ピエール・ボナール作《浴槽の裸婦》の作品解釈――モチーフと平面構成の関係について
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(2) 挿図 1 ボ ナール《浴槽の裸婦》1925 年、 カンヴァス・ 油彩、103 × 64cm、個人蔵. 挿図 2 ボナール《男と女》1900 年、カンヴァス・油彩、 115 × 72.5cm、オルセー美術館、パリ. な全身を囲い込む形態の浴槽は、20 世紀前半のフラ. 1.作品記述と展示の状況. ンスではごく一部の特権的な階級でのみ使用されてお. 画面は全体を通して微妙な光のニュアンスによって. のことから、本作で示された女性の入浴の図像は、伝. 仕上げられ、私的で内的な空間が表されている。画面. 統的に類を見ない、極めて現代的なイメージであった. のおよそ半分を占めているのは、浴槽であり、なかに. と考えられる。以上のことから、ここでは横たわる裸. は女性の足が見える。浴槽は画面の枠とほぼ平行に配. 婦と入浴する裸婦をそれぞれ二種のイメージに分類. 置されており、堅牢な縁が施され、圧倒的な存在感を. し、絵画史におけるそれぞれの象徴的意味を見たい。. 示している。左側に見えるガウンと室内履きを身に着. 入浴する裸婦の主題は西欧絵画において伝統的な. けている男性は、 手にパレットを持っていることか. テーマであり、 その源泉は神話、 聖書で語られたイ. ら、画家であることが示されている。男性のスリッパ. メージに求められる。神話においては水浴するヴィー. は、鮮やかな色彩のマットを踏んでいる。室内の突き. ナス、ディアナやニンフという主題があり、聖書では. 当たりにあたる、画面の奥には窓があり、カーテンが. スザンヌの水浴、バテシバの水浴というテーマがあっ. かかっている。その前に位置する椅子には、布が無造作. た。女性の裸体は、神話や聖書の物語の表象において. にかけられている。. のみ描かれるものであった。そして裸体を見るための. 本作はボナールが 1925 年に制作した後、 生前は彼. 口実としての寓意は密かに後退し、18 世紀ロココの. が所有し、現在はイギリス在住の個人の所蔵となって. 美術においては貴婦人が微笑を浮かべつつ室内で入浴. いる 。展示の経緯としては、1966 年にイギリスでロ. する姿の表象が可能となった。寓意的な水浴する女に. イヤル・アカデミー・オブ・アーツで開催された展覧. 現代的な女性が取って代わり、私的な室内を舞台とし. 会を経て、その後 1984 年のポンピドゥー・センター. て現実の女性の入浴の場面が描かれたのであった。観. での展覧会、それ以降は大規模な展覧会にはほぼ出展. る者を意識した姿態と視線でポーズをとっていた伝統. されている。. 的な浴女との決定的な違いをもたらしたのは、19 世. り、大多数の人々は入浴時には浴盤を使っていた。こ. 4. 紀後半の画家エドガー・ドガであった。彼が描きだし. 2. 《浴槽の裸婦》における女性身体の視覚 的着想源. たのは浴室で体を洗うという自らの行為に没頭し、他. 本作においては、浴槽に横たわった女性身体の下半. な室内、入浴を手伝う女中の姿すら排除し、ひたすらに. 身部分のみが表されている。ここで描かれているよう. 身繕いに徹する現実の女性の姿を描き出した。 ドガに. 論文. 者の存在を意識していないかのように振る舞う浴女の 姿であった。彼は 18 世紀の浴女に見られるような豪華. 16.
(3) よって初めて近代的な浴女の姿が表象されたのである。 もっとも、近代的な浴女の成立にあたっては、入浴 や浴室をめぐる文化が 19 世紀後半から 20 世紀にかけ て急速に発展した背景も存在する。1880 年代以降、 フランスでは人口の増加率の減少が国家的問題となっ たことから、人口の増大を念頭に置いた国力の強化が 求められた。パリでは急激な都市化と産業の発展によ る部分的な人口増加により、チフス、コレラ、結核、 梅毒といった伝染病が流行し得る基盤が作られていた のである。そうしたなかで、公衆衛生の強化に対して 国家的な動きが生まれるのは自然なことであった。権. 挿図 3 エヴァレット・ミレイ 《オフィーリア》1851-52 年、カンヴァ ス・油彩、76.2 × 111.8cm、テート・ブリテン、ロンドン. 力者を中心に徹底した清潔の大切さが説かれ、また入 浴法に関する医師の指南もあった。 「(医者の指示を受 ける者が)最初にしなければいけないこととして、完 全な清潔さを欠くことはできない。良好な条件のもと で毎日全身を石鹸で洗わなければならない。 石鹸で 洗った後は、少し力を入れて体をこすることも不可欠 である 」清潔の保持に対し啓蒙活動が展開されたの 5. であった。ただし、清潔の保持は伝染病などの不衛生 から生じる様々な病気への脅威と対策としてのみ謳わ れたわけではなかった。支配階級においては科学的な 挿図 4 ポール・ゴーガン《純潔の喪失》1890-91 年、カンヴァス・ 油彩、90 × 130cm、クライスラー美術館、ノーフォーク. 問題への関心のみならず、不潔が精神に作用するもの との認識に変化していった 。こうした認識は、基本 6. 的には裕福な階級にのみ共有されたものであったも. でのみが表象されているが、ここで見られる女性の姿. のだが、このような文脈のもと、とりわけ娼婦に対し. 態の視覚的着想源を歴史的な浴女に見出すことは困難. ては徹底した清潔の保持が求められた。アラン・コル. である。リンダ・ノクリンとタマール・ガーブは、本. バンは『娼婦』で当時の娼婦の生活について言及して. 作における浴槽の源泉を棺のイメージに求めている. いる。 