論 説
公物訴訟判決後の条例等の改正の法的検討
首 藤 重 幸
一 本稿の検討対象 1 .検討する二つの事件
イ)金沢市庁舎前広場事件と公物管理規則の改正 ロ)世田谷区二線引畦畔(けいはん)事件と条例改正 2 .公物をめぐる近時の一般的紛争状況
二 金沢市庁舎前広場事件 1 .事件の概要
2 .判決後の金沢市庁舎等管理規則の改正 イ)金沢市の要綱、規則、条例等の改廃の経過 ロ)使用不許可処分理由の不意打ち的変更 3 .旧庁舎等管理規則の改正と問題点 三 世田谷区二線引畦畔事件
1 .事件の概要
2 .判決後の改正条例の制定過程 イ)改正条例の内容と趣旨 ロ)世田谷区の委員会での議論 3 .改正区財産譲与条例の問題点 四 むすびにかえて
一 本稿の検討対象
1 .検討する二つの事件
本稿は、公物の利用・管理をめぐって発生した二つの訴訟事件(金沢市 庁舎前広場事件・世田谷区二線引畦畔事件)を素材として、その判決後にな された(その判決の影響を受けるかたちで)当該紛争対象にかかる公物の管 理についての条例や行政規則の改正につき、その改正が審議された自治体 の委員会での議論にも注目しながら、その改正の結果の紹介と問題点を拾 い上げて検討するものである。
イ)金沢市庁舎前広場事件と公物管理規則の改正
これまで護憲集会の会場としても使用が認められてきた金沢市庁舎前広 場につき、市民団体が「自衛隊の軍事パレードの中止を求める集会」のた めの使用許可申請をしたところ、これにつき使用不許可処分がなされたこ とで発生した紛争が金沢市庁舎前広場事件である。
この申請に対して、対応した金沢市の担当職員は、この集会は金沢市庁 舎前広場管理要綱 6 条が使用を認めない事由として定める「政治的な行 為」( 6 号)に該当することから認められないとの説明をしていた。しか し、その後になされた使用を認めないとの使用不許可処分の段階では、上 記の要綱ではない金沢市庁舎等管理規則 5 条が庁舎等の使用を認めない事 由として定める「示威行為」(改正前12号)に該当するとの理由付けがなさ れていた。不許可処分がなされるまで、当該使用許可の申請者と金沢市の 担当職員との協議において、この処分理由中に示された金沢市庁舎等管理 規則が話題になることはなかった。
このような経緯でなされた使用不許可処分をめぐる紛争につき、集会の 予定日が経過したことから、本件集会のための使用許可申請者等が当該不
許可処分を違法であるとして金沢市を被告とする国家賠償請求訴訟を提起 するところとなったのが金沢市庁舎前広場事件である。この国家賠償請求 は、第一審、第二審、最高裁で認められず、訴訟としては確定した。
本稿で問題とするのは、第二審判決の後に、不許可処分の根拠とされた 金沢市庁舎等管理規則が改正され、この改正前の同規則 5 条で使用を認め ない事由として定めていた単に「示威行為」(改正前12号)との文言が使用 されていたものを、「特定の政策、主義又は意見に賛成し、又は反対する 目的で個人又は団体で威力又は気勢を他に示す等の示威行為」(改正後12 号)という文言に改正したことの意味である。このような特定の紛争を背 景としてなされた公物管理規則の改正の経緯を振り返りながら、改正後の 同規則の解釈や運用についての問題を考えてみたい。
ロ)世田谷区二線引畦畔(けいはん)事件と条例改正
もう一つの検討素材とする訴訟事件は「世田谷区二線引畦畔事件」であ る。この事件は、平成12年(から 5 年間)に実施された国有財産の法定外 公共用物(里道、普通河川、二線引畦畔等)の市町村への譲与に関連して発 生したものである。この譲与は、「現に公共の用に供されている」法定外 公共用物に限定して譲与するものであるが、世田谷区は現況調査をしない まま公図等を基礎に一括譲与申請をしたことで、結果的には「現に公共の 用に供されている」ものではない二線引畦畔(1)も譲与をうけることになっ
( 1 ) 二線引畦畔とは、公図上、耕地の間に二本の長狭線で帯状に囲まれた無番地の 土地で表示され、土地台帳等の公簿上登録された痕跡の認められない土地を一般的 にさすもので、所有者が国であるとされることから「国有二線引畦畔」と呼ばれる こともある(参照:阪神高速道路公団神戸第一建設部用地課「国有二線引畦畔の取 り扱いと用地取得について」用地ジャーナル2000年 2 月号42頁)。二線引畦畔の定 義と実態については、寶金敏明『里道・水路・海浜』( 4 訂版・2009年)117頁以下 も参照。
さらに、新井克美「Q&A 不動産表示登記(35)」(登記研究853号・2019年)62 頁以下では、二線引畦畔を写真、実測図、公図等を並べる形で、実際にどのように 表示されているかが解説されており、二線引畦畔の理解に有益な情報が提供されて
た。公図上は二線引畦畔である係争対象となった土地は畦畔の外観を有し ておらず、区民 A が長年、自宅の敷地として占有を続けてきており、A が世田谷区に対して本件敷地の所有権の確認を求めたところ、世田谷区は これを認めず、また本件敷地につき A は未登記であることから時効取得 の主張も認められないとして、本件敷地を買い取るように要求したことで 紛争が発生するところとなった。その後に A が提起した世田谷区を被告 とする所有権確認訴訟においては、A の請求が第一審の判断をくつがえ す形で第二審判決(2)で認められることになった(区の上告も棄却)。本稿が注 目するのは、本件第二審判決での敗訴後に世田谷区が「世田谷区財産の交 換、譲与、無償貸付等に関する条例」を改正して、同条例に 3 条の 2 を追 加した件である(改正:平成22年 9 月30日制定、平成23年 1 月 1 日施行)。 この改正条例 3 条の 2 においては、そもそも「現に公共の用に供されて いる」ものではないことから、国からの譲与を受けてはならない法定外公 共用物(二線引畦畔)の譲与を世田谷区が譲与を受けている場合、その当 該土地を譲与前から占有しており、かつ時効取得の主張をすればそれが認 められる状況にある者に対して、「一定要件」の充足のもとで譲与すると されている。このような対応をなす条例の一定の要件の定めには法的問題 がり、これについて検討を加える。
2 .公物をめぐる近時の一般的紛争状況
いわゆる公物(行政財産)をめぐる紛争・法的問題は、公物の種類が多 様で、しかもその利用形態も多様であることから、量的にも質的にも膨大 で複雑な様相を示すことになる。その一般的な法的紛争の様相を見るなら ば、公物の成立と利用、廃止のそれぞれの段階で多様な紛争が発生する。
この次元で近時注目されるのは、まずは公物の成立(設置)の段階で、
所有者不明土地の拡大にともなって、そのような土地の上に道路等の公物 いる。
( 2 ) 東京高裁平成20年10月30日判決(判例時報2037号30頁)。
を建設する際の法的手法をめぐり様々な考え方が示されてきていることで ある。これについては国土交通省等も積極的に取得を進めるべきとして、
