知的障害者のオルタナティヴな働き方としての芸術活動の持つ教育的意味の考察 [ PDF
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(2) する。選定理由は、第一に、ミュージックに所属する知. く「発達」観・ 「労働」観. 的障害者(以下、メンバー)の活動内容である。ミュー. 本論では、障害者の社会参加の一形態として「労働」. ジックでは、28 名のメンバーと 4 名の職員が音楽活動に. を設定し、まず、障害者の「働く」ことをめぐる現状を. 取り組んでいる。したがって、本論で着目したい、知的. 押さえた。障害者自立支援法の施行(2006)以降、障害. 障害者と彼らと日常的な関わりを持つ人々によって構成. 者の就労形態は一般就労と福祉的就労に大別され、障害. される集団での芸術を媒介としたやり取りが、相対的に. 者の大多数が福祉的就労に従事している。しかし、経済. 浮き彫りになりやすいと考えた。第二に、ミュージック. 的自立に矮小化された自立観により、後者は前者よりも. では芸術活動に「働く」こととして取り組んでいるから. 低位に価値づけられる傾向にある。ゆえに、一般就労の. である。ミュージックは、職業音楽家集団として福岡市. 質と機会の保障へのさらなる努力の必要性を認識しつつ. を中心に、 全国各地、 時には海外で公演を行なっている。. も、今日における障害者の集団的労働である福祉的就労. このことは、ミュージックが集団的「労働」を通じて、. の在り方を捉え直す目的で、その起源の一つである共同. 彼らと日常的接点を持たない人々へと関係を拡大してい. 作業所の実践・運動に着目し、その歴史を概観した。共. ることを意味していると思われる。ゆえに、この営みは、. 同作業所づくりは「発達」保障論者と呼ばれる人々を中. 「労働」を社会参加の一形態とし、そのプロセスにおけ. 心に1960年代後半から進められたが、1970年代後半にな. る障害者の切り結ぶ関係を明らかにするという本論の目. ると、 障害者が労働に取り組むことに反対した人々も 「地. 的に合致していると考えた。第三に、ミュージックのメ. 域との連係」の構築のために「働く」場づくりに取り組. ンバーは主にダウン症候群及び自閉症を持つ知的障害者. み始めた。そしてその動きの中から、障害者の「働く」. とされる人々であることから、研究対象としての条件を. ことを可能にする条件として、既存の労働の場における. 備えていると考えた。. 「他の領域の論理」の導入が提起された。. 研究手法には、参与観察を主軸に職員及び関係者への. さらに、施設Jの福岡市における位置づけを把捉する. インタビューを選定した。 参与観察は 2011 年 6 月~2012. 目的で、同市の共同作業所をめぐる歴史を整理した。そ. 年 7 月の約 1 年間、月 3 回程度の頻度で実施し、その度. れにより、施設Jが福岡市の共同作業所をめぐる諸運動. にフィールド・ノートに記録した。参与観察の選定理由. によって充実された障害者の「働く」場への補助金制度. は、研究対象が知的障害を持つ人々であり、聞き取りの. などを基盤としつつ、障害者の自己表現の機会の保障を. 困難な発話も多く、言語でのコミュニケーションには限. 求める国際的な潮流を受けて創立されたことを確認した。. 界があったためである。そのため、彼らの実態により正. 「発達」保障論は以上の実践の展開から構築されてき. 確に接近するには、長期的・継続的に関わっていく必要. た。清水寛ら(1976) 「発達」保障論者は、憲法の民主. 性があると考えた。また、動作や、語りに着目する場合. 的解釈を踏まえながら、 「発達」を幸福追求権及び平和の. もその言葉が発されるまでのプロセスにも着目した。