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<研究論文:査読論文>後期西田哲学における量子の実在性に関する試論──絶対矛盾的自己同一から捉えた不確定性と確率現象の考察──

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5後期西田哲学における量子の実在性に関する試論. 研究論文:査読論文. 1.はじめに──本論の目指すもの. 電子など微細な存在の状態を記述する量子力学は、誕生から間もなく. 100年を迎える。この理論は、粒子の存在位置や状態を確率によって記述. するという古典的力学にはない特徴を有し、その計算結果から得られる統. 計的な予測は、電子工学をはじめとした工学的技術の発展を支える基本的. な理論を提供している。. ただし、量子力学においては、コペンハーゲン解釈が標準解釈とされて. いるが、その確率論的描像を巡っては、成立直後からこれに疑念を示す専. 門家が存在していた。特にアインシュタインの反論が有名である。それは、. 物質世界が、不確定性原理に基礎付けられた法則により支配されているこ. とは認め難く、実際には正確な物理量が実在するという信念に基づいてい. る。一方で、また、その解釈の内容に関しても議論がある。. コペンハーゲン解釈は1920年代の後半に、N. ボーア、W. ハイゼンベ. ルグらにより確立された。その特徴は電子などの微細な存在に粒子性と波. 動性を認め、その波動性の本性を確率波動と解釈するものだった。これら. 波動性と粒子性の並存、観測という行為がもたらす不確定性などは、相補. 性原理としてボーアにより総括された。. コペンハーゲン解釈は定まったマニフェストが存在するわけではないた. め、その内容を巡っては、議論が存在する。森田はこれらの研究を参照し、. 後期西田哲学における 量子の実在性に関する試論 ──絶対矛盾的自己同一から捉えた不確定性と確率現象の考察──. 井上博一. 2020final.indd 5 2021/02/21 14:24. 6 研究論文:査読論文. コペンハーゲン解釈を巡る論点をまとめている¹。その中で、2004年には、. D. ハワードにより「コペンハーゲン解釈」という用語はハイゼンベルグ. が初めて使ったとする見解が示されたことなどが紹介されている。また、. 本解釈を巡る議論の中で、波動関数の収縮あるいは波束の収束と呼ばれる. 仮説は、ボーアは認めていなかった点が論点となっていることなどが示さ. れている。. 波動関数の収縮仮説とは、存在確率の波として広がって存在している粒. 子は、観測という行為により、非連続的に変化し、一点に集中し粒子とし. て観測されるという公準である。観測される位置は、波動関数の振幅の二. 乗に対応した確率に従う。そして、物理量は観測時に確定する。観測と観. 測の間は、ある特定の物理量を持つとは仮定し得ない。ハイゼンベルグは. この状態を「初めの観測と次の測定との間で、系がどうなっているかとい. うことは記述がない」²、あるいは「我々はこの観測と次の観測との間に何. が「起る」かを記述することはできない」³と述べている。. 本論では以下、基本的にコペンハーゲン解釈を波動関数の収縮仮説を認. める立場に立つ解釈として、議論を進める。. コペンハーゲン解釈に反対し続けたのが、アインシュタインとシュレー. ディンガーであった。アインシュタインは、確率という概念を物理学に導. 入すること、観測時にのみ物理量が意味を持つという解釈に不満であった。. 物理量は観測という行為とは独立に実在するものであり、彼にとり、物理. 学はこの実在を追求する学でなければならなかった。アインシュタインは. ボーアとの長い論争を経た後に、「量子力学の記述は、実在の不完全な、. かつ間接的な記述であると見なすべきであり、今後、それが完全な、かつ. 直接的な記述によって再びとって替わられるようになるだろうと、私は信. じたい」⁴と記した。他方、シュレーディンガーは、有名な猫のパラドク. スを示し、観測前の状態では、猫の状態は生死が重なりあっており、観測. による収束により確定するのは不自然と反論した。. ところで晩年の西田幾多郎は、数編の量子力学に関する論考を残してい. る。本論は、これらの論文および他の論文の解読により、量子力学の基礎. 論に対する新たな視点の提示を目指す試みである。ハイゼンベルグ は後. 2020final.indd 6 2021/02/21 14:24. 7後期西田哲学における量子の実在性に関する試論. に「自然科学は単に自然を記述し説明するものではない。それは自然と. 我々との間の相互作用からできるものである。それは、我々の問いの方法. にさらされたものとしての、自然を記述する。この可能性をデカルトは考. えなかったが、しかしこれは世界と我々をはっきりと分離することを不可. 能とする」⁵と述べている。彼の思想を端的に表現した言明である。一方で、. 西田はその世界の特徴の記述に続き「右の如くにして、絶対矛盾的自己同. 一の世界は、その根柢において、無限なる唯一的事の世界として、創造的. 世界、すなわち生滅の世界でなければならない」⁶を基本思想として、量. 子力学を論じている。本論は、この両者の交差点と乖離点、包摂関係の考. 察により、コペンハーゲン解釈を捉え直す試みでもある。. . 本論の構成としては、第2章では、西田哲学における実在概念を物理学. への言及に注目しつつ概観した後、ボーアの相補性原理と後期西田哲学の. 基本概念である絶対矛盾的自己同一間の親近性を検討する。第3章では、. 不確定性原理、確率波動、波動関数の収縮について、西田の解釈を検討す. る。. 2.西田哲学の展開と物理的世界に対する実在性評価の変遷. 2.1 変遷過程. 西田幾多郎(1870-1945)は、その最初の著作である『善の研究』におい. て、意識現象を唯一の実在とし、物理学が捉える純粋物体を具体的事実、. 即ち実在から遠く離れた抽象概念とみなした。しかし、西田は、その晩年. に物理学、特に量子力学に言及した論文を残し、「何か深い広い客観性を. もつもの」と論じ、西田哲学の到達点である「矛盾的自己同一」の表れと. その評価を変化させている。その評価の変化の要因は、西田哲学における. 実在概念の進展と物理学の進化という両面からの考察が必要である。本章. では西田哲学における実在の概念の進展と物理学への評価の変遷を概観し、. この要因の輪郭を捉えることを目指す。. 小坂国継は、西田哲学における根本的実在として、「純粋経験」「自覚」. 2020final.indd 7 2021/02/21 14:24. 8 研究論文:査読論文. 「場所」「弁証法的世界」を提示している⁷。これらの概念が展開された西. 田の代表的な著作とその概念は以下となる。. まず、西田は『善の研究』 〔1911〕において、主観と客観が分離する以. 前の意識の状態を「純粋経験」と呼び実在の基本とした。意識が実在の基. 本であることは例えば「少しの仮定も置かない直接の知識にもとづいて見. れば、実在とはただ我々の意識現象すなわち直接経験の事実あるのみであ. る」⁸と言明される。一方、物体については「我々は意識現象と物体現象. と二種の経験的事実があるように考えているが、その実はただ一種あるの. みである。