32 適応策の内容(例) 治山施設による適応策 新規施設の整備 ・谷止工の重点整備 →構造物により着実に被害の軽減を図る 既存施設の機能強化 ・既設の増厚・嵩上げ ・土石流・流木対策 森林整備による適応策 森林造成 (スリットダム、緩衝林造成) →中長期的に森林の水土保全機能を向上させる 本数調整伐 ・斜面崩壊対策 ・未立木地への造林 危機管理による適応策 ソフト施策の推進 ・複層林誘導 →災害時の被害の最小化を図る (危険地区の周知、警戒避難) ・長伐期化、大径木化 土地利用規制による適応策 保安林指定の推進 →施設整備、森林整備を推進する 山地災害危険地区の見直し等 治山事業における適応策の体系
3. 適応策の具体的内容の検討及び規模の試算
平成 22 年度調査では治山事業における適応策を体系化した。治山事業においては、 治山施設整備と森林整備が大きな二つの方向となるが、個々の適応策の具体的内容は 単独的にあるものではなく、治山計画の策定などにおいては、気候変動への適応の視 点を含めて、いくつかの適応策を組み合わせて、総合的な対応を図ることで、複合的 に発現することが予想される気候変動の影響に対応していくべきものと考えられる。 図 3.1.1 治山事業における適応策の体系 現時点での検討の方向としては、 • 優先的に整備すべき危険なところを明確化して、重点的な対策を検討すること。 • 今ある手段(工法)を例示し、その効果を数字で示すこと(試算)、そのうえでいくつ かの工法を組み合わせて適応策を展開すること。 が必要であると考えられる。そこで本章では 「2.気候変動への適応策の検討・整理」で示した個々の適応策の具体的な内容に ついて、これまでの知見や試算について整理する。また、平成 22 年度調査のモデル地 区における検討結果を活用して、その有用性の検証及び適応策を適用した場合の試算 を行い、気候変動に対応して今後とるべき対応について方向性を示すこととする。 影響の類型化と適応策の整理(2.気候変動への適応策の検討・整理) 適応策の具体的内容の例示、既存の知見や効果の試算について整理 平成22 年度調査のモデル地区での適応策の試算(山地災害、積雪減少) 広域の山地災害リスク評価手法の検証33 3.1 治山事業の具体的な適応策 「2.気候変動への適応策の検討・整理」では、気候変動の主たる影響を類型化して、 それぞれに必要となる適応策を表 3.1.1 のように整理した。ここでは、それぞれの適 応策の具体的内容について例示し、既存の知見や効果の試算についてとりまとめる。 また、ソフト対策や土地利用規制による適応策について、今後の方向性を整理する。 表 3.1.1 森林への影響と必要となる適応策 森林への影響 適応策区分 必要となる適応策 1)山腹崩壊の増加 治山施設整備 ①谷止工、土留工による危険斜面の山脚固定 (危険斜面下に重点配置する) ②補強土工等による斜面安全率の向上 (危険斜面における森林の崩壊防止機能を補完する) 森林整備 ③本数調整伐により根系の発達した崩壊防止機能の 高い森林へ誘導(針広混交複層林、大径木林) ④未立木地への造林 2)土石流・流木災害 治山施設整備 ①谷止工による流下土砂の抑止、調整 の増加 ②既設工の増厚・嵩上げによる機能強化 (土石流対応型にサイズアップする) ③谷止工(スリットダム)による流木の捕捉 森林整備 ④災害緩衝林造成による土石流の緩和、流木化防止 (樹幹が太く、根系による樹幹支持力の大きな森林の造成・誘導) 3)風倒木の発生 森林整備 ①本数調整伐により根系の発達した倒伏しにくい森林、 樹幹が太く、 形状比が小さな森林へ誘導 4)積雪水資源量の減少 治山施設整備 ①谷止工(不透過型)による貯雪・融雪遅延 (渇水の発生) ②谷止工、土留工(透過型)による融雪水の浸透促進 森林整備 ③本数調整伐、枝落しによる林内積雪水量の増加 ④本数調整伐による林相転換(複層林化、混交林化)
