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研究紀要 第24号 (12)

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Academic year: 2021

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全文

(1)

一千葉県印西市鳴神 山遺跡群出土土器の検討一

(2)

次 目

1.は

じめに 。………・・283

2.資

料の抽 出方法 ・………・………・283

3.概

観 ・………284

4.時

期別様相 ・………・………・289

5.出

土状況 ・………290

6.考

察 ・………300 要 旨 奈良 。平安時代 の打 ち欠 き及び穿孔 された土器 の多 くは

,祭

祀 に使 われた土器である。本稿 は

,千

葉県印西市鳴神 山遺跡群 出土土器 を素材 に

,集

落遺跡 におけるその様相 を検討 した ものである。その結果, 打 ち欠 き 。穿孔土器が

,神

事 ・仏事

,個

人や1棟の竪穴住居 レベ ルの祭祀

,集

団 レベルの祭祀で広 く使 わ れた こ と

,墨

書土器・灯 明器 。手捏土器 な どの土器 とセ ッ トとなる場合が あ ること

,が

わか った。 また, セ ッ トの土器群 は延命や招福 除災 を祈願 して

,竪

穴住居 の カマ ドや出入 り田部 。四隅等 に配置 され る場合 があ る。 なかで も

,北

西隅配置 に対す る観念 は

,カ

マ ド祭祀 とともに後世 まで長 く受け継がれてい く。

(3)

は じめ に

本稿 は

,古

代 に存在す る打 ち欠 き 。穿孔 された土器が

,集

落 において どの ような様相 であ るのか を明 ら か にす る 目的で記述す る。表題の古代 については

,本

稿 の場合

,飛

鳥時代 か ら平安時代 とす るが

,扱

った 資料 の多 くは奈良時代か ら平安時代前期の ものである。打 ち欠 き 。穿孔及 び破壊 された土器 について

,筆

者 は以前

,千

葉県印西市船尾 白幡遺跡 の様相 を述べ た こ とがあ るが (文献

1),本

稿 では

,船

尾 白幡遺跡 とは谷 をはさんで西方 に位置す る鳴神 山遺跡群 を検討対象 とす る。 なお

,本

稿 で取 り上 げる穿孔 や打 ち欠 きされた土器 は

,祭

祀 に使 われた もの と考 えている。す なわち

,穿

孔や打 ち欠 きが施 された時点で

,そ

の 土器 は人が 日々の生活 に使 う器ではな くな り

,神

仏 に属す る器 になった とい うこ とである。 したが って, ここでは土器片転用の紡錘車や転用硯等

,加

工 目的の第一義が実用 である もの につ いては対象 としない。 鳴神 山遺跡 (第 1図

1)は

印西市船尾 に所在 し

,隣

接す る白井谷奥遺跡 (第 1図

2)と

一体の遺跡であ る。本稿では

,鳴

神 山遺跡群 とした場合 の記述 に鳴神 山遺跡及 び白井谷奥遺跡 をあわせて考 える。鳴神 山 遺跡群 は所在す る台地南側 で未調査部分が あ る ものの

,全

体 の調査面積 は広大 であ り

,総

計264棟 の竪穴 住居等の遺構が報告 されている (文献2・ 3。 4)。

2.資

料 の 抽 出 方 法 打 ち欠 きの状 況 には様 々なバ ラエ テ ィが あ るが, 標準 的 な様相 を述べ る と

,日

縁 ・体部の一部 を打 ち 欠 き

,割

れ日が整 った弧状 。「U」 字状 。「V」 字 状 を呈す る, とい うものである。 資料 の抽 出にあたっては

,上

記の標準 的様相 を念 頭 に

,報

告書 に図示 されている杯皿類 につ いてはす べ て実見 した。その他の器種 については

,調

べ てい く過程 で認めた もの もあるが

,実

見 した ものはご く 少量 である。 打 ち欠 き 。穿孔 及 び関連す る土器 は102点 で

,第

1表に集成 した。 これ らの土器 の うち

,穿

孔 された 土器 は概 して明瞭であるが

,打

ち欠 きされた土器 に つ いては,単 なる破損 との区別が難 しい場合があ り, 数量 の把握 はか な り不安定であ る。そ もそ も抽 出の 目安 と考 える整然 とした打 ち欠 きが

,打

ち欠 きのす べ てではない。 しか し

,口

縁 。体部の欠損 している もののすべ てが打 ち欠 き土器であるわけ もな く

,打

ち欠 きと破損が似 ている場合 は,そ の区別が難 しい。 したが って

,本

稿 では曖味 さを少 しで も排 除す るた 第1図 鳴神山遺跡群と周辺の奈良・平安時代遺跡位置図(1/50,OIXl) (明治15年 参謀本 部陸軍部測量 局測 量 臼井村 。自井橋 本村 よ り) 1 鳴神 山遺跡 2 白井谷奥遺跡 3 船尾 白幡遺跡 4 西根遺跡 5 大塚 前遺跡 6 南西 ヶ作 遺跡

(4)

古代土器の打ち欠き。穿孔 め

,な

るべ く整然 と した割 れ方 の もの を打 ち欠 き土 器 と した。 た だ し

,若

干 乱 れ た割 れ方 の もの で あ って も

, 1棟

の竪 穴住居 に複 数個 体 み られ る場合 や 出土状 況 の検 討 の うえか ら

,打

ち欠 き土器 と認 め た場 合 が ある。 この ような見方で抽 出 した ものが第1表に掲載 した土器であ る。あるいはこの中には単 なる破損 の ものが含 まれているか もしれ ない。 しか し

,あ

る として も少 ない と考 える。逆 に第1表に掲載す ることを 見送 った土器の中に

,打

ち欠 き土器がか な り存在す る と推測す る。 区分 に若干の曖味 さが残 ることが否め ないので

,そ

れ らの土器 につ いて も遺構番号 と報告書遺物番号のみ を記述 し

,今

後の検討課題 とす る(1)。 資料 の抽 出について, もう1点記述 してお く。第

1表

掲載の打 ち欠 き土器 は口縁 。体部の一部の打 ち欠 きの ものが ほ とん どである。 しか し

,資

料 の抽 出終了後

,荒

木志伸氏 の論文 に接 し

,明

らか に口縁 。体部 の全周 を打 ち欠 きした土器が存在す ることを知 った (文献5)。 ここで

,再

度悉皆 的な調査 を行 うべ きで あったが

,時

間不足 のため今 回は見送 った。 ただ し

,そ

の後 も幾つかの土器 を実見 してい く過程で

,全

周 打 ち欠 きの土器が数点見つかったので

,そ

れについては第1表に掲載 した。 以上の状況か ら

,第

1表

は今後

,補

正・補完 され る必要のある ものである。 しか し

,船

尾 白幡遺跡 の様 相 か ら量的 に もっ とも多 いのは

,日

縁 。体部の一部が打 ち欠 きされた土器 と推汲1で きるので

,鳴

神 山遺跡 群 において も主要 な様相 を検討す ることが可能 と考 える。 3。 概 観 口縁・体部を打ち欠 きされた土器は93点で

,資

料の大多数を占める。なお

,打

ち欠 きされていないが, 自井谷奥遺跡001の土師器杯 4は 体部内面に「U」 字状の線刻があ り

,打

ち欠 きの形状 を意図 した もの と 理解で きる (第 2図 2)。 本稿では

,打

ち欠 き土器総体 を考える場合

,こ

の土器 も含めて扱 うこととする。 穿孔 された土器は16点である。このうち 7点 を除 く9点 については

,や

や不確実なものがあるが回縁・体 部の打 ち欠 きもされている。その他

,完

全に破壊 された須恵器大甕 1点 を第 1表 に含めている。 打 ち欠 き土器の器種は土師器杯・高台付杯・皿・高台付皿・鉄鉢形土器

,須

恵器杯 ・蓋 。高台付盤 。長 頸壺

,灰

釉陶器椀である。穿孔土器の器種 は土師器杯 。手捏土器・土師器甕

,須

恵器杯 ・蓋である。打 ち 欠 き 。穿孔及び完全 に破壊 された土器の うち

,手

捏土器は 2点

,土

師器甕

,須

恵器長頸壺 。大甕は各々1 1 第2図 鳴神 山遺跡 Ⅱ077-5ヘラ書 き ―-284-― 白井谷奥遺跡001-4線刻 酵颯

││ _

魂 ‐ 「

/ :ハ 2

(5)

