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Japanese Journal of Religious Studies Volume 45 (2015) の目次 91 Asian Ethnology Volume 74 (2015) の目次 92 研究所のスタッフ 94 S26 (2016).indb /04/29 10:08:0

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南山宗教文化研究所 研究所報

第26号 ・ 2016年

はじめに 3 奥山 倫明 第 17 回南山宗教文化研究所シンポジウム報告 科学と宗教の対話 教育への貢献

5

村山由美 報告 第2回日本宗教研究・南山セミナー

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小林奈央子 2000年代日本におけるキリスト教信者の急増減 宗務課「 宗教統計調査」から考える」 16 奥山倫明 記憶と追悼の宗教社会学 追憶の共同体をめぐる考察 26 粟津賢太 唾棄物としての『少女ムシェット』 ブレッソンにおける映画の宗教性をめぐって 41 斎藤 喬 研究ノート 「新資料」にみる賀川豊彦の天皇観 69 村山由美 昨年の行事

76 旧師旧友

79 研究所のスタッフの研究業績

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Japanese Journal of Religious Studies

Volume 45 (2015) の目次

91

Asian Ethnology

Volume 74 (2015) の目次

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南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年 3

は じ め に

2012 年より 2 期、4 年の所長職を務めさせていただき、このたび任期満了を迎える ことになった。その間、数多く海外から客員研究所員を迎えることができたのに加え、 さまざまな形で若手の研究員にも在籍していただき、第一種研究所員のみでは実現し えない多くの研究活動を遂行することができたことに、心より感謝の意を表したい。 とりわけ金承哲・第一種研究所員を中軸とするジョン・テンプルトン財団助成プロ グラム「科学と宗教との対話―日本の宗教共同体及びその教育機関における科学と宗 教の対話についての探究的評価」は、2014 年度からの活動を本年度も継続し、研究成 果の出版、国際シンポジウムの開催等、第一段階としての成果の取りまとめを行なっ た。2016 年 1 月に本研究所で開催されたシンポジウム “Religion and Science in Dialogue: The Consequences for Religious Education” における発表のうちの三本については、英語 版 Bulletin に収録することができたので、ご参照いただけると幸いである。他方、今 年の日本語版所報には、若手研究員たちのさまざまな論文のほか、デンマークのオー フス大学との共同プロジェクト(2015 年 10 月)の際に発表した拙稿も収録する機会 を得たことを付言しておく。 今年度、南山宗教文化研究所では、南山大学国際化推進事業(第三期)として、二 つの事業を推進することができた。一つは、2013 年にも開催した、「日本宗教研究・ 南山セミナー Nanzan Seminar for the Study of Japanese Religions」を再び開催したことで ある。これは、国外から日本宗教研究を専門とする大学院生をお招きし、日本語での 研究発表、日本語でのディスカッションを行なうセミナーである。近隣の先生方、ま た関西からも懇意にしてくださっている先生方をコメンテーターとしてお招きし、今 回も活発な議論の場となったことをたいへんうれしく思う。セミナーの報告について は、所報、Bulletin にそれぞれ掲載されているのでご参照いただきたい。こうした機 会に出会うことができた海外の大学院生の方たちと、将来、さまざまな学術的な催し の際に再会することは大きな楽しみである。

また国際化推進事業の二つ目として、新事業、International Post-Doctoral Research Fellowship を実施し、フェローとしてスペインより Carla Tronu さんをお迎えした。9 月から 3 月という短い任期であり、海外からの応募者にとって、必ずしも完全に理想 的なポジションというわけではないかもしれないが、それでも日本研究の若手研究者 にとって、日本滞在には一定の意義があることと思う。この制度は 2016 年度、17 年 度も継続する予定であり、各年 1 名、将来性に富むポスドクの方をお招きしたいと考 えている。 なお、過去 10 年ほどの間、南山宗教文化研究所は日本哲学研究の国際的な研究拠 点として、海外から多くの研究者を受け入れてきたが、この分野の研究所としての持 続的な拠点としての基盤強化を図るために、研究所内にハイジック名誉教授からの寄 贈資料を中心に「日本哲学研究資料室」を設置した。今後も、この分野での研究環境

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の整備を図りながら、訪問研究者の受け入れ努めていきたい。 南山宗教文化研究所は、現在、さまざまな形で組織改編を進めている。2016 年度以 降に行なわれる改編が、研究所の将来をさらに大きく切り開くことになることを願っ ている。なお 2016 年 4 月より、金承哲・研究所員が新所長として、研究所の新時代 を先導することになっていることを申し添えておく。 奥山倫明 2016 年 4 月 1 日

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南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年 5 ジョン・テンプルトン財団の支援による、 「日本の宗教共同体及びその教育機関におけ る科学と宗教の対話についての探究的評価」 の研究の一環として、2016 年 1 月 29 日、30 日の 2 日間、南山宗教文化研究所において 国際シンポジウム「科学と宗教の対話:教 育への貢献 (Religion and Science in Dialogue: Consequences for Religious Education) 」が開 催された。「科学と宗教」というテーマは、 キリスト教神学の分野では、近代科学とキ リスト教世界観の対立と調和の問題として、 繰り返し多方面から議論されてきた。近代 科学・技術の受容と「宗教」という概念の 輸入がほぼ同時期であった日本において は、「科学と宗教」というテーマの語られか た、あるいは、テーマの設定の仕方自体が キリスト教文化圏のそれとは異なってくる。 2014 年度には、日本における「科学と宗教」 の関係の近代史的意義について、金承哲他 編、撰集『近代日本における科学と宗教の 交錯』が南山宗教文化研究所から出版され た。今回のシンポジウムは、その成果を踏 まえて、現代の日本の文脈、とくに宗教教 育の場における「自然科学」と「宗教」の 対話と教授法の可能性について議論すると いうのが目的であった。「自然科学と宗教の 対話」に注目することで、「自然科学」と多 元的な意味での「宗教」双方についての理 解を深めることができるのではないかとい う立場から、金承哲を中心に高等教育機関 で宗教教育に関わるメンバーから構成され たプロジェクトチームは、日本の高校・大 学で使用できる「科学と宗教」を主要テー マとした教科書の作成をめざしてきた。そ のために今回のシンポジウムでは、日本だ けではなく、韓国、中国、アメリカ、ドイ ツから招かれたスピーカーたちによって、 各国の宗教教育現場で「自然科学と宗教」 というテーマがどのように教えられている かについての報告がなされ、その後、「科学 と宗教」を日本の文脈でとらえた場合に、 日本の宗教教育機関は各国の例から何を学 ぶことができるのかということについて議 論が交わされた。 開催の挨拶で金承哲は、南山宗文研が創 立以来取り組んできた「宗教間対話」が第 二ヴァチカン公会議以降のキリスト教会に おける重要な課題でありつづけるてきたこ とを確認した。そして、今日の国際社会に おけるいかなる問題も、ひとつの宗教界、

第 17 回南山宗教文化研究所シンポジウム報告

科学と宗教の対話

教育への貢献

村山由美

Murayama Yumi

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6 南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年 あるいは宗教のみの問題としてではなく、 異なる宗教、異なる社会にまたがる共通の 課題として捉えるべきであるという点につ いて強調し、それはまた、宗教と自然科学 の関係を考える上でも同様であると述べた。 自然科学によって、存在と現象のすべてが 包括的かつ充分に説明されうるという主張 が力強くなされる今日の社会において、宗 教を教えることの意義とはなんであろうか。 近代科学についてのバランスのとれた視座 は、宗教教育をより豊かなものとしていく はずである、という期待の内にシンポジウ ムは幕を開けた。発表者とタイトルは以下 の通り。

Prof. Chiu Pan Lai (Hong Kong) “Religion-Science Dialogue and the Secondary Education in Hong Kong: An Inter-Religious Perspective”

Prof. Paul Swanson (Japan)

“Some Aspects of Science-and-Spirituality in Japan: The Significance of Kokoro Prof. Jaeshik Shin (Korea)

“Religion and Science Dialogue in Korean Educational Context”

Prof. Kenneth Reynhout (USA)

