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ポント 整 理 編 XWQA2A-Z1J1-02 ₂ 古 代 ンドの 諸 王 朝 北 ンドの 統 一 1. マウリヤ 朝 ( 前 317 頃 ~ 前 180 頃 ) 1マウリヤ 朝 の 建 国 アレクサンドロス 大 王 の 遠 征 軍 がンド 西 北 部 に 侵 入 した 後 の 混 乱 に 乗 じ

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XWQA2A-Z1J1-01 ポイント整理編

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古代インドなど/イスラーム史1

  インダス文明とアーリヤ人

◆ インダス文明   *前2300年頃,インダス川流域を中心に成立した青銅 器文明。ドラヴィダ系民族が担い手と考えられる。   *前1800年頃に衰退した。   ①インダス文明の都市 排水設備・大浴場などを備え た計画都市であった。建物には焼き煉瓦を使用。    ▶モエンジョ=ダーロ……インダス川下流域の遺跡。    ▶ハラッパー……インダス川中流域の遺跡。   ②インダス文字 方形の印章などに刻まれた象形文 字(未解読)。 ◆ アーリヤ人の移動と定住  インド=ヨーロッパ語系のアーリヤ人は,前2000年頃, 中央アジア方面からインド・イラン方面に移動した。  1.インドへの移動   ①パンジャーブ地方へ アーリヤ人は前1500 年頃にカイバル峠を越えてインド西北部に 入り,先住民を征服しつつ,インダス川中 流域のパンジャーブ地方に定着した。   ②ガンジス川流域へ 前1000年頃,東のガン ジス川流域に拡大。!鉄器の使用を開始。  2.宗教と社会   ①ヴァルナ(種姓) アーリヤ人がインドに 定着する過程で形成した₄つの身分階層。 のちのカースト制の基礎。    ▶バラモン…………祭司階層    ▶クシャトリヤ……武人・貴族階層    ▶ヴァイシャ………一般庶民階層    ▶シュードラ………隷属民階層   ②バラモン教 『リグ=ヴェーダ』(最古のヴェーダ)など₄つのヴェーダを聖典とする多神教で,雷や 火などを自然神として崇拝。のちに思弁的なウパニシャッド(奥義書)が編纂された。    ▶ウパニシャッド哲学……宇宙の根本原理であるブラフマンと個人の本質であるアートマンは究極的 に一致するという真理(梵ぼん我が一いち如にょ)を悟れば,輪りん廻ね転てんしょう生から解放されると説く。  3.諸王国の形成と新宗教の成立   *ガンジス川流域では,前₆世紀頃から多数の王国が形成され,商工業が発展した。コーサラ国・マガ ダ国などが有力となり,前₅世紀にマガダ国がコーサラ国を併合。   *クシャトリヤやヴァイシャが台頭する中,バラモン教の祭式万能主義への批判から新宗教が興った。    ▶仏教……開祖はガウタマ=シッダールタ(尊称は仏ブッ陀ダ・釈しゃ迦か牟む尼に)。八はっしょう正道どうを実践し,現世の苦し みを超越すること(解げ脱だつ)を求める。諸王朝の保護を受けて発展。紀元前後に大乗仏教が成立。    ▶ジャイナ教……開祖はヴァルダマーナ(尊称はマハーヴィーラ)。苦行を重視,徹底した不殺生主 義をとり,商人などの間に広まった。 アフガニスタン パキスタン インド スリランカ ネパール ブータン バングラデシュ ミ ャ ン マ ー 中華人民共和国 イ ン ダ ス 川 ガンジス川 は首都 ▼現代の南アジア アーリヤ人の進出地域 前1000年頃 前1000年頃∼ 前550年頃 前550年頃∼ 前400年頃 インダス文明の遺跡分布範囲 カイバル峠 ハラッパー モエンジョ=ダーロ ▼インダス文明とアーリヤ人の進出

本科 / Z Study サポート&トレーニング / 国公立・私大 世界史 見本

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古代インドなど/イスラーム史 1

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  古代インドの諸王朝

◆ 北インドの統一  1.マウリヤ朝(前317頃~前180頃)   ①マウリヤ朝の建国 アレクサンドロス大王の遠征軍がインド西北部に侵入した後の混乱に乗じ,チャ ンドラグプタがマガダ国のナンダ朝を倒してマウリヤ朝を建国した。都はパータリプトラ。   ②アショーカ王 第₃代の王。前₃世紀に南端部を除くインドを統一した。    ▶仏教の保護……第3回仏典結けつじゅう集を行わせ,各地にストゥーパ(仏塔)を築いた。また,セイロン 島(現在のスリランカ)などに上座部仏教を布教した。    ▶磨崖碑・石柱碑……普遍的な倫理であるダルマ(法)に基づく統治を志し,統治方針を記した碑文 を各地に残した。  2.クシャーナ朝(後₁~₃世紀)   *大月氏国から自立したイラン系民族の国。都はプルシャプラ(現在のペシャーワル)。   ①カニシカ王 ₂世紀頃にクシャーナ朝の全盛期を現出。大乗仏教の保護に努めた。   ②ガンダーラ美術 ガンダーラ地方では,ギリシア・ヘレニズム彫刻の影響を受けた仏教美術が発達 し,仏像の制作が始まった。 菩ぼ薩さつ信仰を中心とする大乗仏教とともに中央・東アジアに伝播。  3.グプタ朝(320頃~550頃)   ①チャンドラグプタ1世(位320頃~35頃) グプタ朝を建国,パータリプトラを都とした。   ②チャンドラグプタ2世(位376頃~415頃) インド北部をほぼ統一,グプタ朝の全盛期を現出。   ③グプタ朝の宗教・文化 バラモン教に民間信仰などが融合したヒンドゥー教が普及,インド的なグプ タ美術が発達した(アジャンター石窟寺院の壁画など)。仏教も栄え,東晋の僧法顕がグプタ朝時代 のインドを訪れた。₅世紀にはナーランダー僧院が建立され,仏教の教学研究の中心となった。    ▶サンスクリット文学……戯曲『シャクンタラー』を著したカーリダーサらが活躍。   ▷シヴァ神・ヴィシュヌ神などを信仰する多神教。  ▷『マヌ法典』を規範とする。   ▷サンスクリット語の₂大叙事詩『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』を聖典として扱う。  4.ヴァルダナ朝(₇世紀前半)   *ハルシャ=ヴァルダナが北インドの大部分を支配。都はカナウジ。唐から来た僧の玄げんじょう奘を厚遇。   *ハルシャ=ヴァルダナ死後の北インドでは,ラージプート諸王朝が分立・抗争した。 ◆ 南インドの諸王朝  ドラヴィダ系のタミル人の王朝などが興亡し,北インドの影響を受けつつ独自の文化が栄えた。   *サータヴァーハナ朝(前₁~後₃世紀):デカン高原を支配し,ローマなどと季節風貿易を行った。   *チョーラ朝(前₃世紀~後13世紀):盛時にはインド南部の大部分を支配し,東南アジアにも遠征。 マウリヤ朝 の最大領域 パータリプトラ クシャーナ朝 の最大領域 プルシャプラ サータヴァーハナ朝 パータリプトラ グプタ朝 の最大領域 カナウジ ヴァルダナ朝 の最大領域 ヒンドゥー教

