香 川 大 学 経 済 論 叢 第66巻 第1号 1993年6月 3-21
中国国営企業の労務管理制度の
改革について
I はじめに山 下 隆 資
李 明 *
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年以来、中国では、計画経済から「社会主義市場経済化」に向けての改 革が実行されており、国営企業自体にとっても、効率的な労務管理制度の導入 がますます必要となってきている。 さて、日本と中国では、経済体制は基本的に異なっているが、労働市場、伝 統・文化・価値観などの側面において、多くの共通点を持っているように思え る。したがって、現在中国が、効率的な企業経営システムを模索している際に、 日本経済の発展に大いに役立った日本型労務管理制度から学ぶ点も多いと考え られる。 小論では、まず、中国国営企業の労務管理制度改革の現状と問題点を述べ、 続いて、中国の労働市場の特質や労働者の共同体主義的な伝統的価値志向など を分析し、中国の企業は、欧米の労務管理システムよりも、むしろ日本の労務 管理システムから学ぶ点が多いことを明らかにしたい。 II 中国国営企業労務管理制度改革の現状と問題点 L 中国国営企業における労務管理制度改革の経緯 *李 明(中国人留学生)01991年3月香川大学大学院経済学研究科修士課程修了。現在、側 カワタ海外事業部勤務。大学院在学中、演習の指導教官であった山下降資教授をはじめ、 石津英雄教授、細川進教授、大薮和雄教授、山口博幸教授などからもご親切なご指導を 賜った。この場を借りて、お世話になった諸先生方に感謝の意を表します。-4- 香川大学経済論叢 4 1956~1979年にかけての中国国営企業の労務管理制度は、旧ソ連のモデノレを そのまま「移植」したものである。この制度の特徴は、政府が労働力を統一的 に配分し、したがって、企業は必要とする労働力を自由に採用することはでき ない。いいかえれば、従業員は個人の意志で職業や勤務先を選択したり、ある いは転職することはできないが、解雇されることもない。 また、政府は、国営企業の従業員の賃金総額や賃金分配、福祉、保険等々に ついても、すべて統一的に決定してきた。 そして、国家が長期にわたって企業業績や労働成果を反映しない分配方法を 実 施 し て き た た め 、 企 業 や 従 業 員 の 、 生 産 性 向 上 へ の 誘 引 を な く し 、 悪 平 等 主 義の風潮が氾濫し、企業と従業員の積極性、自主性、創意性などが抑制される こととなった。 そこで政府は、 1979年から次のような改革を実施してきた。 (1)賃金制度の改革 1979年 か ら 、 従 業 員 の 勤 労 意 欲 を 刺 激 す る た め に 、 報 奨 金 制 度 と 出 来 高 賃金制度を再開(これらは、 1956年 以 前 に 実 施 さ れ て い た ) し 、 ま た 、 企 業収益や個人の業績によって賃金等が変動する制度を導入した。
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雇用制度の改革 1986年に、労働力の流動化を促進するために、それまでの終身雇用制を ω) 打ち破り、国営企業における新規採用をすべて契約雇用制とした。 (1) 賃金制度改革については、 1979~1983 年の間に、大規模な賃金調整が 4 回行われるとと もに、報奨金制度と出来高賃金制度が再開された。また、企業利益分配権の拡大に伴う企 業基金制、利潤留保制などの一連の改革も行われた。1984年以降、企業の利潤上納制lから 税金納付制に変更され(f利改税J)、大部分の企業では報奨金(日本のボーナスに当たる) も企業収益によって変動することとなった。基幹的な大企業でも賃金総額は、企業業綴に 比例して変動するようになった。 ( 2) 1979年から多種多様な雇用制度が次第に導入され、従業員の採用、解雇、昇進、降格な どについては、企業の自主権がある程度まで認められるようになった。そして、1986年秋、 「鉄飯鍋」のように硬直的であった終身雇用制を打ち破り、労働力の流動化を促進するた めに、政府は国営企業に除ける新規採用をすべて契約制とし、合わせて待業(失業)保険 制度を導入すると発表した。すなわち、従業員は、国家による「統一的配分」ではなく、 企業自身の公開募集に切り替えられ、しかも新規従業員はすべて契約労働者として採用 されることになった。更に、近年来、新規採用だけではなく、従来の終身雇用の従業員も すべて契約労働者に切り替える「全員労働契約制」が、一部の企業で試行されている。5 中国国営企業の労務管理制度の改革について
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r労働組織最適イ七」制度の導入 従来の労働組織を活性化するために、1
