4
熱浴と接した系
前章では,2つの系が接触してエネルギー交換が可能であるときに,どのような状態 が観測されるかという問題を考えた.「全体の多重度が最大になる」という条件から,熱 力学と整合する関係式を探した結果,次式の多重度密度とエントロピーの関係(ボルツ
マンの関係式)
kBlog g(E) = S(E) kB: Boltzmann 定数 が見出された.これより,温度T が統計力学的に 1 T = ∂S ∂E = kB g ∂g ∂E と定義できることになった. この章では,同じくエネルギー交換ができる2つの系について,片方の系が非常に大 きい場合を考えよう.これにより,熱浴heat bath, thermal reservoir という重要な考 え方にたどり着く.
4.1
問題設定
前章と同様に2つの系 I と II が接触しており,互いにエネルギーの交換が可能であ ... System I System II 大きな「熱浴 II」と接触した 系 I るとする.片方の系 II が非常に大きくて多くの自由度(粒子数,体積など)を持つ場 合に,どのような状態が実現するかを,系 I の状態に注目して考える. 前章の場合と同様に,全体の多重度が各々のエネルギーの関数として与えられている と想定する.全体のエネルギーを E0,個々の系のエネルギーを E1,E2とし, E1+ E2= E0= const. (4–85) という条件の下で,E1がどのような値をとるかをもう一度考察しよう. 前章と同様に,多重度を g(E0) = g1(E1)g2(E2) = g1(E1)g2(E0− E1) (4–86) と表す.前章では多重度最大の条件, ∂ ∂E1 g1(E1)g2(E0− E1) = 0 (4–87) から,熱平衡条件 ∂ log g1 ∂E1 E1=E1eq = ∂ log g2 ∂E2 E2=E0−E1eq = 1 kBT (4–88) が得られた.本章ではさらに,この熱平衡条件の近くでのエネルギーの揺らぎについ て考察していこう.4.2
Boltzmann 分布
前章で既に述べたように,統計力学では,系 I がエネルギー E1の状態にある確率 P (E1) は,全体の多重度に比例すると考える: これを等重率の原理principle of equal probability とよぶことがある. P (E1)∝ g1(E1)g2(E0− E1) (4–89) ここで,E1が熱平衡条件 (4–88) 式を満たす値E1eq から少しずれたときの確率を考え てみよう.系 II は非常に大きいと仮定しているので,E0≫ E1であるから,熱浴の多 重度g2(E0− E1) を E0− E1eq の周りで Taylor 展開することを考える.以下では,表 記を簡単にするため,このエネルギーのずれを ∆E≡ E1− E eq 1 (4–90) と表記する. 次の2通りの展開方法を思いつく: (1)g2を直接に展開する考え方 解析学(微積分学)で習った人もい ると思うが,o(xn)やO(xn)は ラ ンダウ Landau の記号 と呼ばれ, 展開の高次項を表すのに便利な記号 (表記法) である.小文字 o(xn) は n 次の微小量 xnよりも小さいこと を示し,大文字 O(xn) は xnと同 程度またはそれ以下であることを意 味する. 例えば,関数 f (x) のマクローリ ン Maclaurin 展開は f (x) = f (0) + f′(0)x +1 2f ′′(0)x2+ o(x2) あるいは f (x) = f (0) + f′(0)x +1 2f ′′(0)x2+ O(x3) と書ける. P (E1) ∝ g1(E1) [ g2(E0− Eeq1 )− ∂g2 ∂E2 E0−E1eq × ∆E1+ o(∆E1) ] ∼ g1(E1)g2(E0− E eq 1 ) [ 1−∆E1 kBT ] ∵式 (4–88) から (4–91) (2)log g2を展開する考え方 P (E1) ∝ g1(E1) exp [log g2(E0− E1)] = g1(E1) exp [ log g2(E0− E eq 1 )− ∂ log g2 ∂E2 E0−E1eq × ∆E1+ o(∆E1) ] ∼ g1(E1) exp [ log g2(E0− E1eq)− ∆E1 kBT ] ∵式 (4–88) から = g1(E1)g2(E0− E1eq) exp [ −∆E1 kBT ] (4–92) 当然ながら,∆E1が小さいときに,両式 (4–91) と (4–92) が一致するのは明らかで ある.しかし,「どちらの展開方法が物理的に,より妥当か」を考えると違いが出てく る.(4–92) は系 I を仮想的に2つに分割したときに,状態の数が各々の積になる Kittel の教科書では(1)は「収束 の困難を引き起こす(Kittel, p.49 の脚注)」として,(2)の方法を採 用している.確かに,状態数 g2は 一般に途方もなく大きな数なので, 実際に展開することは不可能に近い. しかし(2)を選択する理由として, 私はむしろ,ここに記したように系 の示量性に関する考察を重視したい. その他にも,(2)は確率が非負であ ることが保証されるという優れた点 がある. exp [ −Ei+ Eii kBT ] = exp [ − Ei kBT ] exp [ − Eii kBT ] (4–93) のに対し,式 (4–91) はそのような表現になっていないことから,式 (4–92) を使うべ きであると判断できる.以上の考察の結果,次のことが言える:
