フランス語学研究,第 43 号,2009 年,pp.39−55
語り手の知覚と心情を表す複合過去の一考察
Une étude du passé composé à travers la perception
et les sentiments du narrateur
安 西 記 世 子(Kiyoko Anzai)
Les deux sens principaux du passé composé, passé et accompli, ont comme point commun, à notre avis, l’achèvement dans la limite du procès, à savoir l’instant final où s’achève le procès. La localisation de cette limite au présent donne le sens accompli, et à un moment passé, le sens passé. Revêtu de cette valeur, le passé composé narratif s’emploie pour exprimer les procès à travers la perception ou les sentiments du narrateur. Autrement dit, le passé composé marque le procès comme s’il avait été vécu par le narrateur même, de sorte que celui-ci le raconte de son point de vue direct et subjectif. Dans cette optique, cet article a pour objet d’étudier quelques exemples du passé composé des verbes de perception, de sentiment, d’évocation du passé, et de celui qui est lié au discours indirect libre.キーワード: 限界達成(achèvement dans la limite du procès),知覚(perception), 心情(sentiments),回想(évocation du passé),自由間接話法(discours indirect libre)
1.はじめに
現代フランス語の複合過去は,過去と完了1)という 2 つの基本的な用
法を持つ.WILMET (1997) は,過去を le temps antérieur (先行的テンス)
と呼び,完了を l’aspect extensif (一度「弛緩」した運動に新たに「張力」 を与えるアスペクト2)) と呼んで,動詞の語彙アスペクトおよび時間的な 1) 従属節の複合過去が,主節の現在形の動詞によって表された事態に対する先行性を表す場合 も,ここでは完了的な意味として扱う. 2) aspect extensif はギヨーム理論の用語である.訳語は青木(1997)に従った.この用語が表 す概念については青木(pp.14-18)によって詳述されている.
語句との基本的な意味関係を例示している.アスペクトを考える際には, まず時制形式が表す文法的アスペクトと動詞の語彙的アスペクトを区別 しなければならない.複合過去が表す文法的アスペクトとは、現在につ ながる事態の完了である.動詞の語彙アスペクトは,事態が成立するた めの唯一の瞬間を語彙的に持っている限界的な動詞 (以下では限界動詞) と持っていない非限界的な動詞 (以下では非限界動詞) に区別される. 典型的な限界動詞は arriver, partir, naître, mourir などである.例え ば,partir という動詞は,出発する唯一かつ必然的な瞬間を語彙的に含 む.限界動詞は瞬時的な事態を表すので pendant のような期間を表す語 句と共起しない.典型的な非限界動詞は marcher や courir などである. 例えば,動詞 marcher の場合は,歩き始めてすぐに止まっても,しば らく歩いてから止まっても,「歩いた」という動作が成立する.つまり, この動詞は事態が成立するための唯一の瞬間を含まず,1 歩を踏み出し さえすればどの時点においても「歩く」という事態が成立するのである. 非限界動詞は期間を表す語句と共起する.WILMETの例によると,非限 界動詞の複合過去はテンスとしての過去を,限界動詞の複合過去はアス ペクトとしての完了を表しやすい.また,動詞の語彙特性にかかわらず, 文脈次第で,複合過去は過去も完了も表す.その 1 つとして,WILMET は, 時間的な語句との意味関係を挙げている.複合過去が特定の一時点を表 す語句と共に用いられるとテンスとしての過去を表し,déjà や depuis と用いられるとアスペクトとしての完了を表すことが多い. 2.語りにおける複合過去の機能 2.1.複合過去の基本的な価値 本稿では,複合過去の基本的な価値を,事態が成立する瞬間に達した ことを表す,と考える.この瞬間は,事態の限界として動詞の意味にも ともと含まれる場合とそうでない場合に分かれる.語彙的に限界を含む 限界動詞は,複合過去におかれることによって,動詞の内的な限界の達 成が表される.動詞が語彙的に限界を含まない非限界動詞は,複合過去 におかれることによって限界が課され,その達成が表される.
