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滋賀大学経済学部における正課体育の歴史的変遷

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(1)

I

はじめに

 日本の大学教育のなかに「体育」がはじめて一 つの教育科目として採り上げられてから既に

60

数 年が経過した。この間、終戦まもない発足当初は 大学基準協会を、近年では大学審議会や中央教 育審議会などを中心に、「正課としての体育」「課 外スポーツ」「健康管理」の重要性・必要性につい て、あるいは卒業要件、履修方法、必修・選択、単 位数などの問題についてまで、幾度となく激しい議 論や検討がなされてきた。その度に設置者や大学 教育関係者は、人的・物的・経済的など様々な制 約を受けながら、努力と創意を傾け、時代の変化 に応じた諸施策を講じ、各大学の特性を生かした 体育理念を提示してきた9)。今日では体育の教育 理念および教養教育全般と密接に連携させなが ら、グローバル的な視野を見通し、身体や身体活 動の実践を通して、体力やスポーツ技術の獲得の みならず、体力・スポーツ・健康などに関する幅広 い知識、科学的な思考態度を養うとともに、「体 育」「保健体育」の学問的知見を背景とした体系 的な理論の習得を図ることが重要とされ、そのた めには、大学における正課体育のねらいをいかに 計画的・段階的に構成し学生に提供していくかが 重要とされている。  

1991

7

月に施行された大学設置基準の改正、 いわゆる「大学設置基準の大網化」により、大学 が開講することを義務付けられていた授業科目の 科目区分、すなわち一般教育科目、専門教育科目、 外国語科目および保健体育科目が廃止され、学 生の卒業要件単位として定められていた各科目区 分ごとの最低習得単位数がなくなった1)。これを機 に、各大学で開講されていた一般教育課程や教 養部が改組・解体され、専門重視の教育が推し 進められる形となった。こうした改革の中で、「保

滋賀大学経済学部

における

正課体育

歴史的変遷

道上静香 Shizuka Michikami 滋賀大学経済学部 / 准教授 論文

(2)

健体育」は制度的基盤を失うこととなり、全国の多 大学において必修科目であった「体育」「保健体 育」は選択科目へと移行するようになり、一時は、 「体育」「保健体育」を必修科目とする大学は全国 において

50

%近くにまで低下した。しかし、現在で は、「体育」「保健体育」を必修科目とする大学は、 私立大学では

60

%、独立法人化以降の国立大学 では

70

%を超えるまでに回復している8)。この回復 傾向の要因は、従来とは異なる広義の視点、例え ば「学士力・社会人基礎力の根底に体育がある」 「保健体育科目は人間形成・体力向上の礎として 必修である」「健康で豊かな生活を送るためにス ポーツは不可欠である」「健やかな長寿を見据えた 生涯教育でもある」8)など、各大学における「体育」 「保健体育」の果たすべき意義・役割や重要性が 再認識されてきたことが大きく影響しているものと 考えられる。ちなみに、本学部の「体育」「保健体 育」は、一貫して必修科目として存続している。本 学部の学生に対する基礎教育として、体育教育の 重要性が認識されているからである。現在では、 学部の理念や一般教育の理念と連関させながら、 科学技術の進歩、ゆとり教育や余暇時間の増大、 高齢化社会に対応すべく、学生の将来を見据えな がら、体力・健康・スポーツに関する科学的知識 の獲得とともに身体活動の実践を通じて、体力・ 健康に関する自己管理能力、広義の社会性や人 間力を培うことをねらいとした体育教育に取り組 んでいる。このように、各大学における「体育」「保 健体育」は、その時代的背景に即し、変化しなが らも存続し、今後もそのあり方をめぐる諸問題は 多面的な議論や検討がなされる中で、その時代の 学生に適した「体育」「保健体育」を提供していくこ とが求められると考えられる。  本研究の目的は、滋賀大学経済学部における 正課体育の歴史的変遷を振り返って、各年代に おける正課体育の意義・役割を明らかにし、今後 の本学部の正課体育のあり方を検討する際の基 礎的資料を得ることとした。  

II

方法

 本研究では、主に、文献調査とインタビュー調 査を実施した。文献調査については、これまでに 滋賀大学において発行されてきた学部規定、シラ バス、講義概要、調査資料、研究資料などに基づ き、各年代の正課体育のねらいや授業内容に関す る情報収集を実施した。インタビュー調査につい ては、各種資料では得られなかった具体的な内容 について、各年代に関連してきた体育教員にイン タビューすることで、詳細な情報収集を実施した。

III

結果および考察

3.1:本学部における正課体育専任教員数と 学生数の歴史的変遷  表

1

は、本学部における正課体育の専任教員数 と学生数の推移を示したものである。

1949

年に新 制大学となって以降、本学部において専任として 採用された体育専任教員は、榎本彦次(故人)、山 内隆(退職)、三神憲一(現職)、宮本孝(現職)、東 力(故人)、道上静香(現職)の

6

名である。  体育の専任教員数と非常勤数、学生数(入学定 員数)の推移を見ると、専任教員数については

1941

年度から

1988

年度にかけて増加しているも のの、その後は減少しており、現在では、

360

名(内 訳 経済学部学生:

240

名、経済短期大学部学 生:

120

名)の学生数であった

1969

年当時と同様 の

3

名の状況にあることがわかる。学生数について は、

1941

年度から現在に至るまで増加の一途を 辿っている。特に、

1974

年度以降から急激に増加

(3)

1

(4)

し、

1995

年度にはピーク(学生数

590

名の内訳  昼間主学生:

540

名、夜間主学生:

50

名)に達し ていることがわかる。非常勤数については、

2002

年度までは

0

2

名、それ以降は

4

名となっている。  大学設置基準の大網化(

1991

7

月)、そして国 立大学の独立法人化(

2004

4

月)以降、教員の 主たる任務は教育・研究・学生支援の

3

本柱とさ れ、このことは

2004

3

月に開催された本学部の 教授会においても合意がなされている。本学部の 体育専任教員の教育に関する任務は、主として正 課体育および課外活動教育である。正課体育に ついては、本学部の教育理念と全学共通教養科 目の理念との連関を考慮しながら、学生の健康・ 体力・スポーツなどに対する認識力の向上、健康・ 体力の保持・増進、身体活動を通じた自己管理 能力の育成、出口(就職先)を配慮した人間形成 のための教育、生涯スポーツに力点を置いた様々 なカリキュラムの提供、身体教育を通して、生涯を 見据えた「生きる力」の醸成など、身体教育の重要 性・必要性を説いてきた。その結果、新制大学と なって以降、あるいは大綱化を経てもなお、本学 部の正課体育は、一貫して必修科目として存続し ていると考えられる。一方、学生の自主的な活動で ある課外活動に対する教育については、他教員と は異なり、

OB

OG

との連携を密にしながらその 充実・発展のために、休日を問わず教育に携わっ てきた(いる)。特に、榎本彦次(故人)はバドミント ン、山内隆は器械体操、三神憲一はラグビー、宮 本孝は陸上競技、東正(故人)は柔道、道上静香 は硬式テニスという専門スポーツ種目を有してお り、各部活動での競技力向上とともに、強化合宿 や試合帯同などを通じて、学生生活全般の教育・ 指導・助言などを実施してきた(いる)。その結果、 近年の男子学生の

