著者
菅原 計
雑誌名
経営論集
号
72
ページ
17-31
発行年
2008-11
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00004575/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja租税裁決の法理と納税者の権利保障
菅 原 計
はじめに 1.国税不服審査制度の概要 (1) 異議申立の客体要件 (2) 審査請求の要件 2.裁決機関としての国税不服審判所 (1) 審査請求期間と請求理由 (2) 答弁書と反論書 (3) 国税不服審判所の権限と審判官の資格 3.租税法律主義の理念と不服審査の意義 (1) 手続的保障原則 (2) 納税者の権利利益の真実な救済 4.「通達」と異なる解釈による裁決 (1) 国税通則法第99条の解釈 (2) 国税審議会の議決による拘束性 5.不服申立前置主義の問題 (1) 国税通則法第115条 (2) 憲法上の問題 6.訴願理由と期間の問題 (1) 処分取消と無効確認の訴え (2) 訴訟要件 (3) 期間制限妥当性の問題 7.裁決事例にみる問題点 (1) 不動産譲渡価額更正処分取消事件 (2) 青色申告承認取消処分事件 (3) 建造引当権の評価認定事件 おわりにはじめに
国税不服審判所が、昭和45年5月に国税庁の附属機関(現在は特別の機関)として設置されてか ら現在まで38年が経過した。納税者の権利・利益の救済を目的に、国税の賦課徴収を行う税務署や国税局の執行機関から独立した公正な第三者機関として設置された国税不服審判所であるが、その 役割が十分果されているのかどうかという問題がある。さらに租税裁決を定める国税通則法による 不服申立前置主義の原則的強制が憲法上適法であるか否か、国税不服審判官の人選が適性であるか 否か、不服申立の対象が課税庁による「処分」に限定されていることが納税者の利益を真に擁護で きるのか否か、申立期間の設定は適切か否か、裁決事例における判断が独立性を確保しているか否 か、など多くの問題点が指摘され得る。 これらの具体的問題点について、税務会計学公準の一つである租税法律主義の手続的保障原則か ら検討するとともに、裁決事例における課税所得概念の適正性について税務会計学的に検討する。
1.国税不服審査制度の概要
(1) 異議申立の客体要件 国税通則法第75条は、国税に関する処分に対して不服がある者は、不服申立てをすることができ るとして次のように定める。 ① 税務署長がした処分に対しては、その処分をした税務署長に対する異議申立て ② 国税局長がした処分に対しては、その処分をした国税局長に対する異議申立て又は国税不服 審判所長に対する審査請求 ③ 国税庁長官がした処分に対しては、国税庁長官に対する異議申立て ④ 税関長がした処分に対しては、その処分をした税関長に対する異議申立て ⑤ 国税庁、国税局、税務署及び税関以外の行政機関の長又はその職員がした処分に対しては、 国税不服審判所長に対する審査請求 ただし、税務署長がした処分で、国税局の当該職員、又は国税庁の当該職員によって調査された 書面により通知されたものに不服がある場合には、それぞれその処分をした税務署長の管轄区域を 所轄する国税局長、又は国税庁長官がその処分をしたものとみなして異議申立てをすることができ る(国通法75②)。 (2) 審査請求の要件 税務署長、国税局長、国税庁長官に対して異議申立てをした者が、当該決定を経た後の処分にな お不服があるときは、国税不服審判所長に対して審査請求をすることができる。いわゆる審査請求 は、原則として異議申立てをした後の不服申立ての手段として意義付けられているが、次の場合に は異議申立てをしないで審査請求をすることが認められる。 ① 青色申告書又は青色申告書等に係る更正に不服があるとき。② 処分をした者が、その処分につき異議申立てができる旨の行政不服審査法の規定による教示 をしなかったとき。 ③ その他異議申立てをしないで審査請求をすることに正当な理由があるとき。 ただし、異議申立てをしても3月を経過してもなお決定がないときは、当該異議申立てに対する 決定を経ないで、国税不服審判所長に対して審査請求をすることができる(国通法75⑤)。
2.裁決機関としての国税不服審判所
