医学教育 第 51 巻・第 5 号 2020 年 10 月 医学教育 2020,51(5): 522∼524 特集 コロナ禍における医療人育成 【1 歯学領域】
1-1 新型コロナウィルス感染症対策における
カリキュラム対応と今後について
鶴 田 潤* はじめに 新型コロナウィルス感染症は,初等中等教育,高等 教育,我々歯学部・歯科大学の教育提供体制へ大きな 影響を与えている.この稿を書いている 2020 年 9 月 現在,東京医科歯科大学歯学部では,後期カリキュラ ム運営,2021 年度カリキュラム立案について,対面 授業・遠隔授業の組み合わせを始め,安全・安心な環 境での継続的なハンズオン実習・患者診療実習実施な ど,多くの課題を処理している最中である.今回は, 2020 年 3 月以降,新型コロナウィルス感染症対策に おける教育対応を振り返るとともに,これら対応に対 する所感を述べたいと思う. 本学における歯学部教育について まず,我々の平時の教育体制がどのようなものであ るか簡単にまとめてみたい.東京医科歯科大学には, 医学部・歯学部の 2 つの学部があり,歯学部には,歯 学科(6 年制,歯科医師),口腔保健学科口腔保健衛 生学専攻(4 年制,歯科衛生士),口腔保健学科口腔 保健工学専攻(4 年制,歯科技工士)の教育課程があ る.全学科学生の 1 年次は教養部にて学び,2 年次以 降,御茶ノ水にある湯島キャンパスで専門科目を履修 する. 一般的に歯科医療従事者養成課程は,医療従事者養 成課程と共通していると考えるが,本学の歯学部のい ずれの教育課程でも,最終学年に歯学部附属病院での 実際の患者診療実務を実施することが特徴的な点と言 える.歯学科教育に焦点を当てれば,卒業時に獲得す べき資質の一つとして,指導医の管理・監督の元で一 定の歯科医行為を行う能力が求められている.歯科医 師の「見習い・初学者」レベルの立場としてではある が,歯を削る,局所麻酔を打つなどの歯科医行為の実 践が求められるため,共用試験前の中級学年の教育で は,実際の手技・態度の習得が重視される.マネキン シミュレーション環境でのハンズオン実習を通しそれ ら資質の習得が必須であり,実習開催への対応が,今 回の新型コロナウィルス感染症対策でのカリキュラム 運営で苦労している点でもある. 災害下における教育提供の視点 カリキュラム運営を考える際には,学習者中心で考 えることが求められるため,当然のことながら,今回 の遠隔授業を中心とした対応についても,学習者に関 わる学習環境や学習成果に支障はないかなどの議論が 多く認められる.しかし,現況は,多様なメディアを 高度に利用した授業を遠隔授業として平時に拡充・応 用する状況とは全く異なる状況であることを再確認し たい.未知の感染症のパンデミックという長期的な災 害の真っただ中であり,教育活動の維持を目的に,応 急対応としての遠隔授業を緊急導入し実施していると いう前提をもとに,この時期の教育運営の評価を行う 必要があると考える.それに加え,この状況下では, 政府や地方自治体から,働き方や生活様式を新たなも のとするよう在宅勤務などが推奨されており,大学事 務職員・教員ともに,家庭生活での制約,平時の環境 下で職務を遂行できない状況,様々なストレスのもと に日常を送っている事実も考慮すべき点と考える.私 自身,考えることがなかった観点ではあるが,教育機 関を事業体,教育を一つの事業と捉えて,一般企業で 扱 わ れ て い る 災 害 時 の 事 業 継 続 マ ネ ー ジ メ ン ト (BCM:Business Continuity Management) に照らし て,現在の事態を認識することも有用な視点となると 考える.参考に,Web 掲載されている内閣府の資料 を引用する(図 1).4 月以降,初期段階対応として,教育の連続性,質
1-1 新型コロナウィルス感染症対策におけるカリキュラム対応と今後について 担保などについて,教育提供状況の許容限界を下回ら ないように,遠隔授業導入などで対策を講じてきた状 況で,学年進行で進む教育制度に破綻が生じる前に, 新たな教育手法の開発,カリキュラム組み直し,教育 設備の改修などを通して,教育の質を平時と同等のレ ベルに戻す努力をしている状況と考える.事業継続計 画を事前に準備した上での適応が望ましかったところ ではあるが,平時において,第三者評価を念頭におい ての教育の質担保の様々な方策を検討してきたことは 即応の一助となったと考える. 歯学科専門科目カリキュラムにおける初期対応 実際の初期対応を振り返ってみることとする.本学 における新型コロナウィルス感染症対策(以下,コロ 対)については,新型コロナウィルスの感染拡大に伴 う対応指針が 2 月 28 日に提示され,3 月 16 日には, 歯学部長により歯学部教育関係各委員長,担当者によ る歯学部コロ対検討会議が開催され,2 年生∼6 年生 専門科目カリキュラムについて,4 月 2 日からの遠隔 授業の全面導入を前提に,技能実習の時期変更を伴う カリキュラムの大幅改編が行われた(1 年生は教養部 が主に管理).この時点では,その後,緊急事態宣言 が 4 月 7 日に公示され,5 月 25 日に終了することは 誰も知らない状況であり,遠隔授業導入を学生・教 員・事務職員に対していかに行うか,また,その後の 社会状況の推移を推測しながら,いかにカリキュラム 調整を行うかなど,担当教職員らの不眠不休の対応が 続くこととなった. 学生については,歯学部による遠隔授業実施アン ケートを複数回行い,コロナ渦における学生の心理状 況の把握,授業配信の質向上への取り組みを重ねた. 