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トーマス・マンの「マリオと魔術師」について

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(1)

トーマ ス ●マ ンの「 マ リオ と魔術 師」につ いて

魔 術師

Cipollaが

発散す る体臭を

,

ファシズムの「独裁者」 になぞ らえ る見解 を とる論者 は多 い。講演「 ドイツ共和国 につ いて」以来

,

トーマス ●マ ンはナ チスに対 して公 然 と警告 を発 して い たが

,

この作品がム ッソ リーニの支配す るイタ リアにおけるマ ンの滞在 の産物で もあ る以上

,上

の 事情 は容易 に推察 され る。 しか し

,マ

ンの同 じ時期 のもうひとつ の短篇「 混乱 と幼 い悩み」 を見 ると

,彼

の胸 中には相変 ら ず メ ランコ リックな死 の礼讃

(1)が

わだ かまってい ることがわか る。 これはマ ンにあ っては しば し ば とりあげ られてい るテーマで あ る。む ろん「 マ リオ と魔術師」 において も

,魔

術師 の人 間像 にそ の ようなマ ン流 の孤独 な「 芸術家」を認 め る評者 も少な くない。 この小論で は

,魔

術 師 の上 の二面 を中心 に作品の考察 を試み たい。 トーマス 。マ ンは1926年 8月54日か ら 9月 45日まで

,イ

タ リアの

Viareggioの

近 く

, Forte

dei Marmiに

滞在 したが

,

この地で奇妙 な奇術師を見 た ことがあ る。 1929年 には

, 7月

"日

か ら 3月25日 まで

,下

の子供 たちをつれて

,

バ ル ト海 に面 したザ ーム ラン ト地方 の保養地

Rauschen

で過 した。「 略伝 」 によれば

,

この「 気楽 だが遠 い旅」 にすで に着手 していた大作「 ヨーゼ フ物語」 の原稿 を持参す るわけにはいかなか ったが

,「

無為 の休養」 と い うこともこの人 には理解 で きな い ことで

,「

午前 中はあ る逸 話 を走 り書 きす ることで埋 め る決心」 をす る。 この逸話 は先 にForte

dei Marmiで

受 けた印象 に基 くもので あ った。 これな ら何 の道具 もい らず

,文

字通 り「 空中か ら つ かみ とる」 ことがで きる。 マ ンは こう して北の海岸で

,南

の海岸 の物語

,「

マ リオ と魔 術師」を 書 き始 め る。 その うちに彼 は渚へ仕事 を持 ち出す よ うにな る。 海辺 に

Strandkorbを

置 いて

,ひ

ざの上 で原稿を書 いてい く。 目の前 には水平線が広 が り

,渚

は海水浴客 で充 ちている。 このよ うな なかで

,「

逸話 か ら寓話 が

,

うち と けた お しゃべ りか ら精神 的な物語 が

,個

人的な問題 か ら倫理的 象徴 的な ものが」思 いが けな く現 われ るので あ る。短篇「 マ リオ と魔 術師

,あ

る悲劇 的な旅行体験」

は こう して成立 した。翌年 4月

,Velhagen uttd Klasings Monatshefte 8号

に掲載 され

,同

Fischer書

店 か ら刊行 され た。 ノーベル文学賞受 賞後 の第一 作 で あ った。 妻 と二人 の幼 い子供 た ち をつ れた ドイツ人 が

,

テ ィレニ ア海 に面 したイタ リアの

TOrre di

作 圭 枝 住〕 ルカーチ著作集 5.白水社,1969年・428ページ。

(2)

Venereと

い ぅ海水浴場 に保養にや って くる。小説 は この ドイツ人が ここで過 した数週間の体験 を 物語 る体裁 にな ってい る。空気 はか らか らに乾 いていて

,海

は鮮 かな色 を してい る。真夏 の太陽 が 照 りつ け

,町

は喧騒 に充 ちて い る。 ところが

,

この海浜 にはイタ リアの国家的政治的空気 がみな ぎ って いので ある。 ドイツ人 は海水浴場 のその妙 な空気 を次のよ うに説 明す る。「 この土地の雰囲気 にはどうい うわけか無邪気 さとか

,

くつ るいだ気分 が欠 けていた。 みんな が『 ひ ど く気むづか し く』 て

,は

じめのあいだ はそれが ど うい う意味で どうい う気持 なのかよ くわか らなか った。人 々は 威厳 をつ くろい

,お

互 いの あいだで も

,外

国人 の前 で も

,い

かめ しい ポーズを と り

,わ

ざ と らしい 名誉心 をむ きだ しに していた。い ったい どう して

?し

か しまもな くわれわれはわか った。それは政 治 的な もの

,国

家 の理念 とい うものに関係 していたので ある。実際

,浜

辺 には愛 国意識 のさかんな 子供 たちが群 がっていた。 これは不 自然 でが っか りす るよ うな現象 であった。………われわれの子 供 たち もや がて この国の子供 たち

