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Deutschlernen und Kurzaufenthalte in Deutschland : Versuch zur Verbesserung der Wirksamkeit von Studienreisen

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Kyushu University Institutional Repository

Deutschlernen und Kurzaufenthalte in

Deutschland : Versuch zur Verbesserung der Wirksamkeit von Studienreisen

カスヤン, アンドレアス

九州大学大学院言語文化研究院

https://doi.org/10.15017/1832794

出版情報:言語文化論究. 39, pp.21-31, 2017-09-01. Faculty of Languages and Cultures, Kyushu University

バージョン:

権利関係:

(2)

ドイツ語学習と短期間の研修旅行

―研修旅行の充実化を目指して―

アンドレアス・カスヤン

はじめに

九州大学では、すでに1980年代前半に「ドイツ語とドイツ文化研修旅行」という短期間の研修旅 行が設立され、九大の学生は2009年までその行事に参加していた。さらに、2003年に「ドイツ・イ ンターンシップ研修」という行事も始まり、現在まで続いている。本論は両行事を照らし合わせな がら、「ドイツ・インターンシップ研修」の設立経緯およびこの行事に参加する学生のドイツ語学習 とその成果について論ずる一方、“異文化学習”という概念についても触れる。

1 「ドイツ語とドイツ文化研修旅行」と「ドイツ・インターンシップ研修」

「ドイツ・インターンシップ研修」の設立と初期の5年間の成果(文献Ⅱ参照)についてはKasjan

(2008)で発表されたが、ここで簡単にまとめることにする。1980年代前半に、九州大学のドイツ 語科で活躍していた数人のドイツ語教員は、学生のドイツ語学習への関心を高めるため、「ドイツ語 とドイツ文化研修旅行」という行事を設立した(Michel/Nemoto 1985;根本 1998)。この研修旅行 の目的は、ドイツ語を様々なコンテキストで体験し、日常生活においてドイツ語を経験できるチャ ンスを参加する学生に与えることであった(Michel/Nemoto 1985, 12-13)。この研修旅行は1984年 以降、1991年を除き、毎年3月に行われていた(根本 1998, 32)。当初から、九州大学の学生だけ でなく、九州地方の他大学の学生も参加することができた(文献Ⅰ参照)が、2010年度以降、九州 大学はこの行事には全く関わっていない。

「ドイツ語とドイツ文化研修旅行」については根本(1998)と参加者のレポート集(文献Ⅰ参照)

で述べられている。この研修旅行では、当初からホームステイが行われ、第7回目以降はミュンヘ ン大学でのドイツ語講座も行われた。第13回以降は、以下のプログラムの形で行われていた。すな わち、ドイツ滞在の最初の2週間、ミュンヘン大学でのドイツ語講座を受ける。その間、参加者は ユースホステルに泊まり、余暇の時間は一人やグループで自由行動をする。2週間のドイツ語講座 の後、学生は一人、または参加者とペアを組み二人で、1週間程度ドイツの家庭でホームステイを する。ホームステイの期間中、平日は団体で小学校や福祉施設を見学したり、観光スポットを訪れ たりし、週末は一日中ホストファミリーと一緒に過ごす。最後の一週間は、自分で選んだ場所へ一 人で研修に行く。日本に帰国後、参加者は2ページほどの主に日本語によるレポートを書く。

Michel/Nemoto(1985, 12-13)が目指した研修の目的は達成されたかのかどうか、またはどれほ

ど達成されたのか、は推測することしかできない。ドイツ語の使用については、学生が日本人の参 加者同志、または引率者と話しをする際は、ほぼ全面的に日本語を使用している様子を、筆者は第

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11回、第12回、第13回の旅行で目にした。ミュンヘンやホームステイ先では日本人の参加者同志で 一緒に過ごす時間が多く、団体で活動している時には引率者がドイツ語による説明を全て日本語に 通訳する。また、最終週の個人研修の際、学生がドイツ語を実際に使うのか、どれほど使うのかと いうことは把握しにくい。故に、ドイツ語に触れる時間、ドイツ語を使用する時間はそれほど多く ないと言える。

