臨 床 報 告
進行性核上性麻痺,食道癌放射線治療により全量経管栄養管理から
全量経口栄養摂取可能となった一例
A Patient Had Been Fed by Total Tube Feeding Because of a History of Progressive Supranuclear Palsy and Radiotherapy for Esophageal Cancer Was Able to Be Fed by Total Oral Intake
上杉 雄大,伊原 良明,野末 真司
林
皓太,髙橋 浩二
Yuta Uesugi, Yoshiaki Ihara, Shinji Nozue, Kota Hayashi and Koji Takahashi 抄録:緒言:今回,進行性核上性麻痺(PSP)の既往を有し,食道癌放射線治療後の摂 食嚥下障害によって全量経管栄養管理となった患者が,複合的な嚥下訓練が著効し,全 量経口栄養摂取可能となった症例を経験したので報告する。 症例:患者;76 歳男性。既往歴;PSP。現病歴;2016 年 4 月,胸部食道癌に対し, 陽子線化学療法を実施。2016 年 9 月,胸部食道の狭窄を認め,内視鏡下バルーン拡張 を三度施行するも,食道裂創を認めた。胸部食道の狭窄は残存。以降誤嚥性肺炎を繰り 返したため,嚥下訓練目的より当科紹介受診。現症;体重:52.7 kg,modified Rankin Scale 4,舌振戦あり,栄養摂取状況:藤島の嚥下 Lv1。VF 検査よりかき込み食い,口 腔期の運動障害,上部食道狭窄を認めたが,咽頭期には大きな問題は認められなかっ た。当科診断;食道癌放射線治療後,PSP による摂食嚥下障害。 経過:上記診断の下,口腔衛生指導,頸部ストレッチ,咀嚼訓練と並行し,嚥下調整 食学会分類 2013 の 1j より直接訓練開始した。食事ペースに注意するよう指導し,段階 的に食形態の調整を続け,藤島の嚥下 Lv は 7 まで改善した。 考察:本症例における誤嚥性肺炎の原因として,ペーシング障害,口腔期の運動障 害,上部食道狭窄が原因と考えられる。各原因に対し,複合的な摂食指導・嚥下訓練を 継続したことから,藤島の嚥下 Lv が 1 から 7 まで改善したと考える。 キーワード:高齢者,進行性核上性麻痺,食道癌,嚥下障害 緒 言 進 行 性 核 上 性 麻 痺(progressive supranuclear palsy:PSP)は,1964 年に Steele らによって報告 され1),起立歩行障害,垂直性眼球運動,寡動,筋 強剛,発話障害や嚥下障害などの仮性球麻痺症状な どを認める2)。PSP の嚥下障害の合併頻度は,疾病 の 初 期 に は 16%程 度 で あ る が,進 行 と と も に 55~83%となることが報告されている3)。PSP によ る嚥下障害の進行に伴い,十分な経口摂取量が確保 できない場合には,経管栄養法の適用について検討 される。 食道狭窄は一般に食道炎の後遺症としてみられる ことが多く,胃食道逆流,感染症や放射線照射によ る食道炎が原因となり良性食道狭窄が引き起こされ ることが知られている4)。過去の報告では,化学放 射線療法後の食道瘢痕拘縮の発生頻度は 10%程度 とされる5)。食道瘢痕拘縮の治療としては,硬性ブ ジーやバルーン拡張術などが適応される6,7)。しか し,治療後も食道狭窄が残存した場合,狭窄部の食 塊通過障害による重度の嚥下障害を引き起こすこと が報告されている4)。 今回,われわれは食道癌放射線治療後の食道狭 窄,PSP の既往を有した摂食嚥下障害によって全 昭和大学歯学部スペシャルニーズ口腔医学講座口腔リ ハビリテーション医学部門
Division of Oral Rehabilitation Medicine Department of Special Needs Dentistry, School of Dentistry, Showa University
