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『露團々』章頭俳句に関する一考察 ― 芭蕉の句はなぜ章頭に置かれたのか ―

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Academic year: 2021

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(1)Title. 『露團々』章頭俳句に関する一考察 ― 芭蕉の句はなぜ章頭に置かれた のか ―. Author(s). 菅原, 利晃. Citation. 国語論集, 16: 160-170. Issue Date. 2019-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/10455. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 『露團々』章頭俳句に関する一考察. ー. 芭蕉の句はなぜ章頭に置かれたのか. 菅. 原. 利. 晃. ところで、これら各 句 を見 ると、ところどころに本 来 の形 とは異 なるものがあることに気付く。 例えば、第二回の 「長き日を囀り足らぬ雲雀かな」では、この句を 収 める句集の多くが初句を 「長 き日 も」とし、 「長き日 を」とす る本 句は異句とされているのである。 このような例は、ほかにも次のものがある。. 第五回「溺れな」(「溺れな」とするものはない) 第八回「消えぬべし」(他の多くは 「消えぬべき」とする) 第十回「道ばたの」(他の多くは 「道のべの」とする) 第十一回「枯野哉」(他の多くは 「夏の哉」とする) 第 十四 回「洗ひ上 げたる」(他の多くは 「洗ひたてたる」とす る) 第十五回「白露を」(他の多くは 「白露も」とする). 露伴があえて故意に異句を用いたとは思えないが、少なくとも、 これら異同のある句は、ゆれがあり、またそれほど人口に膾炙され ていないものが多い。. ( 159 ). ー. 一 『露團々』の章頭俳句と松尾芭蕉 幸 田露伴作『露團々』は、全部で二 十一の章にわかれている。そし て、それぞれの章 頭 には、松 尾 芭 蕉 の俳 句 が置 かれている。第 一 回 から第二十一回まで、全部で二十一句の芭蕉の俳句が置かれている のである。そして、その句に添えられるように、露伴自身による短い 文句・副題が続けられている。 「第△回」「芭蕉の俳句」「副題・文句」 という順に配置され、それぞれの章がはじまることになる。 そもそも 、各 章 のはじめに芭 蕉 の句 を置 くことは、 『 露 團 々 』の 「例言」の中に見出すことができる。 一、 巻中章 頭の俳句は、皆諸国に散在せる芭蕉碑上のものな り。 と、書かれているとおりである。 この 「例 言 」の 「芭蕉碑上のものなり」というところから、章 頭の俳 句 がす べて松 尾 芭 蕉 のものであることは明 らかである。現 に、各 句 を調べると、確かに芭蕉の句である(「資料」参照)。 ただし、第 五 回 の句「 玉 河 の水 に溺 れなをみなへし」だけは、芭 蕉 の句ではなく、誤伝である。これ以外は全て、芭蕉の俳句である。. −160−.

(3) 資料 『露團々』章頭の俳句. B 貞享四年(一六八七) 吉野 C 小 春 の長 い一 日 を終 日 囀 り暮 し、それでもなお囀 り足 ら ぬかのように夕雲雀が鳴いている。 新 永 い春 の日 、天 空 高く舞 い上 って、朝から晩まで一日中 囀り続け、それでもまだ足らぬかのように、雲雀は小さな 体でよくも根かぎり囀り続けることよ。 D 「其舌動き易き痴人の妄評と、野夫の雑談。」. 第三回 疑ふな潮の花も浦のはる A (いつを昔 ・泊 船 集 )三 句「浦 のはる」、(蕉 翁 句 集 )三 句「浦 の まつ」 B 元禄二年(一六八九) 二見が浦 C 小 ナシ 新 この二 見が浦では、夫婦岩に砕け散る波の花までも、め でたい新春を寿いでいるのだ。この神境の尊さを、ゆめゆめ 疑うまいぞ。 D 「宮も藁屋も千里同風、天地の中は一ツ人情。」. 第四回 海暮れて鴨の声ほのかに白し A (野 ざ らし紀 行 ・皺 箱 物 語 ・笈 日 記 ・蕉 翁 句 集 草 稿 ・熱 田 三 歌仙・麻刈) B 貞享元年(一六八四) 熱田・名古屋 C 小 異 郷 の海 辺 は暮 れや す く、師 走 の海 はもう 宵 闇 の中 に 沈もうとしている。と、どこからか、かすかに消え残った鴨 の声が、ほの白く聞こえてくる。 新 冬 の海 が寒 々 と暮 れて、薄 明 の彼 方 に鳴 く鴨 の声 が、 どこか仄白い感触を孕んで聞こえてくる。 D 「逆捲く浪のおそろしき世に、人を救ひの法の船長」. ( 160 ). A 所収作品名(校異がある場合は示す) B 制作年(西暦)場所 C 現 代 語訳 小 =『 松 尾 芭 蕉 集 』小 学 館 、日 本 古 典 文 学 全 集 四 一 、昭 和 四 十七 年 新 =『 芭 蕉 句 集 』新 潮 社 ・新 潮 日 本 古 典 集 成 五 一 、昭 和 五 十 七年 D 『露團々』章頭俳句に添えられた文句 第一回 古池や蛙とび込む水の音 A (蛙合・春の日・番匠童・泊船集 ・千句塚 ・蕉翁句集 ・不 猫蛇・ 芭 蕉 翁 全 伝 ・去 来抄 ・三 冊 子 ・葛 の松原 ・水の音 ・庵 桜 集 ・暁 山集 ) B 貞享三年(一六八六) C 小 古 池 がある。春 も終 りに近 いある日 のこと、そのよどん だ水 に蛙が一匹ぴょんと飛びこんで、かすかにあたりの静 寂を破った。 新 春 日 遅 々 たる春 の昼 下 がり。水 の淀んだ古 池は森 閑と 静まり返 っている。と、一瞬、ポチャッと蛙の飛びこむ水音 がして、あとは再びもとの静寂。 D 「此心知り難し、仙家の秘籙か、将た禅宗の公案か。」 第二回 長き日を囀り足らぬ雲雀かな A (続虚栗 ・西の詞・蕉翁 句集 ・真蹟 懐紙 ・あつめ句)初句「永き 日も」、(笈日記・陸奥鵆・泊船集)初句「永き日を」. −161−.

