Les Corbeaux
1 Seigneur, quand froide est la prairie, 2 Quand, dans les hameaux abattus, 3 Les longs angélus se sont tus... 4 Sur la nature défleurie 5 Faites s'abattre des grands cieux 6 Les chers corbeaux délicieux.
7 Armée étrange aux cris sévères, 8 Les vents froids attaquent vos nids ! 9 Vous, le long des fleuves jaunis, 10 Sur les routes aux vieux calvaires, 11 Sur les fossés et sur les trous 12 Dispersez-vous, ralliez-vous !
13 Par milliers, sur les champs de France, 14 Où dorment des morts d'avant-hier, 15 Tournoyez, n'est-ce pas, l'hiver, 16 Pour que chaque passant repense ! 17 Sois donc le crieur du devoir, 18 Ô notre funèbre oiseau noir !
19 Mais, saints du ciel, en haut du chêne, 20 Mât perdu dans le soir charmé, 21 Laissez les fauvettes de mai
空中に漂うもの
――ランボーの「烏たち」を読む――22 Pour ceux qu'au fond du bois enchaîne, 23 Dans l'herbe d'où l'on ne peut fuir, 24 La défaite sans avenir.
日本語訳 烏たち 主よ、牧草地が寒い時に、さまざまな衰弱した小部落で、長いお告げの鐘が静まった時に…… 色 あせた自然に大空から親愛なる優しい烏たちを降り注がせたまえ。 鋭い鳴き声の奇妙な軍隊よ、冷たい風がお前たちの巣を襲う! お前たち、黄ばんだ河に沿って、 古い路傍十字架のある街道の上で、堀の上そして穴の上で散開せよ、集合せよ! 数千羽で、一昨日の死者たちが眠っている、フランスの野の上で、飛びまわるのだ、冬、通行人の 一人一人が考えを改めることができるように! かくして、義務を叫ぶ者であれ、おお我々の不吉な 黒い鳥よ! しかし、空の聖者たちよ、魔法にかけられた夕暮れの中で失われた帆柱である楢の梢に、5 月の 虫喰 むしくい たちを残し給え、未来のない敗北が、森の奥、人を逃がさない草の中で鎖につないだ人々のため に。(1) こ の テ ク ス ト の 雑 誌 初 出 は 『 ラ ・ ル ネ サ ン ス ・ リ テ レ ー ル ・ エ ・ ア ル テ ィ ス テ ィ ク 』 L a
Renaissance littéraire et artistique誌の 1872 年 9 月 14 日号。ランボーが文学的なテクストを書いて
いた時期(1870 年代前半までの数年間である、というのが一般的な見方である)にランボーの書 いたものが雑誌に発表されることは稀であったと言える。彼が、公の場所に自らが書いたものを発 表する意志がなかったというわけでは必ずしもないことは、テオドール・ド・バンヴィルに宛てら れた 1870 年 5 月 24 日の書簡――その中でランボーは彼の 3 つの詩篇が『現代高踏派詩集』Le Parnasse contemporainに収録されることを望んでいるが、結局、収録されなかった――を見てもわ かることである。しかし、この「烏たち」の雑誌掲載を、当時フランスを離れてブリュッセル、そ してロンドンに滞在していたランボーが知っていたかどうか、という問題がある(2)。 さて、この詩にはランボーの自筆原稿も、ヴェルレーヌら友人による筆写原稿も残っていない。 製作の時期については 1870 年か 1871 年であるという説と、1872 年――発表された雑誌が刊行さ れた年――であるという説がある。ランボーは 1870 年から 1871 年には、フランスで当時、一般的
