受 具 ハ 鶉 磨 変 遷 の 問 題 点 ( 龍 口) 一 四 〇
受
具
謁
磨
変
遷
の
問
題
点
龍
口
明
生
﹃ パ ー リ 律 ﹄ ・ ﹃ 四 分 律 ﹄ ・ ﹃ 五 分 律 ﹄ の 受 戒 腱 度 中 の 所 謂 仏 伝 部 分 の 持 つ 意 義 に つ い て は、 已 に 諸 先 学 に よ り 指 摘 さ れ 論 じ ら れ て 来 た が、 個 々 の ス ト ー り ー が 受 具 ハ翔 磨 の 変 遷 に 果 し て い る 役 割 に つ い て ( 1 ) は、 必 ず し も 全 て が 明 か に さ れ て は い な い。 本 稿 で は ﹃ パ ー リ 律 ﹄ を 中 心 に、 仏 陀 と 優 楼 頻 螺 迦 葉 と の 師 弟 関 係 及 び 瓶 沙 王 の 竹 林 園 寄 進 の ス ト ー リ ー に 焦 点 を 当 て て み る。 迦 葉 三 兄 弟 及 び そ の 弟 子 千 人 の 仏 教 々 団 へ の 入 団 の 後、 世 尊 は 彼 等 大 比 丘 衆 千 人 を 率 い て 遊 行 し 王 舎 城 に 到 ら れ る。 此 処 で 瓶 沙 王 よ り 竹 林 園 の 寄 進 を 受 け る。 寄 進 に 先 立 っ て、 マ ガ ダ 国 の 人 々 が、 仏 陀 と 優 楼 頻 螺 迦 葉 と の 師 弟 関 係 に つ い て 疑 念 を 持 ち、 ど ち ら が 師 な る か 判 然 と し な い こ と が 語 ら れ て い る。 ﹁ 大 沙 門、 優 楼 頻 螺 迦 葉 に 従 っ て 梵 行 を 行 ず る や、 又 は 優 楼 頻 螺 迦 葉、 大 沙 門 に 従 っ て 梵 行 を 行 ず る や ﹂ と。 此 の こ と は 仏 陀 と 迦 葉 と の 間 に は、 少 く と も 外 見 上 か ら は 師 弟 関 係 が 区 別 出 来 な い こ と を 示 し て い る。 世 尊 は 師 弟 関 係 を 人 々 に 知 ら せ る べ く 偶 で 以 て 迦 葉 と 問 答 し、 仏 陀 に 帰 依 し た 教 義 的 理 由 を 語 ら せ、 更 に ﹁ 世 尊 は 我 師 に ま し ま す、 我 は 声 聞 な り ( sa tt a ( 2 ) me bhante bhagava, savako ham asmi)
﹂ と の 迦 葉 の 語 に よ り、 マ ガ ダ 国 の 人 々 は よ う や く 迦 葉 が 世 尊 の 弟 子 な る こ と を 知 る に 至 る。 ﹃ 四 分 律 ﹄ も ﹃ 五 分 律 ﹄ も ほ ぼ 右 と 同 様 の こ と を 述 べ て い る が、 偶 に よ る 問 答 に よ っ て も 人 々 に は 師 弟 関 係 が 分 明 で な い 故、 仏 陀 は 迦 葉 に 背 を 扇 が せ ( ﹃ 五 分 律 ﹄ で は 更 に 神 変 を 現 ぜ さ せ) た 後、 ﹁ 世 ( 3 )
尊
是
我
師、
我
是
世
尊
弟
子
﹂
と
語
ら
せ
て
い
る。
五
百
人
の
弟
子
を
伴
い
集
団
帰
依
し
た
直
後
の
優
楼
頻
螺
迦
葉
で
あ
る
故、
教
団
外
の
者
に
と
っ
て
は
仏
陀
と
の
師
弟
関
係
が
分
明
で
な
か
っ
た
と
し
て
も
不
自
然
で
は
な
い。
併
し
師
弟
関
係
を
外
部
者
に
敢
て
明
白
に
す
る
必
要
は
ど
こ
に
あ
る
の
か。
善
来
受
具
ハ者
の
中、
迦
葉
三
一兄
弟
の
入
団
以
前
の
者
に
対
し
て
は、
例
え
ば
具
ハ寿
耶
舎
の
友
人
五
十
人
が
善
来
受
具
ハ
に
よ
り
仏
教
々
団
に
入
