取引関係の成果における信頼の役割
──信頼の多次元的属性に基づく経験的研
1究──
崔
容
熏
Ⅰ はじめに Ⅱ 文献レビュー及び研究仮説 Ⅲ 調査概要 Ⅳ データの分析結果 Ⅴ ディスカッション Ⅵ 結びに代えてⅠ は じ め に
チャネルを構成する企業間の関係において信頼は多くの研究で注目されてきた核心概
念の一つである。企業間関係において信頼が構築されることによって,取引コストが軽
減され(Jarillo 1988 ; Zaheer et al 1988 ; Hagen and Choe 1998),取引相手の事前的・事
後的機会主義を抑制することが出来る(Morgan and Hunt 1994)。さらに,信頼は企業
間の協力(Ring and Van de Ven 1994 ; Gassenheimer et al 2004)と情報の共有(Standifird
and Scott 2000 ; Chow 2008)を促進し,長期志向性を強化する(Ryu et al 2007)こと
によって,取引関係の成果を改善する効果を持つ(Chow 2008)。また,信頼は,組織
間学習を促すことによって,競争優位の創造に貢献することが報告されている(Dyer and
Nobeoka 2000;延岡・真鍋 2000)。
日本の企業間関係における信頼を取り上げる欧米の研究では,日本社会が持つ社会文
化的な特徴に注目する傾向がある。つまり,集団主義的文化,和と忠誠心の重視など
は,際立った日本の社会文化的特徴であると同時に,日本企業が取引先と相互作用を行
う様式に影響を与える背景として存在していることが指摘されているのである(Macy
and Sato 2002 ; Hagen and Choe 1998 ; Shimaguchi 1978 ; Hofestede 1991)。
例えば,日本の百貨店とその納入業者との間の取引関係を欧米との比較で考察した
Chung et al(2008)によると,取引関係における長期志向性が信頼の結果として確認さ
れる場合が多い欧米とは違い,日本の取引関係のおける長期志向性は企業間の信頼より
────────────1 本研究は 2008 年 9 月中国 Fudan University における IFSAM 第 9 次世界大会での報告論文に修正・加筆 したものである。今回の掲載に関してご了承を頂いた共同報告者の Nizar Souiden(Laval University, Can-ada)氏には感謝の意を申し上げたい。また,聞き取り及びアンケート調査にご協力頂いた(社)福井 眼鏡協会,鯖江商工会議所の方々にも深く感謝したい。
先立って存在する前提条件であるとし,その原因を以上で述べた日本の社会文化的な要
因から求めている。
本研究では,このように日本の社会文化的要因が企業間関係の信頼形成において重要
な先行要因として作用しうるという知見を踏まえ,企業間における信頼の次元を関係的
信頼(relational trust)と合理的信頼(rational or calculative trust)に区分して議論するこ
とが有効であると考えている。
なぜならば,欧米の研究が想定する,駆け引きに満ち溢れ,部分最適的な行動が蔓延
するスポットな取引に基づく市場像ではなく,相互の善意に基づく長期志向性(Dore
1983 ; Dyer and Chu 2003)が普遍的に発見されるビジネス・コンテキストでは,合理
的な損得計算を想定しない信頼が生成されやすく,しかもそれが企業間関係の成果に少
なからず影響を及ぼすだろうと推測されるからである。
異文化間の相違に注目して関係的信頼の役割を検討した過去の研究では,日本の企業
間関係の形成においてこの種の信頼が重要であることを示している(Dyer and Chu,
2000 ; Khurram et al., 2005 ; Voss et al., 2006)。また延岡・真鍋(2000)は,日本自動
車産業におけるセットメーカーとサプライヤーとの間では合理的な信頼ではなく,関係
的信頼こそが組織間学習の促進に重要な役割を果たしていることを明らかにしている。
よって本研究は信頼の次元を関係的信頼と合理的信頼に区分することが,日本の垂直的
企業間関係の諸相を把握するうえで有用であると考えている。
本研究は次の三点を解明することを目的とする。第一に,関係的信頼と合理的信頼と
いう信頼の二次元について概念的考察を行う。第二に,二種類の信頼が取引関係におけ
る二つの行動的側面(関係特定的適応・強圧的パワー)にそれぞれどのように影響され