であった詩法(明確な脚韻、アレクサンドラン((12 音綴詩句))をはじめとする偶数脚詩句、など) に従った詩――それらは「詩集」« Poésies »あるいは「初期韻文詩」と呼ばれている――を書いて おり、1872 年(特に 5 月と 6 月)には、フランスの伝統的な詩法を踏まえつつ、しかしその詩法 からはみ出るような独特の書き方(不明瞭な脚韻、奇数脚詩句、詩行の長さの不規則性、などとい ったことを多用している)による詩――それらは「後期韻文詩」« Derniers vers »あるいは「新しい 韻文詩」« Vers nouveaux »と呼ばれる――を書いていることが特筆される。すなわち、この 2 つの 説の対立は、この「烏たち」が、「初期韻文詩」の 1 つとして取り扱われるべきであるか、それと も「後期韻文詩」の 1 つとして取り扱われるべきか、という対立である。 この「烏たち」は、8 音節 6 行の詩節を 4 つ連ねたものであり、彼の「後期韻文詩」のようにめ ずらしい詩法が用いられている、というわけではない。そのことはこれが「初期韻文詩」の 1 つだ、 という説の根拠となるだろうが、〈以前に使用した方法を後で再び使用する〉ということは全くあ りえないことではない。というわけで、制作年代を特定することは現時点ではできない。本稿では、 制作年代を厳密に特定せず、「後期韻文詩」の時期かその少し前ではなかろうか、という前提で話 を進める(3)。 さて、このテクストについては、ほとんど註釈のされていない作品集もあるので、〈平易〉なも のとして取り扱われうるものと言えるのだろう(4)。 確かに、死者に対する強い思いをここから感じ取ったら、それはそれだけで 1 つの読みでありう るのかもしれない。しかし、ランボーの他のテクストと関連させることにより、このテクストの、 目立っているとは言いがたいかもしれないが、しかし存在している〈特質〉を見出すことができる のではないだろうか。本稿は、その見出すことの試みである。 このテクストで語り手が数多くの烏たちに向かって「散開せよ、集合せよ!」Dispersez-vous, ralliez-vous !と命令することに着目することができる。 人間ではないものに命令をする、というのは、ほとんどの場合(たぶんここでも)無駄である。 ここでは、命令が従われないから無駄なのではなく、命令しなくても群れる烏達は空で「散開」し たり「集合」したりするだろうから、わざわざ命令する必要がないから無駄なのである。にもかか わらず命令する、というのは、烏達の「散開」や「集合」がここで重要であるからだ。どういうこ とだろうか。〈詩〉を読む際には、用いられる何らかの喩は重要であるので、なぜこのような擬人 法がここにあるのか、ということを解き明かす必要がある。 まず、ここで語り手が、自分の手の届かない場所にあって、自分では動かすことができないもの を、何とか自分の望み通りに動かそうとしている、ということが、ここで言える。不可能なことに
あえて挑戦することは、書く者をある断念に導くだろうが、しかしそれでも、不可能なことへの挑 戦によって、ついに、目指されたことの実現には至らなかったとしても、これまでに人がたどり着 けなかった地点にはたどり着けるだろう、ということも言える。ここで、ランボーの詩のいくつか が、書くことの断念によって終わっていることを思い出してもいいのではないだろうか(5)。 例えば「鶏頭の花壇が」Plates-bandes d’amarantes という言葉で始まる、題名のない(とされてい る)「後期韻文詩」の 1 つでは、ブリュッセルの大通りの、実際の情景とそこから連想されたもの を描写する言葉が続いた後に(途中から最後までを引用する。「後期韻文詩」のうちのあるものと 「烏たち」とが関連するからといって、「烏たち」が「後期韻文詩」の時期に書かれた、と言うこと はできない)――
Banc vert où chante au paradis d'orage, Sur la guitare, la blanche Irlandaise. Puis de la salle à manger guyanaise Bavardage des enfants et des cages.
Fenêtre du duc qui fais que je pense Au poison des escargots et du buis Qui dort ici-bas au soleil. Et puis
C'est trop beau ! trop ! Gardons notre silence.
— Boulevart sans mouvement ni commerce Muet, tout drame et toute comédie, Réunion des scènes infinie, Je te connais et t'admire en silence.