例えば,限界動詞 partir の複合過去の文 “Pierre est parti” は,ピ エールが出発した瞬間(=限界)に達したことを表す.この瞬間は動詞 の意味にとって不可欠であり,出発するや否や「その場にはいない」と いう状態変化が生じる.非限界動詞 marcher の複合過去の文 “Pierre a
marché” もまた,ピエールが歩いた瞬間に達したことを表す.但し,こ の瞬間は動詞の意味に含まれるわけではないので,複合過去におかれる ことによって、「歩いた」瞬間が限界として表される.いずれにせよ, 複合過去の基本的な価値は事態の「限界達成」を示すことであり,この 限界が現在に直接結び付けて捉えられると完了を表し,過去の特定の時 点に位置づけられると過去を表す.例えば,ピエールがその場にいるか どうかが問題になっている状況で “Il est parti” と言えば,「出発した結 果,今はもういない」という完了の結果状態が表される.それに対して, ピエールがいつ出発したか問題になっている状況で “Il est parti hier” と言えば,単なる過去の出来事を表す.同様に,赤ん坊が歩き始めた瞬 間を捉えて “Il a marché !” と言えば,いままでできなかった動作の実 現が表される.この場合は動作の開始を表しているが,事態の未成立の 段階が完了し,成立の瞬間が現在において捉えられているという点で, 一種の完了とみなせる.それに対して,昨日のピエールの行動を継起的 に語る状況で用いられた “Il a marché” は,単なる過去を表す. 2.2.複合過去の機能(予想)と考察対象 会話の複合過去の意味は,発話の現在における話し手の事態認識に依 存している.語りの地の文に現れる複合過去もまた,語りの現在とつな がりがあるといってよいだろう.フランス語の動詞時制の二重体系が表 す発話の次元を提唱した BENVENISTE (1966) の考えによると,複合過
去は discours の発話の次元 (plan d’énonciation) に置かれた事態を表 す.この次元は je と tu を中心とした人称関係と,現在,未来,完了を 基本とするあらゆる時制から成る.ただし,単純過去3)は除外される.
それに対して,histoire (récit historique) と呼ばれる発話の次元は,厳 密には 3 人称4)と単純過去,半過去,大過去から成る.この説に基づくと,
直接話法の複合過去は登場人物の対話として,回想の複合過去は語り手 が現在から振り返って過去の事態を捉えなおし、潜在的聞き手に向かっ て語る発話として解釈できる.また,次の例のような複合過去も説明で きる.
(1) In the Middle, Somewhat Elevated... ce titre fait allusion à
deux cerises dorées, suspendues – “ somewhat elevated ” – au milieu de la scène. (...)
3) 前過去も除外されると考えてよいだろう.
J’avais cette idée et tout allait bien, jusqu’à la première réunion technique. Là, David Salle (...), présenta un projet d’une extrême compléxité qui (...) Aussi, quand ce fut mon tour de présenter mon décor, je consultai mes notes afin d’y chercher (...) Le meilleur me parut être ces deux cerises. (...) Lorsque je leur expliquai que j’étais sérieux, ils se calmèrent, presque... Peut-être était-ce une prière silencieuse de remerciement.
Ces deux cerises, depuis, ont pris une signification symbolique, comme deux minuscules miroirs réfléchissant la salle de spectacle. (spectacle de ballets, William FORSYTH5))
太字の複合過去は,単純過去で客観的に語られてきた事態を語りの現在 において捉えなおし,まとめているといえるだろう.しかし,語りの現 在や対話関係ではなく,別のことばで説明を要すると思われる例がある.
(2) La vieille femme me rejoignit et, torturée par cette curiosité
qui vit toujours au fond des âmes les plus résignées :
“Alors vous venez de France ? dit-elle. - Oui, je voyage pour mon plaisir. - Vous êtes de Paris, peut-être ? - Non, je suis de Nancy. ”
Il me sembla qu’une émotion extraordinaire l’agitait. Comment ai-je vu ou plutôt senti cela, je n’en sais rien. Elle répéta d’une voix lente :
“ Vous êtes de Nancy ? ”
L’homme parut dans la porte, impassible comme sont les sourds. (Le Bonheur, 41-42)
太字の複合過去と前後の単純過去との違いを、語り手から (潜在的) 聞 き手への語りかけの有無に求めることはできないだろう.ここでは,語 り手の知覚および心情が地の文に表出している.実例を観察すると,単 純過去と交替する複合過去の主語には 1 人称が多く6),知覚や心情を表 す動詞が多いということがわかった.そこで本稿では,知覚や心情表出 ̶ 42 ̶ 5) 1999 年 3 月から 4 月にかけて,パリオペラ座で上演されたバレエ作品の解説書から引用
(Spectacle de ballets William FORSYTHE,Palais Garnier) 6) CAMUSの『異邦人』の単純過去の主語はすべて 3 人称である.