“Teaching Theology and Science in Context: Hermeneutics and Cultural Wisdom” Prof. Friedrich Schweitzer (Germany)

“The Tension between Faith in Creation and Evolutionary Science: How Should Religious Education Respond” 1 日目 1 人目の発題者は香港中文大學の文化宗教 学部教授、ライ・パンチウ氏で、「香港にお ける科学と宗教の対話と中等教育について  宗教間の視座より」というタイトルで発 表がなされた。香港の中等教育における宗 教教育は、日本の例と大きく違わず、宗教 的背景をもつ学校で「リベラル・スタディ ーズ」と呼ばれるものの一部として行われ ている。「リベラル・スタディーズ」はすべ ての中等教育に課せられているが、私立の 場合、その内容はある程度柔軟に決定され るようだ。ライ氏は、香港や日本のような 宗教多元的社会における宗教教育は、ある 特定の宗教宗派についての客観的知識を教 えるよりも、宗教間対話を前提にしたもの であるべきだという立場をとる。すなわち 「科学と宗教」という場合の「宗教」は、世 界宗教のみならず、アジアの土着的宗教も ふくめた思想の対話を前提としているべき であり、「科学」との対話は異宗教理解を基 盤としてなされる宗教教育の一実践と捉え ることが出来る。ライ氏によれば、香港の 宗教教育は香港社会の変遷とともに、単一 宗教教育(mono-religious; 1970 年代以前)、 多宗教教育(multi-religious; 1970 年代〜 1980 年代頃)、異宗教間教育(inter-religious; 1990 年代以降)の三段階を経ている。 香港政府教育庁の規定するところによれ ば、現在の香港中等教育における宗教教育 は、生徒たちが、人生の意味・価値・目的 への問いに取り組む機会を提供することで、 道徳的な生き方と個人の自律性を養う機会 を提供している、と捉えられているようで ある。具体的には、「倫理と宗教学」という カテゴリーの下、生と死、エコロジー、生 命倫理、家庭と結婚などの問題について、 いくつかの宗教の立場が紹介され、加えて 医学や気象学の視点が参照されるという内 容になっている。 宗教伝統の学びが個人の価値観や人格の 形成、及び社会倫理の学習に役立つという のは、あるひとつの「宗教」の見方であっ て「宗教」を語るときの普遍的共通理解で はない。また、「人生の意味、価値、目的へ

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南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年 7 の問いに取り組む機会を提供する」のは、 宗教や倫理に限らずすべての学問分野の存 在意義であるはずであり、宗教教育の専売 特許であるとはいいがたい。香港政府教育 庁の提示するカリキュラムが決定される背 後の様々な思想と思惑のやりとりは想像す ることしか出来ないが、公の教育現場で「宗 教教育」の場を確保するためには「倫理」 と抱き合わせにすることが最も摩擦が少な いという判断があったのかもしれない。し かし、そこでは異宗教理解の前提として、 国家が認める「倫理」と「宗教理解」が土 台としてある。そう考えると、世界宗教の みでなく「土着の伝統」を宗教教育に取り 入れるという方向性は国民国家の教育では 当然のことといえるだろう。「異宗教理解の 立場からの宗教教育」というのは「倫理」 という土台の上で、いくつかの伝統的権威 を子供たちに紹介することなのだろうか。 そこで行われる「科学」との対話は、前提 とされている「倫理と宗教」理解を覆すも のではないだろう。質疑応答の際に会場の ジェームズ・ハイジック氏(南山宗教文化 研究所)からは宗教間対話とは各々の宗教 伝統の問いに他の宗教が答えるのではなく、 各々の宗教伝統の立場から共通の問いを探 り出すことではないかという指摘があった。 そうだとするならば、「科学と宗教」の対話 は宗教間対話の観点から考えても理論上は 実り多いものとなるはずであるが。 つづくセッションでは、南山宗教文化研 究所のポール・スワンソン氏が「日本にお ける科学とスピリチュアリティの一側面〈こ ころ〉の意味をめぐって」と題して、2004 年から 2010 年の間に、同じくテンプルトン 財団から支援を受けたプロジェクト、Global Perspectives in Science and Spirituality (GPSS) を振り返った。GPSS では、はじめの 2 年間、 科学者を招いて懇話会を開き、2 年目の終 わりに南山宗教文化研究所でシンポジウム を開催した。その結実が『科学・こころ・ 宗教』という本である。後半の 3 年は脳科 学に焦点を置き、2 年間のディスカッショ ンを経て最終年に開催された国際シンポジ ウムの結果が Brain Science and Kokoro: Asian

Perspectives on Science and Religion (Nan zan

Insti tute for Religion & Culture, 2011) として出

版された。スワンソン氏によれば、「こころ」 という、いわば「科学」と「宗教」の架け 橋としての第三の要素を設定した背景には、 「こころ」が思考と感情を両方含んだ広い概 念であり、「理性」と「感情」の両方にまた がるキーワードとなりえたということがあ った。また、日本では、欧米のようにキリ スト教を背景に「創造」や「進化」について、 宗教的世界観と科学のコスモロジーが対立 するという構造が存在しないため、それと は別の観点から「科学と宗教」というテー マにアプローチするためにも、「こころ」は 有用な概念であった。そういうわけで、科 学研究者の反応も、「宗教」よりも「こころ」 の方がよかったそうである。 プロジェクトの第一期では、脳科学者の 田中啓治氏、応用物理学の橋本周司氏、そ して霊長類学の松沢哲郎氏が各々、「『自由 意志』と脳」、「こころのあるロボット」、「霊 長類としての人間」というテーマで発表を した。後半の 3 年間では、台湾、韓国、日 本で国際ワークショップを開催した。国際 ワークショップ及びシンポジウムでは、発 表者の仕用言語が日本語から英語に変化し たことで、「こころ」についての議論の展開 が日本語での場合とかなり異なったという ことだった。「こころ」という概念の多様性 を示す実例だろう。 おそらく GPSS の最大の成果は、科学と

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8 南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年 宗教の具体的な議論を展開する「場」とし ての「こころ」の発見であろう。「創造 vs 進化」という、キリスト教文化圏の議論と は別に、日本の異なる宗教伝統の視点から、 科学について論じることを可能にしたのが、 「こころ」というテーマであった。その意味 でこのプロジェクトは、「対話」であると同 時に、「こころ」についての「共同研究」と 呼ぶに値する企画であったということがで きるのではないだろうか。 2 日目 シンポジウム 2 日目は、韓国の湖南神学 大学教授、シン・ジェシク氏の発表をもっ て再開された。「韓国教育の文脈における科 学と宗教の対話」というタイトルの発表で シン氏は、韓国の宗教教育という文脈で「科 学と宗教」がどのような問題となって現わ れてくるのか、また、キリスト教人口が多 い韓国社会において、米国プロテスタント 保守の影響で「創造と進化」の二律背反的 な議論が再生産される様子にふれた。キリ スト教、仏教、儒教、およびシャーマニズ ムの伝統が交錯し、新宗教の信徒も多いと される韓国の宗教事情は日本のそれと似て いなくもないが、「科学と宗教の対話」につ いては、やはりキリスト教、とくにプロテ スタンティズムからの反応が最も顕著なよ うだ。キリスト教の問題意識が前提となっ ているかぎりにおいては、キリスト教以外 の宗教が、その「科学と宗教の対話」に加 わるというケースが少ないのは当然だろう。 シン氏はそれが、米国を起源とするキリス ト教根本主義からうけついだものであると 述べた。 うわさには聞いていたが、「韓国の高等 教育において進化論を否定し、キリスト教 の創造、あるいは創造科学を教える教員が いる」と、あらためて聞いて、やはり驚か ざるを得なかった。韓国のキリスト教人口 は、シン氏によれば、全人口の約 30%であ る。決して微小ではない。私立中高等学校 全体のうち 40%がプロテスタントキリスト 教の背景をもっており、そこでの宗教教育 は多くの場合、科学に無関心、あるいは反 (似非?)科学的だということである。一方 で、韓国は科学技術、工学、医療の分野が 発達した、いわゆる「先進国」であるわけ だが、これはどう解釈したら良いのだろう か。シン氏の報告によると、韓国が近代科 学技術に力を入れ出したのは 1960 年代だと いう。それまでは、政治と経済の議論こそ が中心であった韓国社会では、「宗教」と「科 学」は両者ともに疎外された存在であった。 公立の中高等学校でも 2011 年から教科書が 指定されて「宗教学」として授業がなされ ているが、そこでは「科学と宗教」という テーマは扱われていない。そのような中で、 リチャード・ドーキンスやエドワード・ウ ィルソンの著作が翻訳されて社会的ブーム になったことにもふれられていたが、なに か、必然的なものを感ぜざるを得なかった。 宗教家や神学者のなかには科学との対話に 取り組む人びとがいるということだが、そ れ自体は驚くべきことではないとしても、 彼らはもしかしたら、たとえばアメリカで 「科学と宗教」の問題に取り組む人びとより も、保守派からの圧力を感じているのかも しれない。少なくとも現時点においては。 つづくケネス・ラインハウト氏は神学と 科学を教えるということについて、「解釈学 と文化的な知」と題して発表した。アメリ カのベテル神学校で教鞭をとり、まさに「科 学と宗教」という授業を担当しているライ ンハウト氏は、数学、情報科学、エンジニ アリングを学んだ背景をもつ。家族は代々

