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チューネン地代論の研究 : 彼の方法論と地代論との交渉

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チューネン地代論の研究

一彼の方法論と地代論との交渉1−

叩  ナポレオンによって糖承されたフランス革命のイデーは、﹁自由民の諸藩﹂と﹁貴族、隷農の軍除﹂との決戦としてのイ エナ戦役ーチルシツト和約︵一八〇七年︶に於けるプロシャの屈從を撰機とし、ウィルヘルム三世をして封建体制の急速 な止揚を自約せしめ、かの﹁シュタイン・ハルヂンベルグの改革以外、農民解放、土地制度の近代化等、一聯の改革を所 謂る﹁上よりの改革﹂として断行せしめた。しかし、か、る改革はプロシャ的澁倉構成の特性の故に、封建領主、騎士等 の近代的土地所有者、農業資本11・企業家への推移と、隷農の︵農業︶賃勢働者としての析出を可能ならしめた。しかも、 英國産業革命が猫逸に移入せられ、下智資本主義が漸く勃興期に入るに及んで以上の基礎の上に、新に農業経螢組織の改 革が時代の要求として主張せられるに到った。それとと略に、他方に於いて、猫逸の就愈主義勢働蓮動の護展にして漸く 著しきものがあった。即ち、 一八三〇年、フランス七月革命期を経て、 一八四八年、フランスニ月革命に於いて、猫填の 民主主義革命の勃爽とともに、靴命早王義運動は一新韓期に入った。チユーネン ︵匂。ず①⇒ロ国①げユ。ずく。尽目げ自口Φ昌ミQ◎。。∼ H。。qO︶自身もいうが如く、 ﹁勢働者が次第にその地位と罐利に目畳め、止むべからざる力を以って國家及び肚會の改造に    チユーネン地代論の研究      一七

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   チューネン地代論の研究       一八 参翻せんとする吾々の時代に於いて、今や、所得の自然的分配に冒する問題が國家と市民質倉の存績に關する重大問題と なる。﹂ ︵OO吋冨O謡O昌①幹9四びZO9自製⊆O閃β§ρOげ畠①肖﹀⊆ωひqgoびO一①冒け①﹃山§直μ皇O一口面忘①詩Oけ<O”=.白⇔O暮一口同Oコ曽N ︾鼠炉おb。Hq自・まρ近藤康男氏諜﹁孤立國﹂︵昭和四年、三八三頁︶と。まさに、か、る時的環境の下に、チューネンは生 れ、活き且、彼の生涯の名作﹁農業経濟と富民経濟に罪する傘立國﹂ ︵ご嘆ず。嵩¢詳oQD露鉾ぢ切。賊δ冨ロぬ9。自卜碧争       三 三昌。。oず鋤坤賃邑乞簿底。ロ餌一α押OPoヨδ︶ははぐくまれた。 註孤立國は体系上三部に分かたれる。しかし、彼自身によって書表された部分は、第一部、︵第一版、一入二六年、第二版、一八四二  年︶第二部︾第一編︵一八五〇年︶にすぎす、第二部、第二編、第三部一即ち、彼の遺稿は死後、一門Q09一溜喜孚繭ミ筈図ぎによって編  四面行された。この部分に卑しては、bo﹃謎。=o貰。砿ぎ簿”︷“≧讐●ξ騎ぎ冨=・コQo一旨旨三807N霞07=冨−鵠£ぎHG。誤がある。︵筒、以下、  同書よりの引用には、Sなる略符号を用うる︶但し、以下に於けるチーーネンよりの引用は、主としてb︷︶㊦﹁一・・。剛一①浜¢oロ言斜渚の一三﹃零犀  冨9口角﹀屡ぴq暮Φ一①§㊦﹃=9H50一轟。§ざけく。目︸困・≦ゴ2鑑駁曽き塁し。﹀集一.霊旨︵訟嘗ζ昌餐唄§瞬。。o巴乞三。・二塁。9即目07。﹃竃。聾霞︶に       の        よる。 ︵以下、本書よりの引用には、Wの略符号を用う。︶爾、これが翁忌に關しては、近藤康男氏謬﹁孤立國﹂︵昭和四年︶に擦る、  但し必ずしも、それに櫨らぬ所もある。  彼の孤立國第一部の標題は﹁穀物債格、 土壌豊度、 租視の農業に及ぼす影響の研究﹂ ︵d暮。﹃ω⊆oず二昌かq①ロロぴ。同 山①旨 国貯︷罫ωρ山㊦ロ907Q①嘗①凶αoO﹃鉱ω①”畠①婦幻鉱。プε菖鳥①ω切。ロΦロω=巳&o>σ7q9。び①餌録畠。ロ︾o犀興σ9。偉き。。qび①コ︶、第二 部の題名は﹁自然賃銀と利子率、地代との關係﹂︵U窪目倉。窪﹁ヨ器ωΦ﹀噌び①凶け餓。ゲロ廿日αユ。ωの①5<o置賜け巳ωN猛ヨN貯ω旨。励ω 蛋&N霞い碧時。暮①︶となっている◎虞で、彼の時代的仕癖に於ける前廊の経濟問題は、以上の如く、農業経螢組織の改 革問題と肚會問題の解決一目然賃銀の問題にあった。即ち、孤立國、第一部は前者の、第二部は後者の各経濟問題の解明 を、各々課題とするものである。チユーネンは、第二部序論に於いていう。 ﹁アダム・ス、・、スは國民面喰學に於いて、テ ヤー︵♪一σ﹃①Oげけ H︶潜P凶①﹁ ]りず9①﹃ μ刈O﹃こ∼同QQ悼QQ︶は、科野鶴農業に於いて我師であった。﹂︵ミ\ω眞O一・邦詳三二五頁︶と。し

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かし、以上め如き課題−現實の経濟問題の解明、否、そのための重しき理論墨黒に於いて、︵第一.部に於いて︶彼が師とする テヤーの科學的合理主養農業論を逆接的に批判し、︵第二部に於いて︶アダム・スミス、リカルドの柳瀬論、分配論を批制 せんとする。彼が第一部に於いて研究の課題とする所は、﹁農業が最高の効果を以て︵門P凶け α①肘 サαOびω叶Φ声園︵O口。◎①ρ信①口N︶ 経螢されるとき、都市からの距離の大小は農業に硬して如何なる影響を與えるか。﹂︵≦\ω.μP都議一∼二頁︶の問題、即 ち租税︵土壌豊潤︶を一瞥、隔離して、穀物消費都市鷲市場より、その生産農場までの市場距離の叢書、撃って、運途費 用の差等に基く農場穀慣の差等を前提として、一定市場距離に於ける農場の牧穫数量とその生岸費用との關係より一この 爾要因は農業経菅組織の探揮如何によって礎化するがi貨幣地代を導出し、か、る貨幣地代の最大を追求する﹁合理的纒 瞥﹂︵押Oμ。。①ρ=⇒①コ8じdo≦凶昌の。冨津二βね︶ ︵芝\ρ一b。N二戸一二二頁︶の想定の下に、農業喜多組織一農業圏の地域的分布 を考察せんとするにある。即ち、この点に於いて、彼の地代理論は農業経営組織論の前提としての地位を占めるものであ るということが出鳴る。同時に、彼の農業維螢組織の地域的分布の考察はテヤーの農業伝播に關する絶封的合理主義に封        註. する岡接的な批判一批判的合理主義の主張の上に築かれているということが出煮る。 註 隷農解放、土地制度の改革につぐ意業革命後、耕地交叉、強制耕作、共同利用等の結合する態來の三圃式よら下草式脛管へ、或はそ  れより、輪作式纏瞥への、他方、放牧より家畜舎飼、牧草栽培への韓換が、時代の要求として調布され、特にテヤーは﹁英國農業論序  説﹂三巻四柵︵細浦食娼晃≧弓閉。コ目同︼磨7︵肉肩ε調舘畠①剛二﹂誓︵7二﹃ぎ一一・聾﹂重目望.]ざ⊃。∼︼つ。三・他に﹁合理的農業原理﹂11︵単二8勢鋒ぎ  象=箕ぎコ覧芭閣≧︼︹7≦一﹃毬。ぎ二.寓①﹁=印︼”7h<固w望一つ。︵こ∼一つ。トに・がある。︶に於いて、科員的合理主義の立場に立ち、英國式輪作経管を  最合理的農業となし、これが濁逸農業への需用を説いた。しかし、か∼るテヤーの啓蒙哲學的唯理主義に覇抗し、農業謡言組織の地方  的個別性n自然的、技術的、誤審的、諸條件の差等を重親し、農業輕管組織の地方的多様性を強調する、浪漫主義的個性璋覇者の一派   が現われた。即ち㍉cぎロ賭¢﹂§回旨旨’,^5エ島≦o&︵昏署∼享やG︺触︵︸§︵恥。£=oごH︵£き。︵爵⊃,臣∼笏轟︶等である。しかし、彼等は斉  地心に於ける農業経管組織の多様性を、即ち、その存在を論述するに止まり、その存在そのもの∼必然的理由を説明することが欝來  なかった。即ち、か、る爾系列の主張に⋮戯しτ、チユーネンはあらゆる地馨に⋮早一的、挑他的に、論客される農業経螢組織は存在せす    チ晶ーネン地代論の研究       一九

