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須知1枚目最終案2

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Academic year: 2021

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(1)

京都府立須知高等学校での探究型学習について

地域創生に関する探究型学習

普通科2年生

スーパーアドバンスコース10名の特色ある取組

課外活動として土曜日、放課後、長期休業中に活動。

①地域の観光資源の発掘

②フィールドワーク

③提案内容をグループで検討

④応募、発表に向けた資料作成

⑤提案(プレゼンテーション)

「森の京都」観光プランコンテスト出品(主催:南丹・中丹広域振興局)

書類選考2作品通過

・ 休みだよ、みんな、京丹波町へ行こうじゃないか!

~太鼓をたたいて、笑顔になろう~」

・ 懐かしいあの頃へ

~空間を楽しむ~」

10月28日(土)の本選(ガレリアかめおか)でプレゼンテーションを行い

京都府知事賞等を決定

ウィードに関する探究型学習

普通科3名、食品科学科1名の取組

自主的な課外活動として放課後、夏季休業中を中心に活動

第11回全国高校生歴史フォーラム(地歴甲子園)出品(主催:奈良大学・奈良県)

優秀賞受賞

・「日本近代農業教育の先駆け~ウィードと京都府農牧学校の奮闘~」

11月18日(土)に奈良大学でプレゼンテーションを行い、学長賞、奈良県知

事賞を決定

今後の発展について

○これまで個別の取組であった探究型学習を学校全体の取組として発展

○地元小中学校、京丹波町や地域企業等とも連携した探究型学習を推進

○探究型学習成果発表関連の大会にこれまで以上に積極的に参加し須知高校

の魅力を広くアピール

○ウィードの森など、日本農業教育発祥の地の1つであることの強みと、

京丹波町の様々な魅力を最大限活用することで、京丹波町の地域創生に大

きく貢献していきたい。

(2)

提案の内容 「子供を連れて田舎の方へ車でどこか行こうかな。」という親御さん、太鼓が大好きだという方を対象 に考えた京丹波町の伝統文化である「丹波八坂太鼓体験」ができる日帰りの旅。 京都縦貫自動車道丹波 IC を下りて、丹波の町並みを楽しみつつ車で約15分。丹波八坂太鼓保存会の 活動の拠点である下山小学校で太鼓の体験を約2時間します。 体験終了後は café moka で昼食、おすすめは京丹波食の祭典グランプリ受賞メニューであるロコ モコ丼で、子ども達にも喜ばれること間違いなしです。また、ハンバーグメニューが多くあるのも point です。 食事の後は、道の駅「味夢の里」でお土産を購入しましょう。ここでは、京丹波町の特産加工品、野 菜等が販売され、須知高校食品科学科が製造した食品も人気商品です。買い物の後は、隣接する「塩谷 古墳公園」に行き、美しい丹波の風景を楽しんでみてはいかがでしょうか? 応募様式

休みだよ、みんな、京丹波町へ行こうじゃないか!

~太鼓をたたいて、笑顔になろう~

タイトル NO. 画像・イラスト・コース図など 丹波八坂太鼓体験 ⇒ café moka ⇒ 「ロコモコ丼」 道の駅 「味夢の里」 ⇒ 塩谷古墳公園 ここがポイント!(特にアピールしたいこと、提案のきっかけや理由、エピソードなど) 京丹波町を題材にした観光プランを考えることになったとき、私たちのグループは伝統文化に目を付け ました。「京丹波町には素晴らしい伝統文化がたくさんある。だからこそ、もっと多くの人に知ってもら いたい。そして、次の世代へと伝統文化を伝えていきたい。」 そのような思いを大切にしながら観光プランの作成に当たりました。今回、丹波八坂太鼓保存会の方に 協力をお願いしたところ、快く引き受けていただき、このプランが出来上がりました。 全国にある和太鼓文化、それぞれの背景や歴史、伝統的な奏法を受け継いで現代まで引き継がれていま す。この丹波八坂太鼓もまた、演奏する人も鑑賞する人も誰もが笑顔になれます。そんな太鼓の体験を親 子やカップル、夫婦で楽しみませんか? 今回は、旧丹波町に限定したプランにしました。丹波町内を車で移動してもらうことで、町並みを楽しんで もらえることまちがいありません。

普通科の探究型学習

(3)

応募様式 NO.

