ ニ テ ィー活 動 計 画 は地 域 社 会 に基 礎 を 置 く組 織 を設 置 し,貧 民 を 動 員 して 彼 らに 意 志 決 定 に お け る発 言 権 を 与 え た 。ま た コ ミュニ テ ィー組 織 の 傘 下 に お い て 法 律 サ ー ビ ス,成 人 教 育, 近 隣 保 健 セ ン タ ー や そ の 他 の施 策 が 展 開 さ れ た。例 え ば,職 業 練 成 隊(JC)は 貧 困 な環 境 か ら離 れ た 宿 泊 場 所 で の集 中 的 な訓 練 と教 育 に よ っ て 社 会 的 に 不 利 な 境 遇 に あ る若 者 の 生 活 を 変 え よ う とい う も の で あ っ た。 近 隣 青 年 隊(NYC)は

10代 の若 者 に学 校 の 内 外 で 就 労 経 験 と必 要 な 所 得 を 提 供 す る計 画 で あ った 。ア メ リカ へ の 奉 仕 志、願(VISTA)は 貧 民 か ら抜 け 出 し,貧 民 を助 け る ボ ラ ン テ ィ ア の ワ ー カ ー を動 員 す る こ と を 目指 して い た 。 就 学 前教 育(ヘ ッ ドスター ト)は 早 期 教 育 を 改 善 す る こ と に よ り 出 発 時 点 で の 機 会 を 平 等 に し,ま た 学 歴 向 上 (UpwardBound)は 能 力 が あ りな が ら経 済 的 に就 学 困 難 な学 生 に 高 等 教 育 を 事

(38)

受 さ せ る こ とを 目的 と して い た の で あ る。

そ こで,コ ミュ ニ テ ィー 活 動 の 実 態 を 見 る た め に 全 米51都 市 の 活 動 を 例 に 挙 げ れ ば,第6表 の よ う に な る 。 資 金 べ 一 ス で 判 断 す れ ば,コ ミ ュ ニ テ ィ ー 活 動 の 中 心 は教 育 と社 会 サ ー ビ ス,次 い で 職 業 訓 練 に あ った と い って よ い。 これ と比 較 して モ デ ル都 市 の場 合 に は第7表 の よ う に も う少 し活 動 が 多 様 で,教 育 に次 い で 環 境 保 護 ・開 発(都 市再 開発)や 住 宅 な どが 高 い 比 重 を 占 め て い た。

(24)

24商 経 論 叢 第33巻 第2号

第6表 コ ミ ュ ニ テ ィ ー 活 動 計 画 (51都 市s1968年,%)

(275)

・言

利用資金額

サ ー ビ ス 教 育

社 会 サ ー ビ ス 職 業 訓 練 保 険 サ ー ビ ス 住 宅

法 律 サ ー ビ ス と非 行

78.1 wt 25.4 12.8 5.7 2.5 3.2 コ ミ ュ ニ テ ィ ー 組 織

計 画

近 隣 セ ン タ ー 組 織

セ ツ ル メ ン ト ・ハ ウ ス 組 織

8.4 3.7 3.0 1.7

他 の コ ミ ュ ニ テ ィ ー 活 動13 .5

現 地 ス タ ッ フ の 使 用5 .7

現 地 コ ミ ュ ニ テ ィ ー ・ グ ル ー プ の 使 用3 .0

地 方 リ ー ダ ー の 訓 練2 .5

そ の 他2 .5

(資 料)S.A.LevitanandR.Taggart ,ThePromise

oゾGreatness,P.171.

第7表 モデ ル都 市の各活 動別資 金 シェア C%) 教 育

保 健

環境 保護 ・開発 住宅

人 材職 業開発 合 同社 会福祉 事業 経済 ・事業開発 犯罪 ・非行

レク レー シ ョン ・文化 市民 参加

交通 ・通信 配 置 転 換 評価 ・情 報 計 画運営

20H17166654581437AUOO

(資 料)S.A.LevitanandR.Taggart ,ThePromise

ofGreatness,p.i72.

そ して,こ れ らの多 様 な計 画 を監 督 し貧民 の利 害 を代 表 す る連 邦機 関 と して経 済 機 会 局(QEO)が 設 置 され た。もち ろん,決 して期 待通 りの成 果 が達 成 され た訳 で はなか った が,経 済機 会 局 は単 な る貧 民 の保 護 を超 え て貧 困 の経 済 的 社 会 的原 因 を是 正 しよ う と試 み た点 で 画期 的 な もの で あ っ た といえ る。 しか し,反 貧 困 政 策 は偉 大 な社 会 の いわ ば秘 蔵 っ子 的存 在 で あ った が,ニ

ク ソ ン政 権 に と って は 出来 の 悪 い継 子の よ う な も の だ っ た。経 済 機 会局 は多様 な貧 困 計 画 を1っ1つ 他 の機 関 に移 管 させ られ,つ い に74年 に は閉鎖 に追 い込 まれ た ので あ る。

とは いえ,立 法記 録 を見 る 限 りで は,貧 民 の保 護 とい う 点 で ジ ョンソ ンとニ ク ソ ンの 間 に は ほ とん ど顕 著 な相 違 が 見 られ な い。偉 大 な社 会 は60 年 代 末 に始 ま り70年 代 初 頭 まで続 く福 祉 爆発 を惹 起 した と して責 め られ た りあ る い は

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管理 ……… 友廣 現場責任者及び会計責任者、 研修、ボランティア窓口 …… 是永 利用調整、シフト調整 ……… 大塚 小口現金 ……… 保田

現場責任者及び会計責任者、 研修、ボランティア窓口 …… 是永 利用調整、シフト調整 ……… 園山 小口現金 ……… 保田