理学療法学 第 42 巻第 4 号 332 はじめに 20 数年前にプロ野球の世界で選手のサポートをする機会を 与えられた。まだ理学療法士の知名度が現在より格段に低い時 代であった。このとき,チームには選手の身体に働きかけをす るスタッフとして,体育大学出身のトレーニングコーチをはじ め,鍼灸・マッサージ師,柔道整復師,ATC などの資格を有 するトレーナーが多数在籍していた。選手,コーチからは「理 学療法士ってなにする人?」と常に問われた。言葉としての説 明ではなく,実際の行動・結果として示す必要があり,当時は 試行錯誤の連続であった。 当時,チームの 1 軍に対応していたが,ここでは選手は常に 試合にでることが前提であり,できるだけ痛みなどの症状を発 生させないこと,少しでも症状を軽減させること,または悪化 させないことが求められていた。理学療法士として選手のため にできることは? と自問自答しながら行っていたことは,ま ず日々の身体状況のチェックであった。特に関節可動域,筋力, 関節不安定性についてはできるだけ日々の変化を把握するよう にした。同時に,練習や試合などの投球動作,バッティング動 作,ランニング動作などをできるかぎり観察し,コーチやその 他のスタッフからも情報を得て,症状に至る動作の変化がない かを見ていた(図 1)。つまり機能評価と動作分析を日々,経 時的に行うことで痛みなどの症状発生につながる前に問題点を みつけ,それに対してエクササイズなど様々な方法を用いて対 応していた。 今考えてみても,これら一連の内容は理学療法士が医療機関 で日常的に行うこととまったく同じであった。ただ,当時は今 よりももっと自身の知識・技術ともに未熟であり,しっかりと 系統立てて活動できていなかった。しかし,当時,選手の身体 状態の記録はできるだけ残そうと試みていたことが,今になっ て奏功することが多い。疑問や当時解決できなかったことを今 になって見返してみるとヒントがたくさん残っている。カルテ や理学療法診療記録などと大層なことはいえないが,理学療法 士として様々な記録を残しておくことも重要であることが再確 認できる(図 1)。 この時以来,ことあるごとに考えている「理学療法士とは?」 ということを改めて整頓する機会をいただいた。甚だ僭越であ ることを自覚しながらいただいた今回の機会を有効に活用し たい。 スポーツ分野における理学療法士の専門性を考える スポーツ分野に限らず理学療法は,運動学,解剖学,生理学 などをベースとした機能評価および動作分析により対象の問 題点を抽出し,その解決策として必要な方法を導きだしてい る。特にスポーツ分野ではスポーツ動作の問題と機能低下の関 係性から問題点および解決策を考えることが基本であり,かつ もっとも重要な点である1)。この一連の流れが理学療法であり, けっして特殊な方法論のことを示すものではない。スポーツ選 手に対応するときにはこのプロセスがより明確となる(図 2)。 理学療法では,対象の動作を観察し,その問題点を関節運 動・関節機能の視点で分析することで,症状の発生メカニズム や解決策を導いているが,これは対象(選手・患者)の個別性 への対応でもある。機能評価や動作分析を行わない対策は「問 題点」を抽出していないため,けっして「問題解決策」とはな らない。疾患・外傷名に対して対策をあてはめるのではなく, あくまでもこれらの病態特有の問題の理解やリスク管理を前提 としたうえで,個別の問題点に対する解決策を講じることに専 門性があると考える。特殊な治療法を覚え,実践することが専 門性ではない。 たとえば,投球障害肩としてみられる「肩峰下滑液包炎」と いう診断名を受けた選手に対してなにを行うか? 当然,そこ には対応策を導きだす基本的な一連の流れがある。問診(医療 面接)によって現在の症状と関連のある情報を可能な限り多く 聞きだし,そしてもっとも重要な情報となる主訴につながる痛 みの部位とその痛みが発生する位相を明らかにする。そして動 作分析により患部に加わるストレスを推察し,その痛みの発生 に関係する肩関節機能の問題および痛みを誘発する投球動作の 問題点を分析することになる。これだけ多くのことが痛みの発 生に関係するのであれば,同じ対応策で痛みなどの問題が解消 することはない。「とりあえず腱板のエクササイズ」「患部周辺 のストレッチ」のみでは理学療法とはいい難い。最近は「イン ナーマッスル」という言葉を非常に多くの中学・高校生の野球 選手が知識として有しており,特に肩や肘を痛めた選手は自身 で様々な情報を得てエクササイズをしている。著者が健康管理 をしている当大学野球部の選手も,日常から腱板のエクササイ 理学療法学 第 42 巻第 4 号 332 ∼ 337 頁(2015 年)