(雷雨の天国で、ギターに合わせて、白いアイルランドの女が歌う緑のベンチ。次にギアナの食堂 の子供達と鳥籠のお喋り。 公爵の窓がかたつむりと黄楊との日に当たりこの世で眠る毒について私に考えさせる。そして次に あまりにも美しい! あまりにも! 沈黙を守ろう。 ――動きも商売もない無言の大通り、全ての正劇と全ての喜劇、数々の場面の無限の集まり、私は お前を知っていてお前に黙って見とれる。)(6) 「毒」poison という語が登場し、その次に訪れることが予想されるのは間違いなく死なのだが、 それをランボーは書かない。なぜならそれは「あまりにも美しい」trop beau からである。もし死を
的確に言語で示すことができるとしたら、それは異様に美しい言葉であるだろうが、しかし、その ような言葉は実現しないだろう。中途半端なそれらしい言葉でごまかすのではなく、沈黙し、その、 単なる無言ではない沈黙の〈深さ〉で、書かれ得ない対象を的確に示そうとし、その後、速やかに テクストは終わると言える。勿論、ここには書くことの断念があるのだが、断念に至るまでにでき るだけのことを行うことによって、他の人が至らなかったような、断念の一歩手前までは到達した、 ということが言えるのかもしれない。 不可能なものに挑戦することは、通常では考えられないような地点まで詩人を導くと同時に、し かし、詩人に、目標を達成できなかったことによる徒労感をもたらす、ということも言える。その 徒労感が、死者たちへの思いがある「烏たち」というテクストの悲しみを強調しているということ も言える。 不可能なものへの挑戦は常に何らかのかたちで死に関するものであるだろうが、死と生との境界 を越え、死者と出会うことがここで目標とされていた、と言ってもよい(死者との出会い及び、死 を的確に語ることはどのようにして可能か、という問題に、ランボーはやがて、1873 年の『地獄
の季節』Une saison en enfer で、より大規模に取り組むことになる、と言えるだろう)。しかし、そ
のような出会いは実現され得ないので、この「烏たち」というテクストには失望感、悲しみ、が漂 う、ということが言える。
ところで、死者との出会い、ということに関して、次のテクスト――題名のない「後期韻文詩」 の 1 つ――を思い出すこともできよう(全体を引用し、網羅的な註釈をするわけではないが本稿に
関連することをいくつか指摘する)。
Entends comme brame près des acacias en avril la rame viride du pois!
Dans sa vapeur nette, vers Phœbé! tu vois s'agiter la tête de saints d'autrefois...
Loin des claires meules des caps, des beaux toits, ces chers Anciens veulent ce philtre sournois...
ni astrale! n'est la brume qu'exhale ce nocturne effet.
Néanmoins ils restent, — Sicile, Allemagne, dans ce brouillard triste et blêmi, justement! (アカシアの近くで 4 月にエンドウ豆の緑色の支柱を牡鹿の鳴き声のように聞け! 明確な靄の中に月の神(ポイベー)の近くで! お前は見る、昔の聖人の頭が動くのを…… 岬の明るい干草の山々からも、美しい屋根屋根からも離れて、そのなつかしい古い人々はこの陰険 な媚薬を求める…… さて週日のものでも天体のものでもない! この夜の効果が発散させるかすみは。 にもかかわらず彼等はとどまる、――シチリア、ドイツ、この悲しく蒼ざめた霧の中に、まさに!)(7) 空中に漂う水蒸気の塊が、雲のようなはっきりとしない形状を作り出し、それを見る詩人にさま ざまなものを想像させる。ここで詩人は、その塊の中に、「なつかしい古い人々」chers Anciens、 今はこの世にいない人々、死者、の姿を見る。 ランボーが後になって(1875 年頃までに((と一般的にみなされている)))書いた散文詩の集ま りである「イリュミナシオン」Illuminations の中の、「戦争」Guerre というテクストは「子供の頃、