すなわち、意識現象あるのみである。物体現象というのはその. 中で各人に共通で不変的関係を有するものを抽象したのにすぎない」⁹と. される。さらに「純粋経験においては未だ知情意の分離なく、唯一の活動. であるように、まだ未だ主観客観の対立もない」¹⁰と説明され、「かくの如. く主客の未だ分かれざる独立自全の真実在は知情意を一つにしたものであ. る。真実在は普通に考えられているような冷静なる知識の対象ではない。. 我々の情意より成り立ったものである。すなわち、単に存在ではなくして. 意味をもったものである。それで、もしこの現実界から我々の情意を除き. 去ったならば、もはや具体的の事実ではなく、単に抽象的概念となる。物. 理学者のいう如き世界は、幅なき線、厚さなき平面と同じく、実際に存在. するものではない」¹¹という、見解が導かれる。物理学は経験から概念を. 抽出し、法則を見出すが、通常そこに情意はないと考えれる。知情意が分. 離される前の純粋経験のみを実在とみなす立場からは、物理学者の言う世. 界は実際には存在しないと言うことになるのであろう。. なお、同書においては「すべての実在の背後には統一的或者の働き」¹². 及び「実在の成立には、右にいったようにその根抵において統一というも. のが必要であるとともに、相互に反対むしろ矛盾ということが必要であ. る」¹³と述べ、「最も有力なる実在は種々の矛盾を最も能 よ. く調和統一したも. のである」¹⁴とまとめている。小坂も指摘¹⁵しているが、後期の矛盾的自. 己同一という概念に通じるものがある。. 次に西田が1913年から17年にかけ発表した44章の論文は、『自覚にお. 2020final.indd 8 2021/02/21 14:24. 9後期西田哲学における量子の実在性に関する試論. ける直観と反省』〔1917〕として編成された。西田自身、苦闘の歴史であ. り、「何ら新しい思想も解決も得なかった」と語っている。自らその到達. 点を簡略にまとめた「種々の世界」においては、主観と客観は一つの実在. の両極であり、種々の立場により種々の世界を考えることができると述べ. られている。物理的世界と歴史的世界は両極をなし、歴史的世界はより具. 体的経験に近づき、目的論的という。逆に言えば、物理世界は機械論的と. いうことになる。同時にそれを抽象概念とする立場も変更はない。物理的. 現象に関する認識は『善の研究』と大きくは変わっていないと言える。. 西田哲学における「場所」とは、意識現象が映し出される「意識の野」. であり、そこに於いて、移りゆく意識現象は相互に関連し、連結する。そ. して、主客も合一される意識の野では、主観もなく、客観もないという意. 味において、場所は真の無であり、単に鏡とされる。この概念が詳述され. たのは、「場所」〔1925〕である。同論文において、絶対無の概念が導入. され、「最も深い意識の意義は真の無の場所ということでなければなら. ぬ」¹⁶と論述されている。. 当然に物理的な場所と上記は別種のものであるが、全く無関係ではない。. 物体間に働く力に関連して、「実在としての力の於てある場所ともいうべ. きものは、超越的意識の野ともいう如きものでなければならぬ。この場所. に於て力学的力と経験内容とが合一して物理的力となるのである、物理的. 力の存在性はこの場所に於て立せられるのである」¹⁷と説明されている。. . 後期西田哲学は弁証法的世界とされるが、その世界を表現した「絶対矛. 盾的自己同一」と世界と主体との相互作用を概念化した「行為的直観」の. 解読が重要になる。. まず、「矛盾的自己同一」は分節せずに一語と理解される。絶対は付く. 場合と付かない場合があり、強調の意味合いが強い。絶対矛盾的自己同一. は、対立的な事象が相互に排除することなく存在する様態を示し、世界の. 基本的特徴であると同時に歴史を形成する源とされる。「絶対矛盾的自己. 同一」〔1939〕では「現実の世界とは物と物との相働く世界でなければな. らない」¹⁸と始まり「しかし物が働くということは、物が自己自身を否定. 2020final.indd 9 2021/02/21 14:24. 10 研究論文:査読論文. することでなければならない、物というものがなくなって行くことでなけ. ればならない」¹⁹と続く。「物と物とが相働くことによって一つの世界を形. 成するということは、逆に物が一つの世界の部分と考えられる」²⁰が、物. がどこまでも全体的一の部分ならば、働く物がなくなることになり、世界. が静止的となり、現実がなくなることになる。そこで、「現実の世界は何. 処までも多の一でなければならない、個物と個物との相互限定の世界でな. ければならない。故に私は現実の世界は絶対矛盾的自己同一というのであ. る」²¹とまとめられる。対立的な事象としては、主体と環境、一と多、過. 去と未来、作られたものと作るもの、機械的と合目的的などがあげられる。. 一方、行為的直観とは、我々が、環境や事物を作ること、働きかけるこ. とにより実在を把握することを指す。西田はこの働きを次のようにまとめ. ている。. 行為的直観的に物を把握するということは、作ることによって見る. ことである、ポイエシスによって物を知ることである。私は従来、. 我々が物を作る、物は我々によって作られたものでありながら、そ. れ自身によって独立せるものとして逆に我々を限定する、我々は物. の世界から生まれるといったが、作られたものから作るものへとし. て作用が自己矛盾的に対象に含まれる時我々は行為的直観的に実在. を把握するのである²²。. 西田の思索は自覚へと進んでいく。世界が無基底であり、消え去るが、. 絶対的一者の自己表現として、それ自身を維持するとした上で、「真にそ. れ自身によってあり、それ自身によって理解せられる絶対的実在は、かか. る形式によってあるものでなければならない。 故にそれは単にそれ自身. によってあり、それ自身によって理解せられるのみならず、自己自身を理. 解するもの、自覚するものである」²³と自覚の論理が示される。. 科学的知識については、行為的直観、自覚との関連において次のように. 論じられている。. 我々が行為的直観的に物を見るということは、そこに世界が世界. 2020final.indd 10 2021/02/21 14:24. 11後期西田哲学における量子の実在性に関する試論. 自身を映すことである。我々の自覚は世界自身の自覚であるのであ. る。かかる立場において、どこまでも自己自身を表現する絶対現在. の世界の自己表現として科学的知識というものが成立するのであ. る²⁴。. 科学という知識体系が行為的直観的に世界を把握することを端緒とする. ことはこの後示すように、西田が実験操作を重視していることを示してい. る。また、「我々の自覚は世界自身の自覚である」という見方は、西田は. 我々を世界内の個物として捉えており、例えば、「我々が考えるというこ. とは、我々の自己が個物的に世界を表現すると共に、世界の個物的自己表. 現となることである」²⁵という言明と合わせ鑑みれば、理解が深まる。そ. して、西田は「世界の自己表現として科学的知識」が成立すると捉えてい. るのである。. 西田は、物理学における実験も行為的直観的に物を把握することと捉え. ている。