な. 中に生きる権利を内在する「生存」権を実現する過程と. お、フィールドには、職員や障害を持つ人々と同様に活. して把捉し、障害者における「発達」権保障の問題をす. 動に参加し、「観察者としての参与者(participant as. べての人の「生存」権保障の文脈上で議論・実現してい. observer) 」 (佐藤、2002)として関与した。. くことを試みた。ゆえに、 「発達」は「集団・個人・社会」. 併せて、職員及び関係者にインフォーマル・インタビ. の「3つの系」で相互関連的になされるものとして理解. ュー(佐藤、2002)とエピソード・インタビュー(ウヴ. され、中でも集団の系は他の2つの系の基盤として重要. ェ、2002)を実施した。前者は、メンバーをよく知る職. 視された。ここで集団は、障害に応じた特別な配慮が遂. 員の助けを借り、メンバーの行動観察だけでは把握しづ. 行される場であり、障害者を中核に据えた彼らと日常的. らい彼らの実態や彼ら同士の関係性を明らかにする目的. な関わりを持つ人々(職員・親)によって構成される活. で用いた。一方、後者を採用したのは、職員や関係者の. 動体を指す。 この集団において障害者らと関係者らは 「働. 個人的背景を知り、フィールドにおけるメンバーとの関. く」仲間同士で、 「労働」は、障害者個人の「労働・生活. わり方をより根底から理解するためである。インタビュ. 能力を含む民主的人格の形成」を導き(個人の「発達」 ) 、. ーはインフォーマント一人当たり 1 時間程度実施し、主. 同時に我々を疎外する既存の労働観を組み替える論理を. に施設 J におけるメンバーとの具体的な関わり方やミュ. 有する営み(社会の「発達」 )として解釈された。. ージックで働くまでのライフヒストリーを尋ねた。 第 2 章 障害者の芸術活動をめぐる実践・研究の展開と 第 1 章 障害者の「働く」場づくりの展開とそれに基づ. 教育的機能の検討.
(3) 前章で、障害者も「働く」ことのできる場の成立条件. 敏な他者の目」の必要性を説いている。. として、労働の場における「他の領域の原理」の内包が. ここで、他者への接合を生み出す芸術活動の理論とし. 障害者の「働く」場づくり運動から提起されたことを確. て、佐藤学の「表現者の教育」論に着目する。佐藤はこ. 認した。そこで本論では、芸術活動を他者への関係の拡. の理論を「学びの共同体」の構想の文脈中に提起した。. 大とその必要条件としての「型」を学び合う営みとして. 「学びの共同体」とは、子どもたち・教師ら・地域の人々. 捉える佐藤学に依拠し、その原理として芸術活動に内包. によって構成される集団で、構成員同士を「型」とした. される原理を設定した。なお、芸術活動という表記は、. 「模倣(なぞり) 」と「表出(かたどり) 」の循環が学び. 芸術活動を障害者の欲求や情動の発露としてだけではな. として設定され、それにより学習者と学習者・学習者と. く、彼らの活動現場に日常的に携わる人々によって織り. 他者・学習者と世界の関係が編み直されていくと佐藤は. なされる社会関係の中で生み出される作品を通して、障. 説く。この見地から、佐藤は特に障害者や非行尐年など. 害者が現場の外部と関係を切り結ぶ過程とした中谷和人. 社会から疎外された人々による芸術活動に着目し、それ. (2009)を参考にした。. を彼らと職員によって構成される共同体での「模倣」―. 障害者の芸術活動は、国際障害者年(1981)の制定を. 「表出」の循環的営みとして解釈している。そのプロセ. 機に国際的に関心が高まった。この動向は 90 年代以降. スには、表現主体の「 『内的リアリティ』の探索の営みを. 日本にも波及し、 「自己成長・自己実現の欲求」を満たす. 