量経管栄養管理となった患者が,複合的な嚥下訓練 により全量経口栄養摂取可能となった症例を経験し たので報告する。 症 例 本症例報告は,患者本人および家族に十分なイン フォームドコンセントを行い,口頭により同意を得 たうえで行った。 患 者:76 歳,男性。 初 診:2016 年 9 月。 主 訴:口から食事がしたい。 家族歴:特記事項なし。 既往歴:2009 年頃より歩行時のふらつきを自覚。 2012 年 5 月に PSP の診断を受ける。2013 年頃,す くみ足に対しシンメトレル®100 mg の内服と,転 倒防止のため歩行器の使用を開始した。2014 年よ り言葉が出にくくなり小声が目立つようになり,す くみ足の程度,頻度も徐々に増悪を認めた。嚥下機 能に関しては,徐々に咀嚼が困難となり,舌の送り 込み不全が認められたものの,全量経口摂取可能で あった。 現病歴:2015 年 10 月に胸部食道癌の診断を受け る。この頃より,食道狭窄による嚥下困難感が出現 した。2016 年 4 月に胸部食道癌(cT3N1M0 Stage Ⅲ)に対し胃瘻を造設し,経管栄養に移行して,陽 子線化学療法を開始した(50Gy/25Fr)。CT・内視 鏡上で complete response が得られている。2016 年 9 月に上部胸部食道部の狭窄を認め,内視鏡下バ ルーン拡張術を三度施行し,三度目のバルーン拡張 術施行時に,食道裂創を認めた。食道裂創について は経過良好であったが,バルーン拡張術は追加実施 していない。その後,嚥下障害が悪化し,誤嚥性肺 炎を発症した。以降全量経管栄養管理となり,経口 摂取希望にて当科紹介受診となった。
口 腔 外 所 見:BMI 20 kg/m2,modified Rankin
Scale 4,認知機能良好,頸部可動域低下あり,安 静時に頻回の咳を認めた。藤島の摂食状況のレベ ル8)は Lv1 であった。 口腔内所見:Eichner 分類;A1,口腔衛生状態 不十分(OHAT;6 点),開口量 48 mm,軟口蓋挙 上不十分(偏位なし),舌運動不十分,舌振戦あり, 口唇閉鎖力低下あり(平均 9.1N:基準値 11N),湿 性嗄声を認めた(図 1)。呼吸状態は良好ではあっ たが,排出力は不十分であった。 嚥下造影検査(VF)所見:水分嚥下時は,舌送 り込み動作に大きな問題を認めず,嚥下反射の遅延 と嚥下後の少量の咽頭貯留は認めたものの,顕著な 喉頭侵入および誤嚥は認められなかった(図 2a)。 嚥下調整食 4 を用いた場合では準備期の延長と嚥下 反射遅延,かき込み食いを認めたが,顕著な嚥下後 の咽頭貯留,喉頭侵入および誤嚥は認められなかっ た(図 2b)。正面像より上部食道に食塊の通過障害 を認めた(図 2c)。 初診時臨床診断:食道狭窄および PSP による嚥 下障害,藤島の摂食・嚥下能力のグレード8)(Gr)5。 経過:初診時臨床診断として Gr5 と判断し,間 接訓練として咀嚼力の増強および食品を使用した巧 図⚑ 初診時嚥下機能評価
緻性の向上を目的とした咀嚼訓練,頸部ストレッチ の実施と誤嚥性肺炎予防のための口腔衛生指導を 行った。咀嚼訓練においては,一般的に使用される ガム咀嚼では窒息のリスクが高いと考え,スルメイ カの一端を手指で把持したまま,もう一端を咀嚼す るよう指導した。バルーン拡張術施行時に,食道裂 創を認めた既往より,食道狭窄部の食塊の通過障害 に対して,バルーンカテーテルによる食道狭窄部の 拡大はリスクが高いと判断したため,食道狭窄部を 拡張することを目的とした訓練は今回実施しなかっ た。経口摂取を開始する際,食道狭窄部に食塊が多 量に停滞しないよう,VF 結果にて食道狭窄部に貯 留しにくい食品として嚥下調整食 1j を選択した。 間接訓練と併行して,1 日 1 回の嚥下調整食 1j を 使用した直接訓練を開始した(Lv3)。また初診時 の VF 結果から嚥下反射の遅延が認められたため, かかりつけの神経内科医と対診を行い,咽頭感覚の 賦活を目的として神経内科からの指示でシンメトレ ル®100 mg から 200 mg への増量を開始したが,精 神障害が疑われ,100 mg へ再度減量した。体重の 減少や熱発を認めず,直接訓練による全身状態の変 化を認めなかったため,訓練開始 1 カ月後に嚥下調 整食 1j を使用した直接訓練の回数を 1 日 3 回に変 更した(Lv6)。訓練開始 2 カ月後に食道癌の再発 疑いのため,消化器内科担当医より再度禁食指示と なった(Lv1)。しかし,検査結果にて再発所見は 認められなかったため,消化器内科担当医との相談 の下,訓練開始 3 カ月後に 1 日 1 回の嚥下調整食 1j を使用した直接訓練を再開した(Lv3)。