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1920-30年代における中国蚕糸・絹業の動向 : 世界大恐慌期の労働問題を中心として

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1920-30 年代における中国蚕糸・絹業の動向

―世界大恐慌期の労働問題を中心として―

永 瀬 順 弘

目   次 はじめに Ⅰ 1920-30 年代における外国貿易と中国の蚕糸・絹業 Ⅱ 1920-30 年代における中国蚕糸・絹業の動向 Ⅲ 世界大恐慌期における中国蚕糸・絹業における労働問題   1.労働力   2.賃銀   3.労働時間 おわりに

はじめに

 筆者は、これまで中国の蚕糸業についての論文として(1)「19 世紀末期における中国蚕糸業の 動向」(『桜美林エコノミックス』第 4 号、1975 年 6 月)、(2)「1930 年代における中国蚕糸業の動向」 ―「華中蚕糸」を中心―として(『桜美林エコノミックス』第 7 号、1978 年 12 月)を発表してきた。 また、先の論文「1930 年代前半におけるアメリカ絹靴下工業の動向」(桜美林論考・『桜美林エコ ノミックス』創刊号((通巻 57 号)) 2010 年 3 月)において、1929 年のアメリカ発の世界大恐慌 が中国蚕糸業にどのような影響を与えていくことになったのかについて、「世界恐慌との関係で検 討を要する問題は、中国の動向であり、日本がアメリカ市場に全面的に依存している中で、中国の アメリカへの輸出は、価額比4 4 4でみると、1931 年までは 10%台を示しているものの、1932 年以降で は、3%台に激減しているのであり、世界恐慌が日本と中国に対して与えた影響では、かなり異なっ た様相を呈したことが想定され、この点検討を要する課題である」として別校を用意することとし た。今回の研究は、この課題に迫るための一準備作業として行うこととしたものである。研究の力 点は、世界大恐慌期における中国蚕糸・絹業と労働問題におかれるが、経済史と労働問題・労働 運動の接点を探る筆者の問題意識から、Ⅰ、Ⅱは、このための予備的検討となっている。

Ⅰ 1920-30 年代における外国貿易と中国蚕糸・絹業

(1)  先ず、われわれの対象とする時期における貿易収支の動向から確認してみることとしたい。第 1 表は、中国の輸出入の推移をみたものであるが、本表によれば、中国の貿易収支は、1933 年の入

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超をピークに、年々赤字は減少してゆくとはいえ、慢性的な入超状態にあることがわかる。 第 1 表 中国の輸出入推移(単位 : 100 万元、 指数 1871 ~ 1873 年 =100) 年 代 輸 出 指 数 輸 入 指 数 出超(+)入超(-) 1871 ~ 1873年 110 100.0 106 100.0 1 1881 ~ 1883 108 98.2 126 118.9 18 1891 ~ 1893 167 151.8 219 206.6 52 1901 ~ 1903 311 282.7 473 446.2 - 162 1909 ~ 1911 570 518.2 702 662.3 - 132 1919 ~ 1921 921 837.3 1,203 1,134.9 - 282 1929 ~ 1931 1,464 1,330.9 2,082 1,964.2 - 618 1933 612 556.4 1,346 1,269.8 - 734 1934 535 486.4 1,030 971.7 - 495 1935 576 523.6 919 867.0 - 343 1936 706 641.8 942 888.7 - 236 厳中平他編『中国近代経済史統計資料選輯』、64 頁。(以下『統計資料選輯』と略す)。原資料は 「歴年海関報告」。  では、こうした慢性的な入超状態は何にもとづくものであろうか。この点について主として厳中 平他篇『中国近代経済史統計資料選輯』に依拠しつつみることにしたい。まず中国の主要輸出品 の動向をみると、次表のようになる。 第 2 表 中国の主要輸出品の各年比率 (%) 年 代 生糸 荳餅 落花生 棉花 棉糸 桐油 猪鬃 鎢砂 その他 1871 ~ 1873年 52.7 34.5 0.1 0.2 12.5 1881 ~ 1883 46.2 26.2 0.2 0.4 27.0 1891 ~ 1893 26.9 24.6 1.2 4.8 42.5 1901 ~ 1903 11.3 26.7 2.3 2.6 5.1 1.0 1.0 50.0 1909 ~ 1911 9.8 18.2 7.4 5.1 0.9 5.8 1.1 1.1 1.6 49.0 1919 ~ 1921 2.5 16.0 5.9 7.6 1.1 3.1 0.4 1.1 0.9 4.0 1.4 56.0 1929 ~ 1931 3.6 12.1 14.8 5.5 2.2 2.9 2.5 2.7 1.1 5.0 0.8 0.3 46.5 1933 5.6 7.8 0.8 2.8 4.9 6.5 4.9 2.0 5.9 3.3 0.5 55.0 1934 6.7 4.5 1.3 2.2 2.8 5.8 4.9 2.8 5.6 2.6 1.1 59.7 1935 5.2 6.3 0.9 3.5 3.8 3.3 7.3 2.8 5.6 3.5 1.2 56.6 1936 4.4 5.2 1.1 0.3 1.6 4.0 1.7 10.3 3.5 5.9 3.8 1.3 56.9 1947 3.6 2.8 3.7 0.1 0.6 6.6 15.2 8.8 2.3 0.6 2.8 52.9 同上『統計資料選輯』、74 ~ 75 頁。 ☆は 0.5 以下、以下同様。  まず、第 2 表によって中国の主要輸出品をみると、19 世紀末期においては茶が首位を占め、こ れに生糸が続き、両者で輸出総額の 5 ~ 8 割余を占めていたことがわかるが、20 世紀に入るとと もに、両者はその地位を相互に入れかえつつも減少傾向を辿りつつ、絶対額においても減少傾向 にあり、とりわけ 1930 年代においては茶、生糸とも、それぞれ 1 割以下の数字を示しているにす ぎないことが確認される。とはいえ、生糸は、桐油・茶とならび第一、二位を競う主要輸出品とし ての地位を依然として保持していたことも同時に確認することができるであろう。  次に第 3 表によって、中国の主要輸入品をみておくことにしたい。

