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コロイド粒子系への自然知能の物理的実装

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Academic year: 2021

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1.は じ め に

鳥や魚,昆虫の群れに見られる合目的的な集団的振舞 いは群知能と呼ばれ,その起源は隣接する個体どうしの 局所的な相互作用,すなわち情報交換とそれに対する応 答にあると理解されている.それらの素過程をモデル化 して得られる計算アルゴリズムは,組合せ最適化問題や 意思決定問題に対するヒューリスティック(発見的)な 解探索法として広く利用されている [Yang 13].さらに 進んで最近では,複雑で動的な環境における柔軟かつロ バストな社会システム設計などへの適用も模索されつつ ある. 群知能を発現するそれぞれの個体自体は,少なくとも アリやハチ程度であれば,さほど深く何かを考えている とは思えない.しかしそれらが相互作用し,集団として 振る舞ったとき,私達はそこに「知性」を感じる.人間 の脳も,神経細胞そのものは単純な演算素子であるが, それらが記憶素子であるシナプスを介してネットワーク を構成することによって知性が生まれる.上述のように 私達はこれらの「知性」に対してモデル化を行い,それ なりにわかったつもりで活用しているが,完全な理解と 呼ぶにはまだほど遠いはずである.「知性」の起源,本 質を解明し,ハード的・ソフト的な応用を目指すには, 個体の個性や多体の相互作用,環境の揺らぎの要素を包 含した物理系に自然知能を実装し,動作させ,理解を深 め,実装にフィードバックするというアプローチが有効 であろう. 私達は以下で紹介するとおり,コロイド粒子をあたか もアリやスピンに見立て,「知性」の物理的実装を試み ている.演算機能と記憶機能を兼ね備えた相変化材料を 用い,粒子間の静電相互作用,親・疎水性相互作用,流 体を介した相互作用などを導入することにより,コロイ ド粒子の多彩な行動様式を実現している.本稿では動 画でお見せできないが [斎木 18],あたかも意思をもち, それを互いに伝達し合っているかのように振る舞う粒子 を眺めていると,言葉では言い表せない「知性」を実際 に感じる.

2.簡単な実装例:シュタイナー木問題

自然知能の入口ともいえる,わかりやすい一例を紹介 する.以下の問題を考える.「図 1(a)にある四つの黒 丸を線分でつなぎ,総距離が最短のネットワークをつく りなさい.ただし,任意の位置に新たな点(中継点)を 加えてもよい」.これはシュタイナー木問題と呼ばれ, 組合せ最適化問題の一つである.正解は図 1(a)の点 線のようになり,中継点から延びる 3 本の線分が互いに 120度をなしている.一見純粋な数学の問題であるが, 図 1(b)のように石鹸水の膜を使っても解くことがで きる.これは有名な方法で,YouTube 上で多数のデモ実 験を見ることができる(「シュタイナー木」,「石鹸」で 検索). 私達はこの実験を,通常の 1 万分の 1 のサイズに装 置を小型化して実施してみた.用意したセットアップは 図 1(c)のとおりである.2 枚のカバーガラスと直径 2 µmのポリスチレンビーズ(以下単にビーズと略記)を 使って,二次元の隙間(スリット)を形成し,スリット 内に界面活性剤を含む水を充填する.ビーズはスリット の高さを固定するスペーサとしてだけでなく,水をつな ぎとめるアンカーとしても使用している.ビーズを順 につないだ線分を外周とする水たまりを初期状態とし て(図 1(d)左),その後の時間変化を観察する.水た まりは水の蒸発とともに収縮していくが,その際,水た まりの側壁の総面積が常に最小になるように(表面エネ ルギーが最小になるように),側壁の曲率は決定される. すなわち上から見たとき,ビーズを結ぶ曲線の長さの総 和は時々刻々,常に最小値を維持している.したがって, 水の蒸発が終わった時点での線分の集合が最短のネット ワークとなる(図 1(d)右).この仕掛けそのものが「計

コロイド粒子系への自然知能の物理的実装

Physical Implementation of Natural Intelligence in Colloidal Particle

Systems

斎木 敏治

慶應義塾大学理工学部電子工学科

Toshiharu Saiki Department of Electronics and Electrical Engineering, Faculty of Science and Technology Keio University. [email protected], http://keio-saiki-lab.com/

Keywords:

natural intelligence, colloidal particles, ant colony optimization, spin glass, phase-change materials. 「自然界に見いだす数物構造を利用した知的情報処理」

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算機」として使われることはもちろん期待していないが, 水たまりの収縮過程を観察することによって,最短ネッ トワーク探索の効率的なアルゴリズムが見つかるかもし れない.