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南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年 9 キリスト教の熱心な信者で、祖父は二人と もプロテスタントの牧師であったそうだ。 彼の父は生物学者で、キリスト教信仰者で あると同時に進化論を議論の前提としてい た。ラインハウト氏は現在、プロテスタン トの神学校において、責任ある態度で自然 科学と対話することができる教職者の育成、 という目的を明確にもって学生の指導にあ たっている。報告の中で彼が一貫して主張 したことは、「科学と宗教」という複数の学 問領域にまたがるテーマを扱うときに、教 える者、学生、そして科学、宗教(彼の場 合はキリスト教神学)のコンテクストをよ り的確に理解することの重要性である。そ して、教員が学生と複数の学問領域を解釈 する際に必要とされるのが「文化的な知恵 [cultural wisdom]」と称される、各々の「文脈」 への洞察である。 具体的には、実際の教育の現場からいく つかコツとヒントの教示があったので、こ こに書き留めたい。神学教育の場で「科学 と宗教の対話」を試みるには、「科学」に ついての基礎的な知識を学生に提供するこ とは必須である。科学を専門としない教員 の場合、チーム・ティーチングなどによっ て、科学について正確に教えることを目指 さなければならない。教科書の選定も授業 の目的を達成する上で重要な要素だが、ラ インハウト氏の経験では、科学と宗教の両 方の分野に精通しているものは少ない。著 者が神学者なのか科学者なのかで、すでに 議論の枠組みが決まってしまうからだ。神 学校での授業の場合、教員は神学者で学生 は神学については訓練されているため、宗 教よりも科学について詳しく書かれている テキストが使いやすいということだ。また、 学生がおかれている状況——アメリカの場 合はプロテスタント保守と「世俗」の対立 —— を理解し、議論の枠組みを変えること で、思考の膠着状態に風穴をあけることも

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10 南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年 有益だ。科学と保守的なキリスト教信仰に 対立がないわけではない。しかし、神学生 が問題を理解する前に答えを知っていると 思うとき、学問的な思考のプロセスを提示 することは必要だろう。 「進化と創造」が論理的にというよりは感 情的に議論されがちなアメリカの文化的背 景として、ラインハウト氏は「恐れと不安」 の問題を指摘した。保守派のキリスト教徒 にとって、あるいはアメリカという国で科 学者として生きる人びとにとって、「進化と 創造」の問題は自身のアイデンティティに 深く関わるものである。自身が依って立つ 信念や世界観が攻撃されて破壊されるので はないかという「恐れと不安」が対話を阻 んでいる状況がそこにはある。日本に目を 移した場合、「科学と宗教」という枠組みで はそうした「恐れと不安」の問題は顕著で はないかもしれない。しかし、「対話」を妨 げるものとしての「恐れと不安」の洞察は、 「○○間対話」を試みるときにつねに意識さ れ、言語化されるべきものだろう。また、「科 学と宗教」の「対話」を考えるときに、そ れがはたして調和するのか反目するのかと いうことを問う前に、「科学」と「宗教」を 対話させること自体の意義について意識的 になるべきではないかという発表者の意見 は、おおいに示唆に富んでいると言えるだ ろう。 ところで、ラインハウト氏のように、あ る宗教伝統の中で育ち、自然科学について 学校という公共の場で学んでいく子どもた ちは、自分たちをとりまく世界をどのよう に構築するのだろうか。最後の発表では、 ドイツのテュービンゲン大学のフリードリ ヒ・シュヴァイツァー氏により、「創造論信 仰と進化論科学の間の緊張関係:宗教教育 はいかに対応すべきか?」と題して、まさ にそのようなテーマについて語られた。子 どもたちは、単純な神学と単純な科学を組 み合わせて世界を理解しているのではない。 子どもが世界観を構築していくプロセスは さらに複雑で創造性に富んでいる。成長に ともなって、いくつかの矛盾する世界観が どちらも意味のあるものであることを理解 していくのである。シュヴァイツァー氏は とくに「神による創造」と「進化論」が提 示する二つのコスモロジーが子どもたちに どう解釈されるかに焦点を置いて、発達心 理学からみた「科学と宗教」について語っ た。シュヴァイツァー氏が指摘した問題の 一つは、アカデミックな場での「科学と宗 教」の議論が、子どもの世界の解釈と構築 の事例から分離されているということであ る。「科学と宗教」という異なる世界観につ いての教育について、何歳から対象にすべ きかなどの具体的な問題も、大学で「科学 と宗教の対話」について議論しているだけ では分からず、教育現場を調査することで みえてくることに気づかされる。そのとき に、発達心理学の専門家や教育学者からの 示唆を得ることも重要となってくる。神学 者であるシュヴァイツァー氏の目的は、進 化論と創造論を単純な二項対立としてどち らかを切り捨てるのではなく、教育を通し て複雑な思考のプロセスを支援することで 両者を一人の人間の世界観のなかに共存さ せることである。彼によると、ドイツの青 年のうち、神による世界の創造を信じてい る者は少数派である。創造と進化の共存と いう目的を教育の中で達成するには、子ど もの世界の構築の仕方に目線をあわせるこ とからはじめるべきであるというのが、発 表の結論であった。

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南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年 11 まとめ 以上の報告から明らかなことは、「科学と 宗教」の対話を日本の高等教育に取り入れ るというときに、その理由(なぜ必要か)、 目的(なにを達成したいのか)、対象(学生 はなにに関心があり、なにを求めているの か)について明確にしなければ、今後のプ ロジェクトの発展はないだろうということ である。また、日本の宗教教育現場をより 具体的に、的確に理解するということもプ ロジェクトの前提としてあるべきであろう。 このシンポジウムのなかで繰り返し、日 本と欧米、とくにキリスト教文化圏とのコ ンテクストの違いということが強調された。 たしかに、日本においては、「創造主」と近 代科学をどのように折り合いをつけるかな どということは、一部の宗教者の問題でし かなかったかもしれない。しかしそれは、 言うまでもないことだが、日本の「宗教」 あるいは「宗教学者」が、近代科学と宗教 の関係について問題意識をもつに及ばない ということにはならない。「科学」の提供す るコスモロジーと価値観が支配的な現代社 会において、「宗教」について思考するとい うことは、「科学」について、あるいは「宗教」 と「科学」との関わりについて考えること を抜きにしてはありえない。しかし、それ は思索する者が宗教家であるのかそうでな いのかによって、問題をどのような方法で 探求していくのかという方向性がだいぶ異 なってくる。宗教家が集まって「宗教間対話」 を前提としたうえで、宗教を周縁に追いや ってきた「科学」の問題に対してスクラム を組む、というのもひとつのありかたでは ある。あるいは科学が「第三の要素」とし て媒介となって、宗教間理解が深まること もあるかもしれない。いずれにせよ、「根本 主義」はその「対話」を拒絶する態度に他 ならない。他者を理解することで自らが変 容することを恐れない者だけが「対話」の 席に着くことができるのだから。そうなる と、宗教を科学的に記述しようとする宗教 学者は、「科学と宗教」について、どのよう な立場からどう貢献するのだろうか。おそ らく宗教学者は「宗教家」、「科学者」、そし て、「根本主義者」をも研究対象として、彼 らがどうしてその立場をとらなければなら ないのかについて、さまざまな方法でその ロジックを解明しようとするだろう。そう だとすると、宗教学者と宗教家の対話も「科 学と宗教」の範囲内のことだといえるのか もしれない。 むらやま・ゆみ 南山宗教文化研究所客員研究所員