「(娼婦の)一日のはじまりは、入浴、身支度、. が、 彼女たちの着眼点を踏襲した場合、 死のイメー. 結髪にあてられる・・・ 」 とあるように、 娼婦にとっ. ジが表わされた作例に辿りつく 。例えばエヴァレッ. ての身繕いは日々の義務とされた。ジュリア・クセル. ト・ ミレイの《オフィーリア》 ( 1851-52 年、 挿図 3). ゴンは行き過ぎた身繕いが娼婦の肉体を形作るもので. ではオフィーリアが発狂し、 川で死ぬ様子が装飾的. あったことも指摘している。娼婦の生活と身繕いは密. な背景によって描き出されている。女性身体が水に浮. 接な繋がりを持っていたのである 。しかしながら、. かぶ様子を描くにあたって、ミレイが水を張った浴槽. あまりにも過剰な身体への関心、身繕いは娼婦たちの. にモデルであるエリザベス・ シッダルを浸からせて. 頻繁すぎる身繕いと結びつくことから、次第に悪徳と. ポーズをとらせた逸話は有名である。ドラロッシュの. され、 「怠け者と尻軽女の隠れ蓑と考えられるように 」. 《ディオクレティアヌス帝時代のキリスト教殉教者》. なり、さらには精神の汚れが隠されているのではない. ( 1855 年)では、死を迎えたばかりの女性が水に浮か. かと疑われた 。清潔への貪欲すぎる欲求は自らの身. ぶ様子が描かれている。タマール・ガーブは、 《浴槽. 体の不潔さを逆に証明することになると考えられたの. の裸婦》に関してではないものの、《浴槽の裸婦》と. である。. 同年の 1925 年に制作された《入浴》 で描かれた浴槽. 清潔や入浴の文化をめぐっては、同時代においては. と横たわる裸婦について以下のように論じている。彼. 淫蕩なイメージがつきまとっていたことも事実であっ. 女は、浴女が浴槽に横たわり生気のない印象であるこ. た。室内での女性の入浴のイメージは、屋外を舞台と. とに注目し、 描かれた浴槽が棺を思わせるとしてい. した伝統的な水浴図において表象された裸体とは異な. る 。またノクリンは横たわる女性のイメージの源泉. り、密室における娼家のイメージが強くまとっていた. を死と性的快楽が結びついた図像として、 ゴーガン. ことが理解できる。. の《純潔の喪失》 ( 1890-91 年、挿図 4)に図像的類似. 《浴槽の裸婦》における女性身体は、腰から足先ま. 性を見出している 。 とりわけ、 《純潔の喪失》 の図. 11. 7. 8. 9. 10. 12. 13. 17. ピエール・ボナール作《浴槽の裸婦》の作品解釈 ――モチーフと平面構成の関係について.
(4) 像に見られる特徴は、下半身が画面の枠と平行に描か れ、硬直したようなポーズがとられている。このよう な女性のポーズは《浴槽の裸婦》の女性の姿態と類似 していると言えるだろう。以上の検討から、 《浴槽の 裸婦》に見られる女性の姿態は、伝統における浴女の イメージではなく、むしろ死と結びついた女性のポー ズに共通点が見出せるのである。ボナールはこの作品 における入浴する女性のポーズを伝統的な浴女の姿態 には求めず、浴槽の形に沿うことが可能であった、硬 直したような足を持つ女性の姿に求めたと考えられ る。. 3.画家の自画像 《浴槽の裸婦》では画面の左側にはガウンを身にまと い、部屋履きを身に着け、パレットを持つ人物が描か れている。この人物は先行研究によってボナール自身. 挿図 5 ボナール《フォーヌあるいはフォーヌとニンフ》1899 年、カンヴァス・油彩、32.5 × 22.5cm、個人蔵. であるとされており、その解釈はボナール研究におい て標準的なものになっている。また同様に浴槽に入っ. 《モデルのいる自画像》( 1907 年) で、 下着姿のモデ. ている女性も画家の妻であるマルトとされている 。 14. 本稿では以上の解釈を踏襲し議論を進める。. ルを務める女性と、ガウンを身に着けパレットと絵筆. 絵画史上においては、近代画家のみならず多くの画. を持つ自らの姿を表している。画面の左部分のほとん. 家が自らの姿を残している 。画家は鏡を用いること. どは画家の身体が占めており、パイプをくわえつつ、. によって自らの姿を描き出しているが、 例えば、 ヤ. 極端に太い横縞の柄のガウンを身につけることで絵画. ン・ファン・エイクの《アルノルフィニ夫妻の肖像》. 空間を支配している。さらにピカソも「画家とモデル」. 15. ( 1434 年)は、室内における夫婦の肖像が描かれた作. のテーマの様々なヴァリエーションを追及したが、そこ. 品だが、結婚の儀式をしている夫妻の背後には凸面鏡. には画家のモデルに対する欲望が主題となっている 。. が見える。 ここには夫妻のほかに二人の男性が映し. ボナールは生涯を通して 10 数点の自画像を描いた. 出されており、凸面鏡のかかった壁の上方に「ヤン・. が、そのうち先行研究によって自画像とされているも. ファン・エイクここにありき」と署名されていること. のに本作と 1899 年の《フォーヌ、あるいはフォーヌ. から、そのうちの一人が他ならぬヤン・ファン・エイ. とニンフ》(個人蔵、挿図 5) 、1900 年の《男と女》が. ク自身であることが推測される。彼は夫妻の結婚の儀. 含まれる。この三作はそれぞれの図像的特徴を異にし. 式に参加するとともに画面全体の支配者であることを. ながら、いずれも女性との結びつきにおいて自己の姿. 刻印している。ここでは鏡によって画家の存在の表象. が表象されている点に共通性が見出される。. が可能となったのである。. 《男と女》では男女ともに裸体であり、画面の中心. 画家の思想や心情を表わすために、 画家の発意に. に配されている衝立の存在によって両者は区分されて. よって制作されるという自画像に対する美学が成立し. いる。