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年から「労働持品織最適化」制 度を多くの企業に導入した。 政府は、このような一連の企業労務管理制度の改革の方針について、「中共中 央経済体制改革に関する決定」の中で、次のように説明している。 「企業内部では、よく働いた者や成績のよい者を奨励し、なまけ者や成績の悪 い者を処罰するという方針、多く働いた者は多く受け取り、少なく働いた者は 少なく受け取るという方針、頭脳労働と肉体労働、複雑労働と単純労働、熟練 労働と非熟練労働、重労働と軽労働とを区別するという方針を十分に具体化す るため、業種別、職種別に賃金に格差を拡大しなければならない。この改革の 原則は、労働者・職員の賃金を本人の担っている責任及び労働の成果と緊密に 結びつけることであ丸実際、これまでの改革は基本的にこの方針に沿って実 施され、また、今後もこの方針は持続されるものと思われる。 この方針のポイントは、企業内において、各従業員の責任及び労働成果によっ て、賃金や報奨金に格差をつけ、これによって従業員個人間での競争を促進し、 勤労意欲を刺激しようとしているのである。この改革の方向はどちらかといえ ば、欧米の職務制に近い制度を目指しているのではないかと思われる。 そして、これらの改革によって、確かに従業員の積極性がある程度引き出さ れ、労働生産性の向上がもたらされた。 2.. 改革が生みだした問題点と改革の限界 しかしながら、この改革は、次のような新しい問題点を生み出した。 (3) r労働組織最適イ七」とは、職場ごとに必要な人員を設定し、業務にふさわしい優秀な労 働者を選抜して作業グループを編成するものである。職場の班長が労働者の選抜を担当 するが、班長は労働者の選挙によって選ばれる。 (4 ) 北京『人民日報J1984年 10月 21日。 (5 ) 中共中央組織部、中華人民共和国人事部が 1988年 5月発表した『全民所有制工業企業 に競争原理を導入し、人事制度を改革する若干意見』や、中華人民共和国労働部部長院崇 武氏が全国労働庁局長会議で1992年度施策計画についての報告(r中国労働科学J1992年 3月号)などが、中国政府のその改革方針が今後も持続されることを示している。-6- 香川大学経済論叢 6 つまり、一方では、中国では共同体主義の伝統的価値志向に基づく均等主義 がまだ根強く残っており、新しい均等主義を生みだした。この点については、 例えば、中国の専門家の一人張紀溝氏が次のように述べている。 「いま、多くの産業、機関、事業部門はこれまでと同様に、基本給+報奨金グ という古い分配形態をとっている。しかも報奨金の金額が少なく、それほど大 きな影響力を持たない。このような状況のもとでは賃金の格差を適切にひらく ことができない。また、多くの企業では、労働の量、質をチェックし、労働に 応じた賃金分配の制度をまだ整備していない。更に一部の企業では報奨金も、 固定収入の一部として定められたため新しい均等主義を生み出した」。 また、他方では、企業内部でいわゆる「一切向銭看J (全てカネしだい)とい う金銭主義の傾向を生み出した。仕事をはじめる前に、「報奨金が幾らか」につ いて、従業員との交渉で頭を痛める経営者、現場責任者は少なくない。報酬の 少ない仕事をやろうとする人はきわめて少なくなった。 さらに、金銭的な刺激が強すぎると(例えば、一部分の従業員しか昇給でき ない場合など)、従業員個人間の競争が激化し、職場の秩序、仕事上必要な協力 関係が破壊され、かえって、組織全体の効率が低下するという恐れが生じてき ている。 職場秩序の安定は、技術や熟練の伝達の条件ともなっている。もし技術や情 報を持っている先輩や上司が自分の雇用や待遇に不安を抱いているなら、彼は 競争者となるかも知れない後輩や部下に、自分の技術や情報を公開しようとし ない。むしろそれを独占することで、自己の地位を守ろうとする。中国の国営 工場では、工場から外国に派遣された従業員は、技術を習得して帰ってから、 マニュアル等技術資料を自分のロッカーの中にしまいこみ、先端技術を他の従 業員になかなか教えようとしないことがしばしばみられるようになった。 だが、以上で述べたことより、さらに重要なことは、中国での欧米的な職務 評価基盤の欠知により、それ以上の改革の進展が阻まれていることである。 「各尽所能、按労分配J (能力を尽くして働き、労働に応じて分配する)とい (6 ) 張紀言語「賃金制度改革の現状と問題点」、『海外労働時報J1989年第148号。
7 中国国営企業の労務管理制度の改革について -7-うのは、社会主義の分配原則である。だが、労働に応じて賃金を決定する場合、 異なる質の労働をどのようにして、統一的、定量的に評価するかが、大きな問 題となる。 欧米の場合の賃金決定は、自由な労働市場での競争原理にもとづき、職務分 析・職務評価を通して、社会的ばなされている。 しかし、中国には欧米的な自由労働市場が存在しないし、紅会的に通用する 職務評価システムも存在しない。近年来、欧米の仕組みに近いかたちの労務管 理制度を目指して、中国の各企業が相当な手聞をかけて、「闘位(職位)責任制」、 「経済責任制,細則」、「幹部執務細則J(欧米における職務評価の手順の一つであ るごく簡単な職務記述書に相当する)等を作成した。しかし、実際には容易に 実行されなかったし、たとえ実行されても、どのように実行されているのかそ の中身をなかなかチェックできない。ときには、企業中間管理職の責任逃れの 口実に使われることもある。 欧米型の職務給制度のイデオロギーとしては、「同一労働、同一賃金」である。 そして、それが実現されるためには、まず第一に、自由な労働市場という前提 条件が必要である。労働者は、賃金や労働条件のより良いところを目指して職 場を自由に移動でき、また、技術・技能を自分の自由意志で習得できることが (7) ,労働に応じて分配する」という場合、労働にはこつの意味が含まれている。 その一つは、労働は、精神的・肉体的エネルギーの支出塁を意味する。