非常に大きな系 [これを,熱浴heat bath あるいは thermal reservoir という] と熱平衡 にある系がエネルギー E をとる確率は
P (E)∝ g(E) exp [ − E kBT ] (4–94) である.g(E) は注目している系の多重度,T は 熱浴の温度 である. reservoir (レザヴォワ): 貯水池, 貯蔵庫.もとはフランス語 (英語な ら reserver とでもなるはず) なの で,r´eservoir と最初にアクセント をつけることが多い. 式 (4–92) の ∆E が式 (4–94) では 単なる E になっていることが気にな るだろうか? exp [ −∆E kBT ] = exp [ −E− Eeq kBT ] = exp [ − E kBT ] exp [Eeq kBT ] であり,因子 exp[Eeq kBT ] は E に依 らない定数であるから,式 (4–94) となる. ここに現れた,熱浴に由来する因子 exp [ − E kBT ] は,Boltzmann 因子 (Boltzmann factor) と呼ばれる.
4.3
確率の規格化—分配関数
式 (4–94) は,規格化normalize されていないため,確率としてはまだ不十分である. 規格化するのは簡単で,単に,すべての状態についての和で割っておけばよい. 規格化された確率: P (E) = g(E) exp [ − E kBT ] ∑ E g(E) exp [ − E kBT ] (4–95) ここで,分母は,注目している系がとり得るすべての(微視的)エネルギーについて の和である. この規格化因子(分母)を分配関数partition function と呼び,通常,記号 Z で表す: Z(T )≡∑ E g(E) exp [ − E kBT ] (4–96) 分配関数は,温度の関数である. もちろん,注目している系の体積や粒 子数の関数でもあるが,多重度 g(E) や,前章で定義したエントロピー S(E)≡ kBlog g と違い,エネルギーの関数 ではないことに注意せよ.これは, もちろん E で総和をとっているか らである. 分配関数の別の表現 場合によっては和の代わりに積分 で表現することもある: Z(T ) = ∫ g(E) exp [ − E kBT ] dE (4–97)多重度密度 g(E) の定義[つまり,エネルギーが E と E + dE の間にある状態の数を g(E)dE とする]から考えると,本来はこちらの方がより正当な表現であるが,式 (4–96) のように表しても特に大きな混乱はないだろう. また,エネルギーの代わりに,微視的状態そのものに直接注目して考えることもでき る.すなわち Z(T ) = ∑ 微視的状態 exp [ − E kBT ] (4–98) もちろん,この時には 多重度密度 g(E) は現れない.
4.4
(参考) 分配関数のネーミングの由来
「分配関数」とは日常耳慣れない言葉であろう,英語でも partition function は特殊 な専門用語である. 「なぜ,partition = 分配 と名付けられたか」について述べてあ partition (vt)1.· · · を · · · に分 割する,区画する.2. (部屋を) 仕 切る る教科書はあまり見かけないが,Wikipedia (本家版) に以下の記述があった:. . . The partition function thus plays the role of a normalizing constant, ensuring that the probabilities sum up to one:
1
Z
∑ (状態)
e−kB TE = 1
This is the reason for calling Z the ”partition function”: it encodes how the probabilities are partitioned among the different microstates, based on their individual energies. The letter Z stands for the German word Zustandssumme, “sum over states”. (Wikipedia英語版より,記号を一部改変) すなわち,巨視的な状態をそれぞれの微視的状態に exp[− E kBT ] の重みで分配する という意味らしい.ついでに,なぜ Z という記号が用いられるかという歴史的事情 (Zustandsumme の頭文字)も述べられている.