3.物理的実装のための基盤材料

前章の例では,単純な物理法則に従った自然現象の中 に「問題を解いている」という感覚を見いだすことがで きた.とはいえ,機械的に計算問題を解いている程度で あり,これを「知性」と呼ぶのは大げさであろう.距離 だけでなく,複数の評価関数を同時に満足し,不測の事 態に対するロバスト性を備えるといった現実世界の問題 に即した解を提示してこそ,「賢いなぁ」という感覚が 呼び起こされる.そういった観点で,アメーバは単細胞 生物でありながら,ロバストな交通網設計を実証してお り [中垣 10],知性をもった生き物として語られる.ア メーバの知性に取り組む先駆的研究者達は,アメーバ を「二次元空間に分散された生化学反応体」,「成長する 伸縮性の膜に包まれた非線形媒体」,「並列入力・並列出 力を備えた並列無定形コンピュータ」と位置付けている [Sharp 17](本特集号の青野真士氏の解説も参照いただ きたい [青野 18]).知性を想起させるこれらの表現を眺 めると,物理的実装の鍵は,記憶機能をもった環境の中 で演算機能を備える個体が分散し,個体間や環境との相 互作用を通して時間的・空間的相関(ネットワーク)を 形成しながら,自らが学習,最適化,修復する能力を具 イド,特に GeSbTe(以下 GST と略記)が代表的な材 料である.結晶相とアモルファス相で物性が大きく異な ることがこの材料の魅力の一つである.結晶相は光学的 には屈折率(n),消衰係数(k)が大きく,電気的には 導体である.一方,アモルファス相は n, k が小さく,絶 縁体である.例えば,本稿で紹介する実験で使用したレー ザの波長(532 nm)では k の値が両相で大きく異なり, 結晶相においては k=4.4 であるのに対し,アモルファ ス相においては,k=2.4 となっている. 光を用いた相変化は図 2 のように誘起する.短く強い 光パルスを結晶相に照射すると,材料が溶けて急冷され, アモルファス相となる.長く弱いパルスを照射すると, 材料はアニーリングされて,結晶相に戻る.アモルファ ス化においては,材料は融点(Tmelt)を超える必要があり, 結晶化の場合は結晶化温度(Tcryst)以上でないとアニー リングが生じない.いずれも相変化に際して温度のしき い値があり,このしきい値性が演算機能をもたらす.

4.なぜ物理的実装をしたいのか

具体的な研究例の紹介へ移る前に,なぜ我々が自然知 能の物理的実装を目指すのかという点について,現時点 で考えていることをまとめてみたい. 第一はもちろん,物理的実装を通して,速く,小さく, エネルギー効率の良い「計算機」を実現したいと考えて いる.後に紹介する量子シミュレータは,性能のうえで は組合せ最適化問題専用機として最強であるが,その一 方で,ほぼ満足のいく答えを,支障のない程度の短い時 間で出してくれる小型・省エネ計算機も有用である. 第二に,既存のコンピュータの性能を超える「計算機」 図 1 (a)シュタイナー木問題の一例. (b)石鹸水の膜を使った物理的解法. (c)ポリスチレンビーズと界面活性剤を含む水を 使ったマイクロメートルサイズの「計算機」. (d)水の蒸発によってビーズをつなぐ最短ネット ワークが出現する様子.右図中〇印で囲んだ点は新 たに置かれた中継点 図 2 相変化材料の結晶化・アモルファス化過程

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の実現が難しいとしても,物理的に実装しようと努力す ることによって,有用なアルゴリズムのヒントが得られ ると考えている.実装する物理系や相互作用メカニズム の探索,設計,動作観察などを通して初めて着想に至る アイディアがあるはずである.6 章で紹介するスピング ラス問題解探索アルゴリズムは,そのような過程を通し て得たものである. 第三には,自然知能そのものの理解が深まることを期 待している.例えば群知能に対して人間は十分な理解を 得ているとは言いがたい.生物学者による研究には自然 知能という視点から常に新たな発見があり,そこから学 ぶことは多い.実際にものを見ることが本質であるとす ると,理解している範囲で群知能を物理系に実装し,広 くパラメータを振りながらそれを注意深く観察する意義 は大きい.