(1) 審査請求期間と請求理由 不服申立ては、処分があったことを知った日又は処分に係る通知を受けた場合にはその受けた日 から2月以内にしなければならず、異議決定書の謄本の送達があった日の翌日から起算して1月以 内に国税不服審判所長への審査請求をしなければならない(国通法75①②)。審査請求が法定の期 間経過後になされたとき、その他不適法であるときは、国税不服審判所長は、裁決でこれを却下す ることができる(国通法92)。 審査請求は、次の事項を記載した書面を提出してしなければならない。 ① 審査請求に係る処分 ② 審査請求に係る処分のあったことを知った年月日(当該処分に係る通知を受けた場合にはそ の通知を受けた年月日とし、異議申立てについての決定を経た後の処分について審査請求を する場合には異議決定書の謄本の送達を受けた年月日とする。) ③ 審査請求の趣旨及び理由 ④ 審査請求の年月日 ⑤ 異議申立てをしないで審査請求をする場合にはその正当な理由、異議申立ての決定を経ない で審査請求をする場合には異議申立てをした年月日 特に、審査請求の趣旨については、処分の取消し又は変更を求める範囲を明らかにするように記 載するものとし、審査請求の理由については処分に係る通知書その他の書面により通知されている 処分の理由に対する審査請求人の主張が明らかにされていなければならない(国通法87)。いわゆ る、書面審理主義と争点主義が明確にされている。 審査請求が国税に関する法律の規定に従っていない場合には、却下されることになるが、補正す ることができるものは、国税不服審判所長は相当の期間を定めてその補正を求めなければならない。 この場合、不備が軽微であるときは、国税不服審判所長は職権で補正することができる。補正を求 められた場合には、審査請求人は国税不服審判所に出頭して、補正すべき事項について陳述し、そ の陳述の内容を国税不服審判所の職員が録取した書面に押印することによってもこれをすることができる(国通法91)。 国税不服審判所は、国税に関する法律に基づく処分について裁決を行う機関であり、裁決とは、 審査請求に理由がないときは棄却、審査請求に理由があるときは処分の全部若しくは一部を取消し 又はこれを変更することをいう。ただし、審査請求人の不利益に当該処分を変更することはできな い(国通法98)。 (2) 答弁書と反論書 国税不服審判所長は、審査請求書を受理したときは、その受理した審査請求書の謄本を原処分庁 に送付し、原処分庁(審査請求の目的となった処分に係る行政機関の長)から答弁書を提出させる。 答弁書には、審査請求の趣旨及び理由に対応して、原処分庁の主張を記載しなければならない。答 弁書は正副2通を提出させ、国税不服審判所長はその副本を審査請求人に送付しなければならない (国通法93)。国税不服審判所長は、原処分庁から答弁書が提出されたときは、審査請求に係る事 件の調査及び審理を行わせるため、担当審判官を1名、参加審判官2名以上を指名する。 答弁書の送付を受けた審査請求人は、その答弁書に対する反論書又は証拠書類若しくは証拠物を 提出することができる。この場合において、担当審判官がその提出をすべき相当の期間を定めたと きは、その期間内にこれを提出しなければならない(国通法95)。 担当審判官は、審理を行うため必要があるときは、審査請求人の申立てにより又は職権で次の行 為をすることができる(国通法97①)。 ① 審査請求人若しくは原処分庁又は関係人その他の参考人に質問すること。 ② 前号に規定する者の帳簿書類その他の物件につき、その所有者、所持者若しくは保管者に対 し、当該物件の提出を求め、又はこれらの者が提出した物件を留め置くこと。 ③ 第1号に規定する者の帳簿書類その他の物件を検査すること。 ④ 鑑定人に鑑定させること。 審査請求人等が、正当な理由がなく、質問、提出要求又は検査に応じないため審査請求人等の主 張の全部又は一部についてその基礎を明らかにすることが著しく困難になった場合には、その部分 に係る審査請求人等の主張を採用しないことができる(国通法97④)。 (3) 国税不服審判所の権限と審判官の資格 国税不服審判所長は、国税庁長官が発した通達に示されている法令の解釈と異なる解釈により裁 決をするとき、又は他の国税に係る処分を行う際における法令の解釈の重要な先例となると認めら れる裁決をするときは、あらかじめその意見を国税庁長官に申し出なければならない。国税庁長官
は、国税不服審判所長からこの申出があった場合において、国税不服審判所長に指示をすることに なるが、このときに国税不服審判所長の意見が審査請求人の主張を認容するものであり、かつ、国 税庁長官が当該意見を相当と認める場合を除き、国税庁長官は国税審議会の議決に基づいて指示し なければならない(国通法99)。 裁決の効果は関係行政庁を拘束する。申請若しくは請求に基づいてした処分が手続の違法若しく は不当を理由として裁決で取り消され、又は申請若しくは請求を却下し若しくは棄却した処分が裁 決で取り消されたときは、当該処分に係る行政機関の長は、裁決の趣旨に従い、あらためて申請又 は請求に対する処分をしなければならない(国通法103)。 なお、国税不服審判所は、12の支部と7つの支所があり、国税不服審判所長は国税庁長官が財務 大臣の承認を受けて任命する。