Title 地域の法律問題を考える『法学沖縄法律事情Part2』発刊 記念講座報告( 触法精神障害者と刑法・刑事政策−スタ ートした医療観察制度− )
Author(s) 沖縄大学地域研究所沖縄の法班; 新城, 将孝; 前泊, 博盛;
小西, 吉呂; 川﨑, 和治; 春田, 吉備彦
Citation 沖縄大学法経学部紀要 = Okinawa University JOURNAL OF LAW & ECONOMICS(12): 55-89
Issue Date 2009-03-31
URL http://hdl.handle.net/20.500.12001/5996
Rights 沖縄大学法経学部
地域の法律問題を考える
(報告)
触法精神障害者 と刑法 ・刑事政策
‑スター トした医療観察制度 一
沖縄大学法経学部教授 小 西 吉 呂
1)最初か ら少 し重苦 しい話題 にな りますが、今の分か りやす いコン トにあ りま したよ うに、心 の病が原 因で、 自分が何 をして いるのか分か らない状態で犯罪 を行 った場合には、加害者はその責 任 を問われ ませんO物事 の善悪が判断できなければ罪 に問わないと、刑法が定めているか らですO 刑法39条1項 は 「心神喪失者の行為は、罰 しない」 2項は 「心神耗弱者の行為は、その刑 を減軽す る」 と定めています。 この心神喪失や心神耗弱は、心 の病 の結果、物事 の善悪が判断できなかった り、その能力が著 しく低下 した りした状態の ことです。
2)た とえば、2001年、沖縄本島南部の小 さな集落で当時25歳の男性が、両親や通 りがか りの主 婦、小学生 ら6人の男女 を次 々と包丁やか まで襲 い、 けが を負わせ、その うちの1人 を死亡させる という連続殺傷事件が起 きま した。穏やかな人が多い平和な島 ・沖縄で、 このような連続殺傷事件 が起 きるのは非常 に珍 しいですね。
この事件の犯人は、18歳か ら統合失調症 という心の病 に躍 っていま したが、犯行は、長期間にわ たって薬 の服用 を断 った状態で起 きま した。 ここが大きな問題です。 また、犯行直後 にも、警察官 に 「お まえたちは悪魔だ、悪魔退治だ
」
「自分は神だ」な どと理解で きな い言葉 を繰 り返 していたた め、精神鑑定が実施 され ました。鑑定人が犯行 は 「統合失調症の重度の憎悪の経過中に発生 した こ とは疑いの余地がない」 としたの を受けて、2cm 年、福 岡高等裁判所那覇支部 は 「被告人の病状 に ついては,緊張型統合失調症の憎悪状態 にあった と認定できる」 として心神喪失による無罪 を言い 渡 して います。もちろん、 このよ うに して、心 の病が原因で犯罪 を行 う人は ごくごく一部です。 また、心が健康 で も犯罪 を起 こす人はた くさん いますoですか ら、心 に病がある人をむやみにこわがる必要はあ り ません し、そ ういう人を差別す るのは、 まった く不 当な ことです。ただ、不幸 にして心 に病のある 人が、今お話 したよ うな犯罪 を起 こした ら、その原 因 となった病気 を治療 してあげることが,本人 にとって も社会 にとって も重要な課題 とな りますO
3) このいわば、 当た り前の ことが大 きく問題 になった事件があ りま した。 それが2002年の大阪 児童殺傷事件です。犯人が、過去 の刑事事件で心の病 を理 由に不起訴 にな った り、精神病 にかかっ て いるふ りを した りして、精神科病院での治療が どうであったのかが問題 にな りま した。 この重大 な問題 を医療関係者だけに任せてお くのは良 くないということか ら、 この事件 をきっかけに、政界
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や学界で大 きな議論が行われ ま した。そ して、2005年か ら医療観察法 とい う新 しい法律 が施行 さ れ、医療観察制度がスター トしま したo
この制度 のもとでは、殺人のよ うな重 い犯罪 を起 こした者 (以下 「対象者」)に裁判所 の命令で治 療のための入院や通院が義務付け られ ます。退院す るか どうか も、裁判所が判断 します。 このよ う に、医療観察法は、司法機関が対象者 の状態 をその都度チ ェックす る ことで、病気か らの立ち直 り を支援するところに特色があ ります。 また、入院のための医療観察法病棟 という特別施設 を作 り、
