文 教 大 学 言 語 と 文 化 第14号
『大乗院寺社雑事記』にみえる茶史料
中 村 修 也
Tea h
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大乗院寺社雑事記
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(大乗院寺社雑
事記),
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(大乗院),
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(珠光),
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(わび茶),
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(引茶)
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.
The temple which produces tea can be
considered as a future subject.
-136
(
1
5
)
一、﹃大乗院寺社雑事記﹄と茶の湯
﹁茶の湯﹂というと、現在においては、一般的に
はわび茶を意味する。わび茶というのは、抹茶を草
庵風茶室で飲むことと、その一連の作法をさす。わ
び茶の祖は珠光ということになっている。珠光の生
没年は、応永三十年(一四三二)から文亀二年(一五
O
二)とされる。珠光の生きた時代を考えると、十
五世紀後半に﹁わび茶﹂なるものが、誕生したこと
になる。十五世紀末と限定してもよいかもしれない。
この時期の史料として、ここにとりあげた﹃大乗
院寺社雑事記﹄(以下、﹃雑事記﹄と略す)が存在す
る[註1]。﹃雑事記﹄は宝徳二年(一四五
O
)
から大
永七年(一五三七)までの大乗院の寺務日記である。
その執筆期間は、完全に珠光の生きた期間をカバー
し
て
い
る
。
それゆえ、﹃雑事記﹄に描かれた社会相は、珠光
の生きた社会棺そのものとなる。ここから、わび茶
なるものが発生した社会相を見出す事ができるかも
し
れ
な
い
。
大乗院は、奈良・興福寺の門跡寺院の一つである。
興福寺には一乗院と大乗院の二つの門跡寺院があっ
た。同門跡ともに興福寺に属するものの、別格寺院
として独立寺院としての格を有した。一一衆院には近
衛流の、大乗院には九条流の摂関家子弟が入った。
大乗院は、権大僧都隆禅が興福寺の東方に創建し
たのが始りである。しかし、源平の戦火で焼失し、
信円が元興寺別院の禅定院を大乗院家に定め、以後、
奈良南郊に大乗院郷が発展することになった。
﹃雑事記﹄は、第二十七代門跡の尋尊と第二十八
代門跡政覚・第三十代経尋の三人の日記をまとめた
ものであるが、後の二人の分量は少なく、圧倒的に
尋尊の記した文書を元にしている。尋尊は、最初、
宝徳二年(一四五
O
)
に﹃寺務方諸廻詰﹄を書き始
め、康正二年(一四五六)二月に別当に任じられる
とともに、本格的に日記を書き出した。ついで、長
禄三年に別当を退くと、﹃寺社雑事記﹄として、永正
五年(一五
O
八)まで、ほぼ四十九年問、書き継い
-135
一
(
16
)
第 14号
だ。それゆえ、﹃雑事記﹄を尋尊の寺務日誌を中心に
考えることも、それほど的外れでもない。
さて、尋尊の簡単な経歴をみておこう。彼は永享
二年(一四三
O
)
八月七日に、京都一条殿に生まれ
ている。父は一条兼良、母は小林寺殿である。永享
十年十二月八日、九歳の時、新門主として大乗院に
入室し、同十二年十一月三十日得度、同十二月二十
五日に受戒している。康正二年二月十日に興福寺別
当となり、翌長禄元年(一四五七)六月二日に大僧
正に任ぜられている。尋尊二十八歳の時である。ま
