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Adhimuktiとśraddhā : 化城・五百弟子・法師品を中心として

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あるから、この各品を同列に扱うことは問題があるところでもあるが、一応同列に扱うことにし、もしも第一類、第 二類成立の法華経の両者に際立った相違が認められるならば、それはその折に指摘をする所存でもある。 化城喰品は︵正・往古品、梵勺胃菌旨恩己昌ぐ閏薗︶は釈尊が富楼那℃胃箇等の五百人の下根の弟子を救うた めに過去の因縁を語ったものである。その中で大通智勝如来の十六王子として釈尊や阿弥陀仏等の前生を物語ってい るが、その中で十六王子の出家を次のように示している。 先号︵四十八号︶において、臂喰・信解・薬草瞼の各品における鈩邑冨目烏蝕と野呂骨凹についての考察をしたう のであるが、今号においては、それに引続いて化城瞼・五百弟子授記・法師品等におけるそれについて考察を進めてα 承よう。しかし、前二品が第一類成立の法華経であるのに対して、後者は第二類成立の法華経であるといわれるので

シ邑匡屋屋斤凰と閏煙99庁画

l化城・五百弟子・法師品を中心としてI

2 1

望月海淑

(2)

。O● 蔚切且鼠四目満 ○四庁の恥閉山Hロ四毎画吋凹 十六王子らは童子であったが同一の野口呂冨によって家を出て出家者となり沙弥となった、と。正法華経が家 之信と訳出したものは、閏自習響野鼠昌届鼠にあたるのであるが、これを同一の信と訳出する時、それは十六王 ︵貝J︶ 子が全く心を一にして、同じ信を抱いたということを示すであろう。してみると正法華経の家之信という訳語は、十 六王子の立場がそれぞれちがっていたのではなくて、全く同一の信をもって出家したのだということになるであろ う。いいかえれば、信は一つということになると思われる。 ︵6︶ 大通智勝如来はこの十六王子らが冴画&鼠を生じたのを見、更に、彼等が仏の知見を志願し、深心に念ずるとの 言葉を知って、法華経を説かれたのであったが、この時、法華経を聞いた彼等は は ︵3︶ 十六国王太子以一象之信一出家為し道皆為二沙弥一。 と示されており、妙法華経にはない﹁以家之信﹂という一句がつけ加えられている。家之信とはどのようなことであ ろうか。十六王子は大通智勝如来の出家前の王子であったのだが、その父が如来となった今、十六王子の家の信とは この父なる如来への信なのか、その如来によって説かれた教えへの信なのであろうか。そこで、梵文法華経を見ると そこには次のように示されている。 蔚切且鼠四且洩冒目胃馨冒日胃呂目薗のぐ画8自習馨降四目冨乱畠胃圏目尉腎房凶日日画ぐ且詳馨切間ぐ① ︵4・︶ ○四庁の恥閉山Hロ四口画吋倒“ず彦口ぐぃ目 ︵2︶ 十六王子皆以一童子一出家而為二沙弥一 十六王子はまだ童子であったので、先ず沙弥となったというのは当然のことであるが、正法華経を見ると、そこに (I9)

(3)

そこでこれまでのところを整理すると、同じ十六王子に関する記述の中で、出家をして沙弥となった時にはい国? Q園の語が使用され、法華経を聞いて自ら得るところがあった時には且冨日一烏建が使われたということであり、前 者については正法華経は信と訳し、後者については妙法華経が信受・信解の訳をあて、正法華経は歓喜・得本志と意 訳をしているということである。そこで問題は法華経が吟画目園と且冨B烏建の語を使いわけたのは何故であっ たか、或はこの二つの語にはちがいがあるのか、という所に存することになる。 人が出家をするというのは、単に家を出ることではなくて、愛するもの、欲するものの一切を捨て去ることを意味 するから、そこでは異質の世界に入るための心の大転換がなければならない。その転換をおこさせるためのものは、 ︵9︶ 吟留鳥磯8号目鼻苗ぐ閏鳥協蔚8m且画綴降働目99画 となっており、声聞たちと十六の沙弥とが且冨自民盆するものとなった、ことを示している。すなわち、妙法華経 が信受といい信解といったもの、正法華経が歓喜といい得本志といったものは画昌︺冒烏感の一語を訳したものであ 華経は この箇所の正法華経は ︵8︶ 声聞歓喜。十六沙弥無数億百千嬢諸菩薩衆皆得二本志一。 となっており、妙法華経が信受・信解と訳したところのものを、 ︵7︶︲ 十六菩薩沙弥皆悉信受。声聞衆中亦有一宿解一 と、皆ことごとく信受し、声聞らも信解したとなされている。 ったことを知りうる。 歓喜、得本志と訳出している。これに対する梵文法

