1.は じ め に
言語は時につれて変わっていく.文化,文明のニー ズに合わせて進化していく.我々が日常的に利用する言 葉や表現が次々と生まれ,定着する表現もあれば,廃れ てしまう言葉もある.ある語彙(例えば「チョベリバ」) に慣れてきたと思ったら,最新の辞書でその意味を調べ ると「死語」に分類されている. 言語が進化していくとともに,言語やコミュニケー ションの現象への見方も拡大する必要がある.例えば, 話者が居住する物理的領域をベースにした区分がある. それには,話者の国籍による区分(日本語,ドイツ語,ポー ランド語),民族性による区分(英語,中国語,アイヌ語), 在住地方による区分(大阪弁,東北弁)などがある.し かし,同じ国籍,同じ民族性を有する集団の中でも,時 とともに新しい語彙が現れ,これまでの言葉が使われな くなり,世代間のギャップが起き,未成年者と成年者の 間でコミュニケーションが取りにくくなるケースも少な くない.言語,またそれを使う人間についてより深く理 解するためには,「空間」的な次元のみならず,「時間」 的な次元も考慮した言語変化の研究を行う必要がある. 顔文字や絵文字などは,コンピュータとともに成長し てきたディジタルネイティブの世代の入替わりを定義す る代表的な表現である.その世界中の伝搬を見ると,む しろ言文一致と同じくらい重みのある現象といえよう. なお,現代文明のニーズに合わせて生まれてきた顔文字, 絵文字などの新語彙は研究対象として軽視できず,そし てそれに関する研究は,今後言語研究のメインストリー ムに含まれる必要があることを,この解説記事によって 明らかにする. 以下では,顔文字の現象を定義し,それが現代の形に なるまでの道を簡単にまとめた.そして,これまでに行 われてきた顔文字・絵文字に関する研究を紹介し概観す る.また,この現象に関する,今後の研究の道しるべと して,顔文字・絵文字の研究フレームワークを提案する.2.歴史と文化における顔文字の位置付け
ある現象を研究の対象とするためには,その科学的な 定義(あるいは専門的な定義)を用意しなければならな い.また,科学的な定義の前には,人がその現象の存在 に気付いていることを表すいわゆる常識的な定義(ある いは一般的な定義)も存在する.本解説でも,研究対象 としての専門的な定義を示す前に,顔文字について話す ときは具体的に何のことを考えるかを明確にしなければ ならない.すなわち,顔文字を,「インターネット上の 会話において人がそのときの気持ちなどを表現したいと きに文字と記号を素材とし想像力を使って新しく発明し て利用する表現」,と簡単に定義する.さて,この定義 に当てはまる表現が初めて現れたのはいつだろう. 2・1 顔文字の起源に関する謎 初期のホモ・サピエンスやホモ・エレクトスの洞窟壁 画以来,人間が絵を使って表現をする歴史は紀元前 30 万年以前までさかのぼると確認されている.また,紀元顔文字の現象および研究の概観
─記号の遊びが科学されるようになった道─
A Review of the Phenomenon and Studies on Emoticons
─ How Play on Symbols Became Science ─
プタシンスキ ミハウ
北見工業大学Michal Ptaszynski Kitami Institute of Technology.
奥村 紀之
明石工業高等専門学校電気情報工学科Noriyuki Okumura Electrical and Computer Engineering, National Institute of Technology, Akashi College.
ジェプカ ラファウ
北海道大学大学院情報科学研究科Rafal Rzepka Graduate School of Information Science and Technology, Hokkaido University.