支部は、国税不服審判所の事務の一部を取り扱うものとし、各支部 に勤務する国税審判官のうち一人を主席国税審判官とし、主席国税審判官は当該支部の事務を統括 する(国通法78)。国税審判官の任命資格を有する者について国税通則法施行令第31条は次のよう に定める(1)。①弁護士、税理士、公認会計士、大学の教授若しくは准教授、裁判官又は検察官の職 にあった経歴を有する者で、国税に関する学識経験を有するもの、②職務の級が一般職の職員給与 に関する法律に掲げる行政職俸給表(一)による六級若しくは同項第三号に掲げる税務職俸給表によ る六級又はこれらに相当すると認められる級以上の国家公務員であって、国税に関する事務に従事 した経歴を有する者、③その他国税庁長官が国税に関し前二号に掲げる者と同等以上の知識経験を 有すると認める者。
3.租税法律主義の理念と不服審査の意義
(1) 手続的保障原則 憲法に定める租税法律主義の原則の下では、「納税者は税法の定めるところによって納税の義務 を負い、他方税務行政庁は、税法に定める租税債権を適正公平に実現する職責を負っている。(2)」 租税法律主義は、このように納税者を拘束すると同時に課税庁をも拘束する原則であるが、拘束す るためには課税要件が租税法の中で明確に定められていなければならない。合法性原則は、租税法 律主義という憲法理念の下で課税要件明確主義、課税要件法定主義を伴って初めて法律に基づく租 税債務と租税債権を一致させる原則である。納税者にとって、租税は納税義務であるが、同時に納 税者は租税によって財産権が侵害され、公権力による人権が侵害されるおそれがある。したがって、 租税法律主義の憲法理念の下では手続的保障が租税法の中で定められていなければならない。 この手続的保障原則は、徴収及び更正・決定手続きが法によって「適正な手続でおこなわれなけ ればならず、またそれに対する争訟は公正な手続で解決されなければならない(3)」ことを意味し、租税法律主義に包含される原則である。そもそも「租税法律主義の原則は人民が賦課されることを 承諾しない税は人民に賦課されることはない、という不承諾課税禁止の原則からでたものである。 (4)」これを前提とすると、手続的保障原則には公権力行使による課税庁の恣意的課税を禁止するた めの国民の権利保障に関する法的手続きを当然ながら含むものでなければならない。 (2) 納税者の権利利益の真実な救済 行政不服審査法によると、不服審査の意義を次のように定める。「行政庁の違法又は不当な処分 その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開 くことによって、簡易迅速な手続きによる国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運 営を確保することを目的とする。」(行審法1)かかる行政不服審査法の趣旨「国民の権利利益の救 済と行政の適正な運営」は、税務行政上の不服審査制度にも当然ながら適用される。 行政不服審査法は、行政庁の処分又は不作為について不服を申し立てる場合にこれを審査請求又 は異議申立てとし、審査請求の裁決を経た後にさらに行うものを再審査請求という。また、異議申 立ては処分庁又は不作為庁に対してなすものをいい、審査請求は処分をした行政庁又は不作為に係 る行政庁以外の行政庁に対してするものをいう。いずれにしても、行政に対する不服申立てを行政 庁になすことから、果たして国民の権利利益の救済が図られるのかという問題と、行政の適正な運 営が確保できるのかという問題がある。 これに対して、昭和45年に創設された国税不服審判所は、「国税庁長官の下に置かれつつも、理 念として独立性をもった第三者機関としての審査機関であり、膨大な租税行政や納税者に対応して いくための簡易・迅速な紛争解決機関として位置づけられている(5) 」とされる。しかし、国税不服 審判所が国税庁長官の下に置かれているということは、独立性をもった第三者機関とはならない。 税務行政内に置かれた理由として次の3点が指摘される(6)。 ① 異議申立て、審査請求の増加により税務行政内による簡易にして迅速な救済の必要性が強調 される。 ② 三審級からなる現行の司法救済に加えて、行政段階に新たに準司法機関を設けることは問題 である。 ③ 審判機関が税務行政外にある機関であるときは、税務行政の責任を担う国税庁長官又は原処 分庁が承服しがたいとする場合の訴訟の方途がない。しかし、それでは国税庁長官は最終的 な責任を負うことができなくなってしまう。 しかしながら、第1の簡易・迅速な処理は必要であるが、簡易・迅速な処理によらなければ国民の 権利利益の救済が図られないということにはならない。むしろ、簡易・迅速な処理によって納税者