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とあるから、その意は両経同様であるといえるであろう。而して梵文法華経は ︵週︶ 合国昌冒。。冒昌ごg景四ぐ画の厨昏幽隠薗夢9画目 と示しているから、ここで難信難解と訳されたものは@月l且寓目◎。旨の訳語であることが解るが、これは法師品 ︵皿︶ の中で仏が薬王菩薩にむかって、法華経は難信難解であるというところとは言葉を異にしている。 仏の教えを且冨日烏感したという心の安定であり、心がふっ切れたという状態への到達を意味するであろうo四号︲ のではなかろうか。これに対して信に入った後に、仏から法華経を聞き得た十六王子が得たものは、聞法者としての の出家に関して欝且号倒が使われている時、この語は、仏を信じ信頼しまかせ切ってしまう心のあり方を意味する 異質の世界Ⅱ仏の世界︵教え︶に対する絶対的な信がなければ行なわれうる筈のものではないと思われる。十六王子 ︵皿︶ 一目屋胃一がそこで使われる時、それはこのようなことを示そうとしたのではないかと一応は思われる。 して妙法華経は 化城喰品は十六王子が菩薩となり、やがてそれぞれが仏となることを示すが、それに続いて、声聞である人々も十 六王子らの法華経の説示を聞いて、順次に仏道に入るであろうことを示している。何故に順次であるのかの理由を示 であるからとしているが、 ︵哩︶ 如来之慧難し限難し計 ︵u︶ 如来智慧難し信難レ解 3 これについての正法華経の記述は (21)

(5)

何故に画昌]冒烏感に入ることが困難であるとせられたのか。梵文法華経はその辺のところを、沢山な人々は我々 ︵十六王子︶によって無上等正覚に導かされた。比丘らよ、彼等は今日声聞の地位に住しており無上等正覚に成熟せ しめられている。これが無上等正覚への順序である。それは何故か、比丘らよ、如来の智慧は実に國島︺冒具一しがた ︵蛎︶ いからである、とのべている。難信難解といわれた主人公らは声聞の地位におり、最高の覚りに到達するために訓錬 されつつあり、それが順序であるとされる時、︲それはまだ彼等が最高の仏の覚りに到達していないことを示してい る。そして、この順序が守られるのは仏の智慧が鼠冨目房昼し難いためだという時、この言葉はどうも単純に﹁信﹂ と訳されて済むものかどうか疑問があるように思われる。十六王子に関する記述の中では、十六王子が最初に吟画? 巳融をおこし、得るとこがあった時に四s二日烏註が使われていたが、両者の語の間にこのような相違があるかもし れないという一つの仮説を立ててみると、声聞たちは十六王子らがなった菩薩によって且冨日烏蝕の状態を得るた めに訓錬されつつあるということになるであろう。 この言葉に続いて仏は一仏乗においてのみあることを述べ、更に法華経を説くための条件として、 ︵焔︶ 若如来自知下浬薬時到。衆又清浄信解堅固。了二達空法一深入中禅定上。 と語っている。しかし、仏はこの世が乱れているために方便をもって浬薬を説いたのだとして、その時に説いた方便 の浬藥について、 ︵Ⅳ︶ 説二於浬薬一。是人若聞則便信受。 としている。これに対する正法華経には 若有二供養一以二清浄行一・信三楽妙言二趣子経典一。一心定意為二大禅思一。⋮⋮⋮如来減度時。若有二聞レ説歓喜信者一○