Keywords:
emoticon, kaomoji, face mark, emoji, smiley face, SNS(social networking service). 「顔文字の科学─ Web 上の非言語表現・行動に関する新研究分野の誕生─」前 4000 年頃古代エジプトにて使われていたヒエログリ フ(神聖文字)においても多種の絵を用いて,概念的ま た音声的意味が表現されている [Champollion 22].古代 中国にて発祥した漢字(表意・表語文字)に関しても, およそ 6000 年の歴史がある [Xigui 00]. 笑顔や泣き顔を描く表意文字が漢字として発祥・利用 されていたのであれば,そこで謎が解けたのだが,現在, そのような証拠は見つかっていない.では,初めて笑顔 を描いて気持ちを表した例は何年に記録されているのだ ろう. 一般的に絵文字として認識されている smiley face(ス マイリーフェイス)に関しては,良く似た石彫刻が紀元 前 2500 年頃にニーム(Nîmes,フランス)の洞窟に記 されていることが発見されており,これが史上初のスマ イリーフェイスの記録として認識されている(図 1).現 代では,1950 年代頃から,スマイリーフェイスのイメー ジが頻繁に利用されるようになり,ポップカルチャーの 重要な要素の一つとなった.しかし,文字だけでつくら れた顔文字はいつ初めて使われたのだろう. 最 も 古 い 顔 文 字 の 記 録 は, ア メ リ カ の 大 統 領, Abraham Lincoln(エイブラハム・リンカーン)の 1862 年の演説のメモに含まれていると思われる.リンカーン が故意に顔文字を使ったのか,あるいはスペルミスだっ たのかは明確ではないが,“;)”という「笑顔」に見える マークが演説のメモに使用されている(図 2).この顔 文字に見えるマークは,“applause and laughter”(拍 手と笑い)という短い注釈の後に置かれ,ユーモラスな コンテキストで使用されていることから,意図的な利用 が示唆されている. その他の,文字と特殊記号のみで描かれた顔の例は, 1881年にアメリカの風刺雑誌“Puck”(パック)に登場 している顔文字があげられる(図 3).この顔文字の特 徴は,初めて,“喜び”や,“悲しみ”などという感情の ラベルが注釈付けられ,史上初のラベル付きの顔文字で ある. 2・2 現代顔文字の誕生 現在,存在しないことは考えられない現代文明の発明 の一つとして,インターネットがあげられる.しかし, 現代人にとって不可欠なこのコミュニケーションツール が一般的に利用されるようになったのは,たった 30 年 ほど前のことである. インターネットは,最初から情報交換を目的につく られた.離れた場所にある複数のコンピュータを一つの ネットワークでつなげる最初の試みとしては,1969 年 に行われたカリフォルニア大学ロサンゼルス校とスタン フォード研究所の間での文献情報の交換のために設立さ れたネットワーク(ARPANET)が考えられる.そこか ら数多くの研究機関がネットワークに追加され,その後 1982年に TCP/IP が規格化された.そして,1982 年の秋, ある日のお昼の少し前,ちょうどインターネットの人気 が爆発する寸前,現在知られている顔文字が生まれた. すなわち,現在の顔文字の父ともいえるカーネギー メロン大学のコンピュータサイエンス学科の研究教授 Scott Fahlman(スコット・ファールマン)氏が学科の 電子掲示板(BBS)で初めて顔文字の「:-)」を使い,ネッ トワーク上の会話において冗談のマーカとして提案した (図 4).最初は ARPANET 参加者の間でのみ広がった顔 文字は,Usenet*1を通じて一般ユーザに広がり,さら に 1980 年代末頃より一般的に利用されるようになった インターネットへと広がっていったと思われる. 欧米の Usenet に似て,日本では,インターネット上 の初期的なコミュニティがアスキーネット*2で開花を始 めていた.そこである掲示板の管理者である若林泰志氏 が 1986 年 6 月 20 日に日本で初めて(ˆ_ˆ)という顔文 字を使ったという(図 5 参照). 図 1 ニーム(Nîmes,フランス)の洞窟にて発見された スマイリーフェイスに似た紀元前 2500 年頃の石彫刻 (写真の元:Wikimedia Commons,著作権:Public Domain) 図 2 リンカーンが 1862 年に行った演説のメモの一部. その中に ;)という「笑顔」に見えるマークが赤字の輪に囲 まれている
図 3 Puck, No. 212, p. 65(30 Mar. 1881)に掲載されている 顔文字
*1 http://www.giganews.com/usenet-history/
*2 アスキー(株)が提供していたパソコン通信サービス,1997 年 8 月 24 日で終了.