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第 3 表 中国の主要輸入品の各年比率(%) 年 代 阿片 綿布 綿糸 棉花 染 料 顔 料 油 漆 風立水 煤油 小麦 麺粉 綱及鉄 機器 工具 その他 1871 ~ 1873年 37.7 30.2 2.8 3.8 0.9 0.9 0.9 0.9 21.9 1881 ~ 1883 37.0 22.8 5.8 2.1 0.8 0.5 0.3 1.1 29.6 1891 ~ 1893 20.5 20.5 14.6 0.9 1.4 3.7 2.7 5.9 0.5 1.8 0.5 27.0 1901 ~ 1903 12.3 19.7 18.6 0.8 1.3 4.9 5.5 4.2 1.3 1.7 0.4 29.3 1909 ~ 1911 10.3 16.7 12.8 0.6 2.3 5.8 5.3 4.8 1.1 3.0 1.9 35.4 1919 ~ 1921 18.4 9.6 2.6 2.9 6.9 6.3 2.4 0.3 5.0 4.5 41.1 1929 ~ 1931 0.1 10.0 0.7 10.0 2.4 4.4 6.8 6.1 3.0 3.0 4.4 3.5 45.6 1933 4.3 0.3 7.3 3.0 6.5 3.1 11.2 6.5 2.1 6.1 3.2 46.4 1934 2.6 0.3 8.7 3.8 3.9 3.2 6.4 3.1 0.7 8.3 5.7 53.3 1935 2.3 0.2 4.5 4.1 4.1 3.0 9.8 3.8 0.7 8.1 7.2 52.2 1936 1.3 0.2 3.8 4.4 4.2 2.2 2.9 1.3 0.5 9.8 6.4 63.0 1947 0.2 18.5 4.6 2.2 0.3 1.8 1.4 5.2 8.3 57.5 『統計資料選輯』、74 ~ 75 頁。  第 3 表は、中国の主要輸入品をみたものであるが、まず 19 世紀後半においては、阿片、綿布が かなりの比重を占めつつ、これに綿糸、糖、米などが続いているが、20 世紀に入ると、阿片、綿 布は年々減少しつつ、とりわけ 1930 年代においては、阿片は全く姿を消し、綿布も 5% 以下にす ぎなくなり、これに代って鋼、鉄、 機械器具などの生産財をはじめ、棉花、米などの輸入の比重が 増大してくることがわかる。  以上の輸出入品の動向から、われわれは、とりわけ 1920 - 30 年代において、中国の生糸は、鋼、鉄、 機械器具、棉花等、中国の近代工業化にとって必要な原料、生産手段の輸入をペイするための外 貨獲得部門としての重要な役割を担っていた、ということができるであろう。  次に、こうした輸出入の動向を国別にみると第 4、 5 表のようになる。 第 4 表 輸出貿易に占める各国の比重(1871 ~ 1947 年) (各期各国統計 =100) 年 代 香 港 日本及台 湾 アメリカ イギリス ドイツ フランス ロシアソ 連 その他 1871 ~ 1873年 14.7 1.7 14.1 52.9 3.3 13.3 1881 ~ 1883 25.4 2.4 12.4 33.3 7.3 19.2 1891 ~ 1893 39.3 7.2 9.8 11.3 8.6 23.8 1901 ~ 1903 40.8 12.5 10.2 4.8 5.5 26.2 1909 ~ 1911 28.2 15.9 9.0 5.1 3.1 10.7 12.5 15.5 1919 ~ 1921 23.8 28.6 14.4 7.6 0.5 4.4 3.3 17.4 1929 ~ 1931 17.0 26.2 13.8 7.1 2.4 4.7 5.9 22.9 1933 19.8 16.2 18.5 8.0 3.4 5.3 1.0 27.8 1934 18.9 15.8 17.6 9.3 3.6 3.9 1.1 29.8 1935 16.5 14.8 23.7 8.6 5.0 5.1 0.7 25.6 1936 15.1 15.2 264.4 9.2 5.5 4.3 0.6 23.7 1947 34.2 1.9 233.3 6.6 0.1 1.8 1.5 30.6 『統計資料選輯』、66 頁。         まず、輸出では、19 世紀末期におけるイギリスの比重が大きいことがわかる。20 世紀に入ると、 イギリスに代わって、香港、日本及台湾、アメリカの比重が増大しつつあり、1920 年から 1930 年

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代においては、日本及び台湾、香港、アメリカと続いているが、1936 年以降では、アメリカが突 如大きな比重を占めてくることも確認しておきたい。また、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア の占める比重は微々たるものであることもわかる。次に、第 5 表によって、中国の輸入を国別にみ てみることとしたい。 第 5 表 輸入貿易に占める各国の比重(1871 ~ 1947 年) (各期各国総計 =100) 年 代 香 港 日本及台 湾 アメリカ イギリス ドイツ フランス ロシアソ 連 その他 1871 ~ 1873 年 32.5 3.7 0.5 34.7 0.2 28.4 1881 ~ 1883 36.2 4.9 3.7 23.8 0.2 31.2 1891 ~ 1893 51.2 4.7 4.5 20.4 0.6 18.6 1901 ~ 1903 41.6 12.5 8.5 15.9 0.8 20.7 1909 ~ 1911 33.9 15.5 7.1 16.5 4.2 0.6 3.5 18.7 1919 ~ 1921 22.4 29.2 17.6 14.0 0.7 0.7 1.4 14.0 1929 ~ 1931 16.1 23.4 19.2 8.6 5.4 1.4 1.5 24.4 1933 3.6 9.9 21.9 11.3 7.9 1.8 1.6 42.0 1934 2.9 12.5 26.2 12.0 9.0 2.2 0.8 34.4 1935 2.2 15.6 18.9 10.6 11.2 1.4 0.8 39.3 1936 1.9 16.6 19.6 11.7 15.9 1.9 0.1 32.3 1947 1.8 1.7 50.1 6.9 1.2 0.3 38.0 『統計資料選輯』、65 頁。    本表によれば、19 世紀末期には、香港、イギリスの比重が圧倒的であるが、20 世紀に入るとと もに、香港、日本及び台湾、アメリカがイギリスよりも比重を増大しつつ、1929 年の世界恐慌以 降は、香港の比率低下と日本及び台湾、アメリカの比重の増大と同時に、イギリスも 10%近くを 占めて推移していることも注目しておきたい。なお、ドイツ、フランス、ロシア・ソ連の比重は、 先の輸出と並んで微々たるものである。  以上述べてきた、中国における輸出入の国別動向について、入、出超状況をみると次の表のよ うになる。 第 6 表 中国の対各国貿易の出(+)入(-)超(1871 ~ 1936 年) (価値単位 : 100 万元) 年 代 香港 日本及台 湾 アメリカ イギリス ドイツ フランス ロシアソ 連 その他 1871 ~ 1873 年 - 20 2 + 15 + 20 4 - 17 1881 ~ 1883 - 19 4 9 5 8 - 19 1891 ~ 1893 - 48 2 7 - 27 + 13 2 1901 ~ 1903 - 76 - 22 - 10 - 63 + 13 - 20 1909 ~ 1911 - 83 - 21 0 - 90 - 12 + 56 + 46 - 47 1919 ~ 1921 - 64 - 92 - 89 - 110 5 + 32 + 14 - 17 1929 ~ 1931 - 91 - 108 - 205 - 76 - 79 + 40 + 53 - 178 1933 + 73 - 36 - 184 - 105 - 87 8 - 16 - 400 1934 + 71 - 44 - 178 - 75 - 74 1 3 - 199 1935 + 75 - 59 - 39 - 49 - 74 + 16 4 - 215 1936 + 89 - 50 0 - 45 - 111 + 12 3 - 136 『統計資料選輯』、66 頁。