公物論の観点からも注目すべき内容を持つ、既存の法制度を利用した取得 のための対応マニュアルや、取得の円滑化のための新たな法制度案を公表 している(3)。公物の利用関係では、近時、集会のための市民会館や公園の使 用許可が自治体当局により拒否される事例が増加している状況がある。こ のような事例は従来からも存在するが、特に近時は市民会館や公園、さら には庁舎内のイベント用に設置されているラウンジなどでの市民による展 示企画の内容が政治的であるとの理由で使用を認めないとして紛争となる 事例が増加している(4)。この関連では、ヘイトスピーチに関連して公園の使 用を規制する動向にも注目しておく必要がある。公物の廃止については、
従来通り公物の時効取得の主張との関連で黙示の公用廃止行為の存否が問
( 3 ) たとえば平成26年(2014年) 5 月には、所有者不明土地を土地収用法の不明裁 決の手法で積極的に取得すべきとする「不明裁決申請に係る権利者調査のガイドラ インについて」が国土交通省(総合制作局総務課)により公表され、平成30年
(2018年) 3 月には、所有者不明土地を公共事業に使用するについての収用手続を 円滑化・合理化するため、長期間にわたって相続登記等がされていない土地につい て、登記官が長期相続登記等未了土地である旨を登記簿に記録すること等ができる 制度を創設するなどを内容とする所有者不明土地特別措置法案が閣議決定された。
そして、この閣議決定を受けて同年 6 月に所有者不明土地法(所有者不明土地 の利用の円滑化等に関する特別措置法)が成立し、同年11月から一部施行され、令 和元年(2019年) 6 月 1 日に全面施行されている。
( 4 ) 最近の例では、「太田区立男女平等推進センターエセナおおた」に対して、フ リージャーナリストが東京電力福島第一原発事故の被災地を記録した写真展の開催 のための使用を申請したところ、当該施設の担当者が、一部の写真を「政治的だと 感じる」として展示しないようにとの要請をしたという事案が見られる。この展示 除外要請は、これに対するメディア関係者の取材が始まる中で取り下げられた(朝 日新聞2018年10月26日(夕刊)付け記事)。このような公共施設での展示物にかか る紛争事例は少なからず見受けられところであり、裁判となった事例では、市とそ の外郭団体主催による市の公共施設でのパネル展に女性の市民団体が提示した展示 物を、市らが無断で撤去したことを違法であるとして損害賠償を求める訴訟が提起 され、その請求が認められた事例がある(大阪地裁平成13年 1 月13日判決・判例時 報1755号101頁)。
題とされる場合が多い。
公物の種類別での紛争をみると、量的には圧倒的に道路をめぐるものが 多くを占めているように思われる。所有者不明土地の行政による取得につ き不明裁決が検討される場合の多くも、道路の設置をめぐるものである。
以上のような状況のなかで、公物をめぐって行政と市民の間で紛争が生 じ、それが訴訟の対象となって判決が出された後、「内容に変化はないが 定めを明確にするため」、もしくは「将来における同種の紛争の発生を予 防するため」として、行政が紛争の対象となった公物についての条例や行 政規則を改正する場合がある。このような改正に関連して、本稿は、私が 以前に検討対象としたことのある「金沢市庁舎前広場事件(5)」と、「世田谷 区二線引畦畔事件(6)」について、これらの事件の判決の影響を受けてなされ た条例・行政規則の改正を、その改正が討議された自治体の議会や委員会 での議論にも注目しながら紹介し、これを批判的に検討しようとするもの である。
二 金沢市庁舎前広場事件
1 .事件の概要
平成26年(2014年)4 月に、陸上自衛隊金沢駐屯地の関係者等から、同 年 5 月24日に金沢市中心部において金沢駐屯地の自衛隊による陸海空自衛 隊市中パレードをする旨の案内文が発表された。このパレードに反対して 石川県平和運動センター(以下、「平和運動センター」という)は同年 5 月 2 日に、実施日を同 5 月19日とする「自衛隊の軍事パレードの中止を求め
( 5 ) 拙稿「公共施設の利用制限をめぐる法的問題」(日本地方自治学会・地方自治 叢書30・2019年)87頁以下。
( 6 ) この事件の経緯については、拙稿「公物をめぐる近時の諸問題」(早稲田法学 92巻 2 号・2017年)15頁以下。
る集会」(以下、本件集会という)の開催を目的として金沢市庁舎前広場の 使用許可申請をおこなったが、これにつき同月 5 月14日付けで金沢市長が 不許可処分(以下、本件使用不許可処分という)とした。これに対して、平 和運動センターや本件集会参加予定団体・個人が原告となって、本件不許 可処分を違法とする国家賠償請求訴訟を提起するところとなった(金沢市 庁舎前広場事件)。この本件庁舎前広場は、庁舎建物の北側に隣接した、壁 や塀で囲われていない広場で、南北約60メートル、東西約50メートル程 度の大きさのものである。
この訴訟について第一審の金沢地裁(平成28年 2 月 5 日判決・判例時報 2336号56頁(7))は請求を棄却し、控訴審の名古屋高裁金沢支部(平成29年 1 月 25日判決・同号49頁(8))も控訴棄却、そして最高裁も上告不受理決定(平成29 年 8 月 3 日)としたことで、国家賠償請求は認められないことが裁判とし ては確定した(9)。
さて、本稿で注目するのは、本件許可申請の審査基準となった平成23年 10月施行の「金沢市庁舎等管理規則」(以下、「旧庁舎等管理規則」という)
が上記の高裁判決後に改正され、平成29年 3 月に施行(以下、改正後のも のを「新庁舎等管理規則」という)された当該改正部分の法的評価である。
なお本件事件における下級審(第一審、第二審)判決は、使用不許処分 の違法性判断について、まず金沢市庁舎前広場を公共用物と対比される公
( 7 ) 第一審判決の判例評釈として、平地秀哉「市役所前広場における集会の自由」
(新・判例解説 Watch20号・2017年)31頁以下がある。また、榊原秀則「金沢市庁 舎前広場申請不許可処分の違法性」(南山法学40巻 2 号・2017年、271頁以下)は、
本件事案につき名古屋高裁金沢支部に提出された意見書であるが、原審の金沢地裁 判決への有益な批判的見解が披瀝されている。
( 8 ) 控訴審判決の判例批評として、辻雄一郎・判例評論(判例時報2359号・2018 年)148頁以下、神橋一彦・判例セレクト Monthly(法学教室446号・2017年)149 頁以下がある。
( 9 ) 下級審判決につき、本件事件における不許可処分を憲法上許容できないとして 批判するものに、市川正人「公共施設における集会の自由に関する一考察」(立命 館法学373号・2017年) 1 頁以下がある。
用物(公用財産)と分類することで、その使用許可を裁量処分たる性格を 有する目的外使用許可と位置づけ、その使用不許可処分の違法性判断につ いては当該処分に裁量の濫用が認められるかという観点からする判断枠組 みを採用している。そして、この枠組みのもとで裁判所は、裁量の濫用は 認められないとの判断を示したが、この判断には公共用物と公用物の区分 を絶対的なものとして前提としている点をはじめ、裁量濫用は認められな いとした評価方法、そして行政手続上の瑕疵の過小評価など重大な疑問が あるが、これらについては多くの批判的見解が公にされていることから、
