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文化財建造物 保存と活用の新展開

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文化財建造物 保存と活用の新展開

はじめに Ⅰ.文化財建造物の保存・活用の現在 1.文化財保護制度の概要 2.歴史的建造物等の保存・活用の制度 3.文化財建造物の保存・活用の現在 Ⅱ.文化財建造物の修理用資材確保とNPO等による文化財建造物活用推進 1.ふるさと文化財の森システム推進事業 2.NPO等による文化財建造物活用の推進事業 Ⅲ.文化財とともに暮らす―島根県大田市大森銀山伝統的建造物群保存地区に見る― 1.世界文化遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」の登録 2.大森銀山重要伝統的建造物群保存地区とその保存事業 3.重要文化財 旧熊谷家住宅の保存修理と公開 Ⅳ.文化財の保存・活用を地域の力に、地域の幸せに―新たな文化財保護施策に向けて― 結び

はじめに

我が国社会の成熟化にともない、近年、国民の伝統文化や文化財への関心が高まっている。。 文化財建造物についても、国宝や重要文化財のように歴史的、学術的に極めて高い価値を有す る建造物だけでなく、歴史的集落・町並みへの関心が高まり、また地域に存在する比較的建築 年代が新しいものであっても、地域のシンボルとして、また個々人の思い出や愛着の対象とし て維持保存が望まれるようになっている。また、これらの文化財建造物が地域の活性化に役立 つことも広く知られるようになっている。こうした文化財建造物への関心の高まりに応じて、 その保存・活用にかかる行政の施策や所有者、民間団体の活動は活発化している。本論では、 文化財建造物の保存と活用の最近の動向と今後の展望について概説したい。

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Ⅰ.文化財建造物の保存・活用の現在

1.文化財保護制度の概要 文化財保護法は、戦後の社会的混乱による文化財の荒廃と法隆寺金堂の失火を契機として、 1950年に議員立法で制定された。この文化財保護法はそれまでの「国宝保存法」による歴史 上、美術上価値の高い建造物、宝物等と「史蹟名勝天然紀念物保存法」による史蹟名勝天然 紀念物を包含し、さらに無形の文化的所産で歴史上又は芸術上価値の高いものをも保護の対 象とする、世界にも類をみない包括的な保護法である。文化財保護法はその後、1 9 5 4 年と 1968年に改正・整備され、さらに1975年の改正では、歴史的集落・町並みの保存のための伝 統的建造物群保存地区制度、重要無形民俗文化財制度及び文化財の保存技術の保護制度が設 けられた。また文化財建造物の重要文化財への指定について、それが立地する土地について も、必要に応じて一体として指定し保護すること(いわゆる土地指定)が可能となるなど、 大きな改正が行われた。 当時、歴史的集落・町並みの保存と並んで関心を集めていた近代洋風建築等の保存について は、国のみならず地方公共団体でも文化財としての指定が精力的に進められたが、こうした指 定の対象とはならなかった多くの歴史的建造物については、社会経済の大きな変化の中で、そ の価値が検討されることなく急速に除却等が進み、保存について大きな課題となっていた。 このため1996年に文化財保護法が21年ぶりに大改正され、登録文化財制度が導入された。こ の時の改正は、登録制度の創設のみならず地方への権限委任の措置、重要文化財等の活用の促 進をめざす規制緩和措置も含まれ、文化財保護施策に新次元を画する大きなものであった。 さらに2004年に再び文化財保護法が大改正され、保護対象の拡大と多様化が図られた。保護対 象の拡大としては、文化財の種別として新たに文化的景観が加えられ、また無形民俗文化財とし て民俗技術が指定対象に加えられた。保護対象の多様化としては、登録文化財制度の拡充が行わ れ、これまでの建造物のほか、美術工芸品、有形民俗文化財、記念物が登録対象に加わった。 文化的景観は、人と自然との関わりの中で作り出された景観を「文化的景観」として新たに 文化財として位置づけ、都道府県や市町村において保護措置がとられたもので特に重要なもの を自治体からの申出を受けて国が重要文化的景観として選定し、国としても保護措置をとるも のである。 民俗技術は、鍛冶や船大工など、地域において伝承されてきた生活や生産に関する用具、用 品等の生産技術を無形文化財として保護しようとするものである。 2.歴史的建造物等の保存・活用の制度 (1)国宝・重要文化財建造物 文化財の指定制度は、重要なものを重点的に厳選して所有者に強い制約を課しながら、貴重な 国民の文化財を守ることをねらいとして、各時代または類型の典型であるとの評価が定まってい るものなどを保護の対象とするものである。国の国宝・重要文化財に指定された建造物は修理等

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への国庫補助、税の優遇措置など所有者に対する手厚い支援措置がある一方、その価値を維持す るため、現状変更には文化庁長官の許可を必要とするなど厳しい制約がある。重要文化財建造物 の指定は2007年12月現在2,328件(4,210棟)であり、 このうち国宝は213件(257棟)である。これをさら に増加させるには、指定に対する所有者の合意の推 進や修理費補助の予算措置の拡大等が重要である。 (2)登録有形文化財建造物 前述のように、こうした指定制度を補完するもの として1996年に導入されたのが文化財登録制度であ る。登録制度は登録の対象を広く文化財全般とすべ きとの意見もあったが、この時点では、特に緊急性 があり、調査等の準備も進んでいた文化財建造物に 限って登録制度が発足した。当時すでにいくつかの 地方自治体において建造物の登録制度が始まってい たが、経済社会の変化の中で急速に滅失する文化財 建造物について、全国にわたって早急に保護措置を とるため、国としても登録制度を設けたものである。 建設後50年を経過したものという、文化財としては 比較的新しいものまでを含み、しかも建築物のほか ダムや橋梁、港湾施設などの土木構造物その他の工 作物も積極的に保護の対象とし、日常生活の中で親 しみやすい、大事にしたいと多くの人が感じている ものを、所有者の同意のもとで文化財として社会的 に認知し、その積極的な活用を通じて保護していこ うという制度が生まれたのである。 登録の基準としては、 原則として建設後50年を経過した建造物で ① 国土の歴史的景観に寄与しているもの ② 造形の規範になっているもの ③ 再現することが容易でないもの、 のいずれかにあたるものと定めている。 具体的には①では特別の愛称で親しまれているも の、その土地を知るのに役立つもの、絵画などの芸 術作品に紹介されているものがあたり、②ではデザ インが優れているもの、著名な設計者等が関わった もの、時代や建造物の種類の特徴を示すもの等があ 写真1 法隆寺金堂、五重塔等(奈良県斑 鳩町)―世界遺産、国宝。我が国には「法 隆寺地域の仏教建造物」をはじめ、世界文 化遺産が1 1 件ある。また、重要文化財は 4,210棟あり、国宝は257棟を数える。 写真2 早稲田大学大隈講堂(東京都新宿 区)―早稲田大学創立者である大隈重信に 対する記念事業として計画され、1927年に 竣工した講堂である。早稲田のシンボル的 存在であり、ロマネスク様式にゴシック様 式を加味した我が国近代の折衷主義建築の 優品である。2007年、重要文化財に指定。 写真3 旧藤田家別邸洋館(弘前市)―登 録有形文化財。1921年に竣工した木造2階 建ての洋館。ドーマ窓付きの袴腰屋根部分 と切妻造部分をL 字型に組み合わせ、上部 を八角平面として尖塔屋根付塔屋を角部に 配するなど変化に富む外観である。登録有 形文化財は現在、6,616件となっている。