という点から次のような予想を立て,語りにおける複合過去の機能を考 察する. 「語りにおける複合過去の機能」 語り手の知覚および心情を通して事態の限界達成を表す. 図 1 会話の複合過去 語りの複合過去 (→)(■) → ■ .......
□
....... ↑ ↑ ↓↑ t je(→tu) 知覚および心情 発話の現在 JE : 事態の限界□
: 事態の限界達成 → : 限界達成の前景化 ↓: 事態から受ける直接的な感覚 ■ : 限界達成の結果状態の前景化 ↑: 直接的な感覚に基づく事態認識 (→) : 限界達成の背景化 ...: 客観的事態の推移 (■) : 限界達成後の状態の背景化 JE : 語り手(登場人物の「私」と重 je : 話し手,(→tu) : 聞き手への伝達意図 なることもある) ↑ : 話し手の事態認識, t : 過去の一時点 複合過去の基本的な価値は,事態の限界達成を示すことである.会話の 複合過去の意味は,対話関係における話し手の事態認識に依存している. 事態が過去の一時点 (t) に位置づけられると,限界に達する前の段階か ら限界達成への移行および限界達成後の結果状態が背景化し,過去の事 態はひとまとまりに捉えられる.話し手が事態を発話の現場状況に結び 付けて捉えると,限界達成の前後の局面が前景化する.限界達成への移 行が前景化する例として,ゲームに勝った瞬間の発話 “On a gagné!” が 挙げられる.達成後の結果状態が前景化する例として,外出して不在で あることを意味する, “Il est sorti” が挙げられる.それに対して,語り の地の文の複合過去は,対話関係におかれた語り手の認識ではなく,語 られている事態に対する語り手の知覚および心情に依存している.知覚 および心情は,語り手が事態から受ける直接的な感覚である.その直接 的感覚に基づいて,語り手は過去の事態を語る.こうして,複合過去は, 主に単純過去で語られる客観的な事態の推移の中で,一種の主観的な事 態を前景化させる. 例文については,小説やシナリオなどの地の文で用いられた複合過 去を「語りの複合過去」とした.以下で考察する例は,先行研究から の引用と小説の地の文から取り出した.なお,本稿で扱った DAUDET, MAUPASSANT,GRENIERの作品の地の文は,主に 3 人称主語の単純過去または半過去で書かれており,複合過去は極めて少ないため,すべ てを考察した.Raymond QUENEAU 著 Pierrot Mon ami と François
WEYERGANS著 Trois jours chez ma mère からは,主に 1 人称主語の文
で書かれた部分から,本稿で主張する複合過去の機能にあてはまるもの のみを取り出した.QUENEAUの地の文は,3 人称主語と半過去を基調に 書かれている.ただし,登場人物の回想部分では 1 人称主語の半過去, 単純過去に混じって,単純現在,複合過去,大過去が見られた.そこ で,できるだけ単純過去と同一文脈で用いられている複合過去を選んだ. WEYERGANS の文章からは,主に 1 人称主語で構成され,できるだけ同じ 文脈で単純過去と複合過去が混在している部分から例を探した.その他 の例に関しては,すでに先行研究で論じられた例を,本稿の主張と照ら し合わせて検討した. 3.知覚および心情を通して捉えられた事態 この節では,知覚動詞の複合過去 (3.1),感情・知識動詞の複合過去 (3.2),感嘆や心情を表す文と複合過去 (3.3),回想と複合過去 (3.4), 自由間接話法と複合過去 (3.5) を考察する. 3.1.知覚動詞の複合過去 まず,voir の複合過去の例を挙げよう.voir が語彙的に限界を持って いると言い切ると異論があると思われるが,ここでは限界動詞とみなす. 確かに,典型的な限界動詞 arriver の現在形 “J’arrive” が直後に完了す る瞬時的事態を表し,現在時を表せないのに対して,voir の現在形の “Je
vois la mer par la fenêtre” のような文は現在時を表すことができ,状
態性を備えているので,この動詞が限界的なのか非限界的なのか,ある いは両義的なのか,言語的な現象を基に検証しなくてはならないが,人 間を主語にとる voir は語彙的に知覚や心理的感覚の唯一の瞬間という限 界を含む,と考えて話を進める.
次の WEINRICH (1973) の例の voir は感情を表している.
(3) Alors, mon président, il [mon père] leva la main sur moi, je
vous le jure sur l’honneur, sur la loi, sur la République. Il me frappa, et comme je le saisissais au collet, il tira de sa poche un revolver.