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  東南アジア史(12世紀頃以前)

◆ ヴェトナムの諸国家  1.ヴェトナム北部   ①ドンソン文化 青銅器・鉄器文化で,独特な銅どう鼓こを製作したことで知られる。   ②秦の支配 前₃世紀後半,秦の始皇帝が南方遠征を行い,現在の広東・広西省からヴェトナム北部に かけての地域を征服し,郡県制によって支配した。   ③南越(前203~前111) 秦の衰退に乗じて,南海郡尉の 趙ちょう佗だが自立して建国。前漢の武帝に滅ぼされた。   ④漢の支配 武帝は南越の故地に南海₉郡を置いた(ヴェトナムには九真・交こう趾し・日南の₃郡を設 置)。後40年代,後漢の圧政に対し, 徴チュン姉妹( 徴チュンチャク側・ 徴チュン弐ニ)が反乱を起こしたものの鎮圧され, ヴェトナム北部は以後も長く中国の支配下に置かれた。 唐はハノイに安南都護府を設置。   ⑤10世紀の短期政権 唐の滅亡後,呉朝・丁朝(大だい瞿く越えつ国)・黎朝(前黎朝)などが興亡した。   ⑥李朝(1009~1225) 李り公こう蘊うんが建国したヴェトナム初の長期政権で,大越国と号した。首都は昇竜(ハ ノイ)。北宋の神宗が派遣した遠征軍を撃退し,独立を承認させた。また,南方のチャンパーと抗争 した。中国の文化・制度を積極的に受容し,儒教や仏教(禅宗)を導入したほか,科挙も実施した。  2.ヴェトナム南部   *チャンパー……マレー=ポリネシア語系のチャム人の国。後漢代の₂世紀後半,日南郡の支配から自 立して建国した。李朝・アンコール朝・元などの侵略を受けながらも,15~17世紀頃まで存続した。    !中国からは林りん邑ゆう(₂~₇世紀)・環王(₈~₉世紀)・占城(₉世紀後半~15世紀後半)と呼ばれた。 ◆ カンボジアの諸国家   ①扶南 ₁~₂世紀からメコン川下流域を支配した東南アジアの古代王朝で,クメール人(またはマ レー人)が建てたとされる。インドや中国との海上貿易で繁栄した。扶南の港と考えられるオケオか らは,ローマ帝国の金貨やガラスなどが出土。₇世紀半ば頃,同系の真臘によって滅ぼされた。   ②真しん臘ろう ₆世紀にメコン川中・下流域に成立したクメール人の国。    ▶アンコール朝(802頃~1432)……真臘の最盛期の王朝。都城のアンコール=トムや,12世紀にスー ルヤヴァルマン₂世がヒンドゥー教寺院として創建したアンコール=ワット(のち仏教寺院とな る)の遺跡が残る。 ◆ タイ・ビルマの諸国家   ①ドヴァーラヴァティ ₆世紀頃にモン人がチャオプラ ヤ川下流域(現在のタイ)に建国した。   ②パガン朝(1044~1299) ₈世紀頃イラワディ川流域 に栄えたピューが₉世紀に衰えたのち,ビルマ人がパ ガン朝を建国。ビルマ最初の統一王朝とされ,上座部 仏教を信仰し,多数の寺院を建設した。 ◆ 島とうしょ部の諸国家   ①シュリーヴィジャヤ王国(₇~14世紀) スマトラ島 南部のパレンバンを中心とし,海上貿易を独占して栄 えた。中国からは室利仏逝・三仏斉と呼ばれた。   ②シャイレンドラ朝 ₈世紀頃にジャワ島に興った。大 乗仏教の遺跡ボロブドゥールを残したとされる。 大理 北宋 李朝 アンコール朝 チャンパー シュリーヴィジャヤ王国 パ ガ ン 朝 アンコール=ワット ボロブドゥール ▼11世紀後半の東南アジア

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古代インドなど/イスラーム史 1

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  中南米の古代文明

◆ 古代のアメリカ大陸  南北アメリカ大陸では,紀元前からモンゴロイド系の先住民(インディオ・インディアン)が独自の文明 を築いた。とくに中南米では早くから農耕文化が栄えた。   *中南米の古代文明の特色    ▷トウモロコシ・ジャガイモなどを栽培し,灌漑農業も行っていた。    ▷馬・牛・ラクダなどの大型家畜はいなかった。    ▷鉄器や車輪は用いられなかった。 ◆ 中米(メソアメリカ)の諸文明 !メキシコを中心に発展  1.オルメカ文明   *メキシコ湾岸で前1200年頃から栄え,巨石人頭像などを残した。  2.テオティワカン文明   *メキシコのテオティワカンを中心として前₂~後₆世紀頃に栄えた。   *太陽のピラミッド,月のピラミッドなどを建設。  3.マヤ文明   *ユカタン半島やグアテマラで後₄世紀頃から都市文明が栄えた。階段ピラミッド状の石造の神殿,絵 文字(マヤ文字)などを残した。   *天文学を発達させ,精密な太陽暦を用いた。また,二十進法を用い,ゼロの概念を持っていた。   *トルテカ族の征服を受けたのち,16世紀にスペイン人により滅ぼされた。  4.アステカ文明   *アステカ族がメキシコ中央高原にアステカ帝 国を建国。都はテノチティトラン。   *神権政治を行い,15世紀頃から強勢となっ た。   *トルテカ文明やマヤ文明の影響を受けて,石 造の神殿や絵文字などを残した。 ◆ 南米の諸文明 !アンデス地方で発展  1.チャビン文明   *ペルー中北部で前1000年頃から栄えた。  2.インカ文明   *ケチュア族がインカ帝国を建国して後1200年 頃から勢力を伸ばし,15世紀後半にはエクア ドルからチリにかけての地域を支配した。都 はクスコ。   *王は太陽の化身として絶大な権力を持ってい た。   *文字はなく,縄の結び目で様々な情報を伝え るキープを使用。   *石造建築の技術が発達。代表的な都市遺跡は クスコ北方のマチュ=ピチュ。 ▼中南米の古代文明 テオティワカン テノチ ティトラン チャビン クスコ ティアワナコ ポトシ銀山 オルメカ文明 アステカ帝国 マヤ文明 (1545年,スペイン人により発見) イ ン カ 文 明 ▼アメリカ大陸原産の作物 トウモロコシ ジャガイモ サツマイモ トマト カボチャ 落花生 タバコ