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化城愉品の初めの部分で、大通智勝如来の三千塵点劫の説示に続いて、十六王子がこの仏に法輪を転じたまえと懇 請して偶を語っているが、その偶の末尾のところに、こう示されている。 文法華経を参証して見ると次のように記されている。 とあって、信解を信楽と訳し、信受を信と訳している。これらがどのような意味あいで使用されたのかについて、梵 樹”日冒国鳥秘ぐ農の凹日g①圃昏荷ggg昌局乱冨丙堅“の四目畠四目弾目目農8日目§鼠望畠冨農邑号営 o四℃胃秘Q四日ロ鼠昌凰昌凹Q医局目匡丙時一の畔幽昌曾目雷囚ロロ煙尉日画頃g一目園、薗昌旦置再凹口画ぐ画暮冒自画琶画Qロ昌幽口餌ぐ胃﹃昌一⋮ ︵四︶ 国凄碕画冨の冒口凰弓営肖9画粗蔚冨旦且冨目肩留目誌. すなわち、如来は完全な浬藥に入るべき時期を見きわめ、会衆が清浄で且寓目烏嘩が堅固で空法を理解し、禅定に ︵別︶ つとめ、大禅定にふけるのを知って⋮.:如来は且冨自民陣しているものが浬薬だと説く、というのだが、前者のJ 3 且寓目︹烏醸は衆生が一仏乗︵法華経︶を説くべき心の状態に立ち至ったことを示すために使用され、後者は声聞.2 く 縁覚が且冨目烏感している状態をそれが浬梁だと説いたのだ、というために使用されている。このことは、すでに 仏道を心がけている者が、仏から教えを聞くために到達しておかなければならない一つの心の状態を且冨日ロ胃一と 名付けたのではないかと思わせる。しかし、それでは且冨目鼻感はどのような心の状態をいおうとしたものである のか。

欲楽及修福宿命所行業

︵型︶ 世尊悉知已当し転一蕪上輪一 欲楽及修福 ︵岨︶ 仏思所し護。

(7)

正法華経は o四吋望画昌。“旨四目曽冒ロ]O脚の脚別くい蔵冒画の一mg彦]駁色]四日己口刷ぐ画丙粋四日。“己巨ご]間口一 画Q匡目匡丙建司邑尉一O脚の色吋ぐ四℃吋画包口四日ロ尚画ぐぃ別8国画○四丙吋画ぐ四吋色目凹邑匡鼓雨冨耐属目涛二 として、行いと智慧と欲求と前生の行いによる功徳とをすべてあなたは知っている。一切の生命あるものの且匡目︲ 晨唾もあなたは知っているから、無上の法輪を転じたまえ、との意を示している。 妙法華経では且匡日匡胃一が且彦乱箇箇と一緒になって欲楽と訳され、正法華経は衆生の厄を脱すると意訳され ていると見てよかろうoもしもこれがゆるされるならば、ここでの且冨目巨胃一は楽うことであり、災厄から解脱す ることの意にとり扱われていることになる。しかし、災厄からの解脱は三界からの脱出と同じようなものであり、そ ︵型︶ れは法華経が目指す仏の境地と同一ではないといえるであろう。 このことについては更に、一仏乗においての承仏道に入る道であることを釈尊が語る段において再説されている。 すなわち、そこではこう示されている。 ︵顔︶ 知下其志二楽小法一深著中五欲上。為二是等一故説二於浬薬一。是人若聞則便信受。 これは二乗では決して成仏出来なくて、成仏の道は一仏乗だけであるが、衆生が劣っており五欲に著しているので、 勉脱一聚生厄一悉令