J’ai vu rouge, je ne sais plus, j’avais mon compas dans ma poche ; je l’ai frappé, frappé tant que j’ai pu.
Alors elle [ma mère] s’est mise à crier : “Au secours ! à l’assassin ! ” en m’arrachant la barbe. Il paraît que je l’ai tuée aussi. Est-ce que je sais, moi, ce que j’ai fait, à ce moment-là ? Puis, quand je les ai vus tous deux par terre, je les ai jetés à la Seine, sans réfléchir.
Voilà. – Maintenant, jugez-moi.
L’accusé se rassit. Devant cette révélation, l’affaire a été reportée à la session suivante. Elle passera bientôt. Si nous étions jurés, que ferions-nous de ce parricide ? (WEINRICH,
94) (太字,下線は本稿筆者による)
この一節について,Weinrich は次のように説明している.
(4) La nouvelle se termine sur ces phrases. L’interprétation
nous est imposée par l’emploi même des temps. Le récit, reconnaissable à ses temps propres, s’étend jusqu’à l’instant précédant le meurtre. La menace du père en fait encore partie. Au contraire, la réaction du fils à cette menace et le meurtre lui-même sont au Passé composé (Passé の大文字は
原文のまま).C’est que le meurtre est au centre de ce débat en
cour d’assises qui doit décider de la vie ou de la mort de l’accusé. Arrivé à ce point critique, l’accusé abandonne une nouvelle fois le récit pour la déclaration. Le jugement va pouvoir être rendu : Maintenant, jugez-moi (原注 39).(WEINRICH, 94)(太字は
筆者) 複合過去は 「 説明された世界の回顧時制 」7)である.引用の太字部分に 注目されたい.語りの時制(単純過去と半過去)で書かれた部分には語 り手の介入はないが,voir の複合過去は,語り手自身の感情に基づく発 話を表している.本稿では,語りにおける 1 人称単数主語の二重性を明 確にする余裕はないが,3 人称主語と同じ性格をもつ登場人物としての je と,語り手としての je があるとしておく8).複合過去の主語になるのは, 語り手と登場人物が重なる je であり,ここでは,登場人物の発話を通し て,語り手の感情が表出していると考えられる.フランス語を母語とす る人の直感によると,(3) の voir の複合過去を単純過去に置き換えると 7) 用語の訳は『時制論』(1982 : 103)による.
不自然で ( ? Je vis rouge),現在形は容認されない(*Je vois rouge). この複合過去は,本人だけにしかわからない「かっとなった」というコ ントロールできない感情の表出を表している.複合過去を用いる,継起 的で淡々とした語りの枠から外れて,語り手の実感が表される.このこ とが出来事の核心部分の説明につながると思われる.voir の複合過去は 語り手だけが認識できる感情を表す主観的な部分を表し,ここで直接的 な知覚や心情が表現される主観的世界へ移行する.こうして,語り手の 内的な世界が設定されると,過去の直接体験と現在の認識がつながりや すくなり, “je ne sais plus”, “Est-ce que je sais,moi”, “ce que j’ai
fait”, “à ce moment-là ?”, “Voilà” などの現在の認識や提示を表す語
句と共起しやすくなる.以上の考察を図に表すと次のようになる. 図 2 .....→□ ........... j’ai vu ↓↑ JE かっとなった瞬間に至ったこと(限界達成)とその感情に基づく事態 (以下,限界達成を示す印 □とことばで表す) このように,複合過去は,コントロールできない感情の限界に達した瞬 間と,その時点における直接的な感覚に基づく事態を表す. 2.2.で示した例(2)は,主に単純過去と単純現在で書かれた小説か らの引用である.地の文における主節の複合過去はこの一箇所だけであ る.現在の認識を表す “je n’en sais rien” という文と共起している点も 注目すべきであろう.物語ではコルシカ島旅行の思い出が単純過去で語 られている.一旦,直接話法で登場人物の対話が挿入され,対話相手の 老婦人の反応から受けた語り手の感覚が複合過去で書かれている.直接 ̶ 46 ̶ 8) 単純過去の基本的価値は,BENVENISTE(1966)を,1 人称単数主語の二重性,MAINGUE -NEAU(2001)を参照した.
Les événements sont posés comme ils se sont produits à mesure qu’ils apparaissent à l’horizon de l’histoire. Personne ne parle ici ; les événements semblent se raconter eux-mêmes. (BENVENISTE : 241).