この疑問点については本稿での直接的な検討対象としない。ただし、本稿 で検討対象とする「旧庁舎等管理規則」の改正の問題点を明確にするため に必要な範囲で、この疑問点に触れることにする。
2 .判決後の金沢市庁舎等管理規則の改正
平和運動センターが金沢市庁舎前広場の使用許可申請から不許可処分に 至る過程において、処分に至る前までの許可申請事務を担当した金沢市の 職員は、本件許可申請の可否には当時の「旧庁舎等管理規則」は適用され ず、もっぱら「金沢市庁舎前広場管理要綱」に定める許可基準が適用され るとして、この同要綱の基準からして使用は許可されないと説明してい た。しかし、その後の本件不許可処分においては、突如、それまで申請者 には本件許可申請には適用されない説明されてきた「旧庁舎等管理規則」
により不許可になる旨が処分理由として示されるところとなった。この経 緯を理解するには、その前提として金沢市庁舎等管理規則と金沢市庁舎前 広場管理要綱の制定や改廃の経過を把握しておく必要がある。その経過は 以下の通りである(上記のように、庁舎等管理要綱、(旧・新)庁舎等管理規 則、庁舎前広場管理要綱など、まぎらわしい用語が頻繁に登場して交錯するこ とから、混乱をふせぐため、適宜、これらの一部を太字で表記する)。
イ)金沢市の要綱、規則、条例等の改廃の経過
金沢市が制定した市庁舎や本件庁舎前広場に関連する要綱、規則の制 定・改廃の経緯を判決の認定に従って整理すると次のようになる。
〈制定改廃の流れ〉 ※改廃の年代順に付番してある
金沢市庁舎等管理規則:①金沢市庁舎等管理要綱(昭45)→②同要綱に 7 条の追加(昭58)→④金沢市庁舎等管理規則の制定(平23)・金沢市 庁舎等管理要綱の廃止→⑥金沢市庁舎等管理規則の改正(平29)
金沢市庁舎前広場管理要綱:②金沢市庁舎前広場管理要綱の制定(昭和 58)→③同要綱の改正(平17)→⑤同要綱の廃止(平成27)
①昭和45年 6 月 金沢市庁舎等管理要綱を制定して、これをもって
「市長の管理する公用財産(以下、「庁舎等」という。)」の管理の大綱
( 1 条)を定めた。
②昭和58年 7 月 金沢市庁舎前広場管理要綱を制定し、本件広場の
「管理に関し必要な事項を定める」こととした。この制定と同時に、
上記の昭和45年制定の金沢市庁舎等管理要綱に 7 条を追加し、同庁舎 等管理要綱(平成23年に金沢市庁舎等管理規則に変更される)を庁舎前 広場には適用しないこととする適用除外規定を新設した。
③平成17年 4 月 金沢市庁舎前広場管理要綱が改正された。
*この要綱の 1 条には、「この要綱は、庁舎前広場の管理に関し、必 要な事項を定めるものとする。」と規定し、この広場で集会を催す ためには市長の許可を得る必要があると定めていた( 8 条)。そし て、この要綱 6 条は、「宗教行為又は政治的な行為」( 4 号)を庁舎 前広場での禁止事項の一つとしていることから、これに該当する集 会等のための使用許可申請は認められないとの定めになっている。
④平成23年 9 月 金沢市庁舎等管理規則(旧庁舎等管理規則)を新た
── ─ ─ ─ ─
に制定し、これをもって「庁舎等の管理に関し必要な事項を定める」
こととし、これにともなって従来の金沢市庁舎等管理要綱を廃止し た。この旧庁舎等管理規則では、廃止された庁舎管理要綱に置かれて いたような本件広場を適用除外とする規定は置かれなかった。そし て、庁舎等の定義規定がおかれ、庁舎等は「本市の事務又は事業の用 に供する建物及びその附属施設並びにこれらの敷地(直接公共の用に 供するものを除く。)で、市長の管理に属するものをいう」とされた。
*本件事案での判決内容には少なからぬ不明確な点があるが、金沢市 庁舎等管理規則(旧庁舎等管理規則)と金沢市庁舎前広場管理要綱 の関係についての整理は極めて不明確であり、庁舎前広場の使用許 可には両者の定めが適用されるとする判示部分は容易には理解しが たい部分である(判決自身も、両者に関係について矛盾があるとまで は見受けられないが、「ただし、わかりにくい面があることは否めない」
としている)。
(平成26年 5 月14日 本件使用不許可処分)
⑤平成27年 4 月 金沢市庁舎前広場管理要綱の廃止
(平成29年 1 月25日 高裁判決)
⑥平成29年 3 月 金沢市庁舎前広場事件の第二審判決(金沢市勝訴)
後に、金沢市庁舎等管理規則を改正し、訴訟で問題とされた改正前の 庁舎等での禁止行為(=使用不許可事由)につき「示威行為」(改正前 12号)とのみ定めていたものを、「特定の政策、主義又は意見に賛成 し、又は反対する目的で個人又は団体で威力又は気勢を他に示す等の 示威行為」(改正後12号)に改正した。
ロ)使用不許可処分理由の不意打ち的変更
(ⅰ)使用不許可処分の理由附記
上述のように、本件集会のための使用許可申請に対する処分前の 2 回の 事前の面談過程で担当職員は、金沢市庁舎前広場管理要綱5 条 4 号の禁止
行為(=不許可事由)である「政治的な行為」に該当することから許可は できないと説明していた。本件庁舎前広場での集会については「金沢市庁 舎前広場」という適用対象を特定している「金沢市庁舎前広場管理要綱」
が有効に存在している以上、担当職員が同要綱の適用される事案であると 判断したのは極めて自然なものであったように思われる。それもかかわら ず、使用不許可処分の段階で、不許可理由の根拠にかかわる事前の説明内 容の変更についての情報を申請者になんら提供することなく、不意打ちで 突如、旧庁舎等管理規則に定める庁舎等での禁止行為(=使用不許可事由)
である「示威行為」に該当することを不許可処分の理由とした。その理由 附記は、「庁舎前広場内において、特定の個人、団体等の主義主張や意見 等に関し賛否を表明することになる集会を開催することは、金沢市庁舎等 管理規則第 5 条第12号に定める示威行為に該当すること。」としていた
(この理由附記の内容が、そのあとの約 3 年後に改正された新庁舎等管理規則で の基準となって登場する)。
なお、旧庁舎等管理規則5 条が各号で定める禁止行為(=不許可事由)
の最後の号には「前各号に掲げるもののほか、庁舎管理者が庁舎等の管理 上支障があると認める行為」(14号)との規定があり、本件使用不許可処 分には上記の本件集会が「示威行為」に該当するとの理由とならんで、施 工中の庁舎の耐震改修工事のために庁舎前広場を仮駐輪場や資材置き場と して専用的に使用していることから、本件集会のために庁舎前広場の使用 を認めることは「庁舎の管理上支障がある」(14号)との禁止行為に該当 するとの理由が記載されていた。この「庁舎の管理上支障がある」との事 実については、第一審、第二審の判決はともに、集会が庁舎の耐震改修工 事に支障を与えることはないとして金沢市の主張を認めていない。
(ⅱ)面談時の説明の処分段階での変更の理由
従来、本件庁舎前広場では様々な集会の使用許可がなされてきており、
そのなかには長年使用が許可されてきた護憲集会があり、この護憲集会の 主催者は本件国家賠償請求訴訟の原告らの一部である。政権批判を含む主
張が当然に予想される護憲集会に使用が認められてきたにもかかわらず、