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  イスラーム世界の成立

◆ イスラーム教の成立 !イスラーム教徒はムスリムとも呼ばれる。  1.イスラーム教成立以前のアラビア半島   *ビザンツ帝国とササン朝がシリアなどをめぐって抗争を続け たため,従来の東西交易路が途絶し,アラビア半島を経由す るルートが主流となり,紅海沿岸のヒジャーズ地方ではメッ カやヤスリブ(のちのメディナ)などの都市が繁栄した。  2. 預言者ムハンマドとその時代   ①イスラーム教の成立 メッカの商人ムハンマドは,40歳ぐらいの時に唯一神アッラーの啓示を受けて イスラーム教を創始し,徐々に信徒を集めた。富の独占を批判する彼の教えを危険視したメッカの商 人層の迫害を受けたムハンマドは,622年,信徒とともにメディナに移住し,ウンマ(イスラーム共 同体)を形成した。この移住はヒジュラ(聖遷)と呼ばれ,この年がイスラーム暦の紀元となった。   ▷唯一神アッラーに絶対帰依  ▷偶像崇拝は厳禁 ▷カーバ神殿に向けての礼拝(₁日₅回)   ▷ラマダーン(第₉月)の断食 ▷ジハード(聖戦) ▷巡礼  ▷豚肉を食べてはならない   ②ムハンマドの死 ムハンマドは630年にメッカを征服,在世中にアラビア半島のほぼ全域を影響下に 入れた。彼が632年に死去するとウンマ分裂の危機が訪れた。  3.正統カリフ時代   ①カリフ 神の使徒(=ムハンマド)の代理という意味で,イスラーム教徒の指導者。選出制で位に即 いた最初の₄人(アブー=バクル,ウマル,ウスマーン,アリー)を正統カリフという。   ②領域の拡大 第₂代正統カリフのウマルの時代,ビザンツ帝国からはシリア・エジプトを奪い,642 年のニハーヴァンドの戦いでササン朝を破った。各地にミスル(軍営都市)を形成。支配下のユダヤ 教徒やキリスト教徒は啓典の民とされ,人頭税のジズヤを納めることで信仰を認められた。   ③『コーラン』の編纂 アッラーが ムハンマドに授けたとされる啓示 を,第₃代正統カリフのウスマー ンが集録させた。アラビア語で記 されており,イスラーム教徒の生 活全般を規定。   ④シーア派 661年に暗殺された第 ₄代正統カリフのアリーの子孫の みを指導者と認める少数派(!多 数派はスンナ派)。 ◆ ウマイヤ朝(661~750)  ①ウマイヤ朝の成立 第₄代正統カリフのアリーが661年に暗殺されると,シリア総督のムアーウィヤが カリフを称してウマイヤ朝を開いた。都はダマスクス。  ②ウマイヤ朝の支配 カリフを世襲化した。アラブ人を優遇して免税特権などを与えたことから,“アラ ブ帝国”といわれる。東は中央アジアやインド北西部,西はイベリア半島に進出した。   ▶トゥール・ポワティエ間の戦い(732)……711年に西ゴート王国を滅ぼし,さらにピレネー山脈を越 えてフランク王国領に侵入したウマイヤ朝軍が,宮宰カール=マルテルに敗れた戦い。 ▼イスラーム世界の成立 メディナ メッカ 黒 海 ダマスクス コルドバ バグダード トゥール・ポワティエ間の戦い タラス河畔 の戦い 正統カリフ時代の領域 ウマイヤ朝時代の征服地 イェルサレム カイロ アラル海 ピ 海 カ ス ニハーヴァンドの戦い アラビア半島では偶像崇拝が行われ, 多神教が信仰されていた。カーバ神 殿のあるメッカは信仰の中心地で多 くの巡礼者を集め,また隊商貿易の 拠点としてもにぎわった。 ▼メッカ イスラーム教の教義とムスリムの義務の例

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古代インドなど/イスラーム史 1

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  イスラーム諸王朝

◆ アッバース朝(750~1258)   ①アッバース朝の成立 税制面などの不平等に直面した非アラブ人のムスリムや,ウマイヤ朝カリフの 正統性を否定するシーア派といった反ウマイヤ朝勢力を糾合したアブー=アルアッバースが,750年に ウマイヤ朝を倒してアッバース朝を樹立。第₂代カリフはティグリス河畔に新都バグダードを造営。    ▶タラス河畔の戦い(751)……中央アジアのタラス河畔でアッバース朝軍が唐軍を撃破した。      !捕虜となった唐の紙すき職人により,紙の製法がイスラーム世界に伝えられた(製紙法の西伝)。   ②“イスラーム帝国” アッバース朝はムスリムであれば非アラブ人でもジズヤ(人頭税)を免除し, アラブ人でも土地所有者であればハラージュ(地租)を課すこととした。また,イラン人などの非ア ラブ人を高級官職に登用するなど,『コーラン』に説かれるムスリムの平等を実現した。    ▶ハールーン=アッラシード(位786~809)……第₅代カリフ。アッバース朝の最盛期を現出した。 ◆ イスラーム世界の分裂  1.イベリア半島   ①後ウマイヤ朝(756~1031) アッバース朝成立に際し,イベリア半島に逃れたウマイヤ家の一族が建 国した。都はコルドバ。最盛期のアブド=アッラフマーン₃世は929年にカリフの称号を採用。   ②ナスル朝(1232~1492) 都はグラナダ。イベリア半島最後のイスラーム王朝となった。  2.アフリカ北西部(マグリブ)   ①ムラービト朝(1056~1147) ベルベル人が建国。都はモロッコのマラケシュ。11世紀末頃からイベ リア半島南部にも勢力を及ぼした。西アフリカのガーナ王国を攻撃し,崩壊に追い込んだ。   ②ムワッヒド朝(1130~1269) ベルベル人が建国。ムラービト朝を滅ぼしてマラケシュを都とし,イ ベリア半島南部にも進出した。  3.エジプト   ①ファーティマ朝(909~1171) シーア派の王朝。チュニジアに建国したのち,969年にエジプトを征 服し,新都カイロを建設した。アッバース朝に対抗し,建国当初からカリフの称号を採用した。   ②アイユーブ朝(1169~1250) クルド人の武将サラディン(サラーフ=アッディーン)が建国,エジプ ト・シリアを支配した。都はカイロ。第₃回十字軍と戦った。   ③マムルーク朝(1250~1517) 第₆回十字軍の攻撃を受ける中, クーデタでアイユーブ朝を倒したマムルーク軍団が建国した。都 はカイロ。エジプト・シリアを支配し,モンゴル人の進軍を阻止 したほか,十字軍の最後の拠点アッコンを奪った。  4.中央アジア・イラン   ①サーマーン朝(875~999) 中央アジアからイラン東部にかけての地域を支配。アム川以東から多く のトルコ人奴隷(マムルーク)を西アジアに供給した。   ②カラ=ハン朝(10世紀中頃~12世紀中頃) トルコ系の王朝。サーマーン朝を滅ぼし,東西トルキスタ ンのイスラーム化を促した。   ③ブワイフ朝(932~1062) イラン系の武将が建国。946年にバ グダードに入城,アッバース朝カリフから大アミールに任じら れた。支配層はシーア派。   ④セルジューク朝(1038~1194) トルコ系部族集団を率いる トゥグリル=ベクが建国。1055年にバグダードに入城してブワイ フ朝を駆逐,アッバース朝カリフからスルタンの称号を得た。 ▼マムル一ク トルコ人・モンゴル人・ギリシ ア人・スラヴ人などの奴隷。実 力を認められて軍団の司令官な どに昇進することも多かった。 ▼イクタ一制 軍人に俸給を与える代わりに分与 地を保有させ,徴税権を授与する制 度。 ブ ワ イ フ 朝 で 始 ま っ て セ ル ジューク朝で発展した。エジプトに はアイユーブ朝の建国者サラディ ンが導入した。