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12 南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年

報 告

第2回日本宗教研究・南山セミナー

小林奈央子

Kobayashi Naoko

2015 年 5 月 30 日・31 日、南山宗教文化研 究所にて「第 2 回日本宗教研究・南山セミ ナー」が開催された。2013 年 6 月の第 1 回 開催に続くものであり、今回も海外の大学 院で日本宗教を研究する、日本語を母語と しない若手研究者が日本語で研究発表をお こなった。発表者 5 名とコメンテーター 5 名のほか研究所内外からの参加者を含む計 36 名が参加した。筆者は、第 1 回開催を会 場で拝聴したが、今回はコメンテーターの 1 人として参加させていただいた。前回、各 発表者の研究レヴェルの高さに感服したが、 今回もその時の感動をふたたび思い起こす ような優れた研究が並んだ。 今回選抜された 5 名の研究者と発表タイ トルは以下のようであった。

Eric Swanson (Harvard University). 「五大院安然における調伏の概念につい

て:降魔三摩地の再評価に向けて」 Luke Thompson (Columbia University). 「釈迦を日本へ:日本における『悲華経』

の受容と神話の中世的再加工」 Paride Stortini (University of Chicago). 「築地本願寺の東と西」

Justin Stein (University of Toronto). 「臼井霊気療法とレイキ:20 世紀日本 に於けるスピリチュアル・ヒーリング について言説空間」

Kyle Peters (University of Chicago). 「自己自身の形成」 今回も多様な視点からユニークな研究発 表がなされ、これらの発表に対し、コメン テーターの阿部泰郎氏(名古屋大学)、吉田 一彦氏(名古屋市立大学)、吉永進一氏(舞 鶴工業高等専門学校)、大谷栄一氏(佛教大 学)、そして筆者の 5 名がコメントをした。 初日のトップバッターとして、最初に発 表をおこなったスワンソン氏は、中世日本 仏教研究における代表的な枠組みである、 「本覚思想論」と「顕密体制論」の両論にお いて重要視される五大院安然が、「密教」の 役割をどのように理解していたかを考察し た。氏は、安然が、密教の役割を、「魔」や 「障」を「調伏する」明王を中心とする修法、 「降魔三摩地」にあると理解し、それが安然 以降、「密教」の概念の構築に大きな影響を 与えたのではないかと結論づけた。この発 表に対し、阿部氏から、安然の「調伏」を 思想化させ、日本思想史の中に位置づけよ うとした点で、安然研究の新しい側面を開 くものであるとのコメントがなされた。 次のトンプソン氏は、12 世紀初頭から、 末法の世に釈迦が大明神として示現すると いう主張の典拠となった『悲華経』を取り 上げ、実際には「大明神」という言葉を含

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南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年 13 まないこの経典が、典拠とされた理由と、 中世において『悲華経』に関心をもつ僧侶 が増えてきたことについて論じた。氏は、 『悲華経』に示される釈迦が、それまでの釈 迦の性格とは異なり、「救済する仏」として 現れているところに、中世神話的な思考が 見られるということ、そして、仏教の起源 に回帰したいと考えていた貞慶をはじめと する戒律復興を目指した中世の僧侶たちが、 『悲華経』を積極的に用いたことを指摘した。 この発表に対し、吉田氏から、末法思想と の関係、とりわけ、法然らが唱えた末法濁 世を救済する仏は阿弥陀如来であるという 教えに対抗し、釈迦の救済を強調した側面 もあるのではないかとのコメントがなされ た。 2 日目はストルティーニ氏から発表が始 まった。氏は、東京の築地本願寺の歴史と 今日の活動に注目し、同寺が日本とアジア の結びつきの代表的な例であるとともに、 日本とアメリカの仏教徒の交流の中核的役 割を果たしていることを論じた。氏は、同 寺の近代化の歴史を「異文化間ミメシス」 および「トランスロカティブな歴史叙述」 の視点から考察し、同寺は西洋、日本、イ ンドの近代的な交流の結果として存在して いるとした。この発表に対し、大谷氏から、 近代仏教研究ではモダニズムの側面と伝統 的な側面の 2 つを共に見ることが重要とさ れ、伝統的な側面として、例えば、同寺に おいて葬式はどのようにおこなわれている かなども調査する必要があるとのアドヴァ イスがなされた。 次のスタイン氏は、1920 年代東京で誕生 した「臼井霊気療法」と、1990 年代に「レ イキ」として広く知られるようになった両 者の実践者による、霊気療法と宗教の差別 化を試みる記述について比較をおこなった。 氏によれば、20 世紀初めの実践者は、臼井 霊気療法が宗教的な権威を借りながら、一 方では宗教から距離を置こうと悪戦苦闘し、 20 世紀後半から現代に至るレイキの実践者

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14 南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年 たちもまた、レイキは霊的活動をしながら も宗教ではないとする「第三空間」の立場 を主張しているという。この発表に対し、 吉永氏から、両時代がともに「第三空間」 の立場にあるといっても、20 世紀初期の霊 気療法のポジションと、1980 年代以降のレ イキのポジションには、天皇制の有無とい う決定的な違いがあり、そうした政治的な 変化もおさえた上での分析が必要になると のコメントがあった。 最後のピーターズ氏は、「個人作者」と「作 者の死」の言説に代わるものとして、西田 幾多郎の哲学を通じて芸術創作のオルタナ ティブな理論を提示し、芸術作品とその創 作過程における主体の多元的様相について 論じた。氏によれば、芸術作品自体が自己 限定を創造的に再構築・再形成・再編成す るため、歴史的世界による限定の中にあり ながらも、作品の創造を通して自己自身が 新たに創出されるという。この発表に対し、 元研究所所長である J.W. ハイジック氏より、 問題提起としては面白いが、概して西田の 言葉は抽象的であり、西田自身がイメージ を与える表現や、例えをほとんど用いなか ったため、西田の理論によって芸術作品を 分析するのは難しさがあるのではないかと のコメントがなされた。 以上のように、5 名の発表者の研究テー マがいかに多岐にわたるものであり、独自 の視点をもつものであったかがお解かりい ただけるであろう。セミナーの折にも話し たが、筆者自身が 1999 年〜 2000 年の 1 年間、 ロンドン大学 SOAS の大学院において日本 宗教を学んでいたころの、日本語を母語と しない学生の研究テーマと比べると、隔世 の感を禁じえない。当時の筆者の同級生の 多くは、日本宗教といえば、禅という紋切 り型のイメージを抱いており、日本宗教に 関する幅広い知識はあまり有していなかっ た。今回のセミナーの 2 日間は、この 15 年 ほどの間に日本宗教研究が、国際的なレヴ ェルで飛躍的に深化し、多角的に発展して いることを実感する機会ともなった。 そして、そうした発展は、海外の日本宗 教研究者の尽力によることはもちろんであ るが、同時に、日本人研究者の中にも、積 極的に海外に向けて自身の研究を発信し、 海外の研究者と活発な学術交流をおこなう 学者が、近年増えてきた結果であると思わ れる。折しも、今回のセミナーには、筆者 の 2 人の恩師が参加していた。1 人が同じ コメンテーターとして座に連ならせていだ いた阿部泰郎氏であり、もう 1 人がたまた ま来日中で、フロアで聴講されていたロン ドン大学 SOAS 日本宗教研究センター長の ルチア・ドルチェ氏である。両氏こそ、日 本の宗教研究において、日本人研究者と海 外研究者の活発な学術交流を象徴する人物 であり、筆者は両氏が研究の現場で議論し 合い、研究上の連携を深めていく過程を身 近に見てきた。また、阿部氏は近年精力的 に海外で研究発表や院生を引き連れてのワ ークショップをおこない、国際的な研究者 の連携、交流の輪を広げている。こうした 取り組みが、海外における日本宗教研究に 刺激を与え、さらなる研究の発展に貢献し ていることは間違いない。最後の全体ディ スカッションで、所長の奥山倫明氏からも、 海外の研究者と日本人研究者との学術交流 の重要性が強調され、南山宗教文化研究所 がそうした拠点となることが、昨年開催さ れた研究所創立 40 周年記念シンポジウムで も要望され、研究所としてもそれに応えて いく心組みがあるとの話があった。そして、 2 回目を迎えた本セミナーも、そうした意 識に基づく取り組みの 1 つであり、今後は、

