Kobe Shoin Women’s University Repository
Title 新漢語研究に関する思考
Notes on the Modern Neologism Study
Author(s) 沈 国威(SHIN Kokui)
Citation 文林(BUNRIN),No.32:37-61
Issue Date 1998
Resource Type Bulletin Paper / 紀要論文
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新漢語研究 に関 す る思考
新 漢語研究 に関す る思考
沈
国
威
0は じ め に 19世 紀 は、 西 学 東 漸 の 世 紀 で あ った。 西 洋 文 明 を 内 包 す る新 しい概 念 が 怒 濤 の よ うに東 洋 に流 れ 込 ん で くる。 東 洋 諸 国 が 、 民 族 の 存 亡 を賭 けて 、 これ らの新 概 念 を必 死 に受 け入 れ よ うと した 。 そ の際 、 漢 字 圏 の 国 々 は、 宿 命 的 に西 洋 文 明 の受 容 に古 き漢 字 を用 いね ば な らなか った。 こ の よ う に 創 出 され た新 しい言 葉 を、 本 稿 で は 「新 漢 語 」 と呼 ぶ 。 「新 漢 語 」 は 、 西 洋 文 明 の担 い手 で あ り、 時 に は西 洋 文 明 そ の も の で もあ っ た 。 ま さ に、 「文 明 語 」、 「知 的 語 彙 」、 「翻 訳 語 」 或 い は 「抽 象 語 彙」 と も呼 ば れ る所 以 で あ り、 そ れ は ま た新 しい 日常 語 彙 も含 む 「新 語 」 の 下 位 概 念 と な る。 「新 漢 語 」 が 、 中 国 語 や 日本 語 と い う個 別 言 語 の枠 組 み を超 越 し、 媒 体 と して の 漢 字、 及 び表 出 す る意 味 に の み 注 目す る 夕 一ム で あ る。 とい うの は、 「新 漢 語 」 の発 生 と普 及 が 、 東 西 の文 明 交 流 に よ る言 語 接 触 の 産 物 で あ り、 漢 字 圏 の諸言 語 の 中 に例 外 な く"同 形語"の 形 で 存在 して い る一 群 の近 代 新語 が あ るか らで あ る1。 しか し、 具 体 的 な取 り組 み は、 日本 語 、 或 い は 中 国 語 と い う個別 言 語 に立 脚 して 、 進 めて い く必要 が あ る。 本 稿 は、 中国 1現 在 で も漢字 を使 用 し続 け る 日本 語 と中 国 語 に お いて 、 同 字形 だ が、 漢字 使 用 を や め た朝 鮮 語 、 ベ トナ ム語 に お い て新 漢 語 は音 形 上 の近 似 性(漢 字 の古 音 に対 し て)を 有 す る。 も ち ろん 近 代 語 研 究 は、 知 的語 彙 に限 定 す べ きで は な い。 生 活 、 文 物 、 宗 教 語 彙 の 研 究 と補 完 しあ う必 要 が あ る。 内 田慶 市1997を 参 照 。 な お、 以 下 は 日本 語 と中 国 語 に限 定 して論 を進 め る。 -37一文林 三十二号 語 の近 代 語 彙 の形 成 とい う視 点 か ら、筆者 の今 まで の仕 事 の原 点 に立 ち戻 っ て、 新 漢 語 研 究 に お け る幾 っ か の基 本 的 な問 題 を も う一 度 考 え 直 そ う とす る もの で あ る。 1新 漢 語 研 究 の 目 指 す と こ ろ L1新 漢 語 の研 究:中 国 ・日本 中国 語 学 の泰 斗 、 呂叔 湘 は、 晩 唐 、 五 代 っ ま り9世 紀 か ら20世 紀 初 頭 (1919)ま で を 中 国語 の近 代 と認 定 す べ きで あ る と述 べ て い る2。 そ の 理 由 は、 歴 史 研 究 にお け る近 代:19世 紀 は、 中国 語 に何 ら本 質 的 な変 化 を も も た ら して は い なか った か らで あ る。 氏 の論 断 は、 文 法 と語 彙 の両 面 か らな され た もの で あ ろ うが 、 しか し、 生 活 語 彙 は兎 も角 と して、 我 々 が 今 日使 用 して い る知 的 語 彙(新 漢 語)に ス ポ ッ トを 当 て れ ば、19世 紀 か ら大 き な 変 化 を蒙 って い る こと は、 明 らか な事 実 で あ る。 もち ろん 中国語 学界 で も、 呂叔 湘 の近 代 漢 語9世 紀 開 始 説 に対 して、 様 々 な反 対 意 見 が発 表 され て い るが、19世 紀 を中 国 語 研 究 に と って意 味 の あ る時代 区分 と見 な して いな い 点 は同 じで あ る。 この よ うな雰 囲気 の中 で、新漢 語研 究 が重 要視 されな か っ た の も、 む しろ当 然 の帰 結 と言 え よ う。 とは言 え1950年 代 の後 半 に、 幾 つ か の 特 筆 す べ き研究 が 現 れ た。 『現 代 漢 語 外 来 詞 研 究』(高 名 凱 他1958)、 「現 代 漢 語 中従 日語 借 来 的 詞 彙(現 代 中 国語 に お け る 日本語 か らの 借 用 語)」(王 立 達1959)は 、 近 代 にお け る言 語 接 触 、 特 に 日中 語彙 交 流 の観 点 か らの ア プ ロ ー チで 、 王力 の 『漢 語 史稿 』 (1958)や 『五 四以 来 漢 語 書 面 語 言 的 変 遷 和 発 展(1919年 以 降 中 国 語 書 面 語 の 変 化 と発展)」(1959)は 、 中 国 語 にお け る近 代 知 的 語 彙 の 形 成 と い う 2『 近 代漢語指代詞』(1985)の 序文。 -38一
新 漢語研究 に関 する思 考 角 度 か らの研 究 で あ った3。 1950年 代 の 研究 は、 長 い停 滞 期 を 経 たの ち、1984年 にr漢 語外 来詞 詞 典』 に結 実 した。 しか しそ の後 、 特 に近 年 、 新 漢 語 に関 す る研 究 は、 中 国 国 内 よ り、 む しろ海 外 に お い て着 実 に進 め られ て い る。 筆 者 が 日本 の豊 富 な資 料 と国 語 学研 究 の 蓄積 の恩 恵 に浴 して 、 小 著 を 纏 め た のが1994年 で あ った が 、 ほぼ 同 じ時 期 に イ タ リア の 中 国 語 学 者 マ シ ー 二 が 、TheForma七ion ofModernChineseLlexiconanditsEvolutiontowardaNational Language:ThePeriodfrorn1840to1898を 公 刊 しだ 。 香 港 で は最 近 、 近 代 語 彙 の語 誌 記 述 を 目指 す 『詞 庫 建 設 通 訊 』(香 港 中 国 語 文 学 会)誌 を 中心 と して、 研 究 が 進 め られ て い る。 論 文 執 筆 者 の殆 ど が 中国 国 内 在 住 の 研 究 者 で あ る こ と は興 味 深 い。 一 方 、 国語 学 の伝 統 の長 い 日本 で は、 中 日 の研 究 者 は新 漢 語 に関 す る論 文 を数 多 く発 表 して お り、 昨 年 、 『近 代 日 中 学 術 用 語 の形 成 と伝 播 一地 理学 用語 を 中心 に』(荒 川 清 秀)と い う分 野 別 の研 究 書 も出版 され た 。 新 漢 語 の 研 究 は、今 ま で な い 広 が りと深 さ を見 せ 始 め て い る。 そ れ で は、 なぜ 新 漢 語 研 究 な のか 。 一 言 で 言 え ば 、 近 代語 彙 、 特 に知 的 語 彙 形 成 の歴 史 、 メ カ ニ ズ ム を解 明 す る為 で あ る。 もっ と分 か りや す く言 え ば、 今 日我 々が 使 用 して い る知 的 語 彙 が ど こか ら来 たの か を考 究 す る た め で あ る。 言 語 研 究 と して の一 応 の 目標 は、 個 別 言 語 の 国 語 辞書 に お け る 詳 細 の語 誌 記 述 で あ ろ う。 西 学 東 漸 に関 す る研 究 は、 東 洋 の近 代 史 を は じ 四研 究 史 につ い て詳 し くは沈 国 威1994を 参 照 され た い。 4但 し中国 語 訳 に 「現 代 中国 語 語 彙 の成 立 」 と い う題 に 「19世紀 中 国語 外 来 語 の 研 究 」 と い うサ ブ タイ トル もっ い た 。 原著 者 の 了 解 が あ って の こ とと思 うが 、 中 国 語 近 代 語 彙 の形 成 とい う原 来 の 問 題 意 識 が 、 言語 接 触 に よ る外来 語 の発 生 だ け に 狭 ま っ た印象 を 受 け る。 -39一
