資 料
英国・北アイルランドにおける家庭科教育の現状
表 真美
₁*
Current Situation of Home Economics Education in the UK: Northern Ireland
Mami OMOTE₁*
The purpose of this study is to clarify Home Economics education in a secondary school in Northern Ire- land.
The study is based on a survey of the Home Economics curriculum, classroom observation and interviews with teachers during a visit to Northern Ireland in January ₂₀₁₇.
₁) Home economics in Northern Ireland is different from "Design and Technology" in England and Wales, and it is taught as a compulsory subject for boys and girls in the learning field "Life and Work" for ₈th to ₁₀th graders.
₂) "Life and Work" features four subjects "Personal Development", "Home Economics", "Local & Global Citizenship", and "Employability". Three key concepts of Home Economics are "Healthy Eating", "Home and Family Life", and "Independent Living".
₃) Home economics was also positioned as an optional subject for vocational education.
₄) Design of a Home Economics lesson plan such as the number of class hours was implemented by each school. Different types of Home Economics classes were taught at the secondary schools visited in Belfast depending on the actual situation of each school.
Home Economics in Northern Ireland is close to that in the Republic of Ireland. It is thought that the edu- cational background of the two countries is the same.
Although a unified curriculum exists, lessons vary because lesson construction is left to each school.
Key words: Home Economics Education 家庭科教育,United Kingdom 英国,Northern Ireland 北アイ ルランド,Secondary School 中等教育学校
所属機関名: 1京都女子大学
1Kyoto Women’s University
原稿受付:2018年 6 月22日 原稿受理:2018年10月11日
* To whom correspondence should be addressed E-mail:[email protected]
1.緒 言
(1)北アイルランドにおける教育制度の概要
英国(グレートブリテン及び北アイルランド王国)は
₄ つの地域に分かれている.一般に「イギリスの教育」
として我が国に伝えられている殆どは,イングランドと ウェールズの内容である.北アイルランドの教育は,い くらかの共通点はあるものの,異なる部分が多く,独自 の教育制度が制定されている.
英国では,キーステージ(Key Stage: KS)ということ ばを使って年齢別の教育段階を設け,各段階のカリキュ ラムを提示している.北アイルランドの教育段階は表 ₁ に示すとおりであり,イングランド・ウェールズとは違 う教育段階により運営されている₁).
北アイルランドでの義務教育は, ₄ 歳からの初等教育 に始まる₂).プライマリースクール(KS ₁・ ₂ ) ₆ 年次 に「₁₁歳時テスト」が行われ,その後,約 ₃ 分の ₁ がグ ラマースクールへ, ₃ 分の ₂ がセカンダリースクールへ
表 1 北アイルランドの学校段階
KeyStage(KS) 年齢 年数 学年
primary₁ ₄ -₅ ₁ 年 ₁
KS₁ ₅ -₈ ₃ 年 ₂ -₄
KS₂ ₈ -₁₁ ₃ 年 ₅ -₇ KS₃ ₁₁-₁₄ ₃ 年 ₈ -₁₀
KS₄(GCSE) ₁₄-₁₆ ₂ 年 ₁₁-₁₂
KS₅(GCE) ₁₆-₁₈ ₂ 年 ₁₃-₁₄
進学する.グラマースクールの約半数,セカンダリース クールの ₄ 分の ₁ は男女別の学校である₃).₁₅/₁₆歳まで の義務教育を修了する際,前期中等教育修了資格認定試験
(GCSE: General Certificate of Secondary Education)を 受 験する.さらに,大学進学希望者は, ₂ 年間の受験用コー スに進み,後期中等教育修了資格認定試験(GCE: General Certificate of Education)を受験しければならない₄). 北アイルランドでは,教育の運営と提供に携わるさま ざまな組織がある.すべての課程を通して,約半数がプ ロテスタント系の管理学校(Controlled School),約 ₄ 割 がカトリック系の維持学校(Catholic Maintained School),
残りの ₁ 割が自治学校(Voluntary School)と統合学校
(Grant Maintained Integrated School)である.いずれも 基本的には北アイルランド教育局の管理下にある₅).
(2)英国,アイルランド共和国の家庭科教育
現在,英国の ₄ つの地域のうち,イングランドと ウェールズでは “Design & Technology” が家庭科に相当 する教科として設置されている.また,スコットランド では,中等教育の教科である “Health and wellbeing” お よ び “Technology” の 領 域 と し て 各 々 “Food and Health”,“Food and Textiles” が含まれている.
