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気候変動に対応した半乾燥地における作物生産技術の開発事例

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Copyright 近畿作物・育種研究会(The Society of Crop Science and Breeding in Kinki, Japan) 59

1.はじめに

 ここ数年,世界の各地では異常気象が頻発しており,「異 常な気象」が常態化した気象現象であるとの感を強く受け る.例えば,アフリカの半乾燥地域の多くの国々でも,乾 燥した大地に異常な大雨が降り,洪水が起こるという事象 が多発する傾向にある.門村(2007)によれば,2007 年 7 ∼ 9 月に,西・中・東部アフリカの広範な地域で未曾有の 洪水被害が発生し数百万の人々が食糧不足を経験したとさ れており,さらに,2008 年∼ 2011 年にも乾燥,半乾燥地 域での洪水事例が多発する傾向が示されている(門村, 2011).南西アフリカに位置する砂漠国ナミビア北中部の 人口密集地域でも,半乾燥地でありながら,2008 年 3 月 には約 60 年ぶりとも言われる大洪水を経験した.その翌 年,2009 年 2 月にも同規模の大洪水が同地区を襲い,さ らに 2011 年にも同様の事象が起こった.これらの大洪水 により他国の例と同じく,多くの自給自足農民が被災し, 主食の生産が激減し,異常事態宣言もたび重なり発令され た.この間,我々は,ナミビア大学農学部作物学科に所属 する研究者集団と共同研究を実施していたため,半乾燥地 における洪水イベントを克服する新しい農法を提案するこ とを目指した学際研究を 2012 年に立ち上げた.以下,こ の農法が生まれた背景と現状について記載する.なお,本 研究の詳細は,引用文献に記した 2 つのサイト(科学技術 振興機構,2011;国際協力機構,2012)に述べられている ため,そちらも参照されたい.

2.半乾燥地に出現する季節湿地とその農業利用

 研究対象とするナミビア国の北中部地域は年間降水量 400mm 程度の半乾燥地であるが,雨季になると隣国のア ンゴラ高原から氾濫水が流れ込むため,最大で約 80 万ヘ クタ−ルもの広大な季節湿地が形成される.この湿地には, ナミビア国の人口の約 4 分の 1 が集中しており,その大半 は当地の主食であるトウジンビエの栽培(第 1 図)と放牧 を生業とする現金収入の手段をほとんど持たない自給自足 農民である.この季節湿地の水資源は家畜の放牧地(第 2 図)として使用されるだけで,作物生産にはこれまで全く 利用されてこなかった.その主な理由は,広大でゆるやか な勾配の平原を氾濫水が流れてくるため水の制御が容易で はないこと,さらに氾濫水の規模の年々変動が著しいため 自給自足農民による試行錯誤では水資源を十分に生かした 作物生産が成立し得なかったこと,などによる.ここでは アンゴラとの国境から南北方向に 200km にわたって緩や かな傾斜が続くが,100km 当たりで十数メートルの高低 差しかない.また同地区は砂質土壌地帯であるため,堤防 などの護岸工事の材料にも乏しく,進んだ土木工事技術と 潤沢な資金や労働力がなければ治水がなし得なかったので あろう.そのため,数百年前からここに多くの人が集まっ

気候変動に対応した半乾燥地における作物生産技術の開発事例:

ナミビア国における「洪水-干ばつ対応農法」

飯嶋盛雄

近畿大学農学部,JST/JICA,SATREPS(〒 631−8505 奈良県奈良市中町 3327−204) 要旨:近年,アフリカの半乾燥地では,広域において洪水が頻発する傾向がある.気候変動に伴い,「干ばつ」 に加えて「洪水」という両極端な水環境を想定した作物栽培を検討する必然性がここにきて生まれつつある といえよう.我々はナミビア国の研究者集団とともに,洪水と干ばつが頻発するような不安定な水環境でも, あるがままの自然を保全しながら一定の穀物生産が常に得られるような新しい農法を考案することを目的と した学際研究を,JST/JICA 地球規模課題対応国際科学技術協力事業として現在実施中である.本稿では, 気候変動に対応した作物生産技術の開発事例として,南西アフリカの砂漠国,ナミビアでの試みを紹介する. 2014 年 2 月 22 日受理 連絡責任者:飯嶋盛雄(iijimamorio@nara.kindai.ac.jp) 作物研究 59:59 − 62(2014)

総 説

第 1 図  半乾燥地の主食トウジンビエ.英名が Pearl millet. 種子が真珠によく似ていることから命名された. ヒエという名称から雑穀として扱われるが,巨大 な穂とその旺盛な生育から雑穀ではなく半乾燥地 の主要穀物と言える.