この場合には、 労働の量は具体的に時間で計ることができるが、異なる質の労働をどのようにして計る か(複雑労働の単純労働への還元)が困難な問題となる。また、異常事態や変化への対応 とか、常に新しい仕事、より高度な仕事に挑戦するとか、仕事についての工夫改善に努め るなどといった側面をどのように評価・測定し、賃金に反映させるかも大きな問題となっ てくる。 今一つは、労働の「成果」を意味する。労働を、労働の「成果」で測定する場合には、 各労働者が従事する仕事の環境や労働条件などの差異によって、同室同質の労働でも異 なる「成果」が生み出される可能性がある。そして、測定可能な「成果」をつくる労働も あれば、測定不可能な「成果」をつくる労働もある。また、測定期間も問題になってくる。 直接的な生産労働であれば、その「成果」は、一生産周期が終わるとすぐ測定が可能かも 知れないが、重要な意思決定、技術設計、大規模な計画等々の場合は、相当長い期間の後 でしか「成果Jは分からない。更に、近代の協働生産のもとでは、「成果」は多様な投入 要素の代数和ではなく、協働生産の総合効果として生み出される。そのため、短期間で一 人ひとりの、一つひとつの仕事の結果を「成果」として抱握し、さらにそれに応じて分配 するのは至難のわざであろう。
8 香川大学経済論叢 8 必要である(そのためには、社会的な職業訓練、専門技術者養成制度などが整 備されていなければならない)。そして、第二に、社会的に通用する職務評価シ ステムが存在し、社会的な職業資格付けがなされていることが必要である。 だが、中国の国営企業の労働市場では、このような基礎条件が基本的に存在 していない。これが、改革の直面した最も大きな問題点であり、この問題が解 決されない限り、既定方針での改革には一定の限界があると思われる。 次に、これからの中国国営企業の労務管理制度の改革を検討するにあたって、 考慮に入れなければならない中国労働市場の特質や、中国人の共同体主義的な 行動様式などについてながめてみることにする。 III 中国の労働市場の特質
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膨大な過剰労働力人口の存在 中国の都市および農村では、それぞれ特有の「戸口J (戸籍)制度がある。都 市の戸口を持っている人は、職業、食糧などが国家によって保障されているが、 農村の人には、そのような保障はない。都市の戸口を持たない労働者は、原則 として、その都市の企業・機関で常用従業員として就職することができないの である。 ところが、都市の新規労働力人口が年々増加し、国営の企業では雇いきれな いため、「文革」時期(1 966~1976年)に、約3000万人前後の都市青年が、行政 力によって農村に「下放」された。 1976年以降、「下放」された都市青年が都市 へ還流し始めた。彼らと、毎年新しく生み出された新規労働力人口(当時、年 間約500~600万人ぐらい)が、都市の企業・機関に対して大きな就業圧力となっ ていた。政府は彼らを行政力で企業に押し込め、就職させた結果、企業や機関 では、いずれも過剰労働力を抱え込むこととなった。公表された「待業J(失業) 率は2..7% (400万人)であるが、実質的な待業は、企業・機関等内で要員過剰 となって潜在化し、隠蔽されている。現在国営企業がかかえている過剰労働力 (8 ) 小島麗逸『中国の経済改革』勤草書房、 214頁。9 中国国営企業の労務管理制度の改革について -9ー は、約3000万人に達していると言われている。 一方、 1987年末の農村の(集団および個人)労働力人口は約4億4000万人で あるが、中国の全耕地面積の方は、わずか
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億ヘクターノレにすぎない。したがっ て、農村労働力l人当たり平均にすると、わずか0..2ヘクタールにすぎない。し かも、毎年ほぽ2000万人以上が新しく就労年齢に達している。したがって、耕 地にたよる栽培農業だけに依存していたのでは、増加する農村過剰労働力の就 業問題を解決することはできない。 農村人民公社が解体する以前は、農村人口の都市への流出は禁止されていた。 しかし、 1978年解体以後は、戸口を農村に置いたまま都市へ出稼ぎに出る流動 人口が急増した。国務院人口調査弁公室の公表によると、 1990年2月現在の全 国の流動人口数は 6000~8000万人に達している。 2 閉鎖された労働市場と国営企業での長期雇用 中国では、労働者が、職業や勤務先を自由に選択する機会は極めて少ない。 また、退職したり、あるいは解雇されると、再び就職先を見つけることも極め て困難である。 それは国家の集権的労働管理制度によるだけではない。もっと基本的な原因 は、過剰労働力の大量存在にある。 それぞれの国営企業は、常に多くの過剰労働力を抱えており、外部労働市場 で新しく労働力を求めることは少ない。また、外部の労働市場では、実際上の 失業者、潜在的失業者が競争相手として大量に存在し、このことが、国営企業 従業員の転職を阻止する最大の要因となっている。しかも、この阻止要因は、 短期間のうちに解除されることが不可能であると思われる。 その上、中国では社会的な就職情報、職業斡旋、失業の社会保険等はまだ整 備されていない。したがって、工場長に解雇の権限が与えられていても、従業 員の「首を切る」ということは文字どおり「殺す」と同義であるため、なかな (9、) (10) r中国年鑑J1991年版、 173頁。 (11) r中国年鑑J1990年版、 165頁。10 香川大学経済論叢 10 か解雇できないという事情がある。 過剰労働力の大量存在、労働市場の未発達、厳重な戸口制度による制約、住 宅難問題などの諸要因によって、国営企業における在職労働者の転職はきわめ て困難となっている。そのため、多くの従業員は、いくら不満があっても我慢 し、辞めることはめったにない。 常用従業員 (i固定工 J)は言うまでもなく、契約制従業員の場合も、契約期 限切れによる退職者は極めて少ない。例えば、