専門的教育 を受けたスタ ッフか ら医療 を受けます。沖縄県で も2007年 に、金武町の琉球病院内に医 療観察法病棟が作 られ ました。現在、17床の病床が対象者ですで に満杯 の状態 になってお り、病院 では、 さ らに増床 を計画 している ところです。他 の医療観察法病棟で も、似たよ うな過密の状況で す。
4)では、医療観察法病棟 とは、 どのよ うな ものなので しょうか。筆者が見学 した琉球病院を例 にしてその概要 をお話 します。病棟は、一般 の民家 を大 き くしたよ うな赤瓦屋根が乗 った穏やかな 外観 をしています。ただ し、その周囲は高 さ3.3メー トルの2重の柵で囲われて いて、柵の間 にはセ ンサーが設置 されています. また、監視カメラも所 々に設置 されていますO
病棟の入 口に至 るには、 トンネルのよ うな長 い渡 り廊下 を通 らなければな りません。廊下 を渡 り 終えると、病棟入 口、そ して入ってす ぐに外来者 に対す る危険物 (金属)探知用 のゲー トが配置 さ れて います。病棟 内には、カ ンファレンス室、居室 (病室)、ス タ ッフステー シ ョン、診察室、食 堂、体育館な どが配置 されて います。 また、作業療法室や集 団療法室 も備 え られてお り、 1つの病 棟内で多様な治療 プログラムの実施が可能 となって います。 これは、他 の精神科病院 にはな い大 き な特徴 と言えるで しょう。
居室はすべて個室で、17床が用意 されていますOそれぞれの居室のアメニテ ィーは、ユニ ッ ト単 位 あるいは居室毎 に若干異な りますが、机、椅子、収納棚、ベ ッ ド (可動式)な どが備わ っていま す。壁や床な どで木材が広 く利用 されて いた り、窓 にはめ込 まれた格子が一般 の精神科病棟で見受 け られるような鉄製のものではな くコンク リー ト製 になって いた りと、室内の雰囲気 は明る く柔 ら かい印象を与えます。
このように、医療観察法病棟は、一般 の精神科病棟 と比べて優れた環境 を整えていると言えるで しょう。 この充実 した環境の中で、医師、看護師、精神保健福祉士、作業療法士、臨床心理士 といっ た多職種のスタ ッフが連携 して、薬物療法、認知行動療法、作業療法な どのプログラム を、対象者
ごとに計画的に実施 しています。
5)スター トして 日が浅 い医療観察法病棟での治療成果 を見定 めるには、 まだ時間が必要です.
また、退院後 の医療観察法 に基づ く医療、精神保健福祉法や障害者 自立支援法その他 の社会復帰 に 向けた様 々な措置 について も、 まだ始 まったばか りです。
ただ、見 えてきた大きな課題 として、対象者の地域処遇 に苦労す る様子が うかがえます。地域処 遇の現場では、家族 に傷害 を加えた り自宅 に放火 した りした対象者の場合、家族は対象者の受入れ
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地域の法律問題を考える
を拒否す る場合 も多 く、 また、民間のアパー トで元 「触法精神障害者」の受け入れ先を探すのも一 苦労で しょう。 こうした苦労 を経て居住先 を見つけて も、そ こで、話 し相手 もお らず孤独 を感 じる 中で、対象者は体調 を崩 しがちですo彼 らの中には、スタ ッフや他の対象者 との交流な ど医療観察 法病棟での生活 を懐か しむ者 もいる くらいだそ うです。病棟での治療は計画通 りに進み,退院が認 め られた にもかかわ らず、対象者が社会 に馴染むのは、なかなか容易でないよ うです。
この間題は、対象者が最初か ら通院治療 になる場合 にも生 じます。筆者は、県内の指定通院医療 機関 も何度か見学 しま したが、通院機関にとって指定 を受 ける ことのメ リッ トが乏 しいか らか、指 定入院医療機 関のよ うに特別 の整備が行われて いる ことはな く、そ こは通常の精神科 と何 ら異な ら な いのが現状です。 このため、入院医療 との間に大 きな落差があるよ うに感 じま した。指定通院機 関の意義は何なのかが、 問われ る事態ではないで しょうか.