66

%が、女子学生の

55

%が運 動系の部活動やサークル活動に従事しており2) これらの課外活動教育に対する体育専任教員の 役割はますます重要となってきている。しかしなが ら、近年の学生数の増加、それに伴う部活動・ サークル活動数の増加、そして課外活動への学 生の参入率・稼働率の高まりにより、これらの学生 に対して細部にわたる全人的な教育を実施するに は、現在の体育専任教員

3

名体制ではもはや困難 といえる。この点については改善すべき課題である。  体育専任教員は、上述したように、教育の他に も研究活動、学生支援(体育専任教員は、主に学 生と直接的に関連する委員会、特に学生委員会、 就職委員会、施設マネージメント委員会、保健管 理センター運営委員会などへの参画が求められて いる)に従事する必要がある。近年では社会貢献 も重視されるようになり、各々の専門スポーツ種目 を通じて、地域レベルからナショナルレベルに至 るまで、選手の普及・育成・強化に尽力し、社会活 動に積極的に貢献している現状にある。しかしな がら、近年では学生数の増加に伴う正課体育のコ マ数増大、膨れ上がる課外活動への教育・指導・ 助言への対応とともに研究活動、学生支援、社会 貢献に対する積極的な取り組みまでもが求められ る状況の中で、体育専任教員のその負担は年々 増加傾向にあり、この点についても早急に改善す べき課題といえる。  体育教育は、本学部の教育理念とする経済人と しての学士力・社会人としての基礎力・就業力な どを培うためのベースになるものと考えられる。今 後においても、本学部の教育理念を考慮し、その 時代の社会的要求や変化に対応しながら、正課・ 課外活動教育、研究活動、学生支援、社会貢献な ど様々な側面から体育教育をより充実させていく には、喫緊の課題として学生数の増加への対応策、 すなわち体育専任教員数を増やしていくことが必 須といえる。

(5)

3.2:本学部の正課体育における カリキュラムの歴史的変遷  表

2

は、本学部の教育課程の一環として位置づ けられている正課体育におけるカリキュラムの歴 史的変遷を示したものである。本学部の正課体育 におけるカリキュラムの歴史的変遷は、大きく

6

つ に区分することができる。

1949

(昭和

24

)年度から

1955

(昭和

30

)年度までの

7

年間、

1956

(昭和

31

) 年度から

1993

(平成

5

)年度までの

38

年間、

1994

(平成

6

)年度から

1998

(平成

10

)年度までの

5

年間、

1999

(平成

11

)年度から

2001

(平成

13

)年度まで の

3

年間、

2002

(平成

14

)年度から

2003

(平成

15

) 年度までの

2

年間、

2004

(平成

16

)年度から現在ま でである。以下、年代ごとに結果および考察を行う。 3.2.11949(昭和24)年度から 1955(昭和30)年度までの正課体育  表

2

1949

(昭和

24

)年度から

1955

(昭和

30

) 年度までの

7

年間の正課体育の内容をみると、科 目名は「体育科目」、授業科目名は「体育Ⅰ」「体育 Ⅱ」であり、

2

年次まで必修科目として通年

2

単位、 合計

4

単位が卒業要件単位として認められていた。 また、授業内容は、「実技」と「講義」に大別されて いた。  

1955

(昭和

30

)年度における正課体育の授業 内容を例に挙げると、

1

年次必修科目の「体育Ⅰ」 の「実技」では、定時と臨時の

2

つのコースから成 る体育運動コースが開講されていた。定時のコー スでは、各種スポーツの基礎技術の習得をねらい として、前期(

4

月∼

7

月)では、集団徒手体操、柔 軟体操、陸上、排球、庭球、卓球、ヨット教室など が、後期(

9

月∼

3

月)では、盆踊り、ハンドボール、 バドミントン、ソフトボール、籠球、ラ式フットボー ルなどが毎週

1

回の通常授業(以下、「通常授業」 と略す)において実施されていた。一方、臨時の コースでは、学生の自主的自発的活動を推進する ことをねらいとして、春・夏・冬季の休暇中におい て、

4

月にはハイキングの、

7

月から

8

月には水泳、登 山、キャンプの、

11

月から

3

月にはスキーやスケー トのシーズン制種目を設け、学生たちが小グルー プをつくって、それぞれの種目の中から

1

種目を選 択し、その授業の計画・立案・実践の全てを学生 が担い、その内容をまとめたレポートを提出するこ とで、

10

数回分の出席扱いとする本学部独自の授 業形態がとられていた。このように、通常授業の定 時のコースと休暇中に開講される臨時のコースを 学生が受講することで

22

回、

1

年間で総計

45

時間 の「実技」が実施されていた。一方、「講義」は“保 健教育”と“体育理論”から構成され、“保健教育” では当時の時代的背景として感染症が流行してい たことから、個人の衛生が保健教育の基礎となる という理由で、衣食住・運動に関する衛生面や疾 病予防などについて、また“体育理論”では大学に おける体育の目的、スポーツのルール、リーダー シップ論などについて、

11

月下旬から

1

月にかけて

8

回、

1

年間総計

15

時間の「講義」が実施されていた。  

2

年次必修科目の「体育Ⅱ」の「実技」では、「体 育Ⅰ」と同様に、定時と臨時の

2

つのコースが設定 されていた。その内容は、「体育Ⅰ」をより充実・発 展させ、各種スポーツの応用技術の習得とともに、 学生の自主的自発的活動を推進することをねらい として授業が展開されていた。特に、定時のコース では、「体育Ⅰ」で実施されてきた各種スポーツに ついて学生の要求を多分に取り入れながら、ゲー ム中心の内容や基礎から応用へと段階的な技術 の習得を目指したものとして開講されていた。一方、 「講義」は、「体育Ⅰ」の内容を基礎として、“保健教 育”では精神・職業の衛生や性教育などを、“体育 理論”では体力・健康論や社会体育などを加えて 実施されていた。

(6)

2

(7)

 終戦直後(特に、

1946

年から

1947

年頃)のこの 時代において、きわめて厳しい食糧事情に対応す べく、グラウンドは全面にわたって菜園化されてい た10)。また、プール、野球場やテニスコートなどに おいてもそれらの破損状態はひどく、当時の正課・ 課外に関連する体育・運動施設は劣悪な状況に あった。体育専任教員も

1

名(表

1

参照)、という今 日とは比較にならないほど、ソフト・ハードの両面 において「ないない尽くし」の厳しい教育環境に曝 されていたにもかかわらず、上述のような多様な授 業内容、そして本学部独自の授業を展開してきた 背景には、

1948

年に大学基準協会から発行され、 初期の大学体育のバイブル的役割を果たしてきた 「新制大学に於ける一般体育科目設置の参考資 料9)」の中に、「青年後期にあたる学生の体育が自 発的に自ら求めて行うことにならないならば、正課 として体育を大学の課程に採り入れた意味をなさ ない。」という原則が記載されていたことが大きく 影響しているものと考えられる。すなわち、この年 代における大学体育の意義・役割の

1

つとして、学 生の自主的自発的活動に応えられる内容のもの を幅広く提供していくことが重視されていたものと 推察される。とりわけ、この年代における正課体育 の特徴的な「実技」を

3

点あげることができよう。

1

点目は、定時のコースにおいて、盆踊り(江洲音頭、 佐渡おけさ、郡上音頭、春駒、東京音頭、花笠音 頭など)やフォークダンスが実施されていたことで ある。当時の戦後という時代的背景に即し、情操 教育の一環として取り入れていたといえる。盆踊り やフォークダンスは、今日でも日本の各地で根強 く存在し、社会的・風土的・文化的に十分価値を 具えたものであるが、学園祭や体育会の行事など では参加者全員で踊ることもあり、