スポーツ分野の理学療法士として感じた想いと課題
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宮 下 浩 二
**大会テーマ
*An Impression and Problem as the Sports Physical Therapist **
中部大学生命健康科学部理学療法学科 (〒 487‒8501 愛知県春日井市松本町 1200)
Koji Miyashita, PT: College of Life and Health Sciences, Chubu University
キーワード:スポーツ理学療法,専門性,理学療法士
ズをしている。この環境で肩の痛みを訴えた際に肩の筋力低下 を生じていた選手の割合は 1 割にも満たなかった。つまり痛み の原因は筋力以外の要素が多かった。野球選手を取り巻く環境 が上記のような状況では,医療機関においては,基本となる機 能評価,動作分析からの問題点抽出およびその解決策の提供が より重要となるはずである。 スポーツ理学療法の変遷と現在の課題への実感 スポーツ動作を観察し,その問題点を関節運動・関節機能の 視点で分析することの基礎・基盤は,20 数年前に提唱された, 図 2 リハビリテーションの流れ 文献 1)より引用 図 1 プロ野球での理学療法士としての活動 図 3 運動時の代表的なアライメント 文献 3)より改変
理学療法学 第 42 巻第 4 号 334
knee in & toe out に代表される動的アライメント(川野 1988) の考え方であろう2)3)(図 3)。この視点により膝前十字靱帯損 傷などのスポーツ外傷への対応を幅広く考えることができ,今 では外傷予防活動にまでも活用されるようになった。 一方で,現在に至って顕在化してきた問題として,「考える」 ことではなく「覚える」ことで対応を終わらせている理学療法 士が増えたことが挙げられる。代表的な方法をあてはめるだけ で分析や考察がないため,それ以上の対応策が生まれてこな い。一例として,knee in & toe out を呈する要因は様々であ るが,その解決策として,「膝が内側に入るから,入らないよ うに意識するように」との口頭による指示で解決する対象もい るが,それでは解決しない選手も多い。knee in & toe out の 要因としては,静的アライメントの問題,下肢筋力の低下・不 足,関節可動域制限,関節動揺性・不安定性,足部機能不全な ど,非常に多岐にわたる。さらに knee in & toe out と表現さ れる動的アライメントでも詳細に分析すると図 4 のようにけっ して一様ではない(小林 2008)4)。
このように knee in & toe out のパターンもその要因も多様 であれば,より詳細な分析と個別の対応策を考察しなければ 解決は難しい。「knee in & toe out ならば,この方法でよい」 というように覚えるだけで終始していては専門性は高められ ない。 さらに,図 5 のようにサイドステップなどで足関節内反捻挫 を繰り返す選手に対して,「足部外側荷重だから捻挫を繰り返 す」とその動作上の問題を指摘することは重要である。このよ うな動的アライメントの問題の解決策なく腓骨筋などのエクサ サイズのみでは問題が十分に解決されないことが多い。足関節 の問題のみならず,足部機能の問題へのアプローチにより動的 アライメントの問題を解決することも検討しなければならな い。さらには,本選手の場合,左ステップの際,骨盤前傾を伴 う股関節屈曲運動が十分にできないため,膝関節屈曲角度,足 関節背屈角度も少なくなり,その結果,サイドステップでもっ とも荷重した際に,足関節が機能的に安定せず,かつ外側荷重 となりやすかった。この選手に対しては股関節へのアプローチ も効果があった。 同様な考え方や視点をもつことは,他のスポーツ障害,たと えば投球障害に対しても同様である。動的アライメントの視点 や関節の連動の視点で動作を分析することで,投球動作と障害 発生の関係を明確にすることができるようになってきた(図 6)5)。このようにスポーツによる外傷・障害を「動作の問題の 症候群」として捉え,関節機能の問題からその解決策を提供す ることはまさに理学療法士の専門性であろう。
図 4 様々な knee in & toe out の様式(小林 20084))
図 5 サイドステップ時の問題点
左脚での切り返し動作では,足部の外側に荷重が偏り,足関 節内反を呈している.
同時に,右の切り返し動作と比較して股関節や膝関節の屈曲 角度が少ない.