他方で、対象者が社会 に再び受 け入れ られて安定 した生活 を送 るよ うになるためには、周囲の人 たちの対象者への理解が欠かせ ませんが、琉球病院の医療観察法病棟建設 に関す る説明会や、現在 進行 して います増床計画 に対す る説明会か らも明 らかなよ うに、地域の住民は、対象者 を集中 して 受け入れ る ことへの不安、対象者が退院後 も地元 に居座 って しまうことへの懸念 を持 って います。
地域 の人たちへの情報開示の努力が色々な形で積み重ね られなければな らないで しょう。
6)こうした数多 くの課題 を残 しつつ も、医療観察法 によって医療機関 と保健所や福祉施設な ど との連携ができて結構だ とい う声が聞かれ るよ うになっています。 また.医療観察法によって精神 障害者 を社会復帰 させ るための医療機関 と地域 の様 々なネ ッ トワークがで きれば、それ を一般の精 神医療 にも活用で きる という声 も聞かれ ます。医療観察法の附則3条は、精神医療全般の水準の向 上、精神保健福祉全般 の水準の向上 を譲 っていますが、その萌芽は出始めているよ うに思われ ます。
今後 もその成 り行 きを注意深 く見守 りたいと思 います。
追記 :本稿は2(X格年11月29日の土曜教養講座 「地域の法律問題 を考 える」 で報告 した内容 に一部加 筆 した ものです。なお、本稿の補足 として,次の論文 も参照 して いただければ幸いです。小西吉呂
「医療観察法 ・指定入院医療機関の現状 と課題 ‑沖縄県 の例 にも触れなが ら‑」『前野育三先生古稀 祝賀論文集 刑事政策 の体系』 (法律文化社、2008年)383貢以下O
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沖縄大学法経学部紀要 第12号
土曜教養講座
触法精神障害者 と刑法 ・ 刑事政策
‑スター トした医療観察制度 ‑
沖縄大学法経学部 小 西 吉 呂
k o n i s h i @ok i n a wa ‑ U. a c . j p
刑法 39 条
刑法 39 条 1項 : 心神喪失者 の行為 は、
罰しない。
同条2 項 : 心神耗弱者の行為は、その 刑を減軽する
。心神喪失 : 精神の障害により物事の 善悪が判断できず 、また、その判断に 従って行動する能 力が欠如した状態 心神耗弱 ( こうじゃく): 精神の障害に より判断能力やその判断に従って行 動する能 力が著しく低下した状態
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地域の法律問題 を考 える
小さな集落での連続殺傷事件
2001 年、沖縄本島南部の小さな集落で当時 25 歳 の男性が、両親や通りがかりの主婦、小学生ら 6 人 の男女を、次々と包丁やかまで襲い、けがを負わせ、
そのうちの
1人を死亡させる事件が発生した。
この事件の犯人は
、18歳から統合失調症に罷って いたが、犯人は、長期間にわたって薬の服用を断っ た状態であった。
犯人は警察官に「 おまえたちは悪魔だ、悪魔退治 だ 」 「自分は神だ」などの言葉を繰り返していたため 精神鑑定が実施された。
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簡 富妄 裁判所那覇支部は心神喪失で無罪を言い渡した。
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大阪児童殺傷事件
沖縄での連続殺傷事件と同じ年 ( 2001 年) に発生した大阪児童殺傷事件では、この触 法精神障害者の問題が大きくクローズアップ されることになった
。犯人は、過去の刑事事件で精神障害を理由 に不起訴になったリ、精神病にかかっている ふりをしたりしていた。
この事件をきっかけにして 、2005 年から医
療観察法という新しい法律が施行され、医療
観察制度がスタートした。
地域の法律問題を考える
医療観察制度の概要
医療観察法の下では、殺人のような重い犯罪を起こ したら、裁判所の命令で入院や通院での治療が義 務付けられる。
退院するかどうかも、裁判所が判断する。
このように、医療観察法は、裁判所が対象者の状態 をその都度チェックすることにより、病気からの立ち 直りを支援するところに特色がある。
また、入院のために医療観察法病棟という特別施 設が全国に作られ 、対象者はそこで専門的教育を 受けた多職種のスタッフから医療を受ける。
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医療観察法病棟
沖縄 県では、 2007 年、
金武町の琉球病院 内に 医療観察法病棟が作ら れた。
17 床の病床は、対象者 ですでに満杯状態 にあ ることから、増床を計画 中である
。琉球病院所在地
http://wwwJ10SP.gO.brryukyu1/akusesuJThI
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地域 の法律問題 を考える
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沖縄大学法経学部紀要 第12号
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地域の法律問題を考える
医療観察制度の行方
・スタ‑トして日が浅い医療観察法病棟での治 療成果を見定めるには、まだ時間が必要で ある。
・また、退院後の医療観察法に基づく医療、精 神保健福祉法、障害者 自立支援法その他の 社会復帰に向けた様 々な措置についても、ま だ始まったばかりであるが、地域処遇は容易 でないという現実が示されつつある
。・今後も、その成り行きを興味深く見守りたい。
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