1965

年代後半 まで継承された。

2

点目は、定時のコースにおいて、 「ヨット教室12)」が導入されていたことである。本 学部が琵琶湖に隣接しているという立地条件や環 境的特性を生かし、自然に対する理解力や決断 力を養うことを目的として取り入れられたものであ る。後に、「ヨット実習」と呼ばれることになるが、 「琵琶湖でヨットに乗れる」と注目され、受講者を 抽選で選ぶほど人気の高い実技種目であった。

1953

年から

1998

年頃までの約半世紀にわたって 継続され、現在の集中授業の基礎となった授業と いえよう。新制大学が創立されて間もない時期に、 学外で自然を対象とした授業を展開してきた先見 の明には特筆すべきものがあろう。

3

点目は、上述 したように、臨時のコースにおいて、学生が選択し た授業の計画・立案・実践の一切を遂行すると いった本学部独自の授業形態がとられていたこと である。この年代における学生の自主的自発的活 動をより推進させることを意図して実施されたこと は明白である。  これらのことから、この年代の正課体育の大き な特徴として、

2

年間を通じて定時と臨時のコース を設定することによって、本学部の学生に対して多 様な授業内容を提供してきたこと、そして、終戦間 もない時代的背景において情操教育を目的とした 授業内容を導入したこと、集中授業の礎となった 「ヨット教室」を導入したこと、そして学生の自主的 自発的活動をより推進させることを目的に、学生自 らが授業の一切を実践するといったこの年代独自 の授業形態、すなわち臨時のコースを導入したこ とであろう。  以上により、新制大学発足以降、

1949

(昭和

24

)年度から

1955

(昭和

30

)年度までの

7

年間にお ける本学部の正課体育の意義・役割とは、「ない ない尽くし」の出発点から、本学部の正課体育の 礎を築くために模索・検討する中で、「定時と臨時 の

2

つのコースから成る体育運動コースの導入に よる多様なスポーツ種目の開講」「学生の体力・

(8)

健康の保持増進、社会的道徳的精神の涵養、身 体に対する科学的知識などを理解させる講義の 提供」の

2

項目を通じて、学生の自主的自発的活 動に応えること、また、学生生活だけでなく将来の 社会生活を豊かにする素地をつくることであった といえよう。そして、この年代において特筆すべき ことは、戦後間もない時代的背景において情操教 育を目的とした授業内容を導入したこと、集中授 業の礎となった「ヨット教室」を導入したこと、学 生の自主的自発的活動を促すためのこの年代独 自の臨時のコースを提供したことであろう。 3.2.21956(昭和31)年度から 1993(平成5)年度までの正課体育  表

2

1956

(昭和

31

)年度から

1993

(平成

5

)年 度までの

38

年間の正課体育の内容をみると、科目 名は「体育科目」から「保健体育科目」へと改変さ れたが、授業科目名は従来通り「体育Ⅰ」「体育Ⅱ」 として継承され、

2

年次まで必修科目として通年

2

単位、合計

4

単位が卒業要件単位として認められ ていた。授業内容に関しても、同様に「実技」と「講 義」に大別されていた。  

1974

(昭和

49

)年度における本学部の正課体 育の授業内容を例に挙げると、

1

年次必修科目の 「体育Ⅰ」の「実技」では、受験等で低下した体力の 回復や健康の保持増進などをねらいとして、前期 (

4

月∼

9

月)では集団運動、スポーツテスト、体力 づくりトレーニング、民謡、フォークダンス、自主的 体育活動などが実施されていた。集団運動は柔軟 体操とボールゲームを中心に、スポーツテストは 自己の体力の現状を把握させることをねらいとし て、体力づくりトレーニングは体力づくりの重要性・ 必要性を認識させながらサーキット・トレーニン グとウエイト・トレーニングが、民謡やフォークダ ンスは前年代から継続して情操教育の一環として 実施されていた。自主的体育活動では、前年代の 臨時のコースのなごりで、夏季休暇中に、学生た ちが小グループをつくって選択した授業の一切を 担う、といった学生の自主的自発的活動を推進す ることをねらいとした授業であった。後期(

10

月∼

2

月)では、生涯スポーツの観点から、通常授業、武 道と冬季集中授業の中から

1

つを選択するという 授業形態がとられていた。通常授業では、スポー ツの楽しさや身体活動後の充実感や爽快感を体 験させる中で、スポーツや身体活動を継続するこ との必要性を理解させることをねらいとして、バド ミントン、卓球、バレーボール、バスケットボール、 ソフトボール、サッカーなど多様なスポーツ種目が 実施されていた。また、武道では、人間形成を主な ねらいとして、毎週土曜日に

15

回分の柔道と剣道 の授業が実施されていた。さらに、冬季集中授業 では、生涯スポーツ教育の一環として、前年代か らのスキー教室を、冬季休暇中を利用して

3

4

日 で実施されていた。一方、「講義」は、体育専任教 員が中心となって、スポーツテストの結果をもとに 学生生活における身体運動を継続することの意 味や運動処方の必要性、救急処置法や欧米諸国 の体育・スポーツの実施状況などについて、

12

月 下旬から

2

月にかけて行われていた(試験を含む)。  

2

年次必修科目の「体育Ⅱ」の「実技」をみると、 前期(

4

月∼

9

月)では、チームゲーム(ソフトボール、 サッカー、バスケットボールなど)、個人ゲーム(バ ドミントン、軟式テニス、卓球など)、格技(柔道、 剣道)、特殊種目(ヨット教室、トレーニング、ゴル フ)の

4

コースが開講され、各コースの中から

1

種目 を選択する授業形態がとられていた。後期(

10

月 ∼

3

月)では、バドミントン、バスケットボール、ラグ ビー、トレーニング、冬季集中授業に限定し、前期 で選択した種目とは異なる種目を

1

種目選択させ、 授業が実施されていた。一方、「講義」は、保健衛

(9)

生に関する知識、スポーツとルール、体育実技論 など幅広い内容について、

11

月下旬から

1

月下旬に かけて実施されていた。  この年代の特徴として、健康・体力づくりの観 点からスポーツテスト、サーキットやウエイトなど の科学的トレーニングの導入、そして生涯スポー ツの観点から多様なスポーツ種目の導入がなされ ていることであろう。この

2

つの観点からの教育が 具現化されるようになった背景には、時代や社会 状況の変化に加え、体育関連施設の充実化と体 育の専任教員や非常勤数の増加(表

1

参照)が大 きく影響しているものと考えられる。特に、体育関 連施設の充実化については、

1959

年に従来の「雨 天体操場」から「滋賀大学体育館11)」が新設され、 このことにより、本学部の正課体育のねらいが漸 進的に改善され、また天候に一喜一憂することな く、計画的・段階的に授業を展開することが可能 になった。特に、この当時(

1950

年代中頃から

1965

年代中頃まで)の本学部入学試験競争倍率 は

20

倍を優に超えており、その難関を突破した学 生は、当然知的レベルは高いものの、受験勉強や その他の影響で体力の低下が顕著であったことか ら、大学における教養教育の一環として、また本 学部の教育理念と常に連関させ、身体的側面から 「身体の教養」をいかに獲得させるかを科学的知 識と実践を通して実感させていく授業展開が必要 とされた。その後、