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南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年 15 日本人研究者が英語で研究発表をおこなえ るような機会も設けたいとの考えも示され た。 今回のセミナー終了後しばらくして、所 長の奥山氏から研究所で開催される宗教研 究の国際ワークショップでの研究発表の打 診を受けた。セミナーへの参加を通して、 国際的な学術交流の重要性を再認識し、ま た参加者と共有した筆者自身が、それを絵 空事で終わらせてはいけないとの思いがよ ぎり、快諾した。母国語ではない言葉で研 究発表をおこない、質疑応答をこなすこと は実に大変なことである。しかし、その困 難に向き合い、奮闘した 5 名の発表者の勇 姿が、筆者自身の背中を押してくれた。5 名の若き研究者たちの今後一層の活躍を心 より祈念している。 こばやし・なおこ 愛知学院大学文学部講師

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16 南山宗教文化研究所 研究所報 第 25 号 2015 年 ① 宗教についておききしたいのですが、たとえば、あなたは、何か信仰とか信心と かを持っていますか? 信じている 信じていない 計 2013 28 72 100 (591) 2008 27 73 100 (1729) 2003 30 70 100 (1192) ② それでは、いままでの宗教にはかかわりなく、「宗教的な心」というものを、大切 だと思いますか、それとも大切だとは思いませんか? 大切 大切でない その他 D. K. 計 2013 66 21 3 10 100 (1591 ) 2008 69 19 2 11 101* (1729 ) 2003 70 15 3 12 100 (1192 ) 集計表の計には、個々の回答選択肢の四捨五入した後のパーセントを合計した数値を示して いるため、必ずしも 100 とはならない。 他方、1973 年より 5 年ごとに、NHK 放送 文化研究所が、16 歳以上の国民を対象に個 人面接によって実施している「日本人の意 識」調査というものがある。この調査では、 日本人の宗教意識の現状 大学共同利用機関法人、情報・システム 研究機構の統計数理研究所が 1953 年から 5 年ごとに実施している「日本人の国民性調 査」では、開始から 60 年目にあたる 2013 年に第 13 次調査を実施した。今次は、20 歳 以上 85 歳未満の男女個人を対象とした個別 面接聴取法による調査である。この調査に おける宗教の項目から二つの問いの集計結 果を前 2 回の結果(2003 年、2008 年 ) と比 べると、以下のようになる(http://www.ism. ac.jp/kokuminsei/table/index.htm )。

2000年代日本における

キリスト教信者の急増減

宗務課「宗教統計調査」から考える

奥山倫明

Okuyama Michiaki

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南山宗教文化研究所 研究所報 第 25 号 2015 年 17 2003 2008 2013 神 30.9 32.5 31.9 仏 38.6 42.2 40.9 聖書や経典などの教え 6.4 6.4 5.8 あの世、来世 10.9 14.6 13.4 奇跡 15.3 17.5 16.4 お守りやおふだなどの力 15.0 17.4 16.7 易や占い 7.4 6.6 5.3 宗教とか信仰とかに関係し ていると思われることがら は、何も信じていない 25.6 23.5 25.9 その他 0.9 1.3 1.6 わからない、無回答 8.0 7.9 6.4 表中の数字は、各選択肢の回答数を、有効数で除した結果をパーセントで示したもの。 宗教的行動と信仰・信心に関する二つの問 いがあり、前者は「宗教とか信仰とかに関 係すると思われることがらで、あなたがお こなっているものがありますか。ありまし たら、リストの中からいくつでもあげてく ださい。(複数回答 )」、後者は「また、宗 教とか信仰とかに関係すると思われること がらで、あなたが信じているものがありま すか。もしあれば、リストの中からいくつ でもあげてください。(複数回答 )」という 問いである。 このうち後者の調査結果を過去 3 回分抜 き出してみると次のようになる。 統計数理研究所と NHK 放送文化研究所 の調査結果を照らし合わせてみたときに、 2003 年からの 10 年間に何か特筆すべき変化 は見出せるだろうか。とりわけ 2011 年の東 日本大震災とそれに引き続く福島第一原子 力発電所事故という、多くの人々の生活に 直接の影響を及ぼしている災害をはさんだ、 2008 年と 2013 年とを比較する視点も必要だ ろう。しかしながら、一瞥するかぎりでは、 信仰心の増大も減少も確定的に述べること は難しそうに思われる。こうした状況を前 提として、また別の統計資料を見てみよう。 日本の宗教統計調査 日本の宗教統計として、今日、文化庁が 実施している「宗教統計調査」が公的な数 値としてしばしば参照されていることは、 周知のことだろう。2013 年(平成 25 年 ) ま では冊子版が刊行されていた『宗教年鑑』に、 その統計は収録されていた。今日、冊子版 は刊行されていないが、1949 年以降の調査 結果についてはオンライン版として公開さ れており、日本の宗教の数値的な概要を知 るうえで、大いに参考になる。調査の趣旨 については、文部科学省ホームページにお いて以下のように記されている。 昭和 20 年の終戦、そして日本国憲法の 発布をみるに及んで宗務行政の内容も大き な転回をみることになった。信教の自由・ 政教分離の原則が憲法に規定され、自由な

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18 南山宗教文化研究所 研究所報 第 25 号 2015 年 宗教活動を保証するために、政府は、宗教 団体の法人格取得に関する法律の分野を除 いて、宗教事情から手を引くこととなり、 宗教事情に関しては、宗教団体の自発的協 力なしには知り得ないこととなった。 しかしながら宗教資料に関する問い合わ せが多く、教育上、文化活動上でも宗教に 関する知識の要求も盛り上がってきたのを うけて、昭和 24 年になって、宗教法人令に よる宗教法人である教派、宗派、教団の主 管者と協議のうえ、統計報告を毎年 12 月末 現在で宗務課が「文化資料とする」ことを 主な目的として、取りまとめることとなっ た。なお、同時に単立宗教法人については、 それを所轄する都道府県で取りまとめ報告 が行われることになった。 この時以来、毎年、宗務課から文書をもっ て依頼を行う慣行ができあがった。現在で は、この統計が宗教界自体でも重宝され、 この統計や調査には積極的な協力を得られ るようになっている。 (www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa07/ shuukyou/gaiyou/chousa/1262860.htm) この調査は、包括宗教法人、宗教法人を 包括する非法人宗教団体及び単立宗教法人 を対象とし、宗教団体数、宗教法人数、教 師数及び信者数を統計報告とするものであ る。調査票の配布収集方法については、次 のように説明される。 文部科学大臣所轄包括宗教法人、宗教法人 を包括する非法人宗教団体及び文部科学大 臣所轄単立宗教法人については文化庁から 直接、都道府県知事所轄包括宗教法人及び 都道府県知事所轄単立宗教法人については 都道府県事務主管課を通して調査する。 (www.mext.go.jp/component/b_menu/other/ __icsFiles/afieldfile/2010/04/20/1262886_1.pdf ) 上記の方法で調査対象宗教法人(団体 ) の事務所へ調査票を送付する。文部科学 大臣所轄包括宗教法人、宗教法人を包括 する非法人宗教団体及び文部科学大臣所 轄単立宗教法人については、直接文化庁 宗 務 課 あ て、 都 道 府 県 知 事 所 轄 包 括 宗 教 法 人 及 び 都 道 府 県 知 事 所 轄 単 立 宗 教 法 人 に つ い て は 都 道 府 県 事 務 主 管 課 を 経 由 し て 文 化 庁 宗 務 課 あ て、 返 送 す る。 なお、包括宗教団体(法人 ) 用調査票につ いて、電子媒体での提出を希望する法人又 は団体については、文化庁宗務課に連絡の 上、文化庁宗務課が提示する形式で提出す ることができる。 (www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa07/ shuukyou/gaiyou/chousa/1262860.htm ) また、「宗教団体」、「宗教法人」といった 用語については以下のように説かれる。 (1) 宗教団体とは 宗教法人法第 2 条第 1 号または第 2 号に該 当する団体で、教義をひろめ、儀式行事を 行い,及び信者を教化育成することを主た る目的とする団体をいう。 (2) 宗教法人とは 宗教法人法第 12 条に基づき都道府県知事若 しくは文部科学大臣の認証を受けて法人と なった宗教団体をいう。 (3) 包括宗教法人とは 宗教法人法第 2 条第 2 号の範ちゅうに入る 宗教団体(包括宗教団体 ) で宗教法人になっ ているものをいう。 (4) 単位宗教法人とは 宗教法人法第 2 条第 1 号の範ちゅうに入る宗 教団体で宗教法人になっているものをいう。 (5) 被包括宗教法人(団体 ) とは 単位宗教法人(団体 ) のうち、包括宗教法 人(団体 ) の傘下に入っているものをいう。 (6) 単立宗教法人(団体 ) とは