イングランド・ウェールズでは,初等学校・中等学校 での必修教科である「デザインとテクノロジー(Design
& Technology)」に家庭科の内容が含まれていることを教 育科学雇用省が示している.初等学校では「フード・テ クノロジー」「テキスタイル・テクノロジー」等として扱 われ,中等学校前期段階では,「フード」「テキスタイル」
の単元が中心となっている₆).また,₂₀₁₄年から施行さ れたイングランドの新カリキュラムでは,デザインとテ クノロジーの食教育分野において,新たに, ₅ 歳から₁₄ 歳のすべての児童・生徒が,必修として「調理と栄養
(Cooking and Nutrition)」について学習することが決定 した₇).
一方,アイルランド共和国では,家庭科は中等教育に おける選択教科として,Home Economicsの名称で位置 付けられている.前期中等教育は約₃₅%,後期中等教育 は約₂₂%の生徒が家庭科を選択している.国の統一カリ キュラムにおいて,前期中等教育は「食物学および調理 技能」「消費者科学」「社会・健康科学」「資源管理および 家庭科学」「被服学」,後期中等教育は「食物学」「資源管 理および消費者科学」「社会科学」がコア領域である₈). 最終学年には各々の国内統一試験が,実技試験も含んだ 形で行われる.また,教師用ガイド,授業のためのワー
ている₁₀).
(3)本研究の目的
前述のように,これまで我が国においては,イングラ ンドとウェールズ,アイルランド共和国の家庭科につい ては報告されてきたが,北アイルランドの情報に関して は極めて乏しい.また,北アイルランドの家庭科は英国 やアイルランド共和国とどのように異なるのか,その理 由を知ることは,国の状況と家庭科との関連を知る手掛 かりともなるだろう.
我が国の家庭科は,小・中・高等学校における必修教 科であり,世界的に見ても先進的である.しかし,授業 時間数の不足により,調理実習や被服製作を充分に行う ことが出来ない₁₁)₁₂),また,現行の小・中・高等学校家 庭科教員は,各領域に対する指導分野の「得手」「不得 手」が著しいなどの課題も報告されている₁₃).
そこで本報告では,これまで報告されて来なかった英 国・北アイルランドにおける家庭科教育の現状について,
中等教育における家庭科の位置づけ,統一カリキュラム における目標や内容,および学校での授業実践について 明らかにし,我が国の家庭科への示唆を得ることを目的 とする
2.研究方法
本報告は,①北アイルランドカリキュラム・試験・評 価委員会資料,②同委員会,家庭科指導主事H氏への聞 き取り調査,③ベルファストおよびその近郊の中等学校
₃ 校における授業見学,および同校における家庭科教師 への聞き取りをもとに,研究を行った.以下,各々の詳 細を示す.
(1)北アイルランドカリキュラム・試験・評価委員会資料 北アイルランドにおける各KSの教育目標,内容,家 庭科のカリキュラムスタンダード,家庭科の教師・学校 用ガイドは,北アイルランドカリキュラム・試験・評価 委員会(CCEA: Council for the Curriculum, Examinations and Assessment)ホームページより入手した₁₄).
(2)家庭科指導主事への聞き取り調査
北アイルランドカリキュラム・試験・評価委員会に所 属する家庭科指導主事は ₁ 名であった.その家庭科指導 主事H氏を対象に,₂₀₁₇年 ₁ 月₁₉日(木)および₂₀日
(金)に,北アイルランドの家庭科のカリキュラムの特 徴,学校における教育・教員養成の現状などについて聞
(3)授業見学および家庭科教師への聞き取り調査 ₂₀₁₇年 ₁ 月₁₉日に北アイルランドの中等教育学校 ₁ 校,
翌₂₀日に ₂ 校を訪問し,家庭科の授業見学を行った. ₃ 校の選定,授業見学の依頼は,家庭科指導主事のH氏が 行った.H氏によると,指定された日程において受け入 れ可能で,かつ異なるタイプの学校を選定し,依頼した とのことであった.
1)A グラマースクールへの訪問
₂₀₁₇年 ₁ 月₁₉日に北アイルランドベルファスト市内の グラマースクールを訪問した.
当校は創立₂₅年のカソリック系グラマースクールで,
₁₁歳から₁₈歳まで( ₈ 年生から₁₄年生: ₇ 学年)約₈₃₀名 の生徒が通う.前述のように,「₁₁歳児テスト」と呼ばれ る入学試験があり,合格しないと入学できない. ₂ 名の 常勤家庭科教師と ₁ 名の非常勤の男性家庭科教師が勤務 していた.男性教師は主に,実験や,ICTを用いるなど の技術的な授業を担当していた.
₂ クラス同時並行されていた授業を見学し,家庭科主 任教師に聞き取り調査を行った.