伴う現実と主体との「厳しい格闘」が含まれる。ゆえに、. 機会の保障として芸術活動の取り組みが進められた。. この過程は「主体の解体」という「ヴァルネラブル」な. また、我が国の障害者の芸術活動の実践の草分け的存. 側面を有するが、この過程を通じて障害者は自己の特異. 在は、学卒後の身体障害者とその親らが結成した「奈良. 性と共同体における他者との連帯を構築し、それを基盤. たんぽぽの会」を母体として 1980 年に発足した「たん. に「社会との関係を編み直す主体」として変容すると論. ぽぽの家」である。この組織から 1994 年に発足した「日. じられている。さらに社会の側も、共同体を媒介とした. 本障害者芸術文化協会」 は、 「アートを通して社会的に低. 彼らとの出会いを通して変容していく。そして、 「表現者. 位に価値づけられた人たちの能力と社会的イメージを高. の教育」は表現主体の傷付きだけでなく、それを癒しあ. める取り組み」である「エイブル・アート・ムーヴメン. う過程も内在すると佐藤は述べ、障害者と彼らと日常的. ト」を提唱・牽引している。. な関係を持たない人々との関係の編み直しにおいて両者. こうした動向を機に、障害者の芸術活動に対して、実. に「癒し」が共有される可能性を示唆している。. 践のみならず多様な学問領域から研究的アプローチもな されている。ここで障害者にとっての芸術活動の持つ意. 第 3 章 「働く」こととしての芸術活動の持つ教育的意. 味に焦点化して概括すると、先行研究においては「障害. 味―施設 J の実践から―. 者個人の機能・能力の向上」、「自己表現」、「共同性」、. ミュージックは、知的障害を持つメンバー28 名、福祉. 「癒し」の 4 つの機能が注目されてきた。しかし、先行. ではなく音楽に一義的専門性を持つ技術支援員・生活支. 研究では、障害者の芸術活動は主に障害者個人という視. 援員各 2 名ずつで構成されている。2002 年に設置され. 座から分析されてきたと考えられる。障害者と障害非当. て以来、福岡市を中心に精力的な活動を展開し、年平均. 事者としての他者との共同的営みとして捉える研究も存. 60 公演、観客動員数延べ 25 万人(2012 年 2 月時点). 在するが、それらにおいても障害者は個人を単位として. の実績がある。本論では、メンバーが地域社会に関係を. 記述されている。ゆえに、障害者を集団として捉え、障. 拡大している事例として、福岡市で 2004 年より毎年開. 害者集団と他者との関係を捉える視点からの研究はほと. 催されている大コンサート(2 部構成・公演時間 120 分). んど着手されていないのではないかと思われる。. に特に着目した。それは、公演の継続自体が本論で着目. 一方、実践の側からも障害者の芸術活動の概念化の動. したい、知的障害者が彼らと日常的な関わりを持たない. きが見られ、たとえば日本障害者芸術文化協会の播磨靖. 人々への関係拡大の事例として解釈できることと、大規. 夫は、障害者の生きにくさを出発点としながら、芸術の. 模であるためメンバーの心身の負担が相対的に大きくな. 可能性をすべての人の幸福という視座から捉え直そうと. り、そうした負担・不安を乗り越えなければならない状. している。さらに、現代を他者との関係の構築が困難化. 況では、知的障害者における「働く」こととしての芸術. した時代とみなし、障害者の芸術活動が「自己表現を中. 活動の教育的意味がより観察しやすいのではないかと予. 心目的」とする世界との交渉の分断された状況に留まり. 想したためである。そして、第 1 章の「発達」保障論及. がちであることを指摘し、 他者との絆の構築における 「鋭. び第 2 章の「表現者としての教育」論に学びつつ、知的.