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南山宗教文化研究所 研究所報 第 25 号 2015 年 19 単位宗教法人(団体 ) のうち、いずれの包括 宗教法人(団体 ) の傘下にも入っていない ものをいう。 (www.mext.go.jp/b_menu/toukei/ chousa07/shuukyou/yougo/1262891.htm) 戦後日本の宗教人口の推移 ここで公開されている文化庁の宗教統計 の数値をもとに、戦後日本の宗教人口につ いて概観してみよう (www.bunka.go.jp/tokei_ hakusho_shuppan/tokeichosa/shumu/index. html)。なお、宗教法人、宗教団体については、 現在、「神道系」「仏教系」「キリスト教系」「諸 教」と区分されている。この分類については、 次のように説明されている。 系統は,由緒,沿革,教典,教義,儀式な どから見て,また,各宗教団体の判断によっ て,整理の便宜上,神道系,仏教系,キリ スト教系,諸教の 4 つとし,更に神道系を 神社神道系,教派神道系,新教派系,仏教 系を天台系,真言系,浄土系,禅系,日蓮 系,奈良仏教系,その他,キリスト教系を 旧教,新教としました。諸教には,神道, 仏教,キリスト教各系統のいずれにも入ら ないと見なされる諸派を入れました。した がって,伝統宗教,新宗教などの分類によ るものではありません。(www.bunka.go.jp/ tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/shumu/ pdf/h25kekka.pdf ) なお「諸教」は、かつて「その他」として まとめられていたこともある。 さて、今、1950 年から 2010 年までと、そ れに加えて、日本の総人口が減少に転じた 2011 年も含めて、10 年ごとの宗教人口につ いて、まとめてみよう。なお総人口は国立 社会保障・人口問題研究所のデータによる 概数であり、各年 10 月 1 日現在の数値であ る (www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/P_ Detail2015.asp?fname=T01-01.htm) 。宗教にか かわる数値は、以下の記述において、すべ て各年 12 月 31 日現在である。 西暦 総人口 宗教人口総数 神道人口 仏教人口 (総人口中に占めるキリスト教人口 パーセンテージ ) 諸教の宗教 人口 1950 83,200,000 109,508,691 62,783,810 43,668,499 428,701 (0.5) 2,227,681 1960 93,419,000 138,403,188 78,470,338 54,930,739 669,225 (0.7) 4,332,886 1970 103,720,000 178,971,327 83,328,989 84,960,083 804,339 (0.8) 9,877,916 1980 117,060,000 200,395,255 95,848,103 87,745,179 1,018,634 (0.9) 15,783,339 1990 123,611,000 217,229,831 108,999,505 96,255,279 1,463,791 (1.2) 10,511,256 2000 126,926,000 215,365,872 107,952,589 95,420,178 1,771,651 (1.4) 10,221,454 2010 128,057,000 199,617,278 102,756,326 84,652,539 2,773,096(2.2) 9,435,317 2011 127,799,000 196,890,529 100,770,882 84,708,309 1,920,892 (1.5) 9,490,446 日本の宗教人口総数は一貫して、日本の 総人口より多い。「日本には人口の 2 倍の宗 教信者がいる」という言い方は、2 倍とい うのは誇張であるとはいえ、趣旨としては わからなくもない。また日本のキリスト教 人口については、しばしば総人口の 1 パー セント程度といった言われ方をするが、表 に見るように 1980 年まではその割合に達し

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20 南山宗教文化研究所 研究所報 第 25 号 2015 年 ておらず、その後、漸増し、現在では 1 パ ーセントを超えているように見える。注目 すべきは、2010 年のキリスト教人口が突出 している点である。2000 年以降、キリスト 教人口が 100 万人を超える増大、その後 80 万人程度の減少を示していることになるが、 これはいったいどのような事態なのだろう か。すでに見たように、2000 年代の宗教意 識については、特に注目すべき信仰心の変 化などは知られていないはずなのだが。 なお黒川知文の近著『日本史におけるキ リスト教宣教―宣教活動と人物を中心に―』 (教文館、2014 ) によると、日本のキリスト 教史においてキリスト教ブームは 3 回あっ たとされる。安土桃山時代のキリシタン宣 教の時期、明治の鹿鳴館時代における欧化 政策の時期、そして太平洋戦争敗戦直後の 占領軍支配の時期である(同書、363 頁 )。 第三の時期について黒川は、1945 年から 1950 年と特定し、次のようにまとめている。 マッカーサーのキリスト教支持政策と米国 とカナダの宣教団体からの積極的な援助に より、信徒数も教会出席者数も増加した。 一九四六年に米国とカナダの宣教師によ る協力委員会が設置され、日本の牧師の生 活費援助、教会堂の再建、聖書と賛美歌の 配布が実施された。これに協力したのは、 会衆派教会、ディサイプル教会、福音改革 教会、福音ブラザレン教会、メソジスト教会、 米国長老教会とカナダ合同教会であった。 一九四八年には、米国の諸教派から成る ミッションボード連合委員会が設立され、 財政面においても日本の教会を援助し始め た。そして九〇〇〇万円の資金がそのため に使用された。 この時期の宣教は、主に欧米の宣教団体 の援助に基づくものであったと言うことが できる。(同書 363 〜 4 頁 ) 黒川は賀川豊彦を中心とする「新日本建 設キリスト運動」という 1946 年から 49 年 まで全国展開された組織的伝道について、3 年 5 か月のうちに 1384 回の集会が開催され、 754,428 名の聴衆があり、信仰の決心をした 人びとが記入する「決心カード」は 200,987 枚に上ったと記している(365〜6 頁 )。た だし、決心した人びとの大半は教会に定着 することはなかった。彼はこう続けている。 ここで注意したいのは、合計二〇万名を超 える決心者がいたにもかかわらず、日曜日 朝の礼拝者は一九五〇年では五万一九一八 名であり、一九四七年より一万五〇八九名 増えたにすぎないことである。決心者の七・ 五%しか教会に定着していないことになる。 新日本建設キリスト運動は、確かに多く の決心者を生み出したが、教会に定着せず、 教会成長には成果がほとんどなかったと結 論づけられる。(同書 366 頁 ) 20 万人の決心者と比べて何倍もの数の増 減があったとすると、2000 年代のキリス ト教信者数の変化は大激変と呼ぶべきであ る。まして、新日本建設キリスト運動によ る 15,000 人の礼拝者の増加が、キリスト教 ブームの内実だったのであれば、数十万単 位の増減は、大ニュースになってしかるべ き変化だったはずである。ところが、実際 には 2000 年代キリスト教について、そうし た報道・報告を耳にしたことはない。それ はなぜなのか。 以下、この 2000 年代日本のキリスト教徒 の急増減について、少し詳しく検討してみ たい。 2000 年代日本のキリスト教人口 ここで改めて、2000 年以降の「宗教統計 調査」における、キリスト教人口の変遷を