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   チユーネン地代論の研究       二〇  且、集約度そのものが決して農業纒替qの良否を判定する唯一の某準でないことを解明し、且、農業縄螢が最大牧釜を目的とする限り、  それに⋮遍しで、懸物償格、市場距離︵霊妙費用︶土壊豊滝が影響を阻ハえ、且、それらの諸要因に於いて農業組織が各地幣に於いて、如  何に、且b何故に、相違し、その各が何故に合些事であり得るかを論証せんとする。 ︵この点に重しては、東畑精一氏、農業糎掛集約  度理論の史的襲展、農業纏濟研究、第二谷、大正十五年蓼考︶。   即ち、この点に於ける彼の立場は、恰かも、カント認識論に於けるが如く、経瞼論、懐疑論と⋮燭闘論、合理論に封ずる批判立義の見          地、しかも、同時に、カントの﹁事實の問題﹂より、﹁色鯉付けの問題﹂という認識論の精神に相通するものがある。  之に焦して、彼が第二部に於いて課題とする所は、費物形休に於ける︵自然︶賃銀と、利子︵地代︶との關係、即ち、 ﹁勢働生産物の分配が帥労働者資本家地主間に自然的に行われる法則、如何﹂︵≦\の・心し。α・邦澤三六〇頁︶從って、分配理論 の問題であるとともに、他方﹁自然賃銀﹂ ︵一︶一① コ餌け葺﹃﹁D鵠匂ゆの① 訪﹃ぴ①一叶の 一〇びコ︶の問題でもある。彼はリカルドの影響の下 に、限界無地代地に於ける勢働生産物の自然賃銀と、それに封慮する利子への分配關係を問題とする。即ち、この点に於 いて、彼の第一部に於ける地代理論は農業維警組織論の理論的前提であると同時に、それは、第二部に於いては利子・賃 銀論に害しての先行的條件でもある。從って、彼の地代理論は孤立國の全休系に於いて、農業経螢組織論と利子賃銀論と に封ずる理論的前提として重要なる地位を占めるものであるということが出來る。彼は先ず、アダム・スミス、 ︵リカル ド︶の債値、分配論を批判し、且、これを、補充出張するものとして限界生殺力論的立場に擦り、更に、自然賃銀論を展       註 開せんとする。 註 即ち、彼は、﹁あらゆる云誤脛三島的研究は私を次の問題に蹄らせた、・、.普通の手勢働者が一般に受けている僅かの賃銀は、自誓的な  ものか、或は、勢働者が取戻し得ない横領によつで生するものではなかろうか。﹂︵’ぐ。・曵ρ捨金三六〇頁︶となし、りヵルドの自然  賃銀説H賃銀の生存費読に⋮封抗して、生活必要費以上の賃銀余剰の存在を前提とし、生活必要費以上の勢働生野物の一部分が勢働者に  與えられるべきことを主張する、一生活必要費、と勢働生産物Pとの幾何學的雫暴く訓71に於ける自然賃銀論を展開する。彼は自然  賃銀を規定して﹁需要供給の關係より生起せす,螢働者の必要によつで測興せられす、勢働者の自由な自己決定から現われて來たこの

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賃銀く剤を自然的賃銀、或は自然賃銀と名付ける。﹂つく\エ・鋒㊤・邦鐸四七三頁︶と。即ち、この点に憩いτ、彼の賃銀に關する限界 生産力説が現量賃銀の決定に書する合法則性を構成するに⋮封しτ、彼の自然賃銀説は、分配上の下公爵という現量事態に⋮潔して、利子 との關係に於いて、之が解決の條件ともなるが如き原理を﹁孤立國の基礎となっている考方﹂︵ミ凱・・襲“φ邦謬三四八頁︶に基き構成せ んとするものでありbその限りに於いて,それは肚會閥聯に於ける賃銀の形成的合理性の考察乃至は甲張としで現われる。︵即ち、そ れは恰かもカントの第二批到の方法が第一批判の原埋に立脚すると同様の關係に立つものであるともいえよう。︶後者は彼自身によっ て後に、彼のテロー農場︵、一、¢H︻o毛︶に於いτ一つの利釜分醜制度として具現せられたQ 一  彼が考察せんとした現實の経濟問題一双って、その解明のための孤立國に於ける理論的課題は以上の如くであるが、彼 はか、る課題に黒して如何なる方法論的立場に立脚して理論的考察を展開せんとするのか。彼は、先ず、孤立國を想定す る、一勿論、孤立國の想定自体が﹁経濟助力の観察のための装置﹂︵︾箸母醇N霞切Φoσ簿。げ葺ロぬ節。ロ。ヨ。。。oず興内鼠h8︶ ︵芝\ω.×・興ず二三窪び。一芝竃湯だ︶即ち、法則腰当の補助的装置であり、︵芝\ω。。H㊤9参考︶彼、自から孤立國を以て、 ﹁思考の形式﹂ ︵9①両。﹃日畠卑諺コωoず四四口7q︶、︵︿o昌。山oN≦①律興﹀皿頃日鋤qΦ︶と解しているが、それこそ、まさに、後 に、ヴイザー︵︿.O口 く雫一①ω①憎︶の所謂る軍純︵化方法︶11<①﹃oぎ富。ゴ信コ頴に於ける、孤立化︵方法︶房畠。毎β騎に基くも のである。  虞で、彼は’ ﹁⋮市民肚愈や國家は、原因と作用とが分離している機械ではなく、自からが作用すると同じく、総てが 作用し、軍淫すれば、相互作用が存在する一つの眞の有機体である。﹂︵≦\ω・も。H$︶という。彼によれば、経穴機構も、 結局に於いて、諸原肉の相互作用、即ち、機能的参看係の綜合としての有機休と解されよう。故に、そこに於いては、 ﹁⋮常に、互いに相互昔話に立ち、その一つもが決して與えられたものと假定することを許さない様な諸要素を取扱わね    チユーネン地代論の研究      二一