文 林 三 十 二 号 め 、 科 学 史 、 思 想 史 、 文 化 交 流 史 、 及 び そ の 他 多 く の 学 科 に と っ て 重 要 な 課 題 で あ る が 、 新 概 念 表 出 の 基 本 は 、 語 彙 で あ る こ と を 考 え れ ば 、 新 漢 語 の 発 生 、 普 及 に 関 す る 研 究 は 、 上 記 の 諸 研 究 の 基 礎 的 な 作 業 と い う こ と に な る。 近 年 、 語 彙 研 究 と他 の 史 的 研 究 と を 結 合 さ せ た 著 書 が 出 版 さ れ て い る。 例 え ば 、 σH㎜,1898-1919TheXinzhengRevo!utionandJapan
byDouglasR,Reynolds1993、 と 盟AMSL刀 ▽σ σA五P究!1σ πOE
Literature,NationalCuユture,andTranslatedModernityChina, 1900-1937byLydiaH,Liu1995で あ る。 前 者 は 、 表 題 の 時 期 に お け る 中 国 の 政 治 改 革 と そ れ に 及 ぼ した 日本 、 及 び 日本 製 新 漢 語 の 影 響 に つ い て 論 じた も の で 、 後 者 は 、 中 国 近 代 文 学 の 発 育 と 日 本 の 関 係 を 考 察 して い る もの で あ る 。 2新 漢 語 の 形 成;時 代 区 分 2.1ど の よ うな 時 代 区 分 が 可 能 か 筆 者 は、19世 紀 初 頭 か ら20世 紀 初 頭 まで を近 代 新 漢 語 の発 生 期 と考 え て い る。 しか し、 こ の百 年 以 上 の 期 間 は、 均 質 的 な もので は な い。 幾 っ か の ピ リオ ドに分 け る こ とが 可 能 だ し、 且 っ 必 要 で あ る。 筆 者 が前 著 にお いて、 ア ヘ ン戦 争 勃 発 の1840年 ∼ 五 四 新 文 化 運 動 の1919年 まで の間 を近 代 と規 定 し、 この期 間 を更 に 日清 戦 争(1894-95)を 境 に 「近 代 前 期 」 と 「近 代 後 期 」 に分 け て い た。 新 漢 語 を め ぐ る交 流 に 限 って言 え ば、 中 国 語 に と って 近 代 前 期 は、 新 語 の 自作 期 で、 近 代 後 期 は 日本 語 借 用 期 で あ る。対 して 日 本 語 の場 合 は、 そ の逆 で近 代 前 期 は中 国 か らの借 用 期 で、 近 代 後 期 は中 国 へ の逆 輸 出期 で あ る。 これ は言 う まで もな く幾 つ か の要 素 を度 外 視 した 分 け方 で あ る。 また、 語 彙 交 流 だ けで は な く、新 漢語 形 成 と い う観 点 に立 て 一40一
新漢語研究 に関 する思考 ば 、 この 分 け方 は、 再 吟 味 しな けれ ば な らな い。 筆 者 が い ま、 考 え て い る 時 代 区 分 は、 次 の よ うな もので あ る。 まず 、 新 漢 語 発 生 の連 続 性 を考 慮 し て 、 明 末 清 初 か ら18世 紀 末 ま で、 「近 代 前期 」 と し、19世 紀 初 頭 か ら20世 紀20年 代 まで を 、 「近 代 後 期 」 と呼 ぶ こ とに す るが、 近 代 後 期 は更 に 次 の よ うに細 分 す る こ とが で き る5。 ●準 備 期11807年 ∼1840年 頃 1807年 は、 最 初 の 新 教 宣教 師、R.モ リソ ンの広 州 上 陸 の年 で あ っ た。 キ リス ト教 の禁 制 下 で モ リソ ン、 及 び この 時 期 に来 華 した宣 教 師 た ちが 辞 書 の編 纂 、 聖 書 の翻訳 、 定 期 刊 行 物 の出版 な どの 仕事 を通 じて 、 キIJス ト 教 、及 び西 洋 全 般 に関 す る知 識 を 普 及 させ よ う と大 き な努 力 を 払 っ た。 こ の 時期 の 出版 物 は、 『海 国 図志 』、 『癒 簑 誌 略 』 等 に吸 収 さ れ た り、 次 の 発 展 期 に お い て重 版 、 改 訂 版 な ど の形 で広 く再 利 用 さ れ た り した こと は特 筆 す べ きで あ ろ う。 ● 発 展期:1840∼1860年 頃 阿 片 戦争 後、 中 国 は 開 国 を余 儀 な くさ れ た。 外 国 人 の居 住 、 布 教 な どの 制 限 が 撤廃 され、 出版 もい っそ う活 発 に な った。 洋 学 の中心 が上 海 に移 り、 墨 海 書 館 の 成立 は、 新 時 代 の始 ま りを 告 げ る事件 で あ った。 墨 海 書 館 で は 宣 教 師 と中 国 文人 の協 力 に よ り、 多 くの書 物 が 翻 訳 、 或 いは再 版 され た 。 折 し も開 国 前 夜 の 日本 で は、 蘭 学 か ら英 学 へ の 転 換 期 で 、 中 国 の 書 物 が 多 5新 漢 語 の 発 生 は、耶 蘇 会 士 らの 布 教 活 動 と連 動 して い る。 従 って禁 教 政 策 が 取 ら れ た18世 紀 は、 新 漢 語 の空 白期 と言 え る。 な お、 中 国 で は ア ヘ ン戦 争1840以 降 を "現代"と 称 して い る が 、 こ こで は従 わ な い。 -41一
文林 三十二号 く輸 入 され 、 広 く読 まれ た。 漢 訳 洋 書 の語 彙 は、 そ れ まで の蘭 学 系 の 訳 語 を取 って 代 わ り、 日本 語 に大 きな影 響 を与 え た。 ● 官 製 翻 訳 期:1860∼1880年 頃 メ ドハ ー ス ト、 ワ イ リーの帰 英 によ り、 墨 海 書 館 は弱体 化 す る。 一 方 、 清 政 府 主 導 の 北 京 同 文 館 、 上 海 広 方言 館(後 に江 南製 造 局 翻訳 館 に合 流) が設 立 さ れ、 翻 訳 事 業 の 中心 とな った 。 墨 海 書 館 も江南 製 造 局 翻訳 館 に吸 収 さ れ た形 で 解 消 され たが 、 その 翻訳 手 法(宣 教 師 が 口述 、 中 国 人 文 人 が 筆 録)が その ま ま踏 襲 さ れ た。 ま た翻 訳 書 物 の選 定 は、 洋 務派 官 僚 の意 向 に忠 実 に従 わ ざ る を得 なか っ た よ うで 、 「西 芸」 とい う技 術 、 製 造 関 係 の 図 書 が中 心 と な り、 人 文 系 の もの は皆 無 で あ っ た。 従 って 化 学 、 数 学 な ど 一 部 の分 野 を除 け ば、 日本 語 へ の影 響 が 弱 ま って い く。 ● 停 滞 期:1880∼1895年 この 十数 年 は、 政 治 的 に も閉塞 感 の強 い時 期 で あ った。 政 府 主 宰 の翻 訳 機 関 に お いて 翻 訳 方 法 と内容 は、 時 代 の変 化 に順 応 で きず、 旧態 依然 で あ っ た。 訳 語 ・新 語 の考 案 、 統 一 は例 え ば宣 教 師大 会 で議 題 と な って決 議 も成 さ れ たが 、 行 動 を伴 わず 、 議 論 だ け に終 わ って し ま っ た6。 一 方 、 日本 で は、 近 代 語 彙 の整 備 が着 実 に進 め られ、 完 成 を 見 よ う と して い る。 もは や 中国 か ら訳 語 ・新 語 を借 用 す る必 要 が な くな った。 そ れ ど ころ か 中国 か ら 訳 語 を借 用 す る立 場 を一 変 させ て、 中 国 を は じめ 他 の漢 字 圏 の 国 々 へ新 漢 語 を輸 出 す る立 場 に変 わ ろ う と して い る。 この 時 期 に 中 国 の官 吏 が、 公使 館 駐 在 や視 察 な どの 目的 で 日本 を 訪 れ る機 会 が 増 え、 実 際 に 日本 語 に接 す 6王 樹椀1969 、王揚宗1991を参照。 42