インターネットが一般的に利用されるようになるとと もに,そこでのより効率的なコミュニケーションの手段と して顔文字がつくられ,また進化してきた.まさに,イン ターネットがあったからこそ顔文字が現れたといっても 過言ではない.なお,インターネット上に行われるやり取 り,会話などを研究の対象にするのであれば,ネット上 の言語の特徴的な表現として初めてこれだけ広く流行し た顔文字に注目をおく必要性は軽視できないであろう.
3. 現代顔文字およびインターネット上の
非言的語表現の作業定義
上記 2 章の顔文字の歴史の概略から,顔文字は多種 多様の形に現れてきたことがわかる.例えば,横向きの :-)や,正位置の(ˆ_ˆ),丸い笑顔の などがある. また,近年,通信技術の発展とともに表現の形式も進化 し,顔文字と同じような使われ方をした絵文字,スタン プや GIF 画像などがあげられる.ここではまず,それ らを分類化し,最後にインターネット上に使われる非言 語表現の作業定義を提案する.また,分類化した顔文字 とその他のネット非言語表現の例を表 1 に示す. 3・1 ネット上の非言語的表現の分類化 年代順には,まず 2・2 節で紹介したような顔文字があ る.顔文字とは,文字列のみを使用してボディランゲー ジ(顔の表情,動作,しぐさ,身振り手振りなど)をま ねした表現と定義できる.また,実際の顔の表情と同 じく,顔文字も話者の気持ちや感情,態度などを表す ために利用されるという特徴から,英語では emoticon (emotion+icon,感情+アイコン=エモティコン,感情 的アイコン)と呼ばれるようになった. まずは,アメリカで開発された横向きの顔文字と日 本で広がった顔文字を区別する必要がある.前者は,欧 米に現れたことから西洋式顔文字と呼ばれ,後者は日本 に初めて現れて日本式・東洋式顔文字と呼ばれることが 多い [Ptaszynski 10, Ptaszynski 12].しかし,2017 年 現在両方の顔文字がアジアでも欧米でも頻繁に利用され ている [Jeon 15, Park 14] ことから,省略的な名付け方 として認められるものの,今後正確な名称が必要とな る.本解説では,ファールマン氏が提案した:-)のよ うなものを横向き顔文字,日本で使われるようになった (ˆ_ˆ)のようなものを正位置式顔文字と名付ける*3.ま た,正位置の顔文字の例には,単純な(ˆoˆ)から精巧な (̅(工)̅)ほか,一般的に顔文字らしいものもあれば, もともと文字一つや二つへの見方を変えて,姿勢や動作 の意味で使われるものもあり,その例には「orz」(がっ かり,絶望の意味)や「ぷ.」(ボウリングなどの意味) などがあげられる. 上記の顔文字は,精密さのレベルは異なるものの,す べて 1 行に収まるという特徴をもつ.その他に,複数の 行に及ぶアスキーアート(略:AA)もある.AA とは, ASCII*4の文字コード基準に含まれた文字と特殊記号 のみを数多く用いて複数行にわたり大きな絵を描く表現 である.もともと ASCII の文字のみが使われていたが, 現在その他の文字コード基準を用いた記号のアートも一 般的にアスキーアートと呼ばれる. 文字の組合せで絵をつくる遊び,いわゆる「文字絵」 は江戸時代から日本に存在しており,その有名な例とし ては「へのへのもへじ」がある(図 6 参照).また,カ リグラム(フランス語:Calligramme)という文字を使っ た芸術は,ポーランド人の詩人と美術批評家ギヨーム・ アポリネール*5の作品を始めとして,1900 年代初期フ ランスで美術の一つとして流行した(図 6).また,タ イプライタの一般普及とも重なり,タイプライタで似顔 絵を描いたホバート・リース(Hobart Reese)の作品も 図 4 顔文字の父とその名言の書込み (写真の元:Wikimedia Commons,著作権:PublicDomain) 図 5 東洋式顔文字(^_^)が初めて使われた書込みの記録 (元:http://deafcomic.jp/Others/facerec.txt) *3 欧米と日本の顔文字を区別するためには欧米では前者を emoticon,後者を kaomoji あるいは face mark と呼ばれること もある.*4 American Standard Code for Information Interchange の略. *5 本名:Wilhelm Albert Włodzimierz Apollinaris de Wa¸ ˙z-
