倭蕪矯第臨鞘)
子宮内胎児感染の1例
東京女子医科大学産婦人科学教室(主任
大学院学生児玉京子・〃
コ ダマ キヨウ コ
葉 晴 溝
ヨウ セイ イ
川上博教授)
黒 島 淳 子
クロ シマ アツ コ
(受付 昭和41年7月28日)
1・緒 言
児が在胎中に,母体が感染した細菌,ウイルス,
梅毒スピロヘータ,トキソプラズマ,カンジダ等 1に感染した場合,その時期が妊娠初期なら流産,
胎内死亡,奇形児の発生を,妊娠後期なら早産,
・子宮内感染を起こし,出生時すでに,あるいは生 後まもなく肺炎,敗血症,脳膜炎等の症状をあら わす事がある.
子宮内胎児感染を起こす経路としては,前早期 破水,遷延分娩などで上行性に羊水に感染が起こ
り,その羊水を吸引した事によって起こる経口的 胎児感染と,羊水感染あるいは遠隔のfocal infec−
tion の病巣から胎盤炎を起こし,それから血行 性に胎児感染を起こす血行性胎児感染の二つに大 別されるが,一般には上行性の感染である経口的 胎児感染の方が多い.著者らは最近,分娩15時間 前より,産婦に38。Cの発熱症状を認め,児に娩出 後11時間頃より,チアノーゼ,呼吸不整,痙李を 来し,治療の敷なく生後27時間後に死亡,病理解 剖の結果,羊水吸引性肺炎と脳膜炎を認め,同時
に胎盤に絨毛羊膜炎,膀帯炎を認めた1例を経験
したので報告する.11・症
患者:34才,主婦.
家族歴:特記すべき事なし.
既往歴:27才,虫垂切除術.
例
月経は初潮15才,順調で30日型.31才で結婚.32才で
正常分娩.この時は妊娠8ヵ月から妊娠中毒症を認め,
分娩後も約3ヵ月間,妊娠中毒症後遺症のため,入院加 療を受けた.
この他,33才で人工妊娠中絶術を2回うけている.
現病歴:今回の妊娠は,最終月経が1965年2月17日目 ら3日間で,妊娠2ヵ月の時に,切迫流産にて治療を受 けている.8月22日,妊娠8ヵ月に至り出血を来し,前 置胎盤の疑いにて同日入院.絶対安静,E.P.ホルモン 20mgの注射7本施行したが,入院後は出血を認めず,9 月30日より歩行を許可す.なお入院時骨盤位であったた め,10月15日に,妊娠35週で外廻転術施行し,頭位とな った.
現勢ならびに経過=11月24日 分娩予定日に至 り,ヒマシ油投与.1!月28日に血性分泌あり.11 月29日に内診にて子宮口2指開大していたため,
分娩を進行さす目的で卵膜剥難を施行.この翌日
の11月30日午前4時に陣痛開始.同日午前7時の
検温で37.7。Gの発熱を認め,午前11時にはさらに38℃と熱の上昇を認めたので,クロマイ19を投
与した.午後5時39分に人工破膜施行.この時は 羊水の溜洩なく,午後!0時29分に4,0509の女児 を正常分娩した.Apgar Scoreは1分後8,5分後10で,児は
沐浴の後,新生児室へ収容した.
人工破膜時,洞油の認められなかった羊水は強 度に溜油しており,子宮内清掃の目的で入れた手 が非常に熱く感じたので直ちに検温.39.1℃の発 熱を認めたのでクロロマイセチンサクシネートを Kyoko KODAMA, Atsuko KUROSHIMA & Ching Yee YOH (Department of Gynecology & Obste−
trics, Tokyo Women s Medical College): A case of intrauterine infection.
て経過を観察していたところ,生後20時間頃よ り,大きな癌李発作と発汗が著明になってきた ので,コントミンを注射した.コントミン注射後 30分ぐらいして,蓬李発作は再び小さなものに変 ってきたが,その代り長く持続するようになっ
た.
生後24時間頃に至り,体温は39.1。Cと上昇し,
腹部のガス貯溜は著明で,肺にはラッセルを聴取 した.この後心音は次第に不良となり,ビタカン ファー,テラブチックなど注射するに,顔面・四 肢のチアノーゼが著明となり,呼吸も漸次浅くな って,心臓マッサージ等の罪なく,生後27時間後 に死亡した.
褥婦の経過=
褥婦は,悪露の培養で,大腸菌が100%に培養 されたため,薬剤耐性テストの結果で,カナマイ シンの注射を施行したが,その他には,膀胱炎,
叙唱診に罹患して治療を行なったくらいで特記す べき事なく,分娩後11日目に退院した。
児の剖検所見=
病理解剖の結果,肉眼的には腸にメテオリスム スを認め,肝・脾に欝血あり.肺は左右共に羊水 吸引が著明で黄色を呈し,羊水吸引性肺炎であっ た(写真1).