2)B セカンダリースクールへの訪問
₂₀₁₇年 ₁ 月₂₀日午後に,北アイルランドベルファスト 郊外のバンガーに位置するセカンダリースクールを訪問 した.
当校は,₂₀₀₁年に男子校と女子高が合併された中等教 育学校であり,生徒数約₁,₅₀₀名,教員数₉₀名以上の大規 模校である.家庭科教師は ₇ 名( ₂ 名が男性),助手が ₁ 名であった.
男性教師の ₁ 年生の授業を見学し,主に家庭科主任教 師に聞き取り調査を行った.
3)C セカンダリースクールへの訪問
₂₀₁₇年 ₁ 月₂₀日午前に,北アイルランドベルファスト 市内のセカンダリースクールを訪問した.
当校は,生徒に対する教師の精神的助言の重視を特徴 とする,生徒数約₆₀₀名の男子校である. ₃ 名の家庭科教 師と ₁ 名の助手が勤務し,家庭科教師のうち ₁ 名は常勤 の家庭科専任教員, ₁ 名は宗教学と家庭科の両者を担当 する専任教員, ₁ 名は週 ₄ 日勤務の非常勤講師だった.
常勤家庭科専任教師の授業を見学し,当教師に聞き取 り調査を行った.
家庭科指導主事,および家庭科教師への聞き取り調査 の調査内容は北アイルランドの家庭科教育に関するもの で,個人的な情報は全く含まれていない.なお,対象者 には調査結果の公表についての許可を要請し,書面での 承諾を得た.
3.研究結果および考察
(1)北アイルランド中等教育におけるカリキュラムの概 要と家庭科の位置づけ
北アイルランドでは,前期中等教育(KS₃)における 必修教科,また,GCSE(前期中等教育修了資格認定試 験),GCE(後期中等教育終了資格認定試験)における 選択教科として家庭科が位置づけられていた.
1) 北アイルランド前期中等教育(KS3)におけるカリ キュラムの概要
北アイルランドのカリキュラムは,「若者が自らの可能 性を達成し,生活の中で,情報に基づいた責任ある意思 決定を行えるようにすること」を目的としていた.
また,「言語と読み書きの能力」「数学と数量的思考能 力」「現代言語」「芸術」「環境と社会」「科学と技術」「生 活と仕事」「体育」「宗教教育」の ₉ 分野が必修で学習さ れていた.
2)KS3における家庭科の位置づけ
KS₃のカリキュラムにおいては,前述の学習分野の ₁ つ,「生活と仕事」(Work and Life)における教科として 家庭科(Home Economics)が位置づけられていた.「生 活と仕事」は,家庭科の他,「個人の発達」「地域および 国際的市民教育」「職能」の ₄ 教科で構成されていた.
3)GCSE,GCE における家庭科の位置づけ
前述のように,GCSEは₁₁・₁₂年生が ₂ 年間の課程を 終えて受ける資格試験であり,家庭科(Home Economics)
は,₄₂教科の選択教科の ₁ つとして提供されていた.「家 庭科」の他に「ホスピタリティおよび/またはケータリ ング」も家庭科関連教科として,家庭科教師が担当して いた.
GCEは₁₃・₁₄年生が ₂ 年間の課程を終えて受ける資格 試験であり,家庭科(Home Economics)は₃₄教科の選 択教科の ₁ つとして提供されていた(表 ₂ )₁₅). 家庭科指導主事への聞き取り調査によると,生徒たち は選択した教科の授業を受け,資格試験を受験する,資 格試験は筆記の他に,実技試験も課される,試験問題は 指導主事が作成する,とのことであった.
家庭科は前期中等教育の必修教科として,Home Eco-
nomicsの名称で位置づけられていた.隣国で,同じ民族
の国であるアイルランド共和国において,選択教科であ るものの,家庭科がHome Economicsとして,前・後期 中等教育の多くの生徒が選択し,教科として重視されて いる状況と類似している.歴史的には同じ国であった両 国の教育的背景が影響しているものと考えられる.
(2)家庭科カリキュラムの目標・内容 1)KS3における家庭科の理念と最小限の内容
「生活と仕事」の理念の中で,家庭科は,「生徒が,例 えば食生活や食品の選択,家族・親子関係,財政・消費 者意識などに関する知識,理解,実践的技能を身に付け る,それらはすべて重要な教育的,社会的,経済的課題 である.」とされていた₁₆).