そこに含まれる.現代では,欧米においては 1990 年代 のハッカー文化から普及し,日本では 2 ちゃんねる*6の ような電子掲示板においてよく見られる. ネット上の非言語表現はインターネットや電気通信技 術とともに進化してきた.最初は文字だけの顔文字が流 行したが,技術の発展につれて単純な絵を記号化するこ とが可能となった.なお,1999 年に当時 NTT ドコモの 栗田穣崇氏が携帯電話用の単純な 176 個の絵文字を含 む第一セットを発明した.現在,この絵文字の初セット は 2016 年にニューヨーク近代美術館に美術のコレク ションに収蔵され,広く一般に美術品として認識されて いる*7. 初期の絵文字は日本国内のみで普及したが,2007 年 から Google が Gmail サービスへの導入を目的として, 絵文字セットを Unicode へ含めるために開発を進めて おり*8,2010 年に成功した.また,2011 年に Apple 社 によって発売された新型スマートフォン iPhone6 には高 解像度の絵文字が含まれ,世界的に流行したという.文 字のみでつくられた顔文字と違って,絵文字,特に最新 の高解像度の絵文字には,表現性が高く,2017 年現在 Unicode*9には 2 389 個の絵文字が含まれている.また, 複数の絵文字から一つの絵文字に記号化されるものもあ る.絵文字が世界的な注目を集め,現在なくてはならな い表現の一つとして認識されている.また,2014 年以 降,絵文字の世界的な利用数が急増した.これらの状況 を背景に,同年 7 月 17 日には,World Emoji Day(世
界絵文字デー)が発表された*10.さらに,オックスフォー ド辞典が絵文字の (泣き笑い)を 2015 年の「今年の 言葉」として発表した*11.加えて,本稿が発行される 2017年,絵文字を主人公としたアニメーション映画「The Emoji Movie」(ザ・エモジ・ムービー)が公開される予 定である*12.また,絵文字の人気を表す極端な例として,
Herman Melville(ハーマン・メルヴィル)の小説“Moby Dick”(白鯨 / モビーディック)[Melville 92] が丸ごと 絵文字に翻訳されて“Emoji Dick”(絵文字ディック)*13 というタイトルで出版されたことがあげられる. 2004年に創立された Facebook*14や 2006 年に創立さ れた Twitter*15などのソーシャルネットワーキングサー ビス(SNS)が人気を集め続け,またスマートフォンが 一般的に利用されるようになり,SNS 数が急増してい る.顔文字と絵文字の歴史において特筆すべき SNS の 顔文字 高解像度の表現 1行 多行 絵文字 スタンプ MEME/ GIF 横向き (西洋式) 正位置(東洋式) アスキーアート 単純 :-‑) :) :-‑] :] :-‑3 :> 8-‑) (^o^) (>_̲<) (^_̲^;) (-‑_̲-‑;) (~∼_̲~∼;) (・.・;) ∧__∧ ( ´∀`) ( ) | | | (__)___) 精巧 >X^P~∼~∼ x-‑p :-‑Þ O:-‑) 0:-‑3 @}-‑;-‑'-‑-‑-‑ (ノಠ益ಠ)ノ⼺彡┻━┻ 【テーブルのひっくり返し】 (^o^)ρ┳┻┳°σ(^o^)/ 【卓球】 。・゜・(つД`)・゜・。 【大泣き】 ©LINE ©NTTドコモ ©Apple 表 1 顔文字とその他の非言語表現の分類化および例 図 6 左:エッフェル塔を描いたアポリネールのカリグラム, 右:へのへのもへじ(著者自作) (左図の元:Wikipedia,著作権 PublicDomain) *6 https://www.2chan.net/ *7 https://www.moma.org/collection/works/196070 *8 https://japan.googleblog.com/2008/10/gmail.html *9 http://www.unicode.org/ *10 http://worldemojiday.com/ *11 http://blog.oxforddictionaries.com/2015/11/ word-of-the-year-2015-emoji/ *12 http://www.imdb.com/title/tt4877122/ *13 http://www.emojidick.com/ *14 https://www.facebook.com/ *15 https://twitter.com/