,ま

た他 国か ら来 た子供 たちと遊 んだ。 しか しなが ら

,明

らか に かれ らは謎 のよ うな幻滅 に苦 しみだ したのである。 自尊心 と呼ぶにはあま りに排他 的でお しつ けが ま しい感情

,感

じやす く傷 つ きやす い性根

,国

旗事件

,体

面 とか席順 で も争 いが生 じた。大人 た ち が仲 に割 ってはい って も

,和

解 させ るよ りも

,む

しろ根本原則 を掲 げて裁 き を つ け るとい うふ う で

,イ

タ リアの偉大 さとか尊厳 とかい う言葉 まで飛 びだ した。 これでは遊 びは台な しにな る し

,み

ん なおも しろ くな くな って しま う。 われわれは二人の子供 たちがびっ くり して

,途

方 に くれて戻 っ て来 たのを見 た し

,か

れ らにその間 の事情 をい くぶんで ものみ こませてや ろ うと努力を した。 この 人 た ちは

,い

わば病気の ような状態 を切 り抜 けようと してい るので

,愉

快 ではな いけれ ど

,

これ も 仕方 のない ことだ と言 って聞かせ た。」(2) このよ うな状態のなかで

,

この ドイツ人一家 はいろいろと不愉快な 目に遇 うのである。 しか し, それな らば彼 らは早 くこの町か ら立 ち去 れば よいのだ が

,そ

れを しな い。ドイツ人 はその経緯 を次 の よ うに述べてい る。「 ほん とうにそ うしさえすればよかった。…… しか しいろいろな事情 が重 な って 出発 の決心をにぶ らせ た。 あ る詩人 は

,わ

れ われが不快な状態か ら脱 け出せないのは怠惰 のた めで あるとい っているが

,私

たちが ぐず ぐず していた理 由の説 明に

,

この気 の きいた言葉 を もって くる ことがで きるか も しれな い。 それ に

,

こうい う出来事 のあったあ とで

,直

ちに戦場 をあけわた すの もい さぎよい ものではない。 と くに外部 か ら同情 の言葉をかけ られて反抗 の気 をそそ られ ると きには

,

笑 い ものにな って しま った とい う ことを 認 め るの に はち ゅう ち ょす るものである。」 (V■1, S.669) こうい うわけで

,

彼 らは更 に深刻 なひとつ の事件 を 目撃す ることにな る。 あ る晩 ドイツ人一家 は

,「

諸国遍歴 の巨匠

,大

芸人

,

精 神 の支配者

(Forzatore),魔

術師

(11luSiOnista),奇

術 師 (PreStidigitatore)」

,Cavaliere Cipollaの

演技 を見物 に出かけ る。彼 は イタ リア48世 紀風 の

ThOmas Mann: Gesa■lmelte Werke in zwむ ユt Binden. S. Fischer Verlag 1960. Band Vlll, 666/667.以 下同全集か らの引用は, ローマ数字で巻数

,ア

ラビア数字でページ数を

( )内

に示す。

動 S

(3)

トーマス ●マ ンの「 マ リオと魔術師」について 「 香 具 師」 か「 山師的道化師」 のタ イプで

,「

年 の頃 は判 断 しに くいが

,も

う け っ して若 くはな い。す るど くて

,ひ

ど く醜 い顔

,つ

き刺す よ うな 目つ き

,ぎ

ゅっと結 んだ 口

,黒

くきちん と手入 れ を した小 さな 口ひげ

,そ

れか ら下 くちび るとあ ごとのあいだの くばみ に生や した

,い

わゆ るハエの よ うな ひげ

,彼

は宵 の盛 り場で見 かけるよ うな一種 の手 の こんだいでたちを していた。肩 には ビロ ー ドえ りで しゅす裏 のケープをつけた

,ゆ

った りと した黒 のマ ン トをはお り

,両

腕 を不 自由そ うに しなが ら

,白

い手袋をはめた両手 でマ ン トの前をつ かね合 わせ

,首

には白いスカー フを巻 き

,そ

り のつ いたシル クハ ッ トを斜 めにかぶ っていた。」 (Vl■

,S.674)

魔 術師は舞台の上 でたば こをふか し

,

さかん に コニ ャックを飲む。彼 は

,意

のままに観衆 のひと りひと りに さまざまな術 をかけてい く。 しか し

,全

然抵抗 がないわ けではない。観 客 の ひ と り

,

ロ ーマ出身 の紳士 が

,演

者 の術 に断固対抗 す ることを宣言 す る場面 もあ る。彼 に反抗 され ると

,魔

術 師 は「 それでは私 の仕事 はいささかむず か しくな りますな。 あなたが反抗な さって も結果 において は何 も変 らないで しょう。 もとより自由は存在 す る

,意

志 も存在 す る。 しか し

,意

志 の 自由は存在 しません。なぜ な ら,自己の 自由を求 め る意志 は無 につ きあた って しまいますか ら」(Vl■

,S,689)