即ち、「行為的直観的自己が何処までも個物的であり、現在が何. 処までも絶対現在的であればあるほど、認識が客観的ということができる。. 例えば、物理学者が実験をするというのも、物理学者が物理学的世界の個. 人的自己として行為的直観的に物を把握することでなければならない。物. 理学的世界といっても、この歴史的世界の外にあるのではなく、歴史的世. 界の一面たるに過ぎない」²⁶と説明される。ここで、歴史的世界とは「我々. の自己がそれに含まれた世界であり、我々がそこから生れ、そこにおいて. 働き、そこへ死に行く世界である。我々の自己に絶対的な世界」²⁷と説明. される。さらに「歴史的世界というのは、何処までも作られたものから作. るものへの世界でなければならない、創造的世界でなければならない」²⁸. と説明された上で、物理学的世界は、「真に具体的なる世界、創造的世界. は、自己の内に無限なる自己表現を含んだ世界、無限なる抽象を含んだ世. 界でなければならない。非直観的とも考えられる最も抽象的な物理学は、. 最も具体的な実在の記号面的自己表現であろう」²⁹と述べられる。これが、. 歴史的世界の一側面の意味の一つであろう。. さらに、科学の法則を「形が形自身を限定する創造的直観の形」³⁰と捉. 2020final.indd 11 2021/02/21 14:24. 12 研究論文:査読論文. え、「科学の法則を創造的直観の形というのは従来の考えに反するかも知. れぬが、科学の法則というものが、今日の考えの如く、我々の操作に結合. しおるものとすれば、斯く考え得るであろう。創造の世界は生滅の世界で. あり、科学的法則とは、無限なる生滅の世界の自己形成の、即ち創造の形. ということができるであろう」³¹と述べられている。科学法則が我々の操. 作に結合している点が、重要であり、後に検討する量子力学における不確. 定性原理はその一例と言える。. なお、「矛盾的自己同一の論理というのは、歴史的世界の自己形成の論. 理である」³²とされ、両概念は接続されているが、「物は生滅するものであ. るのである。形から形へと言っても、エネルギー不滅などというのではな. い。矛盾的自己同一の世界は、永遠に生滅的であるのである、各瞬間に新. たなる世界が生まれるのである、創造的であるのである」³³とされ、歴史. 的世界は生滅の世界でもあることも同時に認識しておくことが重要である。. 以上概観したように、絶対矛盾的自己同一、行為的直観という概念を基. 本とした後期西田哲学において、物理学は、我々が存在する歴史的世界に. おける実在の一側面の自己表現と捉えられ、その哲学的世界に包摂されて. いると考えられる。. 2.2 西田哲学に包摂される物理学. ここまで見てきたように、物理学が実在を表記し得るかという問いに対. する西田の回答は、「弁証法的世界」に至り、否定的なものから肯定的な. ものに変化する。その要因は、いくつか考えられるが、まず思考対象とす. る物理理論の変化があげられる。ニュートン力学から、相対性理論を経て. 量子力学に至る変化である。ニュートン力学は客観的で矛盾を含まない理. 論体系である。それゆえ、抽象的な概念であり、実在するものではないと. された。相対性理論も矛盾を含まない体系ではあるが、観測者の存在が重. 要な役割をなす。これを操作性と呼び「経験科学」〔1939〕の中で行為的. 直観との関連が詳しく論じられている。そして、量子力学は、矛盾を内含. し、さらに観測行為が対象に影響を及ぼすなど、客体が主体より分離して. いるとは断定し得ない側面をもつ。それゆえ、西田が到達した実在の根本. 2020final.indd 12 2021/02/21 14:24. 13後期西田哲学における量子の実在性に関する試論. である矛盾的自己同一と通じるものがある。. この親近性を単なる偶然とは考えずに、矛盾的自己同一がボーアの相補. 性原理の影響を受け、形成された可能性はあるだろうか。小坂国継は、西. 田が世界の矛盾的自己同一的な自己形成をボーアの「相互補足性」の概念. を借りて説明していると指摘している³⁴。その典拠は、「実践と対象認識. ―歴史的世界に於いての認識の立場―」〔1937〕であり、その中で、西田. は「現実は相反する方向の自己同一即ち矛盾の自己同一として(ボールの. 相互補足性 Komplementaritätの如く)、自己自身を形作るものである」³⁵と. 述べている。. そこで、西田が量子力学への関心を強めた時期を探るため、その日記を. 調査し、量子力学の建設に関与した人名が現れる日時を確認した。関連の. ある記述を抜き出すと、以下となっている。. . 1933.3.15 ・・・Schrödinger〔シュレーディンガー〕注文. 1934.7.10 KoehlerへHilbert 〔ヒルベルト〕、Dirac 〔ディラック〕・・・. 1935.8.20 ・・・Heisenberg〔ハイゼンベルグ〕、・・・注文. 1935.9.12 ・・・Bohr〔ボーア〕、・・・・・. 1936.10.7 Jordan, Anschauliche Quantentheorie〔 ヨ ル ダ ン、 明 解 量 子. 論〕(科学十月). 1937.5.10 ・・・午後ボーアの講演を聞くため学校にゆく終って晩餐. 会・・・・. (以上、出典『西田幾多郎全集』 第18巻、日記Ⅱ、岩波書店、2005年。. 前後の記述は省略した。). 人名の後の発注は、その人物の著作の注文と理解できる。1933年から、. 量子力学の創設に関与した物理学者の名前が日記に現れるようになる。ボ. ーアは、1935年に現れている。 検討したい点は、「絶対矛盾的自己同一」. という用語の最初の使用時期との関係である。小坂によれば、同概念の萌. 芽は1933年の『哲学の根本問題』において既に見られるが、いくつかの. 用語の変遷を経て、「種の生成発展の問題」〔1937〕に於いて初めて使用. され、「絶対矛盾的自己同一」〔1939〕にて、定着したという³⁶。なお、ボ. 2020final.indd 13 2021/02/21 14:24. 14 研究論文:査読論文. ーアが初めて相補性原理を提唱したのは、1927年のことである。絶対矛. 盾的自己同一は、西田の長い思索により生み出された概念であり、上記だ. けで量子力学の影響下で形成されたと主張する事は避けるべきであろう。. ここでは、西田が量子力学に関心を示した時期と、同概念が熟成していく. 時期は重なっているという事実の指摘に、まずは留めたい。. 別の見解として、アグネシカ・コズィラは西田が絶対矛盾的自己同一を. 相対論と量子力学という現代物理学により武装し、田辺元からの批判に備. えたと主張する³⁷。コズィラは、「宗教的「実在の体験」と絶対矛盾的自. 己同一の論理との関係を明らかにしても、このような態度が「非科学的」. として田辺などに非難されたので、西田は「科学的経験」という概念その. ものに挑戦しなければならなかった」³⁸という。. 後期西田哲学は世界を物質、生命、精神と階層化し、絶対矛盾的自己同. 一という概念を以って、一つの世界を形成する。物理学は物質的世界を表. 現するが、前節で見たように物理学者は行為的直観的に物を把握し、また. 物理学的世界は我々の存在する歴史的世界の一側面とされる。