一つとして,2011 年に創立された LINE*16があげられ る.LINE 社は一般的な絵文字のほかに,高解像度の絵 文字 STAMP(スタンプ)を使えるようにし,新たな人 気の波を起こした.一般的な絵文字とは異なり,スタン プには超高解像度の画像が含まれており,アニメーショ ンがついているものも少なくない.また,絵文字は一般 的に無料で使えるのに対し,スタンプは有料で販売され, 2013年には LINE 事業における売上構成比では,スタ ンプだけで 40%となった*17.主に日本で人気を集めて いる LINE に対し,Facebook はチャットアプリケーショ ン Messenger を通じ,高解像度の絵文字(スタンプ) をステッカーという名称で世界的に展開している. SNSの普及の影響で近年爆発的に人気を浴びたネッ トの非言語表現には,ミームと GIF 画像がある.イン ターネットミームとはポップカルチャーの有名なイメー ジやスナップショットにユーモラスなコメントを加えた 静止画像のことである.Meme(ミーム)という言葉そ のものは,1976 年にリチャード・ドーキンスが「利己 的な遺伝子」でつくった造語であり,ある文化において 情報の流布を説明するのに用いた単位のことであった [Dawkins 89].SNS の友達ネットワークの中での急速 な広まり,および影響の範囲が伝統的なニュース媒体(テ レビニュース,新聞など)よりも効率的であることから, 社会現象として間もなく研究の対象となり [Blackmore 00, Kempe 03, Shifman 14],近年の積極的なマーケティ ング(バイラルマーケティング,ゲリラマーケティング) に応用されるようになった(ミームマーケティング).
GIF(Graphics Interchange Format:グラフィクス インタチェンジフォーマット)とは,1987 年に初めて 規格化された 256 色以下の画像の可逆圧縮形式のファイ ルフォーマットである.ほかの画像フォーマットに比べ て容量の節約ができるため 1990 年代には広く使われて いた.また,1990 年に発表された新規格(GIF89a)で は複数の画像を順番に表示し単純なアニメーションの効 果が可能となったことから,初期のインターネット広告 やホームページのバナーで利用されていた.現在の SNS 上の利用には,主にアニメーションの効果が利用され, 上記のミームに似て,ある文脈(ニュース,スキャンダ ルなど)の反応としてユーモラスかつ皮肉的なコメント を表すアニメーションとして Facebook などで広く使わ れている. 3・2 ネット上の非言語表現の作業定義 上記の分類化をベースに,ネット上の非言語表現の作 業定義を以下のとおり提案する. ネット上の非言語表現とは,インターネット上に 制限された表現環境(五感情報不足など)におい て話者がその制限を超えている概念を表現するため に,環境が許す範囲内のツール(記号,文字,画像 など)を使い,新表現を発明し,語彙化し,ある一 定の意味(あるいは意味の範囲)をそれに合った文 脈・場面で意識的に伝えるのに利用される表現のこ とを指す. また,顔文字とは,ネット上の非言語表現の一種で, 文字と特殊記号のみからつくられた表現と定義する. ところで,インターネット上には,個人の写真や動画 を共有することも可能となっており,コミュニケーショ ン手段の一種と考えられるが,それらを上記の定義には 含めない.その理由は,写真と動画は,そのものの意味(内 容)を伝え,語彙化されることがないからである.また, [Kihl 10, Yu 06]など,インターネット上のユーザの行 動を分析する研究において,非言語的な行動(例えば, Aをクリックしたら次はどこをクリックするかなど)が 分析の対象となることもあるが,それらも語彙化されて おらず,また多くの場合無意識的,あるいは半意識的に 行われる行動であり,上記の定義に含めない.さらに, 上記の定義を作業定義として提案する理由は,インター ネット上の新表現の発明が激しく,近い将来に上記の分 類化に新しいタイプを追加し,定義を更新する必要が起 こることが予想されるからである. なお,本解説の後半では,非言語表現の中でも主に顔 文字を対象とする.