いくつかの種類の空が私の視覚を洗練させた」Enfant, certains ciels ont affiné mon optique(8)と始まる。 これは、空中に漂うものを見てさまざまなことを想像することによって、雲や霧が実にさまざまな 形状であるために、想像力が驚くほど鍛えられる――ランボーの 1871 年 5 月の、いわゆる「見者 の手紙」で示された、普通では見えないものを見る者である「見者」voyant になる――ということ も意味しているに違いない。 そのようにして鍛えられたランボーが書いたと言えるこの全体を引用したテクストでは、死者と の出会いが成功しつつあるようであることが書かれた後で、しかしやはり断念がある。死者が、実 は「夜」に水蒸気の塊が空中に漂うことによって見られるものであり、それゆえ、死者との出会い が「天体」のような確実性を持っているものではない、ということがやがて気付かれてしまう(第
4の詩節)。そして最後の詩節は「にもかかわらず彼等はとどまる」Néanmoins ils restent と書かれ
で、彼等がとどまることは不自然なことだ、ということがすでに言われており、彼等との出会いは すでになくなりつつある。彼等の出現の土台であった「霧」brouillard はすでに「悲しく蒼ざめ」
triste et blêmiており、最後の「まさに!」justement!という叫びは、実際にはそうではないのだがそ
うであってほしい、という思いを示すものでしかない。不可能なことに挑戦して、「夜の効果」 nocturne effetに助けられて一時はそれを成功するのではないかと思ったのだが、しかしやはり失敗 し、断念してしまい、結果として、詩人を満足させるものではないかもしれないが、めずらしさの あるテクストが残される。 ここで、「烏たち」というテクストについて、次のことも言える。遠くで「幾千も」群れている 鳥たちが「散開」し「集合」することによって、存在感の強い煙のような、不規則で曖昧で巨大で 何かただならぬ物体――それは、先程引用した Entends comme brame で始まる詩で重要であった 「霧」にも似ている――が空中に形成されることを詩人が望んでいるのではなかろうか。そのよう な物体、塊、は、実にさまざまな形状となりえるものであり、次々に形を変えるため、名付けにく い。そのような塊について言葉で言うこと、あるいは、そのような塊を見て、的確に認識しようと することは、時としては「∼のようだ」と、他の何か特定のものになぞらえることであるだろうし、 時としては何を言ってよいか、どのようなものとして取り扱ってよいか判断することが難しいので、 戸惑う(あるいは、何かを言うことを断念してしまう)ことである。いずれにせよ、想像力を鍛え ることであり、それまでに書かれたことのなかったような言葉の群れを書くことでもありうる。烏 たちは、第 18 行に書いてあるように「不吉な」funèbre(この形容詞には、「葬式の」という意味 もあり、強く死に関わるものとしてここで登場している)鳥であるので、大量のそのような鳥から なる塊は極めて不吉な塊であり、人に死を強く思わせる。人が生きている状態で死を疑似体験して いる、と言ってもよいのかもしれない。その時に塊の中に人が想像して見るものは死者の姿である だろう。 そのような塊が飛び回るのを見ることによって、「烏たち」の第 15 行と第 16 行に書かれてある ように、「通行人の一人一人が考えを改めることができる」ということが言える。ランボーの「見 者の手紙」の 1 つである、1871 年 5 月 15 日にポール・ドメニー Paul Demeny に宛てられた手紙の 一部――見出すべき 1 つの言語(langue)に関する部分――を引用する。
Cette langue sera de l'âme pour l'âme, résumant tout, parfums, sons, couleurs, de la pensée accrochant la pensée et tirant. Le poète définirait la quantité d'inconnu s'éveillant en son temps dans l'âme universelle : il donnerait plus — que la formule de sa pensée, que la notation de sa marche au Progrès ! Énormité devenant