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60 て暮らしてきたにもかかわらず,この氾濫水の農業利用技 術が育たなかったと推定される.この季節湿地はほぼ毎年 のように雨期になると形成されるため,当地の地下水位は 乾燥が進んだ乾季でも 3m 程度もあり,砂漠のオアシスの ような景観(第 3 図)がこの地域では随所にみられる.と ころがこれまでは未開発であったこの季節湿地にも近年の 人口増に伴い,開発圧が着実に押し寄せつつある.仮に, 不適切な灌漑事業が実施されれば,半乾燥地特有の塩類集 積の増加(第 4 図)や地下水位の低下などをきたし,脆弱 な水環境が破壊されるリスクが高い地域でもある.

3.洪水-干ばつ対応農法の基本概念

 本研究では,まず,この豊かな水資源を有効に利用する ことを研究の出発点とした.さらに,トウジンビエが洪水 被害にあったときでも洪水を利用して生産力が高い作物を 導入することを目指した.導入作物としては日本人作物研 究者なら誰でも直感で推奨できる作物,それはイネである. 周知のようにイネは主要穀物種の中で洪水環境に最も強い 種である.いっぽう,トウジンビエは半乾燥地の少雨環境 において最も広く栽培される主要穀物であり,乾燥には耐 性があるが,湿害にはめっぽう弱い(Zegada-Lizarazu and Iijima,2005).イネはというとトウジンビエの真逆で乾燥 にはからきし弱い.水適応特性が真逆の主要穀物 2 種を同 じ畑−湿地で栽培しようというのが,我々が提案する「洪 水−干ばつ対応農法」である.勾配が少ない土地柄である が,一つの畑をとってみると,そこには高いところもあれ ば低いところもある.多くの畑では緩やかな傾斜がかかっ ており,雨期になると畑のあちこちで水たまりができる. この水たまりこそが,我々が注目する場所である.ここは, 洪水年には畑の大部分を占めてしまうこともある.その場 合にはトウジンビエがほとんど収穫できないが,逆にイネ はたいへんよく育つ.反対に干ばつ年であれば,この水た まりの周辺こそ,トウジンビエがよく育つところであり, いっぽうのイネは縮小されたわずかな水たまりの痕跡の中 央部でだけ育つことが可能となろう.傾斜に向かってイネ とトウジンビエの両作物を混作すれば,洪水と干ばつの両 者への対応が可能となろう.

4.学際研究としての洪水干ばつ対応農法の開発

 半乾燥地に洪水が頻発するという,アフリカ大陸共通の 気候変動問題への対応策として,イネの様な湿害に強い種 を導入することは食糧生産技術として大きな可能性を秘め ている.しかし,半乾燥地であれば,常に水資源の保全を 念頭に入れなければならない.ナミビア北中部のように, 雨期になると豊かな水が出現するような水環境であって も,新たにイネという種を導入したときに,どれだけの水 資源がなくなってしまうのか.あるいは変化がないのかを 把握しなければならない.そうしなければ,長期的なスパ 作物研究 59 号(2014) 第 2 図  ナミビア国季節湿地における家畜の放牧.牛,ロバ, ヤギなどがのどかに草をはむ様子は,ここが砂漠 国の半乾燥地であることを忘れさせる. 第 3 図 ナミビア国季節湿地のヤシの林.氾濫水により形 成されたこの湿地は,乾季にはからからに乾燥す るが,地下水位が高いため,ヤシが生息する.ヤ シの葉が水面に移る様子はまさに砂漠のオアシス とも言えよう. 第 4 図  季節河川の塩集積とモデル水田.ここは,雨期に は河になるが,乾季には激しい蒸発と毛管現象に より土壌表層に多量の塩が集積する.季節湿地全 域で塩の集積が観察できる.