4.顔文字を対象とする研究の概観
本章では,英文和文を問わず,顔文字に関するこれま での研究とその傾向を紹介する.また,近年「顔文字」 は「emoticon」という英単語に翻訳されるようになった が,初期の研究では「face mark」や日本語をローマ字 化した「kaomoji」という単語も利用されている.ここ では,これらの研究をすべて対象とするが,日本語では 「顔文字」,英語では「emoticon」に統一する. 4・1 初期の顔文字研究(1995 ~ 2000 年) 情報科学関連を中心に科学論文において,emoticon というキーワードが使われるようになったと記録され ているのは,1990 年代後半であり,例えば,Picard ら の 1997 年の論文があげられる [Picard 97].しかし, Picardらは,顔文字そのものを研究したのではなく,認 知科学および人工知能の研究において感情的知性を研究 フレームワークに含めることを提案し,その中に顔文字 も研究する必要があると強調している. また,日本における研究としては,1999 年の風間ら の論文 [風間 99] があげられる.ただしここも,顔文字 が研究対象となっていない.風間らは,チャットのため の日本語形態素解析の開発を目的とし,一般的な形態素 解析器に登録されていない顔文字を出力の誤りとして扱 *16 https://line.me *17 https://japan.cnet.com/article/35043539/い,除外した.
2000年代前後から顔文字に関する研究は急増した.
例えば,CMC(Computer Mediated Communication, コンピュータを媒体したコミュニケーション)という広 い範囲において,顔文字の役割 [Walther 01, 山口 00], 感情の表現としての重要性 [平 00],また顔文字の使用 における男女の違い [Wolf 00] などの論文が見られる. 4・2 顔文字研究の傾向(2000 ~ 09 年) 現在の研究にもつながる人工知能および自然言語処理 分野における顔文字を研究対象とした先端的な研究とし て,中村らの研究 [中村 02, 中村 03] があげられる.中 村らは,顔文字と感情表出の関連を調査し,入力文の文 脈に合った顔文字を自動的に生成するべく,顔文字を部 位・パーツ(口,目,など)に分け,機械学習をさせて, 対話システムへ応用した.結果には不十分な点があっ たが,人工知能研究において初めて顔文字をシステマ ティックに扱った研究として注目すべきである. インターネット上のコミュニケーションを円滑にする ことを目標に,入力文の内容に合致する顔文字を生成す る研究は,その後多くの研究者に取り上げられ,顔文字 生成,また主に顔文字推薦の分野として広く研究される ようになった [Liu 03, Suzuki 06, Urabe 15].
