富山大学大学院生(Graduate Student, Toyama University)
H
2
SO
4
NaCl 水溶液中における SUS304 ステンレス鋼の
応力腐食割れに及ぼす溶液中の H
2
SO
4
と NaCl の
濃度の影響
砂 田 聡
1狩 場 雅 則
1,
真 島 一 彦
1杉 本 克 久
2 1富山大学工学部物質生命システム工学科 2東北大学工学部・工学研究科教育相談室J. Japan Inst. Metals, Vol. 69, No. 10(2005), pp. 899906 2005 The Japan Institute of Metals
Influence of Concentration of H2SO4and NaCl on Stress Corrosion Cracking in
H2SO4NaCl Solutions
Satoshi Sunada1, Masanori Kariba1,, Kazuhiko Majima1and Katsuhisa Sugimoto2
1Department of Material Systems Engineering and Life Science, Faculty of Engineering, Toyama University, Toyama 9308555 2Education Counseling Office, Graduate School of Engineering, Tohoku University, Sendai 9808579
An SCC test was carried out in aqueous solutions containing both H2SO4(0~5.5 kmol/m3)and NaCl(0~4.5 kmol/m3)as so-lutes, in order to study the influence of the environment on the corrosion type of an SUS304 steel. The both solutes of H2SO4and NaCl have synergistic influence on the corrosion type, and SCC occurs within a specific concentration region and general corro-sion occurs at the other concentrations. For a constant H2SO4concentration the corrosion mass loss decreases with increasing NaCl concentration up to a certain value and then increases. This tendency makes a Vshape curve when the mass loss is plotted against the NaCl concentration. On the other hand, SCC crack length increases with increasing NaCl concentration up to a certain value, passes a maximum, and then decreases. This tendency is just like an inverse Vshape curve. In addition, the NaCl concen-tration ranges for the minimum mass loss and maximum crack length are almost equal. It was also confirmed that these NaCl con-centration regions are inversely proportional to the H2SO4concentration.
(Received June 6, 2005; Accepted August 16, 2005)
Keywords: stress corrosion cracking, type304 stainless steel, mass loss, crack length, adsorption mechanism
1. 緒 言 準安定オーステナイトステンレス鋼である SUS304 鋼は 耐食性,加工性,溶接性が良好な上に延性,靭性に富み,そ の使用環境は広範囲にわたっている.しかし,耐食性に優れ ているオーステナイト系ステンレス鋼も苛酷な使用環境の下 では多くの腐食形態を示し腐食する.その中でも応力腐食割 れ(Stress Corrosion Cracking 以後 SCC と表記する)は所定 の引張応力のもとで材料特有の環境にさらされると,局部的 に割れが発生し,腐食事例の中で最も重大な問題のひとつに なっている.
Acello と Green1)は U 字曲げした SUS304 鋼は室温相当
の 303 K の温度の下で H2SO4NaCl 水溶液中で比較的短時 間に SCC が発生することを最初に報告した.その後,多く の研究者28)によってこの腐食環境における SCC の研究が行 われ,特定の NaCl 濃度範囲でのみ SCC が発生し,その濃 度範囲以外では全面腐食や,割れを抑制した状態になること が報告5,7)されている. 一方,辻川ら915)は,試料を複数の設定電位に規制して SCC 試験を行い,割れの経路になる部分と割れの経路にな らない部分の溶解速度の値を求め,割れの経路になる部分が 割れの経路にならない部分の溶解速度よりも大きい場合に限 り割れが発生する14)ことを報告している. しかしながら,これらの研究報告では試料の U 字曲げに より塑性変形を含んで応力を負荷しているため,応力値や加 工度が明らかでないことや,いくつかの H2SO4濃度を基準 に NaCl 濃度を変化させて SCC の発生する NaCl 濃度範囲を 報告するにとどまり,広い範囲で NaCl 濃度および H2SO4 濃度の影響について明確に報告したものはみられない.さら に,辻川らの研究は環境条件を一定にして,規制する電位を 変化させ,割れの経路になる部分と割れの経路にならない部 分の溶解速度に及ぼす電位の影響を論じており.腐食溶液が 変化した場合については論じていない. 一方,Nishimura ら16,17)は,本報で取り扱った腐食環境と 同種類である H2SO4NaCl 水溶液中での SCC について報告 している.その腐食環境は,353 K の温度で H2SO4濃度を
Table 1 Chemical composition of SUS304 stainless steel (mass).