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年の契約制労働者の契約期 限切れに伴う退職者は、わずか6万人で、その年の契約制労働者総数1008万人 に対する割合は0,,6%にすぎない。その 6万人のうち、 2,8万人が転職に成功し たが、3
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万人が失業状態にあるといわれてい2
。 かくて、中国国営企業での雇用は、常用従業員、契約制従業員を問わず、必 然的に長期化せざるをえない状況となっている。 3 企業内訓練による技能・熟練の形成と内部労働市場化 中国労働市場のもう一つの特徴は、労働者の教育水準が低く、社会的な職業 技能教育や職業資格認定等が発達していないということである。 労働者の社会的な職業技能教育状況について、下表のような資料がある。表 に示されているように、都市の新規就職者のうち、大学、専門校新卒の占める 割合は、1
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年15%
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年23%
となっており、日本に比べると極めて少ない。 また、国営企業における従業員の学歴構成をみると、従業員の教育水準が低 いことが分かる。 それに、従業員の中では、社会的職業認定機関の試験をパスして公認資格を 取得している人も極めて少ない。 このような状況のもとでは、生産活動に必要な技能は、企業内の教育訓練で 形成せざるを得ない。これまでの中国国営企業における人材育成の主要な道は、 (12) r 中国年鑑~ 1990年版、 165頁。 (13) 日本の場合、1989年度の新規学卒就職者総数のうち、新規大学卒就職者(短大卒を含む) の占める割合は 42 , 7% となっている。『労働白書~ 1990年版、 368頁。11 中国国営企業の労務管理制度の改革について 中園都市新規就職者の社会的職業教育状況 年次 都職市者新総規数就 新大規学就、職専者門校の新内卒 万 人 万 人 % 1980 900 80 9 1981 820 107 9 13 1982 665 1174 18 1983 628 3 93..4 15 1984 7215 81 7 11 1985 813 6 88 5 11 1986 843 1 99 3 12 1987 799 1 117 1 15 1988 844 3 130 8 15 1989 620 145 23 資料出所:,中国統計年鑑,1986年、 136ページ。1989年版、 123ペ ジ。「北京週報J1990年第27期より作成。 なお、大学新卒は、大学全科の新卒を含む。専門 校新卒は町中等専門学校の新卒(高校か中学校卒 業後、 2- 3年専門技術訓練を受けた者)と技術 工学校の新卒(中学校卒業後、 2 -~ 3年技術工養 成訓練を受けた者)を合む。 国営企業における従業員の学歴構成 学 歴 構 成 % 大学以上程度 6..9 中等専門学校程度 6..4 技術工学校程度 5 6 高校程度 23.0 中学校程度 44 7 小学校およびそれ以下程度 13 4 ぷに』3 計 100..0 資 料 出 所 中 国 統 計 年 鑑j1989年 145ページ -11 徒弟制や企業内で行われる訓練コースであった(そのほかに、企業が授業料、 給料を支払いながら、大学、専門学校或いは通信教育で研修させるのも一つの 育成方法として行われている)。日本の場合と同様に、中国でも労働者の技能・ 熟練はほとんど企業内部で形成されており、この技能・熟練は、企業外の労働 市場では元の企業の中ほどには評価されていない。しかも、企業側はその数育
-12- 香川大学経済論叢 12 訓練のための投資の「成果」を回収するために、従業員を出来るだけ長く引き 留めようとしている。このことも、企業間労働力移動を困難にしている一つの 要因となっている。 都市での新しい非農業労働力人口が、今後仮に、毎年平均600~700万人ずつ 増加し、また、他方で、農村から都市へ流入してくる労働力が、毎年500万人を 超えると、職業教育対象となる新規労働者数は、少なくとも毎年平均1000万人 以上となる。 ところが、社会的に職業教育を行う施設は、社会全体の需要を満たすにはほ ど遠いものとなっている。 1988年度全国の職業教育関係学校の生徒募集数をみ ると、大学は約67万人、中等技術専門学校は約54万人、技術工学校は約31万人 で、合計約152万人にすぎない。仮にそれらの新卒者が学んだ技能が十分で、新 たに企業の教育訓練を受ける必要がないとしても、その数は全体の15%程度に すぎない。