訓練再 開後も熱発を認めなかったため,訓練開始 4 カ月後 に直接訓練回数を 1 日 1 回から 1 日 3 回,食形態を 嚥下調整食 1j から嚥下調整食 2-1 に変更した。こ の頃より経口摂取量増加に伴い,経口摂取による栄 養摂取量に合わせて経管栄養量を徐々に減少させ た。訓練開始 7 カ月後に VF 実施し,嚥下調整食 2-1 においては,顕著な喉頭侵入,誤嚥や食道狭窄 部での食塊貯留を認めなかったため,嚥下調整食 2-1 にて全量経口摂取を開始した(Lv7)。訓練開始 10 カ月後に咀嚼不全は認められるものの,リズミ カルな咀嚼運動が認められたため,食形態を嚥下調 整食 2-1 と嚥下調整食 4 を併用するよう変更し,消 化器内科担当医との相談の下,栄養状態および全身 状態を考慮して胃瘻抜去となった。経口摂取再開か らこのときまで体重の増減は認めなかった。しかし 訓練開始 15 カ月後に食道狭窄部に食品を詰まらせ, 他院にて食道に停滞した食品を内視鏡下で除去する ため救急対応となった。当院外来通院再開後,再度 a:側面像,水分嚥下後,白線内部は嚥下後 の少量の咽頭貯留を示す。 b:側面像,嚥下調整食 4 嚥下後。 c:正面像,嚥下調整食 4 嚥下後,白線内部 は食道狭窄部位を示す。 図⚒ VF 画像
VF を実施した。VF 所見からは指導していた食形 態について準備期の延長が認められたものの,咽頭 期,食道期には大きな問題は認められなかった。 VF 結果を患者と患者家族に説明し,当時の摂食状 況について詳細な問診を行った結果,他院での救急 対応時には自己判断よりローストビーフなどの常食 を摂取していたことが判明した。患者および患者家 族と相談をし,食形態を嚥下調整食 3 に変更した (Lv7)。2019 年 5 月の外来通院時まで同様の食形態 となっていた(図 3)。その後,食道狭窄の進行を 認め,誤嚥性肺炎を発症し,他院にて入院加療と なった。1 週間程度の入院加療にて肺炎症状の安定 を認めたが,退院後,体重減少,ADL 低下,嚥下 機能低下により,主治医の判断の下,再び胃瘻を造 設した。ADL 低下に伴い,当科外来通院も困難と なったため,現在外来での経過観察は行っていな い。患者本人,患者家族からは,当科での治療によ り一時的にでも全量経口摂取が可能となったことに 対して満足しているとのことであった。本症例で は,放射線治療による食道狭窄,PSP による運動 機能の低下という 2 つの異なる要因に起因する摂食 嚥下障害患者に対して,医科との連携および食形態 の調整や摂食嚥下訓練を行うことで,全量経管栄養 管理の患者が一時的ではあっても全量経口摂取を行 うことが可能となった。 考 察 PSP における摂食嚥下障害では,口腔期障害と して舌の運動不良および協調不全に起因する食塊形 成不全や口腔残留,咽頭期障害として喉頭侵入や誤 嚥などが嚥下造影検査により認められることが藤島 らにより報告されている3)。また,放射線治療に起 因する食道狭窄は良性食道狭窄に分類され,食道の 内腔が狭くなることにより,固形の食物に対する嚥 下障害を引き起こすとされている4)。本症例では咀 嚼障害による準備期の延長,胸部における上部食道 狭窄を認めた。また,本症例では口腔清掃状態も不 良であったことが当科初診前に誤嚥性肺炎を発症す る要因となったと考えられる。 PSP による口腔期における咀嚼障害に対しては, 味や食感の刺激が内的リズム障害によるすくみの改 善に効果的であることが報告されている4)。本症例 ではスルメイカを用いて咀嚼訓練を行ったことが咀 嚼障害に対する直接訓練の効果を向上させる要因と なったと考えられる。 PSP 患者における国立病院機構での調査にて, PSP 患者の 9%でかき込み食いを認めることが報告 されている9)。それに加え,食道狭窄においては食 道の通過障害が起こる。そのため,本症例において は食道狭窄部における食塊の停滞のリスクは高いと いうことが想定された。食道通過障害に対しては食 形態の変更が有効であることが報告されており10), 本症例では咀嚼障害も認めたため,咀嚼訓練の指導 に加え,直接訓練の開始にあたっては食塊の停滞の リスクを減らすため,軟らかく,食塊形成が容易な 嚥下調整食が適応であると判断をした。VF 所見か 10 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 初診時 訓練開始時 訓練開始 1M後 訓練開始 2M後 訓練開始 3M後 訓練開始 4M後 訓練開始 7M後 訓練開始 10M後 訓練開始 15M後 訓練開始 34M後 訓練開始 35M後 経口摂取量 ︵ % ︶ Gr・ Lv 経口摂取量 Gr Lv 図⚓ 摂食嚥下状態の経過(経口摂取量・Gr・Lv の推移)
