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藍壺雑考: 沖縄地域学リポジトリ

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Academic year: 2021

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(1)

Title

藍壺雑考

Author(s)

大湾, ゆかり

Citation

沖縄県史研究紀要 = BULLETIN OF THE

HISTORIOGRAPHICAL STUDY ON OKINAWAN

HISTORY(4): 21-44

Issue Date

1998-03-30

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/8461

(2)

沖 縄 県 史 研 究 紀 要 第 4 号 (1998)

沖 縄 の 染 織 物 に み ら れ る 藍 色 。 そ の 独 特 な 色 合 い の 多 く は 琉 球 藍 ( 泥 藍 ) と い う 天 然 染 料 か ら 生 み だ さ れ る 。 琉 球 藍 と は 、 含 藍 植 物 リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ の 葉 を 大 き な 水 槽 、 す な わ ち 藍 壺 に 漬 け て 発 酵 さ せ 、 石 灰 を 混 ぜ て 染 料 に 仕 立 て た も の で あ る 。 琉 球 藍 の 産 地 と し て 知 ら れ る 沖 縄 島 北 部 に は 製 藍 業 で 活 況 を 極 め て い た 時 代 が あ り 、 山 の 利 を 生 か し た 生 業 の 一 つ と し て 多 く の 人 が そ の 生 産 に 携 わ っ て い た 。 そ し て 、 そ の 盛 況 ぶ り を 物 語 る か の よ う に 、 今 な お や ん ば る ( 山 原 ) の 奥 深 い 森 の 中 に は 藍 壺 の 遺 構 が 数 多 く 眠 っ て い る 。 本 稿 の 目 的 は 、 そ う し た 藍 壺 の 紹 介 を 第 一 義 と し た も の だ が 、 加 え て こ れ ま で 入 手 し た 関 係 資 料 か ら 近 代 に お け る 製 藍 業 の 諸 相 に つ い て 推 察 を 試 み た 。 な お 、 藍 壼 の 調 査 は 、 一 九 九 〇 年 か ら 一 九 九 七 年 ま で に 断 続 的 に 行 っ     ぱ た も の で 、 そ の 一 部 は 既 に 発 表 し た も の と 重 複 す る が 、 全 体 像 を つ か む 上 で 不 可 欠 な の で 併 記 す る こ と に し た 。

初 め に 、 本 稿 の 主 題 で あ る 琉 球 藍 に つ い て 、 る 植 物 と 染 料 の 両 方 を 概 説 す る 。

一 リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ ( 写 真 1 )

リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ と は 、 キ ツ ネ ノ マ ゴ 科 原 料 と な ( 学 名 9 § ミ ー 21

(3)

、 藍 壺 雑 考 ミ ミ 導 禽 ミ § ) の 多 年 草 植 物 で 、 俗 に 山 藍 や 唐 藍 等 と も い わ れ 、 方 言 で は 「 エ ー 」 ま た は 「 イ ェ ー 」 等 と 称 し て い る 。 イ ン ド 、 イ ン ド シ ナ 半 島 、 中 国 、 台 湾 に 分 布 し 、 日 本 で は 鹿 児 島 県 以 南 で 染 料 用 に 栽 培 さ れ 、 一 部 野 生 化 し て い ㍍ 。 同 種 は 乾 燥 を き ら い 、 多 湿 な 山 間 の 半 陰 地 に 好 ん で 生 育 す る 。 高 さ 三 十 セ ン チ か ら 一 メ ー ト ル に 生 長 し 、 茎 き は 直 立 分 岐 し 葉 は 対 生 し て 通 常 群 生 す る 。 本 来 は 淡 紫 色 の 花 を つ け る が 、 染 料 用 に は 開 花 前 に 葉 茎 部 分 が 刈 り 取 ら れ て 利 用 さ れ る 。 次 に 、 こ れ を 染 料 用 と す る 際 の 旧 来 の 栽 培 方 法 に つ い て 、 大 正 期 の 調 査 報 告 書 や 筆 者 の 聞 き 取 り 調 査 等 か ら 再 現 す る と 、 以 下 の と お り に な る 。 ま ず 、 耕 し た 畑 に 三 十 セ ン チ 間 隔 で 穴 を 掘 り 、 堆 肥 や 厩 肥 を 施 す 。 雨 天 日 に 生 育 良 好 な リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ の 葉 ( 以 下 、 「 ア イ 葉 」 と 記 す ) を 選 ん で 茎 の 突 端 二 十 セ ン チ 位 を 切 り 取 り 、 苗 を 準 備 す る 。 こ れ を 一 、 二 本 ず つ 地 中 に 挿 し 込 み 、 土 を か ぶ せ て 足 で 踏 み つ け る 。 挿 木 し 終 わ っ た ら す ぐ に 茅 等 で 日 覆 を す る 。 苗 が 根 付 い た 頃 を 見 計 ら っ て 覆 い を 取 り 除 き 、 除 草 と 補 肥 を 繰 り 返 す 。 さ ら に 、 夏 季 に は 雑 木 の 小 枝 ( 「 陰 木 」 ( −o ) と い う ) を 畑 一 面 に 立 て て 日 覆 を す る 。 収 穫 は 、 新 暦 六 月 と 十 月 に 十 分 成 熟 し た の を み て 行 う 。 そ の 頃 に は 、 ア イ 葉 は 高 さ 八 十 セ ン チ か ら 一 メ ー ト ル に 真 っ 直 ぐ 伸 び 、 葉 に は 光 沢 や 張 り が 現 れ る 。 茎 部 を 根 元 付 近 十 セ ン チ 位 残 し て 、 鎌 で 刈 り 取 る 。 株 の 更 新 は 二 、 三 年 ご と に 行 う が 、 古 株 に な る ほ ど 収 量 は 減 少 す る 。 写 真 1 リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ

リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ を 加 工 し て 得 ら れ る 藍 染 料 。 製 藍 の 過 程 で 水 に 溶 け 出 た 藍 成 分 を 石 灰 と 混 ぜ て 吸 着 、 沈 殿 さ せ 、 半 分 水 気 を 切 っ て 泥 状 の ま ま 出 荷 す る の で 「 泥 藍 」 と い わ れ る 。 22

(4)

沖 縄 県 史 研 究 紀 要 第 4 号 (1998) ( H ) 琉 球 藍 の 製 藍 方 法 に つ い て も 大 正 期 の 報 告 書 や 筆 者 の 調 査 に よ り 記 す と 、 ま ず 、 刈 り 取 っ た ア イ 葉 を 夏 は 六 百 斤 ( 三 百 六 十 キ ロ ) 、 冬 は 八 百 斤 ( 四 百 八 十 キ ロ ) 程 藍 壺 に 入 れ 、 葉 の 上 部 が 浸 る く ら い ま で 水 を 注 ぐ 。 竹 を 十 セ ン チ 間 隔 で 一 面 に 並 べ 、 そ の 上 に 竹 と 反 対 の 方 向 に 四 本 の 木 を 編 ん だ も の ( あ る い は 丸 太 ) を 三 ヵ 所 の せ 、 さ ら に そ の 上 に 石 を の せ て 押 さ え る 。 石 は 初 め は 百 斤 位 だ が 、 葉 っ ぱ が 発 酵 す る に し た が っ て 液 面 が 上 が る の を 防 ぐ た め 、 二 日 目 に は 四 百 斤 程 度 、 発 酵 が 進 ん だ 頃 に は ア イ 葉 と 同 じ 位 の 重 量 分 を の せ る 。 夏 は 三 、 四 日 、 冬 は 四 か ら 六 日 位 し て か ら 押 さ え を 取 り 払 い 、 葉 の 上 下 を 耕 す よ う に し て 反 転 さ せ る 。 そ の 後 再 び 軽 く 押 さ え を し て 静 置 し 、 十 分 に 発 酵 す る ま で 待 つ 。 こ の 発 酵 加 減 の 判 断 が 泥 藍 の 良 否 を 決 定 す る 最 も 重 要 な 場 面 で あ り 、 長 年 培 わ れ た 製 造 者 の 勘 に 頼 る 所 が 大 き い 。 発 酵 を 見 極 め た ら す ぐ に ア イ 津 を す く い だ し 、 竹 の 上 ( 12 ) に の せ て 汁 気 を 切 る 。 次 に ア イ 葉 百 斤 に 対 し て 三 升 程 石

使

す る と 、 発 酵 に よ っ て 溶 解 し た 液 中 の 藍 分 が 空 気 に 触 れ て 酸 化 し 、 沈 殿 す る 。 約 一 時 間 半 撹 拝 し て い く う ち に 色 相 は 次 第 に 沈 み 、 上 層 は 上 澄 液 を 生 じ て く る 。 そ の 色 相 を み て 撹 拝 を 止 め 、 一 日 以 上 放 置 し て 沈 降 さ せ る 。 一 日 経 っ て 十 分 沈 殿 し た ら 上 澄 液 を 流 し 出 し 、 残 っ た 沈 殿 物 を 玉 壺 ( 貯 蔵 槽 ) に 移 す 。 玉 壺 に は し ば ら く 貯 蔵 し 、 上 澄 液 を 漸 次 除 い て 濃 厚 な 泥 藍 に す る 。 出 荷 時 に は 、 莚 や 米 袋 の 上 に 泥 藍 を 広 げ て さ ら に 水 気 を 切 り 、 芭 蕉 の 葉 を 敷 き 詰 め た 竹 籠 に 入 れ て 輸 出 す る 。 で き た 泥 藍 の 量 は ア イ 葉 の 二 割 五 分 程 度 に な る と い う 。 さ て 、 出 荷 さ れ た 藍 は 主 に 那 覇 や 宮 古 の 染 織 業 者 に 引 き 取 ら れ た 。 こ こ で 紺 緋 や 上 布 の 糸 を 染 め る 時 に は 、 泥 藍 を 再 び 水 に 戻 し て 適 当 量 の 木 灰 や 糖 類 、 泡 盛 等 を 混 入 し て 十 分 発 酵 さ せ 、 そ の 染 液 に 糸 や 布 を 浸 し て 染 め る ( 藍 建 て ) 染 め る 回 数 に よ り 色 の 濃 淡 を 調 整 す る 。