norme, absorbée par tous, il serait vraiment un multiplicateur de progrès ! (この言語は、魂から魂へと向かうものであって、全て、匂いも、音も、色も要約し、思考を引っ掛 けて引き寄せる思考からなるものであるでしょう。詩人はその時代に万人の魂の中で目覚める未知な るものの量を明確にするでしょう。彼は彼の思考を表すための決まったやり方や、進歩 .. に向かう彼の 歩みの記録以上のものを与えるでしょう! 莫大さが常識的な規範となり、全ての人に吸収され、本 当に彼は進歩の乗数になるでしょう!)(9) 本稿では、ランボーの独自性の強い考え方が密度の濃い文章によって示されている「見者の手紙」 を、本格的に読むことはできない。ここでは、今回進めている論を進めるために、この引用部分か ら取り出しうる一部のことを指摘するにとどめたい―― ランボーは、限られた一部の人々だけが、 自らの感覚を鋭敏にしたり、独特の言語を使用したりするようになること、を望まなかった。そう ではなくて、全ての人々がある言語を使用して、未知なるものを感じることを望んでいた、という ことが言える。勿論、手紙に書いてあるからといって、本当にそれを望んでいたのか、という疑問 は生じるのだが、しかし、そのような願望を思い付き、書くことができた――ある程度は自分のも のとしていた――ということは言える。 全ての人々が、それまでに感じたことのないような未知なるものを感じることがここで望まれて いる。その願望が実現されるためには、何らかの特異なきっかけが必要であるだろう。例えば、
「烏たち」というテクストで書かれてあるように、「フランスの野の上」sur les champs de France で、
大量の烏たちからなる、不可解で、未知のものであると言える、飛び回る塊を人々が見ることのよ うな。それゆえ、この「烏たち」の中で、第 16 行で、「通行人の一人一人が考えを改める」ことが 望まれているのである。 勿論、この「考えを改める」repenser という語について、シュザンヌ・ベルナールによる註釈の ように次のように言うことができる。「通行人は死者たちのことについてだけでなく、彼等の犠牲 をもたらした政体のことについて〈再考する〉ことをし、また、共和国の「義務」に関して勇気付 けられたと感じるに違いない。」(10) この「烏たち」が飛び回ることは、国のために、普仏戦争やコミューンで死んだ者達を人々に思 い出させる(のであってほしい)、ということが、「烏たち」の中で言われている、ということは言 える。だが、詩的なテクストを、政治的な思想の表明や、歴史的事実の記録としてだけ見ることは 適当ではないだろう。何が書かれてあるかを読み取ることよりも、どのような語を用いてどのよう に書かれてあるか、ということを重視して読まなければならない。
第 14 行の「一昨日の死者たち」des morts d'avant-hier というのは、シュザンヌ・ベルナールなど 複数の人が指摘するように、奇妙な言い方である。なぜ「昨日の死者たち」ではないのか。ここで、
実際の事件とこの言い方を関連させる(どの事件と関連するかについては、すでに複数の研究者に よっていくつかの説が提示されている)前に、この言い方について次のように考えることができる のではなかろうか。「一昨日の死者たち」とは、すなわち、忘れられかけている死者たちである、 ということができる。なぜなら、昨日(勿論、比喩的な意味であり、比較的近い過去を示す言葉で あるだろう)の死者は、まだなまなましく記憶されていて、思い出させる必要はまだないかもしれ ない。また、一昨日よりもさらに前の死者はほとんど鮮明な記憶としては残っていないかもしれな い。その間で、「一昨日の死者たち」は、鮮明に思い出すことはまだ可能だが、しかし、忘れ去ら れかけている死者のことであるのではないだろうか。