と応酬 し

,終

厨 この紳士 をその術 に屈服 させて しま う。や がで休憩 がある。休憩後

,魔

術 師 は更 に むず か しいい くつかの暗示 の演技 を披露す る。 そ して多 くの観客 をその意志 に反 して舞台で踊 らせ る。 最 後 に

Cipollaは

MariOと

い う名 の若 くて感 じのいい

,喫

茶店 のボーイを舞台 に誘 う。 彼 は

Marioに

催眠術 をか け

,魔

術師 自身を

MariOの

恋人 のSllVestraだ と思 い こませ る。

Marioは

身 をか がめて このせ む し男 に接吻す る。術 か らさめた

MariOは

怒 って この魔術 師を ピス トル で射 殺 す る。作品か らの引用 を交えて話 の大筋 を紹芥 したが

,短

篇 は これで終 る。 1922年10月 に ローマに進軍 したム ッソ リーニ は

,首

相 とな って独裁政治を強行 していた が

,1929

年 に始 った世界恐慌 は

,

ドイツにおいて も深刻 な様相 を程 し

,1950年

夏 には

,経

済 の危機 は最初 の 頂 点 に達 していた。貧 しい大衆

,と

くに小市民 はナチスの宣伝 の好餌 とな り始 めていた。同年 9月 14日 に行なわれた ドイツ総選挙では

,ナ

チス が107の議席 を獲得 して第

2党

にな る。 この小説 が公 に された年 の ことであった。 登場 した

Cip01laの

服 装 について はす で に述 べ たが

,

彼 がマ ン トを はね のけると

,そ

の左腕 に は爪形 の銀 の握 りのついた乗馬用 のむちが車 ひもで吊 りさが ってい るのが見え る。魔術 師は ことあ る ごとに このむちを ひ ゅっと振 る。物語 の語 り手 で ある ドイツ人 によれば

,

このむ ちは彼 の「支配 力 の象徴」 であ り

,人

を侮辱す るものであ る。「 不遜 にも

,彼

はわれわれすべてを このむ ちの支配 下 に置 いた。 このむ ちのお もむ くところ

,わ

れわれ はただいぶか り

,抗

いなが ら屈服す るばか りで あ った。」

(Vlll,S.697)魔

術 師のむ ちは とどま るところを知 らない。彼 は 観 客 の 意 志 を征 服 し

,彼

らを意志 のない存在 に して しま う。観客 は彼 の うち振 るむ ちの もとで次 々に踊 らせ られ る。

(4)

た ま りかねた観 衆のひとり

,「

ローマか ら来た紳士」 が「 どこまで も反抗 しぬ くとあ らか じめ決 意 した心 と

,英

雄 の如 き頑強 さ」

(Vlll,S,702)を

もって

,「

雄 々 しくも人類 の名誉を この場 か ら救 い出す」 (Vl■

,S,702)た

め に抵抗を試み るが

,敗

北 に終 る。彼 も「 フアシス トの催眠術 に よ って意志 を失 わ されたバ ッカス信徒 たちの踊 りの輪 に加 わ る」

(3)こ

とにな る。 観 客 の ドイツ人 は

,

ローマ紳士 の敗北の性格を次の よ うに分析 してい る。「私 がこの事件を正 し く理解 した とすれば

,

この紳士 はその間争 の態度 が否定 的で あるために うち負か されたのである。 お そ らく

,人

間 は意志 を もたない とい うことによ って は精神 的に生 きることがで きません。あるこ とをす る意志 がない とい うことは

,結

局生命 の内容 とはな らないのである。何事かを欲 しないとい うこと と

,も

はや全 く何 の意志 もない とい うこと

,つ

ま り命 令 された ことはす るとい うこととは, ひ ょっと して非常 に近 い ことである。」 (Ⅵ ■

,S,702)以

上 の分析 に

,マ

ンが「 ファシズムの心 理 学」① をみ ごとに描 き出 している とす る研究者 は多い。 これが小説 を政治的 に解釈す る場合の 中心 を な してい る箇所であるとい う見方 は

,た

しか に興味深 い。 更 に考察 をすすめよ う。物語 の舞台である

TOrre di Venereの

町には,「 腹立 た しさ

,い

らだ ち

,は

りつ めた緊張がは じめか ら空気 のなかに漂 って いた」 (Vl■

,S,658)と

ぃ うことは物語 の 梗慨 を述べ た際 に触 れたが

,Torreの

町が全部 出か けて きた とい って もいいほ どの この 観 客 たち に

,

この町の雰 囲気

,つ

ま り当時 の イタ リア

,い

,

ヨー ロッパ の断面を感 じとる読者 は多いだ ろ う。 ところが

,例

の ドイツ人一家 は

,会

場全体 に覆 いかぶ さってい るこの不愉快 な妖気 めいた雰囲 気 か ら

,い

っこ うに逃 げ出そ うと しない。 それ どころか

,魔

術 師の不快 な演技 に魅惑 さえ されてい る。 そ こで

,

この点 に関 して ぐず ぐず と迷 ってい る主人公 の 自問 自答を聞いてみ よ う。「 われわれ 自身 がお も しろか ったのだ ろ うか。 そ うで もあ り

,そ

うで もない ともいえ る。

Cavaliere Cipolla

に対す るわれわれの気 持 は極 めて複雑 だ った。 も し私 の思 い違 いでなければ

,

これが会場全体 の気 分 で あ った。…… われわれは

,

このよ うな奇妙 な方法 でパ ンをかせ いでい る男か ら

,

番組以外 に も

,演

技 の合 い間 に も現 れて

,わ

れゎれの決心を鈍 らせ た魅惑 に敗 けて しまったのだろ うか。単純 な好 奇心 も同様 に十分考慮 に入 れ ることができるだ ろ う。」 (Vl■

,S.695)

ここで

,

この問題 に関す る二三 の評者 の見解を見てみ よ う。ルカーチはその著「 トーマス ●マ ン」 の なかで

,

そ こには ヒ トラーを望 まなか ったにもかかゎ らず

,

結局 10年 以上 にもゎた って

,唯

々 諾 々 と彼 に服従 した ドイツ市民階級 出身のひとび との無抵抗 ぶ りがみ ごとに描 き出されているとい う意味の ことを述べている。 また

,異

常で無気味な魔術 師を前 に しなが ら

,最

後 まで会場をた ち去 ろ うと しない観客 たちの姿を

,第

一次世界大戦後の ドイツ国民 の無気力

,ひ

いては ファシズムに脅 か されて い る ヨー ロ ッパ 諸国民 の無気力 になぞ らえてい る研究者 もある。

(5)そ

ぅすれば

,芝

居 と 13)ルカーチ著作集 5.白水社,1969年・434ページ。

(4)Klaus Schrttter:Thomas Mann in Selbstzeugnissen und BilddOkummenten.Rowohit Taschen―

buch verlag GmbH, Reinbeck bei Hamburg 1964, S, 38.