糸 壕 翠 や 壊 翠 ↑ 轟 筆  民釈 陣騰  莉 К゛ 〓や 綸﹁ 民繁 奏糎 一 壌経  ♯ 懸ミ ポ三 苺 軍瓢 窯︱ 掏 時 習C 翠 壊 翠 純К ゛年 “ さ 麺∞ 縮雌 EC 士や 製 ´ 墨経 里士 ∞ 箪К ︶﹁ C ﹁ ミ ﹂ “ 轟 経 薫軽 ´ 城扁 ︶像 鴫ト メ “ 壕 経  晨釈 置時 〓三 なく 〓8 区ヽ 卜   ●ヨ 製昴 案0 ヾ6 6像 邊ト メ 郷摯 買畑 喘害 壽二 や詢 К゛ 〓養 掴N 壼縮 せ  蟻ロ ぐ 車 や “ 喘拘 K ゛ 年′ 昨 罫 ミ 薫郡  黎 伴K ま轡  ´゛ ︵ 国軍 C像 締ヾ  .軽 N L ﹁︶ 春廻 ∞ 言 隷糧 督黎 s掟 里E Kせ 暉ヾ 駅  準姜 意壼 性増 せ攣  策 経 ミ 翠 セ ぎ一 〓 喜 、∞ 摯〓 即畔 せヨ  D 区0 岬ギ 藤 ハⅨ O螂 押暉  莉 К゛ ミ囮 畑爺 署乖 徴〓 引電 ︶罫 Cお o 目 ・ お 0 目  0 牽壼 ヽ 縮 莉≪ ゛〓 ↑ 蕪 筆ヽ く羅 ︶ま 邊■ 枚 ﹄ 蕪 経  一 忙 里綸 引C Ю 国 8︻  士 く壼 士経 ぐ当 雲 “ 巽 N 雲 ” 野 0 藪 Ю 野 で 疑 0 蒙 ” 異 0 野 N 野 ∞ 雲 ” 雲 N 疑 り 疑 N 翠円  四 L握 褐 ” 翠 H  四L 寝欄 ヨ円  脚 卜螺 欄 翠駆  て 工 , ミ ヨ円  四 L屎 神 〓〓  四 ﹂メ 〓糧 週円  即 子メ 各 罫K  卿 〓メ ■握 く  ≧4 メ手 ≪R 響駅 欄 三K 垣■ ●H  陣 K根 塁欄 ヱ , ヽ 週円  喧 K桓 N ヨL  興 卜稀 口s く■ 四型 メ各 押 ゼ軍  幽 〓綸 コ一 く〓 雹K 黎興 罫K  興 岳≪ 各 罫く  日 錮超 ニツ ヽ 罫そ  四 ■9 鮨興 ス〓 陣K α択 ヽ 四月  日 K蘇 神 罫K  四 工蘇 押 罫K  理 ﹁黎 椰 罫K  恒 K握 や 翠H  檀 K尽 興 SK  趣 L糧 押 ●円  恒 K忍 興 冨K  四 トメ 讐 調く 彗握 終・ 四手 エネ 〓 週軍  理 卜餞 t二 , R く  喫川 罫 降   圏 卜 ・ 喫 〓 ´ ネ ■ 欄   棲 褐 こ軍  出 ﹂審 押 翠輝  腱 卜獣 興 翠H  檀 K蘇 N 恒C 千ぜ 雹く 輸貰 目 ‘希 贅 こ 円目 ま 希せ 陣 K縮 図 週 日目 ま 喘せ 口意 輪暫 旧 К策 当 ● H目 ま 詭せ せ﹁ 目ま 策‘ 翠隼  口 ま鵜 せ 置 工詭 幽 こ ﹁目 ま 喘せ 檀 ≪ 詭 轡 に ま 縮 暫 〓 ´ 〓 一 〓 ま 邊 ‘ せ﹁ 旧く 策せ こ■ にま 稀挙 ゼ﹁ 旧ま 綸せ 目 ま 輪 照 三 ‘ 邊 ■ イ 置式 手‘ 題薫 詭蜀 〓 ま 違 ‘ 昼 く < 氷 終 ヨ 特 ヨ □ 佃 ペ ミ K 蛍 氷 X 熾 最 や ミ К ミ ス К R I 押 # , ︶ + 民 華 民 繁 尽 緊 抑 即 環 緊 戻 饉 枷 岬 尽 尽 緊 筆 撫 昭 抑 酬 枷 昭 細 昭 池 田 昨 珊 抑 辞 抑 畔 民 緊 戻 緊 榊 珊 戻 緊 抑 酬 専堅 ≪製  豊 ぐ筆 尊 摯壼 緊 ネコ   ■0 緊 裏箪 ≪翠 ・ ■ ぐ輝 裏筆 Kヨ ′ 革ぐ 牽 葉叫 K翠 ´ 柾ぐ 騨 ヽ 職 暉K 翠 ´ 専ぐ 当 輩 壼 壼 嘔 ≪ 翠   苺 ¨ 緊 豪緊 K製 ・ 裏 ぐ牽 や薫 К型  仁 ぐ当 梓堅 К製 ´ 巌ぐ 準 裏事 Kヨ 。 革 ぐ華 葺郭 K翌 ・ 柱 ぐ華 ヤ野 К翌 ・ t O当 専箪 К攣  檬 ぐ輝 梓箪 ≪攣 ・ 樟 ぐ騨 裏薫 ≪翠  や く E筆 車暉 К製 ´ 革ぐ 牽 “ や 晋К 単・ 梓ぐ 華 ¨ 裏 堅К 翠  毎ぐ 蝉 巌堅 K翠 。 モ ぐ半 樟蝉 К型  や ぐ蝉 裏駆 К翠  叢 ぐ騨 裏堅 K翠  専 ぐ牽 専嘔 К翠  巌 ぐ螂 専堅 ス翌  囃 く 口騨 単堅 ≪翠 ´ ヤ く コ蝉 車嘔 ≪翠 ´ 拠ぐ 牽 革堅 ≪製 ´ 単ぐ 蝉 や軍 Кヨ  ● こ当 〓 〓 Кヨ ´ ま ぐ 寧 専箪 К翠 ´ 葉ぐ 繁 緯堅 К翠 ・ ヤ ぐ牽 単緊 ≪製 ・ 専 ぐ華 車嘔 К翌 ´ 毎ぐ 輝 単堅 К翠 ´ 苺ぐ 蝉 巷 〓 匈 巷廻 ︻ さ紅 ︻ な綱 N 貰工 勾 言 〓 奏 糎 さ 糎 ヽ 綱 さ 紅0 〓2 ゝ さ糎 ﹁ 歯廻 ︻ ヽこ ︻ ´ ヽ ま舟 ‘ [ 〓二 ︻ 〓 畑 ¨ 〓 紅 ” 一 さ 紅 一 さ詢 ヽ や 緊 貰 紅 [ 養掴 ︻ さ糎 ﹁ 歯恒 N ヽ綱 N さ綱 H 養肛 H 賞 〓 一 夏 畑 〓 ^t 靱 歯 垣 貰 輌 さ 糎 さ 纏 ^ 養輌 ¨ 範≪ ゛〓 莉 ≪ ゛〓 詢 K ゛〓 莉 К ゛ 〓 詢 K ゛〓 ¨莉 ≪゛ 〓 二い 0輸 せ ギ隷 縮暫 莉 К ヾ〓 莉K ゛年 邸経 +莉 К゛ 〓 詢 ≪ ゛〓 詢 ≪ ゛〓 莉 K ゛〓 莉 ≪ ゛ 〓 詢 К ゛〓 約 ≪ ヾ〓 輌 К ゛年 ヽ 他 К ゛ 韓・ ヾ 駄 給 撻 ヽ 認 隷輸 墨 ・ 樋 ネ゛ 〓 莉 К ゛〓 ギ 寺 拘 ≪ F 〓 莉 ≪ ゛〓 莉 К ゛ 〓 莉 К ゛ 年 ギ 鯵輸 せ   範 ネ゛ 〓 莉 ≪ ゛ 〓 ” К ゛ 〓 言隷 綸未 К 範 К ゛〓 ↑ ¨ К ゛ 〓   言 隷 縮 画 範К ゛〓 莉 ≪ ゛〓 杓 К ゛ 〓 莉 К ゛ 〓 工 斐量 ﹁ 堆准 E引 事 業星 引 遣 斐 E 〓 韓こ 輌撻 識駐 引 毀+ 業E 引 二摯 使熙 二畿 呈引 一 〓 上 ヽ ﹂ ﹁ 一 達 率 星 州 レ 〓 菱 E 〓 堆 聴星 引 堆業 E引 ヤ 〓 輩 ヽ ﹂ ︸ 一 雄 斐 星 ﹁ 準斐 量引 旧 緊〓 糞 螢熙 二 維星 引 ︶ 〓 上 ヽ い こ 一 T 堆業 E引 黙L 糞E 〓 二 史 壼 ﹁ 羊業 E〓 堆 韮 星 引 準 美 ■ 照 ″ 苺詫 E■ 韓業 使熙 〓畿 艦引 躍昨 硬熙 工 離 量 ■ 二串 便熙 〓艶 壼引 ″ 〓 斐 E 〓 蜂 識 腰 熙 堆誅 便熙 0 ∞ ﹁ 0 ∞ ¨ 寸 ∞ ︻ ∞ ∞ ︻ 0 〓 ∞ 卜 ︻ ヽ O N ∞ 蛉 N マ N ∞ 卜 O N 翌“ T 腐︼ 寸 N Ю め ヽ ∞ 寸 ∞ ト ヨ 8 , 専 O O 8 ﹁ 寸 寸 単 ” ■ 8 マ ヨ 8 ︻ マ ´ 卜∞ 0 区卜 ∞ 卜 〓卜 ∞ ∝ 一 X 一 卜 ∞ ? 区 卜 ∞ ︵ ︶ N 一 メ 一 卜 ” 0 マあ で 二 ヽ 一 一 C N 区0 い Ё 一 X 一 O C ∞ 区め ト ^ ︶ ﹁ 一 X 一 マ ト 卜 ヽ 一 X 一 ゛ ト R 図N 0 堂 二ヽ ト 卜 ∞ 区 ヽト ヽ マ 一 メ 一 マ ト 8 工 ∞ ト 一 N 一 X 一 0 ト N N 区 0ト あ Ξo ∞ 専 区 8 ヽ 国∞ 一 Ё 区∞ 0 ∝ 区∝ 0 ﹁ 一 メ 一 ﹃ 〇 一 一 一 二∝ 0 ﹁ 一 マ● o [ N 図2 [ 吟 一 γ 一 C ヽ ﹁ 卜 一 × 一 0 夕 [ ︻ 区∞ 曽 r 一 二 卜 ∞ ﹁ 卜 区 お H H 区 “ ︻ 霞マ 一 ∞∞ ︻ 卜 8 卜 8 卜 安 一 ︶︻ 卜 C C ︼ 卜 0 0 で ﹁ 〇 ∞ ﹃ O O N O O N C ヽ マ 〇 ︻ マ ヽ 〇 ヽ ヽ C ︻ 専 8 寸 , 0 で ヽ O ヽ 卜 一 〇 ヽ 卜 寸 〇 ヽ 卜 で O ∞ 0 0 ヽ 輸 Ю O ヽ い O C Ю C O ∞ 8 ﹁ 8 0 8 Ю ︻ 〇 C N ︵ ︶ ︵ ︶ N ︵ ︶ 卜 ∞ 〇 ” , O ヾ ヽ 0 ﹂ , マ 0 コ C q N N ― -285-―

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゛ │゛ │ヾ

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(6)