の権利が侵害され、不適正な税務処理が公定化されることこそ問題にしなければならない。第2の 点で、現行の司法制度に加えて準司法機関を設けることは問題であるとするが、問題は納税者の権 利をいかに救済できるかという点であり、そのためには少なくとも税務行政から独立した公正な第 三者機関が必要となるであろう。第3点は、承服しがたい裁決が出た場合の訴訟の方途がないから 内部機関でなければならないという論理は、行政の論理であって国民の権利・利益の救済のための 論理ではない。
4.「通達」と異なる解釈による裁決
(1) 国税通則法第99条の解釈 国税不服審判所長が、国税庁長官の発する「通達」に示されている解釈と異なる解釈により裁決 できるか否かが問題とされる。国税通則法第99条の解釈として、一般に「この条は、国税不服審判 所長が、通達に拘束されないで独自の法令解釈により審査請求の裁決をすることができることを明 らかにするとともに、そのような場合における執行機関と裁決機関との意見の調整を図る手続きに ついて規定するものである(7)」とされる。しかし、執行機関と裁決機関との意見の調整をなぜ図る 必要があるのか。この調整が裁決の前にあらかじめ必要なことから、結局国税不服審判所長は通達 に拘束されない独自の法令解釈をすることに躊躇するのではないか、と懸念される。 税実務上の混乱を避ける必要性から、この調整が必要であるとする次のような見解がある。「国 税不服審判所長は、審査請求事件の裁決に当たっては、国税庁長官が発した通達による法令の解釈 に拘束されないで、独自の解釈により裁決をすることができる。また、判例、学説又は通達、慣行 が未だ確定していない法令の規定について、新たな解釈により裁決することもできる。しかし、こ のような場合において、裁決機関の解釈と執行機関の解釈とが異なることとなったときに、それを そのまま放置すれば、実務に混乱をきたし、納税者に迷惑を及ぼすことになる。そこで、両者間の 意見の調整を図るため、あらかじめ、その意見を国税庁長官に申し出なければならないこととし、 長官が国税不服審判所長に指示をするときは、民間の公正な意見を反映させるため、原則として、 国税審議会の議決に基づいてこれをしなければならないとされている。(8)」 (2) 国税審議会の議決による拘束性 国税不服審判所が、国税庁の附属機関としての性格から、国税庁の見解と異なる裁決をするとき は調整が必要となり、国税不服審判所長はあらかじめ国税庁長官に意見を申し出て、国税庁長官は これに対して指示を与えなければならない。その指示をする場合に、公正な意見を反映させるため 国税審議会の議決に基づいてこれをしなければならないとするが、この国税審議会が「国税庁長官が諮問する複雑難解な審査請求事案をどのように処理されるのか(9)」と懸念されるが、たとい公正 な意見が議決されたとしても、国税審議会(10)は単なる諮問機関であるから国税庁長官を必ずしも 拘束するものではない。このようにみてくると、国税不服審判所長には最終的な裁決権は与えられ ているが、独自の解釈権については国税庁長官に留保し、指示を受けなければならず、国税庁長官 の発した通達と異なる解釈をすることと、法令解釈の重要な先例となる解釈をすることは、事実上 極めて困難な状況にある。
5.不服申立前置主義の問題
(1) 国税通則法第115条 国税通則法第115条は、国税に関する法律による処分で不服申立てをすることができるものの取 消しを求める訴えは、異議申立てをすることができる処分については、異議申立てについての決定 を、審査請求をすることができる処分にあっては審査請求についての裁決をそれぞれ経た後でなけ れば、提起することができないと定める。これを不服申立前置主義という。ただし、次の各号に該 当するときはこの限りでない。 ① 異議申立て又は審査請求がされた日の翌日から起算して3月を経過しても決定又は裁決がな いとき。 ② 更正決定等の取消しを求める訴えを提起した者が、その訴訟の継続している間に当該更正決 定等に係る国税の課税標準等又は税額等についてされた他の更正決定等の取消しを求めよう とするとき。 ③ 異議申立てについての決定又は審査請求についての裁決を経ることにより生ずる著しい損害 を避けるため緊急の必要があるとき、その他その決定又は裁決をへないことにつき正当な理 由があるとき。 この不服申立前置主義の制度化の理由としては基本的に次の3点が指摘される(11)。 ① 租税事件の数が年々増加するにともない裁判所では処理しきれないこと。 ② 納税義務者の経済的負担を軽減せしめ、簡易迅速な救済を図ること。 ③ 行政の統一と負担の公平を期すためであること。 租税事件の件数が年々増加し、その数は2万件から3万件にも及び、裁判所では処理しきれない というが、異議申立件数は1985年には22,447件、1995年には5,737件、2005年には4,498件、2008年 には5,478件と最近は平均5,200件程度であり、審査請求の件数も1985年には7,946件、1995年には 2,706件、2005年には2,743件、2008年には4,739件(12)、とそれほど多い件数ではなく裁判所で処理 しきれない件数ではない。