それは、最. も抽象的な物理学は最も具体的な実在の記号面的自己表現であることを意. 味する。さらに、西田は「物質的世界というも、矛盾的自己同一的に自己. 自身を形成する」³⁹とも述べている。これらから、田辺からの批判に備え. ることの影響の度合いについての判断は保留したとしても、西田は量子力. 学が相補性原理として粒子性と波動性の併存、位置と運動量の相互不確定. 性、因果律の不成立をその中軸に据えていると知ったとき、自らの世界観. である矛盾的自己同一性の物質界における現れと認識し、その哲理への包. 摂を目指したと言えよう。. 3.後期西田哲学における量子力学. 3.1 不確定性原理あるいは因果律の否定と矛盾的自己同一. 不確定性原理は、ハイゼンベルグにより「量子論的な運動学および力学. の直観的内容について」〔1927〕⁴⁰という論文内で提唱された原理である。. 2020final.indd 14 2021/02/21 14:24. 15後期西田哲学における量子の実在性に関する試論. 有名な原理であり、量子力学を解説した殆ど全ての書籍で取り上げられて. いる。しかし、この原理を巡っては理解に差があり、混乱もある。もとよ. り、物理学の詳細を論じることは本論の目的とするものではないが、西田. の量子力学の理解にハイゼンベルグの“Die physikalischen Prinzipien der. Quantentheorie”〔1930〕⁴¹における不確定性原理に関する記述が少なから. ず影響を与えているため、同原理の意味するところを「現代」の観点から. 少し詳しく見てみたい。. 小澤正直によれば、量子における不確定性は3つの定式化から構成され. ている。まず、「位置の測定誤差と測定による運動量の擾乱」に関するす. る不確定性⁴²がある。ハイゼンベルグが前掲論文内⁴³でガンマ線を電子. に当て位置を測定する思考実験を示した際に発生するとした不確定性であ. る。位置の精度を高めようとガンマ線の波長を短くすると、ガンマ線の運. 動量は逆に増加し、電子をより激しく擾乱する。このため、電子の位置と. 運動量の観測時の不確定性の積はプランクの定数を2πで除した数値以上. になるという原理である。. 次にケナードとロバートソンが1927/29年に示した不確定性が存在す. る⁴⁴。量子が本来持つ不確定性であり、その標準偏差の積はプランクの定. 数を2πで除した数値以上になるという原理である。この不確定性関係式. は測定の精度とは無関係で、量子力学の要請から数学的に導かれる⁴⁵。. なお、小澤の提示した3番目の定式化は、二つの物理量の同時測定にお. ける精度⁴⁶に関する不確定関係である⁴⁷。小澤は、同論文中で誤差擾乱、. 標準偏差の新たな関係を不等式にまとめ、ハイゼンベルグの「位置の測定. 誤差と測定による運動量の擾乱」に関する不確定性が、1927年に提示さ. れた最小値より小さくなり得ることを示した。小澤の不等式と呼ばれる関. 係式である。. ここで、西田が参照したハイゼンベルグの“Die physikalischen Prinzipien. der Quantentheorie”〔1930〕⁴⁸における不確定性原理の記述を改めて確認. すると、物理量の標準偏差による不確定性の関係式が示されたのち、その. 具体例として「位置の測定誤差と測定による運動量の擾乱」に関する不確. 定性が示されている。つまり、前述の論文に従えば、別の概念が混同され. 2020final.indd 15 2021/02/21 14:24. 16 研究論文:査読論文. ていることになる。. 他の同時代の解説書であるディラックの『量子力学』においては、観測. による影響をかき乱すと表現しているが、そこでは不確定性原理は言及さ. れず、電子の波動性に基づく不確定性を「ハイゼンベルグの不確定性原. 理」と呼んでいる⁴⁹。つまり、粒子が本来持つ標準偏差による不確定性を. 「ハイゼンベルグの不確定性原理」と呼んでいると理解できる。. 後年の代表的な量子力学の解説書の一つである砂川重信『量子力学』. 〔1991〕においては、粒子の波動性に基づく不確定性を「ハイゼンベルグ. の不確定性関係」⁵⁰と呼んでいる。ディラックと同様と言ってよい。ただ. し、不確定関係に対して、「ここにBornの確率解釈がはいりこんでくる原. 因がある」⁵¹と記述している。「測定時の擾乱に基づく不確定性原理」は言. 及されていない。. このように「ハイゼンベルグの不確定性原理」という用法は、「位置の. 測定誤差と測定による運動量の擾乱」による不確定性と「標準偏差による. 不確定性」の両者を指すケースがあり、どの意味で使用されているか、そ. の都度確認が必要である。また、ボルンの波動関数の確率解釈は、電子が. 本来持つ波動性を確率の波動と解釈したものである。その波動性に基づく. 揺らぎが標準偏差に基づく不確定性の原因にもなっている。. まとめれば、粒子が標準偏差による不確定性を示し、確率の波動を伴う. のは、粒子の持つ波動性というその本性に基づくものであり、「測定時の. 誤差と擾乱に基づく不確定性」を原因とする現象ではないということにな. る。しかしながら、以下に述べる西田の議論は後者の論理に沿っている。. しかし、ここでの目的は、西田による量子論解釈の時代的限界を指摘す. ることにあるのではない。解釈が時代性を持つのは、普通のことであるし、. その内容は当時の先端的な物理学の解釈に整合している。それを後世の知. 識を以って批判しても得るものはない。検討したいことは、西田の解釈を. 歴史的解釈として位置付けるのか、一定の時代的制約を認識しつつ、なお. 普遍性を抽出し、量子力学的世界解釈を議論する立場をとるかという選択. についてである。以下の議論は、後者の立場に立ち、その普遍性を顕現化. させることを目指している。. . 2020final.indd 16 2021/02/21 14:24. 17後期西田哲学における量子の実在性に関する試論. 西田は「知識の客観性について」〔1943〕において、量子力学について. まとまった論考を展開している。この論文では、ハイゼンベルグの“Die. physikalischen Prinzipien der Quantentheorien”(量子論の物理的基礎)〔1930〕⁵²、. 同じく「現代物理学における古代自然哲学の思想」〔1937〕⁵³及び湯川秀樹. の『極微の世界』⁵⁴を参照している。. この論文で西田はまず、「私は量子力学を理解するものではない。従っ. てそれが古典的物理学と如何に異なるかを専門的に審 つまび. らかにするものでは. ない。しかし要するに、微視的なものにおいては、現象そのものに、著し. き影響を与えることなしに、それを観察することができないと言うにある. と思う」⁵⁵と量子力学の特徴を把握する。そのまま、西田は観測による光. 量子の電子への衝突を要約し、「如何なる実験でも、この不精確度の間に. 成立する一定の関係に到達する。この関係がいわゆるハイゼンベルグの不. 精確律であって、位置の不精確度と運動量の不精確度の相乗積が、プラン. クの常数より小さくなり得ないということである」⁵⁶と続ける。さらに引. 