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本表によれば、主要な貿易相手国としての、香港は、1933 年以降にプラスに転じているものの、 日本及び台湾、アメリカ、イギリスは、19 世紀についてみると、プラスの時期を含みつつも、20 世紀には、ほぼ慢性的入超状態にあることがわかる。なお、貿易相手国としては、その比重が小 さいフランス、ロシア・ソ連が、世界大恐慌期までは、プラスの位置を占めていたことも注意され るところである。  以上、中国における輸出入の国別動向をみてきたが、次に中国における茶とならび最大の輸出 品としての生糸に焦点を絞って、1920 - 1930 年代における生糸の生産状況からみておくことにし たい。 第 7 表 世界生糸国別生産額 (単位 : 1922 ~ 1937 年は千キログラム、1938 ~ 1940 年は俵、( )内は百分率) 年 代 総 数 日本(輸出量) 中国(輸出量) イタリア(生産額) フランス(生産額) 其 他 1922 年 (100)31,660 (59.5)18,845 (23.3)8,005 (16.1)3,735 (0.9)198 (3.0)920 1933 (100)38,302 (78.3)29,940 (10.4)3,994 (8.9)3,440 (0.2)76 (2.3)892 1934 (100)37,989 (82.3)31,275 (7.5)2,842 (7.5)2,835 (0.2)77 (2.5)960 1935 (100)37,273 (77.4)28,833 (11.9)4,423 (4.3)1,600 (0.1)52 (6.3)2,365 1936 (100)41,365 (75.7)31,313 (10.2)4,234 (7.5)3,100 (0.1)53 (6.5)2,665 1937 (100)35,519 (76.9)27,313 (6.7)2,366 (8.2)2,900 (0.1)50 (8.1)2,890 1938 930,822(100) (82.19)765,020 (8.99)83,643 (3.53)32,870 (0.09)865 (5.20)48,424 1939 932,840(100) (78.62)733,364 (10.85)101,257 (5.02)46,856 (0.08)768 (6.43)50,595 1940 962,637(100) (77.39)774,984 (11.16)107,430 (5.83)56,162 (0.08)817 (5.54)53,244 1922 ~ 1937 年は東亜研究所『支那生糸の世界的地位』(資料乙第 54 号 C)、1 ~ 2 頁。 1938 ~ 1940 年は東亜研究所『支那製糸業に関する一資料』(資料丙第 306 号 D)、19 頁より作成。   第 7 表は世界の生糸国別生産額ないし輸出額の比率の推移をみたものである。 日本と中国については、輸出額を、イタリアとフランスについては、生産額の数値をとったもので、 比較の基準としては統一されたものではない、ということ、また、1922 - 1937 年については、単位は、 キログラム、1938 - 1940 年については、単位は、俵で示していて、額そのものの単純な比較はで きないが、各国の比率についての動向はハッキリと確認することができる。  本表によれば、全体の 7 ~ 8 割近くを占める日本の、他国を圧倒する地位と、さらに中国を含 めてみると、両国で世界の生糸生産額ないし輸出額の 8 ~ 9 割を占め、アジアがまさに世界に冠 たる供給国として登場しているといってよい。  では、こうした国別の生糸消費数量の状況は、いかなるものであったのであろうか。 第8表は各国の生糸輸入数量についてみたものであり、直接生糸の消費数量を示すものではないが、 本表によれば、生糸輸入においては、アメリカがフランス、イギリス、ドイツ等を圧倒しつつ、世 界最大の生糸輸入国としての地位を保っていたこと、日本および中国を中心とするアジア諸国の生

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糸輸入は、一部をのぞいては、微々たるものにすぎないことが確認される。 第 8 表 世界各国生糸輸入額 (単位トン =10 ピクル) 国 名 1927~31年平均 1932 年 1933 年 1934 年 1935 年 1936 年 1937 年 ヨーロッパ ドイツ 2,029 703 517 938 1,108 1,292 1,279 オーストリア 63 30 92 157 208 94 230 勃牙利 0 0 0 0 0 0 17 了 抹 12 52 109 72 129 139 126 スペイン 216 76 69 165 41 フランス 5,543 2,292 3,212 3,264 4,110 2,723 2,664 ギリシア 20 31 48 54 38 158 6 匈牙利 49 1 0 4 10 23 11 イタリア 1,035 551 430 680 229 86 249 ラトビヤ 1 2 リトワニヤ 1 1 1 5 1 3 3 ポーランド 51 45 41 43 35 25 41 ルーマニア イギリス 934 1,333 1,588 2,079 2,119 2,226 2,517 スイス 554 285 206 227 313 256 308 ユーゴスラヴィヤ 13 25 17 36 19 18 21 ソヴィエート連邦 63 85 69 62 4 53 96 南北アメリカ カナダ 697 1,300 1,096 1,201 1,485 973 1,109 アメリカ合衆国 35,768 33,600 30,520 25,590 30,697 27,384 26,232 メキシコ 7 1 1 1 0 0 伯剌西爾 13 1 8 9 2 1 2 チリ 24 42 25 38 12 90 ウルグワイ 65 41 40 35 32 16 34 アジア ◎アデン海路 3 2 2 0 0 10 1 サイプラス 0 2 1 0 0 0 0 英領印度(海路) 901 1,418 1,112 986 1,067 729 1,389  同  (陸路) 170 234 321 277 332 483 142(3) 蘭領印度 42 51 62 63 45 39 53 ジャバ及マヅラ (8) (12) (11) (13) (10) (9) (11) 其他 (34) (39) (51) (50) (35) (30) (42) 印度支那 34 2 4 20 13 25 朝鮮(対外) 1,117 1,410 1,513 1,305 1,113 691 1,113 〃(対日本) ●日本(対外) 399 233 142 106 206 146 ① 〃 (北朝鮮) 2,329 2,598 2,728 2,689 2,400 2,018 2,757 ②中華民国 イラク 33 48 52 45 31 32 49 ◎イラン 2 0 0 0 0 0 ◎タイ 11 11 15 37 20 16 シリア及びレバノン 39 1 7 2 2 3 3 トルコ 7 11 0 0 0 7 満州 アルジェリア 4 0 2 4 2 1 仏領モロッコ 78 110 15 3 2 0 チェニス 28 20 29 25 20 50 太洋州濠刺太利 121 272 239 326 286 472 633 合  計 52,475 46,919 44,342 40,548 46,133 40,323 東亜研究所『支那生糸の世界的地位』、8 ~ 11 頁。

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 次に、こうした中国の生糸の輸出先を、国別にみると第 9 表のようになる。 第 9 表 Principal Destination Of Raw Silk Exported From China, 1912-1938 Year