ところが最近,投球障害への対応,特に投球動作への介入に ついて疑問を感じることが増えてきた。投球障害の症状の発生 要因が投球動作にあり,その関係性が示されれば投球動作を改 善する必要がある。ただし,その場合,問題となる投球動作を 誘発する機能的な要因なども明確にし,その改善により結果と して投球動作を修正することになる(図 7)6)。つまり,痛み などの前提があってはじめて理学療法士として投球動作にアプ ローチすることが求められる。ただし,成長期野球選手の投球 動作に介入する場合は,運動学習の要素も多くなることも多 く,動作指導そのものが奏功することも多い6)。しかしいずれ にしても,最近見受けられる問題として,医療者自身が野球を 行った際に感じた「経験論」を根拠の中心に投球動作に介入す 図 6 投球動作の問題と関節機能低下の関係 文献 5)より引用 加速期における「肘下がり」は後期コッキング期でのテイクバック時からの連続性の結果である.また後期コッ キング期の体幹の傾斜は,早期コッキング期で生じた knee in によって,股関節,体幹へと連動して生じる. 図 7 投球動作分析および評価の基本的な考え方
理学療法学 第 42 巻第 4 号 336 る学会発表や講習会がみられるようになってきたことがある。 また別の問題として,いわゆる「理想のフォーム」というもの を求める傾向があるが,「理想」とはなんらかの到達目標があっ てはじめて具体的になるものであるため,「この型に納めれば すべて解決する」という投球動作はない。さらには選手個々で 運動器機能が異なるため,運動をする条件自体が違っており 「理想のフォーム」はけっして限定できない。投球障害肩は, 非常にわずかな動作の変化でも症状を発生することが多い。そ のため,現状で様々に報告されているチェックポイントは参考 にはすべきだが,それですべてを把握できるわけではない。 以上のことなど,スポーツ選手の動作に対応するとき,多く の注意点が必要となる。自省もこめて,常に「なぜその問題や 現象が生じるのか?」ということを考え続ける必要があり,そ れなくして専門性も深まらず,可能性も広がらないと考える。 身体運動に関する事象はまだまだ未解決なことばかりである, というのが現在の自身の実感であり,専門性をもって取り組む 課題は多い。 専門性に関する問題と疑問 専門性とは「職務を遂行する能力」「社会や組織の中でその 職業が受けもつ一定の役割」などとされる。個別の能力と(職 能)集団としてのあり方の側面がある。「専門性」というので あれば,医療技術者としての技術のみならず,社会的行動能力 も含めて高度かつ特殊な能力でなければならない。10 万人の 理学療法士すべてが「頑張れば高度な技術が得られる」とは実 際には考えにくく,専門性を高めるということは個と集団を分 けて議論する必要性を感じる。特に大学で非常に多様な学生の 教育に携わる日々において,各自の将来の理学療法士像および 可能性を考える際,常に疑問と迷いを感じる。個々の学生の能 力と可能性を推し量ることは非常に難しく,簡単に結論をだせ ないが,就職先が今後減少してくることを考えると他職種との 競合も進むであろう。図 8 は健康作り財団が認定する健康運動 指導士の就職先である7)。理学療法士の就職先と重複するとこ ろも多い。その中で,どのように専門性を活かして社会貢献が できるであろうか。 冒頭から繰り返している機能評価,動作分析からの問題点抽 出をより明確にすることがやはりもっとも重要である。健康増 進分野などではハイリスクアプローチとポピュレーションアプ ローチという 2 つのアプローチ法が提示されることが多い。ポ ピュレーションアプローチとは,症状を有さない不特定多数を 対象とした「集団全体に働きかけて適切な方向に少しずつ移 動,シフトする方法」である。そのため,有症状者にとっては 各自の問題点に合致した運動処方が指導される確率は低くなっ てしまい,効果も効率的には得られにくいと考える。有症状者 にとっては個々の身体的問題や目的が異なるため,個々に応じ た対応が必要となる。つまり,「疾患を発生しやすい高いリス クをもった人を対象に絞りこんで対処していく方法」であるハ イリスクアプローチを主体とした運動療法サービスが重要にな ると考える。 我々は理学療法士が行うハイリスクアプローチにみられる専 門性に着目して,疾病予防・健康増進活動に関する試みを行っ た(宮下 2011)8)。肩こり,腰痛などの運動器の症状を有する 大学教職員を対象として理学療法を実施した。各対象の主訴に 対して機能評価から問題点を抽出し,その固有の問題点に対し て 1 ∼ 2 種目で各種目 10 回× 1 セットのみの運動療法等を指 導し,その効果を確認した。もちろん症状の程度によって結果 は左右されるが,各対象の機能的問題点に絞って,日常的に継 続できる運動療法を提供すれば,かなりの症状が解消されるこ とが示された。