脳膜は全体に軽度の混油があり,特に脳底部に 混独が強く認められた(写真2,3).
組織学的には,白血球の浸潤が著明で,グラム 陰性の桿菌群が証明され,化膿性脳膜炎の像を呈
していた(写真4,5).
なお胎盤は大きく,かっ平たくて,30c皿×22c皿
×2.5c皿〜0.5cm,7509.包帯の長さは70 c皿であ
階
写真1.羊水吸引性肺炎
x 慾
写真2.脳膜炎
Si・si,,rk.,
髄論薮譲1
鰹1
写真3.脳膜炎
旧記1
つた.肉眼的に,胎盤の胎児面には,胎便の強い 着色がみられ,色素が既に細胞に捕食されて,い わゆる,Meconium−Stainingの像を呈している事 から,分娩前に胎児にDistressのあった事が想象 される.組織学的にも,急性絨毛羊膜炎(写真6),
膀帯血管炎(写真7)が高度で,これからも胎児
一 557 一
写真4.グラム陰性桿菌(中拡大) 写真6.羊膜炎
写真5.グラム陰性桿菌(強拡大)
の感染が考えられた.
】田1・考 按
子宮内胎児感染は,抗生物質の使用により,罹 患率,死亡率の減少を来しているが,今でもなお 種々報告されている.
子宮内胎児感染の原因となるものには,大腸
菌,ブドウ球菌,レンサ球菌,肺炎双球菌,リステリア菌,結核菌,赤痢菌などの細菌,ウイル ス,トキソプラズマ,梅毒スピロヘータ,カンジ ダなどがあるが,九嶋ら1)は,抗生物質の進歩に より結核,梅毒が著減した半面,耐性ブドウ球菌 が増加し,また一方,診断法の進歩により,トキ
ソプラズマ,ウイルスが増加するであろうと述べ ている.
Urmenyiら2)は,新生児が敗血症,脳膜炎を 突然起こした場合,その原菌が,グラム陰性の桿 薗,特にEsch・coli・などの通常有毒と考えられ
蟹 饗
写真7.」縫帯血管炎
ア鰐
ない菌群による事があると述べているが,相馬3)
は,頚管縫縮術後の大腸菌による子宮内感染を報 告している.
泰ら4)は,妊娠8ヵ月でリステリア菌に感染し,
早産,その後敗血症で死亡した症例を述べている が,Schultzeら5)によると,リステリア菌に罹患 した婦人には,流産,死産が極めて多いという.
また岡本ら6)は,急性伝染病の1症例として,
妊娠中に赤痢に罹患した1例を報告しているが,
彼らによると,抗生物質の進歩により,赤痢罹患 時の死亡率は0・5%以下になったと報告している.
米倉ら7)は,生後3日目に高熱を来して4日目 に死亡した例を剖検して,肺および小腸に高度の カンジダ症を認めたと述べているが,これは,児 が産道通過時に,カンジダに感染したものと思わ れ,妊婦の膣カンジダ症の治療の必要が考えられ
る.
肺炎であるが,その症状も,全例に必発する症状 は特になく,中島11)によると,チアノーゼ85%,
呼吸困va67 . 5%,発熱40%,肺にラッセルの聞え るもの17.5%であったという.そして約1/4に吐乳 を認め,末期には,血性泡沫または泡沫物の吐出 をみるものがあり,死亡直前に痙奪を起こすもの も稀でなく,また肺炎経過中に腹部膨満を起こし
たものも若干あっkと述べているが,新生児肺炎
は,診断の根拠となる症状が必ずしも出現しない ため,その診断は極めて困難である.Panner12)は,新生児肺炎剖検例の肺について 細菌培養し,go%に黄色ブドウ球菌,大腸菌,レ
ンサ球菌を検出しfcと述べているが,本例におい
ては,脳膜にグラム陰性の桿菌が証明され,褥 婦の悪露の培養で大腸菌が100%に培養されたの
で,原因菌は大腸菌であったと思われるが,残念 な事に,膀帯血の培養は行なっていない.子宮内感染経路としては,血行性胎盤感染と,
頚管,卵膜を経ての羊水汚染による上行性感染の
.2つがあるが,一般には上行性感染が多く,本四
.も,分娩5時間前に人工破膜を施行し,その時は
.羊水の野営は認められなかったが,細菌の羊水汚 一回目は必ずしも破水を必要としないし,胎盤にも メコニウムの着色を認めた事から,人工破膜前の
.卵膜剥離時に羊水に感染が起こり,羊膜炎,胎盤
.炎の結果,児に脳膜炎を起こしたものと推測され る.しかし,羊水汚染の全例に胎児感染が起こる 訳ではなく,Blanc13)によると,羊水汚染例のう