Fe C Si Mn P S Ni Cr Mo Cu N
Bal. 0.06 0.43 1.10 0.033 0.003 8.52 18.03 0.11 0.29 0.0492
Fig. 1 Schematic illustration of three point beam method.
kmol/m3に変化させて SCC の発生の有無を報告している. さらに SCC の発生する条件で試料に一定応力のもとでの伸 び速度から局部腐食進展を定量化し,腐食環境の影響を定量 的に調べている.しかしながら,H2SO4濃度および NaCl 濃 度の両濃度を変化させた場合の割れの発生の領域とその領域 での割れの進展速度との関係を取り扱っていない. そこで,本報では,H2SO4NaCl 水溶液中における腐食環 境として H2SO4濃度および NaCl 濃度の双方を変化させて, SCC 試験を行い,SCC が発生する H2SO4濃度および NaCl 濃度を現象論的に明らかにし,SCC 挙動としての全面腐食 量,割れの長さを求め,それらの関係を比較検討することを 目的として研究を行った. 2. 実 験 方 法 2.1 試 料 本実験に使用した試料は Table 1 に示す化学組成である市 販の厚さ 2 mm の板状の SUS304 鋼である.それを 50 mm ×15 mm に切断し供試材とした.受理前の冷間圧延および 切断によって形成した加工誘起マルテンサイトの影響を完全 に除去し,オーステナイト化するために真空炉で 1353 K に 1.8 ks 間保持し,氷水中に焼き入れ処理を施した.なお,X 線回折による分析でオーステナイト単相であることを確認し たことを付言する. 2.2 腐食溶液の調製 本研究に使用した腐食溶液は H2SO4単味の水溶液,NaCl 単味の水溶液およびそれらの混合水溶液である.H2SO4濃 度を 0.5~5.5 kmol/m3の範囲とし,これに NaCl を添加し て NaCl 濃度を 0~5.0 kmol/m3の範囲で最小の間隔を 0.1 kmol/m3に設定した.H 2SO4濃度は比重計,NaCl 濃度は 0.1 mgの精度の精密天秤でそれぞれ調整した.比重はすべ て溶液温度を 293±0.5 K に設定して調整した.これらの腐 食溶液は特級試薬および電気伝導率が 2×10-4S・m-1以下 の脱イオン水を用いて調製した. 2.3 SCC試験 H2SO4NaCl 水溶液中における SUS304 鋼の SCC が発生 する H2SO4濃度および NaCl 濃度を明らかにするために, H2SO4濃度および NaCl 濃度を双方変化させて SCC 試験を 行った. 応力を負荷するため,Fig. 1 に示す形状のポリ塩化ビニル 製のベンダーを用いた.この方法は,3 点支持ビーム法で, 試料に曲げ応力を負荷するものである.ベンダーの中央部に あるポリ塩化ビニル製のボルトを回すことによって,試料に 任意の曲げ応力を負荷することができる.試料に負荷される 応力は,試料の長手方向に単軸歪ゲージを貼り,歪み量を正 確に測定し,g 系ステンレス鋼の縦弾性係数を乗じて算出し た.試料表面に生じる応力を 278 MPa,試料表面に残る残 留歪率を 0.29になるように設定した. 前処理として試料を耐水エメリー紙で#2000 番まで湿式 研磨し,アルコール洗浄後,アセトン中で 300 s 間超音波洗 浄をした.次に,腐食溶液を 500 mL ビーカーに約 470 mL 入れ,溶存酸素量を一定にするために温度 303 K の恒温槽 に 3.6 ks 間以上静置した.続いて,曲げ応力を負荷した状 態で,ベンダーとともに,試料を腐食溶液中に温度 303 K に保持しながら 259.2 ks 間自然浸漬した.試験時間内での 試料全体の腐食減量を調べるため,試験前後の試料の質量を 精密天秤で秤量した. SCC 試験後,試料を応力方向に平行かつ腐食面に垂直に 薄い砥石で切断した.腐食面の断面を観察するために切断面 が研磨できるように合成樹脂で埋め込み,切断面を耐水エメ リー紙で#2000 番まで順次湿式研磨し,最終研磨としてバ フ研磨して鏡面仕上げとした.その後,室温の 10 massシ ュウ酸水溶液中で,電圧 6 V,時間約 120~180 s 間の電解 エッチングを行い,水洗,乾燥後に SEM 観察を行った. SEM による SCC 腐食面の断面の観察結果から,試験後の 試料表面から割れ先端までの距離を求め,合せて試験前後の 秤量値による腐食減量も求めた. 