古 代 土 器 の 打 ち 欠 き ・ 穿 孔 や 醤 畿ば ︶ぐ 当 , ︻ C 嚢国 基い 二出 E引 “ 長 巽喜 墨枢  ぐ 筆´ ↑ 綸 莉К ゛〓 =ヨ ︶0 姜幅 匈 お 図“ じ 峰 こ鞭 位躊 種熙 茶薫 経 撫こ 卿埋 ´陣 整︶ 熱雪 コ  ヘ簑 択C 縮仕 錮論 唾ロ 士さ そ■ Eた , ミ ´ 像喘 廓州 里 ︵ 獣欄 ︶堅 目響 ま■ §巣 軒単 r   一 〓尊 雲収  壊 翠 引ヨ “条 ﹁〓 ざ窓  ギ 撃 一ヾ 民扁 螂8 区蔓 ﹀ 颯 掏民 筆  ´ 一〓 さ駅 斐E コ ︲ 晏 蕪 翠 全く 糧マ にE  ´︽ 護継 一 朦 翠 理く 嘔︶ 豪∞ 壺挙 口出 〓≪ 酔  ゛く ξま く “ 縫 緊 ヽ ヾ 翠 召■ ︶o 姜将 ω 2 集女 怪ぐ 蝉 や恭  翼 書 壕翠 条約 K゛ 〓C 奏廻 Q ● 恒 ´ さ畑 ∞ 唾 口輻 桑〓 督C 巡L 〓一 群理 巷E こ牽 Ct 〓  ミ翠 莉К ゛〓 椰桑 緊´ 掏奏 掘∞ 寒 翠 条薫 翠 鱈円 ︶根 ぐ︶ 掏縮 莉≪ ゛〓 渕∞ 区で い   OⅨ O駅 福暉 ﹁察 く妻 〓膠 つЖ £妻 〓膠 畷 嘗 〓︵ じ 雲 c 蚕 マ 雲 c 粟 N 野 め 褻 0 蓑 じ 豪 め 一 象 r 雲 N 蓑 じ 褒 ∞ 一 う 一 ´ 一 粟 c 雲 め 豪 r 粟 N 察さ 引ヨ 一 デ ヽ  三 κ長 〓 , ゛ ●輝  國 ﹁ば 興 Sく  四 月握 や ここ  ´一 塁収 ぞ I レヽ 罫K  熙 ﹁メ ■思 ここ  四 Lく た● ベ ぜ軍  E 2● ヽ 翠輝  四 子メ ■握 罫く  国 卜颯 押 ゛ せ 円  目K αN く一 ●ヽ  道 円  暉К ︵ 饉︶ 懲興 工疑 KK 〓2 ンヽ 熙〓 当メ 手握 四〓 せ0 ≪齢 こ■  喧 K重 ミ〓 ●ミ 翠H  四 卜重 押た ヽヽ ヽ 〓 一   三K 垣t せ嘔  理 卜忍 仰 ぎ姜  檀 K蘇 興 翠〓  四 エメ 子 罫K  一L K根 エン ミ 一 I 一  檀 K 壇 t ヽ こ 〓  一 嘔K 蜜〓 ヨ〓  く ニン ミ ︵ 蒸 ヤ ヤ ︶こ L  で 二 ● ぶ ︵ 蒸 々ヤ ︶翠 L  E2 , ヽ ざ﹁  富 ﹂混 2● ヽ EK 凛神 ・ 要 ﹂家 〓智 ニ エ   一〓兵 ヽ ≪ i t せL  恒 K罫 導 ヨ頭  四 ﹂握 N り﹁  疸 K郵 t こ 宅   一c マ ヽメ 〓 塩 ヨ軍  聾 トメ ■塩 罫く  四 〓握 興 ︵ 蒸︶ 週円  富 手メ ■淀 ︵ 蒸︶ ■ 一 〓   ミ 〓 瑯 t ●出  迎 〓 ︵ 饉︶ 握欄 垣円  理 〓メ 〓塩 趣〓 メ■ ・ コ ■握 k E択 ・ ● 詭 こ■ 三ま 邊こ こ 辱 一 塗 貿 旧 E喘 暫 目 ま 詭せ にま 詭せ 陣 E鈴 蜀 せ 円目 ま 策せ こH 目ま 遼せ 喧 E詮 暫 三 E 邊 ビ 三 ま 邊 ビ 雹 ま 詭 贅 t 痙 澪 当 三 ま 載ビ 口 E達 贅 目ま 絶筆 L一ユ ヽ 一モ ノ 苓 メ % “ 下︷ ヽ 一 ン │+ R 早 R や 係 く │ □ □ ︵ ё 十 口 添 ≪ □ □ 1' T履 メ い 一 一 . 一 一 一 範榊 ヽζ 莉 伽 ヽζ 民 筆 褒 章 莉枷 いζ ミ 繁 褒 筆 民 繁 豪 雛 豪 雄 ミ 筆 顎 杯 C 器 引 章嘔 ≪型 ´ 忙 く コ蝉 単嘔 К製  職 0牽 単堅 К2 ・ 車 ぐ繁 単駆 ≪ぎ  に ぐ翠 車暉 ≪型  車 ぐ当 単嘔 ≪翠  無 ゛牽 単堅 К翠  忙 ぐ蝉 革暉 ≪翌 ・ 単 ぐ筆 裏駆 К翠  拠 “翠 〓 一 ≪ ヨ ´ 革0 当 紅叫 ≪ヨ ´ 忙ぐ 翠 専葦 ≪ヨ ´ やこ 奪 章堅 ≪翠 . にぐ 蝉 ぐ当 C〓 澤轟 ヽ 車堅 K尋  ヤ ぐ牽 専郭 ≪翌  終 ぐ牽 専堅 K製  拠 ぐ牽 単堅 ス翌  恒 0翠 単堅 Кヨ ´ 毎ぐ 蝉 〓 革 ぎ ヨ   専 ぐ 奪 専堅 Кヨ  倅 く 口華 専蝉 К翠  巌 0当 章堅 К翠 ・ t ぐ当 凛藝 К製  巌 0当 単緊 К翠  単 ぐ当 単 壼壼 導 ネ単   章く コ 翠 叢箪 К翌  厳 ぐ牽 専呼 ≪単  に ぐ筆 ↑ 轟堅 ネ ⊇ ´ 苺 “ 緊 拠叫 К製  車 0翠 単呼 К型 ′ 専ぐ 筆 単堅 Кゼ ′ 博0 楽 章 筆≪ ヨ ・ “ 章“ 当 裏叫 Кヨ ´ 戦0 当 博嘔 К翌  単 ぐ当 車謳 К翌  博 ぐ当 単堅 ≪翠  凛 0車 単堅 Кヨ ′ 単ぐ 騨 単暉 Кヨ ´ 専⑩ 牽 燕堅 ≪翌 ´ 拠ぐ 華 宋 “ ヾ 誅 条 出細 ︻ ヽ 細 一 歯E ﹁ さ 郷 一 下ヽ ∞ ヽ N 歯 細 一 ¨ 吉 細 一 さ垣 一 や 養 掴N ヽ掴 N さ 錮 ︻ 巷 〓 一 さ 工 N 歯工 一 一 さ 糎N さ 〓 さ 細 さ 綱 さ 塩 長 き掴 彗 垣 さ エ さ 垣 言〓 ま 一 江 ヽ さ垣 さ 垣 一 さ 垣 苔 〓 さ 垣 条さ 担 条さ 糎 さ 廻 さ 恒 さ 垣 さ 麹 さ E さ E さ 糎 ヾ駄 ヽ や メ゛ 〓 詢K ゛〓 範 K ゛ 〓 莉 К ゛ 年 抽 ≪ ゛〓 莉 ≪ ゛〓 詢 К ゛〓 純 К ゛ 〓 莉 ≪ ゛ 〓 杓 К ゛ 年 莉 ≪ ゛年 範 K ゛ 〓 杓≪ ゛〓 莉 К ゛〓 騨 登 莉 よ ゛〓 ヽ 言 漱 輸 贅   ¨ ≪ ゛ 〓 拘 ≪ ゛〓 莉K ゛年 莉 К ゛〓 拘 ≪ ゛〓 拍 К ゛〓 言 駄 韓 贅   ¨≪ ゛ 〓 莉 ≪ ゛ 年 莉K ゛〓 莉 К ゛〓 莉≪ ゛〓 商 К ゛〓 詢 ≪ ゛ 〓 一 言 継輸 撻 ・ 莉 ≪ ゛〓 詢K ゛〓 “ К ゛ 〓 莉 K ゛ 年 莉 ≪ ゛〓 詢K ゛〓 範 К ゛ 〓 莉≪ ゛年 詢 ≪ ゛ 〓 莉 К ゛年 莉 ≪ ゛〓 莉 К F 〓 岬   串 堆 光 き 〓 摯 摯 星 〓 苺 畿 量 〓 堆斐 三二 レ 苺 艶 三 〓 堆串 星〓 堆 止 彗 〓 薫識 使照 堆 士彗 〓 ¨ 〓 彙 ヽ 〓 一 十 一 ″ ヽ 斐 量 〓 ´ ■ 上 苦 〓 〓 ¨ 〓 美 三 〓 黎К 諸“ 蒸 レ 〓 美 〓 〓 堆斐 星〓 ¨ 辱 斐 三 二 峰業 呈〓 堆 斐E 一 〓 〓 櫻 掟 離 糧 〓 〓 〓 準 掟 熱 E 一 〓斐 量〓 ¨ 革 彙 ヽ 一 〓 ニ ︶ 〓 彙 ヽ ヽ こ 〓 蜂識 税熙 ン ヽ斐 三二 ´ 〓士 ヽ ﹄ 0 き 二 艶 ﹁蒸 雄 美 三 〓 二 〓 準 征 熱 ■ 蒻 華 糞 ﹄ こヾ 撃 〓 “ 延 維 使 照 レ ヽ 輩 ヽ ﹄ ご 〓 侭朧 還翼 メ 堆路 E〓 重斐 三二 に斐 量〓 二誅 授熙 二 斐■ 蒸 レ ヽ斐 ﹄ こ ヽ 中 申 ヾ 錮 3 ︻ ヽ ベ 8 卜 C 一 0 卜 ﹁ ・ ∞ 0 ︻ 吟 ∝ 一 コヽ 〓¨ ヽ型 8 , 3 ︵ ︶ 〓 ト ロ 9 ¨ 8一 ﹃ C 劉 ∞ 0 ﹁ ﹂ ︵ ︶ ^ ︶ ^ ︶ ´ ︶ ﹁ マ ∝   ト ト 一 マ 一 ∞ ト 8 め ヽ ︻ 0 ∝ ︻ ∝ ヽ 一 ∞ C ︵ こ O ∝ ¨ 中 仰 “ 簿 N 一 メ 一 卜 C 一 ∞ 図欣 当 ヾ 国0 2 め 区O R ヽ 国 0 ヽ 卜 区 8 一 0 国Ю ” ∞ 一 二 ∝ ∝ 一 Ё 区N 2 ﹁ 区 8 ︻ 2 区 ∞ 2 ト ニ ド 一 ∝ ^ 一 一 一 N 一 X 一 ∝ 0 ¨ ∞ N マ一O C一 じ 一 二 一 o ﹃ C 一 メ 一 一 ︵ ︶ 劉 ∞ コ8 N N 区N o N 0 図N o 一 0 一 一 メ 一 ´ ︶ ︵ ︶ ﹁ o 憫 区 OoN ∞ N 区 2N じ 一 γ一︵ ´ 一 N 2 区2 N ∞ 一 マ一∝ a N マ 一 一 X 一 κ ヽ N 二 x 一 一 ^ ヽ ヽ 一 X 一 一 ∝ ﹃ トマ 〓¨ 国 ︵ 一 一 ヽ 一 一 ´ ヽ ¨ 一 一 二 一 卒 ヽ r 区あ タ N 一 ヽ 一 N ´ ヽ Ё 一 二 コ ´ ヽ ∞ 国8 N Ю 区8 N 0 区0 ∞ N め コ 9 ヽ で 一 X 一 C ヽ N 0 一 X 一 C , N 撃 咽 C C C [ ト ト 0 ロ ト ト 〇 ロ ト ト 〇 ﹁ ∞ ∞ 〇 ] ∝ O O 目 ∝ O O 目 い 0 0 ロ H O [ ´ 一 ¨ 一 〓 ∝ ﹁ 一 目 ” ¨ ︻ ︻ 一 に 一 ﹁ 一 Ю ﹁ [ ロ ヽ O N ︻ ] ¨ 一 〇 N ︻ ロ = ∞ ヽ ﹁ 目 ∞ ヽ 一 〓 ∝ N ﹁ 目 一 〓 ︻ 〓 N 寸 一 ︼ 一 ヽ ヽ ﹁ ロ 卒 一 一 ¨ ︻ ︻ で ヽ ︼ [ で 寸 一 目 卜 め ︻ [ 卜 n 二 一 卜 Ю [ ロ ¨ 申 ︵ ︶ ヽ ∝ 〓 ︵ ︶ 吟 ︵ と ∝ C ^ ︶ 0 ― -286-―