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◆ イスラーム世界の拡大  1.インドのイスラーム化   ①ガズナ朝(962~1186) サーマーン朝のマムルークであったアルプテギンがアフガニスタンに建国。 10世紀末以来,北インドへの侵入を繰り返した。   ②ゴール朝(1148頃~1215) ガズナ朝を滅ぼしてアフガニスタンを支配,北インドに侵入した。   ③デリー=スルタン朝 デリーを都とする₅つのイスラーム王朝(奴隷王朝・ハルジー朝・トゥグルク 朝・サイイド朝・ロディー朝)の総称。アフガン系のロディー朝を除く₄王朝はトルコ系。    ▶奴隷王朝(1206~90)……ゴール朝の武将であったアイバクが自立してインドに樹立した。  2.東南アジアのイスラーム化   *マラッカ王国(14世紀末頃~1511)が15世紀半ばに東南アジア最初のイスラーム教国となった。  3.西アフリカのイスラーム化    ①マリ王国(1240~1473) ニジェール川中・上流域を支配,北方からもたらされる塩と領内で産する 金とを交換するサハラ縦断貿易で栄えた。トンブクトゥが経済・文化の中心となった。    ▶マンサ=ムーサ……14世紀前半の王。大量の金を持ってメッカ巡礼に出かけたことで有名。   ②ソンガイ王国(1464~1591) マリ王国を滅ぼし,ニジェール川流域を支配した。都はガオ。  4.スワヒリ文化の形成   *アフリカ東部沿岸地域では,マリンディ・モンバサ・キルワといった港市にムスリム商人が定住。土 着のバントゥー語にアラビア語が混ざってスワヒリ語が成立するなど,独自の文化が栄えた。 600 700 800 900 1000 1100 1200 1300 1400 1500 1600 正統カリフ時代 ウ マ イ ヤ 朝 アッバース朝 オスマン 帝 国 ダマスクス バグダード イスタンブル 後ウマイヤ朝 コルドバ ナスル朝 グラナダ ファーティマ朝 カイロ ファーティマ朝 カイロ イル ハン国 タブリーズ ティムール朝 サマルカンド サファヴィー朝 イスファハーン アイユーブ朝 カイロ マムルーク朝 カイロ ムラービト朝 ムワッヒド朝 サーマーン朝 ブハラ ガズナ朝 ガズナ ホラズム    朝 ブワイフ朝 セルジューク朝 ゴール朝 奴隷王朝 ハルジー朝 ロディー朝 ムガル帝国 サイイド朝 カラ ハン朝 チャガタイ ハン国 トゥグ  ルク朝 ※① ※② ※① ブハラ ハン国 ※② ヒヴァ ハン国 イベリア半島 アフリカ北西部 エジプト 西 ア ジ ア 中央アジア アフガニスタンインド デ リ ー ス ル タ ン 朝 都市名は主な都

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古代インドなど/イスラーム史 1

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  イスラーム文化 

◆ イスラーム文化の特徴   *イスラーム教とアラビア語を核とし,イスラーム圏の拡大に伴って各地で受容された普遍的な文化。 同時に,各地域・民族の特色を融合させつつ地域ごとに独自の発展を遂げた。     イラン=イスラーム文化・インド=イスラーム文化などが成立。   *イスラーム文化は,商人や手工業者を主な担い手とする都市の文化として展開した。 ◆ イスラーム世界の学問・文学  1.“固有の学問”   *アラビア語の言語学や『コーラン』の研究に関わる学問。法学・神学・文法学・歴史学などを含む。 ムハンマドの言行などに関する伝承(ハディース)や『コーラン』を典拠とするシャリーア(イスラ ーム法)が発達した。   ①神学 ウラマーと呼ばれる学者が神学・法学上の問題を裁定した。また,各王朝はマドラサと呼ばれ る教育機関を設立し,ウラマーの育成に努めた。このうち,セルジューク朝の宰相ニザーム=アルム ルクが各地に設けたものをニザーミーヤ学院という。    ▶スーフィー……イスラーム神秘主義者のこと。難解な神学・法学の解釈に反発し,修行による神と の合一体験を重視した。インド・中央アジア・東南アジアなどへのイスラーム教普及にも貢献。   ②歴史学 14世紀後半に『世界史序説』を著したチュニス出身のイブン=ハルドゥーンが最も有名。ま た,イル=ハン国の宰相ラシード=アッディーンは14世紀前半に『集史』を著した。  2.“外来の学問”   *非アラブ人起源の学問。ギリシア・インドで発達した哲学・医学・数学・天文学などを含む。   *哲学・医学などの研究成果は,中世の西ヨーロッパに大きな影響を与えた。   ①哲学 ギリシア語文献をアラビア語に翻訳し,アリストテレス哲学などを研究。12世紀にはコルドバ 出身のイブン=ルシュド(ラテン名アヴェロエス)がアリストテレスの著作の註釈を行った。   ②医学 11世紀前半,イブン=シーナー(ラテン名アヴィケンナ)が『医学典範』を著した。   ③数学 インドからゼロの概念や十進法を学び,インド数字をもとにアラビア数字を作った。また,₉ 世紀前半,フワーリズミーが代数学を創始した。   ④天文学 天体観測技術や暦学が発達。セルジューク朝時代の11世紀後半,ウマル(オマル)=ハイヤー ムらの参加によりジャラリー暦が制定された。  3.文学作品など   *アラビア語の韻文・散文が中心。のちペルシア語文学やトルコ語文学も発達した。    ▶『千夜一夜物語(アラビアン=ナイト)』……インドの説話文学から発展した物語集。    ▶『シャー =ナーメ(王の書)』……フィルドゥシーが11世紀前半に完成させたペルシア語の大叙事詩。    ▶『ルバイヤート』……ウマル=ハイヤームが著したペルシア語の四行詩集。    ▶『三大陸周遊記』……モロッコのタンジール出身のイブン=バットゥータによる旅行記。 ◆ イスラーム世界の建築・美術   *建築では,礼拝所であるモスクとそれに附属するミナレット(光塔),スークやバザール(市場),キ ャラヴァンサライ(隊商宿)などが数多く建てられた。    ▶アルハンブラ宮殿……ナスル朝が都のグラナダに造営した宮殿。   *美術では,アラビア文字や植物などを図案化した幾何学的な装飾文様であるアラベスクが発達。また, ミニアチュール(細密画)が写本装飾としてイラン・インドなどで発展した。