女性は室内の柔らかなランプの灯りを受け、寝. たのは、ロマン主義以降のことである。アトリエでの. 台に座り、猫を相手に遊んでいる。一方男性は灯りが. 主体としての男性画家と客体として描かれる女性モデ. ほとんど届かないなかで、苦悩の表情を浮かべて立ち. ルをテーマとする「画家とモデル」 の主題は、19 世. 尽くしているように見える。室内の灯りの対比によっ. 紀後半以降の絵画において重要な問題を投げかけてお. て、二人の置かれた状況や心理状態は象徴的に表わさ. り、 多くの画家がこのテーマを表した。 近代画家に. れているのである。ここでは男女の裸体が描かれてい. とっての自画像は、しばしばモデルとの関係性によっ. るが、これ以前にはアカデミックな男性裸体像とは異. て表象された。例えばマチスは《カルメリーナ》 (1903. なる意味においての近代的な男性裸体像そのものが. − 04 年)でモデルを画面の中心に据えながら、女性. ほとんど描かれてこなかった。ギュスターブ・カイユ. の背後の鏡に映る自らの姿を表わし、絵画空間に自ら. ボットは 1884 年に《浴室の男性》 で入浴後の男性を. を描き込むことで存在感を示している。キルヒナーは. 背面から見た裸体像を描いたが、ここではアカデミッ. 論文. 16. 18.
(5) クな要素は排除され、近代の室内での日常的な光景と して男性の裸体が描かれている。 《男と女》 では近代の男性の裸体が性的な雰囲気の なかで表わされており、さらに画家自身を暗示させる ものであるということから、前衛的な身体表象におい ても一層逸脱した男性イメージが表わされていると言 えよう。 《フォーヌ、あるいはフォーヌとニンフ》において は、画面を斜めに横断する繁みの存在によって画面が 分断されており、フォーヌが繁みの背後から遠方のニ ンフを覗き見している。この作品において、ボナール は欲望を抱いたフォーヌの姿を演じている。ニューマ ンは、ボナールが生涯を通じて愛読したフランスの象 徴派の詩人ステファヌ・マラルメの詩『半獣神の午後』 で描かれる世界と共通するイメージを描いたと指摘し ている 。半獣神は欲望を表わしながら変転して美や 17. 芸術へ向かう瞑想的な芸術家の象徴的な姿であり、ボ. 挿図 6 マックス・エルンスト「……そして三回目、これも失敗」 《百頭女》より、1929 年、オランダ紙にコロタイプ. ナールが自らと重ね合わせたとしても不自然ではない 18. 。. 《浴槽の裸婦》では、パレットの存在により画家と. ことができないという解釈を提出している 。. しての自己主張が強く明示されている。女性身体は裸. 《浴槽の裸婦》における男性身体では、男性は画面. 体で浴槽に浸かり、下半身のみが描かれており、着衣. の左側から浴槽のある右側に向かって、自ら入ってき. の画家との著しい対比が表されている。 このことか. ているようである。足は浴槽が敷かれているカーペッ. ら、 男性が画家であることが強く印象付けられてい. トを踏んでいることから、積極的な印象も受ける。ド. る。その一方で画家の自画像として、自らの身体が断. ガのモノタイプにおけるバーンハイマーの解釈を《浴. 片的に描かれており、こうした作例は美術史上特異な. 槽の裸婦》に完全に当てはめることは困難であるが、. 位置を占めるものである。. 女性の入浴の場面で身体を全体化し得ない男性の表象. これら三作には、共通して男性と女性の間を分割す. としての解釈は成り立つであろう。. る造形的装置が設えられている。女性との結びつきの. 一方、 《浴槽の裸婦》 では女性身体は腰から足先ま. なかで描かれた画家の自画像は、いずれも分割された. でのみが表象されている。断片化された男性身体が描. 画面において表象された。. かれた絵画が少数であることに対して、近代、とりわ. 画面の分割に関する問題については、本論 5.3) 「画. け 1910 年代後半から 20 年代前半において女性身体の. 面の分割」で議論を進める。. 断片化は数多く見られたイメージであった。. 20. 身体を部分的に描く手法は、女性を性的な対象とし. 4.断片的身体. て描く目的において有効とされた。女性身体のなかで. 《浴槽の裸婦》においては、男性は画面の左端に描. とって性的欲望が喚起され得る部位であることは、19. かれ、女性の方を向いている。ここでは、男性の身体. 世紀後半から 20 世紀前半の社会において共通した感. は部分的に描かれているが、近代絵画において男性身. 覚であったようである。 例えば、19 世紀後半から 20. 体の断片化はどのような意味において描かれてきた. 世紀前半にかけて生産された商業的ポスターにおい. のだろうか。19 世紀の娼婦の表象について論じた、. て、女性の身体の部分化の表象として、女性の足のみ. チャールズ・バーンハイマーは、ドガの《客》 (1878-80. はしばしば描かれたイメージであった。1906 年 10 月. 年) と《真面目な客》 (1878-80 年) というモノタイプ. 13 日に発行された風刺漫画誌『ル・フル・フル』誌(Le. における男性身体の断片化に注目する 。 彼は、 《客》. Frou-Frou) におけるテアトル特集のなかで、 劇場に. で画面の端に配されている中産階級の男性が、 複数. おける女優を描いたいくつかの版画に、カンカンの舞. の娼婦とそのセクシュアリティを前にして、本来彼が. 台を描いたものとして《ル・ミュズィカル》が掲載さ. 持っているはずの特権を行使できず画面のなかに入る. れた。この作品においては、広がったスカートのチュ. もとりわけ足は性的魅力に富み、しばしば男性観者に. 19. 19. ピエール・ボナール作《浴槽の裸婦》の作品解釈 ――モチーフと平面構成の関係について.