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││ │

(7)

や 輩 “ 区 0 螂 = 暉 胆 円 ︶ ぺ ぐ ︺ 掏 輸 莉 К ゛ 〓 掏 ∞ 国 で い   O Ⅸ O 螂 引 暉 や 約 K ゛ 〓 ︶ 像 稚 抑 醐 ´ぐ 緊 苺 養 糎 N ﹄ 詭 莉 К ゛ 〓 “ K ゛ 〓 椰 桑 卜 棄 ‘ 軍 旧 ≪ “ 裏 目 ま 詭 薔 雌 コ “ 轟 経 H N 業 ギ 隷 綸 画 ︵像 希 撫 醐 株 ︶ 0 当 理 工 経 鴫 逢   唾 コ ‘ ヽ ミ ヽ   堅 К 回 ヽ ︻喘 せ   唾 E D Ⅸ O 卿 縮 丼 L 調 邸 つ Ⅸ e 螂 輪 半 卜 引 暉 D 撃 0 螂 縮 十 ■ ■ 膠 褒 筆 渾 ヾ 駄   訃 〓 ゛ 裏 こ 日 ≪ 壼 ギ 隷 ф 蝉 ゆ ↑ 縮 “ К ゛ 〓 桑 ” 儀 縮 中 忙   誅 窓 崚 莉 ≪ ゛ 〓 ︶ 燎 希 枷 醐 眠 錠 N 冷 せ 。 曖 □ 堅 ス ︶ 煮 綸 榊 醐 旧 式 輸 せ 薇 椰 ‘ 、 べ 里 ≦ = > + ¨ ≪ ゛ 〓 眠 0 喘 雌 日 緊 躙 C 二 、 へ N   一 悔 く 口 蝉 つ 策 拘 K ゛ 〓 副 撃 経   コ ヽ 隷 さ 掻 黎 C 隈 日 o N 即 せ ● ■ 冷 昌 条 縫 経   ゛ 憔 旧 期   コ い 駄 椰 排 卜 せ 策 せ 民 筆 C 一 ミ ゼ C 莉 К ゛ 〓 ﹀ 懸 ヤ 々   引 ヨ “ 条 策 州 く 即 終 費 圏 〓 騒 歯 野 め 野 0 雲 Ю 野 寸 雲 N 疑 り 豪 ∞ 憲 で 野 0 藪 ﹁ 野 N 疑 め 野 N 蒙 ∞ 畷 ” 察 郭 引 ヨ 國 川 振 興 ・ 円   目 K 根 た ● ヽ せ 円   ︵堅 ︶ 幽 〓 糧 N 円   幽 卜 根 や 円   目 K 握 興 罫 く   四 ■ メ ■ 塩 翠 円   陣 K 忠 神 一 ■ 一  匡 K ば く せ 円   E ● , ベ 裏 週 軍   四 薔 引 暉 在 ヤ 々 ぜ H   理 書 引 暉 ゛ 出   四 ■ 引 膠 罫 K   罫 K S K   雷 K 罫 K   図 ﹁ ¨9 ヽ   四 ト メ ■ 罫 に   旧 K 獣 榛 雪 K   四 ﹁ メ ■ や   四 L 極 2 ● ヽ 四 卜   興 岳 翠 極 た ● ^ 幽 ﹁ 根 た ● べ 四 子 メ ユ ・ S に   出 ︱ 軍 壇 理 ■   日 K メ 薔 握 せ 日   興 薔 根 檸 E 代 ・ コ 喘 口 武 詭 贅 せ 翠 喧 意 量 ‘ 垣 L 口 意 緯 せ 週 H 目 ま 疑 せ こ に 目 ま 量 せ 口 ‘ 疑 せ 導 円   陣 ま 喘 せ 導 円 目 ま 喘 せ 目 ζ 縮 適 目 意 堵 贅 ● 円 雹 疎 希 せ 壇 く 策 せ 目 ま 詭 悩 旧 く 縮 せ 目 ま 輸 遺 Ⅸ 邸 ≪ 抑 縮 ■ コ く R コ 要 ≦ 絆 Σ く ≡ К К 申 R “ 卜 つ ヨ C や ○ ギ ヰ つ 冬 # 試 剛 莉 抑 卜 ζ 枷 醐 細 畔 抑 叩 民緊 抑醐 抑 醐 抑 醐 細 畔 枷 昭 褒 筆 民 楽 褒 継 要 楽 民 饉 顎 邸 C 器 引 専 駆 ≪ 製 ′梓 0 当 専 嘔 К ヨ ′裏 0 翠 章 叫 К 製   拠 0 牽 専 駆 ≪ 製 ´裏 ぐ 当 単 暉 К 翌 ´革 ぐ 蝉 車 堅 К 翠 ´嚢 ぐ 業 専 郭 ≪ 翠 ′t O 牽 専 郭 ≪ 翠 ´裏 0 車 妻 堅 К 型   叢 ぐ 牽 凛 駆 К 製   単 ぐ 翠 厳 暉 K 理   単 ぐ 蝉 撫 駆 ≪ 翌   毎 ぐ 蝉 単 堅 К ぎ   や 0 率 車 郭 К 翠   専 ぐ 牽 章 纂 ≪ 翠 .豪 0 軽 専 嘔 К 翠 ´専 0 当 革 嘔 ≪ 攣 ′ , ぐ 牽 t 町 ≪ 攣 .終 0 当 留 叩 ぶ 8 性 錮 専 暉 ≪ 製 ´章 ぐ 輩 樟 嘔 ≪ 翠 ´専 ぐ 蝉 樟 緊 ≪ 翠 .檬 ぐ 繁 革 緊 ≪ 翌 .や ぐ 当 ヽ “ ヾ 誅 和 К ゛ 壼 ぐ雲 さ 塩 “ ヽ 鋼 貰〓 言 〓 さ 糎 晏 歯 〓 さ 糎 さ 担 ヽ 紅 “ 慶 糎 暦 E “ さ 細 国 ヽ R ド 廻 H 肛 ↑ 歯 糎 貰 〓さ 垣 言 〓 ヽ さ 起 さ 壇 一 ヾ 駄 ヽ 和 К ゛ 韓 詢 ≪ ゛ 〓 莉 ≪ ゛ 〓 莉 K ゛ 〓 莉 ≪ ゛ 〓 莉 ≪ ゛ 〓 莉 ≪ ゛ 韓 杓 メ ゛ 〓 二 い 駄 縮 幽 莉 К ゛ 〓 拘 ≪ ゛ 〓 莉 ≪ ゛ 〓 詢 K ゛ 〓 コ ヽ 恐 輸 こ 柏 К ゛ 韓 詢 K ゛ 〓 莉 К ゛ 〓 詢 К ゛ 尊 莉 ≪ ゛ 〓 ぎ 休 希 雲 ギ 隷 輸 せ 柿 К ゛ 〓 杓 К ゛ 〓 莉 ≪ ゛ 〓 岬   串 羊 業 硬 熙 羊 誅 硬 熙 堆 准 最 〓 輩 ギ 凝 承 ぶ 畿 豊 ﹁ 蜂 論 艦 〓 堆 聰 E 引 ﹂ヽ 業 E ﹁ ﹁ 自 離 E ■ 遣 維 硬 熙 筆 鑢 E ﹁ ︵ 口 ヽ 口 業 ︶ L 韓 量 一 堆 騨 腫 熙 準 躊 艦 = 〓 〓 t 忙 昨 E 〓 堆 昨 最 引 重 離 E 〓 工 臨 E ﹁ 熙 鑢 E 引 遣 離 E 〓 堆 業 場 召 準 識 硬 蒻 堆 昨 星 押 羊 業 硬 熙 中 申 ヾ 錮 卜 Ю ︻   N ︻ O n ω ∞ 〇 一 ∞ ︻ 一 8 劉 0 ∞ N 卜 ∞ ∞ O N ∞ ヾ 0 ﹁ 0 ∞ め 8 N "肉 ︻ ⊇ 8 7 8 崎 ∞ 0 ゆ め n ” 中 伸 抑 騨 0 区 O N ∞ 区 O o ´ 区 o O ω ∞ 図 8 一 曽 区 ︻R N 国 N O N ト エ N o N 営 ア ヽ O N 一 図 8 一 一 二 x 一 0 ∝ Q 0 区 0 ∞ N X ミ 図 8 憫 お 図 o 一 o 一 室 ∞ マ ≧ x ヽ 国 一6 L x ゛ 一一二 一∞ ≧ X ∞ 一 5 ∞ 0 ≧ X ヽ 〓 こ と ︻ 0 一 国 0 卜 ≧ X ∞ 区 お 〓 x 二 x 一 ∞ N ∞ , 〓 0 一 と イ 担 錮 卜 0 ﹁ [ 卜 い ﹁ [ [ O N Z ﹁ O N Z O ヽ O 目 〇 ヽ 〇 ロ O 寸 〇 一 ︻ 一8 〓 [ , 8 , 目 ヽ 8 〓 ] ヾ 卜 ︻ 日 ∞ ∞ ¨ 日 ∞ ∞ ﹁ 自 ヽ い ヽ 日 卜 N N 日 ∞ ∞ N 日 ︻ ヽ 創 日 ︻0 0 F 一 O R O r 一 ロト 申 0 ∞ め∞ 0∞ 0∞ 0寸 00 OC ︼0 点 で

