1.はじめに 有機―無機ハイブリッド材料は有機成分及び 無機成分の両方を有する材料である。その特徴 を図1に示す。プラスチックに代表される有機 材料は分子レベルでの設計が可能で,柔軟性が 高く,比較的低温で容易に合成が可能である が,熱的・化学的に不安定である。一方,ガラ スなどの無機材料は硬く,熱的・化学的に安定 であるが,その反面もろく,加工が難しいとい った特徴を有している。これらの両方の性質を 上手に利用した材料が有機―無機ハイブリッド 材料であるといえる。 広い意味でとらえると非常に多くの有機―無 機ハイブリッド材料があり,有機物と無機物が 共有結合によってしっかりと結合されているも のから,無機骨格の中に分散された有機高分子 が分子間力でハイブリッド化されているものま でが対象となる。これらのハイブリッド材料の 歴史は古く,10年以上前から知られた材料で あり,多くはゾル―ゲル法を用いて作製されて きた[1]。 ゾル―ゲル法では,一般に金属アルコキシド M(OR)nが次式のように加水分解する[2]。 M(OR)n+xH2O → M(OH)(OR)x n―x+xROH
! 1 さらに,下記のような脱水反応や脱アルコー ル反応によって縮重合が進み,MOnで表され る酸化物が形成される。 (脱水反応)
M―OH + HO―M → M―O―M+H2O
! 2 (脱アルコール反応)
M―OH + R―O―M → M―O―M + ROH ! 3 これらの反応は酸性あるいは塩基性触媒の存 在によってコントロールされ,膜や微小球,バ ルクなど様々な形態の材料が作製される。
有機―無機ハイブリッド材料とその微細加工
東京工業大学大学院瀬 川
浩 代,柴 田
修 一
Organic―Inorganic Hybrid Materials ; Structures and Applications
Hiroyo Segawa and Shuichi Shibata
Tokyo Institute of Technology
〒152―8550 東京都目黒区大岡山 2―12―1 TEL 03―5734―2523 FAX 03―5734―2845 E―mail : [email protected] 図1 有機―無機ハイブリッド材料の特徴 42
有機―無機ハイブリッド材料の場合において は,M(OR)nのうちのアルコキシル基が一つ以 上の有機官能基に置き換わった三官能アルコキ シド R’―Si(OR)nなどの原料が用いられる。多 くのものはシリコーン樹脂の原料としてシラン カップリング剤として市販されている。反応式 ! 1に示されるようにアルコキシ基(―OR)の加 水分解・縮重合反応が進み,有機部 R’を側鎖 に持つ有機―無機ハイブリッド材料が形成され る。 本稿では,上記のような有機―無機ハイブリ ッド材料の中から,有機物と無機物の結合様式 に注目し,共有結合によって有機物と無機物が ハイブリッド化したもの,水素結合によってハ イブリッド化したもの,配位結合によってハイ ブリッド化したものを中心に紹介する。また, 特にこれらの材料を利用した光微細加工技術に ついてもあわせて述べる。 2.ハイブリッド材料の構造 2.1 共有結合型有機―無機ハイブリッド材 料 共有結合性によって有機部と無機部が結合し ている有機―無機ハイブリ ッ ド 材 料 に お い て は,あらかじめ有機側鎖を持つシランカップリ ング剤が用いられる。図2には代表的なシラン カップリング剤の構造式を示した。メチル基の ような非常に小さい有機官能基を有するものか ら,ベンゼン環のような嵩高い分子が結合して いるものなど様々な種類のシランカップリング 剤を用いることができる。このような比較的疎 水性の高いシランカップリング剤においてもア ルコキシル基が存在しているために,金属アル コキシドやアルコールとの相溶性は良く,相分 離などはほとんど起こらない。また,図2には 光感応性を有するシランカップリング剤をあわ せて示した。これらのシランカップリング剤中 には C=C 二重結合や,エポキシ基が含まれて 図2 ハイブリッド材料に用いられるシランカップリング剤 43