Ce type de « récit » présente néanmoins une particularité : il permet de passer aisément du « récit » au « discours », le je opérant sur les deux registres. Ainsi dans ce texte de Gide : (中略) grâce aux je on glisse constamment d’un plan d’énonciation à un autre. Ce
je s’interprète, en effet, de deux façons : tantôt comme personnage de « récit » (« je vis »...,
« dis-je »...) tantôt comme élément du « discours » du narrateur. C’est ce dernier qui prend en charge, par exemple, le « peut-être » ou le « je ne sais plus ». (MAINGUENEAU: 44)
話法の前後の地の文(特に後の文)に複合過去が現れる例はよく見られ るが,この例では,直接話法の直後に単純過去があるので,discours の 発話の次元への移行というだけでは不十分であろう.母語話者によると, この複合過去を単純過去に置き換えると不自然になる.
(5) ? ?Comment vis-je ou plutôt sentis cela, je n’en sais rien. この文を不自然とする母語話者の意見は次のとおりである.
(6) Le passé simple est peu probable car cette utilisation du
passé simple est trop “pompeuse” ou “précieuse”, de plus “je n’en sais rien” appartient au langage parlé, et de plus, dans une situation s’inscrivant dans le présent.
ここでも,複合過去を用いることによって,相手の表情に気がついた瞬 間を捉えた語り手 (=登場人物の je) の心情が表されているといえる. 図 3 □ 表情の変化を知覚した瞬間の語り手の心情に基づく事態 直接話法は一時的に対話の現在を導入するので,直接話法と密接に結び ついた過去の事態は複合過去で書かれることもあるが,地の文の複合過 去は必ずしも対話関係に理由を求めなくてもよい.地の文の複合過去は, 語り手の心の中で認識された事態を表すことの方が多いと思われる.こ の点において,複合過去は,事態を全体的に捉えて表す単純過去とは性 質を異にし,事態の体験主体の直接的な感覚を反映するといえるだろう. 3.2.感情・知識動詞の複合過去 単純過去と交替する感情や知識動詞の複合過去を見てみよう. (7) “ Mon père était un grand bonhomme osseux d’environ six
pieds de haut, et le dernier représentant d’une vieille famille d’Argenteuil, qui un moment se trouva posséder la plupart des terrains situés entre les fortifications et la Seine, de ce côté-ci de Paris ; et ce lopin de terre sur lequel s’élève maintenant l’Uni-Park lui appartint même en propre. À mon père. Lui, c’était ce qu’on appellerait maintenant un raté. Cela ne l’empêcha pas d’être heureux, me semble-t-il, malgré, bien sûr, quelques regrets. Il s’était cru artiste, il avait voulu devenir peintre, il ne réussit qu’à faire un enfant à une grisette, ma mère, qui, par la suite, devint une
excellente femme, un être bien timide et modeste : c’est ainsi que je l’ai connue, ainsi que je la vis mourir. (Pierrot mon ami, 68)
この例は,登場人物の「私」が自分の体験を長々と語る部分からの引 用である.全体的には histoire の時制が用いられているが,最後の
connaître は複合過去である.これを単純過去に変えることもできるが
(c’est ainsi que je la connus),あえて複合過去になっているのは,母親 に対する理解が,語り手の直接的な経験に基づいていることを明確に示 すためであろう.日本語のニュアンスとしては,「私には母が(最初から) そういう風にみえた」に近いだろうが,語り手自身の目を通して捉えた 母親像を語るためには,単純過去ではなく複合過去でなくてはならない と考えられる. 図 4 □ 直接的な経験によって得た母親に対する印象(理解という 事態) さらに,動詞 connaître が語彙的に持っている結果性(「知った」とい う認識の完了は「知っている」という状態につながる)と複合過去の完 了アスペクトによって,「今もよくわかっている」というニュアンスが 生じる. 次の例では,感情動詞が複合過去におかれている.
(8) Soudain, au milieu de paroles insignifiantes et tandis que
je me laissais aller à ma rêverie, le boucher posa la main sur la mienne et la laissa longtemps. Mon cœur se mit à battre précipitamment, je gardai les yeux fixés sur le plancher. Quand je pus enfin partir ou plutôt m’échapper, je vis ses yeux pleins de larmes. J’ai sans doute peu souffert puisque je ne crois pas avoir vécu d’instants plus douloureux.
