モンテカルロ法を用いた“後処理法”による散乱線成分除去の検討
村島 陽明
*1、五反田 宗真
*1、吉岡 良真
*1、亀井 修
*1*1大阪物療大学保健医療学部 (2018.2.27 受理)
Using the Monte Carlo Method, Removal of the Scattered X-ray Component
by "Post-treatment Method" was Examined
Haruaki MURASHIMA
*1, Souma GOTANDA
*1, Ryouma YOSHIOKA
*1,
Osamu KAMEI
*1*1Faculty of Health Sciences, Butsuryo College of Osaka
(Received and accepted February 27, 2018)
要旨:散乱 X 線は、画像コントラスト及び鮮鋭度の低下を起こす。そのため散乱線除去用グリッド (以下グリッド)が用いられてきた。後処理で散乱線除去をする手法として GLG 法(Single-Exposure Cascaded Grid-Less and GridX-ray Imaging System)がある。本研究では、モンテカロ法の PHITS(particle and heavy ion transport code system)コードを用いて、グリッドを含む X 線撮影体系を構築し、シミュ レーション時の線量分布と実測時の画像の相関関係を検討した。モンテカルロ法により仮想空間上に ファントムおよびグリッドを構築し、グリッドの有無により線量分布を作成した。実測は X 線撮影装 置を用いてシミュレーション条件と同様に配置し撮影を行い線量分布と撮影画像の比較を行った。こ の結果、グリッドあり、なし共に実測値と近似した線量分布が得られた。
キーワード:散乱 X 線、散乱線除去用グリッド、モンテカルロ法
Keywords:Scattered X-ray、Scattered ray removal grid、Monte Carlo method
1. はじ め に X 線撮影を行 う際は 散乱 X 線が発生し、 写真コントラスト及び鮮鋭度の低下を起こ す。この散乱線成分を除去する方法として 、 従来から散乱線除去用グリッド(以下グリ ッド)が用いられている。しかし、グリッ ドは鉛箔により一次線成分を一部カットし てしまい、一定の画像の濃度を得るために は、照射 X 線量を増やす必要がある。その 結果として被ばく線量の増加につながるこ とになる。また、グリッドに対して斜めに 入射すると鉛箔が画像上に投影され、濃度 ムラになってしまう。しかし、いずれの場 合でも散乱線は鉛箔の厚さや高さに応じて 除去されることなる。 こ の よ う に 散 乱 線 を 除 去 す る 方 法 と し て、以上述べたような物理的方法の他 、撮 影した画像データを使用してソフト的な後 処理によって散乱線除去をする方法がある 1)2)。 こ の 手 法 の 一 つ に 、 GLG 法 ( Single-Exposure Cascaded Grid-Less and GridX-ray Imaging System)がある 3)。GLG 法の配置 を図 1 に示した。GLG 法は図に示したよう に、被検体直後の IP(Imaging plate,)(前面 IP)像、およ びグリッド直後の IP(後面 IP)
村島、五反田、吉岡、亀井 像の 2 枚の同位相の画像を作成し、この 2 枚の画像の構成成分の違いから、散乱 X 線 成分だけを計算し、1 枚目の画像から除去 することで一次 X 線成分だけの画像を作成 することができる。しかしこの手法では、 後面の IP 像が拡大することになるため、こ の拡大をおさえ GLG 法の特徴を最大にい かすためには、市販のグリッドでは不十分 であり高密度、低グリッド比のグリッドの 使用が必須となる。また、ソフト的な散乱 線除去の方法としてモンテカルロシミュレ ーションの手法(以下 MC 法)を利用した 方法がある。 図 1 GLG 法の配置図 2. 