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ゲイリー・スナイダーの詩 : 山と岩の世界

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73

ゲ イ リ ー ・ ス ナ イ ダ ー の 詩

― 山 と 岩 の 世 界

ゲイ リー ・スナイダ ー(GarySnyder)は1930年 にサ ンフラ ンシス コに生 まれ た。 ア レン・ ギ ソズバ ー グらと共 に1950年代 の 「サ ンフラ ンシス コの詩 のルネサ ンス」 に参 加 した ビー ト ジ ェネ レーシ ョンの詩人 のひ と りで あ る。彼 は 日本 とも緑 が深 く,禅 を学ぶため に二 度 (令 わ せ てほぼ10年 間) 日本 に滞 在 し, またそ の間に 日本^ の女 性 と結 婚 した。彼 は現在 , カ 1) フォル ニア州, シ ェラ ・ネ ヴァダの山中で家族 と共 に原始的 ともいえ る生活 を してい る。一 般 人 には便利 で 快適 と思 え る生活形態 を拒否 し,電 気 もガス も水道 もな く, 日本 風農家 に石 油 ランプ といろ り, 自家製 のサ ウナ風 呂 とい う具合だ。 スナイ ダーは合衆国北 西部 の農 場で成長 した。大 学 では神話学,人質 学,言語 学,中国語 等 を学 んだ が,そ の間に東 洋思想,特 に禅宗 に大 きな興味 をおばた ようだ。 そ して もちまえ の行動力か ら,禅 を学ぶため に1950年代 は るば る京 都 に までや って来 るoす なわ ち1956年5 月か ら1957年8月 まで と1959年以降1967年 まで の二度 で あ る。 この間に彼 は 日本女性 ,上 原 ま さ 雅 と南方 の諏訪 之瀬 島に 白か ら建設 した ア シ ュラムにおい て結婚 してい る。 そ の時 の式 の模 様 は彼 のエ ッセイに見 るこ とがで きる。 マサ上 原 とわた しは島で八月六 日新 月 の 日に結婚 した。 アシ ュラムの全 員は前夜 おそ く までお きて,翌 朝 のため のべ ん とうをつ く り- 村 か らの贈 物 のす ぼ らしい赤 タ イ を や い ていた。- 中略- われわれ は四 ・三〇 にお きて暗 が りのなか で,や ぶ の道 をあ るき は じめた。 まず峡谷へ お り, こん どは ジ ャングルのなか を ナイ フの刃 の よ うな尾 根 にむか って ジ グザ グにのぼ った。五時 まで には ジ ャ ングルをぬけ て,熔岩 のむ き出 し の 坂 に 出 た。 ながい尾 根 にそ ってい くと,むか しの,死 んだ噴 火 口が あ り,それか ら主噴 火 口のふ ち と頂 上 についた のは 日の出の直後 だ った。… 中略- 噴 火 口のふ ちに立 ってホ ラ貝を 吹 きな らしマ ン トラを となえた。火山 と海 と空 の神 々に シ ョーチ ュ-を ささげ,マサ とわ た しは伝 統 的 な三度 の さか ず きをかわ し- ボ ンとナナオがなにか しゃべ り, マサ とわ た し が しゃべ った。わた した ちは 「四つ の誓 い」 をい っ し ょに となえ,おわ りに ホ ラ貝を三発 吹 いた。 風 のこない ところへ い って リュ ックをあけ て, ゆ うべつ くったべ ん と うを食 べ, の こ りの シ ョーチ ュ-を のんだ。われ われ は頂 上か らお りて十一時 にはパ ンヤ ソの木 の と 、い ころ まで きていた- す くやそ の まま海へ行 き泳 いだO

(2)

かい マサは彼 の現在 の妻で,実は彼 の三度 目の妻 なのだが,彼 らの問にはふた りの男の子 (閲 と げ ん 玄)がいるOマサは彼 DTLイ ンス ピレーシ ョンと宇宙 の ヴィジ ョンを提供す る存在である よう で,彼女を讃美 した詩 に 「入浴」(

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(3)