ら直接訓練開始時の適切な嚥下調整食品を選択し, 全身状態の変化や熱発がないことを確認しながら, 段階的に食形態を変更した。さらに適宜 VF 検査を 実施することで,食道狭窄部の通過障害を含めた, 嚥下機能の変化を評価した。しかし,患者および患 者家族に対する食形態の指導が不十分であったた め,外来と自宅での食形態の統一が図れておらず, 自宅での食道の停滞の発生が起こってしまったと考 えられた。その後再度患者および患者家族に対して 口腔清掃の方法,病態,食形態の統一の必要性を繰 り返し指導し,アドヒアランスの向上を図った。患 者および患者家族のアドヒアランスの向上を確認 し,段階的に経口摂取量の増加と食形態の変更を 行った。その結果,誤嚥性肺炎など体調に著変を認 めることなく全量経口摂取が可能となり,胃瘻の抜 去につながった。 注意すべき点として,PSP は進行性の神経変性 疾患であり疾患の重症度と嚥下障害の重症度が相関 することが報告されている11)。さらに,放射線治療 後の食道通過障害は経時的に悪化することが報告さ れている12)。本症例においては全量経口摂取再開 後,食道狭窄の進行から食道通過障害の悪化を認 め,再び経口摂取困難となり,胃瘻を造設した。良 好な治療成果を得た後も,慎重な経過確認が必要で あると考える。 結 論 今回われわれは PSP の既往を有し,食道癌放射 線治療後の摂食嚥下障害によって全量経管栄養管理 となった患者に対し,複合的な嚥下訓練を指導し, 全量経口栄養摂取可能となった症例を経験したので 報告した。 本論文に関して,開示すべき利益相反はない。 文 献
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⚕)Newaishy, G.A., Read, G.A., Duncan, W. and Kerr, G. R.:Results of radical radiotherapy of squamous cell carcinoma of the oesophagus, Clin. Radiol., 33: 347~352, 1982. ⚖)岡本浩一,二宮 致,丸銭祥吾,斎藤裕人,牧野 勇,中村慶史,尾山勝信,北川裕久,藤村 隆,太 田哲生:食道癌術後難治性吻合部狭窄に対して回収 可能な食道ステント留置を行った 3 例,Gastroenter-ol. Endosc.,56:3792~3797,2014. ⚗)日 本 消 化 器 病 学 会:消 化 器 病 診 療,第 2 版, p.323~325,医学書院,東京,2014. ⚘)才藤栄一,植田耕一郎:摂食嚥下リハビリテー ション,第 3 版,p.180~181,医歯薬出版,2016. ⚙)市原典子:進行性核上性麻痺患者における嚥下障 害の特徴と対策,医療,59:491~496,2005. 10)Groher, M.E. and Crary, M.A.:Groher & Crary の
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11)Warnecke, T., Oelenberg, S., Teismann, I., Hamacher, C., Lohmann, H., Ringelstein, E. B. and Dziewas, R.:Endoscopic characteristics and levodo-pa responsiveness of swallowing function in progres-sive supranuclear palsy, Mov. Disord., 25 : 1239~1245, 2010.
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