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<論説>ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察 ─契約交渉の打ち切りを中心に─

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(1)ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. 論 説. ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察 ──契約交渉の打ち切りを中心に──. 大滝 哲祐 Ⅰ.はじめに わが国では、債権法改正(民法の一部を改正する法律(平成 29 年法律第 44 号) )により、 改正後の民法(以下「新法」とする)は、 新法 412 条の 2 第 2 項・ 415 条 2 項 1 号により、契約が原始的不能であっても無効とならなくなり、債 務不履行を理由とする損害賠償(履行利益の範囲)を認め、そのことを条文に 明記した 1)。原始的不能は、従来契約締結上の過失が問題となる類型の一つで. 1) (履行不能) 第 412 条の 2 2‌ 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第 415 条の規定 によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。 (債務不履行による損害賠償) 第 415 条 2‌ 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲 げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。 一 債務の履行が不能であるとき。 289.

(2) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). あり、その他の類型に、①契約の準備交渉にとどまった場合、②契約は有効に 成立したが、その交渉の段階で不正確な説明がなされたため、相手方が抱いた 給付に対する期待が裏切られた場合(説明義務違反ないし情報提供義務違反) 、 ③交渉段階での一方当事者の過失によって、相手方の身体・財産を侵害した場 合、の 3 つがあるとされる 2)。①~②について条文化が検討されたが最終的に 見送られた。 一方、ドイツは、2002 年のドイツ債務法現代化法(Gesetz zur Modernisierung des Schuldrecht)による改正によって、判例・学説上認められてきた契約締 結上の過失を、ドイツ民法 311a 条(原始的不能) ・311 条 2 項(契約交渉・説 明義務)として条文化した 3)。ドイツ債務法の改正過程については、契約締結 上の過失に限らず多くの文献 4)があるが、改正後のドイツにおける契約締結 上の過失の内容および解釈は現在どのようなものであるかについては比較的少 ないのではないか。ドイツの契約締結上の過失の現状を把握することにより、 わが国の新法後の解釈に示唆になり得るものがあるのではないか。 このような関心から、本稿では現行のドイツ民法 311 条 2 項における契約締 結上の過失の内容、すなわち、契約交渉の打ち切り(説明義務も一部含む)に ついて整理した上で、わが国での契約締結上の過失の解釈にとって示唆となり 2)本田純一「 『契約締結上 の 過失』理論 に つ い て」遠藤浩=林良平=水本浩[監修] 『現代 契約法体系 第1巻 現代契約の法理(1) 』 (有斐閣。1983 年)193 頁。 3)なお、ドイツ民法 311 条 3 項は、自らが契約当事者とならない第三者の責任を定める。 4)ド イツ債務法改正の経緯については、 『西ドイツ債務法改正鑑定意見の研究』 (法政大学 出版局、1988 年) 、下森定・岡孝[編] 『ドイツ債務法改正委員会草案の研究』 (法政大学 出版局 1996 年) 、小林一俊『錯誤・原始的不能と不履行法』 (一粒社、1996 年) 、岡孝[編] 『契約法における現代化の課題』 (法政大学出版局、2002 年) 、半田吉信『ドイツ債務法現 代化解説』 (信山社、2003 年) 、同『ドイツ新債務法と民法改正』 (信山社、2009 年) 、契 約締結上の過失全般については、 川角由和「ドイツ債務法の現代化と『契約締結上の過失』 (culpa in contrahendo) 」川角由和・他編『ヨーロッパ 私法 の 動向 と 課題』 (日本評論社、 2003 年)211 頁以下、などがある。 290.

(3) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. 得るものを探ることにしたい。 なお、契約締結上の過失の類型である原始的不能、契約交渉の打ち切りおよ び説明義務は、現在ではそれぞれ大きな分野となっているため、本稿では契約 交渉の打ち切り(説明義務も一部含む)の考察にとどまることをあらかじめお 断りしておく 5)。また、ドイツ民法(旧ドイツ民法を含む)の条文については、 文末の条文資料としてまとめたので参照されたい。. Ⅱ.‌ドイツにおける契約締結上の過失(契約交渉の打ち切り(および説 明義務) ) 契約締結上の過失(契約交渉の打ち切り(および説明義務) )は、ドイツ 民法 311 条 2 項に規定されている。主に注釈(Münchener Kommentar zum Bürgerlichen Gesetzbuch)に依拠しつつ、概要・要件・効果等を概観する。. 1.概要 ドイツ民法 311 条 2 項によると、債務関係は、ドイツ民法 241 条 2 項の義務 とともに、契約交渉の着手(2 項 1 号)により生じる。3 項の規定は、その債 務関係が自身が契約の当事者とならないであろう者にも発生する可能性のある ことを追加している 6)。 5)債権法改正の経緯における契約締結上の過失の議論に関しては、契約交渉の不当破棄に ついては、 拙稿「債権法改正と契約交渉の不当破棄-到達点と今後の課題」 (法学研究(北 海学園大学)54 巻 3 号 95 頁以下(2018 年) ) 、原始的不能に関しては、拙稿「債権法改正 における原始的不能と損害賠償―今後の解釈の方向性」 (法学研究(北海学園大学)55 巻 2 号 293 頁以下(2019 年) )で検討している。契約締結過程における説明義務・情報提供 義務については、次回検討することを予定している。 6)‌Wolfgang Krüger, Münchener Kommentar zum Bürgerlichen Gesetzbuch Bd.3, 8. Auflage 2019, §311, Rn. 35. 291.

(4) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 契約締結上の過失は、イェーリング(Jhering)の契約締結上の過失に関す る有名な論文 7)を基礎とみなしている 8)。もちろん、これが現在の契約締結上 の過失の問題の全てに妥当するわけでなく、当時イェーリングは、少なくとも 今日のその他の契約締結上の過失が妥当する場合を把握しておらず、むしろ、 彼は、取消後の錯誤者、代理権のない代理人、存在しないものの売主などの責 任の類型化を問題とし、その場合において、当事者の一方が他方に消極的利益 の責任を負わなければならないというイェーリングの観点は、ドイツ民法典の 起草者に、少なくとも契約締結上の過失の責任を法律に規定する限りで(ドイ ツ民法 179 条、旧ドイツ民法 307 条) 、当時受け入れられたが、起草者は、そ の他の規定は断念し、他の場合において契約締結上の過失の責任を考慮するか どうかについて、学説と実務の判断に委ねることになったという 9)。 ドイツの不法行為法のよく知られている弱点は 10)、民法典の発効からわず か数年後に、裁判所により法創造が行われた 11)。裁判所は、当初後続の契約 の一種の先行効果で切り抜けたが 12)、その後、契約締結上の過失による責任 は一貫して、契約交渉の着手によって既に確立された「法定」債務関係に基づ 7)Rudolf von Jhering, Culpa in contrahendo oder Schadensersatz bei nichtigen oder nicht zur Perfection gelangten Verträgen. in: Jahrbücher für die Dogmatik des heutigen römischen und deutschen Privatrechts. Band 4, 1861, S. 1 ff. 8)‌Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 36. なお、法律として、契約締結上の過失が登場し たのは、1794 年のプロイセン一般ラント法(Allgemeines Landrecht für die Preußischen Staaten(ALR))のⅠ部 5 章 284 条であり、 「契約履行時の責任の程度について合法的なこ とは、契約当事者の一方が、契約の締結時に彼に課せられた義務を怠った場合にも当て はまる。 」という内容の規定であった。 9)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 36. 10)‌第一次的財産損害 に 対 す る 一般的 な 責任、被害者 の 完全 な 立証責任 と 同様、被用者 (Verrichtungsgehilfe)の無限責任がないことであるという。 11)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 38. 12)RGZ 78, 239 (240); 95, 58 (60); 103, 47 (50); aufgegeben durch RGZ 107, 357 (362). 292.