るかについて実証データをもとに検討する。そして,関係的信頼と合理的信頼が,企業
間の協力と取引成果に対して,それぞれどのような影響を与えているのかを示すのが第
三の目的である。
Ⅱ 文献レビュー及び研究仮説
第 1 表は合理的信頼と関係的信頼の違いを要約したものである。合理的信頼とは,取
引相手の機会主義的な行動の可能性及び自分の目的達成のために必要な能力を取引相手
が保有している可能性に対する期待として定義できる(Bradach and Eccles 1989, p.104 ;
Sako 1992 ; Andaleeb 1992)。従って,合理的信頼は,取引相手が誠実,真摯かつフェ
アである,または,自分の目的を達成する上で役立つ能力を取引相手が有している,と
判断される時に形成されるものである(Anderson and Narus 1990 ; Doney and Canon
1997 ; Dwyer et al 1987)。
同志社商学 第61巻 第6号(2010年3月) 246( 562 )
一方,関係的信頼は,しばしば情緒的信頼(affective trust)と表現される場合もある
が(Rousseau et al 1998),取引相手に対する関心と互恵的な人的関わりを同伴するもの
であり(Massey and Kyriaziz 1997),自身の将来が取引相手によって守られるだろうと
いう安心と確信を意味する主観的な感情である。
また,関係的信頼は,取引主体が互いの繁栄に関心を示しており,共通の利益を追求
することに動機付けられてい る 状 態 で あ る(Anderson et al 1987 ; Ganesan 1994 ;
Geyskens et al 1998)。そのために,このタイプの信頼は,取引の主体同士が各自の欲求
や望むことを互いに理解し,双方の目標が連動されるときに生成するのである(Rousseau
et al 1998)。
以上のように,関係的信頼と合理的信頼はそれぞれ目的と考慮事項及び生成の契機を
異にする次元である。
関係的信頼は短期的なベネフィットの追求より,長期的な協調性を重視し,相互のコ
ミットメントを生み出すことがその目的となる。反面,合理的信頼は,公正な取引が行
われることによって取引コストを軽減するとか,高い能力を持った取引相手と付き合う
ことによって,仮にそうでない相手と取引を結んだ際に発生したであろう機会費用を防
ぐなど,その基本的な目的は短期的なベネフィットの獲得にある。そのため,関係的信
頼の形成には取引相手の善意に対する主観的・情緒的判断が必要とされるが(延岡・真
鍋 2000),合理的信頼を築くには取引相手の能力や信憑性に対する客観的・合理的な判
断が求められると言えよう。
特に日本のように,集団の和や秩序が重んじられる社会(Hofstede 1991 ; Fukuyama
1995 ; Shimaguchi 1978)においては,長期志向性に基づく関係的信頼は社会的規範ま
たは基礎的価値として,ビジネス関係の中に埋め込まれている(embedded)可能性が
ある。それは取引主体が恣意的に操作することができないという意味で,外生的な性格
を持った信頼と言えよう。
一方,公正な取引や高い能力に対する期待を意味する合理的信頼は,取引先とのイン
タラクションの中から生まれ,強化されていく,内生的な性格を帯びている。
第 1 表 関係的信頼と合理的信頼 信頼の次元 目的 考慮事項 信頼生成の契機 関係的信頼 長期志向性・双方コミットメ ント 取引相手の善意 外生的 (ビジネス関係に埋め込まれている) 合理的信頼 短期的ベネフィット (取引費用と機会費用の削減) 取引相手の信憑性 ・能力 内生的 (取引主体間の期待やインタラクシ ョンにより生まれる) 取引関係の成果における信頼の役割(崔) ( 563 )2471.信頼に対する関係特定的適応の影響
関係特定的適応(Relationship-specific adaptation)は特定の取引相手の要望に合わせ
て,製品,プロセスまたは手続きを変更する行為又は投資として定義される(Hallen et
al., 1991 ; Hutt and Speh, 2004
)。特定の取引先に対するこの行動は,関係的信頼を伴う
長期的コメットメントを表すシグナルとして機能する。また,いくつかの研究では,関
係特定的適応が合理的信頼の側面をも反映していることを明らかにしている(Anderson
and Weitz, 1992 ; Cannon and Perreault Jr, 1999)。