用すると、「然るに量子力学では、粒子の位置及び速度の内、その一方し. か正確に決定し得ざるが故に、波動方程式を解いて波動函数を求めたとし. ても、ただ色々な物理的量が色々な値を取る確率が、幾 いくばく. 何であるかを知る. だけである。 従って個々の粒子の、その後の位置または速力を予知する. ことは、一般に不可能であり、同様な粒子が非常に多数存在する場合、位. 置速度、その他の物理量の、種々なる値を取る粒子の数の分布を知り得る. だけである(湯川「極微の世界」)」⁵⁷とまとめられ、古典的な因果律の否. 定をもたらすことが論じられる。. それぞれの引用文の文意は、その中で閉じている限り、本章前半の「現. 代的」議論上の間に不整合は見当たらない。 ハイゼンベルグの混同が影. 響を及ぼしているとすれば、「粒子の位置及び速度内、その一方しか正確. に決定し得ざる」原因を「測定時の誤差と擾乱」だけに求めている可能性. があるということである。不確定の要因には、他に粒子の波動性という本. 性に基づく要素もあり、確率波動も波動性という本性に基づくものである。. この混同が西田の思考に本質的な影響を与えたか否かは、西田が確率的現. 象を測定による擾乱の単なる付随現象と見ているか、あるいは物質界の本. 2020final.indd 17 2021/02/21 14:24. 18 研究論文:査読論文. 性と見ているかから、判断することができる。次節で詳細は確認するが、. 西田は確率現象を「世界成立の根本的形式」に基づくものと捉えている。. つまり、確率現象は粒子の本性と捉えていることがわかる。以上から、ハ. イゼンベルグの混同は、西田の確率現象の理解に本質的な影響は与えてい. ないと考えている。. 「知識の客観性について」では、次に絶対矛盾的自己同一の議論が展開. されるのだが、その中で、客観的世界は我々と対立、あるいは否定するも. のではなく、「真の絶対的世界は、我々の自己を包むものでなければなら. ない」⁵⁸とされる。そして、「私はかかる意味において、今日の量子力学と. いうのは、物理学的知識が自己自身の発展の結果、かえって自己自身の出. 立点を反省して、自己自身の真相に到達したものではないかと思う」⁵⁹と. まとめられる。出立点に関しては、「物理的実験において、粒子の位置と. 速度とが同時に決定せられないということが、現今の量子力学の出立点と. なっている」⁶⁰と言明される。. 西田はこの出立点の検討から、相補性原理と矛盾的自己同一との関連に. 議論を進める。物理学が相補性を考えなければならない立場を「それには. どこかに矛盾的自己同一という立場がなければならない。私はそれを歴史. 的身体的立場と考えるのである。身体において我々は見ることが働くこと. であり、働くことが見ることである、すなわち行為的直観的である。否、. 逆に歴史的世界の自己形成として、かかる立場を我々は身体的と考えるの. である。それは作るものと作られるものとの矛盾的自己同一の立場であ. る」⁶¹と説明される。. つまり、量子力学が測定時の不確定性という実験的事実に出立点をおき、. その実験を実施する自己の関与を世界に含み、かつ粒子の位置と速度が同. 時に決定せれえない測定という働きが、見ることを困難とする矛盾的世界. と解される⁶²。. 他方、古典的物理学は身体的であり、直観的であるとされる⁶³。その対. 象のスケールが我々の日常生活のそれを含むものであることから、この言. 明は納得できる。量子力学との相違は次のようにまとめられている。. 2020final.indd 18 2021/02/21 14:24. 19後期西田哲学における量子の実在性に関する試論. しかし古典的物理学は、自己自身の立場が矛盾的自己同一である. ということを自覚するに至らなかった、単なる自己同一と考えてい. た。あたかも実在そのものを直観するかに考えた。直観そのものの. 矛盾的自己同一に気付かなかった。量子力学に至って、物理学がか. かる自己自身の本質を自覚するに至ったのである。それは歴史的世. 界の矛盾的自己同一の上に、基礎付けられているのである⁶⁴。. 歴史的世界と物理学的世界との関連は、第2章で詳しく検討したように、. 後者は前者の一側面であり、そこから矛盾的自己同一という本質が貫かれ. ることになる。観測、実験に基づく物理学の方法を用いる場合、日常スケ. ールを対象とした古典物理学では、物質の矛盾的側面は顕現化しなかった. という言明とも解することができるだろう。. 3.2 確率的波動と矛盾的自己同一. 本節では波動関数の確率波解釈について考察する。西田の波動力学及び. その確率解釈への言及は多くはないが、「物理の世界」〔1944〕において、. 次のように言及している。. まず、「絶対矛盾的自己同一の世界は、その根柢において、無限なる唯. 一的事の世界として、創造的世界、すなわち生滅の世界でなければならな. い」⁶⁵と、世界の根本的な特徴が示される。そして、波動力学について、. 次のような解釈が示される。. 専門家の問題に立入ることは差し控えねばならぬが、今日の波動. 力学において、波と考えるものは、時間空間の矛盾的自己同一とし. て生滅の波と言うべきものでなかろうか。従来考えられた如きいわ. ゆる媒質においての波ではない。故に確率的波動とも考えられる。. 絶対現在の自己限定として、世界がどこまでも生滅の世界と考えら. れる時、物理的世界も爾 しか. 考えられねばならない。多の自己否定的に. 一として、時間が生滅の軸であり、一の自己否定的に多として、空. 間が永遠の軸であるのである。而 しか. してかかる時間空間の矛盾的自己. 同一の世界においては、上に言った如く、どこまでも時間的なるも. 2020final.indd 19 2021/02/21 14:24. 20 研究論文:査読論文. のは空間的に、空間的なるものは時間的に、個物と個物が相対立し、. それは個物相互限定の世界でなければならない。かかる個物的要素. と考えられるものが粒子である。故に粒子はどこまでも波動的でな. ければならない、波動はどこまでも粒子的でなければならない。多. の自己否定的に一として波動的であり、一の自己否定的多として粒. 子的であるのである。また歴史的身体的自己の自覚的に、物を以っ. て物を表現する物理的測定ということから物理的世界が成立する。. 光というものが、かかる測定の手段として用いられるのである。光. の速度が速度の最大限と考えられるのも、これによるのであろう。. すべて自然科学的知識は、世界の自己表現的過程としての、我々の. 身体的自己の自覚に基づくのである⁶⁶。. この後も議論が続き、自己の自覚との関連において、自己の自覚が世界. の自覚であること、歴史的世界において、我々の一々が個物として世界の. 始めであり終わりであること、物理的世界においても粒子は同様な性格を. 持ち、「それ(粒子)は一々が世界の生滅点である」とまとめられる。. まず、注目したいのは末尾に近い「物を以て物を表現する物理的測定と. いうことから物理的世界が成立する」という一文である。測定する主体は. 自己であるから、自己を除いて物理的世界は成立しないことになる。前節. の認識の延長にある。引用文より前の節で「我々の意識作用そのものが、. 世界の自己表現の過程であるのである」⁶⁷と述べられている。さらに、こ. の論文においては、「いわゆる巨視的物理学では、測定作用そのものが測. 