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Vol. 59 No. 2, 音声言語医学 59: ,2018 症 例 スピーチ シャドーイングの自宅訓練により改善が見られた成人吃音の 1 例 1,2) 阿栄娜 2) 酒井奈緒美 安 2) 啓一 森 3) 浩一 要約 : 成人吃音者 1 名に, 自宅スピーチ シ

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音声言語医学 59:169 ─ 177,2018 

症  例

スピーチ・シャドーイングの自宅訓練により改善が見られた

成人吃音の 1 例

阿 栄 娜1,2)  酒井奈緒美2)  安  啓一2)  森  浩一3) 要 約:成人吃音者 1 名に,自宅スピーチ・シャドーイング訓練のみを実施し,その効果を 検証した.症例は,自宅で任意のラジオ音声で 3 ヵ月間,1 日 10 分程度スピーチ・シャドー イング訓練を実施した.訓練終了後の 3 ヵ月間の追跡期間後に再度追跡調査を実施した.効果 の検証に,吃音検査法,日常生活やコミュニケーションでの困難の度合い(OASES-A-J)と 心理面の質問紙(吃音の悩み,コミュニケーション態度,社交不安症),発話に関する自己評 価を用いた.訓練の結果,吃音検査法の文章音読,絵の説明と自由会話の 3 場面の吃音中核症 状の頻度が低下し,追跡調査時も効果が維持されていた.また,訓練後に OASES-A-J や吃音 の悩みが改善し,コミュニケーション態度が肯定的になり,発話に対する自己評価が向上した. 自宅スピーチ・シャドーイング訓練は成人吃音の治療法として,吃音症状と心理的側面の両面 に効果をもたらす可能性があることが示された. 索引用語:吃音,スピーチ・シャドーイング,自宅訓練

A Case of Improvement in Stuttering with Home-Based Speech

Shadowing Training

Rongna A1,2), Naomi Sakai2), Keiichi Yasu2) and Koichi Mori3)

Abstract: An adult who stuttered severely underwent 3-month home-based speech

shadowing training, and its effectiveness was verified. The subject shadowed arbitrary radio speech of his choice 10 minutes per day for three months. A follow-up inspection was conducted after 3 months. The effectiveness of the training was assessed using the Japanese Stuttering Test, the Japanese version of the Overall Assessment of the Speaker’s Experience of Stuttering (OASES-A-J), questionnaires focused on psychological aspects (suffering due to stuttering, communication attitude, Liebowitz Social Anxiety Scale-J), and self-assessment scales concerning speech. The frequencies of stuttering-like disfluencies in oral reading, picture explanation, and spontaneous speech were reduced after the training, and were maintained at the 3-month follow-up assessment. Responses to the questionnaires showed that the subject’s communication difficulties in daily situations and suffering due to stuttering

日本学術振興会1):〒102-0083 東京都千代田区麹町 5-3-1 麹町ビジネスセンター

国立障害者リハビリテーションセンター研究所2),同自立支援局3):〒359-8555 埼玉県所沢市並木 4-1

1) Japan Society for the Promotion of Science: Kojimachi Business Center Building, 5-3-1 Kojimachi, Chiyoda-ku, Tokyo 102-0083, Japan

2) Research Institute, 3)Rehabilitation Services Bureau, National Rehabilitation Center for Persons with Disabilities: 4-1 Namiki, Tokorozawa-City, Saitama-Pref. 359-8555, Japan