ち,肺炎を発生するのは1〜33%程度であると述 べている.本例では,高度の羊水吸引性肺炎を認 めたが,中島ら11)は,胎児肺炎では,全例に羊水
変化があったと述べているが,卵膜,胎盤の炎症 性変化の存在により,児の子宮内感染を疑う事が できる.不例も,高度の絨毛羊膜炎と三野炎が存 在しており,胎児感染が考えられた.しかし,
Benirschkei5)は,ウイルス感染の胎盤iには,著明な:
炎症性変化はないと述べている.いわゆるMe−
c・nium−Stainingの胎盤は,炎症性変化が強く,相
馬3)によると, 228例のメvニウム汚染胎盤の
9.2%に児の仮死を伴ない,その全例に,卵膜および胎盤血管の炎症性変化があったと述べてい
る.本甲の胎盤も,Mec・niunc−Stainin9の状態で あった.胎児感染を減少さすには,内診時の消毒に注意 する事はいうに及ばず,前早期破水,分娩誘導時
のコルポイリーゼ,ブジー挿入時の消毒に注意
し,予防的に抗生物質を使用する事を忘れてはな らない.また,もし母体に発熱などの感染症状の認 められる時は,ただちに抗生物質を与えるなどし て感染の予防に心がけるべきであるが,篠塚ら16)は,母体に発熱のみられる場合,できれぽ直接,
羊水に抗生物質の注入をするとよいと述べてい
る.一方,児の全身状態不良にて,チアノーゼ,呼吸困難などの症状のみられる場合は,予防の目 的で抗生物質を早期より投与すべきである.抗生 物質使用にあたっては,咽喉部の細菌の培養を行 ない,細菌の種類に適応した薬剤を使用する事が 大切である.その他,一般状態の悪い児には,ま ず気道を確保するため,場合によっては気管内挿 管を行なって内容を吸引し,酸素吸入,酸素テン ト使用,保温ならびに湿度の調節をする事はいう までもない.一般に,子宮内感染を起こした母体 一559=
の方の症状は,比較的軽度で,感冒様症状を呈す る程度で終るのに,児には重篤な症状を来すもの が多いので,分娩間近い産婦の発熱には特に注意
し,治療をおこたらぬことが大切である.
EV.結 語
著者らは,分娩15時間前より,産婦に38。Cの発
熱を認め,児に,娩出後11時間頃よリチアノー
ゼ,呼吸不整,蓬李を来し,治療の敷なく,生後 27時間後に死亡.病理解剖の結果,羊水吸引性肺 炎と脳膜炎を認め,同時に,胎盤に絨毛羊膜炎と 膀帯炎を認めた上行性の子宮内胎児感染と思われ る/例を経験したので報告した.稿を終るに臨み,御指導御校閲の労を賜わった川上 教授,大内助教授,ならびにいろいろ御指導戴きまし た病理学教室の今井教授に深謝致します.
(本論文の要旨は,第138回東京女子医科大学学会例 会で発表した).
文 献
1)九嶋勝司・安藤寿夫・他:産婦人科の実際1.0 (2) 121 (1961)
2) Urmenyi, A.M.C. & A. White Frank!in:
Lancet 1 (7172) 313 (1961)
3)相馬広明:臨婦産17(11)8δ9(1963)
4)秦清三郎・相馬広明・他;産婦の世界14(3)
223 (1962)
5) Schultze, K.W. und C. van Morwyk: Dtsch med Wschr 87 (49) 2533 (1962)
6)岡本六蔵。相馬広明・他=臨婦産 19(6)468 (1965)
7)米倉 亮・申井嘉文:日産婦誌15(1)43
(1963)
8)相馬広明:小児科臨床19(5)564(1966)
9)永原貞郎・樋口良雄・他=日病理学会誌47
558 (1958)
10)永原貞郎=臨婦産14(9)807(1960)
11)中島周英・庄司 問:臨婦産 9 (10)875 (1955)
12) Panner, D.W. and A.C. Mclnnis: Amer J Obstet Gynec 69 (1) 147 (1955)
13) BXanc, W.A.: J Pediat 59 473 (1961)
14) Fujikura, T. & R.G. Benson: Amer J Obstet Gynec 85876(ユ963)
15)Benirsckke(1958):〔相,馬広明:臨婦産17 (11)869(1963)より引用〕
16)篠塚昭夫・田中敏晴。他=臨婦産 9(10)879 (1955)