簡易迅速な処理について、国税不服審判所は1年以内の処理(13)を目標としているというが、1年以内の処理はむしろ当然であり、問題は裁決の中身であろう。不服申立 てが行われた場合、却下又は棄却をすることは、課税庁による行政の統一を図る上で必要かもしれ ない。しかし、税務行政の統一と公平課税の名のもとに、不適正な税務処理が公定化されることが 問題なのであって、それを是正するために権利救済制度が位置づけられなければならない。 (2) 憲法上の問題 さらに問題となるのは、昭和37年に制定された国税通則法(最終改正平成19年)に規定される不 服申立前置主義は憲法第32条に抵触するおそれがある。新憲法下では「行政機関は、終審として裁 判を行うことはできない。」(憲76②)として、明治憲法下での行政裁判制度が廃止された。このこ とは、行政裁判制度から司法裁判制度への一元化とみることができるが、「国税通則法は明治憲法 時代における行政裁判制度(旧行裁17②)の下に採用されていた不服申立前置主義を、系列こそ違 え再び租税救済の面で強制され、憲法の趣旨に反した原則的な不服申立前置制をとり一元的裁判機 構を排除したのである(14)」といえよう。 これに対して、憲法第32条は、刑事に関する権利を規定したものであり、行政事件には適用され ないとする見解もあるが、憲法は第29条で国民の財産権を保障し、この財産権を侵害するものとし て租税を位置づけ憲法第30条は法律の定めるところにより納税の義務を負うことを規定する。した がって、こと税務行政に関する争訟に関しては、明らかに憲法第32条が適用されると理解しなけれ ばならない。法律に違反する税務行政に関して、納税者は司法裁判に訴えることが出来る旨を定め たものである。 不服申立前置主義に関しては、従来から3つの学説が対立してきた(15) 。 ① 不服申立前置主義を原則的に廃止し、特に例外とする「大量的に行われる部分」についても 原則的不服申立前置主義を設けず任意性にすべきであるという考え方。 ② 現行法に若干の修正を施して不服申立前置主義は原則として取るべきであるという考え方。 ③ 不服申立前置主義を廃止するが、必要性があると認められるような処分についてのみ例外的 に不服申立前置を強制するという考え方。 憲法第76条の「行政機関は終審として裁判を行うことができない」という規定は、戦前の行政裁 判所が1審で終了したため、新憲法はそれを否定し司法権を強化したものである。このことから、 76条は行政による審理機関を否定したものではないが、不服申立前置制度を強制していないことは 明らかである。特に行政の中で特殊な領域である租税争訟においては、行政による公定権が極めて 強く作用する制度での争訟であるから、公正性を判断する主体が当事者である行政または行政関係 者であってはならない。その意味で、不服申立前置主義を納税者に強制してはならない。
6.訴願理由と期間の問題
(1) 処分取消と無効確認の訴え 行政事件訴訟法は、行政事件に関する訴訟を抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟及び機関訴訟の4 つに分けて定めているが、ここでの税務訴訟は抗告訴訟である。この抗告訴訟には、行政庁の処分 その他公権力の行使に当たる行為の取消しを求める「処分の取消しの訴え」、審査請求、異議申立 てその他の不服申立ての取消しを求める「裁決の取消しの訴え」、処分若しくは裁決の存否又はそ の効力の有無の確認を求める「無効等確認の訴え」、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期 間内に何らかの処分又は裁決をすべきであるにもかかわらず、これをしないことについての違法の 確認を求める「不作為の違法確認の訴え」等が含まれる(行訴法3)。 取消訴訟の立証責任は税務署長が負うのに対し、無効確認訴訟の立証責任は処分の無効を主張す る納税者が負う。租税確定処分が無効とされるためには課税要件に関する瑕疵が重大な法令違反で あり、且つそれが客観的に明らかであることが必要とされるが、「この処分の瑕疵の重大性と明白 性を立証するのは原告である納税者であることを考え合わせると、無効確認訴訟のハードルは納税 者にとってかなり高いものといわざるを得ない。したがって、租税行政庁の行政処分の違法性を主 張して納税者が自己の権利救済を目指して裁判所に提訴する際には、取消訴訟の類型を選択すべき である。その違法性の中身が違憲性の主張である場合にも同様である。(16) 」 (2) 訴訟要件 行政事件訴訟法は、原告適格の要件を次のように定める。