残りの85%程度は何らかの職業教育が必要である。このようなこと からも、企業生産活動に必要な技能・熟練は、今後とも企業内教育訓練方式で 形成せざるをえないということが明らかである。 そして、企業内教育訓練によって従業員育成を行おうとすれば、どうしても 長期的な雇用関係が要請される。また、従業員の企業に対する責任感、自主性、 一体感なども、企業の長期的発展、繁栄が不可欠の前提となっており、従業員 の企業への帰属意識は長期的な雇用関係の中ではじめて生まれてくるものと思 われる。この意味で、現行の契約工制度は、一方で、労働力移動を有効に促進し ているとはいえず、他方では、従業員の技能・訓練形成、企業帰属意識の醸成 にとっては、マイナスの影響をもたらすと言わざるを得ない。 政府は、国営企業における新規採用をすべて契約制とすると言っているが、 以上のような事情もあって、実際上は、毎年、大学及び中等専門学校新卒と退 役軍人の一部を、依然として固定工として「統一配分」している。全国でみる (14) W中国統計年鑑J1986年版、 136頁。 1989年版、 123頁。 (15) 何博伝『中国・未来への選択』日本放送出版協会、 311頁。 (16) r中華人民共和国・統計編J(日中親善促進協会平成2年8月)、 527頁。北京『中国統計 年鏡J1989 年版、 793~826 頁。
13 中国国営企業の労務管理制度の改革について -13ー と、
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年に「統一配分」された固定工は約2
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万人で、当年度の都市新規就職 者6
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を占めている。 中国では、農村からの出稼ぎ労働者、都市の個人経営企業、一部集団制企業 および一部経済特別区にある企業の労働者は、自由労働市場のもとにおかれて いる。だが、都市の国営企業の場合、企業内技能・熟練形成への依存などのた めに労働市場は閉鎖的で企業内部化されている。このように、閉鎖的で企業内 部化された中国国営企業の労働市場は、欧米的個人自由競争に基づく横断的な 労働市場とは明らかに異なっているのである。I
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伝統的な価値意識と企業間競争による生産性の向上 共同体主義は中国人の基本的な思考・行動様式であるといってよい。共同体 内部では、みんなが共通の利害をもち、共通の運命を感じ、強烈な互助意識を 持っている。これは、小農経営・村落共同体という長い歴史的環境のなかで生 まれてきた伝統的価値志向である。今日でも、この共同体主義の原理は中国国 営企業の中で依然として根強く残っている。 中国の労働者にとって、企業は単なる働いている場所としてよりも遥かに重 要な意味を持っている。転職をしたければ、企業の承認を得なければならない し、結婚や出産も企業の許可をもらわなければならない。企業は、社宅から浴 場、食堂、商底、幼稚園、医療施設、子弟の教育、定年退職した元従業員の葬 式まで、すべて面倒を見なければならない。また、種々の企業内福組事業や地 域行政の一部を担っており、それを担当する多くの従業員を抱えなければなら ない。中国の企業は、医師、看護婦、保母、教師、産児制限の指導員などを、 大量に雇用しているのである。 一つの共同体のような中国国営企業は、外部での市場競争と隔離されている ため生産性が低い。企業競争の圧力や失業脅威をまったく感じない中国国営企 業の従業員たちは、企業が生活上の面倒を全面的に見てくれていることを、共 同体メンバーの当然の権利として享受しておりながら、勤労意欲の方はそれほ (17) r中国年鑑J1990年版、 165頁。北京『北京週報J1990年第 27期。-14 香川大学経済論叢 14 ど高くない。従業員のエネルギーの相当部分は、労働以外のところで発散され たり、或いは企業内の人間関係のトラプノレの中で消耗されてしまっている。 企業の生産性を向上させようとすることは、中国政府の企業体制を改革する 本来の目的であった。そのために、企業内部の個人あるいは小グループ単位間 の競争に、生産性向上の原動力を求めようとしたのであった。 しかし、この方針の推進は、すでに述べた職務評価基盤の欠如という「壁」 のほか、伝統的価値志向の「壁」にも阻まれている。共同体内では、「和を以て 貴しとなす」というのが、中国古来の意識である。同僚との協調性を重んじ、 同僚から抜きでることを忌避する風潮がある。長年一緒に仕事をする同僚との 聞の「和気」に傷をつけることは、思避されている。現場において、仲間から 疎まれ、いびられることを恐れて、「一所懸命働いてもいいが、特別の給与は遠 慮したい」という人もいるし、高い業績によって多額の報奨金をもらったら、 その一部分を出してみんなに者るのは慣例である。また、上からの報奨金格付 け命令に対抗して、グループ内で一等報奨金を順番にもらうという闇対策も こっそりゃっている。改革が始まってからすでに十数年もたっているのに、分 配上の均等主義がまだまだ打破されていない。 さて、共同体主義的な組織(職場)のなかでは、個人の賃金や報奨金を、そ の人が担当している職務によってのみ決めることには問題があると思われる。 