34 3.1.1 山腹崩壊の増加に対する適応策 山腹崩壊の増加に対しては、脆弱性の評価により斜面崩壊の危険度が高い箇所があ る程度特定できるようになれば、保全対象の重要性を加味したうえで、その斜面の脚 部に谷止工や土留工を配置し危険斜面の脚部固定を図ったり、補強土工により斜面安 定を図ることが適応策として考えられる。中長期的な適応策として本数調整伐により 根系の発達した崩壊防止機能の高い森林へ誘導すること、未立木地には積極的な造林 を行い、崩壊しにくい斜面に誘導することが考えられる。 なお、ここで検討・整理する適応策は表層崩壊を対象としたものである。近年、森 林の根系が及ばない深さから崩壊する大規模崩壊(深層崩壊)が甚大な被害をもたら すことから注目されており、国土交通省により「深層崩壊に関する全国マップ」が公 表されている。深層崩壊は表土層の下層に存在する風化岩等から崩壊する現象で、森 林の水土保全機能が直接的に影響しないこと、崩壊土砂量の規模が大きいことから、 適応策は下流におけるハード対策やソフト対策が主になると考えられる。 保全対象に近接した崩壊危険斜面を対象に補強土工により斜面の安定を図る。崩壊危険斜 面脚部に谷止工、土留工を設置して崩壊を予防する。 図 3.1.1 崩壊危険斜面における適応策例 森林整備(本数調整伐)により、階層構造の発達した水土保全機能の高い森林に誘導する。 図 3.1.2 森林整備による適応策例
35 (1) 谷止工、土留工による危険斜面の山脚固定 ① 治山事業における保全効果区域 「林野公共事業における事前評価の手引き」では、保全効果区域を、図 3.1.3 の ように示している。 ここで、保全効果区域とは、山地保全においては、「事業を実施することで荒廃が 収まり、安定が見込まれる範囲」である。 なお、それぞれ 15mの範囲に及ぶ区域を付加しているのは、荒廃地では侵食現象 が常に発生しており、荒廃地の拡大が、治山事業の実施により防止されることによ るものである。 図 3.1.3 保全効果区域模式図 (出典 治山事業の解説,(社)日本治山治水協会) 山腹工の保全効果区域 施行区域の左右の両端にそれぞれ 15mを加え た箇所から縦断垂直方向(上部側)へ引いた線 と当該斜面の尾根線で囲まれる区域及び当該区 域において崩壊が発生した場合に想定される崩 土の到達範囲 • 渓岸の危険斜面の脚部に谷止工を設置し、斜面の安全率を向上させる。 • 山腹工により崩壊斜面の安定を図ることにより、その上下及び周辺斜面 の安定を図る。 渓間工の保全効果区域 えん堤工等治山施設の設置地点及び計画堆砂敷等 治山施設により保全される渓岸部の最上流地点(下部 の基点及び最上部に位置する治山施設については、当 該治山施設設置地点から下流側、計画堆砂敷の最上流 地点から上流側にそれぞれ 15mの地点)から、それ ぞれ横断垂直方向へ引いた線と当該斜面の尾根線で 囲まれる範囲
36 ② 治山ダムの山脚固定効果の検証事例 渓岸崩壊の発生と治山ダムの設置及び嵩上げによる山脚固定の効果を定量的に 評価するため、モデル斜面を用いた飽和不飽和浸透解析および極限平衡法斜面安定 解析による数値シミュレーションを行い、効果の検証を試みた事例を示す。 山脚固定効果を評価する手法として、坪山ら(1989)の解析手法を用い、治山ダム の設置及び嵩上げが降雨時の地中浸透流へ及ぼす影響について解析し、さらにその 結果を用いて安定解析を行い、山脚固定効果を斜面安全率により評価した。 ここでは、渓岸斜面と山脚固定を反映させた2次元斜面数値モデルを作成する。 モデル斜面は、勾配 30 度、土層深 3m、水平長 50m の直線斜面及びその斜面末端に 治山ダムによる堆砂を生じさせた斜面の2種類を想定した。