(5)VOmendung und Grbsse Thomas Manns,Veb Verlag Sprach und Literaturi Halle 1962,S,114,

(5)

トーマス ●マ ンの「 マ リオと魔術師」について

181

本物 のカ タス トロー フェとの区別 もつかず

,わ

れを忘れて拍手HFH来を お くってい る ドイツ人 の二人 の子供たちは

,当

時 の ヨー ロ ッパ の民衆 の姿 を最 も端 的 に象徴 して い るとい うわけで あろ うか。 以上 の よ うな

,作

品の政治 的な解釈 を更 に続 けてい くな らば

,魔

術 師が破滅す る最後 の場面 は何 を意味 してい るのだろ うか。結末 の事態 は革命 の勃発 といえ そ うである。

Cipollaの

恥 ずべ き方法 で意志を奪 われていた ひとび との蜂起であ る。彼 の死体 が無造作 に丸め られた着物 のよ うに舞台 の 上 に横たわ っている光景 に

, Henry Hatfieldは

ミラノの広場 におけるム ッソ リーニの最後 の姿 を思 うのである。

(6)Inge Diersenは

,小

説 が ドイツ人の次 のよ うな言 葉 で終 って い る点 に注 目 す る。「恐 しい終 り

,

この上 な く宿命 的な結末 であった。 しか も

,そ

れで もなおあれが満足な結末 であ った一一 私 はそ う感ぜ ざるを得 なか った し

,今

で もこの感 じはかわ らない。」(Vl■ ,S・ 7■) つ ま り評者 は

,

これが ファシス トの最後 に対す るマ ンの実感 であ り

,マ

ンが

MariOの

行為 を支持 してい る印象的な場面 であ ると してい る。

(7)こ

の作品が発表 され ると

,ム

ッソ リーニの イタ リア は これを禁書 に した とい う。 トーマス ●マ ンは

,第

一 次大瑛下 の執筆 にな る「非政治的人間の考察」 で ドイツ文化 を擁護 し, 反 デ モ ク ラシーの立場 か ら ドイツの戦争を支持 したが

,戦

後行 な った講演「 ドイツ共 和国 につ いて」 においては

,

ワイマール共和国 の民主主義政体 を全面的に容認す る。 や がてナ チスの ファシズム が台頭す ると

,

ドイツ文化 の伝統 とヒューマニズムの理念 とを まもるための発言 を開始す る。 1950 年 9月

,ナ

チス党が第

2党

に躍進 した ことはすでに述べたが

,

同年10月 17日

,

マ ンはベル リンの 「 ベ ー トーベ ン・ ホール」で「 理性 に訴 え る」 と題 す る講演 を行 な う。 そのなかで

,彼

は焦眉 の急 と して市民階級 と社会主義 との協 力の必要を説 き

,

ファンズムの「狂信」を防止す ることを訴 え る。 ところが

,右

翼 テ ロ リス ト

Arnold BrOnnen一

派 のデモにお どされ

,友

BrunO IValterの

助 けで

,講

演終 了後

,会

場 の裏 日か ら出な ければな らない仕儀 とな る。 この短篇 が世 に出たのは この 年 の ことであ った し

,彼

が ドイツを去 ったのはそれか ら

5年

,1955年

の ことで あ った。 「 マ リオ と魔術 師」 の背後 には

,た

しか に激動の時代 があ ったのである。「 マ リオ と魔術 師」 に はナチズムヘ の嘲笑 があ り

,正

義 と理性 とに反 す る権力 の濫用者 に対 す る批判 が一貫 して描 かれて い るよ うに見 え る。マン自身 も話 をすすめ るに従 って

,批

判 的

,観

念 的

,道

徳 的

,政

治 的な ものが 大 き くな って きた ことを認 め てい る。

(8)し

か し

,

この作品が政治色 だけで貫ぬかれてい るわけで はない とい うこともまた事実 である。 この ことを理解す るために

,い

ま少 しマ ンの政 治姿勢 を見て お こ う。 講 演「 ドイツ共 和国 につ いて」以来 の反 ナチ的言 動 にもかかわ らず

,よ

く注意 してみ る と

,当

(6)Henry Hatfield:Thomas Mana.An lntroduction to his Fiction,Peter Owen Limited,Lon―

don 1951. P. 91

(7) Inge Diersen: Untersuchungen zu Thomas Man■ , RIitten und Loening,Berlin 1959. S.171.