このことをわれわれは十分認識しておく必要がある。 職場には色々な種類の仕事があり、個人の能力が十分に発揮できないような 仕事もあるが、しかし誰かがその仕事を担当しなければ、組織全体としての効 率が向上しない。したがって、このような仕事に従事しているからといって、 それだけの理由から低い賃金を支給することは、その人の全体への貢献度を見 ていないこととなる。また、個人の生産性向上といっても、その人の努力によっ (18) 中国は、農村経済体制改革においては短期間に大きな成功を納めた。その成功の主な経 験は、個人あるいは家庭単位の生産量運動請負責任制であった。中国の農業は、一家一戸 が一つの生産単位であり、ひたすら黙々と働けばすむ。中国政府は、農村で実施されたこ の個人請負資任制の経験が、大勢の人が一つのシステムとして働く都市の国営企業にも 適用できるということを確信して、企業内個人競争を展開したものと思われる。
15 中国国営企業の労務管理制度の改革について -15ー てのみ上がるものではなく、他の同僚のやり方の優れた点を見習ったことにも よるであろうし、あるいはリーダーの援助があったかも知れないというように、 従業員たちの相互の励まし合い、教え合い、助け合いがあった結果による場合 も多いのである。しかも、この助け合い、教え合いは、それに対する直接的経 済的な報酬を伴わない関係となっている。したがって、企業全体の生産性向上 の視角から見れば、その全ての利益を特定の人のみが独占することは、実際上 不合理である。 製品の生産単位は企業である。企業においては、生産に必要な熟練、ノウハ ウ、情報が企業内でスムーズに流れ、また、各部門、グループがバランスよく 機能してはじめて、全システムとしての生産性は上がる。競争意識が個人、小 グループでなく企業レベルに結集し、企業間競争に向く方が効果的といえよう。 日本では、激しい企業間競争(国際競争も含む)が、生産と技術を発展させ 。 曲 る最大の要因だ、ったといわれている。日本の企業は、まるで一つのサッカーチー ムのようである。企業聞の競争意識が強烈であるため、その企業間競争にエネ ノレギーを集中させ、むしろ内部では協調的である。 国営企業従業員の勤労意欲が低下している最大の要因は、企業内分配上の均 等主義、あるいは企業内個人競争の欠如にあるというより、むしろ企業間競争 意識の欠如にあると思われる。 企業聞の競争は今日の各先進国経済発展の最大の原動力といわれている。し かしながら、中国では、企業聞の競争意識が強く生じる条件はない。中国での 企業間競争の環境条件を整備するためには、少なくとも次の3つの問題を解決 しなければならない。 (1) 企業の経営自主性を確立すること。 改革前は、企業は固という「大釜の飯」を食うという状態が続いていた。改 革後、このような状況は少しは変わった。しかし、基幹的国営企業では、指令 (19) 児玉季守「単価請負制度の次に来るべき賃金制度j (日本能率連合会編『日本工場管理 の諸問題』第三巻、ダイヤモンド社)、 149~167 頁。 (20) 森谷正規 r日本・中国・韓国、産業技術比較』東洋経済新報社、第3章参照。
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的計画と「親方五星紅旗J (親方日の丸)的体制はまだ改善されていなしユ。行政 干渉、政経混同、党書記の企業経営に対する強い支配力が今なお広く存在し、ω
企業の自主性はまだ確立されているとはいえない。 国営企業の傘下においては、経営効率が悪くて企業が閉鎖されても、従業員 は別の国営企業に引き取られることになり、彼らにとっては、たんなる転職に すぎない。企業破産によって経営効率の悪い企業を整理するのは抜本的な解決 策であるが、厄介なことは、すでに述べたように、企業が一種の共同体のよう なものとなっていることである。労働市場の機能がまだ未発達なので、企業が いったん破産したら、失業者の救済、再就職の斡旋などが難しい。1
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年に全 国人民代表大会常務委員会で採択された「企業破産法」が施行されているが、 実際に破産した国営企業は今でも極めて少ない。 (2) 価格体系を合理的にすること。 改革前は商品は基本的に国家が決めた計画価格で流通していた。国家の各企 業に対する投資や企業の持っている資源の違いのために、企業の経営評価をす ることは難しい。利潤の多少は、全て企業経営の善し悪しによるものとは言い がたいのである。 改革後、市場原理を導入し、国家指令による商品以外は、自由価格で流通す ることが許されることとなった。したがって、現在企業聞の競争は、農村郷鎮 企業、個人企業、一部の都市企業の聞で活発に行われている。都市の大、中型 国営企業もある程度まで競争に巻き込まれている。 しかし計画価格体系が依然として存在している。市場メカニズムによる価格 決定は不完全となっている。現在中国の価格体系はいわゆる「二重価格」であ り、同一商品でも、「官価」と「市価」とが並存している。この「二重価格」体 系のもとで、国家から「官価」で安い原材料、エネルギー、商品を調達し、「市 価」で商品を販売することができる企業と、そうでない企業の間では、公正的 (21) 現実をみると、企業経営者・工場長の神経は、常に上部機関の人事首脳部或いは党の組 織部に向いている。これは、企業の長という職位は、長い官僚昇進序列のなかで経験する 一時的な過渡的なポストにすぎないと思われているからである。そして、企業間の経営 者、工場長の頻繁な人事異動は、企業意識の生じにくい一要因となっている。17 中国国営企業の労務管理制度の改革について