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は じ め に 発達性吃音の成人は,幼少期から吃音の症状が長年 続き,成人になるにつれ,発話面での症状以外に心理 面で二次的障害(社交不安障害やうつ病など)を発症 することが多い1,2).しかし,一般に成人期の吃音治 療は改善する割合が低く,また,標準的には 1 〜 2 週 間に 1 回とされる頻回の通院が困難な者も多い.さら には,成人の吃音を治療できる病院や言語聴覚士の数 がまだ不十分であり3),治療者の最小の介入で,たと えば患者の自宅で実施できる訓練方法の開発が求めら れる.これまでの吃音者を対象にした自宅訓練,すな わち,訓練の宿題としてではなく,単独で流暢性改善 効果を期待した先行研究には,発話者の音声を遅延聴 覚フィードバックや変調聴覚フィードバックする研 究4-6),耳掛け型メトロノームを使用した訓練7),合成 音声読み上げソフトを使用した訓練8),視覚的フィー ドバックで発話速度を調整した訓練9,10)などが挙げら れる. 本研究では,スピーチ・シャドーイング(speech shadowing)によって吃音が大幅に改善された成人症 例を紹介する.スピーチ・シャドーイングとは,連続 で再生される音声を聞きながら,それをできるだけ遅 滞なくその音声を口頭で再生(復唱)する行為であ る11-13).スピーチ・シャドーイングでは文字情報を提 示しないで連続発話した文章を訓練に使うことが一般 的であり,逐次復唱と違って,モデル音声を聞きつつ, それを順次口頭で模倣して繰り返すという同時処理が 必要なため,ワーキングメモリに大きな負荷を掛ける. 海外の吃音者を対象にしたスピーチ・シャドーイン グの先行研究では,スピーチ・シャドーイング中に吃 音症状が減少または消失することが明らかになってい る13-15).日本人の吃音者でも同様の現象が観察され, 特に文章音読中に吃音の頻度が高い吃音者はその効果 が大きく,スピーチ・シャドーイング中に流暢な発話 が実現できる16).このことから,スピーチ・シャドー イング訓練は吃音の治療方法の一つとして使える可能 性がある. しかし,これまでの研究では,スピーチ・シャドー イング中は一時的に流暢に話せても,他の場面に汎化 できるかどうかは不明であるため,この点を検証する 必要がある.本研究では手始めとして,吃音の症状を 訴え,発達性吃音と判断される成人1症例に自宅で3ヵ 月間スピーチ・シャドーイング訓練のみを実施し,訓 練終了 14 ヵ月後にも吃音の改善が維持されていたた め,報告する. 症   例 症例:30 歳代男性 1 名,大学卒.本研究に協力期 間中は求職中であった.前職は行政書士,希望職は経 営コンサルタントであった. 主訴:「重い吃音がある.自由に言葉の言い換えが できる状況ではよく話せるが,それができない状況で は話せなくなる.特に,母音,破裂音,濁音が言いに くい」困難を感じる場面として,挨拶,自己紹介(姓 が母音で始まる),初対面の人と話すとき,電話や面 接の場面などが挙げられた. 発吃:2 歳頃(自己申告による). 家族歴:家族に吃音者はいない. 既往歴:なし. 相談歴:当研究所に来所する前に話し方のトレーニ ングや心療内科に通院した経験はあるが,改善された 自覚はない. 診断:音声言語障害を専門とする耳鼻咽喉科の医師 (第 4 著者)および言語聴覚士(第 2 著者)による, 病歴と問診票の面談確認および吃音検査法の実施によ り,発達性吃音症であると診断された.初診時の吃音 検査場面における吃音中核症状の頻度は,表 1 で示し た「訓練開始時」の値のとおりである.自己紹介およ び音読中に多くの吃音中核症状が見られ,最も長いブ ロック症状は約 33 秒であった.具体的な検査場面お よび症状別の中核症状頻度は以下のとおりである.文 章音読時の阻止(ブロック):4,繰り返し:1,文・ 文章による絵の説明時のブロック:7,繰り返し:8, 自由会話時のブロック:3,繰り返し:4,引き伸ばし: 1 であった.

were markedly reduced after the training. His communication attitude became positive and his self-assessment improved after the training. Long-term home-based speech shadowing training can thus bring improvement in stuttering as well as in the psychological dimension for a stuttering adult.