1964

年の東京オリンピック以 降、全国的に体力づくりの必要性が叫ばれるよう になると、本学部においてもその必要性が重視さ れ、

1970

年に「トレーニングセンター13)」が新設さ れた。これを積極的に活用する中で、学生に対して 「何のための体力づくりなのか」を、身体文化を創 造していく「人間の生き方」の問題と結びつけてい く、情報化時代に対応する、生涯学習体系の一環 として、など正課体育の背後に学問的根拠がある ことを理解させながら体力づくりの考え方や方法 を提供することが可能となった。

1980

年には、体 育教育と関連のある施設として「保健管理セン ター」が竣工され、学生の健康管理面での充実化 が図られるようになった。そして、

1986

年には学生 数の増加に伴って、現在の半地下

1

階(トレーニン グセンター、柔剣道場)、地上

2

階(メインフロア) の鉄筋コンクリートづくりの「経済学部体育館13) が新設され、授業の効率化を図ることが可能と なった。従来からさらに拡張されたトレーニングセ ンターには最新のトレーニング機器が導入され、 複合的なトレーニングの実施も可能となり、通常 授業も従来の簡易な方法からより充実した内容の ものへと転換、加えて課外活動(主に運動系クラ ブ)においても専門的トレーニングに着手すること が可能となった。なお、体育関連施設の充実化と 体育の専任教員や非常勤数の増加は、体育教育 の授業形態にも影響を及ぼすこととなった。すなわ ち、従来の大人数から

40

名程度の少人数制教育 を実施することが可能となり、このことは学生教育 や危害防止・安全管理などの面から細部にわたる 手厚い教育が可能になった時代といえよう。  多様なスポーツ種目の導入については、「体育 Ⅱ」の中でみられるように、学外での多様な集中授 業への取り組みという形でも確認することができる。

1953

年の「ヨット教室」(前年代の定時のコースの 一環として実施されていたものから

1965

年頃に夏 季集中授業へ移行)を皮切りに、

1956

年には「ス キー教室12)(前年代の臨時のコースの一環として 実施されていたものから

1960

年頃に冬季集中授 業へ移行)が、

1978

年には「海浜教室12)(体育Ⅱ、 夏季集中授業)が、

1979

年には「ゴルフ実習」(体 育Ⅱ、夏季集中授業)が実施されるようになった。 このような多岐にわたる集中授業が展開されるよ うになった背景には、①その時代における学生の

(10)

ニーズへの対応、②スポーツ技術の習得、③学内 では学ぶことのできない自然との共生や自然に対 する広汎な理解、④生涯スポーツの一環として冬 季スポーツの意義・価値の理解、⑤国際化・情報 化・価値観の多様化など、めまぐるしく変化する社 会情勢の中で、自然と触れ合うことで「生きる力」 を醸成する、⑥出口教育の一環、⑦集団生活にお ける社会人基礎力(コミュニケーション能力・リー ダーシップやフォロワーシップのあり方など)の習 得など、自然とのふれあいの中で、人間形成のため の様々な教育的意図が含有されていたものと考え られる。そして、この年代の多様な集中授業への 取り組みは、現在の「スキー教室」や「身体運動の 科学」で実施されている「ゴルフ実習」などの集中 授業の基礎を確立した時代であったといえよう。  これらのことから、この年代の本学部の正課体 育の大きな特徴として、前年代の定時と臨時の

2

つ のコースという授業形態を大きく様変わりさせ、健 康・体力づくりのための科学的トレーニングに関 する理論と実践を導入したこと、スポーツテストに 着手したこと、そして生涯スポーツの観点を重視し、 高校以前では学習機会のなかったヨット教室やゴ ルフ、格技などを加えた多様なスポーツ種目を導 入したことであろう。また、少人数制教育を通じて 手厚い体育教育を実施することが可能になったこ とであろう。  最後に、女子学生の正課体育教育の変遷につ いて述べておくことにする。

1970

年代頃までの女 子学生数は、

1

学年に

10

名程度(学生数

360

名)と 少なかったことから、男女合同で上述のような男 子学生中心の比較的運動負荷の高い授業が展開 されていた。しかし、

1970

年代後半に入ると、女子 学生の入学者数が増加し始めたため、この頃から 女子学生の体育教育について検討がなされるよう になった。具体的には、女子学生の日常生活の運 動量は男子学生よりも少ないと考え、「体育Ⅰ」では、 男子学生が健康・体力づくりのための科学的ト レーニングなど、比較的強度の高いトレーニング や多様なスポーツ種目を実施している一方で、女 子学生には学生生活の中で運動の必要性・継続 性を認識させることをねらいとして、限られた時間 内で運動量も多く、有酸素性能力の向上が期待 できるエアロビクス・エクササイズが、年間を通じ て実施された(「体育Ⅱ」については、男女合同で 授業が展開されていた)。女子学生の入学者数は、

1987

年頃からさらに急増し、学生数の約

3

割近く を占めることとなった。そのため、いままでの

2

クラ ス(

1

クラス

60

80

名)から

3

クラス(

1

クラス

40

名 程度)に分けて、少人数制教育を実施することと なった。また、手厚い体育教育を実施するために、 エアロビクスダンス専門の講師を招聘することで、 その対応策を図った。しかしながら、

2000

年頃に なると、女子学生からは、健康・体力に関する知識 や生涯スポーツを通じて楽しむことのできる多様 なスポーツ種目を取り入れてほしいなどの要望も あり、幾度かの会議で模索・検討する中で、男女 の体力やスポーツ技術のレベル差に即した体育 教育を実施することよりも、各種トレーニングやス ポーツを媒体とした学生間のコミュニケーション 能力を高めること、すなわち人間形成の育成が重 要であるとし、

2003

年度から男女合同による授業 形態に戻すこととなった。このように、女子学生の 体育教育は、女子学生の入学者数の増加に伴って、 健康・体力づくりだけでなく、生涯スポーツ教育や 人間形成のための教育を重視するようになり、現 在の男女合同授業へと移行していったものと考え られる。なお、女子学生を主体として開講されてき たエアロビクス・エクササイズは、現在の「身体運 動の科学(エアロビクス&エクササイズ、シェイアッ プトレーニング、ヨガ)」の基礎となっている。

(11)

 以上により、

1956

(昭和

31

)年度から

1993

(平 成

5

)年度までの

38

年間における本学部の正課体 育は、体育関連施設の充実化と体育の専任教員 や非常勤数の増加とともに歩みを進めることとな り、その意義・役割とは、「科学的トレーニングと スポーツテストの導入」「多様なスポーツ種目の導 入」「学外での多様な集中授業への取り組み」「少 人数制教育の導入」「女子学生の授業展開の模 索・検討とその取り組み」の

5

項目を通じて、めまぐ るしく変化する時代や社会状況に連動する学生 の運動・スポーツ要求への変化やニーズに応える ために、本学部の教育理念と連関させ、より充実 した体育教育を展開することにあったといえよう。 そして、この年代において特筆すべきことは、

38

年 という長い年月をかけて、手厚い少人数教育のも とに構築してきた、学生の健康・体力づくりと生涯 スポーツの

2

つの観点からの教育は、今日の本学 部における正課体育の考え方の礎になっているも のといえよう。 3.2.31994(平成6)年度から 1998(平成10)年度までの正課体育  表