則為一転法輪最勝

普見二知黎庶心本

であり、梵文法華経は 最 心 勝 本 無所 等好 倫楽 ︵犯︶ 悉令レ至一天道一

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︵配︶ 其楽二下劣小乗行一者。則自亡失遠乎人種。不レ解二人本一為欲二所縛一。如来滅度時。若有レ聞レ説歓喜信者仏恩所護。 と、同じ内容のことを伝えている。梵文法華経もまた 目国冒目溺窟昌の画詳ぐ四目四目目ぐ園詳乱冨忌ず己︵湘奄目園日画冒蔦四目四函目日の冨目①の四目胃涛箇ぐ画の 冒警借画厨の冨口己29画召す冨秘蔚冒・画呂冒匡gg5. として、世界の衆生が堕落し、劣った楽しみ、愛欲の泥土に沈められているのを知って、彼等が、己二目烏感してい るのが浬藥であると語った、となしている。ここでは方便による浬藥を信受したという妙法華経に対して、彼等が 且冨日烏感したものは方便の浬藥だと順序が入れ変っているだけのことで、ここで彼等が且冨目鼻醸したものは釈 尊の本懐たる究極のものへの信ではないことは明白である、といえよう。 化城喰品における脅画&ず餌と且冨自民唾の二語は以上の箇所に使われただけであるが、以上、見て来たところ によると、農冨目鼻感の語はたとえ﹁信受﹂と訳されることがあったとしても、それは一つの心の境地であり、直 ちにひたすらに信ずるという宗教的な行動にそのまま結びつくものではなさそうに思われる。 華経もまた 五百弟子授記品︵正・授五百弟子決品、梵冒動8ずぽ涛曾徴gご騨画恩9℃目ぐ閏斤巴は釈尊が富楼那への授記を 語っているが、その中で釈尊が、偶を語るが、その冒頭の所で続けて且冨昌烏嘩が語られている。すなわち、 やむなく方便をもって浬梁を説いたのだが、衆生らはこの方便による浬藥をもって信受したというのであるが、正法 4 (25)

(9)

と語るが、正法華経もまた ︵犯︶ 下劣解廃志尚慢堕而当一漸漬皆成二仏道一 と同一の内容を語り、梵文法華経もまた 毒甘匙冨自民薗峰8百283局目眉目目扇82︾ず毒豊g感ず且昌農一 劣った且匡日一房昼の怠堕な彼等はすべて次第に仏となる、として両漢訳と全く同じ意向を示している。すなわちこ こでの且冨日一房陣は明らかに人々が仏を求めて歩むべき時のひたすらな心の行動のあり方を示すのではなくて、善 きにつけ悪しきにつけ、その時の心の状態そのものをさしているといえよう。 ︵犯︶ 知下衆楽二小法一而畏中於大智上是故諸菩薩作二声聞縁覚一 と妙法華経にはあり、正法華経には ︵羽︶ 此諸衆生脆劣僻廃故当下演一読微妙寂静一示中現声聞縁覚之乗上 とあり、衆生は小法を楽うものであり、劣り僻廃なものであると、指摘しており、梵文法華経の第二偶は、 冨旨匙冨目︵民薗一目画闇算箇意騨乱匡俄恩蔵息8閣目匡鳶風間昌二 ︵釦︶ 薗冨野鷲鼻”ず彦目ご目一gg−忠耳ぐ馨胃g稲冒す8匡昌8凰旦胃母国目三一 衆生が劣った呂冨昌一民屋にいるのを菩薩等は知って、声聞となり縁覚となり最高の乗物にのせ教示するとしている。 すなわち小法を楽うといい脆劣僻廃といわれたのは、劣った呂冨日︵烏鐵のことであることは明白である。 そして釈尊は更に言葉をついで、 ︵瓢︶ 錐二小欲僻怠一漸当レ令二作仏一

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法師品︵正・薬王如来品、梵号胃日脚匡風9百︶は法華経の一句一偶でも聞いて一念随喜するものには、菩薩・ 声聞その他いかなる人でも授記を与えることが示され、そのために五種法師が説かれ行うことが強調されている。そ ︵認︶ のためこの品は今までの諸品とは質を意にしており、成立史の面からいって、化城嶮品、五百弟子授記品と同時に言 及すべきものではないとは思われるが、一応、資料の羅列の意味でここに列記しようと思う。 法華経の受持・読・諭・解説・書写を説く法師品は、そのような行い︵五種法師︶をする人は如来を肩にする人で あり、如来によって遣わされた人であることをのべ、更に偶がのべられている。そしてその後の長行の中において、 何故に法華経の五種法師が仏道を成ずるために重大な行いであるかについて釈尊は述べようとするが、その冒頭でこ これに対する正法華経は ︵妬︶ 最尊第一・普天率土所し不一信楽一。 であって、法華経はあまねく人含によって信じられ難いものであることを示すが、梵文法華経もまた、 ︵釘︶ 畠“日①厨号胃日四℃目望豐暑闇gmさ丙野弓厨ご目涛農の胃箇旨颪野呂骨号gご農 と、この法門は一切世間にうけ入れられず、一切世間に信じられないとして、全く同じ意を伝えている。 すなわち難信・不信楽と訳されたものは、画十の3呂冨という否定型であるが、法師品は更に言葉を続けて信ぜられ う語っている。 ︵妬︶ 此法華経最為一難し信難P解 5 (27)