歯学部附属病院で学生診療室での患者診療実習を行う 6 年生は既に在宅学習となっていたが,大きな課題と なったのが,歯学系共用試験(CBT/OSCE)を 7・8 月に受験する 5 年生のカリキュラム調整であった.4 年からの臨床科目授業を 5 年前期に終了する予定のカ リキュラムであり,この授業計画の変更は,当該 5 年 生にとって大きな不安要因となることは明白であっ た.しかし,緊急事態宣言下では,「いつ実習が行え るのかはわからない」状態であり,5 年生の 6 年次カ リキュラム変更,共用試験実施時期の後ろ倒し,遠隔 授業で可能な教育内容の前倒し配置にて万全を尽く し,実習の早期再開を期待するほかないという緊張が 続く状況であった. 一方,4 月からの遠隔授業導入については,統合教 育機構を中心に, 同期型遠隔授業配信に利用する Web 会議システム Zoom の教員・事務職員・学生研修など の対応が短期間に行われた.また,従来から利用の LMS・WebClass を非同期型遠隔授業にも用い,その 他,各専門分野(解剖・病理など)におけるバーチャ 図 1 事業継続計画(BCP)の概念(感染症に係るもののイメージ図) (内閣府 事業継続ガイドライン 第三版(平成 25 年 8 月)より)
医学教育 第 51 巻・第 5 号 2020 年 10 月 ル教材導入が進められた.統合教育機構による遠隔授 業配信のためのシステム整備・支援が 3 月末からすで に充実していたことが,個別教員の同期型遠隔授業配 信スキルのボトムアップにつながり,円滑な対応を図 ることができた要因と考える.また,統合教育機構で は,初期導入支援に続き,全学メールマガジンや WebClass の活用より,各学科での遠隔授業に関する トラブル・ヒヤリハット事例,グッドプラクティス事 例の共有を全学的に継続的に実施したことも,各教員 にとっては,大きな助けとなったと思われる. その後,5 月 25 日の緊急事態宣言の終了を受け,5 月 29 日には,遠隔授業とともに,対面による試験・ 実習再開に関する条件が提示された.歯学科では,共 用試験を控える 5 年生を優先した対面実習カリキュラ ム改編を行い,6 月 15 日から登校対面実習を開始す ることになった.学内在留学生数を考慮し,4 年生の 夏季休業期間を 8 月から 7 月に変更するなどの対応も 行い,順次,他学年の登校対面実習を組み入れたカリ キュラムを計画し,現在に至っている. 歯学科におけるコロ対授業(遠隔授業・対面授業) 実施について コロ対カリキュラムにおいては,在宅受講での遠隔 授業(同期型・非同期型),登校受講での対面実習・ 試験の種別で授業を行っている.学生の立場からは, 登校しての講義受講という当たり前の環境から,突 然,在宅学習の環境となったことは大きな挑戦となっ たと考える.学習効果・成果の面だけではなく,在宅 学習による孤立感,一人暮らし学生の生活管理など, 対応すべき課題は多くある状況でもある.また,授業 を提供する教員の立場においても同様であり,現在 も,最良を求め挑戦を続けている段階である. 同期型遠隔授業については,各教員の積極的な挑戦 も多く見られ,臨床デジタルソフト,バーチャルスラ イドを利用した遠隔演習,グループ機能を利用した遠 隔による少人数 PBL テュートリアル演習やオンライ ン医療面接遠隔演習,他大学生を含む 300 名を超える 全学多職種連携症例検討遠隔演習,海外学術交流協定 校とのオンライン学生交流プログラム(O-SEP:On-line Student Exchange Program)など,学生の能動
的な授業参加を可能とする多くの新たな学習方略が開 発され,それぞれに,新たな知見を得ている. 歯学科学生教育の特徴でもある技能研鑽の場となる 対面実習や試験については,学生・担当教員の健康管 理,手指消毒の徹底,マスク着用,全学生へのフェー スガード配布,換気,利用器材・什器の薬剤清拭など の感染対策を講じた上で,午前・午後 2 班入れ替え 制,実習室・講義室の複数利用などの対応をしてい る.初期導入対応を踏まえ,歯学部でのこの半年間に ついて振り返ると,概ね安定した遠隔授業,対面実 習・試験が提供されてきており,関係者の尽力には本 当に感謝するものである.また,4 年前より,大幅な 歯学部カリキュラム改編を検討しており,これまでの 教員研修にて,非同期型の遠隔授業導入に関わる動画 教材の活用によるカリキュラム設計や効率性に関する 意見交換を行っていたことも円滑な運営の要因となっ たとも感じている. これから 現在,地域による差はあるものの,経済活動の再開 など,人々の生活も新たな生活様式になじむよう動き 出している.一方,私の認識では,長期的な災害の 真っただ中であり,今後,ツインデミックはじめ,さ らなる新たな戦いも念頭におく必要があると考える. 先行きが不透明なこの困難な時期を長期間にわたり過 ごす学生にとっては,将来の自分の姿を見出だしづら い不安な毎日であるとも思う.そして,そんな彼らに とって,人との交流機会がある大学生活は,平時に比 較して,より特別な場所になっている可能性もあろ う.日々の授業で,身近に接する教育者は彼らの将来 への水先案内人であり,カリキュラムは彼らが将来へ 向かい力強く進む航路でもある. 今後,生じる新たな課題や困難に直面しても,我々 教育者が最善を尽くし教育カリキュラムを構築するこ とは,新たな生活,新たな世界を切り拓き,その時代 の人々の生活,健康を守るという強い信念を持つ医療 従事者・歯科医療従事者の輩出につながるものと強く 信じる. 本稿を書く機会を与えてくださった学会誌編集委員 会に感謝を申し上げる.