この問題点を指摘した日本人引率者もいる(田畑 1990;1995;2002)。第7回旅行報告書で、田 畑(1990, 33-34)は、学生がホームステイ中ドイツ人やドイツ語にあまりにも接触しないと指摘し、

団体の活動や日本語の使用を減らし、その分ホームステイ先の家族と一緒に過ごす時間を増やすべ きだと提案した。しかし、5年後の第12回の旅行報告でもまた、田畑(1990, 18-19)は日本語の使 用を減らすべきだと促した。

第20回まで学生のレポートは、2つの例外を除き、全部日本語で書かれていたので(文献Ⅰ参照)、

ホストファミリーやドイツでお世話になった方々はそれを理解できなかった。第21回以降、日本語 のレポートに、ホストファミリーへのお礼などの短いドイツ語の追加文が付けられるようになった。

上に述べたことをまとめると、「ドイツ語とドイツ文化研修旅行」におけるドイツ人とドイツ語と の接触およびドイツ語の使用は、ドイツへの研修旅行において、あるべき姿ではなかった一方で、

旅行中の日本語の使用が多すぎたと言える。ドイツ滞在の充実を図るため、筆者は2002年に以下に 述べるような研修旅行の新しいコンセプトを立案した。

2 「ドイツ・インターンシップ研修」の内容

以上述べた理由から、筆者はドイツ人とドイツ語により多く接触し、またドイツ語の集中的な使 用を提供する新しい形の研修旅行を考えた(Kasjan 2008;文献Ⅱ参照)。その新しい形とは、ドイ ツ滞在中の1ヶ月間、参加する学生が全期間一人でホームステイをし、最初の1週間は、午前中ド イツ語講座を受け、午後地元の学校での授業参観や町の見学をする。そして、残りの3週間は自ら 選んだインターンシップ先でインターンシップをするという形である。集中的にドイツ語に接触し、

ドイツ語を使用するという目的を達成するために、参加者には英語の使用が望ましくないことを指 示し、またホストファミリーやインターンシップ先にも日本人学生とはドイツ語のみ使用すること を頼んだ。この新しい形の研修旅行は「ドイツ・インターンシップ研修」と名付けられた。筆者は 学生を毎年3月にドイツへ引率する計画を立てた。

第1回「ドイツ・インターンシップ研修」は2003年の3月に行われ、行き先はノルトライン=

ヴェストファーレン州の東部にある人口約4万人のレムゴ市だった。当時は、その都市にある日独 交流協会の助けを借り、ホストファミリーやインターンシップ先を用意してもらった(カスヤン 2003, 2-3)。旅行のコンセプトは参加した学生や殆どのインターンシップ先やホストファミリーに よって肯定的に受け入れられたが、レムゴ市への旅行は結局2回だけだった。その大きな理由は、

日独交流協会が我々の「ドイツ語の積極的な使用」という要求に応じなかったことである。その協 会は英語による案内を計画し、一部のインターンシップ先やホームステイ先では参加した学生は英 語で話しかけられ、学生のドイツ語による質問に英語で答えられるというような問題があった。

レムゴ市の協会から分離した後、筆者は旅行を全て自分で計画することに決め、フランクフルト から電車で約1時間離れているオーデンヴァルト郡を新しい行き先にした。新しい行き先では地元 の知り合いの助けを借り、郡長、市長、学校の校長、幼稚園の園長、業者の経営者等を含め、郡の 多くの人々と直接話し合い、ホストファミリー、インターンシップ先、ドイツ語講座を担当する先