(6) チュのなかから、黒いストッキングを穿いた女性の足 だけが高らかに蹴り上げられ、カンカンを踊る様子が 描かれている。ここでは踊り子の顔も描かれておらず 完全に足だけが描かれている。 またマネの《オペラ座の仮面舞踏会》 ( 1873 年)と 《フォリー・ベルジェールのバー》 ( 1881-82 年)でも 女性の足は断片化された形で描き入れられた。ノクリ ンは、切断された女性の足のイメージが、性的な魅力 や女性を自由に手に入れることのできる提喩であり、 モデルの受動性、すなわち男性の観者に向けられた女 性の性的魅力の源泉そのものを意味していると述べて いる 。 21. マックス・エルンストが 1920 年に制作したコラー ジュ作品《雪の上を真夜中が通る。真夜中の上を目に 見えない昼の鳥が舞う。鳥よりもわずかに高く、天空 が広がり、壁と屋根が漂う》は、写真を素材とし、コ ラージュによって完成させたものである。人間の女性. 挿図 7 ボナール《逆光の裸婦》1908 年、カンヴァス・油彩、 124.5 × 109cm、ベルギー王立美術館、ブリュッセル. の下半身の上に、毛糸で作られたある種の鳥のような 生き物を暗示させるオブジェが乗っている。 ここで は、鳥を思わせるニットのモチーフに、断片化された. て幾度となく引用されてきた――「絵画とは軍馬や裸. 女性の下半身がコラージュされている。また、エルン. 婦、あるいは何かの逸話である以前に、本質的にはあ. ストのコラージュ作品、 《百頭女》 の「失敗した無原. る一定の秩序の上に集められた色彩で覆われる平面で. 罪の宿り」のうち、「……そして三回目、これも失敗。 」. あることをまずは思い出そう. 22. 」 。19 世紀末の芸術家. ( 1929 年、挿図 6)では、ひとつの画面のなかに箱が. たちの造形的実験は世紀を超え、20 世紀初頭の画家. 描かれ、そのなかに女性身体の下半身だけが断片化さ. たちに継承された。そうした潮流は、芸術が純粋な造. れた形で描きこまれている。そして女性身体を囲む箱. 形の探求へ向かうことに意味を見出すモダニズムの言. の外側には正装した男性が二人描かれ、女性身体を操. 説に支えられた。後の芸術家たちに多大な影響を与え. 作している。西欧絵画において女性の足を断片化して. たセザンヌは小さな色面の拡がりによって対象の奥行. 描くことは、性的イメージを喚起するものであったこ. きや厚みを表した。こうした手法は、自然のものは球. とが理解できる。. と円錐と円筒によって形作られており、このような単. 《浴槽の裸婦》で描かれた断片的な身体は、男性と. 純な形態に立ち戻って造形せねばならないという彼. 女性で異なる意味に基づいて表象されていることが明. の理論に支えられている。 彼の造形的努力は、20 世. らかとなった。 男性は絵画空間において逸脱した存. 紀初頭の画家たちに継承された。とりわけピカソとブ. 在、女性は社会において異質な存在であり、とりわけ. ラックは 1908 年頃から、 セザンヌの理論を継承しつ. 足の断片的表象は見る者に性的なイメージを暗示する. つ、 面の構成による絵画の構築という手段によって. 存在として描かれてきたことが確認できた。. キュビスムを展開した。クロード・ロジェ=マルクス. ここまでの検討で、 《浴槽の裸婦》で描かれている. は、以下のように世紀転換期の画家たちを分類してい. モチーフを、絵画史に照らし合わせ、その特質につい. る。 「もし「界」 によって画家たちを分類することが. て考察した。次にこの作品の構成の側面に目を向けた. できるのであれば、モネの作品は「植物界」 、セザン. い。. ヌは「鉱物界」 、そしてボナールは、ルノワールの作 品と同様に、「動物界」である。…各々の光景は、彼. 5.平面構成――鏡と浴槽の扱い . の視覚においては、新たなものとなろう。彼はしばし. 1)平面性の追求. 20 世紀初頭の芸術は純粋な造形の探求に向かうモ. ば同じ主題で作品を制作するのである. 23. 」。. ダニズムの美学によって展開された。ドニが指摘した ナビ派の理論的中心人物であるモーリス・ ドニが. ように、 絵画は造形芸術のなかで二次元的媒体に分. 1890 年に発表した論文の一節は、 美術史研究におい. 類される 。絵画それ自体の根本的な枠組みが問い直. 論文. 24. 20.