3. 実験結果および考察 3.1 SCCの発生の有無に及ぼす H2SO4濃度および NaCl 濃度の影響 H2SO4NaCl 水溶液中における SUS304 鋼の SCC が発生 する H2SO4濃度および NaCl 濃度を明らかにするために, H2SO4濃度および NaCl 濃度を双方変化させて SCC 試験を 行った. 本 研 究 で は 設 定 し た H2SO4NaCl 水 溶 液 中 に お い て , 259.2 ks 間浸漬後の腐食面の断面に関する SEM 観察を施し た.すなわち,腐食形態を調べるために,試験終了後の試料 を応力方向に平行かつ腐食面と垂直に切断し,その切断面を 鏡面研磨し,ミクロ組織が見えるようにエッチング処理を施 し,SEM で観察した.SEM 写真に向かいミクロ組織の上 端が腐食溶液と接触する部分であり,左右が応力方向であ る.腐食溶液の条件によっては,腐食面全体がほぼ均一に溶 解し,後述する腐食断面の写真の上端にはほとんど凹凸が見 られない腐食形態が観察された.この腐食形態を全面腐食と 判定した. また別の腐食溶液の条件では,Fig. 2 に代表例を示すよう
Fig. 2 SEM micrograph showing typical SCC mode of the specimen after SCC corrosion testing in the 2.5 kmol・m-3 H2SO4with 0.2 kmol・m-3NaCl.
Fig. 3 Corrosion type maps for the specimens after SCC test-ing in the corrosion solution of composed of H2SO4 (0~5.5 kmol・m-3)mixed with NaCl (0~4.5 kmol・m-3).
Fig. 4 SEM micrographs of the cross sections of the specimens after SCC test in the 0.5 kmol・m-3H
2SO4solution with 0, 0.6, 2.0 and 4.0 kmol・m-3NaCl at 303 K for 259.2 ks.
に樹枝状の割れや粒界腐食の初期段階と考えられる凹凸が観 察された.これらの形態には,粒界腐食が発生し,それが進 展し,割れの先端の溶解が応力によって加速されたと考えら れる直径約 5×10-6m の半円弧状の割れ先端が観察され る.このことにより,この樹枝状の割れから,応力誘起によ り粒界腐食から進展した活性経路腐食型の SCC が発生して いるものと考えられる.これらの腐食形態を応力腐食割れと 判定した.なお,本研究で観察されたすべての SCC におい て,割れ先端が溶解して進行することが認められた.また, 発生した割れの経路は粒界に沿う場合と粒内を進む場合の双 方が観察された.一部割れの長さが小さいものも,割れが粒 界および粒内に進行していることが観察された.これより, 本研究で発生する SCC はその腐食形態から,対策が難しい 貫粒型 SCC18)であると考えられる. Fig. 3 には全面腐食と SCC を区別して H2SO4NaCl 水溶 液中での SCC が発生する領域をマップで示し,SCC が発生 する領域を波線で囲んで示した.これに対応する腐食断面の SEM 写真の代表例を H2SO4濃度が 0.5 kmol/m3, 1.5 kmol/
m3および 3.5 kmol/m3の場合についてそれぞれ Fig. 4 から
Fig. 6 に示した.
Fig. 4に H2SO4濃度が 0.5 kmol/m3の場合を示す.NaCl
濃度が 0 kmol/m3では,腐食溶液と接触しているミクロ組
織の上端には,SCC や粒界腐食を示す凹凸が見られない全 面腐食を示した.NaCl 濃度が 0.2 kmol/m3以上では Fig. 4
の NaCl 濃度が 0.6 kmol/m3, 2.0 kmol/m3および 4.0 kmol/
m3で観察されるような局部腐食の進展が見られ,この腐食
Fig. 5 SEM micrographs of the cross sections of the specimens after SCC test in the 1.5 kmol・m-3H
2SO4solution with 0, 0.3, 0.5 and 1.5 kmol・m-3NaCl at 303 K for 259.2 ks.