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研究協力にいたった経緯:対象者は本研究の上述の 初回評価において,軽度〜中等度の吃音頻度があり, 先行研究16)の群 1 に相当するため,スピーチ・シャドー イングによる吃音頻度の低下が期待できる.実際,試 験的訓練として行ったスピーチ・シャドーイング16) 中に苦手と自覚していた音をスムーズに言えることを 体験したため,自宅でスピーチ・シャドーイング訓練 を継続することを提案し,本人の同意が得られた. 本研究は所属施設の倫理審査委員会の承認(研究の 実施および学会や論文における公表)を得て行われた. そのうえで,症例の発表につき,本人による同意を得 た. 方   法 1 .自宅訓練の内容および経過 対象者はみずから自宅で 1 日 10 分程度のスピーチ・ シャドーイング訓練を実施した.訓練の所要時間,吃 音の状態や感想などを記録用紙に記録してもらった. スピーチ・シャドーイングのモデル音声の材料は著者 らからは特に指定せず,対象者に自由に選んでもらっ たが,ほとんどは某放送局のラジオニュースの音声で あった. 自宅スピーチ・シャドーイング訓練の経過を図 1 に 示す.訓練は 3 ヵ月間実施された.訓練効果の持続性 を見るために,訓練終了後に 3 ヵ月および 14 ヵ月の 追跡期間をおいてから再度の評価を行った.本研究で は,訓練経過を「訓練開始時」「訓練開始 1 ヵ月後」「訓 練終了時(訓練開始から 3 ヵ月後)」「訓練終了 3 ヵ月 後」「訓練終了 14 ヵ月後」の計 5 回にわたって次節で 詳述する項目を評価し,対象者の感想を聴取した.前 の 4 回の評価は著者の所属施設にて実施した.「訓練 終了 14 ヵ月後」の評価では,すべての評価項目を実 施するのが困難であったため,これらの項目のうち心 理的側面の困難を評価する質問紙と発話に関する自己 評価(表 3,4)のみを電子メールにて確認した.評 価者は著者および共著者である.なお,訓練経過の評 価時および追跡期間中は,一切介入を行わなかった. 2 .評価項目および分析方法 訓練経過の評価には,下記の課題または質問紙を用 いた.以下,項目別に評価内容および分析方法を述べ る. 1 )吃音検査法17)によって症状の重症度を対面で 検出した.検査は第 1 および第 2 著者が実施した.文 章音読,絵の説明,自由会話の 3 場面における 100 文 節当たりの吃音中核症状(繰り返し,引き伸ばし,ブ ロック)の頻度を言語聴覚士(第 2 著者)が算出した.

2 )Overall Assessment of the Speaker’s Experience of Stuttering18,19)の日本語版20-22)(以下, OASES-A-J)の質問紙により,日常生活やコミュニ ケーションにおいて抱えている困難の度合いを評価し た.教示については,「質問紙に書いてある指示に従 うように」とした(他の質問紙も同様).OASES-A-J には,4 つのセクションがあり,セクション 1(20 項目) では吃音の程度,発話能力,吃音に関する知識,吃音 者として同定されることに対する本人の感じ方(以下, 「全般的な情報」とする),セクション 2(30 項目)で は吃音に対する感情,行動,考え方(以下,「吃音へ の反応」とする),セクション 3(25 項目)では日常 のコミュニケーション場面で直面している困難の度合 い(以下,「日常の状況でのコミュニケーション」と する),セクション 4(25 項目)では吃音が日常生活 に及ぼす影響(以下,「生活の質」とする)について 尋ねている.対象者は各項目に対し,5 件法で自己評 価した.Yaruss and Quesal19)に従い,セクションご とと,4 セクションを合計した総合のインパクト得点 を算出した.計算方法としては,各項目の 5 件法で回 答した番号をそのまま点数として数え,各項目に対す る回答の点数の合計を回答した項目数で割り算した. インパクト得点の取りうる値は,1 〜 5 となる.イン パクト得点に対し 5 段階の重症度評定(ごく軽度,軽 度,中等度,重度,非常に重度)が割り当てられ る19,22) 3 )心理的側面の困難は,3 つの質問紙で調査し, それぞれの得点を算出した.吃音の悩みに関する質問 紙23)では(以下,「吃音の悩み」とする),16 項目の 図 1 在宅シャドーイング訓練の経過 訓練 終了時 訓練終了14ヵ月後 評 価 訓練 開始時 訓練開始1ヵ月後 自 宅 訓 練 観 察 期 間 自 宅 訓 練 評 価 評価 評価 評価 訓練終了 3ヵ月後 観 察 期 間