(6)

作 圭 技 182 の マ ンには ヒ トラーのナチスに対す る優柔不 断な態度 と甘 い判 断があることに気 づ くので ある。 こ こにひとつ の実例 がある。講演旅行 でたまたまス イスに滞在 していた彼 は

,

ミュンヒェンの危 険を 電 話 で遠廻 しに伝 え よ うとす る息子

Klausの

真意 を 感知 で きず

,

自分 は帰 りたい とい うことを く り返 した とい う。 また

,弟

ViktOrの

自伝 によれば

,彼

は ヒ トラーが政権 が得てか らも

,落

着 いて 情 勢 の推 移 を見 まもっていたのみな らず

,ナ

チス党 が権力を独 占す るよ うな ことにはな るまい し, ヒ トラー政権 な どとい う虚偽 と暴力 との塊 りは

,い

ず れ崩壊 す るにちがいない と信 じていた とい う ことである。彼 は結局 国外 に脱 出 した ものの

,最

後 まで亡命生 活を恐 れて いたふ しが あ る。 これ ら の点を考慮 に入 れて も

,

この短篇 をナチス批判 の面 か らだけ と らえよ うとす る見解 には問題 がある の ではなか ろ うか。 そ して この作品に

,後

年 の忘命者 マ ンの戦 闘的 ヒューマニズムを読 み とるのは 早 過 ぎるで あろ う。マ ンは この作品で この問題以上 に彼好みのテーマを取扱 っ て い ると私 は考え る。 そのため に更 に考察 を続 けよ う。 短 篇「 マ リオ と魔術 師」 のなかにすでに述べたよ うな政治的な例を拾 いあげていけば き りがない ほ どだが

,作

品を無心 に読む と

,そ

れ が単 な るナチス批判 の小説でない ことは明 らかで ある。 そ し てすべてが現実 とは別 の次元 に移 されてい る ことに読者 は気づ くだろ う。「 ある悲劇 的な旅行体験」 とい う副題 は

,

この小説 が マ ン自身の リァ リステ ィックな旅行 の思 い出に基 いてい るとい うこと を 思 わせ るのだが

,そ

れは

,彼

の「 きび しい構成」 の もとで

,

結局悲劇 的

Fabel,悲

劇 的

Mar_

chenに

な ってい るので ある。彼 の二番 目の息子

Goloは ,1964年

にバ イエル ン放送局 を通 じて行 な った「父 の思 い出」 と題す る講演 のなかで

,父

マ ンの創作態度 について次のよ うな意味の ことを 述 べ て い る。父 の作 中人物 にはたいていの場合 モデルがある。つ ま り

,マ

ンは人物を「 創作」 しな いで「 発見」 して

,そ

れを現実 そつ くりに描 き出すのだが

,根

本 において は 自分 自身を Realist, あ るいは

Naturalistと

して よ りも

Marchenerztthlerだ

と感 じていた。 そ して

,

彼 が作 りあげ るのは

,詩

的世界 で あ って

,た

とえ写真 のよ うに描かれていて も現実の世界ではない とい うので あ る。そ ういえば魔術師の風来 は

,48世

紀 の「 香具 師の タイプ」

,「

山師ふ うな道化役者 の タイプ」 で

,

どこか

Marchenの

な かの人物 を思 わせ るものがある。 ここで

,魔

術 師 の風貌 に関す るい くつか の表現 を作品のなかか ら拾い集めて

,更

に詳 しく彼 の外 観 を眺めてみ よ う。「 ひど く醜 い顔」

(Cin Zerrittetes Gesicht),(つ

き 刺す よ うな 目つ きJ

(SteChende Augen),「

涙裏」

(Tranensacke),「

黄色つ ぽい両手 」

(gelbliChe Hinde),

「 損 じてす リヘ って い るとが った歯」

(SChadhaft abgenutzte,spitze Ztthne),「

グ ロテ スク な こぶ」

(grOtesker Buckel),「

グ ロテスクな釣形 の指」

(grOtesker Fingerhaken)。

現実 の人間の姿で これほど醜 い ものがあるだろ うか。 その上

,

海水浴場の とげとげ しい雰囲気 まで彼 に 集 約 されてい る。観客 の ドイツ人 は言 う。「 この会場 は

,

この町に滞在 中雰囲気 にただ よ っていた 異 常

,無

気 味

,緊

張感 の集合地 を形 づ くって いた し

,…

… この男 は これ らすべての化 身 と 思 われ

(7)

トーマス ●マ ンの「 マ リオ と魔術師」について 1% た。」 (Vl■

,S.695)し

か もイタ リア語 で「 タマネギ」を意味す る

Cipollaと

ぃ う魔術 師の名 前 は

,

このよ うな一切 の醜 い ものを ひときわ代表 して い る彼 の「 尻 の こぶ」 (Gesttβ

buckel)の

イメー ジと重な ってお り

,更

には物語 における彼 の不快 な役割 を象徴 してい る。 マンの作品にお い ては

,登

場 人物 の名前 が象 徴 的意義 を もって い るとい うことは周知 の ことで ある。作 中人物 とその 名前 とは彼 に とって は無 関係 で あ ってはな らないので あ る。 その上

