• 検索結果がありません。

『宗教研究』208号(45巻1輯)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "『宗教研究』208号(45巻1輯)"

Copied!
122
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

――目次――

論文

1, 宗教史と歴史解釈の枠組, 田丸徳善, Religionsgeschichte und die Grundkategorien der

Geschichtsinterpretation, Noriyoshi TAMARU, pp.1-25.

2, 五思想よりみた弥勒の著作:特に『瑜伽論』の著者について, 横山紘一, Maitreya’s Writings as Seen

from the Five Thoughts: On the Author of the Yogācārabhūmi, Kōichi YOKOYAMA, pp.27-52.

3, アーミシュの自文化運動, 坂井信生, Perpetuative Nativistic Movements of the Old Order Amish, Nobuo

SAKAI, pp.53-74.

4, 古代朝鮮の信仰と巫教, 柳東植, Forms of Old Korean Beliefs Reflected in Myths and Rites, Tongshik

RYU, pp.75-98.

展望

5, 現代の世俗化論争:ルックマンを中心として, ヤン・スィンゲドー, Yan Swyngedouw, pp.99-111.

書評

6, 窪徳忠著『沖縄の習俗と信仰』, 藤井正雄, Masao FUJII, pp.112-117.

Posted in 1971(昭和46)年

(2)

古本

ハ スリゴロの︵ 0q せ目 Ⅱの ヱ ・ 敦史と歴史解釈の 意味とみられ、経験 この場合の﹁ 吉 本数 史 ﹂ のこのような用法は︵ 枠組

明らかである。 い

われる。いまとくに

も 意味し、存在とし

をふくむことは周知 ︵ⅠⅠ︶

っ かの 異る 意味をも つことが指摘されうる。

させてみる用法で

田上Ⅲ

力め偲丑

丈ロ

(3)

3

0 代表的諸家におい 2 てもみることができる。 法 がある。この 意 うない。すな ね

ち、

ののを対象とするの 前記のように経験的 ることをとくに強調 ぎり、ふたたび互い その一部は、比較 宗

宗教学の体系的 な け 容れられてきていると

え ニ元

れることがある。 成 とにかかわり、 し 流動的であるから、 いは言語的資料にも 的 ﹂であるかという 度の意味をもってくると思われる。

(4)

宗教史と歴史解釈の 枠組

マッハーによりなが ︵り者︶

での宗教一般、ある

い 依然としてこの 名

の 単なる総称にすぎ ︵Ⅱ 廿 ︶

、この種の問題の取㏄

理 的と考えられる。 ざて、こ にみられる 的・発生的 っかうのは 訂 してみる あることが 宗教史的 事 あいだには 言葉をか が要求され 提示すると という名の

むの規定

しも歴史

﹁歴史﹂を

条件を検

の 関係に

そもそも

不教学との ︵ 騰 ︶

ことができる。

教の概念

コリーを

較 宗教史﹂ ︵ⅡⅡ︶

のものが

(5)

くに今世紀に入って

進化主義ともいいう

んに検討することに

る 宗教のカテゴリー

ることが期待される。 註

お旺臼 8 1日の︵ 0 ︵ い の

大学出版会、一三

歴史﹂の用法に疑いを挟んでいる。

のめ・の 串 ・ 由 二の隼の俺

0 ロ 0 幅 Ⅱ , の すロ c の 幅 0. い の のの・Ⅰ・ト収

打 ︵ ゑお は﹁聖なる

を 区別するが、

︶ o 帆 T. 巾 0% ︵ コ 。 卍 のう ゆ 。の・ ト ︶ っ

いえば、初期の宗教

11というのがそれ 史 は 解 釈 疑 の う 基 こ 礎 と 的 が 力 で - ァ き ゴ な

リい

も r そ か め か ょ わ う る な 問 休 題 系 も " と刈 百冊 そ の の 主 一 題 つ pc と は い つ 多 て く よ の い 問 。 題 す が な ふ わ く

ると

宗教 史 は、 が ね そ れ も る そ が

め不軋練 どの よ 皮 う tC な お 原 け 埋 る に 歴 (4)

要求されること

(6)

ピ " 乱 Ⅱ。 " '" 旺 「

な且

史解

択め 枠組

一九六六年、大明堂、六四 | 五頁参照。

前掲 書 、二二頁参照 "

敦史方法論 阿 一九 三 二年、共立 社 、二 01 ニセ頁を参照。

セ 以下、二 0 セの 請負参照。

ご本・の。田の ヨ ヨ宵・

せ l せ,が Ⅹゲ バポ ⅠⅩ l Ⅹパパ

m.q. ハウコ田 ・の ゴふ

ゑぴ 方法﹂︵﹁めが

歴史性﹂ 角 宗教研究 ヒ 、一七 セ 、一八一号︶参照。

on. ゑダ 赤松、前掲 書 、五、一一五、一二 セ頁 参照。

もっとも﹁一般 宗

史 ﹂の語から、

であることが、少なくとも看取されうる。

円 古田お目,きま ". の・の 9 に引用。

ⅩⅩⅠ

ての宗教哲学との

(7)

すな セ 七八︶ 系列で キュー

二六九四 |一

一セ 二九 | 八一︶ | カント︵ 一セ 二四 | 一八 0 四︶ などとっづく

︶ | モンテス

ば 、ここにあ

が 可能であり、また ︵ 03 Ⅰ︶ 有効であると思われる。

おとしていたとして

ということができ、

、実際の思想史はこ

織りなされている。

| ︵一七一二ー七八︶

、やや大まかすぎる

のであった。︵

2

︶した

こと、および宗教学

たことの、二つの 理 が 適当と考えられる。

的ないし哲学的色彩の

りである。もちろん 6

(8)

で、それぞれの基本的性 ら本 格 について 手み じかにふれておこう。 と 歴史解釈の枠組

別記のルソーを例外と して、歴史におけるなんらかの進歩11成熟、

とにおいてほぼ共通

何 にあるといえる。

ヨ 。 降 ぎの 曲曲 三 % 。 の に 関連して、第二に , 。それが、一九世紀 りまた非合理的だか 主義は、特殊なもの ば 、前者がその本質 あるが、それはとく 、宗教が感情と体験 であって、そのかぎ の 系列では、ムロ 理

る 。

一九世紀はいくつ

一七七 01 一八三一︶ 、 (7)

(9)

否定できないが、 く 、かれは歴史を理 定 宗教﹂の形で展開 を 理性的なものにお 一系列の主要モチーフが生きている。しかし、 他方で、歴史的諸宗 をみとめられている 進歩に体ならない。 ﹂とも い える性格を しめすのである。 ・形而上学的・ 実 歩の思想が基調であ ていることが注目を 段階として、歴史の 付 させることによっ 稚 な形にすぎず、 し 。進歩の図式の存在 の 延長線上にあるこ とを暗示している。 (8) 8

(10)

の 共通点がある。

ゆきをしめすとさ

らに ㈲両者ともが、

いいかえれば、これ

のちにみるよう

ル についてはいうま

歴史学派︵バッハ オ

むすびつき、さまざ きよう。

性 をもっことを主張 めたこと、および

した点にもとめられ

た 啓蒙主義者たちに

て 明らかであろう。これ ︵Ⅰ 1 ︶

る 。かれの影響は、一九

またなければならなかっ 教 凸小 (9)

(11)

((

6 5

は と 同異 は ろ こ 学 た て の ら 解

い勾 。 Ⅰ 前 ふ キ 、 o 『 0 , 0 口 入 邱而 。 "

o ㌃ 卜 述

いる

の O ゴ

口目

にす ぎ巨 な汀 い ガ 。 ' ト ⅠⅠ

0 目 ま

O が ゴメ る で ご 方 だ の さ 0 史 し っ こ く の

(10) Ⅰ 0

(12)