(4) 第八回 藻にすだく白魚や問はば消えぬべし A (東日記)三句「消えぬべき」、(真蹟短冊俳人真蹟全集)三句 「消えぬべし」、(蕉翁句集)二句「白魚も」三句「消えぬべき」 B 天和元年(一六八一) C 小 藻 に群がり集 っている白 魚は、清らに透きとおっていて、 まことにはかなく美 しいが、しかし美 しいからといって、も し不用意 に手に掬いとったならば、たちまちに消えうせて しまうであろう。 新 海 辺 の藻 に群 がって泳 ぐ小 さ な白 魚 。その清 く透 きと おった体 は、手 です くい上 げれば消 えてしまいそう なはか なげな感じだ。 D 「 あはれ深 くも沈 みし思 ひを 、余 所 に見 なしてもゆる不 知 火。」. こと、是非とも蓑虫の音を聞きにご来庵あれ。 新 秋 深 く寂 しさ の極 まるわが草 庵 に来 て、ともにあわれ 深い蓑虫の声を聞けよ。わが友よ。 D 「 鬼 の子 とは清 女 のさ がな口 、泣 く声 をあはれとし給 はぬに や。」. 第六回 芳野にて桜見せうぞ桧笠 A (笈 の小 文 ・笈 の日 記 ・古 蔵 集 ・泊 船 集 ・蕉 翁 句 集 )二 句「桜 」、 (土芳筆全伝)二句「花を」 B 貞享五年(一六八八) 伊賀→吉野 C 小 いよいよ旅立ちだ。そう いえばこの桧 木 笠もまた道 連れ、 桧 木笠よ、さあ吉 野の山に行って、心ゆくまで桜を見せて やろう。 新 さあいよいよ吉野見物の旅だ。桧木笠よ、音に聞こえた 吉野の桜をお前にも見せてやろうぞ。 D 「麻を衣て耜をとらねば淵明も俗、袈裟を切り刀を捨てゝ文 覚の悟り。」. 第九回 蛸つぼや果敢なき夢を夏の月 A (笈 の小 文 ・猿 簑 ・陸 奥 鵆 ・泊 船 集 ・俳 諧 問 答 ・四 山 集 ・類 柑 子・蕉翁句集) B 貞享五年(一六八八) 明石 C 小 ここ明 石 の浦 に船 繋 りして、旅 寝 の楫 枕 に通 う 客 愁 と 懐旧の情を侘びていると、明けやすい夏の月はもう中空に あって、この世 のものならぬ蒼 白 い光 を投 げかけ、海 原 一 面 に夢 幻 の趣 を添 えている。聞 けばこの静 かな海 の底 で、. ( 161 ). 第五回 玉河の水に溺れなをみなへし A (芭蕉句選)二句「おぼれそ」、(杉風句集)二句「おぼれて」 B (誤伝) C 小 ナシ 新 ナシ D 「写 りし影 のいと美 くしきも、落なば惜 しき名こそ流 れめ。」. 第七回 簑虫の音を聞に来よ草の庵 A (続 虚 栗 ・庵 日 記 ・陸 奥 鵆 ・泊 船 集 ・蕉 翁 句 集 草 稿 ・蕉 翁 句 集 ・素 堂 家 集 ・蓑 虫 庵 集 ・蓑 虫 庵 小 集 ・真 蹟 拾 遺 ・蓑 虫 説 跋 ・ あつめ句) B 貞享四年(一六八七) 深川 C 小 草 庵 独 居 の徒 然 を侘 びながら、早 くも新涼 の動き初め た庭 先 に、蓑 虫 のおぼつかない鳴 声 でも聞 こう と、じっと 耳 をす ましています 。同 じく清 閑 の気 味 を愛 す る貴 殿 の. −162−.

