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指定介護老人福祉施設整備におけるユニット型個室推進の影響に関する研究
政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU13620 森藤 庄司
1.はじめに
我が国では、生活環境の改善などによる平均寿 命の延伸と少子化の進行による若年人口の減少 を大きな要因として、高齢化が急速に進んでいる。
高齢化の進展は、介護が必要とされる高齢者の 増加、介護期間の長期化などの介護ニーズの増大 をもたらした。一方、核家族化の進行、介護する 家族の高齢化など介護が必要な高齢者をめぐる 状況も変化していた。そこで、高齢者の介護を社 会全体で支え合う仕組みとして、2000 年に介護 保険制度が創設された。介護保険サービスの中で も、入居者に対して、入浴や食事等の介護その他 の日常生活上の世話などを行う指定介護老人福 祉施設は、需要が高く、現在でも補助が行われ、
整備が推進されている。
この指定介護老人福祉施設での生活の本拠と なる居室は、ユニット型個室と多床室に大別する ことができる。ユニット型個室は 10 人程度をひ とつの生活単位(=ユニット)として、台所や食 堂などの共有スペースが併設されている個室で あり、多床室は定員が2人以上の個室ではない部 屋である。指定介護老人福祉施設の整備は、従来、
多床室主体で行われていたが、国は、2003 年度 以降に整備する指定介護老人福祉施設について は、ユニット型個室を原則とした。これを受け、
東京都では、指定介護老人福祉施設整備費補助に おいて、多床室の整備を増加定員の3割までとす る上限を設けている。しかし、整備数に上限を設 けることは、指定介護老人福祉施設に申込みを行 っている人たちの需要に合っていないのではな いかという問題意識を持って研究を行った。
2.制度の概要
介護保険制度は、社会保障制度のひとつである。
社会保障は、リスク分散とリスク軽減という2つ の側面を持っているが、介護保険は、自分の責任 に帰することができない理由によって発生する、
様々な経済的リスクに対して社会全体で備える というリスク分散のための手段と言える。
リスク分散の機能を持つ介護保険制度の創設 前においても、社会保障のもと、介護サービスは 社会福祉制度と老人保健制度において提供され ていた。しかし、社会福祉制度においては、利用 者が主体的にサービスを選択することができな いことや、異なる2つの制度で給付されていたた め、サービス内容や費用負担にバランスを欠いて おり、非効率な使われ方が問題とされていた。こ の弊害をなくすために、介護サービスをひとつの 制度で給付することが必要と考えられ、2000 年 に介護保険制度が創設された。
介護保険制度では、被保険者を 40歳以上の者 と定めている。あらかじめ保険料を拠出し、リス クの発生に備えていることから、被保険者はサー ビス費用の1割を負担することで、介護保険サー ビスを利用することができる。残りの9割分につ いては、5割を介護保険料、残りの5割は国、都 道府県、区市町村が一定割合を負担している。
指定介護老人福祉施設の主な利用者負担は、図 1 に示すとおり、介護サービス費用の1割負担、
食費、居住費である。介護サービス費用の1割負 担と食費については、所得状況に応じた負担限度 額があるため、所得段階1から4の間で差はある ものの、同じ所得段階においては、ユニット型個
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室と多床室で金額の差はない。しかし、居住費で は、ユニット型個室は、プライバシーが確保され た居住環境などが評価され、多床室と比べて、高 い基準額が設定されている。図1 指定介護老人福祉施設の主な利用者負担
終の棲家とも言われる指定介護老人福祉施設 に申込みをしている人は、2009 年に厚生労働省 が集計した数値で約42万1千人であり、今後も 増加することが予測されている。
このような需要に対して、東京都でも指定介護 老人福祉施設の整備に対して補助を行っている。