Je crois que je souffris moins le jour où il me posa en termes d’enfant la question de la vie future, à moi qui “avais fait des études”. (Les Îles, 104)
この複合過去を単純過去には変えることができない(*Je souffris sans
doute peu, *Sans doute souffris-je peu).なぜなら,puisque から始
まる部分の現在的な意味と単純過去の価値 (現在との断絶) が合わない
からである.後半部分がなければ単純過去も大過去も容認される.また, 後半の croire の時制を変えれば,大過去は容認される9).“J’ai sans
doute peu souffert” は,語り手が肉屋の主人と対面したときに「これ
まで(この瞬間まで)ほとんど苦しんでこなかったのだ」と気がついた ことを表し,後半部分は,「肉屋の主人との対面時まで大きな苦しみを 経験してこなかったからだ」という現在の認識を表す.この組み合わせ によって,文全体は,「あのときほど辛い瞬間は味わったことがない」 という,過去の事態に対する現在の心情を表すことになる.後半部分が あるために,語りの現在に至る完了的な意味が生じるが,複合過去自体 は,心理的な事態の限界達成(苦しみを自覚した瞬間)を語り手の直接 的な感覚として表出させるために用いられているのだろう. 図 5 □ 苦しみを自覚した瞬間の実感を伴う事態 「独白」ということばを「相手なしに心中の思いを語る」という素朴な 意味で使うとすれば,感情を表す動詞の 1 人称主語の複合過去は,実感 を伴う独白的な語りのために用いられると思われる.こうして,一旦語 りに表出した感情が繰り返されるときには,単なる過去として扱うだけ で十分であるので,この例の 2 つ目の souffrir は単純過去になっている のである. 3.3.感嘆や心情を表す文と複合過去 動詞が語彙的に感情を表していなくても,複合過去の近くに感嘆や心 情を表す文がみられる例がある.
(9) Mais il était trop tard ; il me fallut continuer à subir les
brimades, à travailler sans perdre haleine, à crever de faim. Aussi le service militaire, quelles vacances ! Quels bons souvenirs ! Les copains... les voyages... J’ai fait mon temps en Algérie, jeune homme, et dans les zouaves encore... un fier régiment. Je faillis même rengager. Et puis au dernier moment le mal du pays me prit. Je revins. (Pierrot mon ami ,70)
この複合過去は単純過去には置き換えにくいが,大過去に置き換えるこ とはできる.この文には “jeune homme” という呼びかけ語があるので,
9) J’avais sans doute peu souffert puisque je crus vivre là l’instant le plus douloureux de ma vie.(母語話者による書き換えの一例)
対話関係を持つ discours の発話の次元の要素も併せ持つ.また,感嘆文 は事態を情緒的に捉える語り手の心的な態度を表す.この文脈において, 兵役は単に過去の事態としてではなく,語り手の直接的な体験として捉 えられている.ただし,語り手は過去に視点を移動して事態を捉えている のではなく,いわば語りの現在において再体験するかのように,事態の実 現を実感しているのである.この文は「∼兵役に服したの(ん)だ!」と 訳すとニュアンスが伝わるのではないだろうか.一般に日本語の「のだ」 は先行する文や状況について説明するときに使われるといわれるが10),「の だ(んだ)」と感嘆符をつけることによって,語りの現場性と事態に対 する直接的な感覚が出るように思われる.また,語り手がフランス歩兵 隊にいたことを誇りにしている点も,ここでの複合過去の選択に関係し ているだろう. 図 6 □ 語り手自身の郷愁を通して捉えた兵役という事態の実現 下から二行目からは単純過去が用いられているが,感嘆文の影響を受け て兵役を懐かしむ心情を反映する複合過去とは異なり,単純過去は単な る事実を表している. 次例では,単純過去に混じって 3 人称主語の複合過去がみられる. (10) A minuit, on alla se coucher. Tout le monde avait besoin
de dormir... Jan ne dormit pas, lui. Cadet a raconté depuis que toute la nuit il avait sangloté... Ah ! je vous réponds qu’il était bien mordu, celui-là...
Le lendemain, à l’aube, la mère entendit quelqu’un traverser sa chambre en courant. (L’Arlésienne, 6)
母語話者によると,太字部分は複合過去が最も自然である.
(11) ?Cadet raconte depuis que toute la nuit il avait sangloté... (12) a. */??Cadet raconte depuis que toute la nuit il avait sangloté...
b. Cadet raconte après que toute la nuit il avait sangloté...