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な競争が行われ得ない。 17 (3) 政府のマクロ的コントロール・調整機能およびインフラを整備すること。 現在中国経済の基本的な状況は、社会的総需要が総供給を絶えず、上回って物 不足の状況である。製品をつくりさえすれば必ず買い手がいる。このような状 況が続いていれば、製品の改良、品質の改善、新製品の開発、アフター・サー ビスの向上への努力は生まれてこない。 この問題の解決は、中央金融・財政のコントロール機能の整備と密接な関係 がある。そのほか、交通や通信などのインフラ整備という点も中国は大きく遅 れており、これも企業間競争を妨害している要因となっている。 資本主義経済が充分発展しないまま社会主義体制に移行した中国では、市場 (商品市場、金融・資本市場、労働市場等)、企業組織、産業手邸哉、国家の経済 的・法的マクロコントロール機能、およびインフラなどがまだ十分整備されて いない。これらの産業近代化の基礎条件の整備は、今日の中国経済が直面してω
いる緊急課題である。 V 日本型労務管理制度から何を学ぶか 企業の労務管理制度についてみると、自由労働市場に基づく欧米の仕組みに 対して、日本型経営という東洋的な仕組みがある。しかも日本型経営は、経済 的合理性の面で極めて優れた企業経営システムといわれており、その基本は従 業員の勤労意欲および技能・熟練を向上させ、それを企業間競争に集中させる (22) r二重価格」は、計画経済と市場経済というこつの異質な経済システムが並存している ことの表現にすぎない。計画経済と市場経済とが両立できるか否かは、中国学界の重要な 議論となっている。 (23) 現在の中国の経済改革は、詰まるところ、一つ基本的なジレンマに直面している。すな わち、巨大な中国を一つの統一的、安定的な社会として維持していくことは、経済発展の 必要条件である。この条件を維持するためには、中国共産党の指導(集権的統制)は必要 となっている。現実を見ると、中国では共産党以外に、そのようなことができる社会勢力 は存在しない。ところが、共産党の政治的・理論的基礎は公有制、計画経済であり、それ は、自己利益・責任に基づく私有制、競争原理が支配する市場経済とは、基本的に相入れ ないものである。そして、如何にしてそのジレンマを克服するかが、これからの中国経済 改革の成功を左右する最大のカギとなるであろう。18 香川大学経済論叢 18 仕組みにあると思われる。その特徴としては、次の3点が重要であると考える。 (l) r経営共同体」における労使利害の基本的一致 今日の日本社会では、所有と経営の分離が、先進国のなかでも最も進んでお り、経営者は自主性を強く発揮できるシステムになっている。そして、経営者 はほとんど従業員のなかから昇進し、資本所有者よりも、従業員を重要視して いる。労働組合も、多くの場合、企業別組合で、対立的というよりもむしろ協 調的である。また、従業員も終身雇用、年功序列等の雇用慣行のもとでは、彼 らの利害は、企業の盛衰に依存することになる。したがって、企業の利害と従 業員の利害とは基本的に一致し、このことが日本企業の強い競争力の秘密と なっている。 (2) 優れた企業内技能・熟練形成方式 日本企業の人材育成の主要な方法は、いわゆる
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方式である。従業員は、 企業内の幅広い職場訓練によって、多能工としての技能・熟練を身につける。 しかし、企業内訓練によって身につけた技能・熟練は、企業外の労働市場では 評価を受ける仕組みが存在せず、したがって、従業員は長期にわたって勤続し、 年功序列による昇進、昇給を重視するようになる。そして、このことが、また 企業と従業員の一体感を強めている。 (3) 多彩な動機づけシステム 日本の職場効率は給与、職場内地位、権限委譲、情報、各種の福利厚生施設 などの、多様な企業内の動機づけシステムによって支えられている。そして、 特に長期的な人事考課による能力評価の微妙な格差は、従業員たちが昇進をも とめて競争を伴いながら、従業員の処遇と貢献との聞に長期的なバランスをとω
り、従業員の勤労意欲を長年、継続的に維持するものとして機能している。 ところで、このような経済効率の優れた日本型経営(労務管理)システムが (24) 人事考課によってつけられる賃金格差は、たとえ金額的には微少であっても、労働者の モラーJレの刺激、動機づけには重要な意味をもっ。この点について、掛谷力太郎氏が次の ように指摘している。「賃金格差の重要性はその金額の大きさにあるのではなくして、格 差査定の科学的合理的な公正さ、つまり、従業員労働者の納得にあるJo(掛谷力太郎『労 務管理と社会制度一日本とソビエトの労働管理比較』白桃書房、 72頁)19 中国国営企業の労務管理制度の改革について 19-成立するためには、次の二つの基礎的な条件を必要としていた。 その第一は、労働市場が閉鎖的で企業内部化され、従業員は長期的・安定的 ( ゅ な雇用関係にあるということである。第二は、従業員の協調性、連帯意識が強