宗教史と歴史解釈の 枠組

ことが明らかとな

するか、あるいは㈲ 1

徴するともみることができる。 々とりあげる すでに示唆 それは、一方 はたがいに 不 起源と発達 L みで満足しなければならない。

るが、

、両者

め ホ挽 仏の

ラテー 教 く 史 ま 以 、 れ 上

7

8 と る に

く 用 、 お に 恕 、 い そ 的 て の 妻 わ 歴 因 れ 史 と わ 二 解 な れ 一

秋 分 は に 析

い し 本

か た 来 に 。 の 関 っ 意 片 エ 係 ぎ 味 し の で

のめ不

てく 問題

を そ Ⅱ あ れ 宗 と ら 教

づ の 史 け 諸 の る 要 い こ 因 わ と が ば で 、 背 あ 経 景 ろ 験 を

なし

っ -

科学 も と た ち し 時 ろ て 期 ん

のの

独お

こ 立 も こ を な

で志歴

同文

宗 す 観

史 学 こ

しと

O P す か 乙ソつ を Ⅱ に 止 刀 。 ( 。

(13)

と 解するかによって 、論

なことを問 う 厳密に個別

いう現象の発生かによっ

起源論ないし本質論とも

よび ㈹とは、区別しなけ

ばしば混同されやすく、 ことである。

柵 じられた起源および

込 めよ う に、それらの点

も 、その意味では、それ

事例1

lH および㈲の 意 ︵ ク Ⅰ︶

ち 、発展段階については

よ う にみなされ、それを

あるいはなんらかの近代 に 多かったかをみても、それは明らかである。 それとともに、他方では

まま宗教そのものの起源

らぬ マックス・ミュラ

語源的な分析を手がかり 発展が 、 多くの場合、その意図においては、 の 論議が、ことさら﹁特殊宗教史﹂とは別個 なりの理由があった訳である。しかし、実際 味 での11からの、 秘 かな一般化の手続きに 、特定の型の11しばしば研究者自身の

頂点とする目的論的な階梯がたてられること 的な宗教形態が最高段階とされることがいか 、原始的とみなされたなんらか特定の、また として考えられることになる。 | 自身であるよ う にみえる。さきにあげた 講 にして、宗教的崇拝の最もふるい形態が自然 理 的にはことなる構造をもつ。同じように 起 事実的な意味での起源 か、 ㈹そうした年代な ︵ 2 ︶ て 、問題はちがってくる。この㈹の場合は 、 むすびつく面が多い。その内容からいって 、 ればならない。しかも、 み のがしてならない また実際に混同されてあらわれてくるという (12) Ⅰ 2

(14)

宗教史と歴史解釈の 枠組 め 教 し の れ る の

教限に

」のお

の 神

と よ い く レ

他コ

そ ぅ あ れ 図 る fc 式 い つ

れ 諸 ず へ 説 教 倫 れ の

に も 批 っ 世 的 体 き 、 で か 「 著 追 刊 ぃ 異 宗 と に そ あ れ

4

のい 本数」 完 無 件 13@ (13)

(15)

え よ う 。もともと 発 ︶ ︵ ハ Ⅰ︶

進歩と同義語︶と、

法論的綜合性の契機

味 で、進化論的であ

のゆ めぼ恒 ﹂︵ 0 1 ︶ とよんだの は 、そのことをさしていたと思われる。 註

口 九年、創元社、七三頁参照。

、八五の諸 頁が 示唆にとんでいる。

る 場合、つねに み

展の同形性 と

別個に発生し

発展、いいか

実にはもとづ

と 普遍、 あ

用いて、㈲ ヒ

が 必ずしも事実

歴史主義﹂︵ た

の方向へ徹底

こ ろ 。しかし、 ではないにしても、 レ しⅠ J @.J 14

(16)

宗教史と歴史解釈 0 枠組 四

の 意味での発展・

て 重要なのは、次の

り、 他は、研究の進

論的 困難である。

、啓蒙 期 いらいの

さ けがたいか

必要とするのである。

七八頁参照。

︵ 00 ︶ づ幅レ ・の・ ミ ピ年の コ幅 Ⅱ e 口 ・ 0 口 ・ 臼 ︵・の・ トづ| ㏄

九 を会 ぢ @ 砥淋 ︶。

・の プ ∼ c が㏄ 0. トゆ 白の ,づ ・ 肚

なじ箇所を引用して、批判している。 の 0 ア ・ ネ ・ M ∼ @m ち ・ミレのの: 二八 | 九頁参照。 がかなり詳しい。 め ㏄白1の 申 Ⅱ 頁 、八二頁 註

㏄の 卍

(17)

方法をその基礎に

だちに宗教全般の起

においても、次第に とは、一般の思想史 観 的な要因とならん 示教 更 における﹁専門 唯一的な説明原理の 解明にむけられてきたといってもよい。 興味ふかい課題で

別個の原理による 循 は 、それらはたがい に 結びついていることも多い。 原始一神鏡 説 であ 返すまでもない。 わ 史観への反定立をな た 、それ自体として ける単線的な進化を (16) Ⅰ 6

(18)

宗教史と歴史解釈の 枠組

とめることにある。

として説明されるこ

一面では﹁ 神 ﹂の 観

小数﹂︵ せ oqq の目的 山 0 コ ︶

ゆる﹁宗教史におけ

であった。︵ 6 ︶

あるけれども、 論

対しては、体系的 見

ち だす者もある。 し

あるものをみようと

なんら関知しない。 一神教などの形態は

造 0 1 ︶ ﹂とみられること になる。

啓蒙 期 以後の第一 否定できない。︵ 5

は 、なんらかの形

(19)

方は 、事実、

有機的統合体﹂ ノ ン ︵ 0 Ⅱ・

くる。すな ね ち、 上

においては、オット

家主義的な抽象の色

いう 概念をしり ぞけ

する態度である。 ヮ

在する原理の展開と ソヘ ︵ Ⅱ︶ @

するのは、まさにその意味に体ならない。

花 であるとの見方

の 成立宗教に独特な

ト ーはそれを﹁固有 ︵のり︶

ホ 教をそのものたらし

シングは、それをさ ︵Ⅱ 吐 ︶

﹁生命の中心﹂を 提 ハ肋 ︶

はおなじであって 、

をあられすものであ ︵ 托 ︶ るとされている。 ( Ⅰ t8) 18

(20)

宗教史と歴史解釈の 枠組 い れ リ 0@ }C@ I く が ら 多 べ く て 用 し、 t Q 四 り , り 型 れ め て 士 不 い

で た は

だ そ そ れ れ は は も 主 つ と ぱ し ら て

み小

「 方 体 統 発 発 生 生 」 」 ( ゆの目せ)(

0

目ヰ

0

的の づゴユ

0

コ の せ ) 問題とし問題となっ の

な そ 19 (19) 合法則﹂であるとされるのである。

史観が、それまで と いがち低価値判断

あるが、あまり

ブ リックからつけ う

屋と没落とを支配す 、今世紀に入って と

にあるトインビーの

体 のどとく生長し 、 ︵㎎︶ ふるい進化主義史観

刀 。

の る 循環的な法則がたてられるにいたっている。

支配している﹁

われている。かれに ょ れば、各宗教は最初か , ら 自己同一性を とは関係なし の 展開は 、典 よび公的制度 もった に、 そ 型 的な ︵目ハ。 臣

(21)