そのような死者たちのことを人々に思い出さ せること、さらに言えば、そのような死者との出会いという、不可能なことに、しかし新たな特異 な言葉によって挑戦させることは、何らかの大きなきっかけがなければできない。そのきっかけと してランボーが望んでいるものが、数千羽の烏たちからなる空中を漂う巨大な、曖昧で見る人に不 安を与え、どのような言葉を発してよいか戸惑わせ、死を思わせる塊であるのではなかろうか。 そして最後の詩節。ここで、「烏たち」ではない鳥が出てくる。このムシクイたちも、人が死者 のことを思うために必要な鳥たちである、ということが言われている。烏たちは群れてはっきりし ない塊を形成するものとして登場していたのだが、ムシクイも決して、烏たちと異なり明快でわか りやすいものとしてここで登場しているのではない。最後の 3 行で書いてあるように、この鳥も、 死者のことを思い出させるために重要なのである。この鳥について、シュザンヌ・ベルナールは次 のように解釈する。 「ブイヤーヌ・ド・ラコストによると、「5 月の虫喰むしくいたち」は、希望と未来への信頼の象徴で ある。しかし、ランボーが反対に「未来のない敗北」について言っているのに、どのようにしてこ の意味に到達することができよう? 逆に、ランボーは、冬の終わりに、最後の慰めとして、ムシ クイたちが森に戻ってくることを望んでおり、その森では、死によって〈鎖につながれた〉、敗北 の犠牲者である兵士達、その敗北の責任者ではない兵士達が横たわっている。この詩全体がばかげ た敗北と死への恐怖を表している。」(11) この説得力のある(と思われる)解釈に付け加えたいのは、次のことである。烏たちの塊は戦っ ている「軍隊」armée(第 7 行)のような圧倒的な存在感を持つものであり、確かにそれは重要な ものであるのだが、しかし、そのような力強いものがあると、それに隠れて(あるいは、それに殺 されて)目立たなくなるもの、消えるものもある。そのような目立たないものも、戦いの中で無名 のまま死んでいった兵士たちに時として類似し、そのような兵士たちを強く人に思わせるものであ るので、重要である――ということが、ここで言われているようでもある。
言えることはまだある。最後だけにムシクイという鳥が登場するのは〈バランスが悪い〉という
ことが言えないだろうか。「烏たち」を読むと、カラスもムシクイも同じくらい重要な役割を持っ
ているように読めるのだが、しかし、この 2 種の鳥に関する言葉の量は大きく異なる。なぜだろ う。
最後の詩節では、それまで「軍隊」及び「不吉な黒い鳥」funèbre oiseau noir(第 18 行)と呼ば
れていた烏たちが、「空の聖者たち」saints du ciel(第 19 行)と呼ばれている。これは、烏たちが、 「主」Seigneur(第 1 行)が地上に向けて舞い下ろした者たちであることを示すとともに、〈この世 にいるかいないか判然としない者たち〉である、ということをも示しているのではなかろうか。 烏たちの群れの塊は夜がやって来るとともに人の目には見えなくなってしまうのであり、第 4 の 詩節は夕方に起こることが書かれているので、ここで烏たちの塊が見えなくなっていく。前述した ように、空中を漂っている、烏たちの不定形で大きな塊が、見る人の想像する力を増大させるもの でありえた。「不吉な」――あるいは、〈葬儀に関わるような〉(funèbre)――鳥たちがそのような 塊を形成することにより不吉さはより拡大し、それゆえ、人は死者のための宗教的な(「主」 Seigneur、神、と関わるような)儀式――葬儀――で祈りつつ死者と出会おうとしているかのよう に、死を実になまなましく想像することができるのかもしれなかった。しかし、そのようなことが 可能である時間はこの場合、あまり長く持続することができない。詩的なテクストは、何らかの感 興がなくなった時に終わらなくてはならないのだから、夜が訪れつつあり、烏たちの塊を見ること ができなくなった時にこのテクストは終わらなければならなかった。というわけで、最後にやや唐 突に、1 つの断念――死者との出会いを持続させ、より本格化させることを断念すること――を示 し、また、断念の寸前にある、これまでにあまり到達されたことがないかもしれない地点(その地 点が、テクストの終わりに近い部分だけで示されている、とは限らない)があることを示すために、 このテクストは、予想される部分(もう一種類の鳥であるムシクイが登場する部分)が書かれる前 に終わった――のではなかろうか。 