佐野 :ゲイ リー ・スナイダーの詩 75 「岩 の し とね」 マ サ に 雪 溶 け の池 あ ったか い花 尚岩 夜 営だ, ここで, 他 に どこを探 そ う。 うたた寝 想 いをす べ て風 にゆだ ね て。 なだ らか にかたむ く床岩, 空 と 石 , 優 しさを 僕 に教 え てお くれ, とらえがた な き触 れ あい-かす め飛ぶ まな ざ し-ちい さな歩み-それ こそ遂 には 固い大 地 を優 し く包 む もの。 雲むす び 霧 あつ ま り 青 ねずみ色 に降 りそそ ぐ 夏 の雨す だれ。 紫 に星かす むたそ がれ すす り合 うお茶 ; 沈み ゆ く新 月, 愛す るこ とを学ぶ のに なぜ こんなに永 くかか るのか, 僕 らほ 笑 い (3) 心 いたむ。 ところで スナイ ダ ーは山に大変 ゆか りがあ る。 山- の愛 情 が強 く,若 い頃か らア メ リカの 山 々を歩 き, 高 山で の森 林監視人や きこ りを経験 してい る。 そ の他 タ ンカーに乗 り組 ん だ り, イ ン ドの アシ ュラムに出かけた り,世 界環境会議 に参 加 した り, また他方,寒 山詩 を英 訳 し, イ ンデ ィア ン文 化 の研 究 にたず さわ るな ど非常 に勤 勉かつ積 極 的 な人 間で あ る。 以下 にお い ては彼 の詩 をい くつか と りあげ, スナイ ダーの詩 の世 界 につ い て考 え てみ た い と 思 う。

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Ⅰ.

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佐野 :ゲイリー ・スナイダーの詩 「パイユ ー ト ク リー ク」 花 こ う岩 の尾根 ひ とつで も ただ一本 の樹で も あるいはほんの石 ころひ とつで も,小川で も 池 に うかぶ木 の皮で も それだけ あれば充分だ。 うちつづ く丘陵,折 り重 な りね じまが り, このわずか な岩 の割れ 目い っぱいに 板を張 る したか な木 々, す べてを照 らす大 きな月,みんなも うた くさんだ。 心 は さま よ う。百万 の 夏,静か な夜気,あたたか な岩。 果 てもな く続 く山 と空 人界 のち りほす べ て 消え失せ,かたい岩 もふ るえ る ような 重 くきび しい現実で さえ この胸 の熱 いた ぎ りを くじけは しまい。 言葉 も本 も 高い岩だ なか ら流れ落 ちる ク リークの ように 空中にあ とかた もな く消え て しまったO ク リアで注意深 い心 に も意味 はない。 見 る心 は見 られ る心。 岩 が好 きなわけではないが,僕たちは ここにい る。 夜 は凍 る。 月光のなかで なにかが ヒュ ソと跳 んで ジュニパ ーの茂みの中にす べ りこむ どこか見 えない ところで クーガーか コヨーテの 冷 た くて プラウ ドな眼 が 僕が立 ち上 が り 立 ち去 るのを 背後か ら見 てい る。 77 スナイダーの詩 の世界を第一 に特徴づけ るイ メージは,岩 であ る。彼 を育 てた ロ ッキ ー山 脈 の岩であ る。 この巨大 で厳 しい環境が彼 の詩 の背景 にはあ る。彼 は

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代 の頃,合衆国 の北

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酉太平洋岸 の無人 の山中で森林監視人を した ことがあ り,彼 の著書 『地球 の家 を保つには』

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「パ イユー ト ク リー ク」 は まさに この環境を措 いた ものである。無 人 の 丘 陵 (岩 山)が果 てもな くうち続 き