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たる。また、③では優れた技術や技能が用いられているもの、現在では珍しくなった技術や 技能が用いられているもの、珍しい形やデザインで他に同じような例が少ないものを指す。 いずれにしても建築学会や土木学会等の関連学術団体で発表された論文や報告書、地方公共 団体の調査報告書等で取り上げられている建造物はほぼ、登録の候補となると考えられる。 登録文化財制度については制度発足最初から一般 の関心が高く、以後、多くの国民の支持を得て順調 に登録が進み、2007年12月で6,616件に達している。 (3)伝統的建造物群 1975年の文化財保護法の改正により「伝統的建造 物群」、すなわち「周囲の環境と一体をなして歴史 的風致を形成している伝統的な建造物群で価値の高 いもの」が文化財の種別の一つに加えられた。個々 の伝統的な建造物を単体で文化財とするのではな く、その集合体を文化財と位置づけているのである。 そして、この伝統的建造物群及びこれと一体となっ て価値を形成している環境を保存するため、伝統的 建造物群保存地区(以下、伝建地区)を定めること としている。 伝建地区は都市計画区域又は準都市計画区域内に おいては市町村の都市計画として決定し、それ以外 の地域では市町村の保存条例に基づき決定する。文 化財としての伝統的建造物群の保存が周囲の環境の 保全と一体として進められること、また、それゆえ 保存地区の決定が地域のまちづくりと密接に関連づ けつつ、市町村の立場で判断されるべきことを示し ている。そして地区内の建造物等の現状変更許可や 保存事業は、市町村及びその教育委員会が主体的に 行う仕組みである。国は市町村が決定した伝建地区 について、申出を受けて我が国にとって価値が高い ものを重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建 地区)に選定するが、その直接的な効果は、市町村 が行う保存事業に国が補助できること、伝統的建造 物やその敷地等について税制上の優遇措置が得られ ること等で、選定により国による規制などが発生す るわけではない。 このように、伝建地区制度は他の文化財保護制度 写真6 塩尻市奈良井宿伝統的建造物群保 存地区(長野県)―重要伝統的建造物群保 存地区。旧中山道の宿場町で、1 9 7 8 年に 重要伝統的建造物群保存地区に選定され、 保存修理事業等が続けられ、整った歴史的 町並み景観となっている。 写真5 白川村荻町伝統的建造物群保存地 区(岐阜県)―世界遺産、重要伝統的建造 物群保存地区。合掌造り集落を守るため、 集落全体に放水銃等の防火施設が整備され ている。写真は機器の点検と訓練のため一 斉放水をしているもの。重要伝統的建造物 群保存地区は現在全国で80地区。 写真4 旧文部省庁舎(東京都千代田区) ―登録有形文化財。大蔵省営繕管財局設計 により1 9 3 3 建設。鉄骨鉄筋コンクリート 造6階建で、外壁はスクラッチタイル貼で ある。正方形に近い大きな窓が連続する立 面構成と正面玄関の垂直性を強調したデザ インに特徴がある。震災復興庁舎の好例。

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と比べると、市町村の主体性、自主性を尊重し、また、まちづくりの視点を強く持った特異な 制度と言える。 重伝建地区は1976年に初めて7地区が選定されたが、その後2007年12月までに80地区が選定 され、我が国の歴史的集落・町並みの保存事業は着実に発展してきた。 伝建地区は、制度発足当初は、伝統的建造物が集中する区域を中心に、いわば地域を切り取 る形で範囲を決定するものがほとんどであったが、その後、伝統的建造物群と生活や景観上一 体である周囲の田畑や山林等も含むものも多くなっている。たとえば、京都府伊根町伊根伝建 地区は、伊根湾沿いに連続して建つ舟屋および主屋、土蔵などの伝統的建造物を数多く残す漁 村であるが、この漁村集落区域とともに前面の伊根湾の海面及び集落背後を取り囲む魚付林を も地区の範囲に含め、面積310ha余に及んでいる。 各地の伝建地区では、建造物の修理・修景、防災施設の整備等文化財保存事業の他、近年で は伝建地区の歴史的環境に配慮した道路や河川の整備事業、産業振興事業など様々なまちづく り事業が一体的に進められている。住民の自主的な保存意欲と自治体の積極的な取り組みを基 礎とする伝建事業は、地域の歴史的遺産を生かしたまちづくりの中核として、ますます広がり と深まりを示している。 注:国宝は重要文化財の内数。   近世以前と近代の分類は機械的に明治元年で区切る。 257 213 4,210 2,328 合 計 0 0 562 247 小計 0 0 10 4 その他 0 0 172 55 産業・交通・土木 0 0 23 18 商業・業務 代 0 0 25 20 官公庁舎 0 0 37 29 文化施設 0 0 65 38 学校 近 0 0 208 63 住居 0 0 22 20 宗教 257 213 3,648 2,081 小計 3 3 262 192 その他 0 0 746 338 民家 20 12 150 94 住宅 16 8 234 52 城郭 160 154 1,103 843 寺院 58 36 1,153 562 神社 近世 以前 棟数 件数 棟数 件数 国宝 重要文化財 建造物種別