2

1994

(平成

6

)年度から

1998

(平成

10

)年 度までの

5

年間の正課体育の内容をみると、科目 名は「保健体育科目」から「学部共通科目」へ、授 業科目名は「体育Ⅰ」「体育Ⅱ」から「スポーツ科学 Ⅰ」「スポーツ科学Ⅱ」へと改変された。そして、「ス ポーツ科学Ⅰ」は

1

年次の必修科目、通年

2

単位と 従来通りであったが、「スポーツ科学Ⅱ」について は、保健管理センターが管轄する「心と身体の科 学

A

」「心と身体の科学

B

」と併せ、

3

科目の中から

1

科目を選択する

2

年次以降の選択必修科目、通年

2

単位となり、合計

4

単位が卒業要件単位として認 められていた。「スポーツ科学Ⅰ」「スポーツ科学Ⅱ」 の授業内容に関しては、「実技」と「講義」を一体 化させた授業形態へ改変された。加えて、この時 期から「専門科目」の「体力科学」「健康科学」「ス ポーツ文化論」という、

2

年次以降の選択必修科目、 半期

2

単位、講義形式の授業が開講されるように なった。  

1995

(平成

7

)年度における授業内容を例に挙 げると、

1

年次必修科目の「スポーツ科学Ⅰ」では、 健康・体力づくりや体力・スポーツに関する理論 を通じて、自己の見識の確立を図ることをねらいと して、前期では、前年代で実施された体力づくりト レーニングを主体とする授業、すなわち、男子学 生にはサーキット・トレーニングとウエイト・ト レーニングが隔週で、女子学生にはエアロビクス・ エクササイズが実施されていた。後期では、男子 学生には各種スポーツ(バドミントン、バスケット ボール、バレーボール、卓球)を

3

週ずつ実施する といった通常授業と冬季集中授業(スキー教室) の、女子学生には前期と同様の通常授業(エアロ ビクス・エクササイズ)と冬季集中授業(スキー教 室)のどちらか

1

つを選択するという授業形態がと られていた。  

2

年次以降の選択必修科目の「スポーツ科学Ⅱ」 では、

21

世紀の超高齢化社会を意識しつつ、生涯 スポーツの基礎づくり(各種スポーツ技術の向上、 スポーツの文化やルールの理解など)をねらいとし て、

a

コース(対人的スポーツおよびチームゲームな ど)、

b

コース(野外スポーツ)、

c

コース(スポーツト レーニング)、

d

コース(エアロビクス・エクササイ ズ)、

e

コース(レクレーションスポーツ)の

5

コース が設定され、選択したコースの中から

1

種目を選択 する授業形態がとられていた。後期では、前期に 選択したコース・種目とは異なるコース・種目を選 択させ、授業が実施されていた。  

2

年次以降の「専門科目」については、社会シス テム学科の専門科目として「体力科学」「健康科

(12)

学」「スポーツ文化論」の講義が開講され、身体活 動と健康との関わり、体力づくりの意義・必要性・ 方法、現代社会とスポーツとの関わり、スポーツの 歴史など、学生がこれまでに身体活動・スポーツを 通じて経験・体感してきたことなどについて、より科 学的・学術的に学ぶ専門教育が実施されていた。  この年代の特徴として、「スポーツ科学Ⅰ」の男 子学生の授業内容が、科学的トレーニングを主体 としていること、学生の健康・体力づくりと生涯ス ポーツの

2

つの観点からの教育を踏襲しながらも、 「スポーツ科学Ⅰ」「スポーツ科学Ⅱ」「専門科目」へ と、

4

年間を通じて計画的・段階的に、体育教育 が受講できるシステムへと改変されていること、授 業形態もこれまでの実技中心的なものから、身体 活動をより科学的・学術的に捉えながら「実技」と 「講義」を一体化させた体育教育へと改変されて いること、この

3

点であろう。

1

点目の科学的トレー ニングは、前年代の体育施設の充実化により導入 された体力づくりトレーニングに相当するものとい える。これらのトレーニングは、健康・体力づくり が主たるねらいとされていたが、この年代において、 半期間にもわたって極めて負荷の高いトレーニン グが一貫して実施されてきたことは、おそらく健康・ 体力づくりもさることながら、当時の学生気質を踏 まえ、社会性や人間形成の育成をねらいとして、こ れまでの自主的自発的活動を推進するよりも、ト レーニングを通じて身体および精神の修練として の体育教育が重視されていたものと考えられる。

2

3

点目における体育教育の改変は、前述した

1991

7

月の大学設置基準の大綱化に伴って、本学部 のカリキュラムが大きく様変わりしたこと、教育研 究の質の保証を大学自身に求めるという方針の下、 大学による自己点検・評価が努力義務と定められ たことにより、シラバスの充実化(

1995

年度)が図 られる中で、体育教育のより一層の充実化が求め られるようになったこと、などが大きく影響している ものと考えられる。また、

1993

年には本学部の組 織改組が行われ、社会システム学科が新設され、 体育専任教員はその中の「思考情報システム講 座」に所属することで、上述した社会システム学科 の専門科目を担当するようになった。このこともま た、体育教育の改変の要因の

1

つと考えられる。補 足として、社会システム学科と併行して夜間主コー スも新設され、夜間主コースの学生を対象とした 選択科目としての「体育科目」、そして「スポーツ科 学Ⅰ」「スポーツ科学Ⅱ」(通年各

2

単位)も開講さ れるようになり、この頃から、正課体育では昼間主 コースのみならず、社会人を対象とした夜間主コー スの健康教育を中心とした体育教育が実施され るようになった。  これらのことから、この年代の本学部の正課体 育の大きな特徴として、前年代からの学生の健康・ 体力づくりと生涯スポーツの

2

つの観点からの教 育を踏襲しながらも、科学的トレーニングを通じて、 人間形成のための教育を導入したこと、「スポーツ 科学Ⅰ」「スポーツ科学Ⅱ」「専門科目」へと、

4

年間 を通じて計画的・段階的に体育教育が受講でき るシステムを導入したこと、身体活動をより科学 的・学術的に捉えた「実技」と「講義」一体型の体 育教育に着手したことであろう。  以上により、

1994

(平成

6

)年度から

1998

(平成

10

)年度までの

5

年間における本学部の正課体育 は、大学設置基準の大綱化に伴って、本学部の大 幅なカリキュラム改訂や組織改組とともに歩みを 進めることとなり、その意義・役割とは、「科学的ト レーニングを主体とする授業展開」「生涯スポーツ の基礎づくり」「専門科目の導入」「「実技」と「講 義」一体型の授業形態の導入」の

4

項目を通じて、 学生の健康・体力づくり、人間形成育成、生涯ス ポーツ、身体活動・スポーツを科学的・学術的に

(13)

捉える視点を構築するための体育教育を提供す ることにあったといえよう。そして、この年代におい て特筆すべきことは、「スポーツ科学Ⅰ」「スポーツ 科学Ⅱ」「専門科目」へと、計画的・段階的に体育 教育を受講できるシステムを導入したこと、「実技」 と「講義」一体型の授業形態を導入したことであり、 これらのことは、今日の本学部における正課体育 のシステマティックなカリキュラムと授業形態の礎 になっているものといえよう。 3.2.41999(平成11)年度から 2001(平成13)年度までの正課体育  表