U.S.A France Japan India Hongkong Others

Quantity (1,000 piculs) Value (million $) Quantity (1,000 piculs) Value (million $) Quantity (1,000 piculs) Value (million $) Quantity (1,000 piculs) Value (million $) Quantity (1,000 piculs) Value (million $) Quantity (1,000 piculs) Value (million $) 1912 27.8 19.8 42.8 28.4 4.1 1.5 19.7 9.7 36.7 32.0 26.8 14.0 1913 31.3 21.9 33.7 29.7 3.9 1.3 13.4 6.0 48.3 45.4 18.4 10.1 1914 21.3 18.4 19.1 16.6 5.4 1.5 14.3 7.3 35.8 36.1 12.5 6.6 1915 41.5 30.6 34.6 28.2 9.7 3.2 13.9 7.0 33.1 32.6 10.2 5.9 1916 32.9 33.3 22.4 25.0 7.8 3.3 11.9 6.4 38.7 47.3 8.4 6.6 1917 32.2 32.6 25.6 29.2 6.4 3.1 12.2 6.3 40.2 44.8 9.1 7.2 1918 25.5 22.8 32.1 33.3 13.5 6.3 8.4 4.7 34.1 40.9 11.3 8.2 1919 45.1 48.9 26.2 27.4 21.9 10.7 16.8 8.6 47.5 59.1 7.6 5.0 1920 17.9 20.0 19.7 21.9 13.7 7.5 12.2 7.1 33.9 45.0 6.8 4.6 1921 33.2 43.9 20.3 25.5 29.2 24.1 12.8 9.1 49.9 67.9 5.7 4.2 1922 26.8 39.9 28.8 45.1 14.6 15.8 13.0 9.0 53.8 97.8 6.3 6.1 1923 37.0 60.1 22.3 39.4 17.3 17.4 11.9 9.3 44.4 84.5 5.4 5.6 1924 19.1 23.9 31.8 43.8 14.1 11.4 12.3 9.6 46.8 72.3 8.0 8.0 1925 53.4 73.8 51.3 76.0 21.1 14.1 10.8 8.4 23.9 38.7 7.6 7.6 1926 62.3 89.7 49.7 76.9 19.1 13.7 13.9 11.1 8.4 13.6 15.0 20.7 1927 28.4 38.4 35.7 51.6 19.6 15.4 17.5 13.5 47.6 68.0 11.2 13.6 1928 29.6 41.2 53.9 79.6 25.2 16.3 14.3 11.0 49.5 70.1 7.6 8.2 1929 47.2 57.1 40.8 58.4 25.4 19.6 15.4 11.2 54.0 76.7 7.0 7.1 1930 39.1 47.8 26.4 36.2 20.1 14.7 13.0 9.5 47.4 57.0 5.3 4.9 1931 29.7 34.4 18.8 22.7 32.9 22.0 9.5 6.3 39.7 41.0 5.5 5.5 1932 18.2 13.2 16.3 12.2 10.5 4.6 18.5 11.2 1.3 0.9 13.4 9.1 1933 22.1 13.9 23.2 15.6 0.9 0.7 16.3 9.0 1.7 1.0 12.8 7.9 1934 7.9 3.9 13.0 5.9 1.2 0.7 14.8 6.4 3.9 1.4 13.6 5.1 1935 24.4 12.9 24.0 11.6 1.9 0.8 10.3 4.1 0.5 0.2 15.2 6.0 1936 15.8 11.2 15.3 9.7 1.2 0.6 4.3 1.9 0.4 0.2 25.7 13.0 1937 19.1 15.6 11.9 8.3 0.8 0.5 10.0 5.4 2.2 1.3 24.9 14.7 1938 8.7 6.9 11.2 8.1 2.5 2.7 8.6 4.6 1.7 0.7 19.9 10.5 Note: ―All figures based on Customs Returns. All quantum and value figures refer to gross exports(i.e.,including re-imports from abroad).

The 1934 and 1935 figures for India include shipments to Burma. The term “Raw Silk” includes(1)Raw Silk, White, not Re-reeled and not Steam Filature; (2)Raw Silk, White, Re-reeled; (3)Raw Silk, White, Steam Filature; (4)Raw Silk,Yellow, not Re-reeled and not Steam Filature; (5)Raw Silk, Yellow, Re-reeled; (6)Raw Silk, Yellow,Steam Filature; (7)Raw Silk, Wild, not Filature; (8)Raw Silk, Filature, and (9)Raw Silk, Reeled from Doupions.

出所:D.K.Lieu,The Silk Industry of China, Appendix p.266.

 本表によって、先ず 1910 年代についてみると、イギリスの植民地・香港向けが圧倒的にその 比重が高く、続いてフランスとアメリカが交互に順位を争いつつ、インドがこれに続いているが、 1920 年代に入ると、香港の地位は、特に世界大恐慌期を境に極端に低くなり、代わってアメリカ、 フランスがほぼ互角で順位を争っており、中国の生糸輸出先では、フランスの地位が無視できる ものではないことがわかる。日本とインドについてみると、日本は 1931 年の満州事変ころまでは、 10 - 20%近くを占めているが、その後は激減している。インドは、1933 年頃まで約 10%前後を占 めていたことも確認できよう。  こうした中国からの生糸輸出は、第 10、11 表にみるごとく、上海と広東から行われることにな るが、中でも上海の比重は高く、全中国からの輸出額中 5 割近くを占め、1939 年には、実に 8 割 近くにも達している。まさに上海は、世界に開かれた貿易港として、極めて重要な地位を占めてい たのである。  

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第 10 表 港別生糸輸出額 (単位 : 千キログラム) 年 次 上 海 広 東 1932 年 2,716 1,570 1933 2,274 1,720 1934 1,447 1,395 1935 3,388 1,035 1936 3,096 1,138 1937 1,148 1,218 東亜研究所『同上資料』、43 頁。 第 11 表 1937 年以降上海生糸輸出高の全支那生糸輸出高に対する割合 (単位 : 担) 年 次 上海輸出高 全支輸出高 上海生糸割合 其他割合 事変(1937 年)前 5 ヶ年 37,000 64,256 56.6 43.4 平均 1937 37,628 65,523 57.4 42.6 1938 25,585 50,746 50.0 50.0 1939 67,167 76,193 88.1 11.9 東亜院華中連絡部『生糸調査報告』、255 頁。  なお、絹織物の輸出入については、先の貿易統計にも登場しないくらい微々たるものではあるが、 次表によって、年々の絹織物輸出額および輸出先の推移を世界大恐慌期についてみると、次表の ようであり、香港の比重が圧倒的で、安南、英国領インド、シンガポール、U.S.A. と続いているが、 年を追うごとに、日本及びその領域の比重が増大しつつあることも注目されるところである。

第 12 表 Value of Chinese Silk Piece Goods Export During The Last Thirty Years (By Countries)―(In Chinese Dollars) 1929 1930 1931 1932 1933 1934 1935 1936 Hongkong 12,318,391 11,821,353 12,475,959 7,027,850 6,622,859 4,846,915 2,984,756 2,746,820 Annam 2,330,129 1,706,479 872,310 576,662 177,524 117,875 71,137 40,464 Siam 103,464 104,210 119,449 174,164 375,596 462,766 173,483 11,208 British India 1,721,948 1,454,183 1,606,454 4,284,794 3,536,050 2,380,261 1,791,532 1,764,493 Singapore,etc. 1,648,827 1,369,021 869,934 377,119 544,754 835,713 595,406 613,579 Netherlands India 301,644 228,069 156,975 80,105 84,212 68,375 54,516 40,924 The Philippines 335,950 397,653 533,508 553,539 232,346 47,790 38,003 13,616 Australia New Zealand, etc. 38,964 15,175 88,644 17,239 9,218 17,669 3,893 5,151 Japan and Territories 48,136 37,608 179,156 956,871 3,339,328 1,987,997 890,343 330,077 Russia 36,407 108,169 310,605 Great Britain 165,041 84,415 92,297 157,869 66,258 40,176 33,771 95,545 The U.S.A. and

her Territories

(Excluding P..) 1,185,999 373,688 371,988 154,013 170,425 156,466 117,451 118,878 Other Countries 285,792 235,587 292,268 394,376 489,699 327,791 125,132 126,598 Total 20,484,285 17,827,441 17,695,349 14,754,601 15,648,269 11,289,794 6,987,592 6,217,958 出所:D.K.Lieu,The Silk Industry of China, pp.256-267