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生を見つけることができた。

2005年以降、オーデンヴァルトでの「ドイツ・インターンシップ研修」は、2012年~2013年を除 いて、毎年3月に行われている。研修本来の当初からのコンセプトは、その大部分が保持されてい る。4週間の滞在中、参加者は個別にホームステイし、最初の1週間、90分のドイツ語講座を計10 回受講し、残りの3週間はインターンシップを行う。インターンシップ先は大企業ではなく、家庭 用品の店、パン屋、ケーキ屋、レストランの調理所、花屋、魚の養殖所、家庭医・歯医者の診療所 のような中小企業や学校、幼稚園といった所である。インターンシップには、決められた労働時間 はなく、労働時間はホストファミリーとインターンシップ先の間で決められる。インターンシップ 中、参加者がホストファミリーと一緒に行動するため、インターンシップを休むということもあり 得る。ドイツ語講座は地元の総合学校(中高一貫校)の施設を借り、講座終了後はその学校で授業 参観をし、生徒に日本文化、日本事情について説明する。

旅行のための準備はほぼ1年かかる。4月の初旬、新1年生に「ドイツ・インターンシップ研修」

を知らせる。5月上旬からほぼ毎週、参加希望者のためのドイツ語勉強会を開き、その勉強会は週 末に行なわれ、時間帯は参加する学生の都合を聞いて決められる。10月初めに選抜試験が行なわれ、

合格した学生はその後もドイツに行くまで毎週のように勉強会と講習会を受ける。その時に、ホー ムステイ先での振る舞い等についても説明を受ける。1ヶ月間のホームステイということは、ホス トファミリーにとってどれだけ大変であるか等も参加希望者に徹底的に説明される。説明の際、お 客さんのように振る舞うのではなく、必ず家族の一員になるように努力するが大切であると強調す る。この研修旅行の成敗はホストファミリーとの良好な関係に左右される、と参加者に説明する。

3 「ドイツ・インターンシップ研修」の準備段階における語学教育について

3.1 第1段階:2003年~2011年

第1回は集中的な準備が行われずドイツへ出発した。第2回から第9回までの旅行は(文献Ⅱ 2004-2011)理想的な準備を模索しながら取り組んだ。ドイツ滞在中は、できるだけドイツ語のみ を使用するという目的を達成するために、準備段階で行われるドイツ語授業だけでなく、ホストファ ミリーやインターンシップ先の選択も重要であった。第2回目から参加者はドイツに行く10ヶ月前 から、ほぼ毎週の語学講座(勉強会)を受けた。授業はバイリンガル教授法(Dodson 1967;Butzkamm 1980;1989)に基づいて行われた。つまり、授業言語を次第にドイツ語にする一方、新しい語彙、

パターン、文法事項は学習者の母語である日本語で導入するという教授法である。ドイツへの出発 の5ヶ月前の10月初め、ドイツ語の選抜試験が実施され、その後もドイツ語の勉強会がある。

第2回から第6回まではドイツ語教育のために様々な教材を使ってみたが、第7回以降はDeutsche Sprachlehre für Ausländer (Schulz/Griesbach 2000;以後:シュルツ=グリースバッハ)を使用するこ とにした。シュルツ=グリースバッハの初版は1955年に出版され、戦後の外国語としてのドイツ語 の最初の教材であり(Ammer 1988, 1)、1960年代に入るまでには外国語としてのドイツ語の唯一の 教材だった(同上:4)。シュルツ=グリースバッハは2000年代に入るまでに出版され続けた。この 教材の学習目標はヨーロッパ言語共通参照枠のB1に相当する。シュルツ=グリースバッハは全部 で26課があるが、選抜試験の試験範囲は最初の9課までである。

また、第7回以降は選抜試験に合格した学生向けの勉強会ではシュルツ=グリースバッハ以外に、

Wir lesen Deutsch(Schroeder/Kirchhoff 1989)という教材も使用している。この教材は、シュルツ=

グリースバッハの補足教材であり、内容を復習するために便利なものである。Wir lesen Deutschの各

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課は本来読むために作成されているが、勉強会では「話す」、「聞く」ための教材として使用される。

勉強会では、筆者がある課の話を学生に読み上げながら、話のキーワードを黒板に書く。その後ま た2、3回読み上げた後で、学生に黒板に書いたキーワードのみを見ながら、話を自分の言葉で再 話させる。