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質問に対し,5 段階で吃音に関する悩みの深さと質を 自己評価する(最高点は 80 点である).改訂版エリク ソン S-24 コミュニケーション態度調査票24,25)(以下, S-24)では,24 項目の質問でコミュニケーションや 吃音に対する感情や態度が肯定的か否定的かを評価す る(満点 24 点).Liebowitz 社交不安症の評価スケー ルの日本語版26)(以下,LSAS-J)では,24 個の質問 に対して,「恐怖感/不安感」と「回避」の程度をそれ ぞれ 0 〜 3 の 4 段階で自己評価し,社交不安の程度を 判定する. 4 )「発話に関する自己評価」では,以下の 3 つの 項目から評価した.1 つ目は,しゃべるときに必要な 努力のうち何割をなめらかにしゃべることに使ってい るかを,0(0%)〜 10(100%)の 10 段階で調査した(以 下,「流暢性への努力の割合」と略する).2 つ目は, 自分の話し方に 1(とても悪い)〜 10(とても良い) の得点を付けるとしたら,何点を付けるか,記入して もらった27)(以下,「自分の話し方へ付ける点数」と する).この自己評価は,回答者が自分自身の吃音の 頻度や重症度,発話に関する主観的感覚を基に判断す るものである27).3 つ目は,自分の話し方にどのくら い満足しているかを,「全く満足していない(1)」〜「非 常に満足している(5)」の 5 段階で評価してもらった. 3 .対象者の感想 訓練経過評価時(「訓練開始時」「訓練開始 1 ヵ月後」 「訓練終了時」「訓練終了 3 ヵ月後」の 4 回)に,対象 者の吃音の状態や訓練に対する感想をそれぞれ 4 名の 異なるインタビュアーによって聴取された.インタ ビューデータは主題分析法28,29)を用いて,以下の手順 で行われた.1)ビデオカメラで記録された対象者の 口述内容を文字に書き起こした.2)書き起こした内 容を意味のまとまりのある話題ごとに分割した.その 際,非流暢な発話を削除したうえ,文体を常体(「だ・ である」調)に変換した.3)同じような内容の感想 をグループ化し,カテゴリー化した.4)各カテゴリー にテーマを設定し,カテゴリー名を作成した.1)2) の作業は第 1 著者を中心に行い,3)4)は第 1 著者と 第 2 著者が個別に行った後,分類が一致していること が確認された. 4 .研究機材 モデル音声の選択状況と,訓練が正しく遂行されて いることを確認するために,対象者の自宅訓練中の音 声は以下のように録音された.対象者は,自分で用意 したイヤホンでノートパソコンから再生されたスピー チ・シャドーイング用のモデル音声を聴取しながらス ピーチ・シャドーイング訓練を遂行した.IC レコー ダー(R-09,Roland)には,対象者の音声をマイクロ ホン(ECM-16,SONY)とマイクアンプ(AT-MA2, audio-technica)を通じて右チャンネルに,ノートパ ソコンから出力されたモデル音声を左チャンネルに録 音した. 訓練経過の評価は当研究所内にある反響の少ない防 音室内で実施した.分析のために,吃音検査場面の様 子をビデオカメラ(HDR-FX1, SONY)に記録した. 結   果 自宅スピーチ・シャドーイング訓練が自主的に適切 に遂行されていたことを,収録した音声データおよび 記録用紙から確認した.以下,5 つの側面から結果を 提示する. 1 .吃音検査場面における吃音中核症状の生起 吃音検査場面中の文章音読,絵の説明,自由会話の 3 場面における吃音中核症状の頻度と対応する重症度 プロフィールの度合いを表 1 に示す.すべての場面に おいて,スピーチ・シャドーイング訓練による改善が 認められた.訓練開始時の吃音中核症状の頻度は 8〜 22.4 であったが,3 ヵ月の訓練終了直後は 0〜2.7 に下 がり,75〜100%の減少が見られた.訓練終了 3 ヵ月 後は 1〜4.5 であり,80〜88%の改善が認められ,訓 練効果が維持されていた.重症度プロフィールの頻度 では,絵の説明が訓練開始時は「中等度」であったが, 1 ヵ月後に「ごく軽度」それ以降は「正常範囲」か「ご く軽度」となった. 2 .OASES-A-J による評価 表 2 に OASES-A-J の 4 つのセクションごとのイン パクト得点と重症度を示す.訓練開始時のセクション ごとのインパクト得点を観察してみると,セクション 3 の得点が他のセクションより低いことが示された. 総合インパクト得点と対応する重症度を見ると,訓練 開始時は 3.08(重度)であったが,訓練開始 1 ヵ月後 表 1 吃音検査場面における吃音の中核症状の頻度と重症度 評価時点 文章音読 絵の説明 自由会話 訓練開始時 10.0(2)* 1 4.0(1) 0.0(0) 2.0(0) 22.4(3) 8.0(2) 訓練開始 1 ヵ月後 4.4(1) 1.0(0) 訓練終了時 2.7(0) 2.0(0) 訓練終了 3 ヵ月後 4.5(1) 1.0(0) * 1数値は発話 100 文節当たりの吃音中核症状生起数である. 括弧内は吃音検査法17)の重症度プロフィールの中核症状頻 度による判定:0:正常範囲,1:ごく軽度,2:軽度,3:中 等度,4:重度,5:非常に重度