補助の概要は表1のとおりで、ユニット型個室に 対して促進係数を設けるとともに、多床室の整備 数に上限を設けている。
表1 東京都の補助制度の概要
基準単価 促進係数 ユニット型 4,300,000 円 有
多床室 3,483,000 円 無
※多床室の定員数は増加定員の3割が上限
3.理論分析
3.1 居住費に関する理論分析
指定介護老人福祉施設の供給者は、利益を得る ことができる価格を付けることができる場合、供 給を行う。これは、図2の供給曲線𝑆1として示さ れる。仮に需要曲線が𝐷1の場合、供給曲線𝑆1との 交点が存在しない。これは供給者が価格𝑃1で供給 する場合、空きが出るリスクがあることから、供
給が行われないことを示している。次に、需要曲 線が𝐷2の場合、供給曲線𝑆1との交点𝐸1が均衡点と なる。これは、需要が大きく、供給者は𝑃2という 高い価格を付けることが可能であり、□𝑃1𝑃2𝐸1𝐴 分の利潤を得ることができるため、供給が行われ る。しかし、市場に利潤がある限り、新規参入が 起こるため、この均衡𝐸1は短期均衡となる。参入 が起こった結果、供給曲線は右方にシフトし、𝑆2 となり、価格は𝑃1まで下がり、交点𝐸2が長期均衡 となる。これが、正常な市場の状況である。
図2 競争市場の場合
続いて、指定介護老人福祉施設の整備に対して 補助がある場合、供給者は補助の分だけ負担が軽 減されるため、図3のとおり、供給曲線は下方に シフトする。価格が低くなることにより、競争的 な市場であれば供給されないような、不要な供給 が行われる可能性があると言える
。
図3 補助制度を活用した場合 価格
数量 𝑃1
1
𝑃2
𝐷1
𝐷2 𝐸2 𝐸1 A
𝑆2 𝑆1
2
価格
数量 𝑃1
1
𝑃2 𝐷1
𝐷2 𝐸2 𝐸1 S
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3.2 上限規制に関する理論分析東京都で新設される指定介護老人福祉施設の 多床室には、増加定員の3割までとする上限が設 けられていることから、仮に多床室を最大限供給 するとした場合、供給量は、図4のとおり、ユニ ット型個室0.7に対して0.3になる。また、供給 量が制限された結果、価格が上がるところ、低く 抑えられているため、超過需要が発生している。
図4 多床室に3割上限がある場合 (所得段階4段階の人の場合)
仮に供給者が市場調査などを行い、需要を把握 したうえで、自由に供給することが可能であれば、
図 5 のように、効率的な数量と価格が決まるが、
この市場で決まる数量について、実証分析におい て明らかにしていく。
図5 供給者が自由に供給できる場合
4.実証分析
4.1 分析の考え方指定介護老人福祉施設に申込みを行っている 人のデータを用いて、ユニット型個室と多床室の どちらを選好しているのか分析をする。なお、本 稿では仮に効率的な競争市場での均衡価格であ れば、申込者は、どのような居室選好を示すのか を分析している。実証に当たっては、プロビット
モデルにより推計を行い、推定された各説明変数 の係数に、個々の申込者の変数を乗じることで、
確率の値を示す変数を作成し、関数を用いて確率 を導出する。その際、仮に競争市場であった場合 の居住費を調査し、変数を作成し入れかえること で、仮に競争市場であった場合において、申込者 はどのような選好を示すのかを分析する。
4.2 分析の手法
まず、基準点となる現状の申込者の居室選好を 把握するため、「多床室選好ダミー」の基本統計 量をとる。そして、仮に競争市場で決まる居住費 の場合に、申込者の選好がどう変化するかを分析 するために、まず、プロビットモデルにより、以 下の推計を行う。
多床室選好ダミー= α + 𝛽1女性ダミー+ 𝛽2年齢+ 𝛽3要介護度
+ 𝛽4所得調整済み価格差(現行)+ ε
この推計式で推定された係数は、被説明変数 である
「多床室選好ダミー」が1をとる確率に対 する各説明変数の影響を示している。以下に示す 計算式のとおり、この係数を、個々の申込者の各 説明変数に乗じることで、確率の値を示す変数を 作成する。その際、「所得調整済み価格差(
現行)」 については、「所得調整済み価格差(想定)