第一段階における「ドイツ・インターンシップ研修」では反省すべき点もあった。第6回の研修 旅行は(文献Ⅱ 2008)すべての参加者、ホストファミリーやインターンシップ先の人々から好評で あった一方、第7回の旅行は失敗に終わった(文献Ⅱ 2009)。その結果、学生を受け入れた家族や インターンシップ先は、もはや学生を受け入れないことになった。問題の原因は、ドイツ語能力が 不十分であるまたは自分の能力に自信がない参加者が、ホストファミリーやインターンシップ先で 言語接触を避けようとし、自室に引きこもり、何にも関心を示さず部屋の隅に座り込んでいたこと にある。確かに、第2回の旅行以降、選抜試験は実施していたが、選抜基準が甘く点数があまりに 低い学生をもドイツへ連れていくことがあった。第8回の旅行以降、試験の範囲と形式は変わらな かったが、70%という合格ラインが導入され、それは厳密に守られた。試験の範囲は相変わらずシュ ルツ=グリースバッハの最初の9課までである。試験の形式は、問題は全て口頭で出され、受験生 は回答を記述する。問題は3つの部分で構成され、1番目の部分は教材の内容に関するドイツ語で の質問を聞き、それにドイツ語で答える。2番目の部分はドイツ語の表現を聞いて、それを日本語 に、3番目は日本語の表現を聞いてそれをドイツ語に直すというものである。

第6回以降、この研修旅行の参加者の中から数人が、帰国して4ヶ月後に「オーストリア政府公 認ドイツ語能力検定試験」(以後:OeSD)のA2またはB1レベルに挑戦し、合格した。具体的に は、第6回の9人の参加者の中から3人、第7回の6人の参加者の中から2人、第8回の4人の参 加者の中から3人、第9回の6人の参加から3人、合計11人全員がA2の試験に合格した。しかし、

このOeSDの試験はドイツから帰国した4ヶ月後に行われたこと、試験に挑戦した学生全員が4ヶ 月間の特別な試験対策授業を受けていたことを指摘しておく必要がある。したがって、ドイツでの 滞在がどの程度試験合格に貢献したのかは、調査の余地がある。また、ドイツへ出発する前のドイ ツ語能力は客観的に把握できない。しかし、「ドイツ・インターンシップ研修」は参加した学生に自 主的なドイツ語勉強を継続するような動機を与えた、ということは明白であると言える。

第9回の後、「ドイツ・インターンシップ研修」の改善を考えるため、研修旅行は2年間中止する ことにした。

3.2 第2段階:2012年~2016年

第10回は、参加者が2人だけであった(文献Ⅱ 2014)。2年間の活動休止により、ドイツの滞在 先でのコンタクトが薄くなり、ホストファミリーやインターンシップ先を探すことはいつもより困 難であった。言語教育改善のための時間は多くはなかったが、旅行の準備段階では教材のための独 日単語表を作成し始めた。ドイツ語教育のために使用した教材は、同じシュルツ=グリースバッハ

Wir lesen Deutschだった。2人の参加者は、帰国してから4ヶ月後、OeSD試験のA2レベルに合

格した。

第11回の旅行では、選抜試験の範囲がシュルツ=グリースバッハの第10課までに拡大されたが、

教材の独日単語表が出来上がり、それを使用したため学生の受験対策勉強がだいぶ楽になったよう だ。つまり、教材の内容の意味を究明する負担が全くなくなってしまったので、学生は教材の内容 を暗記することに集中できるようになった。教材の独日単語表では、独立した単語が説明されるだ けでなく、文の和訳や文法の説明も付けられている。第11回の選抜試験に合格したのは7人で、そ

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の中の5人はドイツ語をたった半年前に勉強し始めた一年生だった。また、この年はドイツに出発 する前に学生にOeSD試験のA2レベルを受けさせた。出発する1ヶ月前の2015年2月に、7人の 中の6人がOeSD試験に挑戦した。1人の学生は別の機会でB1のレベル合格をすでに持っていた ため、試験が免除された。受験した6人のうちに5人が完全合格し、1人が部分合格(口述のみ)