Fig. 6 SEM micrographs of the cross sections of the specimens after SCC test in the 3.5 kmol・m-3H
2SO4solution with 0, 0.2 and 0.5 kmol・m-3NaCl at 303 K for 259.2 ks.
上記 SCC は NaCl 濃度が 4.5 kmol/m3までは確認されたが,
5.0 kmol/m3NaCl では,NaCl が完全に溶解しないため正確
な溶液が調製できなかったため取りやめた.そのため後述の ような 0.5 kmol/m3H
2SO4中での SCC が発生しなくなる
NaCl 濃度の上限は確認できなかった.
同様にして Fig. 5 に H2SO4濃度が 1.5 kmol/m3の場合を
示す.NaCl 濃度が 0 kmol/m3の時は,Fig. 4 と同様の全面
腐食が観察された.NaCl 濃度が上昇すると SCC が観察され る ことは Fig. 4 の 場合と 同様で あるが, NaCl 濃度が 1.5 kmol/m3と大きくなると再度全面腐食が観察された.な
お,この場合 NaCl 濃度が 0.1 kmol/m3から 0.9 kmol/m3ま
でが SCC であり,NaCl 濃度が 1.0 kmol/m3以上 4.0 kmol/
m3までの領域では全面腐食であることを付言しておく.
Fig. 6 に示すように H2SO4濃度が 3.5 kmol/m3の場合も
NaCl 濃度が 0 kmol/m3の時は全面腐食であった.NaCl 濃
度がこれより上昇すると SCC になるが,その濃度は,0.1 kmol/m3および 0.2 kmol/m3に限られていた.さらに上昇
して 0.5 kmol/m3の NaCl 濃度の時は,Fig. 6 に示すように
全面腐食になった.これらの全面腐食は,NaCl 濃度が 0.3 kmol/m3から 0.5 kmol/m3の範囲内で認められた. 以上の結果から,SCC が発生する NaCl 濃度範囲が存在す ることは,浅輪5)の報告によく対応しているが,SCC が発生 する NaCl 濃度範囲が H2SO4濃度が大きくなると狭くなる ことが明らかになった. このように各 H2SO4濃度ごとに特定の NaCl 濃度範囲で SCC が発生するという特徴ある現象を佐藤19)の報告を参考 にして考察すると次のようになる. 佐藤は金属の活性溶解反応に対する OH-イオンと Cl-イ オンの影響に下記のように述べている.まず,各イオンが単 独に存在する場合には,双方イオンとも Fe の溶解速度を増 大させる効果があることを明確にしている. 次に両アニオンが存在する水溶液中では金属溶解反応に及 ぼす両アニオンの影響は単調ではなく互いに競合すると述べ ている. すなわち,佐藤は,H+イオン濃度が一定の水溶液で Cl- イオン濃度を変化させた場合,一定電位における金属のア ノ ー ド 溶 解 速 度 に 及 ぼ す Cl-イ オ ン 濃 度 の 影 響 を E. McCaffertyら20)やその他の研究者2123)による研究報告を引
Fig. 7 Schematic illustration showing the effect of Cl-ion on the anodic dissolution rate of metal proposed by Sato19).
Fig. 8 Effect of NaCl concentration on the weight loss of specimens.
