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学生に期待される学び : 保育者養成校における「 教養教育」

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学生に期待される学び : 保育者養成校における「

教養教育」

著者 岩崎 美智子

雑誌名 東京家政大学研究紀要 1 人文社会科学

巻 47

ページ 55‑63

発行年 2007

出版者 東京家政大学

URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009217/

(2)

学生に期待される学び

一保育者養成校における「教養教育」

  岩崎美智子

(平成18年10月11日受理)

The Kind of Learning Expected of Students 一 kiberal Arts at Training School for

Kindergarten and Nursery Teachers一

  IwAsAKI, Michiko

(Received on October 11,2006)

キーワード:保育者の専門性,「教養教育」,学び

Key words:Expertise of Kindergarten and Nursery Teachers, Liberal Arts , Learning

はじめに

 恐縮ながら,私事から話を始あたい.私は,学校を出 て,思いがけず保育の専門学校に専任教員として採用し てもらい,以来,保育者養成校に長年勤務してきた.専 門学校,短期大学,四年制大学(大学院を含む)で,お よそ23年間勤務してきたことになる.その間,多くの 保育者や学生と出会い,自分の知らない保育や子どもの 世界,保育・幼児教育業界のこと,保育者の文化,保育 を業とする人々や保育者をあざす若い人たちにっいて知 ることができた.私自身は幼いころ幼稚園に3年間園児 として通って以来,保育の世界との関わりはしばらく途 切れていたが,およそ20年の時を経て,再び保育の世 界と関わりを持っようになったというわけである.

 保育者との関わりは,教育活動のなかでは,おもに学 生が実習という形で教育を受ける際に実習園を訪問し,

お礼の挨拶や学生指導をしたり,研究保育ならびに反省 会へ参加し,附属幼稚園の先生方との研究会や行事のと きに保育の観察をさせていただいた.昼夜開講制(夜間)

大学院に院生として通いながら研究をする保育者たちと は,講義のなかで議論や意見交換の機会を持った.また,

研究活動としては,ライフヒストリー研究や虐待に対す る支援をしている保育者へのヒアリング調査,子育て支

児童学科・保育科 福祉社会学研究室

援に関する質問紙調査などで,現場の幼稚園教諭や保育 所保育士の先生方のご協力をいただいて今日に至ってい

る.さらに付け加えると,一保護者として6年間,2っ の保育所に子どもを預け,そこでも多くの保育者にお世 話になった.

 学生とは,おもに「児童福祉論」をはじめとするいく っかの科目の講義や,卒業論文・修士論文指導のゼミナー ルの場で,またクラス担任として関わりを持ってきた.

以上のような経験をとおして,私なりに理想的な保育者 像を描くようになった.それらは,いずれも,優れた保 育実践を観察して,また実際に保育者と語るなかで彼女 ら・彼らの保育観や子ども観を聴取することによって,

得られたものである.「理想的な保育者像」といっても,

当然ながら生身の人間であるから,欠点もあるし,とき には間違えたり失敗をすることもあり,完全無欠な存在 ではない.それでも,子どもの育ちを助け,その保護者 をも支援する専門職として,保育者には必要とされるい

くっかの要素があるのではないかと考えるようになった.

そこで,いままで保育者と接してきた私の経験や保育者

を対象として行なってきた調査研究結果をふまえたうえ

で,大学教員として実践してきた講義・演習をふりかえ

る作業を行なった。そこから得た反省や課題を検討しな

がら,保育者に必要な資質や専門性を学生に身につけさ

せるために,保育者養成校や教員は何ができるのか,特

に,初学者である1・2年生に対する教育には何が求め

(3)

岩崎 美智子

られているのかを考えてみたい.っまり養成校における

「教養教育」にっいて考察することが,本稿の課題であ

る1).

1 保育者に求められる専門性

 鯨岡峻によれば,保育者の専門性とは,知性と感性が 交叉する保育者の人間性に根ざし,またそこに帰還する 性格のもので,①理論的・理念的専門性,②実践的専 門性,③反省的専門性とに分けられる.①理論的・理 念的専門性とは,過去・現在・未来の時間的パースペク

ティブのなかで,「これから」を理論的・理念的に明ら かにしっっ,保育を具体的に計画・立案することをいい,

②実践的専門性とは,子どもひとりひとりの意欲的・

個性的な主体としての成長とお互いを認あ仲間として育 ちあうという二っの保育目標の実現に向けて,「いま,

ここ」における保育をどのように実践するかを意味し,

③反省的専門性とは,保育計画が保育実践をとおして 実現されたかを批判的・反省的に吟味し評価することを いう2).また,グッドソンは,教師研究のなかで,教師 の成長やカリキュラムの進展を理解し,それをうまく結 びっけるためにもっとも必要なことは,教師が重要だと 考えていることや価値を認めていることを知る必要があ るとした3).このような先行研究をふまえたうえで,優 れた保育を実践している保育者に聞き取り調査を行なう ことによって,そのような実践がどこから生じ,またそ の後もどのように豊かな実践力が熟成されていくのかを 検討することにした.性別や居住地域,経験年数も異な る23名の保育士を対象に,ひとりあたり1〜3時間程度 の聞き取り調査を実施した4).質問項目の柱は,①保育