,報

告 書 の記 載 や杯 皿類 を調 べ て い く過 程 で選択 した もので あ る。 そ れ らの器種 につ い て

,他

の もの は実 見 してい ない。 量 的 に は 土 師器杯 が65点で

,2/3を

占め る。 次 に多 いの は須 恵 器杯 で

,21点

を 数 え る。 土 師 器 皿 ・ 高 台付 皿 は3 点 と少 ない。 文 字 ・ 記 号 の あ る土 器 の個 体 数 は45点

,資

料 数 は58点で あ る。 数 量 は1/2近 い比率 を占め るが

,現

在 み られ ない土 器 につ い て も

,欠

損 部 に存 在 した可 能性 が あ る の で, 実際の比率 はよ り高 まる と考 える。 穿 孔 土 器 は

, 1053-44(遺

構 番 号―報 告書遺物 番 号。 以 下 同様

)を

除 い て

,す

べ て焼 成後 の穿孔 で あ る。土師器甕 Ⅲ222-23は常総型 の甕 で

,胴

部 中位 に直径

2cm弱

の穿孔 が あ る。 また

,手

捏 土器1014-9は 体 部 下 部 に穿孔 され て い る。杯 類 の体 部 に穿孔 された もの は

3点

で, その うちの土 師器杯 Ⅱ001-1に は, 打 ち 欠 き もみ られ る。 量 的 に は, 須 恵 器杯 ・ 土 師器杯 の底 部 に穿 孔 され る もの が もっ と も多 く

, 9点

で あ る。 そ の うち

, 7点

は打 ち欠 き もみ られ る。 なお

,土

師器杯 Ⅲ 173-7は底部穿孔1箇所 の他 に未遂 の底 部穿 孔 が あ る。 そ の他

,須

恵 器蓋 Ⅱ020-5は天丼部 に穿7Lされて いる。 1053-44は 大型 の手捏土器で

,穿

孔 は径

lcmの

焼成前 の ものである。 現 状 で

, 4箇

所 遺 存 す るが

,穿

孔 部 で割 れ

,欠

損 の多 い ところ もあ る。 上 下

2段

,土

器 径 を四等 分 │ │ │ │

(8)

古代土器 の打 ち欠 き 。穿孔 す る位置 にあ り

, 8箇

所 の穿孔 を復元で きる。 なお

,上

部が欠損 しているため

,そ

れ以上穿孔があるか ど うか不明である。外面の多 くや内面の一部が (暗

)灰

白色 に変色 し

,被

熱痕跡が明瞭であ る。同 じ手捏土 器 であ る1014‐ 9と比較す る と, 1014‐ 9の穿孔 が この土器 で な くて も良か った可能性 があ るの に対 し, 当初か ら穿孔が予定 されている点で異 なる。 また

,穿

孔 数の多 さか らも

,よ

り強い祭祀性 をみ ることがで きる。 打 ち欠 き土器 は

,日

縁・体部の一部1箇所 を打 ち欠 くタイプが多数 を占めるが

, 2箇

所以上 を打 ち欠 く 土器 もしば しばみ られ る。土師器杯 Ⅱ083-17・ Ⅱ M004‐87は打 ち欠 きが口縁部周2/3に及 び

,日

縁・体部の 遺存が1/3周であ る。 さ らに

,土

師器杯 1044-26は 打 ち欠 きが 口縁 部周9/10で

,日

縁 部の遺存 はわず かで あ る。 日縁部が全周打 ち欠 きされた ものは, 1044-66・ Ⅱ020-7・ Ⅱ157-6・ Ⅲ188-4の 4点である。 この タイプの もの は先述 した ように

,集

成表 に未掲載の土器 にある程度含 まれている と考 える。 また

, 2箇

所 以上の打 ち欠 きは

,意

図 してい ない破損 との区別が1箇所 の もの と比べ

,よ

り難 しくなることか ら

,実

数 を下 回っている可能性がある。 したが って

,現

時点では打 ち欠 きの タイプの正確 な比較 は難 しい。しか し, 船尾 白幡遺跡 の様相 をあわせ てみ る と

,鳴

神 山遺跡群周辺地域 では

, 1箇

所 の打 ち欠 きで廃棄 された土器 が量 的に もっ とも多い と考 える。 打 ち欠 きの形状 について

,さ

らに掘 り下 げてみてみ る。土師器杯 Ⅲ188-4は回縁部全周打 ち欠 きの土器 であ るが

, 1箇

所 「V」 字状 に他 よ り深 くえ ぐれてい る。 また

,土

師器杯 Ⅱ077-5は打 ち欠 きの他 に

,底

部 内面 に「U」 字状 のヘ ラ書 きがあ るが

,こ

れは打 ち欠 きの形状 を表現 した もの と考 える (第 2図 1)。 記号資料 は先述 した白001-4の例 の他 に

,白

026-4もあ る (第 3図)。 この土器 には

,自

001‐ 4と似 た弧状 の線刻が体部内面 に2箇所 あ る。その一つ は弧の片側が明瞭でないが

,よ

くみ る と

,弧

の屈 曲部か ら回縁 に向か って上向いている。 さらに

, 2条

の縦線があるが

,こ

れ も打 ち欠 きの形状 を表 した もの と理解 で き る。 また

,接

合 してい るが

,実

際の打 ち欠 き部 もあ る。以上 か ら

,本

地域 で は

,日

縁 ・体 部の一部 を弧 状 。「V」 字状 。「U」 字状 に深 くえ ぐり取 るこ とを強 く意識 している様相が うかが え

,日

縁・体部の一 部 を打 ち欠 くタイプを基本形 とす る と考 える。 2箇所以上打 ち欠 きのある土器 につ いては

,一

度の打 ち欠 きであるのか

,祭

祀行為が繰 り返 されるたび に打 ち欠 き され た か の判 断 が 難 し い。祭器 は使い捨 てが原則であるな らば

,一

度 き りと考 える方が妥 当か もしれないが

,な

お今後の検討課題 とす る。 ただ し

,全

周打 ち欠 きの土 器 の中には

,細

か く打 ち欠いて口縁 部 をおおむね水平 に している ものが ある。 これについては一 回で多 くの 部分 を打 ち欠いた もの と考 える。 打 ち欠 き土器の中には灯 明器が い くつ か あ る。 それ らを列挙 す る と, 1047A-31 ・Ⅱ015-2 ・Ⅱ l10-1 ・Ⅱ M004-87の

4点

,土

師器杯

3点

, 第3図 白井谷奥遺跡026-4実測 図 (1/3) ―-288-―

(9)

土 師器高台付杯 1点であ る。 なお

,当

然の ことであ るが

,灯

明器 の中には打 ち欠 きされ ない もの もあ り, 打 ち欠 きされ る必然性 は個 々の状況で異 なっている。 しか し

,火

を使用す る祭祀行為 と打 ち欠 く行為が重 なる場合 もかな りある と推測で きる。祭祀行為 に伴 う土器 も

,複

数個体 のセ ッ トの場合 には

,打

ち欠 き土 器 と灯明器が複合す る事例 はよ り多 くあ る。 また

,明

瞭 な油煙 の付着が無 くて も

,火

を受 けた痕跡 のある土器がかな りみ られる。 しか し

,そ

の中に はカマ ドの支脚 に転用 されていた もの もあるので

,被

熱痕跡があ るか らといって

,す

べ て火 を使用 した祭 祀行為 であ る と断定す るこ とはで きない。 出土状況の検討が必要である。

4.時

期 別 様 相 鳴神山遺跡群出土の飛鳥時代末か ら奈良 。平安時代土器について

,本

稿では 6期 に区分 した。以下に各 期の資料を記載する。 ・ 1期

(7世

紀末∼

8世

紀前葉) Ⅲ222-23 ・2期

(8世

紀 中葉) 1023‐ 1, Ⅱ006-1, Ⅱ037‐ 1 (2), Ⅱ044-1 ・ 3 ・ 5, Ⅱ095-3, Ⅱ123B-28(3), Ⅱ157-3∼ 6 ・ 8, Ⅱ R711004‐63, Ⅲ227-2, Ⅲ241‐ 8 ・3期

(8世

紀 後 葉 ∼9世紀 初頭) 1014‐9, 1029‐ 2・ 5, 1063-1, Ⅱ015‐ 2, Ⅱ020-5' 7, Ⅱ064‐ 7, Ⅱ139-13・ 14, Ⅱ141-1・ 2・ 7・ 9。 11・15, Ⅱ M004-87, 自001-4, 自026-4 ・4期

(9世

紀 前 葉) 1053-44, Ⅱ083‐17, Ⅱ040‐ 2・ 6・ 9, Ⅲ174-4 ・5期

(9世

紀 中葉) 1007-2・

6-8・

10・20, 1044-8・ 26・ 27・29'30・37・ 42・66, 10472ヘー21・ 22・ 31, Ⅱ059-8, Ⅱ065-2, Ⅱ101‐5, Ⅱ l13-5・ 6・ 8, Ⅱ l15-2 ・ 5, Ⅱ1202ヘー19, Ⅱ120B-20, Ⅱ128-6 ・10, Ⅱ142-2 ・ 5, Ⅱ143-8, Ⅱ144-5 ・ 6, N201-1 ・ 3, 170-13, Ⅲ173-2 ・ 7 ・12, Ⅲ188-4・14, Ⅲ233-166期

(9世

紀 後 葉 ∼10世 紀 前 半 ) 1055コヘー4・ 5・ 8, Ⅱ001-1, Ⅱ043‐ 3・ 7, Ⅱ

077-3-5,

Ⅱ093‐7・ 9, Ⅱ l10-1 ・16・ 17・ 21・28, Ⅱ NI1004-72 各期 の実 年代 につ いて記述 す る。 鳴神 山遺 跡 群 で は, Ⅱ004竪穴住 居 で「 □ 弘仁 九年 九 月廿 力

[

」 と 書 か れ た墨 書土 器 が 出土 してい る。 弘仁 九年 は818年で あ り, Ⅱ004出土土器 群 は

9世

紀 第1四半期 の基 準 資料 の一つ と位 置 づ け る こ とが で きる (文献2・ 6)。 本稿 で は

, 4期

に相 当す る土器 群 で あ る。 各期 の 実年代 は

,こ

れ を定点 と して

,ま

,近

年 の奈 良・平 安 時代 十器編 年 の研 究 成果 を基 に想 定 した もの で あ る。 1期の資料 は常 総 型 の土 師器 甕 1点 (Ⅲ222-23)で

,胴

部 中位 に穿孔 され た土 器 で あ る。 時期 は

,伴

出 の須 恵器蓋杯 か ら

7世

紀 末 ∼

8世

紀初頭 とす る こ とが で きる。 もっ と も古 い資料 が土 師器 甕 で あ り

,杯

(10)

古代土器の打ち欠き,穿孔 の穿孔 と同様 の意 味 を もって穿 孔 され た ものか判 断が 難 しい。 2期の資料 は16点で

,内

訳 は須恵器杯14点

,土

師器杯2点であ る。穿孔 された土器 は5点であ るが

,そ

の うち, Ⅱ037-1・ Ⅱ123B‐28は打 ち欠 きもされている。体部 に穿孔 された Ⅱ M004‐63は打 ち欠 きが されて いるか断定 しがたい。 なお