した。

表1で見られるように、レベルA2は「読む+聞く+書く」と「話す」という2つの部分に分か れている。完全合格のためには、90点の中から45点を獲得する必要があるだけでなく、各部分にも 50%の点数(話す45点、読む+聞く+書く35点)を獲得する必要もある。表1で見られるように、

「聞く」で獲得できる点数は30点で一番高く、「読む」では25点、「話す」では20点、「書く」で獲得 できる点数は15点で一番低い。

表1: 2015年2月のOeSDレベルA2-結果

読 む 聞 く 書 く 読む+聞く+書く 話 す 合 計

学生 A 9/25 18/30 15/15 42/70 19/20 61/90 学生B 14/25 17/30 13/15 44/70 19/20 63/90 学生C 4/25 13/30 15/15 32/70 14/20 46/90 学生D 17/25 20/30 12/15 49/70 17/20 66/90 学生E 12/25 17/30 14/15 43/70 19/20 62/90 学生F 19/25 17/30 13/15 49/70 19/20 68/90 試験結果を見ると、「書く」、「話す」で取得した点数は非常に高く、「読む」では殆どの学生が非 常に低い点数、「聞く」ではかなり低い点数取得したことが目立つ。考えられる一つの原因は、筆者 は「書く」、「話す」の受験対策を指導したが、「読む」、「聞く」の対策は学生に任せておいたことで ある。学生が自分だけで「読む」、「聞く」の受験対策をすることは間違いだった。もう一つの考え られる原因は、それぞれのモジュールの取得点数でわかるように、「書く」、「話す」は「読む」、「聞 く」よりも合格しやすいと考えられる。つまり、「書く」、「話す」では、受験生が書きたい、話した いことを書き、話す必要がないものは話さず、書けることや話せることのみを書き、話すのが賢い 戦略である。

第10回「ドイツ・インターンシップ研修」は、関係者(学生、インターンシップ先の世話人、ホ ストファミリー)全員に非常に好評だった(文献Ⅱ 2015)。旅行が始まった3日目の3月3日、オー デンヴァルト郡の郡役所で我々およびホストファミリーやインターンシップ先の世話人のための歓 迎行事が行われた。その歓迎行事は、地元の新聞(Odenwälder Echo,2015/03/05)で報道された。

新聞記事では、オーデンヴァルト郡が人口の減少に悩んでいるという説明に対し、一人の日本人学 生が、日本でも同様の問題があるとドイツ語で答えた、と報道されていた(同上)。ここで強調した いのは、この研修旅行における学生のドイツ語による発言は、前もって発言やスピーチを準備させ ることは一切なく、完全に自発的だということである。また、学生がドイツ人と話している時だけ でなく、日本人学生同志で話している時にもドイツ語を使用するということはこの研修旅行ではよ く見られることである。帰国の4ヶ月後の2015年7月、第10回の参加者の中で、2人がOeSDのレ ベルB1、1人がB2に合格した。

第11回の旅行のための準備はこれまでと同じように行われた。今回の選抜試験に合格した学生は 6人だったが、その中の1人の学生の参加は認められなかった。その理由については第4章で述べ

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る。残りの5人中、2人は参加を辞退したため、2016年の3月にドイツへ行ったのは学生3人のみ だった(文献Ⅱ 2016)。しかし、辞退した2人の学生を含めて5人全員が2016年2月に行われた OeSD試験を受験し、全員合格した。

表2:2016年2月のOeSDレベルA2-結果

読 む 聞 く 書 く 読む+聞く+話す 話 す 合 計

学生 A 21/25 18/30 13/15 52/70 19/20 71/90 学生B 17/25 17/30 14/15 48/70 17/20 65/90 学生C 8/25 18/30 11/15 37/70 16/20 53/90 学生D 19/25 13/30 12/15 46/70 17/20 61/90 学生E 16/25 18/30 12/15 46/70 17/20 63/90 表2で見られるように、試験で獲得した合計点数は2015年の試験と比べると、差は大きくないが、