するのが適切かど

のか、もその一 つで

すぎる対象であり、

うように、それは 宗

して、直観的に﹁ 理

研究の対象としてみ

く 、神秘的な実体と

ヘ クロ的なレベル︵ 教

し 、そのような立場

行き詰らざるをえな

れないかにして

の 不当な実体化をさ

、ある程度の有効性はもちうると考えられる。 註

大戦に舌口 及 してい

のョ ・ 0 戸ゑ︵・の・の コ ・宇野、前掲 書 、 セ五| 六頁。

︵ 4 ︶宇野、前掲 書 、セ八頁参照。 ︵ 5 ︶ 周 書、八 01 一頁参照。 (20) 20

(22)

宗教史と歴史解釈の 枠組 "@ 15 ヘ "" 14 "" 13 ( 12 11 " ヘ ( ウ l

言 寸 り ト

ダ め 小

・Ⅰ・の

いる

ては、

内,い

ニか旨

田 と 反

ま、

歴史 こ 的 の 上 ヱ 立 場 場 の

出 が 機 第 館 二 玉 系 義 列

( り れた お

患ひ

想、 的 フ

背 且 示 こつ @ れ ため - の l

い 士 小 P

ら ほ て 教 シ メ 態 ッふ 例 数

0 を オ シ ン を パ ラ え 史 さ は て ) 検 よ ッ 21 (2 Ⅰ )

(23)

が 、ここでは

ィ デングレ ソ

くんでいる 以

︵の・ ヨ ﹁乙の臣 抽 Ⅰの ロ ・ 0 口 ・ 臼 ︵・の・ トのレ 口目・ ト ︶。

魂 じているが、その

放系 としての特性

かかわらず、

︵Ⅱ閉鎖性︶の

る 事実である。

して︶ふく

一応は開放

自己同一 陛の

版 ともいえる

口 ・しげ 力 の ヱ

の点での不明さがのこ ろ ことはたしかである。

および公的制度化

いる︵ し T 打キ 帳フ 0 ヂ ㏄の 申 Ⅱ |いつ ︶。

った 段階が

・の トウ Ⅱ一口ず

つことになっ

上記 註騰 の 引 用 箇所からもうかがわれる。

は 直接の影響を証 (22) 22

(24)

宗教史と歴

かれは、ふるい進の

型 をたてようとして

、進化するのは﹁ 神 ﹂ 2

、そのような

るような循環的宗教

って、少数ながら、新し

にふれて、本稿を終るこ

とにしたい。

五 紙面の都合上、省略せざるをえな

何 昭 % 目、 エ 八二一1冊目再見。

の 1. トトロのメモ

あるというよりも

、 僅かながら

分析的・記述

る 方法の綜合

ものとして、

こでのべられ

対応するとも

(25)

は 大きく 異 っている のである。

、歴史認識に

る 内在的見地と外的 り 戻そうとする理論 えない起源問題の断

化とは、そのような

ぃ 適応能力を獲得す また不可逆的とも 考

一定の規則性の観察 ヨ臣才の ︶、﹁古代的﹂

階 をわかち、象徴 休 各々の特徴をとりだしてみせている。︵ 4 ︶

におけるレスリー ネオ

はさらに論究を要す

ずることによって 、

に 正当なものであるとのべ う の言明である。 一 九世紀的な綜合的・

結果した。これに 反 (24) 24

(26)

宗教史と歴史解釈の 枠組 こ @ しちん @@ ヰんし Ⅰ 0 % 廿 ︵ⅠⅠ ︵ 0 山 ︵ o0 ︵Ⅰ 丹 ︵ ニリ

には至って い

と 思われる。

簗 l 円 母ま串 0 二 % 目ご 出立Ⅰ 之 0 ミぺ 0 キ,トの Ⅱ 0. つ つ㏄ っ 1の っ

ていないように み ちん る 。 せ挿レ ・ しヂ 0 オ キ雙 0 Ⅰ こ巾 ㌣㏄㏄ ど めの㏄1 0

かかわる根本間

ないが、しかも

7 ︶を、一応 は

グの ﹁生命 法

は 否定でぎ な

代 世界の諸宗教﹂

に 、諸宗教の

ざが 幅苗毛ヂ円ゴの

出版会、四二 | セ 五頁。 ︶ nh. ロの ︶︶ リゴ, 0 つ ・ n ロ 田・づ口, N 印べ ・ 00 の | Ⅱ

制約のために論じの

25 (25)

(27)

五 思想よりみた 弥勒の著作 27 (27) 新

発 観 か 較 と 、 あ ど

と 仁 な は a&.

百冊 田ヰ 著 で 、 い 学 の 著 者

堤 昆 息 め ( 者 決 題 想、 ど そ は 着 に関 を 研 の 一 の 具 究 う 走 っ し て

かな

現し |

ま、

ち少 しな

より

特に

みた弥勒の著作

﹁ 楡伽諭

しの著者について

11

(28)

講書と比較され

方法でもある。

ある、とか、初期︵

5

唯識派の教理の組織

あることを考えるな

らば、妥当なことである。

蔵経論

L

とにおい

書 であり、チベット 丘ヴゴ が か的 u 、 レヴゴ が p. せて現存する唯識 思

﹁大乗荘厳経論﹂と

の 思想を比較検討す 四書を採り上げるのが妥当であろう。 三、 ㍉中辺分別 め mL

の基本的三思想

、比較検討すべき論

(29)

五 思想、 よりみた弥勒の 著作

| トラ体の部分にの とにする。

かの有名な第一章

は低い。即ち 、

かに、また、かれ ︵ 9 ︶ が 存在する。

取 ︵ NnW すべ NmnW ゴがぷ笘 ︶

あり、言わば、自己

である。所収・熊取

もある。空性とは、 ︵けり︶

揚 であり、具体的に は 、虚妄分別の止 滅 である。

り 、他方、空性の

、第一章 宙二頒 にお

、この 三 概念を三目

円成 自性であるから、 ︵ 4 ︶ ︵ め @ ︶ ︵ 二リ ︶ 察される必要がある。 :29 (29)

(30)

文の存するものに ︵ 1 ︶ ︶ ユこ u. 等である。 ︵ 4 ︶ 紐ぎ窩号 のであり られ、そのチベッ っ たと推察される ガの ︶で u 、づ斡ふガ笘 ︶での 想 体系において 重 次に、唯識 楡伽 ︵ 膝斡 ︶

岸ゆ ・ ︵⑳︶

田口・ ︵ 為 ︶

め ︵ 6 ︶

あ ︵ 為 ︶

Ⅰ 日,

田 ,ロ、 されているにすぎない。 と 次のようである。 ナ - Ⅰ も と の で 楡 「 あ 竹口 る "" - Ⅰ ト甘 E= と 今、 の 四 垂 の 罰 昂 概 の 念 ,、 月、 を 想 息 、 虚

想 、 妄 支 分

この

的と 別と (・ ) 1 比較 及 い 検 五 び ぅ 虚 詩 思 原 概 要 し 想 語 余 分 て を と は 別 ろ 基 四 の 面 話 よ 経

り " ム 百行 且 考 @ こ て

察 屡 し と

に基

中 「 辺 づ て 認 み め よ ち

く比

分別 ぬ 醤 較 う 。 れ る が と 検 特 大 「 {C 乗 Ⅱ 佳 荘 厳 識楡 経 3A. 什朋 百肝甘 圧 Ⅰ ,一 行 派 と で 重 法 「 要 法 視 ,性 さ 分 れ 兄 L Ⅱ ( つ

ぎ点

す 四 毬 ' べ ㏄ ) た 。

肢ぇ

を百

己 念 @

あろう。熊取と

{C 不 可 分 な頭 現 (30) 30

(31)