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く、共同体主義の伝統的価値志向が強く働いているということである。 まず、労働市場の企業内部化について言えば、その成立の背後には、過剰労 働力の大量存在および社会的職業教育・技能資格付けの未発達という、ニつの 要因があったと考えられる。過剰労働力の大量存在は在職労働者;の転職を困難 にしている。社会的な職業教育や技能資格付けの未発達は、企業内技能・熟練 形成方式の採用と労働力移動の困難を必然的にしている。そして、企業は教育 訓練投資の「成果」を回収するため、従業員を長く引き留めようとする。 中国の労働市場の特徴は、すでに述べたように過去の日本の労働市場と共通 点が多いと思われる。国営企業内外において過剰労働力が大量に存在し、在職 労働者の移動は極めて少ない。また、社会的な技能職業教育や職業資格認定等 が発達していない。したがって、企業内教育訓練に頼らざるをえない。このよ うなわけで、都市国営企業では、労働市場は企業内部化せざるをえない状況と なっている。 中国の労働市場と日本の過去の労働市場の相違点は、主に労働者の基礎教育 (25) 日本経済は、近代化の道を歩み始めた 1880年代から、高度成長が始まる 1960年代まで の長い問、膨大な過剰労働力を抱えていた。労働力が過剰な時代には、終身雇用制は、労 働者にとって非常に魅力的なものであった。その労働者の雇用安定という願望は、経営者 側の熟練労働者を内部育成し定着させようとする意図と都合よく合致していた。終身雇 用、年功序列などの日本型経営の慣行は、労働力過剰という社会的な背景の中で形成、定 着したのではないかと思われる。 ところが、日本は若年層を中心とした労働力不足の時代に入札労働者にとって終身雇 用の魅力はしだいに失われ、また、従業員の高齢化が進むなかで経営側も能力主義を強調 している。日本型労務管理制度が、これから先どのように変化して行くかについては議論 の分かれるところである。 .(26) だが、日本の企業内においても、個人競争が存在していることを否定することができな い。例えば人事考課に基づく昇進、昇給決定や、同僚あるいは同期を長期昇進競争の相手 として意識することなどがそれである。しかし、そうした個人競争を企業組織の経営目標 へ向けて調整し、統制することは、労務管理の重要な課題となっている。日本の企業は、 基本的には個人競争よりも、むしろ運命共同体主義に重きをおき、終身雇用と年功序列に よって職場の協働秩序を維持し、企業全体の労働生産性の向上を目指している。20 香川大学経済論叢 20 水準にあると思われる。つまり、安定的で均一的な日本社会から産み出された 日本の労働者が、中国の労働者より基礎教育のレベルが高いという点である。 共同体主義の伝統的価値志向について言えば、中国と日本は、共通点も多い。 共に、昔から東洋農耕社会であり、欧米の個人主義、契約思想などに対して、 基本的に同じ精神基盤、例えば、共同体主義、年功序列制、調和主義等々を持 ち、両国は共に同一の儒教的なイデオロギーの影響を強く受けている。 ここで注意を要することは、今日、両国の共同体主義の伝統的価値志向のそ れぞれの現れ方の違いである。日本企業の集団主義に対して、中国のそれは自 発的な、小規模な血縁・地総的集団意識、あるいは「関係網」や「宗派」意識 として表現されており、日本のように企業への帰属意識として現れていなしユ。 中国の共同体主義の伝統的価値志向は、社会主義革命によって、もっぱら封 建的遺制として打破すべき対象として扱われてきた。しかしながら、何千年と いう歴史のなかで形成されてきた人間の思考・行動様式、伝統的価値志向は、 政府命令や法律によって、短期間で簡単に消滅させたり変更させることはでき ない。 日本企業の場合、共同体主義の伝統的価値志向(たとえば共同体に対する帰 属と忠誠、共同体内における人の和と年功的序列など)は長期にわたって多く の企業家や経営者によって、修正を加えて意図的に、温存され、生かされ、企
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業組織の安寧秩序と繁栄、産業化の進展に大いに役立ってきた。この経験は基 本的に同様な伝統的価値志向を持つ中国にとっては、大変参考になるのではな いかと思われる。 以上のように、日本型経営システムが機能するこつの基礎条件が中国にも基 本的に存在し、したがって、欧米式労務管理制度を取り入れるよりも、むしろ 日本型労務管理制度の仕組みを取り入れることの方が、より効果的であると思ω
われる。 (27) 尾高邦雄『産業社会学講義』岩波書j吉、参照。 (28) 企業の労務管理制度は、その企業の基礎的環境条件(労働市場のあり方や、人々の伝統 的思考・行動様式および社会の経済・政治制度等々)と、適応しなければならない。その 適応があってはじめて、経済効率の優れた企業労務管理が可能となる。例えば、日本でも21 中国国営企業の労務管理制度の改革について 21-そこで、とりあえず次のような諸点を取り入れるよう検討することが望まし いと考えられる。 一、運命共同体的な企業・経営理念の樹立。 一、企業目標達成に向けての一致協力と、企業内「和」の尊重。 一、慎重・公平な試験による新入基幹従業員の採用。 一、基幹従業員の長期安定雇用。 一、年功序列に基づく内部昇進(昇給も含む)ノレーノレの確立。 一、長期的な視点での人事考課に基づく従業員の能力評価。 一、