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南山宗教文化研究所 研究所報 第 25 号 2015 年 21 たどっておこう。挙げられている数値は以 下のとおりである。 こ こ で 得 ら れ た 数 値 の 変 遷 を 見 る と、 2004 年から、2005 年、2006 年にかけて急増 し、2007 年に急減、その後、増減を繰り返し、 2010 年、2013 年には高い数値をつけている。 〇 2000 年以降キリスト教人口の推移 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 1,771,651 1,822,357 1,917,070 2,157,476 2,161,707 2,595,397 3,032,239 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2,143,710 2,369,484 2,121,956 2,773,096 1,920,892 1,908,479 2,947,765 日本のキリスト教信者が 300 万人を突破し たとされる 2006 年にはいったいいかなる事 態があったのか。しかしその翌年には 90 万 近くの激減とはどういうことだろうか。直 近でも 2012 年から 2013 年にかけては 100 万 人以上の増加である。この急激な数値の増 減はいったい何を意味するのだろうか。そ れを探るために、まずはキリスト教全体の なかでいったいどの教団が信者の増大を見 て、どの教団が減少を見たか探ってみたい。 以下の表は、2000 年以降のキリスト教諸 教団・教派の信者数を文化庁宗務課の宗教 統計から抜粋したものである。プロテスタ ントについては 2000 年時点で 20,000 人以 上の信者を擁する教団のみ取り上げた(… は数値の欠如を表わす )。 〇 2000 年以降キリスト教教団・教派信者数の推移 2000 2001 2002 2003 2004 2005 キリスト教総人口 1,771,651 1,822,357 1,917,070 2,157,476 2,161,707 2,595,397 カトリック * 443,417 446,284 449,927 448,285 448,531 451,228 日本ハリストス 正教会教団 15,846 15,840 15,821 15,785 15,813 15,881 日本聖公会 58,208 57,719 57,976 57,302 57,141 56,311 日本基督教団 136,206 135,924 131,909 130,272 130,937 130,258 日本福音ルーテル教会 21,967 21,837 22,028 22,046 22,049 22,126 日本バプテスト連盟 33,139 33,181 33,704 33,923 34,290 33,562 イエス之御霊教会教団 ** … 41,453 41,453 41,066 30,487 29,487 末日聖徒 イエス・キリスト教会 21,480 20,810 118,691 120,003 120,842 121,458 * カトリックの表記は、宗務課「宗教統計調査」では、カトリック中央協議会となっているが、こ こでは簡略化した。 ** イエス之御霊教会教団は、2000 年の数値は不詳だが、その他の多くの年度で 20,000 人を超える ので表に入れてある。

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22 南山宗教文化研究所 研究所報 第 25 号 2015 年   2006 2007 2008 2009 2010 キリスト教総人口 3,032,239 2,143,710 2,369,484 2,121,956 2,773,096 カトリック 450,997 447,720 452,136 449,704 448,440 日本ハリストス 正教会教団 15,959 15,839 15,729 … … 日本聖公会 55,749 55,161 54,258 53,982 53,175 日本基督教団 130,214 130,230 130,203 130,961 126,185 日本福音ルーテル教会 22,056 22,044 21,990 22,042 21,938 日本バプテスト連盟 34,700 34,701 34,690 34,847 35,314 イエス之御霊教会教団 28,990 24,868 23,066 21,375 21,892 末日聖徒 イエス・キリスト教会 122,234 122,378 123,321 124,411 125,421 エホバの証人* 217,530 217,240  * 比較のために 2010 年度版よりオンラインの年鑑を公開している、ものみの塔聖書冊子協会(エホ バの証人 ) の、それぞれ前年の「平均伝道者数」として挙げられている数値を含めた。ただし、欠如 しているデータは、ものみの塔聖書冊子協会広報室に問い合わせて補った。 2011 2012 2013 キリスト教総人口 1,920,892 1,908,479 2,947,765 カトリック 445,927 444,441 444,719 日本ハリストス 正教会教団 9,897 9,897 9,863 日本聖公会 52,821 51,856 51,544 日本基督教団 124,423 123,159 119,747 日本福音ルーテル教会 21,911 21,900 21,990 日本バプテスト連盟 35,320 35,295 35,802 イエス之御霊教会教団 19,192 18,543 14,396 末日聖徒 イエス・キリスト教会 125,947 126,612 126,856 エホバの証人 217,352 216,692 215,966

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南山宗教文化研究所 研究所報 第 25 号 2015 年 23 ここで 2 点、コメントを付しておこう。 ① 日本ハリストス正教会教団は、データ のない 2009 年、10 年をはさんで、信 者数 15,000 人から 10,000 人以下に大幅 に減少した。 ② 末日聖徒イエス・キリスト教会(モル モン ) は、2001 年から 02 年にかけて 信者数に集計される「信者」の捉え方 を変更したため、98,000 人近くの増大 を示した。この数値は「バプテスマを 受けたすべての人々」の数だという(同 教会「会員・指導者・ユニット課」よ りのご教示 )。キリスト教総人口のそ の間の増加は、この教団の増加分を反 映していると考えられる。この教団は、 その後はほぼ 120,000 人規模の教団と して漸増し、やがて 2011 年には日本基 督教団の規模をしのいだ。 さて、キリスト教総人口の 2004 年から 6 年への急増、翌 7 年への急減や、2009 年か ら 10 年への急増、翌 11 年への急減、2012 年 から 13 年への急増などは、ここで取り上げ た、比較的規模の大きな教団の信者数の推 移から説明できるだろうか。これらの数値 を見ただけでは、それは困難に思われる。 それではこうした 2000 年代の日本のキリス ト教の急増減はどのように説明できるのだ ろうか。ここで「宗教統計」に収録されて いる、また別の数値に注目してみたい。各 県ごとのキリスト教信者数の数値である。 ここで著しい変化を示している県の数値を 抜粋する。 〇 全国キリスト教系団体の信者数の推移 (注目すべき県の数値を抜粋) 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 キリスト教総人口 1,771,651 1,822,357 1,917,070 2,157,476 2,161,707 2,595,397 3,032,239 北海道 50,571 50,733 58,566 58,050 59,135 275,771 277,023 神奈川 96,061 94,818 273,229 269,730 262,249 254,267 242,717 石川 3,835 4,132 6,137 7,013 6,220 7,431 225,116 福井 3,942 4,010 3,243 3,223 3,413 220,936 221,565 長野 12,559 12,636 14,039 14,017 16,349 16,128 13,721 静岡 19,050 20,113 23,397 23,475 23,551 23,116 240,806 滋賀 6,306 6,125 6,791 7,061 7,228 8,486 225,792 香川 4,531 4,642 5,411 222,707 222,190 222,178 10,619 長崎 72,133 71,744 72,250 71,535 77,000 77,219 70,760 鹿児島 13,488 14,737 15,932 16,559 18,852 19,177 19,493 この表において、著しい変化を示してい る箇所に関して、コメントを付しておくと、 まず、前年と比べ 20 万人程度の急増の箇所 がいくつか見られる(北海道、石川、福井、 静岡、滋賀、香川 )。さらに大きな 40 万、 50 万人といった規模での急増も見られる(長 崎、鹿児島 )。特に 2005 年、6 年、10 年、13 年の数値には、複数の道県の数値が特筆す