この斜面を要素分割し、 最大降雨強度 64mm/h の降雨を2回与え、その斜面中の土壌水分応答の時刻歴を飽和 不飽和浸透解析により求めた。さらに求められた時刻歴データを用いて最小安全率 を与える円弧を探索した。 図 3.1.4 モデル斜面 ③ 堆砂による斜面安定効果 飽和不飽和浸透解析および斜面安定解析による降雨時の安全率の推移を図 3.1.5 に示す。これより、自然状態の斜面においては、1回目の降雨において安全率 1.0 を下まわった。治山ダムによる堆砂が生じた斜面では、1回目の降雨では安全率が 1.0 を下まわらず、2回目の降雨で始めて 1.0 を下まわった。 2つの斜面の最小安全率とその時のすべり円弧の状況を図 3.1.6 に示す。自然斜 面では斜面末端の押さえ効果がないため無限長斜面の崩壊に近い崩壊形態となって いるのに対し、堆砂のある斜面においては斜面末端の押さえ効果のため、すべり円 弧が小さくなり安全率も自然斜面に比べ大きくなると判断される。 ←自然斜面 ←山脚固定斜面 水平長50m 勾配30° 治 山 ダ ム に よる堆砂 ←土層深3m
37 図 3.1.5 飽和不飽和浸透流解析および斜面安定解析による豪雨時の安全率の推移 図 3.1.6 自然斜面および山脚固定斜面における最小安全円弧と安全率 押さえ効果により 崩壊長が短い 山 脚固定斜 面 は安定、自然斜 面は崩壊 ←自然斜面 ←山脚固定斜面 治 山 ダ ム に よる堆砂 嵩上げ高さ
38 以上の結果を実際の斜面に適用すると、自然状態の斜面においては、堆砂による 斜面の押さえ盛り土効果は期待できず、崩壊は斜面末端を含み崩壊長の大きいもの になる。さらにその上部斜面においては、末端の押さえ効果が無いため、さらに崩 壊が上部に拡大する傾向が強く、最終的には遷急線まで崩壊が達する可能性がある と考えられる。 治山ダムが設置された斜面においては、堆砂による押さえ盛土効果、すなわち山 脚固定効果により崩壊が発生しにくく、発生しても自然状態の斜面に比べて規模が 小さいものになると考えられる。 ④ 嵩上げによる斜面安定効果 ここでは前項までの解析に用いたモデル斜面を用い、斜面末端の堆砂高の変化に よる安全率の上昇の傾向について検討する。嵩上げによる堆砂は、斜面末端に水平 なまま上昇させた。堆砂内の水位については、堆砂面に一致させた。 嵩上げ高は、0.2~5.2m まで図 3.1.7 のとおり7段階に変えて変化させ、各々に ついて斜面安全率の時間的変化を計算した。 その結果、2回の降雨履歴において嵩上げ高の増加にともなって斜面安全率が増 加する傾向が確認された。また、それぞれの嵩上げ高の場合において示された最小 の安全率の値をとって嵩上高との関係を図 3.1.8 に示した。その結果、嵩上げ高と 斜面安全率の増分との間に相関関係が認められた。 図 3.1.7 嵩上げ高と降雨による安全率の時間的変化
39 図 3.1.8 嵩上げ高と安全率の関係 本手法により、嵩上げによる堆砂高の上昇が、斜面の安全率増加に寄与すること が分かった。しかしながら、嵩上げに求められる機能は、多くの場合は土砂流出抑 止効果も含めたものである。したがって、嵩上げ高さはこれらを総合的に勘案して 決定することが必要である。 (出典 平成 20 年度既存施設の有効活用手法検討調査「治山ダムの嵩上げ高の設定手法検討調査」事業調査報 告書,林野庁,p83-90) 崩壊危険斜面が多く分布する渓流では、谷止工を重点的に整備したり、既存施 設を嵩上げすることが、気候変動による山腹崩壊の増加に対する適応策になると 考えられる。 (2) 補強土工等による斜面安全率の向上 自然斜面においては、継続した降雨によって地山の含水率が高まり、自重の増加 や、すべり面における摩擦力、粘着力が減少して崩壊が発生する。地山補強土工で は、鉄筋や杭、繊維等の補強材を土中に打設あるいは混入して、補強材の引っ張り、 せん断、曲げ抵抗によって地盤の安定(安全率の向上)を図る。 斜面の安定は以下の式で示される。 嵩 上げ 高の増 加 に 伴い 斜面安 全 率が増加 • 豪雨により崩壊する可能性が高い斜面について、斜面安定工により斜面 の安全率を向上させる。 • 雨量強度の増大を想定し、目標安全率を今以上に高く設定する。