おり,紫外線などを照射することによってこれ らの結合が変化し,材料に機能性を付加するこ とが可能となる。 実際のハイブリッド材料中ではこれらのシラ ンカップリング剤と M(OR)nで表される金属 アルコキシドが加水分解縮重合することによっ て分子レベルでは高い均質性を有する材料とな るものと考えられる。しかしながら,実際には, 図3に示すようにシランカップリング剤の有機 官能基が集まって疎水性になっている部分と, 金属アルコキシド同士の縮重合によって MOn が形成されている親水性の部分に微視的には分 かれていると考えられ,巨視的には図4に示す ようなモデルが提案されている[1]。 実際 Ti アルコキシドを原料に含む系では, ゾルを形成する反応過程において,2−3nm 程 度の超微粒子が現れることを動的光散乱法によ り確認されてい る[3]。ま た,NMR 測 定 に よっては,反応の初期段階に生成していた,Si ―O―Ti の結合が解裂して Ti―O―Ti の結合が生 じるとの報告もある[4]。Ti アルコキシドの 代わりに Zr アルコキシドが含まれている系に おいても小角 X 線散乱から ZrO2のクラスター が形成されていることが報告されている[5]。 2.2 水素結合型有機―無機ハイブリッド材 料 水素結合によって有機部と無機部が結合して いる有機―無機ハイブリッド材料もある。これ まで示した共有結合型のハイブリッド材料に対 して,比較的弱い結合によってハイブリッド化 した材料である。 水素結合型のハイブリッド材料では無機成分 としては,シリカ,アルミナ,チタニアなどが 用いられ,有機成分には図5に示すポリビニル ピロリドンを代表として,ヒドロキシプロピル セルロース,ポリメチルメタクリレートなどハ イブリッド材料中で水素結合を形成できる様々 な有機物を導入することが可能である。図6に はポリビニルピロリドンを添加したシリカハイ ブリッドのモデル図を示す[1]。このように 加水分解された金属アルコキシドの M―OH と 図3 ハイブリッド材料中の疎水性、親水性領域 図4 ハイブリッド材料のモデル図[1] 図5 ポリビニルピロリドンの構造式 44
ポリビニルピロリドンの酸素が水素結合するこ とによってハイブリッド化されているというモ デルが提案されている。 2.3 配位結合型ハイブリッド材料 ほとんどの有機―無機ハイブリッド材料は上 述の共有結合型か水素結合型に分類される。こ こでは,それら以外の結合型として配位結合型 のハイブリッド材料を取り上げる。シリコン以 外の金属アルコキシドは非常に反応性が高く, 加水分解反応が容易に起こる。しかしながら, β―ジケトンや芳香族ケトンが存在すると,金 属アルコキシドにキレートとして配位結合し, 加水分解の進行が緩やかになる。β―ジケトン と の 間 に 起 こ る 反 応 は 次 の よ う に 表 さ れ る [6]。 また,金属アルコキシドとβ―ジケトンの間 で形成されるキレート環は,可視から紫外 域に吸収を持ち,吸収に対応する光のエネ ルギーを与えることで,キレート環が開環 し,金属アルコキシドとの反応が開始され る。 3.有機―無機ハイブリッド材料の応用 3.1 コーティング膜 有機―無機ハイブリッド材料は様々なと ころで応用されている。特に,ゾル―ゲル 法で作製されるものとして最も多いのは コーティング膜である。プラスチックのよ うに高温処理が不可能な基板への反射防止 膜や高反射膜などへ応用されている。 膜は加水分解・縮重合によって作製した ゾル液を基板に塗布し,基板上でゾル液を ゲル化させることによって膜を形成する。コー ティングには基板を液に浸漬して一定速度で引 き上げるディップコート法,回転する基板の上 に液を供給し遠心力により基板上に液を広げゲ ル化させるスピンコート法,これ以外にスプ レー法やプリンティング法などがある。 ハイブリッド材料では簡便に無機成分を導入 できることから,プラスチックの膜に比べて高 屈折率化が容易であり,膜の熱的安定性,機械 的安定性が高いという特徴を有する。一般的な プラスチックの屈折率は最大値として nD=1.7 ∼1.8である。実際せいぜい100℃ までの処理 ではハイブリッド材料においてもこの程度の値 しか得られない。しかし,300∼400℃ の処理 を行うと屈折率が増大するフェニル基や Ti ア ルコキシドを導入することよって屈折率が2を 超えることが明らかになっている[7]。この 図6 シリカハイブリッド材料のモデル図[1] 45