,こ

の土器 には

,穿

孔部 をまた ぐ「M」 字状 の線刻がみ られ る。 同様 に体部穿 孔 のあるⅢ227‐ 2は遺存 が悪 く

,打

ち欠 きの有無が不 明である。残 りの11点は打 ち欠 きされた土器であ る が

,Ⅲ

241-8は遺存 が1/2で

,穿

孔 の有無 は不 明であ る。穿孔 され た土器 に打 ち欠 きもみ られ る傾 向 は, 船尾 白幡遺跡 で も認め られ る。 Ⅱ095‐ 3は 2期の中で はやや降る時期の ものである。打 ち欠 きの無 い須恵 器高台付杯 Ⅱ095-2と重 なって出入 り回側 の壁際中層か ら正位で出土 している。 鳴神 山遺跡群では

,打

ち欠 きされた土器 は2期か らみ られ る。 しか し

,遺

跡群全体 をみ る と

, 7世

紀後 葉か ら

8世

紀初頭 の竪穴住居 は非常 に少 ない。出現 の様相 は資料数の多 い遺跡 で考 えるべ きであ り

,こ

こ では出現時期 を断定 しない。 3期の資料 は19点であ る。須恵器が10点

,土

師器杯

8点

,手

捏土器1点であ る。手捏土器

1014-9は

, 体部 に穿孔 された土器である。 Ⅱ020‐ 5は天丼部 に穿孔が施 された ものである。土師器杯 の うち

,自

001-4は打 ち欠 きの代 わ りに線刻が施 されてい る。他 は打 ち欠 きされた土器で

,そ

の うち Ⅱ020-7は全周 に及 んでいる。 Ⅱ141-7は底部穿孔 もされている。文字・記号のある資料 の うち, Ⅱ020‐ 5は線刻部分 に穿孔 さ れている。 Ⅱ M004-87も 墨書 の一部 に打 ち欠 きが及 んでいるがわずかであ り

,主

要部分の方 に墨書が多 く 残 っている。 また, Ⅱ020-7は墨書 を残 して打 ち欠いてい る。 白026-4の体部 内面 の線刻 は

,自

001-4同 様 「U」 字状 の ものである。 1∼ 3期の特徴 として

,穿

孔 の施 された土器 を含 む比率が4∼ 6期に比べ て高い ことを指摘 で きる。 4期の資料数 は6点であ り

,少

ない。 しか し

,鳴

神 山遺跡群全体でみた場合

,竪

穴住居の棟数 は3期・ 4期とも40棟 強 と考 えてお り

,集

落が衰退 したわけではない。今 回設定 した4期はやや時期が短 く

,む

し ろ集落 は隆盛 に向か ってい る。資料数が少 ないのは偶然であ り

,打

ち欠 きを施す行為 は安定的 に継続 して いる と考える。なお

, 1点

は多数の焼成前穿孔 を もつ手捏土器 であ る。 5期の資料数 は43点 と最 も多 い。鳴神 山遺跡群 にお ける集落の隆盛 時期 と一致す る。器種 は土師器杯 が 主体 であ る。打 ち欠 き土器 の中で は

,Ⅲ

188-4が全周打 ち欠 きと一部の「V」 字 カ ッ トが共存す る土器 で ある。1044‐ 26も全周 に近い。穿孔 された土器 は

,可

能性 のあ る もの を含めて5点で

,相

対 的な比率 は低 くなるが

,継

続 して出土す る。 6期の資料数 は17点である。5期と比べ 少 な くなるが

,集

落の衰退 と連動 した もので

,打

ち欠 き土器の みが減少 したわけではない。穿孔 された土器 は1点 (Ⅱ 001‐

1)あ

,継

続 してい る。 5。 出 土 状 況 打 ち欠 き 。穿孔土器の出土状況は

,出

土位置 。出土層位 とも多様である。他の出土遺物 ととりたてて差 異のない出土状況である場合 も多い。何 らかの祭祀行為に使用 されたとして も

,そ

の後特に他の遺物 と区 別 されることな く

,窪

地 となった竪穴住居跡等に廃棄 される場合 も多かった と考える。 しか し

,中

には祭祀行為の痕跡を濃厚にとどめるものや

,竪

穴住居・ カマ ド廃絶の儀礼に際 して意図的 ―-290-―

(11)

に据 え置いた と推 定で きる ものがある。 ここではその ような出土状況 を示す事例 を中心 に遺構単位で記述 す る。 なお、第4図∼8図の遺構 。遺物図面は報告書か ら転載 した もので、遺構 の縮尺 は図に記載のあるもの を除いて、1/80、 遺物 の縮尺 は1/4である。 ①

1157(第

4図) 2期の竪穴住居 である。遺存の良い須恵器杯が7点出土 しているが

,そ

の うちの5点が打 ち欠 き土器で あ る。須恵器杯3・ 8は左 前隅部 中層か ら正位 で重 なって出土 した。 この2点は打 ち欠 き箇所 が上下で揃 った状態で出土 してお り

,こ

の状 況か らも欠損部が意図的な ものであることがわかる(4)。 8の 底部外 面 には「 日下部告人」 のヘ ラ書 きがあ り

, 3の

体部外面 に も記号 と思 われる墨書があ る。 中層で はあ るが, 覆土 は全体 に大粒 の ローム塊 を多 く含 むこ とか ら

,埋

め戻 された状 況が明瞭であ り, 3と 8は中位 まで埋 め戻 された時点で据 え置かれた ものである。須恵器杯4は出入 り回部か ら正位で出上 し

,須

恵器杯 5は中 央 と左前側部分か ら出土 した。 これ らの土器 も3・ 8同様 に中位 での出土である。4は 3と 良 く似 た墨書 が体部外面 にみ られ る。 また

,須

恵器杯 6は主要部分が カマ ド前床面か ら正位 で

,破

片が左前側上層か ら 出土 した。6は口縁部が ほぼ全周打 ち欠 きされている。 Ⅱ157における祭祀行為 を復原 してみ る。 まず

,ほ

ぼ口縁 部の全周 を打 ち欠 いた須恵器杯 をカマ ド前 の 床面 に正位 で置 いた。その後

,竪

穴中位 まで埋 め戻 した段 階で

,打

ち欠 き部 をそろえて重ねた須恵器杯2 点 を左前隅部 に正位 で置 き

,須

恵器杯1点は出入 り田部 に正位 で置いた。 なお

,須

恵器杯 1点を中央 と左 前部 に分割 して置 き

,さ

らにカマ ド前の須恵器の破片 を左前側部分 に置いた。その後

,当

時の地表面 まで 埋 め戻 した。 ②

1014(第

4図

) 3期の竪穴住居である。出入 り回付近か ら手捏土器 を主体 とす る土器群が まとまって出土 した。内訳は, 手捏土器7点

,土

師器甕2点

,須

恵器杯 1点

,土

師器杯3点

(?)で

ある。覆土 は埋 め戻 されている。 手捏土器群 中の1点が

,胴

部 に穿孔 された9である。9はセ ッ トの土器群 のほぼ中央

,下

層か ら倒位 で 出土 した。他の土器群の出土状 況 をみ る と

, 9の

近 くで出土 した手捏土器2点 (11。

14)は

倒位

,椀

形 の 手捏土器8はほぼ正位

,土

師器甕2点 (15。

16)は

横位 である。個 々の土器 の出土状況 は統一 されていな いが

,手

捏土器3点のあ り方か ら伏せ るとい う意識が もっ とも強い と考える。 須恵器杯1・ 土 師器杯7の出土層位 は確認面近 くであるが

,出

入 り回 ピッ ト上部か ら

,重

なって正位 で 出土 した。

1が

, 7が

上 であ る。7は内外面全面 に赤彩 が施 された杯 で

,体

部外面 に「丈尼 丈部 山城 方代奉」

,体

部 内面 に「丈尼」 の墨書があ る。土器 の器表面 は剥離痕があ り

,被

熱痕跡が顕著 であ る。 日 縁部の一部が打 ち欠 きされている可能性があ るが

,整

然 とした ものではない。確認面近 くか らの出土で も あ るので

,断

定 はせず

,可

能性 の指摘 に とどめる。

1・

7と 主要 な手捏土器群 は出土の高 さが異 なるが, 1・

7が

出入 り回 ピッ ト上 に位 置す る点 か らセ ッ トの土器群 と考 える(5)。 また

,近

い位置で出土 してい る土師器杯4・ 5も セ ッ トに加 わる可能性がある。 出土位置 は離れ るが

,竪

穴住居全体 を見た場合

,20の

手捏土器 も関連す る もの と推測す る。20は北西隅 寄 り

,床

面か らわずか に高い位置か ら正位で出土 した。半分 に割れているのは

,意

図 された可能性 がある。 1014における祭祀行為 につ いて

,復

原 してみ る。居住者 は手捏土器 。土 師器甕・土師器杯 ・須恵器杯 等 を使用 した祭祀 を行 った。「丈部 山城」 。「丈尼 」 は

,祭

祀行為 に関わ る人物 名で あ る。土器群 には

(12)

古代土器の打 ち欠 き ,穿 孔

&

24.5■.c, 第4図 Ⅱ157・ 1014出土状 況 ―-292-― 01   > = ︲︱

1 /

ヽ■

│′

/1b ヽ

1

b'

c tt」

(13)

神?仏に捧 げ る食物 ・酒等が盛 られ

,宴

が催 された。祭祀 にあたっては

,火

を使用す る行為 も行 われた。 宴の後,出入 り口部周辺 に手捏土器・土師器甕が埋納 された。手捏土器の1点は胴部 に穿孔 された もので, 神?仏に捧 げる意志 を表 している。手捏土器群等の埋納 と同時 に

,北

西隅に手捏土器1点が据 え置かれた。 当時 の地表面近 くまで埋 め戻 した後

,出

入 り回 ビ ッ トの あ った位 置 に

,下

が須 恵器杯

,上

が 「丈 部 山 城」 。「丈尼」の墨書土器 を重ねて正位 で安置 し

,祭

祀行為 は終了 した。 「丈尼」 の墨書土器か ら

,祭

祀行為 の内容 は仏事 であった可能性 もあ る。 しか し

,古

墳 時代以来の手捏 土器が多 く使用 されていることか ら

,仏

事的 な要素があ った として も

,純

粋 に仏教 的な ものではな く

,在

来の信仰 と融合 した姿 をみ るこ とがで きる(6)。 ③

1063(第

5図) 3期の竪穴住居である。打 ち欠 き土器 は須恵器杯 1で

,北

西 隅の床面か ら正位で出土 した。他 に遺存 の 良い土器が竪穴内の各所 か ら出土 している。須恵器杯4は北東隅の床面か ら正位 で出土 した。整然 とした 欠損 でないため