(5) れに乗って、広い夏野を旅行く自分を、こうして絵に見るこ とであるよ。 新 自 分 の乗 った馬 が、草 深 く茂 る日 盛 りの夏 野 をのろのろ と行 く。その遅 々 として動 くともないさ まはまさ に一 幅 の 絵であり、われとわが身を画中に見る思いだ。 D 「心の猿の狂ひ出て、啼くも淋しきあり明の空。」. 第十二回 木枯に岩吹きとがる杉間かな A (笈日記・泊船集・蕉翁句集三河国名所詩歌連俳目録) B 元禄四年(一六九一) 三河鳳来寺 C 小 ナシ 新 鬱 蒼 たる杉 林 の絶 え間 から山 頂 をふり仰 ぐと、折 から 吹 きす さ ぶ烈 しい枯 しに吹 き削 られたよう に、鋭 く尖 った 岩が突兀として聳え立っている。 D 「こう〳〵と啼く狐の声は、怖気付いたる耳におそろし。」. 第十三回 景清も花見の座には七兵衛 A (翁 草 ・小 文 庫 ・陸 奥 鵆 ・をだまき・泊 船 集 ・聞 書 七 日 草 ・蕉 翁句集・古今抄)、(きれ〴〵)二句「座では」 B 貞享五年(一六八八) C 小 ナシ 新 さ す が豪勇 の景 清 も、なごや かな花見の座では武 張 った 様 子 をす っかり崩 し、ただのや さ しい七 兵 衛 さ んになりす ましているわい。 D 「日頃は兎に角、人前つくる慇懃面。」. 第十四回 葱白く洗ひ上げたる寒さ哉 A (芭蕉翁発句集)、(韻塞・泊 船集・蕉翁句集)二句「洗ひたて. ( 162 ). 蛸は明日の生命も知らず、人の沈めた蛸壷の中に、はかな い夢を結んでいるという。 新 夏 の月 が海 上 を明 るく照 らしている。海 底 の蛸 壷 の中で、 蛸 は明 日 の朝 には捕 えられることも知 らず に、明 けや す い夏の短夜のはかない夢をむさぼっていることであろう。 D 「潮に乗地になる自惚の、利口ぶるは毎も馬鹿なり。」 第十回 道ばたの木槿は馬に喰はれけり A (或 問 答 ・一 葉 集 )、(野 ざ らし紀 行 )初 句「 道 のべの」、(伊 達 衣)初句「道の辺の」二句「馬の」三句「喰ひけり」、(歴代滑稽 伝 )初 句「 道 野 辺 の」三 句「 喰 れたり」、(去 来 抄 )初 句「 道 な かの」 B 貞享元年(一六八四) 駿河路 C 小 馬上寄るべもない心で道中をたどるうち、ふと目 にとま った木 槿 の花 一 枝 、と、見 るより早 く、それはぱくりと馬 に食われたのであった。 新 馬に揺られながら、道端の垣根に木槿の花が咲いている なと何気なく見ていると、それが突然パクリと馬に食われ、 気 がついた時 には花 はもう 影 も形 もなくなっていたことだ よ。 D 「心すべきは足のつけ所、巌の下に居ぬぞ賢人。」 第十一回 馬ほく〳〵吾を絵に見る枯野哉 A (泊 船集 )三 句「枯野 かな」、(水の友 ・泊 船集許六書入れ・三 冊子・赤冊子草稿・蕉翁句集・続年矢集)三句「夏野かな」、 (一葉集)初句「夏馬ぼく〳〵」三句「こゝろ哉」 B 天和三年(一六八三) C 小 馬 は草 いきれの中を急ぐでもなく、ぼくぼくと歩む。そ. −163−.

(6) 第十六回 白露をこぼさぬ萩のうねりかな A (木 枯 ・翁 草 ・泊 船 集 ・)初 句「白 露 を」、(小 文 庫 ・三 上 吟 ・類 柑子・蕉翁句集・芭蕉翁全伝)初句「白露も」、(栞集)二句「こ ぼれぬ」 B 元禄六年(一六九三) C 小 花さえ咲きこぼす萩の枝が、いまは花に葉に美しい白露 をいっぱいに宿 して、ほどよくしなっている。そして時 折 吹 くほのかな夕風に、そよぐともなくなよやかにうねりなが ら、なお身に置きあますその露をこぼそうともしない。 新 美 しい花 をつけ、露 をいっぱいためた細 長 い萩 の枝 が、秋 風に微かにうねりながらも、その露を落さずにいることよ。 D 「 柔 能 く 剛 を 制 す 道 理 か、荒 ら き 猪 の子 の臥 す も お かし や。」. ものいへ ば唇寒し秋の風. 第十七回 棧や命をからむ蔦かづら A (更科紀行・泊船集・庵の記・蕉翁句集・木曽の谿)三句「蔦か づら」、(韻塞・赤冊子草稿)三句「蔦もみぢ」 B 貞享五年(一六八八) 木曽路・棧橋 C 小 なるほど、これが音 に聞こえた天 下の難所 、木曽の棧な のか。足 もす くむ千 仭 の断 崖 に棧 道 がかかっている。見 れ ばその棧に、燃 えるよう に美しい蔦もみじが、命限 りとか らみついていることだ。 新 目も眩むような木曽の棧に、蔦葛が、放せば落ちんとば かり、命がけで絡みついている。 D 「危い哉〳〵、古人のたまはく御用心々々々。」 