今回は70点以上獲得した学生もいた。また、「読む」の点数は2015年の試験よりも高かったが、今 回「話す」、「書く」の得点は少し低かった。しかし、総合的にみて、「読む」、「聞く」での得点を上 げるために、将来的に取り組みが必要である。帰国して4ヶ月後、1人の学生がOeSDのレベルB 1に合格した。

2015年~2016年まで「ドイツ・インターンシップ研修」に参加する学生がドイツに行く前にオー ストリア政府公認ドイツ語能力検定試験のA2レベルに合格したのは、途中辞退した学生を含めて、

合計10人で、そのうち1年生が5人である。また、ドイツから帰国後にB1レベルに受かったのは 3人である。参考までに、2016年に発表された文科省の調査によると、高校3年生の英語力はA1 の上位からA2の下位レベルの生徒が多く(文科省2016,6)、A2からB1レベルの生徒は約3割 ということである(同上:13)1

4 “異文化学習”について

言語学習と異文化学習の関係については、外国における短期間の研修でも異文化学習があり得る という意見もある(Sarter 2006、 109)が、異文化学習には言語能力以外に、メタ言語的な知識も必 要であるという(同上)。異文化学習の目的は、Buttjes(1995, 147)によると、自分の文化的概念 から離れ、異文化の概念に合わせる能力を取得することである(Krumm 1995, 158参照)。一方、

Buttjes(同上)は、このような能力は普通、外国語授業以外の環境で形成される。つまり、外国語 能力は関係なく、一般的な倫理性や教養が異文化理解をもたらす(同上)。また、異文化学習に関す るカリキュラムは漠然としたものであり、具体的な説明に欠けていることが多いという(Sarter 2006、

100)。筆者は、異文化理解という概念は、誤った考え方であると思う。人間関係はそもそも理解の 上に築かれるものではなく、理解できないことを寛容の精神で受け入れることが円滑な異文化交流 のための必要な条件だと考えられるからである。

外国でのホームステイでは失望することもあり得るが、ホームステイのおかげで終生の友情関係 が生じることも多いという(Butzkamm 2005, 132)。それに対して、Sarterは (2006、 109)外国へ の研修旅行に関する報告では肯定的なことだけが報道され、失敗に関する情報はあまり手に入らな いとする。そのため、本論では外国への研修旅行で起こった失敗についても触れる。

第12回「ドイツ・インターンシップ研修」の準備段階で起こった問題に戻ろう。選抜に合格した

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学生の参加は認められなかった、と第3章に述べたが、その理由は学生の筆者に対する「ため口」

だった。以前にも、そういう経験があったが、「ため口」をした学生と話しても無駄な努力だという 経験がある。第11回の「ため口」事件については、学生とも話したが、学生に反省の色が見えなかっ たために、次のようなメールを書いた。

[…]今回は…さんを連れていかないことにしました。二人で話した際、私は…さんに、私に対す る不適当な話し方(「ありがとう。」など)を注意しました。でも、…さんは一言も謝らず、その ことが分かっているのか、反省できているのかどうか全然分かりません。先生に対して「ありが とう。」のような言い方はおかしいということは中学生でも分かっているはずですよね。[…]

メールを出して2、3日後学生が研究室へ謝りに来たが、参加するのを認めないという決定は撤 回しなかった。もっとも、学生本人もそれを望まなかったようだった。とにかく、常識(=日本の 常識)に反する行動をとる学生は、外国へ連れて行くのは危険なことである。第13回の準備段階に おいても、選抜試験の前に「ため口」で話した学生の参加を認めないという事件が起こったが、第 13回の研修旅行については今回は述べない。

5 結 論

ドイツへの研修旅行を成功させるためには、英語の使用を制御することが不可欠な条件である。

行き先のドイツ人にも日本人学生とはドイツ語を使用することを強く、明白に要求しない限り、英 語がコミュニケーションの道具になってしまう。ドイツへ出発する前に学生は、ドイツ語を勉強し 始めた1年生を含めて、A2のレベルに到達できると証明した。これまで、そのレベルを達成した 学生は10人、その中で1年生は5人である。異文化学習・理解が、この研修旅行で起こるかどうか、