(5) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. いており、取引の相手方に対する通常の注意義務となった 13)。 契約交渉の過失に対する責任(契約締結上の過失)は、ドイツ民法 241 条 2 項に関連するドイツ民法 311 条 2・3 項という法律の規定であるため、契約前 の段階での義務違反に対する責任であるドイツ民法 311 条 2・3 項の要件は、 法律から発生するということになる 14)。しかし、この状況は、契約締結上の 過失による責任の根本思想が問題となり、この根本思想の最も明確で可能な 精緻化のみが、ドイツ民法 311 条 2・3 項の範囲での契約締結上の過失のさら なる発展のための基準を提供するのに適しているという 15)。これに関連して、 契約締結上の過失の責任を今日考慮できる最も重要な類型と結びつけて、これ らの類型を 1 つ以上の根本思想まで遡ることができるかどうかを検証する必要 があり、すでに契約締結前の段階にある一般的な取引安全義務違反は、例えば、 根拠のない契約交渉の打ち切りによる契約の有効性への有責の妨害であり、同 じく説明義務違反であるという 16)。 これらの類型は、一見してほとんど共通性がなく、特に、交渉中の(将 来可能性のある)契約の相手方の権利および法益の保護の安全義務違反は、 一般的な見解では不法行為法に属する類型を明らかに形成する 17)。契約締 結上の過失の類型の多くの説明方法のうち、近年多くの場合、特にバラー ステッド(Ballerstedt)18)とカナリス(Canaris)19)に遡る見解を発見できると 13)BGHZ 6, 330 (333) = NJW 1952, 1130. 14)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 39. 15)Fleischer, Informationsasymmetrie im Vertragsrecht, 2001, 417; Erman/Kindl Rn. 15. 16)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 39. 17)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 40. 18)‌Kurt Ballerstedt, Zur Haftung für culpa in contrahendo bei Gescäftsabschluss durch Stellvertreter, AcP 151 (1950/1951), 501. 19)‌Canaris, Vertrauenshaftung, 1971; Canaris FS Larenz, 1983, 27; Canaris FG 50 Jahre BGH, Bd. I, 2000, 129, 176 (191 ff.); Canaris AcP 200 (2000), 273 (304 ff.); Canaris FS Schimansky, 1999, 43 (49 ff.). 293.

(6) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). いう 20)。いずれにせよ、説明は通常、契約締結上の過失に対して特別な信 頼の主張および付与という見解によって見積もられた多くの類型化を指す が、法的に特別に拘束される範囲において一般的な説明責任の見解として 議論で繰り返し紹介されるという 21)。しかし、このような説明は、完全に 網羅的ではなく、契約締結上の過失の様々な場合を単一の法的な基本原則、 つまり、統一された責任根拠に還元する試みは、この発見を考慮して放棄 されなければならないという 22)。理由として、確かに、多くの場合におけ る信頼の考慮は、契約締結上の過失の法制度のさらなる発展を導いてきた が、それ自体では、法制度の現在の重要性を説明するだけで不十分であり、 むしろ、他の法的見解も明らかにこの責任に含まれており、一般的な法益 の保護に加えて、消費者保護、投資家保護、そして例外的な場合には、経 済的弱者の保護が言及されているからであるという 23)。. 2.要件 (1)総論 契約締結上 の 過失 の 成立要件 と し て、ド イ ツ 民法 311 条 2 項 は、契約 交渉 の 着手(1 号) 、契約 の 用意(2 号) 、法律行為類似 の 接触(3 号)を 定めている。さらに、ドイツ民法 241 条 2 項の保護ないし配慮義務が必要であ り、ドイツ民法 311 条 2 項の 3 つの構成要件は互いに不明確で議論があるとい う 24)。立法者は、それらを一見して明確に区別可能な事実とみなし、それら 20)‌Breidenbach, Die Voraussetzungen von Informationspflichten beim Vertragsschluß,1989, 47 ff.; Bohrer, Die Haftung des Dispositionsgaranten, 1980, 78, 267 ff.; V. Lang AcP 201(2001), 451 (536 ff.); A. Schulze JuS 1983, 81; Hans Stoll FS v. Caemmerer, 2000, 435 (455 ff.)、などに見られるという。 21)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 40. 22)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 41. 23)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 41. 24)Begr. RegE, BT-Drs. 14/6040, 163 li. Sp. 294.

(7) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. は全体として関連するすべての類型に及び、契約の用意(2 項 2 号)が、より 特別な場合として契約交渉の着手(2 項 1 号)を含むことは、深刻な問題はな いという 25)。さらに、受皿的構成要件という意味で 2 項 3 号(法律行為類似 の行為による接触)が独立した重要性を持っているかどうかは未解決であるが、 2 項 3 号に戻らず責任を負ういくつかの特殊な状況で示されるように、契約締 結上の過失から厳格に根拠付けることに、原則として肯定的であり、さらに、 2 項 3 号は、契約締結上の過失の適用が常に取引上の接触を要件としている点 が重要である一方、他の取引上または契約上だけでなく、単に「社会的な」接 触だけでは不十分であるため、基本的構成要件は、ドイツ民法 311 条 2 項 2 号 (契約の用意)であるという 26)。 (2)契約交渉の着手(2 項 1 号) ドイツ民法 311 条 2 項 1 号の意味での契約交渉の着手は、実際の手順、すな わち、必ずしもドイツ民法 145 条に基づく申請書の形式での意思表示の提出と は限らず、むしろ、その他すべての法律行為上の接触の形式が把握されるとい う 27)。しかし、それは常に「交渉」に関するものでなければならず、したがっ て両当事者の手順である必要がある 28)。 議論があるのは、拘束力のない交渉における法的状況であり、共通の経済的 利益を調査することを唯一の目的として、場合によってはそのような利益を見 つけた後、契約の締結に関する交渉に着手することである。このような(探索 的)交渉は、1 号の意味における契約交渉の反対であり、したがって、2 号の 追加要件の下でドイツ民法 241 条 2 項の意味の範囲内でのみ義務を発生させる 25)Bamberger/Roth/Sutschet Rn. 44; Erman/Kindl Rn. 19; Palandt/Grüneberg Rn. 22 ff. 26)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 42. 27)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 43. 28)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 43. 295.

(8) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). ことができるという 29)。 (3)契約の用意(2 項 2 号) 。 ドイツ民法 311 条 2 項 2 号によれば、1 号の意味での契約交渉の着手を除き、 契約前の段階でドイツ民法 241 条 2 項に従って義務を根拠付ければ十分であ り、または、 「契約交渉当事者の一方が何らかの法律行為的な関係を考慮して、 相手方に対し同人の権利、法益および利益(ドイツ民法 242 条 2 項の意味にお いて)に影響を及ぼす可能性を与えたこと、または、同人にその可能性を委ね る契約締結の用意」である 30)。 これらの関係は、法律行為上の接触を促進するための交渉の開始の場合、特 に事業所での交渉の開始において特に顕著であるという。ここでは、単に事業 所が契約交渉のための扉を開くことを目的として一般に開放されているため、 事業所に入る当事者が具体的な購入意思を持っているかどうかは考慮できず、 ドイツ民法 311 条 2 項 2 号の適用については、潜在的な顧客が事業所を訪問す る場合、原則としてそれで十分であり、誰が部屋の賃借人であるかは関係なく、 31) 全体状況により、 法律行為上の接触がこの部屋で発生し、 また、 保護には、 (潜. 在的な)顧客の同行者、特に大人と同行する子供も含まれるという 32)。 契約の用意の承認は、後の契約関係の可能性を検討するための予備的な協議 を開催するだけでも十分であり、 契約締結の申込書の提出(ドイツ民法 145 条) 、 常に他方当事者の法的および利害領域に影響を及ぼす可能性があることが要件 となる 33)。したがって、特に企業間の関係において、ドイツ民法 241a 条の特 別規定が適用されない限り、2 項 2 号または 2 項 3 号に注文していない商品の 29)Bamberger/Roth/Sutschet Rn. 45; Erman/Kindl Rn. 20. 30)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 45. 31)BGHZ 196, 340 Rn. 20 ff. = NJW 2013, 3366. 32)Palandt/Grüneberg Rn. 23. 33)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 47. 296.