定せられるものに何らの影響をも与えないと考えられていた。しかるに今. 日の如き粒子的物理学においては、然 しか. 考えることはできない」⁶⁸と述べ、. 水素原子間の距離を測定する例を示し、「空間時間的座標的に、粒子の位. 置を定めることはできない。量子力学の如きものに移り行く所以である。. しかしそれは物理学が真に経験の事実そのものに還ったことにほかならな. い。─中略─実在的世界は、どこまでも我々の経験の事実を離れたもので. あってはならない」⁶⁹と述べられている。測定時に対象に影響を与えるこ. と、粒子の位置を定めることができないという言明は、現代的見地にも一. 致している。前節で検討したのは、測定時の位置の誤差と運動量の擾乱に. 2020final.indd 20 2021/02/21 14:24. 21後期西田哲学における量子の実在性に関する試論. よる不確定性が粒子の確率的世界の根拠とはなり得ないことの確認であり、. 別の議論である。. . シュレーディンガーが提示した波動関数は、電子の本質を波動とし、波. 束としての描像を描いたものだが、コペンハーゲン解釈は粒子性と波動性. を共立させ、波動は粒子の存在確率を表すと解釈した。その解釈に従えば、. 波動は物質の波ではなく確率波と解釈され、また、測定により、波束は収. 縮し、粒子として観測されることになる。. 以上の理解に立ち、本節冒頭の引用文における、「今日の波動力学にお. いて、波と考えるものは、時間空間の矛盾的自己同一として生滅の波」で. あり、「媒質においての波ではない。故に確率的波動とも考えられる」と. いう西田の言明をどう理解し得るかということが、次の問題である。「粒. 子はどこまでも波動的でなければならない、波動はどこまでも粒子的でな. ければならない」という言明と、「それ(粒子)は一々が世界の生滅点で. ある」を合わせ考えるべきであろう。. 第2章で確認したように、物理学的世界は、歴史的世界の一側面であり、. また矛盾的自己同一の論理は、歴史的世界の自己形成の論理とされる。こ. の矛盾的自己同一の世界は、永遠に生滅的である。この生滅の世界という. 西田の基本認識は本節の冒頭でも確認した。ここから、「今日の波動力学. において、波と考えるものは、時間空間の矛盾的自己同一として生滅の. 波」との見解が示されることになるが、その展開はこの基本認識に沿った. ものと言える。次に生滅の波を何らかの媒質の波ではなく、「故に確率的. 波動とも考えられる」との言明から、生と滅が時空間の各点で表記され、. その値は時間的、空間的に波動として変化するという描像が描かれる。生. と滅という状態が同時的に存在する点で、矛盾的自己同一的である。. 「粒子はどこまでも波動的でなければならない、波動はどこまでも粒子. 的でなければならない」とは、相補性原理の確認ではあるが、波動が時間. 空間の生滅の波であると西田が解していたことを合わせ鑑みれば、粒子が. 時空間で生滅を繰り返し、それが波動であると言えよう。よって、西田は. 「それ(粒子)は一々が世界の生滅点である」と表現したと考えられる。. 2020final.indd 21 2021/02/21 14:24. 22 研究論文:査読論文. コペンハーゲン派の解釈では、波動は時空間における粒子の存在確率⁷⁰. を示すとされる。従って、粒子はある時間に於いては、空間のどこかに存. 在することになるが、観測するまで、それを記述することは出来ないとさ. れる⁷¹。そして、観測により、波動関数は急変し、ある一点に収束する。. 波動関数の収束と呼ばれる現象である。波動を生滅の波とした西田が、こ. の波動関数の収縮についてどう考えたか、次節で考えたい。. 3.3 波動関数の収縮. 現代の標準的な量子力学解釈においては、観測による「波動関数の収. 縮」あるいは「波束の収縮」は、射影仮説とも呼ばれる独立した公準にな. っている。波束の収縮とは重ね合わせ状態、数式的には線形結合された関. 数または、ベクトルで表示された状態から、観測という行為により、一つ. の状態が選択され、可能から現実に推移するという仮定である。その選ば. れる確率は、波動関数の振幅の絶対値の2乗に比例する。シュレーディン. ガーが提示した波動関数による微細な存在の記述は、波動力学と呼ばれる. こともあるが、波動関数の確率解釈および波動関数の収縮仮説により、量. 子力学におけるコペンハーゲン解釈に吸収されたと言える。. 波束の収縮については、ハイゼンベルグの前掲書においても言及されて. いる⁷²。また、湯川は、この現象の不可思議性を示したシュレーディンガ. ーの猫に関して、『極微の世界』に収録された「譬え話」というエッセイ. を残している。. 西田は、上記の『量子論の物理的基礎』も湯川の『極微の世界』につい. ても、「知識の客観性」を記述する上で、参照したことを記述している ⁷³。. 従って、観測による「波束の収縮」についてその現象を認識していたと考. えられるが、この現象に関する論説を残していない。. 前節までに検討したように、西田が「絶対矛盾的自己同一の世界は、そ. の根柢において、無限なる唯一的事の世界として、創造的世界、すなわち. 生滅の世界でなければならない」と認識し、波動を「時間空間の矛盾的自. 己同一として生滅の波」と解釈したとき、波束の収縮は、生か滅のどちら. かの状態に各点の状態が観測により確定することを意味している。「それ. (粒子)は一々が世界の生滅点である」という言明とも相通じるものがあ. 2020final.indd 22 2021/02/21 14:24. 23後期西田哲学における量子の実在性に関する試論. る。. 一方で、波動関数の収縮仮説は、確率的に分布した位置の確定であり、. 粒子の生滅とは述べられていないこと、また収縮の契機は観測であるが、. 西田の生滅は特にこの点に言及がないことから、完全に一致した解釈と理. 解するには難しい面もある。. 波動関数の収縮仮説には、異論もあり、これを認めない解釈、例えば多. 世界解釈も存在する。観測により、宇宙が違った状態に分岐するといった. 解釈である。そういう意味では、西田の解釈も波動関数の解釈の一つと位. 置付けることは可能であろう。. しかしながら、むしろ西田が自身の根本原理である絶対矛盾的自己同一. の世界の中に、波動関数を生滅の波として、位置づけたことをより積極的. に考えたい。これにより、量子力学的世界が、歴史的世界の一側面として、. 後期西田哲学において明確に位置付けられたと言えよう。. 4.おわりに. 本論考では、後期西田哲学における量子の実在性に関して、絶対矛盾的. 自己同一性から捉えた不確定性と確率現象を考察した⁷⁴。. 本論考では、単に量子力学に関する西田の論考を追うだけではなく、矛. 盾的自己同一を軸に、後期西田哲学における物理学の位置付けを捉えるこ. とをまず目指した。その結果、物理学的世界は「我々がそこから生れ、そ. こにおいて働き、そこへ死に行く」ところの歴史的世界の一面であり、. 「最も抽象的な物理学は、最も具体的な実在の記号面的自己表現」との言. 明を抽出した。さらに、古典的物理学が自己自身の自己矛盾的自己同一で. あることは自覚するに至らず、量子力学に至ってその自覚に至ったと西田. は述べる。