三 琉 球 藍 の 生 産 地

国 頭 郡 は 、 山 が ち な 地 形 や 温 暖 多 雨 な 自 然 条 件 に よ り 、 琉 球 藍 の 生 育 環 境 に 恵 ま れ て い る 。 そ の た め 、 琉 球 藍 は 古 く か ら こ の 地 域 の 特 産 物 に な っ て い た よ う で あ る 。 23

(5)

雑 由 亜 藍 囲 明 治36年 國 大 正2年 囮 大 正12年 目 昭 和3年 圓 昭 和13年

蕊騨i

籍手

16645

臨 8

52

1704757 i1598 200

八 重 山 郡

宮 古 郡

中 頭 郡

国 頭 郡

(万 斤) 180 160 140 120 100 80 60 40 2 0 図 1. 琉 球 藍 (泥 藍) の 郡 別 生 産 量. r沖 縄 県 統 計 書」 1903 ,1913,1923,1928,1938, よ り 作 成. 島 尻 郡、 那 覇 市、 首 里 市 は 全 統 計 値 と も 「0」 な の で 省 略 し た. ( 14 ) で は こ こ で 、 明 治 期 以 降 の 統 計 資 料 か ら 、 今 一 度 琉 球 藍 の 生 産 地 を 確 認 し て お こ う 。 図 1 は 、 『 沖 縄 県 統 計 書 』 に み え る 琉 球 藍 ( 泥 藍 ) の 生 産 量 か ら 、 一 九 〇 三 ( 明 治 三 十 六 ) 年 、 一 九 = 二 ( 大 正 二 ) 年 、 一 九 二 一 二 ( 大 正 十 二 ) 年 、 一 九 二 八 ( 昭 和 三 ) 年 、 一 九 三 八 ( 昭 和 十 三 ) 年 の 値 を 郡 別 に 抽 出 し 、 棒 グ ラ フ に 表 し た も の で あ る 。 そ れ を み る と 、 国 頭 郡 が 一 貫 し て 高 い 生 産 を あ げ て い る 。 中 頭 、 宮 古 、 八 重 山 の 各 郡 に わ ず か に 生 産 が 認 め ら れ た 一 九 〇 三 ( 明 治 三 十 六 ) 年 に お い て さ え 、 国 頭 郡 の 占 め る 割 合 は 全 体 の 九 十 九 パ ー セ ン ト に ま で 及 ん で い る 。 さ ら に 、 大 正 か ら 昭 和 初 期 に は 県 内 の ほ ぼ 全 生 産 が 国 頭 郡 で 行 わ れ て い る 。 ち な み に 、 一 九 〇 三 ( 明 治 三 十 六 ) 年 の 葉 藍 の 問 切 別 統 計 に よ る と 、 全 体 量 七 百 三 十 二 万 五 千 七 百 六 十 四 斤 の う ち 本 部 間 切 が そ の 五 十 五 パ ー セ ン ト を 占 め る 三 百 七 十 三 万 斤 を 産 し 、 国 頭 間 切 、 名 護 問 切 、 今 帰 仁 間 切 が こ れ に 続 い て い る 。 こ れ ら の こ と か ら 、 琉 球 藍 の 生 産 地 は 本 部 間 切 を 中 心 と し た 北 部 一 円 で あ り 、 名 実 と も に 国 頭 郡 の 特 産 物 で あ っ た と い え よ う 。 24

(6)

沖 縄 県 史 研 究 紀 要 第 4 号 (1998)

一 藍 壺 ・ 玉 壺 と は

藍 壷 と は 、 ア イ 葉 を 水 に 漬 け 込 ん で 泥 藍 に す る ま で の 間 使 わ れ る 水 槽 の こ と で あ る 。 方 言 で は 「 エ ー チ ブ 」 あ る い は 「 イ ェ ー チ ブ 」 と い い 、 直 径 三 メ ー ト ル 内 外 、 深 さ 一 メ ー ト ル 三 十 セ ン チ 程 度 の 円 形 の 壺 で あ る 。 藍 壼 に は 通 常 、 玉 壺 ( 方 言 で 「 タ マ チ ブ 」 ) と い う 形 状 を 異 に し た 構 造 物 が 付 随 す る 。 こ れ は 製 藍 し た 泥 藍 を 貯 蔵 す る た め の も の で 、 藍 壷 よ り 一 回 り 小 さ く 長 方 形 を し て い る 。

二 現 存 す る 藍 壺

表 1 及 び 図 2 は 、 こ れ ま で 筆 者 が 現 地 踏 査 や 聞 き 取 り 調 査 で 得 た 藍 壼 の 情 報 を 整 理 し た も の で あ る 。 こ の 中 で 、 筆 者 自 身 が 実 際 に 藍 壺 や 玉 壺 を 確 認 で き た の は 十 二 ヵ 所 で あ り 、 そ の 内 訳 は 国 頭 村 五 ヵ 所 、 大 宜 味 村 一 ヵ 所 、 今 帰 仁 村 一 ヵ 所 、 本 部 町 五 ヵ 所 と な っ て い る 。 発 見 で き た 藍 壺 は 、 本 部 町 の 二 ヵ 所 を 除 い て ほ と ん ど が 戦 後 は 使 わ れ た 気 配 も な く 、 人 里 か ら 離 れ た 山 中 に 放 置 さ れ て い る 。 そ の た め 、 保 存 状 態 は か な り 悪 く 、 木 根 や 雑 草 、 落 葉 に 埋 も れ て 壊 れ て い る も の も 多 か っ た 。 で は ま ず 、 こ れ ま で に 確 認 す る こ と が で き た 藍 壺 の 遺 構 に つ い て 紹 介 し よ う 。 な お 、 実 測 結 果 は 表 1 お よ び 各 壺 跡 の 略 図 中 に な る べ く 盛 り 込 む よ う 努 め た が 、 壺 の 保 存 状 態 や 腐 葉 土 等 の 堆 積 に よ り 、 若 干 誤 差 が あ る こ と を ( 15 ) 付 け 加 え て お く 。 1 照 首 林 道 ・ 我 地 林 道 付 近 ( 図 3 ・ 写 真 2 ) 照 首 林 道 か ら 我 地 林 道 へ 抜 け る 分 岐 路 よ り 北 の 付 近 の 谷 間 に 、 藍 壺 二 個 、 玉 壺 二 個 が 残 っ て い る 。 こ の 場 所 は 二 本 の 沢 筋 の 合 流 点 の 河 原 で 、 今 で は 水 は ほ と ん ど 洞 れ 、 ま た 度 重 な る 増 水 の せ い か 遺 構 に も か な り の 土 砂 が か ぶ る な ど し て 保 存 状 態 は 悪 い 。 し か し 、 藍 壺 の 排 水 口 の 石 積 み を は っ き り 辿 れ る 。 25

(7)

藍 壺 雑 考 表 1 現 存 す る 藍 壺 ・ 玉 壺 一 覧 . No. 市 町 村(字) 場 所 藍 壺 個 形* 内林深紳 孔 個 形* 数 状 径 さ 数 状 質 材 水 路 壷 玉 孔 艸 深 さ 牌 内 径 1 国 頭 村 2 円 350 100 有 2 正 168x167 120 有 有 照 首・我 地 林 道 付 近 円 350 一 有 正 一 一 有 2 国 頭 村(与 那) 与 那川 支流 3 国 頭村(奥 間) 奥 間川 支流 A 4 国 頭村(奥 間) 奥 間川 支 流 B 5 国頭 村(奥 問) 与 那 覇 岳 付 近 6 大 宜 味 村(押 川) 集 落 は ず れ 1 円 270 130 有 2 1 円 325 赤 土 と 漆 喰 長 195x165 70 有 有 赤 土? 長 200x180 80 有 有 1 長 225xl90 100 有 有 赤 土? 1 円 305 100 有 1 長 170x133 84 有 有 赤 土 ? 2 円 305 112 円 342 119 喰 漆 有 有 有 有 有 有 有 有 70 0 8 7 7 企 U O O 7 7 1 1 1 1 X X X X O 8 0 0 9 自 1 0 σ 0 0 0 ヲ 9 自 1 1 1 長 長 長 長 4 有 有 1 円 284 120 有 7 今 帰 仁 村(今 泊) 3 志 慶 真 川 最 上流 部 8 本 部 町(伊 豆 味) 上 親 名 (カラガーラ) 円 312 107 円 288 105 円 300 110 1 円 300 9 本 部 町(伊 豆 味) 3 円 古 島 一 10 本部 町(伊 豆 味) 自 然 石 庭 園 前 11 本 部 町(山里) 島 原 12 本 部 町(山 里) 島 原 3 円 307 一 円 317 一 円 307 118 5 円 310 140 円 309 一 円 288 140 円 一 一 円 2 円 3 有 有 有 有 有 有 有 50 に り   15 15 叙 飯 一 17 15 長 長 円 有 1 長 148x74 有 有 有 有 有 有 有 有 長 2 台 163xl42 台 180x244 3 正 148xl45 130 正 一 一 正 一 一 有 2 正 有 有 有 有 有 有 有 有 有 有 セメント? 赤 土 と 漆 喰 元 漆 喰 現 セメント 赤 土 と 漆 喰 赤 土と 漆 喰 元 漆 喰 現 セメント*料 漆 喰 * 形 状 は 略 称 で 表 し た 。 円 : 円 形 す り 鉢 状、 正 : 正 方 形、 長 : 長 方 形、 台 : 台 形単 位 は セ ン チ メ ー ト ル。 寧林 詳 細 は 本 文 を 参 照。: 一 は 計 測 不 能 も し く は 未 計 測 値。 各 壺 の 深 さ は 腐 葉 土 等 の 堆 積 分 は 含 ま な い。 26 一