また,家庭科は「健康的な食事」「家庭と家族の生活」
「自立した生活」の ₃ 領域により構成されており,各々の 領域において,「最小限の内容」が提示されていた₁₇)(表
₃ ).家庭科指導主事への聞き取り調査によると,イング ランドとウェールズにおいて,₁₉₈₀年代に家庭科が「デ ザインとテクノロジー」に移行する際に,「被服製作」の 内容が上記「科学と技術」に移行された,とのことで
表 2 GCSE,GCE の選択教科
GCSEの選択教科 GCEの選択教科
「補則応用科学補足」「科学」「芸術・デザイン」「生物」「ビジ ネス科目」「化学」「市民研究」「古典科目」「建築と建築環境」
「ダンス」「デザインとテクノロジー」「デジタルテクノロジー」
「ドラマ」「経済」「エンジニアリング」「英語」「英国の言語」
「英文学」「表現芸術」「ゲール(アイルランド)語」「地理」
「健康と社会福祉」「歴史」「家庭科」「ホスピタリティおよび/
またはケータリング」「人文科学」「ICT」「法律」「レジャーと 観光」「製造」「数学」「メディア科目」「現代の外国語」「音楽」
「体育」「物理」「心理学」「宗教学」「科学,社会学」「統計」
「応用芸術とデザイン」「応用業務」「応用エンジニアリング」
「応用医療と社会福祉」「応用情報通信技術(ICT)」「応用メディ ア:コミュニケーションとプロダクション」「舞台芸術」「応用 科学」「応用旅行と観光」「会計」「アートとデザイン」「実務研 修」「シチズンシップ」「古典」「コンピューティング」「ドラマ と劇場の研究」「経済」「英語と文学」「英文学」「一般教育」
「地理」「政府と政治」「歴史」「家庭科」「情報通信技術(ICT)」
「法律」「数学」「メディア研究」「現代の外国語」「音楽と音楽 技術」「体育」「宗教学」「科学」「社会学」「技術とデザイン」
英語のアルファベット順
北アイルランドカリキュラム・試験・評価委員会HP(GCE & GCSE)より筆者作成
表 3 家庭科の最小限の内容(KS3)
健康的な食事 家庭と家族の生活 自立した生活
健康な食事を探求することで,選択,計 画,保管,準備,料理と配膳において要 求される理解を深める機会が提供され る.
家庭と家族の生活を探求することで,ケ アの単位としての家族の重要性の理解を 深める機会が提供される.
自立した生活を探求することで,認識あ る消費者,有能な資源管理者になる重要 性の理解を深める機会が提供される.
〇幅広い食事を計画・準備・調理・提供 するために,安全・衛生的・健康的・
創造的に食品を扱う実践的技能を身に 付ける.
〇多様な料理を準備・調理・提供する中 で幅広い道具や家電を安全に使う実践 的技能を身に付ける.
〇食品への保管・準備・調理の影響を調 査する.
〇健康的な食生活を実現する方法を探る.
〇様々な家庭や家族の構造内の個人の役 割と責任を探る.
〇子育て技能に気づく.
〇異なるライフサイクルの段階にいる家 族メンバーのニーズの変化を調査する.
〇家族のシナリオを管理するための戦略 を検討する.
〇資源を計画・管理・利用することを通 して,独立を促進するための技能を身 に付ける.
〇消費者の選択と意思決定に影響を与え る幅広い要因を調査する.
〇幅広いシナリオで利用できる消費者の 権利・責任,サポートを調査する.
CCEA "The Statutory Curriculum at Key Stage ₃ Rational and Detail. Northern Curriculum" より筆者作成
表 4 家庭科の学習成果(KS3)
家庭科の知識,理解,技能の応用により,生徒は以下のこ とができるようになる
₁.安全,衛生的,健康的,創造的な食品の利用に関する 技術を示す.
₂.数学とICTの利用も含めて,家庭科の課題を効果的に 調査するための情報の研究と管理を行なう.
₃.数学とICTの利用によって,臨機応変かつ柔軟に考え ることによる深い理解,問題解決,情報に基づいた意 思決定を示す.
₄.アイデアを働かせ,思考に従う創造性とイニシアチブ を発揮する.
₅.他者とともに効率的に働く.
₆.体系的に作業し,責任を果たし,自己の業績を評価,
改善することによって自己管理を行う.
₇.口頭,視覚,記述,数学,およびICTの方法を用いて 効果的にコミュニケーションを行うことにより,聞き 手の認識を明確にし,目的を示す.
いることが特徴的であった.
北アイルランドカリキュラム・試験・評価委員会は,
KS₃における各必修教科について最小限の内容のみ示し,
詳細には言及していないが,教師向けガイドが出されて いる.教師向けガイドは₂₁ページの冊子で,「生活と仕 事」の中の他教科との関連や,上述の ₃ 領域の解説など が含まれていた(表 ₅ )₁₈).