(9) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. 発送を含めることもできるという(ドイツ民法 14 条、B2B(企業間の電子取 引) )34)。 (4)法律行為類似の接触(2 項 3 号) 。 ドイツ民法 311 条 2 項 3 号によれば、債務関係は、最終的に「法律行為類似 の接触」によるドイツ民法 241 条 2 項の義務が発生する 35)。立法者は、この広 範囲にわたる構成要件の場合、法律行為のような性格を備えた好意的関係、ま たは第三者に有利な保護効果などの特異な類型化を抱えており、法律行為また は法律行為類似の好意的関係の観点から、銀行情報を考慮する必要があるとい う 36)。投資仲介者または投資顧問が顧客の同意を得て銀行から顧客の財務状況 に関する情報を受け取った場合、ドイツ民法 311 条 2 項 3 号およびドイツ民法 241 条 2 項に従って情報を慎重に処理し、特に誤用してはならないとされる 37)。 (5)義務 ドイツ民法 311 条 2 項 1~3 号により契約締結上の過失による債務関係が形 成される場合、両当事者は、他方を保護するために、ドイツ民法 241 条 2 項で 規定された保護ないし配慮義務を満たさなければならないという 38)。その義 務は、一方当事者が他方の当事者に権利、法益、利益に影響を与える機会を付 与するか、または委託することにより、契約の交渉から生じる、またはそれを 通じて生じる危険に対処することになる(ドイツ民法 311 条 2 項 2 号)39)。現 実的にこの影響の可能性が発生することで充分であり、このようにして、法的 34)Bamberger/Roth/Sutschet Rn. 48; Erman/Kindl Rn. 21. 35)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 48. 36)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 48. 37)BGH NZM 2012, 631 Rn. 17 f. 38)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 50. 39)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 50. 297.

(10) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 関係に関与する当事者の権利、法益、および利益は包括的に保護され、それら の権利と利益の範囲全体が、財産利益、つまり処分や選択の自由を含む制限を 受けないという 40)。また、この義務に基づく返還義務は、特に、一方の当事 者が契約交渉の過程で、または無効な契約に基づいて、他方の当事者に資産を 譲渡する場合に考えられ―契約交渉の挫折または契約の無効のため―、現実に 返還する必要があるという 41)。契約締結上の過失は第一次的給付義務を伴わ ない法定債務関係であるのに対し、反対は給付義務であり、これは締結された 契約(ドイツ民法 311 条 1 項)からのみ発生するという 42)。. 3.効果 ドイツ民法 311 条 2 項・3 項およびドイツ民法 241 条 2 項に基づく契約締結 上の過失の義務違反の法的効果は、主にドイツ民法 249─253 条に関連してドイ ツ民法 280 条 1 項から生じ、契約が実際に後で締結されるかどうかに関係な く、損害を被った者は、原則として、契約交渉中(ドイツ民法 311 条 2 項)に 他方当事者に義務違反なく自分が現在存在するようにすることを原則的に要 求することができるという(ドイツ民法 249─253 条)43)。したがって、契約締 結上の過失による損害を被った者の賠償請求は、ドイツ民法 311 条 2 項・3 項 およびドイツ民法 241 条 2 項から生じる義務に対する他方当事者の違反、およ. 40)Begr. RegE, BT-Drs. 14/6040, 126 li. Sp., BT-Drs. 14/6040, 163 li. Sp. u. 例 と し て、取引安 全義務、 (未成年者等の)監督義務、釈明義務や情報提供義務と同様に他方当事者に対 する顧慮義務(ドイツ民法 241 条 2 項、242 条)を挙げている。 41)Fr. Peters AcP 205 (2005), 159 (169 ff.). 42)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 50. 43)‌BGH NJW 2013, 450 Rn. 16=WM 2013, 24; Palandt/Grüneberg Rn. 54; Schwarze Leistungsstörungen § 33 Rn. 47 ff.; Staudinger/Feldmann, 2018, Rn. 173 ff.; Wiechers/ Henning WM-Beil. 4 zu Heft 47/2015, 17 ff. 298.

(11) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. び請求者の損害を前提としている 44)。すなわち、義務違反および被った損害、 そして因果関係であり(ドイツ民法 280 条 1 項、ドイツ民法 276 条、ドイツ 民法 249─252 条) 、損害を被った者の賠償請求は、必ずしもそうとは限らない が、ほとんどの場合、他方当事者の義務に基づく行為が利益をもたらさないか、 またはまったくもたらさない限り、消極的利益(信頼損害)に向けられると いう 45)。ドイツ民法 122 条 1 項 2 本文およびドイツ民法 179 条 2 項 2 本文は、 該当する適用(争いあり)さえも見つけられないため、損害を被った者の賠償 請求は、積極的または履行利益に限定されないという 46)。損害を被った者が 消極的利益の代わりに積極的利益を要求できるかどうかの問題は、他方当事者 の義務違反がなければ、実際よりも有利な契約の締結ができたと証明した場 合であり、間接的な契約上の義務のリスクに関してしばしば否定されるとい う 47)。 義務違反と損害との間の必要な因果関係は、 たとえば、 契約の真の状態を知っ ている「損害を被った者」が保持し、現在は費用のみを負担している場合 48)、 または彼が職業上の責任がある場合、専門家の報告書の正確性について疑いは あるが、それでも契約の締結までは自由に進展する 49)。なぜなら、彼は最終 的に購入に関して誤った助言のリスクを負うからである 50)。 44)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 200. 45)‌BGHZ 168, 35 Rn. 21=NJW 2006, 3139; Staudinger/Feldmann, 2018, Rn. 174 f.; Staudinger/ Schwarze, 2014, § 280 Rn. C 37 ff.; Wiechers/Henning WM-Beil 4 zu Heft 47/2015, 17 ff. 46)‌BGHZ 49, 77 (82) = NJW 1968, 547; BGH NJW 1965, 812; 1988, 2234; 2001, 2875 = NJW-RR 2001, 1302; VersR 1962, 562; Erman/Kindl Rn. 25, 36; Palandt/Grüneberg Rn. 57; – anders Gottwald JuS 1982, 884; Hans Stoll FS v. Caemmerer, 1978, 438 (451 f.); Staudinger/ Feldmann, 47)Staudinger/Löwisch/Feldmann, 2011, Rn. 175 mN. 48)BGH WM 1981, 308. 49)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 202. 50)BGH NJW 2001, 512. 299.

(12) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 契約締結上の過失に基づく損害賠償責任の最後の要件は、義務付けられた当 事者が、ドイツ民法 311 条 2 項・3 項に基づく義務のいずれかの違反に対して、 ドイツ民法 241 条 2 項に関連して、ドイツ民法 276─278 条に関連した責任を負 うことであるという(ドイツ民法 280 条 1 項)51)。債務者は、他の方法で証明 されるまで責任があると想定されているため、債務の立証責任は債務者が負い、 特別な強調が必要な場合、それが(例外的に)義務を負う当事者に故意がある 場合にも適用されるという 52)。 契約締結上の過失の債務者の賠償義務は、他方当事者に双方過失がある場合 (ドイツ民法 254 条)に減額される。この場合、判例は、非常に慎重である 53)。 特に、契約前の情報または助言義務の違反の場合、義務のある当事者は、損害 を被った者が間違った助言を受けているため責任があり、また、投資家が自分 を信じたことを「非難」した場合、助言者は違法に行動したため、不完全な情 報を信頼したことを理由に、通常、控訴する権利を拒否される 54)。投資家が 投資顧問の推薦にのみ依存している場合、目論見書を読むことを省略しても、 重過失の責任を正当化するものではない 55)。したがって、投資の場合、通常、 投資家の過失の原因となる異議は依然として不成功のままであるという 56)。. 51)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 203. 52)BGH NJW 2009, 2298 Rn. 12; Wiechers/Henning WM-Beil. 4 zu Heft 47/2015, 47, 23. 53)‌BGHZ 99, 101 (109) = NJW 1987, 639; BGH NJW 1972, 822; WM 1974, 687; NJW-RR 2000, 989; NJW 2013, 450 Rn. 25; NJW-RR 2015, 1180 Rn. 13 f. = WM 2015, 569; Wiechers/ Henning WM-Beil. 4 zu Heft 47/2015, 21 f. 54)‌BGH WM 1971, 74; 1965, 287; NJW 2010, 3292 Rn. 21, 29 ff.; NJW-RR 2015, 1180 Rn. 13 f. = WM 2015, 569. 55)BGH NJW 2010, 3292 Rn. 29 ff. 56)‌OLG Karlsruhe NJW-RR 1988, 1237; WM 1992, 1101 (1103); OLG Köln NJW-RR 1992, 278 (280). 300.