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24 南山宗教文化研究所 研究所報 第 25 号 2015 年 べきものになっている。なお、神奈川県は 独特な変化を示している。さて、こうした 各県において、キリスト教信者数が急増す る、いかなる事態が発生していたのだろう か。 宗務課の回答 40 万、50 万といった変化はもちろんのこ と、その半分の 20 万人の変化であっても、 第二次世界大戦直後の「キリスト教ブーム」 に匹敵する大変動のはずである。北海道、 石川、福井、静岡、滋賀、香川といった道 や県において、何か局所的なキリスト教ブ ームが起こっていたのだろうか。これはお そらくそうではないだろう。 こうした数値の変動には、統計数値の収 集、記載上での誤りがあったのではないか と考え、私は 2015 年 10 月に、各都道府県に 問い合わせの電子メールを発信した。ほと んどの問い合わせは、国の担当機関である 文化庁文化部宗務課に転送されたため、結 局のところ、同課の専門職より回答を得る ことになった。回答の概要は次のとおりで ある。 ① 20 万人規模の増減について 宗教統計調査は、原則として、宗教法人 からの自己申告に基づく。ものみの塔聖書 冊子協会(エホバの証人 ) に属する単立の 宗教法人(地域の王国会館に相当する ) が、 自らの王国会館に所属する信者数を記載す べきであったが、誤って全国のエホバの証 人の信者総数を報告してきたため、そのま ま数値に反映されてしまった。また同一県 で 2 か所の王国会館から同様の報告があっ た県もある。 ② 40 ~ 50 万人規模の増減について (長崎、鹿児島 ) カトリックの修道会(両県所在の別の修 道会 ) が、全国のカトリック信者数を誤っ て報告してきたため。 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 キリスト教総人口 2,143,710 2,369,484 2,121,956 2,773,096 1,920,892 1,908,479 2,947,765 北海道 59,615 61,438 57,515 57,067 46,803 46,160 46,464 神奈川 233,984 233,267 204,546 195,117 313,063 308,611 309,416 石川 7,903 7,888 8,068 7,882 6,074 6,076 5,902 福井 220,997 3,699 221,035 441,516 2,420 2,421 2,467 長野 13,555 234,171 16,395 16,728 14,275 13,782 14,730 静岡 24,980 25,244 24,283 239,941 21,474 20,730 20,908 滋賀 7,234 7,028 7,029 6,714 6,686 7,505 8,177 香川 5,191 5,239 5,267 5,235 4,685 4,646 12,894 長崎 70,107 69,757 68,540 68,290 66,615 66,041 596,450 鹿児島 19,213 19,218 19,040 18,462 15,539 15,032 465,256 * 下線による強調は前年との対比から見て、特に注目すべき数値(同じ傾向が翌年に続いてい る場合も含む )。

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南山宗教文化研究所 研究所報 第 25 号 2015 年 25 次 い で、 神 奈 川 県 の 事 例 に つ い て は、 2016 年 2 月に文化庁宗務課に問い合わせの 電子メールを送信した。宗務課の回答は以 下のとおりである。 ③ 神奈川における増加について 2001 年から 2002 年にかけての増加につい ては、すでに調査票原本が破棄されている ため、詳細は不明である。 2010 年から 2011 年にかけての増加につい ては、海老名市にある、ものみの塔聖書冊 子協会(エホバの証人 ) が、従来、全国各 地の拠点において統計情報を報告してきた ところ、各地の会衆の数値を海老名の協会 に一括して、報告するよう方針を変更した ため。 こうした回答をふまえると、神奈川にお けるキリスト教信者数の増加はそのまま受 け入れるにしても、その他の道県において、 前後の年と比べて突出した数値については、 修正が必要であることがわかる。 文化庁文化部宗務課による「宗教統計調 査」、またそれを収録した『宗教年鑑』は、 日本の宗教、とりわけ法人格を取得してい る宗教団体についての基礎資料である。し たがって、研究者のみならず、報道関係者 等も参照する重要な文献である。しかしな がら、残念なことに、今回の簡単な点検から、 記載されている数値の信憑性について問題 があることが判明した。 こうした問題点については、2015 年 10 月、 2016 年 2 月に文化庁文化部宗務課の専門職 担当者と電子メールで問い合わせをした折 にも、訂正が必要であることを指摘してお いた。したがって、少なくともオンライン 版で、いずれは、正誤表が掲載されるもの と思われる。本稿の数値は 2016 年 2 月 1 日 現在の、(修正が施されないままでの ) オン ライン版によるものであることを強調して おきたい。 文化庁文化部宗務課「宗教統計調査」、ま たかつて刊行されていた冊子版の『宗教年 鑑』を参照される方は、ここで言及したい くつかの年次について言及する際には注意 が必要である。少なくともキリスト教信者 数については、近いところでは、2011 年末、 2012 年末の数値には、今のところ問題は確 認されていない。したがって、研究、報道 においては、その年度の数値に依拠すべき であろうと思われる。 付記 本稿は、2015 年 10 月 24 日に、南山宗教 文化研究所において開催した、Denmark-Japan Joint Workshop “Rethinking Religious Diversity in Japan” における発表原稿 “Some characteristics of statistics on religious affiliation in Japan” をもとに日本語版として執筆した ものである。 参考文献 NHK 放送文化研究所編『現代日本人の意 識構造』(第八版 ) NHK 出版、2015 年 黒川知文『日本史におけるキリスト教宣 教―宣教活動と人物を中心に―』教文館、 2014 年 ウェブサイト 文化庁『宗教年鑑』 www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/ hakusho_nenjihokokusho/shukyo_nenkan/ index.html 文化庁「宗教統計調査」 www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/ tokeichosa/shumu/index.html おくやま・みちあき 南山宗教文化研究所研究所員

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26 南山宗教文化研究所 研究所報 第 26 号 2016 年 追憶の共同体 一九八七年にある雑誌のインタビュー に答えるなかで当時のイギリス首相マー ガレット・サッチャー(Margaret Thatcher 一九二五〜二〇一三)は次のように語った。 でも社会とは誰のことを指すのでしょうか。 社会などというものは存在しません。個人 としての男と女だけが、家族だけが存在す るのです1。 彼女のこの言葉は、貧困や差別、社会的 不正義に取り組む活動家たちを憤慨させた のみならず、社会学者たちにとって古くて 新しい問いを投げかけてもいる2 • 本書は南山宗教文化研究所の企画協力を得て本 (2016)年 9 月に北海道大学出版会より出版される拙 著の導入部分である。同企画を勧めて下さった奥山 倫明先生に感謝いたします。

1. Epitaph for the eighties? “there is no such thing as society,” The Sunday Times, 31 October, 1987. こ れ は 『Woman's Own』誌のインタビューに答えたもので、 その全文はマーガレット・サッチャー財団(Margaret Thatcher Foundation)のホームページに採録されてい る。http://www.margaretthatcher.org/document/106689 二〇一五年一一月六日閲覧。 2. サッチャーの「社会などというものは存在しな い」というフレーズは、社会保障よりも自助努力に たしかに社会そのものなどという物理的 な実体は存在しない。実際にはそこに生き ている人々がいるだけだろう。 もしもサッチャーの言葉が意味するもの が社会が本当に存在しないということであ 重きを置く、新自由主義的政策、いわゆる「小さな 政府」を標榜するものとして盛んに引用された。も っとも、このインタビュー自体、雑誌用に編集され たものである。現在では、元のインタビュー自体を 文字に起こしたものを、サッチャー財団が公にして いるので、それと比較すると、大意は変わらないも のの、その編集の様子が分かる。 サッチャーが「社会はない」という時に含意して いるのは、(1)何か問題があるとすぐに社会のせい にするよう教え込まれてきた人々の抱いているよう な「社会イメージ」のことであり、そのようなもの は存在しない、ということと、(2)次に、政府が助 けるのは個々人であり、個人がまず責任を果たさな ければ、政府は助けられない、ということの二つで あるだろう。 もっとも、報じられたのは編集されたものの方な ので、そのインパクトは大きく、サッチャーの新自 由主義宣言であるとして世界中に配信された。経済 学や社会学におけるその反応は「政府の無責任の正 当化である」とする批判や、前者の社会イメージ自 体がいかに形成されたのかを論じたものまで様々で ある。後者については、たとえば厚東洋輔「問題と しての〈社会的なもの〉」(『社会学部紀要』 第 108 号、 関西学院大学、pp. 51–61, 2009 年)を参照。

記憶と追悼の宗教社会学

追憶の共同体をめぐる考察

粟津賢太

Awazu Kenta

参照

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