第 十八回. ( 163 ). たる」 B 元禄四年(一六九一) C 小 この地 方 の名 産 の根深 葱 は、根 元 の白 い部 分 が多 いが、 その根深 葱をたくさん水で洗いたてて積み上げてある。白 く清 潔 な感 じが、折 からの寒 さ の中 で一 層 身 にしみて感 じられることだ。 新 畑 から抜 いてきた新 鮮 な葱 の泥 を庭 先 の井 戸 水 で洗 い 落 とす と、たちまち真 白 な根 が現 れる。洗 いあげたばか りの、水にぬれたその根 の白さ がいかにも寒々 と目にしみ る。 D 「醜事千里に流れ渡りて、慙をかいたる顔の赤ッ葉。」 第十五回 あら海や佐渡に横ふあまの川 A (奥 の細 道 ・曽 良 書 留 ・其 袋 ・勧 進 牒 ・俳 諧 問 答 ・泊 船 集 ・柴 橋 ・入日 記・風俗文 選・類柑子 ・あまの川・桃鏡芭蕉翁文集 ・ 雪丸げ・真蹟拾遺) B 元禄二年(一六八九) 出雲崎 C 小 出 雲 崎 から日 本 海 のかなたに佐 渡 が島 がある。そこは 古 来 多 くの人 々 が流 罪 にあって悲 運 を嘆 いたところであ り、一 方 また黄 金 が掘 られたりして、人 間 の喜 怒 哀 楽 が 渦 巻 いてきた島 である。しかしいま、夜 空 を仰 ぎ見 ると、 そんな人 間 の些 事 とは無 関 係 に、広 々 と澄 んだ秋 の夜 空 をかぎって、天 の川 が佐 渡 が島 にかけて大 きく横 たわって いる。 新 荒波すさぶ夜の日本海。はるかな闇の中に佐渡の島影が 黒々と横たわり、その中天高く銀河が横切って、初秋の冴 えた夜空に光っている。 D と渡る船の櫂の雫か、雨ふりかゝる袖のなみだは。. −164−.

(7) C 小 さ まざ まに木々 を配置 し、おもしろく作 った庭 に、ちょ う どう まくしぐれが降 って来 て、庭 を一 層 生 々 と元 気 づ けるようである。 新 ナシ D 「無理では行けぬ天地の、道に則る裁判の法。」. 第二十一回 あら尊青葉若葉の日の光り A (奥の細 道 ・芭 蕉 句 選 ・芭蕉 翁 発 句 集 ・雪 丸 げ・一葉 集 ・祖 翁 消息写)、(泊船集許六書入・初蝉・御正伝記)初句「たふと さや」、(曽良本奥の細道初稿)初句「あなたうと」 B 元禄二年(一六八九) 日光 C 小 ああ、なんと尊 く感 じられることよ。この青 葉 ・若 葉 に 降りそそぐ、さんさんたる日の光は。 新 ああ尊いことよ。日光のお山はいま初夏の陽光が燦々と 降りそそぎ、全山 鬱蒼たる青葉若葉が鮮や かに照り映え て、まことに荘厳である。 D 「さき草の新殿に宜も富けり徳も宝も」. 吉野(奈良県) 二見浦(三重県) 熱田・名古屋(愛知県). 二 各句の時・所 『 露 團 々 』の 「 例 言 」では、章 頭 の俳 句 について、 「 皆 諸 国 に散 在 せ る芭 蕉 碑 上 のものなり。」と記 している。そこで、各 句 の詠 まれた場 所 を調 べてみた。 「 諸 国 に散 在 」す る芭 蕉 の碑 そのものによっての調 査ではないが、注釈などをもとに調べると、次のようになる。( )内 は現在の都道府県名を示す。 第二回 第三回 第四回. ( 164 ). A (小 文 庫 ・泊 船 集 ・風 俗 文 選 ・蕉 翁 句 集 ・和 漢 文 操 ・霜 の葉 ・ 蕉門録・土芳筆伝) B 貞享年中 C 小 (自分の座右の銘のつもりで詠 んだ句)よけいなことをし ゃべっていると、秋 の風が吹 いて、唇 が寒々 と感じられるこ とだ。 新 人 はよく、言 わでものことを口 にしたあとで、う そ寒 い 秋風で唇 をなでられたよう な、ぞっとした思 いに襲 われる ものだ。 D 「赤く熟せし柿も淋しく、真情も虚言に見え勝のもの。」 第十九回 春もやゝ気しきとゝのふ月と梅 A (薦 獅 子 ・旅 館 日 記 ・染 川 集 ・陸 奥 鵆 ・続 猿 簑 ・泊 船 集 ・旅 寝 論 ・千 句 塚 ・夏 の月 ・蕉 翁 句 集 ・淡 雪 ・古 渡 集 ・枇 杷 園 随 筆 ・ 白 雄夜 話 ) B 元禄六年(一六九三) C 小 空の月もおぼろにうるんで春めいた趣になり、地の梅も つぼみがほころんで、今 年の春もようやく春の様子がとと のい、春らしくなってきたことである。 新 月は朧に霞み、梅は花をほころばせて、春もようやくそ の気配を調えてきたようである。 D 「 さ りながら寡 婦 眉 を画 くに懶 く、寒 威 未 だ去 らず して菱 鏡に残る。」 第二十回 つくり木の庭をいさめる時雨哉 A (蕉 翁 句 集 ・句 選 拾 遺 ・芭 蕉 発 句 集 )初 句「つくり木 の」、(真 蹟懐紙)初句「作りなす」 B 元禄四年(一六九一)美濃国垂井. −165−.

