植 物 防 疫 第 63 巻 第 1 号 (2009 年) ―― 40 ―― 40 は じ め に 2003 年に改正された農薬取締法では,農薬の使用者 に対し,「航空散布時のドリフト」,「住宅に近接した農 地で散布する際のドリフト」,「水田からの流出」,「土壌 消毒時の揮散」といった農地からの農薬流出に対して対 策を講じるよう求めている。また,2006 年には食品衛 生法の残留農薬基準にポジティブリスト制度が導入さ れ,国の内外に既存の基準値がない場合には 0.01 ppm という一律基準が適用された。これにより,隣接農地か らドリフトした農薬が作物に付着し,残留農薬基準値を 超過する可能性が高まった。さらに,2007 年には農林 水産省から,水田における農薬散布後の止水期間を従来 の 3 ∼ 4 日から 1 週間程度にするよう指示が出された。 このような背景から,農地において農薬を使用する生 産者およびその支援に当たる者は,従来以上に農薬使用 や農地からの農薬流出に関する知識を身に付け,流出を 抑制する必要がある。ここでは,水田における表面流出 とドリフトおよび果樹園におけるドリフトについて対策 技術の事例とその効果を紹介する。 I 水田からの表面流出対策 水田は,排水路を介して河川や湖沼などの公共用水域 に直結している。このため,水田に散布した農薬は排水 により公共用水域へ流出しやすい。また,水田からの農 薬の表面流出量(水尻からの排水により流出する量)は, 鉛直浸透量(土層の下部まで浸透する量)と比べて圧倒 的に多い(丸,1991)。このため,水田における農薬の 表面流出は,重要な流出経路であり,その対策として表 面排水の抑制が挙げられる。ここでは,農薬の表面流出 の特徴と表面排水の制御による流出抑制効果を紹介する (山本ら,1999)。 試験場所は,千葉県農業試験場(現千葉県農林総合研 究センター)水田作研究室の水田(面積 0.54 ha)であ る。試験は 1995 年から 97 年にかけて 3 年間実施し,表 面排水が発生しやすい水管理を 1 年目と 2 年目に行い, 表面排水を制御する水管理を 3 年目に行った。すなわ ち,最初の 2 年間は,水尻高で田面水深の上限を調整し た。これに対し,3 年目は水口にオートイリゲータ(自 動灌漑装置)を設置し,水口の田面水深が 0 から 3 cm になるよう設定した。さらに水尻高を田面水から 4 cm の高さとした。供試農薬は,公共用水域における環境基 準値が 20 ppb 以下と定められているベンチオカーブを 5%含有する除草剤(商品名:ウルフエース粒剤)とし た。散布量は,1 年目が 30 kg/ha,2 年目が 50 kg/ha, 3 年目が 40 kg/ha である。 試験期間中の降水量と表面排水量,田面水中のベンチ オカーブ濃度およびベンチオカーブ表面流出量を図― 1 に示した。表面排水は,台風等による大量降雨や移植等 の作業により発生し,水稲作付け期間以外ではほとんど 発生しなかった。水稲作付け期間中における総表面排水 量は,表面排水が発生しやすい水管理を行った 1 年目と 2 年目がそれぞれ 1,306 t/ha と 4,239 t/ha であったのに 対し,表面排水を制御する水管理を行った 3 年目は, 423 t/ha と顕著に減少した。 田面水中のベンチオカーブ濃度の推移は,試験を実施 した 3 か年とも同様の傾向を示し,散布日または散布 1 日後に最高濃度に達し,その後速やかに減少して散布 10 日後または 14 日後に環境基準値の 20 ppb 以下にま で減少した。 ベンチオカーブの表面流出量を年ごとに積算すると, 1 年目と 2 年目がそれぞれ 70.35 g/ha(散布量の 4.7%, 以下,同じ)と 52.10 g/ha(2.1%)であったのに対し, 3 年目は 0.25 g/ha(0.013%)と顕著に減少した。この ように水田からの農薬の表面流出を抑制するには,表面 排水を抑制することが非常に重要である。 また,表面排水が発生しやすい水管理を行った 1 年目 と 2 年目のベンチオカーブの日表面流出量は,散布後数 日間に集中した。