5.アリコロニーの物理的実装

本章では,群知能としてよく知られている,アリによ る最短経路探索の物理的実装について紹介したい.アリ は巣と餌の間を往復する際,フェロモンを放出すること によってその足跡を残す.また,アリはそのフェロモン に引き付けられるという性質をもつ.フェロモンが強い 経路には多くのアリが集まり,そのアリ達がフェロモン を放出しながら歩くので,正のフィードバックがかかる. 一方,フェロモンは時間とともに蒸発する.遠回りの経 路は往復に時間がかかるため,蒸発によってフェロモン が相対的に弱くなり,他のアリが集まりにくい.すなわ ち負のフィードバックがかかる.これらの正・負のフィー ドバックによって,アリは集団で協力し合いながら,最 短経路を見つけ出す.この行動様式はアルゴリズム化さ れ,最適化問題の解探索法として広く活用されている [Dorigo 06]. 物理的実装のための実験セットアップを図 3(a)に 示す.2枚のカバーガラスと直径2 µmのビーズを使って, 二次元スリットを形成する.ビーズはスペーサとして機 能しており,一方のカバーガラス上には厚さ 100 nm の 相変化材料膜(GST)が成膜されている.スリットは直 径 1 µmのビーズを含む水で満たされており,このビー ズをアリに見立てる.GST を相変化させるために上方か らパルスレーザ光を広域に照射する.レーザパルスのフ ルエンスを適当に設定すると,図 3(b)のようにビーズ のレンズ効果によって,ビーズの直下のみが結晶化する. 図 3(c)はビーズが自らの直下を結晶化しながら動い ている様子である.ビーズの軌跡が白い線(結晶相)と なって見えており,これをフェロモンとして機能させた いと考えている.結晶相は周囲のアモルファス相と比較 して消衰係数(k)が大きいため,一様な光を照射した 場合でも,結晶相がより多くの光を吸収し,温度が上昇 し,対流が発生する.この対流は,周囲の粒子を結晶相 側へ引き寄せる方向に発生し,フェロモンに他のアリが 誘引される機能を模擬するうえで役立つ. 図 4 は線状の結晶相に周囲のビーズが引き寄せられ, さらに線状結晶相に沿ってトラッキングしている様子で ある.ビーズのレンズ効果により,線状結晶相のコント ラストが徐々に濃くなり,それにつれてビーズの引寄せ も強くなっている.すなわち,上で説明した正のフィー ドバックが実装されていると考えられる.なお,フェロ 図 3 (a)アリコロニーの物理的実装のセットアップ. (b)ビーズのレンズ効果により,ビーズの直下のみがアモルファス相から結晶相へ相変化 する様子. (c)セットアップを真上から見た光学顕微鏡画像.左がパルス光照射直後で,右がその 4 秒後. ビーズは対流によって中心に向かって移動しており,その軌跡が白く結晶化している

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モンの蒸発については,一定の割合で強いパルス光を照 射して,結晶相をアモルファス相に戻すことによって実 装可能である. もう一つの実装スキームとして,温度に応じてゾル・ ゲル転移するポリマーを用いた方法を紹介する.セット アップは図 3(a)とほぼ同一で,スリット内を水ではなく, 高温・低温でゾル(低粘性),中温でゲル(高粘性)と なるポリマーで充填する.パルスレーザ照射下で中温領 域に存在するビーズの挙動を観察する.中温領域ではポ リマーはゲルであるため,ビーズは動きづらいが(図 5 (a)),ビーズのレンズ効果によって直下の GST が加熱 されると,近傍のポリマーが高温のゾルとなり,ビーズ は動き始める(図 5(b)).ビーズは自らの周囲をゾル 化しながら前進し,かつ後方はしばらくゾル状態が持続 する.ゾル化がフェロモン放出に相当し,歩いた経路が ゾル状態として残るので,他のアリはその経路を追随し たがる傾向にある(図 5(c)).連続して他のアリが追随 すれば,ゾル状態が維持され,フェロモンが弱まること はない.一方,アリの追随の頻度が低いと,ゾル状態か らゲル状態に戻ってしまい,これはフェロモンの蒸発に 相当する(図 5(d)).またある確率で,新しい経路を 開拓するアリが現れ,これがより良い経路であれば,そ ちらを追随するアリが増える. 上で説明した振舞いを実際に観察した結果を図 6 に示 す.パルス光照射開始からの経過時間を各顕微鏡写真の 左上に示している.一つ一つのビーズの動きを追ってみ ると,他のアリが残したフェロモンへの誘引とそれをな ぞることによるフェロモンの増強によって,主要な経路 が形成される様子が見られる.また,ショートカット経 路が発生し,他のアリがそちらを選択する様子なども確 認できる.