(8) 玉河(東京都など) 伊賀(三重県)から吉野(奈良県)へ 深川(東京都) 明石(兵庫県) 駿河路(静岡県) 三河鳳来寺(愛知県) 出雲崎(新潟県) 木曽路・棧橋(長野県) 美濃国垂井(岐阜県) 日光(栃木県). ●. 第 十 九 回● 第 十八 回 第 十 七回 第 十六 回 ● 第 十 五回 第 十四 回 第 十 三回 第十二回 第 十 一回 第十回 第 九回 第八 回 第 七回 第六 回 第 五回 第四 回 第 三回 第二 回 第 一回 ● ●. ●. ●. ●. ●. ●. ○. ●. ●. ○. ●. ●. ● ● ● ● ― ― ― ―△ ― ― ― ― ― ― ―△ ― ― ― ― ― ― ―△ ― ― 一六九〇 一六八 五 一六八 〇. これから言えることは、年代に一定の直線的な傾向は見られない が、およそ回 を重 ねるごとに次 第 に年 代 が新 しくなっていることが うかがえる。小さな波 をえがきながら、次第に制作年代の新しい句 を使用していることがわかるのである。 ところで、芭蕉 の句 の制 作 年代にはある一定 の傾向が見られる。 例えば、小学館『日本古典文学全集』の解説(井本農一・堀信夫・村. ( 165 ). 第 五回 第六回 第 七回 第 九回 第 十回 第 十二 回 第 十 五回 第十七回 第 二 十回 第二 十 一回. ●. これらから、日 本 全 国 広 く分 布 している芭 蕉 の句 を用 いている ということ、 「例言」に言うところの 「散在」が、文字 とおり行われて いることがわかる。 しかし、これらの地の配列などには一定の傾向はみられない。 なぜ、各地に 「散在」した句を露伴は用いたのか。なぜ各地に 「散 在 」した 「 碑 」でなければならないのか。 「 例 言 」の該 当 部 分「 巻 中 章 頭 の俳 句 は、皆 諸 国 に散 在 せる芭 蕉 碑 上 のものなり。」を「 巻 中 章 頭の俳句は、芭蕉のものなり。」としてもよいのではないか。様々な疑 問が生ずる。 次の 「 一 、巻 中 に東 西 名 士 の金 言 … 」とあることから、ただ単 に、 広く句・金言を求めようとする姿勢と見なしておくにとどめる。 次に、制作年代であるが、誤伝とされる第五回の句を除く二十 句 を調 べてみると、次 のようになった。(第 十八 回は貞 享 年 間なので その幅とし、中間値をとった。) 第二 十 一 回 第 二 十回. −166−.

(9) 十代から二十代の終りごろまで(京都・貞門時代) 二十九歳から三十七歳まで(江戸・俳諧宗匠時代) 三十七(八)歳から四十歳まで( 深 川退隠時 代) 四十一歳から四十五歳まで(貞享年間) 四十六歳から四十八歳まで(元禄年間・奥の細道前後) 四十八(九)歳から五十一歳没まで(江戸・没まで). 松 友 次)によると、 「芭 蕉 の発句 を、年代 的 に配 列 してみると、その 時々によって大きな変化のあることがわかる」として、 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥. ② 0句 2句. ③. 2句. ④. 句. ⑤. 6. と区分しているが、これに、 『露團々』章頭の句をあてはめてみると、 ① 0句 句 ⑥. という 分 布 になる。④ が最 も多 く、しだいに③ ⑤ ⑥ が次 いで含 まれ ていることがわかる。 それでは、④の時 代以降はどんな句 が作られたのかと言えば、次 のように説明されている。 ④ 漢 詩 漢 語 調 や 波 調 は目 に見 えて減 り、定 型 による、安 定 し た風 流 自 足 の句 が多 くなる。(中 略 )この句 が江 戸 の人 々 に好 まれた ⑤ 時 代 により常 に変 化 流 行 してや まないものであり、変 化 流 行 す ることが、芸 術 の根 底 にある一 貫 す るものを真 に表 現 す るものだという考え方 である。(中略)新しい目で、新鮮な情趣 を発見し、 この時期に芭蕉が力説したことは軽みである。(中略)それは ⑥. 新 しみを責 めることであり、風 流 ぶらないことであり、重くれ ないことであり、持 って回 らないことであり、ねばりがないこと であり、甘 みがないことである。(中 略 )高 く心 を悟 って俗 に帰 るのでなければならない。. 他 の時 代 のものは、 「機 知 的 な」ものや (② の時 期 )、 「作 者 の内 心 を 詠 みこんだ」も の(③ の時 期 )が多 かったが、④ の時 期 以 降 は、 「 人 々 に好 まれた」「 安 定 した」もので、しだいに 「 風 流 ぶらない」「軽 み」を表現した句作になることが示されている。 従 って、 『 露團々 』の章 頭の句は、けっして機 知的 ・諧謔的 ・内 面 的 な句ではなく、芭 蕉 の 「安 定 した」時 期 の 「安 定 した」句 を、それでい て次 第 に 「 風 流 ぶらない」「軽 み」のある句 を使 いつつあるということ がいえるだろう。. 三 各句と副題および内容との関係 『露 團 々 』の各 章 は、芭 蕉 の句 ではじまり、次 いで、露 伴 自 身 によ る(他からの引用らしきものもあるが)副題が添えられている。 この副 題 は、俳 句 を解 説 しているようなものや 、章全 体の要 約 を しているようなものなど、さまざまである。 次に、順に、句と副題と章との関係について述べてみたい。 まず 、第 一 回 だが、句 は 「 古 池 や 蛙 とび込 む水 の音 」という 芭 蕉 の有 名 な句 ではじまっている。これには、 「 此 心 知 り難 し、仙 家 の秘 籙か、将た禅宗の公案か。」という副題が添えられているが、第一回 の内 容 そのものよりも、句 の解 釈 ・感 想 に近 いものである。それでは、 どう 章 と結 び付 くかといえば、第 1回 の内 容 は意 図 不 明 の珍 広 告 だけであ るから、この、突 然 の新 聞 広 告 の不 思 議 さ を、この 「古池 や 」の句 のわかりにくさ ・不 思 議 さ に託 したのではなかろう か。つま り、副 題 は句 の解 釈 ・感 想 を行 いつつ、章 内 容 を総 括 す る機 能 をも. −167−. ( 166 ). 10.