温度では,有機物は残存しており,ハイブリッ ド材料中の高屈折率 TiO2成分の増加に起因す るものと考えられる。これらの膜の鉛筆硬度は 5H∼6H と高い値を得ている。 3.2 パターニング 紫外線など光に感応性を有する有機材料を添 加した場合には,その性質をいかして作製した 膜上にパターンを形成することが可能であり, 光導波路やレンズアレイ,フォトニック結晶と して応用可能である。 共有結合型ハイブリッド材料の場合のパター ニングにおいては,図2に示すような C=C 二 重結合やエポキシド基などの光感応性を有する シランカップリング剤を添加する。屈折率を調 整する成分として Ti アルコキシドや Zr アル コキシドが用い,シランカップリング剤を添加 して加水分解縮重合後に得られたゾル液をコー ティングすることによって膜を作製する。ゾル 液にはあらかじめ光重合開始剤を添加してお く。作製した膜にフォトマスクをのせ,所望の 部分のみを露光する。露光した箇所は光重合し ており,溶解しにくいため,アルコールに浸漬 し未露光部を除去する。図7には代表的なリッ ジ型光導波路の一例を示した[8]。数µm サ イズの断面を有する導波路が形成されているこ とが分かる。 配位結合型のハイブリッド材料は,紫外∼可 視光領域にキレート環のπ−π*遷移に起因する 吸収を有しており,紫外光やレーザー光によっ て分解することが知られている。ここでは,よ り小さなパターンを形成するために,図8に示 すようなレーザー干渉露光法を用いて作製した 例を示す。レーザー干渉露光法ではマスクを用 いず,光の干渉光をそのまま露光する。フェム ト秒レーザーを光源とすることによって多光子 吸収を起こし,光の強度分布に応じたパターン を露光することができる。キレート環が多光子 吸収によって分解することが確認された。露光 図7 作製した光導波路の一例[8] 図8 レーザー干渉法による周期構造体の作製 46
後,未露光部をアルコール中で除去することに よって図9に示すような種々の構造体が得られ る[9][10]。 4.まとめ 有機―無機ハイブリッド材料の結合形態による 分類とそれらの特徴を示した。有機―無機ハイ ブリッド材料は古い歴史を持っているが,ゾル ―ゲル反応を主体とした材料合成ではまだまだ はっきりと分かっていないところもあり,構造 解析についての検討が行われている。また,昨 今のナノ材料の注目に伴い,新しいアプローチ による材料の開発も進んでいる。ハイブリッド 材料の特徴を生かして,有機材料,無機材料単 独では作製できない新規な有機―無機ハイブリ ッド材料の提案とその応用が期待される。 参考文献
1)C.Sanchez and F.Ribot,First European Workshop on Hybrid Organic―Inorganic Materials,New J. Chem.,18(1994).
2)C.J.Brinker and G.W.Scherrer,“Sol―Gel Science” (Academic Press,1990).
3)S.Shibatae,K.Miyajima,H.Yoshikawa,T.Yano, M.Yamane,J.Sol―Gel Sci.Tech.,19(2000)665. 4 ) F .Babonneau ,Mat .Res .Soc .Symp .Proc .,346
(1994)949.
5)H.Krug,F.Tiefensee,P.W.Oliveira,H.Schmidt, SPIE,1758(1992)448.
6 ) N .Tohogem G .Zhao ,F .Chiba ,Thin Solid Films,351(1999)581.
7 ) Y .Arai ,T .Yano ,S .Shibata ,J .Ceram .Soc . Jpn.,112(2004)S248.
8)瀬 川 浩 代,神 尾 誠,新 井 保 彦,吉 田 和 昭,信 学 技 報,102No.485(2002)29.
9)H.Segawa,S.Yamaguchi,Y.Yamazaki,T.Yano, S.Shibata,and H.Misawa,Appl.Phys.A,83(2006) 447. 10)H.Segawa,H.Misawa,T.Yano,and S.Shibata, SPIE,6106(2006)61060N. 図9 レーザー干渉法により得られた配位結合型ハイブリッド材料の代表的な周期構造体の SEM 像, (左)TiO2系ドットアレイ[9](右)二次元フォトニック結晶[10] 47