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と訳し、梵文法華経も 胃画ご騨目房四目8s拙冒い国&嵐ワ巴画ヨヶ冨乱遇画建丙屋留置目ロ旨冒厨昌8頁g箇彦習四g冨昌8一 彼等には小国&颪の力、善根の力、誓願の力が内在されているであろうとして、降画&鼠は法華経の弘経者が保持 しなければならない心のあり方の一つとして示している。そして大信力を有するが故に、それは行いにあらわれて来 るが、そこの所を梵文法華経は、 旨﹄目四日Q房日日“己胃乱冒昌冨夢筒胃閉冒冨凰昌時笥冨の制野“&鼠冨遭目感乱8筥選目醸⋮⋮ として、仏滅度の後にこの法門を彼等は降画邑彦倒し、語るであろうとなしているが、この文章に関する正法華経は、 ︵蝿︶ 仏滅度後。若有レ信一庇正法典一者。 と訳され、妙法華経は先の大信力云々の文章の前で ︵“︶・ 如来滅後。其能書持読調供養為一他人一説者。 訳し、梵文法華経も ないのは、法華経が諸仏の秘要蔵にして、如来の現在ですら怨嫉多いものだから、減度の後では当然のことだとして ︵調︶ いる。しかし、それだからこそ法華経は説かれなければならないとして、この時に法華経を受持し読調する人は如来 と共に住する人で、如来によって頭をなでられるべき人だとしている。その理由は仏滅度の後に迫害多き法華経を説 く人は、大信力の所有者だからであった。すなわち、 ︵調︶ 是人有二大信力及志願力諸善根カー というのがそこのところだが、正法華経もまた というのがそこのところだが、 ︵鋤︶ 諸信力也。善本力。志願力。諸信力也。善本力。

(12)

と法華経の教えを聞くことも信受することもむづかしいことが説かれるが、 ︵卵︶ 是法難し得し遇信者亦難レ値 として、このような人は無上等正覚に近づく人だとせられている。これに対する正法華経は ︵卿︶ 菩薩所行共行し法者聴者。信楽来二入其中一・ となしている。これらに対する梵文法華経は、 ︵妃︶ 胃牙冒四ョ号閏自画口胃鼠冒日野弓曾昌吟昌乱8号目月冒国辱。:.: この法門を聞き、聞いて且置日巨丙感するものは、とあって、信解・信楽と訳された言葉は ることは明白である。しかして、衣座室の三軌を語り終った後の偶の冒頭では、 この法門を聞き、聞いて煙旦置目 ることは明白である。しかして、 ︵妬︶ と訳して、野呂目倒は意訳されている。 右三箇所の恥3回昌勧の使用例に見られるものは、法華経を説くために所持しておらなければならない心のあり方 であり、この心のあり方がある時に法華経の説示が可能であることを言及したものと理解されうるであろう。 法師品のこれらの吟且昏倒の使用例に続いて、且匡日︹貸感の使用が見られるが、それは前掲の文に引き統いたも ので、法華経を聞いて読調・書持等をするものは菩薩の道を行ずるものだといったすぐ後に、 ︵妬︶ 若見言若聞一是法華経一。聞巳信解受持者。 と、同様のことが説かれ、梵文法華経もまた

座員厨嘗。§:雪。ご“亀:昌目巨歸寓萱員厨顯︶

︵鯛︶ 是経難し得し聞信受者亦難 これに対する正法華経も、 且三目屋丙建の訳語であ (29)

(13)