者をめざした時期と動機②日々の保育実践③保育

観や子ども観④保育士自身の生活史,⑤今後のこと,

などである.この調査は,現在も継続中であるが,これ らの研究をとおして,保育者に求あられる力をっぎのよ

うに整理したい.

1)多様な現実世界に対する認識力と異質な他者を理解   しようとするカ…保育現場にはさまざまな個性を持   ち,異なる家庭環境で育つ子どもたちが集っている.

  子どもたちも社会の一員である以上,その社会の影   響を強く受けている.そこで,彼らが生きている社   会でいま何がおこっているのか,社会現象や社会問   題について客観的に理解・認識する力が保育者に求   められている.また,常識は必要だが,自分とは違っ

  た考えや価値観を持っ子どもと保護者の多様な生活  や考え方を否定することなく理解に努めることも必  要だろう.

2)他者の言葉や心の声に耳を傾け,自分自身の考えを  根気よく正確に伝えるコミュニケーションカ…身体  的・精神的に保護を必要とし,言語表現能力がまだ  未熟な乳幼児と生活をともにするためには,彼らの  気持ちに寄り添うことのできる洞察力や言葉になら   ない「ことば」を聴く力が不可欠である.また,保  育者が面倒くさがらずに自分の思いや考えを伝達す   ることは,対子どものみならず,保護者との関わり   においてもますます必要とされるものである.

3)他者の批判や助言を受けとめられるような柔軟性に   もとつく向上心…保育者への聞き取り調査を行なう   なかで,実践力に秀でた保育者は,比較的若い時期   にその後を決定づけるような重要な他者に出会って   いることが理解された.「重要な他者」は,教師や  上司であったり職場の同僚などであるが,そのよう   な人との出会いのときに,どれだけ他者の批判や助  言を素直に受けとめられるかが,その後の職業人と   しての人生を左右する場合がある.厳しい言葉や態   度であっても,頑なにならず,聞く耳を持っている

  かどうかが鍵となる.

4)保育実践にっながる思索や研究をするカ…前述した   ような保育者の専門性に加えて,核となる保育実践   力を形づくるのは,観察・考察・省察にもとつく想   像力と読解・記録・分析・発表を行う創造力である.

  豊かな実践は,子どもを見,自然や芸術から感じ,

  書物や記録をとおして考え,絶えず学ぶことから生

  まれてこよう.

皿 ひとつの試み一私の授業実践

 っぎに,上記の能力獲得のための基礎を確立すること をめざして,私が大学の授業のなかで試みた授業実践の 一部を報告することにしたい.

 学生が就職した後に保育現場で必要とされる「実践力」

の育成は,養成校にとって重要な課題のひとっとされて

いるが,現在は「実践力」がイコール「即戦力」ととら

えられることも多く,現場ですぐに役立っ力を求められ

ることがある.その背景には,充分な人員(保育者)確

保が困難な状況,採用した新人を現場で育てる余裕のな

さ,場合によっては人を育てる「教育力」自体を職場が

(4)

持ち合わせていないという現状がある.それでも,やは り,子どもたちを育て,親を援助するという,対人援助 を主たる職務とする保育者の養成を考えるならば,即戦 力育成よりも,「職業活動をとおして成長していく存在」

と保育者をとらえ,養成校では,高等教育機関でなけれ ばできないことを行なうべきであると私は考える.時間 をかけたていねいで継続的な関わりは,ひとびとが集い,

ともに話し,聞き,読み,書くという大学の授業でこそ

可能だからである.

 保育者に求められる力の育成と,授業内容・授業形式 との関係はっぎのように考えた.1)社会現象や社会問 題に対する現状認識力の育成にあたっては,定評のある 文献をていねいに読みこむことによって事実をありのま まにとらえる方法を知る.2)コミュニケーションカを 鍛えるためには,議論の場を,他者の意見を正確に聞き,

いっぽうで自分自身の考えを面倒くさがらずに,的確に 伝える努力をする機会にする.3)柔軟性のある向上心 をもてるようにするには,批判や助言を受けることに対 して,「人格の否定」ととらえず,誤りの指摘や見解の 相違であることを理解する.4)保育実践についてこの 授業で学ぶことは不可能だが,考えること・研究するこ との一端を知る,っまり学びの入口に立っ経験をするこ とによって実践力育成の土台を作ることをめざす.