」に 入れかえることで、仮に競争市場であった場合の 選好を推計する。なお、「所得調整済み価格差(想 定)
」に必要な数値である想定市場価格について は、建設費などの費用を、定員や償却期間で除す ことで算出し、それらを積算することで導出した。確率の値=個々の女性ダミー× 𝛽1+個々の年齢× 𝛽2 +個々の要介護度× 𝛽3
+所得調整済み価格差(想定)× 𝛽4+定数項×1
以上の計算式により求めた確率の値を、標準正 規分布で評価し、確率を導出する。導出された確 率について、0.5 以上であれば多床室を選好して いるとして 1、0.5 以下であれば多床室以外を選 好しているとして0をとるダミー変数を作成する。
しかし、この状況は、ユニット型個室の価格を受
価格
数量
ユニット型個室 S
X 𝑃
D 価格
数量
ユニット型個室 S
0.7 𝑃
D
価格
数量
多床室 S
y
𝑃 D
価格
数量
多床室 S
0.3 超過需要
D
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観測数 選好割合
ユニット型個室 256 0.364
多床室 448 0.636
計 704 1.000
けて、ユニット型個室から多床室に選好を変えた 人は推計できているが、多床室の価格を受けて、
申込みを行わないという人は推計できていない。
そこで、今回の推計では、申込みを行わないとい う人を、想定市場価格を受けて、多床室を選好し た人のうち、個々が属するそれぞれの所得段階の 平均的な収入から、多床室の年間居住費や食費な どを差し引き、符号が負となる人と仮定した。
以上の手順で、仮に競争市場であった場合の申 込者の居室選好を推計する。
4.3 使用データ (1)被説明変数
被説明変数として、指定介護老人福祉施設に申 込みをしている人のうち、多床室を選好している ことを示す「多床室選好ダミー」を用いた。これ は、申込みをしている居室の種類が多床室の場合 に 1、ユニット型個室など多床室以外の居室を選 好している場合は 0 としたダミー変数である。
(2)説明変数
説明変数として、申込者の性別が女性の場合は 1、男性の場合は 0 とした「女性ダミー」、申込者 の「年齢」、介護の必要性を示す「要介護度」、所 得段階で調整した居住費の価格差を示す「
所得調 整済み価格差(
現行)」を用いた。4.4 推計結果と考察
現状における申込者の居室選好を表2に示す。
表2 現状における申込者の居室選好
現状では、ユニット型個室よりも多床室を選好 していることが示されている。この居室選好は、
指定介護老人福祉施設の申込者のうち約6割を占 めている世帯非課税者の影響が考えられる。現行 価格において、多床室の3割制限は需要に合って
いないことがわかる。
さらに、想定市場価格における申込者の居室選 好を表3に示す。
表3 想定市場価格における申込者の居室選好
想定市場価格における申込者の居室選好の割 合はほぼ同数である。想定市場価格となり、ユニ ット型個室、多床室ともに居住費が上がったこと により、現行価格であれば、ユニット型個室を選 好していた申込者のうち 167 人がユニット型個 室を諦めており、多床室の想定市場価格を受けて、
ユニット型個室を諦めた167人を含めた525人が 申込み自体をやめてしまうと考えられる。
5.政策提言
分析の結果、現状における居室選好、想定市場 価格における居室選好ともに、東京都が定めてい る多床室の3割上限と適合していないことが明ら かとなった。この分析から導き出される結論とし て、東京都は指定介護老人福祉施設の整備費補助 を行う際の、多床室の整備数は増加定員の3割を 上限とするという規制をなくす必要がある。
6.おわりに
今回の分析では、想定市場価格における居住費 の算出において、居室の種類別に建設費等を積算 することが困難であるため、面積按分を用いて算 出を行った。これにより、ユニット型個室のみの 設備等が平均的に評価されるため、多床室の居住 費は過大になり、多床室の選好が過少、ユニット 型個室の選好が過大に推計されていると考えら れる。今後の課題として、想定市場価格の居住費 の積算に当たり、詳細なデータを収集して分析を 行うことが望まれる。