(10) つものと考えられる。 「流れめ」とに、共通のものがある。それは、章 中の 「実に此情の趣き 第二回の 「 長 き日 を囀 り足 らぬ雲 雀 かな」では、 「 其 舌 動 き易 き の美 しくして」と、美 しさ を表 し、 「粂 仙 川 岸 に落て汚 名 を流 し」と、 痴 人 の妄 評 と、野 夫 の雑 談 。」と副 題 がつけられているが、これは、 色 欲 におぼれた久 米 仙 人 の説 話 を示 し、 「 しんじあ」が自ら婚 姻 を 章中にある 「話は鳩の如くおとなしきが尊きを雲雀の如せわしく囀 慎むことを、句の 「溺れな」に代表させたものと考えられる。 り、誰憚りもなき高調子」、あるいは、 「…などと何処も同じやくざ 第 六 回の 「芳野にて桜見せうぞ桧笠」には、 「麻を衣て耜をとらね ものの雑談。」、あるいは、 「かくて此の舌を持ちしにあらで舌にもた ば淵 明 も俗 、袈 裟 を切 り刀 を捨 てゝ文 覚 の悟 り。」と、色 にも恋 に れたる二人は、…」という箇所に関連を見出すことができる。つまり、 も悟りを持つものを示しているが、これは、章中では、 「真珠取り」と 「 じょん」と 「 れおなアど」と 「 じゃくそん」の雑 談 のよう す を、 「 囀 る 「 政 事 家もう るさ し軍 人 も… 」と言 う エセ賢 者 ・贋 悟 得 者 などを表 雲雀」に託 して 「長き日を」の句を選択し、それに 「妄評」「雑談」とい し、副 題 と章 との関連 が示 さ れている。 「 しんじあ」の忘 れようとす う副題を添えたのである。 る思 い(しかし一方 では忘 れないぞとす る思 い)を、 「文 覚 の悟り」と 第三回は、 「疑ふな潮の花も浦のはる」という句である。これには、 し、句の 「吉野に行く決意」で表したものと考えられる。 「 宮 も藁 屋 も千 里 同 風 、天 地 の中 は一 ツ人 情 。」という 副 題 がつけ 第七回の 「簑 虫 の音 を聞 に来 よ草 の庵 」では、 「鬼 の子 とは清 女 の られている。章 中 では、 「 雪 を砕 き玉 を飛 して白 波 立 さ わぐ大 西 洋 さ がな口 、泣 く声 をあはれとし給 はぬにや 。」と、 『 枕 草 子 』の一 節 を、」「 主 意 に同 意 したるや 否 の数 点 を疑 ひ惑 ふの故 なるべし」など を用 いている。この 「 庵 」にあたるものは、章 中「東 屋 めきしもの四 ツ の関連表現が見られるが、ここでは、婚姻の広告を疑うなという「ぶ 五ツあり。」「離れ離れに四ツ聳えしは、蜃気楼にまさりて真の仙郷 んせいむ」の評 を、疑 う なという 芭 蕉 の句 に託 したものと考 えられ なり。」という表現があり、 「しんじあ」を信ずる 「るびな」と、それを る。しかも、二 見浦 は、夫 婦 岩で有名 な歌 枕。婚姻を疑うなという 連 れて来 よう とす る 「 ちェり」いの思 いを、 「 聞 に来 よ」という 句 で表 主旨に程良い句と言える。 現したものと考えられる。 第四回の 「海 暮 れて鴨 の声 ほのかに白 し」は、 「 逆 捲 く浪 のおそろ 第八回の 「藻 にす だく白 魚 や 問 はば消 えぬべし」には、 「あはれ深 しき世 に、人 を救 ひの法 の船 長 」という 副 題 が添 えられているが、 くも沈 みし思ひを、余 所 に見 なしてもゆる不 知 火 。」という 副 題 が 「 海 」と 「 浪 」「 船 長 」の関 連 があるほかに、 「 殊 勝 の志 し、法 の花ふる ある。 「 るびな」の失 意 を、はかなく消 えてしまう 意 の句 で示 したの 亜 米 利 加 の紐 育 府 に一 人 の男 ありて、」という 章 中 の言 葉 に、副 題 であろう。 の 「 法 」という 語 を見 出 す ことができる。つまり、 「 しんじあ」の 「法」 第九回の 「蛸 つぼや果敢なき夢を夏の月」には、 「潮に乗地になる を含 めた心 の清 澄 なることを、芭 蕉 の白 く静 かな清 らかな様 子 の 自 惚 の、利 口 ぶるは毎 も馬 鹿 なり。」と評 している。これは、章 中 に 句を用いることで表したのだと考え得る。 も「 高 慢 ほどおろかなる者 はなけれど、」という 表 現 を見 出 す こと 第 五回の 「 玉河の水に溺れなをみなへし」は、前述のとおり芭蕉の が出 来 るが、求 婚 者 の一 人 のさ かしらなる田 亢 龍 のはかなき野 望 自作ではなく、誤 伝であるが、 「写 りし影のいと美くしきも、落なば を、 「 果 敢 なき夢 」という 句 で表 しているのである。明 日 には蛸 壷 ご 惜 しき名 こそ流 れめ。」 という 副 題 がある。ここでは、 「 溺 れな」と と捕らわれの身になるのも知らずに夢をみる蛸のありさまによって、. −168−. ( 167 ).