(7) 挿図 8 ボナール《鏡の効果あるいは浴盤》1909 年、カンヴァス・ 油彩、73×84.5cm、ヴィラ・フローラ、ヴィンタートゥール. されたこの時期には、 絵画の本質は平面性にあり、 挿図 9 ボナール撮影 1916 年. 向かうべき方向性は平面性の追求であるという理論 が前衛絵画の画家たちの共通した認識となった。 ボ ナールは、絵画を志した当初より、とりわけ人物画を. ボナールの平面構成がより特徴的なものとなり、真. 除いた場において大胆な画面の平坦化を目指した。極. の意味で自己の絵画世界が確立したのは 1908 年以降. 端に奥行きを排除し、面を張り付けたような手法は、. のことである。そのきっかけとなったのは鏡のモチー. 《戯れる二匹の犬》 ( 1891 年) に見られ、 初期の作品. フの使用である。1908 年の《逆光の裸婦》 (ベルギー. でありながら大胆な平面構成によって仕上げられてい. 王立美術館、挿図 7)では、窓からカーテン越しに入. る。ナビ派の画家たちから「超日本的ナビ( Nabitrès. る外光によって室内は穏やかな光のニュアンスに満ち. japonard) 」と渾名されるほどに、日本の造形芸術、と. ている。室内にはバラ色のソファ、そして浴盤と化粧. りわけ浮世絵に刺激を受けたが、彼の作品に見られる平. 台が置かれている。画面のやや右寄りに堂々とした姿. 面構成の特質は、日本趣味によるものだけではない 。. 勢で立っている女性は、左前方の化粧台の方を向いて. ボナールが 1935 年に記したメモには「最も大切な. いる。化粧台の鏡には女性の身体が映っているが、不. 主題、それは表面である。表面には色、法則、それに. 自然な角度のため手前の女性と断定するのは困難であ. 加えて対象がある. 」 とあり、 造形上彼にとって最. る。鏡像と現実の室内空間は一致していないように見. も優先されるべき主題が面にあることが表されてい. える。彼は制作において、日常生活の様々な場面を手. る。 . 帳にスケッチし、自宅に戻ってから再構成する方法を. アンドレ・ ロートは 1929 年の批評で「対象を細分. とっていた 。. 化する印象派の技法にますます嫌気がさしてきたボ. 彼の鏡のモチーフがもっとも革新的な形で表わされ. ナールは、それら対象の日常的な枠組みをなす建築学. たのは《逆光の裸婦》の翌年に制作された《鏡の効果. 的な形態でもって対象を堅固なものにしようとした。. あるいは浴盤》 ( 1909 年、 個人蔵、 挿図 8) である。. …マチス…彼の才は以下に表れている、きらめく才能. 画面にわずかの「現実」の空間を残し大部分は鏡像と. を持ち、生来のものであり、運命によって決定付けら. なっている。手前の化粧道具は「現実」 、すなわち画. れたものである。ボナールもまたそうした才を表して. 家のいる空間であり、裸婦は鏡のなかの存在として描. いる。しかしながら、それは外に表れず、ひそかな才. かれている。彼はここで画面に対して鏡をほぼ平行に. なのである. 」とし、構成そのものがボナールにとっ. 配置し、鏡は画面より少し縮小されたサイズの平面空. ての重要なテーマでもあることを示し、さらにマチス. 間となっている。画面に新たな別の空間が生じること. を引き合いに出し、両者の才能を高く評価している。. で画面は複雑化する。ここでは鏡に浴盤が映り、さら. 25. 27. 26. 28. にそのなかに小さな浴盤が重なっている。平面が重層 化されることにより画面は入れ子状に形成されてい. 2)鏡の使用. る。. 21. ピエール・ボナール作《浴槽の裸婦》の作品解釈 ――モチーフと平面構成の関係について.