本件「自衛隊の軍事パレードの中止を求める集会」を庁舎前広場管理要綱 の「政治的な行為」に該当するとして不許可とすることが矛盾であると批 判されることは、少なくとも使用不許処分を公にする前の内部的に決定し た段階で金沢市としても容易に予想したものと思われる。そもそも、公用 物の使用許可を裁量行為とする立場に立つとしても、単に「政治的な行 為」であるとして使用不許可処分をおこなった場合、(さらに長年の護憲集 会の許可実績も踏まえると)それを裁量の範囲内であると説明することには 困難が予想されよう。そこで、金沢市は旧庁舎等管理規則の禁止事項(=
使用不許可事由)である「示威行為」に該当するとの理由を不許可理由と して持ち出してくることになったものであろう。
なお、金沢市は裁判のなかで庁舎前広場での本件集会を認めない実質的 理由を述べており、裁判所は市が主張する理由による使用不許可処分は裁 量の範囲内であるとした。その理由を判決で示せば次の通りである(以 下、本件事件についての裁判所の判断に対する検討は、第一審・第二審の判示 内容に大きな差異はないことから、第一審判決の判示内容を対象とする)。この 判示部分は、本件事件を行政財産のなかの公用物の目的外使用許可をめぐ る事件であり、その許可は裁量行為であるからことから、裁判所の判断は 本件不許可処分に裁量の濫用が認められるかという点が審査の核心部分で あるとの裁判所の考えた判断枠組みのもとでの、さらなる判断の核心部分 である。
「本件集会は、自衛隊市中パレードという賛否両論のあり得る行為につ いて、反対の立場を表明するものであるところ、本件集会が本件広場にお いて開催された場合、被告が自衛隊市中パレードに反対するという原告ら の立場に賛同し、協力しているかのような外観を呈することとなり、地方 公共団体である被告の中立性に疑念を抱かれる可能性がある。被告が自衛 隊市中パレードに反対するという立場をとったと捉えた第三者において、
被告に対する抗議行動や抗議の申入れを行い、あるいは被告の行事等に協
力しないとの立場をとることも予想されるところである。そうすると、本 件広場で本件集会が開催された場合、その当日やその前後のみならず、将 来にわたって、被告の事務又は事業の執行が妨げられるおそれがあるとい わなければならず、その弊害は決して小さいものとはいえない。」
すなわち、市庁舎に接する市庁舎前広場での自衛隊市中パレードに反対 する集会(午後 6 時半~ 7 時半)を許可すれば、市がこのパレードに反対 しているかのような外観を呈して、その後の市への第三者からの抗議や諸 行事への非協力を誘発する可能性がでてくることで、将来の市の事務又は 事業の執行が妨げられるおそれがあり、その弊害は「小さいものとはいえ ない」というのである。このような主張は、常識的にも、また大きな情報 発信力・手段のある市長や市の立場からすれば、使用を許可することで発 生する可能性があるとされる市長や市が「原告らの立場に賛同し、協力し ている」との疑念を解消することは困難ではないことから考えても、上記 の判決が採用した市の主張が一般的に認められるとは思えないが、この点 の批判は(10)ここではおいておくこととする。
(ⅲ)市による示威行為の限定解釈
庁舎前広場の使用許可が裁量行為であるといっても、「示威行為」とし か規定していない旧庁舎等管理規則を適用して、それに該当するとのみの 理由附記で使用不許可処分が裁量の範囲内であると主張するには、従来か らの護憲集会の使用許可の事実もあり、いまだ説得力に欠けることを金沢 市も理解していることから、市は示威行為の解釈につき二つの限定をもっ て本件集会の使用不許可処分を正当化する解釈・運用をしていると裁判過 程で主張することになった。
第一は、市は使用不許可処分の根拠たる示威行為につき、本件使用不許 可処分の理由附記にあるように、「庁舎前広場内において、特定の個人、
団体等の主義主張や意見等に関し賛否を表明することになる集会」が、不 許可事由たる示威行為であるとした。しかし、これでは、護憲集会のため
(10) この点については、拙稿・前掲(注 5 )87頁以下参照。
の使用許可処分をおこなったことの矛盾を十分に解消できない。そこで、
市は護憲集会については使用許可処分をおこなったことの理由付け、換言 すれば、従来の護憲集会のための使用許可を正当化できる示威行為要件の 限定解釈・運用という考え方を主張しなければならなくなる。
第二は、上記のような必要から、市は庁舎前広場の使用許可につき、あ くまでも「市の事務・事業そのものやそれに密接に関連する表現活動等」
であるか、そうでないとしても「市の事務・事業に支障が生じない表現活 動等であると事前判断されたものに限定して表現活動等を許可してきた」
にとどまるとし、このような性格を有する集会は不許可事由たる示威行為 に該当しないとの主張をおこなった。
市の主張によれば、この第二の限定解釈・運用を使っての護憲集会が示 威行為に該当しないとの主張は、さらに次のような論理で説明されること になる。
公務員は憲法擁護義務を負っていることから、護憲集会は市の事務・事 業に準ずると考えることができるとする。この第二の主張を裁判所も採用 し、護憲集会に関しては、公務員の憲法擁護義務を踏まえると、憲法擁護 を前面に打ち出して申請が為されたのであれば、(申請自体から市の事務の 執行を妨げ、庁舎等の管理上特に支障があることが認められる場合を除けば(11)) 市にとって協力することこそあれ、非協力的な姿勢をとるようなものでは なかったものと推認されるとしている。そして、開催された護憲集会では 政権批判などの、「特定の個人、団体等の主義主張や意見等に関し賛否を 表明」する行動がなされており、そもそも上記の第一の基準に合致しない のに許可がなされているではないかとの原告の批判に対して、申請された 集会のための使用許可は、申請書に記載された形式的で抽象的な目的・場 所・時間などから外形的に判断されることから、結果的に集会の内容が
「市の事務・事業そのものやそれに密接に関連する表現活動等」とはいえ ないとしても、許可をした判断に問題はないとの市の反論をそのまま裁判
(11) このカッコ内の部分は第二審判決で加えられたものである。
所は採用している(しかし、判決は本件集会に関する他の箇所で、庁舎前広場 の集会が「表現活動が市の事務・事業そのものやそれに密接に関連する」もの は使用が拒否される示威行為に該当しないとすることになるのであるが、これ についての市の判断においては、「申請書の記載内容から集会の内容を推認して これを考慮することはやむを得ないというべきである」とも述べている(12))。
(ⅳ)判決による示威行為の合理的限定解釈
再度、本件判決の判決理由の核心を確認しておく必要がある。まず判決 は、「示威行為とは、一般には威力や気勢を他に示すことをいうものであ るところ、集会も、多人数が一定の場合において一時的に集まり、必要に 応じて気勢を上げたりするものでるから、示威行為に該当する場合は十分 にあり得る」として、本件集会が旧庁舎等管理規則の定める示威行為に該 当するとする。しかし、旧庁舎等管理規則の「示威行為」については限定 して解釈される必要があるとして、「示威行為一般のうち庁舎等の管理上 支障がある行為に限定されたものであると解するのが相当である」とす る。この限定解釈が、裁判所の示威行為解釈の最重要部分である。この基 準から、本件では管理上の支障の発生を、前述のように、判決は次のよう に内容で認定した。庁舎前にある広場の使用を本件集会について許可する ことになれば、金沢市(被告)の中立性に疑念を抱かせる可能性があり、