40 θ W L φ+c θ W F= sin tan cos × × × × 安 全率 雨量 既往 計画 1.0 1.2 豪雨 増加 現 対応箇 所 対応す べき 箇所の 増加 安全 率向上 分 の増 加 現 未対応 箇所 例:安 全率1.0⇒1.2 例:安 全率0.9⇒1.2 F:安全率、W:土塊の自重(kN/m)、 θ:斜面傾斜(°)、φ:せん断抵抗角(°)、 c:粘着力(kN/m2)、L:すべり面長(m) 図 3.1.9 力のつりあい ① 予防的な対策の考え方 気候変動により大雨や豪雨が増加した場合、従来の降雨時に比べ、上式のせん断 抵抗角や粘着力の低下、土塊の自重の増加が急激に進行し、崩壊に至る可能性が高 くなる。つまり、今までは、現況安全率 1.0 程度の箇所の対策を実施してきたが、 今後は例えば現況安全率 1.1 の箇所も崩壊する可能性があり、対策が必要となると ともに、現況安全率 1.0 の斜面ではより安全率を高めておく(安全率の向上分の増 加)ための予防的な対策が必要になると考えられる(図 3.1.10)。 図 3.1.10 豪雨増加に伴う対応範囲のイメージ図 ② 簡易吹付のり枠工の設計計算例 簡易吹付のり枠工では、縦枠に作用する荷重(P)は、のり面のすべり安全率を⊿ Fs=0.2 だけ増加させることとし、以下の式で設計計算を行う。 P=⊿Fs×W×sinθ=0.2×W×sinθ P:縦枠に作用する荷重(kN/スパン)、⊿Fs:安全率の増加分、 W:想定崩壊面に作用する荷重(kN/スパン)、θ:のり面勾配(°) W θ L W cos θ Ws inθ θ
41 土塊の単位体積重量(γt) kN/m3 18.0 20.0 崩壊土塊の重量(W1) kN/スパン 29.03 32.26 すべり土塊上の重量(W2) kN/スパン 6.48 6.48 合計荷重(W=W1+W2) kN/スパン 35.51 38.74 すべり力(Q=Wsinθ) kN/スパン 30.45 33.22 必要抑止力(P=0.2×Q) kN/スパン 6.09 6.64 最大曲げモーメント(Mmax) kN・m 1.70 1.85 選定タイプ ダイザD10 ダイザD13 この設計計算で、加味すべき計算因子は土塊の重量である。ここで、のり面勾配 1:0.6、円弧すべり弦長 4.0m、円弧すべりの深さ 0.4m、すべり土塊の単位重量 18kN/m3(一般値)と 20kN/m3(含水率の増加時)として計算を行うと表 3.1.2 のよ うになる。 これより、γt=20kN/m3の時は、同じダイザタイプでも、鉄筋が D10 ではなく D13 となる。 表 3.1.2 計算結果 のり枠の単位体積重量:γc=23 kN/m3 中詰材の単位体積重量:γc=23 kN/m3(モルタル吹付) 枠間隔:1.5m×1.5m 抵抗モーメント(ダイザタイプ D10):1.77kN・m 抵抗モーメント(ダイザタイプ D13):3.08kN・m 気候変動がもたらす大雨や豪雨により、現在安全側にある斜面も不安定化する恐 れが出てくる。危険度が高い箇所を把握して、重要な保全対象の上部斜面では補強 土工等により、斜面安全率を高めておくことが必要である。 (3) 本数調整伐により根系の発達した崩壊防止機能の高い森林への誘導 ① 引き抜き試験や根系調査から得られた根系の崩壊防止力 これまでの知見をまとめると • 根系の引き抜き抵抗力は、野外実験より、飽和時は自然含水比時の7割となっ た • 根系直径 10mm の引き抜き抵抗力は、ケヤキで 250kg と強く、スギ 70~130kg、 ヒノキ 80~110kg、コナラ 100kg、アカマツ 50kg、カラマツ 40kg 程度である(信 大の研究例) • 立木間中央の崩壊防止力は、根際の 1/4 程度が最弱で 0.5~5t/m2、一般の表層 土の粘着力は 0~0.3t/m2程度であるから、根系の崩壊防止力は大きい • 同一林分ならば、立木間隔が狭いほうが立木間中央の崩壊防止力は大きい • 樹木の根系の崩壊防止力が最も期待できる立木密度の森林へ誘導する (例:カラマツ 1000 本/ha 程度)。 • 根系の発達を促進するために、森林土壌の保全を図る。 土塊重量の増加に応じて、計画 工のサイズアップが必要にな る
42 • 立木密度が減少すると、立木間中央の崩壊防止力は増加する • 林齢が増すと、立木間中央の崩壊防止力は増加する • 根系本数が林内で一定ならば、引き抜き抵抗力は直径の 1.5 乗に比例するため、 細い根が多数あるより、太い根が混じる方が崩壊防止力は大きい • 通常規模の表層崩壊では、表層崩壊防止に占める水平根の寄与は鉛直根に比べ 圧倒的に大きい (出典 北原曜:災害に強い森林づくりに向けて,山林 2011・6) 図 3.1.11 代表的樹種の根系分布 (出典 苅住曻(1979);樹木根系図説,誠文堂新光社) ② カラマツ人工林における根系の崩壊防止力の評価と斜面安定率の試算事例 伴博史・北原曜・小野裕(2011)は、様々な立木密度のカラマツ人工林(43~90 年生) において、崩壊防止力が最弱とされる立木間中央部の根系分布の調査を実施した。久 保田ら(2006)の回帰式 B=1.23×10-2×A1.46 より、根系の直径A(mm)から一本ご との引き抜き抵抗力B(kN)を求め、これより単位断面積当りの引き抜き抵抗力の合計 値⊿C(kN/m2)を求め、これを崩壊防止力と定義した。 これより、間伐を行い立木密度1000 本/ha 程度にすることで、⊿Cは最大になると 推定された。 図 3.1.12 平均・最大⊿Cと立木密度 水平根による崩壊防止機能を反映させるため、図 3.1.13 のような三次元の円弧すべ りを想定し次式により斜面安全率を算出した。 立木密度 1000 本 /ha 程度で⊿Cが 最大値を示す
43
(
)
(
)
∑
∑
× × × × × i sin i r tan i cos i θ W r l +⊿C A +C φ θ W F= F:斜面安全率、Wi:各土塊の重量(kN)、θi:各土塊の底面の傾斜(°)、φ:土壌の内部摩擦角(°)、 l:崩壊周囲長(m)、C:単位面積当たりの土の粘着力(kN/m2)、Ar:欠球の表面積(m2)、 r:根系伸延長で 1.0m とした、⊿C:単位断面積あたりの根系の引き抜き抵抗力の合計値(kN/m2) 平均⊿Cを用いたものを図 3.1.14 に示す。これより、崩壊深さが深くなるにつれて 斜面安全率は低くなる。また、同じ崩壊深では、立木密度900~1000 本/ha 程度の時 が最も安全率が高いことが分かる。 以上の調査結果より、林齢が増すとともに崩壊防止機能は高まるが、間伐をしない と頭打ちとなり、立木密度は順次減らす必要がある。適期の間伐は太い根系を多くし 崩壊防止機能を高めるのに有効と考えられる。 なお、間伐方法については、胸高直径の大きな木は太い根系を持つので下層間伐と し、樹冠がうっ閉したら間伐率の小さな間伐をこまめに行うことが好ましい。また、 列状間伐は林内に弱線が連続することが想定されるので、崩壊防止機能を期待する森 林の施業方法としては好ましくないと考えられる。 