,打

ち欠 きとしなか ったが

,日

縁部 に欠損があ る。 この欠損部 に線刻がかかっている。須 恵器杯 5は西壁 際中央の床面か ら倒位 で出土 した。 この土器 に も体部外面 に線刻がある。土師器杯8は南 壁側 中央の床面か ら正位 で出土 した。 また

,土

師器小型甕14が北西隅

, 1の

近 くの床面か ら横位 で出土 し た。 以上の上器 の うち

,須

恵器杯3点

,土

師器杯1点の

4点

の土器 は

,竪

穴住居廃絶時 に北西隅 。北東隅 。 出入 り口部 。西側 に据 え置かれた もの と考 える。西側 に置かれた須恵器杯 は

,他

の3点が正位 の出土であ るの に対 して

,倒

位 であ ることか ら

,他

の3点とは別の意味がある もの と考 える。須恵器杯 1と 合 わせ て, 北西隅か ら西側 にかけての空 間が よ り重視 されていた もの と推測す る。土師器小型甕については出土位置 が カマ ドの近 くで もあ り

,杯

群 のセ ッ トに加 わるか断定 しがたいが

,須

恵器杯2点の出土状況か らその可 能性 を考 える。打 ち欠 きにつ いては

,セ

ッ トの土器群の1∼ 2点に施 し

,祭

祀用 の土器群 であ ることを明 示 した もの と理解す る。 ④ Ⅱ

141(第

5図) 3期の竪穴住居 である。打 ち欠 き土器6点の うち

,須

恵器が5点である。北東隅 に土器が集中 している。 その中心 は須恵器高台付杯 9と 須恵器高台付盤15で

,こ

の2点は隣接 して床 面か ら正位 で出土 してい る。 また

, 9に

接 して須恵器杯2の打 ち欠 きされた破片が出土 した。他 に打 ち欠 きは不明であるが

,須

恵器杯 1点

(4),須

恵器蓋 1点

(12)が

あ る。15は打 ち欠 きが5箇所 と多 い。 9も 2箇所 ある。2の主要部分 は西側 中央寄 りの下層か ら倒位で出土 した。底部内面 に線刻がみ られる。西壁際中央やや北寄 りの床面で は

,土

師器杯

7が

倒位 で出土 した。 この土器 は底部穿孔 された可能性 もあ り

,被

熱痕跡が顕著である。全 面赤彩 されている。須恵器杯1はカマ ド前 の下層か ら正位で出土 した。 この土器は打 ち欠 きが3箇所 み ら れる。須恵器蓋11は南西隅の下層か ら倒位 で出土 した。 Ⅱ141では

,竪

穴住居 の廃絶 に際 して

,北

東隅 。西側 ・南西 隅 に土器が配置 された。北東隅 は土器が集 中 して置かれた。置 き方 は不 明な もの もあるが主要土器 は正位 である。逆 に

,西

傾1。 南西隅の土器 は倒位 であ る。 また

,西

側 中央寄 りに主要部 を置いた土器 につ いては

,打

ち欠いた小破片 を北東隅に持 って きて いる。 カマ ド廃絶 に際 しては

, 3方

打 ち欠 きされた須恵器杯1点が カマ ド前 に正位で置かれた。北東隅の 土器集 中地点 はカマ ドの右脇 で もあ り

,左

脇 に比べ てやや広 い。 この竪穴住居 ではこの部分 に土器が保管 されていた もの と考 える。土器集中 もその ような状況 と関係す る もの と推測す る。

(14)

古代土器の打 ち欠 き 。穿孔 1063 ‖141 7Ss わ H M002 第5図

1063・

Ⅱ141出土状況 ⑤

1007(第

6図) 5期の竪穴住居 である。打 ち欠 き土器 は6点と多 く, 1007出土杯皿類のかな りの割合 を占め る。 なお, 打 ち欠 きの可能性 のある土器が他 に1点ある。打 ち欠 き土器 とした ものの うち

,土

師器高台付皿が1点で, 他 の5点は土師器杯 である。 出土状況 をみ る と

,杯

8が

南西隅の床面近 くか ら正位 で出土 した。 また

,杯

6。 7は南東 隅周辺 の床面近 くか ら出土 した。6は正位 で

, 7は

正位か倒位か判然 としない。以上の3点 は底部内面 に「大加」の線刻があ り

, 8は

体部外面 に も正位で「大加」の墨書がある。杯10は北西隅の床 面近 くか ら正位で出土 した。この土器 は新 カマ ドに近い位置で もある。底部内面 に「山本」の線刻があ り, 体部外面 に も「 山本」の線刻が正位でみ られ る。体部外面の線刻 は打 ち欠 き部 にかか っている。西壁 中央 に位置す る新 カマ ド内に も打 ち欠 き土器がある。土師器高台付皿20は火床部中央部か ら倒位で出土 し

,杯

―-294-― >

豪り

(15)

:007 第6図

1007出

土状況 2はその左脇 か ら同 じく倒位 で出土 した。打 ち欠 き土器 としなかったが

,20の

右脇 か ら土師器杯11が正位 で出土 している。 回縁部がわずかに欠損す るほぼ完形の土器で

,底

部内面 に記号 と思 われる線刻がみ られ る。20は被熱痕跡が顕著であ り

,支

脚 に転用 された土器である。 しか し

,支

脚 として使 われていた として も

,最

終 的には他 の土器 とともにカマ ド廃絶儀礼 に使用 された もの と考 える。打 ち欠 きもその時点で実施 された可能性 が高い と考える。 1007の祭祀行為 を復原 してみ る。 カマ ド廃絶 にあた り

,カ

マ ド内に1点の土師器高台付皿 と1点の上 師器杯 が倒位で置かれ

, 1点

の土師器杯が正位で置かれた。倒位の土器 はこの時点で打 ち欠 きされた。 ま た

,竪

穴住居 自体 の廃絶 にあた り

,計

4点

の打 ち欠 きされた土師器杯が

,北

西隅 。南西隅 。南東隅の隅部 3箇所 の床面近 くに置かれた。置 き方 は1点が判然 としないが

, 3点

は正位 である。 ③

1044(第

7図) 5期の竪穴住居である。出土土器は多量で

,打

ち欠 き土器 とした もの も8点を数 える。 内訳 は須恵器長頸壺が1点で

,他

は土師器杯 であ る。 出土状況 をみる と

,ま

ず須恵器長頸壷66が 南西隅壁 溝

L,ほ

ぼ床面 と同 じ高 さか ら正位で出土 した。打 ち欠 きは回縁部の全周 に及ぶ もの と考 える。他 に欠損 はない。 土師器杯 では

,出

入 り田部である東壁 際中央の壁溝上で

4点

の土師器杯が まとまって出土 した。

4点

の 土器 は左右 に2点ずつあって

,左

側 の ものはかな りずれているが上下 に重 なって出土 した。右側の2点は

(16)

古代土器の打ち欠き。穿孔 重 なってはいないが

,ほ

ぼ接す る近 さか ら出土 した。左右 の土器群の間はわずか に離れてい る。左側の2 点が打 ち欠 き土器である。下が杯30で

,下

層か ら正位 で出土 した。上が杯42で

,中

層か ら倒位 での出土で ある。30は底部 内面 と体部外面 に正位 で 「大」の墨書がある。42も体部外面 に正位 で「大加」 の墨書があ る。右側の2点は打 ち欠 きが されていないが

,左

側 の2点とセ ッ トといえる。 ともに下層か ら正位で出土 しているが

,壁

際の杯35の方がやや高 く

,左

側 の2点と似 た状況であ る。35は底部内面 に「大加」 の墨書 があ り

,墨

書 内容 も30。 42と共通性がある。 その他の打 ち欠 き土器の中では

,杯

8が

南西の柱穴 内上部か ら正位 で出土 した。 内面 に黒色処理が され た土器で

,底

部内面 に「鬼□」の線刻

,体

部外面 に正位 で「富」の線刻がある。打 ち欠 きは口縁・体部か ら底部のかな りの部分 まで及び,「鬼」 に続 く文字の大半が割 り取 られている。 ここまで打 ち欠 きが及ぶ と

,食

物・酒等 を入れる器 としての機能は維持 しがた く,「鬼□」の線刻 を割 って入れることに目的があ った ものと考える。ただ し

,柱

穴に入れる以前の器機能 を否定するものではない。なお,「鬼」の文字 を 残 した方を意図 して柱穴内に入れたもの と推察する。 杯27は南西柱穴の近 く

,カ

マ ド左袖前の床面か ら正位で出土 した。底部外面に「富」の墨書がある。杯 26は北壁際東寄 りの壁溝上か ら床面 と同 じ高 さで出土 した。正位か倒位か不明である。体部外面に正位で 「大加」 と思われる墨書がある。杯29は南東隅の床面か ら正位で出土 した。体部外面 に横位で「成」の墨 書がある。その他

,杯

37は杯26に比較的近い平面位置での出土であるが

,層

位は上層である。底部内面に 「七」

,底

部外面に「知益」の墨書がある。 その他

,打

ち欠 き土器か認定 しがたいが

,こ

の竪穴住居では底部内面に「馬牛子皮力身鎧 力」の墨書が ある土師器杯が存在する。ただ し

,出

土層位は上層である。 1044の 祭祀行為 を復原 してみる。 この竪穴住居は廃絶にあた り

,柱

穴を抜 き取 っている。そ して

,そ

のうちの 1箇 所に線刻部分で割って「鬼」の文字を残 した土師器杯片を正位で入れている。カマ ドは西カ マ ドであるが

,カ

マ ドを上部にした平面図で見た場合

,左

奥の柱穴である。出入 り口部には

4点

の土師器 杯が置かれ

,そ

の うちの

2点

が打ち欠 き土器

, 3点

が墨書土器である。 また

, 3点

は正位で置かれたが, 1点 倒位のものが混 じり

,正

位の杯の上にず らして重ね られた。日縁部の全周 を打 ち欠いた須恵器長頸壺 が南西隅に正位で置かれた。 また

,打

ち欠 きされた土師器杯が カマ ド左袖前

,南

東隅

,北

東隅か ら中央寄 りの地点で

,い

ずれ も床面に置かれた。 カマ ド前 と南東隅の ものは正位であるが

,北

東隅に近い ものは不 明である。以上の土器群がセ ッ トで竪穴住居・カマ ドの廃絶儀礼 に関わるもの と考える。なお

,埋

め戻 さ れているか判然 としないため

,上

層か ら出土 した打 ち欠 き土器や多文字の墨書土器が上記の土器群 と関係 するか不明である。 ②

N201(第

7図) 5期 の竪穴住居である。土師器杯 1が 出入 り口側の南壁側右寄 りの下層か ら正位で出土 した。打ち欠 き 部は 2箇 所で

,接

合するが

,出

土状況図か ら対向する位置が意図的に打ち欠 きされたもの と考える。体部 外面 に横位で「衣」の墨書があるが

, 1箇

所の打ち欠 きが墨書 に及んでいる。土師器鉄鉢形土器 3は 南壁 左側で, 1よ りもやや中央寄 りの床面か ら正位で出土 した。体部外面に正位で「佛」の墨書がある。日縁 端部にわずかな欠損があるが