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には 2.37(中等度)になり,訓練終了時にはさらに 2.10 (軽度)と低下し,訓練終了 3 ヵ月後は 1.39(ごく軽度) と改善された. 3 .心理面の評価 表 3 に心理面の 3 種の質問紙(吃音の悩み,S-24, LSAS-J)の結果を示す.訓練の経過に伴い,3 つの質 問紙ともに得点が低くなり,自覚的悩みやコミュニ ケーション態度に改善が認められた.なお,LSAS-J の境界域は 30 点であるため,本症例は訓練前から社 交不安症はないと判定される. 4 .発話に関する自己評価 「発話に関する自己評価」の 3 項目に対する自己評 価の結果を表 4 に示す.流暢に話すことへの努力の割 合が訓練開始時の 6 割より,最終的に 1 割となった. 自分の話し方に付けた点数は,訓練開始時に 3 点で あったが,訓練終了時に 8 点になり,訓練終了 3 ヵ月 および 14 ヵ月後には 9 点と高くなっていた.また, 自分の話し方への満足度も最初は 1 の「全く満足して いない」であったが,最終的には 4 の「満足している」 に改善された. 5 .対象者の感想 訓練経過の評価時に行ったインタビューの内容が 3 つのカテゴリー(A.吃音や発話に対する意識,考え, 感情,B.課題の実施内容・方法,課題への感想,C. 日常での発話行動)に分類された(表 5 参照).訓練 経過に伴い,流暢に話すことが増え,吃音や日常生活 のコミュニケーションに対する意識や考え方がポジ ティブになっていくことが観察された. 考   察 スピーチ・シャドーイングは適切に実施すれば流暢 な発話を体験することができる16).本症例では成人吃 音者 1 名に対し,自宅でスピーチ・シャドーイング訓 練を 3 ヵ月間,1 日 10 分程度課した.その結果,吃 音の症状が低下し,日常生活やコミュニケーションに 抱える困難の度合いや吃音の悩みが減少し,コミュニ ケーション態度が肯定的になり,発話に対する自己評 価が向上した. 発話面から見ると,吃音検査法の文章音読,絵の説 明,自由会話の 3 場面において,吃音の中核症状の頻 度が 3 ヵ月のスピーチ・シャドーイング訓練後に 75 〜 100%低下し,訓練効果が 3 ヵ月間の追跡期間の後 も保持されていた. 質問紙の結果から,OASES-A-J のセクション別に インパクト得点を観察してみると,訓練前の回答では セクション 3「日常の状況でのコミュニケーション」 表 3 心理的側面を評価する質問紙の結果 評価時点 吃音の悩み* 4 S-24* 5 LSAS-J* 6 訓練開始時 74 21 28 訓練開始 1 ヵ月後 51 11 12 訓練終了時 41 5 4 訓練終了 3 ヵ月後 29 3 2 訓練終了 14 ヵ月後 28 6 2 * 4吃音の悩みに関する質問紙23) * 5改訂版エリクソン S-24 コミュニケーション態度調査票24,25) * 6 Liebowitz 社交不安症の評価スケールの日本語版26) 表 4 発話に関する自己評価質問紙の結果 評価時点 流暢性への努力の割合 自分の話し方に付ける点数 満足度 訓練開始時 6 3 1 訓練開始 1 ヵ月後 4 7 3 訓練終了時 1 8 3 訓練終了 3 ヵ月後 1 9 4 訓練終了 14 ヵ月後 1 9 4 表 2  OASES-A-J* 2のセクションごとのインパクト得点* 3 評価時点 1.全般的な情報 2.吃音への反応 3.日常の状況 でのコミュニ ケーション 4.生活の 質 総合得点 (重症度) 訓練開始時 2.85 3.40 2.61 3.32 3.08 (重度) 訓練開始 1 ヵ月後 2.50 2.47 2.13 2.36 2.37 (中等度) 訓練終了時 2.55 1.77 2.09 2.16 2.10 (軽度) 訓練終了 3 ヵ月後 2.30 1.20 1.09 1.16 1.39 (ごく軽度) * 2Overall Assessment of the Speaker’s Experience of Stuttering の日本語版

* 3インパクト得点に対応する重症度19,22):1.00–1.49:ごく軽度,1.50–2.24:軽度,2.25–2.99: 中等度,3.00–3.74:重度,3.75–5.00:非常に重度