顔文字が社会的現象として定着するとともに,その使 用に関する調査・研究が,社会科学,コミュニケーショ ン学などの観点から行われるようになった.例えば,コ ミュニケーションにおける顔文字の使用のポライトネス との関連性に関する研究 [原田 04] や,感情の表現ツー ルとしての顔文字に関する研究 [松本 05],また,インター ネット上の集団語において不可欠な表現として顔文字 を認める研究 [松田 06] などがあげられる.特に,荒川 らの研究では,謝罪文における顔文字の効果 [荒川 04], 友人同士のコミュニケーションにおける顔文字との関わ り [荒川 05] や,送受信者間の感情緩和への影響 [荒川 06]について広く論じている.また,上記のような研究は, 海外でも増える傾向が見られる [Derks 07]. 2000年代後半から,脳科学の観点から,人間におけ る顔文字の理解に関する研究が行われるようになった. 湯浅ら [湯浅 06, 湯浅 09, Yuasa 11] は,同一内容に対し て顔文字を付与する場合としない場合の脳反応を調べる とともに,それらを擬人化エージェントへと応用してい る [湯浅 08]. さらに,顔文字のみではなく,絵文字も研究範囲に取 り入れた研究が現れ,例えば,携帯電話における絵文字 利用の調査 [北村 09, 西川 04] や絵文字の収集,データ ベース化 [Radulovic 09],ユーザ感情の自動推定 [Yang 07]などに関して研究が行われている.このような,絵 文字・顔文字が伝達する情報を用いて,感情の自動分析 および自動分類を試みた研究はこの年代に開花し始め, 顔文字解析・抽出の分野をつくり出し,人工知能および 自然言語処理の分野において,顔文字研究の中心に置か れ始めている.例えば,田中らの文中の顔文字の抽出お よび解析を試みた研究 [田中 04, Tanaka 05] では,日本 語用の構文解析器を用いて,文法として認識されない 部分に着目してそこから顔文字を抽出し自動分類を行っ た.さらに,[Yamada 07] は,特に顔文字の感情解析に 注目し,顔文字を成立させる文字と記号の連鎖(N グラ ム)の統計をもとに顔文字の感情分類を行った.また, 顔文字と絵文字を両方用いてユーザ感情推定を試みた研 究もある [Takami 09, 山下 08]. また,感情情報のみならず,顔文字は blog 著者の年 齢区分 [泉 09] およびタレントの人気度 [大根 08] を推定 するのに役に立つと示されている. 4・3 顔文字の科学の創立(2010 年~) 2010年以降は,顔文字と絵文字が徐々に研究対象と して定着するとともに,顔文字の使用に関する長期的研 究 [Tossell 12],そして文化による使用傾向の違いの研 究 [Park 13] が見られるようになった. また,顔文字を対象とした人工知能研究として顔文字 解析と顔文字推薦の二つのテーマが注目を浴びるように なった.前者に関しては,[Ptaszynski 10] らが顔文字 の部位を利用するというアイディアを活用し,文中の顔 文字の存在検出や,顔文字の抽出,顔文字およびそれを 含む文の感情解析など,広い範囲で研究を展開している. 顔文字の検出および抽出では,Ptaszynski らのほか に,[Bedrick 12] では特に Twitter 内の顔文字に着目し 抽出を試みた.また,[Yokoi 15] は Ptaszynski らと同 様の方法を用いて顔文字抽出を行った.顔文字の感情表 現という役割を利用し,2010 年以降は顔文字を利用し た感情極性解析・感情種類解析の研究が盛んになってい る.Ptaszynski らのほかに,奥村らは文字情報と顔文字 両者に着目し話者の感情状態を推定しており [奥村 12], また [Hogenboom 13] では,主に横向き顔文字を利用し 感情極性推定を行った. SNSの普及につれて,特に Twitter を中心に顔文字 を利用した感情表現抽出 [水岡 11] やユーザの感情状態 の傾向 [笹原 14] に関する研究が見られる.また,顔文 字を手掛かりとした半教師あり学習を用いた Twitter 言 語モデルを提案した研究もあげられる [Liu 12].さらに, 顔文字のみならず,絵文字も利用した研究も増えてきて いる [Zhao 12]. 一方,顔文字推薦に関しては,文中の感情解析をベー スにした顔文字推薦 [Urabe 15] や,顔文字が伝達する 幅広い情報(感情,挨拶,眠気など)を用いた顔文字推 薦の研究 [江村 12] があげられる.その他,顔文字入力 のための直感的インタフェースを提案している研究もあ る [伊藤 12]. 解析や推薦,またはそれらを用いた別タスクへの応 用に関する研究に加えて,顔文字や絵文字そのものの意
味の分析 [Barbieri 16] や対話における盛上がりの分析 [稲葉 11],オノマトペとの関連性調査 [瀧下 15] なども あげられる.加えて,脳科学の観点からの研究も行われ ている [Kim 16, Thompson 16].
