献
辞
井上洋一郎先生は去る8月16日,満65才の誕生日をお迎えになりました。 明年3月末日をかぎり本学を停年ご退官になります。 先生は京都でお生れになり京都でお育ちになりました。昭和24年4月京都 大学経済学部を卒業後直ちに大学院(旧制)に入学され,堀江保蔵博士の指 導により日本経済史の研究に従事されました。昭和27年7月大阪大学鮮魚学 部(翌28年学部改組により経済学部)にお移りになり,宮本又次博士のもと で研鐙を重ねられました。昭和29年5月以降は広島大学政経学部(現経済学 部)で教鞭をお執りになり,本学へは昭和47年4月にご赴任になりました。 以来18年にわたり学部および大学院研究科において研究と教育に献身されま した。 先生の主たる研究テーマはわが国資本主義成立期における諸産業形成過程 の具体的検証であるように思います。酒造業,鉄鋼業等の成立事情をはじめ とし,造船工業の成立史には最大の関心を傾注してこられました。昭和46年 には「日本近代造船工業史の研究」により毎日学術奨励金(毎日新聞社)を 受けておられます。わが国近代化の過程で,他の重工業部門に先がけ,つね に“industrialization”の主導的役割を演じたと目される造船工業の史的解 明こそ先生の畢生の研究テーマと申せましょう。並行して先生は10指に余る 社史の執筆と監修に当られました。社史のあり方に一つの官立を示されたと 申して過言ではありません。 日頃の先生は謹厳かつ端正であられました。つねに冷静で感情をあらわに されることはありませんでした。人を反らすことのない柔かい物腰で誰にで も分けへだてなく語りかけられました。だからこそ先生は,いつもわれわれ の周りに憩と安らぎとを運んでくださったような気がいたします。 こんな先生のお人柄は,本学へ赴任後わずか2年余にして学部長に就任さ れたことと無縁ではありません。当時の学部の事情は是非とも先生を必要としたのです。先生は学部長としてまた評議員として,錯綜した学内行政に指 針を与うべく卓抜の采配をお揮いになりました。積年の懸案解決に快心の手 腕を発揮されました。また長期にわたり附属史料館長の職にあって,史料館 の整備充実と発展のために鋭意尽力されました。 残念なのはここ数年体調を崩されてきたことです。再度にわたる入院と闘 病の日々。先生の強靱な精神力は,しかし,確実に病魔を克服しつつあり, よろこびこれにすぐるはありません。講義室の外に流れる先生の変らぬお声 を耳にするにつけ,心底より安堵するこの頃です。こんごとも,なお健康回 復に意を用いられますようお祈り申します。 滋賀大学経済学会は多年にわたる先生の恩義にお報いすべく,本号を先生 の記念号といたしました。学内外を網羅した縁の方々の豪華かつ珠玉の労作 をもって一冊を編み,深甚なる謝意をこめて先生の机下にお届けしたいと思 います。 ご退官後はいっそう健康にご留意くだされ,ゆるぎなき先達として,ひき つづきわれわれをご指南くださいますようおねがいいたします。 平成元年10月 滋賀大学経済学会長 仙 田 左千夫