(13) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. 4.契約交渉の打ち切りの場合 ここでは、契約の有効性の妨害の問題として、特に契約交渉の打ち切りに関 して言及する。 契約交渉の当事者は通常、契約交渉において相反する利害関係を有しており、 したがって(正当に)彼らの利益を気にしているが、お互いに信義誠実であり、 他の当事者の権利ないし利益に対して顧慮する義務がある(ドイツ民法 311 条 2 項、ドイツ民法 241 条 2 項、ドイツ民法 242 条)57)。特に、他方当事者は、 契約の締結について誤った考えを生じされてはならず、無効の原因をできる 限り避けなければならないという 58)。基本的には自身のリスクで行動するが、 元々当事者が求めていたが実際にはまだ完了していない契約に関して支出を行 うので、彼はすでに行われた現在の根拠のない費用の賠償を要求することはで きないという 59)。契約の最終的な結論と相反する障害について、契約交渉中 に一方の当事者が他方に通知しなかったと非難される場合、契約締結に対する 彼の信頼は根拠がないという 60)。一方で、契約の締結の要求を受け入れるか、 契約の更新に同意する決定の単なる遅延は、他の当事者が要求の早期決定に依 存するという黙示の主張を持たない限り、契約締結上の過失の責任を生じさせ ないという 61)。 当事者がまだ交渉している限り、拘束力のある関係はないため(ドイツ民法 154 条 1 項) 、期待される契約締結を信頼して支出を行っているにもかかわら. 57)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 174. 58)‌BGHZ 99, 101 (106 ff.) = NJW 1987, 639; Schwarze Leistungsstörungen § 33 Rn. 40 ff.; M.Weber AcP 192 (1992), 390 ff. 59)BGH WM 2008, 491 Rn. 20; M. Schwab JuS 2002, 773 (775 ff.). 60)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 174. 61)Palandt/Grüneberg Rn. 35. 301.

(14) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). ず、基本的に各当事者が各自のリスクで行動する 62)。その結果、原則として、 相手方が予期せずに交渉を打ち切ったとしても、一方当事者は相手方にこれ らの費用の賠償を要求することはできないが、契約交渉の「打ち切り」が契約 交渉の開始からすでに生じている顧慮義務違反と見なされる場合は例外で、他 方当事者において、まもなくの契約締結への正当な信頼が正当化されるからで ある(ドイツ民法 311 条 2 項、ドイツ民法 241 条 2 項、ドイツ民法 242 条)63)。 特に、自分の意思または契約締結能力に関する誤解を他方当事者が形成または 維持することになり、これは特に、契約締結の意思が欺罔されている場合 64)、 または契約締結の意思を放棄した直後に相手に通知されず、そうでなければ発 生しなかった費用が発生する場合に当てはまる 65)。連邦通常裁判所によると、 一方当事者が他方当事者に対して、契約の締結が確実に行われるという印象を 与え、その後、正当な理由なく交渉を打ち切るという印象があるという 66)。 損害賠償責任は、当事者がすでに将来の契約のすべての点について合意した ことを前提とはしていないが、交渉がすでに進行しているほど賠償責任は当然 重くなる 67)。交渉の失敗が予想されることが合理的である場合 68)、費用を出 62)‌BGH WM 2008, 491 Rn. 20; NJW 2013, 928 Rn. 7 f.; öOGH SZ 49 (1976) Nr. 94, 452 (455 ff.)= JBl. 1977, 315 ─ Golddukaten-Fall; OLG Dresden ZIP 2001, 604 f.; M. Schwab JuS 2002, 773 (775 ff.). 63)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 176. 64)‌BGH NJW 2013, 928 Rn. 11; OLG Stuttgart BB 1989, 1932; WM 2007, 1743 (1744 f.); OLG Koblenz BB 1992, 2175; AG München ZMR 2014, 295 (296). 65)‌Vgl. R. Singer, Das Verbot widersprüchlichen Verhaltens, 1993, 268 ff.; Wertenbruch ZIP 2004,1525 (1528 f.). 66)‌BGHZ 76, 343 (349) = NJW 1980, 1683; BGHZ 92, 164 (175 f.) = NJW 1985, 1779; RGZ 104,265 (267); 132, 26; 143, 219; 151, 357 (359); BGH NJW-RR 2001, 1524; NJW 2004, 3779(3781); 2006, 1963 Rn. 9 = NZM 2006, 509; NJW 2013, 928 Rn. 7 f.;Schwarze Leistungsstörungen § 33 Rn. 42; Staudinger/Feldmann, 2018, Rn. 143 ff. 67)LG Hamburg NZM 2013, 758. 68)OLG Düsseldorf ZMR 2000, 23 f. 302.

(15) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. した者自身がまだ契約の締結を保留している場合などは、交渉を打ち切った当 事者の契約締結上の過失による責任の余地はないという 69)。一般に、想定さ れる合意の本質的な点について合意に至らなかった場合、契約締結上の過失に よる当事者の責任の余地はなく、その結果、各当事者はそれを恐れずにその決 定において自由であり続けるのであり、交渉が挫折した場合、相手方は、今で は役に立たないと予想される支出を賠償する必要がある 70)。契約交渉の打ち 切りによる契約締結上の過失からの賠償請求には、消極的利益のみが含まれる が、積極的利益は含まれず、後者は、契約締結上の過失による契約上の義務に 相当するからであるという 71)。 契約締結上の過失による損害賠償請求は、ドイツ民法 241 条 2 項、ドイツ民 法 311 条 2 項、ドイツ民法 280 条 1 項、ドイツ民法 276 条、ドイツ民法 249 条 およびドイツ民法 284 条によると、原則として、それぞれの義務当事者が契約 前の権利に違反することを費用の払戻しに向けた場合、契約交渉の根拠のない 終了のための賠償請求については、議論の余地がある 72)。例えば、ドイツ民 法 122 条と同様に、契約前の説明ないし警告義務違反に対する過失に基づかな い信頼責任についてはそれほど問題にならないという見解がしばしばある 73)。 しかし、実際、ドイツ民法 280 条 1 項およびドイツ民法 276 条から逸脱する理 由が特定できないため、契約交渉の根拠のない打ち切りに対する相手方の無駄 69)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 178. 70)BGH NJW-RR 2001, 381. 71)‌BGH WM 1968, 1402; 1981, 787 (788); NJW-RR 1988, 288; 2001, 1524 (1525); OGH SZ 49(1976) Nr. 94, 452 (455) = JBl. 1977, 305; Schwarze Leistungsstörungen § 33 Rn. 47;Staudinger/ Feldmann, 2013, Rn. 175 ff. 72)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 182. 73)‌Canaris FG 50 Jahre BGH, Bd. I, 2000, 129 (181 f.); R. Singer, Das Verbot widersprüchlichen Verhaltens, 1993, 268, 279, 303 ff.; M. Weber AcP 192 (1992), 390 (399, 427 ff.). 303.

(16) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). な費用に対する責任は、実際には過失を前提にしているという(ドイツ民法 311 条 2 項、ドイツ民法 241 条 2 項、ドイツ民法 280 条 1 項・2 項、ドイツ民 法 276 条 1 項)74)。. Ⅲ.考察 ここでは、Ⅱで述べた内容を整理しつつ、考察する。. 1.概要 ドイツの契約締結上の過失は、ドイツ民法 311 条 2 項(契約交渉・説明義務) に規定されているため、法律の条文に根拠のある制度である。したがって、当 然のことながら、その法的性質は債務不履行の性質を有し、争いのあるわが国 とは異なる 75)。また、契約締結上の過失は、イェーリングの論文が基礎となり、 彼が当時問題としていた取消後の錯誤者、無権代理人、存在しないものの売主 などの責任の類型化を問題とし、ドイツ民法典の立法者に一部採用されたが、 その場合において、当事者の一方が他方に消極的利益の責任を負わなければな らないとしたが、その他の場合に契約締結上の過失の責任を考慮するかどうか について、学説と実務の判断に委ねることになり、早くから判例による法創造 が行われ、取引の相手方への通常の注意義務となった 76)。現行のドイツ民法 74)Münchener Kommentar(脚注 6), Rn. 182. 75)わが国では、債務不履行、不法行為または信義則に基づくとする3つに分かれる。 76)‌そ の 嚆矢 と なった ラ イ ヒ 裁判所(Reichsgericht)の 判例(RGZ 78 239) (脚注 12)は、 リノリウム絨毯の販売に応対した売主は、原告が指定した絨毯を持って来たが、絨毯が 倒れて原告とその子供が転倒し怪我をさせてしまったが、売買は成立していなかったと いう事案で、 「売主と買主が提示され検査されたときに支払義務を負うため、契約のよ うな性格を有する当事者間の法的関係の購入の準備は契約上の義務を生じさせ、他方当 事者の健康と財産に対する十分な注意を払わなければならない」と判示した。また、連 304.