(8)

卜。 刈 凡 例 ⑮ ● ▲ 藍 壺 が 現 存 す る 場 所 藍 壼 が あ っ た と さ れ る 場 所 山 河 川 市 町 村 境界 線 伊 江 村

●● ●● ●● ●●

唖 ) 今帰仁村

懸一

く ノ ゜ い ノ ∼ ノ ム

φ

脚 ・ 図 2. 沖 縄 島 北 部 の 藍 壼 の 分 布 地

田嘉里 .

..

. ( 亜

謝名 城 ● 喜如 嘉 ● 大 兼 久 ●● 喜 納 ● 名 護 市 大 宜 味 村 ③

尊 諮 昏 − 叩 ( 一 ㊤ ⑩ Q◎ )

(9)

雑 士 壁 藍 ま た 、 沢 筋 の 上 流 部 に は か つ て 畑 地 だ っ た と 思 わ れ る 緩 や か な 斜 面 が あ り 、 沢 を 少 し 下 っ た 所 の 段 丘 に は 住 居 跡 か の よ う な 開 け た 平 地 が あ っ た ( 排 水 路 や 茶 碗 の 欠 片 を 確 認 ) 。

◎⑤

/:::こ \ 深さ  

図 3. 照 首 ・ 我 地 林 道 (No,1) の 壺 跡 略 図 (単 位 :cm 2 与 那 川 支 流 ( 図 4 ・ 写 真 3 ) 琉 球 大 学 の 演 習 林 沿 い に 与 那 覇 岳 へ 向 か う 林 道 か ら 途 中 切 り 立 っ た 斜 面 を 下 る と 、 谷 間 に 与 那 川 が 流 れ て い る 。 藍 壺 の 発 見 場 所 は 、 与 那 川 の 本 流 に 流 れ 込 む 二 本 の 支 流 が 交 差 し た 地 点 で あ る 。 こ こ は 比 較 的 緩 や か な 河 原 が 開 け 、 藍 壷 は そ の 河 原 の 傾 斜 を 利 用 し た 形 で 沢 筋 正 面 の 壁 だ け に 石 を 積 ん で 造 ら れ て い る 。 こ こ に は 、 藍 壺 一 個 と 玉 壺 二 個 が あ り 、 ど ち ら に も 排 水 口 と み ら れ る 孔 跡 が 確 認 で き る 。 壺 の 材 質 は 苔 や 樹 木 に よ る 損 傷 が 激 し い た め は っ き り し な い が 、 お そ ら く 赤 土 を 固 め た も の で あ る 。 写 真 3下

駅 本

写 真3 下

Ψ

80 130

Ψ

図 4. 与 那 川 支 流 (No.2) の 壺 跡 略 図, (単 位 : cm) 28

(10)

沖 縄 県 史 研 究 紀 要 第 4 号 (1998) 3 ・ 4 奥 間 川 支 流 A ・ B ( 図 5 ) 奥 問 の 集 落 か ら 大 国 林 道 へ 抜 け る 林 道 と の 合 流 付 近 に み え る 奥 間 川 . の 支 流 沿 い に 「 藍 壺 跡 が 二 ヵ 所 あ る 。 こ こ で は 上 流 部 を A と し 、 下 流 を B と し て 述 べ る こ と に す る 。 A に は 、 藍 壺 一 個 、 玉 壺 一 個 が 残 っ て い る 。 比 較 的 奥 行 き の あ る 河 原 の 緩 や か な 傾 斜 を 利 用 し て 、 沢 に 向 か っ て 正 面 に 石 を 積 ん で 造 ら れ て い た 。 藍 壺 の 排 水 口 は 四 角 形 で 一 個 、 玉 壺 の そ れ は 上 部 か ら 壺 の 途 中 部 分 ま で 切 り 込 み を 入 れ た 形 で あ っ た 。 こ の 他 、 玉 壷 の 内 壁 に 突 き 出 し た 石 が 一 つ 確 認 で き た 。 B に は 、 藍 壺 一 個 と 玉 壺 一 個 が あ り 、 保 存 状 態 は A に 比 べ て 良 い 。 こ こ で は 、 藍 壺 の 排 水 口 か ら 沢 に 向 か っ て 排 水 路 と 思 わ れ る 石 積 み の 跡 が み ら れ 、 同 様 に 玉 壺 に も 水 路 が あ っ た 。 こ の 壺 跡 の 裏 手 の 山 中 に 若 干 開 か れ た 場 所 が あ り 、 油 壺 等 が 発 見 で き た 。 5 与 那 覇 岳 付 近 ( 図 6 ・ 写 真 4 ) 与 那 覇 岳 頂 上 に 向 か う 途 中 の 林 道 か ら 谷 間 に 下 る と 、 奥 間 川 の 上 流 部 に 辿 り 着 く 。 こ の 沢 筋 に 藍 壺 二 個 、 玉 壺 四 個 が 残 っ て い る 。 玉 壺 の 一 つ は 若 干 崩 れ て い る が 、 全 325 1go † 225 35 305 卜133 170 下流 へ

流 /

551占22

Ψ

100

図 5. 奥 間 川 支 流 A (No.3) ・ B (No.4) の 壺 跡 略 図. (単 位 :cm) 29

(11)

雑 壺 藍 体 的 に 保 存 状 態 は 良 い 。 ま た 、 藍 壺 、 玉 壺 と も に 排 水 口 が は っ き り し 、 排 水 路 の 跡 も 残 っ て い る 。

写真4下 図 6. 与 那 覇 岳 付 近 (No.5) の 壺 跡 略 図. (単 位 : cm) 6 押 川 集 落 の は ず れ ( 図 7 ・ 写 真 5 ) 押 川 は 塩 屋 湾 の 北 、 標 高 約 百 メ ー ト ル の 内 陸 部 に 位 置 し 、 四 方 山 に 囲 ま れ た 集 落 で あ る 。 藍 壺 は 集 落 の 公 民 館 の 向 か い の 道 を 百 メ ー ト ル 程 進 ん だ 右 手 の 畑 地 に 残 っ て い る 。 こ こ で 確 認 で き た の は 藍 壷 一 個 に と ど ま っ た が 、 村 の 人 の 話 で は 同 じ 場 所 に 三 、 四 個 の 藍 壺 が 並 ん で い た そ う で あ る 。 し か し 、 周 辺 は 雑 草 が 生 い 茂 っ て 見 通 し が き か な い 荒 れ 地 に な っ て い る た め 、 他 を 発 見 す る こ と は で き な か っ た 。 確 認 し た 藍 壺 の 側 に は 小 川 の 跡 が あ り 、 ま た 壺 の 周 辺 に は ウ コ ン が い た る 所 に 繁 茂 し て い た 。 284

12° 1 。 図 7. 押 川 集 落 は ず れ (No.6) の 壺 跡 略 図, ( 単 位 : cm) 7 今 帰 仁 村 志 慶 真 川 の 最 上 流 部 ( 図 8 ・ 写 真 6 ) 今 帰 仁 村 と 本 部 町 の 境 界 、 志 慶 真 川 の 源 流 近 く の 山 中 に 、 大 規 模 な 藍 壺 跡 が 残 っ て い る 。 こ の 一 帯 は 俗 に 「 ア ー グ の 山 」 と 呼 ば れ た 所 で あ る 。 こ こ に は 、 藍 壺 三 個 、 玉 壺 三 個 、 水 溜 二 個 が 存 在 す る 。 30

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沖 縄 県 史 研 究 紀 要 第 4 号 (1998) ’帰 水溜 上

今 ’ 写 真6下 流 へ 図 8. 志 慶 真 川 最 上 流 部 (No,7) の 壺 跡 略 図. (単 位 : cm) h 広 い 緩 斜 面 を 利 用 し て 水 溜 と 藍 壺 が 段 々 に 配 置 さ れ て い る 。 つ ま り 、 斜 面 の 上 に 水 溜 二 個 が あ っ て 沢 か ら 水 を 引 き 、 一 段 下 が っ た 所 に あ る 二 個 の 藍 壺 に 順 次 水 を 引 け る よ う に し て あ る 。 藍 壺 の 横 に は 二 個 の 玉 壼 が 付 随 し 、 玉 壺 の 排 水 口 が 沢 に 向 か っ て あ る 。 こ の 他 少 し 離 れ た 個 所 に 藍 壺 と 同 じ 形 状 を し た 壺 が あ っ た が 、 こ れ は 玉 壺 と し て 利 用 し て い た こ と が わ か っ て い る 。 ま た 、 壺 跡 の 横 の 河 原 に は 家 畜 小 屋 の 跡 と み ら れ る 遺 構 が あ り 、 昭 和 初 期 の 空 き 瓶 等 が 残 っ て い た 。