現在形は「あれから何度も話している」という意味で容認されるが,自 然な文とはいえないそうである.単純過去は容認されないといってよい ̶ 50 ̶ 10) 「先行する文,あるいは状況を P としてとり立て(言語化するかしないかは別として)そ れについて説明する(あるいは説明を求める)のが,∼ノダの最も一般的な使い方である.」 (寺村秀夫著(1984),『日本語のシンタクスと意味 II』,310.)
だろう.ただし,depuis を après に変えると自然な文になるそうである. そうすると, (12) b は (10) とほぼ同じ内容を表すことになるが ((10) の depuis は「後で,後になって」という意味である) ,あえて複合過 去の文が選ばれている理由は,語り手が弟のカデのことばを直接聞いた, というニュアンスを出そうとしているのではないだろうか. 図 7 □ 語り手がその場に居合わせて直接聞いた事態 3 人称主語の複合過去について,語り手の直接的な知覚や心情を問うこと は難しいが,文脈を観察すると,語り手の直接的な感覚が介在していると 思われる例は少なくない.この例でも,Ah ! で始まる次の文が,弟の話 と語り手の感情(遺憾)のかかわりを示唆しているのではないだろうか. 付け加えておくと,複合過去は必ずしも時間的順序にしたがって事態 を表すわけではない.ここでも,カデがジャンの苦しみについて語った のはジャンが亡くなった後であるが,物語では,ジャンの自殺よりも先 に書かれている.複合過去を用いることで,主語の人称にかかわらず, 語り手の自由な視点で事態を語ることができるのであろう. 3.4.回想と複合過去 単純過去で書かれた地の文であっても,登場人物の回想部分では複合 過去が用いられることが多い.
(13) Elle se souvient. On l’a mariée, voici quatre ans, avec un
gentilhomme normand. C’était un fort garçon barbu, coloré, large d’épaules, d’esprit court et de joyeuse humeur.
On les accoupla pour des raisons de fortune qu’elle ne connut point. Elle aurait volontiers dit “non”. Elle fit “oui” d’un mouvement de tête, pour ne point contrarier père et mère. (Première neige, 21)
母語話者の中には,この複合過去は単純過去にすると, “voici quatre ans” とのつながりで容認しにくい判断する人がいる.登場人物によっ て回想11)された事態は,回想世界内部の現在から振り返って捉えられる. いわば,会話の複合過去が話し手の現在から振り返って捉えられた事態 を表すのと同じである.その点をふまえて,(13) では,登場人物が意 11) 平成 19 年 4 月 28 日の関西フランス語研究会での発表の際に,京都大学教授の東郷雄二 先生から頂いたコメント「回想世界での擬装された直接話法」に依拠して考察した.
̶ 52 ̶ に沿わない結婚を回想し,諦めの気持ちを通して事態を語っているとい えるだろう.結婚という事態は 4 年前に位置づけられているが,語り手 の今の心境に決定的な意味を持つものとして表されいる. 図 8 □ 受動的な結婚の成立と諦めを伴う事態 この例では,現在形の「思い出す」という文が語り内部の個別の回想世 界への移行を示しているが,登場人物の主観的な領域への移行は他にも いろいろな形で起こる.次節では,その事例の 1 つである,自由間接話 法との関係を観察する. 3.5.自由間接話法と複合過去 次の例の複合過去は,自由間接話法や登場人物の知覚や心情を表す文 と意味的につながっている.
(14) Je tapai quelques pages à la machine en pleine nuit.
Le lendemain, ma mère me dit, l’air ravi, qu’elle m’avait entendu travailler. Je lui expliquai que j’avais laissé tomber le roman pour écrire une pièce de théâtre. Elle a toujours
aimé l’inattendu et elle m’approuva. Accepterait-elle de me
lire à haute voix les quelques pages que je venais d’écrire ? Le soir, on avait prévu de regarder Un jour aux courses, avec les Marx Brothers, un film que j’avais vu avec elle quand j’étais l’élève de Monsieur Laloux. (Trois jours chez sa mère, 105) この複合過去を単純過去にすることはできない.なぜなら,「母はいつ も思いがけないことが好きだった」という事態の持続が表せないからで ある.ただし,大過去に変えることはできる.それにもかかわらず,複 合過去が用いられているのは,「常に(今も)好きだ」という持続を表 すためであろう.下線部の自由間接話法の文は,書いたばかりの数ペー ジの(数ページしかない)原稿を母親が声を出して読んでくれるかどう かを心配する語り手の気持ちを表している.この語り手の不安に密接に 関係する事態として「母は∼が好きだった」ということを表すためには, 大過去ではなく,複合過去でなくてはならないのだろう. 図 9 □■ 語り手の気持ちに密接に関係する母親の感情の持続
但し,ここでは,toujours と共起することで,母親の感情の持続が表さ れている.