○国宝・重要文化財(建造物)

種類別指定数

(2007年12月21日現在)

6,616件

(2007年12月19日現在)

80 地区(69 市町村)

(2007年12月4日現在)

〇重要伝統的建造物群保存地区数

〇登録有形文化財(建造物)数

表1 文化財建造物指定・選定・登録数の現状

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3.文化財建造物の保存・活用の現在 (1)地域の顔としての文化財建造物 近年の国民の伝統文化や文化財への関心の高まりを受けて、重要文化財建造物の指定は追加 指定や土地指定も含めて着実に増加し、また、文化財建造物の登録は、多くの文化財建造物の 所有者や一般国民の強い支持を得て急速に増加している。さらに伝建地区の指定、重伝建地区 の選定も近年勢いを増している。 歴史的建造物であっても公共施設として建築されたものは、これまでは主として機能性や耐 久性の観点のみから評価され、これに耐えないものとして多くの歴史的建造物が取り壊されて きた。しかし、近年では、歴史的公共施設は我が国にとって重要な文化資産であり、また地域 の顔となるものとして再評価され、保存活用が進んでいる。 これらに共通するのは、文化財建造物の保存が所有者や一部の人々だけの関心事ではなく、地 域の歴史文化や個性を示す重要な社会資産であり、その存在によって地域住民の誇りとなり、そ の活用によって地域社会の文化向上や交流人口の増加等による活性化が図られるという確かな認 識である。 これら文化財建造物の保存活用は、我が国社会の、これまでの大量消費経済型から、環境を 重視する持続型、循環型の社会への転換の道筋にも沿っている。地域の文化を大事にしようと する我が国社会の潮流は、今後ますます力強いものとなることだろう。 (2)文化財建造物の保存と活用 1)重要文化財建造物の保存と活用 文化財建造物の指定制度は、前述のように、建築物、土木構造物等で、意匠、技術、歴史的価 値、学術価値等に秀いで、かつ各時代または類型の典型となる重要なものを指定し、国民の財産 として永久に保存しようとするものである。そのため、重要文化財の現状変更等には厳しい制限 が課せられ、また修理についても建築当初と同等の修理用資材の使用や確実な技術、技法の適用 が要請される。修理については、破損状況に応じて小修理や維持修理、根本修理が繰り返し行わ れてきたが、これらの修理においては文化財としての価値を損ねないよう、慎重な調査を行い適 切な修理方針を検討する必要がある。このため、国庫補助による保存修理では、文化財修理につ いて十分な知識経験を有する者として文化庁が承認する「主任技術者」が設計監理にあたること になっている。 そ し て 、 重 要 文 化 財 建 造 物 の 修 理 に お い て は 、 調 査 の 結 果 得 ら れ た 確 実 な 根 拠 に 基 づ き 、 こ れ ま で し ば し ば 復 原 修 理 が 行 わ れ 、 文 化 財 と し て の 価 値 を よ り 高 め て き た が 、 最 近 は 、 修 理 後 の 活 用 を 十 分 考 慮 し 、 必 ず し も 復 原 に こ だ わ ら な い 修 理 も 数 多 く 行 わ れ て いる。じっさい、重要文化財建造物でも、本来の用途とは異なり、事務所や店舗、学校、 集 会 施 設 、 博 物 館 さ ら に は レ ス ト ラ ン や 結 婚 式 場 と し て 使 用 さ れ る な ど 、 活 用 し な が ら 保 存 し て い る も の が 多 く な っ て い る 。 保 存 と と も に 活 用 し 続 け る こ と が 非 常 に 重 要 と な っているのである。 このため、文化庁では重要文化財、登録文化財の建造物の適切な活用を推進するため活用

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事例集を発行し、普及啓発に努めるとともに、後述のように、NPO等による文化財建造物活 用の推進事業を実施している。なお、重要文化財は建築基準法第3条により、建築基準法の 適用除外とされている。これは建築基準法による構造や防災、採光等の技術基準の適用で文 化財建造物の価値が減ずることを防ぐ措置であるが、一方では、この適用除外措置により、 重要文化財を維持管理する側が自ら適切な代替的な措置を取ることを期待されているとも言 える。 2)登録文化財建造物の保存と活用 登録文化財は、現状変更等について届出制度という緩やかな規制であること、またその現状 変更の届出は外観の変更がある場合に限り、かつ、道路等の公共空間から望見できる部分の 1/4を超える変更がある場合に限っており、指定文化財と比べるとはるかに制約の少ない保護 制度である。伝建地区制度も同様に建造物の外観のみを規制対象としているとはいえ、伝建地 区では現状変更は許可制度であるので、これと比べても登録文化財制度は緩やかと言える。す なわち登録制度は所有者がその希望と必要に応じて活用しながら保存する可能性や自由度が大 きい保護制度で、所有者の創意工夫により店舗、レストラン、事務所等の事業施設、資料館等 の展示施設、また公共施設として、社会的・経済的機能を失うことなく生きた形で価値ある文 化財が保存できるのである。登録文化財を活用し続けることにより、その活用によって保存の ための維持費や修理費の一部を得ることが可能となることが期待される。活用の推進のため、 文化庁は所有者の求めに応じて、保存活用や公開のための指導・助言を行っている。なお、登 録文化財建造物については、指定文化財とは異なり、建築基準法がそのまま適用されることに 留意する必要がある。 登録文化財建造物の所有者等による保存・活用を支援するため、調査及び改修等の設計監理経費 について、国はその1/2を所有者等に補助することができる。また、税制上の優遇措置として敷地 の地価税を1/2に軽減するとともに、市町村が家屋の固定資産税を1/2に軽減する措置がある。さら に2004年より登録文化財建造物とその敷地について相続税・贈与税にかかる財産評価額が30%控除 されている。 3)伝建地区における保存事業 重要文化財建造物は外観のみならず内部も含めて保護しているのに対して、伝建制度では修 理によって保存計画で特定された伝統的建造物の外観を保持し、もって伝統的建造物群の特性 の維持を主目的としている。伝建地区内の一般建築物についても外観を修景することにより、 地区の歴史的風致の向上をめざす。いずれにしても、保存地区内の建造物の外観や地形・地物 を変更する行為、建築物等の新築・増築等の行為はすべて市町村長及び教育委員会への現状変 更許可申請を行い、その許可を得る必要がある。なお、地区内の建造物を火災等から守るため の防災施設整備事業も積極的に取り組まれている。 国が市町村を通じて間接的に補助対象とする事業だけでも全国で1年間に約200件の修理、 修景事業が実施されている。修理、修景に係る設計や施工の体制、行政の指導監督体制、補 助金制度その他多くの課題はあるものの、全国の保存地区の保存事業は全体としては着実に