さに摂関家出身ならではのスピード出世であった。
ただし、別当はわずか三年ほどで辞している。以
後、異常とも言える情熱で﹃雑事記﹄を書きつづけ
言語と文化 文教大学る
の
で
あ
っ
た
。
本稿は、﹃雑事記﹄に記されたさまざまな記事の
中から、茶の湯関係記事を検索し、それをもとに史
料年表を作成する事を目的とした。そして、その作
成過程において、気づいた点を、覚書的に取り上げ
る事とした。よって本稿は、あくまで本格的な室町
末期の茶の湯論の基礎的作業であり、本格的な論は
今後の課題としたいと考えている。
二、茶進上に関する覚書
全体を通して茶の進上が行われている時期は三
時期に限定されてくる。
そ
れ
は
ま
ず
、
①正月の新年を祝う時期である。
次
が
、
-134
一
(
1
7
)
②八月一日の八朔の祝いの時期。
そ
し
て
最
後
が
、
③十二月末の歳暮の時期である。
多少の例外はあるが、基本的にはこの三つの時期
に、他の進物と同様に茶が進上されている。ちなみ
に、他の進物は主として扇・杉原紙などである。
このことは、茶が、十五世紀後半には、時節の進
物品として、一般的な地位を確保していたというこ
とを意味する。
お茶の量であるが、十袋、二十袋が一般的
な進上量であった。種類としては、﹁茶﹂﹁新茶﹂﹁古
茶﹂という三種類の品質の違いがあった。さらに﹁吉
茶﹂﹁上品﹂という特殊な品質の茶もあった。銘柄と
しては﹁宇治茶﹂が登場している。
そして葉茶以外に、抹茶としての
が
現
れ
る
。
さ
て
、
﹁
引
茶
﹂
﹁
曳
茶
﹂
文明十六年四月五日条に、﹁畑茶一斤八十袋也﹀﹂
とあり、これを一つの基準とすると、茶十袋
H一
斤
という式が成り立つ。しかし、文明二年四月二十三
日条には、﹁新茶九斤自尭穀方進之、山内茶云々、二
十七袋有之、﹂とあり、九斤の新茶が二十七袋になっ
ている。これだと一斤
H一
一
一
袋
と
い
う
換
算
率
で
あ
る
。
そのほかに、﹁文明三年慈思会記﹂という記録の
中には、﹁八百文茶十斤﹂と﹁九十文茶境︿二﹀﹂とい
う記載がある。これより、ある種類の茶の値段がわ
かる。つまり、文明三年の慈恩会で使用した茶は、
茶一斤リ八十文の茶であった。そしてそのお茶を入
れる磁器は一つが四十五文の﹁茶境﹂であった。
茶の値段については、文明七年二月十九日条にも
記載がある。そこでは、﹁茶十斤二貢文﹂とある。
すると、茶一斤
H二
OO
文となる。これは慈恩会で
使った御茶よりはるかに上等の茶ということになる。
さらに文明七年六月には﹁茶日記﹂なる史料が掲
載されている。それには、次のような茶の値段が登
場
す
る
。
八
OO
文リ茶十斤
三
六
O
文
H
茶四斤半
七
五
O
文
H茶
十
斤
←
茶
一
斤
H七五文
三二五文
H茶
五
斤
←
茶
一
斤
H六五文
これによると、一般的な茶の値段は、ほぼ茶一斤
につき六五文から八
O
文の間であったことがわかる。
また、﹁吉茶分七斤﹂が﹁五百廿五文﹂とあり、吉茶
一
斤
H
七五文であったこともわかる。その他、﹁ソソ
リ﹂が二斤で九
O
文(一斤
H四
五
文
)
、
﹁
ヒ
ク
ツ
﹂
が
←茶一斤
H八
O
文
←茶一斤日八
O
文
-133-(
18
)
八斤で一一六文(一斤
H一四・五文)という記録も
あり、非常に貴重である。
そ
の
上
、
こ
の
﹁茶日記﹂には、袋と重さの換算率
第14号
を記した数字もある。
︿三百五十﹀七十文宛分五斤、五十四袋半
とある。これを計算すると、茶一斤七
O
文
の
茶
は
一
0
・九袋分となる。約一一袋である。この換算率は
畑茶の場合とほぼ同量である。してみると、新茶の
一
斤
H
三袋というのは、通常の約三倍の大きさの袋
ということになる。
茶を入れる袋の大きさが一様ではないことが理
解できるが、﹁茶日記﹂に記された袋を一応は、大乗
院における標準的大きさと考える事にしよう。