現 在 も 藍 を 製 造 し て お ら れ る 1 家 所 有 の 壺 で 、 ミ カ ン 畑 が 広 が る 山 中 の 沢 筋 に 藍 壺 一 個 と 玉 壺 一 個 が 残 っ て い る 。 こ の 壺 は 1 家 の 入 植 当 時 に 使 わ れ た も の ら し く 、 近 年 − 氏 自 身 が 後 継 者 に 技 術 を 教 え る の に 使 用 す る た め 、 古 い 壷 を 改 修 し て セ メ ン ト で 塗 り 替 え た そ う で あ る 。 9 本 部 町 伊 豆 味 古 島 集 落 の 北 外 れ 、 大 井 川 の 支 流 沿 い に 残 っ て い る が 、 雑 草 に 埋 も れ て 確 認 す る の は か な り 困 難 に な っ て い る 。 こ こ は 、 昭 和 の 半 ば ま で 1 家 ら の 先 代 が 使 用 し て い た と い う 場 所 で あ る 。 藍 壺 が 三 個 以 上 は 現 存 す る と 思 わ れ る が 明 ら か で は な い 。 10 本 部 町 伊 豆 味 の 自 然 石 庭 園 前 ( 写 真 8 ) 伊 豆 味 小 学 校 か ら 古 嘉 津 宇 方 面 へ 抜 け る 道 の 途 中 に 自 然 石 庭 園 が あ る 。 こ の 園 の 入 り 口 付 近 に 小 川 が 流 れ て お り 、 そ れ に 沿 っ て 藍 壷 が 三 個 、 玉 壺 二 個 が 確 認 で き る 。 31

(13)

壺 雑

現 在 は 、 花 の 苗 木 等 を 植 え て 花 壇 と し て 使 わ れ て い る よ う だ が 保 存 状 態 は よ く 、 ま た 排 水 路 の 跡 が 近 年 ま で 残 っ て い た 。 11 本 部 町 山 里 島 原 ( 図 9 ・ 写 真 9 ) こ の 壷 は 、 現 在 も 藍 を 製 造 し て お ら れ る H 家 が 所 有 す る も の で あ る 。 本 部 町 渡 久 地 か ら 今 帰 仁 城 へ 抜 け る 旧 道 沿 い に あ る 。 藍 壼 五 個 、 玉 壺 三 個 が 残 っ て い る が 、 戦 前 に は そ の 隣 に さ ら に 藍 壺 が 三 個 あ っ た と い う 。 現 存 す る 壺 の う ち 藍 壺 三 個 と 玉 壷 は 、 改 修 し て セ メ ン ト で 塗 装 を 施 し て あ る 。 残 り の 藍 壺 二 個 は 壊 れ か け て は い る が 、 土 を 漆 喰 で 固 め た も の で あ る 。 こ こ で は 藍 壺 三 個 と 玉 壺 三 個 が 現 在 も 実 際 の 製 藍 に 使 わ れ て い る 。 ま た 、 こ れ ま で 聞 き 取 り 調 査 等 で し か わ か ら な か っ た 凹 状 の く ぼ み を 、 藍 壷 の 底 部 に 確 認 で き た 。 12 本 部 町 山 里 島 原 H 家 宅 の 側 に 小 川 が 流 れ て お り 、 そ の 沢 筋 に 藍 壺 二 個 と 玉 壺 二 個 が 存 在 す る 。 こ の 小 川 の 上 流 は 湧 水 が 出 て 、 洞 れ る こ と は な い と い う 。 藍 壺 は 雑 草 に 覆 わ れ て か な り 傷 ん で い る 。 以 上 、 現 在 ま で に 確 認 す る こ と が で き た 藍 壺 の 遺 構 に つ い て 述 べ た 。 こ の 他 、 聞 き 取 り 調 査 に よ っ て 、 現 在 で は 壊 し て な い か 、 も し く は そ の 存 在 が 不 明 な も の が 合 計 し て 二 十 五 ヵ 所 あ る 。 内 訳 は 、 国 頭 村 三 ヵ 所 、 大 宜 味 村 九 ヵ 所 、 本 部 町 十 三 ヵ 所 で あ る 。 こ れ ら に つ い て は 、 戦 後 住 宅 地 の 建 設 や 河 川 改 修 等 に よ っ て そ の ほ と ん ど が 失 わ れ た も の と 思 わ れ る 。 写

報 町

図 9 本 部 町 山 里 島 原 (No,11) の 壺 跡 略 図 (単 位 :cm 32

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沖 縄 県 史 研 究 紀 要 第 4 号 (1998) 写 真 4.No. 5 の 壺 跡 全 景 (上) と 藍 壺 ( 下). 写 真 5 N o, 6 の 藍 壺 . 写 真 2 .No.1 の 壷 跡 全 景。 写 真 3, No.2 の 藍 壷(上) と 壷 跡 全 景(下) 33 一

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藍 壺 雑 考

写 真 9 No,11 の 藍 壺 ( 上)、 玉 壺 ( 中 )、 藍 壼 底 部 の く ぼ み (下). 写 真 6,No,7 の 藍 壷 (上) と 藍 壷 の 排 水 口(下). e 写 真 7No8 の 藍 壺, 写 真 8 , No.10 の 壺 跡 , 34 一

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沖 縄 県 史 研 究 紀 要 第 4 号 (1998)

以 上 み て き た 藍 壺 等 に つ い て ま と め て み る と 、 以 下 の よ う な 特 徴 を 示 す こ と が で き る 。 ・ 壺 の 材 質 : 赤 土 、 礫 石 、 漆 喰 、 セ メ ン ト 等 。 . 藍 壷 の 大 き さ : 直 径 ニ メ ー ト ル 八 十 セ ン チ か ら 三 メ ー ト ル 五 十 セ ン チ 程 度 、 深 さ 一 メ ー ト ル ニ 十 か ら 三 十 セ ン チ 。 . 藍 壺 の 横 … 造 : 円 形 す り 鉢 型 。 上 端 は 地 面 よ り 若 干 盛 り 上 が っ て い る 。 壺 の 上 部 に 排 水 溝 、 中 段 に 排 水 用 の 孔 つ が 一 、 二 個 み ら れ る 。 壺 底 . に は 凹 状 の く ぼ み あ り 。 ・ 玉 壺 の 大 き さ : 一 辺 ニ メ ー ト ル 前 後 、 深 さ 一 メ ー ト ル ニ 十 、 三 十 セ ン チ 程 度 。 ・ 玉 壷 の 構 造 : 主 に 長 方 形 。 排 水 用 の 孔 は 壺 の 側 面 に 縦 に 複 数 並 ん だ 形 と 、 壺 上 部 か ら 中 段 ま で 裂 け 目 を ・ 壼 の 個 数 ・ 水 と の 関 係 ・ 分 布 地 入 れ た 形 と が あ る 。 : 国 頭 村 、 大 宜 味 村 で は 藍 壷 、 玉 壺 と も に 一 、 二 個 だ が 、 本 部 町 や 今 帰 仁 村 で は 三 個 以 上 の 所 が 多 い 。 : 壺 は 沢 沿 い の 河 原 に あ る の が ほ と ん ど で 、 水 路 、 排 水 口 等 が 整 備 さ れ て い る 。 ・ ・ 山 地 集 落 や 山 間 部 の 緩 斜 面 。 こ の よ う な 特 徴 を も つ 壺 に つ い て 、 大 正 時 代 に 沖 縄 県 技 手 と し て 来 島 し 、 染 織 技 術 の 指 導 に あ た っ た 児 玉 親 徳 ( 16 ) は 、 「 沖 縄 県 染 料 植 物 」 ( 大 正 四 年 五 月 調 査 ) に 次 の よ う に 記 し て あ る 。

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壺 の 材 質 ・ 大 き さ に つ い て 「 赤 土 ト 石 灰 ( 十 俵 位 ) 少 量 ノ 小 石 ト ヲ 混 シ タ ブ ノ 木 ノ 葉 ヨ リ 取 リ タ ル 一 種 ノ 油 ノ 如 キ モ ノ ヲ コ ン ジ テ 作 ル 、 製 造 費 藍 壺 、 八 円 − 十 円 ( 石 灰 五 、 六 円 雑 費 三 、 四 円 ) 玉 壺 、 五 円 位 ( 石 灰 三 円 、 雑 費 二 円 ) 普 通 十 年 間 使 用 ス 」 35