 以上、1920 - 30 年代における中国の貿易構造について概観してきたが、次に蚕糸・絹業におけ る生産の動向をみることとしたい。

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Ⅱ 1920-30 年代における中国蚕糸・絹業の動向

 まず、中国における繭、生糸生産の地域別動向をみることから始めたい。次表は、1928 年にお ける繭、生糸の生産を地域別にみたものである。 第 13 表 支那各省繭及生糸推定産額 (1928 年) 省 名 生繭産額 同百分率 生糸産額 同百分率 華中 浙 江 1,140,000 担 31.1% 89,000 担 35.3% 江 蘇 545,000 14.8 30,500 12.1 安 徴 97,100 2.6 5,700 2.2 湖 北 122,900 3.3 9,200 3.6 湖 南 河 南 42,900 1.1 3,300 1.3 華北 山 東 110,000 3.0 7,500 2.9 山 西 6,500 0.2 500 0.2 四 川 468,000 12.7 35,000 13.6 華南 福 建 3,900 0.1 300 0.1 広 東 1,057,400 28.8 66,500 26.3 広 西 55,600 1.5 3,500 1.3 其 他 13,000 0.3 1,000 0.4 合 計 3,662,300 100.0 252,000 100.0 備考 : 生繭 100 匁当り生糸量、座繰糸 7 匁 7 分、器械糸 7 匁 7 分 5 厘。 上原重美『清国蚕糸業大観』、16 頁。  まず、養蚕業の地域性についてであるが、第 13 表は 1928 年の蚕糸産生高の推定値であり、わ れわれの対象時期からみるとやや古い時期の統計になるが、本表によれば、中国における養蚕業(繭 生産)は、浙江、広東、江蘇、四川の順となっており、なかでも浙江、江蘇といった華中だけでも 全生産額の約 5 割近くを占めていたことがわかる。また、ここで 1935 ~ 1939 年にかけての江蘇、 浙江の繭生産高の推計値をみると次表のようであり、1936 年を境として、浙江の繭生産が江蘇地 域を追い抜いていることが確認される。 第 14 表 江蘇、浙江の産繭量推定値 1935 年 1936 年 1938 年 1939 年 江 蘇 337,599 市担 521,257 277,140 346,362 浙 江 280,452 555,057 310,000 382,838 618,051 1,076,314 587,140 729,200 『同報告書』、159 頁。  生糸の生産についてみると、上海地域は別として他の地域では、こうした繭生産地域と、ほぼ 同様の比率で展開していたことを確認出来るが、このことは、中国における生糸の生産が、養蚕 業と緊密な関係をもって発展したことを示すものとして注目される。  ところで、中国製糸業は、1910 年以降、江湖両省を中心に、在来の農村家内工業の地盤のうえに、 上海から次第に奥地へと器械製糸工場が設立されてゆき(上海においては、多くが最初から器械 工場として出発したのとは対照的)、他方における製糸業の勃興は、多く農村経済を犠牲としつつ、 直接上海の近代化と対応して急速に成長していったのであるが、のちにみるように、一方における

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家内工業の執拗な抵抗と、他方における新設マニユファクチユアの孤立分散性とによって製糸業 の器械化は、日本におけるほどの普及速度をもちえなかったこと、さらに重要なこととしては、資 本的にみて中国製糸業においては、民族資本が進出したとはいえ、その実体は商業高利貸資本で あり、産業資本への脱皮が完全でなかったため、製品の輸出においては、外国資本に完全にその 実権を握られており、経営の非合理性とあいまって、真の近代的産業としての発展はとうてい望 み得ない状態にあったといわれる。(2)  第 15 表は、上海と無錫の製糸工場数および釜数の推移をみたものである。  上海は、中国の製糸業の第一の中心地であり、中国の器械製糸業はこの地に端を発し、1930 年 (昭和 5 年)4 月には、実に 107 工場(釜数 25,395)が操業し、最高の記録を示したが、世界恐慌 のため同年の 11 月には、107 工場中ただ一工場のみが操業したにすぎず、翌 1931 年(昭和 6 年) の活況期においても、わずかに 70 工場が操業していたにすぎなかったといわれる。(3) 第 15 表 上海、無錫製糸工場数および釜数 年 次 上 海 無 錫 其の他 合 計 工場数 釜 数 工場数 釜 数 工場数 釜 数 工場数 釜 数 1890(明治23)年 5 3,086 1909( 〃 42) 35 11,085 1910( 〃 43) 46 13,298 (其の他に包含す) 13 3,086 59 16,384 1911( 〃 44) 48 13,738 14 3,342 62 17,080 1912(大正 元) 48 13,392 14 3,342 62 16,734 1913( 〃 2) 49 13,392 14 3,402 63 16,794 1914( 〃 3) 56 14,424 5 1,372 8 1,836 69 15,796 1915( 〃 4) 57 14,964 6 2,196 8 1,836 71 17,160 1916( 〃 5) 61 16,692 8 2,452 8 1,836 77 19,144 1917( 〃 6) 70 18,386 9 2,532 8 1,836 78 22,754 1918( 〃 7) 68 18,800 9 2,660 8 1,876 85 23,336 1919( 〃 8) 65 18,306 14 3,856 10 2,244 89 22,162 1920( 〃 9) 63 18,146 14 3,856 10 2,244 87 22,002 1921( 〃 10) 58 15,770 15 4,188 10 2,244 83 19,958 1922( 〃 11) 65 17,260 14 4,188 11 2,304 90 21,448 1923( 〃 12) 74 18,546 18 5,828 12 2,408 104 26,782 1924( 〃 13) 72 17,554 18 5,588 11 2,476 101 25,618 1925( 〃 14) 75 18,298 17 5,208 12 2,676 104 26,182 1926(昭和 元) 81 18,664 20 6,621 16 3,412 117 28,697 1927( 〃 2) 93 22,168 22 6,992 18 6,058 133 35,218 1928( 〃 3) 95 23,534 38 10,430 27 6,390 160 40,354 1929( 〃 4) 104 23,582 45 12,470 28 7,034 177 43,086 1930( 〃 5) 105 25,066 1931( 〃 6) 105 25,394 1932( 〃 7) 112 25,300 44 13,682 26 6,798 182 45,780 1933( 〃 8) 61 15,016 1934( 〃 9) 23 5,802 33 10,610 16 3,702 72 20,114 1935( 〃 10) 33 7,686 38 11,396 16 4,111 87 23,193 1936( 〃 11) 49 11,118 34 10,062 24 3,607 107 23,787 多條繰糸機 多條繰糸機 多條繰糸機 1,162台 2,215 3,377 備考 ( 1 ) 本表は、主として上原重美氏著『支那蚕糸業大観』及民国 26 年『上海市年鑑』による。    ( 2 ) 劉大鈞氏によれば、1930 年(昭和 5 年)の上海工場数及び釜数は、4 月現在にて 107 工場、25,399 釜である。    ( 3 ) 1934 年(昭和 9 年)の数字は、操業工場のみのもの(民国 25 年『中国経済年鑑』による。) 1935 年(昭和 10 年)の数字も操業工場のみと推定される。    ( 4 ) 1936 年(昭和 11 年)の上海の数字は操業工場のみ。 興亜院華中連絡部『生糸調査報告』、59 ~ 60 頁。