4.5
分配関数の性質
分配関数は,いくつかの便利な性質を持っている.たとえば温度で微分すると ∂Z(T ) ∂T = ∑ E E kBT2 g(E) exp [ − E kBT ] (4–99) となるから, ∂ log Z ∂T = 1 Z(T ) ∂Z(T ) ∂T = 1 kBT2 ∑ E Eg(E) exp [ − E kBT ] ∑ E g(E) exp [ − E kBT ] = 1 kBT2 ∑ E EP (E) (4–100) ここで,∑ E EP (E) はエネルギーの平均値 ⟨E⟩ を表すから 第 1 章で述べたように,変数 x に対 する規格化された確率 P (x) が定義 されているとき,一般に関数 A(x) の平均値 average を ⟨A⟩ ≡∑ x A(x)P (x) と定義する.また,平均からのずれ の2乗の平均が,分散 variance で ある: ⟨ (A− ⟨A⟩)2⟩=⟨A2⟩− ⟨A⟩2 ⟨E⟩ = kBT2 ∂ log Z ∂T (4–101) すなわち,分配関数の対数を温度で微分すればエネルギーの平均値が求められる. また,定積熱容量 Cv は,エネルギー平均値の温度微分で定義される: Cv≡ ∂⟨E⟩ ∂T (4–102) 式 (4–101) をさらに温度で微分することで,Cvに関していくつかの表式が導かれる: Cv = kBT [ 2∂ log Z ∂T + T ∂2log Z(T ) ∂T2 ] = kBT [ 2∂ log Z ∂T + T [ − ( 1 Z(T ) ∂Z(T ) ∂T )2 + 1 Z(T ) ∂2Z(T ) ∂T2 ]] (4–103) 一方,式 (4–99) から ∂2Z(T ) ∂T2 = − 2 T ∑ E E kBT2 g(E) exp [ − E kBT ] +∑ E ( E kBT2 )2 g(E) exp [ − E kBT ] = −2 T ∂Z(T ) ∂T + ∑ E ( E kBT2 )2 g(E) exp [ − E kBT ] (4–104) 従って, この関係式 (4–105) は,(4–95) か ら出発して,もっと簡単に導くこと ができる.すなわち, ⟨E⟩ = ∑ Eg exp[− EkB T] ∑ g exp[− EkB T] だから,T で微分すると ∂⟨E⟩ ∂T = 1 kB T2 ∑ E2 g exp[− EkB T] ∑ g exp[− EkB T] − 1 kB T2 [∑ Eg exp[− EkB T] ∑ g exp[− E kB T ] ]2 = 1 kB T2 [ ⟨E2 ⟩ − ⟨E⟩2] Cv = 1 kBT2 [ ⟨E2⟩ − ⟨E⟩2] = 1 kBT2 ⟨ (E− ⟨E⟩)2⟩ = 1 kBT2 ⟨ ∆E2⟩ (4–105)すなわち,定積熱容量はエネルギーの分散に比例するという法則が得られた. 分配関数についてのこれらの関係式は,g(E) の具体的な形によらないことから,古 典系・量子系を問わず,どんな系に対しても成り立つ一般的なものである. (補足) 流体は,その気液臨界点critical point付近において比熱容量が著しく増大する ことが知られている.式(4–105)から,この現象は,エネルギーが激しく揺らいでいること に対応していることがわかる.一般に,臨界点近傍では,物質の構造の揺らぎが大きくな り,その結果として,比熱容量が無限大に発散する.このような熱容量の発散は,多くの結 晶相転移にも見られる現象である. (参考データ)二酸化炭素の低圧比熱容量.神鋼エアーテックの web ページより. http://shinko-airtech.com/supercritical/critical.html
4.6
例:自由電子気体
分配関数を,多重度密度が既知の自由電子気体系について計算してみよう.式 (2–47) から, 数学公式集より ∫ ∞ 0 √ xe−axdx = 1 2a √π a 実は,ここで行った 和から積分への 置き換え(式変形の≃のところ) は 厳密ではない.極低温において,ほ とんどの電子が基底状態にある状況 では,この近似が怪しくなることが ある.あとの章においてもう少し詳 しく扱う. Z(T ) = ∑ E g(E) exp [ − E kBT ] = 2 5/2πm3/2V h3 ∑ √ E exp [ − E kBT ] ≃ 25/2πm3/2V h3 ∫ ∞ 0 dE√E exp [ − E kBT ] = 2 5/2πm3/2V h3 √ π 2 (kBT ) 3/2 = ( 2πm h2 )3/2 V (kBT )3/2 (4–106) 故に, ⟨E⟩ = kBT2 ∂ log Z ∂T = kBT 2∂ 3 2log(kBT ) ∂T = 3 2kBT (4–107) 我々は,Schr¨odinger 方程式から出発して,完全に量子力学的に電子を取り扱ったにも かかわらず,よく知られた古典理想気体の内部エネルギーの表式が得られるのはおも しろい.4.7