2)GCSE,GCE における家庭科の目標・内容
資格認定・試験規定局(Ofqual: the Office of Qualifica- tions and Examinations Regulation)によると,GCSE,
GCEにおける家庭科の目標は,表 ₆ に示すとおりであ る.「意思決定や問題解決」「科学技術の進展」「批判的検 証」などの文言が盛り込まれ,KS₃の「学習成果」と比 較すると発展的な内容であった₁₉)₂₀).
Ofqualが提示するGCSEにおける家庭科の内容には,
「意思決定と資源管理」「家族生活」「食生活と健康」から 構成される「家庭科」の他に,領域の専門性を深めた教 科として「子どもの発達」「食品と栄養」「テキスタイル」
が含まれていた₂₁).
GCEにおける家庭科の主要概念として,「人間のニー ズの確認」「ライフスタイルと資源管理」「消費者の権利 と義務」「調査,研究」が挙げられていた₂₂).また,
GCE,GCSEにおける家庭科の専門教科として,₂₀₁₆年
より「栄養と食品科学」が加えられた₂₃).
KS₃における必修家庭科の内容は,食生活を中心に,
家族生活,消費生活で構成されており,被服領域は含ま
れていなかった.内容面では,デザインとテクノロジー に家庭科が吸収された際の英国の教育改革の影響を受け ているものと考えられる.
(3)北アイルランドにおける家庭科の授業実践 1)A グラマースクールにおける家庭科
当校には,準備室を挟んで, ₂ つの調理実習室があっ た.当日は,同時進行で ₂ クラスが調理実習を行ってい た.
家庭科教師への聞き取り調査によると,家庭科の授業 時間数は,毎週 ₃ 回×₇₀分(₃₅分単位時間×₂),各教科 の授業時間数は学校が判断し,学校により異なる,およ そ ₂ 週間に ₁ 回は調理実習を行い,材料費として, ₈ 年 生は ₁ 年間に ₅ ポンド, ₉・₁₀年生は₁₀ポンドを支払う,
とのことであった.
₉ 時₂₅分から₁₀時₃₅分まで見学した ₈ 年生を対象とし
たSK₃における必修家庭科の授業は,スーパーマーケッ
トで販売している市販のハンバーグを用いたハンバー ガー作りだった.グリル,フライパン,脂肪を流すホッ 表 5 『ZEST サポートガイド:家庭科教師』の内容
項目 頁
₁.はじめに ₂
₂.「生活と仕事」の 学習
₂.₁ 「生活と仕事」の学習に おける教科間の関連 ₃
₂.₂ 地域および国際的市民教育 ₄
₂.₃ 職能 ₅
₂.₄ 個人の発達 ₆
₃.学校での食べ物 ₇
₄.実践的アプローチ
₄.₁ 家庭科の法定要件 ₈
₄.₂ 食品コンピテンシー ₈
₄.₃ 健康の促進 ₉
₄.₄ 実践技能の発達 ₁₀
₅.健康と安全 ₁₁
₆.カリキュラムの接続 ₁₂
₇.有効なリンク先 ₁₄
₈.付録 ₁₆
North Ireland Curriculum "Zest A Guide To Support Home Economics Teachers" より筆者作成
表 6 GCSE GCE における家庭科の目標
GCSE
・有能で独立した学習者として成長するために,家 庭科のプロセスに積極的に関与する.
・多様な社会の中での人間のニーズを知り,理解する.
・関連する技術的・科学的進展に関する知識と理解 を育む.
・特定の状況に関連した意思決定と問題解決のため の批判的かつ分析的なアプローチが出来る.
・多様性の認識を含んだ人類の生活の質に影響を与 える問題を調査する.
・情報取得し,分別ある消費者になるために,選択 肢と意思決定を評価する.
GCE
・幅広い活動の中での人間のニーズを満たすための 知識・理解・技能を身に付け,応用する.
・価値の問題を含め,多様で変化の激しい社会にお いて,特定された人間のニーズを満たすために,
資源管理に対する意識を育てる.
・急速な技術変化と科学的知識・理解の進展を考察 する.
・情報に基づいた決定を説明するために,批判的検 証を行う.
・必要に応じて情報通信技術(ICT)を利用する.
・積極的な調査を通じて,革新的・創造的・独創的 なアイデアを生み出す.
・幅広い知識と理解を生かす.
Ofqual "GCE AS and A Level Subject Criteria for Home Economics" より筆者作成
トプレート(Lean machine)の ₃ 種を使用し,焼き上が り前と後の大きさと重さを計量後, ₃ 者を比較していた.
あわせて,調理により出た油をためて,油がどれだけ含 まれていたのかも計量し,市販のハンバーグにいかに油 が含まれているかを考察していた(写真 ₁ ).