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   チユーネン地代論の研究      二二 ばならない。﹂ ︵≦\ωαωひ3●邦繹四五五頁︶と、即ち、諸南画の相互作用三夕の考察を問題とする。  即ち、彼は、後に、ヴイザーのいう軍純化方法一孤立化と理想化︵置①讐ω凶毎βひq︶の方法を適用し、諸要因の相互作用 の綜合として現象する現實の事象に熱して、考察の観点より、偶然的、非本質的要因を事象し、本質的な諸要因のみを孤 立化し、それら諸要因聞の相五作用關聯を理想型的に、純粋に把握せんとする。  然らば、か、る方法に於いて彼が意圖したるものは何であったか。彼はいう。﹁現實に於いて、凡ての現象しつ∼あるも のは未だ達せられない倫遙かな目的に到らんとする過渡的段階に過ぎない。然るに、孤立國に於いては、我々は常に最終 の結果、即ち、達せられた目標を見て來た。目標が蓬せられるとともに、休止及び固着艶態︵亀興ぴ。冨干網αΦNロ普自﹂旨e が生する。iこ、に我々は合則性︵箔ΦωOけく﹃昌餌ωω圃頴一ハ①一汁︶を獲見する。反之過渡期に於いては多くのものが解き難き混沌と して見える。しかしながら、固着歌態は⋮平虫には起り得ない。﹂ ︵≦\ω・おH邦繹三五七頁︶或はいう。 ﹁現象の代りに 合理的なもの︵ω㌶菖α窃一Woω行。ず①巳①Pα動。。<①讐=P陣首邑ω骨①︶が定められ、以て目標そのものが樹立せられる⋮。﹂ ︵類\ωおもQ●邦謬三五八∼九頁︶と。即ち、彼が、か、る方法に於いて目的とするものは現實蘭聯そのものではなく、それ        註 に内在し、それを支配、且、霊感付ける所の﹁合法則性﹂、或は﹁合理的なもの﹂の探求にあった。 註 この点、彼の方法論に曝しては、一面.カント哲學の影響−彼に於いては、それが牛ば存在論約に攣化されてはいるがーカントが認  識の問題に關しで、﹁事實の問題﹂よりも、﹁根擦付の問題﹂を電画し、直賜︵内容︶と悟性︵形式︶を硬濁し、後者に重点を置く認識  論上の批判主義乃至、方法論的構成主義の見地をこ、に見出すことは出來ないであろうか。特に、カントの直観形式としての時塞の概  念一その空聞の概念は彼に於いて重大な意味を有している。﹁即ち、穀僧の高さが農業に及ぼす影響は之を場所の關係として設くことが  出量るρこの塞間に於ける説明より孤立國は出襲する。﹂︵毛︾きゆ・邦繹三二八頁︶と。︹チユーネンの方法論とカント哲學の交渉  に呈しては、リフシッッ︵=診〇三訂︶の次の論文に唯僅かに三行程度の軍なる暗示があるに過ざない。§綴三亀5︹或︵︻︷費,く蓉ω。7p論子  ’く冒器ま。ぎ詳ぎ回臼’薫琴=︵匂≧乙≡075窯㌶ぎ頃三〇︸5嵩9胃斎二一.郵帥葺旨三一ご︻芦。・’つ。﹂⊃。㌦σ

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 然らば、か、るA口法則性の把握は如何なる根擦に基き可能であり得るか。彼は第二部、第一編、第六章の最後に於いて いう。 ﹁この場合、自利心が、悟性によって導かれるから、自利心が齎らしたものは、再び、悟性によって知られ得る。 それ故、新法則を磯見することが問題ではなく、既に現象しているものを把握し、以てその現象が如何にして生じたかを 明瞭にすることが問題である。﹂ ︵≦\ωミbの・邦繹三九五頁︶即ち、彼は合法則性把握の可能根面を、カントの自然認識を 越えて、デルタイが意味理解を生−表現i理解という構造に於いて、入学性の共通体験に求めるに封して、カントの立場        へ 理性作用を中心に、悟性︵U自利心︶1現象一理解の構造に於いて認識に於ける悟性作用と﹁假言命令﹂に立脚する理性 作用との共通性に求めたと解してよいであろう。斯くして彼が求めんとするものは現實野点そのもの、或は、それに關す る法則ではなく、か、る現實論議に内在し、最大三富の實現をモーテイフとして護動ずる本質的關聯−一合法則愚輩の把握 であった。即ち、か、る方法論的意圖11要求こそ、彼に於ける﹁合理性の要求﹂︵臼①殉oa自轟匹醇閑。コの①ρ賃。ロN︶︵≦\ω 自b。・邦課三四七頁︶というものに外ならない。而して彼は、か、る合法則性の把握のためには、以上に於ける方法の外に 他の諸條件を設ける。即ち、﹁合理的経警﹂、﹁自由競雫﹂、﹁鹸止糊着﹂︵山。﹃Nロω薄型山α①q。ωけ部ω汁帥心性ω︶“﹁固着歌態﹂即ち 近代経濟學に於ける静体均衡の歌態である。  しかし、現實の現象は諸要因の相互作用の綜合として現れ、たとえ彼の軍純化方法に基くも、本質的諸要因の相五作用 附言を一塁に、全面的に把握せんとすることは困難である。斯くして、彼は特有の画数的方法を採用する。即ち、彼は第 二部序論に於いていう。﹁この思惟操作︵鮫。凶ω富。割白けご渉︶は、我々が物理學並びに農學の凡ての實験に於いて用うる方 法に類似していて、我々は唯一の探求せんとする作用力︵o♀o養︶のみをその量を増加し、それ以外の要素は不攣にして 置くのである。﹂ ︵≦\ω89邦課三二九頁︶と。或はいう。 ﹁さて物理學的世界に於いて全く正しいと認められるこの方 法は思惟的世界に於いても許されるべきか。こ、で相互作用する二力の中、先ず一つを箪純に作用するものとして観察し    チ昌ーネン地代論の研究       二三

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   チユーネン地代論の研究      二四 然る後、他を同様に作用するものとして観察することは許されないであろうか。﹂︵妻\ω轟8邦課三三四頁︶と。而して、 彼はこの点を更に解等していう。 ﹁即ち、微積分に於いて多くの乱数を含む一つの函数の極大値を求むる場合には微分法 によって、先ずた球一つの激を黙認とし他を固定とみなし、この数に罰して︵その微分を零に均しいと置き︶見出した値 を函数に代入した後に、第二の可攣数が微分されて得た値をそれに代入し、すべての可忌数が函数より消え去るまでこの 方法を転けるのである。﹂︵毛\q。aρ邦講 三三四頁︶と。即ち、 彼はか、る函激的方法に白い、第一部に於いて他の諸條 件を同一として、唯、市場距離、農場債格のみを可言書とする函数に於いて貨幣地代を考察し、第二部、第一編に於いて は反転に、限界無地代地の想定の下に、即ち、地代を零と置き、生産力i勢働生産物を可端数とする函数に於いて、・既知 とした賃銀、利子の分配關聯を考察せんとする。  虚で、以上の如き彼の函数的方法によって把握せられた諸本質的要因の相互作用に關する各署法則当馬聯は、か、る方 注の結果、相互に何等の有機的統一關聯なくして併存することとならないであろうか。從って、それが完威されるために        も   セ  も   た  も   も   も   も   ら  ね   も は、彼の函数的方法に於ける函数の尊爵攣数が漸次相互有機的統一的に釜敷より浩去せられて行くことが必要である。斯 くして、彼は特定諸要因の相互作用に撫する合法則關聯確定のために、最初に一慮、隔離した他の本質的要素に与する合 法則關聯を、前者の合法野性が阻害されない限り一か、る合法則的關聯に漸次、有機的、統一的に附加して行く。即ち、 それこそ、彼が﹁合理性の要求の骨張﹂ ︵﹀擢ω畠ooげ仁昌ぬ血農閃Oa①歪”箔囚O口ωoρ鐸。ロN︶ ︵饗\ω●島H・邦課三四七頁︶とい うものに外ならない。即ち、それは、彼の函敏的方法に於ける可語数の漸次的、有機的統一的な解決の意圖である。故に それは軍なる函数的方法の使用ではなくして、論理構成の企劃、否、その損益ですらある。勿論、彼に於いても、ウイ ザ⋮の所謂る﹁抽象漸減﹂ ︵鋤9Φゴヨ①巳①♪ぴω嘗醇ユ。口︶即ち、先きに隔離せる非本質的副次的要素を、 か、る合法則 的關聯に附加し、 現量事象を説明せんとする志向は存在する。 ︵即ち、 彼の第一部、 第二編﹁孤立國と現實の比較﹂