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藍 壺 雑 こ れ に よ る と 、 壺 の 材 質 は 赤 土 、 石 灰 、 少 量 の 小 石 を タ ブ の 木 の 葉 か ら 取 っ た 油 の よ う な も の と 混 ぜ 合 わ せ て 造 り 、 そ の 製 造 費 は 、 藍 壺 が 八 円 か ら 十 円 、 玉 壺 が 五 円 位 で あ る と い う 。 ま た 、 同 報 告 書 に は 藍 壺 、 玉 壺 の 図 説 が あ り 、 そ れ に よ る と 藍 壺 の 直 径 は 八 尺 ( 約 ニ メ ー ト ル 四 十 セ ン チ ) か ら 十 尺 ( 三 メ ー ト ル ) 、 深 さ 二 、 五 尺 ( 約 七 十 五 セ ン チ ) か ら 三 尺 ( 約 九 十 セ ン チ ) の 円 形 の 壺 で 、 玉 壺 は 縦 六 尺 ( 約 一 メ ー ト ル 八 十 セ ン チ ) 、 横 四 尺 ( 約 一 メ ー ト ル ニ 十 セ ン チ ) の 長 方 形 で 底 部 は 丸 み を 帯 び て い る 。 同 じ 大 正 四 年 九 月 の 国 頭 郡 役 所 勧 業 主 任 、 平 良 弥 人 の 「 山 藍 二 関 ス ル 調 華 に は ・ 次 の よ う に あ る ・ 「 藍 壼 ( 石 灰 、 礫 赤 土 ヲ 混 合 シ 、 タ タ キ ニ シ テ 造 リ 、 直 径 一 丈 五 寸 、 深 サ 四 尺 位 ノ 円 形 ノ 壺 ナ リ 」 「 玉 壺 ( 藍 壺 ノ 製 作 法 ト 同 様 ノ 法 二 依 リ 、 長 六 尺 、 幅 三 尺 、 深 サ ニ 尺 五 寸 位 ノ 長 方 形 ノ 壺 ナ リ 」 す な わ ち 、 壼 は 石 灰 と 礫 赤 土 を 混 合 し た も の を た た い て 造 り 、 そ の 大 き さ は 藍 壺 の 場 合 、 直 径 約 三 メ ー ト ル ニ 十 セ ン チ 、 深 さ 一 メ ー ト ル ニ 十 セ ン チ 、 玉 壺 は 縦 一 メ ー ト ル 八 十 セ ン チ 、 横 九 十 セ ン チ 、 深 さ 七 十 五 セ ン チ 位 の 長 方 形 だ と い う の で あ る 。 こ の 二 つ の 報 告 書 か ら 、 大 正 期 に は 明 ら か に 今 回 確 認 ( 18 ) し た よ う な 形 状 の 壺 が 使 用 さ れ て い た と い え よ う 。 た だ 、 壺 の 大 き さ に つ い て は 場 所 に よ っ て 若 干 異 な っ た 結 果 が み え た 。 こ れ は 、 製 藍 業 の 規 模 の 違 い を 物 語 る の か 否 か 、 ま だ は っ き り い え な い 。 こ の 他 、 報 告 書 に は 壺 の 検 分 を し た 時 に は 曖 昧 で あ っ た 材 質 に つ い て 、 赤 土 や 礫 と 石 灰 を 混 ぜ 、 そ れ を た た い て 造 っ た と 記 さ れ て い る ・ そ こ で ・ 『 今 泊 牽 の 「 イ シ ベ ー づ く り 」 の 項 に 壺 の 材 質 と な っ た 石 灰 に つ い て 載 っ て い る の で 付 け 足 す こ と に す る 。 そ れ に よ る と 、 イ シ ベ ー ( 石 灰 ) は 平 珊 瑚 と 真 石 を 焼 い て 造 り 、 こ れ に 稲 わ ら を 混 合 し て 石 臼 で つ い て ム チ ー を 造 る 。 さ ら に ム チ ー に 赤 土 と 砂 利 と を 混 ぜ て 大 き な カ マ ス に 入 れ 、 足 で 踏 ん で サ ン ワ ド ( 三 和 土 ) を 造 る 。 サ ン ワ ド は 防 水 効 果 が あ り 、 藍 壺 や 用 水 地 、 家 畜 用 の 水 肥 36

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第 4 号 (1998) 沖 縄 県 史 研 究 紀 要 溜 等 の 建 造 物 に 利 用 し た 、 と い う の で あ る 。 こ の こ と か ら 、 壷 の 材 質 は 元 々 サ ン ワ ド で あ っ た こ と が 推 測 で き る 。

二 壺 の 構 造

次 に 、 壼 の 構 造 に は 様 々 な 工 夫 が み ら れ る の で 、 特 徴 的 な こ と に つ い て 幾 つ か 触 れ て み た い 。 藍 壺 の 場 合 、 先 述 の と お り 大 き さ に は 若 干 の 差 が あ る が 、 構 造 上 は 共 通 し て 円 形 す り 鉢 型 を し て い る 。 こ れ は 、 お そ ら く で き あ が っ た 泥 藍 を 壺 の 一 ヵ 所 に 沈 降 さ せ る の に 最 も 適 し た 形 状 だ か ら で あ ろ う 。 藍 壺 の 底 に は さ ら に お 碗 型 を し た 小 さ な く ぼ み ( 写 真 9 参 照 ) が あ る 。 こ こ に は 泥 藍 を 汲 み 出 す 際 、 ア イ 葉 の 津 分 を 濾 過 す る た め の 竹 籠 を 固 定 す る 。 そ し て 、 そ の く ぼ み に 津 分 を 貯 め な が ら 、 ・ 泥 藍 を 最 後 ま で 余 す こ と な く す く い 出 す よ う に な っ て い る 。 藍 壺 、 玉 壺 の 構 造 上 の も う 一 つ の 特 徴 は 、 藍 壺 に 一 、 二 個 の 孔 や 溝 、 玉 壺 に 数 個 の 孔 も し く は 裂 け 目 が 付 い て ( 20 ) い る こ と で あ る 。 こ れ に つ い て も 児 玉 の 前 掲 書 中 に 図 説 さ れ て い る の で 紹 介 し よ う ( 図 中 の 指 示 部 分 は ( ) 中 に 記 す ) 。 「 ( 藍 壺 上 部 の 溝 ) ハ 上 澄 液 ヲ 流 ス 処 ニ テ 使 用 ノ 際 ハ 土 ヲ 以 テ 塞 ギ 置 キ 上 澄 液 ヲ 流 ス 際 漸 次 其 ノ 土 ヲ 取 去 リ 行 キ 以 テ 上 澄 液 ヲ 流 ス ナ リ 」 「 ( 藍 壺 内 壁 の 孔 ) ハ 排 水 孔 」 「 ( 玉 壺 の 孔 は ) 初 メ 土 ヲ 以 テ 塞 ギ 置 キ 順 次 此 ノ 穴 ノ 土 を 取 去 リ テ 上 澄 液 ヲ 流 ス 」 「 玉 壺 ニ ハ 側 面 縦 二 数 ケ ノ 孔 ヲ 穿 チ タ ル モ ノ ト 細 長 キ 裂 目 ヲ 付 ケ タ ル モ ノ ト ア リ 、 軌 レ モ 初 メ 土 ヲ 以 テ 塗 リ 置 キ 上 澄 液 ヲ 流 出 セ シ ム 」 つ ま り 、 藍 壺 の 孔 や 溝 は 排 水 口 で 、 初 め に 土 で 塗 り 固 め て 蓋 を し て お い て 、 泥 藍 の 沈 殿 に 合 わ せ て 土 を 外 し 上 澄 液 を 徐 々 に 流 し 出 す よ う に 使 わ れ た の で あ る 。 ま た 、 玉 壺 の 排 水 口 は 複 数 の 孔 を 設 け た も の と 細 長 い 裂 け 目 の も の と の 二 種 類 あ り 、 い ず れ の 用 途 も 初 め は 孔 を 土 で 塞 い で お き 、 上 澄 液 の で き よ う に よ っ て 上 か ら 順 々 に 土 を 取 り 除 い て 使 っ た こ と が わ か る 。 こ の 他 、 壺 側 面 に は 突 き 出 た 石 を み る こ と が で き る が 、 こ れ は 壺 に 降 り る 際 の 階 段 の 役 目 を し て い た 。 37