 授業は,っぎのように行なわれた.

対象学年:幼児教育専攻の学部1年生(年度によって受 講者数は異なるが,概ね5〜8人程度.年によっては学 部2年生や大学院生が加わり,議論が活発化した.)

授業回数:後期15回

方法:演習方式.毎回1人の報告者が担当部分(例:第 1章)のレジュメを作成して内容を報告する.次回の報 告者が司会・進行を担当する.他の受講者は報告の後に 質問をして,議論に参加する.受講者全員が納得できる

まで議論を尽くす.

テキストー覧:

2001年度 Aries, P L Enfant et la vie familiale sous

rAncien Regime,1960= フィリップ・アリエス,杉

山光信他訳  『〈子供〉の誕生』,みすず書房(1980)

2002年度 Willis, P.E Learning to Labour,1977=

ポール・ウィリス,熊沢誠他訳『ハマータウンの野郎ど

も』,筑摩書房(1996)

2003年度 Elder, G.H Children of the Great Depres一

一,1974=グレ

ン・H・エルダー,池田政子他訳『大恐慌の子どもたち」,

明石書店(1986)

2004年度 Lewis, O Five Families:Mexican Case

Studies in the Culture of Poverty,1959=オスカー・

ルイス,高山智博他訳「貧困の文化』,筑摩書房(2003)

2005年度 Whyte W.F Street Corner Society,

Fourth Edition,1993=W・F・ホワイト,奥田道大他 訳,『ストリート・コーナー・ソサエティ」,有斐閣

(2000)

 この授業を行なうにあたり,私が心がけたことは以下 の諸点である.①テキスト選定にあたっては,学生た ちに迎合しない.っまり,学生の興味に合わせないとい うことである.なぜならば,興味のあるテーマを選んで の発表は,卒論(または「総合演習」)等の授業でやって いることが多いし,現在の学生たちは,高校の授業でも 選択科目の履修が多かった.また,彼女ら・彼らをみて いると,生活面でも自らの関心があるものだけにコミッ トしようとするので,その結果,自身の生活世界をせば め,思考そのものも発展しにくい傾向があると判断した からである.そこで,授業ではあえて,やや難しく,学 生たちの日常と異なる世界を描いたテキストを選択した.

「選択の自由」も大切だが,年長者の責任として,彼ら が知らない世界を伝えることも必要と考えたからである.

また,②議論の展開において教師は極力口をはさまな いようにしたが,質問が出にくいときには,初歩的な質 問を報告者にぶつけたり,議論の交通整理もときには行

なった.

皿 受講生の感想文から導き出されたこと

 授業を終えた後,学生たちに感想文(レポート)を課 した.課題は,①半年間の授業をとおして感じたこと・

思ったこと,②授業の形式にっいての感想,③テキス トから学んだこと,の3点である.むろん,出席状況や 授業の参加状況と並んで,レポート提出も評価の対象と なる(ただし,「感想文に書かれた内容に関して点数は っけない,提出すれば一律に合格点とする」とことわっ た)ので,当然ながら学生たちの記述内容に遠慮や誇張

(批判は控え,肯定的意見を述べるなど)があるものの,

比較的率直な感想が寄せられたと考えられる.学生たち の感想文から導き出されたのは,以下の7点である.

 1)古典的な文献を受講者全員で精読することの難し

さと意義,2)議論を中心とした演習形式の授業の効果,

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岩崎 美智子

3)意見や考え方の相違の理解,4)他者に自分の意見 を伝えることの難しさ,5)自分自身を知る(自己覚知),

6)わかること・わかってもらうことの喜びや学ぶこと の楽しさ,7)その他

 以下,感想文から導き出された内容を簡潔にまとあ,

その後に学生たちの文章を紹介していこう.文章は途中 の省略はあるが,言葉づかいなどそのまま掲載すること

にする.

1)文献を受講者全員で精読することにっいて

・難解な本との出会い.本の選定の問題.(自分自身の 関心外の内容.)

・集団で本を読むことの意味.(難解な内容.分量の多

 さ.)

・テキストの内容を理解しようとすると,疑問は自然に

 わいてくるものである.

・読書は嫌いだったが,深く読むことによって興味がわ いた.精読することのおもしろさの発見.