疑問の余地がある。「ドイツ・インターンシップ研修」のおかげで異文化理解を得た学生はいないと 思う。異文化理解はそもそも疑わしい概念であるが、仮に異文化理解があり得るとしても、それは 短期間では生じないと思う。最後に、このような研修旅行を成功させるために、社会常識に反する 言動(「ため口」、呼捨てなど)を許さないことが言語教育よりも人間としてずっと重要なことであ ると考える。

1 ドイツの学校で目指している第一外国語における学習目的についてはFinkbeiner/Smasal(2016)

とHeine(2016)で述べられている。

参 考 文 献

Ⅰ 「ドイツ語とドイツ文化研修旅行」レポート集(非公刊文献)

1985『第2回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』根本道也(編集)

1986『第3回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』根本道也(編集)

1987『第4回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』根本道也(編集)

1988『第5回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』根本道也(編集)

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1989『第6回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』根本道也(編集)

1990『第7回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』根本道也(編集)

1992『第8回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』根本道也(編集)

1993『第10回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』根本道也(編集)

1994『第11回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

1995『第12回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

1996『第13回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

1997『第14回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

1998『第15回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

1999『第16回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

2000『第17回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

2001『第18回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

2002『第19回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

2003『第20回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

2004『第21回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

2005『第22回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

2006『第23回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

2007『第24回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

2008『第25回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

2009『第26回ドイツ語とドイツ文化研修旅行』ドイツ語とドイツ文学研究会(編集)

Ⅱ 「ドイツ・インターンシップ研修」のレポート集(非公刊文献)

2003『第1回ドイツ・インターンシップ研修』カスヤン・アンドレアス(編集)

2004『第2回ドイツ・インターンシップ研修』カスヤン・アンドレアス(編集)

2005『第3回ドイツ・インターンシップ研修』カスヤン・アンドレアス(編集)

2006『第4回ドイツ・インターンシップ研修』カスヤン・アンドレアス(編集)

2007『第5回ドイツ・インターンシップ研修』カスヤン・アンドレアス(編集)

2008『第6回ドイツ・インターンシップ研修』カスヤン・アンドレアス(編集)

2009『第7回ドイツ・インターンシップ研修』カスヤン・アンドレアス(編集)

2010『第8回ドイツ・インターンシップ研修』カスヤン・アンドレアス(編集)

2011『第9回ドイツ・インターンシップ研修』カスヤン・アンドレアス(編集)

2014『第10回ドイツ・インターンシップ研修』カスヤン・アンドレアス(編集)

2015『第11回ドイツ・インターンシップ研修』カスヤン・アンドレアス(編集)

2016『第12回ドイツ・インターンシップ研修』カスヤン・アンドレアス(編集)

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Michel, Wolfgang/Nemoto, Michiya 1985: „Zur Motivierung der Studenten: Ein Studienprojekt und seine Folgen.“ Berichte des Japanischen Deutschlehrerverbandes 27, 10-17.

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根本道也 1998:「学生のドイツ研修旅行を通して見た大学教育のあり方」『九大教育』 第4号, 29-37.

Odenwälder Echo 2015/03/05: „Kreis für sieben Japaner Heimat auf Zeit.“ S. 13.

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田畑義之 1995:「Was man auf dieser Reise noch machen könnte」『第12回ドイツ語とドイツ文化研修 旅行』12-13.(非公刊文献)

田畑義之 2002:「Bitte lesen Sie, was unsere Studenten geschrieben haben!」『第19回ドイツ語とドイ ツ文化研修旅行』12-13.(非公刊文献)

Sarter, Heidemarie 2006: Einführung in die Fremdsprachendidaktik. Darmstadt.

Schroeder, Herbert/Kirchhoff, Inge 1989: Wir lesen Deutsch 1. Teil: Texte für die Grundstufe. 7. Auflage (1.

Auflage 1968), München.