とあるが、これらに対する梵文法華経は、この法門の説示を排斥し捨て去ることはないであろうとなされており、 降画呂冨の語も呂営目巨丙建の語も使用されてはいない。 小国&颪の場合は、﹁この法門は一切世間に信じられない。﹂とし、﹁彼等には信力が内在されている﹂とし、﹁こ の法門を彼等は信じるであろう﹂として、法門というような絶対者をそのままに信じるという型で使われている。こ れに対して、且営日巨丙醸の場合は、﹁この法門を聞いて⋮⋮﹂といい、﹁この法門を聞くこと難く、鼠寓目烏感す ること難し﹂として、法門が何であるかを聞いた上で、そこに立脚してという型をとっていることである。 尚、漢訳二経によると最後の偶が語られる直前の長行の中で、 ︵記︶ 実に聞くことは得がたく、且冨自得房感することも得がたいと同様のことを語っており、且寓目民威の語が信受と訳 され信と訳されていることを示している。 そこで法師品における小国&颪と且冨日烏陣の二語の使われ方を比較して承ると、一つのちがいが見られるよ うに思われる。 以上、見て来たところによると、野且颪は化城嶮品で一度、法師品で三度使用されており、それを妙法華経は ﹁信﹂と訳し、正法華経は﹁信﹂と訳し法師品で一度だけ﹁信楽﹂と訳されている。且冨昌房屋は化城嶮品で四度、 聞レ法信受随順不し逆 ︵弱︶ 設使有し聞而不し楽者 6

(14)

五百弟子授記品で二度、法師品で二度の使用例で、妙法華経の訳語は﹁楽﹂﹁信解﹂﹁信受﹂﹁欲﹂であり、正法華 経は﹁楽﹂﹁本志﹂﹁信楽﹂﹁信﹂等の訳をなし、五百弟子授記品の場合のように意訳もなされており、このことは 脅回邑冨に比べて且冨日烏鐵の語は複雑な意味合いをもっていることを暗示するのかもしれない。 そして叉、これらに見られる野呂昌歓は仏或は経典に対する信を示すために使われているのであるが、それは方 ︵別︶ 便品の三止三請の中で舎利弗が語る言葉箇凰g畠画ぐ“89溌冒卦恥3。s圃遇目舜貝世尊が説いたものを信ずるで ありましょう︶というあり方に連がるものだと思われる。すなわち信脅且障融は、﹁信頼﹂することを意味し、師 と仰ぐ人の教えを聞き、その人の教え、行動、その人自身に信頼することで、その規範を自分の行動と結びつけ、そ ︵弱︶ れがそのまま実践徳目とされるようになる、といわれる所以であろう。 ︵弱︶ これに対する色目目一房匙は、心の自由な、完全な状態をさすのである、となされるように、それは信などによっ て得られる心の状態を意味するものと思われるので、時には心の到達点として信解と訳され、求めていた状態として 楽︵意向︶などと訳されるのであろう。 しかし、法華経がこの両者の言葉を果して意欲的に使いわけたかどうかについては、更に研究を続けなければなら ︵”︶ ない。 ︹註︺ ︵1︶布施活岳著法華経成立史・本田義英著法華経論参照。尚、布施博士は同書の中で、法華経の成立は少くとも四時期を経過せ るもので、第一期には第一類の偶頌先づ成立し、次いで其の長行の布桁を見たるは第二期であり、第三期は第二類の増補とな り、斯くして次第に流行するに及びて嘱累品巳下の増補となったのが即ち第四期である。︵p一三四︶と結論づけている。又 本田博士は法華経を二大別して原始分法華経と後分法華経とにわけている。五百弟子授記・法師の両品の正法華経はその前半 (31)

(15)

︵4︶冨吋冒本180、言い冨自号①・の晨詳本88 ︵5︶岩本裕訳。法華経は心あわせて信仰をもって︵中。59︶と訳し、松溺誠廉等訳。法華経は浄心によって︵212︶、と訳 し、南条・泉訳・新訳法華経は同じく信を以て︵205︶、と訳し、岡教遼訳・梵文和訳法華経は同じき信仰を以て︵318︶ ︵5︶岩本裕訳 し、南条・ ︵2︶大正九o25上