(17) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. では、不能の概念そのものは残ったが、 「原始的に不能な契約は無効である」こ とをドイツ債務法現代化法によって、旧ドイツ民法 306 条ないし 309 条を削除 し、ドイツ民法 311a 条 1 項で「契約締結の際にすでにその給付が妨げられてい ることによって、契約の効力を妨げない。 」と否定している。むしろ、契約交渉 の打ち切り、特に説明義務が今日の主要な論点になっていると考えられる 77)。 この点に関しては、わが国の新法 412 条の 2 第 2 項・415 条 2 項 1 号が原始 的不能であっても契約が無効とならなくなったことと共通し(債権法改正に際 し、ドイツ民法 311a 条以下の規定を参考とした) 、条文化は見送られたものの、 契約交渉・説明義務の問題が近年主要な論点となっていることとも共通すると もいえる 78)。 ドイツ民法 311 条 2 項は、契約交渉の打ち切りおよび説明義務が契約締結 前を問題としていることから、両者の要件が共通している。契約交渉の打ち 切りと説明義務は、一見すると共通性がないが、近年多くの場合、特にバラー ステッドとカナリスの見解に発見することができ、それは契約締結上の過失 に対して特別な信頼の主張および付与という見解であるという。バラーステッ ドは、信頼を付与することによる義務拡張は、体系的に正しいように思える とし、一方当事者の側では、誠実さとその社会の現象形態に従って、信頼を 邦通常裁判所(Bundesgerichtshof)に も 類似 の 判例(BGH LM Nr. 13 zu §276 [Fa] = NJW 62 31)があり、デパートの顧客が、床に横たわっているバナナの皮に滑り転倒し たという事案で、契約を結ぶことを目的としてデパートが支配する領域に入る人は誰で も、 「彼がデパートに入った瞬間から彼個人の安全を契約上保護される権利」を有する と判示した。 77)‌例えば、本稿で主に依拠した注釈(脚注 6)では、説明義務に関して、売買・賃貸借の みならず、銀行、投資や目論見書など多くの頁を割いて解説している。 78)‌比較的近年の判例において、契約交渉に関しては、最判平 18・9・4(判時 1949 号 30 頁) 、 最判平 19・2・27(判時 1964 号 45 頁) 、説明義務に関しては、最判平 17・7・14(民集 59 巻 6 号 1323 頁) 、最判平 23・4・22(民集 65 巻 3 号 1405 頁) 、最 判 平 25・3・7(集 民 243 号 51 頁) 、最判平 28・3・15(集民事 252 号 55 頁) 、などの最高裁判決がある。 305.

(18) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 高めることができる行動、他方当事者の側では、これに対する正確な信頼を 付与する行動の 2 つの事実があるという 79)。しかし、契約締結上の過失のさ まざまな場合を単一の法的な基本原則、つまり、統一された責任根拠に還元 する試みは、この発見を考慮して放棄されなければならないとの指摘があり、 一般的な法益の保護に加えて、消費者保護、投資家保護などが言及されてい ることを理由にする。 契約交渉の打ち切りと説明義務は、両者とも契約締結前に生じる問題である ので、信頼付与を責任根拠の一つして考えられるとしても、特に説明義務が問 題となる場面では、一般的な法益の保護以上のことも考慮が必要であろうとい う指摘はもっともであると考えられる。わが国でも両者の責任根拠が究極的に 信義則に基づくものであることに争いはないものの、適用場面、考慮要素や損 害賠償の範囲など信義則だけでは十分に説明できないと考えられるので、ドイ ツ民法のこのような動きはわが国の解釈において参考となろう。. 2.要件 ドイツ民法 311 条 2 項は、契約締結上の過失が成立する要件として、契約交 渉の着手(1 号) 、 契約の用意(2 号) 、 法律行為類似の接触(3 号)を定めている。 さらに、ドイツ民法 241 条 2 項の保護ないし配慮義務が必要である。2 項各号 の 3 つの要件の関係が不明確であるが、法律行為類似の行為による接触が受皿 的構成要件として独立した重要性を有しているかは、原則として肯定できると いう。しかし、単に「社会的な」接触だけでは不十分であるため、基本的構成 要件は、ドイツ民法 311 条 2 項 2 号(契約の用意)であるという。契約交渉の 着手は、契約交渉をするための「交渉」である必要があり、契約の用意は基本 的構成要件であるため、広く解釈する必要があり、法律行為類似の接触は、法. 79)Ballerstedt(脚注 18), S. 507. 306.

(19) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. 律行為のような性格を備えた好意的関係、または第三者に有利な保護効果など の特異な類型化を抱えており、慎重な処理が要請される場合があるという。 さらに、ドイツ民法 311 条 2 項各号により契約締結上の過失により債務関 係が形成される場合、両当事者は、他方当事者を保護するために、ドイツ民 法 241 条 2 項で規定された保護ないし配慮義務を満たさなければならないとい う。ドイツ民法 241 条 2 項は新設された規定であり、 特に契約締結上の過失(ド イツ民法 311 条 2 項)との関係が問題となる。 ドイツ民法 241 条 2 項の債務関係は、 (現状の変化に適合した)給付義務を 債務者に負わせることができる(付随義務・保護義務)80)。しかし、ドイツ民 法 241 条 2 項は独立した請求原因ではなく、それぞれの義務およびその他の規 範に関連してはじめて重要性を増すのである 81)。ドイツ民法 241 条 2 項はド イツ民法 311 条 2 項でも言及されており、契約締結前の債務関係を規定し、ド イツ民法 241 条 2 項の意味での義務がそのような関係にも存在する可能性があ ることを明確にしているという( 「契約締結上の過失」 )82)。保護義務は、他方 当事者のその他の法益を保護する義務であり、主たる給付を準備、保護、およ び保証するさまざまな付随義務と区別する必要がある 83)。保護義務は、債権 者の絶対権(保護された権利)と法益(財産権、健康など)の完全性に役立つ だけでなく、彼の財産上の利益の保護にも役立つことが重要であるという 84)。 80)‌Wolfgang Krüger, Münchener Kommentar zum Bürgerlichen Gesetzbuch Bd.2, 8. Auflage 2019, §241, Rn. 2. 81)‌Reischl JuS 2003, 45: 保護義務の法的根拠はドイツ民法 241 条 2 項ではなく、それぞれの 債務関係であるという。 82)Münchener Kommentar(脚注 80), Rn. 2. 83)Münchener Kommentar(脚注 80), Rn. 114. 84)‌BGHZ 196, 340 Rn. 27 = NJW 2013, 3366; BGHZ 166, 84 = NJW 2006, 830 ─ Kirch/Breuer; BGHZ 157, 256 (269) = NJW-RR 2004, 481 キャッシュレス支払い取引の管理義務につい て ; BGHZ 136, 295 (299) = NJW 1997, 3304 ─ Schockwerbung; BGH NJW 1983, 2813. 307.