6.スピングラス問題解探索の実装

本章では,組合せ最適化問題の一つであるスピングラ ス基底状態探索を題材として [西森 99],物理現象を利 用した計算について考えてみたい.ここで取り上げるス ピングラスとは,図 7(a)のように正方格子上に配列 したイジングスピン系(スピンの方向は上・下の 2 方向 のみ)において,隣り合うスピンどうしの結合として強 磁性相互作用と反強磁性相互作用(それぞれスピンを同 方向,反対方向にそろえる相互作用)がランダムに分布 している状況を指す.すべての結合が強磁性的であれば, スピンはすべて上,または下を向き,すべての結合が反 強磁性的であれば,スピンの向きは上・下を交互に繰り 返す.相互作用がランダムに分布するスピングラスの場 合,一般にすべての結合における相互作用を満足するス ピン配置は存在しない.あらゆるスピン配置(上・下の あらゆる組合せ)のうち,相互作用を満足する結合が最 も多い(最もエネルギーが低い)配置を基底状態と呼ぶ. 図 7(a)のスピン配置は,別途計算された基底状態の 厳密解を示している.太点線で示した結合は反磁性相互 図 4 ビーズが線状結晶相へ引き寄せられ,さらにトラッキング している様子. (a)説明図と(b)光学顕微鏡写真.ビーズ(本実験では直 径 0.5 µmを使用)を白丸で囲んでいる.線状結晶相をトラッ キングしているビーズは黒丸で囲んでいる.丸で囲んでい ない大きい黒い点はスペーサ 図 5 ポリマーのゾル・ゲル転移をフェロモン放出・蒸発として 利用したアリコロニー実装の概念図 図 6 パルス光照射でポリマーをゾル化(フェロモン放出)しな がら移動するビーズの光学顕微鏡写真. 複数のゾル化経路が接続する(フェロモン誘引),他のアリ が追随することによってゾル化経路が通りやすくなる(フェ ロモン増強),偶発的にショートカット経路を形成するなど の様子が見られる