言語と文化 文教大学引茶について
﹃雑事記﹄に登場する茶には、一般的な茶以外に、
﹁引茶﹂﹁曳茶﹂が登場することはすでに指摘した。
﹁引茶﹂という用語については、引き出物の茶という
理解が林屋民三郎によって提示され[註
2
]
、その説
がこれまで認められてきたが、﹃雑事記﹄の記事を見
る限りでは、その見解は改められなければならない。
たとえば、大乗院に対して進上された茶は、十
袋・二十袋・三十袋と表記されている。つまり、一
般に進上物の茶は、﹁袋﹂を単位としていたことがわ
か
る
。
﹁茶﹂が一般に﹁
O
袋﹂と袋を単位として-記され
て
い
る
の
に
対
し
て
、
﹁
引
茶
﹂
・
﹁
曳
茶
﹂
は
と
も
に
ご
器
﹂
と器を単位として表記されているからである。そし
て、﹁引茶﹂と﹁曳茶﹂は同義であろう。
一方、﹁茶﹂が一器の単位を付されることも時々
ある。この場合の﹁茶﹂表記は﹁引茶﹂あるいは﹁曳
茶﹂の省略形と考えるべきであろう。
なぜなら、逆の場合、つまり﹁引茶﹂﹁曳茶﹂が
﹁
O
袋﹂という単位で表記される事はないからである。
﹁引茶﹂﹁曳茶﹂の場合は、必ず﹁
O
器﹂か﹁
O
種 ﹂
と表記されている。これは挽いた茶を袋に入れるこ
とはできなく、器でなければ持参できないからであ
り、抹茶の種類が異なる場合は﹁
O
種﹂と表現した
のであろう。たとえば三種とある時は、三種類の抹
茶を意味して、別々の茶を同一容器に入れるはずは
川 地 川 別 a ・ 唱 ' L 咽 E A(
なく、それは必ず三器をも意味するから、わざわざ
三種三器とは記さないで、三種とだけ記載されたも
のと考えられる。それゆえ、﹃雑事記﹄の表記におい
ては、次の規則が成り立つと考える。
﹁
葉
茶
:
:
:
:
・
:
j
i
-:
:
:
:
単
位
は
﹁
袋
﹂
茶
人
一
引
茶
・
曳
茶
(
挽
い
た
茶
)
・
:
単
位
は
﹁
器
﹂
﹁
種
﹂
より明確に知らしめてくれるのが、明応
七年四月二十四日条の次の記事である。
一、己心寺新茶二十袋進之、又曳茶一器進之、
本ハ茶茶(街カ)十袋進之欺、
ここには﹁新茶二十袋﹂と﹁曳茶一器﹂が同時に
登場し、しかも両者ともが己心寺よりの進物である
ことが理解される。つまり茶と曳茶は別物であり、
茶が引出物の茶である以上、曳茶の﹁曳﹂は引出物
の意味の﹁引﹂ではなく、曳く本来の﹁挽く﹂とい
う意味で使用されているとしか考えられない。
では、何で茶を挽いたかというと、もちろん茶臼
こ
れ
を
、
茶臼については、平安時代の﹃和名抄﹄に
﹁茶研、茶磯子﹂とあるので、薬研のごとき類と考え
られている。辞典類にも、現在のような石臼形にな
った時期を明確にしない。しかし﹃掃墨物語絵巻﹄
には、茶臼の絵が描かれている[註
31
﹃
雑
事
記
﹄
で
も
、
﹁
茶
臼
﹂
が
登
場
す
る
。
長禄二年五月十二日条に、﹁今度橋本坊ノ茶臼取
隠之之由風聞之間﹂とあり、長谷寺の橋本坊には茶
臼があったことが知られる。
また、明応三年(一四九四)十二月晦日条にも、
一
、
座
敷
道
具
、
(
中
略
)
茶
臼
一
︿
元
ヨ
リ
在
之
﹀
、
(
中
略)茶湯棚一間︿槻、松林院物也
v
、
とあり、室礼の一つとして茶臼が登場している。
このような茶臼の存在は、明確に抹茶としての
﹁引茶﹂﹁曳茶﹂の存在を我々に確信させてくれる。
また、﹃雑事記﹄にみる茶関係史料年表(後掲)を見
ると、﹁引茶﹂﹁曳茶﹂を進上しているのが、浄土寺・
己心寺・新浄土寺・新禅院の四所にほぼ限定されて
おり、ことに前二者の浄土寺・己心寺に多く見られ
で
あ
る
。
礼
的
' ー ‘ n L 唱 EA(
第14号
る進上傾向である事が看取できる。このことより、
この二寺にも茶臼が存在した可能性は高い。
寺院が茶畑を経営し、その茶を頒布していた様子