,

この醜悪 な

Cipollaは

,

自分 が肉体 的敏 陥 を もってお り

,決

して健康で はない とい う ことを観客 に告 白す る。 ここまで見 て くると

,わ

れわれ は この不好拾な魔術師 に トーマス ●マ ン流 の醜 いもの と病気 のテーマが現 れていることを認 め ざるを得 ない。Cipollaに は不具者 の Minder‐

nickel,「

魔 の山」 にお ける

Naphtaゃ

精神 分析 医の

Dolctor Krokowskiと

共通 の人間像 があ

るといえよ う。

Walter Weissは

「 ヴェエスに死 す」 の なか に

Cipollaの

本質 によ く似 た ひ とり の人物を見 出 しているが

,こ

れ は的を射た指適 だ と思 われ る。即 ち

,

トランプ当 て の 演 技 の場面 で

,

この手 品師が「 では どうぞ」(E ser

to)と

ま ことに鄭 重 に家僕のよ うな態度で答えてか ら,

5枚

のカー ドを観客 に広げて見せ るところがある。一方「 ヴェニスに死す」 のなかで

,ヴ

ュニス行 きの渡 し船 に旧式 の曲馬団長 のよ うな顔つ きを した切符売 りの男 がひとり坐 っている。「男 は しか め面 を しなが ら軽 い事務 的な態度で旅客たちの履歴 を書 きとめては

,彼

らに乗船券 を交付 してい る の だ った。『 ヴェエス行 きの一等ですね。今 さ しあげます よ』」 (Vl■

,S.453/459)と

言 う。 こ の山羊 ひげをはや した男 も

,Cipollaと

同様 に魂 の晴 い深 み の住人 なので あ る。 魔 術師の勝利 にあずか って力のあるものにむ ちと酒杯 とがあ り

,前

者 の果 す役割 につ いて はすで に検討 したが

,わ

れわれは後者

,つ

ま リコニ ャ ックの果 す役割 も見逃 す ことはで きない。む ちは彼 の「支配力の象徴」 で あったが

,

酒 は「彼 の魔 力 に くり返 し火 をそそ ぐため」

(Vlll,S.697)の

興 奮珂で あ り

,

陶酔 の象徴で あった。「 ファウス ト博士」 の

Adian Leverk

hnは

病気 によ る 陶酔 を これ と同 じ目的 に使用 して い る。実 は

,

こうい う人間 は トーマス ●マ ンには決 して珍 しい も ので はな く

,

これがすなわち トーマス ●マ ン流の「芸術家」 なので ある。マ ンが魔術師 Cipolla を次のようないろいろな言 い回 しで芸術家 と呼んでい るの も

,

この ことを裏 付 けていると思 われ る。づ‐な,bち, der Kiinstler, der Zauberkunstler, der Unterhaltungskiinstler, der Ge‐

schicklichkeitskunstler,der Gaukler等

。 そ して彼 の芸術家 がすべて不恰好 で ある ことはい う まで もない。 そ こで

,著

者 を思 わせ るほ ど繊細 で

,芸

術家気質 の ドイツ人 は,「 恐 ろ しい Cip01la」 を「 人間的 には非常 に印象 的」だ と思 うのである。 ちなみ に

,

トインビーは ヒ トラーの本質 に芸術 家気質 の大衆 デ マゴーグを見抜 いてい る。 さて

,「

芸術家」

Cipollaは

生来病気で あ り

,陶

酔 の力

,精

神 の力

,魂

の力だけで生 きてい る。 そ して健康 な人間を征服 し

,

支配 す る。彼 は言 う。「 わた しの仕事 はなか なかむ ず か しい ものだ し

,わ

た しの健康 も最上 とい うわけではあ りません。わた しはい ささか肉体 的欠陥を有 してお りま して

,祖

国 の栄光 のために戦 に参加 す ることを諦 らめなければ な りませ んで した。 しか しわた しは

(8)

霊 魂の力

,精

神 の力を もって人生 を支配 す る

,す

なわち

,そ

れ はお のれ 自身を支配す るとい うこと で あ ります。」 (Vl■

,S.673)「

ヴ ェニスに死す」 の作家

Aschenbachは

,「

剣 や槍 が腹を貫 いてい るのに

,誇

り高 い羞 らいの うちに歯 を くい しば って静 か に立 ってい る知的で若 々 しい男 らし さ」

(Vlll,S,453)と

評 され る型 の主 人公 を好んで描 くが

,CipOllaの

場合 に も

,耐

え忍 ぶ英雄 型 の人 間像 が感 じ られ るのではなか ろ うか。彼 が術 をか け

,ひ

と りの男 が身体 を板 の よ うに硬直 さ てせ二 脚の椅子 の間 にか け渡 され る場面 で

,魔

術 師が その上 に腰 をか け ると

,何

人 かの「 気 の毒 に /」 とい う人 の よ さそ うな同情 の声 がかか る。す ると

Cipollaは

憤 慨 して次 の よ うに答 え るので あ る。「 それはおか どちがいだ

,み

な さん

/わ

た しです よ

,か

わい そ うなのは (SOnO iO,1l pove‐

rettO)/こ

れ ら一切 の ことに耐えているのは このわた しです よ。」 (Vl■,S・

698)主

人 公 の ド イツ人 もあのよ うな肉体的苦痛 を観念上耐え忍んでいたのは

,実

は この男で あるのか も しれない と い う意味の ことを述べてい る。 精神 の仕事 を続 けて世 の人 を喜 ばせ楽 しませ るとい うことはつ らい ことで ある。