「処分の取消の訴え及び裁決の取消の 訴えは、当該処分又は裁決の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することが できる」(行訴法9)。この原告適格要件は、不服申立人にも適用され、国税に関する法律に基づく 処分で不服申立てができる者には「税務署長等の違法又は不当な処分により、直接、自己の権利又 は利益を侵害された者に限られる。(17)」と解されている。 したがって、不服申立てには、課税庁による違法又は不当な「処分」の存在と「自己の権利又は 利益の侵害」という二つの理由が必要である。問題は、不服申立て及び訴訟の理由が「処分」を中 心に組み立てられていることである。このことにより、課税庁による税務調査の継続を暗示しなが ら行われる修正申告の慫慂、課税計算および認定に係る行政指導、否認されないことを暗示する申 告書作成の手引き、OB 税理士の半強制的紹介等、違法で不公正な税務行政の多くが不服申立ての 対象とされない。 この「処分」の存在で組み立てられている争訟法が、納税者の権利救済を著しく制限していると いう次の提言がある。「租税調査の手続要件が抽象的であるため、租税調査の行方について予測可能性を確保することのできない納税者は、修正申告に応じることにより調査が打ち切られることを 望むのが常であり、このことが租税行政庁の課税処分を回避するのに貢献してきている。課税処分 を回避し修正申告を勧誘する租税行政庁の働きかけは、納税者の取消訴訟への道を直接的に閉ざす 結果をもたらしてきたといえる。取消訴訟の訴訟要件の第一としての行政処分の存在は、現実の租 税行政の現状からすると、租税法領域における取消訴訟を提起する納税者の権利救済手法を著しく 制限している。(18)」 (3) 期間制限妥当性の問題 国税通則法は不服申立てについて、処分のあったことを知った日の翌日から2月以内にしなけれ ばならないとし、審査請求は異議決定書の謄本の送達があった日の翌日から起算して1月以内にし なければならないと定める(国通法77)。行政不服審査法は、処分があったことを知った日の翌日 から起算して60日以内に審査請求をしなければならないと定める(行審法14)。ただし、異議申立 てをしたときは当該異議申立てについての決定があったことを知った日の翌日から起算して30日以 内とする。 この審査請求期間は、納税者の権利救済を目的とする期間としては短すぎるともいえる。なぜな ら「具体的に処分を受けてから60日以内に当該処分の法的妥当性を吟味して、審査請求をするかど うかを判断することになるが、この60日が納税者に与えられた猶予期間として妥当かどうか疑問で ある。さらに、裁決があってから3ヶ月以内に弁護士を選任して訴訟準備を完了しなければならな いというのは、現実には余りにも納税者に時間的制約を課し過ぎているように思われる。(19)」 このようにみてくると、「処分」の存在と「期間」の設定の問題は、納税者の不服に対する権利 救済の手続制度としては、少なくとも納税者サイドには立脚していない法手続きであるといわざる を得ない。
7.裁決事例にみる問題点
(1) 不動産譲渡価額更正処分取消事件(平成7.3.15裁決)(20) 事 件 の 争 点 は 、 不 動 産 ( 借 地 権 と 建 物 ) の 譲 渡 価 額 1,040,617,000 円 に 対 し て 原 処 分 庁 が 1,134,000,000円であると認定したことの可否を争うものである。 (請求人の主張) 請求人は、E 社との間で、不動産の売買価額を1,040,617,000円(借地権価額1,024,617,000円、 建物価額16,000,000円)とする借地権付建物売買契約書を取り交わした。なお、確約書は請求人と I の 二 者 に 対 す る 支 払 総 額 1,134,000,000 円 を 確 約 し た も の で 、 売 買 価 額 と の 差 額 で あ る93,383,000円はI に対する立退料を算定したものである。 (原処分庁の主張) 本件売買価額は、当初から総額1,134,000,000で合意しており、国土法による不動産勧告通知の 金額が1,040,617,000円であったため、これに基づき本件契約価額を変更したものである。そこで、 この差額をあたかもI に対する立退料と仮装して受領したもので、請求人は I に対して立退料等を 支払う理由がない。 (国税不服審判所の判断) E 社は、1,134,000,000円を総額で支払い、I より移転費用としての領収書93,383,000円の領収書 を受領しているが、これは E 社が買収を円滑に進めるためにあえて異を唱えなかったという背景 があり、契約当事者の変更、請求人との売買価額の引下げと代表者への直接支払いという契約変更 に同意したものとは認められない。 