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 こうして、他の工業が世界的不況を受ける以前に、製糸業は危機に直面し、不況は 1935 年(昭 和 10 年)まで続き、製糸業に蘇生がもたらされるのは、それ以降ということになった。(4)1937 年 の日中戦争勃発の前年の 1936 年(昭和 11 年)においては、最盛期における操業工場数は、49 工 場(釜敷 11,118 釜)に上ったが、糸価の低落、秋繭減収による繭価の昂騰のため、10 月より休業 続出し同年 12 月には、操業工場わずかに 32 工場、即ち同業公会加入工場数の 3 分の 1 にすぎな くなった、といわれる。(5)  次に、製糸業の器械化の動向をみることにしよう。第 16 表は、日本と中国の製糸業の器械化の 動向を比較したものであるが、日本においては、すでに明治 20 年代において器械糸の比率が 50% を超えているのに対して、中国においては、明治 30 年代においてはじめて、器械糸が座繰糸を上 まわることになるのであり、中国における製糸業は、器械製糸場の鳴矢としては日本よりも 7 年も 先んじたとはいえ、その後の発展は必ずしも順調ではなく、日本において器械糸の比率が 9 割を 超える 1910 年代においても、未だ 5 割台と低迷していたことがわかる。(6)また、第 17 表によって、 1937 年以降の器械糸と座繰糸との比率をみると、1939 年、1940 年に、座繰糸が前年よりも増大し つつ、4 割近くを占めていたことも注目されるところである。 第 16 表 日本、中国製糸業器械化表 年 次 日 本 中 国 輸出総額 器械糸 器械糸百分率 輸出総額 器械糸 器械糸百分率 1890(明治23)年 51,592 30,626 59.4 ―  ―  ―  1894( 〃 27) 1895( 〃 28) 62,483 45,376 72.6 96,007 37,213 35.0 1899( 〃 32) 1900( 〃 33) 79,077 59,967 75.8 90,412 45,407 50.2 1904( 〃 37) 1905( 〃 38) 104,039 76,936 74.0 89,659 48,489 54.1 1909( 〃 42) 1910( 〃 43) 167,564 163,916 97.8 107,003 60,970 57.0 1914(大正 3) 1915( 〃 4) 236,704 234,891 99.2 109,622 71,751 65.5 1919( 〃 8) 1920( 〃 9) 283,350 281,906 99.5 106,435 78,258 73.5 1924( 〃 13) 1925( 〃 14) 506,680 503,752 99.4 1929(昭和 4) 1930( 〃 5) 515,476 512,148 99.4 1934( 〃 9) 東亜研究所『支那生糸の世界的地位』、24 ~ 25 頁。 第 17 表 1930 年代後半の器機糸と座繰糸の比較 (単位 : 担) 年 次 器械糸 数 量座繰糸 合計 器械糸 割 合座繰糸 合 計 1937年(事変前)5ヶ年平均 19,937 14,318 64,255 77.7 22.3 100 1938年(昭和12) 53,606 11,917 65,523 81.8 18.2 100 1939年( 〃 13) 32,292 18,454 50,746 63.6 36.4 100 1940年( 〃 14) 46,124 30,069 76,193 60.5 39.5 100 興亜院華中連絡部『生糸調査報告』、235 頁。

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 ところで、中国における製糸器械は、日中戦争前にあっては、イタリア式製糸器械が中心をなし ていたが、その後、日本式多條糸器械を中心に増える傾向にあり、このことは中国の生糸の輸出 市場がヨーロッパよりアメリカに転じてきたことに照応するものであった。(7)上海製糸業でさらに 注意しておくべきことは、上海市内における製糸業の中心地帯が、その発展過程において「租界」 から蘇州河以北の「華界」(租界外の中国領土)に移動したことであり、当初、外国人によって租 界内に設立された上海製糸工場は、その後の発展と拡張によって、年々租界の地価および家屋の 騰貴をもたらし、新開地として労働者階級の住居地を占め、地価の低廉な「華界」へとその重心 を移していったといわれる。(たとえば 1936 年における地帯別繰糸工場数は、総数 49 のうち「華界」 36、「租界」13 であり、これらの大部分は蘇州河以北に存したという。)(8)  次に、上海における絹織物業について、工場数および織機台数をみておくことにしたい。  東亜研究所『支那蚕糸業研究』によれば、「上海に於ける絹織物工業の状勢をみれば、杭州そ の他の絹業地より遅れて発生したにも係わらず一時的に非常の繁栄を極めた。即ち 1927 年より 1931 年に至る期間である。遅れて発生したる上海糸織は、杭州其の他奥地の糸職業が漸く衰退に 向はんとするに至って繁栄期に入ったが、併しながらその主なる理由は、奥地糸織物業の多くが 上海に移動したのと、国内で人絹織物が歓迎された結果綈製造工業が上海に盛に設立された為で ある。綈とは経糸に人絹を緯糸に綿糸を混織せるもの畢竟上海は奥地と異り地方税の苛税を免か れ、電力の安価、金利の低廉、交通運輸の便宜等幾多の有利条件が伴ふ為である。」(9)とあるが、 次表にみられるように、上海における絹織物工業の工場数は、1931 年にピークを示し、翌年には 半減するものの、1933 年以降の織機台数は、300 - 400 の間で増減を繰り返していることが知ら れる。 第 18 表 上海における絹織物工場数および織機台数 設立年月 工場数 織機台数 1915 年 1 191 1921 9 626 1928 51 1929 69 1930 147 1931 500 6,000 1932 269 1933 387 4,785 1934 312 1935 442 5,582 1936 360 東亜研究所 『支那蚕糸業研究』、178-179 頁。 (原資料は、劉大鈞の調査による。)  また、第 19 表によって、これらの絹織物工場のサンプルの設立時期についてみると、1931 年お よび 1933 年の工場では、それぞれ、設立は 1930 と 1931 年に集中していたことが確認されよう。

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第 19 表 Dates of Establishment of Shanghai Silk Weaving Factories No.of Factories Percentage

1931 1933 1931 1933 1918 1 1.47 1920 1 1 1.47 1.59 1922 1 1.47 1924 2 2 2.94 3.17 1925 3 1 4.41 1.59 1926 6 6 8.82 9.52 1927 4 1 5.88 1.59 1928 8 2 11.77 3.17 1929 8 8 11.77 12.70 1930 17 10 25.00 15.87 1931 17 15 25.00 23.81 1932 8 12.70 1933 9 14.29 Total 68 63* 100.00 100.00 *Two of the factories covered by the 1933 investigation did not reveal their dates of establishment.