( 4 ) 団 し た 時 の ﹁ そ の 時 世 間 に 阿 羅 漢 は 六 十 一 人 と な れ り。 ﹂ ( ﹃ 四 分 律 ﹄ ( 5 ) に 例 を と れ ば ﹁ 時 此 世 間。 有 六 十 阿 羅 漢。 弟 子 如 来 為 六 十 一 ﹂) と い う 記 述 様 式 を と り、 世 尊 と 弟 子 達 と を 全 く 同 等 に 扱 わ ん と し て い る。 こ れ は 世 尊 と 阿 羅 漢 グ ル ー フ の 仏 弟 子 達 と が、 悟 り の 面 よ り し て 同 一 で あ る 故、 当 然 と 見 倣 さ れ る。 一 方 迦 葉 等 千 人 の 大 比 丘 衆 は 非 阿 羅 漢 グ ル ー. フ に 属 す る 故、 仏 陀 と 彼 等 は 叙 述 形 式 か ら 見 る 限 り 区 別 さ れ、 少 く と も 現 前 の 千 人 の 比 丘 僧 伽 の 中 に は 仏 陀 は 属 さ な い ( 6 ) こ と に な る。 と こ ろ が こ こ に 取 り 上 げ て い る 説 話 に 於 て は、 仏 陀 と 比 丘 僧 伽 の 一 員 た る 迦 葉 と の 区 別 が 判 然 と し て い な い。 単 に 外 見 上 区 別 出 来 な い の み な ら ず、 悟 り の 面 に 於 て も 亦 区 別 が な さ れ て い な い。 こ の こ と は 釈 提 桓 因 の 偶 と し て ﹁ 已 に 己 を 調 御 し 離 脱 せ る 人 は、 已 に 己 を 調 御 し 離 脱 せ る 旧 の 螺 髪 梵 志 等 を 将 ゐ て、 王 舎 城 に 入 り た ま ふ。 ﹂(dnto datehi saha putilehi vipto v
(
7
)
p
amutteihi sinuvo Rajaham paqa
云 々 と あ る に よ っ て 知 ら れ る。 而 も 注 意 さ れ る べ き は、 こ の ﹁ 已 に 己 を 調 御 し 離 脱 せ る ﹂ 仏 陀 及 び 迦 葉 等 を 指 し て ﹁ 仏 を 上 首 と せ る 比 丘 ( 8 ) 衆 ﹂ (buddhamuassa bhikkhusamghassa) と 表 現 し て い る 点 で
-625-あ る。 実 に こ の ﹁ 仏 を 上 首 と せ る 比 丘 衆 ﹂ と い う 概 念 を 抽 き 出 す 為 の 役 割 を 担 っ て い る の が 此 の ス ト ー リ ー で あ る と 言 え よ う。 師 弟 関 係 を 敢 て 明 白 に せ ん と す る と こ ろ は、 両 者 が 区 別 し 難 い 状 態 に 在 る こ と が 前 提 と な る。 更 に 言 え ば、 師 弟 関 係 を 峻 別 す る の が 本 来 の 目 的 で は な く、 此 の 前 提、 即 ち 仏 陀 も 僧 伽 の 一 員 で あ る こ と を 裏 面 か ら 主 張 せ ん と す る の が、 そ の 主 た る 意 図 で あ る。 以 上 を 要 す る に、 仏 陀 と 阿 羅 漢 グ ル ー. フ に 属 す る 弟 子 達 と は 共 に 同 一 僧 伽 内 に 在 る が、 仏 陀 と 非 阿 羅 漢 グ ル ー プ の 弟 子 達 と の 関 係 は 非 連 続 的 と 見 傲 さ れ る。 併 し 乍 ら 後 に 触 れ る 如 く、 受 具 鵜 磨 変 遷 過 程 を 矛 盾 な く 説 明 す る 為 に は 両 者 が 同 一 僧 伽 内 に 属 す る こ と を 主 張 す る 必 要 が あ る。 此 の 非 連 続 的 両 者 の 関 係 を 連 続 さ せ る 為 に、 迦 葉 に ﹁ 我 は 仏 陀 の 弟 子 な り ﹂ と 語 ら せ、 更 に 釈 提 桓 因 の 偶 に よ り 阿 羅 漢 と い う 表 現 を 避 け つ つ、 悟 り の 面 で の 同 一 を 示 さ ん と し て い る。 次 に、 そ れ で は 何 故 ﹁ 仏 を 上 首 と せ る 比 丘 衆 ﹂ (buddhapamukha -ssa bhikkhusamghassa) と い う 概 念 を 導 き 出 す 必 要 が あ る の か。 瓶 沙 王 よ り 竹 林 園 の 寄 進 を 受 け、 此 れ が 仏 教 々 団 に と っ て 最 初 の 園 と な る の で あ る が、 寄 進 す る に 際 し て そ の 対 象 が 問 題 と な る。 仏 陀 に 寄 進 す る の か、 僧 伽 に 寄 進 す る の か。 ﹃ パ ー リ 律 ﹄ で は、 此 の 点 に つ い て は 論 ぜ ず、 直 ち に ﹁ 仏 を 上 首 と せ る 比 丘 衆 ﹂ を そ の 対 象 と し て い る。 明 記 は さ れ て い な い が、 右 の 点 を 考 慮 し て い る こ と は、 ﹃ 四 分 律 ﹄ ・ ﹃ 五 分 律 ﹄ の 記 事 と 対 照 す れ ば 明 か で あ る。 ﹃ 五 分 律 ﹄ で は 瓶 沙 王 が ﹁ 今 以 此 竹 園 奉 上 世 尊 ﹂ と の 申 し 出 に 仏 陀 は ﹁ 可 以 施 僧 其 福 益 多 ﹂ と 答 え ら れ、 更 に ﹁ 王 復 白 仏。 願 垂 納 受。 仏 言。 但 以 施 僧 我 在 僧 中。 王 便 受 教。 以 施 四 方 僧 ﹂ と あ る。 こ こ に 寄 進 の 対 象 ( 10 ) が 問 題 に な っ て い る こ と が 明 か に 知 ら れ る。 そ し て ﹃ パ ー リ 律 ﹄ 同 様 ﹁ 我 在 僧 中 ﹂ と 仏 陀 も 僧 伽 の 一 員 な る こ と が 記 述 さ れ て い る。 以 上 に よ っ て、 仏 陀 と 優 楼 頻 螺 迦 葉 と の 師 弟 に 関 す る 説 話 は、 竹 林 園 の 寄 進 の 対 象 者 た る べ き ﹁ 仏 を 上 首 と せ る 比 丘 衆 ﹂ 或 は ﹁ 我 在 僧 中 ﹂ と い う 概 念 を 導 き 出 す 役 割 を 果 す も の で あ る と 言 え よ う。 受 具 編 磨 変 遷 を 語 る 受 戒 腱 度 の 中 で、 そ の 変 遷 史 と は 三 見 無 関 係 の 如 き 竹 林 園 寄 進 の ス ト ー り ー は、 教 団 が 発 展 し て 行 く 過 程 を 語 る 単 な る 一 挿 話 で は な く、 ﹁ 仏 を 上 首 と す る 比 丘 衆 ﹂ の 概 念 を 提 示 す る 役 を 果 し、 而 も 此 の 概 念 こ そ は、 従 来、 仏 陀 及 び 阿 羅 漢 に の み 許 さ れ て い た 授 戒 の 権 限 が、 一 般 比 丘 十 人 に よ り 成 立 す る 十 衆 ( 白 四 掲 磨 受 具 ハ) へ と 拡 大 さ れ る 為 の 必 要 条 件 と な る 重 要 な 概 念 で あ る。 1 拙 稿 ﹁律 蔵 所 載 の 仏 伝 -阿 羅 漢 の 意 義 を め ぐ っ て l ﹂ ( ﹃ 仏 教 史 研 究 ﹄ 15) 参 照。 2 ﹃ 南 伝 大 蔵 経 ﹄ 第 三 巻、 六 五 頁。 v im y a-p itaka, vol. I. p. 36. 3 大 正 二 二、 一 一 〇 頁 上。 4 ﹃ 南 伝 大 蔵 経 ﹄ 第 三 巻、 三 六 三 七 頁。 5 大 正 二 二、 七 九 〇 頁 下。 6 拙 稿 ﹁ 受 具 鵜 磨 の 変 遷 と 異 教 徒 の 集 団 帰 依 ﹂ ( ﹃ 印 度 学 仏 教 学 研 究 ﹄ 第 三 十 巻 第 二 号) 参 照。 7 ﹃南 伝 大 蔵 経 ﹄ 第 三 巻、 六 八 頁。 v ina yapitaka, vol. p. 38. 8 同 上。 9 大 正 二 二、 三 一 〇 頁 中。 10 友 松 圓 諦 著 ﹃ 仏 教 経 済 思 想 研 究 ﹄ に 於 て は、 竹 林 精 舎 寄 進 の ス ト ー リ ー を 取 り 上 げ 僧 院 所 有 論 を 詳 細 に 論 じ ら れ て い る。 此 の 説 話 の 本 来 の 目 的 は 仏 教 僧 院 を 一 体 誰 が 所 有 す る の か と い っ た 問 題 を 処 理 す る に あ っ た と 考 え ら れ る。 特 に ﹃ 四 分 律 ﹄ の ﹁ 汝 今 持 二 此 竹 園 殉 施 二 仏 及 四 方 僧 ↓ 何 以 故。 若 如 来 有 レ 園 園 物 房 舎 ( 中 略) 即 是 塔。 諸 天 世 人 魔 若 魔 天 沙 門 婆 羅 門 所 レ 不 レ 堪 レ 用 ﹂ ( 大 正 二 二、 七 九 八 頁 中) の 記 事 は こ の こ と を は っ き り と 語 っ て い る。 (近 畿 大 学 講 師) 受 具 ハ鵜 磨 変 遷 の 問 題 点 (龍 口) 一 四 一