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「言葉 も本 も」,人 間の小 ざか しい知恵 も努力 も,そ の前に はす べ て無に等 しい。圧 倒的な存在 としての 自然。 自然は, 日本人が しば しば感 じる よ うに 疲れた人間をや さしく包む ものではないO ワ-ズ ワースの 自然 の よ うに詩人に神聖 な霊感 を あたえて くれ るもので もない。 またイ ン ドの ように燃 え るよ うな宇宙 の ダンスもそ こにはな い。 ア メ リカの この 自然 は人 間を拒否 し,人 間の理解 を超 えて,冷 た く倣然 とお し黙 ってい る。そ してそ の場にいあわせ る人 間を救われ難 い孤独 と恐怖 に追 い こむ。 ア メ リカの 自然 は一般 に厳 しい ものであ り,人間は生 きるため に この 自然 と常に戦 ってき た とい う。金関寿夫氏は人 間 と自然 の問に生 じる必然的な対立 こそ ア メ リカ人 の 自然観 なの だ と指摘す る。 人 間 と宇宙 との問の非連続 性を最 も端 的に述べた古い言葉に,パ スカルの 「無限 に拡が る空間のもつ永遠 の沈黙 が私 の心 を恐怖で潤 した」 とい うのがあ る。 これは勿論 「神なき 世界」 を暗示 した ものだろ うが, ちが った意味で, この言葉は, ア メ リカ人 の 自然観 をは か らず も代弁 してい る。 アメ リカ人 と自然 との間 には,恐 しい深淵 が横たわ ってい るか ら (5) であ る。 そ してさらに続 け て, この現実ゆえに, アメ リカ人 はかえ って 自然 との粋 を積極的に求めつ づけてきたことを彼 は指摘 してい る. こ うした伝統的な衝動 とスナイ ダーの詩 が直 ちに結び つ くか どうか即 断はで きないO しか し 「パイユー ト ク リー ク」 には少 くとも生命- のあ こ がれを読み とることがで きる。彼 は この沈黙 の世界で プライ ドを もって生 きる クーガーある いは コ ヨーテのかすか な気配 を感 じる。誇 り高い この動物たちは彼 に近寄 って くるはず もな い。が,人 の恐れ るこの動物に彼 は 自分を じっとみつめてい る同 じ生命 のぬ くも りをおぼえ る。孤独 な環境 の中で生命- のい としさを学んだ故か, あるいは彼 が もともとそ うした資質 の詩人であるか らか, スナイ ダーは動 物描写が巧みだ。雪 の原野や岩 山で も鹿や リスは生 き てい る。 同 じ生命体 としての共感 を,人間に対す る ように動物た ちに もおぼえ る時, 自分を と りま く世界 の孤独 な様相 はたちまち優 しい ものに変化す るだろ う。

Ⅰ.

山 と 仏 教 先 に も述べた よ うにスナイ ダーは 日本 に長 く滞在 し,禅 を学び修業 したが,わ が国 の仏教 的 な詩人,宮沢賢治に心酔 して彼 の詩 を何篇 も英訳 してい る。そ の-篇 に 『春 と修羅』第一 集 中の 「くらかけ山の雪」がある。

(7)

佐野 :ゲイリー ・スナイダーの詩 「くらかけ山の雪」 (宮沢賢治) た よ りにな るのは くらかけつづ きの雪 ばか り 野 は らもはや しも ば しゃば しゃした り掛 んだ りして す こしもあてにな らないので まことにあんな酵母 のふ うの 陳 ろなふぶ きではあ ります が ほのか なのぞみを送 るのは (6) くらかけ山の雪 ばか りです 79

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日本 の ウェッ トな雪 がスナイ ダーの感性 を通過 して, ロッキ ーの雪 の感触 に変わ って しまっ た よ うな観があ るが,彼 自身は賢治を根本的に 自分 と同質 の詩人 として とらえ てい る。 ところで山の詩が前 の章か らふたつ続 いたが, スナイ ダーの詩 の世界を特徴づけ る二番 目 のイ メージとして 「山」をあげ ることがで きる。彼 は険 しい岩を よじ登 り,岩 の割れ 目を跳 び こえ,凍 った谷をす べ り降 り,早朝 の山歩 きを楽 しんだ りす る。 ジャ ック ・ケルア ックの 小説 『達磨行者

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に スナイ ダーをモデルに した ジャフ ィー とい う青 年が登場す る。 この中で ジャフ ィーが レイ とい う名 の若者 (ケルア ック自身が モデル) を連 れ て登 山す る箇所 がある。読者 はそ こで生 まれ なが らの登 山家 ジャフ ィー (スナイ ダー) の 面 目躍如た る姿に接 して,おそ らく驚 嘆す ることだ ろ うが, 同時に小説 のテーマ として重要 な ことは, ここで山が宗教的 ヴ ィジ ョンを開示す る場 とな ってい ることだ。 ジ ャフ ィー と レ イがか な り高 く登 って人界 を離れた岩山に孤独 に無防備 に立 た され る時,初心 の レイは岩 の