五 思想、 よりみた弥勒の 著作 ト田。 帆でか Ⅱ ヴセ e Ⅰ Ⅱ 田 0 幅で 由 虚妄 見 ︵ 菩 ︶ 虚妄執︵ 義 ︶

Ⅰ( せ

0

0 目の

の岸 つ 宙 Ⅱ 田 O 袴の

︵㏄︶

大乗荘厳経論

叫ヴオ

竹田

笘 で曲

ト ∼

ガの

︶ロ口

分別・本真分別︵

の すプ

内侍

曲ガが

︶Ⅰ

本真分別︵

リすプ

由井が七︶

カ リⅠロ口

分別︵

ロⅠ ガ由 弓曲

︶ ロ

3 4 虚妄分別︵

キク ハ レ

楡伽論

セロ 2

3

リ︵で

せ が

曲ヴダ

竹田 がガ笘トづ

が 俺ゆ

由井 の 片口 ト つ

あ珊

重田方伯一杯

凡託叫

またはチベット

血八

一漢

31@ (31)

(32)

作 である﹁唯識二十 念 と 作 す ・ コり は し と る 能 と れ 右 、 て 見 必 取 こ 待 表 当 採 倣 要 と ろ る よ 然 用 す が 顕

で こ り な あ 現 と 摂 大 に の 、 つ 雨 雪 明 ゆ 乗ぁ 日付

て頻

度かがれ( ) 4 4 で散 前三 目 結合 て ら 花 書 し 繁

い み 的 に た に る て に み 概 認 が 、 使 ら 食 め 、 表 用 れ と ら

弓木 現 さ る し れ 動 的 れ 虚 て に に て 妄 使 か お は い 公 朋 っ

若世親一(波羅蜜多羅

( 弥 訳 )

4

づり(

2

1

T395 Ⅰがせ

0%

ガ佳 コペ キ ) 笘的

p

Ⅰ の 臣 た 別 さ )

ヴせ 下ヨ 自 l

提流

"

作と 主

寸が

曲でか ロ Ⅱ

理論

串田に重 づ 別と 一内 貞 る ぃ わ 主 訴 :

さ ゅ 概 持 の の 三ム 百冊

仏虚

) れ と 念 っ 論 骨 玄 ) 玄

@c し が る 褐 重 笈 至 た 初 。 は 要 真

と し

弥る己書相て

得田

三 分別

仏陀

勒 で の を 違 め る 理 、 す 及

参謀。

とい 著 ろ 論 一 る び

書う構応こ

と。

造 "

と宮

" ぅ概 念 , い こ の 弥 に に が わ の 支 勘 注 所 れ 機 柱 の 日 収 め 大 乗 阿 毘 達 集

o

㊨。

ョ で ) トベノ (・・

・・ Ⅱ

笘ゴ

すけ由ヰ ( 虚 妄 分 月 U ( 38 玄 ) (32) 32

(33)

五 思想、 よりみた弥勒の 著作 あ 6 所 。 取

が た と

介 と 一 も

菰の

ヒ 分 で 別 は 、 ム 頒 。 司 m

3 ロ コ ( 年 と 宰 と せ㏄)

セい

で 占の内

ソ、

肖 者

或は

我々

曲与

同一汗 ㏄ を

人物とみなしても、と表現されている

が 伽

論ヒ

判明 し で

百司 申 33 (33) はないが、 司楡伽 輪目

語も認められ得ない

一人物の作ではない、

いる。しかるに、 ︵㏄︶

﹂と説かれている。 頒 L 及 ここ が、そ その類 え 合せ ところ 興味深い。 に 認められる Ⅱ守り与の及び いることを 考 得るであろう。 は 全く奇妙 と

(34)

右図の 結び付い る点に注 ところ 同楡伽論 ヒ 巻セ 十三 に見られ 顕現 と 境 と有 よ う に、所収・熊取には三菱が考えられるが、

別と顕現 と

﹂と舌口われ 目 すべきである。 ︵ 鬨 ︶

。しかるに、

に 分類し、 的山︶

別論頒 L 等 6 所収、能取とは、全く縁遠いものである。 公

Ⅲ︶顕現

いう概念は、第一章第三顧 に、 情 と自我と 了 別として顕現する識が生ずる ︵ ゎ 3 ︶

、具体的には何を意 論 のみを図示するに に 、﹁虚妄分別とは、 ( 轍 ) 34

(35)

五 思想よりみた 弥勒の著作 中 大乗 荘 厳 刀 疋 分 方 " " " Ⅱ ふ a 冊 経

珊頒

が田く 田由

目口目

し Ⅱ ひ捧

き目き

かヌしのめ)目し

出目

肖せせ

Ⅱ の "@ の Ⅰ 刀 か い ⅠⅠ ' " し @ っ """ の ⅠⅠ @ "" Ⅰ ⅠⅠ

呂 ⅩⅡⅩ・

x.

ロ の 所

目 公 碩 卜 する。口中辺分別論 ット 訳を表にまとめてみよ ヌ 。︵ 9 ︶

ること、認識される ︵ 駆 ︶ こと、見られることである。

︵ く くリ Ⅰ ︶

ぎで 再 リガ二㎏ 曲 コ曲という ︵ 5 47 ︶

との関係の上に行う

ゑ であり、具体的に

(36)

顕現 ︵㏄︶ 味 での顕現である。

。 し

てみよう。 先ず、養三十六に次のような所説がある。

現 ︵㏄︶

は無

説と

讐え ︵㏄︶

、次 想 掌中所有自性 ︵ 5 ︶ 面非役俸。 ここで、白箸 なる所収・熊取 内容的には一致 られ、その 讐え のような文が見 ﹁大乗荘厳経論 L する﹂という 意 安分別や所収・ かし、その先駆

(37)

ている。即ち 、 ︵・ W ︶ カェ性

されるが、空性の基本的

うない。

内容の概念であると結論出来るであろう。

、思考方法及び表現

と笘

里ピ コリ がとは同一 著 0 部分の ている。 られ得る 以上の

と 捉えられ

相応せしめ ことが明白となった。

そ 相違すれ ︵Ⅱ︶

、そこでは、

仕法 説之 ︵㏄︶

ヴゴ い せ曲 ヱ ︵ 冊 ︶ 田甘 囲 い ︵Ⅱ ヱゼ ㏄ こゴ倒すゴ 引こ 笘 田でⅡど目 コ曲ヱ 為空 。 於 ヰ の仲のが 隼 観為空 。復白船 此 金美 是 育郎曲金 故 如実知育。 如是者 為 悟入空性 如 られる。

(38)

にみるなら 得される 肯 次に 、他

ココム。二 所収と能取 を 比較する

㈲この

故 通して 体 得るであろう。

づ HHHl べ 辞

を 直接、 次の諸父 られていることが判明する。

l べ ,ノミ・の・ レ ・ ,ロ , 団単 , p. ㌧︶ 臣ゼい の せ ㏄ 団討 組目リヨ︶︵ け 2 ︶ 田所収と能取との 無 ︵二の無︶ 切所収と能取との無の有︵二の無の有︶ 。右の二要素のう ものである。︵ 3 7 ︶ しかる ﹁所収と能取との 無 検討が必要であるか と 、﹁所収と能取との る 。したがって 、こ

、実践的・認識論的 (38) 38

(39)

M

れていることが判明した。 よって

有でもなく無で 成相 が有であるから無で 3 みた ﹂との 二 要素が含ま

と能取とを離れ

とである。これはまた、

することである。以上の

︵ 5

(h)

(S)