立退料とされる約1億円は多額であり、これを立退料として支払うべき合理的な説明づけがされ ていない。故に、立退料の支払を直ちに正当化することができない。 (裁決での問題点) 立退料の存在を認めながらも、国税不服審判所は立退料の合理的な説明がないと判断した。請求 人は立退料の計算根拠として地代と家賃との比率で計算しているが、国税不服審判所はこの比率は 合理的な按分比率とは認められないとして棄却した。それでは、立退料がいかなる場合に支払われ ると合理的なのか、合理的な立退料の計算はどのように計算すべきであったのかを説明しなければ、 立退料を全額否認する棄却理由にはならない。 (2) 青色申告承認取消処分事件(平7.2.28裁決)(21) 事件の争点は、税務署長の裁量権として、青色申告承認を取消すことができるか否かである。 (請求人の主張) 経営コンサルタント業という仕事の社会的責任から、顧問先が優先され、請求人の確定申告提出 が期限より遅れたものであり、平成5年3月期以後の青色申告の承認が取消されたが、これは平成 4年3月期に承認されていた取扱いと矛盾する。 (原処分庁の主張) 法人税法第127条第1項第4号による青色申告承認の取消理由に該当する。 (国税不服審判所の判断) 取消事由に該当する場合には、税務署長の合理的な裁量にゆだねられているものと解すべきであ る。税務署長が上記裁量権を行使した青色申告の承認の取消処分は、それが社会通念上妥当性を欠
いて、裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権 の範囲内にあるものとして、違法あるいは不当とならないものと解するのが相当である。 (裁決での問題点) 法人税法第127条第1項は、青色申告承認の取消事由を定めたものであるが、なんら具体的な取 消基準を設けていない。このことは、国税不服審判所も認めている。税務署長に、取消の裁量権を 認める場合には、事実に対する具体的な取消要件が示されていなければならない。裁決のように濫 用と認められない限り裁量権の範囲内にあるとすれば、この事件のように、以前承認されていたこ とが突然取消されることも裁量権の範囲内となり、法の適用又は不適用までも税務署長の裁量権の 範囲内になってしまう。これらの点について、国税不服審判所は納税者の予測可能性の観点から、 明確な判断基準を提示すべきであったと思われる。 (3) 建造引当権の評価認定事件(平7.12.18裁決)(22) 事件の争点は、建造引当権の1重量トン当たりの価額が争点である。 (請求人の主張) 建造引当権の単価について、昭和62年2月の事例で、原処分庁の認定額が80,000円で審判所もこ れを支持した結論になっている。業界誌 Z の当時の相場は160,000円となっているから、本件にお いても業界誌Z の取引相場310,000円の50%相当額である150,000円程度が相当である。 (原処分庁の主張) X 丸の譲渡価額128,000,000円には、建造引当権の対価の額124,000,000円が含まれているため、 これを控除した残額4,000,000円を船体価額とした。請求人の確定申告書には、X 丸の取得価額が 5,500,000円、帳簿価額2,189,886円と記載されているから、船体の譲渡価額4,000,000円の認定は 妥当である。本件における建造引当権の単価の額は、業界誌 Z の前後3ヶ月の取引相場の最低価 格を適用して310,000円とした。 (国税不服審判所の判断) 請求人の主張する裁決事例で、L 海運組合総連合会の建造引当権の買上価額は、建造引当権を行 使して新船の建造承認申請をするにあたって剰余が発生した場合にのみ適用されるものであり、当 事者間の自由意志に基づく相対取引において成立する建造引当権の単価を設定するに当たってはこ れを採用する余地はない。 当初、買主から建造引当権のみを1重量トン当たり320,000円以上で買取る申込があり、船体は 無償運行期間の終了した直後に解撤されることから、X 丸の建造引当権対価の額は128,000,000円 となり、X 丸の船体価額は零円となる。したがって、買換特例を適用することはできない。請求人
の所得金額は、122,830,695円となり、原処分庁の更正処分とした122,432,637円より上回ることと なるから更正処分は適法である。 (裁決での問題点) 建造引当権は、単なる営業権ではなく、スクラップ・ビルド方式による船腹調整比率の権利を売 買するもので、船舶量の変化に伴う利潤動向が引当権価格に反映される。したがって、船体価額は 船体そのものの価額ではなく建造引当権価額とも微妙に関連してくる。 この事件の争点は、船体価額を確定するためには、建造引当権価額を決定しなければならず、国 税不服審判所としては、原処分庁の認定した単価310,000円について、売買実例価額、税務署のサ ンプル調査に基づく売買実例価額を基にその当否を判断しなければならないはずである。にもかか わらず、単価を原処分庁よりも高い320,000円と認定し、船体価額を零円と認定し、買換特例も適 用されないとした。原処分庁の認定よりさらに後退した判断理由を根拠として、原処分庁の適法性 を立証するという論理構成は首肯できない。