家庭科主任への聞き取り調査によると,見学した授業
以外のKS₃における実践として,煮豆缶のラベルを実際
に作成し,キャッチコピーや商品名を考案する授業を通 して,加工食品とそのラベルについて,消費者心理の学 習をする授業,菓子・清涼飲料の砂糖の内容量を調査し て角砂糖で視覚化する授業,加工食品につけられたバー コードで材料や内容量を読み取る方法を利用する授業な どを行う,とのことであった.授業には実物教材などを 多く用い,生徒たちが興味を引く工夫がされていた.
また,GCSEの₁₀時₅₀分から₁₂時までの調理実習の授 業を見学した.アイルランドの典型的な家庭料理「マカ ロニチーズ」の調理実習だった.一人ずつ,マカロニを 茹で,ホワイトソースを作成,グリルで焼いて試食,自 己評価していた.ホワイトソース作りでソースパンが汚 れるので,その後片付けの仕方も学習テーマの一つだっ た.
家庭科主任への聞き取り調査によると,GCSEの授業 では,異なるブランドのポテトチップス,コーラ,ファ ンタ,レモネードなどの味比べをし,ラベル(ブランド)
が消費者心理に及ぼす影響について考察する授業を行っ た,とのことであった.
その後は,GCE教科「栄養と食品科学」の授業であっ た.₁₆名の生徒が選択していた(うち ₆ 名が男子).家庭 科主任によると,毎週₂₈₀分(₇₀分×₄)を ₂ 年間行う,
とのことであった.
2)大規模校における家庭科
当校には,家庭科室(調理実習室)は ₄ 部屋,廊下を
れる授業時間数は毎週 ₁ 回×₈₀分(₄₀分×₂)であった.
また,GCSEクラスは,毎週₁₆₀分(₄₀分×₄)の授業が 行われ,「家庭科」「子どもの発達(Child Development)」
に加え,家庭科の関連教科であり,家庭科教師が担当す る「健康と社会福祉(Health & Social Care)」,「ホスピ タリティー(Hospitality)」の ₄ 教科が開講され,総勢で 約₁₂₀名が選択している,GCEクラスは,毎週₃₂₀分(₈₀ 分×₄)の授業時間で,子どもの発達(Child Develop- ment)の ₁ 教科が開講されている,とのことであった.
当日は, ₈ 年生対象のフルーツジュースづくりの調理 実習を見学した.教師が師範したのち,男子 ₂ 名・女子
₂ 名のグループでイチゴ・キーウイ,パイナップル,ベ リー,ライム,サイダー,牛乳などを使って, ₃ 種のフ ルーツジュースを作っていた.特別に詳細な指示を受け なくても,慣れた様子で後かたづけまで行っていた.実 習後には,一斉授業で,ビタミンの働き,当日使った材 料に含まれる栄養素などの復習が行われた.生徒たちは,
教師の質問に積極的に答えていた(写真 ₂ ).
担当していた家庭科教師への聞き取り調査によると,
およそ ₂ 週間に ₁ 度調理実習を行い,当日の実習は ₉ 月 に学期が始まって ₅ 回目,とのことであった.
3)男子校におけるキャリア教育の一環としての家庭科 当校の家庭科部門には, ₃ 名の家庭科教師と ₁ 名の助 手がおり, ₁ 名は常勤専任, ₁ 名は週 ₄ 日勤務の非常勤,
₁ 名は宗教学と家庭科の ₂ 教科を担当していた.
家庭科指導主事への聞き取り調査によると,北アイル ランドでは家庭科が専門の教師が不足しており,家庭科 を専門としていない教師も,家庭科を担当してる場合が ある,とのことであった.
家庭科主任への聞き取り調査によると,必修家庭科
( ₈ ・ ₉ ・₁₀年生)のクラスは ₂ 週間に一度,₁₆₅分(₅₅ 分×₃)の授業が行われ, ₂ 単位時間は ₂ 時間続きの調理 写真 1 A グラマースクールでの授業風景 写真 2 B セカンダリースクールでの授業風景
庭科主任への聞き取り調査によると,この授業は₁₄-₁₅ 歳を対象とし,毎週₁₆₅分(₅₅分×₃)を ₂ 年間,主に調 理実習を行う, ₁ 年間に₂₀ポンドの実習費を生徒が支払 う,パティシエや料理人など,調理に携わる職業に興味 をもつ生徒が受講している,とのことであった.