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成果をあげていると言える。 これらの保存事業が展示公開施設の整備として行われることも少なくない。伝統的建造物 の外観のみならず内部も公開するもの、これに加えて内部を保存事業の紹介施設、郷土の歴 史資料・美術資料の展示施設、町並み保存センターとしての案内施設、あるいはこれらの複 合施設として活用するものなど種々あり、最近はますます多くなっている。これらの施設の 運営に地元の保存会やNPO等が参画し、行政と一体となって普及啓発に取り組んでいる例も 多い。 伝建地区の建造物は、重要文化財建造物と異なり、登録文化財と同様に建築基準法が適用さ れるが、保存のため必要がある場合には、建築基準法の一部条項の緩和措置をとることができ る。多くの市町村で建築基準法の緩和条例を設け、構造、防火、採光・換気、道路内での建築 制限、建蔽率、容積率、高さ等の規定について、安全や衛生等の確保との調和を図りながら、 最小限の緩和措置を定めている。 保存計画により伝統的建造物として特定された建造物は修理を行い、その外観を維持する。 伝統的建造物以外の一般建造物は修景により伝建地区の歴史的風致に調和させる。 これら修理、修景経費についての所有者等への補助の内容は、市町村が独自に決定している が、補助対象は外観(密接な関係がある内部-構造体など-を含む)にかかる経費とし、修理の 場合は2/3から8割程度、修景については6割から2/3程度の補助とするところが多く、その限 度額は修理については1件あたり6百万円から8百万円、修景については4百万円から6百万 円程度が多くなっている。国は、市町村が所有者等に交付する補助経費、市町村が直接行う事 業(防災施設整備や市町村が所有する建造物の修理事業等)経費及び事務経費の合計に対して、 補助することになっている。国の市町村への補助率は過疎地域では6 5 %、その他の地域では 50%で、これに道府県の補助が加わる。 4)文化財建造物の耐震対策―耐震診断及び耐震補強 国宝や重要文化財建造物の約9割は木造であり、また地震に特に弱い煉瓦造建築も約70棟あ る。東海地震、東南海・南海地震の被害想定地域内には約400件の重要文化財建造物があり、 迫り来る大規模地震から人命を守り、文化財建造物の滅失を防ぐため、構造特性に即した耐震 対策が急務である。文化庁ではこれまで重要文化財建造物耐震診断指針等を策定し、文化財所 有者等に対して診断の実施を推奨してきたが、経済的負担が少なくないこともあってそれほど 実施されていないのが実状である。このため、経費補助を行うことによって耐震診断の促進に 努めている。耐震診断の結果、構造耐力が不足していることが明らかとなった建造物について は、修理事業等において必要な耐震補強を急ぐ必要がある。 耐震補強を行う場合、その効果を十分発揮させることが重要であるが、一方で、その行為に よって文化財建造物の価値を損ねることがあってはならない。このため、耐震対策は物理的な 補強だけでなく、人間の立ち入り制限措置などソフト面の対策も含めて総合的に計画する必要 がある。物理的な補強においても、補強の位置、材料、施工方法等において細心の注意が必要 である。

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Ⅱ.文化財建造物の修理用資材確保とNPO等による文化財建造物活用推進

現在、文化財建造物の保存・活用をいっそう推進するために、文化庁ではこれまでの施策に 加えて以下の2つに力点をおいて施策を進めている。 1.ふるさと文化財の森システム推進事業 文化財建造物の保存・活用においては、所有者、地方自治体の努力、またNPO等新しい担 い手の活動とともに、修理用資材の安定的確保やこれを適切に扱う技能の継承が欠かせない。 文化財建造物の修理に使う修理用資材はこれまでは多くを一般市場から調達していたが、近年、 檜皮、大径・長大の木材、カヤ材等の需要が激減し、ほとんど市場に出なくなったため、修理 用資材の質と量の確保が極めて困難になっている。 このため、文化庁では修理用資材を安定的に確保し、資材に関する技能者を育成し、またこれ ら資材や技能の確保に関する普及啓発活動等を、「ふるさと文化財の森システム」と名付けて推 進を図っている。これまでに修理用資材確保のための研修や展示の拠点としての「ふるさと文化 財の森センター」が、文化庁の補助により福島県下郷町(茅)、金沢市(茅)、福井県小浜市(檜 皮)、京都市(檜皮)、大阪府河内長野市(茅)、兵庫県丹波市(檜皮)に設置された。続いて、 2006年度からは次の2つの事業が実施されている。第一に、檜皮や木材等を採取する森や野につ いて、その所有者等からの積極的な資材供給や情報提供等の協力を得る「ふるさと文化財の森」 設定事業である。初年度には岩手県二戸市浄法寺の漆林をはじめ、アカマツ林、茅場、檜皮など 計8箇所が設定された。第二に、設定されたふるさと文化財の森や「ふるさと文化財の森センタ ー」において行う修理用資材等に関する展示や体験学習等の普及啓発事業で、金沢、小浜、京都、 河内長野の4箇所で実施された。 なお、2007年度より、文化財建造物の構造や資材、技術、技能について実際の修理現場を 見学し、あわせて関連の講演や資料展示により、修理について一体的・総合的に国民の学ぶ 機会を確保し関心を高めるための「保存修理現場等公開活用推進事業」も開始している。 2007年度は弘前市の重要文化財長勝寺本堂の修理現場をはじめ、5箇所で実施し、多くの参 加者を集めた。