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用語チェック2

インダス文明とアーリヤ人  □ (①        )系の民族を担い手として成立したと考えられるインダス文明の代表的な遺跡 には,インダス川中流域の(②        )や下流域のモエンジョ=ダーロなどがある。  □ インド=ヨーロッパ語系の(③        )人は,前1500年頃にカイバル峠を越えてインド西 北部に侵入し,パンジャーブ地方に定住した。  □ インドでは前10世紀頃以降,(④        )という₄つの身分に基づく階級社会が成立し, その最上位に位置する祭司階層のバラモンは,『(⑤        )』などを聖典とするバラモン教 を形成した。  □ 前₆世紀頃以降,バラモン教に対する批判が起こる中,(⑥        )を開祖とするジャイ ナ教が開かれた。 古代インドの諸王朝  □ 前317年頃に(⑦        )が建てたマウリヤ朝は,前₃世紀のアショーカ王の時代に最盛 期を迎えた。  □ 後₁世紀に大月氏国から独立した(⑧        )朝は,プルシャプラを都とし,インド西北 部を支配した。  □ 320年頃に建国されたグプタ朝の下では,(⑨        )に都が置かれ,カーリダーサの戯曲 『(⑩        )』などのサンスクリット文学が栄えた。  □ 前₁世紀,デカン高原に(⑪        )朝が興り,ローマなどとの季節風貿易で繁栄した。 東南アジア史(12世紀頃以前)  □ ヴェトナム北部では,前₄世紀頃までに,銅鼓を製作したことで知られる(⑫        )文 化という青銅器・鉄器文化が広がった。  □ 後₆世紀にメコン川の中・下流域に成立した真臘は,₉~15世紀の(⑬        )朝の時代 に全盛期を迎えた。  □ ビルマ人が1044年に建てた(⑭        )朝は,ビルマ最初の統一王朝とされる。  □ ₈~₉世紀頃にジャワ島に建国された(⑮        )朝は,大乗仏教の遺跡ボロブドゥール を残したとされている。 解答 ① ドラヴィダ  ② ハラッパー  ③ アーリヤ  ④ ヴァルナ  ⑤ リグ=ヴェーダ   ⑥ ヴァルダマーナ  ⑦ チャンドラグプタ  ⑧ クシャーナ  ⑨ パータリプトラ   ⑩ シャクンタラー  ⑪ サータヴァーハナ  ⑫ ドンソン  ⑬ アンコール  ⑭ パガン   ⑮ シャイレンドラ  

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古代インドなど/イスラーム史 1

2

中南米の古代文明  □ 中南米では紀元前から古代文明が発達しており,(⑯        )やジャガイモ・サツマイモ などが栽培され,灌漑農業も行われていた。  □ メキシコ中央高原に建てられ,15世紀頃から強勢となった(⑰        )帝国は,テノチ ティトランを都とした。  □ 南米では,(⑱        )を都としたインカ帝国が1200年頃から勢力を伸ばし,15世紀頃に エクアドルからチリまでを支配した。インカ文明には文字がなく,縄の結び目で様々な情報を伝える (⑲        )という記録法が用いられた。 イスラーム世界の成立  □ メッカの商人ムハンマドは,610年頃に唯一神(⑳        )の啓示を受け,イスラーム教 を創始した。  □ ムハンマドの死後,選出制でカリフ位に即いた正統カリフのうち,第₄代の(㉑        ) は661年に暗殺された。  □ (㉒        )に都を置いたウマイヤ朝は,ヨーロッパに進出して西ゴート王国を滅ぼした が,732年の(㉓        )の戦いでフランク王国軍に敗れ,ピレネー山脈以南に後退した。 イスラーム諸王朝  □ ウマイヤ朝を滅ぼして成立した(㉔        )朝は,第₅代カリフのハールーン=アッラ シードの時代に最盛期を迎えた。  □ イベリア半島最後のイスラーム王朝となった(㉕        )朝は,グラナダを都とした。  □ 1169年,クルド人の武将(㉖        )がアイユーブ朝を建てた。  □ 1055年にバグダードに入城したセルジューク朝は,( ㉔ )朝カリフから(㉗        ) の称号を与えられた。  □ 12世紀半ばにアフガニスタンに興ったゴール朝の武将(㉘        )は,1206年,インド最 初のイスラーム王朝である奴隷王朝を建てた。  □ アフリカでは,ベルベル人がアフリカ北西部に建てた(㉙        )朝やムワッヒド朝,13 世紀にニジェール川流域に興った(㉚        )王国などがイスラーム教国として栄えた。 イスラーム文化  □ (㉛        )が著した『医学典範』や,(㉜        )が創始した代数学は,ヨー ロッパでの学問の発展にも大きな影響を与えた。  □ フィルドゥシーの『(㉝        )』やウマル=ハイヤームの『(㉞        )』はペ ルシア語文学の代表的作品である。 解答 ⑯ トウモロコシ  ⑰ アステカ  ⑱ クスコ  ⑲ キープ  ⑳ アッラー  ㉑ アリー ㉒ ダマスクス  ㉓ トゥール・ポワティエ間  ㉔ アッバース  ㉕ ナスル  ㉖ サラディン  ㉗ スルタン  ㉘ アイバク  ㉙ ムラービト  ㉚ マリ  ㉛ イブン=シーナー   ㉜ フワーリズミー  ㉝ シャー =ナーメ  ㉞ ルバイヤート

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イスラーム世界の成立

XWQA2A-Z1J2-01

2

アッバース朝

アッバース朝時代のイスラーム世界について,120字以内で説明せよ。 解答欄 解法 ■ アッバース朝に関する基本事項の確認  空欄①~⑧に適当な語句を入れつつ,解答の骨組みを考えていこう。  ⑴アッバース朝の成立 アッバース朝は ① 年に反ウマイヤ朝勢力を結集して樹立された。     ◎非アラブ人のムスリム(イスラーム教徒)……イラン人などの非アラブ人は,イスラーム教への 改宗後も ② を免除されないなど,免税特権を有するアラブ人との不平等に不満を募らせた。      ※ ② は征服地の異教徒に課せられた人頭税である。     ◎ ③ 派……第₄代正統カリフのアリーとその子孫のみを預言者ムハンマドの後継者と認める イスラーム教の少数派で,スンナ派のウマイヤ朝による支配を不当なものと主張した。     ◎その他の反対勢力……スンナ派のアラブ人の中にも,ウマイヤ家による支配に不満を抱く者は多 かった。  ⇩  アッバース朝革命:ムハンマドの叔父の子孫(アブー=アルアッバース)が,ウマイヤ朝 を倒し,アッバース朝の初代カリフとなった。