さて,次の例では,より広い文脈をみることによって,複合過去と自 由間接話法のつながりが見えてくる.
(15) Comment avais-je pu m’endormir sur cette chaise alors
que j’écoutais de la musique au casque, à un volume sonore que j’avais pris soin d’exagérer pour ne pas m’endormir ? Comment avais-je pu, même quelques secondes, confondre avec un bocal rempli d’insectes répugnants le casque professionnel qui, sur une photo prise au flash par Delphine, me donne l’air absorbé d’un technicien de Cap Canaveral dialoguant avec un cosmonaute ?
Quelle heure pouvait-il être ? Ma montre avait dû rester dans la salle de bain. J’entendis le concierge sortir les poubelles, comme chaque jour à six heures moins le quart du matin, à croire que ce concierge est réglé comme une horloge à quartz. Son tapage matinal m’a toujours exaspéré sauf ce matin-là où il me fournit un repère familier et dissipa ma crainte d’une amnésie globale. J’avais tout de suite identifié le bruit des poubelles, mais je n’arrivais pas à me souvenir du disque que j’écoutais. L’oubli de certains faits récents n’est jamais un bon signe. Était-ce du piano ? Du clavecin ?
(Trois jours chez ma mère, 64)
太字の複合過去は単純過去とは置き換えられない.大過去と置き換えて, 管理人の出す物音を煩わしいと思わなかった朝までの持続を表すことは できる.だがあえて複合過去が用いられているのは,その物音に関し て,語り手が普段から感じていたこと,その朝に限って煩わしいと思わ なかったことなどのすべてが,語り手の個人的な心境に依存して捉えら れ,その朝の感覚と密接に結びついていることを表すためであろう.そ の証拠として,段落の始めの下線を引いた部分(「何時だろう.腕時計 は浴室に置いたままになっているにちがいない」)は語り手の独白を表 し,すでに語り手の事態に対する直接的感覚を表出させる語りに移行し 始めている.このような独白的な発話に直接結びつく感覚を表すために は,大過去ではなく,複合過去でなくてはならないと思われる.
̶ 54 ̶ 図 10 □■ 語り手の独白的な発話に直接結びつく事態の持続 ここでも toujours が持続の意味を引き出しているが,複合過去自体は, 語り手の心情を表わしている.また,複合過去は,直前の文の「この管 理人はクォーツ時計のように生活が規則正しいように思われる」という 比喩的語句 (à croire que) を含む文ともあいまって,主観的な語りの部 分を構成していると思われる. 4.おわりに 複合過去は事態の限界達成を表すと考えて,語りにおける複合過去の 機能を考察した.語りにおける複合過去は,知覚や感情などを表す語句, 回想,自由間接話法と結びつきやすく,継起的事態を表す単純過去とは 対比的に,語り手の知覚や心情などの直接的な感覚を表出させるために 用いられることが多い.こうして,単純過去と対比的に,語りの主観的 な部分を前景化させるといえるだろう. (大阪大学非常勤) [参考文献] 青木三郎(1997),「現代フランス語の「複合過去形」の考察 (1)」,『文 芸言語研究 23 言語篇』,1-33. 春木仁孝(2005),『現代フランス語のテンス ・ アスペクト体系と事態の 主観的認識との関係についての研究』(大阪大学言語文化部・言語文 化研究科),25-32. ヴァインリッヒ・H (1982),『時制論』脇坂豊, 大瀧敏夫, 竹島俊之, 原 野昇訳, 東京,紀伊国屋書店,103.
BENVENISTE,E.(1959/1966),Problèmes de linguistique générale,1,
Paris,Gallimard,237-250.
MAINGUENEAU,D.(1986/2001), Éléments de linguistique pour le
texte littéraire,Paris,Nathan, 33-49.
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University Press,97-121.
WEINRICH,H.(1973),Le temps, le récit et le commentaire, Paris,
WILMET,M.(1997),Grammaire critique du Français,
Louvain-la-Neuve,Duculot,353-355. [例文出典]
DAUDET & MAUPASSANT,滝澤隆幸,中川晋介編注
Les Îles, Jean GRENIER
Pierrot mon ami, Raymond QUENEAU