1)一①「この授業は,私にとって結構心構えのいる授 業だった.まず本を読まないといけない.時代背景も 違うし,カタカナの語句や登場人物も次から次へとで てくるし,話の繋がりがいまいち理解できないし,何 が分からないかが分からなくなるような本を読むのが

とても苦痛だった.」

1)一②「この本に入り込むのにとても時間がかかりま  した.本が嫌いな私にとっては,こんな分厚い本を買っ

て読むなんてことをしたことがなかったし,字も小さ いし,時代も国も違うので,流して読むとまったく意 味がわかりませんでした.授業で使うからと強制され ないと絶対手に取ることもないような本でした.」

1)一③「はじめてこの本を見た時,正直分厚さと字の 細かさにため息が出た.この授業の先が思いやられた.

本を読むのは好きであったが,私がいっも読む本は小 説ばかりで,こんな難しそうな興味のわかなそうな本 は,薦められないと自分から選ぶことはまずなかった.

 レジュメという言葉も初めて聞いたし,どう作ればい

いのかまったくわからなかった.」

1)一④「最初この本を見て,字が細かくてこんなの読 めるのかと思いました.値段も高いし,正直なところ

「ん〜む.」と思いました.けれど,今になって思うこ とは,この本を教材にして良かったということです.」

1)一⑤「はじめ先生がrひとりずっ本を要約したレジュ

メを作ってもらいます.』と言った時,焦った.なぜ なら,要約するのは苦手だし,パソコンを使うのにも 慣れていないからである,そして何より本読みが好き でないからである.しかも,あんな分厚い本を読むの は恥ずかしいが初めてである.しかし,これもいい機 会だと思い,頑張ろうと思った.実際のところ,なか なか本を読む気になれず,自分の担当した家族の話し か精読できなかった.初めて精読したが,他のことは 考えず,本だけに集中するのは難しいと思った.」

1)一⑥「この授業の形式から学んだことは,同じ文章 でも読む人によって解釈のしかたがかわるもんなんだ ということです.私は一っの本にっいてここまで詳し  く,しかも複数で討論したことは未だかってありませ んでした.しかもまず私はこのような意味不明の言葉 が並んでいる難しそうな本なんて自分から読もうとい う気すらしませんでした.自分の興味のない文章を読 まなければいけないということがとても苦痛でこんな にしんどい作業なんだと感じました.私は国語はずっ と好きだったし,文章を読むのを苦痛に感じることは あまりなかったので,少し落ち込みました.しかし自 分の興味のあるものばかりを読んでいるだけでは幅広 い知識も習得できないし,深い人間になれないのかも しれません.そして嫌々ながらも,1回読むだけでは 文章が頭に入らず理解もできないので何度も何度も読 むことによって難しいと思っていた文章が少しずつ理 解できていく自分に気づきました.だからこのように 強制的に本を読むことも必要なことかもしれないと感  じました.」

2)議論を中心とした演習形式の授業

・はじめて議論を経験することのとまどい.自己主張・

自己表現の機会や経験の少なさ,他者と異なる意見を 述べることや自分の意見を否定されることへの恐れか

 ら議論を敬遠する若者の傾向.

・二分法的思考,正解に対する間違いの恐れ.そのため,

発言には慎重になり,なかなか議論を交わすことがで きない状況への反省.しかし,自分の発言を簡単に翻 すべきではなく,納得するまで議論することの大切さ.

・議論の際,あいまいな自分の感覚で意見を言うのでは なく,テキストのなかから根拠を示して考えを述べる

ことに苦心した.

・ディスカッションの難しさ.…事前学習(予習)の必

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要性と前提となる知識量の相違.

2)一①「たしかに,今の学生たちは間違った意見を出  してはいけない,という考えが体に染み付いている人 が多いと思います.それは,今まで受けてきた一斉授 業という形の授業の中で,間違った答えはだめで,正  しい答えがよいとされてきたからだと思います.間違っ

たことを否定されると,そこから自分の意見を出すこ  とができなくなるし,思ったことを口に出して言えな  くなってしまいます.そうすると,意見を人に伝える  ことに不慣れになり,ちゃんと言いたいことを説明す  る力が育たなくなってしまいます.わたしもそれによ  く当てはまっていて,今回の授業の形式には最初は少  し戸惑いを感じました.意見を言えるようになってき  ても,ちゃんとした説明になっておらず,なかなか伝  わらないことも多かったです.しかし,そのようなこ  とを経験する場がなかなかない分,今回みんなとディ  スカッションすることができてすごくためになったと  思います.」

2)一②「最初は,議論形式にすごくとまどいました.

授業でそんなことをしたことがなかったので,意見と  いうのがどういうものなのかわからず,どう発表して  いいかも分かりませんでした.しかし,時間がたって  いくにっれて,恥ずかしさもとれて,自分の意見を言  う事ができるようになり,また他の人の意見を聞くこ  とによってそんな考え方もあるのかと,納得させられ  ることも出てきてだんだん楽しくなってきました.こ  のような議論形式が苦手なのは,最近の若い人の特徴  であると思うし,私もそのうちの一人だったと思いま  す.そのため,授業でこの形式をとってもらえたこと  で,日常,他人に自分の思いを伝えたり,自分の思う  ように思いが伝わらなかったときに,どのようにした  ら伝わるかなど,すごく役立っようになると思います.