は、金沢文庫文書に描かれているとおりである。金
沢貞顕などは称名寺に挽茶を依頼していることから
も、早くから寺と茶の関係は緊密であったことが理
解
さ
れ
る
[
註
4
1
言語と文化回、﹁茶頭﹂について
康正三年四月十七日条に、
一、夏中手習茶頭泰経法印勤仕了、
という記事がある。茶頭というと、一般的には貴人
に代わってお茶を立てる人をさすが、ここでは夏の
手習の﹁茶頭﹂を泰経法印が勤めたとある。﹁手習﹂
とあることより、この茶頭は、お茶の師匠とは考え
に
く
い
。
文教大学さらに、文明二年四月十五日条に﹁茶頭縁舜法眼
云々﹂とある﹁茶頭﹂はお茶に関わらない。同日の
前の記事をみるとそれが明確になる。
一
、
講
問
一
座
予
行
之
、
一、舎利講、導師信承公、
一
、
茶
頭
縁
舜
法
眼
云
々
、
とある。ここにおいて、この日の茶頭は、舎利講の
茶顕であることがわかる。つまり茶頭には、会の進
行役という意味合いがあったことが窺われる。
同じような例は、文明十五年四月八日条にも見ら
れ
る
。
n u
、
l' 唱 EA。
d n, “
噌 EA(
茶頭予、連歌初之、
これによると、尋尊は連歌会の茶頭役を勤めたよ
うである。連歌にはあるいは茶の湯も伴ったかもし
れないが、この記述からでは、茶頭はあくまで連歌
会の﹁茶頭﹂と理解するほかない。
文明十六年四月八日条の史料にも、
一、夏中舎利講等初之、茶頭予仰付之、連歌発
句
予
、
と
あ
る
。
、
ここでは、尋尊が舎利講の茶頭となってお
り、連歌でも発句を勤めていることが明確にわかる。
やはり茶頭は茶の湯に限定される用語ではないよう
で
あ
る
。
さて文明十九年四月八日条の記事をみよう。
一、同連歌手習茶頭仰付之、
これを、どのように理解するか。連歌の手習におい
て、尋尊が茶頭役を仰せ付かった、と解するのが穏
当
で
あ
ろ
う
。
では、なにゆえ、茶頭が茶の湯の点前役あるいは
師匠という意味ではなく、座や会の進行役としての
意味を持つようになったのであろうか。
一つには、その前提となる条件を考えなければな
らない。茶の湯において、茶頭は直接的に茶を点て
る人を意味する。そして茶を点てる、いわゆる亭主
は茶会の進行役でもある。つまり、﹃雑事記﹄にみえ
る﹁茶頭﹂の意味は、本来、茶会においてこそ使わ
れるべき用法なのである。それが連歌や手習といっ
た他の場面においても使用されるということは、﹁茶
頭
H会の進行役﹂という概念が、広く社会的に定着
していることを意味する。そして、そのことはとり
もなおさず、茶会が社会的に普及していることをも
意
味
す
る
。
つまり、茶会が一般化することで、茶会用語であ
った﹁茶頭﹂という言葉が、一般的な進行役という
意味の代名調的存在になったと考えるのである。
このことは、茶会が利休の時代ではなく、すでに
珠光の時代に相当普及していたことを、我々に教え
て
く
れ
る
。
先に見た﹁茶日記﹂には、棚・金風呂・釜・水指・
下水・建蓋・台・茶境といった、茶道具が列記され
ている。茶尭・茶杓・柄杓といった消耗品は記され
ていないものの、後の茶の湯に必要な道具はすべて
-129
一
(
2
2
)
登
場
し
て
い
る
。
これまでは、﹁わび﹂茶の成立と茶の湯の歴史を
同レベルで考える傾向が強く、それ以前の喫茶に関
しては、闘茶の遊戯性や宴会での付け足しのような
存在としてしか評価されて来ていないが、少なくと
も寺院社会における喫茶や室礼に関しては、再考す
る必要があると考える。
このような喫茶文化が存在していること
を前提にして、珠光の茶が生まれてきたのではなか
ろうか。言い換えると、喫茶文化がじゅうぶん社会
に浸透した時代に育った珠光だからこそ、彼自身の
新たな茶の湯文化を創造することができたのではな
かろうかということである。
つ
ま
り
、
第14号まとめとして
言語と文化珠光がわび茶の祖といっても、なにもないところ