例:磁場中の孤立スピンの集団
同様に,式 (2–52) から Z(T ) = ∑ E √ 2 πN2 Nexp [ − E2 2N µ2B2 ] exp [ − E kBT ] ≃ ∫ +N µB −NµB dE √ 2 πN2 Nexp [ − E2 2N µ2B2 ] exp [ − E kBT ] = √ 2 πN2 N ∫ +N µB −NµB dE exp [ − E2 2N µ2B2 − E kBT ] (4–108) 残念ながら,この積分は厳密に(=解析的に)は計算できない.近似的に計算するこ とも考えられるが,幸いに,この場合は別の方法でもっと簡単に厳密解を求めること ができる. そのためは,式 (2–52) の導出過程を振り返ってみる.即ち,N 個のスピンのうち, Nupが上向き,残りが下向きであるときのエネルギーと場合の数を数えることによっ て,g(E) を求めたのであった.そこで,エネルギーではなく,微視的状態すなわち Nupそのものに注目すると 各スピンが独立であるために,分配 関数が単純な多重積の形に表せたの である. Z(T ) = N ∑ Nup=0 N ! Nup!(N− Nup)! exp [ −−µBNup+ µB(N− Nup) kBT ] = [ e−−µBkB T + e µB kB T ] ·[e−−µBkB T + e µB kB T ] · · ·[e−−µBkB T + e µB kB T ] = [ e−−µBkB T + e µB kB T ]N = 2NcoshN ( µB kBT ) (4–109) このように,分配関数が厳密かつ簡単に求まる.エネルギーの平均値は ここで,双曲線関数hyperbolic functions を思い出しておこう. 2 sinh(x) = ex− e−x 2 cosh(x) = ex+ ex tanh(x) = sinh(x) cosh(x) また,その性質として cosh2(x)− sinh2(x) = 1 d dxsinh(x) = cosh(x) d dxcosh(x) = sinh(x) d dxtanh(x) = 1 cosh2(x) ⟨E⟩ = kBT2 ∂ log Z ∂T = kBT2 ( −N µB kBT2 )sinh µB kBT coshkµB BT = −NµB tanh ( µB kBT ) (4–110) さらに,熱容量は Cv= ∂⟨E⟩ ∂T = N (µB)2 kBT2cosh2 ( µB kBT ) (4–111) と求められる.これらの熱力学量がいずれも,N に比例することに注意したい.これ は,エネルギーも熱容量も示量変数であることから当然である.図 4–7 にこれらを温 度の関数としてプロットした.µB kB 単位で測った温度が約 0.8 のところで,最大の熱容 Kittel p. 50– の議論と本質的に同 じものであるが,エネルギーの単位 が異なっている.ここで述べたスピ ン系は,エネルギーが±µB の値を とり得る2状態モデルである. 量を示すことがわかる.なお,熱容量が無限大に発散するわけではないので,これは このような,2つのエネルギー状態 をとることのできる系の示す熱容 量曲線をSchottky 型比熱あるいは Schottky 異常とよぶことがある.半 導体中の不純物の励起状態などにし ばしば見られる現象である. Walter Schottky (1886–1976) ス イス生まれ,ドイツの固体物理学者. 相転移ではない.-1.0 -0.8 -0.6 -0.4 -0.2 0.0 0 1 2 3 4 5 En e rg y [ E/ N µ B ] Temperature [kBT/µB]
Independent Spins under Magnetic Field
0.0 0.2 0.4 0 1 2 3 4 5 H e a t C a p a ci ty [ C v /N k B ] Temperature [kBT/µB]
Independent Spins under Magnetic Field
図 4–7: 磁場中の独立スピンの平均エネルギーと熱容量.