その疑念が第三者からの市への抗議や非協力を呼び起こし、将来の市の事 務又は事業の執行が妨げられるおそれがあるというものである。すなわ ち、〈市の中立性に疑念を抱かせる〉集会のための庁舎前広場の使用は、
〈市庁舎の管理上支障を発生させる〉としているのである。本判決では、
このような性格をもつ集会のみが、旧庁舎等管理により不許可とされる示 威行為であるとしている。
(12) 新庁舎等管理規則の成定後に、庁舎前広場での護憲集会の使用のための使用許 可申請がなされたが、金沢市長はこれを使用不許可処分としている。この不許可処 分は、本件事件における金沢市の主張と矛盾するように思われるが、この点につい ては、拙稿・前掲(注 5 )87頁以下参照。
表現の自由や集会の自由の、優越性をもつ人権としての重要性を考えれ ば、以上のような抽象的「おそれ」の存在を庁舎の管理上の支障をもたら す行為と認定するについては、大いなる疑問を感じざるを得ない。この点 への言及は、これ以上は控えるとして、この判決理由の核心部分と、市が 拒否処分の具体的理由としてあげた、「庁舎前広場内において、特定の個 人、団体等の主義主張や意見等に関し賛否を表明することになる集会を開 催すること」は旧庁舎等管理規則の定める「示威行為」に該当するとした ことの関係を、判決はどのように理解しているのかを正確に確認しておく 必要がある。それは、新庁舎等管理規則では、従来の単なる「示威行為」
という用語を、「特定の政策、主義又は意見に賛成し、又は反対する目的 で個人又は団体で威力又は気勢を他に示す等の示威行為」(改正後12号)と 改正したからである。
この改正がなされる前に示された判決のなかに、次のような判示部分が ある。
「被告においては、本件広場についての行為等の許可申請については、
被告の事務・事業やそれに密接に関連する行為等については許可を行う が、そうでないものについては被告の事務・事業に支障が生じるか否かを 具体的に検討し、特定の個人、団体等の主義主張や意見等に関し賛否を表 明することとなる集会を開催することは「示威行為」に該当するとして不 許可とするとの運用を行ってきたものと認められるし、また、その結果と して、本件広場では、これまで、被告の事務・事業やそれに密接に関連す る表現活動等であるか、あるいは被告の事務・事業に支障が生じない表現 活動等であると事前判断されたもののみが行われ、これら以外の表現活動 等は許可されてこなかったものということができる。」
この判示部分を市は誤解し、「その結果として」という用語で結合され ていることから、判決は、「特定の個人、団体等の主義主張や意見等に関 し賛否を表明することとなる集会」は、機械的にすべてが、市の「事務・
事業に支障が生じる」表現活動であり、禁止される示威行為に該当すると
判示していると理解しているように思われる。そうであるからこそ、新庁 舎等管理規則は、「特定の政策、主義又は意見に賛成し、又は反対する目 的で個人又は団体で威力又は気勢を他に示す等の示威行為」を禁止すると 定めたと想像される。しかし、特定の個人・団体等の主張等に対して賛否 を表明することを外側の第一の堤防があったことで、あくまでも「結果的 に」その内側にある第二の堤防によって囲まれた事務・事業に支障がある との範囲内にとどまることができたとするのが判決の趣旨であり、第一の 外側の堤防と第二の内側の堤防の間の領域にある集会は、条例によって禁 止される示威行為ではないのである(13)。
3 .旧庁舎等管理規則の改正と問題点
改正後の新庁舎等管理規則5 条12号の「特定の政策、主義又は意見に賛 成し、又は反対する目的で個人又は団体で威力又は気勢を他に示す等の示 威行為」は、さらに、このような行為によって「市の事務・事業に支障が 生じる」ということでなければ、集会のための庁舎前広場の使用をみとめ ない「示威行為」には該当しないのである。そして、この支障が生じる場 合とは、市庁舎前広場事件の判決に依拠するとすれば、同12号に定める態 様の集会であっても、それが市の中立性に疑念を生じさせ、もって第三者 からの市への抗議や非協力を誘発する可能性がある場合に限って、それを 条例が禁止する示威行為として不許可とすることができるのである。示威 行為を理由としてなされる使用不許可処分については、このような可能性 についての立証ができなければ、それは裁量濫用と判断されることになる と考えられる。
新庁舎等管理規則にかかわる議論がなされている金沢市の委員会等の議
(13) 例えは的確ではないかも知れないが、たとえば温暖化対策の促進をもとめる集 会において、温暖化対策に消極的な特定の外国や、当該外国の政治家を批判するこ とが使用許可申請書から推認されるとしても、それが集会のための広場使用を許可 した自治体の事務・事業に支障が生じるとは考えられない。
事録を見ると、あくまでも判決を踏まえた改正条文の意義を十分に理解し ていないのではないかと思われる金沢市側の発言が随所に見られる。たと えば、改正条例案を検討する平成29年 2 月13日の総務常任委員会で総務課 長は条例改正につき、「これまでどおり市の事務や事業、それに密接に関 連する行為かつ管理上支障がない場合に限り許可することにかわりはな い」と発言している。少なくとも判決の関係でいえば、判決は「密接に関 連する行為」と、そうでなくとも「管理上支障がない場合」に市は許可を してきたとしているのであり、両者を「かつ」で結んではいない。また、
条例改正後の平成29年 6 月22日の市議会の定例会で市長は、庁舎前広場 の使用は「市庁舎の建物や広場の管理上支障がないというふうに判断され た場合に」認めていると発言し、市の事務・事業に支障が生じるという表 現は使用していない(このような表現をすべきものであろう)。また、同委 員会のなかで、「特定の個人及び団体等の主義主張や意見等に関し賛否を 表明する集会の開催に使用することにつきましては、庁舎等管理規則第 5 条第12号で認めないこととしているところであります」とも発言してい る。この同12号の文言に該当するのみで使用を許可しない発言の問題につ いてはすでに指摘したところであるが、この問題の無理解が上記の市長の 発言の中の前者と後者の関係を不明なものにしている。
そして、この 6 月22日の定例会では、新庁舎等管理規則の運用の関係 で、注目すべき議題が採り上げられている。それは、平成29年 5 月 3 日に 憲法70周年の護憲集会のために庁舎前広場を使用したいとする石川県憲法 を守る会の申請が許可されず、核兵器廃絶を目指す国民平和大行進が毎年 行われている平和行進のパレードと集会を 6 月19日に広場で開催したいと する申請に対しては許可がなされたという点につき、新庁舎等管理規則 5 条12号の適用関係についての質疑がなされたということである。これにつ いて市長は、表現の自由、集会の自由というものは大切だと思っている が、「市庁舎の建物や広場の管理上支障がない場合に限って認めることと している」とのみ回答している。上記の二つの集会につき、庁舎前広場の