 積極的に自分の意見を言ってみることで,だんだん自  分が本当はどう思っていたかわかるようになってきた

 こともありました.」

2)一③「授業では,自分とは違うところでも質問がた  くさん出た.私は普段自分の意見を真剣に他人に伝え  るなどということはほとんどしたことがなかった.あ  まり自己主張が激しいと嫌われる.また,いちいち言  葉にして伝えるのがめんどうくさい.そんな思いもあっ  たからだ.」

2)一④「自分たちが納得するまで意見を出し合い悩ん

だために,90分で数ページしか進まないこともあっ た.話し合っているうちに,疑問がどんどん生じてく るため,ひとっずっ解決していくほかなかった.『な んだ,こんなことだったのか,結局これが言いたかっ たのか…』と思う結論にいたったこともあったが,そ れは話をっめてきたから言えることである.私たちが  してきた話し合いは濃いものになったと思う.私たち

はものごとをすぐにt 良い 悪い11に分けて考える傾 向があった.『フォーマルなものは良いもの,インフォー

マルなものは悪いもの』『同化はよいもの,異化は悪 いもの」とうように善悪ですぐ分けようとした.実際,

異化は制度の崩壊や機能麻痺に直結していないし,あ  らゆる制度は異化と同化との平衡状態を維持している.

一概に異化が悪いとは言えないのだ.善悪、に分けて考 えることは改めないといけないと思った.」

2)一⑤「授業の進め方にっいては,今までにないやり 方だったので新鮮だった.毎回発表者と司会者がいて,

授業の進行は主に学生が中心で先生は口出ししなかっ た.全員が参加する授業だったので,その分最低1回  は発言する必要があった.皆幼児教育(専攻)の人ば かりだったので,緊張することはなかったが,自分の 考えを分かってもらうのは苦労した.また,考えが思  い浮かばないときもあり,周りの皆が発表しているの

を見て,『自分も何か言わなきゃ』という気持ちにも  なった.」

2)一⑥「1章の半分の要約は難しかった.その家族の 普通の一日をただ書いているだけ,ある種の小説みた  いなもので,著者の結論は記されていない.ゆえに,

 この本の本質を伝えるためのまとめ方は難しい.それ  を補うたあに授業でのディスカッションがあるのだろ  うが,正直みんなこの本をきっちり読んできていない  と思う.ただ文章・単語の意味の質問だけで,本を読  んで自分の考えを発展させようとする気が,あまり見  ることができない.単語がわからなければ自分で辞書  でも引くべきで,自分で調べてもいないのにプレゼン  をしている人に聞いてはいけない.それなりのディス  カッションができていた所もある.メキシコのキリス  ト教等宗教の部分では,ディスカッションに参加でき

 る子はできていた.」

3)意見の相違,考え方の相違

・自分自身と異なる考え方や意見があることの発見.異

(7)

岩崎 美智子

質な世界に住む人々に対する理解や価値の受容.いっ ぽうで,自分の考えを主張することの大切さを知る.

・議論により,自分の見解に柔軟性が生まれる.

3)一①「また,ディスカッションをするにあたって,

他の人の意見を聞くこともできてよかったと思いまし た.こうゆう考え方もあるんだ,という発見があり,

 ものの考え方,見方が大きくふくらみました.しかし,

他の人の意見を聞くにあたって,自分の意見を軽々し  く変えるべきではないのだと感じました.最後まで自 分の意見,考えに自信をもって突き通すことも大事だ  と思いました.」

3)一②「授業では,自分とは違うところでも質問がた  くさん出た.みんなも一冊の同じ本を読んでいるのに,

それぞれに違う意見が出てきていることが,とてもお  もしろかった.自分の質問をした時も,みんなそれぞ れに意見を出してくれて疑問を解こうとしてくれたこ

 とにとてもうれしかった.」

3)一③「内容がわかってくると実に考えさせられまし た.初めは,聞きなれない言葉ばかりで難しい話だ,

私には全然関係ない話だと思っていました.ところが 読み進んでいるうちにとても重大なことを教えてくれ ました.こういう環境の人がいるということです.こ の本を読んで『野郎ども』と言われる生徒の気持ちが ほんの一部だけれど知れた気がします.野郎どもと教 師のかけひきや学校という権力,耳穴っ子たちへの批 判などなかなかおもしろいと思いました.こういう子 どもがいる,私と違う考えだからといって排除しては いけない.その考えも理解するよう努めたいと思いま

 した.」

4)他者に自分の考えを伝えることの難しさ

・他者に対する説明は,自分の考えを整理して相手に伝 わるように話す必要がある.正確に言葉で説明するこ  との難しさと自分の表現力不足を痛感した.