4.8
この章のまとめ
(1) 互いにエネルギーのやり取りがある2つの系について,一方の系が十分に大きい 場合(熱浴)には,他方の系のエネルギーが E となる確率は,Boltzmann 因子 exp [ − E kBT ] に比例する. (2) もう少し丁寧に言うと,「温度 T の熱浴に接している系がエネルギー E をとる確 率は,g(E) exp[− E kBT ] に比例する.」 ここで,g(E) は注目している系のエネ ルギー多重度である. (3) この確率の規格化因子として,分配関数 Z(T ) が定義される: Z(T ) =∑ E g(E) exp [ − E kBT ] 分配関数を温度で微分するとエネルギーの平均値が得られる.演習 量子力学で学んだように,固有振動数がωの1次元調和振動子のエネルギー固有 値は離散的かつ等間隔であり, En= ( n +1 2 ) h −ω n = 0, 1, 2, . . . となる.エネルギー多重度は1であるとして,温度T での分配関数を求め,エネ ルギー平均値と熱容量を求めよ.また,−hω kBT → 0の極限(高温極限)で得られる 表式が,古典力学での結果と一致することを確かめよ. スピン自由度(この章の末尾の付録 を参照のこと) を考慮すると,外部 磁場のない電子系の場合は,本当は すべてのエネルギー固有値は二重に 縮退している. (ヒント)分配関数の定義通りに, Z(T ) = +∞ ∑ n=0 exp [ − En kBT ] = exp [ − −hω 2kBT ]∑+∞ n=0 exp [ −nh−ω kBT ] この無限級数を求めるには等比級数の公式を思いだそう.すなわち|x| < 1のとき ∞ ∑ n=0 xn= 1 1− x 計算の結果は, ⟨E⟩ =−hω 2 1 tanh(2k−hω BT ) となるはずである.右図のようなグラフが得られる. 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 0 1 2 3 4 5 En e rg y [ E/ h ω ] H e a t C a p a ci ty [ C v /k B ] Temperature [2kBT/hω] Quantum Harmonic Oscillator <E> Cv 図:量子力学的な1次元調和振動子 の平均エネルギーと熱容量. 一方,古典力学的に考えると,1次元調和振動子の場合は,温度T において,運動エネル ギーに 1 2kBT,ポテンシャルエネルギーにも 1 2kBT のエネルギーが分配されているので, ⟨E⟩ = kBT となる.この量子力学的取扱いでは,高温T → +∞で熱容量が古典極限kBに近 づくことがわかる.
演習 2原子分子(例えばO2やN2)の回転運動のエネルギー準位は Ej= j(j + 1)ϵ0 j = 0, 1, 2, . . . (4–112) と離散的であり,各準位の多重度は g(j) = 2j + 1 (4–113) である.ここで,ϵ0は準位の間隔を決めている定数である. (1) 2原子分子の回転運動に関する分配関数の表式(級数)を示せ. 残念ながら,この分配関数の級数を厳密に計算することは困難である.そこで,ま ず高温極限について議論してみよう. (2) kBT ≫ ϵ0 の条件では,準位の離散性は重要ではなく,級数を積分で近似 してもよいだろう.この近似により,分配関数を計算せよ. (3) この分配関数から,エネルギーの平均値と熱容量を求めよ. 次に,低温極限について考えよう. (4) kBT ≪ ϵ0の条件では,j = 0とj = 1のみを考える近似が成り立つだろ う.(準位間隔はjが大きくなるとどんどん広がっていくことに注意.)この 近似により,分配関数を計算せよ. (5) 同じく,エネルギーの平均値と熱容量を求めよ. せっかくだから,これらの結果を,数値計算と比較してみよう.2回生配当の計算 機数学でFortranあるいはC言語によるプログラミングを学んだはずである.数 値計算により微分をもとめるのは厄介なので,ここでは,確率の定義に戻って,次 の式からエネルギーの平均値と熱容量を求めることにしよう: ⟨E⟩ = ∑ Ejg(j) exp [ − Ej kBT ] Z(T ) (4–114) Cv = ⟨E 2⟩ − ⟨E⟩2 kBT2 (4–115) 与えられた温度T に対して,規格化前の確率exp [ − Ej kBT ] がある値δより小さ くなったところで和を打ち切ることにする.倍精度で計算すれば,δとして相当 小さな値,例えば10−12を選んでも十分に計算できるはずである. (6) リスト 4–8は分配関数を計算するプログラムである.ここでは,温度は ϵ0/kBを単位として測っている.これを参考にして,エネルギーの平均値 と熱容量を計算するプログラムを作成せよ. (7) これを実行して,エネルギーの平均値と熱容量を温度の関数として求め,プ ロットせよ.うまくいけば,右図のようなグラフが得られる. 0.0 0.5 1.0 1.5 0.1 1 10 100 H e a t C a p a ci ty [ C v /k B ] Temperature [kBT /
ε
0] Diatomic Rigid Rotor図:数値計算により求めた2原子分 子の熱容量への回転運動の寄与.