目的 モ ン テ カ ロ 法 の 一 つ で あ る PHITS コー ド(Particle and Heavy Ion Transport code System)4)を 用い 、仮 想空間 上に グリ ッド を構築して撮影した画像とグリッドを構築 せずに撮影を行った画像を作成する。次に それぞれの画像の差分から散乱線推定画像 を作成し、GLG 法と同様な方法で散乱線が 混在した画像から散乱線成分を 除去するこ とにより、GLG と同様な効果が得られると 考えた。本研究では、GLG 法を念頭に置き、 グリッドを含む X 線撮影体系を構築し、シ ミュレーション時の線量分布と実測時の画 像の相関関係を確認することを目的とした。 3. 方法 モンテカルロ法のコード PHITS(Ver2.97) を使用し、仮想空間上にアクリルファント ムとしてアクリル板 30cm×30cm、厚さ 5cm を 2 枚重ねて構築した。また、アクリル板 上部の中央に 10cm×10cm、厚さ 2mm の鉛 板を置き、またアクリル板の下部にはグリ ッドおよび、厚さ 5mm の Al 板を配置する 体型を図 2 のように構築した。図 2 の(a) はアクリル板の下に、グリッドおよび Al 板 を配置した。また、(b)はアクリル板の下 にグリッド「無」で Al 板のみを配置した。 また、(c)は体系全体の概要である。 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン の 条 件 は 管 電 圧 を 120kV、撮影距離を 100cm で ヒストリー数 (乱数の発生回数)は 1000 万回で行った。
また、実際の画像の X 線撮影は、株式会社 島津製作所製(UD150L-30E)の発生装置、 CR シ ス テ ム ( コ ン ピ ュ ーテ ッ ド ラ ジ オ グ ラフィシステム:FCR xg-1)を使用して画
像を作成した。撮影用カセッテは FUJIFILM FUJI IP CASSETTE( TypeC 35.4cm×35.4cm) を使用した。 (a) (b) (c) 図 2 体系の概要 3 . 1 仮 想 グ リ ッ ド の 構 築 散 乱 X 線 除 去 用 グ リ ッ ド は 、株 式 会 社 三 田 屋 製 作 所 の モ デ ル ( MS-Xray グ リ ッ ド 集 束 型 SIZE 38.3cm×45.9cm( 14×17in)) を 参 考 に し て 、グ リ ッ ド 密 度:60 本 /cm、グ リ ッ ド 比 8: 1 の 平 行 グ リ ッ ド を 構 築 し た 。 グ リ ッ ド は 、一 定 の 間 隔 で X 線 吸 収 の 大 き い 材 料( 鉛 な ど )の 箔 と 中 間 物 質 (炭 素 繊 維 強 化 樹 脂 ) な ど を 交 互 に 配 置 し て 作 ら れ て い る 。グ リ ッ ド 密 度 は 1cm あ た り の 吸 収 物 質 の 本 数 N で あ る 。ま た 、グ リ ッ ド 比 は 、 吸 収 箔 d の 間 隔 D を 1 と し た 箔 の 高 さ h と の 比 で あ る 。 体 系 は PHITS コ ー ド を 用 い て 図 3 の よ う な 平 行 グ リ ッ ド を 構 築 し た 5 )。
村島、五反田、吉岡、亀井 図 3 平 行 グ リ ッ ド グ リ ッ ド 密 度:
𝑁 =
1
𝑑+𝐷
・・・ ・・ ( 1) グ リ ッ ド 比 :𝑟 =
ℎ
𝐷
・・・・・・ ( 2) グ リ ッ ド の 密 度 N を 60 本 /cm を ( 1) の 式 に 代 入 し 、 吸 収 箔 の 間 隔 D を 0.118mm と し た 。 ま た ( 2 ) 式 に D=0.118mm を 代 入 し 、 グ リ ッ ド 比r