特に,1 年目における散布 4 日後の流 出量は,降雨に伴う表面排水により生じ,全期間を通じ て最大の 29.69 g/ha/d となった。この量は,1 年目の表 面流出量全体の 42%に相当し,1 年目の表面流出量が他 の年と比べて多かった要因となっている。これに対し, 表面排水を制御する水管理を行った 3 年目の表面流出 は,散布直後でもほとんど認められなかった。これらの ことから,表面排水を特に抑制すべき期間は,散布時か ら田面水中濃度が一定値以下になるまでと考えられる。 Measures against Pesticides Release from Paddy Field and
Orchard. By Yukihiro YAMAMOTO
(キーワード:農薬流出,水田,果樹園,ドリフト)
水田と果樹園における農薬流出対策とその効果
山
やま本
もと幸
ゆき洋
ひろ 千葉県農林総合研究センター―― 41 ―― 水田と果樹園における農薬流出対策とその効果 41 現在,水田からの排水に適用される農薬濃度基準はない が,最も低濃度の基準値である環境基準値を目安として 用いると,田面水中のベンチオカーブ濃度が基準値 (20 ppb)以下となったのは,散布 10 日後または 14 日 後であった。本試験における散布後 14 日間のベンチオ カーブの表面流出量は,年毎の総表面流出量に対し,1 年目が 99.6%,2 年目が 94.0%,3 年目が 100%に相当 した。 石井ら(2004)は,除草剤散布後の止水期間を従来の 3 ∼ 4 日から 7 日にすることで,排出濃度を 1/2 ∼ 1/10 に減少させることができるとしている。天野ら (2001)は,水田の表面排水を抑制すべき期間を,環境 基準値と水質評価指針値を目安にベンチオカーブ散布後 14 日間,メフェナセット散布後 20 日間としている。ま た,長崎(2000)は,水田で使用された数種農薬の動態 を調査し,概して散布後 2 週間の流出が流出量全体の大 部分を占めるため,この間の表面排水を抑制すべきとし ている。これらのことから,ベンチオカーブ以外の農薬 を水田に散布した場合でも,1 週間の止水期間を厳守し, さらに散布 14 ∼ 20 日後まで排水を抑制することが望ま れる。 II ブームスプレーヤを用いた水田からの ドリフト対策 水田は,住宅用地,用排水路および水田以外の農地が 隣接する場合が多いため,ドリフトも重要な流出経路で ある。ドリフトは,散布位置が高いほど多くなると考え られる(槌田ら,1986)。このため,水田からのドリフ ト対策として,水稲の直上を噴口が通過するブームスプ レーヤによる散布が挙げられる(図― 2)。ここでは,ブ ームスプレーヤを用いた水田からのドリフト抑制効果を 紹介する(山本ら,2003)。 試験場所は,前節の水田からの表面流出対策と同じで ある。試験区は,ブームスプレーヤ区(井関農機社製 JK11 ― 120GWT65,噴口新広角直一頭口 D ― 6 型,26 個, 散布幅 7.8 m)と背負式動力散粉機に装着した 20 m の パイプダスタ(井関農機社製 DIH32160)により粉剤を 散布するパイプダスタ区である。ブームスプレーヤ区の 供試農薬は,フルトラニル 20%フロアブル剤(商品 名:モンカットフロアブル)とし,散布量は 1,000 倍液 を 1,000l/ha とした。パイプダスタ区は,フルトラニル 2%粉剤(商品名:モンカットファイン粉剤 20DL)で, 散布量は 30 kg/ha である。ドリフトの程度は,各区の 外縁から 1 m,高さ 80 cm に設置したガラス繊維ろ紙 図 − 1 水田における表面排水の制御によるベンチオカーブの表面流出抑制 注)田面水中のベンチオカーブ濃度は,検出限界値(1 ppb)以下を 0 とし て図示した. 日 降 水 量 ︵ mm\ d ︶ 0 100 200 300 600 400 200 0 1,000 500 0 降水量 表面排水量 日 排 水 量 ︵ t \ ha\ d ︶ 濃 度 ︵ ppb ︶ 6/5 散布 田面水中のベンチオカーブ濃度 4/24 散布 4/18 散布 日 流 出 量 ︵ g \ ha\ d ︶ 30 20 10 0 ベンチオカーブ表面流出量 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1 年目 2 年目 調査期間(月) 3 年目