そうであるならば、量子は矛盾的自己同一的実在と言える。. コペンハーゲン解釈では、量子力学における波動は、存在確率の波と解. 釈されている。西田はそれを「時間空間の矛盾的自己同一としての生滅の. 波」とした。矛盾的自己同一の世界は、永遠に生滅的であり、またそれは、. 歴史的世界の自己形成の論理でもある。量子力学における波動は、粒子の. 空間における位置の存在確率であり、生滅の意味は持たず、粒子は何処か. 2020final.indd 23 2021/02/21 14:24. 24 研究論文:査読論文. に存在し、観測による波動関数の収縮により、空間内の何処かに発見され. ることは、前章までに述べた。これを、歴史的世界においては、創造的で. あり、かつ永遠に生滅的な時間空間における生滅の波動と西田は捉えたの. である。存在確率はその物理学的世界における記号面的自己表現と言える。. 註. 1. 森田紘平「研究ノート「コペンハーゲン解釈」とは何か:ニールス・ボーアと崩壊 解釈は両立するか」、『科学哲学科学史研究』第8号、2014年、77-87頁。. 2. W.ハイゼンベルク『現代物理学の思想』〔1958〕、河野伊三郎、富山小太郎訳、みす ず書房、2008年、24頁。. 3. 同前、28頁。. 4. アインシュタイン「量子力学と実在」〔1948〕、『アインシュタイン選集1』湯川秀樹 監修、谷川安孝訳、共立出版社、1971年、200頁。. 5. W.ハイゼンベルク『現代物理学の思想』、前掲書、65頁。. 6. 西田幾多郎「物理の世界」〔1944〕、『西田哲学選集第2巻「科学哲学論文集」』野家 啓一編、燈影舎、1998年、192頁。また、全集における巻数、頁を付記する。『西田 幾多郎全集』第10巻、岩波書店、2004年、8頁。以下『全集』表記。. 7. 小坂国継『西田幾多郎をめぐる哲学者群像-近代日本哲学と宗教-』ミネルヴァ書房、 1997年、2頁。. 8. 西田幾多郎『善の研究』[1911]、小坂国継全注釈、講談社学術文庫、2006年、140頁。 『全集』岩波書店、2003年、第1巻、43頁。. 9. 同前、142頁。全集、同前、44頁。. 10. 同前、155頁。全集、同前、49頁。. 11. 同前、156-7頁。『全集』、同前、50頁。. 12. 同前、172頁。『全集』、同前、55頁。. 13. 同前、173頁。『全集』、同前、56頁。. 14. 同前、174頁。『全集』、同前、57頁。. 15. 小坂国継、注釈(3)、同前、175頁。. 16. 西田幾多郎「場所」〔1925〕、『西田幾多郎哲学論集Ⅰ』岩波文庫、1987年、84頁。『全 集』岩波書店、2003年、第3巻、427頁。. 17. 同前、101頁。全集、同前、440頁。. 18. 西田幾多郎「絶対矛盾的自己同一」〔1939〕、『西田幾多郎哲学論集Ⅲ』岩波文庫、 1989年、7頁。『全集』第8巻、岩波書店、2003年、367頁。. 19. 同前、7頁。全集、同前、367頁。. 20. 同前、7頁。全集、同前、367頁。. 21. 同前、7-8頁。全集、同前、367頁。. 2020final.indd 24 2021/02/21 14:24. 25後期西田哲学における量子の実在性に関する試論. 22. 同前、55頁。全集、同前、403頁。. 23. 西田幾多郎「自覚について」〔1943〕、『西田幾多郎哲学論集Ⅲ』岩波文庫、1989年、 194頁。『全集』第9巻、岩波書店、2004年、477-478頁。. 24. 西田幾多郎「物理の世界」、前掲書、203頁。『全集』第10巻、岩波書店、2004年、 18頁。. 25. 西田幾多郎「自覚について」、前掲書、181頁。『全集』第9巻、岩波書店、2004年、 468頁。. 26. 西田幾多郎「絶対矛盾的自己同一」、前掲書、58頁。『全集』第8巻、岩波書店、 2003年、405頁。. 27. 西田幾多郎「自覚について」、前掲書、214頁。『全集』第9巻、岩波書店、2004年、 492頁。. 28. 同前、218頁。全集、同前、495頁。. 29. 同前、252頁。全集、同前、520頁。なお、記号面的とは、例えば数学による表現と 解される。本書、209-210頁。全集、同前、489頁。. 30. 同前、209頁。全集、同前、489頁。. 31. 同前、210頁。全集、同前、489頁。. 32. 同前、186頁。全集、同前、471頁。. 33. 西田幾多郎「物理の世界」、前掲書、192-193頁。『全集』第10巻、岩波書店、2004年、 9頁。. 34. 小坂国継『西田幾多郎―その思想と現代』、ミネルヴァ書房、1995年、200頁。. 35. 西田幾多郎「実践と対象認識―歴史的世界に於いての認識の立場―」〔1937〕、『西田 幾多郎全集』(旧版)第8巻、岩波書店、1948年、425頁。小坂は全集旧版を参照し ている。漢字表記は新版に基づいている。新版は以下である。『全集』岩波書店、 2003年、第8巻、124頁。. 36. 小坂国継『西田幾多郎―その思想と現代―』、前掲書、182-183頁。. 37. アグネシカ・コズィラ「パラドックス論理のニヒリズム:西田とハイデッガー」、『日 本研究』33巻、国際日本文化研究センター紀要、2006年、93 ー 149頁。. 38. アグネシカ・コズィラ、前掲書、108頁。. 39. 西田幾多郎「絶対矛盾的自己同一」、前掲書、27頁。『全集』第8巻、岩波書店、 2003年、382頁。. 40. ハイゼンベルグ「量子論的な運動学および力学の直観的内容について」、川辺六男訳 『世界の名著68 ー現代の科学Ⅱ』、中央公論社、1970年、325-355頁。. 41. 英 訳、WERNER HEISENBERG, THE PHYSICAL PRINCIPLES OF THE QUANTUM THEORY, Translated by Carl Eckart and Frank Hoyt, Dover Publication Inc., 1949、及び邦訳、ハイゼンベルク『量子論の物理的基礎』、玉木英彦、遠藤真二、 小出昭一郎訳、みすず書房、1954年。なお、本論では基本的に邦訳に依拠した。. 42. Masanao Ozawa “Universally valid reformulation of the Heisenberg uncertainty principle on noise and disturbance in measurement” PHYSICAL REVIEW A67, 042105 (2003).. 43. 註40参照。. 44. 小澤は上記論文では、Robertson uncertainty relation と呼んでいる。. 45. ibid., p.042105-1.. 46. 小澤は、noiseと呼んでいる。誤差の意味と思われる。. 47. Ozawa, op.cit., p.042105-1.. 2020final.indd 25 2021/02/21 14:24. 26 研究論文:査読論文. 48. 註41参照。. 49. ディラック『量子力学―原書第4版改訂版』〔1930/1967〕、朝永振一郎、玉木英彦、 木庭二郎、大塚益比古、伊藤大介共訳、岩波書店、2017年、3-4頁及び116-118頁。. 50. 砂川重信『量子力学』岩波書店、1991年、22頁。. 51. 