新 漢語研究 に関す る思考 る こ とが で きた。 彼 らは視察 報告 や 紀 行 文 な ど に 日本 製 の新 漢 語 を 多 く使 用 したが 、 日清 戦 争 の終 結 まで、 これ らの書 物 は殆 ど中 国人 の 関心 を 引 く こ とが で き な か った。 ● 日本 語 導 入 期:1895∼1919年 日清 戦 争 の敗 戦 を契 機 に中 国 人 の 目 は一 斉 に 日本 に向 け られ 、 情 報 源 を 日本 に 求 め るよ うに な っ た。 日本 留 学 、 日本 書 の翻 訳 が ブ ー ム と な り、 大 量 の 日本 製 新 漢 語 が導 入 され た。 日本 語 の語 彙 の借 用 は、 大 き な社 会 的反 発 を 引 き起 こ した が、 事 態 が沈 静 して み る と、 殆 ど の文 明 語 が 日本 製 とい う結果 に な った。 以上 、 日中 語彙 交 流 の観 点 か ら新 漢 語 形 成 の 時期 区分 を考 え て み た。 造 語 者 だ け に注 目す れ ば、 ま た大 ま か に宣 教 師 に よ る造 語 期 と 日本 語 か らの 借 用 期 と に分 け る こ と も出来 る。 そ の場 合 は、 分 岐点 は 日清 戦 争 で あ る こ と は、 沈 国 威1994に 述 べ られ て い る。 2。2各 時 期 の特 徴:創 出 ・交 流 ・変 容 時 代 区分 は、新 漢 語 の発 生 史 を鳥 鰍 的 に提 示 す る た め で あ る。各 時 期 の 特 徴 を 把握 す る こ と は、新 漢 語 の移 動 、普 及 、定 着 を考 え る際、特 に有益 で あ る。 2.2.1中 国 語 が 日本 語 に影 響 を与 え る 時期 近 代 前 期 は い う まで も な く、 近 代 後 期 も官 製 翻 訳 期 まで 中 国 語 が 日本 語 に影 響 を与 え る時 期 と考 え て よ い。 『解 体 新書 』(1774)な ど の蘭 医 書 を訳 出す る に あ た って 、 蘭 学 者 た ち は 近 代 前 期 の 漢 訳 洋 学 書 を公 然 と 引 用 す 一43一
文林 三十二号 る こ と はで きな か った。 しか し禁 書 令 前 に流 入 して きた洋 学 書 を は じめ、 これ ら書 物 の影 響 下 に あ った中 国 文人 の書 物 、 例 え ば 『物 理 小 識 』 な どが 参 考 書 にな って い た こ とは周 知 の事 実 で あ る。 しか し中 国 製 訳 語 の大 量 流 入 は、 や は り幕末 ・明 治 初期 で あ っ た。 漢 訳 洋 書 、 英 華 辞 典 、 定 期 刊 行 物 な どが 新 語 伝 来 の 媒 体 で あ る。 明治10年 代 以降、 漢訳 洋書 の持 ち込 み が徐 々 に減 少 して い くに従 って 、 上記 の停 滞 期 で は、 中 国製 訳 語 の流 入 が殆 ど止 ま った と見 て よ いで あ ろ う。 もち ろ ん例 外 は幾 っ か あ った 。19世 紀 末 の麻 雀 用語 は兎 も角 と して、 戦 時 中 に時事 語 と して 、 広 く使 用 され た もの に、 例 え ば 「工 作 」 な どが あ る(沈 国 威1994参 照)。 な お、 個 別 的 な ケ ー ス と して 、 「前 立 腺 」 は興 味 深 い例 で あ ろ う。 小 川 鼎三1983に よ れ ば、 日 本 解 剖 学 会 の 解 剖 用 語 改 訂 委 員 会 は、(旧)摂 護 腺 の 摂 護 が 難 しい ば か りで な く意 味 が 不 明 瞭 な ので 、 第 一 次 委 員会(1929)は`'前 位 腺'を 暫 定 的 に認 め た が、 第 二 次 委 員 会(1940)は 更 に 一歩 進 め て 中 国 用 語 に倣 って摂 護 腺 を正 式 に"前 立 腺"と 改 め た とい う。 2.2.2日 本 語 が 中国 語 に影 響 を 与 え る 時 期 日本 語 が いつ か ら中 国 語 に影響 を与 え始 め た の だ ろ うか。 人 的交 流 の少 なか っ た時 代 の こ と だか ら、 書 物 は新 語 を 搬 入 す る唯 一 の媒 体 と言 え よ う。 しか し中国 書 の 日本 流 入 と対 照 的 に 日本 書 の 中国 流 入 は、19世 紀末 まで極 め て希 な例 で あ る。 例 え ば数 多 くの蘭 学 書 は 中国 で読 ま れ た痕 跡 が な い。 そ の一 例 と して 、筆 者 は、李 善 蘭 らは 『植 学 啓 原 』(1834)を 参 照 す る こ とな く、 独 自 に 『植 物 学 』(1858)を 訳 出 した こ とを詳 細 な 語 彙 調 査 で 立 証 した(沈 国 威1997)。 この よ うな状 況 は1860年 代 の 後 半 ま で 続 い た と考 えて い る。 これ はっ ま りそ れ ま で に発 生 した新 漢 語 が 、 同 形 で あれ ば 、偶 一44一
新 漢 語 研 究 に 関 す る思 考 然 の 一 致 に よ る も の か 、 日 本 語 が 中 国 語 か ら借 用 し た も の か の ど ち ら か で あ る と い う こ と に な る 。 逆 の こ と は ま ず 考 え ら れ な い 。 しか し、1860年 代 以 降 、2っ の ル ー トで 日 本 語 の 書 面 語 が 中 国 に 入 っ て く る よ う に な る。1 っ は 、 日 本 と 中 国 を 行 き 来 し た宣 教 師 た ち に よ る 日本 の 書 物 の 持 ち込 み 。 も う1つ は 、 日本 の 新 聞 の 流 入 で あ る 。 しか し2っ の ル ー トと そ れ を 経 由 し て 入 っ て き た 新 漢 語 の 実 態 に 対 して ま だ 確 実 に 何 か が 言 え る 段 階 に研 究 が 進 ん で い な い の が 現 状 で あ る 。 こ こ で は2っ の 例 を 見 て み よ う。 那 須 雅 之 の 研 究1996に よ れ ば 『英 華 字 典 』(1866-69)の 編 者 ロ ブ シ ャ イ トが 、2度 に わ た っ て 、 来 日 し、 『英 和 対 訳 袖 珍 辞 書 』(1862)の 編 者 堀 達 之 助 と親 好 を 結 ん で 、 氏 の 辞 書 も入 手 し た と い う。 っ ま り 、 『英 華 字 典 』 に 『袖 珍 辞 書 』 の 訳 語 が 流 入 し た 可 能 性 が あ る と い う結 論 で あ る。 