(f)

(e)

@d) (c)

(b)

した。︵ 目 lN の・ 田ヴは ・・ ロ ・㏄ づ,コ ・は 収 l ㏄の︶

いと説かれる。︵目 @ か,ヨ田: ロ ・ 窩 , p.8

0 ︵ 患 T Ⅱ㏄ 、円ヴミ ・・ づ ・ か ㏄ 、ト ・ トの ︶

熊 取︶の無の吉

田ヴ田 Ⅰ・ @ づ ・ 恰ツ ト %. コ いべ 1ト㏄ 、ゆト ー㌧の︶

る 。︵Ⅹ せ Ⅰ∼ 丁 Ho ゲヨ困 : ロ ・し凹㌃ トひ ︶

最高我の空性、︵

れパ ー HO 、 ロ ・ H Ⅱ べ ・ ロ ・ H ひ ︶

お ︵ 1% ぃ ・ ロ ・の m, ︶︵・の 1 べ ︶

(40)

面を具えていること

よって有であるから

の 非存在が即ち 円成 ︵ 穏 ︶ 性の最高の存在であると述べている。

いずれも﹁ 無 ﹂と

性 に関して、﹁中辺 いることが判明した。

る 。そして、 法性の相である。︵ 9 7 ︶ 回説の法性に住するが故に。︵ 0 8 ︶

、﹁所収と能取との

現 的には全く認めら ︵ 羽 ︶

れに相応する思想であろう。

ぃ 以上、﹁中辺分別

れるだけで、組織的 を 列記してみると、 (40)

性 において人法二無我を得るから有ではなく、 無我の我、清浄なる

(41)

五 % 想 よりみた弥勒の 著作

㏄︶において、左巴 柿守

うことになる。

口 えば、顕現の場合

等 の悪事 が 虚妄分別

別における所収と能

考えて、﹁所収と能取

い ると晃敏 す 立場 ︵ 6 8 ︶ よ

ると考えられ得る。

有することが判明

・思考方法において

41 (41)

有 。生知 即是 勝義臣 ︵ あ ︶ 性 赤星法性。 ㈲ 云 何彼名書 取 牢者。 性如実無 倒 。 謂於如 前 空 。 於此 一切 色等想事 松美 無起 増益 執 。木船 金美景育郎出会 故 如実知育。如是名馬悟入竺

故於 比色 等想 事由枝 色等 仮説性 注 説 之為 知 。 謂於北 中英唯事。 於 唯事中小肴 唯仮 。 不 実 真如 離言 自性。如是 名 為書 取 生者。︵ 4 8 ︶

(42)

際 構造に 分別自性に収めた点とが相異する。 。別であると定義してしる︵ J 。 、 1 9 ︶ の叶倒 ︶ 、 基づいてよ ㈲不寂静 と ロ とは、詳しくは 意 省二ロ によって分別される であり、その虚妄分別によっ 分別自性であり、虚妄分別にお 分別論﹂の 三 自性説は、虚妄 分 ころに特徴がある。 日ム ト に述べられている。 よれ

とま、目言1月

︵︵

8 8 、所分別 ︶ 相 | り 顕現したもの︵ づ守プゼ囲コ ㏄︶ 、 て 分別される対象︵の︵︵す か ︶が、具体的 いて所分別自性たる所収と能取とが 無 別に基盤をおいて組立てられていると ︵ 寸迂 ㏄︶の如き 想 ︵落田宮囲

︶と議

の 論がいかに三目

とから、して説か (42) ︵ v ︶一一百 性

(43)

五 思想よりみた 弥勒の著

であり、 依他 自性

性 ︵ 円 成案自性︶は、真如である。

名 舌口によって

仮立穏

ら 、両説の意味する 趙 )

論 L の説は、初期の

性者

立前説 口

﹂:︵

9

4

によれば、

とは、

されている。この

﹂の右と、それぞれ

容の定義がなされて

点が﹁中辺分別論

よりも煩雑である。

であるが、より

れない。

一目性説に関する叙文を記す。

讃衆縁生他力

所起

(44)

︵・ 1 ︶

しない。

るといい得るであろう。そしてロ中辺分別論 L

より考察したものが﹁ 法 法性分別 ヒ である。

異点 をまとめてみよう。 第一章で取扱われて ぃ

相異した新しい表現 ︵ 舘 ︶

荘厳経論﹂の思想を 通 辺 個 の 光 介 以

%

ミカ

の 雄 性 の 以 一 別

的語

用ず

" 別 論 上 "

中ら概のの

『 か

三上

口ロ

中 辺 ろ 念 者 典 分 て を 察 型 別

、 導 の で 説 そ せ ( け

司 と し 経 大 言 て 払 -Rg 百 乗 い そ

四二Ⅰ 荘 得 の 法 「 厳 る 上 法

,性 ヒ ろ 虚 分 『 瞼 た

ち五

男 U L

什ル を も 別 百冊 E=, 細 っ ・ 織 と 所 の

影 し 0=, 系 、 能 塑軽 化 そ 取 は 申 「 し の 否 -Ht /. ト ヒ た 煩 顕 (44) 44

(45)

五 思想、 よりみた弥勒の 著作 な 作 ・ れ

4 3

2 ll ハ 十

以上

詰 疑問 講書 所収 も同 が を 龍 一 存 特 取 人 五 す 徴 ・ 初 烏、 る づ 顕 の 想 と け 親 作 る 考 る の 即 通 え も 三 ち し ら の 概 弥 て れ で 念 動 考 得 あ 及 の 察 る る び 作 す で 。 そ と る あ し れ 結 限 ろ た ら 論 り

て づ る SA@ -

里芙

上 自性 三 の

伽 厳

時ま

、 たヒ払

講経

司 楡 こ "

とヒ

そと

思 に 法 を 想、 区 , 性 弥 が 別 命 勒 、 す 別

作 こ る 』 と の , 思 、 と 晃 三 穂 の 倣 論 は 三

す る 、 書 訳 。 本 木 に 郎 虚 は 四な 仏 は ち 妄 孝 弘 分 い

大 勒 別 ず 45 ( 蝸 ) ( ( I ⅠⅠ ) )

要目・

一 現 頭

能 ㌍ し 容

る が

楡 「 几 Ⅵ し Ⅱ SA. 石竹 甘 fc= 力, Ⅰ も の の 説 で ま | あ SA>

c= 中 「 の よ 辺分 @ 月 U -&. 虚 百冊 c= 妄 の 分 男 Ⅱ ま | と 所 虚 取

(46)

の の ・ コ ・ ぺ 1 ㏄ 、

弁 中辺論述 記 L

づ ・ ひ ㏄ ,ト肝 トロー

しての三性説﹂

& び ㍉大乗荘厳経論 L 第十一章第四十 頚 ︵ ミ ・ p. ㌣ で ・のか, コ ・㏄Ⅱ |

の 説は、所 収

頁 。

体 ﹂ 角 宗教研究 L 新第十三巻、第二号、六六頁Ⅰ

序論、三六頁。

ぬ 分別論 頼む現

いる台中辺分別論 釈疏臼 序論、三三頁︶。 ︵ 9 ︶ 目 ・ ぺ ・ ロ ・ 、ロ ・ ミ ・三 % 1 % ︵ 穏 ︶田ヴ∼Ⅰ・ ,つ ・︶の・ プ NP ︵Ⅱ︶本論文三四頁記載の㊤と⑧との 所取 ・ 能取 。 ︵ ば ︶ 前註 同様の⑥の所 収 ・熊取。

、 依他起 自性、円

護法唯識三十 頚 釈論 ヒ 一二八頁︶。

トの , 二 ・ ト ベート㏄︶。

講書の説をまとめると次の三菱が存する。 ④所収と能取のいずれも所分別自性。 ⑮所収と能取のいずれも佐伯自性。 ⑥ 所 取は所分別自性、能取は佐伯自性。 ( 托 ) 4 あ

(47)

五 思想よりみた 弥勒の著作

(Ⅰ

)(

)(

り乙

00

(Ⅰ 0 イ 1 つり ) 6 ) りイ ( 5 リ十 ( )

4

) ( り乙

3

レ ) 0 ( 0 乙 (ー) 2 2 ( ) 0 ⅠⅠ ) ( 9 ( ) ヰ Ⅰ

00

廿 Ⅰ 1 16

ヰ 三

性四

に ワ を 色 日 が : 呂

ロー

H 方く " -" 一

々の

Ⅰの の 片田 0 E.