(8) ところで、ボナールは 20 世紀初頭に、ナビ派が事 実上解体された後、特定の芸術グループに属すること はなかった。マチスやヴュイヤールとの交流は濃密な ものであり 、彼らはボナールの芸術的発展にとって 29. 重要な人物であったが、それでもボナールの造形的方 向性は理解されやすいものではなかった。 「私の友人 たちや私が印象主義者たちの仕事を追及し、それをさ らに発展させるように試みたいと思ったとき、われわ れは、印象主義者たちを、彼らの色彩の自然主義的な 印象という点において、乗り越えようとしました。芸 術は自然ではないからです。われわれは構成の点では るかに厳格でした。…しかし、社会の変化はわれわれ よりも速いものでした。われわれが自らの目標とみな したものに到達する前に、社会はキュビスムやシュル レアリスムを迎え入れました。われわれはいわば、空 間のなかに宙吊りにされたかのようです. 30. 」 。ここに. は、ボナールの芸術における社会とのある種の距離が 表わされている。ボナールは、鏡の扱いによって、独. 挿図 10 ボナール《庭に面した食堂》1931 - 32 年、カンヴァ ス・油彩、160 × 114cm、ニューヨーク近代美術館. 自の平面構成を獲得していったのである。 ボナールが 1916 年に一人の職業モデルの姿を撮影 した写真(挿図 9)ではモデルは半ばブラウスを脱い だ状態で画面のほぼ中央に位置する場所に立ってい る。モデルの横には鏡が設えられている。鏡にはモデ ルの横顔のほかに様々なものが映りこんでいる。モデ ルの身体によって隠されていた彫刻、彫刻に遮られ 3 本の線しか表されていない額縁、菱形の額縁と上部に 映っている額縁を中心に鏡のなかは構成されている。 このうち、鏡の外で確認できる対象はモデルと菱形の 枠の一部である。この写真では、彼が実際に撮影する 際にも、鏡のなかに新たな世界を作り上げていること が示されている。モデルを中心として、 「現実」の空 間と鏡のなかの空間は全く別のものになっている。彼 にとって写真撮影は現実を記録、表現するためだけの. 挿図 11 ロバート・マザウェル《レッド・オープン No.1》1970 年、 カンヴァス・アクリル、151 × 182cm、個人蔵. ものではなかった。彼の鏡をモチーフにした作品に見 られる新たな平面空間の導入は、この写真で表されて. 彼は 1900 年の《男と女》 で男女の心理的乖離を示. いる構成の方法においても共通点が見出せる。. 唆する作品を制作したが 、衝立によって分断された 31. 室内には男女の身体が徹底した形で分離された。衝立. 3)画面の分割. は前方にせり出してくるかのような圧倒的な存在感で 鏡や窓は空間領域を繋げることや、 複雑にすること. 画面の中心に配置されている。衝立を中心に男女の空. が可能な装置として西欧絵画では伝統的に用いられて. 間はそれぞれ別のものとなっている。. きたモチーフであるが、 これまで本論で見てきたよう. 《フォーヌ、あるいはフォーヌとニンフ》では、木. にボナールはむしろ「現実」 の空間と鏡像を平行に配. の繁みが画面を分断し、ニンフとフォーヌの身体の属. 置することにより空間を分離させており、 我々はそこ. する空間も分離されている。繁みの手前と向こう側で. にボナールの特質を見ることができる。ここでは、《浴. は全く異なる空間が表わされている。 繁みの存在に. 槽の裸婦》 を中心に画家の姿が映り込んでいる三作で. よって彼らは異なる空間に身を置いている。. 表わされている画面の分離の過程について確認したい。. これらにはいずれも画家の自画像が描き入れられて. 論文. 22.
(9) いる。ボナールは《フォーヌ、あるいはフォーヌとニ. ており、《浴槽の裸婦》 における浴槽の切断に共通性. ンフ》と《男と女》の二作で得た画面分割の手段を意. が見出せる。 ここでは本来四角形として成立する形. 識しつつ、鏡を使った平面の分割にあたったと推測で. が、周縁部が切断されたことにより矩形になり、その. きる。そして《浴槽の裸婦》では、白く塗られ堅牢な. 結果画面そのものが開放されている。この作品は《浴. 線を持つ浴槽の造形的要素によって徹底した分離がな. 槽の裸婦》においてボナールが提示した周縁部に対す. されている。浴槽は周囲との境界線を明確にし、新た. る問題を単純化したものと言えるだろう 。. な平面を作り上げている。ボナールは西欧絵画におい. 《浴槽の裸婦》は、ボナールが検討の末に辿り着い. て、先例に見出すことの可能な鏡の扱い――例えば、. た、絵画の周縁部の問題に対する答えであり、また主. マネの《フォリー・ベルジェールのバー》 (1881-82 年). 題の上で関心を持ち続けたモチーフと平面構成との両. に見られるようなアクチュアルな空間と鏡像との不一. 立を可能にした作品だったのである。. 34. 致――を、 《逆光の裸婦》において実践している。し かしながら、ボナールは鏡のもたらす効果や特徴にお. 6.結び. いて、とりわけ分離・分割の意義を拡張させたのであ る。そうした役割をより雄弁に、また効果的に果たす. 本稿では《浴槽の裸婦》の成立に至るまでのボナー. ことができるモチーフが浴槽であった。浴槽は対象を. ルの芸術的検討を、絵画史の流れや同時代の作品との. 並列に表さずに分離・分割が可能となる装置であり、. 比較のなかで考察した。彼は伝統的な水浴図から、文. またこうした造形的革新性のみならず、浴槽はモチー. 化的、社会的背景によって発展した近代の浴女を、絵. フとしての現代性、裸婦像の象徴的意味も備えていた. 画における平面構成の問題と結び付けることを試み. ことから、彼にとって浴槽が新たな表現を可能にした. た。もっとも、この作品で示されている浴女の姿態は. と考えられるのである。. 伝統的な入浴の図像には求められず、むしろ硬直した ような足を持つ女性の図像との関わりが見られた。 《浴槽の裸婦》では浴女は浴槽の形態と深く結びつ. 4)画面の周縁部と枠取り. いている。彼の平面構成の問題において、浴槽の持つ 《浴槽の裸婦》 の周縁部には切断されたような人体. 造形的特徴が重要であったからである。また、切断さ. が見られる 。ボナールは制作の際、キャンバス地を. れた女性身体の図像は、性的イメージを喚起するもの. 木枠に貼ることなく、壁にピンで留めた状態で描き始. として近代絵画において比較的散見されたイメージで. めるという 。それは画面の枠、つまり作品の大きさ. あった。. を決めずに制作を始めるということである。 《浴槽の. 画面に登場するもう一人の人物は画家である。切断. 裸婦》において身体の断片化は、画面の切断によって. された人体の表象は画家の自画像としては他に類を見. なされている。上下、左右の周縁部は例えるならば鋏. ない。断片化した男性身体のイメージそのものが希少. で断ち切ったように切断されている。ここに、彼の周. であったなか、近代絵画においては逸脱した女性との. 縁部への関心が見て取れる。. 関わりのなかでそうした図像が描かれた。 《浴槽の裸. ピカソとブラックは分析的キュビスムにおける幾何. 婦》で表象された画家は、画面の端から中心に向かっ. 学的模様と画面の物理的な拡がりとの統合に困難を感. ていることが明らかであり、断片化した男性画家その. じ、1912 年に楕円形のキャンバスを考案した。 これ. ものの図像解釈は今後に待たれるものであるが、この. は従来の四角形のキャンバスでは四隅の処理が問題と. 