2

1999

(平成

11

)年度から

2001

(平成

13

) 年度までの

3

年間の正課体育の内容をみると、科 目名は「学部共通科目」、授業科目名は「スポーツ 科学Ⅰ」「スポーツ科学Ⅱ」、そして「スポーツ科学 Ⅰ」は

1

年次の必修科目、通年

2

単位として従来通 り継承されていることがわかる。「スポーツ科学Ⅱ」 については、従来の

2

年次以降の選択必修科目か ら選択科目、半期

2

単位となり、この年代から正課 体育の卒業要件単位は

2

単位として位置づけられ るようになった(この年代以降の専門科目につい ては、科目名が若干変更するのみで、今日まで大き な変革はみられないため省略する)。なお、全ての 授業において、前年代から導入された「実技」と 「講義」一体型の授業形態がとられていた。  

2000

(平成

12

)年度における正課体育の授業 内容を例に挙げると、

1

年次必修科目の「スポーツ 科学Ⅰ」では、前年代のものを踏襲し、前期では、 科学的トレーニングを通して健康・体力の向上を 図ることをねらいとして、男子学生にはサーキット・ トレーニングとウエイト・トレーニングが、女子学 生にはエアロビクス・エクササイズが実施されて いた。後期では、生涯スポーツの基礎づくりを中 心として、男子学生には各種スポーツ(バドミント ン、ソフトボール、バスケットボール、サッカー、バ レーボール、テニスなど)を

2

週ずつ実施するといっ た通常授業と冬季集中授業(スキー教室)の、女 子学生には前期と同様の通常授業(エアロビクス・ エクササイズ)と冬季集中授業(スキー教室)のど ちらか

1

つを選択するといった授業形態がとられて いた。  

2

年次以降の選択科目となった「スポーツ科学 Ⅱ」では、前年代の生涯スポーツ教育という観点 を踏襲し、

21

世紀に向けての健康問題や高齢化 社会を展望しつつ、生涯スポーツを楽しむため、 自己のライフステージにおいて継続的にスポーツ を実践できるライフスタイルを形成する能力を養 うことをねらいとした授業展開を図った。具体的に は、前年代のコース制を廃止し、学生のニーズの 高い、学内で実施できるバドミントン、テニス、ゴ ルフ、団体競技の

4

種目に限定した授業を開講し、 この中から

1

種目を受講することで、半期

2

単位(

15

回分の「実技」と「講義」一体型の通常授業と土 日の休日を利用した集中授業により展開)を修得 させた。  この年代の特徴として、本学部の体育教育の大 きな特徴の

1

つであった多様なスポーツ種目の開 講が減少したこと、「スポーツ科学Ⅱ」が半期

2

単 位の選択科目に移行したことで、学生が定期的に 身体を動かす機会が大幅に減少したことである。 このような状況になった背景には、前年代から続 く本学部のカリキュラム改変が継続して生じてい たこと、加えて、国立大学の独立法人化(

2004

4

月)を意識した取り組みがなされていたことや膨れ 上がる学生数に対して体育専任教員数の減少が 大きく影響していたものと考えられる。大学設置基 準の大綱化以降、各大学の自己責任の下、

4

年一 貫した独自のカリキュラムを編成し、また、国立大 学の独立法人化に対応すべく、それぞれの個性を

(14)

生かしながら、より一層の教育・研究を行うことが 求められるようになったにもかかわらず、それらの 改革を急ぐあまり、充分な議論がなされないまま、 教職員の間で混乱を招くほどいくつものカリキュラ ムが存在するようになった。体育教育においては、 体育教員会議やカリキュラム委員会などにおいて、 カリキュラム再編の議論が幾度も実施されたが、 全国の国立大学の動向、学部の科目数の増加、 体育専任教員数の減少に伴う担当コマ数の負担 増などから総合的に判断し、学外で実施されてき た集中授業(ヨット教室や海浜教室)を含めた多 様なスポーツ種目の開講など、これまでに様々な 独自性を打ち出してきた本学部の体育教育の特 色の一部が失われることとなった。正課体育の授 業時間数やスポーツ種目の選択肢の減少は、心 身ともに成長過程にある学生にとっては大きな不 利益を与える結果となったものと考えられる。  以上により、

1999

(平成

11

)年度から

2001

(平 成

13

)年度までの

3

年間の正課体育は、前年代の 大学設置基準の大綱化、国立大学の独立法人化 を前にした構造改革や体育専任教員数の減少に よる影響を多分に受けて、体育教育のカリキュラ ムが大きく様変わりする中で、その意義・役割とは、 前年代における正課体育のねらいをなんとか継承 することに留まっていたと考えられる。そして、この 年代において特筆すべきことは、本学部の正課体 育の必修科目が

1

年次の「スポーツ科学Ⅰ」のみと なり、

2

年次以降の「スポーツ科学Ⅱ」については、 半期

2

単位の選択科目へと移行したことであろう。 正課体育の授業時間数や多様なスポーツ種目の 選択肢の減少、というこれまでの本学部の体育教 育の特色であった一部が失われ、心身ともに成長 過程にある学生には大きな不利益を被ることとなり、 体育教育の大きな転換期を迎えた年代といえよう。 3.2.52002(平成14)年度から 2003(平成15)年度までの正課体育  表

2

2002

(平成

14

)年度から

2003

(平成

15

) 年度までの

2

年間の正課体育の内容をみると、科 目名は「学部共通科目」から「体育科目」と「全学 共通教養科目」へ、授業科目名は「体育科目」につ いては「スポーツ科学Ⅰ」から「スポーツ科学」へ、 「全学共通教養科目」については「スポーツ科学 Ⅱ」から「身体運動の科学」へと改変された。「ス ポーツ科学」は

1

年次の必修科目、通年

2

単位、一 方、「身体運動の科学」は

2

年次以降の選択科目、 半期

2

単位であり、前年代と同様、

2

単位が卒業要 件単位として認められていた。なお、全ての授業に おいて、「実技」と「講義」一体型の授業形態がと られていた。  

2002

(平成

14

)年度における正課体育の授業 内容を例に挙げると、「スポーツ科学」「身体運動 の科学」は、開講されたスポーツ種目に多少の差 異はあるものの、前年代とほぼ同様のカリキュラム で実施されていた。しかしながら、この年代が他 の年代と大きく異なる点は、表

2

に記載されている ように、本学部の正課体育に関する研究2)導入 し、得られた分析結果や知見に基づき、本学部の 学生に即した体育教育を提供することに着手した 点であろう。例えば、学生の運動生活の実態、生 涯スポーツに対する意識を調査・分析することで、

1994

年頃から踏襲されてきた科学的トレーニン グ主体の授業内容や男女別での授業形態がこの 時代の本学部の学生に即したものであるか、など を検討するための基礎的資料となった。結果とし て、上述の授業内容やカリキュラムがすぐに改変 することはなかったが、女子学生が急激に増えて きたこと、男女の体力やスポーツ技術のレベル差 に応じた従来のような授業を展開することよりも、 運動・スポーツを楽しむ中で学生間のコミュニ

(15)

ケーション能力を高めることや女子学生の健康・ 体力づくりをより重視して体育教育に取り組む必 要があるなどのことから、

2003

年度より男女合同 での体育教育を再び導入することになった。また、 学生の体力・運動能力レベルの現状を把握する ことで、いわゆる「運動・スポーツを科学する」「自 分自身の身体を知り、より科学的に捉える」ことを 意識した体育教育を導入する第

1

歩となったといえ る。このことは、

2000

年にスポーツ振興基本計画 が策定され、スポーツの振興を通じた子どもの体 力の向上方策、生涯スポーツ社会の実現に向けた、 地域におけるスポーツ環境の整備充実方策、我 が国の国際競技力の総合的な向上方策の