例えば Ganesan(1994)は,取引特定的投資が取引相手の信憑性のみならず,取引先
の善意を知覚する上で影響を及ぼすと述べている。つまり,ある主体(A)が取引先
(B)に対して特定的な適応行動や投資を施すというとは,A 自身が将来機会主義的な
行動を起こさないことを暗示するとともに,B との関係に献身したいという強力なシグ
ナルとして解釈できるのである。そのため B は,A が取引に関わる約束事項を尊守す
るだろうという期待(合理的信頼)を抱くとともに,A が自分との関係に長期的スパ
ンで取り組んでいるのだという確信(関係的信頼)を持つようになる。従って,関係特
定的適応は企業間関係における関係的信頼及び合理的信頼の両方の形成にポジティブな
影響を与える先行要因として想定することができよう。
仮説 1 関係特定的適応は企業間関係における関係的信頼の形成に正の影響を与える。
仮説 2 関係特定的適応は企業間関係における合理的信頼の形成に正の影響を与える。
一方,Yamagishi et al.(1999, p.157)によると,組織間関係や個人間関係で安定性が
重視される日本社会においては,短期的な利益を追求する行動はアメリカ社会に比べて
報われない可能性が高いことを指摘する。なぜならば,関係の安定性が重視される日本
社会においては,単発的利益の追求により既存の関係が破綻すれば,代替の取引相手を
見つけ,以前と同じような状態を回復することは極めて厳しいからである。同様の観点
から Dore et al(1998)は,集団主義文化では,自己利益のみを追求するいかなる機会
主義的行動も,社会的な制裁を通じて厳しく罰せられると述べている。以上の知見か
ら,日本においては,企業間の取引関係が長期志向的な行動を奨励する土壌の上に成り
立っている可能性が垣間見える。
前述したように,関係特定的適応は取引相手に対するコミットメントを表す。多くの
研究がコミットメントを取引関係の長期志向性を牽引する先行要因として把握している
(Ganesan, 1994 ; Shamdasani & Sheth, 1995 ; Selnes, 1998)。日本の企業間関係が長期志
向性を自ずと内包した社会文化的基盤の上に形成されているのであるならば,取引先に
同志社商学 第61巻 第6号(2010年3月) 248( 564 )
対する長期的コミットメントを示唆する関係特定的適応は,短期的な計算に基づく合理
的信頼よりは,関係的な信頼と強く結び付いている可能性がある。よって本研究では次
の仮説を設定する。
仮説 3 関係特定的適応が関係的信頼に及ぼす正の影響は,合理的信頼に対するそれ
より大きい。
2.信頼に対する強圧的パワーの影響
パワーという概念は長らく,行動科学的アプローチに依拠したマーケティング・チャ
ネ ル 研 究 に お い て,最 も 多 く の 研 究 で 検 証 さ れ て き た 概 念 の 一 つ で あ る(Gaski
1984)。パワーとは,「二者間の取引関係において,あるメンバーが他のメンバーの意思
決定変数を統制できる能力」として定義される(EL-Ansary and Stern 1972)。パワーの
行使は一般的に二つのパターンに分類される。情報交換や推薦のように相手の知覚の変
更を目的とした非強圧的パワー(non-coercive power)と,補償の約束,脅威,制裁の
ような強圧的なパワー(coercive power)がそれらである(Gundlach and Cadotte 1994 ;
Simpson and Paul 1994)。
強圧的パワーの行使は,信頼や協力など取引関係の肯定的側面を害する効果があるこ
とがこれまで指摘されてきた。例えば,非対称的なパワー構造の取引関係において,優
越なパワーを持っているメンバーが強圧的なパワーを行使すると,その行為は取引相手
を搾取する結果に繋がる傾向があるとされる(Kumar et al 1995)。
同様に,Moorman et al.(1993)や Khurram et al.(2005)においても,強圧的パワー
の行使が取引主体間の不信感を高める要因であることを明らかにしている。よって本研
究においても,取引関係における強圧的パワーの行使は,関係的信頼及び合理的信頼の
形成に否定的な影響を及ぼすだろうと仮定する。
仮説 4 強圧的パワーの行使は企業間関係における関係的信頼の形成に負の影響を与
える。
仮説 5 強圧的パワーの行使は企業間関係における合理的信頼の形成に負の影響を与
える。