植 物 防 疫 第 63 巻 第 1 号 (2009 年) ―― 42 ―― 42 (直径 9 cm)に付着した供試農薬量で評価した。 試験の結果,パイプダスタ区におけるドリフトは,測 定した 4 地点のうち風下の 2 地点で認められ,最高値は 0.16μg/cm2であった(図― 3)。これに対し,ブーム スプレーヤ区におけるドリフトは,すべての測定地点で 検出限界値以下であった。 パイプダスタ区で散布した供試農薬の有効成分量は, 600 g/ha であり,ブームスプレーヤ区の 200 g/ha の 3 倍に相当する。しかし,パイプダスタ区のドリフト量は, 最高で 0.16μg/cm2であり,ブームスプレーヤ区の測定 値である検出限界値(0.02μg/cm2)以下の 8 倍以上に 相当する。このことから,散布した供試農薬の有効成分 量の相違を考慮しても,ブームスプレーヤ区のドリフト 量は,パイプダスタ区と比べて少ないと考えられる。ま た,ブームスプレーヤとパイプダスタでは散布する剤型 が異なるが,同じ液剤を散布する鉄砲噴口との比較でも ブームスプレーヤによるドリフトは少ない(山本ら, 2003)。 以上から,ブームスプレーヤを用いた散布は,水田か らのドリフトを抑制する効果があると考えられる。ブー ムスプレーヤによる散布の利点としては,このほかにも 作業者の農薬被ばく量が少ない点が挙げられる(山本 ら,2003)。ブームスプレーヤ導入の際の留意事項とし ては,ブームスプレーヤが安定して走行できる地耐力と 方向転換するための枕地を確保すること,農薬散布時は 噴口と作物の距離を必要以上に長くしないこと,散布後 は前節「水田からの表面流出対策」に準じて表面排水を 抑制することが挙げられる。 III 防薬シャッターを用いた果樹園からの ドリフト対策 果樹園における農薬散布は,高い位置の葉や枝,果実 等に農薬を付着させるため,動力噴霧機で微粒化した薬 液を送風機により散布するスピードスプレーヤを用い る。このため,果樹園では,他の農地と比べてドリフト が生じやすい。その対策の一つとして,農薬散布時は果 樹園の周囲にフィルムを展張し,それ以外のときはフィ ルムを巻き上げて収納する防薬シャッターの設置が挙げ られる。ここでは,防薬シャッターを用いた果樹園から のドリフト抑制効果を紹介する(山本ら,2004)。 試験は,千葉県農業試験場(現千葉県農林総合研究セ ンター)果樹(ニホンナシ)園で,1997 年 5 月 13 日に 行った。この果樹園の側面には,高さ 3 m の防風網 (目合 4 mm)が設置されている。防薬シャッターは, 果樹園境界に農業用ポリオレフィン系フィルムを高さ 0 ∼ 3 m に展張したものとした。試験区の構成は,防薬 シャッターを 32 m の幅で設置したシャッター区と防薬 シャッターを設置しないシャッター無設置区で,2 反復 とした。散布試験には,スピードスプレーヤ(昭信スピ ードスプレーヤ・3S ― BO2D ― KT ― II,32 ps/3,000 rpm, ダルマ型ノズル口径 1.5 mm を 22 個装備)を用い,実 際の散布液は水とした。散布液量は 1,800 l/ha である。 散布は,風下側の果樹園境界に近接した 2 通路で行い, 境界側の通路では園内側のノズルのみを使用した。 ドリフトの測定地点は,果樹園の風下側に設定し,果 樹園から 10 m までは 1 m 間隔,10 ∼ 20 m は 2 m 間隔 とした。各測定地点の地表面には,水滴が付着するとそ の部位が黄色から青色に変色する感水紙(チバガイギー 社製,Water ― sensitive paper,26 × 76 mm)を設置し た。