作品における身体の切断は、画面の周縁部の処理と深. なることに対するひとつの答えでもある。. く関わるものであった。. ボナールは画面の周縁部に対する問題について独自. ボナールの平面構成は鏡を使った作品によって特徴. に試行錯誤を重ねた。 《浴槽の裸婦》 に見られるよう. 的なものとなった。彼は「現実」の世界と鏡のなかの. な周縁部の切断は、《庭に面した食堂》 ( 1931-32 年、. 描写を一致させることなく、鏡を用いてひとつの絵画. 挿図 10) にも見られる。 ここでも人体が画面の縁で. 空間に複数の平面を表し、ひとつの画面のなかで分離. 切断されている。. された空間の表象を可能にした。そうした試みは、彼. 画面の周縁部に対する深い関心は、後年のアメリカ. が実際に撮影した写真においても確認できる。. 抽象表現主義の作品にも見出せるかもしれない。 ロ. 鏡によって複数の平面空間を可能にしたことと同様. バート・マザウェル( Robert Motherwell,1915-1991). に、ボナールは家具や木の繁みを利用して画面を分割. の《レッド・ オープン No.1 》( 1970 年、 挿図 11). した。また、 《浴槽の裸婦》では浴槽の形態によって. では画面の上部で切断されたかのような矩形が表され. も画面分割が可能となった。. 32. 33. 23. ピエール・ボナール作《浴槽の裸婦》の作品解釈 ――モチーフと平面構成の関係について.
(10) 彼は絵画の周縁部の処理に関する検討を重ねるなか. 12 Garb, ibid.. で画面の縁を切断するような形で仕上げる手法をとっ. 13 Nochlin, op. cit., pp.62-67. 14 例えば、Newman, op. cit., p.12.. た。このことはキャンバスを木枠に張ることなく、作. 15ここで述べた自画像の問題については、 三浦篤「西. 品の周縁部を予め決定しないボナールの制作過程との. 洋絵画と自画像――そのタイプと歴史について」『自. なかで理解されるべき問題である。以上のような芸術. 画像の美術史』三浦篤編、2003 年、東京大学出版会、. 的探求を経て、ボナールは《浴槽の裸婦》において、. 1頁を参照されたい。. 表現方法を拡張した。. 16同書、115 − 118 頁を参照されたい。 17 Newman, op. cit. 18マラルメの半獣神に関しては Newman, ibid.,pp.11-12.. 註. また、大森達次「裸婦、あるいはニンフとしてのマ. 1 S asha M. Newman, ed., Bonnard, exh. cat., Musée. ルト」『アート・ ギャラリー 現代世界の美術 ボ. National d’Art Moderne, Centre Georges Pompidou, Paris,. ナール』集英社、1986 年、24 頁で展開されている解. 1984.. 釈を参照されたい。. 2 Ibid., p.166.. 19 Charles Bernheimer, Figures of Ill Repute: Represeting. 3 Linda Nochlin, “Bonnard’s bathers―Cover Story”, Art in. Prostitution in Nineteenth-Century France, Durham and. America, July, 1998, pp. 63-67,105.. London: Duke Unversity Press,1997, pp.175-181.. ま た、Nochlin, Bathers, Bodies, Beauty: The Visceral. 20 Ibid.. Eye, Harvard University Press, 2006. を参照されたい。. 21 Linda Nochlin, The Body in Pieces――The Fragment. 4 所 蔵 の 経 緯 に つ い て は、Suzanne Page , ed., Pierre. as a Metaphor of Modernity, Thames & Hudson, 1994,. Bonnard l’œuvre d’art, un arrêt du temps, Musée d’Art. pp.34-39. ; リンダ・ノックリン、「マネの《オペラ座. moderne de la Ville de Paris, Paris, 2006, p. 220. を参照. の仮面舞踏会》 」『絵画の政治学』 坂上桂子訳、 彩樹. されたい。. 社、1996 年、125 − 127 頁。. 5 S arah Whitfield, “ Fragments of an Identical World”,. 22 M aurice Denis, “Définition du néo-traditionnisme”,. Whitfield, ed., Bonnard, Harry N. Abrams, New York,. Théories, 1890-1910 : du symbolisme et de Gauguin vers. 1998, p.28.《 La première indication à remplir est une. un nouvel ordre classique, 4e éd., Rouart et Watelin, 1920,. propreté irréprochable. Un savonnage quotidien de tout le. p1.《 Se rappeler, qu’un tableau, avant d’être un cheval de. corps, pratiqués dans de bonnes conditions et suivi d’une. bataille, une femme nue ou une quelconque anecdote, est. friction un peu énergique. 》[ Quoted in Dr. Elisée Ribard,. essentiellement une surface plane recouverte de couleurs. Tuberculose est curable: Moyens de la reconnaître et de la. en un certain ordre assemblées. 》[ Quoted in Denis, Art. guérir. Instruction à l’usage des familles, 1901. ]. et critique, 1890, no. 65 / no.66. ]. 6 Julia Csergo, Liberté, égalité, propreté − La morale de l’. 23 S . Page, op. cit., pp.295-296.《 S’il était possible de. hygiénu au XIXe siècle, Albin Michel, 1988. [ 邦訳:ジュ. classifier les artistes par règnes, on pourrait dire que. リア・クセルゴン、『自由・平等・清潔 ―― 入浴の. la peinture de Monet est “végétale”, celle de Cézanne. 