強圧的パワーの行使は,取引関係のマネジメントにおいて,短期的かつ対症療法的な
手段である。集団の和と秩序を重視する社会文化的特徴の下では,長期志向性を目的と
する関係的信頼の要素がビジネス関係に外生的条件として埋め込まれている可能性が強
取引関係の成果における信頼の役割(崔) ( 565 )249い。それに対して,短期的ベネフィットに対する期待に基づく合理的信頼は,取引相手
による約束の履行や能力発揮など,取引主体間のインタラクションの中から生まれてく
る。関係的信頼と合理的信頼のこのような違いを鑑みると,強圧的パワーという短期的
手段が与える負の効果は,取引関係に埋め込まれている関係的信頼に対してよりは,取
引相手の行動如何によって変化しやすい特徴をもつ合理的な信頼に対して表れやすいと
推察することができる。Scheer and Stern(1992)は,取引関係においてある主体(A)
がペナルティのようなネガティブなパワーを行使すると,彼が将来の義務を果たすだろ
うという,他方(B)の信念を傷つける否定的な効果があることを報告している。以上
の議論から次の仮説が導かれる。
仮説 6 強圧的パワーの行使が合理的信頼に及ぼす負の影響は,関係的信頼に対する
それより大きい。
3.信頼,協力及び成果の関係
協力は近年のマーケティング・チャネル論における核心概念の一つであり,個別及び
相互利益を増進するために取引当事者が遂行する行動と活動として定義される(Ander-son and Narus 1984)。信頼と協力の因果関係はしばしば論争の対象になっている。つま
り,信頼を協力の先行要因として位置づける研究もあれば(Morgan and Hunt, 1994 ;
Young and Wilkinson, 1995),企業間協力の産物として信頼を捉える研究も存在する
(e.g. Anderson and Narus, 1990 ; Hewett and Bearden, 2001 ; Jap, 1999 ; Terawatanavong
and Quazi, 2006)。
さらに,信頼と取引成果の因果関係についても混乱が見られる。というのは,信頼が
取引の成果を高める役割を果たすということ自体に関しては研究者間で合意が形成され
ているものの,成果に与える効果が直接的なものなのか,それとも何らかの媒介変数を
通じて間接的に影響を与えるのかという意味では,必ずしも統一した見解は存在しない
(Inkpen and Currall, 1997 ; Aulakh et al., 1997)。
しかしながら,信頼が直接的に取引の成果を引き上げるよりは,信頼が形成されるこ
とにより企業間の協力が増進され,それを媒介にして取引関係の成果が高まるという議
論が,やや支配的である(Andaleeb, 1996 ; Masuku et al., 2003)。
本研究も同様のスタンスをとり,二種類の信頼が企業間協力という媒介変数を通じ
て,取引関係の成果を向上させるという因果関係を設定する。まず,関係的信頼は日本
的ビジネス環境に組み込まれた要素として取引主体間の協力を促すことが予想される。
同時に,取引相手の信憑性と能力に対する期待に基づく合理的な信頼も協力関係を形成
していくためには不可欠な要因となるだろう。そのため次のような仮説を導くことがで
同志社商学 第61巻 第6号(2010年3月) 250( 566 )きよう。
仮説 7 関係的信頼は企業間の協力を促進する。
仮説 8 合理的信頼は企業間の協力を促進する。
ところが,両方の信頼の相対的説明力に関しては違いが出ると考えられる。すでにい
くつかの研究では,日本の企業間関係においては,合理的信頼より関係的信頼がより重
要であることを主張している(Dodgson 1993 ; Dyer and Ouchi 1993)。延岡・真鍋
(2000)でも,自動車のセットメーカーとそのサプライヤーとの間で組織間学習を促進
するのは合理的信頼ではなく,関係的信頼であることを実証している。よって本研究で
も,合理的信頼より関係的信頼が協力関係を形成する上で与える効果が大きいと想定す
る。
仮説 9 企業間の協力の形成に対して,合理的信頼より関係的信頼が与える影響が大
きい。
最後は協力と成果の関係についてである。一般的には企業間に協力関係が結ばれる
と,取引主体のパフォーマンスは向上すると考えられる(Hewett and Bearden,
2001)。Fra-zier(1983)は,チャネル関係においてメンバー間の協力の付帯的な報酬として,市場