(11) はかない夢 をみる 「 田 亢 龍 」のありよう を示 している。また、悪 役 と て、」試 験 に訪 れた者 たちのことである。集 った求 婚 者 たちの姿 ・表 しての 「 田 亢 龍 」の結 果 結 末がう まくいかないことを、この時 点で伏 情・面がまえの違いを、芭蕉の句に託したと考えられる。 線として 「はかなき」としたとも考えられる。 第 十 四 回「 葱 白 く洗 ひ上 げたる寒 さ 哉 」には、 「醜 事 千 里 に流 れ 第十回の 「 道 ばたの木 槿 は馬 に喰 はれけり」には、 「心 す べきは足 渡 りて、慙 をかいたる顔 の赤 ッ葉 。」という 副 題 がある。 「 慙 をかい のつけ所、巌の下に居ぬぞ賢人。」「田亢龍」に取り込まれた、風流の た」のは言うまでもなく試験に落とさ れた者 たちのことで、 「嘲 りし 士「 吟 蜩 子 」を、句 に表 している。す なわち、馬 とは風 流 を解 せぬ にぞ、天晴 れ浮世の綱渡 り、踏外 したる物笑ひとはなりぬ。」と、そ 「 田 亢 龍 」であり、木 槿とは 「吟 蜩 子 」を指 す 。馬に食 われた木 槿 と の 「 慙 」の晒 しよう が書 かれている。試 験 とは知 らず に去 り、また居 は、 「田亢龍」に取り込まれた 「吟蜩子」を言うと考えられる。 続 けた者 たち。試 験 の事 実 ・真 相 がわかり、恥 をかくことを、芭 蕉 第 十 一回 の 「馬ほく〳〵吾を絵に見る枯野哉」には、 「心の猿の狂 の句の洗い上げて葱の白さが現れることに託している。 ひ出て、啼くも淋しきあり明の空。」という副題が添えられているが、 第十五回の 「あら海や佐渡に横ふあまの川」には、 「と渡る船の櫂 この章では、 「るびな」の 「しんじあ」を夢見る思いが書かれている。例 の雫か、雨ふりかゝる袖のなみだは。」という文句が添えられている。 えば、 「 別 れし吾 妹 子 の面 影 う つす 鏡 ともなれかしと悲 むもあるべ 「 と渡 る」とは、この句 から接 続 す るものなのか、そう だとす れば、 く、」や 、 「 よしや 玉 の緒 はたゆるとも絶 る間 なき憂 おもひ、」や、 「 副 題 」という 語 に無 理 があるかもしれないが、章 中 には 「虞 氏 の別 「是程思ひ詰て居る、妾の胸も…」などを見出すことができ、副題は れには血 眼 こす り、」「 真 紅 に沈 む浮 き なげ き 、」「 雨 には悩 むも この章の 「るびな」の切実な悲しい気持ちを表しているのである。また、 の、」「ちッ恨 めしき風 め、雨 め、」という 関連 表 現が見られる。涙 と は 「しんじあ」の涙であり、これを、天の川の句の佐渡を渡る船の櫂の 「有明の月光りなく影白うして、」と、夢を見た時の時間・状況を示 雫によって表したものと考えられる。 す「有明」が副題 にあるように記さ れている。結局、この章では、 「る 第十六回の 「白露をこぼさぬ萩のうねりかな」には、 「柔能く剛を びな」が 「 しんじあ」を夢 に見 ることを、芭 蕉 の俳 句 の 「 吾 を絵 に見 制 す 道 理 か、荒らき猪 の子 の臥 す もおかしや 。」という 副 題 がある。 る」を用 いて示 していることが言 える。この場 合 の 「 絵 」とは、現 実 で 試 験 にパスし、柔 能く剛 を制 した吟蜩 子 を、 「萩のうねり」に表 した はないもの、非現実なものとして、 「夢」と結び付く。 ものであると考える。 第 十二 回 の 「木枯に岩吹きとがる杉間かな」には、 「こう〳〵と啼 第十七回の 「棧や 命をからむ蔦 かづら」には、 「危 い哉 〳〵 、古人 く狐の声は、怖 気付 いたる耳におそろし。」と、前章の 「心の猿」に次 のたまはく御用心々々々。」という副題がある。状況としては、しん いで、 「狐」が 「啼く」ことが副題にある。 「ぶんせいむ」の横暴を、吹き ぷるが放免され、るびなの危機的状況が深刻なものとなっている。こ す さ ぶ木 枯 とそびえる岩 にたとえ、 「 るびな」の絶 望 と悲 しみを表 の危 機 を 「 危 い」「 命 をからむ」として、芭 蕉 の句 によって表 したので していると考えられる。 あろう。 第 十三回の 「景清も花見の座には七兵衛」には、 「日 頃は兎に角、 第十八回の 「 ものいへば唇 寒 し秋 の風 」には 「 赤 く熟 せし柿 も淋 し 人 前 つくる慇 懃 面 。」という 副 題 が添 えられている。表 情 ・姿が変 っ く、真情も虚言に見え勝のもの。」という副題がある。何も言うな、 たのはだれかという と、 「 吾 劣 らじと各 々 肩 を聳 かし鼻 を動 めかし. −169−. ( 168 ).