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20﹃笹。甘ず二口ぬ自。ω置。嵩①詳①ロω富簿ω戦け飢①同ミ縛首自。鼻⑦響︶はこれを取扱う。︶しかし、彼に於ける研究の主要關心 はか、る抽象漸減による現實事象への接近には存しない。むしろ、個々の蒼蒼事象そのものに内在し、且、それを規制す る諸合法則臨關聯の有機的、統一的把握にあった。從って、彼の方法に基き構成される諸合法資性は抽象漸減によって重 暦的に構成される具体的諸法則とは全く異る形態に於いて現われなければならない。  虞で、彼の研究の主要慈心が以上の如くであるとすれば、彼の函敷的方法によって把握せられた諸要因の祁互作用に關 する各合法則影野は相互に何等の有機的、統一的關聯なくして構成されることとなりはしないか。彼の合理性の要求の獲 張は如何にして可能であるか。彼の孤立國の休系に於いては、既論の如く、第二部︵第一編︶たる賃銀、利子論は限界無 地代地の想定の上に︵即ち、地代を零と置くことによって︶地代理論︵第一部︶と方法論的には一慮、形式的に結合され ているということが出來る。勿論、それは彼に封ずるリカルドの影響によるものであろう。  しかし、この﹁合理性の要求の籏張﹂は、彼の函数的方法そのものに於ける形式的な結合關聯を示すものであり得ても 樹それ以上に、地代と賃銀、利子に湿する合法則性關聯の有機的一体性を確保し得るものであろうか。即ち、この点に關 して、更に彼が合理性の要求を乱騰せんとする過程を考察し、利子、賃銀との關聯に於ける彼の地代の合理的把握が、或 はi彼自身に於いて副次的な問題であるにせよ1彼の把握せる合法則工芸聯に加えられる抽象、漸減︵U現實接近︶の方 法が、地代事象を果たして十杢に解明し得るや否や、即ち、この習事に於いて、以下に彼の方法論と地代論との交渉を問        註 題とし、これに考察を加えることにする。 註 彼の孤立國第二部に於ける課題は、既論の如く﹁自然賃銀と利傘、地代との關係﹂となっているが、その第一部に於いては勢働生産  物の自然賃銀、利率地代への分割關聯に於いて地代を取扱わす、之を地代の成立原因として彼が論考しているのは第二部、第二編、第  四章に於いτである。   即ち、斯くして、彼の地代理論は以上、ご箇所に包含されτいるが、第一部b農業脛瞥組織論、或は第二部の勢働生産物の分配理論    チユーネン地代論の研究       二五

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 チユーネン地代論の研究 ︵の前提條件としてこれら︶と相關聯する。 二六 三 噌  既論の如き想定と方法に基き、彼は、第一部第一編第四章﹁穀慣の決定﹂に於いて、市場距離と穀物慣格との關係を考 察する、即ち、中央都市市場に於ける穀債を標準として、都市市場と農場との市場距離の増大に件って増加する運勢費用 を想定し、都市穀債より運逡費用を差引ける穀債、即ち、農場穀偵を算定する。從って、運迭費用は市場距離に比例し、 他方、農場穀債は市場距離−運途費用に反比例することとなる。︵≦\ω・&︶斯くして、彼は市場距離一定の地点に於ける 農場薦垂を運途費用との關係に於いて求め、或は、耕作が休止される地点と距離とを都市穀債−運逸費用一癖の地点、否、 今その生産費用が必要である限り、都市穀領聾運途費用+生産費用の地点に求める。即ち、その地点に於いては、純牧釜 としての地代は存在しない結論、耕作もまた休止せざるを得ない。斯くして、その地点は農場債格11生霊、費用の地点であ る。  以上の如く、彼は、市場距離の差等に基く農場穀債の攣化を論明するが、か、る農場償格の地点的差等が農業経螢組織 に如何なる影響を與えるやを考察する。こ、に、彼は農場穀債を前提として、生塵費用と地代との關係を考察する。即ち 彼は第五野鳥に於いて、 ﹁穀慣の農業に封ずる影響並びに穀慣を規定する法則﹂ ︵≦壱●Nρ邦諜一八頁︶を考察せんとす る。 ︵しかし、彼が同章に於いて取扱う問題はその前者であり、後者は之を第六章に於いて論じている。︶虚で、彼はこ の問題を解決するためには、農場生産費の構造の分析が必要であるとなし、 ︵毛\の・b。り︶當両の問題に難して﹁若し段階 的に漸次に低き漁民を要素する場合にはテ重三農場の地代及び農業早牛方式は如何に攣化しなければならぬか。﹂ ︵毛\の・ 。。マ邦謬一九買︶を設問する。卸ち、問題は穀物皇儲の土地地代と農業組織に封ずる影響として現われる。しかし、彼の

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市場距離に反比例する農場穀債の差等が、直ちに地代となるのではなく、農産物総牧益とその生生費用との差額としての 純余剰︵鮎Φ﹃ ﹁①一︼P①口  dσO同ω〇一P偉ωω︶を土地地代と解している。 ︵≦\。。.ωO︶しかも、その総牧釜を構威するものは、農場 穀慣とそれに於ける牧人激量である。從って、純余剰としての地代は︵農場慣格×牧穫敏彙︶−生血費用である。然るに 彼に於いては、一方、生産費用は牧穫重量と農場穀債に關幽する。然らば、その牧穫数量を得るに必要な生産費用は農場 穀慣に如何なる關聯を有するのであろうか。即ち、彼は、農場支出一−生産費用を穀物支出と貨幣支出とに分割し、前者は 市場距離に反比例し、且農場漉酌と正比例するも、後者は農場穀債に反比例する、即ち、後者は工業製品に封ずる支出で あるが、・その債格は都市より農場までの距離に吟じて、運逡費用だけ塘黙すると假定する。斯くして、今、農場夏掛部分 は不仁であるが、穀物支出部分は市場距離に反比例的に攣化し、他方、農場支出全部を穀物にて表示するときには、穀物 支出部分は不攣であるが、貨幣支出部分は市場距離に正比例して攣化するσ即ち、市場距離が増大すれば、貨幣支出の割 合は増大し、穀物支出の割合は、減少することとなる。斯くして、彼は地代を農場穀債を中心として、牧穫撒量と生陵.費 用との観点より︵農場穀債×牧戸数量︶i︵生産費用“貨幣支粗暴穀物支韻︶に於いて算定するが、穀物支幽を貨幣支出 に還元すれば、︹︵牧穫撒量一穀物支出︶×農場穀偵︺一貨幣支出という形式に於いて地代が求められる。即ちしこの点に於 いて、穀物一章が生産費用と一定の關聯に立つというのは生産費用中に於ける穀物支出に幽してゴあり、彼の生産費用は 同時に、一定農場の市場位置と農場穀慣とを前提として合理的維螢の採揮する農業燈下組織に關して想定されたものとし て具体的、個別的な性格を以って現われる。  斯くして、彼は、第六章に於いて﹁農業組織に封ずる穀織の影響﹂を考察する。彼は、この点に於いて、合理的経螢を前 提として、農業者の農場耳蝉に封画する農業早耳組織の幡羅を説明せんとする。即ち、彼は、中央都市に於ける穀物慣格 を一定として、市場距離の攣化とともに、一定の農業組織と他の農業組織との韓換を穀物債格と牧単一量と生産費用との    チユーネン地代論の研究       二七