△: SCC 1.5 kmol・m-3H
2SO4+x kmol・m-3NaCl, ▲: General corrosion 1.5 kmol・m-3H
2SO4+xkmol・m-3NaCl. ○: SCC 2.5 kmol・m-3H
2SO4+xkmol・m-3NaCl, ●: General corrosion 2.5 kmol・m-3H
2SO4+xkmol・m-3 NaCl. □: SCC 4.5 kmol・m-3 H2SO4+xkmol・m-3NaCl, ■: General corrosion 4.5 kmol・m-3 H2SO4+x kmol・m-3NaCl. 用し,概略図として Fig. 7 のように示している. この報告19)によると Cl-イオン濃度が希薄な場合,OH- イオンがアノード溶解速度を増大させる状態になっている. この状態,すなわち Fig. 7 中の A 付近の状態では,Cl-イ オン濃度の増加にともない,OH-イオンのアノード溶解速 度を増大させる作用を,Cl-イオンが阻害する.それにより アノード溶解速度が小さくなる.この場合 Cl-イオンは単 独で存在する場合と異なり,アノード溶解反応を抑制する作 用をする結果になっている. さらに Cl-イオン濃度が大きくなり,Fig. 7 中の B で示 す所定の濃度(後述する『遷移濃度』)より大きくなると, Cl-イオンが OH-イオンとの競合に優位となり,OH-イ オンへの阻害作用よりも,Cl-イオンのアノード溶解速度を 増大させる作用が優位となる.その結果,Cl-イオン濃度の 増加にともないアノード溶解速度は増大する. このように,Cl-イオンの増加にともない,アノード溶解 速度は徐々に減少した後,所定の濃度(後述する『遷移濃度』) を越えると今度は増加すると報告されている.なお,Fig. 7 には濃厚 H+イオン(希薄 OH-イオン)の場合と希薄 H+イ オン(濃厚 OH-イオン)の場合の 2 例を示した.この現象の 中で,Cl-イオンが OH-イオンとの競合に優位となる Cl- イオン濃度を遷移濃度と定義し,この遷移濃度は前述の OH-イオンと Cl-イオンの競合により,H+イオン濃度が 小さい(OH-イオン濃度が大きい)場合に高い Cl-イオン濃 度側に移行すると報告されている. このようにして,佐藤は OH-イオンと Cl-イオンが競合 することにより金属の溶解速度は V 字状の谷を持つ特性が あると報告している. 本研究における H2SO4NaCl 水溶液中においても佐藤の 報告する金属の活性溶解反応に OH-イオンおよび Cl-イオ ンの双方が影響しており,それらが SCC の発生の有無に強 く関与していると考えられる.Fig. 7 の V 字型特性も上記 の佐藤の報告に合致していることから,本研究における H2SO4NaCl 水 溶 液 中 に お い て も 金 属 の 活 性 溶 解 反 応 に OH-イオンおよび Cl-イオンの双方が影響しており,それ らが SCC の発生の有無に強く関与していると考えられる. 3.2 腐食減量に及ぼす H2SO4濃度,NaCl 濃度の影響 Fig. 3 に示したように H2SO4NaCl 水溶液中における制 限された H2SO4濃度および NaCl 濃度の領域において SCC が発生することは実験事実より明らかである.このことは上 述した OH-イオンおよび Cl-イオン濃度が SCC の発生の 有無に深く関与すると考えられるため SCC に関するパラ メ ー タ と し て 一 定 試 験 時 間 内 で の 腐 食 減 量 に つ い て 各 H2SO4濃度別に分類し,腐食減量に及ぼす NaCl 濃度の影響 について検討した.
Fig. 8 に H2SO4濃 度 が 1.5 kmol / m3, 2.5 kmol / m3, 4.5
kmol/m3の場合における腐食減量に及ぼす NaCl 濃度の影響
を代表して示す.
H2SO4濃度が 1.5 kmol/m3の場合では,NaCl 濃度が 0.1
kmol/m3から 0.5 kmol/m3の範囲では,NaCl 濃度の増加に
ともない腐食減量が減少する傾向を示した.逆に NaCl 濃度 が 0.5 kmol/m3から 4.0 kmol/m3では NaCl 濃度の増加にと
もない腐食減量が増加する傾向を示した. すなわち,H2SO4濃度が 1.5 kmol/m3の場合では,NaCl 濃度の増加にともない腐食減量は,いったん減少した後に増 加する傾向がみられ,NaCl 濃度が 0.5 kmol/m3付近で極小 値を示した. 次に H2SO4濃度が 2.5 kmol/m3の場合では,NaCl 濃度が
0.1 kmol/m3から 0.4 kmol/m3の領域では,NaCl 濃度の増
Fig. 9 Effect of NaCl concentration on crack length for speci-mens.