社会史』鹿島茂訳、河出書房新社、1992 年;19 世紀. “minérale”, celle de Bonnard “animale” comme elle de. 末に、 名声を誇っていたド・スタッフ男爵夫人の弁. Renoir.[…] chaque spectacle sera toujours nouveau à ses. 「水には一日の疲れをとる働きがあります。(・・・・・・). yeux. Il peint souvent les mêmes sujets. 》[Quoted in. そればかりか、体を清潔にすることによって、わた. Roger-Marx, Claude,“Pierre Bonnard, painter, illustrator,. したちの魂をより純粋なものにしてくれます」同書、. and portrayer of the elements of Parisian middle-class. 28 頁。 ]. life”, The Studio, vol.199, no.449, août 1930. ]. 7 A lain Corbin, Les filles de noce, Misère sexuelle et. 24 Denis, op. cit.. prostitution (19e et 20e siècles), Aubier Montaigne, 1978 .. 25ボ ナ ー ル の 日本美術 へ の 傾倒 に つ い て は、 例 え. [ 邦訳:アラン・コルバン、『娼婦』杉村和子監訳、. ば Nicholas Watkins, Bonnard, Phaidon Press, 1994,. 内村瑠美子、 国領苑子、 門田眞知子、 岩本篤子訳、. pp.22-33.; アンドレ・ フェルミジェ『ボナール』 木. 藤原書店、1991 年、121 頁。]. 島俊介訳、美術出版社、1969 年、16 頁。. 8 同書、46 頁。. 26 Note dans son agenda, 2 décembre 1935.《 Le principal. 9 同書、47 頁。. sujet, c’est la surface qui a sa couleur, ses lois, par-dessus. 10同書、47 頁。. les objects 》[Quoted in Antoine Terrasse, “Les notes de. 11 Nochlin, Art in America, pp. 63-67. ; Tamar Garb, “Tomb. Bonnard”, Bonnard (Les Classiques de XXe siècle), Centre. of the unknown bather”, Tate, Spring, 1998, pp. 34-37.. 論文. Georges Pompidou, 1984, p.191.]. 24.
(11) 27 André Lhote, “Les arts: à propos du jubilé du Salon d’. évolution fut plus rapide que nous. La société accueillit le. Automne――Bonnard”, La Nouvelle revue française, 1er,. cubisme et le surréalisme avant que nous eussions atteint. janvier, 1929, pp.133-134 .《 Dédaignant de plus en plus. ce que nous avions considéré comme notre but...Nous. le morcellement impressionniste des objets, Bonnard s’. nous trouvâmes suspendus dans l’espace en quelque. efforce de les rendre solidaires des formes architecturales. sotre. 》[Quoted in Ingrid Rydbeck, Chez Bonnard à. qui leur font un cadre quotidien […] . Matisse […]. Deauville, L’Echoppe, 1992 .] また、松浦寿夫「遠くに. représente le don dans ce qu’il a de fulgurant, de natif, de. あるものの近さ」『朝日美術館 西洋編 9 ボナール』. fatal. Bonnard représente le don également mais un don. 1997 年、76 頁を参照されたい。. latent, secret […] 》. ; S. Page, op. cit., p.295.. 31 《男と女》については、本論 3「画家の自画像」でも. 28ボナールは常に携帯している手帳にスケッチをして. 考察した。. いた。彼の手帳については Terrasse,op.,cit. を参照さ. 32 《浴槽の裸婦》で描かれている断片化された身体の問. れたい。. 題については、本論4「断片的身体」で考察した。. 29ボナールの彼らとの芸術的交流は深く、それは多く. 33松浦寿夫、前掲書、75 頁。. の手紙の交換があったことからも明らかである。. 34岡 崎乾二郎 は、 マ ザ ウ ェ ル の《 TheSiennaWall 》. J ean Clair, Correspondance, 1925-1946 / Bonnard,. ( 1972-73) に関して、 マティスの《コリウールのフ. Matisse, Paris, Gallimard, 1991. ; Antoine Terrasse,. ランス窓》(1914)を引き合いに出し、比較検討して. Correspondance / Bonnard, Vuillard , Paris , Gallimard,. いる。 http://correlative.org/exhibition/antinomie/red.html. 2001. 30 Georges Roque , La Stratégie de Bonnard ―― Couleur, Lumière, Regard, Gallimard, 2006, p.30.《 Quand. [ 付記 ] 本 稿は 2007 年に開催された第 58 回美学会全. mes amis et moi voulûmes poursuivre le travail des. 国大会ゼミナール「美学と文化多様性」 (於北. impressionnistes et tendre de le développer, nous. 海道大学) で口頭発表した内容に加筆・ 修正. cherchâmes à dépasser ceux-ci dans leurs impressions. したものである。. naturalistes de la couleur. L’art n’est pourtant pas la nature. Nous fûmes plus sévéres pour la composition. [...] Mais l’. 25. ピエール・ボナール作《浴槽の裸婦》の作品解釈 ――モチーフと平面構成の関係について.
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