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の得点が他のセクションより低かった.これは酒井 ら20)で挙げられた他の日本人の特徴と一致した.また, すべてのセクションにおいて訓練前に比べ訓練後のイ ンパクト得点が低下し,吃音への反応,日常生活やコ ミュニケーションに抱えている困難が訓練の経過に伴 い,低下していくことが示された.ただし,セクショ ン1のみ,最後までインパクト得点が2を下回らなかっ た.セクション 1 では吃音についての一般的知識や自 助団体についての知識等を調べるものであり,これら について本症例ではスピーチ・シャドーイングのみを 実施し,積極的な情報提供をしなかったことが影響し ている可能性がある. 吃音の悩みと S-24 の質問紙に関しては,訓練前は ほぼ満点に近かったものが,訓練後に大幅に改善され 表 5 3 つのカテゴリーから見た対象者の感想 A.吃音や発話に対する意識,考え,感情:   訓練開始時: 1.どうにかして,吃音を治したい. 2.決まったフレーズが言いにくい. 3.母音,破裂音の言葉が言いにくい.   訓練開始 1 ヵ月後: 4.自分は流暢に話せることを実感した. 5.吃音を持っていても,話せていることが多いことに気づいた. 6.昔は 10%のブロックが会話 100%全部に影響していると思っていた.8 割はしゃべれているのに,残りの 2 割とか 1 割くらいの失敗を過大評価していた. 7.シャドーイング中は,「話す」ことへの意識がだいぶ弱くなってきたように感じた.   訓練終了時: 8.吃音に対する意識が変わった.別になったらなったでいいし,考えても意味ないし,どうにかなるだろうと思うよう になった. 9.日常生活の場面で特定の場面や言葉に対する恐怖心が薄くなって,全体的に前向きになった気がする. 10.吃音が出ても深く考えないようになり,ポジティブになった.   訓練終了 3 ヵ月後: 11.なめらかに自分がしゃべっているというふうに思って,気持ちの面で前に向いたんかなと思った. 12.以前は結構決まった音から始まる言葉とか,決まった状況や場面で警戒していたけど,最近は特にそういうのがなく なった. 13.予期不安が強いとか,この言葉は絶対言わないようにとか,言い換えを上手にしようという意識はほぼない. 14.症状が出たら出たで,どうにでもなると思っている. 15.ブロックが出るときは出るけど,出ないときのほうが多いかなと思う. 16.自分の症状を特に意識することは少なくなった. B.課題の実施内容・方法,課題への感想:   訓練開始 1 ヵ月後: 17.シャドーイングで,日常回避して声に出さなかった言葉を若干強制的にでも声として出すというきっかけとしてはい いのかな. 18.初めのほうは聞こえたのをそのまま声に出していたが,中間ぐらいから内容も把握しながら,具体的に状況を映像化 やイメージしながら声に出していた. 19.訓練は負担ではなかった,機械の操作も簡単. 20.シャドーイングは毎日の声出しの練習としていいと思う.   訓練終了時: 21.最初はゆっくり速度(のシャドーイング)が普通速度よりやりにくかったけど,後半になって割としゃべれるようになっ た. 22.普通速度のほうがやりやすい,頭を使う余裕がないぐらい速いと思った. 23.シャドーイング中は吃音の「き」の字を意識する余裕もないぐらい食いついていく感じでしゃべるので,ブロックが 出にくかった.   訓練終了 3 ヵ月後: 24.シャドーイングはやればやるほど,なめらかになっていくものだと思っている. C.日常での発話行動:   訓練終了時: 25.むかし避けていたファーストフード店のメニューを敢えて注文してみた. 26.母音や破裂音の言葉を敢えて言ったりしている. 27.言いにくい時もあるけど,でも言っている.