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   チユーネン地代論の研究       ,    二八 關係に於いて、地代の最大を求めて活動する合理的経螢を三島として考察する。こ、に於いて、彼の地代は農業経瞥組織 の規制者として現われる。即ち、地代が農業経螢の存績と農業組織の採揮とを決定するものとして現われる。彼は一定の 農業経螢組織が市場距離と農場穀債との關係に於いて、一定地点以上の市場距離に於いては地代は負となるが、之を他の 心慮組織に愛更するときには、術、この地点に於いても、地代が存在することを誰明せんとする。即ち、彼に於ける地代 は︵農場穀債×牧穫数量︶i生産費用であった。故に、総轄釜が減少するよりも、より大なる割合に於いて生産費用が減 少することが、そのために必要である。即ち、それが可能となるためには、以前よりも低集約度の、即ち、より自然的要 素に依存する低位の農業経営組織の採用によって可能である。斯くして彼は、他の箇所に於いて、 ﹁低き穀債と貧弱な土 地の生産力とは維螢方式に同一に作用する⋮⋮﹂ ︵芝\。。・お①・邦課=一〇頁︶ともいう。故に、市場距離が増大し、農場 穀債、或は、土地直下が低下する態様に從って、より低位の集約的な農業経営組織が探揮されて行くこととなる。  今、第一部、画論の範園に於いて、チユーネンとリカルドの地代理論を比較論考して、爾者の異同点を考察すれば、爾       ①      ② 者はともに、土地地代を一坐純粋に規定し、且、之を資本利子と匠別し、穀物富裕の最大生窟費用による決定、故に、穀       ③ 物慣格と生産費用との差額を地代一差釜地代と解し、その原因を土壌の豊度と位置との相封的優位に基かしめるQ 註① チユーネンは第一部、第五章飼﹁地代の概念﹂に於いて、彼の土地地代の外に、土壊より分離し得る農業投下資本の利子を含む牧  入を﹁農場地代﹂へ9塁﹁§8︶と解し、彼の土地地代より颪別する。︵≦\。・・器︶郎ち、後者は﹁土壌そのものが與える牧釜﹂︵毛︾●鴇︶  であり、農業経管の牧釜目標として、同時に、農業幸島存立の根本昼鳶として現われる。︵芝、夢辱︶  ②チユーネンは、第一部第ご十四章﹁穀物の償格の決定法則﹂に於いで、需要供給説一生琵費用読の立場より、リカルドと同様に  最大生産費にする、申央都市に於ける穀物の﹁中心些々﹂︵寓賓。与邑・。︶︵日自然斜格︶の決定を論じている。︵’ぐ・・●し。卜3α・・。。・●団卜。。。∼⑩︶  ③チユーネンは,第一部、第二+五章﹁地代の源泉﹂に於いてリカルドと同様に、土壌の豊門と位置との相封的優位に地代の成立  原因を求めている。︵ミ。・・ψ・能O∼ぎO︶この点に、彼の地代は本質的に差釜地代として現われる。

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 しかし、最後の点に思してぱ、チユーネンに於ける地代ばリカルドに於けるが如く、各農場の偉贋或は幾度の差等によ って直接に成立し、同時に、その大小が規定されるものではない。彼に於ける地代は、総牧谷と生滞費用との差額であり それは第一に、各農場の市場位置i農場穀偵の茱等を前提とし、第二に、農業海螢の再入、支出の構域如何によって規定 される。即ち、この爾要因を結合するものこそ、彼の合理的維聲11最大地代の獲得の要求である。即ち、この点に塾して リカルドの地代は直接に土地の自然的差等に、それによって受動的に規定されるものとして某寝付けられているが、チユ ーネンに於いては市場距離、農場穀債の差等を前提として、農場牧支構成の差等に封ずる擁壁作用、即ち、農業小学組織 の攣化が考えられているということが出営る。 ︵山田雄三氏著、チユー.不ン分配論の研究八一∼二頁参老︶また、之を他 面より考察すれば、リカルドに於、いては土地以外の生産四四の結合關係を同一と解し、同一生産費の同一土地面積への投 下による1土壌曲二度の自然的差等を媒介とする−牧穫の差等を地代と、解しているが、チユーネンに於いては、異った農 業経螢組織の併存、即ち、生塵要因の異った最適結合が考えられている。更にチユーネンに於いては、リカルドと異り ﹁負の地代﹂という観念とともに、市場距離−農場穀債の差等を媒介として、農場組織或は、農窟物種類の輻換による地 代の差等的蓮績性を考察せんとする点に於いて、彼には差釜地代の差等的連績性の観念が存在する。 四  叙上の如く、彼は第一部に於いて賃銀、利子、利潤等を所興として、市場距離等を憂動せしめ、以て農場窯業の層化、 ︵即ち識者を可攣数として︶に慮する地代の攣動、從ってまた、農業経螢組織の謎化を考察した。次いで、彼は第二部、第 一編に於いては、限界無地代地の想定の下に、先ず、地代を零と置き、第一部の農場牧釜支出構造を捨象し.農場穀債を 所志として、專ら生産カー勢野生賦物を可異数として、その利子と賃銀への分配關聯を限界生産力詮i自然賃銀論との關    チユーネン地代論の研究       二九

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   チユーネン地代論の研究      三〇        ①② 聯に於いて解明せんとする。 註① 彼は第二部、第一編第十四章︵﹁孤立國にはその限界に賃銀・利率間の里心を確定する場所がある。﹂︶に、限界地以遠には、無償  にτ獲得され得る同一豊度の可耕の未耕地が まだ存在することを前提としている。︵ミ。。コ・●鵠躇∼鍍︶  ②彼は先ず。第六章、﹁定義と前提﹂とに於いて、諸概念を説明する。即ち、彼は穀物儂格を所與として、農業用資材としてめ工業  真偽賄の便格を選元するものとしで、穀物Hライ褻を償伽測定物︵5、o島轡ス、。・m韓︶となし、︵≦\≠。。・ミb。∼呂勢働生産物︵﹀円ぎ一δ胃。︵貯葬︶  たる概念を規定して、一農場の謹話釜︵築、弓田。ぎ苧悪癖︶より、固走資本財,原料の潰耗部分、管理費、企業者利潤︵O旨ぢ8警葺¢7  αξo毛ぎ昌︶等を差引き、農場主︵一嘗的には資本所有者︶と勢働者に分割さるべき余剰︵αぎお。︸≡差︶であるとし、且、これをその生塵  に録事した勢働者数にて除し、螢働者一人量りの勢働生産物の大きさをPたる符号にτ示す。︵’く︾●山上︶斯くしで、彼は糖質生琵物  申より管埋費、企業者利潤等を除去する。  彼は、第一部、第一編に於いて市場距離の差等−農場鬼蓮の差等を中心として、農場営営支出の構成に於いて、土地地 代を考察して來たが、更に、合理性の要求の嬢張という意圖の下に、その函数的方法に從い、第二部、第一編に於いて、 第一部の農場牧益支出構成を離れて、第一部の考察の結果として誘導される限界無地代地の想定に於いて、薫煙生産物の 攣化に雁芋る、その賃銀、利子への分呪關聯を論じているが、更に、彼は、その合理性の要求の損張に從い、第二部、第 二編︵彼の遣稿︶に於いて第一部の方法に基き受動的に規定される地代の外に︵リカルド地代論に於けると同様に︶限界 地に於ける集約的耕作を媒介として、且、そこに於ける積極的な生席力の攣化を中心に、勢働生産物の賃銀、利子、地代 への分配關聯に於ける︵限界地に於いても成立する︶地代を問題とせざるを得なかった。斯くして、以下に、彼が合理性 の要求の骨張の意圖の下に、その幽数的方法に貴い、地代と賃銀、利子に關する合法則關聯の統一性を確保せんとする過 程を考察しよう。  彼は第二部、第二編、第四章、その最初の三項に於いて、第一部に於けるとは異った、地代成立の三原因に恥して論じ ている。今その第一、第二原因について以下に考察して見よう。