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Deutschlernen und Kurzaufenthalte in Deutschland:

Versuch zur Verbesserung der Wirksamkeit von Studienreisen Andreas KASJAN

Anfang 1980 begann an der Deutschabteilung der Kyushu­Universität ein Studienreiseprojekt, das Studenten die Gelegenheit geben sollte, im Rahmen eines vierwöchigen Aufenthaltes in Deutschland die deutsche Sprache in vielfältigen Situationen kennenzulernen. Zum Programm der Reise gehörten auch ein Sprachkurs und ein kurzer Familienaufenthalt. Im Laufe der Zeit wurde kritisch angemerkt, dass auf dieser Reise aufgrund von zahlreichen Gruppenaktivitäten zu viel Japanisch und zu wenig Deutsch gespro­

chen werde.

2002 entstand dann eine anders konzeptionierte Studienreise, die intensiveren Kontakt mit der deut­

schen Sprache bieten sollte. Bei dieser Reise sollten die Teilnehmer die ganzen vier Wochen in Gastfamilien verbringen und in dieser Zeit ein dreiwöchiges Praktikum in Schulen, Kindergärten oder Handwerks­

betrieben absolvieren. Die erste Reise fand im März 2003 statt. Leider war der Kontakt mit der deutschen Sprache anfangs noch reduziert, da von einigen Gastfamilien, Praktikumsbetreuern und den Organisatoren vor Ort mehr Englisch als Deutsch mit den Teilnehmern gesprochen wurde.

Ab 2005 wurde als Reiseziel der Odenwaldkreis gewählt, wo mit Hilfe von persönlichen Kontakten Gastfamilien, Praktikumsstellen usw. organisiert werden konnten. Gastfamilien und Praktikumsstellen wurden eindringlich gebeten, im Kontakt mit den Studenten Deutsch zu verwenden. Die Reise wird inten­

siv vorbereitet, sechs Monate vor Reisebeginn findet eine deutsche Sprachprüfung statt. Da die Auswahl der Teilnehmer anfangs jedoch zu nachsichtig gehandhabt wurde, konnten eine Zeit lang auch Studenten mit nur unzureichenden Sprachfähigkeiten teilnehmen. Dies führte zu Problemen in Gastfamilien und auf Praktikumsstellen, so dass eine strengere Auswahl der Teilnehmer notwendig wurde.

Ab 2014 wurden strikte Auswahlkriterien eingeführt. Für die Auswahlprüfung muss der Inhalt der ersten zehn Lektionen der Deutschen Sprachlehre für Ausländer von Schulz/Griesbach durchgearbeitet und seit 2015 einen Monat vor der Abreise nach Deutschland die A2­Prüfung des ÖSD abgelegt werden. Von 2015­2016 bestanden 10 Studenten (darunter 5 Zweitsemester) dieses Niveau. Nach der Rückkehr aus Deutschland bestanden von diesen 10 Studenten drei sogar das Niveau B1.

Für eine Studienreise nach Deutschland, die intensiven Kontakt mit der deutschen Sprache bieten soll, ist es notwendig, die Gastfamilien und die Betreuer auf den Praktikumsstellen zu bitten, auf die Verwendung der englischen Sprache als Kommunikationsmittel zu verzichten und mit den Gästen aus Japan Deutsch zu sprechen. Auch müssen vor der Abreise eindeutige Lernziele definiert und das Erreichen dieser Ziele durch standardisierte Prüfungen nachgewiesen werden. Was das Thema „interkulturelle Kompetenz“ angeht, so hat sich auf dieser Reise eher gezeigt, dass bereits verfestigte Einstellungen und Verhaltensweisen sich nicht durch einen Kurzaufenthalt im Ausland verändern lassen. Auch sollten Studenten, an deren sozialer Kompetenz Zweifel aufkommen, von einer solchen Reise ausgeschlossen

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werden. Hinweise auf einen solchen Mangel an sozialer Kompetenz können Verhaltensweisen wie

„Tameguchi“ (Sprechen auf gleicher Ebene) oder „Yobisute“ (Weglassen höflicher Anredeformen) im Gespräch mit dem Lehrer sein.

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