(20) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 保護義務の実際的な重要性は、不法行為法の補足にあり、ドイツ民法 241 条 2 項に基づく義務の有責の違反は、ドイツ民法 280 条 1 項に基づく責任につなが り、また、一般的な取引安全義務は、ドイツ民法 241 条 2 項による契約上の義 務の対象となるという 85)。 保護義務は、契約締結前または契約締結のない場合も適用される 86)。これ の前提要件は、ドイツ民法 311 条 2 項、3 項の意味での契約関係の存在である 87)。 責任根拠は、危険の増加または信頼の増加との関係が不法行為法と比較して増 加した義務を構成するという事実に見られなければならないが、ドイツ民法 280 条の責任システムは履行障害、つまり、取引上の接触のために設計されて おり、またこの目的にのみ適しているため、保護義務関係は、法律行為または 少なくとも間接的な取引に関する法律行為類似の行為を目的とし、法益との接 触に限定する必要があるという 88)。 契約締結上の過失の要件として、ドイツ民法 311 条 2 項に該当し、それがド イツ民法 241 条 2 項に該当する義務を構成することが必要とされる。2 項は独 立した請求原因ではないため、ドイツ民法 311 条 2 項各号と関連することによ り付随義務ないし保護義務として重要性を有するのである。保護義務の内容に ついて争いのあるものの、債権者の権利や利益について有用であり、特に不法 行為の補足として重要であるという。契約締結上の過失に基づく義務がドイツ 民法 311 条 2 項・241 条 2 項より発生するが、その性質上ドイツ民法 241 条 1 項の給付義務に該当しないこと、その結果、付随義務ないし保護義務であるこ とを明確にしたことは、民法上の契約締結上の過失の位置付けにとって有用で あると考えられる。わが国の契約締結上の過失の議論においても、付随義務な 85)BGHZ 196, 340 Rn. 25 = NJW 2013, 3366. 86)Münchener Kommentar(脚注 80), Rn. 117. 87)Münchener Kommentar(脚注 80), Rn. 117. 88)Münchener Kommentar(脚注 80), Rn. 117. 308.

(21) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. いし保護義務の性質を有することを前提として議論していると考えられ、少な くとも主たる給付義務と考えられないことから、わが国での解釈ひいては立法 に関して参考になり得るとは考えられる。また、保護義務についても、Ⅱ- 1 の概要でも言及したが、契約締結上の過失と同様に不法行為の補足として重要 としているのは、ドイツ民法の特有の事情としてであろう。. 3.効果 契約締結上の過失の義務違反の法的効果は、ドイツ民法 280 条 1 項から生じ、 契約が実際に後で締結されるかどうかに関係なく、損害を被った者は、原則と して、契約交渉中(ドイツ民法 311 条 2 項)に他方当事者に義務違反なく自分 が現在存在するようにすることを原則的に要求することができるという(ドイ ツ民法 249─253 条) 。したがって、契約締結上の過失による損害を被った者の 賠償請求は、ドイツ民法 311 条 2 項・3 項およびドイツ民法 241 条 2 項から生 じる義務に対する他方当事者の違反、および請求者の損害が前提となる。義務 違反および被った損害、因果関係であり(ドイツ民法 280 条 1 項、ドイツ民法 276 条、ドイツ民法 249─252 条) 、損害を被った者の賠償請求は、ほとんどの 場合、消極的利益(信頼損害)に向けられるが、積極的または履行利益に限定 されないという。損害を被った者が消極的利益の代わりに積極的利益の賠償を 要求できるかどうかの問題は、他方当事者の義務違反がなければ、実際よりも 有利な契約の締結ができたと証明した場合に限られるという。契約締結上の過 失の債務者の賠償義務は、他方当事者に双方過失がある場合(ドイツ民法 254 条)に減額されるが、損害を被った者の双方過失を想定する場合、判例は、通 常非常に慎重であるという。 契約締結上の過失の法的効果として、ドイツ民法では原状回復義務が原則規 定であることから(ドイツ民法 249 条) 、通常は消極的利益の賠償の問題とな り、積極的利益の賠償が特別な場合に限られるという構成は、契約締結上の過 失が問題となる契約締結前であり、主たる給付義務でもないので、損害賠償の 309.

(22) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 範囲として妥当な解決がはかれると考えられる。さらにいえば、契約交渉の打 ち切りや説明義務違反の場合にも、種々の事情を考慮し、柔軟な解決も可能と なるに考えられ、わが国の契約交渉の打ち切りや説明義務違反の場合の損害賠 償の範囲のあり方について参考となるのではなかろうか。また、双方過失があ る場合に、契約締結上の過失の債務者の賠償義務が減額されることは、わが国 の契約締結上の過失に関する判例でも過失相殺が使われており共通点を有する が、ドイツの判例が損害を被った者の双方過失を想定する場合、非常に慎重で あることは、両当事者の利害関係の調整の観点から、今後ドイツの判例に注視 する必要があろう。. 4.契約交渉の打ち切り 契約交渉の当事者は通常、契約交渉において相反する利害関係を有しており、 お互いに信義誠実であり、他の当事者の権利ないし利益に対して顧慮義務があ る(ドイツ民法 311 条 2 項、ドイツ民法 241 条 2 項、ドイツ民法 242 条) 。基 本的には自身のリスクで行動するが、元々当事者が求めていたが実際にはまだ 完了していない契約に関して支出を行うので、彼はすでに行われた現在の根拠 のない費用の賠償を要求することはできないという。当事者がまだ交渉してい る限り、拘束力のある関係がないため(ドイツ民法 154 条 1 項) 、期待される 契約締結を信頼して支出を行っているにもかかわらず、基本的に各当事者が各 自のリスクで行動する。その結果、原則として、相手方が予期せずに交渉を打 ち切ったとしても、一方当事者は相手方にこれらの費用の賠償を要求すること はできないが契約交渉の「打ち切り」が契約交渉の開始からすでに生じている 顧慮義務違反と見なされる場合は例外であり、他方当事者において、まもなく の契約締結への信頼が正当化されるからである(ドイツ民法 311 条 2 項、ドイ ツ民法 241 条 2 項、ドイツ民法 242 条) 。連邦通常裁判所によると、一方当事 者が他方当事者に対して、契約の締結が確実に行われるという印象を与え、そ の後、正当な理由なく交渉を打ち切るという印象があるという。 310.

(23) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. 契約交渉当事者に信義誠実と顧慮義務が要請されるが、契約関係になく、拘 束力のある関係でもないため、交渉リスクは原則として当事者自らが負担する。 契約交渉の開始からすでに生じている顧慮義務違反と見なされる場合は例外的 に費用の賠償請求が認められ、その理由を契約締結の信頼の正当化に求めてい ることは、わが国の判例の立場と共通するものといえる 89)。 損害賠償責任は、当事者がすでに将来の契約のすべての点に合意したことを 前提としていないが、交渉がすでに進行しているほど賠償責任は当然重くなる という。また、交渉が失敗するとの予想が合理的である場合、費用を出した者 自身がまだ契約の締結を保留している場合などは、交渉を打ち切った当事者の 契約締結上の過失による責任の余地はないという。契約交渉の打ち切りによる 損害賠償請求には、消極的利益のみが含まれるが、積極的利益は含まれない。 後者は契約締結上の過失による契約上の義務に相当するからであるという。契 約交渉の根拠のない終了のための賠償請求については、議論があり、例えば、 ドイツ民法 122 条と同様に、契約前の説明ないし警告義務違反に対する過失に 基づかない信頼責任についてはそれほど問題にならないという見解がしばしば ある。しかし、実際、ドイツ民法 280 条 1 項およびドイツ民法 276 条から逸脱 する理由が特定できないため、契約交渉の根拠のない打ち切りに対する相手方 の無駄な費用に対する責任は、実際には過失を前提としているという(ドイツ 民法 311 条 2 項、ドイツ民法 241 条 2 項、ドイツ民法 280 条 1 項・2 項、ドイ ツ民法 276 条 1 項) 。 契約交渉の打ち切りによる損害賠償については、その契約交渉の進捗状況に. 89)‌例えば、 最判昭 59・9・18(判時 1137 号 51 頁)は、 原審(東京高判昭 58・11・17(判例集 未登載) )が「契約締結に至らない場合でも、当該契約の実現を目的とする…準備行為 当事者間にすでに生じている契約類似の信頼関係に基づく信義則上の責任として、相手 方が該契約が有効に成立するものと信じたことによって蒙った損害(いわゆる信頼利益) の損害賠償義務を認めるのが相当である。 」と判示したことを是認している。 311.