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 彼は、地代成立の第一原因に卜し、 ﹁、一農場の産出する地代は勢働者数に比例する﹂ ︵の\。。・①刈︶として、且、之を例示 せんとする。即ち、彼は勢働者一人當りの勢働生産物Pを中心に、賃銀と資本利子に亡してがたる共通の表現を與え、賃 銀Aをげで表示し、且、鋤、“<剖即ち、自然賃銀と置く。故に、\一<網到他方、資本利子をRとし、鋤\に一二\“皿、       麟 ︵、一H︶口♪︵\iH︶となし、賃銀余剰率、資本利子率も、ともに、iドと假定する。故に、合計、﹀、11曽\×、11動、鱒次ざ に地代をしとすれば、ぴ“ロi四\﹄コ即ち、限界地に於いても、地代が存在することとなる。 ︵彼は限界地に於ける農場を 假馴しているが故に。︶庭で一人言り勢働生産物には三つの構成部分が含まれている。即ち、賃銀11♪n騎。、・資本利用11 閑“鎚、︵、一μ︶地代ーピー10+g。、鱒故に合計は﹀+幻+りUoとなる。 ︵ω\。。.戴︶しかし、以上は唯軍なる学債式を示すに 過ぎす、地代の源泉に關す内面的關聯は不明のま、にと零まる。虞で彼は﹁この規準は同一豊度を有し、全く同一の方法 で耕作されている場合に限り適用される。﹂︵。。\の・雪︶と、即ち、生餌方法同一、資本勢働の限界生産力の不攣を前提とす る。 ︵しかし唯、経螢規模の攣化は認めている。︶斯くして、彼はコ農場の庵出する地代は帥労働者の数に比例する。﹂ ︵ψ\ω・①刈︶という。換言すれば、彼は、生産方法が不攣Ii勢働者一入繁りの勢働生産物Pが不攣のとき、艸労働者激の使用 増加とともに、全地代額が堀大する場合を考えている。  庭で、當面の地代は何に起因し、且、その地代の本質は何であるのか。彼の假定一生産方法の不攣、勢働者一人躍りの 勢働生売物働の野曝等は、所謂る﹁生産函数の一次同次性﹂を意味するものの如く、彼が限界生産力論の立場より、地代 即ち、限界生産力地代を考察するものの如く見える。しかし、彼の数式に於けるが如く、地代を以て℃i僧、hコと解し、或 は、賃銀、利子を限界生産力読−自然賃銀読の立場に於いて地代を差釜残余説的に、論明する点に、當面の地代を差釜地 代と解することが出來る。  然るに、彼はこの点に關する一例起として﹁ロシヤに於ける大なる國富が農場の内容によってゴはなく、農民の激によ    チユーネン地代論の研究       ==

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   チユーネン地代論の研究       三二 って評債されるという現禦の根擦を想起する。L︵の\こ。聖①、、︶という。しかし、常時のロシヤの農奴制度の下に於いて、果 して、自然賃銀、或は、利子率の雫均化の運動一一般的には、自由競孚が存在する余地が存したであろうか。即ち、こ、 で、彼が意識している地代源泉は封建的経濟外的灌力によるものであり、その地代の本質は封建的地代であり得ても、資 本制的地代としての一般地代ではあり得ない。今、この点の誤謬を許容するとしても、更に、自然賃銀論の非神輿性とそ こに於ける賃銀余剰率と資本利子率との無差別の假定とが問題となるであろう。   爾、この点に關蓮しで、彼に於いては、りヵルドと同檬、一般地代の成立の余地は存しなかった、ということが出來るD即ち、シユ  テルンネエッグは一、チユーネンに於いてはリカルドの地代と同様、差釜地代の通園を出です、一般地代成立の余地は存しない。即ち  それは土地所有の掲占勢力を止臆しているが故に、こ しかし、彼は一般地代を考察すべき機曾があった。即ち、自然賃銀との關聯に  於いて、 一般地代を考察す機會があった。しかし、彼は之を調革しなかったと批判している。−−ぎ嘗蚤 エ評。邑同お79掌 ‘、78弓一①露2  0﹃=一一︵一一︶霧詳N窪≡μ島︵一霞O⊇同︼母。法。ぎ︵ざコ︷2奮。︸歪一一﹂算。自働ξ︹一塗H¢津F酵一崔=︵τh鍵器.誌∼詑.一︵一一。 ヨ属芝一〇三戸︼μ漏︵︷三号蕊。・9g  <〇一蕾’く曇。。o︸露穿一︵渉﹃o即回昌一 ︶きζ玄萎一〇﹁ご一“、隻●︼転享置.砿。ぎ戸^旨=o毎舅。蓋蓉岸鼻・   然らば、彼は、何故、一般地代の形成條件たる土地所有の濁占勢力を考察することが出來なかったのであろうか。その理由こそ、彼  の孤立國に於ける孤立化方法による重扇直播よりの遊離、即ち、土塊所有勢力の止揚に、更らに、採桑關聯への抽象漸減の過程に於い  で猫背的事情によつで制約せられた鴬めではなかったであろうか。即ち、資本家と+地所有者との同一人格に於ける結合11地宅純響が  猫逸東北地謡に於ける農業構造の特性でめり、そこに辛いでは 資本家と農場主との分離が存せす、即ち、資本に坐する土地所有が止  揚されていることに基くものではなかったであろうか。  次ぎに、彼はリカルドの集約化に基く差釜地代に封癒して、地代成立の第二要因として.﹁集約的耕作﹂ ︵臼。ぢ8μω守。 国三巳﹃︶に浮して論じている。彼は孤立國の限界地に於ける農場の同一面積上に、集約的耕作を行う場合、勢働者の増加 につれて、後に使用される勢働者の生産力は漸減し、しかも、勢働の債値は最絡勢働者の帥労働生産物の増加分に相等しく 且、それによって他の勢働者の勢働の多値が決定される、他方、W労働増加とともに埆加する資本数量一命って、その利子

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O を差引いた、増大せる奇霊生産物より、低下せる勢旧債値に於ける賃銀総量を控除せる礎余は埆逸し、且、それが地代に 韓化するということを例示し、且、か、る地代の成立原因を、土壌の庭瀬、地位の差等以外の他の右寄として集約的耕作 の高揚︵鼠①国︸o旨ロひq貯器ロωぞ①吋図三け震︶に求めている。︵ω\ω・9⑦。。∼$︶即ち、當面の場合は、第一編に於けるが如 き、螢働者一人に結合される資本数量を攣動すれば、利子と賃銀とが相反的に攣動ずるという場合ではなく、艸労働者数を 増加するも、その各一人につき結合される資本が從來と同一である場合に關して甥ある。  虚で、彼はいう。 ﹁か、る耕作の増進は絶えず僅少化する賃銀と結Anせられ、勢働者を犠牲として生起する如く見える が、⋮⋮このことは必ずしも必然であるとはいえない。﹂ ︵の\ω・ざ︶と。即ち、彼はその理由を次の如き論誰に基き誰明 せんとする。彼は第一部に於いて費用に翻して貨幣部分と穀物部分とを匿翻し、且、孤立國を通じて、二者の比率を一定 と選定するが、彼は、この点、賃銀にしても、穀物債格は市場距離に反比例して蟹動ずるが故に、今、貨幣部分を、穀物 部分、即ち、穀物激量に換算すれば、限界地に近き程後者は増大し、之に反して市場に近き程、後者は減少する。 ︵反之、 貨幣部分は以上とは正反封に攣化するQ︶他方、穀物部分に賦しては、孤立國を通じて同一の重量である。故に、穀物賃 銀は都市に近き租少く、限界地に近き盛大である。斯くして、勢働集約化は限界地附近に於いてよりも、都市に近き農場. に於いて容易に行われる。 ︵しかし、彼はこの点に甚し、自然賃銀詮の前提下に、賃銀が、a、即ち、生存必要費以下に 低下せざることを條件としている。︶ ︵の\9。。.刈O∼卜。b。︶      、  しかし、この点に關しては、既にリフシツツ︵司● 目﹄hのCげ一けN︶の批判が存在する。即ち、彼はいう。チユーネンの例誰 に於いて、地代が勢働者を犠牲として磯生するものではないという論誰は論理的とは考えられない。即ち、都市附近の農 場で働く帥労働者については、それは眞實であるが、限界地に近き農場で、追加勢働者の使用によって、以前より低き賃銀 を受ける最初の勢働者に面しては誤りである。即ち、彼は限界地に近き農場に於ける最初の螢働者には留意していない。    チユーネン地代論の研究       三三