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雑 壺 藍

三 藍 壺 の 立 地 す る 場 所

次 に 藍 壺 等 の 立 地 す る 場 所 に つ い て 考 え て み よ う 。 こ れ ま で の 調 査 で 発 見 さ れ た 藍 壺 の 場 所 は 、 本 部 町 の 一 部 を 除 い て そ の ほ と ん ど が 集 落 か ら 遠 く 離 れ た 山 林 に あ る 。 ま た 、 聞 き 取 り 調 査 等 か ら 得 た 藍 壺 の 場 所 も 、 半 分 以 上 が 山 間 部 の 集 落 か あ る い は 戦 前 ま で 寄 留 人 が い た と さ れ る 屋 取 地 に な っ て い た 。 ( 21 ) こ れ に つ い て 、 児 玉 の 報 告 書 に 次 の よ う な 記 述 が あ る 。 「 藍 壺 及 玉 壺 ハ 屋 外 適 当 ノ 場 所 二 造 リ ア リ 、 ( 屋 外 数 丁 離 レ タ ル モ ノ 多 シ ) 自 家 ニ ハ 又 一 個 ノ 玉 壺 ヲ 作 リ 置 キ 屋 外 ノ 玉 壺 ( 屋 外 ノ 玉 壺 ハ 俗 ニ シ ー ド ー ト 称 ス ) ニ テ 沈 澱 セ シ メ 濃 厚 ト ナ シ タ ル モ ノ ヲ 汲 ミ 取 リ テ 移 シ 、 弦 二 貯 蔵 シ ( 自 家 ノ 玉 壺 ハ 屋 外 ニ ア ル モ ノ ト 同 様 ノ 構 造 ナ リ ) 之 レ ヨ リ 汲 ミ 出 シ 籠 ニ ツ メ テ 販 売 ス 」 次 に 、 発 見 し た 遺 構 に よ る と 、 藍 壺 の 周 辺 に は 必 ず 河 川 や 水 路 が あ り 、 壺 の 側 に 水 溜 が あ っ た り 、 緩 斜 面 を 利 用 し て 水 を 引 く 構 造 が 確 認 で き る の で 、 こ れ に つ い て も 一 言 し て お く 。 藍 壺 が そ う し た 場 所 に あ る 理 由 は 、 泥 藍 の 製 藍 方 法 に 起 因 し て い る 。 す な わ ち 、 ア イ 葉 を 発 酵 さ せ て 藍 分 を 抽 出 す る に は 、 製 藍 一 回 ご と に 藍 壷 一 杯 の 水 を 必 要 と す る か ら で あ る 。 こ の よ う な 大 量 な 水 を 一 度 に 要 す る 製 藍 に は 、 水 を 確 実 に 確 保 で き る 場 所 を 選 ぶ こ と が 不 可 欠 で あ る 。 し た が っ て 、 藍 壷 を 構 え る 場 所 の 条 件 と し て 、 河 川 沿 い や 水 源 地 付 近 が 選 ば れ た も の と 思 わ れ る 。

38 す な わ ち 、 藍 壺 と 玉 壺 は 屋 外 、 時 に は 数 丁 も 離 れ た 適 当 な 場 所 に 造 り 、 自 宅 に は 玉 壺 を 一 つ 設 け て 、 そ こ に 屋 外 の 玉 壺 ( 「 シ ー ド i 」 ) で 濃 縮 し た 泥 藍 を 貯 蔵 し て 販 売 し た の で あ っ た 。 前 章 で 、 藍 壺 の 形 状 や 立 地 場 所 等 に つ い て 検 証 し て み た が 、 本 章 で は 藍 壺 の あ る 場 所 に つ い て 別 の 角 度 か ら 再 考 し て み た い 。 つ ま り 、 藍 壺 が 集 落 か ら 離 れ た 山 間 部 に あ る の は な ぜ か 、 ま た 、 国 頭 郡 に 生 産 が 集 中 し た 理 由 は

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沖 縄 県 史 研 究 紀 要 第 4 号 (1998) 何 か 、 と い う こ と で あ る 。 ま ず 、 琉 球 藍 の 製 藍 に は 何 が 必 要 か と い え ば 、 水 と ア イ 葉 、 石 灰 の 三 つ が 浮 か び 上 が る 。 こ の 内 、 藍 壺 と 水 と の 関 わ り に つ い て は 前 章 で 既 述 し た の で 、 こ こ で は 次 の 要 素 と し て 「 ア イ 葉 の 確 保 」 に つ い て 述 べ る こ と す る 。 リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ と い う 植 物 は 、 元 々 直 射 日 光 や 乾 燥 に は 非 常 に 弱 く 、 日 光 に 数 日 曝 さ れ る だ け で 葉 は 黒 く 枯 れ て し ま う 性 質 が あ る 。 ま た 、 収 穫 時 期 に 瑞 々 し く 成 長 し て い て も 、 晴 天 日 に 刈 り 取 っ た り 、 刈 り 取 り 後 数 時 間 放 置 さ れ 乾 燥 す る だ け で し お れ て し ま う 。 そ う し た ア イ 葉 を い く ら 水 に 漬 け て も 溶 け る こ と は な く 、 し た が っ て 藍 分 も 溶 出 し な い 。 そ こ で 、 製 藍 に は 当 然 刈 り 取 っ た ば か り の ア イ 葉 を な る べ く 早 く 藍 壺 に 入 れ て 水 に 漬 け な け れ ば な ら な い 。 こ の よ う な ア イ 葉 の 性 質 か ら 、 リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ は 山 地 に 適 し た 作 物 と し て 栽 培 さ れ 、 ま た 製 藍 の 舞 台 は ア イ 畑 に 近 く て 水 が 確 保 で き る 場 所 、 す な わ ち 山 間 部 の 河 川 沿 い 等 が 選 ば れ た の で あ ろ う 。 で は 次 に 、 な ぜ 国 頭 郡 に 琉 球 藍 の 生 産 が 集 中 し た の か 。 そ の 理 由 の 一 つ は 、 国 頭 郡 に は 山 地 が 多 く 藍 作 に 適 し て い る こ と が あ げ ら れ る 。 が 、 こ こ で は 明 治 時 代 に 起 こ っ た 開 墾 政 策 と の 関 わ り を 取 り 上 げ て み た い 。 一 八 七 九 ( 明 治 十 二 ) 年 の 廃 藩 置 県 以 降 、 明 治 十 年 代 後 半 か ら 沖 縄 で は 無 禄 士 族 に 対 す る 授 産 目 的 で 開 墾 政 策 が 取 ら れ る よ う に な っ た 。 最 初 の 開 墾 事 業 は 久 米 島 の 「 大 原 開 墾 」 だ が 、 そ の 後 、 本 部 間 切 を は じ め と す る 沖 縄 島 ( 22 ) 北 部 や 八 重 山 の 杣 山 開 墾 が 許 可 さ れ る よ う に な っ た 。 沖 縄 島 北 部 の 開 墾 に は 藍 作 が 深 く 関 わ っ て い た よ う で あ る 。 そ こ で こ れ に つ い て 、 一 八 九 八 ( 明 治 三 十 一 ) 年 七 月 二 十 七 日 か ら 八 月 十 三 日 に か け て 『 琉 球 新 報 』 に 掲 載 さ れ た 「 黒 川 屡 國 頭 地 方 開 墾 談 」 を 参 照 し な が ら 推 察 し て み た 。 記 事 に よ る と 、 一 八 九 四 ( 明 治 二 十 七 ) 年 以 降 一 八 九 七 ( 明 治 三 十 ) 年 ま で に 三 回 行 わ れ た 杣 山 開 墾 で 中 頭 国 頭 両 郡 あ わ せ て 一 千 六 十 二 万 四 千 八 百 余 坪 が 開 墾 許 可 を 受 け 、 こ の 内 藍 作 で 成 墾 し た 坪 数 は 九 十 八 万 九 千 八 百 余 坪 、 甘 薦 作 五 万 二 千 四 百 坪 、 甘 藷 作 百 五 十 二 万 七 百 余 坪 ( 23 ) で あ っ た 。 開 墾 状 況 は 次 の と お り で あ る 。 39

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雑 壺 藍 「 第 一 項 開 墾 業 体 開 墾 地 に は 樹 林 あ り 原 あ り 湿 地 あ り 傾 斜 あ り 平 坦 あ り 其 地 の 状 態 一 様 な ら す 從 て 開 墾 の 難 易 均 し か ら す 樹 林 地 な れ ば 大 抵 藍 作 に 適 せ り 此 等 の 場 所 は 下 草 を 除 去 し た る 儘 直 ち に 藍 苗 を 差 付 け 而 し て 其 上 に 立 木 を 伐 り 倒 し て 之 を 覆 ひ 其 儘 収 穫 ま で 除 草 ホ ウ キ ヤ マ 等 の 手 入 れ を な す に 過 す 俗 に 之 を 箒 掃 山 と 稻 す 開 墾 の 労 少 な く し て 収 入 の 如 き は 之 れ に 及 ぶ も の な し 何 れ の 開 墾 地 も 先 づ 此 等 の 部 分 を 開 墾 し 夫 れ よ り 漸 次 全 部 の 成 功 を 期 す る を 例 と す ( 以 下 略 ) 」 ( 訓 ) 「 第 三 項 藍 作 山 藍 は 本 部 山 今 蹄 仁 山 名 護 山 を 以 て 最 と す 羽 地 大 宜 味 之 に 亜 く 其 内 に も 本 部 間 切 は 從 来 藍 作 の 本 家 と も 云 ふ へ き 庭 丈 あ り て 藍 作 地 に 富 み 藍 作 老 練 の 者 も 亦 た 少 な か ら す 産 額 の 上 に 於 て も 製 藍 品 位 の 点 に 於 て も 本 部 間 切 に 及 ふ 庭 な レ 尤 も 手 廣 く 藍 作 を な し 産 額 多 く 藍 作 家 は 今 蹄 仁 間 切 に 多 し と す ( 中 略 ) 然 る に 藍 作 の 根 振 地 た る 本 部 山 今 蹄 仁 山 の 如 き は 箒 掃 山 と な る へ き 場 所 は 大 概 開 き 尽 し て 甲 庭 乙 虎 に 幾 分 あ る の み 之 れ よ り 専 ら 牛 馬 肥 料 の 力 に 依 ら さ る へ か ら す 目 下 の 状 況 に 徴 す れ は 牛 馬 肥 料 の み に 依 る と き は 手 廣 く 栽 培 す る こ と 能 は さ る へ し 其 栽 培 地 減 退 す れ は 随 て 産 額 減 少 せ ん 之 れ よ り 羽 地 山 名 護 山 の 一 部 分 其 他 大 宜 味 山 久 志 山 邊 に 幾 分 藍 作 地 増 加 の 見 込 み あ り と 難 と も 詰 り 二 三 年 の 後 は 山 藍 の 産 額 は 減 少 す る も の と 知 る へ し 」 25 ) 要 す る に 、 開 墾 地 の 中 で 樹 林 地 で あ れ ば リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ の 作 付 け に 適 し 、 本 部 、 今 帰 仁 、 名 護 の 山 地 に 最 も 多 く 作 付 け ら れ た 。 開 墾 時 に は 下 草 を 払 っ て 苗 を 植 え 付 け 、 そ の 上 に 立 木 を 倒 し て 覆 い を し 、 根 付 い た ら 除 草 す る 程 度 の 手 入 れ を し た と い う の で あ る 。 そ う し た 場 所 を 「 箒 掃 山 ( ホ ー キ 山 ) 」 と 称 し 、 開 墾 で き る 場 所 は 大 方 開 墾 し 尽 く し た と あ る 。 開 墾 後 は 地 味 が 落 ち て 牛 馬 肥 料 を 多 く 要 す よ う に な る の で 、 本 部 で は い ず れ 生 産 が 減 り 、 新 た に 大 宜 味 や 久 志 方 面 で の 耕 地 の 拡 張 を 予 見 し て い る 。 こ の 記 事 は 、 明 治 三 十 年 代 初 め の 本 部 半 島 の 山 地 の 様 子 を よ く 表 し て い る 。 お そ ら く そ こ で は 杣 山 を 「 ホ ー キ 山 」 に 変 え て し ま う ほ ど 開 墾 が 進 み 、 山 の 斜 面 に は ア イ 畑 が 広 が っ て い た の で あ ろ う 。 そ し て 、 地 味 が 低 下 す る と 別 の 畑 を 求 め て 開 墾 が 展 開 さ れ た の で あ ろ う 。 以 上 の こ と か ら 、 琉 球 藍 を 製 藍 す る 場 所 、 す な わ ち 藍 壺 の あ る 場 所 と は 、 ア イ 葉 や 水 を 確 保 で き る と い う 条 件 を 満 た し た 場 所 で あ っ た と い え よ う 。 そ し て 、 そ う し た 40