問題

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イスラーム世界の成立

2

 ⑵アッバース朝の支配   ◎アッバース朝革命に協力したシーア派を粛清。   ◎アラブ人の特権を廃止し,アラブ人地主に地租の ④ を賦課するとともに,イスラーム教徒は民 族を問わず ② を免除することとした。   ◎宰相や書記といった高級官僚にイラン人など非アラブ人も登用した。    ⇨神の前での信徒の平等を説くイスラーム教の理念に沿っている。   ◎カリフは ⑤ (イスラーム法)に基づく統治をめざした。カリフの権威は高まり,一時は神格化 されるに至った。   ◎762年,第₂代カリフのマンスールがティグリス河畔に新都 ⑥ を建設。    ⇨イスラーム世界の政治・経済・文化の中心として繁栄。   ◎第₅代カリフの ⑦ の時代に最盛期を迎えた。  ⑶アッバース朝期のイスラーム世界の状況   ◎ウマイヤ朝の滅亡後,その残党がイベリア半島に後ウマイヤ朝(756~1031)を樹立。   ◎10世紀初頭,チュニジアに ③ 派のファーティマ朝が成立,その君主がカリフを称する。    ⇨後ウマイヤ朝の君主もカリフの称号を採用,イスラーム世界には₃人のカリフが鼎てい立りつすることと なった。   ◎このほか,サーマーン朝・ブワイフ朝・セルジューク朝といったイラン系・トルコ系の地方政権が相 次いで樹立され,イスラーム世界の分裂が進んだ。    ⇨アッバース朝カリフは10世紀半ば以降,ブワイフ朝によって傀かい儡らい化された。また,1055年にブワイ フ朝を駆逐して ⑥ に入城したセルジューク朝の君主に ⑧ の称号を与え,世俗権力を委ね た。   ◎13世紀に入ってモンゴル人が勢力を拡大する中,アッバース朝は1258年にフラグによって滅ぼされ た。 空欄の解答 ① 750  ② ジズヤ  ③ シーア  ④ ハラージュ  ⑤ シャリーア  ⑥ バグダード  ⑦ ハールーン=アッラシード  ⑧ スルタン ■ 答案の構成についての検討  何を盛り込めばよいのか検討する際には,問題文から出題者の要求を正確に読み取らなければならない。 本問では「アッバース朝について」ではなく,「アッバース朝時代のイスラーム世界について」書くこと が求められているので,アッバース朝成立の背景・事情などは書かなくてよい。アッバース朝の支配の特 色や当時のイスラーム世界の状況が論述の軸になるということを念頭に置き,上記の中から重要な事項を ピックアップしながら答案の素案を作成してみよう。  *素案 a   「₈世紀半ばに成立したアッバース朝では,カリフの権威が高まって神格化され,諸民族の平等が実現 された。また,新都として築かれたバグダードがイスラーム世界の経済・文化の中心として発展した。 しかし,その一方で各地に地方政権が分立し,10世紀以降は後ウマイヤ朝とファーティマ朝の君主がカ リフを称し₃カリフ国が鼎立するなど,イスラーム世界の分裂も進んだ。」(170字)    ⇨50字オーバーしているので,まずは修飾的な語句などを省いて各ポイントのスリム化をはかる。簡 潔な表現を心掛ければ,同じ字数でもより多くのポイントを盛り込むことができ,内容の豊かな答 案に仕上げることができる。素案 a の波線部分を削ると素案 b のようになる。

(13)

問題

解答例  *素案 b   「アッバース朝ではカリフの権威が高まり,諸民族の平等が実現された。また,都のバグダードがイス ラーム世界の中心として発展した。しかし,その一方で各地に地方政権が分立し,10世紀以降は後ウマ イヤ朝とファーティマ朝の君主がカリフを称するなど,イスラーム世界の分裂も進んだ。」(131字)    ⇨さらに11字分を削るには様々な方法が考えられる。本問ではウマイヤ朝との比較が問われているわ けではないことから「諸民族の平等」の部分は省略可能と判断,これを削除し,先に削った要素の 一部を戻して字数を調整すると以下の解答例のようになる。 アッバース朝ではカリフの権威が高まり,都のバグダードがイスラーム世界の中心として発展した。 その一方で各地に地方政権が分立し,10世紀以降は後ウマイヤ朝とファーティマ朝の君主がカリフ を称し₃カリフ国が鼎立するなど,イスラーム世界の分裂も進んだ。(120字)

アッバース朝とウマイヤ朝

 アッバース朝時代のイスラーム世界についてウマイヤ朝時代と比較し,その相違点を120字以内で説 明せよ。 解答欄 解法 ■ ウマイヤ朝に関する基本事項の確認  空欄①~③に適当な語句を入れつつ,解答の骨組みを考えていこう。  ⑴ウマイヤ朝の成立   ◎第₄代正統カリフのアリーが反対派に暗殺されたのち,彼と敵対していたシリア総督の ① がカ リフを称し,ウマイヤ朝を創始した。   ◎ ① はシリアの ② を都と定めた。

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イスラーム世界の成立

2

解答例  ⑵ウマイヤ朝の支配   ◎カリフの世襲を開始した。    ※それ以前の₄人のカリフは,信徒の中から選出されて位に即いたことから,後世に理想化されて正 統カリフと呼ばれるようになった。   ◎シーア派を弾圧した。   ◎アラブ人を優遇し,非アラブ人のイスラーム教徒を差別したことから,“ アラブ帝国 ” といわれる。    ⇨これに対し,イスラーム教徒の平等が実現したアッバース朝は “ ③ ” といわれる。   ◎西はイベリア半島,東は中央アジア・西北インドに至る広大な領土を支配した。 ■ アッバース朝との比較  ⑴共通点   ◎カリフは世襲   ◎スンナ派の王朝でシーア派を弾圧  ⑵相違点   ◎ウマイヤ朝の都は ② ,アッバース朝の都はバグダード   ◎ウマイヤ朝はアラブ人を優遇,アッバース朝ではイスラーム教徒間の不平等を解消   ◎ウマイヤ朝は全イスラーム世界を支配,アッバース朝では地方政権が分立 空欄の解答 ① ムアーウィヤ  ② ダマスクス  ③ イスラーム帝国 ■ 答案の構成についての検討  「相違点」が問われているので,共通点には触れる必要がない。上では₃つの相違点を挙げたが,最も重 要なのは₂つ目なので,これを中心に述べる。  *素案 a   「ウマイヤ朝はアラブ人を優遇し,全イスラーム世界を支配したが,アッバース朝時代には不平等が解 消される一方で,地方政権の分立によってイスラーム世界の分裂が始まった。」(80字)    ⇨必要なポイントは概ね盛り込まれているが,無理に₁つの文で書いているため,主語が途中で変わ り,まとまりのない文になってしまっている。字数に余裕があるので,₂つの文に分けた上で比較 のポイントごとに記述してみよう。  *素案 b   「ウマイヤ朝はアラブ人を優遇したが,アッバース朝では不平等が解消された。また,ウマイヤ朝は全 イスラーム世界を支配したが,アッバース朝時代には地方政権の分立によってイスラーム世界の分裂が 始まった。」(96字)    ⇨「アラブ人の優遇」の部分を具体的に説明するなど,表現の細部を見直して,制限字数に近づけて いこう。 ウマイヤ朝はアラブ人を税制面などで優遇したのに対し,アッバース朝時代にはイスラーム教徒の 平等が実現した。また,ウマイヤ朝は全イスラーム世界に支配を及ぼしたが,アッバース朝時代に なると,地方政権の成立によってイスラーム世界は分裂していった。(119字)

(15)