しか し、 荒 川 清 秀1997が 明 ら か に し た よ う に 、 那 須 雅 之 が 『袖 珍 辞 書 』 の 影 響 と 考 え て い る 「英 華 字 典 』 の 訳 語 例 は 、 ロ ブ シ ャ イ トの 母 語 、 ドイ ッ語 に よ る 直 訳 語 で あ っ た 可 能 性 が 濃 厚 で あ る。 『英 華 字 典 』 の 訳 語 に 限 っ て 言 え ば 、 た と え 堀 達 之 助 の 『袖 珍 辞 書 』 の 影 響 が あ っ た に して も微 々 た る も の で 、 そ の 訳 語 の 根 幹 を 揺 る が す よ う な も の で は な い だ ろ う。 日本 の 存 在 が ク ロ ー ズ ア ッ プ さ れ 、 宣 教 師 た ち が 訳 語 を 考 案 す る 際 、 日本 製 訳 語 を 意 識 す る よ う に な っ た の は 、 や は り1880年 代 に 入 っ て か らの こ と で あ る。 両 者 の 訳 語 の 競 合 と統 一 は 、 今 後 の 重 要 な 研 究 課 題 の1っ に な る で あ ろ う。 書 物 と違 っ て 、 日 本 の 新 聞 が 明 治 初 期 か ら中 国 に 入 り、 宣 教 師 、 及 び 新 聞 関 係 者 の 間 で 読 ま れ 、 ニ ュ ー ス ソ ー ス の1つ に な っ て い た7。 新 聞 『申 1『 六 合叢 談 』(1857 -58)の 第12号(1857,12 .16付)に 「日本 近 事 」 が あ り、1857. 6、17に調 印 さ れ た 日米 通 商 条約 の全 文 が訳 出 さ れ て い る。但 し下 田、函 館 な ど の 地 名 は「西 莫 大 」「冶 谷 大 隷 」の よ うな 音訳 字 に な って い た こ とか らニ ュー ス ソー ス は 英 字 新 聞 と考 え られ よ う。日本 語 新 聞 の 発行 は 、明治 期 に 入 って か らの こ とで あ る。 -45一
文林 三十二 号 報 』(1872)は 、 創 刊 して ま もな く 「日本 近 事 」 欄 を 始 め 、 日本 の 新 聞 記 事 を訳 出す る よ う にな った。 日清 戦 争 後 、 「時 務 報 』(1896-98)や 『清 議 報 』(1898-1901)が 創 刊 され 、 日本 の新 聞記 事 の 中 国 語 訳 が 多 く掲 載 さ れ て い た。 日本 発 情報 の重 要 性 が増 して くる につ れ、 日本 語 が 中 国 の メ デ ィ ァ を通 じて 流 入 し始 め た。 例 え ば 『時 務 報 』 の 「東 文 報 訳 」 欄 に使 用 され て い る 日本 語 は、 数百 語(異 な り語 数)に 上 って い る巳。 この よ うに 日本 語 の中 国語 へ の実 質 的 な影 響 は、 日清 戦 争 後 と見 て差 し 支 え な か ろ う。 中国 官 吏 によ る 日本 視察 報告 や 日本訪 問記 もこの時期 に な っ て初 め て一 般 に読 ま れ る よ う にな った。 日本 語 流 入 の ピー ク は、 留学 生 た ち が本 格 的 に翻訳 活 動 を 開 始 した1900 年 か らの10年 間 と考 え る。 訳 書 、 教科 書 類が 数多 く出版 され、新 漢語 が徐 々 に社 会 全 体 に浸 透 して い く。 最 初 の近 代 国 語 辞 書 『辞 源 』(1915)の 出 版 は、 近 代 語 彙 体 系 が完 成 して い く1っ の 到 達 点 を 示 す もの で あ る。1919年 の五 四新 文 化 運 動 以 降、 高 度 な、 特 殊 な専 門 用 語 の ほか に、 社 会主 義 運 動 の革 命 語 彙 、 文 学 用 語 、 時 事 語 が 引 きつ づ き伝 来 し、 ま た既 に入 って き た 語 も、 中 国語 の語 彙 体 系 に融 合 さ れ、 日本 語 と異 な る道 を辿 りは じめ た。 以下 、 幾 っ か の例 を見 よ う。 栄 養 中 国 古 典 語 の 「営 養(栄 養)」 が 、 蘭 医 学 の 訳 書 に 使 用 さ れ た 後 、 明 治 初 期 に 既 にnutritionの 訳 語 と して 定 着 した 。(『解 体 学 語 箋 』(1871))。 「医 語 類 聚 』(1873)で は 、 「栄 養 」 以 外 に 、 「栄 養 減 少 、 栄 養 過 多 、 栄 養 不 給 、 栄 養 映 乏 、 栄 養 論 、 栄 養 機 失 宜 、 不 栄 養 」 な ど 多 くの 複 合 語 が 納 あ ら 臼沈 国 威 ほか の 「「時 務 報 』 と 日本 借 用 語 」1998を 参 照。 -46一
新漢語研 究 に関 する思考 れ て い た こ とは そ の佐 証 と言 え る。 表 記 は明 治 初 期 まで の 蘭 学 系 の 医書 や 『医 語 類 聚 』 に 「栄 養 」 で あ った の に対 して、 明 治 期 に 入 っ て か ら の 外 国 語 辞 書 な どで は 「営 養 」 が 一 般 的 で あ った。 しか し1891年 頃 か ら、 留 学 か ら帰 って きた学 者 に よ って、 栄 養 学 の研 究 が 大 い に進 め られ 、 大 正4年 (1915)佐 伯 矩 が 「栄 養 研 究 所」 を創 設 、 同9年 に 内務 省 に 「栄 養 研 究 所 」 が設 け られ た。 「栄 養 」 が 固 有 名詞 に使用 さ れ た た め、 そ の 頃 か ら 「営 養 → 栄 養」 の 表記 変 え が行 わ れ た。 一 方 、 中 国 は20世 紀 初 頭 に新 漢 語 と して の 「営 養」 を借 用 した が、(『新 爾 雅 』(1903)な ど は、 いず れ も 「営 養 」 で あ った。)日 本 の表 記 換 え に連 動 せ ず 、 今 日 まで 「営 養」 の ま ま で あ る。 演 習 漢 籍 に あ る語 だ が 、 軍 事 的 な場 面 を は じめ種 々 の文 脈 に用 い られ 、19世 紀 に、 中 国 の 英 華 辞 書 類 で は、Practiceの 訳 語 に も あ て られ て い た 。 し か し、 日本 で は明 治 期 か ら西洋 の軍 事 学 の導 入 過程 に、 「演 習 」 が 次 第 に 軍 事 的 な文 脈 に限 定 され る よ うにな っ た。 例 え ば 『和英 語林 集 成 』 は、 第 三 版(1886)に な って 、 は じめてtodri11;maneuver(astroops)と い うよ うに、 軍 事 的 意 味 を別 項 目で 記 述 して い る。 そ の後 、 軍 事 的 意 味 が む しろ 「演 習 」 の主 な意 味 と な り、 今 日 につ なが るが 、 大 学 の教 育 現 場 で 行 わ れ る ゼ ミナ ー ル の意 味 が大 正 初 期 以 降 に発 生 した もの で あ る。 一 方、 軍 事 語 と して の 「演 習 」 が、20世 紀 の初 頭 、 翻 訳 書 な ど を通 じて 中国 語 に逆 流 入 した が(『 東 中 大 辞 典』1908)、 大 正以 降 に発生 した ゼ ミナー ル の意 味 は、 伝 わ らな か った。 一47一