図 3.1.13 斜面安定解析の概念図 図 3.1.14 立木密度と平均⊿Cを用いた斜面安全率 (出典 伴博史・北原曜・小野裕(2011):カラマツ根系の崩壊防止力と立木密度の関係,中森研 No59,p195-198) ③ スギ・ヒノキ人工林における根系の崩壊防止力の調査事例 茨城県のスギ・ヒノキ人工林で、北原(2010)の手法にならい、土中の根が最も疎 となる立木間中央位置において根系調査を行った。直径 2mm 以上の根全ての引き抜 き抵抗力の合計を調査断面積で除して⊿Cを求めると、スギで 2~30kN/m2、ヒノキ 根系の発達により増加44 で 2~20kN/m2となった。 北原(2010)はカラマツ林のデータを基に、2本の立木間隔が拡がるほど崩壊抵抗 力⊿Cが減少し、両者は負の累乗関数で近似されることを示した。今回、ヒノキ林 のデータにおいても、同様の傾向が得られた。これは、本数密度が疎な林分は壮齢 林が多く、地下部に根系を多く蓄積していることから、大きな抵抗力を有している ためと考えられる。 図 3.1.15 本数密度と⊿C 図 3.1.16 林齢と⊿C (出典 木下篤彦ら(2011);水平根の引き抜き抵抗力を指標とした森林の土砂崩壊防止機能の評価に関する研 究,第 59 回平成 22 年度砂防学会研究発表会概要集) ④ 森林土壌保全工による斜面安全率向上の調査事例 兵庫県における「災害に強い森づくり」事業では、ヒノキ林で表土の流出を抑制 するための「間伐木を利用した土留工」を設置した整備区と設置していない未整備 区を設定して比較検証をしている。 土留工設置後 7 年が経過した試験地で、立木から等高線方向に 1m離れた位置で、 斜距離 2m×深さ 1mの土壌断面を整備区と未整備区それぞれに3箇所設定し、根 系の分布と直径を調査した結果を示す。調査時のヒノキ林の林齢は 29 年生である。 整備区は未整備区と比較して ・根の本数(m2当り)は、2~5mm が 0.7 倍、20mm 以上 が 4.4 倍 ・根の断面積は 2.8 倍 ・引き抜き抵抗力は約 2 倍 という結果が報告されている。 これより整備効果として、細い根系が減り、太い根系 が増え、根系の断面積が増えて、その結果⊿Cが増加し、 斜面安全率が向上していることが期待できる。 (出典 災害に強い森づくり 事業検証報告書 2010,兵庫県)
45 ⑤ 根系の成長について 林分の成長に伴う ha 当りの根量の変化は、図 3.1.17 のとおりである。2.0cm 以下 の根は、幼齢時に成長が最大となり高齢時には一定になる。細い根は地上部の葉の 成長と対応しており、林分の連年成長量(図 3.1.18)と似た変化を示す。2.0cm 以上 の根は、林木の成長にしたがって増加し、高齢時にはその成長は緩やかもしくは一 定になる。太い根は、幹・枝など地上部の蓄積部分重に似た変化を示す。 根系の断面積に大きな影響を及ぼす 5.0cm 以上の特大根は、高齢時にも緩やかな 成長傾向が見られ、森林整備による根系の引き抜き抵抗力(⊿C)の増加が期待で きると考えられる。 図 3.1.17 林分の成長に伴う ha 当りの根量の変化
46 細根 小径根 中径根 大径根 特大根 直径区分 0.2cm以下 0.5cm0.2~ 2.0cm0.5~ 5.0cm2.0~ 5.0cm以上 分岐した根系に区分できない部分 名称 小根 太根 根株 表 3.1.3 根系区分 図 3.1.18 林分の連年成長量(m3/ha) (出典 苅住昇(1987);新装版樹木根系図説,誠文堂新光社) 以上のことから、気候変動に対応した中長期的な対応策として、森林整備による 適正な密度管理を推進して、根系密度が高く、崩壊防止機能の高い森林に誘導する ことが重要である。その際には、木製土留工等の簡易な治山施設を設置し、森林土 壌を保全することが効果的と考えられる。