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沖 縄 県 史 研 究 紀 要 第 4 号 (1998) 舞 台 と な っ た 国 頭 郡 の 山 地 が 、 杣 山 開 墾 と い う 別 の 社 会 的 要 因 と 密 接 に 結 び つ い て 変 遷 を 辿 っ て き た こ と も 忘 れ て は な ら な い 。 近 代 の 国 頭 で は 藍 の 他 に も 砂 糖 や 米 、 芋 等 が 重 要 産 物 で あ っ た 。 中 で も 砂 糖 は 換 金 作 物 と し て 有 用 で あ っ た が 、 リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ に 適 し た 山 間 部 の 畑 は 、 甘 薦 作 に は 向 い て い な か っ た 。 言 い か え れ ば 、 甘 薦 作 が で き な い 場 所 で 藍 作 が 行 わ れ た の で あ る 。 や が て 、 杣 山 開 墾 の 許 可 と と も に 寄 留 士 族 等 が 山 地 に 入 り 、 ア イ 葉 を つ く り な が ら 山 を 切 り 開 い て い っ た 。 そ う し た 人 々 が 泥 藍 づ く り に 取 り 組 ん で い っ た の で は な か ろ う か 。

こ れ ま で 、 現 存 す る 藍 壷 を 通 し て 近 代 の や ん ば る に お け る 製 藍 業 に つ い て の 考 察 を 試 み た 。 と く に 、 本 稿 で は 藍 壺 自 身 に 焦 点 を あ て 、 そ の 立 地 条 件 等 を 探 っ た わ け で あ る が 、 実 は 製 藍 に 携 わ っ て き た 人 々 に つ い て は っ き り み え て こ な い 。 む ろ ん 調 査 不 足 は 否 め な い が 、 本 来 製 造 者 が い て 初 め て 琉 球 藍 は 生 ま れ る わ け だ か ら 、 こ こ で そ れ を 紐 解 く た め に 考 え ら れ る 幾 つ か の 課 題 を 述 べ て お く こ と に す る 。 ま ず 、 製 藍 業 に 関 わ っ た 製 造 者 に つ い て は 、 寄 留 士 族 や 地 方 の ウ ェ ー キ 層 と の 関 わ り が 指 摘 で き る 。 前 者 の 寄 留 士 族 に つ い て は 杣 山 開 墾 と の つ な が り で 若 干 既 述 し た が 、 筆 者 の 調 査 で は 藍 作 が 行 わ れ て い た 場 所 は 屋 取 集 落 が 多 く 、 そ の 大 半 が 廃 藩 置 県 後 に 首 里 、 那 覇 、 泊 近 辺 か ら 寄 留 し た 士 族 で あ っ た 。 そ こ で 、 屋 取 集 落 に つ い て も 具 体 的 な 居 留 地 の 確 定 や 寄 留 人 数 、 生 活 体 系 を 調 べ る こ と に よ り 、 製 藍 業 に 携 わ っ て い た 人 々 の 営 み が み え て く る と 思 わ れ る 。 一 方 、 地 方 の ウ ェ ー キ 層 と の 関 わ り も 注 目 す べ き こ と で あ る 。 寄 留 人 が 藍 製 造 に 着 手 す る 以 前 、 あ る い は そ れ と 平 行 し て か 、 ウ ェ ー キ 層 の 台 頭 は 藍 作 と 深 く 関 わ っ て 起 こ っ た 模 様 だ か ら で あ る 。 よ っ て 、 こ れ ら の 鍵 を 握 る 文 書 類 の 分 析 や 聞 き 取 り 調 査 等 が 必 要 だ と 感 じ て い る 。 こ の 他 、 伊 豆 味 や 押 川 な ど で 藍 壺 の 管 理 や 製 藍 作 業 を 41

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雑 藍 壺 組 織 的 に 行 っ て い た 節 が あ る の で 、 こ れ に つ い て も 今 後 の 検 討 課 題 と し た い 。 次 に 、 近 代 の 琉 球 藍 の 動 向 を 探 る 上 で は 、 当 時 の 社 会 的 背 景 を よ り 鮮 明 に す る 必 要 が あ る 。 特 に 琉 球 藍 の 衰 退 原 因 と な っ た 代 替 染 料 ( イ ン ド 藍 や 化 学 染 料 ) の 流 入 や 、 粗 製 濫 造 等 に よ る 沖 縄 織 物 業 界 の 不 振 が 及 ぼ し た 影 響 等 に つ い て は 再 考 し て い き た い 。 最 後 に 、 一 九 一 三 ( 大 正 二 ) 年 十 月 二 十 二 日 付 の 『 琉 球 新 華 に ・ 次 の よ う な 話 が 載 っ て い る ・ 「 ( 前 談 略 ) 泥 藍 に 製 造 す る 方 法 は 支 那 か ら 傳 授 さ れ た と 傳 へ ら れ て 居 る 元 は 本 縣 口 も 阿 波 藍 の よ う に 葉 を 醗 酵 さ せ べ た べ た に 朽 ち た 塵 で 臼 に 入 れ つ き 固 め て 丸 め た 所 謂 玉 藍 を 製 造 し て 居 た そ う だ が 今 か ら 四 代 許 前 に 泊 の 人 で 大 眞 榮 城 某 口 初 め て 支 那 に 於 て 其 の 製 法 を 研 究 し 爾 来 現 今 行 は る る 様 な 泥 藍 製 造 に 饗 り 同 氏 は 其 効 に 依 り 時 の 國 王 よ り 莫 大 な 御 褒 美 に 預 っ た と 云 ひ 傳 へ ら れ て 居 る ( 以 下 略 ) 」 こ の こ と が 事 実 と す る な ら ば 、 琉 球 に お い て は 十 七 世 紀 末 頃 ま で 藍 作 の 違 っ た 経 営 形 態 が あ っ た こ と に な り 、 琉 球 藍 の 製 藍 技 術 史 を 解 き 明 か す 上 で も 重 要 な 鍵 に な る と 思 う 。 以 上 、 課 題 と し て 取 り 上 げ た い 事 柄 を 略 記 し た 。 今 後 は こ れ ら を 少 し ず つ で も 解 明 で き る よ う 努 め て い き た い 。

こ れ ま で の 調 査 を 通 じ て 、 藍 壺 か ら 琉 球 藍 の 製 藍 業 や 当 時 の 生 産 形 態 、 あ る い は 山 地 居 留 者 の 動 向 な ど 様 々 な 面 が 浮 か び あ が っ て き た 。 本 稿 で は そ れ ら を 課 題 と し て 提 起 す る に と ど め 、 今 後 ま す ま す 違 っ た 側 面 か ら 琉 球 藍 に 関 す る 研 究 が 進 展 す る こ と を 願 っ て 終 わ り と し た い 。 た だ 、 今 回 紹 介 し た 藍 壺 以 外 に 、 北 部 山 中 に は ま だ 多 く の 壺 が 眠 っ て い る と 予 想 さ れ る 。 あ る い は 、 昨 今 の 開 発 ラ ッ シ ュ に 紛 れ て 発 見 さ れ ず に 壊 さ れ た も の も あ る か も し れ な い が 、 残 っ て い る 藍 壺 が 自 然 の 浸 食 に 曝 さ れ て 失 わ れ る 前 に も っ と 丹 念 に 調 査 す べ き だ と 考 え て い る 。 42