出所:D.K.Lieu,The Silk Industry of China, p.171

 以上、1920 - 30 年代の中国における蚕糸・絹業の動向について検討してきたが、これらの資料 を前提に、次に本稿の中心をなす中国蚕糸・絹業における労働問題についてみてみることにしたい。

Ⅲ 世界大恐慌期における中国蚕糸・絹業における労働問題

 まず、労働者数と労働力の構成から検討してみることにしたい。 1.労働者数と労働力の構成(男工、女工、幼年工別を含む)  中国における製糸労働者数の年次別データについては、現在のところ、これを明らかにできる資 料が見当たらず、今後の研究に待たざるを得ないが、大恐慌期における中国、上海の労働者数(男 女別を含む)については、D.K.Lieu,The Silk Reeling Industry in Shanghai (1933)、劉大鈞『支 那工業論』(倉持博訳、1938 年)および D.K.Lieu,The Silk Industry of China 1940)の研究によっ て明らかにされているので、以下、必要な限りにおいて引用しておきたい。  第 20 表は、1929 年の調査における、繊維産業別にみた工場数、労働者数を示すものであるが、 工場数では、製糸、綿織物、メリヤス製造の順であり、これを労働者数の合計でみると、綿糸紡 績が断トツで、これに製糸が続き、メリヤス製造と綿織物がほぼ同数を示しているが、さらにこれ らの部門を男女別、幼年工の比率についてみると、綿糸紡績は、データが欠落していて明らかで はないが、製糸では、女工が男工より、約 20 倍余り多く、さらに注目されるのは、幼年工の総数が、 女工の総数の 1/3 近くの数字を示していることが確認される。  織物工業についてみると、絹織物工業では、男工が女工の約 2 倍をしめていること、メリヤス 製造業では、男工よりも女工が約 3 倍、綿織物工業では、女工が男工よりやや上回った数字を示 していることがわかる。

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第 20 表 1929 年調査労働者数 産業別 工場数 労働者数 男工 女工 幼年工 合計 製糸 107 1,712 37,211 12,457 51,376 綿糸紡績 61 127,604 絹織物 48 2,283 1,109 3,392 綿織物 105 3,547 4,172 303 8,022 メリヤス製造 102 2,236 6,261 128 8,625 染色 48 2,914 2,914 合計 471 12,692 48,753 12,884 201,933 製糸労働者数については、各製糸工場の糸釜数よりの推定による。 出所: 劉 大鈞『支那工業論』(倉持 博訳)、 455 頁より作成。  さらに、次表によって、上海製糸業における操業中の工場数と職域別労働者数をみると、1929 年以後については、1931年で操業中の工場数と職域別労働者数はともに1929年の約1/10に激減し、 1932 年には、やや回復して、前年の 2 倍に達していることが確認できよう。(本表における製糸工 場数は、操業中のものの数字であり、操業停止のものを含めた数字は、先の第 15 表が示すとおり である。) 第 21 表 職域別製糸工場労働者 年次 1929 年 1931 年 1932 年 工場数 107 10 22 糸車数 24,906 2,574 5,472 合計平均 合計 平均 合計 平均 合計 平均 A B A B A B 繰糸部面  繰糸工 24,906 232.8 100.0 2,574 257.4 100.0 5,472 248.7 100.0  代理工 40.0 17.18 279 27.9 11.57 695 31.6 12.70 煮沸釜工 12,453 116.4 50.00 1,300 130.0 50.51 2,760 125.4 60.44  選繭工 15.0 6.44 469 46.9 18.22 957 43.5 17.40  剥繭工 30.0 12.89 1,155 116.5 44.87 1,807 86.2 34.67  仕上工 15.0 6.44 134 18.4 7.15 363 16.5 6.63 屑整理工 15.0 6.44 207 20.7 8.04 432 19.6 7.89 婦人総数 464.2 199.39 6,168 616.8 240.36 12,576 571.5 229.82  男工 16.0 6.87 225 8.74 457 457 20.8 8.35 労働者総数 480.0 206.26 6,393 240.10 13,033 13,033 502.3 238.17 男子職員 no given 252 25.2 9.70 463 21.0 3.46 婦人職員 33 3.3 1.2 35 1.6 0.64 職員総数 285 28.5 11.0 498 22.6 9.10 『支那製糸業に関する一資料(翻訳)』(資料丙第三百六号 D).47 頁。

出所: D.K.Lieu,The Silk Reeling Industry In Shanghai, p.79.

 また、次表によって、1931,1932 年におけるサンプルの労働規模別の労働者数をみると、平均 650 人以下の製糸工場が 7 割以上を占め、平均 1,000 名以上の大規模製糸工場は、微々たる数にす ぎず、製糸業の多くは中小規模の工場であったことも確認される。

(15)

第 22 表 Number of Workers in Shanghai Filatures 1391 1932 No. of Workers Mid-value

No. of Filatures Percent- age No. of Workers Percent age No. of Filatures Percent- age No. of Workers Percent- age

300 - 399 350 5 7.6 1,800.5 4.5 4 8.9 1,432 5.2 400 - 499 450 17 25.8 7,768.0 19.3 11 24.4 5,088 18.3 500 - 599 550 21 31.8 11,489.5 28.5 15 33.3 8,043 29.0 600 - 699 650 12 18.2 7,658.0 19.0 5 11.1 3,055 11.0 700 - 799 750 2 3.0 1,478.0 3.6 2 4.5 1,569 5.7 800 - 899 850 1 1.5 800.0 2.0 1 2.2 868 3.1 900 - 999 950 4 6.1 3,760.5 9.3 3 6.7 2,908 10.5 1000 -1099 1050 1 2.2 1,094 3.9 1000 -1199 1150 2 4.5 2,209 8.0 1200 -1299 1250 1 1.5 1,224.0 3.0 1300 -1399 1350 2 3.0 2,707.5 6.7 1400 -1499 1450 1 2.2 1,464 5.3 1500 -1599 1550 1600 -1699 1650 1 1.5 1,671.0 4.1 Total 66 100.0 40,357.0 100.0 45 100.0 27,730 100.0 M=411.47 M=616.22 Mo=538.89 Mo=531.82 出所 : D.K.Lieu,The Silk Industry of China p.122

 絹織物工業については、男工、女工、幼年工の比率をサンプルによってみると、次表のごとく であり、ここで注目される点は、男工の比率が女工の比率を、かなり上回っていること、また見習 い工の比率も 1931 年には、全体の約 1 割、1933 年には約 1 割 5 分近くを占めており、幼年工の労 働については、絹織物では、製糸業と比較して、ごく少ない人数を占めていたにすぎないことも確 認されよう。

第 23 表 Number of Workers in Silk Weaving Mills

Year 1931 1933

No. of Mills

No. of Looms 2,79768 2,34965

Total or Average Total Average Per Mill Average Per 100 Looms Total Average Per Mill Average Per 100 Looms No. of Staff Members 875 12.87 31.28 735 11.31 31.29 No. of Workers Males 3,333 49.02 119.16 3,075 47.31 130.91 Females 2,298 33.79 82.16 2,276 35.01 96.89 Children 78 1.15 2.79 15 0.23 0.64 Apprentices 770 11.32 27.53 1,073 16.51 45.68 Total Number of Workers 6,479 95.28 231.64 6,439 99.06 274.12 Grand Total 7,354 108.15 262.92 7,174 110.37 305.41 Materials furnished by the Shanghai Bureau of Social Affairs.