嚢宙

づ 論

"

ゆコ

の ゴ が リ ヨ) 田| ・ 一

""

一 毛 色

笘幅

っ ㏄ 臣

せ。

のが

せ トコ よ 串 あ

8 の Ⅱ

3

co

け 季

上。

立 耳 あ

笘の

o

づ由 せ り

九、 Ⅰ ア

メコ「

@ し上 し 笘 曲由

せ ドコ で申 セ 珪 で " かヨ Ⅰ ヴ笘 "

ぺ臣 Ⅱ

の C ( つい

/

タ入

鳥 屈臣 Ⅱ 日 O 六 % ヴ Ⅱ田が 正 、 宮 Ⅰ ヴの つい

O 、 せ ㌧

円 47 (47)

(48)

六頁︶、後世は き すロ︵ 曲づ笘 ︵ ヂが石ド に統一されたよさである。

曲ヴゴ由 円の ガ が︵Ⅰが コゆ

用 されている。

︵ 0% ㌧の︵ 口 ・ トう 0 、

する チ ペット訳はない。

一九 0 、 中 ︶ 、チ ア サ ( り乙

︵Ⅱ︶大正、三Ⅰ五五八、由 卜

乗論 ﹂トナ @ ・ の ︵㏄︶大正、三Ⅰ六九二、下。 ︵ 如 ︶佐々木戸 樵 博モ 司 摂大乗論 ロ 二九頁。 三六六、下と三六

肖 らない。

の ・ ロの Ⅱ 曲卍 、 ロ ・㏄の ︵㏄︶影印北京坂、 づ 0 ︶・コダ ロ ・ N コ,め1 の

、ト ・ トの 一づ・ めト ・ ト ・ めト

トい つ一口・ ト Ⅱ 卜, @ ト肚

産学仏教学論叢 L 恥 巻末。以下 0. ロ ・ づ ・と略称する︶ ワコ ・ デお

以下、順次、 や鰻、 キ % 1 % 、 やお 3 デ 白

、ついト P トーⅠ せ 0 ︶ ︶ 卍 0, ロ ケト 1 % @ せ 0 Ⅰトト 0. で め印 ︶・ 申 1 3 の1 %

(49)

五 思想よりみた 弥勒の著作

しておられるが、

別 L の用例を記していない。 ︵㏄︶ し ・ ロ ・ せ : づ ・ ト 9 ㌃ トつ ︵㎝︶ぃヴ ぎ ・・ づ ・ p の, p. の ︵㏄︶Ⅰ ヴ wq,. つ ・上梓 ドン , p. ハ ツ

を曲 つつの び Ⅰ︵ 0 ロの

es, しい す目 0 ︵ ゴ ec が 口臣 Ⅰ 隼田 np, ⅩⅩⅩ ,ワロ の・ テひ の ,ロ ・の 9 つ ・ めぺ ・ p. の︶

穏せ笘 下の曲か幅 ど や HH の・ デ肚 ︵㏄︶大正、三 0 、 三 0 二 、下。 ︵ W ︶ ミ ・ べ ・ い :ワ ニ 二戸 且

ぅ no ヨで oE 乱は 、

づ ・の 0 、コ ・の |べ ︶及び 司 唯識二十額口第二十一顧の 釈 中 ︵ ま 旧かり︵ ロ : ワき,デま ︶にもみられる。

角 唯識思想入門 L 一二五 | 一二六頁︶と長尾雅人 博 士 ︵﹁唯識義の基盤

め輻, のの ︵ 訂 ︶大正、三 0 、 六 0 九 、下。 ︵ 駿 ︶大正、三 0 、 セ 00 、 下 。 ︵ 兜 ︶ 呂 ・ セ ・ ロ ・・ ロ ・ H の , ︶ ロ ・ NH ー NN ︵ M ︶∼ヴ田ロ・ ,せ1 ︶ 内 Ⅵ・ づ ・の 内 Ⅰ・ p. Ⅱ リ H ︵ 肪 ︶ ぎ田 ・ ,円 1 トの,づ ・の o, p. の ︵㏄︶守田・・ づ ・︶の・ w.N の ,ロ ・のの・︶・ 0 の ,ロ ・のの,︵・︶ ︵ 抑 ︶ ぃ庄 q.. ロ ・のの,︶・の 49 (49)

(50)

︵㏄︶大正、三 0 、 セ 0 六 、中。 ︵㏄︶大正、三 0 、四八八、下 | 四八九、上。 ︵Ⅱ︶ 巾 。Ⅰ目のの︵ 侍 ゼリ ヴ プロヨ ナづ ・ A べ , 目 ・ H べ1 ︶ の

来するであ

六巻、第二号、二五頁 て ︵ 竹 Ⅱ︶ 目 ・ せ ・ 頭 : つお ・ヒト か ー㏄

第一個で、

問題があると 考えられる。 ︵㌍︶ ヨ ・ づ ・ ロ ・・ ロ ・ NN, ︶・ N の

の,ヰ ・の・ ト,づ ・ トの,戸トの ・ ロ ・ ト Ⅱ , 肝の・ ト , 印 ・㌧・ トの ・肝の ︵㏄︶コ大乗荘厳 軽め珊ヒ

| ト一口一・ 目 ・一の 一 ・ p.. せ :一のか・ロト・ ぎ 1 % ︶

︵ 目 1 。 ㏄ め ・ デ日 : つ ・の㏄・ ヰ Ⅰ㏄1 % ︶

の隼 せの 叶 ︵ 目 1 。 ㏄ ト ・ ぎ田 ・Ⅰ・のの・ 二 ドド︶ ﹁ 法 法性分別 L

目印 の ・︵ し ・ し ノト ・・ づ ・ HH. ︶ p.HO 1 ︶ ト ︶

が Ⅰ甘ざ 的 Ⅰ。 廿 0 ︵ 緩ぎ ・ , Ⅰ・トめ・ p. 壌 ︶ ︵㏄︶大正、三 0 、四九 0 、中丁。 ︵㏄︶㏄。曲目の 曲 ︵︵ づ がす二旬 ヨごロ ・の A. ヱ ・の 1 。 ︶ の

だと主張しておられる 台楡伽論 研究 L 六 O 頁 ︶。 ( ㏄ ) 50

(51)