を 8.0 と し て 、 グ リ ッ ド の 高 さ h を 算 出 し た 。 そ の 結 果 グ リ ッ ド の 高 さ h は 8: 1 で は 0. 0944cm と な っ た 。 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン で は 、 こ れ ら の 数 値 を 使 用 し て 仮 想 グ リ ッ ド を 構 築 し た 。 3 . 2 X 線 源 X 線 発 生 ソ フ ト S R S -3 0 を 用 い て 、 タ ー ゲ ッ ト 角 度 12 度 、タ ー ゲ ッ ト 物 質 を タ ン グ ス テ ン 、 管 電 圧 120kV 、 付 加 フ ィ ル タ を 5 mmA l と し て X 線 ス ペ ク ト ル を 作 成 し た 。 そ の 出 力 X 線 ス ペ ク ト ル を 図 4 に 示 し た 。 ま た 、撮 影 距 離 を 100cm、照 射 野 を 35cm× 3 5 c m と し た 。 3 . 3 実 測 撮 影 一 般 X 線 撮 影 装 置 を 使 用 し 、仮 想 空 間 上 と 同 様 に ア ク リ ル フ ァ ン ト ム お よ び 鉛 板 を 図 5 の よ う に 配 置 し 、 CR 装 置 の IP を 用 い て 撮 影 を 行 っ た 。 な お 、 撮 影 の 際 は グ リ ッ ド 比 : 8:1、 グ リ ッ ド 密 度 : 60 本 /cm、 集 束 距 離 100cm の 集 束 グ リ ッ ド を 用 い て 、グ リ ッ ド 「 有 」 お よ び 「 無 」 で 撮 影 を 行 っ た 。 撮 影 条 件 は 管 電 圧 120kV、 管 電 流 100mA、 撮 影 時 間 5ms 、 撮 影 距 離 100cm 、 照 射 野 35cm× 3 5 c m と し た 。 3 . 4 評 価 方 法 グ リ ッ ド 「 有 」 お よ び 「 無 」 の 線 量 分 布 を 作 成 し た 。 ま た 、 画 像 の 上 部 、 中 部 、 下 部 の プ ロ フ ァ イ ル を 作 成 し た 。 グ リ ッ ド「 有 」と「 無 」の 実 測 画 像 を Image J( Ver1 .5 1 )を 用 い て ト リ ミ ン グ を 行 い 、デ ー タ を 512×512 マ ト リ ク ス に 変 換 し 白 黒 の 反 転 を 行 っ た 。 作 成 し た 画 像 デ ー タ を Text Image で 保 存 し 、画 像 の 上 部 、中 部 、下 部 の ピ ク セ ル 値 を 抽 出 し た 。 な お 各 ピ ク セ ル 値 は 、受 像 器 の ピ ク セ ル に 入 射 し た X 線 よ り 付 与 さ れ た エ ネ ル ギ ー に 線 形 対 応 し て い る も の と し た 。 ま た 、 モ ン テ カ ル ロ 法 で 作 成 し た 線 量 分 布 と 撮 影 画 像 お よ び 線 量 プ ロ フ ァ イ ル と ピ ク セ ル 値 の 比 較 を 行 っ た 。 吸 収 箔 の 間 隔 吸 収 箔 の 厚 さ 箔 の 高 さ4. 結果 4.1 線 量 分布と 撮影 画 像の 比 較 グリッドの「有」「無」による撮影画像を 図 6~図 9 に示した。図 6 および図 8 はシ ミュレーションにおいて得られた画像であ る。グリッド「無」に比べてグリッド「有」 では、散乱線成分が明らかに低下した。ま た、図 7 および図 9 は実測撮影で得られた 画像である。この場合もシミュレーション の同様にグリッド「有」では散乱成分の濃 度が低下した。 4.2 線 量 プ ロ フ ァ イ ル と ピ ク セ ル 値 の 比 グリッドの「有」「無」による線量プロファ イルとピクセル値を図 10~図 15 に示した。 図 6 グリッド無シミュレーション画像 図 7 グリッド無実測画像 図 8 グリッド有シミュレーション画像 図 9 グリッド有実測画像
村島、五反田、吉岡、亀井 図 10 グリッド無(上部) 図 11 グリッド無(中部) 図 12 グリッド無(下部) 図 13 グリッド有(上部) 0 100 200 300 400 500 0 100 200 300 400 500 ピ クセ ル値 吸収線量[ μ G y ] 位置 シミュレーション 実測 0 100 200 300 400 500 0 100 200 300 400 500 ピ クセ ル値 吸収線量[ μG y ] 位置 シミュレーション 実測 0 100 200 300 400 500 0 100 200 300 400 500 ピクセル値 吸収線量 [μG y] 位置 シミュレーション 実測 0 50 100 150 200 250 0 50 100 150 ピクセル値 吸収線量[ μ G y ] 位置 シミュレーション 実測