懐かしいあの頃へ〜空間を楽しむ〜

提案の内容 京丹波町ならではの自然を感じ、同じ空間を親子で楽しんでもらうツアーです。 1 日目は、道の駅「味夢の里」に立ち寄った後、京都府唯一の鍾乳洞である「質志鍾乳洞」を訪れます。 都会の喧騒を離れ、「グリーンランドみずほ」のコテージにて宿泊します。都会ではできない体験や周り の自然を楽しみます。 2 日目には「質美笑楽講」にある特産物を使用したパスタやピザなどがあるカフェで昼食をとり、その 後は「絵本ちゃん」で、子どもは絵本を楽しむ新鮮な空間、大人は昔ながらの小学校という懐かしい空 間を楽しめます。 道の駅「味夢の里」「さらびき」を訪れ、京丹波町ならではの物を使用したお土産を見つけてもらいま す。 画像・イラスト・コース図など (各地より)丹波IC → 道の駅「味夢の里」 → 質志鍾乳洞 → グリーンランドみずほ (道の駅「さらびき」) → → 質美笑楽講 → →京丹波みずほIC(各地へ) ここがポイント!(特にアピールしたいこと、提案のきっかけや理由、エピソードなど) 親と子が共に楽しむことがテーマなので、どこを訪れてもみんなが楽しめる―一緒の空間で違う楽し み方を味わえるツアーです。 参加された方が、それぞれの「楽しかった」を感じることができるプランを考えました。

(4)

日 本 近 代 農 業 教 育 の 先 駆 け ~ ウ ィ ー ド と 京 都 府 農 牧 学 校 の 奮 闘 ~

京 都 府 立 須 知 高 等 学 校 ウ ィ ー ド 研 究 班

は じ め に ~ 研 究 の 背 景 と 方 法 ~ 明 治 期 、 殖 産 興 業 を 合 言 葉 に 、 札 幌 と 駒 場 で 御 雇 外 国 人 の 指 導 の も と 、 西 洋 式 農 業 教 育 が 国 家 主 導 で 行 わ れ た 。 そ れ と ほ ぼ 同 時 期 、 一 地 方 の 京 都 府 が 類 似 の 教 育 を 施 し て い た の が 京 都 府 農 牧 学 校 で 、 そ こ で 教 鞭 を 執 っ た の が ジ ェ ー ム ス・オ ー ス チ ン・ウ ィ ー ドあ っ た 。 私 た ち ウ ィ ー ド 研 究 班 が 通 う 須 知 高 校 は 、 140 年 前 (明 治 9 年 )に 設 立 さ れ た 農 牧 学 校 を 起 源 と す る 。 当 時 の 農 具 と 教 科 書 が 、 京 都 府 立 須 知 農 学 校 (1923 年 設 立 、 須 知 高 校 の 前 身 )等 を 経 て 本 校 に 伝 来 し 、大 切 に 保 管 さ れ て い る)。そ こ で 、ウ ィ ー ド 研 究 班 は 、開 校 140 年 の 契 機 に 、 農 牧 学 校 の 歴 史 を 明 ら か に し よ う と 調 査 を 進 め た 。 と こ ろ が 、 農 牧 学 校 所 在 の 船 井 郡 京 丹 波 町 地 域 に は 、 地 元 の 史 料 を 保 管 す る 資 料 館 が な い 状 況 で あ っ た 。そ の た め 、地 元 の 旧 家 や 地 区 を 訪 ね 、さ ら に 公 文 書 館 ・ 博 物 館 ・ 大 学 等 に も 調 査 に 赴 き 、 史 料 の 収 集 に 努 め た 。 1 ウ ィ ー ド の 志 ~ 利 益 を 重 視 し 経 済 発 展 へ の 道 筋 を つ く る ~ ウ ィ ー ド は 明 治 6 年 (1873) 京 都 府 の 御 雇 外 国 人 と な り 、 同 9 年 農 牧 学 校 の 教 職 に 就 く ま で の 数 年 間 、京 都 牧 畜 場 (現 、京 都 大 学 附 属 病 院 敷 地 内 ) 講 師 と し て 、 西 洋 農 法 の 講 義 と 技 術 指 導 を 行 っ た 。 そ の 時 の 講 義 内 容 を 記 し た 『 農 業 会 記 』 (同 9 年 )が 須 知 高 校 に あ る 。 そ れ を 読 む と ウ ィ ー ド は 農 牧 の 発 展 に 加 え 、 利 潤 追 求 、 経 済 発 展 ま で を 視 野 に 入 れ て い た 。 2 農 牧 学 校 の 実 態 ~ 資 金 工 面 の 苦 労 ~ 農 牧 学 校 創 設 1 年 目 、府 は 自 ら 学 資 金 を 工 面 す る 自 費 生 30 名 を 募 集 し た が 、 実 際 は 10 人 に も 満 た ず 、 翌 年 に な っ て 30 人 弱 が 集 ま っ た 。 明 治 11 年 、 再 度 志 願 者 を 募 る こ と と な っ た た め 、 自 費 生 の 定 員 を 満 た さ な か っ た と 考 え ら れ る 。 そ の 理 由 は 、 一 般 家 庭 の 財 力 と 授 業 に 耐 え う る 能 力 の 両 方 を 満 た す 家 庭 の 生 徒 が 少 な か っ た た め で あ ろ う 。そ の た め か 、同 年 に 欠 員 を 補 う た め 自 費 生 の 募 集 を 再 度 行 う 一 方 、「 農 牧 学 校 区 費 生 徒 選 挙 概 則 」 と い う 、 京 都 府 内 各 地 区 か ら 一 人 ず つ 区 費 生 を 選 出 し て 入 校 さ せ る 制 度 を 定 め た 。 開 拓 地 枠 線 内 教 科 書 農 具 類