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2.NPO等による文化財建造物活用の推進事業 これまで文化財建造物の保存活用は主として所有者や行政が中心となってきたが、文化財建 造物への関心の高まりのなか、新たな動きが現れている。それはNPOや市民活動団体の文化財 建造物の管理や活用への参画である。文化財建造物の保存運動から文化財建造物の管理へと進 む団体もあるし、また文化財建造物を舞台に活動を展開するNPO等も現れてきた。文化庁では これら保存活用団体の活動実態、及びこれに対する行政施策としての支援のあり方等を検討す る「NPO等による保存活用のための実践的研究」を2004年度∼2005年度に実施したが、この成 果に基づき、2006年度から次の二つの事業を進めている。 (1)NPO等による文化財建造物活用モデル事業 この事業はNPO等が提案する文化財建造物の活用事業案のうち、独自性や創造性に富み、実 現性に優れたものを選定して、文化庁の「活用モデル事業」として委嘱して実施するものであ る。この事業により、文化財建造物の魅力を多様に引き出し、文化芸術の振興、地域再生など 心豊かな社会を実現するための社会資本として文化財を活用する取り組みを推進したいと考え ている。活用モデル事業の実施過程において、文化財建造物の適切な取扱い等について、文化 庁が技術的助言も行い、活用のモデルとなる事例の創出に努めている。 2006年度は全国から67団体の応募があり、審査の結果、9団体に委嘱し、実施した。これら の応募事業、とりわけモデル事業として選定された事業は、いずれも文化財建造物を所有者と ともに地域に開き、清掃や手技の習得など様々な保存に関わる活動や、その歴史的空間を文 ―修理用資材の確保― 茅、檜皮など、修理用資材 の安定的確保のため設定

「ふるさと文化財の森」の設定

修理用資材の採取・加工等 の研修を実施 体験学習など、修理用資材 関連の普及啓発活動を実施 修理用資材をテーマに、保 存修理現場の公開を実施 普及啓発活動等の拠点とし て、全国6箇所に建設済 1. 2. 3. 4. 5.

資材採取等研修事業の実施

普及啓発事業の実施

保存修理現場の公開

ふるさと文化財の森センター

の建設

図1 ふるさと文化財の森システム推進事業

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化・芸術の研修や発表の舞台として活かしつつ、文化財保護について認識を深める活動を行う など、創意にあふれた多様な事業内容となっている。この成果については、各団体による報告 会を行い、成果を交流した。また概要については文化庁HPで公開している。なお、2007年度 についても11団体にモデル事業を委嘱し、事業を実施中である。 (2)文化財NPO等養成研修マニュアル作成 この事業は、文化財建造物の保存・活用について一定の経験を積んだNPO等が、保存・活用 にかかる知識や技術をより体系的、実践的に体得してもらうための標準的なマニュアルを作成 しようというもので、2006年度からその案を作成している。2007年度以降はいくつかの都道府 県で養成研修を試行し、マニュアル案の改定と事例収集を行い、マニュアルの完成とその後の 各地における自律的な研修実施をめざしている。この研修マニュアルをもとに各地で自立的に 研修が実施され、NPO等による文化財建造物の保存活用が格段に広く、深くなることが期待さ れる。

Ⅲ.文化財とともに暮らす

―島根県大田市大森銀山伝統的建造物群保存地区に見る―

1.世界文化遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」の登録 石見銀山は14世紀初めに発見されたと伝え、16世紀前半に神屋寿禎が入山し、灰吹法を応用 した新たな製錬技術を取り入れることにより本格的に操業し、銀生産を飛躍的に拡大した。こ の石見銀山の採掘、精錬技術は国内の他の鉱山にも急速に伝えられ、我が国の銀生産は石見銀 山をはじめとして世界の産銀量の三分の一を占めるようになった。日本産の銀は東アジアに多 事業対象の文化財等 重要文化財 登録文化財 重伝建地区の伝統的建造物 申請者の要件 財団法人、社団法人 NPO法人 その他市民団体 文化財所有者と地方自治体は不可 活用モデル事業の募集 活用モデル事業の選定 活用モデル事業実施報告会 テクニカルノートの作成と公開 文化財の取扱 いに関する 技術的助言 活用モデル事業の委嘱 活用モデル 事業の実 活用モデル事業の募集 活用モデル事業の選定 活用モデル事業実施報告会 テクニカルノートの作成と公開 文化財の取扱 いに関する 技術的助言 活用モデル事業の委嘱 活用モデル 事業の実 ■ 

NPOによる文化財建造物活用

モデル事業の概要

2006年度∼2010年度 図2 NPO等による文化財建造物活用の推進事業

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くが輸出され、これがヨーロッパ人の交易活動と結びつき、広範囲の経済活動を惹起し、東西 の文化的交流を促した。産銀量が最も多かったのは、17世紀の初頭で、その後次第に減少しつ つも幕末期まで継続して操業した。近代には民間経営となったが銀鉱石の枯渇等により1923 (大正12)年には閉山に至っている。 これら鉱山経営の足跡は、「銀鉱山跡と鉱山町」、「港と港町」、「街道」として良好に残って いる。「銀鉱山と鉱山町」は銀鉱山本体とそれに関わって発達した鉱山町である大森町、熊谷 家住宅、代官所跡、寺院、神社、支配関連の矢滝城跡等の山城群等で構成される。「港と港町」 は、銀鉱石と及び銀を積み出した鞆ケ浦、沖泊の港及び温泉津の町と港である。また「街道」 は、石見銀山と鞆ケ浦を結ぶ鞆ケ浦道、温泉津や沖泊と結ぶ温泉津・沖泊道である。 図3 世界文化遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」資産構成図 (島根県作成パンフレットより)。 石見銀山遺跡とその文化的景観は3分野14資産で構成される。「銀鉱山と鉱山町」は銀鉱山本体とそれに 関わって発達した鉱山町である大森町、熊谷家住宅、代官所跡、寺院、神社、支配関連の矢滝城跡等の山 城群等、「港と港町」は、銀鉱石と及び銀を積み出した鞆ケ浦、沖泊の港及び温泉津の町と港で構成され る。また「街道」は石見銀山と鞆ケ浦を結ぶ鞆ケ浦道、温泉津や沖泊と結ぶ温泉津・沖泊道で構成される。