文林 三十二号 関 係 中国 宋 代 以 降 の話 し言 葉 と思 わ れ る。 初 出 は、 『鶴林 玉 露 』 に 見 え る。 重 大 な影 響 、 結 果 を他 に もた らす 意 味 で あ った。 この意 味 は、19世 紀 の 英 華 辞 書 に受 け継 が れ て い く。 例 え ば 、 ロ ブ シ ャ イ トの 『英 華 字 典 』 (1866-69)で は、 「関係 」 がrelationで は な く、consequenceな ど の訳 語 と して 使 わ れ て い る。19世 紀 末 まで に、 中 国 の文 献 で は、 「関 係 」 は、 両 者 の 関 係 を 意 味 す る用 法 が な か った。 中世 以 降 、 「関係 」 は 日本 に も伝 わ って き た。 『史記 抄 』 な どの漢 文 系 の 文 献 に お いて 中 国 の用 法 に沿 う例 が 見 られ る。 しか し、 幕 末 に、 蘭 学 者 た ち は、 徐 々 に 中国 原 来 の 用 法 か ら逸 脱 して 、 物 事 のっ なが り、 か か わ り合 い と い う意 味 で 「関 係 」 を使 用 し始 め た。 『英 和対 訳 袖 珍辞 書 』(1862)に お い て、 は じめてrelationに 「関 係 」 を あ て た。 この対 訳 は、 そ の 後 、 他 の 英 和 辞 書 に継 承 さ れ 、 『哲 学 字 彙 』(1881)を 経 て 、 「関 係 」 は relationの 訳語 と して 定 着 した。 ま た大 正 期 に 「人 間関 係 」 「男 女 関 係 」 とい うよ うな 用法 も生 じて、 「金 融 関 係 の仕 事 」、 「教 育 関 係 者 」 と い うよ うな表 現 に至 る。 relationの 訳 語 と な っ た 「関 係 」 は、19世 紀 末 に 『時 務 報 』 な ど を 通 じて 中 国 に逆 輸 入 され た が 、 大 正 期 に現 れ た 「教 育 関 係 者 」 の よ うな 用 法 は、 伝 わ る こ とが な か っ た。 記 念 漢 籍 に 出 典 を 持 つ 語 。 近 代 以 降 も、r英 華 字 典 』(1866-69)にrMemory, tocalltomemory記 念 、 憶 起 」 と あ り、 本 来 、 動 詞 で あ っ た こ と は 明 らか で あ る 。 48一
新漢語研究 に関す る思考 日本 で は、 明治 初 期 に、 「紀 念 の た め」 とい う句 の形 式 で 多 く用 い られ、 意 味 も、思 い 出 を喚 起 す る媒 介 物 か ら、 記 憶 を 呼 び 起 こす た め に行 事 を 行 う こ と、 また そ の行 事 へ と発 展 して い った 。 但 し、 表 記 と して は明 治 期 に 辞 書類 な どに 「紀 念 、 記 念 」 の併 記 も見 られ るが 、 実 際 の用 例 と して は、 「紀 念 」 の方 が 圧 倒 的 に多 か った。 と ころが 、 大 正 期 に入 る前 後 、 「紀 念 」 は、 誤 用 と して矯 正 さ れ、 「記 念 」 が正 しい表 記 と して定 着 した。 一 方、 中 国近 代 以 前 の文 献 で は、 「紀 念 」 が見 え な い が、20世 紀 初 頭 に、 日本 書 の 中 国語 訳 を通 じて 「紀 念 」 が 「思 い 出 を喚 起 す るた め に行 事 を 行 う こ と、 ま た そ の行 事 」 と い う新 しい意 味 と共 に中 国 語 に移 入 され 、 一 般 化 した。 しか しそ れ よ り後 に 日本 で 行 わ れ た 「紀 念 → 記 念 」 の表 記 の 是 正 は、 中国 語 に影 響 を与 え る ことが で きな か った 。 上 記 の例 語 か ら、 元 々同 一 した もの が 分 化 して い く様 子 が 見 て 取 る こ と が 出来 る。 この よ うな例 に、 さ らに 「鍛 錬 、 細 菌_」 な どが 多 数 あげ られ る。 この よ うに全 体 的 な流 れ を押 さえ る こ と に よ っ て、 新 漢 語 の創 出 、 交 流 、 変 容 の全 貌 とメ カ ニ ズ ムが 明 らか に な る もの と信 じて い る。 も ち ろん 例 外 が な い わ けで は な い。 例 え ば 「献 血 」 と い う語 で あ る。 近 代 の科 学 的 輸 血 に よ る治 療 法 が 、 日本 に入 って き た の は、 第 一 次 世 界 大 戦 後 の1919年 で あ った。 ま た1930年 、 暗 殺 に遭 った浜 口雄 幸 首 相 が輸 血 で一 命 を取 りと め た こ と も有 名 で あ る。 しか し当時 の輸 血 は採 血 して そ の ま ま輸 血 す る方 法 で あ り、 検 査 や安 全 性 に 問題 が あ った。 第2次 世 界 大 戦 中、 ア メ リカ の 血 液 献 納 運 動 に刺 激 さ れ、1943年 に献 血 報 国 協 会 が設 立 され た。 しか し、 当 時無 償 で 血 液 を提 供 す る こ とを血 液 献 納 、 或 い は奉 仕 供血 を言 った。 戦 後 、 日本 赤 十 字 社 は"血 液 銀 行"事 業 所 を設 立 し無 償 で血 液 を提 供 す る よ 一49一
文林 三十二号 う呼 び か けた が、 そ の 時 も 「献 血 」 で はな く 「篤 志 供 血 」 「奉 仕 供 血 」 と い う用語 が使 用 され て い た。 「献 血 」 とい う語 が 、一 般 に 広 く用 い ら れ る よ うに な った の は、1960年 「赤 十 字 愛 の献 血 運 動 」 が大 々的 に行 わ れ た後 の こ とで あ る。 そ の後 、1964年 に買 血 追 放 運 動 が 行 わ れ、 献 血 の思 想 の浸 透 と共 に 「献 血 」 とい う語 も定 着 した。 一 方 、 中 国 で は、 今 日 「献 血 」 と い う語 が広 く使 わ れ て い るが 、 『漢語 大 辞 典 』(1993)ま で に、 中国 語 辞 書 に お け る登 録 例 は見 あ た らな い。 「献 血 」 は 、 何 時、 ど の よ う な ル ー トで 中国 語 に入 って き た のか 。1940年 代 の戦 争 、 及 び そ の後 の 日 中 間 の断 絶 を 考 え れ ば、 興 味 深 い こと で あ る。 3.0文 献 上 の把 握 新 漢 語 の研 究 に際 して は彩 しい量 の資 料 を調 査 しな け れ ば な らな い。 新 漢 語 の発 生 と言 語 間 の移 動 を全 体 的 に把 握 す る た め に、 これ らの資 料 を次 の よ う に幾 っ か の 資料 群 に分 け て考 え る こ とが効 果 的 で あ ろ う。(1)中 国 側 の 資料 、(2)日 本 側 の 資料 。 中 国 側 の 資 料 につ い て は、 宣 教 師 と の 関 わ り如 何 に よ って 、 さ らに 甲類 と 乙類 に分 け られ る。 具 体 的 に以 下 に示 す。 (1)中 国側 の 資料 甲類 ① 耶 蘇 会 関係 の 資料 群 ② 新 教 宣 教 師 の 資料 群 乙 類 ③ 中 国 人 に よ る世 界 事 情 ・地 理 の書 物 一50一
新漢語研究 に関す る思考 ④ 中国人 による外国記録類 ⑤ 日清戦争後の資料群 (2)日 本 側 の 資料 ⑥ 蘭 学 関 係 の資 料 群 ⑦ 幕 末 ・明治 期 の資 料 群 3.1概 観 以 下 、 各 資 料 群 の代 表 的 な もの を概 観 す る。 (1)中 国 側 の資料 甲類 ∼① 耶 蘇 会 関 係 の資 料 群 具 体 的 に は16世 紀末 か ら中 国 に渡 来 した耶 蘇 会 士 た ちの訳 書 、 著 述 を 指 して い る。 一 般 に 「前 期 洋 学 書 」 と呼 ば れ て い る(荒 川 清 秀1997参 照)。 布教 書 を は じめ、r職 方 外 紀 』r幾 何 原 本 』 な どの世 界 地 理 、 天 文 、 数学 の もの が 中心 で あ る9。耶 蘇 会 士 と交 遊 し、 彼 ら の影 響 を 強 く受 け た 中 国 人 士 大 夫 らが著 した書 物 も この資 料 群 に入 れ るべ きで あ る。 例 え ばr物 理 小 識 』 な どで あ る。 但 し量 的 に は少 な い。 この群 の資 料 は、 まだ 言 語 研究 に 利 用 され て い な い のが 現 状 で あ る。 甲類 一② 新 教 宣 教 師 の出 版 物 新 教 の宣 教 師 、R.モ リソ ンの渡 来(1807)を 契 機 に、 プ ロ テ ス タ ン ト 系 の ミッシ ョ ンは、 中 国 で の布 教 を再 開 し、 出版 事 業 も布教 の 一 環 と して 9文 献 目録 に徐 宗 澤 の 『明 清 間 耶 蘇 会 士 訳 著 提 要 』(1958台 湾 中 華 書 局)な どが あ る。 -51一