占有率,売上高,及び利益の改善があるとした。同じく Frazier et al.(1988)において
も,取引主体間の協力はコストの軽減,製品及び技術の改善に繋がり,ひいては収入と
利益を押し上げる結果をもたらすとしている。
ところが,協力と成果の関係に関しては,いくつかの例外(Skinner et al., 1992 ; Weitz
and Jap, 1995)を除くと,意外に経験的研究が少ない。本研究では協力が取引成果に与
える影響を検証することによって,信頼が取引成果を高めていく過程で,企業間の協力
が媒介変数としての役割を果たしているのかを確かめたいと考える。
仮説 10 企業間の協力は取引関係の成果に正の影響を与える。
Ⅲ 調 査 概 要
以上の仮説を検証するに当たって本研究では日本の眼鏡フレーム業界の川上企業から
収集したデータを用いることにする。以下では調査の概要について述べる。
取引関係の成果における信頼の役割(崔) ( 567 )251質問票は 2 部構成になっている。前半は本研究モデルに組み込まれる六つの潜在変数
(つまり,関係特定的適応・強圧的パワー・関係的信頼・合理的信頼・協力・取引成果)
に関する項目で構成された。すべての質問項目(観測変数)は先行研究をベースに作成
された(第 2 表参考)。
観測変数は合計 33 項目であり,リッカート(Likert)5 点尺度を用いて測定してい
る。構成概念の妥当性を表す信頼性係数(Cronbach’s
α )については第 2 表に示してい
第 2 表 観測変数と潜在変数の概要 潜在変数 観 測 変 数 Cronbach’s α 主要出所 関係的信頼 (項目数 4) この取引先は,わが社の長期的な業績を親身に考えてくれる。 α =0.80 Ganesan(1994) 延岡・真鍋(2000) この取引先がわが社を何かと助けてくれるのは,わが社のた めというよりも,この取引先自身のためである。(R) この取引先は将来,長期的にわが社との取引を継続したいと 考えている,と信じている。 この取引先との関係は単なるビジネス関係ではなく,親密な パートナーシップ関係である。 合理的信頼 (項目数 5) この取引先はわが社との契約事項(納期,代金支払いなど) を必ず守ってくれる。 α =.89 Ganesan(1994) この取引先は文書化していない約束もよく守る。 この取引先との契約内容はわが社にとっても公平なものであ る。 この取引先の業務能力は優れているので,わが社が多くの教 えを得ることが出来る。 この取引先の従業員は優秀なので,わが社の運営を容易にす る上で助けになる。 強圧的 パワー (項目数 4) その取引先はわが社が彼らの提案に同意しなかった時,わが 社を困らせた。 α =.83 Dwyer and Oh (1987) Skinner et al .,(1992) その取引先はわが社の利益に害を与える行動を採る暗示をし たことがある。 その取引先はわが社との再契約を取り消すと脅したことがあ る。 その取引先はわが社が必要としているサービスの提供を中断 するかも知れない。 協力 (項目数 4) 今後,わが社が取引先の成果改善に貢献するなら,取引先の わが社に対する関心は深まるだろう。 α =0.77 Skinner et al .,(1992) わが社の将来の目標を達成するには,その取引先と協力する ことが最善である。 わが社の将来の収益は,その取引先と友好的な業務関係を維 持できるかによって左右される。 その取引先はわが社に様々なサポートを提供してくれるだろ うと期待している。 関係特定的 適応 (項目数 4) この取引先はわが社だけのために製品(または部品)内容を 変えてくれるα =.91 Cannon and Hom-burg(2001)Cannon and Perreault Jr., (1999) この取引先はわが社だけのために在庫や物流を変更する この取引先はわが社だけのために生産設備や機材を修正する この取引先はわが社だけのための人員を配置している 同志社商学 第61巻 第6号(2010年3月) 252( 568 )
る通り,すべての潜在変数において容認できる水準であったために(
α =0.77∼0.91),
分析に使用することに問題はないと判断される。
質問票の後半は売上高や操業年数など回答企業の属性に関する部分である。眼鏡フレ
ームは,組み立てメーカー(フレーム・メーカー)を終点として,多数の部品メーカー
や加工業者が構成する複雑な分業構造から生産されている。特に日本国内における全体