︵3︶″91下

と訳出して ︵6︶大正九・ ︵”f︶″ ︵負︾︶″ ︵Q︾︶澪①吋冒屯八 ︵加︶石上善応

︵、︶大正九・25下

︵胆︶″92中

︵過︶丙⑦﹃目18 ︵躯︶大正九・ワ

︵Ⅳ︶″〃

︵咽︶大正九・Q| ︵四︶時⑦門口18 ︵卯︶岩本・7’ ︵皿︶大正九・ワ

︵理︶″R

︵鯛︶丙①﹃ロ−6 j J 大正九・9 大正九・2 岩 本 ・ 7 1 18 ︵週︶寒の門口185葛胃四目“ずの90 ︵皿︶大正九・31中・101中雨靴国 は後に再説することになろう。 ︵過︶富3185・岩本訳69J、71、 ︵躯︶大正九・25下

、”Jノ##

勺且nUFDヨヨ餌芹四目“ずのQ︾n︾ に妙法華経にない部分をつけ加えているが、これは後から付加したものだとは本田博士の指摘するところでもある。︵p二一 一ハ︶

9 1

弄①吋冒cL︽己。上誤討画含側目“ず①︽UQ︾ 石上善応・仏典に現われたg“冨信の用例。印仏研究八’二p79.83参照。拙著・“曾冒烏盆と野“呂冨、棲神四 八号参照p103、!115 2 中 3 上

″89下

1 , 7 3 、 6 25中 25上。91下、斎3180.亀煙厨回:①88 1, る 。 3 松涛・219 230法師品の難信難解は画野呂且冨昌冨の語になっているが、このことに関して 松涛訳218

(16)

︵型︶梵文法華経には﹁わたくしどもは三界から逃れ出たことによって、さとりの境地を得たと思いましたが、わたくしどもは老 令のためにもう除しておりました。﹂岩本上p225、klO1、大正九、16上、80上 へへへへへへへへへ 474645444342414039 曹口ーーーーー画一 ︵詔︶法華経を仏滅後に説けば災集まるというのは、法華経が成立した時の状況を示すものと、成立史上ではうけとることが出来 るが、日蓮聖人の場合は、素直にこれをうけとめて、だから法華経を説くべき時だとなされた。たとえば開目抄には﹁当世、 法華の三類の強敵なくば誰か仏説を信受せん。日蓮なくば誰をか法華経の行者として仏語をたすけん﹂︵590︶といわれて いる。ここに見られるのは、法華経に対する唯一絶対な信ひとすじの心であるといえる。 ︵弱︶大正九・25下

︵妬︶″92中

︵”︶篇目本187、 ︵躯︶大正九・28上

︵”︶″96上

︵釦︶青門口本203 ︵瓢︶大正九・28上

︵犯︶″96上

︵躯︶″96卜

︵認︶斎司ロ本203 ︵認︶註︵1︶参照 ︵妬︶大正九・31中

︵調︶″101

︵訂︶篇門口本230 大正九・31中

″101

岩本訳・松涛訳・岡訳もすべて、 大正九・31下

″101下

大正九・101中

″231

″231

百3本231

″101

大正九・31中 101

〃 31中 中 ぎい冨邑鼻掃本91 妙法華経の順序の通りになっており、南条泉訳が雨﹃ロ本の順序になっている。 (”)

(17)

︵艶︶大正九・32上

︵認︶″102上

︵副︶胃曽本36・拙著・信に関する一考察︵棲神47号︶参照 ︵弱︶石上菩応・仏典に現われたるg曲再国信の用例。︵印度学仏教学研究八の二p83︶ ︵弱︶全 ︵印︶原実教授の﹁国冒詩盆研究﹂︵日本仏教学会年報二十八号︶によると、野呂颪の対象は知的・客観的なもので、人格乃至教 義への信悪性への判断が前提となり、自己の知的納得を経過して、情緒的なものへと発展するだろうとなされている。又、金 岡秀友教授の﹁密教における信構造の特色とその変化﹂︵前掲書︶によると、心が清浄となる信、事に依り人に依るの信で、 仏説の心性が重んぜられれば野四目鼠であり、心に勝解を生じ、般若に力点がおかれれば且冨目禺感である、となされて いる。 ︵鯛︶篇目本232 ︵⑬︶大正九・32上

︵釦︶″102上

︵副︶原日本235

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