おわりに
国税不服審判所が、簡易・迅速な手続きにより納税者の正当な権利利益の救済を図るとする基本 的な目標を掲げているわりには、請求容認率が極めて低い。平成18年度(国税庁レポート)におけ る異議申立てにおける請求人の請求容認率は10.2%、審査請求における請求容認率は12.3%、訴訟 での納税者勝訴率が17.9%、と諸外国に比較するとかなり低い。フランスのように、納税者権利憲 章(la charte du contribuable)(23)を制定し、この権利憲章を基本に納税者の正当な手続的保障原則を一日も早く確立する必要がある。 国税不服審判所のような行政内での審査機関を否定するものではないが、訴訟前置としての異議 申立、審査請求を原則として強制することは憲法理念からみて認められない。もっとも、司法機関 にも問題があり、現在のような通常裁判所での処理では限界があるため、租税専門の裁判所が必要 となる。ますます複雑化する課税所得計算の合法性を巡る租税争訟において、真に納税者の権利・ 利益を救済できる司法機関としての租税裁判所の設置が緊急不可欠となる。 (完)
(注) (1) 国税庁長官は出来るだけ外部登用を推進したいとしているが、現実には審判官のうち約90%が内部登用 者であるといわれる。さらに、国税不服審判所長に権限が集中する機構になっているので、合議制といっ ても各個別の担当審判官の独立性がどの程度認められているか疑問である。 (2) 荒井勇代表編者『国税通則法精解』大蔵財務協会、2007年、783頁。 (3) 金子宏『租税法』弘文堂、2005年、84頁。 (4) 新井隆一監修『税務用語事典』ぎょうせい、2003年、54頁。 (5) 水野忠恒『租税法』有斐閣、2007年、95頁。 (6) 荒井勇代表編者、前掲書、792~793頁。 (7) 同書、921頁。 (8) 同書、922頁。 (9) 齊藤明『租税行政争訟法』中央経済社、1994年、37頁。 (10) 国税庁ホームペ―ジから国税審議会の国税審査分科会の第1回議事録(平成13年11月19日)をみると、 当日の分科会長は15分の遅れ、審議委員の1人も開催時に欠席、他の4名の審議委員は欠席、当日の出席 者は遅刻者2人を含む6名、国税庁からは国税庁長官、国税庁次長、国税審議官2人、課税部長、徴収部 長、査察部長、総務課長の8名、国税不服審判所から国税不服審判所長と次長の2名で定刻開催された。 当日の議題は、「不服申立ての状況」「最近における審査請求事件の動向等について」「国税庁の実績評価」 「情報公開への対応」という極めて重要な議題にも関わらず審議委員の参加者が少なすぎるのは気にかか る。http://www.nta.go.jp/>審議会・研究会等>第1回国税審査会分科会議事録.2008.7.16.) (11) 齊藤明、前掲書、149頁。 (12) http://www.nta.go.jp/国税庁ホームページ、統計情報.2008.7.3. (13) http://www.kfs.go.jp/2008.7.20. 国税不服審判所は、簡易迅速な処理を1年以内と設定しているが、審査請求の1年以内処理件数は、平 成16年度には82.2%、平成17年度には84.5%、平成18年度には85.6%、平成19年度には89.0%と90%を超 えていない。迅速さの向上に努めるとしながら、平成20年度の目標を85%に設定しているのは頷けない。 (14) 齊藤明、前掲書、167頁。 (15) 同書、172~173頁。 (16) 増田英敏『租税憲法学』成文堂、2006年、12~13頁。 (17) 黒坂昭一『Q&A 国税に関する不服申立制度の実務』大蔵財務協会、2006年、93頁。 (18) 増田英敏、前掲書、15頁。 (19) 同書、16頁。 (20) http://www.kfs.go.jp/ 国税不服審判所裁決事例集 No.49. 293頁。 (21) http://www.kfs.go.jp/ 国税不服審判所裁決事例集 No.49.340頁。 (22) http://www.kfs.go.jp/ 国税不服審判所裁決事例集 No.50.202頁。
(23) http://www.fiscalis.net/ Avocat à la cour, spécialiste en Droit Fiscal Ancien élève de l’École Nationale des Impôts.