TOnio Krbger

が言 うよ うに

,芸

術家

,つ

ま り精神 と認識 の国 に住む人 にとっては

,「

彼 が人間 にな って感 じは じ めた らもうお しまい」で あ り

,「

文 学 は決 して天職で もなんで もな く

,そ

れ は呪い」 なので ある。 「 自分 の生命 を その代償 と して支 払 うことな く

,芸

術 の月桂 樹 か らた だの一枚 の葉 で も摘み取 る こ とは許 されない。」精 神 の世界を創造す るためには

,健

康 な人間 の世 界 に安住 す る ことを諦 めなけ れば な らない。芸術 の世界 に身を投ず るためには

,醜

い ものを ことごと く自分 の体 に背負 い こまな ければ な らない。

Cipollaの

よ うにせむ し男 にな らなければ な らない。 上 の

TOnioを

は じめ,

Felix Krull,GregolluS,Aschenbach,Savanarola,み

な この苦 しみ に耐えてい る。 この苦 し み に耐 え る ことに よ って

Cip01laは

トーマス ●マ ンの芸術家 のひ とりになれ るので ある。 そ して 弁 舌 さわやか な言葉 の巨匠 と して観 客 に君 臨す ることがで きるので あ る。 ところで

,

トーマス ●マ ンにはひ とつの方法論 がある。周知 のよ うに彼 は平衡 の人間で あ り

,中

間 に立 つ ことを 旨とす る人 間で ある。彼 はそれを「 小丹 が右側 に顛覆 しそ うにな ると

,私

は本能的 に左側 に寄 りかか る。 そ して逆 の こともす る」

(9)と

比 崎的 に表現 している。 これは どち らかひ と つ とい う態度を とらない とい うことだか ら

,

この作品では

CipOllaの

反対側 に

,

彼 とは対 照的な 人物

,SignOra Angiolieriゃ

MariOな

どが配置 されてい る。前者 はその名 のよ うに「 天使」を 思 わせ る美 しい夫 人で あ り

,後

者 は「並 はずれてほっそ りした上品な手」 を した若者で ある。

Cipollaは

これ らのひとび とのなかで と くにた くま しい若者 にやた らと絡む。観客 の ドイツ人の 言 によれば

,「

彼 の あて こす りには真 にい じ悪 い敵意 が こもって いた。 この不具者 は

,

この美 しい 若者 が女のあいだで幸運を得て いるとは じめか らきめてかか って

,

これを くり返 して皮 肉 った。 と にか くこの二人の肉体 を比較 して眺めれば

,彼

の敵意 の人間的な意味 はおのず とわか るよ うな気 が 作 圭 枝

(9)

トーマス ●マ ンの「 マ リオと魔術師」について 1弱

す る。」

(Vlll,S.679)と

ころが青年

MariOに

,彼

は共感 の姿勢 を示 すので ある。

Walter

Weissは

ここに

Hans Hansenに

対 す る

Tonio Krbger, Tazioに

対 す る

Gustav Aschen‐

bach,Rudi Schwerdtfegerに

対 す る

Adrian Leverkdhnと

同質 の関係

,つ

ま リ トーマス ●マ ンの孤独 な芸術家 に見 られ る

HomoerOtikを

見 出 してい る。

Cipollaは

魔術 の絶頂 に達す る。観衆 のなかの抵抗を試みた紳士 もや がて舞台 の踊 りの群れのな かへ 引 き入 れ られて しま う。彼 はわ ら椅子 にだ らしのない姿勢で腰かけて

,た

ば こをふ か し

,笑

い を浮かべて広間の混沌 と した騒 ぎを見 お ろ してい る。 芸 術 的 陶 酔 の極 で あろ うか。 ち よ う ど

Buddenbrook家

の最後 のひ とりと して生 まれ

,

結局 夭折す る芸術家

HannOが

ピアノを引 き終 え た ときの よ うに。 その場面 は次のよ うで ある。「

HannOは

なお も しば らく

,

あ ごを胸 につ け両 手 を ひざにおいた まま

,静

か に坐 っていた。やがて立 ちあが ってピアノを閉 じた。彼 はま っさおだ った。 ひざにはまった く力がな くな っていた。 そ して 目は もえていた。 彼 は隣室へ はい ってい っ た。寝椅子 の上 にながなが と横になって

,長

いあだ手足 も動か さず に

,そ

の まま じっと していた。」 (I, S. 750) 魔 術 師 と相対 す る世界 に住 む ものが

,観

客 で あるとい うことは言 うまで もない。彼 らは健 康 に し て凡庸

,幸

福 に暮 してい る人 たちで ある。 しか しそのなかのひとり

,Marioに

つ いて はいま少 し 考察 してお く必要 があると思 われ る。 彼 は

Cipollaと

相対立す る立場 にあるのだが

,

この青年 に は魔術師 と共通 の孤独 な影 が見 え るので ある。 なによ りもまず

MariOに

は悩み がある。悩み はマ ンの精神 的人間のひとつの 目印で あ り

,

特徴 で あ るが

,MariOの

それは彼 の不幸 な恋 に根 ざ して い る。彼 の顔つ きは「原始的な憂欝」のよ うなものを感 じさせ る。「彼 の表情には残忍 さなど全然 なか った。 その並 はずれてほ っそ り した上品な両手 を見 ただけで