文林 三十二号 力 を注 い だ。 出版 物 は、 内容 的 に宗 教 系 と世 俗 系 の もの が あ り、 世 俗 系 の もの は、 更 に人 文 系 と 自然 科 学 系 に分 け る こ とが 出来 よ う。 出 版 形 式 と し て は、 小 冊 子 、 定 期 刊 行 物 、翻 訳 書 、 辞書 な どが あ る。 翻 訳 書 だ け を 出版 の 時期 と機 関 に よ って特 徴 づ け る な らば 、 ア ヘ ン戦 争 前 後 の広 州 で の 医学 書 、 地 理 、 世 界 事 情 の書 物 、1850年 代 後 半 か ら上 海 墨 海 書 館 、60年 代 か ら 江南 製造 局 翻 訳 館 の科 学 技 術 関 係 の訳 書 、 同 時期 の北 京 同 文 館 の法 律 、 化 学 等 の訳 書 な ど が挙 げ られ る。 この類 の 中 に英 華 辞 書 類 とい うや や特 殊 な 資 料 が含 ま れ て い る。 モ リソ ンの一 連 の辞 書 が最 初 の もの で、 ウ ィ リァ ム スの 『英 漢韻 府 歴 階』(1844)、 メ ドハ ー ス トの英 漢 ・漢英 辞 典(1847-48) を 経 て 、 ロ ブ シ ャ イ トの 『英 華 辞 典 』(1866-69)へ 太 い流 れが 形 成 さ れ て い る。 そ の 後 も、 『英 華 華 林 韻 府 』(ド ー リ ッ トル1872)、 『華 英 字 典 』 (Giles1892)や ス テ ン トの辞 書 、 中国 教 育 会 の一 連 の用 語 集 、 『官 話』(ヘ メ リ ング1916)な どが主 要 な もの で あ り、1世 紀 以 上 にわ た って 数 多 くの 辞 書 が 出版 され た 【°。 新 漢 語 研 究 に と って 欠 くこ と ので き な い資 料 で あ る。 乙 類 一③ 世 界 事 情 の 書 主 に 『海 国 図 志 』、 『瀬 簑 誌 略』 な どを指 す 。 種 類 は少 な い が 、 中 国 と 日本 で 広 く読 まれ 、 近 代 語 彙 の形 成 に大 き く貢 献 した点 に お い て特 筆 す べ き資 料 と言 え る。 1°文 献 目録 に飛 田良 文 ・宮 田和 子1997「19世 紀 の英 華 ・華 英 辞 典 目録 一翻 訳 語 研 究 の 資料 と して 一 」(『国 語論 究6近 代 語 の 研 究 』 収)が あ る。 52
新漢語研 究に関する思考 乙 類 一④ 中 国 人 の外 国 記 録 類 中 国 人 に よ る外 国紀 行 文 、 旅 行 日記 、視 察報 告 書 等 を 指 す。 張舞 徳 、 郭 嵩 煮 、黄 遵 憲、 傅 雲 龍 らの もの は基 本 資料 とな ろ う。 これ らの 資料 を積 極 的 に新 語 研 究 に用 い た もの に、 マ シ ー二1993と 沈 国威1994が あ る。 但 し一 括 して扱 うの で は な く、 訪 欧 と訪 口 とを分 け て 考察 す る必 要 が あ る。 日本 旅 行 記 や視 察 報 告 の 中 に用 い られ て いた語 彙 が 、 そ の ま ま現 代 の知 的語 彙 につ なが る ケ ー スが 多 いか らで あ る。 乙 類 一⑤ 日清 戦 争 後 の 資 料群 主 に19世 紀 の 最 後 の10年 か ら20世 紀 の最 初 の10年 の 資料 を考 えて い る。 日清 戦 争 後 に創 刊 され た 『時務 報 』 に 日本 の新 聞記 事 を 中 国語(文 語 調) に翻 訳 した 「東 文 報 訳」 とい う コ ラム が あ って、 担 当者 は 日本 の漢 学 者 、 古 城 貞 吉 で あ った。 訳 語 ・新 語 の導 入 と使 用 は、 宣 教 師 の手 か ら離 れ た こ とを象 徴 す る出 来 事 で あ る。1900年 か ら、 留 学 生 た ち に よ る 日本 書 の中 国 語 訳 が 急 増 し、 日本製 新 漢 語 の流 入 が本 格 化 す る。 ま た英 華 辞 書 、 学 術 用 語集 の編 纂 も 日本 の辞 書 が参 照 され た。 『新 爾 雅 』(1903)、 『普 通 専 門 科 学 日語 辞 典 』(1906)、 『英 華 大 辞 典 』(1908)、 『東 中大 辞 典 』(1908)な どが 主 な もの で あ る。 新 語 の流 入 が、 『辞 源 』(1915)に 反 映 さ れ 、 『辞 源 』 続 編(1931)、 『辞 海 』(1937-38)を 経 て 、 定 着 して い く。 彩 しい数 に 上 る た め、 この 時期 の翻 訳 書 に準 拠 して新 語 の流 入 ル ー ト、 分 野 、 普 及 、 定 着 の 実 情 を考 察 す る こ とは大 変 難 しい。 各 種 の辞 書 を利 用 す る研 究 が重 要 性 を 増 して くる。 辞 書 は短 期 間 に、 大 量 の新 語 を纏 あ て導 入 す る こ とが で き、 且 っ広 範 囲 に使 用 さ れ る か らで あ る。 一 冊 一
文林 三十二号 (2)日 本 側 の 資料 ⑥ 蘭学 関係 の資 料 群 18世 紀 以 降 の 蘭 学 関 係 の訳 書 ・著 述 が 含 ま れ て い る 。 『解 体 新 書 』 (1774)や 『舎 密 開 宗 』(1837-47)を は じめ とす る 医 学 、 化 学 等 の 訳 書 の ほか に、 蘭語 辞 書 も数 種 類 出版 さ れ た。 蘭 学 の訳 語 は、 明 治 期 に入 って か ら何 らか の形 で新 興 した英 学 に継 承 さ れ た こ と は、森 岡 健 二 、 杉 本 っ と む ら先 学 の 研 究 で 明 らか にな って い る。 ⑦ 幕 末 ・明 治 初 期 の 資料 群 幕 末 ・明 治 初 期 に出 版 され た新 聞、 雑 誌 、 法 令 、 各 種 の翻 訳 書 、 著 述 、 外 国 語 辞 書 等 が 含 まれ て お り、枚 挙 に 暇 が な い。 日本 側 の資 料 につ いて 、言 う まで もな く著 述 者 、 時 期 、 ジ ャ ンル、 及 び 新 語 ・訳 語 の系 統 系 に よ って 、 細 分 しな けれ ば な らな いが 、 中 国語 の近 代 語 彙 の形 成 に主 眼 を置 い た本 稿 は、 それ 以 上 立 ち入 らな い こ とに す る。 3.2各 資 料 群 にお け る語 彙 の 伝 承 関 係(移 動) 新 漢 語 の形 成 と言 語 間 の移 動 い う観 点 か ら、 各 資 料 群 が ど の よ うな 関係 で結 ばれ て い る の だ ろ うか。 甲類 一① は、 新 漢 語 の 出発 点 と も い うべ き も ので 、 甲類 一② 、 乙 類 一③ 、(2)の ⑥ に多 大 な 影響 を 与 え た が 、 実 証 的 な研 究 は、 今 後 に待 た れ る と ころ で あ るL'。 甲類 一② は、(2)の ⑦ に大 量 の新 語 ・訳 語 を 提供 して い る。 新 漢 語 は、 蘭 学 系 の訳 語 と中 国 か らの英 訳 語 の上 に成 り立 って い る と言 って も過 言 で LI荒 川 清 秀1997は 、 地 理 用 語 を 中 心 に耶 蘇 会 士 ら の訳 語 か ら現 代 語 へ の 発 展 を 実 証 した研 究 で あ る。 54一