(4) 障害者が「働く」こととしての芸術活動を通じて彼らと. にメンバーの職業音楽家としての自己認識、すなわち障. 日常的な関わりを持たない人々へと関係を拡げていくプ. 害者個人の 「発達」 を読み取ることができると思われる。. ロセスに着目して実践を考察した。. さらに、日々の練習や公演の積み重ねにより、メンバ. 施設 J は、障害者歯科の専門医であり音楽に造詣の深. ーは観客の涙を誘ったり、会場を盛り上げたりする演. い Ok 氏を中心として設立された。設立の契機は、Ok. 奏・パフォーマンスを身に付けていた。そして、それを. 氏がオランダの学会で出会った障害者の楽団の演奏であ. 機に次のコンサートのオファーを得たり、Im 氏のよう. る。Ok 氏は、この楽団がアムステルダムの市民に認知. に彼らと友人関係を構築したりする人々が現れていた。. されていることに感銘を受け、福岡「市民の誇りになる. これらの事例は、集団の「発達」と個人の「発達」によ. ような」音楽を発信する楽団を結成しようと考えた。そ. って導かれた、メンバーにおける彼らと日常的な関わり. のため、演奏時のミスに妥協しない、身だしなみを整え. を持たない人々への関係の拡大、つまり社会の「発達」. るなどの「社会人としてのルール」を守り、職業音楽家. として解釈できるのではないかと考えられる。この事例. 集団として成長していくことがミュージックの目標とさ. を一歩踏み込んで解釈すると、地域社会への関係拡大の. れている。. 過程は、観客の涙に象徴されるようにメンバーが「癒し」. まず、「発達」保障論に倣うと、ミュージックはメン. の主体として「発達」する機能を内在し、同時に、ミュ. バー集団と職員集団を構成要素とする集団として捉えら. ージックという集団と社会への参加は、メンバーにとっ. れる。さらに、職員はメンバーを共に公演に挑む「運命. ての「癒し」を意味すると思われる。. 共同体」 、すなわち「働く」仲間とみなしていた。 公演の成功を支える練習の場面では、メンバーは職員. 終章. から個別の楽譜を受け取り、演奏中にも個々の特性に合. 本論全体を概観して改めて本論の主張を確認し、それ. わせた合図や補助を得ている。メンバーは、楽譜や職員. を踏まえて今後の課題の検討を行なった。本論では、知. からの合図や手本を「型」として「なぞり」 、演奏として. 的障害者の「働く」こととしての芸術活動に対する知的. 「かたどって」いると考えられる。演奏練習は、原則的. 障害者集団と共に「働く」職員の視点からの考察を欠い. に観客の前で演奏できる水準になるまで何度も繰り返さ. ている。また、共同作業所の議論に登場した障害者の親. れる。練習を重ねて奏でられる音は、メンバーの現実と. 集団に言及できていない。したがって、こうした立場か. の「厳しい格闘」を経た自己の特異性の表出を意味し、. らの芸術活動の考察を今後の課題として指摘する。さら. それらの集積によって創出されるメロディーは、ミュー. に、芸術活動として本論では音楽活動を取り上げたが、. ジックにおける他者との連帯を象徴していると思われる。. 施設 J の絵画部門のように、描画活動に仕事として取り. さらに、公演直前にネガティヴな感情に囚われそうに. 組む実践も全国に普及し、先駆的な動きも見られる。こ. なっていたメンバーが、職員とのやり取りを通じて職員. うした現状を踏まえ、障害者の「働く」ことを通じた社. の「気持ちを切り替える態度」を職業音楽家の「型」と. 会参加をめぐる理論構築にあたり、音楽活動以外の芸術. して「なぞり」 、コンサートで穏便に演奏を行う(かたど. 活動の持つ教育的意味についても、今後検討していく必. り)等、労働の能力のみならず生活面においても「なぞ. 要があるだろう。. り」―「かたどり」の営みが生じていると思われた。加 えて、グロッケンの演奏補助の場面での職員とメンバー. 主要引用・参考文献. の共同的作業、及び個人練習中、それに無関係のメンバ. 安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也『生の技法 増. ーも練習場で静かに待機しておく行為等は、職業音楽家. 補改訂版』藤原書店、1995. としての個々の「発達」を支え合う「助け合い」の「型」. 川合章・大槻健編『講座日本の教育 8 障害者教育』新. の「なぞりかたどりあい」を示していると考えられる。. 日本出版社、1976. 以上の営みは、 「発達」保障論における集団の「発達」と. 共同作業所全国連絡会編『ひろがれ共同作業所』ぶどう. して捉えられると思われる。. 社、1987. 「発達」保障論において集団の「発達」は、個人と社. 佐伯胖・藤田英典・佐藤学編『学びへの誘い』東京大学. 会の「発達」に照射される構図が提起されていたが、メ. 出版会、1995a. ンバーの中には自身と同じ楽器を演奏する他のメンバー. 佐伯胖・藤田英典・佐藤学編『表現者として育つ』東京. と自分の演奏を比べて落ち込んだり、コンサートに関す. 大学出版会、1995b. る事柄を何度も書き綴って覚えたりする人もおり、ここ. 佐藤学『学び その死と再生』太郎次郎社、1995c.
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