₁₉名の生徒が, ₁ 人ずつビスケットの調理を行ってい た.材料はすべて助手により人数分あらかじめ準備され ていた.調理の手順を厳格に細かく教師が指示し,指示 通りに生徒が作業を行っていた.生徒は私語もなく規律 正しく実習を行っていた.少人数のグループで話し合い ながら実習を行っていた前述の ₂ 校とは,異なる雰囲気 であった.家庭科指導主事への聞き取り調査によると,
男子のみであり,生徒の年齢も考慮して,実習中にふざ けて秩序が乱れたりするのを防ぐために厳しく指示して いるのであろう,とのことであった(写真 ₃ ).
北アイルランドでは,共通の内容や教師用ガイドが示 されているものの,単位時間などに学校の裁量が大きく,
授業実践内容の自由度が高かった.家庭科の授業は,対 象とした生徒の実情に応じて,工夫がなされていた.授 業見学は ₃ 校とも調理実習であり,生徒が熱心に取り組 んでいたが,内容は三者三様であった.教師が対象とす る生徒の発達段階や能力に応じて,熱心に授業構築を 行っていることが伺えた.
我が国の学校現場においても,教師により対象生徒に 応じた授業が行われているだろう.しかし,学習指導要 領や時間数の縛りがあり,その工夫には限界がある.北 アイルランドでは,授業時間,内容も含めて,授業構築 に関して学校や教師の裁量が大きいため,学校による大 きな違いが見られたと考えられる.この時,教師の力量 が必要である.アイルランド共和国の厳しい教員養成と は異なり₂₄),北アイルランドでは,家庭科を専門としな い教師も指導にあたっていたが,すべての家庭科教師に は,家庭科指導に対する自信と誇りがみられた.家庭科 の重要性を充分に認識していると考えられる.我が国に おいても,家庭科教師の授業へのモチベーションを高め
る方策として,教員養成や研修における教師の意欲を高 める取り組みを,学会などの団体が主導することが好ま しいと考えられる.
また,北アイルランドでは,様々な材料,道具を用い て,生徒が大変熱心に調理実習に取り組んでいた.我が 国でも,これまでの調理実習の伝統を大切にしながらも,
各々の状況に応じた新しい工夫を取り入れる必要がある と考えられる.
4.まとめと今後の課題
これまで我が国に報告されて来なかった北アイルラン ドの家庭科について,訪問調査を行った結果,以下の知 見を得た.
①北アイルランドにおける家庭科は,イングランドお よびウェールズにおけるデザインとテクノロジーとは異 なる形で, ₈ ~₁₀年生を対象とした前期中等教育におい て,学習分野「生活と仕事」の ₁ 教科として,男女生徒 に必修で教えられていた,②「生活と仕事」には,「個人 の発達」「地域・国際的市民教育」「職能」「家庭科」の ₄ 教科が含まれ,家庭科は「健康的な食事」「家庭と家族の 生活」「自立した生活」の ₃ 主要概念から構成されてい た,③家庭科は後期中等教育の修了資格取得,および職 業教育のための選択教科としても位置付けられていた,
④授業時間数など授業計画の作成は学校の裁量に任され ていた.訪問したベルファストとその近郊に位置する ₃ 校の中等教育学校では,各校の実情に応じた異なるタイ プの家庭科の授業が行われていた.
今後は,このような家庭科の実践に至ったより詳細な 理由を明らかにするために,歴史的経緯について研究を 行いたい.
付 記
本報告は₂₀₁₆年度京都女子大学在外研究員制度により 行った訪問調査の一部である.
なお,論文公表に関する倫理的配慮に関しては,「日本 家政学会誌投稿論文の倫理的観点に基づく審査」を受け,
承認された.
引 用 文 献
₁) 外務省HP.“諸外国・地域の学校情報 英国”.http://
www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/ ₀₅europe/ infoC₅₁₀₀₀.htm(入手日:₂₀₁₈.₅.₅).
₂) 藤井穂高.北アイルランドにおける ₄ 歳児就学義務制 度の課題.筑波大学大学院人間総合科学研究科教育基 礎学教育学論集.₂₀₁₄, No. ₁₀, ₁-₂₄.
₃) 新城文絵.北アイルランドの事例に見る多文化教育.年 報社会学論集.₂₀₀₄, No. ₁₇, ₁₇₈-₁₈₉.
写真 3 C セカンダリースクールでの授業風景
₄) 井上靖代.GCSEとGCE-Aレベル試験にみるイギリス ICT教育の変化.獨協大学情報センター情報 ₅ 科学研 究.₂₀₀₉, No. ₂₇, ₈₆-₉₇.
₅) Perry, C. Education system in Northern Ireland. Northern Ireland Assembly, Research and Information Service Briefing Paper. ₂₀₁₆, ₁₀.
₆) 国立教育政策研究所.“イギリス”.家庭科のカリキュ ラム改善に関する研究―諸外国の動向―「教科書の構 成と開発に関する調査研究」研究成果報告書(₂₂).