3

本柱 が打ち出されるようになったことで、青少年の体力 低下の現状が明確に浮き彫りにされたことも大き く影響しているものといえる。  以上により、

2002

(平成

14

)年度から

2003

(平 成

15

)年度までの

2

年間の正課体育は、前年代か ら続くカリキュラムの混乱期とともに歩みをすすめ ることとなり、前年代の正課体育を踏襲しながらも、 その意義・役割とは「本学部の正課体育に関連す る研究の導入」「男女合同による授業形態への再 編」の

2

項目を通じて、より科学的な側面から、本 学部の学生に即した体育教育を提供する第

1

歩を 踏み出した年代であったといえよう。 3.2.62004(平成16)年度から 現在に至るまでの正課体育  表

2

2004

(平成

16

)年度から現在に至るまで の正課体育の内容をみると、科目名は前年代と同 様の「体育科目」と「全学共通教養科目」であった が、授業科目名は「スポーツ科学」から「スポーツ 科学Ⅰ」と「スポーツ科学Ⅱ」に改変された。「ス ポーツ科学Ⅰ」「スポーツ科学Ⅱ」は

1

年次の必修 科目、ともに半期

1

単位、合計

2

単位が卒業要件単 位として位置づけられている。一方、「身体運動の 科学」は、前年代と同様、

2

年次以降の選択科目、 半期

2

単位となっている。なお、全ての授業におい て、「実技」と「講義」一体型の授業形態がとられ ている。  

2007

(平成

19

)年度における正課体育の授業 内容を例に挙げると、「スポーツ科学Ⅰ」では、自 己の健康・体力に関する認識を深め、健康・体力 づくりトレーニングの方法や積極的に身体運動を 実践できる能力を養うことをねらいとし、前半は負 荷強度の低いストレッチングや自重によるエクサ サイズ、彦根城を散策しながらのウォーキング、現 在の体力レベルを把握するためのスポーツテスト、 その後は運動負荷を少しずつ高めながら、トレー ニングセンターや様々な用具を利用した筋力ト レーニング(理論と実践)と後期の「スポーツ科学 Ⅱ」へ繋がるようないくつかのスポーツ種目(バドミ ントンやバスケットボールなど)が隔週で実施され ていた。「スポーツ科学Ⅱ」では、「スポーツ科学Ⅰ」 で構築された体力レベルを土台とし、運動・ス ポーツの楽しさを享受する能力や豊かなライフス タイルを形成できる基礎的能力を養うことをねら いとして、毎週、異なるスポーツ種目(ストレッチン グ・軽運動、ソフトボール、バレーボール、ショート テニス、サッカー、ユニホッケー、キンボール、テニ スなど)をできるだけ多く開講し、実施されていた。 この頃から、ニュースポーツが多く導入されるよう になった。一方、「身体運動の科学」では、今日的 な健康問題や高齢化社会を展望しつつ、「講義」 ではスポーツの持つ文化的意義や客観視できる 能力を、「実技」ではスポーツ技術の基礎および 応用的実践能力を養うことをねらいとして、「ス ポーツ科学Ⅰ」「スポーツ科学Ⅱ」の中から比較的 人気の高いスポーツ種目(バドミントン、テニス、 ゴルフ、エアロビクス&エクササイズ、シェイプアッ

(16)

プトレーニング、バスケットボール)が開講され、こ の中から

1

種目を受講することで、半期

2

単位(

15

回 分の「実技」と「講義」一体型の通常授業と土日 の休日を利用した集中授業により展開)を修得さ せた。  この年代の特徴として、トレーニングや運動・ スポーツを媒体として、

1

年次の「スポーツ科学Ⅰ」 では健康・体力づくり(自己管理能力を含む)、「ス ポーツ科学Ⅱ」では「スポーツ科学Ⅰ」で獲得され た体力レベルをベースとして、生涯スポーツへの 基礎づくり(人間形成育成を含む)、

2

年次以降の 「身体運動の科学」では「スポーツ科学Ⅱ」で経験・ 体感してきたスポーツ種目をより深く追求する、生 涯スポーツへの専門的な取り組み、「専門科目」で は、前述の通り、運動・スポーツを科学する能力 を養う、といった

4

つの観点からの教育を計画的・ 段階的に提供したことであろう。そして、

4

年間にわ たって基礎から応用・専門へと、本学部学生に即 したより詳細で具体的な授業の内容・カリキュラ ムに改変され、計画的・段階的な体育教育システ ムへと整備・構築されたことであろう。  このような授業の内容・カリキュラムが大幅に 改変された背景には、

2004

年度からの国立大学 の独立法人化に伴って、完全セメスター制へと移 行したこと、各大学の判断のもとに、学生や社会の ニーズを踏まえながら弾力的に学科や科目などを 自由に編成できるなど、個性的で魅力のある大学 づくりが可能になったことで、多大学の正課体育が 必修科目から選択科目へ移行する動きがみられる ようになり、本学部の正課体育のあり方も再び、問 われるようになったことが大きな要因の

1

つと考え られる。その当時の本学部の共通理念は、彦根高 商時代から受け継がれている建学の精神である 「士魂商才」を現在に生かした「国際的な視野を 持ち、幅広い人間性豊かな教養を備えるとともに 環境に配慮しつつ、地域社会にも貢献できうる深 い専門知識を持った経済人(グローバルスペシャ リスト)の養成」であった。このような学部の理念 を念頭に置きながら、本学部における正課体育の 共通的な教育理念を「将来にわたって、実社会の 様々な分野で指導的な役割を担うであろう学生に 対して、身体的な側面から、自己管理能力を高め、 常にその場に適した正しい知識と判断力を培い、 如何なる環境下においても主体的に行動のできる 人材を養成する」とし、心身両面から積極的に関 わっていく学問でなければならないとした。そのう えで、正課体育の果たすべき意義・役割とは、加 速する少子高齢化、高度情報化、国際化や厳しい 経済情勢の中で、先行きが不透明な現代社会に おいて学生自らが健康で活力に満ちた生活を築 いていけるよう、「生きる力」の醸成を核とした上述 した

4

つの観点からの体育教育が重要視されたも のと考えられる。そして、時代の波に流されること なく、「スポーツ科学Ⅰ」「スポーツ科学Ⅱ」「身体運 動の科学」「専門科目」へと一貫した理念のもとに 計画的・段階的な体育教育システムへと整備・構 築されたものといえる。  他にも、前年代の

2002

年から導入された正課 体育に関連する研究2)3)4)5)6)7)継続的に実施し、 得られた分析結果や知見を少しずつ体育教育の 中に反映させてきたこともまた、授業内容やカリ キュラムが大幅に改変された大きな要因の

1

つと なっている。例えば、学生の体力・運動能力レベ ルを定期的に把握することで、前述した

1994

年頃 から前年代まで踏襲されてきた、負荷強度の高い 科学的トレーニングを主体とした体育教育、すな わち身体および精神の修練としての体育教育を 大幅に見直すきっかけとなり、現在の学生の体力・ 運動能力レベルに応じた、ウォーキング、軽運動 や負荷強度を段階的に設定したウエイト・トレー

(17)