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た.S-24 の点数がセラピー期間中に下がらない場合, 12〜18 ヵ月の間に吃音が再発する可能性が高いとさ れる30).本症例はスピーチ・シャドーイング訓練期間 中に S-24 の点数が下がったため,再発する可能性が 低いと考えられる.実際,訓練終了 3 ヵ月後のフォロー アップ時点で,絵の説明の吃音頻度のみは訓練 1 ヵ月 目の水準に戻っているが,その他の検査や自覚的評価 はさらに改善されていた.一方,LSAS-J の得点は最 初から境界域より下になっており,社交場面で「恐怖 感/不安感」が大きくなく,「回避」行動をほとんど取っ ていなかったことがわかる.しかし,経過中に数字が 低下していることからは,発話に関連した不安は,ス ピーチ・シャドーイング訓練を通して流暢な発話を繰 り返し体験することによって,低減された可能性があ る. 発話に関する自己評価では,「流暢性への努力の割 合」と「自分の話し方につける点数」の結果がほぼ反 比 例 し て い た. 多 く の 成 人 吃 音 者 は 症 状 の 予 期 (anticipation)を経験し,いったん予期が出ると言葉 を構成する音や調音方法に注意が向き,発話内容が疎 かになり,コミュニケーションの質にも影を落と す31).スピーチ・シャドーイングは音声を聴きながら 話すという二重課題を行う必要があるため,自己の発 話行為(吃音や調音)から注意が少なくとも一部は逸 れ,結果的に流暢に話すことができると考えられ る16).これは本症例の「シャドーイング中は吃音の「き」 の字を意識する余裕もないぐらい食いついていく感じ でしゃべるので,ブロックが出にくかった」(表 5, 23 番)というコメントからも裏づけられる.吃音の 治療では回避をやめることが改善に必要であることが 知られている32,33).本症例はスピーチ・シャドーイン グを通して毎日 10 分程度ではあるが,「流暢に話せる ことを実感し(表 5 の 4,5 番)」,「話す」ことそのも のへの意識が弱まり(表 5 の 7 番),日常生活でも敢 えて今まで避けていた言葉や場面にチャレンジした (表 5 の 25,26 番)」ことが吃音の改善につながった 可能性がある. 本症例の特徴は,決まった言葉や音(挨拶,母音, 破裂音,濁音)が言いにくく,特定の場面(自己紹介, 初対面の人と話すとき,電話や面接)で困難を感じ, 実際,そのような場面では数十秒のブロック症状が現 れることもあった.訓練前の心理的側面を調査した質 問紙の結果から,「吃音の悩み」は非常に大きく, S-24 のスコアで代表されるコミュニケーション態度 もネガティブであったが,社交不安障害はなかった. このような症例において,3 ヵ月間の自宅スピーチ・ シャドーイング訓練のみによって大幅な改善を見るこ とが可能であることが示された. 訓練経過から見ると,吃音の頻度においても,問診 票による心理評価においても最初の 1 ヵ月間ですでに かなりの改善効果が見られているものの,OASES-A-J ではインパクト得点が中等度に止まっており(表 2),吃音頻度も 100 文節中 3 回を超えていたため(表 1),対象者と合意の上,訓練を 3 ヵ月まで継続した.3 ヵ 月間の訓練後は吃音頻度が 100 文節中 3 回を下回るな ど,効果がより確実なものとなったことが確認された. この訓練期間は他の自宅訓練4-8)よりは短いものであ る.スピーチ・シャドーイングには吃音頻度を下げる 即時効果があるために13-16),自宅訓練においてもモチ ベーションを保ちやすいと考えられる.本報告の対象 者については,自宅スピーチ・シャドーイング訓練は 「負担ではなかった」(表 5,19 番),「毎日の声出しの 練習としていいと思う」(表 5,20 番)というコメン トから,本訓練方法は 3 ヵ月の長期にわたったにもか かわらず,気軽に継続できたものと考えられる.また, スピーチ・シャドーイングの材料に関しては対象者に 任せており,本症例の場合はラジオニュースの音声を 選んだため,毎日異なる時事ニュースによって飽きに くかったことも,継続できた要因の一つと考えられる. 一方,スピーチ・シャドーイングはどのような吃音者 にも一様に有効ということではないため16),試験的訓 練により即時効果を確認したうえで長期訓練を実施す べきであると考えられる. 一般的に使われている流暢性形成法や吃音緩和法2) に比べ,スピーチ・シャドーイングは臨床家の指導が なくても一人で実施できるという利点がある.また, 自由なモデル音声で,あまり負担感がなく自宅で行う ことが可能であり,本症例で示されたように 1 日 10 分程度という比較的短時間の訓練でも発話および心理 面で効果が得られる可能性がある.スピーチ・シャドー イング訓練は,学校や仕事が忙しくて通院できない, または近くに吃音を治療できる施設がないというさま ざまな事情により治療を受けられない人に応用できる と考えられる.本報告は 1 成人症例のみであるが,今 後はさまざまな年齢や重症度の症例数を増やし,適応 年齢や適応範囲,自宅訓練のモニター方法などについ ても検討する必要がある. 結   語 成人吃音者 1 名に自宅で 3 ヵ月間のスピーチ・シャ