新 漢語研究 に関す る思 考 は な い。 しか し甲類 一② は、 乙類 、 特 に 乙類 一⑤ に 決 定 的 な影 響 を与 え て い な い。 筆 者 は、 甲 類 と乙類 の 間 に大 きな 断層 が存 在 して い る こ と を一 貫 して主 張 して き た。 甲類 の 語彙 が讐 え現 代 中 国語 に残 った と して も、 多 く の場 合 は、 直接 に伝 承 され たの で はな く、 日本語 を経 由 して 導 入 され たの で あ る。 そ の具 体 例 は、 次 節 の 「細 胞」 に見 る こ とが で き る。 また、 甲類 一 ② の 資料 は、 日本 に多 く保 存 され 、 わ り あ い簡 単 に利 用 で き るの に対 して、 中 国 国 内 で はそ の多 くが散 侠 して 稀 襯 資 料 と な って い る。 従 っ て 中国 国 内 の、 或 い は 日本 以 外 の研 究 者 は、 まず 資 料 面 で 大 きな困 難 に直 面 す る こ と に な る。 例 え ば マ シー 二氏 の研 究 は、 この類 の資 料 を利 用 した考 察 が欠 如 して い る。 乙類 一 ⑤ の 語彙 提 供 源 は、(2)の ⑦ で あ る。 ⑦ に 関 す る国 語 学 の 研 究 成 果 は、 乙 類 一⑤ 、 な い し中 国語 近 代 語 彙 の研 究 に と って不 可 欠 な もの で あ る。 しか し日本 以 外 で は十 分 に 利 用 され た と は とて も言 え な い現 状 で あ る% 4日 中 語 彙 交 流 の 類 型 19世 紀 後 半 か ら20世 紀 初 期 にか けて 、 大 規 模 な語 彙 交 流 に よ って 、 新 漢 語 が 漢 字 圏 の国 々 に共 有 され る よ う に な った 。 日中 間 に お け る新 漢 語 の 移 動 につ いて 、 次 の よ うな幾 つ か のパ ター ンに帰 納 す る こ とが で き る。 12例 え ば 『日本 語 に及 ぼ した オ ラ ンダ語 の影 響 』(斎 藤 静1967)、 「近 代 語 の 成 立 明治 期 語 彙 編 』(森 岡健 二1969)な ど は新 漢語 研 究 に と って 必 読 書 な の に マ シ ー 二 な どの 海外 研 究者 の参 考書 リス トに挙 が って い な い。 -55一
文林 三十二号 4.1同 時発 生 漢字 に よ る新語 創 出 に際 して 、 そ の 造語 法 に、 中 国 と 日本 が 多 くの共 通 点 を有 して い る こ と は周 知 の事 実 で あ る'3。こ こ に別 々 に 考 案 さ れ た新 語 が偶 然 同 じ形 を取 る可 能性 が 存 在 す るわ けで あ る。 本稿 は偶 然 の一 致 に よ る同 時発 生 と称 して お くM。特 に直 訳 に よ る造 語 の場 合 、 同 時 発 生 が 生 じ や す い。 次 の2例 を見 よ う。 暗 室 暗 い 部 屋 の 意 味 を 持 っ 「暗 室 」 は 、 漢 籍 に 見 え る 。 しか し写 真 現 像 用 の 「暗 室 」 は 、darkroomの 訳 語 と し て 西 洋 の 写 真 術 の 伝 来 に よ っ て 生 じ た 用 語 で あ る。 日本 で は 幕 末 ・明 治 初 期 か ら 『写 真 鏡 図 経 』(1867-68)、 『改 正 増 補 物 理 階 梯 』(1876)な ど に 使 用 さ れ 今 日 に 繋 が る 。 一 方 中 国 で は、 1850年 代 に す で に 宣 教 師 に よ っ て 西 洋 写 真 術 が 紹 介 さ れ た 。 例 え ば 『英 華 華 林 韻 府 』(1872)に 写 真 関 連 の 術 語 表 が2っ 掲 載 さ れ 、 数 百 語 が 収 録 さ れ て い た 。(PhotographicalChemicalsandApParatus.ByJohn Thomson,PhotographicTermsbyJ.Dudgeon) そ こ で は 、darkroomは 、 黒 房 、 闇 室 、 修 造 暗 室 と訳 出 さ れ て い る 。 化 膿 蘭 医 学 で は炎 症 な ど に よ り膿 が 生 じ る こ と を 「化 膿 」 と い う 。 例 え ば 13但 し一 部 の論 者 が い うよ うに 完 全 に一 致 して い る わ け で は な い 。 同 じ修 飾 構 造 で も、 動 詞 、 形 容 詞 に よ る修 飾 構 造 は、 日本 語 的 な造 語 法で 、 従 っ て 「領 海 、 読 本 、 好 転 、 暗 転_」 な ど は 日本 製 とい う こ とに な る。 小 著 を参 照 の こ と。 14時 期 を 同 じ く して 考 案 され る こ と は必 要 だ が、 近 代 、 或 い は 前 近 代 に お け る情 報 伝 達 の速 度 や 利 便 性 を考 え れ ば、10年 単位 の 時 間差 が存 在 して も不 思 議 で は な か ろ う。 -56一
新漢語研究に関す る思考 『厚生 新 編 』 で は、 化 膿 剤 とい う項 目が あ り、 「内 外 諸 科 に於 いて 腫 瘍 の泌 液 を収 敏 して消 散 せ しめ ず化 膿 を促 して終 に潰 破 せ しめ て其 瘡 を癒 す 剤 な り」 と記 述 され て い る。 『医 語類 聚』(1873)で は 「化 膿 」 が少 な くと も5 っ の原 語 に宛 て られ て いた。 「化膿 」 は、 明 治 初 期 に す で に 医 学 用 語 と し て確 立 した ので あ る。 一 方 中国 で は、 伝 導 医 師B.ホ プ ソ ン(合 信)の 医 書 『西 医略 論 』(1857)に 「膿 、 蓄膿 、 生 膿 」 な ど の表 現 が 用 い られ る他 、 「肉死 則 化 膿 、 故 死 肉多 者 膿 必 多 」 と い う一 例 もあ った。 但 しこの 「化 膿 」 は、 そ の後 の氏 の 『医学 英 華 字 釈 』(1858)に 収 録 さ れ て い な い。 熟 して い な い表 現 の た めか 。 この よ うに ボ ブ ソ ンの 「化 膿 」 は、 そ の ま ま現 代 中 国 語 の 「化 膿 」 に繋 が るか は疑 問 の余 地 が あ るが 、 造 語 の点 に お い て、 日 中両 言 語 は偶 然 の一 致 を 見 た と言 え よ う。 同 時 発 生 は、 交 流 を伴 わ な い点 で は、 む しろ特 異 な ケ ー ス と言 わ な けれ ば な らず 、 語 数 も非常 に少 な い。 4.2中 国 か ら 日本 へ(中 → 日) 中国 で作 られ た新 漢 語 が 日本 語 に入 る こ と を言 う。 幕 末 ・明 治初 期 に、 英 華 辞 書 類 と上 記 の発 展 期 の漢 訳 洋 書 の 語 彙 が 中心 にか な りの 語 が 日本語 に入 った と考 え られ る。 そ の時 期 に 日本 で は蘭 学 か ら英 学 へ の転 換 が 図 ら れ、 漢 訳 洋 書 の語 彙 が 借 用 さ れ た。 一 部 に従 来 の蘭 訳 語 と中 国 の新 訳 語 の 交 代 も見 られ る。 化 学(舎 密)、植 物 学(植 学)、 陰極(消 極)、 陽極(積 極)、 電 気(越 歴)な どが そ の例 で あ るし5。幕 末 期 に 日本 で 最 も読 ま れ た 合 信 の 『全 体 新 論』 か ら 「炎 症 」「∼炎 」「精 鏑 水」 や 『六 合 叢 談 』 か ら 「議 院 」 「国 会 」 な ど が 日本 語 に伝 来 した こ と も知 られ て い る事 実 で あ る。 この 時 期 の 語 彙 に つ い て、国 語学 に厚 い蓄積 が あ るが、さ らな る進 展 が期 待 され る。 15沈国威1996参照。 -57一