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存在 (大 自然 の力) に圧 倒 されおびえ るのだが,そんな彼 に ジャフ ィーは落 ちついて仏教的 世界観 を説 いて聞かせ る。す なわ ち この山その ものが仏 の顕現であ り,仏 である山は何十万 年 も我 々を沈黙 の中で辛抱強 く見守 り,我 々のために祈 りつづけ ているのだ とい う。別 の説 明を加 えるな らば, 自分た ち人間 もそれ を と り巻 く岩 も本質的に同一 の ものであるか ら (め らゆる存在は同 じ仏性を持つ ものであ るか ら)いずれ に しても人 間 と岩 との対立関係はそ こ には存在 しない。 こ うして人間を拒 み圧 倒す る岩 も,仏教的世界観を受け入れ た時,我 々と の共感可能 なあたたかい ものに変化す るのだ。 レイは こ うして

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「自己 と他者 の対立」とい う 西洋文 明がそ の根底 にかかえてい る恐怖か らよ うや く救 い出 され るのだ。 スナイダーは この よ うに仏教的世界観 に生 きていて (彼 に とっては この世界観は ヨー ロッ パ中世 の神秘思想や イ ソデ ィア ンのシ ャーマ ンの世界 に も通 じるものなのだが),そ の 立 場 か ら現代の世界を圧 倒的 に支配 してい る西洋文 明が落 ちこんでい る誤謬 を指摘 してみせ る。 ところで彼 の思想を既成 の宗派 に分類す ることはで きない。つ ま り彼 を純粋 な禅従である とか,仏教徒であ るとかは言えないだ ろ う。そ して彼 自身 もそ うした ことには こだわ っては いないだろ う。おそ ら く彼 の思想は 自分 の心 のイ メージに忠実 に古今東 西 のあ らゆ る思想を ごた まぜ に した ものだ。 しか し彼 をいいかげんな詩人 と呼ぶ ことはで きない。彼 の詩 も発言 ち,全体的に一貫 した明確な信念に貫かれ てい る。そ のあ ま りの明確 さ,迷 いのな さに ある いは不満 をもつ読者 がい るか もしれ ないO また彼が表現において仏教的 (東洋的) ヴィジ ョ ンを支持す るのに積極的であ り, この ヴ ィジ ョンが彼 の内的世界を形 成 してい ることは決 し て否 定で きない。 スナイダーの初期 の代表作である次 の詩を見 てほ しい。

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-佐野 :ゲイ リー ・スナイダーの詩

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「割 りぐ り」 これ らの ことばを置 きな さい あなたの心 の前 に石 を置 くよ うに。 しっか り置 きな さい,両手 で 場所 を決め て,置 きな さい 心 のか らだ の前 空間 と問時 の中で。 木 の皮や葉 っぱ もあれば壁 もある す べ て割 りぐ り. 銀河 の中の小石, さま よい出た星 たち, これ らの詩,た くさんの人間, 道 に迷 った中馬 た ち くらをひ きず りなが ら-また岩 の上 の しっか りした道。 この世 は果 てもな く続 く 四次元世界 の 碁 のゲームの よ うな もの。 浅い土 に棲む蟻 と小石 す べての石 はことばに等 しい 流れに洗われ た石 また御影石,火 と重 力に鍛 え られ 81

(10)

水晶 と堆積 した土砂 を熱が しっか り結 んだ石 物質 と同 じよ うに す べ ては思念 の中で も変化す る。 「この世 は果 て もな く続 く四次元世 界 の碁 のゲームの よ うな もの」だ と彼は言 う。 あ らゆ るものが複雑 にか らみあ って時間 と空間の中で進行 してい く世 界。 もろい 「葉 っぱ」 とかた い 「壁」,迷え るもの と安定 した もの,巣をつ くり生活す る 「蟻」 と沈黙 した 「小石」,両極 端 の性質 を もつ もの同士が共存 しあ るいは融合 し, (ひ とつひ とつの碁石 が 碁盤 の上 の 世界 を形成 してい るよ うに)そ のひ とつひ とつ の要素 が集 ま り全体 とな って,時間 と空間 の中で 我 々が住む この世界 を形成 してい る。 この世界は,水晶 と土砂 が熱 と力を得 て御影石 に変 化 す る よ うに,あ らゆ る現象が複雑 にか らみあい,たがいの影響 の もとに変化 してい く網 の 目 であ るとい う (この詩 に見 られ る) この思想は,完全 に大乗仏教的な ヴィジ ョンなのだ。 ま た この詩 においては彼 の好み のイ メージである岩 と,彼 の宗教的 ヴィジ ョンとが巧みな結合 をみせ ているといえ る。