₂₀₀₅, ₃₃-₄₅.
₇) 井元りえ.イングランドの「デザインと技術」の新ナ ショナルカリキュラム―初等・中等学校における「調 理と栄養」の必修化―.日本家庭科教育学会第₅₇回大 会要旨集.₂₀₁₄, No. ₅₇, ₄₀.
₈) 表真美.アイルランド中等教育における家庭科教育
―中等教育における家庭科の位置づけ,教育スタンダー ドの内容を中心に―.家政誌.₂₀₁₆, Vol. ₆₇, ₆₂₇-₆₃₇.
₉) 表真美.アイルランドにおける家庭科教師の意識と授 業資料.家政誌.₂₀₁₇, Vol. ₆₈, ₁-₁₂.
₁₀)表真美.アイルランドにおける家庭科教員養成の実態.
家政誌.₂₀₁₇, Vol. ₆₈, ₄₃₀-₄₃₈.
₁₁)高崎禎子,斎藤美重子,河野公子.調理実習の実態と 家庭科担当教員の意識調査結果からみる課題.家教誌.
₂₀₁₂, Vol. ₅₅, ₁₇₂-₁₈₂.
₁₂)木村美智子.家庭科教員養成カリキュラムにおける被 服構成学実習の実態と課題.茨城大学教育学部紀要(教
育総合).₂₀₁₄,増刊号,₂₁₉-₂₂₇.
₁₃)日本学術会議・生活科学委員会家政学分科会.家庭科 教育の現状調査.家庭科及び家庭科教員養成に関する 調査―これからのくらしに家政学が果たすべき役割を 考 え る た め に―(文 書 番 号SCJ第 ₂₂ 期 ₃₅-₂₆₀₈₁-
₂₂₅₆₀₄₀₀-₀₁₄).₂₀₁₄, ₁₆-₂₁.
₁₄)北アイルランドカリキュラム・試験・評価委員会HP.
http://ccea.org.uk(入手日:₂₀₁₈.₅.₅).
₁₅)北アイルランドカリキュラム・試験・評価委員会HP
(GCE & GCSE).http://ccea.org.uk/regulation/gce gcse(入手日:₂₀₁₈.₅.₅).
₁₆) CCEA. The Statutory Curriculum at Key Stage Rational and Detail. Northern Curriculum, CCEA, ₂₀₀₇, ₁₅.
₁₇)前掲 ₁₆)₄₇.
₁₈) North Ireland Curriculum. Zest A Guide To Support Home Economics Teachers., CCEA, ₁.
₁₉) Ofqual. GCSE Subject Criteria for Home Economics, Ofqual, ₂₀₁₁, ₃.
₂₀) Ofqual. GCE AS and A Level Subject Criteria for Home
₅ Economics, Ofqual, ₂₀₁₁, ₃.
₂₁)前掲 ₁₉)₄-₆.
₂₂ 前掲 ₂₀)₄.
₂₃) CCEA. GCE Specification in Nutrition and Food Science, CCEA, ₂₀₁₆, ₃.
₂₄)前掲 ₁₀)
英国・北アイルランドにおける家庭科教育の現状
表 真美
₁*
英国,北アイルランド中等教育学校における家庭科教育について明らかにするために,北アイルランドの 統一カリキュラムを調査,また,₂₀₁₇年 ₁ 月に中等教育学校を訪問し,授業見学,および家庭科教師への聞 き取り調査を行った結果,以下の知見を得た.
₁)北アイルランドにおける家庭科は,イングランドおよびウェールズにおけるデザインとテクノロジーと は異なる形で, ₈ ~₁₀年生を対象とした前期中等教育において,学習分野「生活と仕事」の ₁ 教科とし て,男女生徒に必修で教えられていた.
₂)「生活と仕事」には,「個人の発達」「地域・国際的市民教育」「職能」「家庭科」の ₄ 教科が含まれ,家庭 科は「健康的な食事」「家庭と家族の生活」「自立した生活」の ₃ 主要概念から構成されていた.
₃)家庭科は後期中等教育の修了資格取得,および職業教育のための選択教科としても位置付けられていた.
₄)授業時間数など授業計画の作成は,学校の裁量に任されていた.訪問したベルファストとその近郊に位 置する ₃ 校の中等教育学校では,各校の実情に応じた異なるタイプの家庭科の授業が行われていた.
北アイルランドの家庭科は,アイルランド共和国に近い形で実施されていた.両国の教育的背景が同一で あることによるものと考えられる.また,統一カリキュラムが提示されているものの,授業構築に関しては 学校の裁量が大きく,対象児童に応じた特徴ある授業が工夫されていた.