生産量の約 95% は福井県の鯖江市を中心に形成される産業集積から供給されている。
本研究では鯖江市商工会議所の協力によってリストを入手した,眼鏡フレームの加工業
者及び部品メーカー 431 社に対して郵送調査を行った(2005 年 5 月∼6 月)。最終的に
68
社からの有効回答が返送された(有効回収率 15.8%)。低い回収率の原因としては,
中小零細企業が圧倒的な多数を占める業界の特性上,アンケート配布の時点ですでに廃
業ないしは倒産した企業が多数含まれていた可能性が考えられる。
Ⅳ データの分析結果
本研究では仮説を検証するために構造方程式モデルを用いた。統計ソフトとしては
AMOS 6.0
が使用された。しかし,サンプル数(68)に比べ観測変数の数(33)が多す
ぎたために,モデルの当てはまりの良さを表す適合度指数が満足できる水準ではなかっ
た。本研究ではこの問題を克服するために,Bagozzi and Heatherton(1994)が提案した
部分集合(partial aggregation)アプローチという手法を利用し,一つの潜在変数に対し
て二つの新たに合成された変数を割り当てるという作業を行っ
2た。この手法を用いるこ
とによりほとんどの指標が一般的に許容できる水準までに改善された(RMR 0.49, CFI
────────────2 紙面の制約のために部分集合アプローチの詳細は割愛する。詳細については,Bagozzi and Heatherton (1994),Landies et al(2000)などを参照されたい。 成果 (項目数 12) 売上の増加 α =.89 Sako(1992) 市場占有率の増加 利益率のアップ 主力製品の平均単位生産コストの節減 生産量の増加 原材料コストの減少 間接製造費(減価償却費,電気代など)の減少 調達時間(発注∼仕入れ)の短縮 製品性能の改善 製品納期(受注∼納品)の短縮 製品品質の均一性の増大 製品品質の向上 注:R は反転済み項目 取引関係の成果における信頼の役割(崔) ( 569 )253
-.520 -.396 .459 .638 .428 .545 .950 x2=81.10, df=46, p=.001
0.93, TLI 0.9, GFI 0.85)。よって仮説検証のために本研究モデルを採択する(第 1 図)。
まず,関係特定適応が両方の信頼に与える影響に関してはいずれも有意な水準で正の
因果関係が確認できた(第 3 表参照)。つまり,特定の取引先のために製品や手続きを
カスタマイズすることは,当該関係に対する行動主体のコミットメントを表すことによ
り,関係的信頼と合理的信頼を促進する効果をもたらすのである。よって仮説 1 と仮説
2
は支持された。
さらに関係特定的適応が両方の信頼に対して持つ説明力を比較すると,関係的信頼に
対する影響力(St.ß=.638, t=5.356)が,合理的信頼へのそれ(St.ß=.459, t=4.418)
より相対的に大きいことが確認される。従って,仮説 3 も支持された。
第 1 図 関係的信頼と合理的信頼の因果モデル 第 3 表 分析結果の要約 仮説 独立変数 従属変数 推定値 t P 検証結果 H 1 H 2 H 3 H 4 H 5 H 6 H 7 H 8 H 9 H 10 関係特定的適応 関係特定的適応 強圧的パワー 強圧的パワー 関係的信頼 合理的信頼 協力 関係的信頼 合理的信頼 関係的信頼 合理的信頼 協力 協力 成果 .638 .459 −.396 −.520 .545 .428 .950 5.356 4.418 −3.349 −4.460 3.118 2.744 4.099 .000 .000 .001 .000 .002 .006 .000 支持 支持 支持 支持 支持 支持 支持 支持 支持 支持 同志社商学 第61巻 第6号(2010年3月) 254( 570 )一方,分析結果は強圧的パワーの行使が関係的信頼と合理的信頼の形成に否定的な影
響を及ぼしていることを示している。また,短期的・一時的効果を狙う手段として利用
されることが多い強圧的パワーが及ぼす負の効果は,関係的信頼(St.ß=−.396, t=
−3.349)より合理的信頼(St.ß=−.520, t=−4.46)に対してより大きいことが分か
る。以上のことから仮説 3, 4, 5 はいずれもサポートされた。
企業間の協力を促す効果に関しても,二次元の信頼はいずれもポジティブな方向で協
力関係の形成に寄与することを確認することができた。それに加えて,本研究で想定し