に、珠光がまったく独自に茶の湯を作り上げること
は困難であったろう。鎌倉から続く禅宗・律宗を中
心とする寺院文化の中で、喫茶文化は育まれていた。
金沢文庫や称名寺の周辺で、武家の中にも喫茶文化
が展開していたことは、すでに指摘されているとお
り
で
あ
る
[
註
5
]
。厳密にいうと、貴族社会において
は、平安期から細々とではあるが、儀礼の中に引茶
の作法が受け継がれていた[註
6
]
。
そうして、室町の将軍家や守護大名家では闘茶や
文教大学書院の茶が行われていた。それらの喫茶文化の上に、
珠光のわび茶が成り立つのである。
ただし、珠光自身が、みずからの茶の湯を﹁わび
茶﹂と称したかというと、それは甚だ怪しい。おそ
らくは﹁数寄﹂と称したであろう。それは、珠光の
後継者とみなされる宗珠が﹁数寄の張本﹂﹁数寄の上
手
﹂
[
註
7
]
と呼ばれていることからも察せられる。
﹁数奇﹂とは、本来、茶に限ったことではなかった
であろうが、この時代には﹁数奇﹂といえば、茶の湯
を指すほどに一般化していたのであろう。この珠光
から紹鴎を経て、利休で完成されたといわれる﹁わ
び茶﹂は、町人茶を基本としながらも、利休の弟子
に大名、が多くいたことからもわかるように、後の大
名茶の源流となっている。ようするに江戸期の武家
茶も、基本的には利休流の茶が多いということであ
1
2
8
(
2
3
)
る
その一方、﹁草人木﹂や﹁源流茶話﹂な
どの江戸期の茶書には、わび茶はわび人、つまり町
人で経済的に裕福ではない人の茶として認識されて
し
か
し
、
いわゆる﹁わびしい人の茶﹂がわび茶であっ
た。この概念でゆくと、利休流の茶であっても、武
家・大名の茶はわび茶ではなくなる。
この矛盾を解消するために、長年使用されてきた
用語ではあるが、﹁わび茶﹂を停止して、﹁数寄(茶ご
を提唱したいが、いかがであろうか。
そのような珠光以後の﹁数寄(茶ごを生み出し
た時代背景として、﹃雑事記﹄に現れた茶史料をさら
に検討する必要があろう。当時の茶生産地がどこで
あったか。また大乗院に茶を進上する諸寺院、たと
えば浄土寺や己心寺などについても詳しく調べる必
要がある。そしてなにより、大乗院との関係の深い
奈良の土豪・古市氏の茶の湯についても検討する必
要がある。このように残された問題は多い。今後の
課題としたいと考える。
い
る
。
[
註
]
①﹃大乗院寺社雑事記﹄については、主として鈴木
良一﹃大乗院寺社雑事記ある門閥僧侶の没落の
記録﹄(そしえて、一九八三年)の研究によった。
②林屋辰三郎﹃図録茶道史﹄(淡交社、一九八
O
年 )
。
③筒井紘一・他編﹃茶の湯絵画資料集成﹄(平凡社、
一
九
九
二
年
)
。
④テ
l
マ展図録﹃鎌倉時代の茶﹄(神奈川県立金沢文
庫、一九九八年)、中村修也﹁人物茶道史
6
金
沢貞顕﹂(﹃孤峰﹄二二巻九号、二
OOO
年 )
。
⑤熊原政男﹃鎌倉の茶﹄(河原書居、一九四八年)、
村井康彦﹃茶の文化史﹄(岩波書庖、一九七九年)。
⑥中村修也﹁栄西以前の茶﹂(谷端昭夫編﹃茶道学大
系
2
茶道の歴史﹄所収、淡交社、一九九九年)。
⑦鷲尾隆康の日記﹃二水記﹄の大永六年八月廿三日
条に、﹁当時数奇宗珠抵候、下京地下入道也、数
奇之上手也﹂とあり、同書天文元年九月六日条に
も、﹁宗珠茶屋:・誠可謂市中隠、当時数奇之張本
也﹂と記されている。
-127
一
(
2
4
)
﹃大乗院寺社雑事記﹄茶関係史料年表
第14号 四 四 四 四 四 凶 四 四 四 四 四 四 四 四 四 四 四 jJJ3 五 五 五 五 五 五 五 五 五 五 五 主 五 五 五 五 五I
替J
,
Fじ 戸七4
二 七 'じ ーじ イコ 七ー じ Fじ ーl
二 七 ー七 ーじ ,じ ー七 長 禄O
長 禄O
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