五 思想よりみた 弥勒の著作

の 無からである﹂︵ 目,の,下 : ワ ㏄ハ ツ ・ お 1ト e

われる。︵即ち 、こ

︶法性の体であると説示せられる﹂と述べられてい る ︵ 緯 ・ せ ・ 円 : で ・ か Ⅱ ,ト Ⅰ・の11Ⅰ @ の ︶ 0

下 すの 0 三 %,

日 0 Ⅱ 幅 e Ⅱ。円円 ゴの 0 すし の。 目 リコ年日 プ のの 由ヴヒ の 0 Ⅰ︶ 0 ︵ 朽 ︶ 目 ・の・ p., づ ・ P べ q, コ ・ N ゆ loA ︵㏄︶ ドヴ ⅠⅠ・・ づ ・ 00. コ ・ H の1ト の ︵ W ︶寸ヴ∼ &., づ ・のの・ ロ p. の1 0 ︵㌍︶ まご ・ ,づ ・ p の・ コ ・︶の 1 ︶ の ︵ 鴇 ︶ し ・ ロ ・ ぺ :や い 二戸トリード 肚 ︵ M ︶ まご ・ ,づ ・ A ゆ ・ コ ・ か 1 0

チつ Ⅱの アダセゆわ の︵ ぴ乙 ・ " 口 ・ トの ・二旬︶・ ド 巨材 ヴゴ 岡の曲︵ ぎぎ ・・ ロ, 卜の・Ⅰ ゆ ︶

デ ﹁法性の顕現﹂ 0 け 0 の 巾 日の臣のか す の︵で・ ト q, ロ ・ 印 ︶

P デの ︶﹁ 有

︶と表現されている。 ︵㏄︶大正、三 0 、三三七、下。 ︵ M ︶大正、三 0 、四八八、下 | 四八九、上。 ︵㏄︶大正、三①Ⅱ四八九、上。 ︵ M ︶ 前註 ︵ れ ︶参照。 ︵ W ︶ 呂 ・ づ ・ ロ ・、 o.H の・ p ︶・ H ∼ |トの ︵㏄︶ 呂 ・ 9 %, 肖・ 山の ,つつ p, 三ドや。トト 51@ (51)

(52)

略号

のの神 ヰヲオ 曲ヨの曲 旨 ・の・ p :の・Ⅰの ま @ 呂ひ牙ゆ ︶ ゆコ の 白 耳目がぎ ガゆぺ が

﹁ 法 法性分別論詰 L 附 同梵文断片 ︵㏄︶ ヨぎ ・ ,目 ーのの・ っ ・のか, コ ・ NHlNN ︵㎝︶宇井伯寿博士コ大乗荘厳経論 L 一六頁参照。 ︵ 丑 ︶ ソ円 ・の・ ト Ⅰ 肖 1 % 丘 ワ ウ 七二口Ⅱ |は ㏄ ︵㏄︶ ぃヴ ∼ &.. 目 1 % ︶・ づ ・のの, p ㌃の | Ⅱ ︵㏄︶大正、三 0 、 セ 0 三 、中。 ︵ M ︶大正、三 0 、六五六、下。 ︵㏄︶大正、一五、六九三、上1丁。

がある。

って菩薩 地 と大乗荘厳経論との内容を比較検討され、 大乗荘厳経論 頚は、

、弥勒論師 と

﹂とは危険であ

にも注目する必要がある。 (52) 52

(53)

アーミ シ , 0% 文化運動 イ る て は ッ 監 、 一

糸 管 様 応 の 歴 る ロ 民 知 の 旅 々 論 こ 更 エ の に の 一 散 に 外 と を ス 存 よ ご 部 会 異 に は 形 二 在 っ と

間 部 た と り る な っ 成 ア

改にたもるおっが

革お

る "

けて

" れ

そた

「 合 力 |

ル る 渡 立 し あ っ な い は タ し 来 し て る (の 様 わ じ

的 呈 い す 会 ッ て の す 社 し る る は ト い キ る 全 て 。 ョ ド ラ る り と 的 い 加 l イ ン の ス 鳥、 「 る - え ロ ツ ド で ト わ 場 の て ッ 、 系 あ 教 れ 」 で

に あ い 諸 スカ

移るがる

"

ン の 独 ョ 少 、 ジ 間 立 : 1 数

ナ に 戦 ロ 集 惹 か 過 南 ビ は 争 ッ 団 起 る 夫 米 す 歴 の 諸 る 史 悲 国

諾 約 惨 さ 移 散 で ェ 仏 間 文 な ら 民 会 に ス 教 と が 4 % 悪 化 運 に は 的 合 は と 、 ギ ッ ヒ 、 に の ア も オ リ ク ン そ 異 事 ジ fc ラ ス 集 ズ の な 商 ア ま っ に の

6C よ の

景 す か そ ド よ っ 他 リ る る ら

シ ユ

0%

文化運動

坂井信

53 (53)

(54)

ス 、イタリアなど 南

ト 、モラビア派など ︵ 3 ︶

り 、各地に教会設立をなしているのである。

社会Ⅱ文化的紐帯

速度が増大するに っ

0 さらに、アメリカ

の 三日お︶の併存を許

より、相対的に同質

0 コ ︶のレベルへと 移

の 在り方自体をも 当 ︵ 4 ︶

かる趨勢の必然的 結 ︵ 5 ︶ 果 として理解することができるであろう。

入植後すでに二世

宗教集団である。 移

力的 生活様式に完全 ︵ 6 ︶ に 背をむけているのである。

スを経過したすが

ない。たしかに、 か (54) 54

(55)

アーミ シュ の白文化運動 註

3 2 1 の 。 毛

O

少 ・ 田の数集団 下ココ の

諸ヰ

。 宗教の概括 臼

0

ト ヨ需ざ のコ 式 あ

る。

o

下 笘 o 円 ㌧。

55 (55)

力 文化

みてい

ことが

|へ . ト

にし、

|を

論ずるものである。

を 保持すべく ︵で 0 Ⅰつの片ロかませ。 できるであろう。

強固に規定さ

@ 目文化運動

(56)

、歴史的背景

アーミ シュ は一六九三年から 九セ 年にかけて、 ィト から分裂した 0 ︶に由来している。

ば 、教会戒律に違反

はこの忌避の厳格な

メツ ナイトの強い

すがたで維持するた

っ スイス、アルザス 、

要求はこのような 背

ろ 現実主義的立場か

駁したのである。 こ

し 、アンマンに従っ ︵ ムリ ︶ のである。 アーミシュ分裂の舞台は、スイス・ベルン 州、

の 一帯である。 ま

既成宗教ならびに 国

0%np ロ卜 Ⅰまダ﹁ 0 つ 0 一 0 ぬアダト の ,トゆか の ,め ㏄ 巾| めか つ ( 邸 ) 56

(57)

アーミ シ ュ 0 目文化運動 ン 、バーデンへの移住を余儀なくされ、 に成功した先住集団との差異があまりに ちに、他の宗教集団とくに メツ ナイトヘ 者 会議︵下目ゆの日のぎの日当 91 せの ︵のの日日 相違に妥協の余地がなく、つまるところ その後渡米するの も大きいことに気 の同化が進行して シ烏 0 口︶が一八六 奏議の目的に反し であ 付く Ⅰ @ Ⅴ・・十八 @ し 二年 十対 立 よ か の る 点 り ら で 。 0 オ で あ と み ハ あ ( る こ を 4 6 じ 。 ろ 鮮 オ 。 ョ が 明 州 か l す に で く ロ で す 開 し ッ に る 催 て パ 共 こ さ 、 で 同 と れ 両 の 体 で た 著 長 を

さ 商 調 わ し れ 音 整 た そ て の を る の し 累 計 逃 伝 ま 教 る 避 統 う 的 べ 生 の の 憤 く 活 再 で 打 数 の 編 あ の 役 う 成 57 (57)

もに。迫害をのがれ

ンを 渡りへ ッセンか リ アメリカに渡ったのである。︵ 7 ︶

かであっても、 そ

、それに続いて多く

に 大方の見解は一致 ︵ 只リ ︶ している。

部 ライムストンプ コゴノ ・マスト︵Ⅰ pno ヴ

日の アーミシュ・ セ

ペンシルバニアの 各 太されていった。︵ 0 l ︶

フランス やへッセ

(58)