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61 ンで地下水位が低下し,系内の水資源が枯渇するリスクが ある.作物研究では,個々の作物の水利用特性の評価は必 須事項の一つであり,さらに群落レベルの水消費の推定が 行われることもある.しかし,系内全体の水環境の把握の ためには,水文系の研究領域で用いられる水収支測定技術 が必須となる.系内にどれだけの水資源が存在し,それが 洪水−干ばつ対応農法により栽培される作物群落によっ て,どれだけ減少するのかを見極めなければならない.ど れだけの面積にこの農法を広めても,水環境の年次変動内 に収まるのか.これを求めてこそ初めて半乾燥地の持続的 な開発の足掛かりができる.同時に,社会環境も忘れては ならない.そこに暮らす人々が,イネの生産を受け入れる ことができるのか.現地の自給自足農家が受け入れるため に何が必要なのか.農業経済的な視点とともに,農作業の 実態,トウジンビエ栽培文化への新規導入作物のインパク ト,などを社会科学の手法を用いて定量化し,永続的な農 法として定着するための必須要件を明らかにすることも必 要だ.我々の学際研究では,以上の視座に立ち,新農法の 導入過程における社会・自然環境インパクトを把握するこ とを研究の主題として掲げている.食糧資源の再生産のた めに必要な水管理・利用技法をシステム化し,半乾燥地の 持続的な水資源利用農法を提案することが最終目標であ る.すなわち,この新しい農法の導入により,湿地帯で暮 らす自給自足農民が食糧不足に陥らないようにするだけで なく,彼らに現金収入の手段を提供することを目指してい る.地域住民の生活レベルが向上し,その維持のために水 環境を保全する必然性が周知されれば,現金収入という余 力を,再生産のための農法システムの維持に振り向けるこ とも可能となろう.そのような水管理システムを作物学, 開発学,水文学領域の学際的な共同研究により提案し,持 続的な啓発活動を実践し続けることにより,水資源開発と 環境保全との融和を達成することを目指している.

5.終わりに

 以上,その概念を述べた「洪水−干ばつ対応農法の開発 研究」を,実りあるものとするためには,基礎研究を社会 実装に向けた応用研究にシフトさせる必要もある.世の中 には効率的な栽培技術はたくさんあるが,その多くは社会 的要因により実践できない.いやほとんどなのかもしれな い.洪水−干ばつ対応農法も,まずはナミビアの人々に受 け入れられるものとならなければ,絵に描いた餅になって しまいかねない.例えば,現実的な問題として現地の労働 力環境で,はたして天水利用のコメ作りをトウジンビエ栽 培と同時にできるのか?という極めて単純な問題もある. 我々は,基礎研究を進める一方で,社会実装に向けたさま ざまな取り組みもやっと始めたところである.自給自足農 民の経済力と労働環境でも利用可能な耕うん作業とは何 か?新たなコメづくりで直面する,多量のくず米をどうす ればよいのか?などなど数え上げれば枚挙にいとまがな い.それらの一つ一つを現地研究者集団とともに頭を悩ま せながら考えている昨今である.

謝  辞

 本研究は作物学,開発学,水文学の 3 つの領域の研究者 集団による学際研究であり,日本国の 4 つの大学に所属す る研究者とナミビア大学に所属する研究者間の国際共同研 究でもある.本研究資金は,独立行政法人科学技術振興機 構と独立行政法人国際協力機構による共同プロジェクト, JST/JICA 地球規模課題対応国際科学技術協力事業による.

引用文献

科学技術振興機構 SATREPS 生物資源『半乾燥地の水環 境保全を目指した洪水−干ばつ対応農法の提案』2011. http://www.jst.go.jp/global/kadai/h2306_namibia.html 国際協力機構 ODA が見える.わかる.半乾燥地の水環境 保全を目指した洪水−干ばつ対応農法の提案 2012. http://www.jica.go.jp/oda/project/1100521/index.html 門村 浩 2007.アフリカにおける近年の異常気候イベント. 国際農林業協力 30:2−9. 門村 浩 2011.地球変動の中の乾燥地−アフリカからの報 告− 砂漠研究 20:181−188.

Zegada-Lizarazu, W. and Iijima M. 2005. Deep root water uptake and water use efficiency of pearl millet in comparison to other millet species. Plant Production Science 8: 454−460. 気候変動に対応した半乾燥地における作物生産技術の開発事例:ナミビア国における「洪水−干ばつ対応農法」

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An example for the development of crop production system in semiarid region to overcome

climate change: Flood- and drought-adaptive cropping system in Namibia

Morio Iijima

Faculty of agriculture, Kinki University; JST/JICA, SATREPS(〒 631−8505 Nakamachi, Nara 3327−204)

Summary: Nowadays, flooding intensity in the semi-arid region of Africa significantly increased due to the effects of climate change. In this Japanese short paper, an example of development of food production technique to overcome both flood and drought in semiarid region in northern Namibia, a desert country in southwest Africa, was briefly described to enhance the discussion of the scientific group of crop and breading scientists of Kinki district of Japan.

Journal of Crop Research 59 : 59 − 62(2014) Correspondence : Morio Iijima(iijimamorio@nara.kindai.ac.jp) 作物研究 59 号(2014)

参照

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