図 14 グリッド有(中部) 図 15 グリッド有(下部) 5. 考察 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 時 の 検 出 器 へ の 到 達 線量分布と撮影画像を比較したところ、実 測の時と同様にグリッド使用時には到達線 量が低下し、アクリルファントムと鉛板と のコントラストが高くなっていることがわ かった。したがって、撮影した画像とシミ ュレーション画像を視覚的に比べると両画 像は近似していると考えられた。また、グ リッドの有無によるピクセル値の比較を行 った結果、グリッド使用時は使用しない時 に 比 べ て 約 40% 程 度 受 像 面 へ の 到 達 線 量 が低下していることがわかった。その一方 でグリッドを用いることでアクリルファン トム部と鉛板のコントラストが高くなって いることがわかった。 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 時 の 線 量 プ ロ フ ァ イ ルとピクセル値を比較したところ、グリッ ド有の場合、ピクセル値に比べ線量プロフ ァイルで、画像の両端の線量が低下してい る。これは、撮影時は集束グリッドを使用 したが、シミュレーション時は平行グリッ ドを構築したため、一次線が減弱したと考 えられた。しかし、グリッド有無の場合共 に形状は近似していることがわかった。ま た、シミュレーション時には、グリッドな ど構築する物質が増えるほど実測との間に 補正が必要になると考えた。 本研究では、ヒストリー数により統計的 ばらつきが変動するため、粒状度や鮮鋭度 などの詳細な評価は困難であった。そのた め妥当なヒストリー数を検討した後、散乱 線推定画像を作成して、コントラストの変 異がないかを確認する必要があった。 本手法の問題点は、物質の組成や体積が 正確にわかっていないと結果に誤差を生じ る点であった。この手法を人体を撮影する 場合に応用した時、呼吸や体動により正確 な体系の構築が難しと考えられた。しかし 最近では、体系作成用の外部ソフトも開発 されている。そのため、撮影画像から体系 を構築できると本手法による散乱線成分の 0 100 200 0 50 100 ピ クセ ル値 吸収線量[ μ G y ] 位置 シミュレーション 実測 0 100 200 0 50 100 ピ クセ ル値 吸収線量[ μ G y ] 位置 シミュレーション 実測
村島、五反田、吉岡、亀井 定量化も可能だと考えられた。そのために は、ヒストリー数を増やし、モンテカルロ シミュレーションを用いた後処理により散 乱線除去を行っても極端な画像の変異 がな いかを検証する必要がある。その検証を行 ったうえで、後処理法による散乱線成分除 去の手法の開発につなげていきたい。 引用文献 1) 川 村 隆 浩 , 内 藤 慧 , 他 2 名 . FUJIFILM RESEARCH&DEVELOPMENT,新画像 処 理「Virtual Grid(バーチャルグリッド)技術」 の 開 発 :X線 検 査の 画 質 と作 業 性の 向 上 . No60, 2015. 2) 加 藤 秀 起 . デ ィ ジ タ ル X 線 画 像 の 後 処 理 によ る 散 乱成 分 除去 法 . 日本 放 射 線技 術 学会雑誌.62 巻 9 号,1359-1368,2006. 3) 小縣祐二 ,橋爪 由美子 ,他.CR を用い た 新し い 散 乱線 除 去法 . 日 本写 真 学 雑誌 . 61 巻 4 号,212-220,1998. 4) 仁 井 田 浩 二 , 他 . PHITS 紹 介 資 料 集 . https://phits.jaea.go.jp/lec/phits-introduction-jp.pdf.2016. 5) 青柳泰司,安部真 治,小 倉泉,清水 悦雄, 共著.新版 放射線機器学(1) 診療画像機 器学.コロナ社 ,157-162,2012.