註 (1) テクストの各行の冒頭にある数字は、論じる際に使用する、行の数を示すためのもので、勿論、原 文には存在しない。 本稿で引用したランボーのフランス語のテクストについては、フランスで刊行された数々のランボ ー作品集及びランボー全集を参照したが、それらの中で最も精緻な校訂を行っていると思われるステ ィーヴ・マーフィーの編集によるランボー全集 Arthur Rimbaud, Œuvres complètes I Poésies, Édition critique avec introduction et notes par Steve Murphy, Honoré Champion, 1999のテクスト(p. 801)を使用し た。この全集では、ランボーのそれぞれのテクストが正確にはどのような形状であるか(例えば、単 語の綴り方、句読点の位置など)について及び、製作時期、それから独特な詩法についての詳細な註
があり、参照する価値が大きい。また、「烏たち」については、4 ページに及ぶ註(p. 802 − 805)で、 製作時期及び、雑誌初出の際の事情(ランボーは果たして、自ら進んでこの詩を雑誌に発表したの か? など)について、これまでにさまざまな人々によって提示された説を踏まえつつ詳しい解説及 び考察を行っている。 また、本稿では、日本語訳は、これまでの数々の日本語訳を参照しつつ、ここではあえて筆者によ る散文として訳したものを使用した。散文の一段落が一つの詩節に対応している。これまでの日本語 訳の中で、特に注目されるものとして、最近までの研究成果を取り入れ、註釈が充実している平井啓 之・湯浅博雄・中地義和訳『ランボー全詩集』(青土社、1994)及び、宇佐美斉訳『ランボー全詩集』 (ちくま文庫、1996)を挙げておきたい。 日本語訳の 1 つの問題について。最後の詩節に登場する fauvette という鳥の名前については、「頬白」 (前掲した平井・湯浅・中地訳『ランボー全詩集』81 ページ及び、前掲した宇佐美訳『ランボー全詩 集』98 ページ、など)という訳語がある程度定着しているようだが、ジャン=クロード・シャントラ
Jean-Claude Chantelatによるフランスの鳥の図鑑 Les oiseaux de France (Solar, cinquième édition, 1998)を 見ると、日本で「ムシクイ」と呼ばれる Sylvia 属の小鳥達が一般的に fauvette と呼ばれていることが わかるので、ここでは「虫喰(ムシクイ)」と訳した。
(2) 「烏たち」の雑誌初出に関しては、特に、前掲したマーフィーによる全集の註(p. 802-805)を参照。
(3) 制作年代に関しては、前掲したマーフィーによる全集の註(p. 802-805)を参照。
(4) 例えば、ルイ・フォレスチエが編集し、註を付けたランボー全集(Rimbaud, Œuvres complètes,
Correspondance, édition présentée et établie par Louis Forestier, Robert Laffont, 1992)は、比較的註釈が充 実した全集であると言うことができるのだが、しかし、この「烏たち」については、このテクストの 雑誌初出と製作時期などに関する比較的短い註を付けるにとどめている(p. 450-451)。 (5) ランボーの、書くことの断念と、擬人法、ということに関連したものとして、いわゆる「初期韻文 詩」の 1 つである「戸棚」Le buffet というソネをここで挙げることもできる。ここで語り手は古い大 きな戸棚の中からいろいろなものを見出す。最後の 3 行を引用する(前掲したマーフィーによる全集 から引用((p. 282))。散文として訳した日本語訳は筆者による)。
− Ô buffet du vieux temps, tu sais bien des histoires,
Et tu voudrais conter tes contes, et tu bruis
Quand s'ouvrent lentement tes grandes portes noires.