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作用であるが,それによって結ばれているスピンは同じ 方向を向いており,相互作用が満たされていない. 巡回セールスマン問題などの組合せ最適化問題は,ス ピングラスの基底状態探索問題に置き換えられることが 知られている.ただし,一般に問題のサイズ(スピンの数) とともに計算時間が爆発的に増大するため,ビッグデー タ時代の昨今,新しいアルゴリズムの考案や専用マシン の開発が盛んに進められている [Inagaki 16, Yamaoka 15]. スピングラス問題を解くためのアルゴリズムとして, シミュレーテッドアニーリング法が頻繁に用いられる. スピン配置とともに変化する全系のエネルギーランドス ケープにおいて,浅い谷底(局所解・極小値)に落ち込 むことを避けるために,熱的なジャンプを繰り返しなが ら,最も深い谷底(グローバル解・最小値)を探し出す というアルゴリズムである.近年,量子力学における重 ね合わせの原理を巧みに利用し,自律的にグローバル解 に到達するアルゴリズムが提案され [西森 18],それを 物理実装した量子シミュレータがカナダの D-Wave 社に よって開発されている [宇都宮 14]. 我々は,スピングラス系を結合振動子系に置き換える ことにより,新しいアルゴリズム探索とその物理実装の 研究を進めている.具体的には,図 7(b)に示すよう に各スピンを古典的な振動子(ばねとおもり)に置き換 え,強磁性・反強磁性結合に対応させて,隣り合う振動 子のおもりを以下に説明する 2 種類のばねでつなぐ(図 8).強磁性相互作用に対応するばねは,通常のばねであ り,その伸縮によって復元力が加算され,系のエネルギー が上昇する.したがって隣り合う振動子は伸縮を避けて, 同位相で振動することを好む.もう一つのばねは仮想的 なものであり,伸縮によって系のエネルギーは低下し, 隣り合う振動子は逆位相で振動することを好む.図 8 中 の矢印の向きが,強磁性・反強磁性相互作用におけるス ピンの向きを連想させる.スピングラスの基底状態探索 に対応する計算として,結合振動子系の最低モード(最 も固有振動数の低い基準モード)を求める.個々の振動 子に対する連立運動方程式の定常解の計算は,線形代数 の固有値問題を解くことと等価であり,固有ベクトルの 各成分が,対応する振動子の振幅を表す.上述したよう に各振動子の振幅の符号をスピンの向きに対応させる. 具体的なスピングラス問題(例えば 5×5 の格子)を結 合振動子アルゴリズム(Coupled Oscillator Algorithm: COA)で解いてみると,あるときは別途計算した厳 密な基底状態のスピン配置と完全に一致し,あるとき は 2 ∼ 3 か所のスピンの向きに誤りが見られた [斎木 16].そこで,COA のアルゴリズムとしての評価を,シ ミュレーテッドアニーリングアルゴリズム(Simulated Annealing Algorithm:SAA)と比較することによって 実施した.例題としては 79×79×79 の三次元のスピン グラスを使用し,両アルゴリズムを同一の計算プラット フォームで実行した.結果を図 9 に示す.計算時間の関 数としてイジングエネルギー(低いほど正解に近い)が どのように下がっていくかをプロットしている.計算の 初期段階では COA が優れた解を示し,徐々に飽和して いくのに対し,SAA が途中から COA を追い抜き,最終 的には SAA のほうがより良い解を提示している.計算 時間と解の精度はトレードオフであり,これらの優劣は どのような場面で使用するかに依存する.仮に SAA が 提示するベストな解の 75%程度の解で十分満足いく用 途であれば(図 9 の点線),計算時間は COA のほうが 1 桁短く,既存の SAA に対して優位性を主張できる. 図 7 (a)スピングラス問題の一例.黒・グレーの点線はそれぞ れ強磁性・反強磁性相互作用を表す. (b)は(a)に対応する結合振動子モデル.各振動子の振幅 の符号(相対的な振動方向)とスピンの方向を対応させる 図 8 強磁性・反強磁性相互作用と結合振動子モデルで導入する正・負の相互作用 図 9 結合振動子アルゴリズムとシミュレーテッド アニーリングアルゴリズムの性能比較

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によって,当該の振動子の優先度を上げて計算すること ができ,誤りを高い確率で訂正できる.逆に振幅の大き な振動子は,対応するスピンが反転したときに周囲に 与える影響が大きく,「絶対に誤ってはいけないスピン」 であることを明示している. 現在,私達はプラズモニクスを利用した COA の実装 を検討している [Saiki 17].その概念図を図 10 に示す. 各振動子をある特定の波長で共鳴する金ナノ粒子で置き 換える.隣接する振動子をつなぐばねの役割は,金ナノ 粒子どうしの双極子間相互作用が担う.正・負の相互作 用は金ナノ粒子の相対位置の調整によって与えることが できる.さらに前段で説明した,隣り合う振動子間の結 合強度を調整する機構として,相変化材料を金ナノ粒子 間に挿入する.系全体に光を照射したとき,振幅の大き な振動子に対応する金ナノ粒子はその周囲の光電界強度 が強くなり,相変化材料がアモルファス相から結晶相に 変化する.結晶相のほうが屈折率が大きいため,金ナノ 粒子間の相互作用が弱まる.逆にいうと,振幅の小さな 振動子の周囲は光電界強度が小さく,相変化材料はアモ ルファス相のまま変化しないため,相対的に金ナノ粒子 間の相互作用が強くなり,上述と等価な機構となる.しか も,結合強度の調整を自律的に行う仕掛けになっている.