(24) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). より内容および可否が異なる。契約交渉の打ち切りによる損害賠償請求には、 消極的利益のみが含まれるが、積極的利益は含まれないことは、説明義務違反 による損害賠償との対比において参考となる。また、ドイツ民法 122 条の信頼 責任との関係について、契約交渉の打ち切りの場合には過失を前提としている ことは、わが国の契約交渉の打ち切りによる損害賠償責任が信義則という一般 条項(1 条 2 項)に基づく義務から、具体的な義務(ドイツ民法 242 条 2 項で いう顧慮義務(付随義務、保護義務) )の検討および将来の条文化にとって特 に参考になるものと考えられる。. Ⅳ.結びに代えて 本稿では、現行のドイツ民法 311 条 2 項における契約締結上の過失(契約交 渉および説明義務の一部を含む)の内容について整理した上で、わが国での 契約締結上の過失の解釈にとって示唆となり得るものについて考察した。今 後わが国の契約締結上の過失の解釈にとって示唆となり得るものとして、契約 交渉・説明義務の問題の主要論点化傾向、信頼付与という責任根拠の不十分と なってきていること、契約締結上の過失の顧慮義務(付随義務ないし保護義務) であることを明確化、の 3 点を特に挙げることができるのではないだろうか。 本稿は現行のドイツ民法 311 条 2 項の契約締結上の過失(契約交渉の打ち切 り・説明義務)の検討であったため、積み残した検討課題も多い。次の課題と しては、わが国とドイツの説明義務の比較検討を進めて予定である。また、今 後の課題としては、本稿で言及しなかった(できなかった)旧ドイツ民法にお ける契約締結上の過失に関する学説の変遷や、同じ契約締結上の過失の問題で ある原始的不能について、他日検討を進めたい。. 312.

(25) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. 条文資料 90) ・旧ドイツ民法 旧ドイツ民法 275 条 責めに帰すべからざる不能 (1‌)債務者は、給付が債権関係成立後に生じた、債務者の責めに帰すべからざ る事由により不能となる限り、給付の義務を免れる。 (2‌)債務者の後発的不能主観的給付不能は、債権関係成立後に生じた不能と同 じとする。 旧ドイツ民法 306 条 不能な給付 不能な給付を目的とする契約は、無効である。 旧ドイツ民法 307 条 消極的利益 (1‌)不能な契約を目的とする契約の締結に際して給付の不能を知り、又は知る べき者は、相手方が契約の有効を信頼したことによって被った損害を賠償す る義務を負う。ただし、相手方が契約の有効につき有する利益の額を超えて 賠償することを要しない。相手方が不能を知り、又は知るべきであるときは、 賠償義務は、生じない。 (2‌)前項の規定は、給付が一部についてのみ不能であり、可能な部分を考慮す れば契約である場合、又は約束した数個の選択的債務のうちの一つが不能で ある場合に準用する。 旧ドイツ民法 308 条 一時的不能 (1‌)不能を除去することができ、かつ、給付が可能になる場合について契約を 90) ‌1900 年に施行され、2002 年のドイツ債務法現代化法によって改正される前の民法(以下、 「旧ドイツ民法」という)の条文については、旧ドイツ民法の条文の和訳については、椿 寿夫・右近健男[編] 『ドイツ債権法総論』 (日本評論社、2008 年(オンデマンド版) (初 版は 1988 年) ) 、右近健男〔編〕 『注釈ドイツ契約法』 (三省堂、1995 年) 、現行ドイツ民 法については、山口和人『ドイツ民法Ⅰ(総則) 』 (国立国会図書館調査及び立法考査局、 2014 年) 、 同『ドイツ民法Ⅱ(債務関係法) ( 』国立国会図書館調査及び立法考査局、2015 年) に依拠した。 313.

(26) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 締結しているときには、給付の不能は、契約の有効を妨げない。 (2‌)不能な給付を他の停止条件又は始期付で約束する場合において、条件の成 就又は期限の到来前に不能を除去するときには、契約は、有効である。 旧ドイツ民法 309 条 法律違反の契約 契約が法律上の禁止に違反するときは、第 307 条及び第 308 条の規定を準用 する。 ・現行ドイツ民法 ドイツ民法 14 条 事業者 (1‌)事業者とは、法律行為を自己の営業活動又は自己の独立した職業活動とし て行う自然人若しくは法人又は権利能力を有する人的会社をいう。 (2‌)権利能力を有する人的会社とは、権利を有し、義務を負う能力を備えた人 的会社をいう。 ドイツ民法 122 条 取消しを行う者の損害賠償義務 (1‌)意思表示が第 118 条の規定により無効である場合又は第 119 条、第 120 条の 規定により取り消された場合において、表意者は、その意思表示が他人に対 して行われたときは、この相手方に対して、それ以外の場合は第三者のそれ ぞれに対して、これらの者が意思表示が有効であることを信頼したことによ り被った損害を賠償しなければならないが、損害賠償は、相手方又は第三者が、 意思表示が有効であれば有したこととなる利益の額を超えることを要しない。 (2‌)損害賠償義務は、損害を被った者が無効若しくは取消可能性の原因を知り 又は過失により知らなかった(知りうべきであった・kennen musste)とき は、生じない。 ドイツ民法 145 条 申込みの拘束力 他人に対して契約の締結を申し込んだ者は、申込みの拘束力を排除して申し 込んだ場合を除き、その申込みに拘束される。 ドイツ民法 154 条 合意の明白な欠如、書面の不作成 314.

(27) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. (1‌)当事者が契約の一部の点について一致しない場合には、それが、一方の当 事者のみの意思表示により合意がなされるべき点であっても、疑いのあると きは、契約は締結されていない。個別の点についての合意は、記録が作成さ れたときであっても拘束力を持たない。 (2‌)予定された契約を文書化することが合意された場合において、疑いのある ときは、契約は文書が作成されるまでは締結されない。 ドイツ民法 179 条 無権代理人の責任 (1‌)代理人として契約を締結した者は、本人が契約の追認を拒絶したときは、 その代理権を証明することができない限り、相手方の選択に従い、契約の履 行又は損害賠償の義務を負う。 (2‌)代理人が自己に代理権がないことを知らなかったときは、相手方が代理権 を信頼したことによって被った損害を賠償する責任のみを負うが、その額は、 相手方が契約の有効性に関して有する利益の額を超えるものではない。 (3‌)代理人は、 相手方が代理権がないことを知っていたか、 又は知りうべきであっ たときは、責任を負わない。代理人は、行為能力を制限されている場合にお いても、法定代理人の同意を得て取引を行ったときを除き、責任を負わない。 ドイツ民法 241 条 債務関係から生じる義務 (1‌)債務関係の効力により、債権者は、債務者の給付を請求する権利を有する。 給付は、不作為の形態でも成立することができる。 (2‌)債務関係は、その内容により、他方の当事者の権利、法益及び利益を顧慮 することを、いずれの当事者にも義務付けることができる。 ドイツ民法 241a 条 発注されていない給付[Unbestellte Leistungen] (1)強制執行措置若しくはその他の裁判所の措置に基づかずに売却される動産 (商品)の提供又は事業者による消費者に対するその他の給付は、消費者が その商品又はその他の給付を発注しなかったときは、消費者に対する請求権 の根拠とはならない。 (2)給付が受領者に向けたものとして定められず、又は誤った発注の観念で行 315.

(28) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). われ、かつ、受領者が、このことを認識していたか、又は取引において必要 な注意を払えば認識することができたであろうときは、法律上の請求権は、 排除されない。 (3)消費者の不利益となるように、この条の規定に反してはならない。この条 の規定は、別途の形態で潜脱されるときにおいても適用する。 ドイツ民法 242 条 誠実及び信義に従った給付 債務者は、取引慣行に配慮した誠実及び信義[Treu und Glauben]が要請 するところに従って給付を行う義務を負う。 ドイツ民法 249 条 損害補填の方式及び範囲 (1‌)損害補填の義務を負う者は、補填を義務付ける事情が生じなかったとすれ ば存在したであろう状態を回復[herstellen]しなければならない。 (2‌)人の傷害又は物の損壊により損害補填をしなければならないときは、債権 者は、状態の回復に代えて、そのために必要な金額を求めることができる。 物の損壊の場合には、前文の規定により必要な金額には、付加価値税が事実 上課税される場合に、課税される範囲で、付加価値税を含む。 ドイツ民法 250 条 期間設定後の金銭による損害賠償 債権者は、状態回復のための損害補填義務を負う者に対して、相当の期間を 定めて、状態の回復を期間経過後は拒絶する旨の意思表示を行うことができる。 債権者は、状態の回復が適時に行われないときは、期間経過後に、金銭による 損害賠償を求めることができ、その場合には、状態の回復に対する請求権は、 排除される。 ドイツ民法 251 条 期間設定のない金銭による損害賠償 (1‌)状態の回復が不可能又は債権者の損害補填に不十分である限りにおいて、 補填義務者は、債権者に対し、金銭で損害を賠償しなければならない。 (2‌)状態の回復が不相応な費用をもってしか可能でないときは、補填義務者は、 債権者に対し、金銭で損害を賠償することができる。負傷した動物の治療か ら生じる費用は、それが動物の価値を著しく超えるときであっても不相応と 316.