理学療法士が専門性を発揮する場面と考える。 たとえば腰痛症といっても,屈曲型と伸展型の腰痛症では当然 要因や問題点は異なる9)。それに対して「腰痛には腹筋運動」 のようなパターン化した対応策だけでは本当の解決になりにく いことは明らかである。けっしてポピュレーションアプローチ に問題があるわけではなく,ハイリスクアプローチとは目的が 異なり,また,集団全体に対する働きかけ,運動習慣を継続さ せる仕組み,またはきっかけづくりなど様々な利点はある。た だし,理学療法士が専門性をもって対応するのであれば,個々 の機能的問題点を抽出して,必要な運動療法(単なる方法論で はない)を提供する必要がある。 10 年後を見据えて 個別の能力については環境的な影響を受ける。現在,理学療 法士の総数およびスポーツにかかわる理学療法士の数は急増し ている10)。その反面,個々の理学療法士,特に若手の理学療 法士に巡ってくる「責任をもってスポーツに関係する機会」が 10 年前,20 年前よりはるかに減少している。スポーツ選手に かかわる機会自体は,医療機関においてもスポーツ現場におい ても増えている。ただし,「参加しているだけ」という場合も 少なくはないようである。非常に困難な状況の選手・チームに 対して,「責任をもって」対峙する機会を得ることによって, 理学療法士としての力量は飛躍的に高まる。そのような機会の 恩恵をいただいた我々が,個としても,また集団としても次世 代に機会や環境を引き継いでいく必要があると考える。 ただし,ここ数年の学生の「スポーツにかかわる理学療法士」 のイメージも大きく変わってきているように感じる。大学受験 時の願書には「高校時代に部活でケガをして理学療法士のお世 話になった。その理学療法士にあこがれて,こんな仕事がした いと思った」という内容が非常に多い。その後に入学した学生 達を対象にアンケート調査を行っても,将来的な希望としてス ポーツにかかわる理学療法士になりたい,という回答が少なく 図 8 健康運動指導士の就職先 文献 7)より引用
ない。ただし,そのかかわり方については,「一般病院に勤務 して,スポーツ選手にも少しかかわりたい」「地元の病院,特 に中枢疾患系の患者さんをみて,休日にはボランティアで母校 の部活をみたい」など,捉え方,考え方,価値観は変わってき ているように感じる。けっしてこのようなかかわりが否定され るわけではないが,卒後すぐに専門家としての知識・技術を身 につける機会がないまま,また適切な指導者がいない状況でス ポーツ現場に参加しても,けっしてよい結果が得られないこと は過去に多くの場で議論,指摘されてきた。 理学療法士およびその学生数は多くなったが,その分問題も 多くなってきたことを実感する。毎年の変化をみていると,10 年後を展望することは私自身には困難をきわめることである。 ただ,場あたり的にならないようにせめて 2 ∼ 3 年先を考えて, 行動したい。 文 献 1) 小林寛和:リハビリテーションとリコンディショニング総論,ア スリートのリハビリテーションとリコンディショニング上巻・外 傷学総論/検査・測定と評価─リスクマネジメントに基づいたア プローチ─.文光堂,東京,2010,pp. 8‒15. 2) 川野哲英:ファンクショナルテーピング.ブックハウス HD,東京, 1988,pp. 28‒31. 3) 川野哲英,野村亜樹,他:スポーツ動作から見た保存療法の考え 方─トレーニング,機能的補助具療法を中心に─.整形・災害外 科.1998; 41: 1195‒1204. 4) 小林寛和,金村朋直,他:下肢動的アライメントの問題と下肢機 能の関係.日本臨床スポーツ医学会誌.2008; 16(4): 163. 5) 宮下浩二:外傷の発生機転となる投動作の特徴とメカニズム,公 認アスレティックトレーナー専門科目テキスト 5 巻 検査・測定 と評価.文光堂,東京,2007,pp. 158‒162. 6) 宮下浩二:野球による肩障害 スポーツ現場での症状・兆候に対 するアプローチ.臨床スポーツ医学臨時増刊号 31 スポーツ障害理 学療法ガイド.2014; 104‒108. 7) 公益財団法人健康・体力づくり事業団ホームページ.http://www. health-net.or.jp/shikaku/shidoushi/index.html(2014 年 9 月 30 日 引用) 8) 宮下浩二,對馬 明,他:地域住民のための運動療法サービスシ ステムのモデル化事業開発研究(第 2 報).中部大学生命健康科学 研究所紀要.2011; 8: 75‒80. 9) 川野哲英:スポーツ科学の成果をいかに始動の現場に還元するか 2.スポーツ医学の立場から.体育の科学.1991; 41(12): 932‒937. 10) 坂本雅昭,小林寛和,他:スポーツ分野への理学療法士の関わり とニーズに関する調査.理学療法学.2013; 40(1): 33‒37.