使用につき不許可と許可の異なる対応がなされた理由については、新庁舎 等管理規則 5 条12号の改正の趣旨や運用の基準などを明確にする重要な機 会であったと思われるが、定例会では深まった議論は展開されていない。
新聞報道によれば、護憲集会のための広場の使用不許可の理由につき市総 務課は、「集会の内容を確認したところ、政府への批判などがあった。市 の中立性を確保するため」としている(これが申請段階の判断なのか、実際 の集会がなされた後の判断なのか不明であるが、前者であれば、市のこの発言 は本件庁舎前広場事件での市の発言と矛盾している)。これに対し使用の申請 団体である石川県憲法を守る会は、「憲法尊重、擁護の義務がある市が護 憲を政治的主張として排除するのはおかしい」との、それまでの過去の護 憲集会を許可してきたたことを正当化するために市が編み出した理論を使 って、当然の反論を展開している(14)。この双方の主張の評価に関しては、す でに述べているところなので繰り返さないが、一点指摘すれば、金沢市の
「中立性を確保するため」という理由付けは不十分で、広場の使用を許可 すれば、いかなる意味で中立性に危惧の念を抱かしめ、市の事務・事務に どのような支障を生ずる可能性があるのかを拒否理由として提示しなけれ ばならない。若干、皮肉をこめていうならば、庁舎前広場の使用不許可を めぐる裁判、そして、それをうけての旧庁舎等管理規則の改正作業のなか で、以前の護憲集会につき使用を許可した処分と、本件集会(自衛隊の軍 事パレードの中止を求める集会)につき使用を不許可とした処分を矛盾しな いものとして市が組み上げた基準を、市は正確に理解することなく利用す ることで、自らの行為の正当性に性につき、十分に説得ある主張ができて いないように思われる(15)(なお、本稿での検討は市が改正条例の根拠とした判 決との関連で述べたものであり、私が判決の論理を承認しているということで
(14) 朝日新聞(朝刊)2017年 4 月21日付け記事。
(15) 金沢市は新庁舎等管理規則の成立と同時に、「市役所庁舎前広場使用行為審査 会」を設置したようであるが、議事録から判断する限り、どのような運営になって いるのかについては極めて不明な点がある。
はない)。
三 世田谷区二線引畦畔事件
1 .事件の概要
事件の概要は上記で紹介したところであるが、若干の補充をしておきた い。世田谷二線引畦畔事件のような紛争が発生した最大の原因は、平成12 年から実施された国有財産の法定外公共用物の国から市町村への譲与手続 が、短期間での効率的な譲与手続の遂行という理由で簡略化されたことに よるものである。
この譲与は、「現に公共の用に供されている」法定外公共用物に限定し て譲与するものであることから、この要件に該当する法定外公共用物を自 治体側が特定して譲与申請をする必要がある。譲与手続については、「法 定外公共物に係る国有財産の譲与手続に関するガイドライン[基本事項 編]」(平成12年 1 月)が国から示されることになったが、そこに示されて いる市町村のおこなう譲与財産の特定方法は、次のようなことでよいとさ れていた(①~③)。
①市町村の事務負担の軽減と時間の短縮を図る観点から、次のとおり極 力簡便化する。
(ア) 原則として、不動産登記法第17条の地図が整備されている区域 にあっては当該地図の写しにより、その他の区域にあっては旧土地 台帳法施行細則第 2 条に規定する地図(いわゆる公図)の写しを用 いて譲与を受ける法定外公共物の箇所を特定すれば足りることとす る。
(イ) 里道・水路の起終点は明示することとするが、その幅員及び面 積は示す必要がなく、譲与の申請に際して測量図、求積図等の添付 は不要とする。
②譲与の対象となる法定外公共物は、機能が維持されているものに限ら れるところであるが、この機能の有無の判定に関しては、市町村の判 断を最大限尊重するものであること。
③譲与財産の特定を行うためにどのような調査を行うかは、市町村が適 切と判断する方法により行えば足りるものであること。
このようなガイドラインに従って世田谷区は、「現に公共の用に供され ている」のか等の現地調査をすることなく、公図上で法定外公共用物(ガ イドラインでは法定外公共物と表現している)となっているものを一括申請 したことで、世田谷区二線引畦畔事件のような紛争が発生することになっ たものである(16)。
世田谷区二線引畦畔事件では、二線引畦畔につき世田谷区が買い取りを 要求したのに対して、原告は時効所得を主張しているが、世田谷区はこの 主張を認めなかった。世田谷区がこれを認めなかったのは、当該土地につ き取得時効を主張しえる状況があるとしても、Aは登記を経由していなけ れば、時効完成後の前所有者からの不動産の譲受人に対抗できないとする 最高裁判例を根拠にしたからである。
本件の世田谷区二線引畦畔事件における所有権確認訴訟において、第一 審、第二審判決ともに、本件係争土地部分については建物が建設された昭
(16) 世田谷区の平成25年 3 月14日の予算特別委員会で、東京23区の国から譲与を受 けた状況につき、 8 区は譲与を申請しなかったことが報告されている。この譲与申 請をしなかった理由は不明であるが、全国の自治体のなかには譲与を受けたあとの 管理責任や管理費用の発生を考慮して、申請をしないとしたケースもあるようであ る。なお、譲与を受けなかった自治体おいて、自治体が国から譲与を受ける権利を 行使しないことは、「財産の管理を違法に怠る事実」(住民訴訟の 3 号請求)に該当 することの確認を求める興味ある訴訟が提起された事例がある。これにつき大阪地 裁平成19年 1 月31日判決(判例地方自治298号79頁)は、自治体が国から譲与を受 ける権利が存在するとしても、これが住民訴訟の対象となる「財産」といえるため には地方自治法237条 1 項に列記された財産(公有財産・物品・債権・基金)に該 当する必要があり、いまだ譲与を受けていない土地は、この列記された財産のいず れにも該当せず 3 号請求の対象とならないとしている。
和43年 1 月以降は公共用物としての機能を喪失しており、本件譲与がなけ れば原告は時効取得にもとづく所有権を国に対して主張しえたとしてい る。そして、そのような状態にある本件係争土地部分について世田谷区は 譲与申請の対象とすべきではなかったと認定している。
しかし、世田谷区は本件譲与の土地につきA(原告)の時効取得の成立 が認められないとし、第一審判決も世田谷区の主張を認めた。それは、前 述のように不動産を時効取得した者は、時効完成後に旧所有者から当該不 動産の譲渡を受けた者との関係では二重譲渡と同様の関係になり、登記な くしては当該譲渡を受けた者に対して、その所有権を対抗できないとした 最高裁判決を基礎にしているものである(最高裁昭和36年 7 月20日判決・民 集15巻 7 号1903頁、最高裁昭和48年10月 5 日判決・民集27巻 9 号1110頁)。すな わち、国(旧所有者)に対しては時効取得による所有権を主張しえたはず のAは、時効完成後に当該不動産の譲渡を受けた者(世田谷区)に登記な くして、その所有権を対抗できないということである(この登記という点 でいえば、公図上は二線引畦畔とされて地番も付されていない土地につき、本 件譲与前に、時効取得を登記原因とする登記手続を進めることは、それほど容 易なことではないと想像できる)。