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ドーイング訓練を実施した.客観的および主観的な評 価から,訓練終了 3 ヵ月後の時点でも効果が維持され ていることが確認され,訓練終了直後よりもさらに改 善している項目もあることが確認された.そのため, 自宅スピーチ・シャドーイングの訓練は新たな吃音治 療手法になりうることが示唆された. 謝辞 本実験の実施にあたり,評価項目に関する相談に乗っ ていただいた当センターの坂田善政氏と北條具仁氏に心より御 礼申し上げる.本研究は,日本学術振興会科学研究費奨励費 16F16007 の助成を受けたものである.本論文の内容の一部は, 第 61 回日本音声言語医学会学術講演会(2016 年 11 月,横浜) で発表した.  利益相反自己申告:申告すべきものなし. 文   献

1)Sheehan JG: Stuttering: Research and Therapy, Harper & Row, New York, 1970.

2)Guitar B: Stuttering: An Integrated Approach to its Nature and Treatment, 4th ed, Lippincott Williams & Wilkins, Baltimore, 2014.

3)原 由紀,小林宏明,坂田善政,他:吃音臨床に関する実 態調査―1 次調査・2 次調査―.言語聴覚研究,6:166-171,2009.

4)Stuart A, Kalinowski J, Saltuklaroglu T, et al: Investigations of the impact of altered auditory feedback in-the-ear devices on the speech of people who stutter: one-year follow-up. Disabil Rehabil, 28 (12): 757-765, 2006. 5)酒井奈緒美,森 浩一,小澤恵美,他:日常場面における

耳掛け型遅延聴覚フィードバック装置の有効性―成人吃音 1 症例を対象に―.音声言語医学,49:107-114,2008. 6)Ritto AP, Juste FS, Stuart A, et al: Randomized clinical

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11)Marslen-Wilson WD: Sentence perception as an interactive parallel process. Science, 189 (4198): 226-228, 1975.

12)Marslen-Wilson WD: Speech shadowing and speech comprehension. Speech Communication, 4 (1-3): 55-73,

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13)Cherry E and Sayers BM: Experiments upon total inhibition of stammering by external control and some clinical results. J Psychomo Res, 1: 233-246, 1956.

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15)Healey EC and Howe SW: Speech shadowing characteristics of stutterers under diotic and dichotic conditions. J Commun Disord, 20: 493-506, 1987.

16)阿栄娜,酒井奈緒美,森 浩一:短期シャドーイング訓練 の吃音に対する効果.音声言語医学,56:326-334,2015. 17)小澤恵美,原 由紀,鈴木夏枝,他:吃音検査法,学苑社,

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18)Yaruss JS and Quesal RW: Stuttering and the International Classification of Functioning, Disability, and Health: an update. J Commun Disord, 37: 35-52, 2004. 19)Yaruss JS and Quesal RW: Overall Assessment of the

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20)酒井奈緒美,小倉(青木)淳,森 浩一,他:日本語版 Overall Assessment of the Speaker’s Experience of Stuttering for Adults(OASES-A)の標準化―言友会にお ける予備的調査―.音声言語医学,56:1-11,2015. 21)酒井奈緒美,森 浩一,北條具仁,他:日本語版 Overall

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23)坂田善政:セルフヘルプ・グループにおける経験が吃音者 の自己評価に及ぼす影響.第 1 回吃音を語る会集録:78-84,2004.

24)Erickson RL: Assessing communication attitudes among stutterers. J Speech Hear Res, 12: 711-724, 1969.

25)Andrews G and Cutler J: Stuttering therapy: The relation between changes in symptom level and attitudes. J Speech Hear Disord, 39: 312-319, 1974.

26)朝倉 聡,井上誠士郎,佐々木史,他:Liebowitz Sosial Anxiety Scale(LSAS)日本語版の信頼性および妥当性の 検討.精神医学,44:1077-1084,2002.

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28)Braun V and Clarke V: Using thematic analysis in psychology. Qual Res Psychol, 3 (2): 77-101, 2006.

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31)Jackson ES, Yaruss JS, Quesal RW, et al: Responses of adults who stutter to the anticipation of stuttering. J Fluency Disord, 45: 38-51, 2015.

32)都筑澄夫編著:(言語聴覚療法シリーズ 13)改訂 吃音, 建帛社,東京,2008.

33)American Speech-Language-Hearing Association:

Guidelines for Practice in Stuttering Treatment [Guidelines], https://www.asha.org/policy/, 1995.

別刷請求先:〒359-8555 埼玉県所沢市並木 4-1       国立障害者リハビリテーションセンター       研究所

参照

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