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日本政府は、これら3分野14構成要素からなる文化遺産を「石見銀山遺跡とその文化的景観」 として2006年1月、世界遺産センターを通じて世界遺産委員会に世界遺産一覧表への記載を正 式に推薦した。その後、委員会の諮問機関であるICOMOS(国際記念物遺跡会議)より記載に 関する世界遺産委員会での審議を延期するよう勧告があったが、これに対し構成資産の価値に 関する詳細な補足情報を提出すると共に、2007年6月末の世界遺産委員会において日本政府と して石見銀山の世界遺産としての普遍的価値をあらためてていねいな説明を行った。また鉱山 開発の過程において常に植林を絶やさず、地崩れの防止に努めるといった自然と共生する努力 を続け、現在、緑に覆われた資産群となっていることを訴え、2007年7月の世界遺産委員会で、 「記載」の決議を得たことは記憶に新しい。 これらの文化遺産の保護については島根県や大田市の教育委員会等行政の長年の努力が実っ たものであったが、地元住民の協力も大きかった。町民全員参加による「大森町文化財保存会」 が1957年に組織され、これまで50年にわたり、文化財の学習活動や情報発信、維持管理その他 文化財の保存に関わる様々な活動を多様に展開し、また1986年に「大森町町並み保存対策協議 会」が設置され大森銀山重要伝統的建造物群保存地区の保存事業等に取り組んできたことが、 今回の世界遺産登録にも大きく貢献した。 2.大森銀山重要伝統的建造物群保存地区とその保存事業 大森銀山地区は、江戸時代に幕府直轄地であった石見銀山領約4万8千石、約150力村の中心の 町であった。大久保長安が初代奉行を務めた慶長18年(1613)までは、中世以来の山城である山吹 城の麓の休谷に代官屋敷を置き、その周辺に商家などの町が出来ていた。2代奉行竹村道清(任 期=慶長18年∼寛永12年(1635))のとき、従来の銀山町山内から出て、北に隣接する山陰道沿い の大森町に代官所を移し、その近辺に同心などの武家屋敷や商家、郷宿などを配する現在の町割 りを行ったと考えられる。大森町の現在の町並みは寛政12年(1800)の大火後の再建になるが、明 治以降も県庁や郡役所などが置かれるなどしばらくは行政の中心地としての機能が残り、また、 バイパスとなる県道が早く建設されたこともあって、連続した歴史的町並みが現存している。 1987年に重要伝統的建造物群保存地区に選定された保存地区の範囲は、南の山吹城跡の山麓 から北の代官所跡辺りまでで、町並みを構成する建物の建設年代はほとんどが寛政の大火後の ものである。江戸時代のものが2割強、明治大正期まで含めると6割となる。建物は町家につ いては切妻造平入り二階建てが多い。二階部分は江戸時代のものは低いが、明治以後は高くな る。武家屋敷は平屋が多く、規模は建物・敷地ともに町家と同程度である。建物の意匠は寛政 大火後の再建のものは、防火的に軒廻りなどを塗込めて漆喰仕上げなどとし、開口部を少なく するものが多い。明治以後のたちの高い二階建てでは、黄色い中塗り壁仕上げのままとし、開 口部が大きく、細かい格子戸などを用いる。屋根はいずれも桟瓦葺で、独特のつやと赤味をも つ石州瓦が多く用いられる。社寺では代官所の北隣に城上神社があり、また、五百羅漢像を石 窟内に安置する羅漢寺がある。このほか、勝源寺にある歴代代官の墓や、芋代官として著名な 井戸平左衛門を祀る井戸神社などがある。

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これらを含む歴史的町並みは、山吹城跡の山麓から北の代官所跡周辺に至る約2.8kmにわた って銀山川の谷間に細長く延びており、その約32.8haの区域が前述のように1987年に重要伝統 的建造物群保存地区に選定され、地元住民や大田市、島根県、国が協力して歴史的町並みの保 存事業が続けられてきた。2007年秋には、さらに保存事業の充実を図るため、保存地区が周辺 に拡大され、約5倍の162.7haとなった。拡大部分の大部分は現在は町並み背後の緑豊かな山 地となっているが、かつてはその中に農地や寺社、石切場などがあり、これまでの保存地区と 密接な関わりがあった。また、同様に拡大された羅漢寺南東側の上佐摩下地区は、明治20年代 に道路が整備された以降の町並みであるが、明治から昭和前半にかけての伝統的様式を持つ町 家が残り、既存地区内の羅漢町から連続した景観を有している。 大森銀山伝統的建造物群保存地区では伝建地区の指定以来、これまで建造物の修理・修景事 業、防災施設整備事業等が着実に進められ、地区の歴史的風致は高まっている。これまでの伝 建地区内での主な保存事業等を年表として記すと以下の通りである。 1974 伝統的建造物群保存地区保存対策調査 1987 大田市が石見銀山遺跡総合整備構想を策定 重要伝統的建造物群保存地区に選定 1991 市指定史跡 武家屋敷旧河島家の復原修理実施 1992 町並み交流センター整備実施 1994-1996 防災施設整備実施 1998 熊谷家住宅 重要文化財に指定 2001-2005 重要文化財 熊谷家住宅の保存修理及び活用整備事業実施 2006 重要文化財 熊谷家住宅の竣工・公開開始 2007 「石見銀山遺跡とその文化的景観」、世界遺産に登録される。 重要伝統的建造物群保存地区、5倍の面積に拡大。 表2 大森銀山伝統的建造物群保存地区における保存事業の実績 これらの修理・修景事業は、市の所有や管理している建造物以外は、所有者が実施し、市が 補助金を支出する仕組みで実施される。大田市の補助制度では、現在、修理事業は補助率80%、 限度額800万円/件、修景事業は補助率2/3,限度額600万円/件で運用されている。大田市が支出 する保存事業に対して、国はその65%にあたる額を市に補助する。 棟  数 修理・修景件数 (2006年度末まで) 伝統的建造物 257 126 その他の建築物 298 47 合  計 510 173