スナイ ダーが好む のは生 きた宇宙 だ。それはあ りとあ らゆ る存在が (岩であろ うが動植物 であろ うが) 同 じ大地 の上 で, 同 じ空 の下で,平等 に存在 の権利 を認 め られ,共存す る世界 だ。欲望 のお もむ くままに 自然環境 を破壊 しつづけ る現代文 明はやがて生態系 のサイ クルを 乱し,最後 には 自か らの手で 自か らの首を しめ る結果 にな るだろ うと彼 は言 う。彼 は現代人 にエ コロジーを学ぶ ことをすすめ る。 また 自然界 と神秘的な交流 を もち, 自然界 との一体化 の中に生 きていた原始の知恵 に我 々は学ぶべ きだ とも言 う。そ こには原始社会 を理 想 とす る 思想があ る。た とえば現代 アメ リカ人 はか って 自然 との調知 の中に生 きていたイ ンデ ィア ン の知恵 を借 りて,エ ゴの欲望の危険な手か らアメ リカ大陸を護 らねばな らない と主張す る。 これ については,例えば

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年に ビュー リッツァ賞 を受け た 彼 の 詩 集 『亀 の島

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を参照 してほ しい。彼 の作 品の中で常 に示 され るのは生命へ の愛であ り,我 々の共 通 の故郷,地球- の愛である。愛 を通 じて, あるいは恋す る女 とのセ ックスを通 じてす べて の存在 と一体化 し,そ こに開示 され る宇宙 の真理 に触 れたい と望む。それは また, イ ンデ ィ ア ンの シャーマ ンや イ ン ドの ヨーガや タ ン トラまた西洋中世 の神秘思想等 に彼が示す 関心 と も一致す るところだ。 山を愛 し,岩 に生 命を見 出 し,す べての生命 と共 に この大地 に生 きることを願 う,それが ゲイ リー ・スナイ ダーとい う詩人 なのだ。

BY FRAZI

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(11)

佐野 :ゲイ リー ・スナイ ダーの詩

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「フ レイ ジ ャ ー ク リー クの滝 に て」 隆起 と摺 曲の岩 に立 ち 我が身乗 り出し見降ろせば-流れ 遥か の谷 に落 ち 谷の彼方は 乾いた 半ば緑の丘 - 透 明な空 固い松葉のきらめ く房ぶ さ 吹き分ける強い風, ざわめきゆれ る大枝小枝 丸い 狐色 した松 の幹 83

(12)

ま っす く小に身 じろがず さあ 聴 くが よい。 これ は 生 命 な がれ る大 地 す べ ては ここに, とこ しえ に 我 らは それ 我 らを通 じ 歌 うもの 衣 服,道 具 を持 たず とも (10) この地 球 に生 きんか な .′

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(1)ゲイ リー 。スナイダー著,片桐ユズル訳

,

『地球の家を保つには-エ コロジーと精神革命』(東京 : 社会思想社,1975年),pp.246-247.

(2) GarySnyder,TurtleIsland(A New DirectionsBook,clothbound,1974,)P.64.

(3) ゲイ リー ・スナイダー著,サカキナナオ訳

,

『亀の島』(東京 :「亀の島」を発行する会,1978年), P.80.

(4) GarySnyder,"PiuteCreek" inTheNewOxfordBookofAmericanVerse(chosenandEdited byRichardEllman,New York:0ⅩfordUniversityPress,Fourthprinting,1980),pp.1024-1025. (5) 金関寿夫著

,

『アメリカ現代詩 ノー ト』(東京 :研究社,1977年),pp.202-203.

(6) 宮沢賢治著,草野心平編,新潮文庫 『宮沢賢治詩集』(東京 :新潮社,1969年),P.14. (7) GarySnyder,TheBackCountry(ANew DirectionsBook,1968),P.115. (8) GarySnyder,"Riprap"inTheNew OxfordBookofAmericanVerseP.1025. (9) GarySnyder,TurtleIslandP.41.

参照

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