同上。. 52. 註41に同じ。. 53. ドイツ語の初版は、1937年に雑誌Antike(古代)に掲載されたハイゼンベルクの論 文である。 本稿では、西田自身の和訳および下記の和訳に依拠している。W.ハイゼ ンベル「現代物理学における古代自然学の思想」、『自然科学的世界像』田村松平訳、 みすず書房、1979年。日本語訳の第1版は、1953年の出版である。. 54. 湯川秀樹『極微の世界』、岩波書店、1942年。. 55. 西田幾多郎「知識の客観性について」〔1943〕、『西田哲学選集第2巻「科学哲学論文 集」』野家啓一編、燈影舎、1998年、133頁。『全集』岩波書店、2004年、第9巻、 361頁。. 56. 同前、134頁。『全集』、同前、362頁。. 57. 同前、134頁。『全集』、同前、362頁。. 58. 同前、178頁。『全集』、同前、400頁。. 59. 同前、178頁。『全集、同前、400頁。. 60. 同前、182頁。全集、同前、404頁。. 61. 同前、182頁。全集、同前、404頁。. 62. なお、歴史的身体については、同論文において、次のように述べられている。「我々 が物を作るには、身体というものがなければならない。然るに身体というものその ものが、既にこの世界から生成したものでなければならない。言わば自然の技術に よって作られたものである。更に我々の自己というものも、この世界から歴史的に 生成するものでなければならない。我々はこの世界において生まれ、働き、死に行 くものである。故に我々の自己は、歴史的身体的でなければならない。」(西田幾多 郎「知識の客観性について」、前掲書、140-141頁。『全集』岩波書店、2004年、第9 巻、368頁。. 63. 西田幾多郎「知識の客観性について」、前掲書、182頁。『全集』岩波書店、2004年、 第9巻、404頁。. 64. 同前、182頁。全集、同前、404頁。. 65. 西田幾多郎「物理の世界」、前掲書、192頁。『全集』第10巻、岩波書店、2004年、 8頁。. 66. 同前、228-229頁。『全集』、同前、41頁。. 67. 同前、226頁。『全集』、同前、39頁。. 68. 同前、220頁。『全集』、同前、33-34頁。. 69. 同前、220頁。『全集』、同前、34頁。. 70. 正確には波動関数の絶対値の二乗が存在確率を示す。. 71. ハイゼンベルク『現代物理学の思想』、前掲書 、28頁。. 72. ハイゼンベルグ『量子論の物理的基礎』、前掲書、35-36頁。. 73. 註41、註52および註54参照。. 74. なお、本考察から派生する問題として、筆者は下記の学会発表で西田の実在論とカ ンタン・メイヤスーの実在論との相違を、量子力学を媒介に論じている。「思想とし. 2020final.indd 26 2021/02/21 14:24. 27後期西田哲学における量子の実在性に関する試論. ての量子力学──相関主義批判と西田哲学における実在論の観点からの試論」、第2 回表象文化論学会 オンライン研究フォーラム2020、2020年12月20日。. (都市イノベーション学府博士課程後期・都市イノベーション専攻). 2020年12月31日査読を経て受領. 2020final.indd 27 2021/02/21 14:24. 28 研究論文:査読論文. Realism of quantum theory based on Nishida’s Later Philosophy —Discussion on Uncertainty and Probability from the viewpoint of Absolutely Contradictory Self-Identity—. Hiroichi Inoue. Almost 100 years have passed since the quantum mechanics was established. Its ability to predict precisely statical status of fine particles has been one of the sources of the electronics revolution. In 1920s, “Copenhagen interpretation” which was developed by mainly N. Bohr and W. Heisenberg became the mainstream of quantum theory. A. Einstein’s argument is famous and he did not believe it is a perfect theory because of its introduction of uncertainty and probability concept in physics, which contradicts the causality and reality. In this paper, we discuss the reality of Copenhagen interpretation from the viewpoint of Nishida’s later philosophy, especially his concept of Absolutely Contradictory Self-Identity. Kitaro Nishida wrote several papers on scientific reality in which he expressed his interpretation of quatum theory. We try to extract his philosophical concept concerning reality and the quantum thory through them. Chapter 1 surveys the history of the interpretation of quantum theory briefly, and chapter 2 describes the realism in Nishida’s Philosophy focusing on his understanding of physics. In chapter 3, we discuss the interpretation about the uncertain theory, probability, and wave packet reduction in his papers. Chapter 4 shows the essence of his intrerpretation of qantum theory where wave of quantum thory is based on wave of life and death in Absolutely Contradictory Self-Identity world.. 2020final.indd 28 2021/02/21 14:24

参照

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