・意見を述べることにより自分自身の考えや理解の度合  いに気づく.議論による思考の深まり.

・レジュメ作成の大変さと達成感.ものごとを伝えるた めには文章力や表現力が必要なことを知る.

4)一①「また,授業でディスカッションする中で,フィー

 リングではなく,根拠を説明して伝えるというのがと

ても難しかった.私は,物語の筋や話をまとめて説明 するのが苦手であった….普段の生活の中でも,何か

 を一生懸命に伝えるというのはあまり機会がない気が  する.いや,それをしないだけなのかもしれない.今 回,ひとっの疑問を途中で投げ出すことなく追究して  いって,私は大きなものを得たように思う.今までめ んどくさがって説明しなかったり諦めていたことも,

 これからは相手にきちんと伝わるように最後まで挑戦  したい.司会もしたが,普段思った以上にそれとかこ れとか指示語を使っているのだと驚いた.頭の中で整 理して,きちんと言葉で表現するのが難しいのがよく 分かった.」

4)一②「大変だったところは,レジュメ作成です.普 通の人より自分の割り当てられた場所をより深く読ま  なければならない.そしてみんなにわかりやすくまと  めないといけません.全て合わせると何十時間にもな  る作業でした.わかりやすかったかどうかは分かりま せんが,すごく達成感がありました.このレジュメ作 業は,自分の意見を言うときと同じように,どうやっ たら人にわかってもらえるかを考える力,表現する力 が身にっくと思います.社会に出たら,絶対こういう ような作業をしないといけないし,できるときに練習

 できてよかったです.」

4)一③「しかし,やはり,自分の意見を人に伝えると  いうのはとても大変でなかなか言葉にすることはでき  なかった.自分の思っていることがなかなか伝わらな  くて,途中で放棄しそうになったこともあった.何度  も授業をしていくうちに,みんなだんだん意見を言う ようになってきたと思う.普段いっしょにいてあまり  しゃべらない子もどんどん自分の意見を言うようになっ てきてとても驚いた.意見が自分対他の全員でわかれ てしまった時もあってとてもあせったけれど,自分の 意見を言い通した.こんなにみんなの前で違う意見を 言い通すという経験は今までなかったので,最終的に は自分の意見は間違っていたという結果になってもな

ぜかうれしかった.」

4)一④「先生も言っていましたが,みんなじゃなかっ

たら,ぜんぜん読あないと思います.あと先生に言わ

れて思ったのは,「○○な感じ」で終わらせてはいけ

ないということです.きちんと言葉で説明するという

 ことが大事だと思いました.ちゃんと言葉があるのだ

から,自分なりにだけれど説明するというのは自分も

理解できているかという証拠だし,人にも伝わりやす

 いのではないでしょうか.それにわたしはよく「○○

(8)

な感じ」というあやふやな答えで終わらせる癖がある のだとわかったし,自分自身もきちんと分かってない からこのような言い方をしてしまっているというのが 分かりました.これからは自分の言葉で言い表せられ  るように努力していこうと思います.」

4)一⑤「また,自分の意見を他の人に理解してもらう 難しさ,自分がこうだと思っていたものが他の人と意 見が違ったときのその意見を受け入れる難しさは毎回 のように感じました.文章を書く場合でも,スピーチ の場合でも,人に何かを伝えるという行為の発信者も 聞き手も十分注意しなければいけません.」

4)一⑥「今回の授業で,この本がテキストになったの  はよかった。しかし,プレゼンをするために本をまと め,文章にすることは難しかった.今まで本を読んで  も自分の頭の中で結論づけていただけで,羅列的に本 に自分の考えをその部分の1ページずっに書いたこと  はあるが,それを文章にしたことはなく初あての経験 だった.ゆえに今回の授業では書いて伝えるというこ  との難しさが実感でき,とても良い経験になった.」

5)自分自身を知る(自己覚知)

・議論によって自分の性格や行動の傾向,知識量や能力

を知る.

・経験による自分自身の変化.

5)一①「私の性格的には,自分の意見は正しいと思っ ていて,人の意見を受け入れることはあまりなかった ように思う.しかし,この授業を受けて,人の意見を  じっくりと聞いて一度他の人の意見も正しいのではな いかと考えてみるようになった.実際,いっも自分が 正しいわけではなかった。自分の性格まで変わること

 ができたと思った.」

5)一②「この授業を通して,自分の知識のなさに気付  くことができた.キリスト教にっいて全然知らないこ  とばかり出てきたし,『めかけ」をはじあ知らない用

語もたくさん出てきた.」

6)わかること・わかってもらうことの喜び,学ぶこと  の楽しさ5)

・考えが伝えられたことの喜び.自己表現と他者から理 解されたことのうれしさ.