上記最高裁判決に依拠して、所有権確認請求を認めなかった原審の判断 に対して、東京高裁(平成20年10月30日判決)は以下のように述べて、信 義則の適用によりAの請求を認めるところとなった(17)。
被控訴人(世田谷区)が調査を怠った結果、本来譲与の対象とすべきで なかった本件係争地が譲与されたこと、本件の譲与がされなければ控訴人
(原告)は取得時効に基づく所有権を国に対して主張しえた筈であること 等の事情を考慮すると、本件係争地について、譲与を受けた被控訴人(世 田谷区)が、時効成立後の権利取得者として時効取得者に対し、登記の欠
(17) 東京高裁判決の評価については、齋藤岳彦・平成21年度主要民事判例解説(別 冊判例タイムズ29号・2010年)40頁以下、石田剛・私法判例リマークス40号(2010 年)14頁以下のほか、拙稿・前掲・注( 6 )16頁以下も参照。
缺を主張できるとすることは信義誠実の原則に反するといわざるを得ない から、被控訴人(世田谷区)は控訴人の登記の欠缺を主張できないと解す るのが相当である。
2 .判決後の改正条例の制定過程
イ)改正条例の内容と趣旨
東京高裁での敗訴を受けて世田谷区は上告したが、平成22年 3 月 9 日に 最高裁は世田谷区の上告を棄却する決定をおこなっている(18)。世田谷区での 二線引畦畔にかかわる訴訟は二件が同時に進行しており、本稿で紹介の対 象としている成城 9 丁目所在の事案と、これとは別に北烏山 7 丁目の事案 が司法審査の対象とされていた。北烏山の事案についても第一審(19)、第二審 判決ともに所有権の確認を求めた住民の勝訴となり、世田谷区が上告を取 り下げている。
以上のような判決を受けて世田谷区は、平成22年 9 月に「世田谷区財産 の交換、譲与、無償貸付等に関する条例」(以下、「区財産譲与条例」とい う)を改正して、同条例に次のような 3 条の 2 を追加する対応をおこなっ た(平成22年 9 月30日制定、平成23年 1 月 1 日施行)。追加された 3 条の 2 の 内容は、国から譲与を受けた二線引畦畔で、取得時効の成立が認められる など一定の要件を充足する場合に、占有者に譲与(=無償譲渡)するとい うものであり、その定めは以下の通りである。
第 3 条の 2(国から譲与を受けた土地の譲与)
前条に規定するもののほか、国から譲与を受けた土地のうち、次の各号 のいずれかに該当するものにつき、譲与前にその土地の用途に係る形態及 び機能が喪失するに至った後に自己の所有に属するものと誤信して占有を
(18) 読売新聞(東京朝刊)平成22年(2010年) 3 月13日付け記事。
(19) 東京地裁平成21年 9 月15日判決(判例タイムズ1329号146頁)。この東京地裁判 決の評価については、南雲大輔・平成22年度主要民事判例解説(別冊判例タイムズ 32号・2011年)26頁以下参照。
開始し、その占有開始の時から、20年間、平穏に、かつ、公然と占有する 者(形態及び機能が喪失するに至った原因を作出した者を除く。)がある場合 において、その用途を廃止したことによって普通財産となった当該土地 は、当該占有する者(その者の占有を承継する者がある場合にあっては、当該 占有を承継する者)に譲与することができる。
( 1 ) 国有財産特別措置法(昭和27年法律第219号)第 5 条第 1 項第 5 号の 規定により譲与を受けた土地(譲与に際し国土交通大臣の所管に属するこ ととされる前において、財務大臣の所管として管理されていたものに限る。)
であって世田谷区公共物管理条例(平成14年 3 月世田谷区条例第29号)第 2 条の公共物であるもの
( 2 ) 道路法(昭和27年法律第180号)第90条第 2 項の規定により譲与を受 けた土地(譲与に際し国土交通大臣の所管に属することとされる前におい て、財務大臣の所管として管理されていたものに限る。)であって同法第18 条第 1 項に規定する道路の区域の外にあるもの
2 前項の場合における占有の態様、承継等については、民法(明治29 年法律第89号)の定めるところに従う。」
最高裁への世田谷区の上告が棄却(平成22年 3 月 9 日)されたあと、上 記の条例改正による 3 条の 2 の「追加案」(上記の改正条例の下線部分)の 趣旨につき、平成22年 9 月21日の世田谷区企画総務委員会で経理課長から 次のような説明がなされている。
①改正の趣旨は、平成16年 4 月に国から譲与を受けた公共用財産のう ち、「畦畔であった土地」で、その占有者が時効を主張すれば時効取 得の成立が見込まれるものにつき、当該土地を占有者に譲与すること ができる仕組みをもうけるものである。
②譲与の要件としては次の通りである。
ⅰ)占有者が時効を主張すれば時効取得の成立が見込まれる状況にな ること
ⅱ)占有開始時において畦畔としての形態、機能が喪失していること
ⅲ)国から世田谷区への譲与の前に自己の所有であると誤信して土地 の占有を開始していること
ⅳ)占有期間が20年以上であること
ⅴ)占有者がみずからその形態、機能を廃滅させていないこと
ⅵ)占有が平穏かつ公然に行われていること
ⅶ)当該土地につき道路事業やまちづくり等の用途による活用の見込 みがなく、区としてその用途を廃止したものであること
上記の説明については、即座に多くの疑問が生じるように思われる。他 の法定外公共用物の里道や普通河川でも同様の問題は発生しえるのに、な ぜ「畦畔」に限定されるのか(そして、条例改正案 3 条の 2 の文言から、そ の限定の趣旨が明確に読み取れるか)、自己の所有であると誤解してとする 場合の「誤解」の法的意味は何か(20)、そして、短期取得時効(占有期間10年 での取得時効)の場合を排除してよいのか(排除しえるのか)、そして最大 の疑問点である、上記の説明の②のⅶ)の活用の見込みにかかわる要件 は、何を意味しているのか不明という諸点が問題として浮かび上がる(21)。
(20) 長期取得時効に関する民法162条 1 項は、二十年間、所有の意思をもって、平 穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。」と定める が、短期取得時効に関する同条 2 項は、「十年間、所有の意思をもって、平穏に、
かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、か つ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。」と定める。区が譲与の要件 として要求している「誤信」とは、この短期取得時効を認める要件である善意・無 過失との関係で、どのように考えられているのであろうか。
(21) 区の公物の時効取得めぐる委員会での説明では、「公物に時効なし」との行政 法の不変のドグマを修正した最判昭和51年12月24日(民集30巻11号1104頁)に依拠 したものであると主張されているが、その説明は最判が示した法理の範囲内にとど まらない内容をもっている。同最判は、一定の要件が充足されれば、公共用財産