ニングへと改変されるようになった。また、学生の アンケート調査結果に基づき、身体を動かすこと の意味やスポーツの語源である「気晴らし」「楽し み」「遊ぶ」という原点を見直し、学生がこれまでに 体感したことのないスポーツ種目を含め、できるだ け多様なスポーツ種目を再び開講し、学生自らが より積極的に運動・スポーツを生活化できるよう な授業展開が導入されるようになった。このことか ら、この年代は本学部学生に即した体育教育を 本格的に稼働させた時代と考えられる。今後にお いても、その時代の本学部学生に即した体育教育 を実施していくためには、本学部の正課体育に関 する研究を継続して行うことは重要であろう。  以上により、

2004

(平成

16

)年度から現在に至 るまでの正課体育は、国立大学の独立法人化に 伴って、多大学の正課体育が必修科目から選択科 目へと移行する中で、その意義・役割とは、「本学 部の基本理念に基づく正課体育の基本理念の明 確化」「本学部の正課体育に関連する研究の継続 とその活用」、「健康・体力づくり、生涯スポーツの 基礎づくり(人間形成育成を含む)、生涯スポーツ への専門的な取り組み、運動・スポーツを科学す る能力を養う、といった

4

つの観点からの教育」の

3

項目を通じて、先行きの不透明な現代社会にお いて学生自らが健康で活力に満ちた生活を築い ていけるよう、「生きる力」の醸成を核とした体育 教育を提供することにあったといえよう。そして、こ の年代において特筆すべきことは、時代の波に流 されることなく、この時代の本学部学生に即した 体育教育における授業の内容・カリキュラムを改 変・提供し今日に至っていること、

4

年間にわたって 「スポーツ科学Ⅰ」「スポーツ科学Ⅱ」「身体運動の 科学」「専門科目」へと、基礎から応用・専門へ、一 貫した理念のもとに計画的・段階的な体育教育シ ステムが整備・構築されたことであろう。

IV

まとめ

 本研究の目的は、滋賀大学経済学部における 正課体育の歴史的変遷を振り返って、各年代に おける正課体育の意義・役割を明らかにし、今後 の正課体育のあり方を検討する際の基礎的資料 を得ることとした。以下のような結果が得られた。  

1

)新制大学発足以降、

1949

(昭和

24

)年度か ら

1955

(昭和

30

)年度までの

7

年間における本学 部の正課体育の意義・役割とは、「ないない尽くし」 の出発点から、本学部の正課体育の礎を築くため に模索・検討する中で、「定時と臨時の

2

つのコー スから成る体育運動コースの導入による多様なス ポーツ種目の開講」「学生の体力・健康の保持増 進、社会的道徳的精神の涵養、身体に対する科学 的知識などを理解させる講義の提供」の

2

項目を 通じて、学生の自主的自発的活動に応えること、ま た、学生生活だけでなく将来の社会生活を豊かに する素地をつくることであったといえよう。そして、 この年代において特筆すべきことは、戦後間もな い時代的背景において情操教育を目的とした授 業内容を導入したこと、集中授業の礎となった 「ヨット教室」を導入したこと、学生の自主的自発 的活動を促すためのこの年代独自の臨時のコー スを提供したことであろう。  

2

1956

(昭和

31

)年度から

1993

(平成

5

)年度ま での

38

年間における本学部の正課体育は、体育 関連施設の充実化と体育の専任教員や非常勤数 の増加とともに歩みを進めることとなり、その意義・ 役割とは、「科学的トレーニングとスポーツテスト の導入」「多様なスポーツ種目の導入」「学外での 多様な集中授業への取り組み」「少人数制教育の 導入」「女子学生の授業展開の模索・検討とその 取り組み」の

5

項目を通じて、めまぐるしく変化する 時代や社会状況に連動する学生の運動・スポー

(18)

ツ要求への変化やニーズに応えるために、本学部 の教育理念と連関させ、より充実した体育教育を 展開することにあったといえよう。そして、この年代 において特筆すべきことは、

38

年という長い年月 をかけて、手厚い少人数教育のもとに構築してき た、学生の健康・体力づくりと生涯スポーツの

2

つ の観点からの教育は、今日の本学部における正課 体育の考え方の礎になっているものといえよう。  

3

1994

(平成

6

)年度から

1998

(平成

10

)年度ま での

5

年間における本学部の正課体育は、大学設 置基準の大綱化に伴って、本学部の大幅なカリ キュラム改訂や組織改組とともに歩みを進めるこ ととなり、その意義・役割とは、「科学的トレーニン グを主体とする授業展開」「生涯スポーツの基礎 づくり」「専門科目の導入」「「実技」と「講義」一体 型の授業形態の導入」の

4

項目を通じて、学生の 健康・体力づくり、人間形成育成、生涯スポーツ、 身体活動・スポーツを科学的・学術的に捉える 視点を構築するための体育教育を提供することに あったといえよう。そして、この年代において特筆 すべきことは、「スポーツ科学Ⅰ」「スポーツ科学Ⅱ」 「専門科目」へと、計画的・段階的に体育教育を受 講できるシステムを導入したこと、「実技」と「講義」 一体型の授業形態を導入したことであり、これら のことは、今日の本学部における正課体育のシス テマティックなカリキュラムと授業形態の礎になっ ているものといえよう。  

4

1999

(平成

11

)年度から

2001

(平成

13

)年度 までの

3

年間の正課体育は、前年代の大学設置基 準の大綱化、国立大学の独立法人化を前にした 構造改革や体育専任教員数の減少による影響を 多分に受けて、体育教育のカリキュラムが大きく 様変わりする中で、その意義・役割とは、前年代に おける正課体育のねらいをなんとか継承すること に留まっていたと考えられる。そして、この年代に おいて特筆すべきことは、本学部の正課体育の必 修科目は

1

年次の「スポーツ科学Ⅰ」のみとなり、

2

年次以降の「スポーツ科学Ⅱ」については、半期

2

単位の選択科目へと移行したことであろう。正課 体育の授業時間数や多様なスポーツ種目の選択 肢の減少、というこれまでの本学部の体育教育の 特色であった一部が失われ、心身ともに成長過程 にある学生には大きな不利益を被ることとなり、体 育教育の大きな転換期を迎えた年代といえよう。  

5

2002

(平成

14

)年度から

2003

(平成

15

)年度 までの

2

年間の正課体育は、前年代から続くカリ キュラムの混乱期とともに歩みをすすめることとな り、前年代の正課体育を踏襲しながらも、その意 義・役割とは「本学部の正課体育に関連する研究 の導入」「男女合同による授業形態への再編」の

2

項目を通じて、より科学的な側面から、本学部の 学生に即した体育教育を提供する第

1

歩を踏み出 した年代であったといえよう。   

6

2004

(平成

16

)年度から現在に至るまでの正 課体育は、国立大学の独立法人化に伴って、多大 学の正課体育が必修科目から選択科目へと移行 する中で、その意義・役割とは、「本学部の基本理 念に基づく正課体育の基本理念の明確化」「本学 部の正課体育に関連する研究の継続とその活用」 「健康・体力づくり、生涯スポーツの基礎づくり(人 間形成育成を含む)、生涯スポーツへの専門的な 取り組み、運動・スポーツを科学する能力を養う、 といった

4

つの観点からの教育」の

3

項目を通じて、 先行きの不透明な現代社会において学生自らが 健康で活力に満ちた生活を築いていけるよう、「生 きる力」の醸成を核とした体育教育を提供するこ とにあったといえよう。そして、この年代において 特筆すべきことは、時代の波に流されることなく、 この時代の本学部学生に即した体育教育におけ る授業の内容・カリキュラムを改変・提供し今日

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