・議論の楽しさ,思考することの楽しさを知る.

6)一①「しかし,ある時私は目覚めた.それは初めて

自分でレジュメを作った時からである.自分で作れる か不安に思っていたが,作っていくうちにだんだん楽  しくなってきたのである.レジュメを作るためには本 を読み込まないといけない.そこで初めて気がっいた のは,質問はっくるのではなく,自然に出てくるとい  うことだった.何回も読み込んでいくなかで,疑問が たくさんでてきて,今までただ授業のためだけに仕方 なく読んでいた自分を,なんてもったいないことをし たのかと反省したのであった.その時の授業は,頭フ ル回転の充実した90分であったのをはっきりと覚え

ている.」

6)一②「でも,本をこれだけ深く読むことによって,

 こんなにも本を楽しくさせ,興味をもてるようにする  ことがあるんだなと,思いました.文章をきっちり理

解しながら読むことはすごく楽しかったです.」

6)一③「最初は自分の考えていることをどこから伝え たらいいのかまったくわからなかったが,自分なりに ゆっくり頭の中で整理しながらしゃべっていくと,み んながうなずいてくれるところもあり,とても気分が よかった.みんなの前でひとり発表するという行為も 緊張したがなんだかわくわくした.みんなも一冊の同  じ本を読んでいるのに,それぞれに違う意見が出てき ていることが,とてもおもしろかった.自分の質問を  した時も,みんなそれぞれに意見を出してくれて疑問  を解こうとしてくれたことにとてもうれしかった.い っも授業のあとは,何かとてもすがすがしい気持ちに なった.次を読み進めるのが楽しみになったし,授業 外でもみんなでこの本にっいて話し合ったことは何度  もあった.」

6)一④「その都度,質問したり,自分で調べたりと新  しい知識を増やすことができた.また,意見を出し合っ

ていく中で,文脈の読み取り方の違いなどで討論になっ たこともあったが,自分の意見を皆しっかり聞いてく れるのでやりやすかったし,そして何より楽しかった.

大切なのは,少しでも疑問が残れば,遠慮せずに自分 が納得するまで,皆で考えていくことである.」

6)一⑤「とにかく私にとっては得るものがある授業だっ たことは確かだ.この本を読み,『文化』『貧困』につ いての新しい見識ができ,本をまとめる事も難しかっ たが楽しく面白かった.それにディスカッションも,

 もう少し発展していきたかったが,良い経験にはなっ

 たと思う.」

(9)

岩崎 美智子

7)その他

・自分自身の価値観だけでテキストを読むことの危険性 の指摘.

「このテキストは,1950年代のメキシコの貧困層を記 す本ではあるが,現在の世界の『貧困の文化』を理解 する上でも役立っであろう.しかし,この本を読み理 解する上で注意しなければならないのは,読む人が自 国の感覚で読み過ぎない事だ.先進国の裕福な人など が自分の価値観だけでこの本を読むと,この地域の

「貧困」の間違った理解をするだろう.」

IV 授業を終えて

 以上のような授業を行ない,学生たちの感想や意見を 聞いてきた.しかし,いくつかの課題も残された.第一 に,このような形態の授業をする場合の授業時間の確保 の問題である.保育者養成校の大半は,短期大学や専門 学校である.そこでは,2年間で幼稚園教諭免許状と保 育士資格を取得するたあ,学生たちは多忙を極める.カ

リキュラムに余裕のない2年課程の養成校では,必修科 目以外の演習科目を設けるのは困難かもしれない.

 っぎに,教室や教員の確保の問題である.少人数の演 習形式であること(最大15人くらいか)を考えると,使 用する教室や担当教員の確保は容易ではないだろう.

 また,学生の力に合ったテキストの選定も課題となる.

本稿で紹介したテキストは,筆者の専門である社会学の 分野から,古典ともいうべき評価の定まった文献を選ん だ.学生たちは,不安やとまどいを感じながらも授業に っいてきてくれたが,いつもこのようにいくとは限らな い。担当教員の専門分野によってはこのような授業形式 や内容が適当といえない場合もあるだろう.そして,授 業の実施にあたっては,教員の意欲や学科内の意思統一 が前提であるのはいうまでもない.