5.将来研究の方向性
20年ほど前に小さなニッチとして始まった顔文字の 研究は長く複雑な道を歩んできた.研究の初期段階では, 顔文字研究の必要性そのものが強調されていた [Picard 97].一方,顔文字はエラーとして除外されるべきもの と認識されていたこともある [風間 99].これら不遇の 時代を乗り越え,Facebook や Twitter などの SNS の普 及とそれに伴う顔文字・絵文字の人気爆発を経て,多 くの研究者から注目されるようになり,その解析への初 期的な試みが始まった [Tanaka 05, Yamada 07].2010 年代後半の現在,顔文字解析用システムはプラトーを 得 [Bedrick 12, Ptaszynski 10],他の研究分野への応用 の研究 [Liu 12],オンラインコミュニケーションを円滑 にするべく内容に合った顔文字を推薦する技術の開発 [江村 12, Urabe 15] の研究が増えてきた. 顔文字の研究が盛んになった現在,これまでの研究 の経路を整理するべく Ptaszynski らが顔文字のための 研究フレームワークを提案し,顔文字をよりシステミッ クに研究するための研究課題を含めている [Ptaszynski 12].それを洗練し,2016 年の現状に合わせたものを以 下のように表示する. 上記のフレームワークには,顔文字の解析とその詳細 分類のように近年研究が急増している項目もあれば,顔 文字の生成のように長期にわたりあまり研究が進展して いない項目もある.現在,顔文字を解析する完全なシス テムは存在していないが,研究の方法論自体はある程度 確立されている.今後は研究項目自体を改変するのでは なく,それぞれにおける最適化が求められていると考え られる. 一方,これからの顔文字を対象とした研究において 特に注目すべきなのは,これまであまり研究されてこな かったテーマである顔文字の生成である.また,顔文字 は感情の表現として研究されることが多いが,この非言 語表現がもたらす意味の範囲を拡大し,より深い解析を 行うための研究が期待される. また,インターネット上の非言語表現として,顔文字 は一番長い歴史があるためそれに関する研究が多く,そ の次に人気を集めた絵文字も後をつけている.しかし, 3章で示したように,現在使われているネット非言語表 現には,アスキーアートやインターネットミームなど数 多くのものがある.それらに関する研究は,現段階では まだ数少ない [Oliveira 16] ため,それらを調査・解析・ 生成した研究が特に期待すべきである.6.ま と め
本稿では,現在社会現象となっている顔文字およびそ の他のインターネット上の非言語表現の概観を行った. 具体的には,顔文字,絵文字などの起源と現在の在り方 を紹介し,ネット非言語表現の作業定義を示した.また, これらに関するこれまでの研究傾向を三つの時期に分け て紹介した. 初期では,顔文字を研究する必要性に気付いていた事 例があれば,誤りとして扱い研究範囲から除外していた 事例もあった.中期には,顔文字や絵文字が社会現象と して認識され,社会科学,言語学,脳科学などの分野か ら研究され,また,情報科学,人工知能において顔文字 の自動的な抽出,解析手法が提案され始めた.後期(お およそ 2010 年より現在まで)には,顔文字解析の研究, そして特に Twitter などのような SNS の環境における 役割の研究が増えた.また,顔文字を目,口などの部位 に分割するなど,研究の方法論が具体化し,一定の研究 フレームワークが提案されている. 絵文字を主人公とする映画が上映される 2017 年現在, 顔文字や絵文字は単なる社会現象ではない.日常的なコ ミュニケーションの多くが行われるインターネット上の 必要不可欠な存在であり,その在り方,変動に関する研 究はますますその重要性を増すと考えられる. なお,これからの情報科学,人工知能研究においても, すでにニッチな場を離れ,メインストリームの研究テー マになりかかっている.これに伴い,笑顔の代表的な表 現である顔文字・絵文字に関する研究が増えるにつれて, 普段客観的かつ一般人にとっては面白みのない研究分野 にも,文字どおり「笑顔が増えてくる」ことを期待する. また,本解説記事がその一助となれば,幸いである.◇ 参 考 文 献 ◇
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2017年 3 月 13 日 受理