出所 : D.K.Lieu,The Silk Industry of China, p.216

 以上、製糸業と絹織物工業における労働力構成についてみてきたが、こうした労働力構成のあ り方の違いは、労働者が、要求実現のためにとる手段としてのストライキの件数や、指導のあり方 にも、深く関連を持っていたと思われる。

(16)

第 24 表 Strikes Among Shanghai Textile Workers,1918-40

Industry Hourly Wage(1932) workersNo.of strikesNo.of No. of strikes per 1,000 workers Silk weaving .112 12,000 249 20.8 Cotton .044 135,000 370 2.7 Silk reeling .034 52,000 102 2.0 SOURCE : Shanghai Strike Statistics, 1918-1940; Zhu Bangxing et al., Shanghai chanye. 出所 : Elizabeth J.Perry, Shanghai on Strike. p.168

 本表によれば、上海の繊維産業における労働争議、ストライキは、参加者数では、綿業がトッ プで、製糸業は、綿業についで多く、絹織物工業の約 4 倍近くになっているものの、争議件数では、 絹織物業が製糸業の約 2.5 倍となっていることに注目しておきたい。こうした争議件数の違いには さまざまな要因が考えられるが、上述のように、労働力構成のあり方(女工と男工の比率)の違いも、 争議の件数にかなり反映していた、と考えることができよう。  次に賃銀の問題について検討してみることとしたい。 2.賃銀  まず、製糸業における賃銀の支払い形態についてみることから始めたい。

 D.K.Lieu,The Silk Reeling Industry in Shangha における「報告」によれば、「1931 年に調査 を行なった全 66 製糸工場中、51 工場は、それぞれの男子職員、女子労働者の数を報告している。 就中 25 工場が代表的なものとして選ばれる。この 25 工場では男子労働者数は 597 人、男子職員 数は 672 名であった。そこでの比率は 1 対 1.126。1932 年の数字は 4 工場を除く全 46 工場から提 供されたが、それによれば男工数 1,013 人、男子職員 1,027 人、その結果同比率は 1 対 1.104 であっ た。―女子労働者の大多数は糸繰り場で労働する。そこで婦人労働者は 3 群に分たれる。第一 は正規の繰糸工(支那語では車工)で 1 糸車当たり一人居なければならない。第二は、代理糸繰 工で繰糸工が席を外した場合や短い休息時間に外出した場合に代理を為すものであり、第三は煮 沸釜工(支那語では盆工)で繭の煮沸釜を操作する少女達である。一般に糸車二個に対し釜一個 であるから、煮沸釜工数は概ね糸車数即ち正規の糸繰工数の半分である。製糸工場の幼年労働者 (童工)の大部分は煮沸釜工であるが、中には理繰糸工やその他の部面で働いているものもある。 繰り糸部面は製糸工場の最も重要なものであるが、実際の製造工程は剥繭室において始まる。そ この女工は全部出来高制労働者で剥繭の籠数によって賃銀を受ける。」(10)とあり、男子労働者数と 男子職員数は、ほぼ同数、女子労働者の大多数は糸繰り場で労働し、繰り糸工と代理繰り糸工さ らに煮沸釜工の 3 種があり、煮沸釜工(剥繭工)は、幼年工が担うことが多く、それらの女工は、 全部出来高制労働者であった、ということも確認しておきたい。  ここで、こうした出来高制と日給制における労働者の割合を比較してみると、まず、第 25 表に よれば、サンプルでみた出来高払い制は、日給制の約 4 分の 1 から 5 分の 1 の比率を占めていた ことがわかる。

(17)

第 25 表 製糸工場の職員と労働者 年次 1931 1932 糸車数 17,238 12,046 総数平均 男子職員 1,676 254.2 9.72 1,007 22.38 8.36 女子職員 193 2.93 1.12 113 2.51 8.36 女子労働者 日給 24,830 376.21 144.04 16,456 365.69 136.61 出来高制 5,046 76.45 292.7 4,301 95.58 35.71 幼年労働者 8,994 136.27 292.7 5,978 132.84 49.63 男子労働者 1,487 22.53 8.63 995 22.11 8.26 労働者総数 40,357 611.46 234.11 27,730 616.22 230.21 注意 A原資料、B一工場当たりの平均、C一百糸当たりの平均 『支那製糸業に関する一資料(翻訳)』(資料丙第三百六号 D)、48 頁。 出所: D.K.Lieu,The Silk Industry of China p.120

さらに、次表によって、 男、 女、 幼年別労働の賃金を比較してみると、 注目されることは、 男女 の賃銀の格差が著しく大きいことと、 出来高制の女工の賃銀が、 日給 ・ 時間制の賃銀よりもかなり 低いということであり、 さらに幼年労働のそれよりも更に低いという事実にも注目しておきたい。 D.K.Lieu, は、製糸女工については、「剥繭工を除く女工の全部は時間給であるが、計算の場合に は日を単位とする。出来高制労働者である剥繭工は、剥繭の籠数によって支払いを受ける。」(11) 述べており、ここでの女工の出来高賃銀は、 剥繭工中心とした女子労働であり、 のちにみる製糸 女工(Silk Reeling)の出来高賃銀とは異なっていることについては注意しておきたい。

第 26 表 Summary of Our Own Wage Data

1931 1932

Highest(in $) Lowest(in $) Highest(in $) Lowest(in $) Median Mode Mean Median Mode Mean Median Mode Mean Median Mode Mean Female Workers  Time Rates… 16.69 15.36 17.06 11.28 14.28 11.65 13.16 13.03 13.68 7.00 6.85 7.69  Piece Rates… 8.75 6.75 10.08 5.23 4.78 6.39 5.60 5.74 6.05 4.20 4.20 4.03 Child Workers… 9.80 9.27 10.04 7.33 7.29 7.72 6.94 6.64 7.22 6.37 * 6.37 Male Workers… 35.16 33.40 34.35 15.22 14.83 15.95 24.00 24.31 25.64 10.33 10.86 11.22 Officers……… 116.00 142.50 115.85 14.50 * 14.42 80.00 78.00 92.41 10.00 10.57 9.68 The mode cannot be clearly discerned.

出所: D.K.Lieu,The Silk Reeling Industry In Shanghai. p.92.

 さらに、賃銀の支払い形態を詳しくみると、次のようになる。  『支那製糸業に関する一資料(翻訳)』によれば、「製糸工場労働者の賃金は、労働者の各部門に それぞれ固定されている。男子労働者は、全部月単位で支払われ職員、番頭、監督の支払い方と 同じである。加ふるに彼等は無料で食料と住宅を与えられる。被雇用者一人当たりの食費は 1 ヶ 月約 6 弗であり、住宅費は 1 ヶ月半弗である。男子労働者の賃金並びに男子職員の月給に対する 重要な附加物は、『蚕営』として知られている所のものである。1931 年においては、それは受け取 り賃銀 1 弗に対し、45 セントに達したが、1932 年には、産業界の大不景気のために、この賞与は 一の例外を除く全工場により廃止された。」(12)という。

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