たように,日本の取引関係においては協力関係を促進する上でより重要な役割を果たす
のは,合理的信頼(St.ß=.428, t=2.744)ではなく,関係的信頼(St.ß=.545, t=3.118)
であった。
最後に,企業間に協力関係が構築されていれば,取引主体のパフォーマンスは向上す
ると予想した仮説についても,今回のデータは支持する結果を表した(St.ß=.950, t=
4.099)。以上によって仮説 7∼仮説 10 は全て支持された。
Ⅴ ディスカッション
今回の分析結果から企業間の信頼に関するいくつかの重要な側面が浮き彫りになっ
た。まず,信頼の次元が異なれば信頼の生成パターンが異なるという点である。我々の
分析では,取引主体の関係志向的な行動(つまり,関係特定的適応)は,合理的信頼よ
り関係的信頼に強い影響を与えるという結果を示した。この点は,関係特定的適応とい
う行動が,行為主体の善意とコミットメントのシグナルとして機能することによって,
取引相手からもそれに相応する長期志向性とコミットメントを引き出すという好循環を
もたらしていた結果だと解釈することができる(Morgan and Hunt 1994, Anderson and
Weitz 1992, Ganesan 1994)。
一方,強圧的パワーの使用という,短期的かつ対症療法的なアクションは,両方の信
頼のいずれに対しても否定的な効果を持つが,その効果の程度は,合理的信頼に対して
相対的に大きいことが確認された。この結果は,日本の取引関係に関する次の実証結果
と一定部分整合している。つまり,Johnson et al(1993)と Chung et al(2008)などの
研究では,日本の流通チャネルにおいて,一方の主体によるパワーの行使が,取引が知
覚する関係の質(つまり,満足,協力,安定性)に有意な影響を及ぼさないという興味
深い結果を提示している。つまり本研究の結果との関わりで解釈を試みると,長期志向
性が取引関係に構造的資産として埋め込まれている日本的ビジネスでは,取引相手によ
る一時的なパワー行使は,長期志向性に基づく関係的信頼を揺るがすよりは,むしろ短
期ベースの合理的信頼に大きいダメージを与えると捉えられるからである。その結果,
取引関係の成果における信頼の役割(崔) ( 571 )255一方的にパワーの行使があったにもかかわらず,関係の質は必ずしも低下しなかったと
いう解釈が可能になる。
しかしながら,本研究では強圧的パワーの行使が,合理的信頼に対して与えたダメー
ジより弱かったとは言え,関係的信頼にも有意な水準で否定的影響を及ぼすという結果
を示しているので,この点については今後さらなる検討が必要であろう。
次の問題は,今回の分析結果は企業間協力及び取引成果に対して,関係的信頼がより
強い説明力を持つことが明らかにした点である。この結果は,日本の取引関係では,合
理的・客観的な判断よりは,関係そのものの価値が優先されるという,既存研究の知見
を追認するものであった。しかしこのことに関しても Chung et al(2008)は次のよう
な点を指摘している。つまり,1990 年代以降日本市場で見られる長期不況のように,
取引関係を取り巻く環境条件が変化すれば,合理的判断に基づく意思決定や行動様式
が,取引関係に関わる意思決定において支配的な判断基準として表れる可能性もあると
言うのである。つまり,関係的信頼と合理的信頼の説明力の相対的な強さは状況依存的
に変化する可能性も考慮に入れる必要があろう。
最後は関係特定的適応の結果に関する問題である。近年,マーケティング・チャネル
研究や企業間関係論の分野では取引コスト論の理論枠組みに依拠した経験的研究が数多
く蓄積されている。その多くは,取引特定的投資の存在から発生する取引相手の機会主
義を防御するメカニズムを,企業間関係にいかに組み込むかという問題意識を中心に発
展されてきた(崔 2003)。つまりこれらの研究の根底にあるのは,特定の取引先だけの
ために行われた投資や適応的行動が投資(行動主体)主体を当関係に閉じ込められた状
態に陥れ,取引相手の機会主義に晒される蓋然性を高めるという前提である(例えば,
Heide & John, 1988 ; 1990 ; 1992, Jap & Ganesan, 2000 ; Stump & Heide, 1996)。
しかし,近年このような見解に異議を唱える研究が出現している。取引特定的投資ま
たは関係適応的行動は,必ずしも取引相手を機会主義的に行動させるのではなく,それ
に相応するコミットメントや信頼を取引相手から呼び起こすことによって,関係を長期