7.スピン系のコロイドへの実装

コロイド粒子の集合体は,結晶やガラスの人工的モデ サとして機能しているが,ビーズサイズや空間分布のば らつきにより,スリット高さは 1 ∼ 2 µmの範囲で場所 ごとに異なっている.スリット内を直径 1 µmのビーズ を含む水で充填する.このビーズが結晶を構成する「原 子」として振る舞う.下方のカバーガラス表面には厚さ 100 nmの GST が成膜されている.上方からパルスレー ザを広域に照射すると,GST がこれを吸収し,空間的 な温度勾配が形成され,強い対流が発生する.この対流 をビーズの集合体形成の駆動力として利用する.光強度 を変化させると対流の強さが変わる.これは結晶を外側 から押す「圧力」が調整可能であることを意味する. 私達は,簡単なシミュレーションにより,スリット高 さ,ならびに光強度(圧力)とともにさまざまな結晶構 造が出現することを確認している.スリット高さがほぼ 粒子直径に近い 1 層の場合は三角格子になり,2 層に近 い高さになると正方格子も現れる.特にここで興味があ るのは,スリット高さが 1.5 層分に相当する場合であり, Buckled相と呼ばれる,ビーズが上下交互に配置する構 造が形成される(図 11(b),(c)).この構造に特に着 目する理由は,イジングスピン系で頻繁に議論される, 三角格子におけるフラストレーションと等価な現象が見 られるからである [Han 08].三角格子が反強磁性結合で つながっていると,スピンは互いに反対方向を向きたが る(反平行の配置を好む).図 11(a)のように二つの スピンが反平行の状況で,三つ目のスピンの方向を考え 図 10 結合振動子系の物理的実装. プラズモン粒子(金ナノ粒子)間の相互 作用を相変化材料によって自律的に調整 する機構を内在している.c-GST,a-GST はそれぞれ結晶相,アモルファス相 GST 図 10 結合振動子系の物理的実装. プラズモン粒子(金ナノ粒子)間の相互 作用を相変化材料によって自律的に調整 する機構を内在している.c-GST,a-GST はそれぞれ結晶相,アモルファス相 GST 図 11 (a)反強磁性相互作用する三角格子上の スピンの配置.Buckled 相を(b)横から, (c)上から見たときのビーズの配置.ス ピンの上向き・下向きがビーズ位置の上・ 下に対応している [Han 08]

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ると,上下どちらを向いたとしても,いずれかの反強磁 性結合は満たされないことになり,フラストレーション が発生する.ビーズによる結晶構造の Buckled 相もこれ と同じ状況にある.図 11(b),(c)のようにビーズは 上下交互の配置(スピンの反平行の配置に対応)を好む が,三角格子を形成しているため,フラストレーション を伴う. 図 12 は,Buckled 相の動画観察のスナップショット (20 ms ごとの静止画)である.ビーズはフラストレー ションを感じ,いろいろな場所で上下動しながら,最適 解を探していることがわかる.この測定でのパルス光強 度では,エネルギーランドスケープ(全ビーズの上下配 置の関数としての自由エネルギー変化)におけるエネル ギー障壁が小さく,自由エネルギーが極小となるさまざ まなビーズ配置が時々刻々出現している.さらにパルス 光強度を増大させると,エネルギー障壁が徐々に高くな り,いずれかのビーズ配置が選択されることになる.こ れは,いわゆるアニーリング過程に相当すると考えられ る.磁性ビーズを一定の割合で混合し,ビーズ間に強磁 性相互作用(隣り合うビーズがそろって上下に動きたが る傾向)を導入すると,まさしく前章のスピングラスが 実現する.今後,アニーリングによる基底状態探索過程 の可視化を目指す. 動的過程への興味として現在,ビーズ間の相間距離(あ るビーズの上下動がどの程度遠くのビーズに影響を与 えているか)の評価や相間に対する人為的な重み付け付 与(強い動的相関をもつビーズを結合する)などを行い, 最適化問題としての問題設定の多様化を検討している. また,上下動を神経細胞の発火現象とみなし,相間をもっ たネットワークが徐々に形成される過程を模擬できる可 能性も議論している.