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修理修景事業は、所有者が主体となる事業であるが、修理事業についてはその文化財建造物と しての価値を維持し高めるため、綿密な調査と修理設計が必要であり、修景事業については周辺 の歴史的町並み景観と調和する外観デザインの設計が重要である。修理修景の設計は、全国的に は民間設計者が行い、市町村担当部局が審査する仕組みであるが、一部では市町村の担当者自身 が実施している。大田市では、保存地区指定のための保存対策調査時点から町並み担当の職員と 技術職員が直接実測調査等を実施して地区の建造物を熟知したうえで、これまでほぼすべての修 理修景事業の設計監理を担当してきた。これにより、住民の信頼を得ながら、生活上の希望もで きるだけ取り入れたきめ細かい設計により、保存と活用の両立が高いレベルで実現されてきた。 これには奈良国立文化財研究所建造物研究室長らの技術指導が続けられてきた。 保存修理事業については市が1件ごとに「伝建地区保存修理概報」を作成し、各戸や関係機 関に配布している。この修理概報は追録式で、A4サイズのやや厚手の紙を使い、4頁、一部 2頁とし、工事概要、建物の履歴、修理方針、修理前後の写真、平面図、断面図、その他詳細 図等を掲げる。最終頁は「まちなみの歴史を探る」として、修理した建物の史料紹介、伝統的 技術や町並みの歴史に関する情報などを加え、全体としてしっかりした建物カルテとなってい る。これらの充実した情報が地域に蓄積され、地域共有の財産となっていることは特筆すべき ことであろう。 図4 大森銀山伝統的建造物群保存地区 修理概報の例

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これらの修理修景された建造物は住宅として利用するほか、内部を店舗等に改装して活用し ているものもある。旧大森区裁判所を来訪者との交流拠点としての町並み交流センターとする 整備や武家屋敷である旧河島家の保存修理と公開、また後述の重要文化財熊谷家住宅の修理整 備と公開なども実施されてきた。また、歴史的町並みを火災から守る防災施設も防火水槽、消 火栓などが整えられている。 地元では前述の「大森町文化財保存会」のほか、1990年に「石見地域デザイン計画研究会」 が組織され、自主的な研究活動が続けられてきたが、世界遺産登録の機運が高まってきた 2005年には地域住民、市民団体、民間事業者及び行政機関など、合わせて200人規模で「石見 銀山協働会議」が設置され、石見銀山遺跡の保存管理、調査研究、情報発信、受入、活用に ついて議論し、行動計画を策定してきた。地元自治会が集約した「石見銀山スタイルの来訪 者受け入れ対策」など、行政と住民とが一体となって石見銀山を守り伝える斬新な取り組み を始めている。 この20年間にわたるこうした住民と行政の協働による保存事業の継続とまちづくり計画の立 案により、石見銀山地域は次第にかつての輝きを取り戻し、活性化しつつある。 その中でも、地元の2人の企業家による歴史的建造物の保存・再生活動が注目される。一人 は松場登美氏である。松場氏は夫の故郷である大森町に帰り、夫とともに株式会社石見銀山生 活文化研究所を起こし、群言堂ブランドほか和の洋服等のデザイン開発や製造販売を、大森を 中心に全国に展開している。松場氏は銀山地役人の役宅であった旧阿部家(県指定文化財)を はじめ、町家など多くの伝統的建造物の修理、改修を行い、店舗、社員寮、ゲストハウスなど 様々な用途に活用している。石見銀山の歴史、風土に立脚し、歴史的建造物の味わいを大切に しながら、独自の存在感を示している。また、旧郡役所を活用し、地元有志が開設した石見銀 山資料館の現理事長である中村俊郎氏は、大森町に 生まれ、義肢製作を京都やカリフォルニアで学んだ 後、郷里にもどって起業し、「中村ブレイス」を内 外に知られる義肢メーカーに発展させてきた。中村 氏もまた、石見銀山を誇りにし、その歴史や文化を 掘り起こし、旧銀行建物の移築保存も含め歴史的建 造物の保存・活用にも取り組んできた。「石見銀山 遺跡とその文化的景観」の世界遺産登録には、一住 民として、また島根県教育委員長としても尽力され ている。 3.重要文化財 旧熊谷家住宅の保存修理と公開 熊谷家住宅は、大森銀山伝統的建造物群保存地区の北端近く、石見銀山へ通じる谷筋の道に 面し、背面を銀山川に挟まれた場所に位置している。熊谷家は、古文書等によると、17世紀に 石見銀山の経営に関わり、18世紀初頭には掛屋、代官所の御用商人を勤め現在地に居住したと 写真7 大森銀山伝統的建造物群保存地区 の町並み

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推定される。その後、18世紀中頃から郷宿を兼ねて勤め、19世紀になると町役人に就任した他、 江戸末期以降は酒造業も営み、大森町で最も有力な商家のひとつとして栄えた。 現在の住宅は、寛政12年(1800)の大火で焼失した後の再建で、町内で最大級の規模を誇る 町家である。主屋の北に北道具蔵が建ち、北道具蔵の東に小蔵が並んで建つ。そのほか衣装蔵、 東道具蔵、米蔵・雑蔵が建ち並び、屋敷地の北・東境には土塀を巡らす。熊谷家は1998年に重 要文化財に指定され、2001年∼2005年にかけて国庫補助により保存修理事業と活用整備事業、 防災施設整備事業が実施された。保存修理にともなう調査によって、熊谷家は江戸末期から明 治初年までに現在の構えとなったことが確認され、この時期の姿に復原する方針がとられた。 これらの事業にあたっては、市は修理後の公開活用を見据え、熊谷家のくらしにかかる文書調 査、家財調査を併行して行った。家財調査は、地元の女性を公募し、専門家の指導を受けなが ら実施された。「家の女達」を呼ばれるようになった女性達は、家財の調査、研究、発表をこ なし、自ら展示計画を立案し、手作りの展示物を作成した。そして、現在は熊谷家の日常管理 や来館者への説明などを担っている。このように、大森銀山伝建地区の中心をなす歴史的建造 物が保存修理によって価値を明確にし、この建物を深く理解し、愛情を注ぐ地元の人たちのき め細かな管理運営によって、他地域からの来訪者へ公開され、好評を博しているのである。 図5 重要文化財熊谷家住宅配置図 写真8 熊谷家住宅(島根県大田市)修理竣工写真 写真9 熊谷家の暮らしを伝える手作りの展示

