433 ミンスキーの死を悼む ミンスキーが亡くなった.人工知能の第一世代の代表 的な研究者であるマッカーシー,サイモン,ニューウェ ルなどが亡くなって彼だけが存命だったのだが,これで 第一世代がみんな亡くなったことになる. 人工知能の研究者の中で一番好きなのがミンスキーで ある.特に彼のフレーム理論の論文が好きだ.1980 年 代の人工知能ブームのときに「AI ジャーナル」という 雑誌(日本語である)が UPU から出ていたが,そこに 「独断的ミンスキー論」というエッセイでフレーム理論 の論文がいかに良いかを論じたことがある.この論文が 載っているウィンストン編著の「コンピュータビジョン の心理」(翻訳は産業図書)[Winston 75] は繰返し読ん だ.この論文はとてもユニークである.フレーム理論の 良さの客観的な評価などは全く書かれていない.原著論 文として著者を伏せて投稿したら絶対に採録にならない と思う(ちなみにこのフレーム理論の論文は原著論文を 経由せず,いきなり単行本の一章になった).狭義の論 文というよりは随筆である.どの部分がミンスキーのオ リジナルかはっきりしない.いろいろな人の研究成果を ミンスキーなりの視点でまとめたものがフレーム理論で ある.ミンスキーは数学も強い(パーセプトロンの理論 的な限界を示したのはミンスキーであった)し,ロボッ トもつくっていたし,文学にも通じていた(ミンスキー は SF 映画「2001 年宇宙の旅」の監修をしていた).広 い視点をもっているミンスキーだからこそうまくまとめ られたのだと思う.こういう論文を評価しない人もいる とは思うが,自分にとっては人工知能の歴史で最も良い 論文である.人工知能における必読の論文というものが あるとすればまさにこの論文がそうであろう.読んでい ない人がいたらぜひ読んでほしい.このような論文を生 涯に一度は書いてみたいと思っているのだが,まだ書け ていない(実は書いたことはあるのだが,あっさり不採 録になった).こういう論文が査読で回ってきたら喜ん で採録にするつもりである.彼が後に書いた「心の社会」 [Minsky 86]という本もまさにエッセイ集である. ミンスキーの講演を何回か聞いた.パワーポイントに なる前の時代に,何も書いていない OHP に講演中に書 き込んでいくというのが彼お得意のスタイルであった. ミンスキーは大人の専門家がやっていることを人工知能 にやらせること(例えばチェスの名人に勝つのを目指す こと)を評価せず,一貫して 5 歳児ぐらいの子供の思考 を模擬することを目指していた.大人のやっていること よりも子供のやっていることを模擬するほうが難しいこ とは「モラビックのパラドックス」といわれているが, モラビックが言い出す前にミンスキーの講演で同じ話を 聞いていた.もっともミンスキーはそれが当然のこと として話していて,パラドックスという表現はしていな かったと思う. チェスなど個別のタスクをこなす研究ではなく汎用 性をもった知能を目指す汎用人工知能の研究が注目され ている.ミンスキーは一貫して今でいうところの汎用人 工知能を志向していた.先に名前をあげた第一世代の人 工知能の研究者の中でチェスに手を染めなかったのはミ ンスキーだけだったはずである.ちなみに著者はミンス キーを尊敬しているものの,将棋や囲碁という個別のタ スクをこなす研究をしている.それは汎用人工知能を実 現するためにはもう少し個別のタスクをこなす経験を 積んだほうがよいと考えているためである.将棋や囲碁 は(人間のトップを目指すという点では)終わったので, 個人的には小説創作という個別のタスクに取り組んでい きたい. 汎用人工知能が注目されているということは,時代が ミンスキーに追いつきつつあるというであろう.人工知 能は 3 回目のブームを迎えているが,人工知能の実用化 を目指すよりも,知能の本質に迫ることがミンスキーの 遺志に報いることになると思う.
◇ 参 考 文 献 ◇
[Winston 75] Winston, P. H. and Horn, B.: The Psychology of
Computer Vision, McGraw-Hill(1975),白井良明 , 杉原厚吉 訳: コンピュータービジョンの心理,産業図書(1979)
[Minsky 86] Minsky, M. L.: The Society of Mind, Simon and Schuster(1986),安西祐一郎 訳:心の社会,産業図書(1990)
ミンスキーの死を悼む
Mourn Over the Death of Marvin Minsky
松原 仁
公立はこだて未来大学システム情報科学部Hitoshi Matsubara Faculty of Systems Information Science, Future University Hakodate. [email protected]
434 人 工 知 能 31 巻 3 号(2016 年 5 月)