(29) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. はいえない。 ドイツ民法 252 条 逸失利益 賠償すべき損害には、逸失した利益も含む。逸失した利益とは、通常の事態 の進行又は特別の事情、特に講じられた準備及び対策によれば、蓋然性をもっ て期待することができるであろう利益をいう。 第 253 条 非物質的損害 (1‌)財産的損害でない損害を理由としては、金銭による賠償は、法律により定 められた場合にのみ請求することができる。 (2‌)身体、健康、自由又は性的自己決定の侵害を理由として損害賠償が行われ るときは、財産的損害でない損害を理由としても、適正な金銭賠償を請求す ることができる。 ドイツ民法 254 条 共同の故意・過失[Mitverschulden] (1‌)損害の発生に被害者の故意・過失[Verschulden]が寄与しているときは、損 害賠償の義務及びなされるべき損害賠償の範囲は、諸事情、特に損害がどの程 度に主として一方又は他方の当事者によって引き起こされたのかに依存する。 (2‌)被害者の故意・過失が、債務者が知らず、かつ、知り得べきでなかった著 しく高い損害の危険性に債務者の注意を喚起する行為をしなかったこと、又 は被害者が損害を回避し若しくは減少させる行為をしなかったことに限定さ れるときも前項と同様である。第 278 条の規定をこの項に準用する。 ドイツ民法 275 条 給付義務の排除 (1‌)給付債務者又は全ての人にとって不能である限り、給付請求権を行使する ことができない。 (2‌)債務関係の内容及び信義誠実の原則に照らして、給付をすることが債権者 の給付利益と比較して著しく均衡を失するような出費を要する限り、債務者 は給付を拒絶することができる。債務者に給付されるべき努力を確定するに 際しては給付が妨げられていることにつき債務者に帰責事由が存するかどう かも考慮する。 317.

(30) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). (3‌)債務者が自ら給付をしなければならない場合において、給付者の債務者の 給付が妨げられていることと債権者の給付利益とを衡量して給付を債務者に 期待することができないときは、債務者は、給付を拒絶することができる。 (4‌)債権者の権利は、第 280 条、第 283 条から第 285 条まで、第 311a 条及び 第 326 条によって定まる。 ドイツ民法 276 条 債務者の責任 (1‌)債務者は、故意[Vorsatz]及び過失[Fahrlässigkeit]より厳格な、又は より緩やかな責任が定められていない場合であって、かつ、それらの責任が、 債務関係のその他の内容、特に、保証の引受又は調達の危険の引受からも導 き出すことができないときは、故意及び過失について責任を負わなければな らない。第 827 条及び第 828 条の規定を、この項に準用する。 (2)取引において必要な注意を怠った者は、過失により行為したものとする。 (3)故意による責任は、債務者に対して事前に免じることはできない。 ドイツ民法 280 条 義務違反による損害賠償 (1‌)債務者が、債務関係から生じる義務に違反したときは、債権者は、これに よって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者が義務違反につい て責めを負わないときは、この限りでない。 (2‌)債権者は、給付の遅延による損害賠償を、第 286 条の追加的要件の下での み請求することができる。 (3‌)債権者は、給付に代わる損害賠償を、第 281 条、第 282 条又は第 283 条の 追加的要件の下でのみ請求することができる。 ドイツ民法 283 条 給付義務が排除される場合の給付に代わる損害賠償 債務者が、第 275 条第 1 項から第 3 項までの規定により給付を行う必要がな いときは、債権者は、第 280 条第 1 項の要件の下に、給付に代わる損害賠償を 請求することができる。第 281 条第 1 項第 2 文及び第 3 文並びに同条第 5 項の 規定は、この場合に準用する。 ドイツの民法 284 条 無益となった費用の賠償 318.

(31) ドイツにおける契約締結上の過失に関する考察. 債権者は、給付に代わる損害賠償に代えて、給付の受領を期待して支出し、 かつ、正当に支出することができた費用について、債務者の義務違反がなかっ たとしても、支出の目的を達することができなかったであろう場合を除き、そ の賠償を請求することができる。 ドイツ民法 285 条 補償の引渡し (1‌)債務者が、第 275 条第 1 項から第 3 項までの規定により、給付を行う必要 がないことの根拠となった事情の結果、債務の対象に代えて補償又は補償請 求権を取得したときは、債権者は、債務者が補償として受け取った物の引渡 し又は補償請求権の譲渡を請求することができる。 (2‌)債権者が、給付に代わる損害賠償を請求することができる場合において、 債権者が前項に規定する権利を行使したときは、損害賠償は、取得した補償 又は補償請求権の価値分だけ減額される。 ドイツ民法 311 条 法律行為上および法律行為類似の行為による債務関係 (1‌)法律行為による債務関係の設定ならびに債務関係の内容変更のためには、 法律が別段の定めをしないかぎり、当事者間の契約が必要である。 (2‌)241 条(債務関係に基づく諸義務)2 項による義務を伴う債務関係は、以 下によっても生じる。 1.契約の着手、 2‌.契約交渉当事者の一方が何らかの法律行為的な関係を考慮して、相手方 に対し同人の権利、法益および利益に影響を及ぼす可能性を与えたこと、 または、同人にその可能性を委ねる契約締結の用意、または、 3.法律行為類似の行為によって生じる接触。 (3‌)241 条(債務関係に基づく諸義務)2 項に基づいた義務を伴う債務関係は、 自らは契約当事者とならない者に対しても生じる。特に、第三者が、特別な 程度に自らへの信頼を求め、それにより契約交渉または契約締結が重大に影 響を受けるときに生じる。 ドイツ民法 311a 条 契約締結の際に給付が妨げられていること 319.

(32) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). (1‌)債務者が第 275 条第 1 項から第 3 項までに基づき給付をすることを要せず、 契約締結の際にすでにその給付が妨げられていることによって、契約の効力 を妨げない。 (2‌)債権者は、その選択に従い、給付に代わる損害賠償又は第 284 条が定める 範囲内の費用の賠償を請求することができる。これは、債務者が契約締結の 際に給付を妨げる事情を知らず、かつ、知らないことに帰責事由もないとき は、適用しない。第 281 条第 1 項第 2 文及び第 3 文並びに第 5 項は、 [この 場合に]準用する。 ドイツ民法 326 条 反対給付からの解放及び給付義務が排除される場合の解除 (1‌)債務者が、第 275 条第 1 項から第 3 項までの規定により、給付を行うこと を要しないときは、反対給付に対する請求権は消滅するものとし、部分の給 付の場合には、第 441 条第 3 項の規定を準用する。前文の規定は、債務者が、 契約に従った給付を行わなかった場合において、第 275 条第 1 項から第 3 項 までの規定により、履行の追完を行うことを要しないときは、適用しない。 (2‌)第 275 条第 1 項から第 3 項までの規定により、債務者が給付を行うことを 要しない事情について、債権者が単独で若しくははるかに大きな比重で責任 を有するとき、又は債権者が受領遅滞の状態にあるときに債務者が責めを負 うべきでないこの事情が生じたときは、債務者は、反対給付に対する請求権 を保持する。ただし、債務者は、給付から解放された結果、節約することが できたもの又はその作業能力を別途の使用により得たもの若しくは悪意の不 作為により得なかったものの算入を受忍しなければならない。 (3‌)債権者が、第 285 条の規定により、債務の対象に代えて得られた損害賠償 の引渡し又は損害賠償請求権の譲渡を請求したときは、債権者は依然として 反対給付の義務を負う。ただし、反対給付は、第 441 条第 3 項の基準に従い、 損害賠償又は損害賠償請求権の価値が債務の対象となっている給付に達しな い限度において、縮減する。 (4‌)この条の規定により債務の対象とならない反対給付が履行された限りにお 320.

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