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Ⅳ.文化財の保存・活用を地域の力に、地域の幸せに

―新たな文化財保護施策に向けて−

文化財保護施策についてはこれまで国の文化審議会文化財分科会企画調査会等で時代に対応 した政策の検討がなされ、その提言に基づき、1998年に文化財登録制度の創設、2004年に登録 制度の拡充や文化的景観、民俗技術の保護制度の創設などが行われてきた。さらに、近年の国 民の伝統文化に対する関心の高まり等を踏まえ、文化財の保存と活用に関する新たな方策の検 討のため、2006年11月に改めて学識者等10名の委員による企画調査会が設置され、9回の審議 を経て2007年10月に報告書が発表された。 この報告書の主な内容は①文化財を総合的に把握するための方策、②社会全体で文化財を継 承していくための方策 の2項目である。 ①の文化財を総合的に把握するとは、文化財保護法で有形文化財、無形文化財、民俗文化財、 記念物、文化的景観、伝統的建造物群の類型ごとに指定、選定、登録され、保存・活用の措置 がとられているが、さらにその類型を越えて文化財相互間の関係に留意し、文化財とその周辺 環境との関係も含め、総合的に保存活用を図ろうとするものである。具体的には、地域の歴史 や文化を表徴する文化財を総合的に把握し、保存活用することによって、文化財の魅力が向上 し、また地域活性化の核となることが期待される。そのためには、既存の文化財保護施策を活 用すると共に、市町村行政等において建設や都市計画等まちづくりの担当部局と緊密に連携し、 文化財周辺環境を適切に保全整備し、文化的空間を創出することが求められる。その一つの手 だてとして、報告書では、地方公共団体による「歴史文化基本構想」の策定を提案している。 地域にある様々な文化財を指定の有無や類型の違いにかかわらず適切に把握し、周辺環境も含 めて総合的、長期的に保存・活用するための基本構想である。その策定にあたっては「関連文 化財群」、「歴史文化保存活用区域」の事項を盛りこむことを求め、また地域の住民やNPO法人 等も含めた保存活用の推進体制の整備についても盛り込むこととしている。 ②の社会全体で文化財を継承していくための方策 では、国民の文化財に対する親しみを深 めるための方策、文化財保護にかかわる人材の確保のための方策、文化財保護に対する支援を 充実させるための方策の3つを提言している。特に文化財保護に対する支援では、寄付の受け 皿となる窓口の創設や行政とNPO法人等民間団体とのパートナーシップの促進の必要性を強調 している。 以上のように、今回の企画調査会では、文化財を国民共有の財産としてとらえ、社会に対し てその価値を還元していく方策について重点的な検討がなされた。文化庁ではこの報告書の提 言について、できるだけ早く施策に反映していきたいとしているが、たとえば、歴史文化基本 構想の策定については、地方公共団体を支援するためのモデル事業の実施が2008年度予算案に 盛り込まれた。また、文化財の周辺環境整備の促進については、国土交通省等との連携も深め つつある。

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結 び

2004年に制定された景観法やこれに関連する都市緑地保全法改正等は、我が国のこれまでの まちづくりが、急速な都市化の進展の中で経済性や効率性、機能性を重視し、美しさへの配慮 を欠いていたとの反省に立ち、また近年、美しい街並みなど良好な景観への国民の関心が高ま っていることを背景に、国として景観に関わる総合的な法制度を整えたものである。これは地 域空間の文化的価値をまちづくりの観点から評価し、地域の努力を支援することをねらってい るものと言えよう。これまで述べてきたように、文化財保護行政においても保護対象の拡大や 保護手法の充実を重ねると共に、総合的な文化財の保護・活用施策を展開しようとしている。 こうした中にあって、文化庁と国土交通省及び農水省は、地域における文化財建造物等文化財 周辺の適切な整備等について、新たな施策を共同で検討しているところである。 以上のように、文化財建造物の保存と活用に関わる施策は、社会の変化と国民意識の成熟に あわせて、より総合的、重層的かつ施策横断的に整備され、さらに充実に向けての検討がなさ れている。 文化財建造物や歴史的集落・町なみの保存と活用は、今、地域の歴史的個性を生かしたまち づくりや観光振興をも含めて、人々の熱い期待を受けて、飛躍の時代を迎えている。 市町村A = 歴史文化基本構想策定範囲 関連文化財群a 歴史文化保存活用区域α 関連 文化財群b 歴史文化保存活用区域β ※複数の自治体にまたがる広域の関連文化財群や歴史文化保存・活用区域を設定することも可能 伝統的まちなみで行うまつり 伝統的なまちなみ 海辺の集落に伝わる伝統的習俗 昔ながらの港 村落の中の寺社 まちなみを示す古地図 輸送に用いられた歴史街道 郷土の民俗資料 歴史民俗博物館 図6 「歴史文化基本構想」と「関連文化財群」のイメージ(文化庁ホームページより) 市町村指定等文化財 都道府県指定等文化財 国指定等文化財 未指定文化財 各種文化施設(美術館・博物館・ 歴史民俗資料館・劇場等) 歴史文化保存活用 区域(仮称) ※※写真はイメージを示すためのものであり、実際の   文化財の説明と一致しない場合があります。

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参考文献 ・「文化財建造物活用への取組み」文化庁文化財保護部建造物課 1998 ・「文化財建造物活用への取組み 第2集」文化庁文化財部建造物課 2004 ・松場登美―石見銀山―足元の宝を見つめて暮らしをデザインする(西村幸夫他編「証言・町並み保存」 所収 学芸出版 2007) ・林 泰州 石見銀山のまち「大森」の町並み保存20年(季刊まちづくり0801 所収 学芸出版 2007) ・NPO法人玉川まちづくりハウス+文化庁文化財部参事官(建造物担当) 重要文化財熊谷家住宅の活用 (文化庁月報2006.3所収) ・文化審議会文化財分科会企画調査会報告書 2007年10月30日

参照

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