8.お わ り に

本稿では,コロイド粒子をエージェントとして利用 した,アリコロニーとスピン系の物理的実装の実験例を いくつか紹介した.実装とは言っているが,あくまでも 私達が勝手に「こうに違いない」と考えている機構に基 づいて,それと等価な物理系を探して実験しているに過 ぎない.全く見当はずれな実験をしている可能性もある し,うまくいけば,これまでの解釈に異論を唱えるくら いのことができるかもしれない.そういった視点で,最 近発刊された「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか」 というフランス・ドゥ・ヴァールによる著書は,内容も さることながら,タイトルからして大変示唆に富んでい る [de Waal 17].私達の頭の中やコンピュータ上で展開 させる世界だけでは,わからないものはいつまでもわか らない.物理的実装の意義は,スタート地点こそ人間の 予測的解釈に基づく模倣ではあるが,謙虚に眺めている うちに,「実はこう解釈すべきなのでは?」,「こんなこ とに応用できるのではないか?」といったインスピレー ションを獲得することにある.あるいは,すでに解釈が 確立している現象とのアナロジーを見いだすことで,理 解が一気に進む可能性もある.実験上のパラメータを大 きく振ることができる点も意義は大きく,進化の過程を なぞるように,「なぜここに落ち着いているのか?」を 理解する一助になる. この分野の研究が他分野と大きく異なるところは,多 くの場合,「やってみないとわからない」という性格が 非常に強いということである.これこそが魅力であるが, その一方で自然知能は完全なブラックボックスではな く,人間の賢さがなければ自然の賢さはわからない.自 然知能には私達が「関わっている感」が常にあり,人間 の感性とも密接に関連する奥深い学問であると感じてい る. 謝 辞 ここで紹介した研究はすべて,研究室の学部生,大学 院生,ならびに共同研究いただいた方々の努力とご尽力 の賜であります.研究に携わったすべての方をここにあ げることはできませんが,特に以下の方々の貢献に感謝 致します.コロイド系の実験は山口 慧君,中山牧水君, 相馬 僚君,山本詠士助教,スピングラス系の理論的考察 は金澤翔平君,比留川悠介君によるものであります.相 変化材料の成膜にあたっては桑原正史氏(産業技術総合 研究所)に技術的援助をいただきました.また日頃より 研究内容について議論いただいた成瀬 誠氏(情報通信研 究機構),青野真士准教授,金 成住特任准教授(慶應義 塾大学)にお礼申し上げます. 図 12 Buckled 相におけるフラストレーション下でのビーズの上 下動のダイナミクス観察. 20 msごとのスナップショットを並べている

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colloidal monolayers, Nature, Vol. 456, pp. 898-903(2008) [Inagaki 16] Inagaki, T., et al.: A coherent Ising machine for

2000-node optimization problems, Science, Vol. 354, pp. 603-606(2016)

[Li 11] Li, F., et al.: Colloidal assembly: The road from particles to colloidal molecules and crystals, Angew. Chem. Int., Ed., Vol. 50, pp. 360-388(2011) [中垣 10] 中垣俊之:粘菌 その驚くべき知性,PHP 研究所(2010) [西森 99] 西森秀稔:スピングラス理論と情報統計力学,岩波書店 (1999) [西森 18] 西森秀稔,大関真之:量子アニーリングの基礎,共立出 版(2018) [斎木 16] 斎木敏治:光相変化による演算・記憶機能の空間相関形 成がもたらす知的機能,応用物理,Vol. 85, No. 2, pp. 118-122 (2016)

[Saiki 17] Saiki, T.: Switching of localized surface plasmon resonance of gold nanoparticles using phase-change materials and implementation of computing functionality, Appl. Phys. A, Vol. 123, pp. 577/1-12(2017) 2018年 7 月 13 日 受理

著 者 紹 介

斎木 敏治 1993年 3 月東京大学大学院工学系研究科物理工学 専攻博士課程を修了,半導体励起子超高速分光に関 する研究で博士(工学)を取得.同年 4 月より財団 法人神奈川科学技術アカデミー常勤研究員,1998 年より同研究室長.この間,近接場光学顕微鏡の開 発とナノ分光技術の応用分野開拓に従事.2000 年 4 月より東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻専 任講師,2002 年 4 月より慶應義塾大学理工学部電子工学科助教授,2009 年 4 月より同教授.現在は相変化材料,コロイド粒子,プラズモニクス を用いた知的機能の物理的実装,ならびに DNA・抗原の微量センシング, ナノポア DNA シーケンシングなどを研究テーマとしている.

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