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チユーネン地代論の研究 三四 1地代が賃銀を犠牲として獲生せす、しかも、集約的勢働が牧釜に比して減少する、即ち、各々の新使用勢働者がより少 く産出するとせば、如何にして、地代が獲生し得るかは理解し難い。即ち、チユーネンに於いては、この点に關して、穀 物債格の上昇につき關坐せす、且、最初の螢働者に塗して、リカルドの意味に於いて地代が生するということを述べてい ないが故に、と。︵閃.ζhω〇三陸日日○げ四p国①言﹃ざずく。層雲ず聲Φロω鞄ロロ費。鼻。薄野8ユ。”団9冒ぴ償。曰い2四菖89。冨9ハ。冨。葺凶。 仁・ω寅け冨口犀切山し。ρH¢800●Q。HQ◎︶   虚で、今、里程の問題を離れでーリカルドによれば、限界地に於ける農場に近いで、か、る集約的耕作が行われるとすれば.限界地  の農場穀慣自身が騰貴することが必然であった。即ち、リカルドに於いては別面の問題に關する限り、賃銀の低下は︵それは唯、穀物偵  格の低下になつ7、可能であり それは差益地代の減少となる︶箪に、利潤の増加を招來するのみであり、決して差釜地代の増加となる  ことはなかった。しかし チユーネンは彼の方法に基き、農場穀慣そのものを所與としているにすぎない。即ち、彼は、その前提の上  で、賃銀の低下と地代の上昇とを問題とするが故に、穀儂と賃銀、利子と地代とは、リカルドに於けるが如き動休的な有機的統一關聯  を有するものではない。リカルドに於いては集約耕作の限界点として、最終投下爆管の資本に關しでは、唯、卒均利潤のみが保証され  何等、地代は存在せず、且、その野津投Fの最大生癌費が穀物儂格と均衡化する点が想定されτいる。しかし、チユーネンに於いては  リカルドに於けるが如き集約耕作の限界点、或は、それに署する内面關係の分析は存しない。  さて當面の問題に於いて、チユーネンが地代が賃銀、発って、努働者を犠牲として必ずしも生起するとは限らぬというこ とを論誰するために採用せる方式は、實は、穀物にて表示される賃銀の差等一しかも、それを第一部に於ける地代源泉“ 市場距離の差等一農場挙挙の差等に求めんとするにあった。即ち、この点に關して、リフシツツは﹁チユーネンに於いて は、最初、集約的耕作の上昇によって獲生する地代に記しては、地位と地味とを考察しないことを張調し乍らも、しかも 最後に於いて、これら︵11地位と地味と︶が、例えば、賃銀に冠して、地代が勢働者を犠牲として實現しないことを示す ために、何故、再び、密かに滉入せられるかは理解し難い。﹂︵一ピ一ho◎Φロ一叶N噂9ρ.鎚。O.ω●Q◎HQo︶とチユーネンを批判している。 即ち、この点に、彼の地代成立原因問の矛盾一根源的には、第一部と第二部︵第二編︶との方法の同一局面に於ける競合

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      σ より生ずる矛盾を見ることが出來る。   撮で、今、彼は以上の論述に於いて、當面の地代の護生が必ずしも、勢働者の犠牲に於いて生起するものであるとはいえぬという所  より推論して、彼自身、一面、搾坂的傾向の存することを認めたと解することが出來ないであろうか。即ち、この点、彼が賃銀、利子  に照して、限界生産力読r自然賃銀説の立揚をとるとはいえ、一面、クラーク︵匂. ︻W・︵職業H聞︶も批到する如く、彼の限界生塵力読の不  完全性の故に、それが、搾取説的結果を生むに到るが、︵臼軍⊆鴛汀弓ぎO男爵︶三ぎロ。馬乏。巴さH。。つ。︷︶︾サこ。に。。∼み林要氏課、クラ   ーク分配論、四二一∼二頁︶飽面、彼の賃鉗 、利子論の数量的、機能的な本來の性格に⋮封ずるリカルドの實質的、制度的な分配學説の  影響を通じ、彼の賃銀翻の根底に控取説的潮念の存在を見出すことが墨壷73,いであろうか。後の点に翻しては、彼が、リカルドの生存  費賃銀説に反封ずるとはいえ、現身賃銀に封ずる自然賃銀の要求という点よb之を亡い知ることが出梅るであろう。  以上に於いて、彼の遺稿中の地代成立原因に就いて考察したが、それは第一部に於ける︵市場距離一農場穀債の差等を 可級数として、農業経国組織−農場牧支を中心として受動的に規定される︶地代に験する原因とは別に、生産要因の増減 一生産力、勢働生産物の攣化を巨桜数として、賃銀、利子とともに、その分配關係に於いて規定される、即ち、積極的な 集約耕作に於ける地代一集約度地代︵差釜地代︶の原因を問題にするものであり、彼は之を、賃銀、利子の限界生産力論       !      註 一自然賃銀論との關聯に於いて、差盆−淺余論的に把握している。 註 チユーネンに揮いでは、リカルド差別地代説に於ける限界概念は分配論の至面に適用されているが、唯、地代理論が差釜地代一残余  設的に構成されτいる反面、利子、賃銀を限界生産力読−自然賃銀読に依擁せしめでいる点に、近代的分配理論が限界生塵力読によつ  て統一されτいるが如き形体に於いては、彼に於いて現われていない。  しかし、この点に号する彼の考察には、既論の如く、同一局面に於ける爾地代成立原因の競合、或は、誤まれる抽象漸 減に基く矛盾が内在するが、彼は二面の地代威立の第二原因に於ける謹まれる一論誰に於いて、或は、以上に引揮いて ︵ω\ω.の.刈も。∼謹︶彼の合理性の要求の損張という意圖の下に、その函数的方法に從い、土壌越度の同一、同一耕作方法︹︵限 界地に於ける︶集約的耕作をも含めて︺の想定の下に、市場距離の差等を媒介として彼の第二部︵第一編と第二編︶と第    チ訊ーネン地代論の研究      三五

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   チユーネン地代論の研究      チ三六 一部との有⋮機的な結合關聯を保設せんとする。  即ち、彼は孤立國の全土壌が同一の自然的豊度を有し、且、そこに於ける耕作方法が︹︵限界地に於ける︶集約的耕作に 於いても︺すべて同一であると想定すれば、孤立國の各農場に於ける勢働の生産物は相等しい。虞で、彼は第一部の方法 瓠市場距離の差等を導入し、各農場に於ける工業製品等の購入に支出される穀物費用部分は市場距離の差等を媒介とし て、限界地附近に於けるよりも、都市附近に於ける方が小であり、六って、か、る穀物費用を差引いて詣る勢働生産物、 或は穀物地代はともに都市に、接近するに從い、増加することとなる︵の\ω●の.認∼謬︶また、同様のことは、噛既論の地 代成立の第二原因に於けるが如く、勢働者に支幽される穀物賃銀部分に済しても成立する。 ︵この場合、彼が﹁孤立國の 限界に於いて威立する賃銀と利奉とが全國に冠して規範である﹂といい、特に、賃銀に關しては﹁貨幣賃銀ではなく、實 質賃銀⋮︵穀物賃銀に課す⋮安達︶は孤立國中、同じ高さでなくてはならぬ。﹂ ︵≦\ω.αし。ド邦繹四五七頁︶というが如く 彼がこの点で、穀物賃銀の差等を論くも、その聞に、何等の矛盾は存しない。︶  他方、今、孤立國の全土壌の豊度を同一と假署するも、市場距離の差等、 ︵農場の穀物費用、或は︶穀物賃銀の差等を 媒介として、集約的耕作は限界地附近に比し、都市附近に於いて、容易に行われるが故に、その点に集約化の差等、即ち 耕作方法の差等が存在する。即ち、彼は、儲君の地代威立の第二原因に於けるが如く、市場距離の差等を媒介として、第   二部に於ける集約度の差等、從って集約度地代の差等を説明し、第一部の方法と第二部の方法との結合を求めん乏する。  次いで、彼はこの点に観して﹁しかし、孤立國第一部では、地代の大きさを示すことが研究の目的であり、そのため、 そこで用いられた方法が適切であるQ﹂他方、﹁第二部に於いては︶ ﹁地代の絶封額を数で表現することをせす、唯、地代 が如何にして、何故に成立せねばならぬかの理由を解明することが目的である。﹂ ︵ω\ω・謡︶と述べている。しかし、我 々は、既に、第一部に於いては市場距離の差等を中心とする地代の成立原因を考察し、第二部、第二編に於いて、他の地