化させ,強化する効果を発揮することが指摘されている(Rokkan et al 2003 ; Ono and
Kubo 2009;崔 2009 a ; 2009 b;小野・久保 2009)。本研究で信頼を促す要因として位
置付けた関係特定的適応に関しても,取引主体間の信頼を高め,協力的な関係に導くこ
とによって,取引成果を高める働きをしていることが確認されている。以上を鑑みる
と,特定的投資または適応的行動が取引関係の維持・発展過程でもたらしうる効果につ
いては,現段階では相反する二つの見解が拮抗していることを意味しており,今後さら
なる検討が必要なトピックであると考えられる。
同志社商学 第61巻 第6号(2010年3月) 256( 572 )Ⅵ 結びに代えて
本研究では企業間関係における信頼をキーワードにして,信頼をもたらす要因と信頼
によってもたらされる結果について経験的分析を試みた。その際,信頼を関係的信頼と
合理的信頼に区別することによって,日本のビジネス・コンテキストにおけるそれぞれ
の信頼が果たす役割が異なりうることを確認することができた。
信頼という概念は,近年のマーケティング・チャネル論や企業間関係論においては最
も頻繁に検証されてきた概念である。しかしながら,必ずしも信頼という概念について
の充分な理解が得られたとは言えない。
先述したように信頼と企業間協力の因果関係については未だに研究者間に意見が分か
れている。あるいは,機会主義の防御メカニズムの一つとして信頼を位置付けている諸
研究においても,信頼は他の防御メカニズムを代替できるものなのか,それとも一種の
補完的なメカニズムとしか機能しないのかという問題に関して,合意が形成されていな
い。
さらに,本研究を含め,Sako(1992)や延岡・真鍋(2000)など,信頼という構成
概念を多次元的な属性として捉え,その次元を細分化しようとする試みが行われている
とは言え,充分とは言えない。
このような諸問題は,今後さらなる理論モデルの開発と経験的研究による検証を積み
重ねることによって,解決しなければならない重要な研究アジェンダであろう。
本研究は関係特定的適応と強圧的パワーの行使という先行要因が,関係的信頼と合理
的信頼にそれぞれどのように影響するのかという問題,そして,二種類の信頼が協力を
含む企業間関係の成果に与える相対的説明力の比較など,興味深い結果を提示すること
ができた。しかしながら,いくつかの点で問題点があることを指摘しなければならな
い。
一つの問題点は,限られた業種(眼鏡フレーム産業)を対象にしたデータ収集に加え
て,分析に使用したサンプル数の少なさにある。この問題については今後調査設計の改
善や調査対象の拡大などを講じることによって改善しなければならない。また,信頼の
先行要因及び結果要因として限られた数の変数(4 つ)しかモデルに取り入れることが
できなかった点も指摘しておく必要がある。
本研究でも意識されているが,企業間関係における信頼の役割を包括的に理解するた
めには文化の次元についての一層の考察が不可欠だろうと思われる(Voss et al 2006 ;
Shapiro et al 2008)。異文化間の違いや文化的次元を取り入れた信頼研究の必要性は,
たびたび要請されていながら,実際に研究の蓄積は依然として途上段階にある。
取引関係の成果における信頼の役割(崔) ( 573 )257また最後に,信頼の主体と客体を厳密に想定したモデルを構築することも,これから
の信頼研究が目指すべき一つの方向であると考えられる。何が信頼の対象になるのかと
いう問題,言いかえれば,企業そのものなのか,企業間のインタフェースに携わる人な
のか,それとも企業が持っている特定の資産や能力なのか,という信頼の客体の問題
は,何をどのように改善すれば取引相手から信頼される企業になれるかという,実践的
なインプリケーションを考える上で有意義な問題であろ
3う。また,信頼する主体は誰か
という問題,とりわけ信頼の主体と意思決定の主体が一致するか否かという問題も,実
践的な重要性を持つ研究テーマだと言えよう。これらの諸問題は今後の研究課題として
おきたい。
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3 対境担当者(boundary spanning personnel)間の属人的信頼に関する研究は,この問題と密接な関係があ る。
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