値 するが、すでに

・グループを中心と

要 とはしなか つた 。︵ 1 4 ︶

としてアンマンの

ツ 系の旧派アーミ シ ュ ︵ ハリ H 倖 ハリ パ 隼のⅠ トヨ 山の ゴ ︶ 註

ぬは﹁ローマⅠ 八へ

一四 |一セ である。

への第一の手紙﹂五・一一

︵︵の︵ 与 んの曲の毛︵ 以 の の 1 。の ㏄

Ⅱ ,

みることができる

散見されるし

一つである 一

に帰属するに至るのである

︵ 皿

3

れ 力, Ⅰ が

ぎ ののす 岸 re ゴ

の毛

0

日目

︶とも呼ば

6

2 1 役者 会議 @ Ⅰ z 際 し て 保 守 的 立 場 を 主 張 し 尹 。 Ⅰ の が 先 住 の ア で あ り、 「 日 l 派 」 O 目宙 Oq 宙 O Ⅰ ) と 呼 ま | れ 進 歩 的 58

(59)

アーミ シュ の白文化勃勃

よるアーミシュ分裂

は Ⅱ く がコ 軸キ 0 い ト 59 ︵は︶宮口・ , Ⅰ・のの1 0 べ

ことができる ︵ ヲ ︵ m., Ⅰ, o 吋 h. ︶。

ツヘ 移住していた

コ ㏄ ゴ由づ 目の目曲目Ⅰ ヲ寂コ臣 。田宮 ヱざ ︵ 0 ゼ 、 z0.3 ㏄の曲︶。

宙 0 降の︵ 汀グやヨ打下 の oc レ e 侍 せ・ ト のの㏄ ,ロ ・㏄ 下 @0 ﹁ 7 ︶ヨロ・ 、 Ⅱ・のの曲

の田い仁二のま 臣 " の @ 0"

は のの︶、スミス

ミ シュ渡来年

戸田㏄ 円 0 目こ ⅠⅡ岸の "

コ 下づ リ のⅠ ざが Ⅰ・ 目 0 オ ・ 、ロの、とド の㎝ p 、づ ㏄印の︶ ゥ

向 に関しては、 ス トル ツ フスの前掲論文を参照。

州 にひろがり、 さ

フ グランジ 郡へ

ディアナ 州エ

トを 三大 セ ツルメ ソトと 呼んでいる。

0 ト 0 破せ・いのの 印、 ㏄ 申 ・ めドめ|め 卍の

(60)

・大学などの高等 か 恵 心 て も て 珪 ら 生 さ 「 ら め へ 正 伝 ふ

あ ァ を と 的 」 な

こ ミ ョ里 ヨ里 の シ 念 は 世 ュ に 再 の は ほ 洗 人 「 か 礼

が曲な

もっ

ら、

つ た な メ あ 邪 い /

ら亜

ゆ心

世 イ

共通

求、代

の 申 の 中 閑 月 支 す る 。 一 心 中 配 る 、 に す 信 目 あ る 念 れ 的 っ 三 と {C か て 国 実 も ら 傷 と 桟 と

峻 の サ の づ 、 し 神 已 別 な タ 休 し Ⅰ と く fC 概 さ い ン 系 て く 、 よ 念 る 神 の に に 信 べ の 支 加 ( ㏄ ) 60 0%

上ⅠⅠ 巳 (Ⅰ く

ド同 と し称

( る 目 (

片目 "

・苦 ま ぎ, h ヰ曳

と ∼ )

に 後

力者

裂 は ィ糸 、 一 「 八 ア セ @ "-" 一 "

、 ン 分 ユ 裂 」

老視

を 在 取 の 芸当

Ⅱ て 巴 い の る 。 。 臣 Ⅱ ㏄Ⅱの 臣 0 旨

(61)

て 安定したすがた 6 Ⅰ 一 ミシ ュ 0% 文化運 運 ボ と ね こ は た に @ も な の み の す ッ に い 異 ら で で

ために確立し

点での異なり ︵ 3 ︶

分離、﹁つり 合 なっており、

認識させると

とにより シン クな 表象形態を得たの (6 Ⅰ 教育、農業組合 そ 主催の公的行事一 に関連した職業は クターなどいかな 男性は髪を長く 髭は軍人のシンボ 許されない。衣服 家庭では電話、 簡単な家具のみが ﹁教会戒律﹂に

馬車のみに限られる。

も 禁じられている。 ク を使用する。︵ 2 ︶

(62)

教会戒律﹂を記載

は 注目すべ き

られている。

の目臼日 0 日 汀 ,とも呼ばれている。

う ︵ 40 アロン・ 叫 0 の 鯨 ︵

ひ ︶ っ

年年 ゴ アの ギ ㌧ 臣コ c 由 。 コ

成しているのである。︵

7

所有がすべての ア ー を身につけ、高価な 容易にしている。 今 このようにみてく からの忌避や隔絶の の 日 ︵ ロ Ⅱ 田 no 通三の パ ︶ 宗教的原理は成員の 労働は宗教的原理に 甘皮 を のみ、必要な価値を有するにすぎない。 化

に 忌避 し 、その宗教

農業の基盤たる農場㏄ このことはかれらが 2 ︵ 6 ︶

(63)

アーミ シ, 0% 文化運動

冶工︶が許される。

はほとんどみること ︵ 2 ︶

とを指摘している。 り 四

、自文化運動

紀から今日に至る

が アメリカ文化の只

エスニックなかれ

面から考察していく。 Ⅱ社会Ⅱ文化的孤立

、かれらが何より ︵Ⅰ l ︶

の 農村共同体を形成

また十九世紀に渡米

て 十八世紀入植の ア

臣ヰす ㍉ 0 づ 0 ︵ 0 幅ド 0 曲﹁Ⅱ コ ㏄︵ ぎ仁任 0 ・のか,Ⅱ・ トの の ト ・ トト ー めば

のコ 0 のの 日 0 叫の 0 珪口 井田 "

ト のかの・ののの 1. トト

づ ・ い けう ︵ 7 ︶ い 0 ゴコ の 目 Ⅰ ぎ, o Ⅰ c ぃ ︵: 七 ・は ト ㏄

参照

関連したドキュメント

In the present study, we will again use integral transforms to study the Black-Scholes-Merton PDE, specifically Laplace and Mellin transforms, which are the natural transforms for

The only thing left to observe that (−) ∨ is a functor from the ordinary category of cartesian (respectively, cocartesian) fibrations to the ordinary category of cocartesian

This year, the world mathematical community recalls the memory of Abraham Robinson (1918–1984), an outstanding scientist whose contributions to delta-wing theory and model theory

For the multiparameter regular variation associated with the convergence of the Gaussian high risk scenarios we need the full symmetry group G , which includes the rotations around

Keywords: Convex order ; Fréchet distribution ; Median ; Mittag-Leffler distribution ; Mittag- Leffler function ; Stable distribution ; Stochastic order.. AMS MSC 2010: Primary 60E05

All (4 × 4) rank one solutions of the Yang equation with rational vacuum curve with ordinary double point are gauge equivalent to the Cherednik solution.. The Cherednik and the

We show that a discrete fixed point theorem of Eilenberg is equivalent to the restriction of the contraction principle to the class of non-Archimedean bounded metric spaces.. We

We have formulated and discussed our main results for scalar equations where the solutions remain of a single sign. This restriction has enabled us to achieve sharp results on