,外

面か ら内面側に向かって打ち欠 きされたもの と考える。打ち欠 きは墨書 にかかっていない。須恵器甕 4は 破片が床面に刺 さった状態で出土 したことが報告 されてお り

,意

図的な 破壊の可能性が高い。 カマ ド前やや左寄 りの位置である。 この須恵器に近接 して出土 した土師器杯2も底 ―-296-―

(17)

0 27   0           ・ 40

● Ю

>

\ /

(18)

古代土器の打ち欠き。穿孔 部 中央 の打 撃 に よって破 壊 され た可 能性 が あ る。 あ るい は底 部穿 孔 が意 図 され たのか も しれ ない。下 層 か ら横 位 の 出土 で あ る。 カマ ドの遺存 が悪 く

,特

に向か って左 袖 部 の遺存 が悪 いの は

,こ

れ らの土器 と関係 す るのであろ うか。土師器甕5は底部が中央部

,破

片が カマ ド内か ら出土 している。意図的な行為か断定 しがたいが

,可

能性 を完全 に否定す ることもで きない。なお

,覆

土が埋 め戻 されているか

,判

然 としない。 N201の祭祀行為 を復原 してみ る。竪穴住居廃絶 にあた り

,仏

事 的色彩 の強い祭祀行為が行 われた。 ま ず

,仏

に饗応す る飲食行為が行 われ

,そ

の後

,日

縁部がわずか に打 ち欠 きされた鉄鉢形土器が出入 り回の ある壁側左寄 りの床面 に正位 で置かれ

,右

寄 り下層 中には2箇所打 ち欠 きされた土師器杯が正位 で置かれ た。 また

,土

師器杯 と飲食 に使用 された須恵器甕が破壊 されて

,カ

マ ド前に置かれた。 この土師器杯 は底 部穿孔 の可能性 もあ る。 ③

1110(第

8図) 6期の竪穴住居である。土師器杯

4点

の打 ち欠 き土器の他 に

,完

全 に破壊 された須恵器大甕 (28)が出 土 した。杯16は打 ち欠 き部が接合 した土器 である。主要部分 は北西 隅の床面か ら正位で出土 しているが, 打 ち欠 きされた破 片が カマ ド内か ら出土 している。体部外面 に正位で「本家」 の墨書がある。杯1は杯16 の近 く

,西

壁際北寄 りの壁溝上で

,床

面 と同 じ高 さか ら正位 で出土 した。打 ち欠 き部 は2箇所 で

,日

縁部 は欠損 の方が多 い。断面 に油煙が付着 してお り

,灯

明器 としての使用が打 ち欠 き後 も行 われた土器である。 なお

,打

ち欠 きは芯 を固定す るための実用の範囲 を超 える ものである。杯21は南壁 中央際の中 。上層か ら の出土である。報告書 では体部穿孔 の ように図化 されているが

,穿

孔 に見 える ところは打 ち欠 きに伴 う打 撃の痕跡である。 Ⅱ l10は解体後焼却 された家屋 である。炭化材 。焼土が多量 に出土 してお り

,そ

の上か ら破砕 された須 恵器大甕の破片が 出土 した。破片 はカマ ド内

,北

西隅

,南

西隅等広域 に散 ってお り

,意

図的 にまかれた も の と考 える。 杯17はカマ ド内か ら出土 した

5枚

重 ねの土器の1点であ る。5点はすべて倒位 で

,17は

上か らも下か ら も

3番

目の土器 である。5点の中では最 も大型の土器である。17を含 めて被熱痕跡が強い ことか ら

,支

脚 に転用 された ことが確実である。 ただ し

,17の

打 ち欠 きはカマ ド廃絶 に際 しての祭祀的な もの と考 える。 Ⅱ l10の祭祀行為 を復原 してみ る。 カマ ド及 び竪穴住居廃絶 に際 して

,そ

れ まで支脚 に転用 されていた 土器 の1点 (以上

?)を

打 ち欠 きし

,再

び カマ ドに倒位 で納め る。「本家」 の墨書 のあ る土器 を打 ち欠 い て

,本

体 は北西隅の床面 に正置 し

,打

ち欠いた破 片 はカマ ドに納 める。 この土器の本体近 くには二方 を打 ち欠いた灯明器 も配 している。上屋 の解体・焼却後

,破

砕 した須恵器大甕の破片 を竪穴 内に広 く散布 して いるが

,破

片の散布 もカマ ド内や隅部等の要所 に配す るこ とが意識 された と考 える。 ③Ⅱ

040(第

8図) Ⅱ040は 井戸状遺構 または氷室であ る(7)。 覆土 中層か ら上層 にかけて多量 の遺物が出土 してお り

, 9世

紀前葉 に行 われた祭祀 に伴 う一連の遺物 と理解す る。覆土 中層か ら馬の頭部 とみ られる獣骨が 出土 し

,獣

骨 の直上か らは土器が集 中 して出土 した。土器集 中の上部か らは貝 ブロ ックが 出土 し

,さ

らにその上部の 覆土上層か らも土器群の出土が続 く。打 ち欠 き土器 は土器集中の中央部付近か ら出土 した。須恵器杯 1点

(2),土

師器杯2点 (6・

9)で

, 9は

非 ロクロの杯 である。2はほぼ倒位

, 6は

正斜位

, 9は

ほぼ正位 の出土であるが

,土

器集中の出土状況 はあ ま り整然 とした ものではな く

,傾

きはさまざまである。ただ し, 獣骨 そ ばの杯 は伏せ てあ り

,一

部 は置 き方が意図 された可能性 があ る。土器 は無台の杯 皿類 だけで な く, ―-298-―

(19)

│1110

第8図 Ⅱ l10。 Ⅱ040出 土状況 N 卜 ・ 。 [p ・・ ・ ―・A'

(20)

古代土器の打 ち欠 き・穿孔 土師器高盤や甕・甑類

,須

恵器壺 もあ り

,多

様 な器種がある。ただ し

,手

捏土器 は含 まれていない(8'。 須恵器甕などは割れてばらばらの状態で出土 してお り

,完

全に破壊 して散布 された ものである。なお

,獣

骨下の土層 もローム粒・塊主体で しま りが弱 く

,覆

土はすべて埋め戻 されたものである。何点かの墨書土 器が出土 しているが,その中に「大国玉罪」があ り,祭祀行為が在地神 にかかわるものであることがわかる (9)。 Ⅱ040の 祭祀行為 を復原 してみ る。在地神 に供物や犠牲獣 を ささげ

,集

団の構 成員の罪 をあが な う祭祀 行為が Ⅱ040の 近 くで挙行 された。 この祭祀行為 は集団の飲食行為 を伴 うものであ る。 Ⅱ040にかかわる祭 祀行為 につ いて

,祭

祀挙行者 は

,ま

ず覆土 中位 まで埋 め戻 し

,次

に生 け贄 となった獣 (馬か

)の

頭部 を 「大 国玉神」 に捧 げ

,宴

席 で使用 した土器類等 を犠牲獣 の上 に投 じた。 この とき神 に捧 げ る器 であるこ と を明示す るために

,一

部の土器 に整然 とした打 ち欠 きを行 った。また

,須

恵器発 な ど大型土器 については, 完全 に破壊 した。埋 め戻 しを行 いつつ

,土

器集中の上部 に食 した貝殻 を投棄 し

,そ

の上部に も土器 を廃棄 した。そ して

,表

土面 まで埋 め戻 して祭祀行為が終了 した。 以上の祭祀行為 は

,遺

構 ・出土遺物 の内容 。量か ら1棟の竪穴住居 を超 えた集 団全体 に関わる ものであ る(Ю)。

6.考

察 前項で打 ち欠 き 。穿孔土器の良好 な出土状況例 をみた。 まとめ る と以下の通 りである。 ○竪穴住居か らの出土 は

,家

屋・家族の祭祀や個人の祭祀 に伴 う遺物 であることを示す。 ○井戸状遺構 (または氷室

)か

らの出土 は

,集

団に関わる祭祀 に も使用 された ことを示す。 ○複数個体 で使用 される場合

,セ

ッ トとなる土器の内容 は杯類 を主 とす る。 ○セ ッ トの杯類 は墨書土器や灯 明器の他

,何

も手 を加 え られていない土器 もある。 ○セ ッ トの土器 は杯類以外 では手捏土器や須恵器甕

,須

恵器長頸壺 な どもある。井戸状遺構 (ま たは氷室) では土師器高盤や須恵器甑・土師器甕 な ど多様 な器種がみ られる。須恵器甕類 は完全 に破壊 され

,破

片 が遺構 内に散布 される。 ○セ ッ トの土器 はカマ ド内や カマ ド周辺

,出

入 り口部

,隅

部等 に置かれ る場合があ る。 ○祭祀行為 に伴 う響宴行為が うかが える場合がある。 ○被熱痕跡や灯 明器の状況 によ り

,祭

祀行為の中に火の使用が含 まれ る場合がある。 出土状況 につ いて

,さ

らに検討 を続 ける。2期の Ⅱ157においては

,セ

ッ トの土器の うち須恵器杯3・ 須恵器杯

8が

主体 であ る。 その理 由 として

, 2枚

に重 ねて打 ち欠 き部 をそ ろえてい るこ と

,土

器 自体 が 「 日下部告 人」 の人名ヘ ラ書 き及 び記号墨書 を もつ 内容 であるこ と

,を

あげ る。 この2点の土器 は前側 の 左 隅部 にあ り

,周

辺 に土器 も集 中す る。方位か らみ る と西隅である。他 の土器では

,須

恵器杯

4が

出入 り 回部 を押 さえ

,須

恵器杯

6が

西隅だけでな く

,カ

マ ドを押 さえている。 この竪穴住居で

,問

題 は「 日下部 告 人」 である。ヘ ラ書 きであ る こ とで

,生

産地側 の人名 と解釈す る こ とも一理 あ る (文献2)。 しか し, 出土状況及び他の土器 とのセ ッ ト関係か ら

,発

注者の表示

,す

なわち集落側の人名 と理解す る。 3期の1014では

,須

恵器杯1・ 土師器杯

7が

出入 り回 ピッ ト上方か ら出土 してい る。 また

,そ

の下部 ―-300-―

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