2

インド・アフリカの諸文明

XWQA2A-Z1J3-01

問題

古代のインド

 下記の設問に答えなさい。 ⑴ インダス文明についての説明として,誤っているものを選びなさい。 ㋐ 代表的な遺跡として,パンジャーブ地方のモヘンジョ=ダロが知られている。 ㋑ 穀物倉庫・大浴場・排水設備が発見されている。 ㋒ 青銅器・木綿織物・秤はかりが発見されている。 ㋓ 陸路と海路によって西アジアのメソポタミア諸都市と交易をおこなっていた。 ⑵ インドに進出したアーリヤ人に関連する記述として適切なものを選びなさい。 ㋐ ドラヴィダ系の民族であった。 ㋑ 前1500年頃までには諸部族を束ねる王が強大な権力を握り,都市を建設した。 ㋒ インダス文明の時代にあった牛を神聖視する風習はすたれた。 ㋓ 自然界の現象に神性を認めて崇拝した。 ⑶ 古代インドの身分制度に関するつぎの文の下線部㋐~㋓のうち,誤っているものを選びなさい。  ヴェーダ時代の後半には,バラモンを最上位とし,それに続くクシャトリア,ヴァイシャ,さらに 征服された先住民㋐を中心とした最下位のシュードラからなる₄つのヴァルナ㋑が生まれた。この₄ つの身分を大枠として,職業・出自・言語などによる集団(ジャーティ)㋒がしだいに細分化して いった。この身分制度は『マヌ法典』に由来する㋓カーストの名でよばれるようになる。 ⑷ バラモン教に関連する記述として,適切なものを選びなさい。 ㋐ バラモン教は,アーリヤ人社会に長く伝えられてきたヴェーダを排除してうまれたバラモンの祭 式や言行を,生活の根本原理として位置づける宗教である。 ㋑ バラモンは自らの権威を高めるとともに,儀礼を単純化していった。 ㋒ バラモン教でとくに人々の信仰の対象になったのは,シヴァ神やヴィシュヌ神であった。 ㋓ バラモンを頂点とした身分制度は,ヒンドゥー教がインド人の宗教の主流となったあとも,イン ド社会を規定し続けた。 ⑸ 「ウパニシャッド」に関する説明として,適切なものを選びなさい。 ㋐ 『リグ=ヴェーダ』のもとになったインド最古の宗教哲学書である。 ㋑ 宇宙の根源であるアートマンと人間存在の根源であるブラフマンとの同一性について論じている。 ㋒ バラモンによる宗教儀式の形式化について批判的な考え方が示されている。 ㋓ 輪廻からの解脱を否定する立場をとっている。 ⑹ ジャイナ教についての説明として適切なものを選びなさい。 ㋐ 開祖ヴァルダマーナは,インダス川中流域の小王国に生まれた。 ㋑ ジャイナ(ジナ)とは「弱い者」の意味で,苦行することなく解脱することができるのだと説いた。 ㋒ バラモンの権威を否定し,不殺生主義を唱えた。 ㋓ 開祖はバラモン階層出身であったが,その教えはおもに商人層に広まった。 ⑺ カニシカ王とその時代に関する説明として適切なものを選びなさい。 ㋐ 中央アジアの一部から,ガンジス川中流域までを支配し,オアシスの道や西北インドの海港をお さえた。 ㋑ ガンダーラ地方のパータリプトラを首都とした。 ㋒ クシャーナ朝で発展した仏教は,一般に小乗仏教とよばれる。

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インド・アフリカの諸文明

2

㋓ 仏教成立当初からさかんにつくられていた仏像に,あらたにヘレニズム文化の影響が重なり,ギ リシア彫刻の神像に似た仏像があらわれた。 ⑻ グプタ朝の宮廷詩人カーリダーサの戯曲として著名なものはつぎのどれか。 ㋐ 『マハーバーラタ』  ㋑ 『ラーマーヤナ』  ㋒ 『パンチャタントラ』 ㋓ 『シャクンタラー』 ⑼ グプタ朝期に仏教教学の中心となったのはつぎのどこか。 ㋐ アジャンター  ㋑ ナーランダー  ㋒ サーンチー  ㋓ エローラ 【南山大学 法・外国語学部(改)】 解答欄  ⑴ 〔   〕  ⑵ 〔   〕  ⑶ 〔   〕  ⑷ 〔   〕  ⑸ 〔   〕 ⑹ 〔   〕  ⑺ 〔   〕  ⑻ 〔   〕  ⑼ 〔   〕 解法 §実際の入試問題では,設問の前に20行のリード文が提示されている。歴史の理解の仕方というものを考え る上で示唆に富んだ文章であるが,解答する上では不要と判断したため,ここでは割愛した。 §このような₄択の正誤問題はセンター試験と似た形式であるが,私立大入試では教科書に記載されていな い内容が取り上げられることも少なくないため,概してセンター試験より難度が高いといえる。 ⑴ インダス文明の遺跡では,パンジャーブ地方(インダス川中流域)のハラッパー,シンド地方(インダ ス川下流域)のモエンジョ=ダーロ(モヘンジョ=ダロ)がとくに有名である。このことさえ押さえていれ ば,㋑~㋓の正誤判定に自信がなくても正解できる。㋒と㋓はやや専門的な内容であるが,部分的に言及し ている教科書もあるので,この機会に覚えておくとよいだろう。なお,ハラッパーとモエンジョ=ダーロは 現在のパキスタン領にあるが,インド領のドーラヴィーラーも近年脚光を浴びている。 ⑵ アーリヤ人について,ⅰ)インドやイランに定着したインド=ヨーロッパ語系民族である,ⅱ)インド には前1500年頃に侵入し,前1000年頃以降ガンジス川流域に定着した,ⅲ)自然神を崇拝する多神教のバラ モン教を確立し,牛を神聖視した,といった点はぜひ押さえておきたい。ここまでで㋐・㋒・㋓の正誤が判 断できるので正解は㋓だとわかる。なお,㋑について迷うかもしれないが,部族体制の下にあったアーリヤ 人の王たちが強大な権力を握って専制的な王国を築いていったのは,ガンジス川流域への移動ののちであ る。マガダ国やコーサラ国が興った時期が前₆世紀であることを想起し,「王が強大な権力を握り」という 部分が誤りであると見当をつけよう。なお,ガンジス川流域に都市が成立したのは前700年前後のことであ るといわれている。 ⑶ インドの身分制は一般的に “カースト制” と呼ばれることが多いが,この語はポルトガル語で血統や種 別を意味する “カスタ” に由来するものである。近年の高校世界史の教科書では,古代インドの文献に見ら れる “ヴァルナ” やこれを細分化した “ジャーティ” という語でこの身分制度を説明するようになってきて いる。これらの語はそれぞれ “色” と “生まれ” を意味している。 ⑷ 現在のインドで広く信仰されているヒンドゥー教は,バラモン教に民間信仰や仏教などが融合して成立 した宗教であり,バラモン教の身分制度や聖典などを受け継いでいる。㋐の「ヴェーダ」はバラモン教の聖 典の総称であり,これに基づいて祭祀を司る㋑のバラモンは,儀礼を複雑化することによって自らの権威を 確立・維持したといわれる。㋒は少し難しいが,シヴァ神やヴィシュヌ神はヒンドゥー教において信仰され た神々であり,バラモン教では火の神アグニや雷の神インドラが信仰の対象とされたということをこの機会 に覚えておくとよいだろう。 ⑸ 「ウパニシャッド」についての基本事項を正確に覚えていれば,迷わず判断できる問題である。 ⑹ 誤文の内容はかなり細かい。このような設問では,判断に迷う選択肢は保留にして,まずはすべての選 択肢に目を通すこと。ジャイナ教は徹底した不殺生を説いたこと,仏教と同様にバラモン教を否定する新し