△: SCC 1.5 kmol・m-3H
2SO4+xkmol・m-3NaCl. ○: SCC 2.5 kmol・m-3H
2SO4+xkmol・m-3 NaCl. □: SCC 4.5 kmol・m-3 H2SO4+x kmol・m-3NaCl. m3から 2.0 kmol/m3の領域では NaCl 濃度の増加にともな い腐食減量は増加した.すなわち,この場合でも腐食減量は NaCl 濃度の増加にともない一旦減少し,NaCl 濃度が 0.4 kmol/m3のとき極小値を示した.それ以上の NaCl 濃度では 再び腐食減量が増加する傾向が観察された. さらに H2SO4濃度が 4.5 kmol/m3の場合,NaCl 濃度の増
加にともない NaCl 濃度が 0.1 kmol/m3から 0.2 kmol/m3ま
では,腐食減量が減少し,0.2 kmol/m3から 0.5 kmol/m3で は,腐食減量は増加した.H2SO4濃度が 4.5 kmol/m3の場 合でも NaCl 濃度の増加にともない腐食減量は減少し,極小 値を示した後,再び増加する同様の傾向が認められた.上記 の Fig. 8 に示した結果より,各 H2SO4濃度における腐食減 量に及ぼす NaCl 濃度の影響は,NaCl 濃度が増加するにと もない腐食減量は減少し極小値を示した後に増加する共通し た傾向となること,さらに,各 H2SO4濃度における腐食減 量が極小値を示す NaCl 濃度は,H2SO4濃度の増加にともな い低 NaCl 濃度側に移行することが確かめられたことになる. ここで,Fig. 7 および Fig. 8 を考え合わせると Fig. 7 で 示した溶解速度を示す log i は Fig. 8 に示す試験時間内の腐 食減量に近似的に相当するものと考えられる.したがって, Fig. 8 に示される極小値を示す特徴ある挙動は,Fig. 7 に示 される佐藤のモデルによく対応する.そこで,Fig. 8 の各測 定点を近似的に Fig. 7 のモデルに従い V 字特性として測定 点を結んで示した. 本実験の各 H2SO4濃度において,腐食減量が,NaCl 濃度 の増加にともなって極小値を持つ V 字特性を示すことは, 佐藤の言うアノード溶解速度が OH-イオンおよび Cl-イオ ンの競合による相互作用による V 字特性によく対応する. さらに,本実験の各 H2SO4濃度において,腐食減量が極小 値 を 示 す NaCl 濃 度 は , H2SO4濃 度 の 増 加 に と も な い 低 NaCl 濃度側に移動する現象は,佐藤の言うアノード溶解速 度の V 字特性全体が,H+イオン濃度の増加に伴い低 Cl- イオン濃度側に移行することとよく対応する.この実験で腐 食減量の極小値を示す NaCl 濃度は,前述の佐藤が言う遷移 濃度に相当するものとして考えられる.さらに,SCC の発 生は,Fig. 8 の白抜きの○,△,□で示すように若干の誤差 はあるものの腐食減量の極小値を示す NaCl 濃度付近の限ら れた範囲に限定される.その範囲を超える NaCl を含まない 溶液,低 NaCl 濃度の溶液および高 NaCl 濃度では SCC の発 生はなく全面腐食の腐食形態が見られた. 3.3 割れの長さに及ぼす H2SO4濃度,NaCl 濃度の影響 Fig. 3 に示したように H2SO4NaCl 水溶液中にて,特定 の H2SO4濃度および NaCl 濃度の領域において SCC が発生 した.この SCC が発生する領域の中で割れの長さが H2SO4 濃度および NaCl 濃度によって変化していることが観察され たため,SCC に関するパラメータとして一定試験時間内で の割れの長さについて各 H2SO4濃度別に分類し,割れの長 さに及ぼす NaCl 濃度の影響について検討した.
Fig. 9 に H2SO4濃 度 が 1.5 kmol / m3, 2.5 kmol / m3, 4.5
kmol/m3の場合における割れの長さに及ぼす NaCl 濃度の影 響を代表して示した. H2SO4濃度が 1.5 kmol/m3の場合では,NaCl 濃度が 0.1 kmol/m3から 0.3 kmol/m3までの範囲で増加するにともな い割れの長さが徐々に増加した.NaCl 濃度が 0.3 kmol/m3 の条 件では, 割れ長さ が極大値 を示し, NaCl 濃 度が 0.3 kmol/m3から 0.8 kmol/m3までの範囲では,NaCl 濃度の増
加にともなって割れの長さは徐々に減少した.NaCl 濃度が 0.9 kmol/m3では,割れの長さが急激に減少し,NaCl 濃度 が 1.0 kmol/m3では,割れの発生はみられなかった.NaCl 濃度が 0.8 kmol/m3から 1.0 kmol/m3では割れの長さが著 しく減少する傾向がみられた. H2SO4濃度が 2.5 kmol/m3の場合では,NaCl 濃度が 0.1
kmol/m3から 0.3 kmol/m3の範囲では NaCl 濃度の増加にと
もない割れの長さが増加する.NaCl 濃度が 0.3 kmol/m3の
場合には割れの長さが極大値を示し,その後 NaCl 濃度が 0.4 kmol/m3の場合では,割れの長さがわずかに減少する.