(12) よけいなことをいう な、という この芭 蕉 の座 右 の銘 とも言 われる名 句だが、 「じゃくそん」が 「ぶんせいむ」に抗議したことを受けて、よけ いなことを言うな、するなということを表しているのであろう。 第十九回の 「 春 もや ゝ気 しきとゝのふ月 と梅 」には、 「さ りながら 寡 婦眉 を画 くに懶く、寒威未だ去らずして菱鏡に残る。」という副 題 がある。ここでは、 「 ぶんせいむ」の理 解 によって事 態 が整 ったこと を、芭 蕉 の句 の 「 とゝのふ」で表 したものと考 えられる。春 の気 配 が 整うこの句は、すなわち、明るい 「春」・結末を暗示させる。 第二十回の 「つくり木 の庭 をいさ める時 雨 哉 」には、 「無 理 では行 けぬ天地の、道に則る裁判の法。」という副題がある。 「いさ める」は 「勇 める」(元気づける)の意だが、 「諌める」と同音語でもある。句の 解釈上は 「勇 める」だが、 「 しんぷる」の登 場 によって、 「 田 亢 龍 」の有 罪・吟の無罪が確定し、 「田亢龍」を諌めるとともに、 「吟蜩子」を元 気づけるともとれる。また、裁判の正義・勇ましさもとりたい。 最終回の第二十一回の 「あら尊青葉若葉の日の光り」には、 「さ き 草 の新 殿 に宣 も富けり徳 も宝 も」という 副 題 がある。この章 では章 末に 「 語 り手 」が現 れるが、そのなかに、 『 露 團 々 』の全 体 を評 して 「 人 の世 は誠 こそ尊 けれ。」という 言 葉 がある。人 の世 の尊 さ を、芭 蕉の句の 「尊」に託したのである。 以 上 、各 章 ごとに見 てきたが、これらから言 えることは、芭 蕉 の 句 は、章 の概 要 や 一 部 を示 していることである。副 題 は、句 を説 明 しながら、あるいは章内 容を示 しながら、句と章を結び付けるはた らきを持っている。 また、芭 蕉 の句 の全 体 の意 味 ・解 釈 ・イメー ジをもとに章 を説 明 す るもののあるが(第 十 回 ・十 四 回 など)、第 二 回「 囀 り」、第 三 回 「 疑 ふな」、第 九 回「 果 敢 なき」、第 二 十 一 回「 尊 」のよう に、句 の一 部を利用しているものも多い。. ( 169 ). 四 小結 『露團々 』の読 者は、最 初に芭蕉の句をみて、不審 に思 う。そして、 副 題 により、章 の内 容 と結 びつけ、どのよう な話 なのか、どう 展 開 していくのか、興味をもって読み始めることになる。 さらに、章を読み終えて、改めて芭蕉の句と副題とを確認するこ とでその意味がわかるようになっている。 これは単に 「小見出し」という説明的なものではなく、読者を考え さ せる一 種の 「なぞとき」「なぞかけ」のようなものとも言える。 『露 團々』では、このような意図から芭蕉の句を章ごとに載せているのだ が、実 は周 到 な用 意 をもって、芭 蕉 の句 を選 択 ・配 置 したものと思 われる。. 【 参 考 文 献】 『 幸 田 露 伴 』(『 岩 波 講 座 日 本 文 学 一 八 』)、岩 波 書 店 、一 九 三 二 年 『評釈猿簑』岩波文庫、一九三七年 『幸田露伴』柳田泉、真善美社、一九四七年 『定本芭蕉大成』尾形仂他、三省堂、一九六二年 『幸田露伴集』(明治文学全集)、筑摩書房、一九六八年 『松尾芭蕉集』日本古典文学全集四一、今栄蔵、小学館、一九七 二年 『芭蕉句集』新潮日本古典集成五一、井本農一他、新潮社、一九 八二年 ※ 本 文 は、 『 露 伴 全 集』第 七 巻 (岩 波 書 店 、一九 五 〇 年 )によった。 ※ 本 稿 では、引 用 に際 して、仮 名 遣 いはそのままとし、漢 字 の旧 字 体 は適 宜 新 字 体 にあらためた。また、振 り仮 名 や 傍 線 等 は略 した。 (すがわらとしあき/北海道教育大学札幌校准教授). −170−.

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参照

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