(――おお古い時代の戸棚よ、お前はたくさんの歴史を知っていて、お前はその話がしたいだろ う、お前はゆっくりと大きな黒い扉が開くときに音を立てる。) ここから後には何もない。戸棚による何らかの話が書かれているということはない。何か興味深いこ とがこれから書かれるのではないか、という期待は裏切られ、沈黙が広がるばかりである。 このテクストがこのように終わっているというのが興味深い。人ではないものは時として、何かの 言葉を言いたいのではないかと人に思わせるのに何も言えないのである。ここでは、書き手がいろい ろと想像して語らせるということもしていない。通常では聞き取ることのできない言葉を聞き取ろう として断念し、その断念を示すためにここでテクストを終わらせている、と言えるだろう。最後に置 かれた「大きな黒い扉」grandes portes noires という 3 つの単語は、言わば〈異界に向かって開いた〉
扉であるかのようであり、そこからこちらに届こうとしている言葉を何とかしてランボーが記録しよ うとして、そして失敗しているかのようである。 (6) 前掲したマーフィーによる全集(p. 859-860)から引用し、日本語訳は筆者による散文として訳した ものを使用した。 (7) 前掲したマーフィーによる全集(p. 813)から引用し、日本語訳は筆者による散文として訳したもの ものを使用した。
(8) ピエール・ブリュネルの編集したランボー全集である Rimbaud, Œuvres complètes, Introduction,
chronologie, édition, notes, notices et bibliographie par Pierre Brunel, La Pochothèque, 1999, p. 491から引用 し、日本語訳は筆者によるものを使用した。
(9) 前掲したブリュネルによる全集の p. 246 から引用し、日本語訳は筆者によるものを使用した。
(10) « Le passant doit « repenser »‚ non seulement aux morts, mais au régime qui a entraîné leur sacrifice, et se sentir fortifié dans le devoir républicain.»‚ シュザンヌ・ベルナールが編集し註釈を付けたランボー作品集 である、Rimbaud, Œuvres, édition de Suzanne Bernard, Garnier, 1960 の、Les Corbeaux の註釈部分から引 用(p. 385)。日本語訳は筆者による。
また、この註の引用した部分の前の部分で、「烏たち」の「一昨日の死者たち」des morts d'avant-hier という言い方について及び、このテクストの、前述したように特定しがたい制作年代に関して、次の 註がある。
「表現が奇妙だ。なぜ「昨日の」死者ではないのか? (中略)たぶん普仏戦争の死者達は、1871 年 の 死 者 達 で あ る コ ミ ュ ー ン の 死 者 が 昨 日 の 死 者 で あ る の で 、 一 昨 日 の 死 者 な の で あ る 。」
« L'expression est étrange : pourquoi pas plutôt les morts « d'hier » ? (...) peut-être les morts de la guerre sont-ils d'avant-hier par rapport à ceux de la Commune, morts en 1871.»(前掲書の同じページ。日本語訳は筆者に よる)
(11) « Les fauvettes de mai sont, dit Bouillane de Lacoste, des symboles d'espérance et de confiance en l'avenir. Mais comment peut-il arriver à ce sens, alors que Rimbaud parle au contraire de la défaite sans avenir? Il semble au contraire que Rimbaud demande qu'à la fin de l'hiver, comme consolation dernière, les fauvettes de mai reviennent dans les bois où reposent, « enchaînés » par la mort, les soldats victimes d'une défaite dont ils ne sont pas responsables. Tout le poème traduit l'horreur d'une défaite et d'une mort stupides.» 前掲したベルナール による作品集の注釈から引用(p. 385)。日本語訳は筆者による。
付記
前掲した、ピエール・ブリュネルの編集したランボー全集の中のブリュネルによる註のように、「烏た ち」とランボーの「後期韻文詩」の 1 つである「カシスの川」La Rivière de Cassis との関連を重視する 読み方もこれまでになされているが、このことについて検討するためには、「カシスの川」という、 〈難解〉なテクストの、ある程度の読解も必要であるため、別の機会に検討したい。