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第 4 号 (1998) 沖 縄 県 史 研 究 紀 要 そ れ が 、 近 代 史 の 一 頁 を 飾 っ た 産 業 を 知 る 上 で 、 ま た 沖 縄 独 特 の 藍 色 を 守 り 、 そ の 技 術 や 歴 史 を 語 り 継 ぐ 上 で も 重 要 に 思 え る 。 筆 者 も そ の 一 助 に で も な れ る よ う 、 こ れ か ら も で き る 限 り 北 部 の 山 中 を 歩 い て い き た い 。 な お 、 本 稿 で 取 り 上 げ た 藍 壺 の 調 査 に あ た っ て は 、 伊 野 波 盛 正 氏 、 安 森 宗 英 氏 、 比 嘉 良 有 氏 、 平 野 基 康 氏 、 平 野 キ ヨ 氏 、 久 高 将 和 氏 、 仲 原 弘 哲 氏 、 他 多 数 の 皆 さ ん に ご 協 力 い た だ い た 。 心 か ら 感 謝 の 意 を 表 し た い 。 末 筆 な が ら 、 調 査 不 足 等 に よ り ま と ま り の な い 報 告 に 終 わ っ た こ と を 深 く 反 省 す る と と も に 、 原 稿 提 出 等 で ご 迷 惑 を お か け し た 諸 先 輩 方 に 一 言 お 詫 び 申 し あ げ る 次 第 で あ る 。 注 ( 1 ) 現 在 、 本 部 町 伊 豆 味 で 製 藍 さ れ て い る 琉 球 藍 の 製 造 壺 は 、 旧 式 の 藍 壺 と は 形 状 が 異 な り 浸 漬 層 と 生 成 層 の 二 段 式 で 、 旧 来 の 約 五 倍 の 量 を 一 度 に 加 工 で き る よ う 改 良 さ れ て い る 。 ( 2 ) 大 湾 ゆ か り 「 沖 縄 本 島 北 部 に お け る 琉 球 藍 の 生 産 と そ の 社 会 的 背 景 」 『 沖 縄 民 俗 研 究 』 第 十 三 号 、 一 九 九 三 ( 3 ) リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ の 学 名 に は 、 文 献 に よ っ て 砺 鷺 o 窪 ㌧ 碧 − さ Φ ω 赴 碧 9 巳 ざ こ 器 と 恥 帯 O ぴ こ 壁 さ Φ ω O 器 富 の 二 通 り の 記 載 が あ り 、 筆 者 は こ れ ま で 前 者 を 採 用 し て い た が 、 こ れ よ り 、 初 島 住 彦 『 琉 球 植 物 誌 』 沖 縄 生 物 教 育 研 究 会 、 一 九 七 一 、 邑 田 仁 「 リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ 」 『 週 刊 朝 日 百 科 植 物 の 世 界 16 』 朝 日 新 聞 社 、 一 九 九 四 、 等 の 植 物 分 類 に 従 っ て 、 後 者 を 採 用 す る 。 ( 4 ) 富 山 弘 基 ・ 大 野 力 『 沖 縄 の 伝 統 染 織 』 徳 間 書 店 、 一 九 七 一 、 六 二 頁 ( 5 ) 邑 田 仁 「 リ ュ ウ キ ュ ウ ア イ 」 『 週 刊 朝 日 百 科 植 物 の 世 界 16 』 朝 日 新 聞 社 、 一 九 九 四 ( 6 ) 天 野 鉄 夫 『 琉 球 列 島 植 物 方 言 集 』 新 星 図 書 出 版 、 一 九 七 九 、 一 四 四 頁 ( 7 ) 多 和 田 真 淳 ・ 大 田 文 子 『 沖 縄 の 薬 草 百 科 』 新 星 図 書 出 版 、 一 九 八 五 、 三 七 四 頁 ( 8 ) 初 島 住 彦 『 琉 球 植 物 誌 』 沖 縄 生 物 教 育 研 究 会 、 一 九 七 一 、 五 六 一 頁 ( 9 ) 児 玉 親 徳 「 沖 縄 県 染 料 植 物 」 一 九 = 二 沖 縄 県 農 林 水 産 行 政 史 編 集 委 員 会 『 沖 縄 県 農 林 水 産 行 政 史 』 第 十 五 巻 、 農 林 統 計 協 会 、 一 九 八 三 、 六 八 六 頁 ( 10 ) 現 在 は 陰 木 の 代 わ り に 寒 冷 紗 の 使 用 等 が み ら れ る 。 ( 11 ) 児 玉 親 徳 、 前 掲 書 、 六 八 七 頁 ( 12 ) 現 在 は 機 械 化 し て ア イ 倖 を 除 去 。 ( 13 ) 現 在 は 機 械 化 し て 撹 拝 。 43

(25)

藍 壺 雑 考 ( 14 ) 『 沖 縄 県 統 計 書 』 一 九 〇 三 ∼ 一 九 三 八 ( 15 ) 壺 の 深 さ は 、 壺 の 中 心 部 か ら 上 端 ま で 垂 直 に 測 っ た 値 を 記 載 。 但 し 、 腐 葉 土 等 が 堆 積 し た も の は そ の 上 か ら の 値 を 記 し た 。 ( 16 ) 児 玉 親 徳 、 前 掲 書 、 六 八 六 ∼ 六 八 七 頁 ( 17 ) 平 良 弥 人 「 山 藍 二 関 ス ル 調 査 」 一 九 = 二 、 沖 縄 県 農 林 水 産 行 政 史 編 集 委 員 会 『 沖 縄 県 農 林 水 産 行 政 史 』 第 三 巻 、 農 林 統 計 協 会 、 一 九 八 九 、 三 九 七 頁 ( 18 ) 田 中 俊 雄 ・ 田 中 玲 子 著 『 沖 縄 織 物 の 研 究 』 紫 紅 社 、 一 九 七 六 、 一 二 五 頁 に 、 明 治 期 の 文 献 よ り 明 治 十 八 年 当 時 は 泥 藍 製 造 に は 四 斗 樽 な ど を 用 い て い た よ う だ が 、 明 治 二 十 八 年 頃 に は 現 在 伊 豆 味 で み ら れ る 藍 壺 が で き て い た 模 様 で あ る と い う 記 述 が み ら れ る 。 ( 19 ) 今 泊 誌 編 纂 委 員 会 『 今 泊 誌 』 今 帰 仁 村 字 今 泊 公 民 館 、 一 九 九 四 、 三 一 八 頁 ( 20 ) 児 玉 親 徳 、 前 掲 書 、 六 八 七 頁 ( 21 ) 児 玉 親 徳 、 前 掲 書 、 六 八 七 頁 ( 22 ) 仲 間 勇 栄 『 沖 縄 林 野 制 度 利 用 史 研 究 』 「 地 域 科 学 叢 書 H 」 ひ る ぎ 社 、 一 九 八 四 、 一 一 八 ∼ 一 二 八 頁 ( 23 ) 「 黒 川 厩 國 頭 地 方 開 墾 談 」 『 琉 球 新 報 』 一 八 九 八 、 七 月 二 十 七 日 ( 24 ) 「 黒 川 囑 國 頭 地 方 開 墾 談 ( 績 ) 」 『 琉 球 新 報 』 一 八 九 八 、 八 月 九 日 ( 25 ) 「 黒 川 囑 國 頭 地 方 開 墾 談 ( 績 ) 」 『 琉 球 新 報 』 一 八 九 八 、 八 月 十 一 日 ( 26 ) 晴 朗 生 「 本 縣 山 藍 の 将 来 」 『 琉 球 新 報 』 二 十 二 日 一 九 = 二 、 十 月 注 に 掲 載 し た 以 外 の 参 考 文 献 ◇ 田 里 友 哲 「 沖 縄 に お け る 開 拓 集 落 の 研 究 」 『 琉 球 大 学 法 文 学 部 紀 要 史 学 ・ 地 理 学 編 』 第 二 一 二 号 、 琉 球 大 学 法 文 学 部 、 一 九 八 〇

◇ ◇

農 商 務 省 食 糧 局 「 土 地 利 用 及 開 墾 事 業 参 考 資 料 開 墾 地 移 住 経 営 事 例 」 一 九 二 二 、 沖 縄 県 農 林 水 産 行 政 史 編 集 委 員 会 『 沖 縄 県 農 林 水 産 行 政 史 』 第 十 巻 、 農 林 統 計 協 会 、 一 九 八 一 「 饒 平 名 家 文 書 」 本 部 町 史 編 集 委 員 会 『 本 部 町 史 』 資 料 編 二 、 一 九 八 四 来 間 泰 男 . 波 平 勇 夫 ・ 安 仁 屋 政 昭 ・ 仲 地 哲 夫 「 近 代 沖 縄 農 ・ 村 に お け る ウ ェ ー キ ーー シ カ マ 関 係 」 『 南 島 文 化 』 創 刊 号 、 一 九 七 九 沖 縄 県 農 林 水 産 部 『 沖 縄 の 林 業 』 沖 縄 県 、 一 九 七 九 安 谷 屋 正 量 「 琉 球 の 織 物 三 題 」 『 琉 球 文 化 』 第 五 号 、 琉 球 文 化 社 、 一 九 七 四 ( お お わ ん ゆ か り u 沖 縄 県 公 文 書 館 ) 44

参照

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