#include <stdio.h> #include <math.h> #define delta 1e-12 double partition(double t) { double sum=0.0; double p; int j=0; do { p=(2*j+1)*exp(-j*(j+1)/t); sum+=p; j++; } while (p>delta); return sum; } //---int main( ) { double temperature; scanf("%lf",&temperature); printf("%f\n",partition(temperature)); return 0; } program main
double precision temperature read(*,*) temperature
write(*,*) partition(temperature) end
c---double precision function partition(t) parameter (delta=1e-12)
double precision t,sum,p integer j sum=0.0 j=0 1 continue p=(2*j+1)*exp(-j*(j+1)/t) sum=sum+p j=j+1 if (p.gt.delta) goto 1 partition=sum end 図 4–8: 2原子分子の回転運動の分配関数を計算するプログラムの例:(左)C 言語版,(右)Fortran 版.
4.9
(付録) 角運動量の量子化についてのまとめ
角運動量の量子化について簡単に紹介しておく.詳しくは量子力学の教科書などを参照すること. 古典力学における角運動量はベクトルL = (Lx, Ly, Lz⃗ )であって, Lx = ypz− zpy Ly = zpx− xpz Lz = xpy− ypx と定義される.(⃗p = (px, py, pz)は運動量.)量子力学では,周知のようにこれらの物理量は演算 子として扱う.表式を簡単にするために,以下の角運動量は−hを単位として表すことにすると, 座標表示ではそれぞれ Lx = 1 i ( y ∂ ∂z− z ∂ ∂y ) Ly = 1 i ( z ∂ ∂x− x ∂ ∂z ) Lz = 1 i ( x ∂ ∂y− y ∂ ∂x ) となる.複素結合演算子を次のように定義する: L±≡ Lx± iLy 簡単な計算により,次の関係(交換関係)が成り立つことがわかる: L+L−− L−L+ = 2Lz LzL+− L+Lz = L+ LzL−− L−Lz = −L− L2L± −L±L2 = 0 L2Lz− LzL2 = 0 最後の式は,L2とLzが可換な演算子であることを示しており,L2とLzは独立して固有値を持 つことが可能である(=不確定性がない)ことがわかる.後で使う次の式も容易に証明できる: L2= L−L++ L2z+ Lz (∗) 回転運動は,球座標で表現する方が便利である.いつものように x = r sin θ cos ϕ y = r sin θ sin ϕ z = r cos θ と定義すると,特に Lz= 1 i ∂ ∂ϕ となる.そこで,Lzの固有関数となる波動関数Ψ(r, θ, ϕ)を考えてみると, Ψ = f (r, θ) exp[ilzϕ] の形をしていることがわかる.ここで,lzがLzの固有値であるが,Ψが一価関数である(=ϕ が1周すると元に戻る)ためには lz= m = 0,±1, ±2, . . .でなければならない.この波動関数をΨmと書くことにする. 次に,L2の固有値l2について考える.上の交換関係から LzL±Ψm = (L±Lz± L±) Ψm = (m± 1)L±Ψm となるから,L±ΨmはLzについて固有値m± 1の固有関数になる.一方,物理的に m2= l2 z ≤ l2だから,|m|には上限がある.それをMとすると L+ΨM = 0 よって L−L+ΨM = 0 式(*)から, ( L2− L2z− Lz ) ΨM = 0 すなわち L2ΨM = M (M + 1)ΨM となり,ΨM はL2に対する,固有値M (M + 1)の固有関数でもあることがわかる.あとは, 次々とL−を作用させて得られるΨM−1, ΨM−2, . . . , Ψ−M+1, Ψ−M が,すべてL2の同じ固有 値の固有関数であることは,L±とL2が交換可能であることから容易にわかる. 以上の結果をまとめると,M = 0, 1, 2, . . .として (1) L2の固有値はM (M + 1)の形のみが許される. (2) このL2の固有状態は,(2M + 1)重に縮退している. (3) これらの縮退状態は,Lzを作用させることによって区別される. 外場がなく,自由に回転している場合の回転運動エネルギーは,Lz の固有値にはよらない. このとき,エネルギー準位は−2h M (M + 1) 2I のように離散的であり,各々が(2M + 1)重に縮退 していることになる.ここで,Iは慣性モーメントである.