(17)

問題

解答 い宗教として成立したことを理解していれば,ダイレクトに正解を選べる。なお,㋐は「インダス川中流域」, ㋑は『「弱い者」の意味』という部分が怪しそうだという程度には鼻が利くようになってほしい。ヴァルダ マーナはガンジス川中流域のビハールでクシャトリヤの家に生まれた。また彼は,新宗教を創始し “偉大な 英雄” を意味するマハーヴィーラ,“勝者” を意味するジナ(ジャイナ)の尊称で呼ばれた。 ⑺ ㋐の後半部分は若干判断に迷いそうであるが,㋑~㋓の誤りが一目瞭然なので困難なく解答できるだろ う。ガンダーラ地方のプルシャプラ(現在のペシャーワル)を首都としたクシャーナ朝では,カニシカ王が 最盛期を現出し,大乗仏教が栄えた(㋑・㋒)。また,仏教成立当初は仏陀を人間の姿ではなく菩ぼ提だい樹じゅや法ほう 輪 りん ・仏足などにより象徴的に表現した。仏像が初めて作られたのは,後₁世紀以降のことである(㋓)。 ⑻ これも正解はすぐに選べるだろう。カーリダーサはグプタ朝のチャンドラグプタ₂世時代(376~415 頃)の詩人で,サンスクリット文学の最高峰と評される『シャクンタラー』の著者である。誤りの選択肢の うち,㋐と㋑は問題ないとして,㋒の『パンチャタントラ』は初めて見る諸君がほとんどだろう。“₅つの 物語” を意味する題名の『パンチャタントラ』はサンスクリット語の説話集で,ペルシア文学やアラブ文学 に大きな影響を与えたといわれている。 ⑴ ㋐  ⑵ ㋓  ⑶ ㋓  ⑷ ㋓  ⑸ ㋒  ⑹ ㋒  ⑺ ㋐  ⑻ ㋓  ⑼ ㋑

アフリカの諸王国

 次の文の( ₁ )~( 10 )に入れるのに最も適当な語句を下記の語群から選び,その記号を記 しなさい。  西アフリカの( 1 )川流域では,13世紀以降( ₂ )王国が隆盛となり,最盛期の王( ₃ ) は,メッカ巡礼時に大量の金を携えたとして名を馳せた。15世紀に( ₄ )王国が取って代わり,首 都ガオや,アフリカ内陸部におけるイスラームの学問的中心として知られた( ₅ )などの都市が繁 栄した。  またその頃,インド洋にのぞむ東アフリカ沿岸の海港都市は,三角帆を備えた木造船である( ₆ ) 船を利用した貿易で繁栄した。首都( ₇ )を中心にザンベジ川流域に勢力を張った( ₈ )王国 からは,金や奴隷,象牙などが西アジア方面に運ばれた。また,アフリカにもたらされた産品の代表的 なものとしては,インド産の( ₉ )や中国産の( 10 )が知られている。 〔語 群〕 ア ジンバブエ イ ナイル ウ トンブクトゥ エ ガーナ オ マリ カ モンバサ キ マラケシュ ク コンゴ ケ アクスム コ ニジェール サ ソンガイ シ モノモタパ ス キルワ セ マンサ=ムーサ ソ マンスール タ マフムード チ ガレー ツ ガレオン テ ダウ ト 毛織物 ナ 馬 ニ 木綿製品 ヌ 葡ぶ萄どう酒 ネ 陶磁器 ノ 小麦 【関西大学 総合情報・文・法学部(改)】

(18)

インド・アフリカの諸文明

2

解答 解答欄  ₁ 〔   〕  ₂ 〔   〕  ₃ 〔   〕  ₄ 〔   〕  ₅ 〔   〕  ₆ 〔   〕  ₇ 〔   〕  ₈ 〔   〕  ₉ 〔   〕  10 〔   〕 解法 §アフリカ史は手薄になりがちな分野であるが,時にはまとまった形で出題されることもあるので,今のう ちに苦手意識を払ふっ拭しょくしておくようにしたい。本問には出てこないが,北アフリカの諸地域で興亡した諸国 家も重要である。 §空欄補充問題では空欄の前後のみを見て解答する人が多いが,早とちりを防ぐには,やはり文章をきちん と読むのが一番である。制限時間に対して問題文があまりにも長い場合には,流し読みをしなければなら ないこともあるが,その場合にも空欄の前後は慎重に読んで,文脈に合っているか,同じ番号の空欄が複 数箇所に設けられていないか,などをチェックしつつ解答したい。 ₁~₅ このように数行の中に多くの空欄が設けられている問題では,番号順に埋めていくよりも,区切り のよいところまで読んだ後で自信のある空欄から順に埋めていった方が,確実で能率もよいという場合があ る。本問では「13世紀以降」という記述から空欄₂に入る語句を考えるのではなく,「メッカ巡礼」のエピ ソードから空欄₃に入る王名を「マンサ=ムーサ」と特定し,空欄₂が「マリ」王国で,これに代わった空 欄₄が「ソンガイ」王国であると判断すればよいだろう。この₂つの王国が栄えたのは「ニジェール」川流 域(空欄₁),「イスラームの学問的中心」として繁栄した都市は「トンブクトゥ」(空欄₅)である。 ₆ 近年の高校世界史では人の移動や文物の交流などが重視されているので,以前は取り上げられることの 少なかった「ダウ船」といった語句が大部分の教科書に登場するようになった。ダウ船については「インド 洋」「三角帆を備えた木造船」といった表現が鍵となる。これに対し,中国商人が使用した木造帆船はジャ ンク船と呼ばれる。なお,チの「ガレー」船は,主に地中海で使用された軍用船である。またツの「ガレオ ン」船は,15~16世紀に西ヨーロッパ諸国で建造された帆船で,16世紀後半以後,スペインがメキシコと フィリピンを結ぶガレオン貿易(アカプルコ貿易)に使用したことで知られる。名称を覚えるだけではな く,教科書や図説でどのような形の船か見ておくとよい。 ₇・₈ 「ザンベジ川」を知っていれば簡単に答えられるので,日頃から地図を参照する習慣をつけておこ う。どこを流れている川なのかわからない場合は,「東アフリカ沿岸の海港都市」についての記述の続きに 出てくることから類推することになる。マリンディ・モンバサ・キルワ・ソファラといった海港都市の近辺 に存在した王国の名を〔語群〕の中から探し,シの「モノモタパ」王国,そしてその首都と考えられるアの 「ジンバブエ」にたどり着きたい。 ₉・10 海の道を利用してダウ船やジャンク船で運ばれた各地の特産品は,できれば自分で列挙できるよ うにしておきたいが,本問では商品名を挙げた選択肢ト~ノの中から絞り込んでいこう。問題文の「アフリ カにもたらされた」という記述は気にする必要はなく,インドの特産品であるニの「木綿製品」,中国の特 産品であるネの「陶磁器」を選べばよい。 ₁ コ  ₂ オ  ₃ セ  ₄ サ  ₅ ウ  ₆ テ  ₇ ア  ₈ シ  ₉ ニ 10 ネ

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