NaCl 濃度が 0.5 kmol/m3, 0.6 kmol/m3, 0.8 kmol/m3と増加
した場合は,急激に割れの長さの減少がみられ,0.9 kmol/ m3以上では,割れがみられなかった.
H2SO4濃度が 1.5 kmol/m3の場合では,NaCl 濃度が 0.8
kmol/m3から 0.9 kmol/m3に増加すると割れの長さが急激
に 減 少 す る の に 対 し , H2SO4濃 度 が 2.5 kmol/ m3で は ,
NaCl濃度が 0.4 kmol/m3から 0.5 kmol/m3に増加すると割
れの長さが急激に減少した.H2SO4濃度が 1.5 kmol/m3の 場合および 2.5 kmol/m3の場合を比較すると NaCl 濃度が増 加すると割れの長さが極大値を示すこと,極大値を示した NaCl 濃度よりさらに NaCl 濃度が高くなると急激に割れの 長さが減少することが共通であるが,極大値を示す NaCl 濃 度および急激に割れの長さが減少する NaCl 濃度の両者とも に H2SO4濃度が高いほど低濃度側に移行した. H2SO4濃度が 4.5 kmol/m3の場合では,割れが観察され
Fig. 10 Corrosion types indicated by the relation between sul-furic acid and sodium chloride.
Fig. 11 Corrosion types indicated by the relation between sul-furic acid and sodium chloride.
Fig. 12 Schematic illustration showing the adsorption mechanism in the relation between hydrogen ion and chloride ion proposed by Sato19).
る NaCl 濃度が 0.1 kmol/m3および 0.2 kmol/m3に限られた.
NaCl 濃度の条件をさらに小さく変化させれば極大値を示す 挙動がみられるものと推定される. 3.4 腐 食 減 量 の 極 小 値 と 割 れ の 長 さ の 極 大 値 に 及 ぼ す H2SO4濃度,NaCl 濃度の影響 前述したように各 H2SO4濃度における腐食減量に及ぼす NaCl 濃度の影響は NaCl 濃度の増加にともない減少し,極 小値を示し,その後増加する傾向を示した.その極小値をと る NaCl 濃度は H2SO4濃度ごとに整理すると,H2SO4濃度 の増加にともない低 NaCl 濃度側に移行した. 一方,各 H2SO4濃度における割れの長さに及ぼす NaCl 濃度の影響は NaCl 濃度の増加にともない増大し,極大値を 示し,その後 NaCl 濃度の増加にともない減少する傾向を示 した.高濃度 H2SO4においては,割れが発生する NaCl 濃 度範囲が小さく,測定点が限られたが,極大値を示す傾向は 変わらないものと推定される.その極大値を示す NaCl 濃度 は各 H2SO4濃度別に整理すると H2SO4濃度の増加にともな い低 NaCl 濃度側に移行した. 以上のように腐食減量の極小値と割れの長さの極大値は各 H2SO4濃度別に整理すると,H2SO4濃度の増加にともない 低 NaCl 濃度に移行する傾向が一致している. そこで,Fig. 10 には各測定した条件の中で各 H2SO4濃度 別に腐食減量の極小値を示す NaCl 濃度条件 3 点を点で マークした.対数表示のため測定点は等間隔ではなく,3 点 の間隔には大小はあるが,腐食減量の極小値を示す濃度条件 は波線で囲んだ右下がりの直線的帯状の領域にほぼ近似でき る. これに対して,Fig. 11 には各 H2SO4濃度別に NaCl 濃度 の影響を整理し,NaCl 濃度の増加にともない割れの長さが 極大値を示す NaCl 濃度条件を 3 点マークした.また,測定 した条件の中で割れが発生する NaCl 濃度条件が 2 点以下の ものは,その濃度条件をマークした. ここで,Fig. 10 の腐食減量の極小値を示す領域と Fig. 11 の割れの長さの極大値を示す領域を比較すると,腐食減量の 極小値を示す領域と割れの長さの極大値を示す領域がほぼ一 致することが確かめられた. このように腐食減量が極小値をとる一方で,割れの長さが 極大値をとる現象について H2SO4濃度および NaCl 濃度の 関連について考察すると次のようになる. 