ドリフトの程度は,感水紙に付着した水滴の多寡を 表す農薬付着指標で評価した(國本・井上,1997)。各 測定地点の農薬付着指標は,あらかじめ作成した 0(無) から 5(多)までの基準紙と各測定地点の感水紙とを目 図 − 2 水田におけるブームスプレーヤを用いた農薬散布 図 − 3 ブームスプレーヤとパイプダスタによる農薬散布 時のドリフト量 1) 印は,測定地点を示す. 2)検出限界値は 0.02μg/cm2である. 単位:μg/cm2 風向 16.8 m ND ブームスプレーヤ区 試験時の平均風速 3.76 m/s ND ND ND 1 m 1 m 25 m ND ND パイプダスタ区 試験時の 平均風速 3.44 m/s 0.12 0.16 114 m 1 m 1 m 20 m
―― 43 ―― 水田と果樹園における農薬流出対策とその効果 43 視で比較し,0.5 刻みに判定した。農薬付着指標 0,1, 2,3,4,5 の各基準紙における水滴付着部位の被覆面 積率は,それぞれ 0,10,23,63,97,100%である。 試験の結果,シャッター無設置区における農薬付着指 標の最高値は,反復 1 が果樹園から 1 m の 3.5,反復 2 が 1 m と 2 m の 2.5 であった(図― 4)。農薬付着指標は, 果樹園からの距離が大きくなるほど小さくなり,反復 1 が 10 m 以上,反復 2 が 12 m 以上で 0 となった。これ に対し,シャッター区の農薬付着指標は,反復 1 が果樹 園から 0 ∼ 5 m で 0.5,反復 2 が 0 ∼ 4 m で 0.5 であり, その他は 0 であった。 以上のように,シャッター区は,シャッター無設置区 と比べて農薬付着指標が小さく,特に果樹園と近接した 地点でその差が大きかった。このことから,防薬シャッ ターの設置により,果樹園からのドリフトを大幅に抑制 できると考えられる。防薬シャッターを設置した際の留 意事項としては,防薬シャッターを設置してもドリフト を完全に防止することはできないため,従来どおり農薬 散布時の風向・風速等に十分注意することが挙げら れる。 お わ り に 農薬は,農業の生産性を維持するうえで今後とも重要 な農業資材である。しかし,農薬は,比較的少量で生理 活性を示す化学物質であり,その使用には利便性と危険 性が常に同居する。農薬を取り扱う農業関係者は,社会 の理解をより広く得るためにもその両面を認識し,危険 性を抑えながら,利便性を最大限発揮する「農薬の上手 な使い方」を実践しなければならない。農地から農薬を 流出させることは,隣接した農地や住宅,水系等に影響 を与えるだけではなく,貴重な農薬を薬効を発揮させな いまま失っていることでもあり,上手な使い方とはいえ ない。今後も農地からの農薬流出をより抑制する上手な 使い方を開発し,広く普及することが重要である。 引 用 文 献 1)天野昭子ら(2001): 環境化学 11 : 785 ∼ 792. 2)石井康雄ら(2004): 農環研報 23 : 15 ∼ 25. 3)國本佳範・井上雅央(1997): 応動昆 41 : 51 ∼ 54. 4)丸 諭(1991): 千葉農試特報 18 : 1 ∼ 26. 5)長崎洋子(2000): 島根農試研報 33 : 87 ∼ 103. 6)槌田 博ら(1986): 横浜国大環境研紀要 15 : 29 ∼ 48. 7)山本幸洋ら(1999): 千葉農試研報 40 : 51 ∼ 54. 8)――――(2003): 千葉農総研研報 2 : 61 ∼ 67. 9)――――(2004): 同上 3 : 135 ∼ 139. 図 − 4 果樹園における防薬シャッターの設置効果 注)試験時の平均風速 0.34 m/s. 農 薬 付 着 指 標 5 4 3 2 1 0 果樹園からの距離(m) 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 12 14 16 18 20 シャッター無設置区 反復 2 シャッター無設置区 反復 1 シャッター区 反復 2 シャッター区 反復 1