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代成立原因を論考した。塵で彼の第一部に於いては、地代は貨幣地代として、総牧釜と生産費との差額であり、第二部 ︵第二編︶に於いては、穀物地代として、勢働生産物より、利子と賃銀とを差引ける残余であった。しかし、第二部に於        カ  む  も  も いては、第一部に於けるが如き、生濠費用項目を離れて、主として一人量り帥労働生産物㈲か前提されて居り、且、地代は 榮働者一入當りに就いて計弊され、地代の絶封額はそれに勢働者数を乗じ江ものでなければならない。即ち、この点に於 いて、彼が、第一部の方法が地代の冊封額を計算する上で適切であり、第二部、第二編の方法が地代の野立原因の補完的 読明として役立つという主張は理解し得る。  今、この点を地代の大きさと成立原因という点より、統一的に考察すれば、第二部、第一編に於いては限界無地代地以 内の各農場に於いては、地代は存在することとなるが、他方、第二編に於いても、集約化に基く地代が存在する、 ︵即ち 彼はか、る各農場に於ける地代額は第一部の方法に基き、総重書−生産費として把握することが適切であるとする。︶し かし、か、る地代は、之をその威立原因という点より解すれば、一面に於いては市場距離の差等に、他面に於いては集約 的耕作に基くものとして、或は、前者一市場距離の差等を媒介として、集約化の差等を通じて、爾原因の綜合に於いて威立 するものと解し得る。斯くして、彼の地代理論の内部には、第一部と第二部との間に、一字の有機的統一性が存在する。 五  以上に於いて、彼の方法論と地代論との交渉關係を彼の雨痕的方法に基く合理性の要求の擬張過程、特に、賃銀と利子 に封ずる地代の合法則的二百の有機的統一性を確保せんとする過程に於いて問題とし、且、之を考察して來たが、彼の第 二部、第一編は第一部の考察の結果として、誘導される限界無地代地の想定に於いて、第一部と形式的に方法論上の結合 關聯を保持し、他方、第二部、第一編より、第二部、第二編への合理性の握張に於いて、彼は限界地に於ける集約的耕作    チユーネン地代論の研究       三七

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   チユーネン地代論の研究      三八 を媒介として、且、それを中心に努働生直物の勢賃、利子、地代への分配關聯を、前者を限界生産力溌i自然賃銀論の關 聯に於いて、地代を差釜、禽鳥的に考察し、最後に、土壌豊度の同一、 ︵限界地に於ける︶集約的耕作をも含めての同一 耕作方法、或は異る集約的耕作方法の假定の下に、市場麗離の差等を媒介とし、第一部と第二部︵第一編・第二編︶との 有機的な結合關聯を保誰せんとする。  斯くして、彼の第一部、第二部︵第一編・第二編︶の各方法は彼の合理性の要求の横張という意圖の下に使駆される函 数的方法により、方法相互の形式的な結合より、更に、か、る方法によって構威される地代、.賃銀、利子の根合法則關聯         や  セ の有機的統一性を一慮、確保するものとして現われる。  今、最後に、リカルドとチユーネンの地代理論を彼等の全理論体系との關聯に於いて比較論考しつ、、後者の地代論に 關する本稿の課題を、彼の方法論と地代論との交渉に於いて結論しよう。  リカルドは斜照論を前提として、土地所有、地代の成立が︵勢働︶債値法則と矛盾するや否やという問題より出獲して地 代論−地代の成立原因とその騰落の法則iを展開し、その基礎の上に賃銀論、利潤論を構成する。即ち、彼の地代論はそ の慣値論を確定し、且、賃銀論、利潤論を慕震付ける任務を有するものであるが、彼は債値法則の点より、穀物債格を中 心として差釜地代︵論︶を誘導し、他方穀物債格による自然賃銀︵生存費論︶更に、それ,まり資本利潤の分離を論明す る。また、リカルドに於いては資本蓄積の進行←入口増加←劣等地の耕作、集約度の強化←穀物自然債格の上昇←自然賃 銀の上昇←資本利潤の低下という債格と分配の諸範縣との盤質的な有機的統一的な把握が存在する。  之に反して、チユーネンに於いてはリカルド地代論とは別に、既論の如く、 一面に於いて、農業組織論の前提であると ともに、他面に於いて、その賃銀、利子論の基礎でもあった。彼の地代論と賃銀・利子論とは限界無地代地の想定に於い て、或は市場距離の差等に於いて、或は集約的耕作に於いて、相互に有機的、統一性を有するものではあるが、彼に於いて

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は、リカルドに於けるが如き、資本蓄積←人口野辺←劣等地の耕作、集約化の強化←穀物自然言言の上昇等の因果論的な        も  も  も  し 一聯の實質的原因は存せす、主として穀物債格を前提とし1察悶的、李面的に、市場距離の差等に於ける農場思議の連績 的差等を︵或は、その極論に於いて︶考えるにすぎす、他方、リカルドに於けるが如き、動態的、絶封的な意味に於ける 牧穫漸減法則の支配は存しない。即ち、その結果としてリカルド七転學に於けるが如き、債値論←地代論、賃銀論、利潤 論というが如き債値法則を中畑としての、それと分配法則との實質的綜合關聯は彼に於いて存在せす、動態的、護展的關 聯に於ける把握は彼より欠けている。  即ち、この点に於いて、彼の地代論が利子、賃銀論と一慮の有機的な結合關聯を有するにせよ、その結合關聯自体が頗  の  も  も  ら  も  も る形式的な性格を有するものとして現われる。然らば、その理由如何Gその理由こそ、正に、 一面に於いて彼の繭数的方 法の中に、或は彼が、諸隊肉の因果關係よりも、その相關関係に重点を置いて考察する態度の中に、他面に於いて、彼の 方法論的立場、即ち、彼の駅亭的方法に結合する合理性の要求の弓張の立場︵それはカントの批判主養原理の各部面への 適用に類似するが︶特に、カント哲學の影響による方法論的、形式主義的、構成主義的立場によるものであり、以上の結 果として彼の理論は勢い察聞的︵一亭面的︶静態的、即ち、非円頭的、且、形式的たらざるを得なかったのではなかろう か。即ち、その室聞的︵雫面的︶溶所以を、彼のカントに於ける直観形式としての二間の重幌、静態的、形式的な所以を カント的︵啓蒙︶暫學の影響の中に見出すことが出來ないであろうか。  彼の全理論は数學的骨格の上に、近代維並立の用具−翻態均衡、極大態態等の想定と限界原理の使騙とによって構築さ れているともいえよう。しかし、彼の合理的白磁−即ち、第一部に於いて、最大地代の追求を假定とするも、それは一面 に於いては、猫逸品企業地主の立場に立脚するものであるが、他面に於いて、か、る合理的経螢の内面構造と適鷹蓮動と を分析せんとする点に於いて維螢三哲傾向を有するものである。即ち、この点に、彼の地代理論が利子賃銀論と或は地代    チユーネン地代論の研究       三九

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   チユーネン地代論の研究       四〇 理論内部に於いても第一部と第二部︵第二編︶との聞に、形式的な有機的統一性を有するにせよ、彼がリカルドを知る以 前に於ける、即ち、孤立國、第一部、第一版、出版期の個別経濟學的傾向と、彼がリカルドを知りて以後に於ける、即ち 孤立國、第一部、第二版出版期以後に於ける耽写経濟霊的考察との交錯が内在し、そこに一つの断岸が存在する。  更に、彼に於いては、その抽象漸減一具体的現身への接近の途は、第二次的な問題であったにせよ、そこに於ける矛盾 は彼の理論に於ける以上の個別経書質的性格とともに、彼の漸時に於ける猫逸の農業構造11土地所有者が︵農業経螢者を 傭入れ︶農業経螢を螢む、土地所有と資本所有との未分離の農業制度の反映そのものでもあったと解することが出來ない であろうか。  彼の孤立國体系−地代理論には以上の如き欠点が内在する。しかし、それにも不拘、彼の地代理論はリカルド地代理論 を補完するものとして差釜地代理論史上、大なる功績を有し、且,重要な地位を占めるものであることは否定され導べく もない。 ︵完︶ ’ 6

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