腐食減量が極小値を示すことは,割れの経路にならない部 分の溶解速度が OH-イオンと Cl-イオンの吸着の競合によ って,もっとも小さく抑えられている状態である.その条件 における材料の板厚の減少は小さくなるが,割れの経路にな る部分の溶解速度には関与していない. Fig. 10 で示した領域は,Fig. 7 で示した OH-イオンと Cl-イオンが競合することにより,試料の溶解速度が V 字 状の谷を持つ特性を 0.5, 1.0, 1.5, 2.5, 3.5, 4.5 kmol/m3の 6 種類の各 H2SO4濃度ごとに NaCl 濃度を変化させたもので ある.Fig. 8 に代表して示したように V 字状の谷は,実際 の実験結果からは,極小値を含む 3 点以下の測定点で示し たため,Fig. 10 では帯状になっているが後述の Fig. 12 に 示す境界を示す直線に一致する. Fig. 12には,佐藤が示した水酸化物機構と塩化物機構の 優先する溶液濃度域の概念図を示す.佐藤による解説では,
水酸化物機構,塩化物機構を明確に区別し,その境界を示す 直線近傍では腐食速度が抑制されると述べている.したがっ て,Fig. 10 の腐食減量の最小値示す領域は,佐藤の上記の 結果から説明できる. また,Fig. 10 に示した領域と,Fig. 11 に示す各 H2SO4 濃度ごとに割れの長さが極大値を示す NaCl 濃度条件とはほ ぼ一致することより,Fig. 10 および Fig. 11 の直線的帯状 内では,SCC がもっとも発生しやすい特異的条件がそろっ ているものと考えられる. その特異的な条件の特徴として腐食減量が極小値を示す条 件で割れの長さが極大値を示すことによりこの領域では,前 述した OH-イオンと Cl-イオンの吸着の競合がもっとも強 く発生し,その結果割れの経路にならない部分の腐食量が少 なくなるものと考えられる.しかし,この特異的条件内で は,応力を負荷した場合,割れの先端では,光弾性による応 力集中のシミュレイト24)から負荷した応力の数倍の応力が かかると推定され,この部分では,OH-イオンと Cl-イオ ンの吸着の競合による溶出の抑制ではなく,応力誘起による 別の溶解機構が存在するものと考えられる.すなわち,割れ の先端の部分では佐藤の機構とは異なる機構で溶解するもの と推測される.割れの経路になる部分と割れの経路にならな い部分とでは,同一化学組成であっても応力誘起された割れ 先端の溶解機構は,割れの経路にならず応力緩和している部 分の溶解機構とは大きく異なるものと考えられる.その要因 のひとつとして先端部に生じる応力誘起マルテンサイトの腐 食挙動が関連するものと思われるので,今後の課題としてさ らに詳しく検討したい. 4. 結 言 本報の主要な結果を要約すると次の通りである. H2SO4NaCl 水溶液中における SUS304 鋼の SCC 発 生の有無は,H2SO4濃度および NaCl 濃度の両因子が関与 し,固有の H2SO4濃度および NaCl 濃度の領域でのみ SCC が発生する.その濃度領域外では全面腐食を示す. H2SO4単味および NaCl 単味水溶液では H2SO4濃度, NaCl濃度にかかわらずすべて全面腐食を示す. H2SO4NaCl 水溶液中での SUS304 鋼の腐食減量は各 H2SO4濃度ごとに NaCl 濃度の増加にともない極小値を持つ 特性を示す.この極小値は佐藤19)が報告する水酸化物機構 から塩化物機構へ移行する V 字状の特性にほぼ近似した特 性を示す. 一方,H2SO4NaCl 水溶液中で発生する SCC の割れ の 長 さ は 各 H2SO4濃 度 ご と に NaCl 濃 度 の 増 加 に と も な い,極大値を示す. 各 H2SO4濃度ごとに,NaCl 濃度の増加にともなう における腐食減量の極小値を示す NaCl 濃度領域およびに おける割れの長さの極大値を示す NaCl 濃度領域はほぼ一致 した. 文 献
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