(事件では水路)については黙示の公用(供用)廃止行為がなされたものとして普 通財産となるものであるから、これにつき時効所得の成立を妨げないものとした。
その要件とは、公共用財産が、(ⅰ)長年の間事実上公の目的に供用されることな
ロ)世田谷区の委員会での議論
世田谷区の議会や諸委員会での議事録(22)を参照すると、そこでは二線引畦 畔事件が提起している諸問題について、かなり精密な議論が展開されてい る。世田谷区二線引畦畔事件に関連する事項については、特に世田谷区都 市整備常任委員会において重要な議論が展開されている。本稿で検討対象 とする、区財産譲与条例 3 条の 2 の立法趣旨については、すでに上記で、
平成22年 9 月21日の世田谷区企画総務委員会での区側の説明を紹介してお いた。そして、その説明には法的観点からは多くの疑問が生じることも述 べたところである。そのさい、最大の問題であると指摘した事項につき、
平成22年 9 月 3 日の「都市整備常任委員会」で次のような議論がなされて いる。
同委員会でも、まずは道路管理課長から区財産譲与条例に 3 条の 2 を追 加する改正案の趣旨が説明されている。そのうえで、具体的な譲与の要件 としては次の 2 つのものがあると説明している。
①占有者が時効を主張すれば取得時効の成立が見込まれるもの
②当該土地について、道路事業やまちづくり等の用途による活用の見込 みがなく、区としてその用途を廃止したもの
く放置され、(ⅱ)公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、(ⅲ)その物のう えに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害される ようなこともなく、(ⅳ)もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなく なった場合、といものである。そして、このような要件が充足される場合には、明 示的な公用(供用)廃止行為はなくとも、黙示による公用廃止行為があったものと して、当該公共用財産は普通財産たる性格を有するものと判示しているのである。
このことから、条例趣旨の説明中の②のⅶ)の「区としてその用途を廃止したも の」とは何を意味しているのか不明であるといわざるをえない。
(22) 世田谷区は、平成元年以降の定例会及び臨時会の本会議、予算特別委員会、決 算特別委員会の各会議録、平成14年 4 月下旬以降の常任委員会、議会運営委員会、
予算・決算を除く特別委員会の各会議録を「会議録検索システム」で公開してい る。また、世田谷区での二線引畦畔問題をめぐる情報は、ウェッブ上の「世田谷の あぜ道(資料編)」で世田谷区の委員会の議事録をはじめとして網羅的に収集、整 理されている。
この説明に対して委員から、上記②の譲与要件は世田谷区が独自に付け 加えたものかとの質問があり、課長は「そのとおりです」と回答してい る。そして、「活用の見込み」の判定手続きについては、平成22年 9 月21 日の企画総務常任委員会において経理課長が、この第一次判定は、関係所 管の職員で構成する「財務処理検討会」(既存)でおこなうこととし、疑 義があれば第二次判定として「無償譲与判定会」(設置予定、仮称、関係所 管の部課長と弁護士等専門家で構成)で判定すると説明している。
二線引畦畔事件における世田谷区の敗訴の確定、さらには区財産譲与条 例を改正しての 3 条の 2 の追加が区側から提案されるなかで、委員会では 当然の問題として、改正条例の譲与要件を充足すると考えられる土地です でに売買が成立しているケースについての区民等への払い戻しの可能性を 検討すべきとの意見が委員から出されるところとなっている。平成22年 9 月 3 日(改正区財産譲与条例の制定は平成22年 9 月30日)の都市整備常任委 員会では、平成16年度に国から譲与を受けて平成22年 8 月までに185件の 売払いがあり、そのうち畦畔については56件である旨が道路管理課長から 報告されている。この報告の時点での売払価格等については議事録の中で の言及は見受けられないが、この半年前に開催された平成22年 3 月15日の 都市整備常任委員会では、この時点までで譲与を受けた財産の141件、約 4 億 4 千万円分を売却したとの報告がなされている(23)。このように半年間で 新規の売り払い件数が約40件(累積が141件から185件に増加)も増加してい る事実は、最高裁判決による世田谷区の敗訴確定の影響により区民からの 積極的な対応があったものと思われるが、世田谷区の一括申請の杜撰さを 物語っていると評価せざるをえない(その後の売り払いについては平成28年 10月 7 日の決算特別委員で、国から譲与を受けた財産につき平成23年度から27 年度末までに売り払った実績は年間 1 億円弱になっているとの報告がなされて いる)。そして、これらの売り払い対象となった土地の多くは、本来は無 償で譲与を受けられる時効取得の対象ではなかったのかという疑念もわい
(23) 読売新聞(東京朝刊)2010年 3 月13日付け記事も、この件を報道している。
てくる(時効取得にかかる手続的・費用的・時間的負担を考えて、区民等があ えて買い取りという手段を選択したのかも知れない)。
さて、判決の確定を受けて二線引畦畔の譲与にかかる条例改正案が委員 会に上程されるなかで、改正条例によれば譲与をうけられるはずの住民 で、すでに買い取りで土地を取得した者への救済はないのかという上記の 質問に対しては、区は複数の委員会において、裁判所の判決は訴訟の対象 となった土地について区が当該土地の所有権を主張する住民に対して登記 の欠缺を主張しえないとしただけで、区の所有権自体を否定したものでは ない(「国からだまし取ったものではない」とも発言している)、さらには時効 取得を主張せず売買を選択した契約者と区が正当に契約したものであるか ら、買取り金額を返還したり補償したりする根拠がないとの主張を繰り返 している。この点については、区は、そもそも譲与申請の対象にしてはい けない土地で、国との関係では時効取得の条件が成立しているにもかかわ らず譲与を受けておいて、住民が時効取得の主張をしないで有償での買い 取りという契約を選択したのであるから、売買契約は有効に成立しており 買取り金額を返還する法的義務は発生しないとする主張は、公物と時効の 関係や改正条例の譲与の要件等について十分な知識のない住民にとっては 受け入れ難い点もあり、民法の契約論(錯誤の主張等)の観点からも議論 の余地があると思われる。この点の区の主張は、区が一切の返還請求に応 じないということではなく、買取り金額の返還について個別的に申し入れ があれば個別的に対応することを許容しているようにも考えられる。委員 会での議論を読む限り、以上のような形で区が契約の有効性を強調するの は、過去の事例について、買取人に返還に関連しての個別の連絡をする法 的義務は区にはなく、また区のホームページで返還の可能性を示唆するよ うな広報をする必要はないとのことを正当化するためのもののようにも思 われる。