 さらに,もっとも重要な点だが,このような授業を行 なった結果が,学生たちの卒業後の職業生活に活きてく るかどうかの検証は現時点ではできていないし,因果関 係の説明は困難である.その意味で今後,調査研究を伴っ た検証方法が検討され,データが蓄積されなければなら ないだろう.

 そのような数々の課題をかかえながらも,ここで確認 したいのは,保育者養成校における専門教育の基礎を確 立するための「教養教育」の重要性である.われわれ養 成校の教員は,どのような保育者を育てたいのか,そし

て,そのために必要な教育は何なのかをもっと議論しな ければならない.即戦力育成や「現場に役立っ」授業だ けではなく,高等教育の場でなければできない教育をす る責任が養成校にあるからであり,優れた保育者を育て る義務が教師にあるからである.

1)筒井清忠は,「教養」の概念にっいて,「基礎」や  「幅広い知識」として使われることが多いとしなが   らも,「文化を身にっけることによって人間性を高  めていくこと」と定義づけている.本稿では,その  定義にならって,保育者養成課程において,人間性   を高めながら保育者として必要な専門性を身にっけ   るための基礎教育を「教養教育」と考える.筒井清  忠:『新しい教養を求めて』,中央公論新社,2000,

 P.35

2)鯨岡峻:「保育者の専門性とは何か」,「発達第83  号」,ミネルヴァ書房,2000,pp.53〜60

3) Goodson,1, F:Life Histories of Teachers一

旦旦一二2000=藤井泰・

 山田浩之編訳『教師のライフヒストリー一「実践」

 から「生活」の研究へ」,晃洋書房,2001,

 pp.25〜48

4)これらの調査結果や考察については,つぎのものに  詳しい.岩崎美智子他:「保育所保育士のライフヒ   ストリー一職業選択と転機,変容一」,『鳴門教育大  学研究紀要(教育科学編)』第19巻,2004

5)たとえば,政治学者の御厨貴氏は,自身のゼミの様  子を新聞の文化欄に寄稿している.御厨氏が教える  東京大学の学生たちは,読書量も学習量も豊富な,

 勉学に「向いている」若者かもしれないが,学び・

 知ることの喜びは,ひとり東大生のものではない.

  わたしは,かつて教えていた専門学校で,ふだん本   など手にしたことのない学生が,ゼミのなかで苦労   して何冊かの本を読んだ後,「先生,勉強っておも   しろいもんなんだね」と言うのを聞いた.御厨氏も   書いたように,「一瞬の輝きにすぎない彼等の才能   をある型に押し込んで覚醒させる作業は,かって若   かった者の務め」なのである.御厨貴:本の海に飛   びこもう一「政治学を読み破る」ゼミを開いて一」,

  毎日新聞東京本社版2006年6月15日付夕刊

(10)

参考文献

1)小林康夫・船曳建夫編:『知の技法一東京大学教養   学部「基礎演習」テキスト』,東京大学出版会,

  1994

2)秋山智久:『社会福祉実践論一方法原理・専門職・

  価値観一』,ミネルヴァ書房,2000

3)高濱裕子:『保育者としての成長プロセスー幼児と   の関係を視点、とした長期的・短期的発達一』,風間   書房,2001

4)塚田守:『女性教師たちのライフヒストリー』,青   山社,2002

5)保正友子他:『成長するソーシャルワーカー−11   人のキャリアと人生』,筒井書房,2003

6)溝上慎一:『大学生の学び・入門一大学での勉強は   役に立っ!』,有斐閣,2006

本稿は,2006年5月20日に北海道・浅井学園大学で  開催された日本保育学会第59回大会での自主シン  ポジウム「幼稚園教師育成の今日的課題一思索しっ  っ豊かな実践力をもっ保育者の育成一」の発表内容  を一部修正・加筆したものである.

Abstract

  The fbllowing areas of expertise are required of kindergarten and nursery teachers:1)cognitive power regarding current conditions in the diverse real world, and the ability to understand those who are different;2)communication ability, listening to others and being able to convey one s ideas precisely and patiently;3)the desire to improve, based on a flexible attitude allowing one to accept criticism and advice from others;4)the ability to think reflectively and do research comected with child−care practice.

  As Liberal Arts aimed at the acquisition of these abilities, fbr six months l st year stUdents attended exercise−based classes, in which relevant literature was read and discussed. In the re−

sulting report, students indicated they had leamed the fbllowing points:1)the significance, and difficulty of all class members meticulously reading the literature;2)the e脆ct of exercise−based classes centered around discussion;3)understanding differences in opinions and ways of thinking;

4)the difficulty of communicating ideas to others;5)self−awareness;6)the pleasure of under−

standing, and being understood;7) others.

  Although some issues still remain, it will be necessary in fUture to consider, and engage in,

an in−depth relationship requiring the kind of time only possible in university education.

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