,そ

れ とは相反す るとい うことが わか ろ うとい うものだ。 南国人 のあいだにおいてす ら

,こ

の手 は上品だ と人 目につ いた」 (Vlll,

S.705)の

で ある。 しか も「 その夢見 るよ うな性質」 には主人公 の ドイツ人 も好感を抱 く。 魔術 師 は このよ うな織細 なところのある青年 を「 ナプキンの騎士」 (ein Ritter der Ser

ette)と

か ら うのだが

,こ

の よ うな傾 向はや は り

HannO BuddenbrOOk,Tonio Krё

ger, Gustav Aschen‐

bach,Joseph,Adrian Leverk

hnに

も認 め られ るもので ある。

Marioも

や は り芸術家気質 の 人 間で あるといえ よ うか。

MariOと

Cipollaと

は「 孤独 な人間」 とい う面 では極 めて近 い。 しか し魔術師が青年 の胸 の うちを公衆 の面前 にさ らす とい うことで両者 は対立 し,「

Marioは

Cipolla を射殺す る。魔術師Cipollaは集団 の指導者 と してそれ と不可分で あ り

,そ

れ に依存 してい るが,

Marioは

Cipollaそ

の人をは じめ

,

観客 を魅 了 してい る魔法 の世界 を も破壊 して しま うので あ る。小説の題名 は この ことを反映 してい るので あろ うか。 最後 にも うひ とりの重要な登場人物

,保

養 で この地 にや って きた ドイッ人 の ことに触 れておかな けれ ばな らない。小説1ま彼 の この地で の見 聞の報告で成 り立 っているのだが

,彼

HumaniStで

あ って

,こ

この非合理 的なナ シ ョナ リズムの雰 囲気 に対 して批判的である。 彼 は

TOrreの

空気や

(10)

魔術 師を観察 し

,分

析 す る。 しかも対象 に距離 をおいて このあや しい現象を精神 的に克服 しょうと す る。 しか し不思義 な魔 力 に彼 もと らえ られて しま う。彼 は町を去 る ことがで きない。魔術 師か ら 逃 れ ることがで きない。 こ うい う意味で は彼 もまた トーマス ●マ ンの芸術家 に近 い。将来 の破局 を 予感 しな が ら

Gustav Aschenbachは

ヴ ェエスを 去 る こ とがで きない し

, HanS Castorpは

「 魔 の山」 か ら降 りる ことがで きないので あ る。 以上 で魔術師

Cipollaを

中心 と した二二 の登場 人物 の考察 を終 る。 マ ンは元来政治 に無 関心 な 小説家 と して「 トエオ・ ク レーゲル」 に代表 され るよ うな芸術家 を主題 とす る小 説 を 書 いていた が

,

ドイツ文化擁護 の書「非政治的人間の考察」 を書 いて以来

,政

治的思 想的発言を行 な うよ うに な った。短篇「 マ リオ と魔術 師」 には上 の両面 が現 われているといえ よ うが

,そ

の中心 は

,や

は り 「 芸術家」 の方 にあるので はなか ろ うか。 この ことは

,

この作品が書 かれた暗い時代 にすで に着手 されて いた「 ヨーゼ フ物語 」 において もいえ るよ うに思 われる。「 ヨーゼ フ物語」 に もナチスに対 す る批判 は随所 に見 られ るものの

,著

者 の狙 いは「 ユ ーモ ラスな人類 の歌」にあったよ うに

,マ

ン は この短篇でナチス批判 を行 な うことを 目的 と してい るのではな さそ うで ある。 そ うすれば

,講

演 「 ドイッ共和 国 につ いて」以来 の彼 の反 ナ チ的言動 は

,

このよ うなマ ン流の小説 を書 いてい ること がで きな くな る時代の到来 を彼 が恐れていた ことによ るのであろ うか。 再 び

Golo Mannに

よれ ば

,マ

ンは 自分 の生活 と仕事 のためにはま じめ と静 けさを必要 と した と述べてい る。マ ン自身 は小 論「 アル コールについて」のなかで

,仕

事 の気分 とは「 熟睡

,…

…純粋な空気

,少

数 の人

,良

い書 物

,平

,平

和……」

(Xl,S,719)と

書 いて い る。 参 考 文 献

1. Hans Eichner: Thomas Mann, Eine Einfdhrung in sein lVerk. Francke Verlag, Bern 1953. 2. Inge Diersen:Untersuchungen zu Thomas Rutten Loening, Berlin 1959.

3. Vollendung uud Gr6sse Thomas hIIanns,Beitrage zu werk und PersO■lichkeit des Dichters.

Veb Verlag Sprache und Literatur,Halle(Saale)1962.

4. Valter Weiss:「Γhomas Manns Kunst der sprachlichen und thematischen lntegration.Pada― gOSiSCher Verlag Sch17ann, Diisseldorf 1964.

5. Hans Biirgin u. Hans― Otto Mayer: Thom2s Mann. Eine Chronik seines Lebens, S. Fischer Verlag, Frankfurt am Main 1965,

6。 Walter A. Berendsohni Thomas Mann, Kinstler und Kampfer in be、vegter Zeit, Verlag [ax Schmidt―Rbmhild, Lubeck 1965。

7. Eike Middel: Thomas Mann. Versuch einer EinFthrung in Leben und Werk,Varlag Philipp

Reclan jun.o.」 .

3, Heary HAtField: Thomas lann. An lntroduction to his Fiction. London 1951.

9. Erich Kahler: The Orbit of Thomas Mann. Princeton University Press, Princeton, New

Jersey 1969.

10.佐

藤 晃 一:「トー マ ス ●マ ンの世 界 」大 修館 書店

,昭

和37年。 作 圭 枝 186 ヽ 静 わ

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