(5)

3 駒 場 ・ 札 幌 と の 比 較 ~ 地 域 の 奮 闘 ぶ り を 見 る ~ 駒 場 で は 、 生 徒 は 国 家 か ら 給 付 を 受 け る 官 費 生 と し て 、 机 ・ 椅 子 ・ 書 棚・藁 布 団・毛 布・紋 帳・夏 冬 制 服 ・ 制 帽 ・ 雨 衣 ・ 靴 等 が 不 足 な く 給 与 さ れ た 。 札 幌 農 学 校 (明 治 9 年 創 設 )で は 、 生 徒 は 駒 場 と 同 様 で 原 則 官 費 生 で あ っ た 。 そ の た め 、 生 活 ・ 学 業 に 必 要 な 費 用 は す べ て 支 給 さ れ た 。 一 方 、 京 都 府 農 牧 学 校 の 生 徒 に は そ の よ う な こ と は な か っ た 。 た だ 、 京 都 府 は 、 国 家 の 手 厚 い 保 護 の も と 進 め ら れ た 官 立 と は 違 う が 、 む し ろ 一 地 方 が 国 家 に 負 け な い く ら い の 努 力 と 奮 闘 ぶ り を 見 せ て い る 点 に 、 注 目 す べ き で あ る 。 官 立 農 学 校 と 同 時 期 に 御 雇 外 国 人 を 招 い て 西 洋 農 牧 を 展 開 し た 地 方 の 努 力 は 、 他 に 見 ら れ な い 。 4 廃 校 後 の ウ ィ ー ド と 生 徒 ~ 再 び ウ ィ ー ド の 志 と 地 域 に 与 え た 影 響 ~ 『 丹 波 町 誌 』 に よ る と 、 廃 校 後 、 病 死 や 事 故 退 学 者 が 続 出 し 、 残 っ た の は 5 名 で 、 府 は 公 費 で 面 倒 を 見 た も の の 、 そ の 後 自 然 に 消 滅 し た と 伝 え て い る 。 一 方 、 並 松 氏 に よ る と 生 徒 の 20 数 名 は 京 都 中 学 (現 、京 都 府 庁 敷 地 )へ 転 学 し た と い う 。し か し 、誰 が 転 校 し た の か 、 そ の 詳 細 は 不 明 で あ る 。 今 後 調 査 を 進 め て い く 必 要 が あ る 。 先 学 に よ る と 、 廃 校 後 の ウ ィ ー ド の 足 取 り は 全 く 分 か っ て い な か っ た 。 そ こ で 、 京 都 か ら 一 番 近 い 神 戸 港 か ら ア メ リ カ に 帰 国 し た の で は な い か と 推 測 し 、 神 戸 で 発 刊 さ れ た 英 字 新 聞 『 The Hiogo News』( 廃 校 後 3 年 分 ) を 神 戸 市 立 文 書 館 で 調 べ 、 神 戸 港 の 乗 船 者 を 確 認 し た 。 し か し 、 J・ A Weed と い う 記 載 は な か っ た 。 そ こ で 、『 The Japan Directory』 と い う 滞 日 外 国 人 と そ の 活 動 を 記 録 し た 書 物 を 調 べ る と 、 明 治 13 年 (1880)に ウ ィ ー ド は 「 tanba」 か ら 「 Hiogo」( 神 戸 外 国 人 居 留 地 59 番 地 ) に 移 っ て い た こ と が 判 明 し た 。 お わ り に 札 幌 と 駒 場 と ほ ぼ 同 時 期 に 始 ま っ た 京 都 府 で の 農 牧 事 業 は 、 京 都 府 の み な ら ず 日 本 全 体 の 経 済 発 展 と 国 民 生 活 の 向 上 も 視 野 に 入 れ て お り 、 殖 産 興 業 の 重 要 な 役 割 を 担 う 可 能 性 を 秘 め て い た 。 農 牧 事 業 の 成 果 が 確 認 さ れ る 前 に 廃 校 と な っ た が 、 一 地 方 の 奮 闘 ぶ り に 目 を 向 け る べ き で あ る 。 廃 校 後 も 農 牧 学 校 の 生 徒 や 関 係 者 が 京 都 府 の 農 牧 事 業 に 尽 力 し た 可 能 性 を 考 え 、 地 域 創 生 の 核 と し て 連 綿 と 受 け 継 が れ て き た 伝 統 も 垣 間 見 た 。 私 達 ウ ィ ー ド 研 究 班 は 、 今 後 も 新 た な 史 料 開 拓 に 努 め 、 ウ ィ ー ド の 残 し た 痕 跡 を 大 切 に す る 活 動 に 参 加 し 続 け て い き た い 。 農 業 会 記 神 戸 外 国 人 居 留 地

参照

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