文林 三十二号 4,3日 本 か ら中 国 へ(日 → 中) 日本 か ら中 国 に渡 った新 漢 語 が そ れ で あ る。19世 紀 後 半 、 特 に 日清戦 争 後 、渡 来語 が 徐 々 に増 え、20世 紀 初 頭 に ピー クを迎 え る。 『漢 語 外 来 詞 詞 典 』 に800余 語 が リス トア ップ さ れ たが 、 正 確 な 語 数 が ま だ 把 握 で きて い な い のが 現 状 で あ る。 4.4往 復(日 ⇔ 中) 新 漢 語 が 日本 と中 国 を行 き来 す る うちに意 味が 補完 され、一 般化 したケ ー ス も多 く存 在 して い る。 一 種 の 「共 同 作業 」 と い うべ き プ ロ セ スで あ る。 荒 川 清 秀 の新 著 で は、 「熱 帯 」 を 詳細 に考 察 した が、 「熱 帯 」 は正 に典 型 的 な例 で あ る。 マ テ オ リ ッチ(利 璃 寳)か ら始 ま っ た 「熱 帯 」 が ア レニ(文 儒 略)を 経 て 、 江 戸 の儒 学 者 に受 け入 れ られ る と同 時 に、 新 教 宣 教 師 た ち に よ って も受 け継 が れ た。 宣 教 師 らの著 述(上 記 の 甲類 一②)に あ る 「熱 帯 」 が、 幕 末 期 に再 び 日本 に伝 わ り、 地 理 用 語 と して定 着 した。 日本 で定 着 した 「熱 帯 」 が ま た20世 紀 初 頭 に、 中国 に戻 って い き、現 代語 彙 とな る。 とい うの は、 宣 教 師 た ち の 「熱帯 」 が、 中 国 で は一 般 に知 られ て い な か っ た か らで あ る。 「細 胞 」 も同 じ事 例 と言 え る。 「細 胞 」 は 宇 田 川 椿 奄 の 『植 学 啓 原 』 (1834)に 初 出例 を持 っ が(こ こで はcel1の 訳 語 で は な い)、1858年 に 、 李善 蘭 は独 自にce11を 訳 して 「細 胞 」 を 考 案 し、 『植 物 学 』 に使 用 した 。 李善 蘭 の 「細 胞」 が 、 幕 末 期 に 日本 に伝 わ り、 植 物 用語 と して 定 着 した。 一方、 中 国 で は、 そ の 後 「細 胞 」 で はな く、 「微 胞 」 「殊」 が 用 い られ て い た。 現代 中 国 語 にあ る 「細 胞 」 は、 日本 語 の翻 訳 書 を通 じて 広 ま った もの で あ る。 この よ うに中 国 製 の新 語 が 日本 経 由 で20世 紀 初 頭 、 再 び 中国 に戻 一58一
新漢語研究 に関 する思考 り、 普 及 した例 が他 に も存 在 して い る。 例 え ば 「雑 誌 」 で あ る。 漢 籍 に あ る 「雑 誌 」 は、 雑 に記 す とい う意 味 で あ った。19世 紀 初 期、 中 国 に渡 来 した西 洋 宣教 師 らが雑 誌 の よ うな 出版 物 を 出 す よ うに な った。 有 名 な もの に 『遽迩 貫珍 』(1853-1856)、 『六 合 叢 談 』(1857-1858)な どが あ る。 や や遅 れ て1862年 に、『中 外 雑 誌 』(半 年 後 廃 刊、 日本 に官 版 翻 刻 が あ る)も 刊 行 され た 。 一 方、 日本 で は、 『西 洋 雑 誌 』 一 号(1867)の 伏 啓 に、00雑 誌 と命 名 す る経 緯 が 述 べ られ て い る。 「雑 誌 」 とい う名 称 は発 行 人 の 柳 川 春 三 の考 案 とされ る。 こ こ に、 中 国宣 教 師 の影 響 が あ っ た と考 え られ る 。 『西 洋 雑 誌 』 に よ って 、 「雑 誌 」 が 一 般 化 した の で あ る。 しか し、 中 国 で は、 『中外 雑 誌 』 以 後 、 『○ ○ 雑 誌 』 と い う名 前 の 定 期刊 行 物 が なか っ た。新 聞 と雑 誌 の 違 い は必 ず し も明 確 に認 識 せ ず 、19世 紀末 ま で、 『○ ○ 報 』 とい う名 称 の もの が最 も普 通 で あ った。 例 え ば 『時 務 報 』 『清 議 報 』 な ど で あ る。 4.5残 る問 題 点 『英 華 字 典 』 の中 国 語 序 文 に 「重 抽 旧緒 、 別 出新 詮 」 とい う表現 が あ る。 古 典 語 に近 代 的 な意 味 を新 た に付 与 す る こ と を意 味 して い る。 これ は近 代 で は盛 ん に用 い られ た 新 語 創 出方 法 の1っ で あ る。 西 周 の著 述 や井 上 哲 次 郎 の 『哲 学 字 彙 』 な ど の注 記 を見 れ ば わか る。 しか し新 旧意 味 問 の関 連 性 や、 新 しい意 味 の付 け方 な ど複 雑 な 問題 が存 在 して い る。 例 え ば 「経 済 、 意 匠、 選 挙 」 な どが 『六 合 叢 談 』 に使 用 さ れ て お り、 新 旧意 味 の間 に本 当 に切 れ 目が 認 め られ る か ど うか。 中国 で は、 近 代 の 日本 で変 貌 を遂 げ た 中 国古 典 語 を 日本 製 の新 訳 語 と認 定 す るこ とに強 い反 発 が存在 して い る。個 々 -59一
文林 三十二号 の語 にっ いて の完 全 な語 誌 記 述 こそ、 問 題 解 決 の カ ギ とな ろ う。 5終 わ り に 新 漢 語 の研 究 は、 今 後 、 如 何 に進 め て い くべ きか。 すで に述 べ た よ うに、 新 漢 語 の 問題 は、 一 言 語 の近 代 語 彙 の 研 究 と い う域 に止 ま る もので はな い。 そ の 成立 に は複 数 の言 語 が関 わ って、 それ ぞ れ の貢 献 を したか らで あ る。 しか し実 際 に は、 各 国 の研 究 者 た ち は、 互 い に研 究 成 果 を交 流 しあ う こ と が 非 常 に少 な い。 是 非 と も改 善 され た い現 状 で あ る。 参 考 文 献: マ シ ー 二1997現 代 漢語 詞彙 的 形成 一19世 紀 の外 来語 研 究 漢 語 大 詞 典 出 版 社 荒 川 清 秀1997近 代 日中 学 術 用 語 の 形 成 と伝 播 一 地 理学 用語 を 中心 に 白 帝 社 沈 国 威1994近 代 日中 語 彙 交 流 史 新 漢語 の 形 成 と受 容 笠 間 書 院 1995『 新 爾 雅 』 と その 語 彙 白帝 社 1996漢 語 の育 て た近 代 日本 語 一西 学 東 漸 と新 漢 語 『国 文 学 』(学 燈 社) Vol.41 1997『 植 学 啓 原 』(1834)と 『植 物 学 』(1858)の 語 彙 国 語 語 彙 史 研 究 会(57回)で の 口頭 発 表 1998『 時務 報 』 と 日本 借 用語 松下 国 際財 団研 究 助 成 報 告 書 小 川鼎 三1983医 学 用語 の起 こ り 東 京書 籍 那 須雅 之1996ロ ブ シ ャ イ トと堀 達 之 助 近 代 中 国語 研究 会 で の 口頭 発 表 内 田慶 市1997ヨ ー ロ ッパ 発 ∼ 日本 経 由 ∼ 中 国 行 き一 「西 学 東 漸 」 の も う 一つ の み ちす じ一 「漸 江 と 日本 』(関 西 大 学) 王 樹 椀1969清 末 翻 訳 名 詞 的 統 一 問 題 『近 代 史 研 究 所 集 刊 』 第1期 王 揚 宗1991清 末 益 智 書 会 統 一 科 技 術 語 工 作 述 評 『中国 科 技 資 料 』Vol.12 一60一
新 漢語 研 究 に関 す る思 考 付 記:
本 稿 を 纏 め るに 当 た って、 愛 知 大 学 の 荒 川 清 秀 氏 、 関 西 大学 の 内 田慶 市 氏 よ り 貴 重 な 示 唆 を受 け ま した。 記 して感 謝 の意 を 表 した い。